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名無しの4Vクリムガン ruddish dragon crush

/名無しの4Vクリムガン ruddish dragon crush

 
名無しの4∨クリムガン プロローグ】 
名無しの4∨クリムガン ヤグルマの森で】  
名無しの4∨クリムガン シッポウシティのムーランド
名無しの4∨クリムガン 人間とポケモンの非構成的証明の法則
名無しの4∨クリムガン 夕陽の色の生存戦略テロル
名無しの4Vクリムガン おれがシキジカを殺した理由
名無しの4Vクリムガン ほらあなポケモンの貴重な食事風景




 ぺろりと舌なめずりをして、辺りの雰囲気を無意識レベルで取り入れる。自分を周りと同化させるように。そうすることで気配を完全に消失させるのだ。それは闇の中に潜むゾロアークの様に似ている。
 野生のポケモンの多くはこの技能を体得している。誰もおれには気づかないし、おれの存在など最初からいなかったものとして扱われる。
 ゼロとは少し違う。おれは場所を占有する。空間におれの生の胎動は必ず残留する。したがって、相殺している、という表現が適切だ。
 おれは生を相殺する。自分を常時殺すことで、周りの生と相殺する。結果としてのゼロ。結果としての不存在。そういった感覚だ。
 もちろん、そんなことはおれの意識するところではなかったし、おれの存在を近くすることすらできない第三者にとっては、なおのことそうだ。
 おれはいない。どこにもいない。
 しかし、おれ自身は無ではない。存在しているものを存在していないことにはできない。
 地中のトンネルを這い回るような自由。意識されない空気。踊るように歩を進めたい気分。
 実際にそうした。もちろん、その行為は誰にも知覚されることはないし、認識されない行動など、社会的に見ればなんの意味もないことかもしれない。
 けれど、楽しい。おれにとってはそうした動作が楽しいのだ。
 だからそうする。シンプルな答え。実にシンプルな――生命のごく基礎的なレベルに根差した快楽原則。快を最大化し、不快を最小化するように行動する。もっともおれの場合、ほんの少し快楽原則が壊れているのか、ときどき意味もなく野生のポケモンを殺したりすることもあったが――まあとりあえずのところ完全に機能不全というわけでもない。
 したいことを、したいようにする。意味は考えない。意味なんて無意味だ。殺害が大好きといっても、それは快楽のために殺すというわけでもなく、ただなんとなく、脈絡もなく、意味もなく、運命に似た動作に近い。すっと空気を吸い込んだときに、おやなんだろうと思った次の瞬間には手が血まみれになっていただけのこと。
 おれはクリムガンと呼ばれるポケモンだ。クリムガンは狂暴で狡猾な、危険度の高い種族だとされているが、それでも人間がいう「快楽殺人者」なんかとはまったく違う。おれは、クリムガンは、殺しそのものが好きなわけじゃない。
 まあ客観的に見て、社会的にそう評価されようが別にかまわないところではあるが。
 おれはなんの脈絡もなく歩き回り、なんの脈絡もなく辺りを見回す。それで、ここがどこなのかを認識した。
 鬱蒼とした木々。昼間だというのに暗く、穴倉のように生あたたかな空気に満たされていた。停滞の空気。少しの懐かしさ。
 ここは、ヤグルマの森だった。
 そして、視線の先は木々の開けた場所になっていた。背の低い芝生のなかに、美しいポケモンがいる。おれがこれまでに出会った中で、いちばん綺麗かもしれないポケモンだ。
 若草色のしなやかな体に、すらりと長く、高い俊敏性を生み出すであろう四足。おれの中の何かが、それがとても強力なポケモンであることを知覚した。
 殺したいかも、と一瞬思う。
「すまない、ちょっといいか?」
 おれは気配を隠すのをやめて、そいつに近づいた。
 そのポケモンは、大きな葉っぱを器にしてなにやら植物に水をやっていたようだった。茎の部分を口に咥えていて、葉の先端から雫がぽとぽと落ちている。
 おれが近寄っていくと、そいつは(こうべ)を垂れるようにそっと地面に葉を置き、顔を上げた。それだけの動作でさえ、ひどく洗練されたように美しい。
「なんでしょうか」
「なにをしているのか気になって」
「水をやっていました」
 地面にはどうということもない草葉が伸びているだけのように見える。しかし違った。ちゃんと観察してみると、小さな芽が出ているのだ。しかし、なんの芽なのかはわからない。
「なんの花なんだ?」と、おれは尋ねた。
「これは、明日に咲く花です」と、そいつは微笑んだ。
「明日に咲く花? どんな花が咲くんだろう」
「さあ」
「わかってるから水をやっているんじゃないのか」
「咲いていないのに、どんな花が咲くかなんてわかるはずがないでしょう」
 それもそうだ。おれは頷いた。足の下に小石を踏んづけていたので、おれは足元を少し蹴って払い、立ち位置を整えた。
「興味がありますか」と、そいつは言った。
「興味がないことは無視する」
「つまり興味があるんですね」
 おれはそれには応えず、そのまま屈んで芽を見つめた。小さな芽だ。なんの花が咲くのだろう。花の中には、とてつもなく長い時をかけて咲く種類もあるという。これはもしかして、そういう花なのだろうか。
 もしもその開花の瞬間に立ちあえるのなら、なにか素敵な感じがした。
「ヨーテリーをぐしゃっと潰す瞬間みたいに、きれいに花咲くんだろうな」
「そうなるように願っています」と、そいつはクスリと笑った。「でもそうなるとは限りません」
「明日、見にきてもいいか?」と、おれはきいた。
「もともと今日という日も、見にきてよいと誰かに許可されたわけではないでしょう」
 確かに。おれは少し笑って言った。「おまえ、名前は?」
「人間からは、ビリジオンと呼ばれています」
「おれはクリムガン」
 ひとつ楽しみができたので、おれは自分の種族を名乗ることにした。




