作者:COM
生物が生きるために必要な物はなんだと思う?
毎日の食事? 安心して眠る事のできる寝床? 自分を取り囲むメス達?
違う。
それらは全部死の恐怖を遠ざける為に必要なのだ。
生物が生きるために必要な物、それは他でもない生きる上での喜びと、死への恐怖だ。
死にたくないからこそ誰もが必死に生き、その生を充実した物にするために食事を楽しみ、惰眠を貪り、メスを侍らす事が楽しみになる。
まあ、わざわざこんな事を問うた理由は言うまでもないだろう。
要は今、俺は死ぬ程暇なのだ。
生まれつき体格が良かったおかげで戦闘も得意で幻影を操る能力も得意。
この辺りで俺の縄張りに手を出そうなんて馬鹿は一匹もいない。
言うなれば最強の名を欲しいままにしていたのだが……その最強というヤツは非常に空虚だ。
メス共がせっせと食料も集めてくれるから飢える事もないし、ドラゴンタイプですら得意の幻影で手玉に取れる。
おかげで本っっっっっ当にやることがない。
日々怠惰に生きるだけで、ここ最近感情が揺さぶられるような事が全くもって起きない。
退屈すぎて死にそうだ、などといつか人間がのたまっていた事があったが、悲しいかな事実らしい。
このままでは退屈で死んでしまう。
最近は何か刺激になればと思ってよく人間が沢山住んでいる場所へ人間に化けて遊びに出掛けているが、これは今のところいい暇潰しにはなっている。
人間の群れはどれもこれも同じはずなのに、見た目が全く違うから紛れ込むのは容易だ。
そこで何か面白いものでもないか刺激を求めて彷徨う内に、巨大な岩の中腹にある見た目が次々に変わる部分に一際興味を惹かれた。
そこにはポケモンと人間のペアが向かい合い、戦い合う様子が見えるが、パッと見ただけでもそいつらはかなり強いのが分かる。
出来ることならそいつらと戦ってみるのは楽しそうだが、かといって人間なんぞに付き従うのは俺のプライドが許さない。
頭が良い生き物だというのは聞いた事はあるが、結局それだけだ。
頭が良い程度でてんで力は弱い。
これまでにも何人も俺に喧嘩を売ってきた馬鹿な人間がいたからよく分かる。
あの程度で威張っている奴等に、たかだかもっと強い奴と戦うためだけにヘラヘラ笑っている奴等は何が楽しいんだか……。
そんな事を考えていると、その岩に映る風景が変わった。
そこにトレーナーの姿こそあれど、奴等は周囲を取り囲んで見ているだけ。
様々な環境が用意されたエリア内でポケモン同士が凌ぎを削って戦っている。
これまで見ていた戦いとは見ただけで何かが違うのが理解できた。
『ユナイトバトル! エオス島にて開催中! パートナーと共に頂点を目指せ!!』
その聞こえてきた声の通りならば、エオス島とやらに行けばこのポケモン同士のバトルに参加できるらしい。
人間に縛られずに強い奴等と戦えるのならいいだろう。
最早自分の縄張りに未練などない俺は、その足でそのままそのエオス島とやらへ向けて歩き出した。
情報は全部、周囲の人間が勝手に話してくれる。
なんでもエオス島というのは遠く離れた地にある場所らしく、飛行機という物に乗らなければ行けないらしい。
更に付け加えるなら、姿が写っていなかっただけでそのユナイトバトルというのにも人間とポケモンの二人一組での登録が必要だそうだ。
出鼻をくじかれた感覚だが、まあよく人間共がやっているバトルとは違って人間はあれをやれ、これをやれと指示してくるわけではなさそうではあるから、まあその程度ならこの退屈から解放されるには別に構わないだろう。
要は俺と同じようにエオス島に行きたがっている人間を見つけて声を掛ければいいだけだ。
周囲を見渡せば同じように岩を見上げる人間の姿があり、その内の一人は一際目を輝かせていた。
そしてそいつの周りには他のポケモンがおらず、腰にあのボールも身に付けていないときた。
ならこいつでいいだろう。
「よお。ユナイトバトル、してぇんだろ?」
幻影を解きながらその少年の顔を覗き込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
飛行機とやらは出来ることなら二度と乗りたくない。
ガタガタ揺れるわ狭いわ、人間まみれで気分が悪くなった。
だがまあそのおかげで噂の地、エオス島へとやってくることができた。
「ゾロアーク! 早く早く! 生の試合を観戦しようよ!!」
ユナイトバトルの為に俺のトレーナーとなったそいつの名はユイト。
なんでもポケモンバトルには興味があったらしいが、ポケモンバトルの腕は散々なもので、自分のポケモンなど捕まえるのは夢のまた夢というような状態だったらしい。
そのクセにバトルのシミュレーションとやらはずっとやっていたらしく、戦略というやつには自信がとかなんとか。
試す場もなかったユイトからすれば俺の誘いは正に渡りに船だったようだが、元々人間の命令なんざ聞くつもりは微塵もないし、実戦経験の無い奴の作戦なんぞ糞の役にも立たない。
俺としても下手にポケモンバトルの経験がある方が俺を御そうとしてきただろうから都合がいい。
まあそのつもりだったとしてもどちらが上か力で証明すればいいだけの話だが。
だがまあ、俺も人間の決めたルールには疎い。
今は大人しくユイトと共にこのエオス島を見て回った方がいいだろう。
ユイトと共に真っ先に向かったのはレモータスタジアムという、この島で最も活気のあるスタジアムとその周辺地域だ。
少し前まではあまり認知されていなかった地だったとは俄かには信じ難いほど人間の手が入っており、そこら中に島を楽しむ人間とポケモンの姿が見受けられる。
今では有名な観光地となっているらしく、この島でしか使う事ができないが、エオスエナジーを用いて作られたホロウェアや、観光客向けの出店や土産物屋が立ち並んでいる。
普通ならそういうのに目移りしそうな所だが、ユイトはそんな物には目もくれずにスタジアムの方に走っては、俺との距離が空いたのを見て足を止めている。
あれじゃあまるでワンパチだ。
レモータスタジアムの周辺は更に凄い熱気に包まれている。
皆ユイトのようにバトルに夢中なのか、待機列でも試合の様子を観戦しているようだ。
柱の先に付いたモニター……だったか? それに映し出される映像は今まさに行われている試合の様子だそうだ。
ユイトの説明を聞きながら全体の流れやルールを把握したが、ユナイトバトルの基本は単純。
試合時間一〇分の間にどちらの方が多くエオスエナジーを相手のゴールに入れる事が出来たのか、その総得点で決まる。
試合の決着方法そのものは単純だが、ただそれだけなら玉入れと同じだ。
このゲームが今熱狂する人間をも生み出しているのは、その試合時間の間、ポケモン達は力関係をフラットにするために能力を制限される。
多少の自力や知恵はそのままだが、俺も試合が始まればゾロアの姿に戻されるそうだ。
そして試合の中で野生ポケモンを倒して自身を成長させるためのエナジーを溜めると強くなってゆき、ポケモンによっては進化して姿が変わるようになる。
この倒すポケモンは何も野生ポケモンだけではない。
対戦相手のポケモンを倒しても構わない。
通常のポケモンバトル同様、出場ポケモン達にはエオスエナジーの効果を受けられるようにするための特注のエオスボールに入る必要がある。
エオスボールは基本的にはモンスターボールと変わらないが、スタジアム内に充填されたエオスエナジーの効果でいつでもモンスターボールに戻る時のようにホームエリアに戻る事ができ、どんな傷もエオスエナジーの効果で瞬時に治癒する事ができる。
また、エオスエナジーがある種のリミッターとしての役割を果たしているらしく、大怪我や致命傷になるようなダメージは遮断し、強制的に小さくされてエオスボールに戻されるシステムがあるおかげで初心者から上級者まで伸び伸びと対戦ができるのだとか。
ポケモンが実際に傷付くわけではないため、今までバトルに消極的だったトレーナーも注目しているらしく、技術転用も視野に入っていたが、この島独特のエオスエナジーが無いと再現が難しいのだとか。
まあ御託を並べたが、要はここなら俺は思う存分強い奴等と戦えるというわけだ。
漸く訪れた実際の試合の観戦だったが……正直周囲の人間の興奮がよく分からん。
取れた席はかなり後ろの方で、マメバッタのような何かがチラチラ動き回っていて、ゴールに得点が入ったであろうタイミングで横にある大きなモニターで演出が鳴り響くぐらいだ。
実際周りの人間も大半は手元にモニターを持ってそちらを見ながら試合を見ているため、結局外で見ていたのと何が違うのか分からない。
やはり観戦なんてしても何も分かりゃしない。
実戦に勝る経験はない。
「ユイト! さっさと試合をするぞ!」
「待って待って! トップチームのサイン入りグッズだけ買わせて!!」
少年のようにキラキラと目を輝かせているが、そんな布っきれの何がいいんだか……。
とはいえ今は我慢だ。
コイツの機嫌を損ねればバトルもできなくなる。
色々と買い込んできたユイトを連れて、スタンダードバトルの受付を済ませる。
選手登録としてトレーナーとポケモンが登録されるらしく、ポケモンの方は現状エオスエナジーとポケモンとの同調調整がしっかりと完了しているポケモンならば自分のポケモンを、それ以外のポケモンしか手持ちにいない場合はリーグ公認ポケモンをレンタルさせてもらい、そのポケモンでバトルをする事ができるらしい。
こんな所で出鼻をくじかれるかと少々焦っていたが、どうやらつい最近ゾロアークは調整が完了したらしく、心配は杞憂に終わった。
以降はトレーナーカードさえあれば大規模な大会期間中以外は誰でも自由にスタジアムを利用することができる。
スタジアムのメインコートは大型モニターで中継される有名選手達が競い合う場だ。
当然初参加の俺はサブコートの方に案内され、初心者の為のチュートリアルを見ることとなった。
まあ……言うまでもないかもしれないが、非常につまらない時間だ。
競技としての安全性や試合の目的をただただダラダラと流すだけの映像。
