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不器用なこの背に窩を打つ

/不器用なこの背に窩を打つ


前:不器用なその手に幸福を



この小説は不器用シリーズ1作目のスピンオフ的作品となっています。
先にそちらをお読みください。本編のネタバレを忌避されたい方はラストまで読み進めてからどうぞ。

R-18要素(凌辱)が含まれます。
ちょっとグロテスクなシーン、死を示唆する描写もあります。



不器用なこの背に(あな)を打つ

水のミドリ




前篇 


 それは前(あし)に備わった得物の試し斬りだとか、未熟だった己を断ち斬る通過儀礼だとか、果てはテッカニンの(もぬけ)は霊界と繋がっており、それゆえ壊すべき木偶(でく)なのだとか、言われ様は多岐に渡る。ともかくおれたちが進化していの一番にすべきは、己の肢で抱えている(みの)に爪を突き立てることだった。

 記憶を遡る。

 あの時のおれは、毎年見上げていた先達(せんだつ)どもが一世一代の進化に打ち震えるのと同様、腹底を(とろ)火で(あぶ)られたかのような高揚の只中(ただなか)にいた。黎明(れいめい)のうちから巣穴を這い出し、馴染みの幹へ(なまく)らな爪を引っ掛けてひたすら待つこと数時間。土に(まみ)れるしか能のないちっぽけな四肢を脱ぎ捨て、生え(そろ)った四ツ翅をうンと伸ばす。琥珀(こはく)の清らかさを宿したような風合いの翅の管へ、己の血潮が通い始める感覚、それに全身全霊が(たぎ)っていた。試しに翅を動かしてみる。貼りついた泥の()げるような身軽さを伴って、背中の甲殻に振動が走った。不意の揚力にぐらつき、思わず突っ張ったおれの肢が、しがみついていた己の脱殻(ぬけがら)に広がる(むろ)の端を、ぱ、り……、と小さく崩していた。

 何か、いる。

 息を呑んだ。
 恋のシーズンも(たけなわ)を迎え、すでに進化を遂げていた同胞(はらから)どもがそこかしこで愛をがなり立てていた。途方もない喊声(かんせい)最中(さなか)、脱殻の秘密に気づいたのはおれだけのようだった。欠けた(うつろ)をおずおず覗きこむと、中にいる誰かと目があった、気がした。

 刹那、時が止まったようだった。「誰何(すいか)」と問わんとした己の口が(もつ)れ、何とも情けない(しゃが)れ声を漏らした。天敵である大王燕(オオスバメ)どもの巣へ這い上がってしまったかのように、全身の血が渦巻きどっと汗が噴き出してくる。周囲のけたたましい翅音や喧嘩口上は遠のき、おれはしめやかな遭遇に魂までをも震わせていた。
 思わず飛び退(しさ)っていた。覚束(おぼつか)ない飛行がそう長く保つはずもなく、おれは別の樹へ背中を(したた)かにぶち付け、あえなく墜落した。喘鳴(ぜんめい)がひどい。

 しばらく草隠れへと伏せったまま息を凝らしていた。聴覚が周囲の騒々しさを拾い直してようやく、おれは落ち着きを取り戻したように思う。……何だったのだ。痛めた甲殻を引きずって元いた幹をよじ登ると、そこにもうおれの脱殻はなかった。雌にふられた奴が鬱憤まがいに斬り捨てたのだろうか。爪の先ひとつ残されてはいなかった。

 あの時おれは確かに見た。ツチニンよりも息を潜めた、何か。不穏な引力を携えたそれが、あそこに居た。あの暗闇に(うずくま)っていた。

 ――そうだ。
 おれには弟がいた――弟がいた。種族も姿も思い出せぬが、確かにずっとそばにいた。ねぐらを隣に構えた昔馴染みのツチニンよりもずっと、おれに寄り添ってくれていた存在があったはず。だのにその名前はおろか、姿すら思い出すことも(あた)わない。
 大変な喪失だった。長かったツチニン時代、(つい)ぞ友達と呼べる(つれあい)など作れなかったおれの、ただひとりの眷属(けんぞく)として、いつ何時(なんどき)も寄り添ってくれた存在が欠落している。

 居ても立っても居られない。おれは手近な幹までふらふらと飛んで行って、(だんま)りと樹液を啜る同胞のやや後ろへ留まった。

「もし、隣の」
「あァ……?」

 見下げてくる()塗りの複眼には、辛気臭さと(いと)わしさの色が隠そうともせずに載せられている。此奴(こやつ)が弟を切り捨てたのやも知れぬ。おれは臆することなく、突っかかった。

「拙者の愚弟を、見かけてはござらぬか。すぐ側にいたのだが」
「なんだぁ、テメェ……」

 よくよく目を凝らせば、低く鳴管(めいかん)(うな)らせる奴の脇には、ひと回り小さな同胞のシルエットが控えている。やっとこさ雌を(はべ)らせ、交尾への駆け引きに興じていたようだ。餌場はおろか(つがい)相手まで奪われかねん、と早合点したらしい、奴は(にわ)かに気色(けしき)ばみ、ぐわと翅を拡げ、堕ちるようにしておれへと躍りかかってきた。
 弟の(かたき)やも知れぬ相手ゆえ、黙ってやられるわけにはいかぬ。おれも幹を蹴り、未だ馴染まぬ翅を打ち震わせ、ひらりと身を(かわ)す。試し斬りする脱殻も失せてしまった、おれの腕試しに(あつら)え向きだ。

「いざ、尋常に、勝負」
「返り討ちにしてやるッ!」



 勝敗は(とどこお)りなく決した。進化したてでの戦闘は互いに不器用なものであったが、もとより体つきの優れたおれに分があった。
 砂利土へでんぐり返った奴は、(しばら)くもがいた末に動かなくなった。薄翅は欠け、息も浅く、晦渋(かいじゅう)な形をした肢の付け根から胸郭にかけては、おれの得物のひと突きで放射状に(ひび)が走っていた。もう息を吹き返すことはないだろう。

 同胞を手にかけたのも、これが初めてではない。ツチニン時代、質の良い樹液を求めて喧嘩沙汰になった。バトルの腕前は伯仲(はくちゅう)し、畢竟(ひっきょう)するに、腹の虫を煮えくり返したおれは力加減を(あやま)り、前肢で相手を串刺しにしたのだ。あの矮躯(わいく)のどこにそれ程の膂力(りょりょく)が秘められていたのか、と胸を()かれた気分で呆けていたが、すぐに感じた前肢から伝う(なまぐさ)い感触、(はや)し立てていた蝟集(いしゅう)どもの沈黙と、矢庭(やにわ)に続く悲鳴とが、あの時のおれを取り囲んでいたのだった。

