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名無しの4Vクリムガン ほらあなポケモンの貴重な食事風景

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 今朝は食事にありつけないらしい。
 おれが目覚めると、そこは暗闇に閉ざされた空間だった。においでわかった。淀んだ空気のにおい。不思議なことに、そこに人間の気配が残留している気がする。
 そう考えたのも無理はない。連想する必要もないほど簡明な事柄だ。
 口輪を嵌められ、両手が腹のあたりで硬いものに拘束されて、寝かされていた。力を込めても外れない。
 ――おれは誘拐されていた。
 おれはクリムガンというドラゴンタイプのポケモンで、人間が使う道具程度なら壊すのは簡単なはずだ。したがって、この拘束は普通ではない。狂暴な野生のポケモンを捕獲するための機械か何かかもしれない。いつものようには腕が力を出さない。そういう仕掛けがなされた拘束なのだ。
 これを外すのはおれだけでは無理だ。もちろん、これを装着するのもおれだけでは不可能。おれは不器用だから両手や尻尾をどう使っても、さほど緻密な作業はできない。
 おれが装着したのではないということは、ほかの誰かがそれをやったということで、そこに意思が見てとれる。その誰か――つまり犯人は今どこにいるのだろう。おれが起きるのを待っていたのだろうか。起きた直後の反応を楽しむタイプも多そうだ。刺激を求めるのなら、必要なのは死体ではなく「殺す」という動作だから、おれの動きに興奮していることも考えられた。
 ――オレ、コロサレルンダ。
 暗闇の中から、誰かに覗かれている気がした。それはおれがそう思ったからそう感じただけのことで、実際には世界は何一つ動いていなかったが。
 なんにせよ、今はどうしようもなかった。
 口輪のせいで咆哮もままならず、グルグル唸るってみてもどうにもならない。とりあえず、おれは状況をより正確に把握しようと努める。
 音のない世界。シンと静まり返った闇の中、耳鳴りのような音がおれの体を反響している。どくん、どくんと心臓が鳴る。より注意深く音に集中すると、頑丈な肉体が軋む音がする。おれの体はずいぶん長いあいだ動いていなかったらしい。
 ごろごろと転がって筋肉をほぐしてゆく。腕は動かせないが、足は縛られていない。尻尾や翼はも自由に動く。パキパキと節が音をたてた。
 いくらか体がほぐれたところで、おれは周りを見回してみた。暗い場所だ。しかしクリムガンは地中を住処とするポケモンであるから、おれはまったく光のない場所にも順応することができる。少しずつ周囲の輪郭が見えはじめた。
 そこは大きな空間だった。おれを隙間なく立たせれば百匹くらいは入り込むことができそうな広さがあった。しかしきわめて人為的な空間でもあった。四隅が九十度に切り取られている。洞窟や洞穴ではこういう角度は存在しえない。直角というのは人間の作り出す角度だ。
 隅の方には棚のようなものが設置されていて、色々と小物が置かれているようだった。物が死んだにおいがする。廃墟のようなにおい。腕を拘束している機械を床に当てると、カツンと大きな音がした。どうやら床は冷たく硬い石でできているようだ。
 脚や尻尾のあたりは妙に柔らかく、おれは寝転がったままそれを踏んでみる。マットのようなものが敷かれている。おれが旅をはじめたばかりのころ、野生のポケモンに手ひどくやられてポケモンセンターに運び込まれたときに寝かされたベッドが、記憶では一番近い。この上におれは寝かされていたため、どうやら冷えずに済んだようだ。おれの体は冷えるとうまく動かせなくなってしまう。しかし死体とかではなくて、少し残念な気持ちもした。そうだったら、きっともっとドキドキしていたはずなのに。
 おれは考えた。十中八九、これは人間の仕業だが、ひょっとするとポケモンにも可能なのかもしれない。
 どちらにしろ、この状況――
 おれにとってはきわめて危険で、きわめて不安定な状態だ。おれの心臓が早鐘を打ちはじめる。おれは自分自身の存続をそれほど重視していないので、恐怖というのもフィルターを通してしか見えず、水に落としたきのみの果汁のように薄れるのが通常なのだが、今回は違った。
 おれは現在おかれている状況に()()した。今回は自ら恐怖を感じることを選んだというべきだろうか。
 おれにとっては恐ろしさや緊張によってドキドキするのも、ときめきを感じてドキドキするのもさほど変わるところはない。おれの主観においては、愛も恐怖も生も死も同じだった。どちらも等価的に選びうるし、おれを束縛する規範はない。
 もちろん例外もないわけではない。
 おれにとって完全に割り切れないところがただ一点だけある。タブンネの存在だ。ポケモンセンターにいるタブンネは、おれを捕獲するモンスターボールのようなものなのかもしれない。どうしておれを捕らえているのか自分にもわからず、まるでランクルスの超能力のようだ(あれは超能力を行使するよりも腕を振り回して相手を殴る方が好きらしいが)。