そして結局最後には『実際にユナイトバトルをしてみよう!』で終わり。
実践に勝る経験は無い、が結論なら最初からやりながら学べばよかっただけだろうに……。
まあ文句もここまで、試合さえ始まってしまえば……そこが俺の新しい縄張りになるだけだ。
特殊な耳飾りを装着し、コートへと解き放たれると自分の身体が途端に小さくなった。
いや、ゾロアだった頃に戻ったのだ。
なんとも言えない不思議な感覚だが、先程説明されていたなんたらエナジーとやらが身体に馴染んでいく感覚は分かる。
「聞こえる?」
耳飾りからユイトの声が聞こえてくる。
試合中、パートナーとはこれでやり取りが出来るとは聞いていたが、別に気にする必要は無いだろう。
この中で俺が最強であることを証明する。
ただそれだけだ。
試合開始を告げる音と共にホームエリアのバリアゲートが開いた。
チュートリアルで聞いた通り、目の前に無防備に突っ立っているエイパムに襲いかかる。
すると慌てて逃げるだけで反撃してくる様子はない。
元々コート内にいるポケモンは便宜上野生ポケモンと呼ばれているが、当然本当の野生ポケモンではなく試合運営のためのスタッフだ。
まあそれが分かっていてもいくら競技とはいえ反撃してこない獲物はつまらないものだ。
「ちょっとちょっと! さっき説明したでしょ!? 僕達は中央レーン担当だからエイパムは攻撃しないでヨーテリーだけを攻撃するんだって!」
うるさい。
目に付く雑魚を倒せば強くなれるというのは聞いた。
だが世界は常に弱肉強食だ。
俺よりも遅い奴が悪い。
耳元で喚いているユイトの言葉を無視し、次々と雑魚を狩っていく。
そのままバッフロンとルンパッパが出現したため、そいつ等と戦う。
こいつらは先程までの雑魚とは違い、多少の抵抗はしてきたが野生の時に俺の縄張りを奪いに来た奴に比べれば雑魚もいい所だ。
そうして歯応えのない敵を蹴散らす内にエナジーが溜まったのか、ゾロアークの姿へと戻ることができた。
こうなれば後はいつも通りの感覚で戦える。
後は語るまでもない。
耳元でユイトがずっとうるさく何かを言い続けていたが、初陣は圧倒的な勝利で終わった。
期待していたほどの激戦は得られなかったが、まあ今は俺もこの戦い方には慣れていない。
慣れる頃には良い戦いができるようになっている事だろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「もう! なんで好き勝手に動くの!?」
「別にいいだろ。俺は負けてないぜ?」
「そういう問題じゃないんだよ!!」
コートから戻ると同時にユイトが発情期のメスのようにキャンキャン吠える吠える。
何も問題がなかったというのにあれがダメだこれがダメだと喚いているが、そういうのは負けた時にでも言って欲しいものだ。
まあ、この調子なら負ける事は暫くないだろう。
それに元々小言を言われる事は覚悟していたため『トレーナーの経験も無い奴の言葉に従う必要はない』と一喝してやったら少しは黙ってくれた。
それからもユイトは不服そうだったが、俺の予想通り連勝に次ぐ連勝で自らの戦いに於ける才能という奴が頭角を表したが、俺としてはまだまだ物足りない。
想像していたよりも退屈な闘いの日々に少々幻滅し始めていたが、そこで遂に更なる上の戦いへの招待状が届いた。
「テイア蒼空遺跡……?」
「はい! ユイトさんとゾロアークさんはとても良い成績を収めた為、更なる猛者達が集う新しい大型のバトルスタジアム、『テイア蒼空遺跡』でのバトルの許可と、力を競い合うランクマッチへの参加資格が与えられました」
そうユイトが受付の人間から説明を受けていた。
そのテイアなんとかが何かは分からないが、更なる猛者が集うというのであれば他はどうでもいい。
飽きて元の縄張りに帰る前にその知らせが来たのはよかった。
「ほらユイト! さっさとそっちに行こうじゃねぇか?」
「う、うん……」
ここ最近は随分と静かになった。
漸くどちらが上なのか理解したらしく、俺にグチグチと口答えするのは無くなっていた。
当たり前だ。
俺はコイツのような頭でっかちではなく、事実としてデカい縄張りを欲しいままにしていた実績がある。
戦い、奪い取り、勝ち取ったという絶対的な自信と、それを成すまでに得た経験という名の知識がある。
それは戦いの場が人間共の決めたルールの中でだろうと変わらない。
依然変わりなく、俺は最強だ。
島の入口から遠く、高い山の上にある遺跡周辺まで移動した。
とはいえ、別に長い山道を登ったわけではなく、麓から遺跡の周囲の土地まで続くケーブルカーに乗って移動してきただけだが、山の上は確かに空気が違う。
施設の数はレモータ周辺に比べると圧倒的に少ないが、遺跡群を取り囲む人間とポケモンの数は圧倒的にこちらの方が多く、そしてどのポケモンも目に見えて質が違った。
ざっと見ただけでも明らかに強いと分かる気配が複数確認でき、そいつらも見る限りは俺と同じように選手として登録しているポケモンなのだろう。
つまりは、そいつらともいずれ戦えるという事だ。
そいつ等と戦えると考えるだけで毛が逆立つ感覚を覚えた。
若かった頃はよくあの格上相手に戦う、生と死の狭間に立っている『生きている』という感覚を味わう事ができたが、この空間にはそれが望めそうな奴等がゴロゴロといる。
命懸けの戦いを、何も気にせずに何度でもやれると考えれば、やはり俺の決断は間違いではなかったらしい。
漸く退屈しない日々になりそうで顔のにやけが止まらない。
それからはいつも通りだ。
まずはスタジアムの感覚を把握するために適当にスタンダードバトルをユイトに入れさせ、早速軽く散策しながらバトルを進める。
スタジアムが変わろうともやる事は基本的に変わらない。
目に付く雑魚を狩りまくって、歯向かう奴等を全員地に伏せる。
ただそれだけだ。
「おいっ!? お前中央レーンだろ!! こっちのホルビーに触るんじゃねぇよ!!」
そう考えていたが、ユイトのような事を他のメンバーが俺に口走ってきた。
まさかポケモン側からそんな言葉が飛び出してくるとは思わなかったので驚いたといえば驚いたが、どちらかというと呆れた。
「馬鹿を言うな。取るのが遅いお前が悪いんだよ」
「お前……! それでもチームメイトかよ!!」
言っている意味が分からない。
飯を横から掠め取られたら俺が悪いのか? 違う、注意力が散慢な方が悪い。
形式上一緒に戦うチームメイトだったか? それは確かに四匹いるが、所詮はそいつ等も競争相手だ。
誰がこの場で一番強いのかを示す。
俺はその為にここへ来ただけだ。
結局その試合も特に何事もなく、文句を垂れていたポケモンも途中から聞こえたユイトの喚き声や他の人間の声がうるさかったが、きっちり勝利を収めた。
弱いポチエナ程よく吠えるとは言い得て妙だ。
そう思っていたが、今回はそうもいかなかった。
「お前!! 何考えてるんだ!!」
「なんでどれもこれも全部持っていくんだ!!」
「君のポケモンにはどんな指示を出しているんだ!? ワンマンアーミーでも気取ってるのか!!」
試合直後のバックルームは批難轟々でため息が出た。
「黙れ。群れなきゃ戦えないような雑魚の言葉を聞く気は毛頭ない。裏で好きなだけ吠えてろ」
どいつもこいつも同じ恨み節。
強い奴が何もかも好きなようにできるのはこの世の摂理だ。
だというのに分け合えだの俺のを取るなだの、女々しいにも程がある。
戦場に出て、戦う奴等が餌を取ってきてもらう女子供のような事を当然の権利のように言っているのを聞くと苛立ってくる。
俺の言葉も彼等には鶏冠に来たのか、喚き声がぽつぽつからドゴーム達でも騒いでいるのかと思える程の声量に増えた。
「文句があるなら俺に勝ってから言いな。じゃなきゃただの負け犬の遠吠えだぜ」
そう吐き捨ててその場を後にしたが……テイア蒼空遺跡にスタジアムが移ってからは毎度毎度同じような問答の繰り返しになった。
試合が終われば恨み節を語り、寄って集って罵詈雑言の嵐。
そしてその誰も彼もが俺よりも成績を残せていない。
それ以外の奴等は聞く価値が無いと一蹴すると陰口を叩くような正々堂々俺に喧嘩を売る勇気も無い雑魚ばかりだ。
そうやって何度かバトルを繰り返していれば、当然そういう奴等と敵対することもあるが、当然全員きっちりと返り討ちにしてやった。
実力も伴わない奴等の虚しい遠吠えも聴き慣れてきた所で、少々バトルに嫌気も差してきていたため、明確に俺の方が上なのだと言えるようにする方法として、依然受付の人間が言っていたランクマッチという奴に挑んでみる事にした。
己の実力がどれほどのものかを数値化し、競い合う場がランクマッチであり、その数字は紛れもない俺自身の強さを証明する物になる。
直接やり合って上下をはっきりさせる方が俺の性に合っているが、どうもスタジアム以外でのバトルは禁止されているらしい。
何故あれほど恨み言を言う有象無象の雑魚共が俺に襲いかかってこなかったのかの謎は解けたが、それはそれで面倒だ。
また格下の相手を適当に蹂躙し、さっさとそのランクとやらを上げて俺の方が正しい事を証明させていったが、それでも俺に楯突いてきたチームメイトとかいう仲良しこよしの雑魚共は俺の言葉を聞いても首を縦に振る事は決してなかった。
面倒だ。
確かにここでは好きなだけ強いやつと戦える。
だが人間の言いなりになっているだけのポケモンが、俺よりも知恵も力も無い雑魚共がのさばっているのが気に食わない。
人間に飼われたポケモンは直接の喧嘩を禁止されている分、頭でっかちなのだろう。
文句文句、重ね畳みかけるような文句の嵐。
どいつもこいつも殴られないと分かってるから威勢だけはいい。
本当に楽しくない。
結局、人間みたいな頭ばかりが良い奴等に付き従っていてはこれが限度なのだろう。
「ユイト。次の試合が終わったら、俺帰るわ」
「……え?」
俺の求めた物はここにはない。
結局退屈しない、刺激的な生活を手に入れるためにはただただ縄張りを拡げていただけの頃の方がまだあったのかもしれない。
それともどれだけ縄張りを広げられるかでもやってみるか?