 思い返せば、図体がでかくいやに腕っ節が強かったのも、群れからおれが孤立する要因のひとつだったのだろう。

「あなた……強いのね。あたしとつがいにならい?」

 (ねんご)ろにしていた雄が(ほふ)られたにも(かかわ)らず、いそいそとすり寄ってくる調子のいい雌を、おれは横薙(よこな)ぎの前肢で弾き飛ばした。

「拙者は、弟を見かけてはおらぬかと、尋ねているのだ」

 よもや凶刃(きょうじん)を向けられるなどとは努々(ゆめゆめ)思い至らなかった様子の繊弱(せんじゃく)な体つきは、受け身もままならず林床の緑蕪(りょくぶ)へと墜落した。哀れな雌はそのまま、ジジぃッ! と恨み言を残して逃げていった。

 あれほど喧騒としていた同胞どもは示し合わせたように、しん……、と静まり返る。居心地の悪い静謐(せいひつ)の中、テッカニンらしくない秘めやかな声がおれの耳朶(じだ)を打った。なんだあいつ。雌にまで手を上げたぞ。森の暴れん坊だよ。何考えているか分かりゃしないさ。関わらない方がいい。さっさとどこかに飛んでいけよ。
 遠巻きに潜められていた呪詛(じゅそ)は、(しま)いには夏空を(ひしめ)鉄床(かなとこ)雲のような、轟々とした非難の大合唱に育ちきっていた。

 返り血を翅の振動で払い落として、おれは故郷(ふるさと)へ背を向けた。

最初(はな)からおぬしらに(よすが)を求める心算(つもり)もござらんよ。恩誼(おんぎ)志操(しそう)もない色恋の道など、拙者から願い下げでござる」

 とにかく、遠いところへ。そこかしこから投げつけられる罵倒の狂騒には脇目もふらず、慣れぬ翅で木伝(こづた)いに飛び回った。幹にぶつかり、葉で切られ、とにかく散々な目に遭ったが、弟はどこにも見つからなかった。



 気づけばあれだけ(かまびす)しかった同胞どもはどこにもいない。どことも知れぬ森の中、おれはあてどなく彷徨(さまよ)っていた。





 老樹の根元へ敷いた草筵(くさむしろ)、その(にこ)藁蓋(わろうだ)へとうつ伏せたレディアンが、くぃ、と腰を掲げ上げる。艶美(えんび)尻臀(しりこぶた)へ飛びついたおれは、己の尻先から抜き身になった肉の懐刀を、ずぷ……んッ、と、その(あな)へ押し入れた。

 体格を比べれば彼女の方が幾許(いくばく)か大きいうえ、つい数日前にはパラセクトとのタマゴを産んだらしい。にも(かかわ)らず、虫孔はおれの脇差(わきざし)をきつく搾り上げていた。寄り集まって息巻く神経を(なだ)(ほぐ)すように、緻密なひだの櫛比(しっぴ)した肉壁がやわこく揉み上げてくる。

「ん……ッ、そうそ、初めは馴染ませるみたいに、ちんぽを押しつけてみるんだ」
「ぬ――ッぅうゔ! こ、これがっ、雌の、ほと、ぉ、お、お゛ッ!?」
「……ぁは、そんな焦るんじゃないぞ。()ッつつ……。ボクは逃げないからな」

 初めての雌だ――初めての雌だ! いくら淫奔(いんぽん)なレディアンといえど、切れ味鋭い肉の太刀(たち)を挿入してしばらくは慣らすべきだろう。そう強く思い定めようと、どうしようもなくこせついてしまう。理性は(おぼろ)へ隠れ、この(はら)を己の種で膨らませろ! と本能がどうしようもなく(いき)り立つ。
 噛み合わせの悪い蓄電蛹(デンヂムシ)顎門(あぎと)めいて震える後肢、それを巻き込むようにしてレディアンの腰を引き上げた。わずかにでも懐刀を深く埋没させつつ、浮いた柳腰(りゅうよう)めがけて何度も尻先を叩きつける。どちゅ、どッちゅ! ずッ、どちゅんッ! 次第に湧き出てきた愛蜜を絡めとり、擦り込むように勢いづいて、初めて享受する雌穴の施しに耽溺(たんでき)する。

「あ、ぁが、もう出る、でッ、こらえ、られぬぅッ……!」
「あはは、テッカニン君は去年より逞しくなったみたいだけど、ンっ……、耐久の低さは相変わらず、なんだねえ」

 首を(よじ)って振り返り、はんなりと笑うレディアンの赤ら顔が癪に触るも、もう腰を止める(すべ)はない。突き出した顎先から脂汗を滴らせ、けたたましく翅を打ち鳴らす。(きっさき)が虫孔を外れ、脇差を数度レディアンの玉肌へ擦り付けようと、裂帛(れっぱく)の気合を(もっ)てして腰を振りかぶり、戻した懐刀で女陰を出鱈目に突きしだいた。

 ――ッ、来る……!
 前の夏にレディアンの桜唇(おうしん)で抜かれて以来の欣喜(きんき)に、ぎちり、と全身が(しゃちほこ)張る。尻先を押し付け、丸い甲殻へぴったりとくっついて、鋒を女陰の深みにまで届かせた。このまま、果てようぞ。満腔(まんこう)の絶頂感に(さいな)まれたおれの背中を――、背後へ潜んでいた大爪が挟み上げた。

「な――、何するでござるっ!」
「――ガハハ、蝉の。義理は守らにゃあいけねえよ。娘はもう茸のモンだ。どれ娘、こいつの好いた口で受け止めてやれや」
「ん、わかったよ」
「――――はゥぐぁ!!!?」

 緋色をした外殻の間隙(かんげき)へ引っかけていたおれの爪先は、あっけなく外され夏空をもがいた。ずるんッ、と弾け出た脇差を遣る瀬無くへこつかせ、おれは脱殻(ぬけがら)へ幽閉されたかのように硬直していた。
 レディアンが素早く身を(ひるがえ)し、中空で戦慄(わなな)くおれの快刀へしゃぶりついた。窮屈だったほと(・・)とは異なる、発奮するおれの虫孔の(ずい)まで抱きこんでくれる抱擁。須臾(しゅゆ)も忘れぬ柔らかさに抱き竦められ、おれはあっけなく気をやっていた。柔らかな舌の限りない愛撫に導かれるまま、びゅッ! と、下腹から絶頂の熱が横溢(おういつ)した。
 肢で(かんばせ)にしがみつき、薄い桜唇(おうしん)へ己の虫孔をくっつけて、果てる。鳴管(めいかん)筋が縮み発振(はっしん)膜が震え、ジジッジ、ビィ……、と、出来損ないの求愛音を漏らした。共振室の増幅された振動がそのまま脇差を震えあがらせ、吐き出す精虫の勢いを熾烈なものにする。粘膜をなぞる小さな舌の感覚を女陰のひだに見立て、その奥へ実ることのないおれの子種を瀉下(しゃか)していく。