 次の日。
 おれはフラフラ歩き回っていたものの、昨日の出来事をきちんと覚えていた。すでにビリジオンという名前は忘却していたものの、明日に咲く花のことだけは、意識のどこかに残留していたのだろう。脈絡のある行動は、おれにとっては非常に珍しい。だからこの行動は、珍しい野生のポケモンとたまたま続けて出くわすときのような偶然に過ぎない。
 おれはヤグルマの森を歩いた。ここは昼間でも陽の光はほとんど届かない。そういう森の中にあって、あの場所はなにか特別な恩寵を授かったように明るく、神々しい。
 おれは昨日と同じ場所に、ほぼ同じ時刻にやってきた。ほとんど完璧に近い二十四時間経過だ。ビリジオンが言った「明日」の定義がよくわからなかったから、最も確実であろう二十四時間の経過に合わせたのだ。
「また来ましたか」
 ビリジオンはおれの姿を知覚して、たいした興味もなさそうに言葉を投げかけた。容易く知覚できるよう、おれが能動的に姿を現したからだ。自我の発露のせいでもあったかもしれない。なにかをしたいという希望は自我の表れである。おれは花が咲くところを見たかった。まだ見ぬ花に恋をしていた。無意識の大海から、自我が顔を上げる。
 沈んでいた顔を水面に出し、わずかながらも他者とコミュニケーションを取ろうとする。おれにとっては無意識レベルであろうと、それこそ逆に海の底に沈むような気持ちがある。
 自我の表面をざわざわとした雑音が横切ってゆく。それは、興味、だろうか。不安、あるいは戸惑いであるかもしれない。
 おれは花に視線をやる。視線だけで壊してしまいそうだったから、ゆったりと目をやった。
 しかし、そこには昨日見たのと同じ、小さな芽が出ているだけだった。
「あれ」と、おれは驚いて声をあげた。「咲いてないな」
「そうですね」
 ビリジオンは気持ちを揺らがせない。足元には大きな葉が置かれている。昨日とまったく同じ場所、昨日とまったく同じ行為。違うところといえば、わずかに表情に変化があるくらいかもしれない。肝心の芽の方はというと、これも昨日とまったく同じだった。
「明日、咲くって言ってたじゃないか」
「そうですよ」ビリジオンはおれに顔を向けた。「明日に咲く花です」
 ああ、そうかと思った。「言葉どおり、明日に咲く花というわけか」
「はい。賢いですね。明日は今日ではないから、今日はこの花は咲きません」
「詭弁だ」と、おれは言った。「ずっと咲かないんじゃないか?」
「ひとつの見方としては」と言って、ビリジオンはうなずいた。「この花は別名、永遠に咲かない花といってもいいかもしれません。しかし、それでは哀しいでしょう」
「楽しいか?」
 永遠に咲かない花に水をやり続けて、楽しいのだろうか。
 おれの価値は楽しいか否か、つまり快楽原則の変形としての価値しかわからない。他は無意識的なコントロールによって補完されている。凌辱や殺害の意味の結果としてみることを嫌悪している。物語的な必然を切り捨てて、運命的にそうなることを信仰している。
 あるオスのポケモンが、あるメスと(つがい)になりたくて、しかしそのメスは別のオスと番になろうとしていて、だから殺した、というような話は好まない。
「だから殺した」の()()()」の部分を好まない。
 それよりも、なんとなく訪れた場所に気が狂ったポケモンがいて自分が殺されてしまうというようなシチュエーションを夢想する。そういう夢見るポケモンなのだ。
 おれは夢を見る。明日に咲く花が見たくてたまらない。楽しいことが大好きだ。
「楽しくなければ生きていてはいけませんか」と、ビリジオンは言った。「楽しくなければ意味がありませんか」
「おれは楽しいことが好きだ。おまえは違うのか?」
「楽しいことは好きですよ。しかし、それだけでは飽きてしまいます」
「ふうん。でも、変化がないのは退屈だろう」
 おれの表情にこそ、まさに揺らぎがなかった。いつもと同じ、凶悪なクリムガンの顔だ。
「たしかに死の本質は変化がないことです。わたしは常に死と戦っています。変化のない、退屈な日々と」
 ビリジオンは優雅に笑いをこぼした。人間が、袖のあたりで口元を覆うみたいな、典雅な笑みだった。おれは珍しいものを見たような気持ちになる。