 タブンネのことを除けば、おれはおおむね自由だ。クリムガンという現実的にもじゅうぶんな力を有するポケモンであるおれを束縛できるものはそうそう存在しない。
 拘束された腕を床について、立ち上がる。誰かを刺激しないよう、音をたてないよういつも以上に注意した。そうして視点が高度をもつと、少しだけ安心感が得られた。視線によって物を支配できるという原始的な信仰があるからかもしれない。今日のおれはずいぶんと正常に近い思考形態をしている。イッシュの演技、フリ、あるいはエミュレートである。おれは普通、さらわれたポケモンがどう考えるかを試していた。
 ごくり、生唾を飲み込む。一歩踏み出すと、足の爪が床に当たり、カツーン、音が思ったよりも響いた。
 カツーン、カツーン。
 歩くだけで高い音がする。そのたびにおれは顔じゅうに汗がにじむような気がした。怖いと思っているからだ。暗闇から突然ポケモンが飛び出してくるかもしれない。首に噛みつき、拘束のせいで抵抗する力も出なくて、そのまま足や尻尾をバタバタさせることになって、それから……それから?
 どうなるんだろう。こんな手間はかけている以上、食うために殺すわけではないだろう。おれにトドメを刺し、死ぬのを待ってから、おれをモノにしてしまう? データ的には死体をもてあそんで楽しむのはかなりの少数派のようだし、モノにする前にもっと楽しむかもしれない。モノにする過程を――殺害過程を楽しむのだ。クルミルの足や葉っぱをひとつひとつ丁寧にもぎとってゆくように。
 はてな、どうなるのだろう。想像力が足りない。想像力が足りないから、おれが感じている恐怖もいわゆる普通の恐怖ではない。恐怖の擬態である。
 ともかく、みんなが割としているように、ふうふうと口で呼吸する。口輪のせいで満足に息を吸い込めないせいか、運動しているわけでもないのに、急速におれの筋肉は疲労を感じてみたりもする。不随意筋の調整などもお手の物だ。
 壁に沿うようにしてゆっくりて空間の中を徘徊する。左の肩を壁に押しつけて、どこかに脱出路がないかを探す。壁の感触は石壁のようにざらざらしている。窓にあたるようなものがひとつもついておらず、地下室か何かなのかもしれない。それにしては地上に上がる階段がないから、地上への通路があるとすれば、この空間の外側にあるのだろう。
 寝かされていた場所から対置の壁際には、やはり棚が置かれていた。この棚は木製のようだ。壁よりは少し柔らかい感触がある。木目特有の蛇行した曲線。なめらかな感触に腕や尻尾をぴったり這わせていると、途中で肩のあたりに痛みを感じた。
 なんだろうと思って確かめてみると、どうやら釘のようだった。別に罠とかでもなんでもない。単に打ちつけが甘かっただけのようだ。おれはがっかりしてその場を離れる。
 時間をかけて外周を一回りした。途中で少し感覚の違う箇所があった。金属質の硬い壁。どうやら扉にあたる部分だ。ドアノブはついていない。ポケモンセンターあるような、センサーか何かで横にスライドして開くタイプのドアだった。
 普通なら内側の壁あたりに電子リーダーやらスイッチやらがついていて、内側からロックを解除することは可能になっているはずなのだが、そういう類の仕掛けはどこにも見当たらなかった。完全に外側から鍵を操作するタイプらしい。内側から開けることができないようにしたのは何故だろう。
 完全な密室。壁とは本来、閉じ込めるために存在するのだ。だとすれば、今のこの場所はポケモンを閉じ込めておくためのものである確率が高い。
 おれはここで長い時間をかけて飢え死にさせられるのかもしれない。そう考えたら、グウと腹が鳴った。かれこれ半日は何も食ってない、そんな感じの空腹具合。
 そういえば――ここに捕まる前には何をしていたのだろう。
 おれはしばしば、無意識に行動することがある。精神の病とかそういうことではなく、意図して無意識の状態になるのだ。実は、ポケモンにはそういう能力がある。「1……2の……ポカン!」というやつだ。自我をポカンと忘れ、無意識に埋没させる。
 それはもちろん、危険な行為だ。自我を忘れるなんて、可能だとしても普通はやらない。しかしおれにとっては単なる遊戯。無意識は計算を必要としない。意思を介在させることなく、生存と欲求のための合理的判断を常に最適な形で掴み出してくれる。計算にノイズが生じたり、データが不十分で導き出した解が間違っていそうな気がするとき、「1……2の……ポカン!」をすれば大抵の場合はうまくいく。
 わかりやすく比喩表現をするならば、無意識とは神だ。神の望むとおりのことを、体は自動的に実現する。それは生物として完璧な自然状態といえる。
 ただ、そういう忘我の状態のことだから、あとになって思い出そうとしてみても、実のところよくわからない。気づいたときには闇の中にいた。そこらの事情はさっぱりわからない。
 最後の記憶といえば――
 朝のまどろみ。リゾートデザートで出会ったワルビルと一緒にライモンシティのポケモンセンターで眠ったのだ。最近のおれは、ワルビルと二匹で5番道路を探索したり、野生のポケモンを相手にバトルの特訓をしたりして、次の街を目指すまでの下見みたいなことをしている。
 おれは今朝の出来事を思い出した。