 にゅぽんっ。小気味よい音とともに快刀が吐き出され、レディアンは前の(かいな)でおれを抱き上げた。口の中に溜まった灰泥(ヘドロ)様の白濁塊を舌に乗せ、べぇ、と見せつけるように突き出しながら、木漏れ日へ晒すように(うごめ)かせる。いったん口を閉じたかと思えば、(おとがい)(たの)しげに揺らしながら噛み潰し、好物のクラボを長く堪能するよう転がしていた。充分味わったことをおれに再度確認させるよう、にぱ、と開く。あまりの艶冶(えんや)におれが呆けているうちに、彼女はこくこくと喉を鳴らし、おれの喉越しを(つぶさ)に感じ取りながら呑みこんでいた。
 ちろり、と見せられた舌肉には、おれの放った精の渣滓(さし)などどこにも見受けられなかった。

「ゔ、ぅ、ゔううぅ゛……ッ、レディアン殿っ、なんたる(かお)して……ッ」
「んー……、ぁれ? テッカニン君の精液、去年と味変わったかい? なんだか……そうだな、ふわついた感じ……」
「――何故(なにゆえ)っ、レディアン殿はッ、パラセクトの御仁(ごじん)と、結ばれたのであるか……ッ。あの時、拙者が勝ったであろう……!」
「あはは、強さが全てじゃないんだぞテッカニン君。そう妬かないでくれよ、君にも相応しい相手が見つかるはずさ。……おまんこに中出しさせてあげられなくてごめんね。怒られちゃうから」
「し、しからば……ッ! っその、精を飲むなど、そうまでして拙者に(かしず)くべきでは……」
「律儀だねえ。テッカニン君のそういう真っ直ぐなとこ、好きだぞ」
「――――っ!」

 覚えていてくれた――覚えていてくれた! 前の夏、パラセクトとレディアンと共に横殴りの野分(のわき)を耐え忍んでいた頃、差し水の川瀬にレディアンが流されかけたことがあった。パラセクトの爪でも届かず、怒濤(どとう)(さら)われる彼女を身を(てい)して救い上げたとき、此度(こたび)と同じく真っ直ぐだと褒められたのだ! 朔北(さくほく)まで片割れを探す旅路も停頓(ていとん)し孤独な落人(おちうど)を続ける身、女子(おなご)から掛けられた慰撫の言葉は身に染みた。

 嬉しさを興奮に載せたおれの体が、勝手に尻先を抱えこむ。血相変えてレディアンへ抱きつこうとしたところを、再度、脂ぎったドラピオンの太腕にすくい上げられた。無理くり顧眄(こべん)させられたおれの顔に唾が飛んで、しつこく腹の虫が喚き出す。

「……いい加減爪を離すでござるッ」
「ガハハ、蝉の。今日は眠らせてくる茸のがおらんのだ。そんな気を()いていちゃあ、体力持たないぜ」

 豪快に笑うドラピオン。地へ伏せた恰幅の良い腹からは(おぞ)ましいまでの大(ざそり)が首をもたげ、喰らうべき餌食(えじき)を探して毒の(よだれ)を滴らせていた。
 西の森を()べるだけあって、ドラピオンは達者だった。が、レディアンを囲う不器用な虫として、おれたちは対等だ。怯みは臆面にも出さず睨み返す。

斯様(かよう)魔羅(まら)を持て余していては、(めと)った雌どもにも相手にされず(わび)しいのでござろう。(はよ)うレディアン殿に慰めてもらうがよい」
「おうおぅ、小せぇながら言うようになったなァ。……ところでお前さん、今年もつがいを作らず弟探しかあ?」
「……左様。何を言わんとしているのでござるか……?」

 豪放磊落(らいらく)としたドラピオンの笑いざまが、じりりと(ごう)を煮立たせてくる。この渺茫(びょうぼう)とした樹海の中を、生き別れた弟の捜索を続け寄る辺もなく放浪する。(あまつさ)えその姿形もうろ覚えときた。耳にしただけで気の遠くなる見込みではあったが、おれにはそうすることこそが使命に思えるのだ。子を残すことこそが生命の全てだ、などといったチャチな言葉で一緒くたにされるものではない、勅使(ちょくし)とでも言い表すべきか、おれの生まれの地――さわがし森に住まうとされるセレビィから天啓を授かったような、そんな大義を帯びたものに違いない。

 ドラピオンも、魔羅をぶら下げたままおれと(しのぎ)を削る心算(つもり)ではないらしかった。大爪に捕らえたおれの睨み顔を()めつ(すが)めつ、手持ち無沙汰の爪でしきりに顎をしゃくりながら、豪快に笑う。

「……いやァ、わしンとこの妻と(つが)っちゃあくれねぇか。がはは、気立ての良いアブリボンなんだが、いかんせん体の大きさが釣り合わんで、わしとしても心苦しくてなァ。そこそこ腕の立つ益荒男(ますらお)で、その上天道(てんとう)の娘に真っ直ぐだァなんて認められりゃ、わしの妻も文句ないだろうよ。どうだ?」
「すまぬが他を当たってもらえぬか」
「ガハハハッ、即答か!」

 鰾膠(にべ)も無く突っぱねた。当然だ。どこの誰とも知らぬ虫との色恋なんぞよりも、御神(みかみ)(おお)せを遥かに優先すべきであることは明瞭だ。……レディアンにはお目(こぼ)しのほどを。

 おれたちの舌鋒(ぜっぽう)に紛れてレディアンを(さら)っていたコロトックが、竹筒めいた形状の雄槍でその虫孔をぐちぐちと貪っていた。配慮もあらばこそ、涼しい顔をして荒っぽい突き込みを見舞いながら、(くちひげ)を震わせコロコロと笑う。

「なんならオレが、お前の嫁全員抱いてやってもいいぜ。知らんけど」
「いンや、お前さんには頼まん」
「ああ゛!?」

 苛立ちにに任せて丸っこい腰を猛然と振るう。立たせた彼女を乾いた幹へ押しつぶしながら、交差させた両腕の刃の峰でレディアンの首を絞め上げていた。犀利(さいり)白刃(はくじん)へ触れるに触れられず、レディアンの白い手が4つ、容赦を求めるように宙を彷徨っている。