「おまえ、死んでるのか?」
 おれはビリジオンの言わんとしていることがよくわからなかったが、想像と計算でギャップを埋めた。
「死んでいるわけではありません。むしろ生きに生き続けています。しかし死んでいるに等しい状況かもしれません。本質的な意味で。つまり変化がないという意味で」
「どういうことだ」
「わたしは不死なんですよ。停滞する命です。その瞬間において絶対的に固定された存在。わたしにはこれ以上の成長は望むべくもない」
「ふうん」と、おれは言った。
 ある種の夢想。では、もしも死にゆく瞬間の、断末魔の瞬間に不死になってしまったら、どうなるのだろう。想像を絶する痛みにあえいでいる瞬間に不死性を与えられたら。あらゆる感覚機能を奪い、闇より深い闇に不死を放り出したら。
 死にたい気分になるのかもしれない。でも死ねない。
 とても、残酷な感じだ。
「素敵な顔で笑いますね」と、ビリジオンは軽い口ぶりで言った。おれは笑っていたのか。
「停滞を打ち破るために、あえて停滞している花を咲かせようとしてるわけだな」
「そうです。わたしは死にもしなければ生きることも叶わない。生きるとは変化することです。しかし、別の存在にそれを託すことはできる」
「花に託すのか?」
「はい」と、ビリジオンは言った。「おかしなことではありません。ずいぶん昔に死んだ人間が書いた物語が、現在まで読まれ続けることもあります。読まれることで、相対的にその人間自身も変化します。同じように、わたしもこの花という存在を通して、相対的になら変化することができます。そう思っているんですよ」
 おれはさわさわと触れてくすぐったい草を尻尾で払った。
「もっと変わりやすい対象があるんじゃないか?」
「そうすると、わたしが変えたことにはなりません」
「なにか物語でも書けばいい。人間の文字を学んで。時間は無限にあるんだろう」
「気が向いたらそうしましょう。とりあえず、今のわたしの興味はこの花を咲かせることにあります。ポケモンには、紙を用意するというのもひと苦労ですから」
「滑稽だな」と、おれは言った。「でも素敵だ」
 無意味なことを、意味あるものにしようとしている。
 ビリジオンの行為は、おれが忌避する「愛」に近い。しかし、おれは物語のすべてを拒んでいるわけじゃない。おれもときどきは物語を肯定することがあるから。
 例えば、友達は仲良しがいいとか、家族は愛しあう方がいいといった物語を少なからず信仰している部分がある。あらゆるイデオロギーが溶かされて崩壊しているおれの内心において、いつも中心から離れようとするけど戻ってきてしまう、重力の強い場所だ。
 逃れられない。愛という重力。空を飛ぶように自由でいたいのに。
 おれには命を懸けてまで主張したい思想もなければ、想いもなく、ほんのちょっとだけ放っておいてほしくて、あまり関係性はもたなくてよくて、ただ、見たいものを見たいときに見て、そして、ちょっと、だけ。
 そう……ほんのちょっとだけ、共感してほしいなというときに共感してもらえればいいのだ。
 自由に、恋がしたいだけ。
 自由に、そう、ほんのちょっとだけ、ネットワークによって伝達される独り言のような呟き程度もあればじゅうぶんなんだ。
 それくらいで、「おれ」はいいんだよ。
「あなたは今、矛盾していますね」
 ビリジオンの声は穏やかだった。
「そうか?」
「はい。あなたは無意識を信望しているようでありながら、その無意識を嫌悪しています。あなたは孤独になろうとしながら、孤独になりたくないと思っています」
 きゅうしょに あたった! こうかは ばつぐんだ!
 そんな感じだったかもしれない。
 結局、おれもまた有意識と無意識の中を漂う存在なのだ。世の大多数がそうであるように。しかし、自分であることにそれほど頓着がないのは、おれの個性とも呼べるものかもしれない。
「――そうだな」
 おれは素直に頷いた。
 ビリジオンの言葉を受けて、おれはこれ以上ないほどに空虚で、今この瞬間にも消え去ってしまいそうなほどに、死んでしまいたいくらいに、それは真実の言葉だった。