「楽しくねぇんだよ。どいつもこいつも雑魚ばかり。勝っても負けても俺に恨みをつらつらと……。負けた奴等は物言わぬ肉になってた頃の方がもっと静かだったよ」
「……だって、君は試合も、協力も何もしないからね。そりゃあ楽しくもないさ」
「あ?」
ユイトのその言葉は聞き捨てならなかった。
まるでこの戦いを楽しめるようになる方法を知っているかのような物言い。
それを知っていて今までこいつは今まで黙っていたことになる。
「ならお前なら俺が楽しいと思える戦いをさせられるってか? 頭でっかちは口だけは達者だな」
「……そう言って僕の話なんて聞く耳も持たないし……」
「ハァ……。分かった分かった、だったら今話せ」
ああ言えばこう言うが、まあ確かに俺自身コイツの言葉は無視していたからそこは大目に見てやろう。
それでユイトの言う楽しくなる方法とやらに耳を傾けたが……
「ユナイトバトルはみんなで協力して戦う、これまでになかったバトルなんだ。みんなで協力しないと楽しめないよ」
返ってきたのはもう何度聞いたかも分からない弱者の言葉だった。
「群れて戦ってそれで勝ってみんなハッピーってか? 雑魚の考えそうなこった」
期待していた答えは返ってこなかった。
ならばもう、この地が俺に刺激を与えてくれることはない。
「随分と荒れてるねぇ」
最早次の試合もどうでも良くなり始めていた時、聞き慣れない声が俺に話しかけてきた。
「あ? 誰だお前」
そこに立っていたのは同族、ゾロアークの姿だった。
物腰柔らかい、と言えばそれまでだが、長く戦い続けてきた俺の経験則で見ればすぐに分かる。
こいつは俺より弱い。
「これは失礼。さっきの試合、たまたま見学させてもらっていたんだけど、あまりにも酷い試合だったから同族として一言アドバイスでもしておこうかなぁと」
「アドバイスだぁ? 勝ったからには何も問題ないだろ」
こいつもイラつく存在の内の一人だということはよく分かった。
俺が負けていたのなら問題があるかもしれないが、俺は勝った。
文句を言われる筋合いは無い。
「そこだよ。レックウザを取れたからいいものを……。試合全体を通して見れば君のレーンを完全に無視した行動が原因で味方が被害を被っていたんだ。あの感じじゃ今までの戦いもずっと同じ事を繰り返し続けていたんだろ?」
「それの何が悪い? この世は弱肉強食だ。俺よりも弱い奴に何かを言われる筋合いは無い」
「なるほど……。なら僕と試合をしないかい? こう見えてもマスターランクだから君の言う所の強者の言葉なら受け入れるって事だろう?」
「ハッ! 大きく出たな。なら俺が勝ったらどうする?」
「一つだけ言えることがあるとすれば、負ける事は絶対に無いよ。まぁだから負けた時に君が好きに決めればいい」
そうそのゾロアークはさらっと言いのけてみせた。
何処までも俺をイラつかせる奴だが、直接その鬱憤を晴らせるのは都合がいい。
売られた喧嘩を買う形で、この島での最後の試合に望むことにしよう。
そうして始まったバトルの流れはいつも通りだった。
そこら辺の野生ポケモンを片っ端から倒してまわり、すぐさまゾロアークの姿に戻り真っ直ぐ敵のいる場所まで移動する。
チルタリスの群れを真っ先に奪い取り、そのままの勢いで敵チームのポケモンを追いかけて追撃。
ここまではいつもの流れだ。
そう、ここまでは、だ。
追撃の為に突撃した俺の後ろからあいつが現れ、俺ではなく後ろの奴らを真っ先に倒したのだ。
雑魚が狩られようと関係無いと思っていたが、それまで逃げ回っていた前のイーブイとピッピが進化すると同時に反転し、急に攻めてきたのだ。
流石に試合のルールによって制限された今の自分の力では三人を相手に勝つことは出来ず、あえなく撃破された。
撃破されること自体はこれまでもあった。
だが、問題はそこでは無い。
復帰早々に自陣の野生ポケモンを倒しに行こうとしたが、既にアギルダーがいない。
「誰だッ!!? 俺の獲物に手を出しやがった雑魚はッ!?」
チームメンバーの誰かだろうが、叫んだ所で聞こえやしない。
ただでさえ撃破されて気が立っているところにふざけた野郎のせいで更に気分が悪くなる。
仕方なく残りを倒して中央のチルタリスの位置に向かったが、既に敵チームにいたウーラオスとかいうポケモンがチルタリスと戦っているのが見えたため、すぐさま攻撃を仕掛けるが……それと同時に草むらからあのムカつくゾロアークが飛び出してきやがった。
「てめぇ!! 舐めた真似しやがって!!」
相手の攻撃を多少は受けたが撃破されるほどではない。
一度撃破されてむかっ腹も立っていたから反撃してやろうとした途端、そのゾロアークは距離を取った。
「逃げてんじゃねぇよ雑魚が!!」
突撃しようとした瞬間に横から先程のウーラオスに脇腹を殴られ、一瞬怯んだ隙にゾロアークは戻ってきていた。
「君、弱いね」
何処までも他人の神経を逆撫でするのが得意な野郎だ。
ホームエリアに戻されたが今にも脳の血管という血管が音を立てて切れそうな程に苛々させられている。
「完全に相手のペースに持ち込まれてるよ!! 一旦落ち着いて!!」
「うるせぇ!! どいつもこいつも黙りやがれ!! 八つ裂きにするぞ!!」
手よりも先に口を動かすような奴等が俺より強いはず無いと思っていたが、手段があまりにも姑息すぎる。
結局あのゾロアークは俺との直接戦闘を全て避け、逃げ回って逃げ回って敵が増えると同時に殴り掛かってくるただの腰抜けだった。
自分の力で俺をどうにかできないから徒党を組んで戦う。
絵に描いたような雑魚が粋がっているのが死ぬほどムカつくが、同時にその雑魚が次第に俺との直接戦闘を挑むようになってからも一切勝てなくなった事にもっと苛立ちを覚えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあ、約束通り僕の言う事を聞いてね」
ムカつく事に試合は惨敗。
個人戦績で見ても圧倒的な差を付けられていて最早言い訳のしようもない。
だが……
「ふざけるな!! バトルが禁止だとか関係あるか!! 今すぐ俺と戦え!!」
あまりにも姑息な手段、絶対に死なないというルールや力を制限されているという制約の中でしか通用しない手口の数々に流石にブチ切れた。
「戦わないよ」
「直接やりあう度胸も力も無いのを理解しててあのふざけた戦い方か? それがムカつくからぶっ殺してやるって言ってんだよ!!」
「君の言う通り、普通のバトルなら僕が君に敵う道理はないだろうね。だからこそ君の戦い方はこのユナイトバトルでは決して通用しないんだ」
「あ?」
「ユナイトバトルでは一人一人の力はたかが知れてるんだ。君がユナイトバトルというルールの中での戦い方を理解すれば、きっと君の求めている答えが得られるんじゃないかな?」
「知るか。もう二度とこんなくだらないバトルはしねぇよ」
「じゃあユナイトバトルを楽しいと思えるまでバトルを引退するのも禁止しようかな?」
そんな事を言いながらへらへらとしているこの同族は本当に気に入らない。
だが、確かに負けっぱなしってのは性に合わない。
負けた以上こいつの口車に乗るしかないが、それならそれでこの野郎をボコボコにしてやらないと気が済まない。
「分かった分かった……! だったら教えろ。そのユナイトバトルでの戦い方ってやつを」
「それについてはきっと君のパートナーが知っているよ。だから僕の言っている意味が理解できるまでは彼の言う事を素直に聞いた方が……じゃないね。素直に聞く事」
そう言ってそいつは再会を楽しみにしていると言い残し、去っていった。
ムカつく事ばかりだ。
俺がこの島に来たのは人間に媚び諂ってまで生きるためじゃない。
刺激の無い俺の日常をもっと楽しくするためだった。
人間なんぞに頭を下げるのは俺のプライドが許さない。
「……チッ! ユイト、俺にユナイトバトルの戦い方を教えろ」
だが、それ以上に一度負けた相手に見逃され、のうのうと生きる方がムカつく。
ユイトに頭を下げるのは、あの野郎を叩きのめすためだ。
「う、うん……」
必ずあの野郎を、叩き潰す。
「改めて聞くけど……本当に僕の話を聞いてくれるの?」
「雄に二言は無い。くそムカつくが、アイツがああいう風に言う以上、お前の方がこのバトルについては詳しそうだからな」
「……分かった。なら初心に帰ろう」
あの野郎をぶちのめす作戦を考えるのはとりあえず後回しにするとして、今は素直にユイトの言葉に従うしかないだろう。
人間なんぞにヘラヘラと媚び諂うなんざ本っっっ当に嫌だが、約束して負けた以上文句は無しだ。
「じゃあ改めて……。ユナイトバトルはこれまでの既存のバトルのルールとは違う、新機軸のバトルなんだ」
そう言ってユイトは楽しそうにユナイトバトルの基礎について話し始めた。
ユナイトバトルはMOBA(多人数参加型戦略バトル)というバトル方式を取っているらしく、ダブルバトルやトリプルバトルのようなバトルとは違い、自チームと敵チームに分かれ、戦略立てて盤面を構築してゆく長期戦の試合形式を指すらしい。
公平を期するためにタイプ相性の概念と個々の強さの概念はシステム側で制限されており、その代わりに各々の得意とする立ち回りをロール(役割)によって割り当て、それによって得手不得手が変わってくる。
例えば俺の場合は本来は悪タイプの変則的な戦い方を得意とするポケモンだが、ユナイト上では技での移動や基礎的な機動力が高く一撃の火力が高い代わりに打たれ弱いアサシン(一撃離脱型)と一般的に呼ばれるスピード型というのになるそうだ。