「ひゅぐ――ッつつ、コロトックぎゅ、くるっし、たす、け――」
「あーすまん、ついカッとなったもんで」

 コロトックは口先だけで詫びを入れ、ぐいと体を折りレディアンの悲鳴を口で塞いだ。ふんん゛ンん゛〜ッ! と(かす)れた彼女のうめき声が漏れ聞こえる。……おれと相半(あいなか)ばするかそれ以上の実力があるにも拘らずコロトックの元へ雌が現れぬのは、おそらくこういうところが要因だろう。精悍だった(くちひげ)(しお)れ、一年会わぬ間にすっかりうらぶれてしまっていた。虫たちの口々に膾炙(かいしゃ)する螽斯(コロトック)鎧蟻(アイアント)の寓話があるが、雪がちらつき始めて(ようや)愁眉(しゅうび)の急に追われるような、そんな焦燥が奴の(かんばせ)には浮かんでいるものだから、レディアンに対する粗相を(とが)めるにも忍びないのだ。

 ――レディアンもレディアンだ。こんな無軌道な奴、どうしていいんだか。酷烈の限りを尽くす交尾なぞ突っぱねてしまえばそれまでだろうに、彼女は野太すぎる雄槍へ体を許し、窒息しかねない悪辣な腰使いに涎を噴き溢し、痺れたように複眼を(ひし)げていた。意識も飛びかねないだろうに、()りとて虫孔からはじゅくじゅくと潮を噴くほど()がっていて。おれ相手では見せなかった婀娜(あだ)っぽさに、精魂尽き果てた脇差が見る間に研ぎ磨かれていく。

 恨み骨髄に徹する眼差しで奴を睥睨(へいげい)していたが、もがく四肢を大爪は一向に離さない。振り仰げば、ドラピオンが繁々(しげしげ)とおれを見返しているではあるまいか。

「お前さん……」
「……じろじろ見てからに、気色悪いでござる。拙者の顔に何用か」
「いンや、何でもねぇ。しかしよォく冬を越せたな。蝉の種族はよ……、ひと夏で(むな)しくなるモンだって聞いたぜ?」
「土産話を(さかな)に、弟と呑み交わすまではくたばれぬのでござる」
「そうかい……。ときに、しばらく故郷(ふるさと)には戻ってねぇんだろ」
「あそこにもう弟は居らぬ。顔見知りは皆、子を残し雪の重みにくたばったでござるよ。拙者ほど真っ直ぐな信念を持たざる者どもゆえ」

 ドラピオンは仔細顔で再度、顎をしゃくった。毒に(まみ)れた爪牙がゆらり、と妖しく輝いた。

「さわがし森――、確かあそこにゃあ神が御座(おわ)すったはずだ。その調子じゃあ生き別れとの再会も進捗(しんちょく)ねぇンだろ、何か力を(たまわ)られるやもしれん。……もしくは、そうだ。その弟とやらが冬を越したとも限らんだろう。ここらが潮時じゃあねぇか? これだけ探し歩って、お前さんはやはり骨があるみてぇだ。どうだ、わしのとこに来ねぇか」
「…………ぬ」

 侮辱だ――なんたる侮辱! 弟が生き(ながら)えておらぬなど、証左は何処(どこ)にもあらぬではないか! 忌々しい戯言(ざれごと)がおれの怒髪天を()いた。西の森を統べる(ぬし)とて、断じて許されることではあるまいよ!
 斬り掛からんと大爪を振り解いたおれの耳孔へ、聞き慣れたレディアンの猫撫で声が届いた。(もた)げた腕をそのままに、振り返る。

 左半身めがけて劣情の的にされたらしい。左の触覚から複眼、脇腹にかけてをコロトックの子種汁がべっとりと(けが)していた。激しい夕立にできる(にわたずみ)めいて寄り集まった白い流れの先、剽悍(ひょうかん)と弾き鳴らされた股穴に付けられた傷を(さす)るように、柔らかな手のひとつが(いじく)っていた。

「あ……、あは、おまたッ……、せ、ドラピオン君。ちょっと休憩、挟んでもいいかな?」
「おぅおぅ、ゆっくり休めぇ。わしの逸物はでかい上にちょいと()みるからな。娘の穴っぽこが十分解れてからでいいぜぇ。ガハハハっ!」
「それまでに……、ね。テッカニン君、どうだい? もう1回、できるかい?」
「ぬぅぅッ! い、色恋の道など、色恋の道など――ッ、ぅうううッ!!」

 まだ足りない、とでも誘うような口ぶりのレディアン、その(あで)やかな複眼から秋波(しゅうは)を送られて、おれは振りかぶった前肢から虫の技を解いた。甘露の樹液めいておれを(かどわ)かす蠱物(まじもの)めがけ、一も二もなく飛びついた。




中編 


 ツチニンという種族は通常、一度(ひとたび)テッカニンへと進化を遂げればその冬を越すことは(あた)わない。(とこしえ)を土に隠れて息を潜め、来たる繁殖の時宜(じぎ)を迎えればいっせいに殻を脱ぎ尾を交え、雌は産み落としたタマゴを土の掩蓋(えんがい)に隠してのち、深雪(みゆき)に埋もれ息絶える。年を跨いで老耄(ろうもう)する生き様を(いさぎよ)しとせず、そうして生を営む異種の虫どもをやいやいと(あげつら)う者までいた。虫たるもの、羽化したひと夏に命を燃やし灰塵(かいじん)()するべきだ。生き恥を晒すなぞ(もっ)ての外だ! ――斯様(かよう)な与太話を、ツチニン時代に同胞(はらから)と語り明かしたものだった。
 おれも、そうだとばかり思っていた。前の夏レディアンとまぐわい、ほとと見紛(みまが)うほど心地よい喉奥へ吐精したとき、この身の全うすべき役割は潰えたのだと。あとは残り僅かな時を、生き別れた弟の捜索に傾倒せよ、と。

 そうして迎えた1度目の冬。懸命な渉猟(しょうりょう)の甲斐もなく、滲み出る樹液も心細くなるばかりで、胆力のみで奮い立たせていた痩躯へがた(・・)が来ていた。――弟を見捨てたままでは死ぬに死にきれぬ。研ぎ澄まされた本能が過去の防衛術を呼び起こしたのであろう、雪の重みに動けなくなったおれは手ごろな灌木(かんぼく)の根元へ(あな)を穿ち、凍てついた翅を畳み、安定した真砂土(まさつち)のぬくもりに(くる)まった。越冬の機構を備えていない我が身は代謝の(ことごと)くを遮断し、(じき)になだらかな死を迎えるはずだった。