 気配がした。
 ビリジオンは素早く視線を送る。おれも気配のする方を見た。森の方から、人間がやってくる。
 少年だった。キャップ帽を深く被り、気圧されるほどの真剣な眼差しをビリジオンへ向けて歩いてくる。ビリジオンは警戒を強めた。
 ポケモントレーナーだ。それは偶然出会った気狂いの野生ポケモンに似ている。少年とビリジオンの真っ向からの対峙を見ておれは、こいつらは番同士みたいだな、と思った。だとすると、たぶんバトルをするのだろう。
 おれの勘は正しかった。少年はモンスターボールを投げてポケモンを繰り出してくる。現れたのは、ほのおタイプのポケモンだった。夕陽のように鮮やかな色の、燃えるようなその翼。おれはそのポケモンを知っていた。
 ()()()()()――
 おれの中の無意識が囁く。そうか、とおれは思った。イッシュじゅうを旅していれば、ひょっとしたらと思わないこともなかった。
 ()()()()()()()()()()()
 少年は、おれが自分の捨てたクリムガンであることなど気付きもしないようすだった。だからといってどうということも思わない。おれはビリジオンから離れた。
 それがあらかじめ示しあわされた合図であったかのように、戦闘が始まる。
 少年の指示によって、ウルガモスが炎を巻き上げた。優雅に思えたビリジオンも、必死の形相で回避行動をとり、わざによって応戦する。しかしタイプ相性が悪いのだろう、ビリジオンの攻撃はウルガモスにはたいして効いていないように思えた。ウルガモスはろくに防ごうともせずにわざを受け、行動のすべてを攻めに割り振る。
 森が燃える。パチパチと爆ぜる音とともに、爆ぜた火が次々に燃え移る。
 おれは火にまかれたくらいでは死にはしない。気配を殺して身を屈め、小さな芽を体の下に庇う。戦闘に加わることはしない。
 ビリジオンは、おそらく許していた。
 ポケモントレーナーとの闘争の方を、明日に咲く花よりも大事に思っている。ある意味で、人間との関わりの方を重要視しているのだ。だから場所も変えず、バトルに身を投じ、興じている。満足にわざが通じない敵を相手どり、一方的な防戦の中からいかにして突き崩すかを模索して――あんなにも楽しそうに闘っている。
 同じ闘志を、少年もウルガモスへの指示に込めていた。ゲットしたいポケモンへ向けて本物の敵意をぶつけている。
 この狂劇は、膨大なエネルギーの消費だ。ただひたすらになにかの変化を求める行為。生きることの確認作業。ポケモンとトレーナーのあるべき関係性。
 いいなあ、とおれは思った。仲良しはいいことだという物語を少しは信じている。
「おれも誰かと殺しあいたいな」
 熱気にほだされたか、おれの顔が少し熱くなる。炎は既にとぐろを巻いていた。ドラゴンタイプはほのおタイプのわざには耐性があるから、しばらくの間は耐えられる。しかし森はそうはいかない。このままではこの場所は焼け野原になってしまうだろう。
「むしのさざめき!」
 と思っていたら、少年はむしタイプのわざをウルガモスに放たせた。ポケモントレーナーにはままあることだ。ポケモンを弱らせ、ゲットするために攻撃を加減する。殺してしまっては元も子もない。しかしビリジオンは見るからにくさタイプのポケモンだ。ほのおタイプだろうとむしタイプだろうと、ダメージは大きいはず。
 それでもビリジオンは、「むしのさざめき」をほのおタイプの技ほどには恐れなかった。これを好機とばかりに距離を詰め、肉弾戦に持ちこむ。ウルガモスは防御行動をとりながらも威力の低い炎でビリジオンをけん制して、距離によって格闘能力を殺し続けた。
 このバトルはいつまで続くのだろう。
 おれにとっては狂気など見慣れたものだし、自分自身がそうだし、変化のない戦いなどつまらないだけだ。目の前でイチャイチャしているのを見ているだけなんて、ちっとも楽しくない。