 ポケモンセンターは、塵一つ落ちていない世界だ。フロアは顔が映るほどピカピカに磨かれている。
 野生のポケモンを一時的に保護するための部屋があるらしいのだが、おれはいつも応接エリアの隅のほうで寝ている。野生の、それもドラゴンタイプのポケモンがトレーナーもなしに寝ているというのはかなり目立つが、ポケモンセンターに来る人間というのは当然ほとんどがポケモントレーナーであるし、それなりに腕に覚えもあるのだろう。驚かれることはあっても恐れられたことはない。おれがそういうことをしても平気かという話も、事前にタブンネに通しているから、問題らしい問題なんてないのだろう。最近ではワルビルも一緒に、体を丸めて寝ている。
 ワルビルは、おれの言うこと、やりたいことはおおむね尊重してくれる。おれの話を聞いて、ふむふむと頷き、意見を述べ、改善策や次善策を提案してくれる。ワルビルにとっていくらか不本意なことであっても、可能な限り意見を擦りあわせ、おれの願いを叶えてくれようとする(と、おれは思っている)。
 それはそれで悪くない状況ではあるが、何かが足りなかった。この程度では、おれの胸にぽっかりと空いた穴を埋めるには至らない。多分おれの万能感のせいだろう。おれがワルビルの全てを所有しているかのような幻想を抱いているのがよくない。なんだか百パーセント支配できる気がして、実際におれが死ねば、ワルビルは精神的に滅びる予感のようなものがある。そんなものには胸がときめかない。完璧なときめきとはいえない。
 完璧なときめきは、(√5-1)/2で表される黄金比率によって形成される。すなわち、おれはワルビルを完全に支配してはいけないのだ。先の数値を実数かすれば、おれが100としたときにワルビルの比率は約61.8にならないといけない。自分のことばかり考えても、相手のことばかり考えても、愛は成り立たないというよくある話である。
 だからなのだろうか。
 ――きわめて空腹だった。
 何か食いたいと強く願う。ワルビルは熱を逃がさない円の形に体を縮めていて、まだ起きる気配がない。
 なんでワルビルは寝ているんだろう! おれはこんなにも腹が減ってるのに!
 おれの中で殺意が膨れあがってゆく。おれはワルビルの体をまっすぐに伸ばして、両手で揺すった。
 ゆさゆさ、ゆさゆさ。うつ伏せのワルビルが目を覚ます。
「ワルビル、腹が減った」
 ワルビルの反応は鈍かった。ワルビルは朝に弱い。暗闇に強い特殊な目を持っているから、主な活動時間は日が暮れてからなのだ。
 おれはワルビルのまぶたに手を当てて、無理やりグーッと開いた。
 たまらないのはワルビルの方だ。尻尾で覆って闇の中にあった目に、ポケモンセンターの明るい照明がいきなり飛び込んでくる。ワルビルの目は感覚が集中した非常にデリケートな部分なのだ。
 ワルビルはその場で七転八倒した。そのあと、おれはものすごく怒られた。
 何故怒られたのか、理解できない。なんとなくわからなくもないが、しかし比較衡量の問題としてとらえれば、おれの主張にもずいぶん正当性が認められるように思えた。
 よって、おれとワルビルの会話をそのまま引用する。
 ――おい、眠ってるところにイタズラなんかするもんじゃない。
 ――イタズラじゃない。早く起きてほしかったんだ。
 ――だとしても起こし方があるだろう。もう少し優しくできないのか?。
 ――よくわからない。揺すっても起きないワルビルが悪い。
 ――そういうことをするとだいたいみんな嫌がるもんだぞ。
 ――変だ。嫌がってるのはワルビルじゃないか。他の誰かのせいにしない方がいい。
 ――オレだから怒ってるんだ。
 ――わからないな。おれは怒られるようなことをしたのか。
 ――したから怒ってるんだろうに。
 ――そうか。じゃあ、謝る。ごめん、ワルビル。
 ――おまえと話してると、どうも会話をしているという感覚がしないな。
 ――そんなことよりワルビル、おれは腹が減った。食い物を取りにいきたい。
 ――今日は自分だけでやってくれ。
 ――え? なんでだ。おまえの目があればずいぶん助かるのに。
 ――罰だよ。悪いことをしたら反省するもんだ。
 ――ひとりじゃ食い物を探したくない気分だ。
 ――じゃあ食わなきゃいいだろ。
 ――わかった。じゃあそうする。