 土の中、意識があった。縹渺(ひょうびょう)として広がる(くら)い空間に、おれはいた。前肢も後肢も微動だにせず、どころか胴にはぽっかりと(あな)が空いたように蒙昧(もうまい)としていて、翅は(ひでり)に喘ぐ枯野よりも干からびていた。視界は一条の光芒さえ捕らえられず、しかし虫の(しら)せか、頭に流転の輪を(かぶ)っているらしい感覚が伝わっていた。
 さながら己の枢軸(すうじく)(さなぎ)へと作り替えられたかのように末端の感覚が銷却(しょうきゃく)し、果たしておれはおれなのか、己の亡魂(ぼうこん)はようやっと肉叢(ししむら)(ほだし)を逃れたのか、と、煩雑(はんざつ)な憶測を巡らせていた。
 光を(うしな)った複眼は状況把握に()さなかったが、それに掛け替えて己の魂がありありとおれを俯瞰(ふかん)していた。――脱殻(ぬけがら)に囚われている。闇で(かたど)られた脱殻へ幽閉され、その背中に開いた窩から外界を垣間見ているのだ。そんな錯謬(さくびゅう)に陥っていた。

 蛹の殻にできた覗き窩から、目睫(もくしょう)(かん)を隔てて鈍く胎動する闇をずっと眺めていた。内も外も等しく黯然(あんぜん)としていたが、闇はおれを手招くように、もしくは追い払うようにすぐそこを揺蕩(たゆた)っている。烏有(うゆう)()したおれの体が、じわりじわりと流れ出ているのやも知れなかった。

 すぐ目の前に、誰かがいる感覚があった。おれと同じく、闇を(まと)ったまま、複眼が擦れ合う(あわい)でこちらをじっと見ているようだった。(くら)いのは、脱殻(ぬけがら)の外を闇が蔓延(はびこ)っているのではない。此奴(こやつ)とあまりに顔を切迫していたせいだ、と、そう悟った。
 おれたちは見つめあっていた。

『――――』

 囁きが生まれた。聞き取れないし、喋ったかすら瞭然(りょうぜん)としないが、その誰かは確かにおれへ向けて何かを発していた。

 闇が微かに棚引いている。

 おれも、あるかどうか(おぼろ)げな口をもごつかせて、形のない言葉を返した。

『――――――』

 半年を探し回っていた(ともがら)が、すぐそこにいるような気がした。――(いな)、弟は、初めからずっとおれの側にいたのだ。殻一枚を共通の催合(もやい)とし、そうと気づかぬほどぴっちりと重なり合っていた半身は、進化の残響で脆い器から(こぼ)れ落ちただけだった。ようやくおれは認識した。

 前肢を伸ばす。突として具現した爪が、複眼ひとつ分ほどの脱殻の窩に乾裂(かんれつ)を走らせる。そのまま撫でるように、端を砕いていく。おれを(くる)んでいた残骸はズタボロと崩れ落ち、暁闇(あかつきやみ)の先から一縷(いちる)の光条が皓々(こうこう)と差した。促されるがまま前肢を差し伸べれば、白飛びした視野の先へ引っ張られる。

 早く、出たい――早く行こう。

 おれの体が通るほどの隙間ができると、乗り出してそこへ頭を()じ込んだ。雪肌(ゆきはだ)を乱反射する稜鏡光(プリズム)へ導かれるようにして、四肢をもがき、蝶を夢見る塵蓑虫(ミノムッチ)よろしく腹をのたくらせ、這い出した。輪郭を取り戻した末端から、順次神経が蘇ってくる。地下深く、凍てついた暗渠(あんきょ)を抜ける雪解けのせせらぎが聞こえた。松の葉に育った懸氷(けんぴょう)へお天道様が差し込んだような、清澄(せいちょう)とした小春の陽気が出迎えていた。
 赤児がタマゴの破片を押し退けて小さく震えるように、おれはおれを取り戻していた。

 ふ、と。背後に気配があった。振り返る。痩せ細った闇が、脱殻(ぬけがら)の形をしてそこにあった。おれ(・・)がいる。おれと重なっていた其奴(そやつ)は、寂しそうでもなく、恨めしそうでもなく、そこに(うずくま)っていた。前肢を伸ばそうとも掴まる気配はない。

 もう、ひとつへ戻ることは叶わないようだった。

 壊すべきだ。それまで(だんま)りだった本能が囁いて、崩し拡げられた窩の端へ爪をかけた。ぐ、力を込めただけで(ひび)割れは深まり、枯死した老樹の幹肌(みきはだ)めいて剥がれ落ちた。闇はさらに薄らいでいる。……これは確かに壊すべきやもしれぬ。衝動に駆られるまま、爪を立て――

『テッカニン君の真っ直ぐなとこ、好きだぞ』

 不意にレディアンの声が蘇った。同時に、無抵抗な片割れを叩き割るこの腕が、どこか(やま)しく(けが)れているように見えてならない。群れの掟だから? 本能が訴えるから? ――()かる心得で着の身着のまま進化を遂げた一張羅(いっちょうら)を破り捨てんとする己の心は、果たして〝真っ直ぐ〟だと、胸を張って彼女に顔向けできるだろうか。

 ――嗚呼(ああ)、こんなことに(かま)けている場合ではない。レディアンの方こそどうだ。おれの知らぬところで、よもやくたばってはおるまいな。彼女はいつも明朗としていたが、ふと見せる(はかな)げな横顔が脳裏にこびり付いていた。半年前、急流へ身を(なげう)って助けた彼女の相貌が(きら)びやかに思い返される。
 気付いてしまった。同胞(はらから)にさえ向けることのなかった痛切な恋慕が胸の(うち)にある。レディアンを探そう。パラセクトの元へ(とつ)いだらしいが、彼女に何があるとも限らない。欠けた己の幽魂(ゆうこん)を埋め合わせるように、肉の脱殻(ぬけがら)は再び彼女とひとつになることを希求していた。まだ西の森へ根城を置いているのだろうか。西はどっちだ。太陽の沈む方角か。

 (ぬく)んできた翅をぱりぱりと(ひろ)げ、おれは光へ飛び出した。



 大地は春を迎えていた。森の涼気(りょうき)は冴え冴えしくこそあれ、ゆるやかな陽差しは生き延びた生命に(あまね)く暖を(もたら)し、そこかしこに早咲きの花々を誇らせている。鬱蒼とした歯朶(しだ)植物の群落へこびりついた太平(だんびら)雪が、土囲いの蟄居(ちっきょ)から這い出たおれの振動によってどさり、と落ちた。底冷えからくる震えに胴が悪戯に笑い、ジ、み、ミ゛、と鳴管が出鱈目に軋む。聴覚も活きているらしかった。