 ポケモンセンターに戻ろうか、と思った。
 でもその前に、明日に咲く花が本当に咲くところを見てみたいと思った。たぶんビリジオンが言ったとおり、この花は永遠に咲かないのだろうし、とりあえず客観的な意味で本当に明日に咲くわけではないのだろうけど。
 見たいと思ったのだ。焼け落ちてしまえば、その可能性もなくなる。
 だから――
 おれはビリジオンの前に踊り出た。体で炎を受け、ウルガモスに挑む。
 1……2の……ポカン!
 いきなり現れたおれの姿に、ウルガモスは戸惑っていた。少年も、唐突に発生した数的不利に判断を鈍らせる。おれは当然その隙を咎めた。
 完全な敵意の眼差しで、ウルガモスを睨む。身体の自由を奪う悪意の視線。おれの得意技。これは単なる威圧だけでなく、身体に異常を引き起こす、力ある眼光だ。
 ウルガモスはなす術もない。途端に体が痺れたようになって、動作にぎこちなさが生じた。相手の敏捷ささえ奪ってしまえば、あとは簡単だ。もうおまえにターンは渡さない。
 殺意が膨れ上がる。
 ケダモノになろう、と思った。それはこの殺意のあらん限りをただ吐き出すだけでいい。集積したデータがウルガモスの防御の薄い部分をすべて洗い出してくれる。おれの攻撃は常に最適な部位へと叩きこまれる。
 それは獣性の爆発だ。ドラゴンの力をありったけの強さで叩き込む、ただそれだけのもの。いっそ「わざ」とさえ呼べないような、ただただ究極に単純な暴力。
 ウルガモスというポケモンは物理的な攻撃に対してはそれほど頑丈ではないようで、自由を制限されたうえでの防御は紙のように脆かった。おれはウルガモスが再起不能になるまで、ひたすらに蹂躙を行う。噛みつき、殴り飛ばし、叩きつけ、跳ね上げ、握り潰し、引きずり込み、踏みにじり、引き裂き、抑え込み、イドの衝動のままに暴れ回った。ウルガモスの燃えるように熱を放つ体に滅茶苦茶に触れ、その熱がおれの体にもひどい熱傷を起こす。
 呆気にとられたのはビリジオンだ。真剣勝負にいきなり横槍を入れられて、驚くのも無理はないだろう。自我を放棄したおれの、完全な破壊衝動に目を見開くばかりだった。
 ウルガモスは呆気なく動かなくなった。墜落して地面に伸びてしまったウルガモスは、かわいかった。体じゅうが惨たらしい傷にまみれながらも、ウルガモス生来の美しさからか、たいして醜い有様でもなかった。
 急速に自我が形成されてゆく。おれは綺麗なものが好きだ。だから、倒したウルガモスに対しても、これはおれのものだ、という所有欲が湧き上がる。このまま殺してしまいたい。ウルガモスを愛らしい死体に変えておれのものにしたい。
「も、戻れ、ウルガモス!」
 少年が慌ててウルガモスをモンスターボールに収めた。次のポケモンを繰り出してくるかと思ったが、相棒が手ひどくやられたからだろうか、少年は素早く撤退していった。そこには明確な焦りと困惑がありながらも、瞬時の判断がなされていた。戦い慣れている者の計算速度だ。
 おれは走り去る少年を見送った。少年は最後までおれに気づかなかった。別にどうでもいい。おれにはもう関係のない人間だ。旅の途中、またこんなふうに出会うこともあるのかもしれない。しかし一度目で気づけなければ、二度会っても気づけないかもしれない。おれにすればむしろ、面倒な関係性の構築を避けられたのだから、気づかれずに済んだことを喜ぶべきだった。
「助かった、というべきなのでしょうね」
 少年が行ってしまってから、ビリジオンは言った。足を折ってうずくまり、バトルで傷ついた体を休める。
 おれはかぶりを振った。
「ごめん。おまえの楽しい時間を奪ってしまった」
 おれの反応に、ビリジオンはまたも面食らう。
「そう思うなら、放っておいてもらってもよかったのですよ」
「だって、おまえと違って他の命は死ぬんだ」