 プツン。
 テレビの電源を切ったみたいに、そこから先の記憶がない。実際、腹が減ったら無意識的に何か食うんじゃないかと思うのだが、どうやらそのまま何も食わずに過ごしてきたらしい。腹の中はぐうぐうきゅるると鳴るほど何も入ってない。
 ポケモンだから、飢えて死ぬには時間がかかるところだが、飢えによる状態は不快なものだ。おれは、ここでもまた一つ、普通に近づいた思考をしようとしている。
 ふう、と溜め息をつく。緊張感が一旦途切れ、その場に尻を下ろして座った。どうやら犯人は帰ってきていないようだし、少しは考える暇もあるだろう。
 ここはどこだろうか。
「1……2の……ポカン!」状態の行動範囲は、広くとも一つの街の周辺くらいのものだ。これまで勝手に違う街まで移動した経験はないので、おれが犯人に囚われたのはライモンシティ界隈であると思われた。
 意図して自我を忘れることができるといっても、無意識に体を明け渡したあとのことまでは、おれの意識にとってはあずかり知らないところだ。それでも水底から水面に浮上するように、意識が一瞬、無意識から顔を上げる瞬間があって、そのときをチャンスとばかりに自我を再構築するのだ。これは、精神を患っている者が時折ふっと正気を取り戻す挙動に似ている。
 要は「ポカン!」している状態のことを思い出そうとしても無駄なのだ。記憶してないわけでもないのだが、いわば記憶の死角に入り込んでしまうため、自我方面からのアクセスができない。検閲されてしまう。アクセスの可能性がありうるとすれば、自我と無意識が融和する夢の中だろうか。
 ただ、さすがに起きている状態で夢を見るのは不可能だ。それにたっぷり今まで寝ていたらしく、今はまったく眠くない。ここがどこであるかは、ここにある情報から導かなければならない。
 倉庫みたいなところだろうか。中のようすからするとそんな感じだ。しかし、窓もなく真っ暗な倉庫なんてものがあるのかというと、どうだろう。人間の建物のことだし言い切れない。 
 しかし、いずれにせよ完全に密閉された空間などないはずなのだ。扉が閉まっているのは人為的な操作だとしても、ここが倉庫だとすれば、ある程度換気がなされているはず。
 空気の流れを嗅ぎ取ることは、ポケモンの嗅覚ならばそれほど難しくない。鼻に意識を集中させると、淀んだ空気ではあるが、わずかながら部屋の中を回転しているのがわかる。
 天井か? おれは上を見上げる。もしかすると天井かもしれないが、どのみちこのまま手を拘束されて力を制限された状態では脱出もままならないだろう。破壊できないかと本気で力を込めてみると、ビリッと痺れる感覚が生じた。これ以上は反発を受けるだろう。口輪で閉じられた口の隙間から炎を吐けないか試してみても、ひのことさえ言えないような、ちょろっとした火しか出なかった。やはりこれはポケモンを捕らえるための機械だとわかる。おれ自体はこれを破壊するのは難しそうだ。
 おれは恐怖を感じていたはずが、いつの間にか楽しさも感じていた。これではいけないと思っているのだが、興味・関心は勝手に移り変わってゆくから、おれ自身でもコントロールが難しい。
 扉に向かってたいあたりしてみた。部屋の中ほどから助走をつける。しかしこれも一定以上速く走ろうとすると、装置が反発して身体性能が制限されてしまう。タブンネがスキップした程度の勢いにしかなからなかった。扉を破壊するのも無理だろう。
 クリムガンの頭部の硬さも活用してみた。腕の装置を顔の前にもってきて、そのまま走って壁に衝突させれば、おれの頭と壁に挟まってそれなりの衝撃になるはずだ。装置さえ破壊できれば、扉といわず壁でもぶち抜いて脱出できるはずなのだ。試してみたが、硬い機械が顔面にぶつかって痛いだけで凹みもしないし、おまけに機械がきつい電撃のお仕置きを浴びせてきて、シビシラスみたいに体がビクンビクン跳ねたあと、そのまま倒れた。
 痛かった割に成果はない。「ポカン!」して痛みを逃がそうとしたのだが、その前に痛みは襲ってきた。どうやら今日はうまく無意識状態を操れていないらしい。痛くてちょっとだけ泣いてしまった。いくら顔の表面が硬いといってもぶつけたら痛いことは痛いのである。
 さて、次はどうするか。倒れたまま考える。イメージするのは、一つの箱。壁や天井の破壊は不可能。クリムガンは洞穴に棲むポケモンだが、おれはそんな穴なんて掘ったことがないし、第一クリムガンというのは自分で巣穴を掘るのではなく、他のポケモンが掘ったのを横取りするのだから、穴掘りだって別に得意じゃないのだろう。どのみち両手が塞がっているから不可能だ。出入口は、基本的にはロックされた扉だけ。
 これはこれで心地良い空間かもしれないと思った。暗闇に閉ざされ、外界との交流が一切断たれた空間。まるで生まれる前のポケモンを護るタマゴのような――
 あるいは、おれが目指したのはこんな世界だったかもしれない。
 でも、とても寂しい世界だった。
 おれは縛られた両手を胸のあたりに当て、ぎゅっと握りしめる。耐えきれないほどの寂しさが襲ってきた。タマゴが孵るまで、ポケモンは誰にも会えない。寂しさに周波数があるとすれば、今、おれはきっとラジオを聴けるだろう。
 扉のところへ行って、がつんと頭を打ちつけた。鈍い硬質な音が響く。そのまま何度も繰り返す。少し痛いが気にしない。こんな程度の力で頭をぶつけたところで、扉は破壊できないだろう。しかし誰かが音を聞きつけてやってくるかもしれない。とにかく早く光のある世界に行きたい。何か食べたくてたまらなかった。夜になると姿を現すコロモリのように、いつの間にやら餓死の恐怖が迫ってきていた。
 力を使ったことで余計に疲れた。喉がひりついてくっつきそうだ。水が欲しい。
 おれは棚の上に何かないか探した。暗くてよくわからないが、とにかく水のようなもの。
 置かれたものを縛られた腕や頭で払い退けるように調べてゆく。かなり騒々しくなるが、もはや犯人のことを気にする余裕はない。ロープ、金槌、絨毯の汚れを取るコロコロするやつ、分解式のモップ、ホイーガみたいな黒い円盤。普段なら無意味に興味が湧きそうな物も今のおれにとっては不必要だ。
 ふと、顔に柔らかい感触があった。おれが指を開いた手くらいの大きさ。低反発する入れ物の上の方に蓋がついている。落とさないよう腕に抱え、縛られた手と壁に挟んで固定し、ほとんど開かない口を使って、苦労して蓋を取った。傾けると、なにやらとろりとしたゲル状のものが床に垂れた。
 ギザギザした口の隙間から啜るようにして飲んでみた。
 瞬間、おれは激しく咳き込み、唾液を吹き出すようにして喉に侵入した異物を慌てて吐き出す。
 油だった。油がこんなにまずいとは知らなかった。人間が料理に使うもののくせに生意気だ。叩きつけるようにしてそれを捨てた。
 油を飲み込んだことで喉と舌が気持ち悪さでいっぱいだった。本当に水がほしい。棚をぜんぶ洗いざらい探してみたが、それも工具用品とか、おれにはなんだかわからないものばかり。
 頭を突っ込んで棚を漁っていると、足元にあった工具箱のようなものを蹴っ飛ばした。ガシャガシャと派手な音に驚いて振り向くと、尻尾が当たってなおも転がってゆく。金属質で重いそれは、床の上を賑やかに滑って、それから止まった。
 あれ?
 床に何かをひっかける金属製の輪っかのようなものがついている。どうやら、さらに地下があるらしい。
 尻尾の先を輪に通して引っ張ってみる。開いた! おれは陸地に上がったマッギョのように尻尾や翼をばたつかせながら、そこに入った。
 恐ろしく暗い世界。闇の静謐を感じる。どことなく神聖な気配がする。
 ワインセラーだった。石壁は窪んだ穴のようになっていて、そこに木製の棚が並んでいる。ワインボトルがいくつも寝かされていた。
 おれは躊躇なくそこらにあった一本に頭を打ちつけて、注ぎ口を壊した。どっと流れ出す液体に夢中になって口をつけ、ゴクゴク飲み干してゆく。
 腹の中が燃え上がったかのように熱い。冷たいのに熱い感覚。
 胸のあたりがなんだかドキドキして――
「あう」
 視界がぐるぐる。
 わが視覚情報に異常あり。今世紀最大のふわふわバーゲンセールだ。その不利益は認可の事実上の影響であり吸収されたふわふわ感が相対的にタブンネあるいはワルビル。
 ぐるぐる、ぐるぐる。
 ぐるぐる、ぐるぐる。
 ぐるぐる、ぐるぐる。
 ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるしてるぞおおおお。