 おれは生き(ながら)えていた。

 夢に夢見る心地で鈍った翅を振動させ、湿っぽい土を追い払う。腹は極限にまで空き、すっかり身は(やつ)れてしまったが、どこも悪くなっていなかった。まるで、不思議な守りの加護をこの身に授かっていたような。

 大地を彷徨いながら、おれはレディアンの住む西の森まで戻っていた。









ジ   ジ  ジッ  
ジ ニーーーンニンニン!   ジッジ ジ 
ジ ジ ジ ジ ジジジジ  カナカナカナカナ……  
ミミミミミミ
ミミミミミミミミ
ジ ジィジ ジジジ  ジッジ ジジジ
ジ ジッジ  ニーーーンニンニン!  
カナカナカナカナ……  ジ ジ  


 夏も盛りの暑い日だった。

 ドラピオンに(そそのか)されるがまま、さわがし森へと戻っていた。辺りを見渡せば、樹液の染みる幹を中心に我が同胞(はらから)どもがそこかしこに(たむろ)している。截然(せつぜん)、どれも誰もおれの知った顔ではない。同期はみな仲良く土に(かえ)っている。

 耳慣れた狂乱がおれを取り囲んでいた。みな銘々(めいめい)つがい相手を呼び寄せるべく発振膜を震わせている。翅の操舵(そうだ)をものにしたおれの敏捷(びんしょう)な飛翔にも、誰ひとりとして見向きもしなかった。

 帰巣本能だろうか、気付けばおれは羽化を遂げた懐かしい樹の前にまで回帰していた。樹液の滴る定席(じょうせき)に着く。ひとつ前の夏と変わらず、縄張りとしていた銀杏(いちょう)(こずえ)に青葉を繁らせ、凛として(そばだ)っていた。
 ()しくもそこは寂寞(じゃくまく)に満ちていた。ひっそり閑とした樹林に滞った草(いき)れが甲殻を湿らせる。あたかもおれは時空の歪みに迷い込んでしまったようだった。

「やっと戻ったね」
誰何(すいか)!?」

 不意に響く凛とした雌の声に、ば、と背後へ視線をやる。寸前まで気色(きしょく)のなかったはずの広場、その中原(ちゅうげん)に声の(ぬし)がいた。

 おれよりも身の丈に乏しい、出芽した玉葱(たまねぎ)を彷彿とさせる繊維質の頭部と、それに()してほっそりとした胴体は濃淡の緑で色塗られている、()さき者。えならぬ美しさを放つ光の(あくた)をその身に纏い、銀杏(いちょう)へへばり付くおれの眼前を、翅音を盗んだように婉然(えんぜん)と浮いていた。
 濡羽(ぬれば)色で隈取(くまど)られた翡翠(ひすい)の瞳が、おれを品定めするように湿っぽく()わっている。

「時のひずみに引っかかった哀れな羽虫は、きみだね」
「……お主が、セレビィ殿でござるか」
「いかにもそうさ」

 (はし)無くもここ、さわがし森の鎮守(ちんじゅ)神たるセレビィに御目見(おめみ)えできたようだった。限りない僥倖(ぎょうこう)に踊り上がる思いで、(まく)し立てて鳴る翅を律するのにもひと苦労だ。
 ドラピオンから入れ知恵をされ、(かね)てより奏上の旨は腹に決めていた。おずおずと地へ降り、(かしこ)まるよう肢を畳む。不満があれば前肢の得物を振るい強面(こわもて)を押し通してきた身、拝跪(はいき)の礼節なぞどうにも身に馴染まない。こんなことなら明神(みょうじん)へ供える神饌(しんせん)でも携えておくべきであった。

(はばか)りながら、願いがござりまする。拙者を、進化を果たしたあの(とき)へと連れ戻してはいただけないであろうか。生き別れた弟を探さねばなりませぬゆえ」

 荒地へ(ぬかず)いたまま、これまでの概略(あらまし)をつらつらと申し上げる。言葉は淀みなく胸から沸き上がり、あたかも繰り返し練習を積んだかのように口が回った。おれがいかに弟を探しているか、いかに()(かた)無いか、そしてもう産土神(うぶすながみ)の力に縋るしかない旨を、懇々(こんこん)と述べ上げた。

 時の御神(みかみ)はおれの具申(ぐしん)(うべな)うこともなく、ただ腕を(つか)ねたままおれを見据えていらした。雌らしく透き通った声音で、しかし()慳貪(けんどん)な様子をお隠しにもなさらない。――何か、忌諱(きき)に触れるような物言いをしただろうか。

「戻って、どうするんだい。弟が逃げないように縛り付けておくのかい。それともその殻を壊すのか」
「壊す……、ので、ござるか?」
「きみたちの種族じゃ、それが常識なんだろう」
「……存じませぬ」

 は、と(こうべ)を上げたが、時神(ときがみ)はじっと眼で訴えなさるのみ。……壊す? おれの弟を、おれ自身とそう変わりのない片割れを、この爪で切り刻む。脳裏に、嬉々として得物を振るう同胞(はらから)どもの雄叫びが反響する。その前肢にこびり付く、今しがたまで己の一部であった脱殻(ぬけがら)(かす)。――この森では、斯様(かよう)な自傷行為がさも(しか)るべき仕来(しきた)りだと吹聴(ふいちょう)されていたのだ!
 荒肝(あらぎも)(ひし)がれる思いだった。言葉を詰まらせたおれへと注がれる、まるで腐ったきのみを(つま)むかのような白眼視。複眼を逸らし(しら)を切ったが、隠し立ての通じぬような剣幕があった。

「……私の時渡りも、そう万全ってものでもないんだよ。渡った先で、魂の近しい者がそばにいると、共鳴することがある」
「何を(おっしゃ)っているか、さっぱりでござる」
「無理もないさ。私も説明するつもり、ないし。それにきみも、うすうす気づいているんだろう。その弟くんとやらは、もうこの世のものじゃないんだって。だからこうして私に頼みこんで、その腕で弟くんを捕まえていたあの時へ(さかのぼ)ろうとしているんだろ」
「今何と……!?」

 おれの弟探しは全くの徒労である、とでも言い()す口ぶりに、抗う術もなく神経が毛羽立った。たかが虫(けら)1匹の命なんぞ、と(あだ)や疎かに(あし)らう態度に虫唾が走る。神に(そむ)くなぞ烏滸(おこ)の沙汰だろうが、腹の底で沸々と息巻く激情があった。
 おれの心(うち)などいざ知らず、目角(めかど)を立てた時神はのべつ幕無しに弁説を並べられていた。