他の奴等なら敵の攻撃を受け止められる高い体力や攻撃する度に体力が回復しまくるおかげで死ににくいタンク(壁役)と呼ばれるディフェンス型、味方の体力の回復や支援、敵を長時間拘束する技に長けたサポート型、通常攻撃で火力を出すADCや技での強力な一撃と共に相手の行動を制限するメイジ等、一番火力が出せるアタック型、近接攻撃を主体としたファイターと呼ばれるバランス型が存在する。
ポケモン毎に更に得手不得手はあるが、基本的にアサシンである俺はタンクとファイターを苦手とし、それ以外の相手なら強気に出られるが、全部相手に位置を把握されていない事や、警戒されていない事が前提となるため、セオリーは守りつつ、崩す所は崩さないといけない。
ユイト曰く、上手いブラッキーとハピナスがマークしている時は下手な動きは絶対にしない方がいいとまで念を押されるぐらいには苦手な敵なのだという。
この有利不利が覆る事は基本的に無いため、自分の苦手をカバーしてくれる味方と動きを合わせなければ勝てない故、味方同士の連携がとても重要なのだと語っていた。
また試合には大まかな流れや担当というものが存在し、それがレーンと呼ばれる最初のルート宣言となる。
TOP(上)レーンは他に比べて総経験値量が少ないためファイト(プレイヤー同士の戦い)が発生しにくく、ゆっくりと試合を構築して後半戦以降で活躍するポケモンとそのポケモンをサポートできるポケモンが好んで向かう。
逆にBOT(下)レーンは経験値量が多く、すぐ近くに序盤戦の重要なオブジェクト(野生ポケモン)が出現するためファイトが発生しやすく、序盤から敵ポケモンとの戦闘を有利に進められるポケモンが好んで向かう。
最後に中央レーンはJG(ジャングラー)と呼ばれ、経験値量が多く、重要なバフ(特殊効果)が得られる自由に動いてファイトを仕掛けられるため、試合全体を通して勝ちの芽を育てなければならない試合全体のムードメーカーであり、超重要ポジションだという。
「僕達ゾロアーク組に求められているのはこのジャングラーで、高い奇襲性を活かして前に出てきすぎたアタック型のポケモンを倒して味方が動きやすくするのが仕事なんだ」
「……性に合わねぇなぁ」
「やっぱり聞く気が無いの?」
「分かった分かった! 戦術はそれでいいとして、問題はそのジャングラーだっけ? 重要なポジションを慣れてない奴がやって大丈夫なのか?」
「そこはまず他の人達に迷惑が掛からないようにAIから指示を受けているポケモン達を相手に自分達の立ち回りの練習からだね。慣れたら次はレモータスタジアムで同じぐらいの腕の人達と対戦。そこでもっと慣れたらまたテイア蒼空遺跡に戻ってこよう」
「気の長い話だこと」
試合という奴は、自分が想像しているよりも命のやり取りとは縁遠い所にあるものなのかもしれない。
練習して対戦して、負けても勝っても先の試合の内容の反省点のおさらいというのは野生では通用しない。
負けて命辛々逃げ出せたならまずは傷を癒す所からだ。
弱れば多くの敵に命を狙われるからこそ、負けはほぼ死を意味する。
「ダメダメ! レーン上のエイパムには攻撃しないで!」
「だから遅い奴を待ってやる義理が……」
「経験値は共有財産なの! 誰かが独り占めすると誰かがその分量が減って、結果としてその人が狙われるの!」
「だからそれは自己責任だろ」
「プレイヤーがやられるとその人の経験値の半分の量が相手のファイトに参加していた人全員に分配されちゃうからプレイヤーが撃破されると相対的に相手が強くなっていって収拾がつかなくなるんだよ」
「なんで弱い奴の割を俺が被らなきゃなんねぇんだよ!!」
「その原因が自分のレーン以外の野生に触る事なんだって!」
早速始まった練習だが……言うまでも無く散々だった。
相手は機械的に動くポケモン達だから強くはないが、そんな何時でもどうにでもできる相手を前にしてユイトは決してセオリーの動き意外をさせようとしない。
曰く『まだ基礎を覚えてないのに勝手な事をしない!』との事だったが……あのクソ野郎との約束がなけりゃボコボコにしてやりたいところだ。
ユナイトバトルは個々の力量が試されるアクション性がありながら、その基礎は少しずつ盤面を動かしてゆく戦略性(ストラテジー)が重要なのだという。
序盤戦は如何に経験値量の有利を作れるかが大事な盤面であるため、レベルが後退するのは避けたい。
野生ポケモンに止めを刺したプレイヤーにその野生ポケモンが持っている経験値の七十五パーセントが配当され、それ以外の一度でも攻撃を行ったプレイヤーには残り二十五パーセントを等分で割った配当となる。
故に一人しか触っていなければ全ての経験値が、複数人が触っている場合は止めを刺したプレイヤーが必然的に経験値を多く取得できる。
最初の野生ポケモンはそれぞれのレーン上に同じように並んでいるため、自陣側の経験値は全員の共有財産、中央に湧く野生ポケモンがどちらのチームが止めを刺せるのか? というのが序盤戦でとても重要になってくるという事らしい。
「んで、最初に湧くビークインの群れを先に取った方がいいのになんで草むらで待機なんだ?」
「ガンク(奇襲)した方がアサシンの特徴を最大限活かせるからだよ」
という事でビークイン共が現れるまで草むら待機。
現れてもすぐに飛び出すのではなく、相手チームのメンバーが見えてから行動し、かつ先に狙うのは相手のメイジからが理想だと語っていた。
まあ今は模擬戦だからあんまりその戦法の恩恵が分からないが、ユイト曰く実戦では上位帯に辿り着くまでは十分すぎるくらい効果があるだろうと言い、暫くはこの動きの練習だった。
中盤以降、というかジャングラーの仕事は勝っているレーンを支援して絶対的な有利ができるまで……要は最初のゴールが使用不可能になるまでプッシュ(支援)するのが仕事だが、同時に特殊な状況を除き常にチーム内で一番レベルが先行していないといけない。
だから特殊な能力を付与してくれるルンパッパとバッフロンが出現した場合、レーン上の動きが無い状況ならすぐに中央に戻ってファーム(野生狩り)をしないといけない。
ファームは先行する。ファイトにも介入する。両方やらなくっちゃあならないのがジャングラーのつらいところだな。
そのうえ何が面倒かと言えば、盤面の大きな動きが決まっているのはほとんどこの最序盤のみで、レーン状況やオブジェクト状況に応じて柔軟に動きを変えていかなければならない。
特に勝っている時はリスクを避けつつ相手とこちらの差が埋まる要因を一つずつ潰してゆくのに対して、負けている時は多少のリスクを抱えてでも勝ちに転ずる動きを何処かで求められるため負けている時の方が考える事が多い。
「とりあえず八分五〇秒のビークイン戦のあとは触れるならタワー(ゴール)まで、触れないならすぐに自陣に戻ってファーム、テイアならそこから八分で中央にチルタリスが沸くから取るか味方ADCに譲るか、敵が寄ってるならファイトを仕掛けるかどうか考えて、七分のオブジェクト戦までには必ずどちらかのレーン、優先は下レーンにいる事かな?」
「待て待て待て待て!! なんだその秒刻みのスケジュール!? やる事が多すぎるんだよ!!」
「そりゃあだってユナイトバトルはただのバトルじゃなくてストラテジーだって言ったでしょ? 浮き駒になれるジャングラーは試合を動かすムードメーカーであり、同時にみんなの為に動き回らないといけないから奴隷だなんて揶揄される事もあるぐらいだし」
嘗めてた。
ユナイトバトルって奴の本質についても嘗めてた所はあるが、それ以上に人間を嘗めてた。
頭でっかちだとか嗤っていたが、ものの一〇分あるかないかの試合で、しかもその更にたった三分の間だけでもそれだけ並行して色々考えながら指示を出してるとは考えてもみなかった。
目の前の敵を倒す事しか考えてない俺とは思考の幅がそもそも違う。
その後は圧倒的な情報量を叩き込まれながら延々と模擬戦を回し続け、ほぼ無意識で俺が基本の立ち回りができるようになるまでやらされ続けた。
最早ここまでくると矯正というより調教だ。
そんなこんなでようやく久し振りの対人戦となったが、依然と試合前の心持ちが全然違う。
『聞こえる?』
「聞こえてる」
『了解。なら久し振りの対人戦だけど、気負わず練習した事をいつも通りやるだけでいいよ』
これまでの練習の成果を確認する意味合いも深い復帰第一戦だったが……結果は最早言うまでもないだろう。
マスター帯でのバトルを想定した徹底的な練習を積んだ今の俺にとってはAI戦と大差無い結果になった。
だが実際に対人戦をして思い知った。
何故多くのポケモンが人間に付き従っているのかの答えが俺には分からなかったが、今ならよく分かる。
思考の幅が、戦闘に於ける戦略の幅が段違いで広がった。
俺自身の肌感覚に加え、それを加味してどう動くべきかを多角的に見て、俺の視界外の情報の提供と的確な指示が来る。
まるで頭が二つに増えたかのような情報量なのに、俺自身が考える事は半分以下になった事で目の前の事に集中できる。
人間が後ろから指示を出すだけで戦闘に介入していないのに俺自身が飛躍的に動きやすくなった。
もしこの状態で野生のポケモンと戦おうものなら思考の余裕の差が違いすぎる。
どうりで人間の下に付くポケモンが後を絶たないわけだ。
「おい」
「どうしたの?」
「……悪かったな、今まで無視して」