「起きたか?」
「あれ、ワルビル。ああ、なんだ。夢だったか」
 ジャラリ。
 ん? 何か音がすると思って見てみると、なぜか太い鎖で両腕が縛られていた。
 後ろを見てみると、木製の十字架のようなものが地面に突き刺さっている。しかし、正確には十字架というにはあまりにも分厚いもので、太さだけでもワルビルの腰回りに等しい。表面には黒い鉄が打ちつけられていた。鎖はそこから伸びていて、おれが動くたびにジャラジャラと音をたてる。
 割と重い。ポケモンの力でも簡単には外せなさそうな拘束力。
 辺りは夜のように暗く、狭く、ここにいるのはおれとワルビルだけのようだ。ロウソクの炎が揺らめいていた。炎が揺らめくその度に、ワルビルの表情が変わっているように見える。
 そんなことはありえないはずなのに――ワルビルの顔が恐ろしく見えた。
「おまえが犯人だったのか」と、おれは言った。
「ああ、そうだよ」と、ワルビルは認めた。「おまえがいけないんだ。あんな悪いことをするから」
「悪いことって?」
「朝、オレの目に手をかけただろう」
「あれはおまえが起きてくれないから悪いんだ」
「熱を感知して暗い場所の獲物を探す。餌の少ない砂漠では、この目は生命線だ。それをあんな粗雑に扱うなんて。いいか? 悪いポケモンはお仕置きされるものなんだぜ」
「だって、おまえの痛みなんておれにはわからないんだ。それにおれは腹が減ってたんだよ。だからしょうがなかった」
 バシン、ワルビルの太い尾が地面を叩く。
「まるきり、ガキの論理だな。そんなに腹が減ってるなら、ほら。食えよ」
 ワルビルは用意していたきのみをおれの口の中に無理やり捻じ込んだ。量が多くて食い切れず、口から果汁が垂れて腹に落ちる。
「旨いかよ」
「味わう暇がなかった」
「生まれたばかりで知らないことばかりといって、なんでも許されるわけじゃないんだよ。飢えているからといってなんでも許されるわけじゃない。わかるか?」
「でも誰もそれを否定できないだろう。おれはおれにおいて絶対だ。それが真理だろ。おれの世界は誰にも侵せない」
「本当にそう思うか?」
 ワルビルの、長く突き出た口が弾けた。笑ったのだ。口の中の鋭い牙がずらりと並んでいるのが見えた。
 非常にあくタイプに相応しい不気味な笑みをこぼしながら、ワルビルは徐々に近づいてきた。両手のように使われる小さなかわいらしい前足には、真っ白な布切れが握られている。
「なにをするんだ」
 首をねじって逃げようとするが、無駄な抵抗だった。あっという間におれの視界はふさがれてしまった。
 なにをされるかわからない恐怖。しきりににおいを嗅いで状況を読み取ろうとする。
 ワルビルは動かなかった。じっと動かず、おれを観察しているみたいだった。時々、激しく尻尾が地面に打ちつけられる。バシン! バシン!
「やめてくれ。ワルビル、その音……怖いんだ」
「怖がらせるためにやってるんだから当然だろ」
「怖いのは不快だ」
「そいつはよかった。おまえはちょっとばかり恐怖と罪悪感に対して鈍すぎるからな」
 ひた、とおれの顔に冷たい感触があった。それはワルビルの尻尾の先端だった。闇の中から鋭い感覚が飛来したかのように、その感触は突如生じた。
 今度はおれが叩かれるのか。そんな不確かさをもって、撫でるようにおれの顔を尻尾が這う。
「ほら、怖いだろう?」
「怖くない。鱗が、ちょっと痛いけど」
「そうかよ。じゃあ……こういうのはどうだ?」
 ワルビルが飛びかかってきた。
 突然のことに対応しきれず、おれはワルビルにマウントを取られ、首筋に噛みつかれていた。頑丈な鱗と体表面を噛み砕こうというように、ワルビルは強い顎の力でギリギリと牙を食い込ませてくる。
 痛みは、耐えられないほどではない。それでもちょっとだけ心が引き裂かれるように胸が痛んだ。心を痛めるような優しさも思いやりも、おれにはあるわけもないのに。
「痛い、痛い」と、おれは訴えた。「ワルビル、痛い……やめてくれ」
「少しは反省したか?」
「反省できないよ。だってわからないんだから。みんななら、普通なら何を考えるかなんて、本当にわからないんだよ」
「頭の悪いやつだ。だったら体で覚えてもらうしか、ないんだな」
 おれの体にのしかかったまま、ワルビルのマズルがおれの目隠しをまさぐる。
 グチャリ。
 生あたたかな感覚が、目に突き刺さった。手よりも尻尾よりもずっと湿っていて、粘液のようなネバネバしたもので覆われている。
 舌だ。ワルビルの舌がおれのまぶたをこじ開けて侵入したのだ。
 ぐちゃり、ぐちゃり、眼孔をかき回される鋭い痛みと不快な感触。ワルビルの舌はまるでジャローダのように眼球の表面を蹂躙してゆく。ずずずと伸びて、ずっと奥まで、眼球の裏側まで――
 痛みと恐ろしさに、おれは叫んだ。「助けて、助けてワルビル」
 しかし助けなどあるはずもなく、むしろそうやって助けを乞うたのは逆効果だった。
 本当に意味がわからない。
 何が悪いのかわからない。理解ができないというわけではない。数学的にそうなるというのはわかる。しかしそれには膨大な計算が必要であって、天文学的なデータとの照らし合わせが必要になる。たまには検索ができないときだって生じる。
 だから、お願いだ。
 おれの超自我よ、もっと「普通」をエミュレートしてください。ワルビルの真似をしてください。
 おれを普通でいさせてください。