「どうせ意固地になって辞め時を見失った弟探しを、それこそ私からの啓示だとでも思い込んで自分を納得させていたんだろう? 惨めだねえ、そんなことに命を燃やしてくれちゃってさあ。きみを探し回った私の身にもなってくれよ。素直に諦めてつがい探しに精を出しておけばよかったものを……」
「利いた風なことを、のめのめと……! 時の神とて、拙者のみならず、汝弟(なおと)への侮辱までは看過致しかねまするッ!」
「頭の硬い奴だな。だから今から私が…………。チッ、もういい。テッカニンってのはつくづく(うるさ)い種族だよ」
「な――――」

 ()さき時の神が手を伸ばし、その指先から念動力の波紋を(ほとばし)らせる。間一髪に翅を(ひろ)げて(ひるがえ)り、生爪に虫の精気を纏わせる。念糸の網がおれを捕らえるよりも速く――ずっと速く、(はす)に構えた前肢の業物(わざもの)を滑らせた。





 勝った――おれは神に勝った!

 相性が優れているらしいことが幸いした。おれの爪は容易に時神の肌を裂き、さざめいた虫の音波は確実に体力を削っていたらしい。奇異なことに、時神の頼りとする(エスパー)や草の技は、耐久の優れないおれの装甲に傷ひとつつけることがなかった。まるで不思議の守りに覆われているように、脆弱(ぜいじゃく)な装甲が脅威を跳ね返していた。

 地に堕ちた時神の前へ、息()き切って翅を降ろす。いみじくも勝ち取った勝利にくらりときた。いざ時を(さかのぼ)り我が弟とこの健闘を分かち合おうぞ!
 土産話が増えたがそれよりもまず、勝利の高揚に翅の先まで昂っていた。おれは神をも凌駕(りょうが)せし力をこの身に秘めていたのだ! ()も言われぬ極致感に、くらりと酔い()れぬはずもない。翅がさんざめき、心音が(つむり)爆鳴(ばくめい)を響かせる。余剰な血気(けっき)が全身を湯立たせ、自ずと尾先を丸める感覚が下っ腹に(わだかま)っていた。

「ほら、拙者を過去に送るでござるよっ」
「ひ……っ」

 よもや打ち負かされるなどとは(ごう)にも予感していなかったのだろう、セレビィは見開いた(まなこ)怖気(おぞけ)の色に染め潰していた。

 勝利の余韻とは(おもむき)(こと)にした高揚が、おれの髄を舐め上げた。
 (あらが)い難い衝動に気焔(きえん)を吐き、地べたを這いずる時渡りの神へ飛びかかった。うつ伏せるように四肢をひっくり返し、(たぎ)(うごめ)く熱い虫腹を乗り上げた。いやいやと振られる(かぶり)を胸郭で押さえつけ、尻先をさらに(ひし)股座(またぐら)へ擦り付ける。何をされるか理解した奴が、翡翠の瞳を震わせ惨めったらしく命乞いを漏らした。

「待て――まってっ、何するつもり――!?」
「何をするって……。何遍も時を渡ったのでござろう、これしきのこと、察しはつくはずだ」 
「な――――ッ」

 おれの言わんとする旨を気取(けど)ったらしい、度を失った時神はあぐあぐと喉を引き()らせたのち、なけなしの膂力(りょりょく)(もが)きおれを振り払うと、砂埃に(まみ)れた匍匐(ほふく)を始めた。向けられた翅は酷く傷ついていて、飛ぶに飛べないらしかった。

 這いずる玉葱頭を引っ捕らえ、蜜働蜂(ミツハニー)どもが巣への強襲者に寄って(たか)って()し潰すように、倍以上は(へだ)たりのあらん体重で()し掛かる。ひぎゃ、と情けない悲鳴を漏らした喉元、そのすぐ脇を通すようにして前肢を地面へ突き刺した。

 時神は逃れる術を取り上げられ(しな)びた細身を強ばらせ、瞠若(どうじゃく)した瞳を濡らしおれを(かえり)みてくる。

 ぐつり、と。腹の底よりもずっと奥、秘めたる膏肓(こうこう)より噴き上がる熱が伝播(でんぱ)し、おれの尻先から脇差を剥き上げた。
 相手は雌といえど虫のにおいも感じられず、おまけに仮にもこの森を(つかさど)鎮守(ちんじゅ)神なのだ。にも(かかわ)らず、おれはその御神体を肉の太刀で斬りつけんと発奮していた。

 生意気な雌を屈服させたときが最も昂奮(こうふん)する、などとコロトックは弁舌(べんぜつ)を振るっていたが、今ならそれも頷けよう。おれを散々玩弄(がんろう)してきた鎮守神が、一介の虫と(なみ)したおれに打ち負かされ、その眼に屈辱と恐怖の色を(くゆ)らせている。森に住まう万庶(ばんしょ)から(あが)め奉られ、恐れられてきた鎮守神が――否、自惚(うぬぼ)不遜(ふそん)にも(おご)り高ぶったセレビィを懲悪(ちょうあく)し、己が(おとし)めた虫(けら)に及びもつかぬただのか弱い雌なのだと分からせる後ろ暗い掻痒(そうよう)感。
 もといもとい、これは正義だ――正義なのだ! おれは(おろ)か種族ごと愚弄(ぐろう)され、()くして受けた国辱(こくじょく)(そそ)ぐのは正義の(もと)当然の(あだ)討ちだ。(はた)し合いは制したがまだ足りぬ。……なるほど(つがい)を探せと言うならよかろう、望み通り此奴(こやつ)をおれの伴侶(はんりょ)とし、その胎にたんと精を出してくれる。()しんば神の逆鱗に触れたとて、何処(どこ)の誰がおれに鉄槌を下せようぞ!