「派手にやるのは、誰かが止めようとするのを防ぐ意味もあります。こいつらは狂っている、勝手にさせておけと思わせられれば、危険は逆に少ない」
「そうなのか」と、おれは言った。「でも植物も生きている。植物は逃げられないだろう」
「なるほど」と、ビリジオンは言った。「わたしは人間の分類によるとくさタイプのポケモンのようですが、実のところ植物を司るような存在ではありません。わたしの認識では、植物は物に近い」
 やはりビリジオンは、バトルによってこの場所がある程度壊れることはわかっていたのだ。そしてそれを許していた。壊しても、壊されてもいいと思っていたのだ。
 芽を確かめる。おれが庇っていた甲斐はあり、まだ焼け落ちてはいなかった。ビリジオンも気になるのか、首を伸ばして覗き込む。燃えてしまってもいいとは思っていても、大事にしてきた花の芽なのだ。レゾンデートルだ。
「最近、わかったことがある」
 おれはビリジオンに視線を向けた。熱い視線だ。それは恋する視線なのだ。
 おれは恋の多いポケモンだ。ちょっとでも自分にないところがあれば、その概念を吸収したいと思ってしまう。全体に対する部分を持ち帰りたくなってしまう。ケンホロウがクルミルを食いたくなるような気持ちに似ているだろうか。つまるところ所有欲だ。
「最近わかったこと?」
 ビリジオンはおれの心が掴めずに首を傾げた。
「無意味なことに意味を与えようとする信仰かな」
 おれはそう言った。
 咲かない花に意味はない。結果が結実しない花に意味はない。よしんば咲いたところで、ほとんどの者にとってはなんの意味もない。ビリジオンの行為は本当の意味でひっそりとおこなわれる芸術活動に似ている。誰にも知覚されず、おれがもしも気づかなければ、ひっそりと続けられて、いつかのときにはポケモントレーナーとのバトルで焼け落ちていたかもしれないのだ。
 それでもビリジオンは水を与えていた。永遠に咲かないことを知りながら、明日に咲くと信じていた。それは、単純に楽しいという感情を求めるよりは、ほんの少しだけ聖なる行為に思えたのだ。
 少年がおれを捨てたことも、あるいは同じなのかもしれない。人間は、ほんの少しだけ聖なる行為のために生きているのだ。
 みんな、なにをしようとしているのか、わかっているのだろうか。なにを成し遂げようとしているのか、わかっているのだろうか。自分という存在の意味が空と同義であると気づいている者は、どれだけいるのだろう。
 生の本質は無意味だ。意味で、物語で、すなわち愛で装飾しているのは、心の醜さ。
 自分に嘘をついている。生が無意味であることに目を逸らして生きている。
 その醜さと向きあおうとしたのは、信仰。無意味であってもいい。それでもそうする。楽しいからでもなく、義務感からでもなく、信じているからそうする。意味があると信じる。信じることで意味が生まれる。
 夢想。
 夢を見る。花開く夢。心の瞳が開かれる夢。
 つまりは、そういう物語だ。
 やっぱり、タブンネのところに帰ろう。
 おれは、ビリジオンに対してさよならも言わずに立ち去った。




【名無しのクリムガン】

じょうたい:Lv.50 HP70% 4V やけど
とくせい :?
せいかく :?
もちもの :なし
わざをみる:げきりん かえんほうしゃ ふいうち へびにらみ 

基本行動方針:???
第一行動方針:森を出る
第二行動方針:タブンネに会いたい
現在位置  :ヤグルマの森・思索の原
 

 殺意と恋は似ている。悪趣味だよ、クリムガンかわいいよ。

 



 

 


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Last-modified: 2022-02-15 (火) 23:00:33
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