 意識がぼんやりしている。
 相変わらず視界は暗闇に閉ざされていたが、別に目隠しされているわけではない。手は装置で縛られているが、鎖で覆われているわけでもない。ただ倉庫か何かの中に閉じ込められているのは確かだ。
 これを現実と規定してもいいし、先ほどのワルビルのお仕置きを現実と規定してもいい。どちらが夢でどちらが現実かとか、どうでもいいことだ。なにしろどちらも経験していることではあるし、あのときの恐怖もいま感じている恐怖も同じである。夢も現実と変わらないのだ。
 地面には空き瓶と、空き瓶の砕けた欠片が散らばっているが、どうしてなのかはよくわからない。喉は潤っている。
 しかし、もうそろそろ孤独に耐えきれない。
 犯人が現れておれを凌辱するのなら、それはそれで喜ばしいことかもしれなかった。こうやって孤独に殺されるよりは誰かに殺された方がマシだ。
 おれは扉に向かい、頭を打ちつける。拘束され、制限された力で何度も何度も一撃を加えてゆく。
 壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。
 ガン、ガンと重い音の割に力は入らない。
 壊れろ。壊れろ。飢餓。飢餓飢餓飢餓、飢餓来る、気が狂う、食事、火、油、壊れろ、破壊、タブンネ、壊れろ、恋われろ、請われろ、乞われろ。
 ワルビル。
 会いたい。相対逢いたい遇いたい会いたい。
 それでも扉は壊れない。表面が少々凹んだくらいで、もしかすると音も外側には響いてないのではないか。
 地面を這いつくばって、何かないか探す。転がっている容器に気がついた。
 油。そうだ――火をつけよう。
 短絡的にそう思い、油を棚に撒いた。油だけでなく、地下と往復してワインもぶっかけた。
 顔を寄せて、棚にチョロリと火を吹くと、一気に燃え上がる。あたりの闇は一掃され、赤々とした光が温かく全身を照らした。
 なんという安心感。なんという高揚感。
 踊り狂いたい気分。
 燃えてしまえ、燃えてしまえ。火が回って酸素が薄くなってきた。もしかすると倉庫の骨格部分は石でできているから燃え落ちないことも考えられたが、しかしそんなことはどうでもよかった。こんな絶望と諦念の底に、なにかしら倒錯した喜びに似た感情で炎を見つめる、そんなおとぎ話があった気がした。
 おれは笑って、にこにこ笑って、死ぬのを待った。