自分の中で色々な事が腑に落ちたため、今まで道具としてしか見ていなかったユイトに謝ったのだが、まるでおばけでも見たかのような顔をしてこっちを見ていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれからレモータスタジアムでの対人戦を重ね、自分や他人の試合の録画データを見てユイトと感想戦をしながら更に動きを詰めてゆく日々。
以前と違い、試合の勝ち負けよりも試合内での動きの良し悪しを俺自身重視するようになっていたのがよく分かる。
とはいえ……
「ユイト。そろそろテイアに戻ろう。じゃねーと勝っても負けても試合の質が低すぎる」
「ナイトからそんな言葉が出るようになったんならいい頃合いかもね。テイアでもう一度動きのおさらいから初めて試合を重ねていこう」
お互いの意見が一致し、今の対戦の中心地として湧いているテイア蒼空遺跡へと戻る事にした。
それとユイトとの会話が多くなった事で俺はユイトの事を名前で呼ぶようになり、同じようにユイトも俺にナイトの名を付け、互いに名前で呼び合うようになっていた。
少し前の俺からは考えられない程丸くなった気がする。
生き死にの事も考えなくていい、飯の事も寝床の事も考えなくていい生活ってのは本当に思考に余裕を作ってくれる。
間違いなく野生をやっていた時より戦うのが楽しくなった。
だが、良い事ばかりではない。
「ゲームセット! チームレッドの勝利!」
『今回は負けたか……。まあアタッカー組が完全に熱くなりすぎてたし仕方がないな』
「お疲れ様ナイト。どうする? あんまりいい試合じゃなかったと思うけど……バトル映像を確認する?」
「いや、最終ログだけでいいよ。負けの理由も明確だし、俺自身がしっかり動けてたかだけ確認すれば十分だろ」
「何やってんだよ!! お前の回復が遅いから俺がやられまくってんだろうが!!」
『まーた始まったか……』
試合内容は振り返るまでもなく、一人ロールの動きを守っていない奴がいたためそこから試合が崩れたというよくある負けのパターンだったが、得てしてそういう試合は試合の最中も終わった後も、そのチームプレイが出来ていなかった奴が周囲の奴を非難するのもよく見る光景だ。
それ以上その場に留まっていても気分が悪くなるだけなのでユイトと互いにさっさと次の試合でもしに行こうとしていた。
「ご、ごめんなさい……。でも、できることならあの状況はカビゴンさんかせめてゾロアークさんが援護に来てくれるまで待っていた方が……」
「なーに反論してんだ? 自分でも回復が遅かったから俺がやられたって分かってるから謝ってるんだろ?」
「そうだそうだ!」
「なんだありゃ?」
その場から離れようとしていたが、どうも先程のチームメイトの会話の流れがおかしな方向へ進んでいた。
俺の知る限りではアタッカーのジュナイパーが味方の到着を待たずにファイトを仕掛けたのが原因でデス(撃破)が重なり、ただでさえレイトキャリー(大器晩成型)な奴が取り返しがつかないぐらい凹まされたのが原因だった。
その相方が今非難囂々を泣きそうな顔で耐えているだけのワタシラガだったのだが、ユイトからの状況情報を聞いている限りは可能な限り撃破されないようにサポートし、ジュナイパーが耐えきれないと判断したらすぐにゴール下に戻って防衛戦に切り替えていたかなり状況判断が上手いように思う。
結果として道連れになる形でワタシラガも撃破され、そのまま人数不利のファイトが始まるため当然ヒーラーも居らず、戦力的にも不足している残りのメンツも勝てるわけがないのだが、彼等まで乗っかるようにワタシラガを非難し始めたのは流石に聞き捨てならなかった。
「お前らの目は節穴か? タンクよりも前にいるジュナイパーの方がどう考えてもおかしかっただろ」
「んだとコラァ!! 俺が火力を出さないと誰が相手側のジュナイパーを止めるんだよ!!」
「俺が止めてただろ……。それにハラス(嫌がらせ)するにしても味方がいないのが分かってるんだから寄らずに遠距離から矢を撃ってるだけで十分だっただろうが」
「オメーもオメーだよ!! ジャングラーのくせに俺が負けてるってのに助けにも来やしない!!」
「分かった分かった。俺からワタシラガに説教しといてやるからお前らはさっさと次の試合で活躍してこい」
話にならないと確信したため、さっさと切り上げて面倒な奴等を追い払う事にした。
自分が最強で自分一人で何でもできると思ってる奴は何を言っても聞く耳を持たない。
……我ながら随分な自虐に聞こえるな。
「さてと……」
「ご、ごめんなさい……!」
勢いで庇ったワタシラガの方へ向きなおしたが、あんな言い方をしたものだから完全に怒られ待ちで竦み上がっている。
今にも泣きだしそうで前にユイトが使ってた機械に出てた顔文字とかいうやつみたいな顔になっている。
「謝る事はねぇだろ。アイツの手前ああ言ったが、お前は自分が出来る範囲で出来る動きをやってた。誰がどう見てもジュナイパーの方が悪かったのに同調した辺り、アイツらは普段からつるんでるんだろうさ」
「で、でも……回復が追い付かなかったのは事実で……」
「タンクでもねぇのにあんなに前に出てたらいい的だ。寧ろそいつに引っ張られすぎて前に出てなかったからお前はすぐに撤退できてた。結果として道連れで撃破されちゃあいたがちゃんと死なないようにする動きはできてたよ」
「でもサポートなのに……」
「サポートの仕事は味方を死なせないようにすることじゃなくて味方が動きやすい状況を作るのが仕事だ。……ったはずだ。正直自分の役割以外は何となくでしか理解してないが、ファイトには必ず居たし、俺もしっかりと援護してもらってた。死なせないのも援護だが庇いきれない味方に連れられて前に出すぎてないなら十分だよ」
「……」
ガラにもなくあれやこれやとフォローしているが、何を言っても自己肯定感が低いのかでもでもだっての繰り返し。
正直そのまま俺もその場を去りたかったが、メンタルケアもチームメイトの重要な仕事だとユイトに釘を刺されている以上、放置はできない。
「分かった分かった。一旦飯食いに行くぞ。その後パーティを組め。お前が間違ってなかったと次の試合で証明すりゃあいい」
「え? ……えっ!?」
そう言いながら頭? 綿? を撫でてやると何故かワタシラガは頬を染めていた。
いやなんでだよ。
ただの飯の誘いだろ。
ユイトとワタシラガのパートナーにも事情を説明し、とりあえず昼食を摂りながら次のバトルの打ち合わせ。
と言っても俺はジャングラーである以上そのワタシラガ、コットンという子と常に行動を共にするわけではないが、サポート型はそこそこ体力がある奴が多いため俺がブッシュ(草むら)待機している場合や向かっている時はわざとターゲットを引いてもらうぐらいのやり取りはした。
後のミクロ(局所での動き)はパーティであれば情報連携を密に出来る以上、柔軟に対応した方がいいため今はお互いがどういう動きを求めているのかを理解しておくだけで十分だろう。
「コットン、そっちのレーンのサポートに入る。軽くヘイトを引いて寄せれるか?」
「やってみます!」
そして実際の試合をしてみたが、やはりというかなんというか、かなり上手い。
状況が良く見えてるから無理をしない。
回復やバリアを送るのも早いし、味方を逃がす時はきっちり前に出てくる。
だが悲しいかな、サポート型のポケモンは味方への依存度が高い。
なのにどれほど優秀な援護を続けても勝ちに貢献した事が伝わりにくい縁の下の力持ちだ。
以前の俺なら雑魚と切り捨てていた所だが、こういう味方が動きやすく柔軟に合わせられるサポートやタンクがいるとアサシンの俺としては試合を動かしやすくなる。
結果は特に苦も無く勝利。
付け加えるなら支援組が上手かったおかげでアタッカーの立ち上がりが早まり、俺が手持ち無沙汰になるぐらいには味方が強かった。
最終戦績のログを見てもコットンはサポートとは思えないダメージ量を出しながらも回復もきっちりと出していて文句のつけようがない。
「ほらな? 自信を持てコットン。お前の判断は間違ってない。実際俺も楽をさせてもらったしな」
「あ、ありがとうございます!」
「じゃ、これからも頑張れよ」
一先ずこれで自分で呼び込んだトラブルは一件落着。
また練度を上げて今度はランクマッチに挑戦して、ゆくゆくはあの野郎をギャフンと言わせられるぐらいの実力はつけたいところだ。
「あ、あのっ……!」
「ん? まだ何か用があるのか?」
「そ、その……よければ……これからも一緒に試合をしてくれませんか? た、たまにでいいので……!」
頬を赤らめるな。頬を。
とはいえコットンは別に下手ではない。
組んでいてやり易かったし、断る理由はないだろう。
「まあ別に構わないが……近々ランクマッチに挑むつもりだからそれでもいいならだけどな」
「ぜ、是非……!」
そう言ってコットンは嬉しそうに弾むボールのようにフワフワと喜び舞っていたが、どちらかというと自分の心境の変化に驚いていた。
寛容になったのはユイトら人間に対してだけだと思っていたが、どうやらしっかりと俺自身このユナイトバトルにおける強さが、というより人間達が口を揃えて言う"強さ"というやつを理解できたようだ。
コットンは間違いなく強い。
一人でランクマッチを進めるよりは間違いなく連携が取れる存在が一人はいた方が楽だろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ナイト! 多分相手はもうレックウザを倒しにかかってる!』