 夢か、現実か。
 まあどうでもいいんだが。
 おれはライモンシティをフラフラ歩いていた。朝から何も食ってないからすごく腹が減ってるが、なんだか何も食う気が起きない。そういう禁止がどこかでなされている気がする。その言葉を破ってしまったら、おれはもう生きてゆけない気がした。
 だから、大事に守ってゆこうと思った。
 しかし、それにしても飢えている。このままでは命を繋ぐために無意識に何かを口に入れてしまうかもしれない。ポケモンを襲うかもしれないし、人間を食ってしまうかもしれない。いやいや、そうでなくとも、どこかのトレーナーにせがんで何かを食わせてもらうことも考えられる。
 見慣れた建物があったので入ると、そこにはタブンネがいた。「おかえり」と笑って手を振っていた。ポケモンセンターだったのだ。
 おれは「ただいま」と返せなかった。何故だかアンニュイな気分なのだ。
 何か食べたかと訊かれても答えず、その代わりに頼みごとをした。
「え? なんでそんなことを?」
 このままでは何かを食ってしまいそうだったから。
「なんだか、胸が騒ぐ感じがするんだ。狂暴な気分だ。暴れて迷惑をかけないようにしたい」
 おれは自分が拘束されることを望んだ。そう、いつものお遊戯だ。狂気との戯れ。いのちの余剰。
 タブンネは訝りながらも、おれが危険な状態であることをジョーイに伝え、優しく拘束してくれた。
「口も縛ってほしい。噛みつく力はなくても、叫んでトレーナーを脅かしてしまうかもしれない」
 これで余計なことを言わなくて済む。
 実際にそうしてくれたのは、タブンネとジョーイの優しさと、ポケモンセンターを守るための順当な措置だろう。タブンネはおれを治療用の部屋に案内して、気分が静まるまでここにいていいと言った。具合が悪くなったらすぐに自分のところに来るようにとも。
 おれが顎を頷かせて礼を伝えると、タブンネは仕事に戻っていった。
 それからあとは簡単だ。密室を作るのは造作もない。
 カードキーは、あらかじめ盗んで隠してあったのだ。朝、目を覚ましてポケモンセンターを出たおれは、まず最初に人間の出入りが少なそうな建物にあたりをつけて、人間が来るのを待ち構えた。おれの無意識は、最初から全てを計画していた。やがて一人の人間がやってきて、建物に入ってゆき、用が済んで出てきたところを気配を消して忍び寄って、カードキーを盗みだす。これはおれの得意技の「ふいうち」の感覚で、あっさりと成功した。隙だらけの人間が相手なのだ。おれにはそういうことができるのだと、無意識は知っていた。
 手と口を拘束されたあと、隠しておいたカードキーを使って、なんとかかんとか倉庫のロックを解除する。あとはカードキーを外に放るだけでいい。カードキーがないことに気づいた人間が探しに戻ってきて、落ちているカードキーを回収し、その場を去ることになるだろう。
 こうして密室は完成した。
 なぜそんなことをしたのかは、おれにもわからない。
 いや、もう薄々気づいてはいるけれど。




「クリムガン」
「あ、ワルビル……おはよう」
「おはようじゃねえよ。オレがどれだけ心配したかわかるか?」
 目覚めると、そこはポケモンセンターのベッドだった。体中に管を繋がれて、全身の大火傷が治療されている。どこもかしこもすすだらけだった。
 おれは、朦朧とした意識の中、燃える倉庫から運び出されていた。熱察知に長けたワルビルが、近所でとてつもなく熱が膨れ上がっていることをタブンネに伝えたのだ。その熱源が火事であるかどうかを確かめに向かうと、熱源である倉庫の前にカードキーが落ちていて、中には大量の煙を吸い込んで倒れているおれがいたというわけ。
 倉庫の炎は、近くにいたトレーナーのテッシードが爆発することで、一瞬で消火されたらしい。
 おれにそういう話をしているあいだ、ワルビルは泣いているように見えた。涙を流してはいなかったが、心は泣いているように思ったのだ。おれの心のどこかが、何かの計算によってそう結論を出している。
「心配させて、ごめん」
 データから参照し、おそらくもっとも適切な言葉を出力する。
「もう、ほんっとにおまえは……」
 小さなかわいらしい前足で、ぎゅっと、拘束される感覚。悪くはない感覚だ。
「しばらくは、メシ抜きかな」
 おれはワルビルに訊いた。
 なにしろ、結果として倉庫を燃やしてしまった。あのときは犯人の存在を疑ってはいなかったし、脱出のためにはしかたないことでもあったが、悪いことであるのは間違いないだろう。メシ抜きどころか、退治されてしまうかもしれない。
 でもおれは、こういうときにタブンネとジョーイが庇ってくれることも知っている。悪さをした野生のポケモンの味方をして、迷惑をかけた相手のところにおれを連れて行って、きちんと謝れるまで滾々と叱るのだ。
 そういうことを繰り返して、おれは生きている。処分されることもなく。集めた生のデータだけを計算して。
「バカだな」と、ワルビルは言った。「友達が腹を空かせてるのに、食わせないやつがいると思うか?」
「ごめん、ワルビル。おれ、よくわからないんだ。頑張って体験してみたけど駄目だった」
「じゃあ、覚えとけ」
「うん」
 ワルビルは、一抱えほどもきのみを用意してくれていた。管だらけのおれは動けないので、口元まで持ってきて食わせてくれる。
「ほら、口開けろ」
「なあ、ワルビル。おれがどこかに行ってしまったら、おまえは悲しいか?」
「当たり前だろ」
「おれ、おまえといっしょに食いたい。な、いいだろ」
 おれは管を引き抜いてしまわないように、そっとワルビルからきのみを奪って、ワルビルがおれにしてくれたように、掴んだきのみを口元まで運んだ。
 どうすれば、こぼれないようにできるのか。割と難しい。
 ワルビルは戸惑っていたが、やがて観念したかのように口を開いた。
「食ってくれるか?」
「しかたねえな」
 ぐわっと開いた大きな口に手を突き入れる。少し深く突っ込みすぎたのか、ワルビルの顔が歪んだ。
「あ、ごめん?」
「もう少し気をつけてくれ」
「もう少し気をつけるよ」
 でも結局、きのみの汁はワルビルの胸元にぽたりと垂れた。




【名無しのクリムガン】

じょうたい:Lv.23 HP20% 4V やけど
とくせい :?
せいかく :?
もちもの :なし
わざをみる:かえんほうしゃ ふいうち ??? ???

基本行動方針:きれいな夕陽が見たい
第一行動方針:ワルビルと一緒に次の街を目指す
第二行動方針:自分が生まれた橋を探す
現在位置  :ライモンシティ・ポケモンセンター
 

 怒られたら閉じこもっちゃうよ、クリムガンかわいいよ。

 



 

 


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Last-modified: 2022-02-15 (火) 22:58:01
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