「速攻仕掛けるつもりか。カバー間に合う奴は!?」
「私行きます!!」
「ゲームセット! ブルーチームの勝利!」
鳴り響く試合終了のホイッスル。
そしてこの試合の勝利を最後に、俺とコットンは遂に……
「やりましたよ! ナイトさん! ユナイト技でスティール(止めの狙い撃ち)成功しました! これで私達」
「ああ、長かったな……遂にマスターランクに到達だ」
高ランク帯になればなるほど試合は拮抗したものが多くなり、そう易々と勝ちをもぎ取らせてくれる相手はいなくなった。
今回の試合もほぼギリギリの接戦の中、逆転の一手となりそうだった相手チームの速攻戦術をコットンが阻止し、なんとか勝利を収めた。
試合には勝ったが、とはいえ個人的には試合内容にはかなり納得が出来ていない。
というのも、俺は終始マークされていたせいでブラッキーやピクシーのようなメタ(苦手)ポケモン達に行動を制限され、満足のいく動きが全くさせてもらえなかった。
仕方ないとはいえやはり不甲斐ない。
「やっぱりあそこはピクシーの重力を発動する所まで見てから仕掛けた方が良かったんじゃねぇか?」
「完全に警戒されてたからああいう試合では逆に僕達は囮でいいんだよ。実際ドラパルトさんがしっかり取ってくれてたでしょ?」
「言ってることは分かるんだけどよぉ……ここ最近ずっとこういう試合ばっかりだからたまにゃ活躍しないと足を引っ張ってる気がしてなぁ……」
「警戒されてるって事は逆に言えばナイトさんが敵チームにいるだけでプレッシャーを掛けられているって事ですよ! ちゃんとチームに貢献できてます!」
試合後の感想戦もいつもなら喧々諤々と言葉を交わすものだったが、今回はまるで俺の愚痴大会だ。
不甲斐ない。
少し前の俺が今の俺を見たら怒り狂っていそうだ。
メタが相手に居ない試合なら以前ほどの撃破数を叩き出せるが、逆にメタが居ると警戒されすぎて何もさせてもらえない。
俺よりも試合全体を見れているユイトと元々サポートを徹底しているコットンの二人から見れば、それはそれで相手に俺の姿が見えるまでは技を出し渋る必要があるためそれだけで抑止力になっているようなものなのだろうが、理屈では分かっていても納得は出来ない。
だが俺は敵を倒してこそのロールである以上、そのガチガチの警戒を掻い潜らなければソロでランクマッチを挑んでいたのならマスターランク到達はもっとかかっていたという事になる。
駄目だ……完全にスランプだ……。
「大丈夫だって! ちゃんと試合の前半の構築はできてるんだから! だから後半戦でADCが活躍できてるんでしょ?」
「ナイトさんはちゃんと早めに撤退してくれるので私はサポートしやすいですよ!」
「俺が仕事が出来てない事のフォローにはなってないだろ~」
野生で戦っていた時には絶対に抱かなかった感情に支配されているのがよく分かる。
今よりも若く、力もなかった頃は勝つ事が全てであり、幻影の力や周囲の環境をフルに活かして勝利を勝ち取っていたものだ。
少し前までは俺が堂々と歩いていても喧嘩をふっかけてくる馬鹿は誰もいなかったのに、このユナイトバトルの世界に来てまた若かった頃のような周囲全てに警戒するような戦い方に戻ったせいで少々自分の中の惨めな部分が出てきてしまったのだろうか……。
ランク戦の方はとりあえず目標達成という事で一旦、全部忘れてバトルを楽しもう! とユイト達に励まされたが、更に上を目指すのならそんな事を言っている場合ではないような気がする。
だが今度はどう言っても二人が取り合ってくれず、少しだけクイックバトルや飲食店巡りを強制的にさせられていた。
どう見ても俺をバトルから遠ざけてメンタルケアを行っているみたいだが、それじゃあ結局根本解決はしないだろうに……。
「お待たせしました。デラックスエオスパフェです」
まあパフェが美味いから今はこれで忘れよう。
大通り沿いのカフェだったが、ここは人通りも多いためか味も見た目も抜群に良い。
テラスの四人席でトレーナー同士、ポケモン同士で座って色々と食べていたが、本当に色んな人間やポケモンが行き交っている。
「おや……? 君はもしかして……」
四人仲良くパフェを嗜んでいたら、甘い匂いに誘われ……たわけではないと思うが、見覚えのある顔が現れた。
というよりも忘れたくても忘れられない因縁の相手だ。
「なんだよ……俺がパフェ喰ってるのがそんなに珍しいか?」
「やっぱり君だったのか。その後の調子はどうだい?」
あのゾロアークはそうにこやかに言うと、当然のようにこちらへと寄ってきた。
ただでさえスランプだというのになんで負かされた相手と一緒にいなくちゃならんのだ……。
「もうマスターに到達したのかい!? 男児三日会わざればとはよく言ったものだね」
「茶化しに来たんならどっか行ってくれって……」
「随分元気が無いね。調子が悪そうには見えないけど」
「調子が悪いからこうなってるんだよ」
「あの、実は……」
俺が喋りたくなかったスランプの事を他の奴等がゾロアークの奴にベラベラと喋りやがった。
コットンもそのトレーナーも俺の事情に関しては知っているため色々と相談していたが、何が気に喰わないと言えば俺の話を俺不在で進めている事だ。
とは言ってもこいつ等を止めた所で最早無駄だろう。
「なるほど……。良い傾向じゃないかな?」
「何がだよ」
「勝ちに満足していない、試合を通しての自分の動きに満足できていないというのは正に中級者の壁だからね」
「それの何が良い傾向だってんだよ……」
「うん、もう一回バトルしてみないかい? 今ならきっといい経験をさせられると思うよ」
「馬鹿言うなよ。こちとら絶賛スランプだ。そうでなくても一度負かされた相手にそんな簡単に勝てると思ってないわ」
「勝つ事が目的じゃないさ。きっと今の君となら試合を通して伝えたいことを伝えられる気がする」
「口で説明すりゃ済む話だろ」
「多分、君の性格上実際に体験した方が早い気がするけどね」
絶対に勝てないと分かっている格上相手になんでバトルを申し込まなきゃならんのかとグダグダと文句を垂れていたが、勝ったらここのデラックスパフェを三つ奢ると言ってきたため渋々了承した。
決してパフェが食べたいとかではない。
どうせバトルをしなきゃ納得しない相手だというのが分かっているし、悔しいがこいつの言うアドバイスは的確なのだろうと思っているからだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
試合形式はスタンダードバトル。
こちらは俺とコットンのデュオで、相手側はあのゾロアークがソロ。
残りは即席チームのいつものパターンで、テイア蒼空遺跡でのバトルとなった。
とりあえず試合に臨む以上、勝つための最大限の努力は行う。
スランプだ何だと言っている場合ではない。
自らの頬を叩き、気合を入れて試合前のブリーフィングに臨む。
チームメンバーは俺、コットン、ドラパルト、フシギバナ、オーロットの少々立ち上がりが遅いチームだ。
皆和気藹々と何をしたいのかを語り合っている所を見ていると、これまでの絶対に勝つというランクマッチ特有のピリピリとした空気が無い分気が楽でいい。
ドラパルトとどちらが中央レーンを担当するか相談したが、まだ練習中で必ずキャリー(試合を動かす)できる自信が無いとの事で上レーンに行く事を望んだため、よりにもよって俺がキャリーしなければならなくなった。
相手チームはゾロアーク、イワパレス、グレイシア、エーフィ、ウーラオスのかなり偏ったチーム構成となっているようだ。
相手側にサポート型が居ない試合なんてそれこそ低ランク帯で結構、高ランク帯になってくるとほぼ見かけないが、これもスタンダード故だ。
色んなプレイヤーが居るからこそ爆発力のあるチームになったり、逆にドラパルトのように練習するために試合をしている奴等も結構な数いる。
「多分中央は相手側もゾロアークだろう。ミラーになる以上あまり積極的に姿を晒さないようにするから、カバーに入ってもそのつもりで引き気味で戦ってくれると助かる」
「了解。相手の前衛組に警戒しながら戦う事にするよ」
チーム内での戦い方も決まり、いざ試合開始となる。
最序盤の動きはいつも通り、問題は八分五〇秒のタイミング……。
「ブルーチームフシギダネ選手がレッドチームダクマ選手を先制KO!」
と思っていたが、どうやら下レーン側で大きな動きがあったらしい。
警戒すると言っていたが恐らくは相手ダクマが少々欲張って前に出すぎたのだろう。
最序盤の撃破はそれだけで試合の天秤が大きく揺らぐため、ここは迷わず下レーンのサポートに入るべきだな。
『ナイト! ここは下レーンをプッシュしよう!』
「そうだな。ただ……」
下レーン付近へと辿り着いたが、俺は一旦自陣ゴールの方へ回ってそこから下側の草むらへと身を潜めた。
下レーンの重要性はアイツも理解しているはずだし、まだゴールに触れたわけではない以上、アイツなら俺を試す目的でも間違いなくガンクしてくることだろう。
そうこうする内にチルタリスが現れた。
「上レーン側に奴の姿はあるか?」
『見えてないよ。多分ナイトの予想通り、向こうも待ってる』
「だったら挨拶代わりだ。お望み通りこっちから仕掛けてやらぁ!」
レーンのプレイヤー達がチルタリスの争奪戦をし出したのを確認してから、先に俺が相手のダクマへ攻撃を仕掛ける。
奴の狙いが俺の動きを見ることなら……。
「さて、成長振りを見せてもらおうか!」
やはり仕掛けてきた!
こちらが飛び出してきたのを確認すると奴は俺に襲い掛かってきた。
だがこの状況なら俺の方が若干有利だ。
先に辻斬りをダクマに当てているし、途中で外してもいない。
そしてそのまま飛び上がって……これで止めぇ!!
追撃してきた相手のゾロアークは脱出ボタンときりさくを使ってさっさとコットンの後ろに逃げ込んで体勢を立て直せばアイツなら無理に突っ込んでくる事は無いだろう。
「いいね。ちゃんとした動きだ」
「そいつは、どうも!」
味方にも前もって下レーンに敵ゾロアークが寄ってくるであろう事を伝えていたおかげで大きな被害もなく、多少チルットを倒された程度で済んだため、この最初のファイトはこちらの若干有利で収められた。
……だがまあ、多分アイツわざとこういう動きをしてみせたな。
今になって考えればあの時、自陣側のジャングルのファームを取っていったのは味方ではなくアイツだったはずだ。
だからこそ同じような状況で俺がガンクを警戒せずに前に出ていたり、レーンのホルビーを取っていればまた同じ状況に陥っていただろう。
要はアイツからもこの最初の有利状況を生み出してしまう動きはわざと行ったというわけだ。
いけ好かねぇ……だが、実力差が分かる程度には俺自身ユナイトバトルが上手くなったと思うからこそ、漸くコイツの背中は見えた所だろうな。
「アイツが同じレーンに来た以上、俺も大きくは動けねぇ。イエッサンはお前らが上手く捌けよ」
『ジャングルに戻るの? もう少し様子を見てからの方が……』
「分かってる。多分アイツはもう一度仕掛けてくるだろう。だからこそ戻る」
『分かってるなら……』
「アイツはわざと俺に有利な状況を譲った。だからこそ俺はアイツと対等に戦いたい。対等な状況でアイツと何処まで渡り合えるか知りたいんだ」
『ナイト……。分かった。警戒するようにコットン達に伝えておく』
これは俺のワガママだ。
ダクマを既に二回撃破してかなりこちら有利に傾いている状況だからこそ、本当ならここは迷わず下レーンの有利を盤石にするべきだとは分かっている。
だがこれは勝つためのバトルじゃない。
譲られた勝利に驕るようじゃ俺はこの先強くなれない。
アンタがこの試合で得られるものがある、良い経験ができるといった以上、俺は対等に戦って今俺が抱えているこのモヤモヤを晴らさせてもらう。
だから譲ってもらう気はさらさらない。
結局、それは俺が深読みしすぎただけだったのかもしれないが、アイツも下レーンに居座る事は無く、さっさと自陣に戻ってファームを行っていたらしい。
『中央のチルタリス貰います!』
「分かった。カバーに入る」
上レーンに行ったドラパルト、もとい現在ドラメシアから進化してドロンチになった奴からそう連絡が入った。
中央チルタリスをADCが取る事ができれば立ち上がりを一気に早められる以上、俺は逆にそこでドラメシアが撃破される事を避けなければならない。
ジャングルのファームを終えてすぐに中央エリア付近に行き、そのまま敵陣側に寄って目視で敵が来ていないか確認する。
よし、俺の方が寄りが早かったようだ。
念のため草むらもチェックしたが敵は見当たらないため、これなら問題なくドロンチに経験値を譲れるだろう。
相手陣側に寄った位置で少しの間待機していたが、敵が現れる様子はなかったため、急いで下レーンへと向かう。
『すまん! 上側に敵が三人現れた! 可能なら戻ってきてもらえると助かる!』
「俺が先にカバーに入る。攻め込んできたなら無理せずにゴールを放棄しろ。ドロンチはファームが完了次第そのまま下オブジェクト戦に備えてゴールを決めておいてくれ!」
上レーンの防衛をしていたオーロットから援護要請があったため、レベル的に余裕のある俺がカバーに入りゴールまで触られる事態を避けるように動く。
とはいえこれはあくまで最初のオブジェクト戦を不利にしないための加勢だ。
恐らくはこのままドロンチが下レーンのゴールに触る事ができれば、ドラパルトに進化して下側に出現するレジ系の奴を倒す所までできることだろう。
『下側レーン敵全滅! ゴールも破壊できると思うよ!』
予想通りユイトからその旨の連絡が入った。
肝心のトップレーンの方だったが、流石にオーロットがゴールの防衛をして敵を纏めて行動不能にした所で俺が合流できたため、相手もそれ以上無理に突撃するのは止めたようだ。
「すまん! 助かった!」
「そっちこそよく耐えてくれた。俺は一旦下レジに加勢するから引き続き防衛を頼む」
防衛が終わればすぐに最初のオブジェクト戦。
そのために上から下へ急いで移動する必要が出てくるためユイトがジャングラーは奴隷と言っていた意味がよく分かる。
やることが……やることが多い……!
下レーンに到着したらすぐにチルタリス分の経験値を貰って出現したレジアイスを総攻撃で倒し、チーム全員の経験値を一気に獲得。
そのまま今度は急いで上レーンに戻って……
「レッドチームがレジエレキを撃破! レッドチームのお助けポケモンとして一緒に戦ってくれるぞ!」
まあ、やはり甘えを許してくれるような奴ではない。
もしもの時のレジアイス戦でスティールを狙われる事を恐れて下レジに集中したが、どう考えても俺は上レーンに留まってレジエレキを相手チームに触らせないようにするべきだっただろう。
『すまん! まさか確認する暇も無い程速攻でレジエレキを取られるとは思わなんだ!』
「こっちこそ悪い! 相手の動きを甘く見すぎていた! すぐに防衛に入る!」
下レーン側は一旦いいとして、チーム総出で上レーンの防衛に向かうが……流石にオーロットは敵チームの総攻撃を耐えきれずに撃破され、そのままの勢いで上レーンの最初のゴールを破壊されてしまった。
ならばここはすぐにカウンターを決めるべきだろう。
『コットンが来るまで待った方がいいと思うけど……大丈夫?』
「大丈夫だ、流石に相手も防衛に回っているはずだから俺もただ状況を確認するだけだ。ブッシュには十分警戒する」
ユイトの心配も分かるが状況を確認しなければ話にならない。
上側から回り込むようにしてゴールの状況を確認したが、やはり上レーン組が二人で待機している。
この二人だけならこちら全員の総攻撃を仕掛ければカウンターは成功するだろうが、恐ろしいのは相手のゾロアークの存在だ。
いくらレベル先行できているといってもオブジェクト戦は痛み分けとなった以上、もうその差はほとんど無いと考えた方が無難だろう。
ここでもしも俺が寄ってくるのを待たれていて、直接戦闘で俺が撃破されれば盤面状況はひっくり返る。
「ナイトさん! 私が先行するので援護をお願いします!」
そうこうする内にコットンとフシギバナが到着し、そのままコットンは囮となるために突撃してゆく。
状況としては悪手だが、こうでもしないとゴール付近の状況を完全に把握するのは難しいだろう。
結果としては、草むらで待機していたのはウーラオスだった。
流れるような連撃でコットンに一撃、そのまま後ろを追っていたフシギバナの方へ追撃する。
相性的にもマズいが、すぐにコットンが花粉団子とコットンガードを使ってフシギバナを守った事で撃破は免れたため、俺がすぐに技を出し切ったウーラオスへ辻斬りによる連続攻撃を当てて返り討ちにする。
その頃には既にオーロットとドラパルトも合流できていたため、そのまま総攻撃で上レーンのゴールを守っていたイワパレスとエーフィを撃破してゴールを破壊し、上レーンのゴール破壊状況をトントンまで持ち直した。
『ナイト! 下レーンにゾロアークとグレイシアがゴールしたよ! 点数的にはギリギリゴールが破壊されてないけどもう一回触られると破壊されると思う!』
「アイツはカウンターで動いてたか……! クソッ! 俺もまだ読みが甘いな」
『僕ももっと警戒するべきだった。ごめん!』
「過ぎた事は仕方がない。すぐにファームに戻って次のオブジェクト戦に備えるぞ!」
そう言って自陣ジャングルに戻ったが……またしてもやられた。
今度は前の時と違って根こそぎ野生ポケモンを持っていかれている。
アイツの動きに警戒してゴールの破壊を渋ったり、レジアイスの撃破を優先したりとしている間に見事にアイツは大立ち回りでこちらとのレベル差をうめていた。
「ユイト! 相手のゾロアークとのレベル差は!?」
『相手の方が一レベル分上回ってる!』
既に有利状況はひっくり返っていた。
明確なミスはしていないはずだが、それでも確実に裏をかかれてあっという間に追い詰められた。
実力の差を見せつけられているようでなんとも歯痒い。
だが
「やっぱアイツ……スゲェんだな……」
『……そうだね。だけど……!』
「ああ、負けてやる気は微塵も無ぇ!!」
背中が見えたと驕っていたのは俺だった。
あのまま有利状況を甘んじて受け入れていればこうはなっていなかったかもしれない。
味方を信じて上レーンの睨み合いに持ち込めば今も有利な状況を維持できたかもしれない。
だが、たらればの話をしても変わらない。
今出来る最善を尽くす……!
「賭けだ! 相手陣のジャングルは絶対に残ってない。下レーンの有利を利用して敵陣側のチルタリスを取って、そのまま第二ゴール戦に持ち込む!」
俺にはまだユイト程、試合状況を落ち着いて見る余裕が無い。
アイツほど相手の心理を読み、的確に痛い所を突くだけの経験も無い。
状況は悪化している……なのになんでだろうな……。
今、俺は最高に試合を楽しんでいる。
ぶつかり合うのは力と力ではない。
お互いの知識と経験と心理の読み合いだからこそ、負けたくないと思える。
「これ以上は無理だ! 撤退するぞ!」
きっと俺の戦術はまだまだ思慮が足りず、浅い物だろう。
「エレキは捨てる! 下レジを必ず取るぞ!」
それでもこのたった十分という一生の中で瞬きをすれば終わるようなこの時間が、無限にも思えるほど思考の忙しさが心地良い。
だが時間は過ぎてゆく。
残り試合時間二分。
試合のキーポイントになるレックウザがフィールドに降臨する。
レックウザ戦を制すれば、それは即ち勝利と同義。
「ワシが敵を引きずり出す! 総攻撃を仕掛けるぞ!」
点数状況は若干こちらの方が有利なままだが、吹けば飛ぶような点数差でしかない。
故にオーロットの攻撃を皮切りにレックウザ前の大激戦が開始する。
ウッドホーンによる突撃で無理矢理草むらの中に隠れていた相手のイワパレスとウーラオスを引きずり出し、そのまま畳みかけるようにウッドハンマーとユナイト技を叩き込むが、当然相手もタダではやられてくれるわけがない。
すぐさまイワパレスがシザークロスで反撃し、続くようにウーラオスのユナイト技による連撃がオーロットに叩き込まれる。
オーロットの攻撃に合わせて俺とシャドーダイブで潜伏していたドラパルトが攻撃に加担し、カバーするためにコットンが早めのユナイト技を使用していつでも回復できるように待機していてくれた。
それに合わせるようにして相手のエーフィとグレイシアもユナイト技を使用して前衛組の動きを制する。
「流石だ。見違えたよ」
激戦の合間からアイツの声が聞こえたかと思うと、アイツは俺やオーロット、ドラパルトの攻撃の遥か遠く、最後衛からソーラービームを撃つはずだったフシギバナを真っ先に撃破していた。
一体この大技の応酬の何処に攻撃を避けて後衛の所まで辿り着く余裕があったのか、今の俺には予想すらできないが、主砲のフシギバナが落とされたのは事実だ。
そうこうする内に焦ったドラパルトがウーラオスの攻撃圏内まで寄りすぎた事と、エーフィとグレイシアのユナイト技の畳みかけの総火力を受けてしまいあっという間に撃破。
持ち前の体力を活かしてオーロットがウーラオスとの殴り合いを続けている所に俺の辻斬りが入り、そのまま巻き込む形でユナイト技を使うために前に出ていたエーフィとグレイシアを纏めてユナイト技で撃破。
ドラパルトを回復するのが間に合わず、焦ってユナイト技の着地をしたコットンはウーラオスを回復しながら一旦自陣側に戻ろうとしたが、当然そちら側にはアイツがしっかりと逃げる先を読んで待っており、オーロット共々撃破された。
「いいね。互いにチームメンバーが全滅。レックウザ戦は仕切り直しだ」
追いかけてやりたい所だが、今深追いしても返り討ちに遭うのは目に見えている。
悔しいがアイツの言う通り仕切り直すしかない。
一度ホームエリアに帰還し、レックウザの状況をユイトに確認してもらいながらアギルダーとシュバルゴを倒してバフを得てから再度レックウザ戦に臨む。
時間は残り一分を切り、どう足掻いてもこれがラストチャンスになるだろう。
『ナイト! もうこの時間まで来たなら防衛戦に徹した方がいいよ!』
「いや! ダメだ。今ここで攻めの姿勢を失えば間違いなく相手が動く!」
状況は確かに僅かに有利だ。
均衡状態を維持できればそのまま勝利に持ち込めるが、あの裏のかき方をしてきた相手が呑気に睨み合いに付き合うわけがない。
現状の逆転の芽は二つ。
今にして考えれば恐らくわざと残されたのであろう下レーンの第一ゴールに二倍得点の今、五〇点を決められることと、レックウザを討伐されることだ。
完全なカバーは不可能である以上、下寄りに動いてどちらにもすぐに対処できるようにするしかない。
『ナイト! まずい! 上のゴールにイワパレスが触りに行ってる!』
「だったら好機だ! 今の内にレックウザを人数有利で倒しきるぞ!」
相手のイワパレスが焦ってゴールしに行ったのなら戦力分散しているのが確定している。
だったら今の内にレックウザを総攻撃で討伐し、入れられた点数を上回る点数を入れ返せばいい。
最速で攻撃を仕掛け始めるドラパルトとフシギバナにレックウザを任せ、この攻撃を察知して寄ってくる敵の迎撃に備える。
が、予想外にも真っ先に辿り着いたのはゴールを触っていたはずのイワパレスであり、レックウザを触り始めたフシギバナ達に恐ろしい速度で近寄っていた。
あの感じは恐らくゴールを触っているように見せかけてユナイト技を使用して高速で戻ってきたのだろう。
慌てて戻り、味方を守るためにイワパレスに戦闘を仕掛けたが、それと同時に待機していたアイツが現れ、レックウザを経由してドラパルトへと一気に近寄り、ユナイト技を使ってあっという間に撃破してしまう。
「これで君達にはもう勝利はない」
悔しいが……コイツが他の奴等に作戦を伝えたのだろう。
見事なまでに俺達の焦りを利用され、あともう少しでレックウザを討伐できるという所で止められた。
だが……!
「このチャンスだけは絶対に逃さない!!」
撃破されずに戦闘に参加し続けてたおかげでユナイト技もある!
持てる全ての技を叩き込み、相手チームが技を叩き込み続ける中を掻い潜ってレックウザに止めの一撃を叩き込んだ。
これでレックウザの加護は俺達のチームの手に入った!
俺達の勝ちだ!!
「ナイスゴール!! レッドチームに一〇〇点!」
「なっ……!?」
レックウザを取りきって勝ったと思ったのも束の間、ドラパルトとフシギバナは撃破されてリスポーン待ちの状態のため防衛にも攻撃にも参加できず、肝心のレックウザの加護を得られたのは俺とコットンとオーロットだったが、既に俺とオーロットはバリアを込みにしてもそう長く耐えられるような体力は残っていない。
「言ったはずだ。君達は自分の手で勝機を失った」
「まだ……まだだっ……!?」
そう信じたかったが、俺は総攻撃を受けて撃破され、オーロットとコットンが急いで今持っている点数だけでもゴールに入れに走ったが、同じように相手チームも全員でゴールに走っている。
時間的に俺はもう試合に干渉することができず、ドラパルトとフシギバナは復帰しても恐らくゴールの妨害は間に合わない。
既に一〇〇点を入れられているためコットンやオーロットに防衛に戻ってもらう指示も不可能だ。
正しく『詰み』
相手には既にこの状況が見えていたということだ。
「……だが、強くなった。とても楽しい試合だったよ」
アイツが俺を撃破した時に俺に放った言葉は、笑顔と共にだった。
「ゲームセット!! レッドチームの勝利!!」
悔しい……。
だが、なんでだろうな……。
完膚無きまでな負けだったのにも拘らず、俺の心はとても満たされていた。
「その顔を見る限り、聞くまでもなく得られたものはあったみたいだね」
「相変わらずムカつく野郎だな」
試合が終わるなり、そのゾロアークはすぐに俺の元へとやってきた。
文句の一つでも言ってやりたい所だが、確かにこの試合から得られるものは余りにも多かった。
俺自身の視野がまだまだ狭すぎると思っていたが、単純に俺もユイトもまだまだ考え方を根本から見直す必要がありそうだ。
だが何となく俺のプライドがコイツに素直に礼を言うのも癪だと思わせた。
「言う通りお前のおかげで俺はまだまだ強くなれそうだよ。次は覚悟しな」
「フフッ……そうだね。次はお互いの全力をぶつけ合おう」
そんな事を言い残し、アイツは初めて終始笑顔でその場を去っていった。
これでも俺はどでかい縄張りを持つモテモテのオスだった。
誰もが俺を見れば恐れ慄き、人間ですら一目置くほどだった。
そんな俺をアイツは完全に子供扱いしてやがる。
まるで狩りの仕方を教えられているような感覚だった。
「悪いな、ユイト。コットン。もっと試合がしたくなった」
「……ナイト、ごめんよ」
「なんでお前が謝るんだよ。今回は完全に俺のエゴもあって負けた。完全に俺のせいだ」
「そうじゃなくってさ、実はあの人達の事、少しだけ調べたんだけど、試合前にナイトが知ったらプレッシャーになると思ったから言わなかった事があるんだ」
「ん? なんだよ言わなかった事って」
「実はあのゾロアークとトレーナーさん、ゾロアークのトッププレイヤーさんだったんだよね」
「トッププレイヤーって?」
「まあざっくり言うと、ユナイトバトルに参加してるゾロアークの中でも一番強いゾロアークって事」
井の中のニョロトノ大海を知らずとは正にこの事だろう。
最早聞いても笑いしか出てこない。
野生で最強を自負していた俺がユナイトバトルで名実共に最強のゾロアークを相手に俺の方が強いとのたまっていたわけだ。
そりゃあまるっきり子供扱いされるのも納得できる。
「いいな。宣言した以上、次はあいつに勝てるぐらいもっと強くなろうぜ。ユイト」
「わ、私も精一杯協力させてください……!」
「そうだな。俺だけじゃ勝てない。だから次は勝とう」
「俺達で
僕達で 『
私達で 」
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