 (にわか)に息を荒げるおれの尾節から(あらわ)になった肉色、それを見つけてしまった時神の触覚がいよいよ張り詰め、己の身を(さいな)む避け難い未来に力無く縮こまった。時を意のままに渡ることのできる奴にとって、これ以上ない(はずかし)めであろう。

「わ――わかったっ! 送る、きみを1年前に送ってやるから、それ押しつけないで――」
「もう遅いでござるッ!」

 (よじ)れる腰つきを前肢で挟み込み、(さや)を払った脇差を割り入れる。もじもじと足掻くその尻を後肢で踏み付け、(きっさき)が股穴を捉えた一瞬に合わせ、虫腹をぐいと突き出した。

「あ゛ッ!?」

 ずぷ、ン……っ。唾液による研磨もせず乾き切った筈の脇差は、しかし他愛(たあい)なくセレビィのほと(・・)を深々と貫いた。()ばかりの摩擦もなく潤みに満ちた肉(うろ)は、おれがくいくいと腹を(たわ)めるだけで、手もなく快刀を虫孔の付け根まで隠してしまう。体格(ゆえ)レディアンよりも(したた)かに握り込んでくる膣の(びょう)とした肉(ひだ)は、電小蛛(バチュル)のそそけた和毛(にこげ)一朶(いちだ)に包まれているようで刺激に富んでいた。存外にも抱き甲斐のある雌ではないか。

 途端にしおらしくなったセレビィは、腹へ突き立てられた脇差の切れ味に(せわ)しく目頭をびくつかせていた。ふッ、ぅあ、ふぅぅーーっ! 軋んだ肺腑(はいふ)から青息吐息を逃し、しきりに震えてほと(・・)から意識を逸らしているらしい。おれを煽っているようにしか聞こえない息遣いに腹の虫がさざめいた。堪え難い痛みならば今に介錯(かいしゃく)してやろう。
 そのまま馴染ませるように腰を揺する。ぐぽッ、ぐっぽ……、と(わざ)とらしく妖冶(ようや)極まりない水音を掻き立ててやれば、萌黄(もえぎ)色をした横顔にさっと恥辱(ちじょく)(べに)が走った。

「――これは如何(いか)に、随分と濡れているでござるなぁ?」
「はっ……ぁ、く――ッ」

 笑い草だった。神ゆえに(おとこ)日照りが続いていたのか、はたまた湿潤しやすい体質なのか、おれの(つたな)抽挿(ちゅうそう)であろうと、緑月蛹(トランセル)から逃げ(おお)せるよりも造作(ぞうさ)無く、濁った声を響かせながら鳴いてくれた。
 淫蕩(いんとう)を極めたレディアンを満たせず、雄として忸怩(じくじ)たる思いで彼女の口に導かれてばかりだったおれが、その脇差で雌をあられもなく()がらせている。耐久の低さには目を(つぶ)るとして、恨むらくは他の雄虫どものものより(いささ)か――ほんの些か質量に劣ることだが、そもそもコロトックやドラピオンの逸物では、此奴(こやつ)の狭っこいほと(・・)に入ることなど(はな)から(あた)わない。おれのは寸鉄(すんてつ)であるが故にこの雌の口から(つや)めいた喘ぎを爪弾(つまび)けるのだ。またとない優越感に後押しされ、腰の律動が(みだ)りに熱を帯びた。

「ふぬ、ふッ、ふんッ、ふんッ、ふぅぅ……う!」
「あ――――、っあっあっあっあっあアアアッ、ほぉ゛――!?」

 (おの)ずからさざめく翅の揚力で重心の均衡を保ち、細い足の鼠蹊(そけい)を引っ掛けた後肢で吊り上げ、つんと尻を突き出させる。打擲(ちょうちゃく)まがいの抽挿に(あつら)え向きの反り腰めがけ、騎虎(きこ)の勢いでひとえに脇差を振り抜いた。胸に敷いたセレビィの後ろ頭ががくがくと痙攣(けいれん)を示す。突かれる(ごと)に唾を飛ばし湿らせた荒土を、ふくよかな(かいな)が掴み所を探り(しき)りに引っ掻き回している。

「ッはは、お主も()がっているではないか!」
「あっあっあ、ぁ、ぅあ゛ッ……! おんッ、ぐ、っこの、無礼も――のぁ、あっ、あっあっあっあああぁッ……!!」
「ッふ、ぅ……ッ、よもや期待していたのではっ、ぬッ、あるまい、なッ!?」
「ちっちが、調子に、のる――んにぁ゛っ!? ッふ、ぅ、んんんン゛――――!」

 後肢で堅固(けんご)に抑え込んだ体位を頼りに、心鉄(しんがね)の通った脇差をより長大な軌道にて()っつけてやった。ぬぽンっ、淫らに絡み付いてくる媚肉を引き摺りつつ脇差を抜き去り、ぽっかりと空いたほと(・・)から愛液を飛沫(しぶ)かせ――ドチュんッ! (まろ)び出た肉襞を巻き込みがてら最奥を叩きのめす。それを何遍も何遍も、万斛(ばんこく)の恨みを嘆くセレビィの喉を潰さんとするほどの勢いで送り込んでやる。

 どちゅ――どちゅッどちっ、ッちゅぬ、ドチュドチュドチュドチュっ!

「ほらッ、もっと腰を、こう! 突き出し、てっ! ふっはッ、力を抜くでござる、ぞッ!!」
「ンぉっおっおっお゛、ほぉお゛っ、ぉ゛ッ――――、ぉおおおおン゛ッ!! だず、げ、ぐるぢ――ぃいいい゛ッ!!」

 暴れる四肢を前後の肢で封殺し、眠りこける岩壺虫(ツボツボ)の壺へ口をつけて果実酒を頂くように、(たけ)り立った脇差で濡れそぼつ股穴から蜜を穿(ほじく)り返す。子種を(はぐく)む雌に対して(あんま)りな仕打ち。触覚の先まで引き()れたセレビィは己の(かいな)を噛みつけるも、雌悦(しえつ)(まみ)れた嬌声を押し留めるには至らなかった。小石に(つまず)いた水疱蛛(シズクモ)よろしく(くつろ)げた股(ぐら)を水浸しにし、愧赧(きたん)の念に頬を染め()らし、甘く(ほころ)んだ喘ぎに混じり(さま)にならない()れ言をぬかしていた。

 突き出したおれの顎門(あぎと)から汗が滴り、セレビィの旋毛(つむじげ)へ落ちて弾けた。胸を丸め込み、鼻面を頭頂へ(うず)める。むっとくる芳醇(ほうじゅん)な青葉の余薫(よくん)の中に、雄の子種を胎へ迎えんと発情した雌の(かも)す、レディアンと同じ馥郁(ふくいく)とした色香。

 もう押さえつけずとも遁走(とんそう)の意思は(くじ)けたであろう。手慰(てなぐさ)みに前肢の爪で巻き髪を(くしけず)る。
 ふと、胸郭を起こした。組み敷いた雌の痴態(ちたい)を改めて眺め尽くす。細い首で隔てられた、息遣いの乱れた(かぶり)と痙攣の()まない胴まわり。塗り潰したかのように大きな瞳に、淡く透け木漏れ日を(きら)めかせる虫のような翅。砂利に(くぐ)らせた手足は、()も柔らかそうな丸みを帯びていて。

 ――その体つきは、体格こそ違えどレディアンのそれに著しく似通っていた。

「く……、そッ、レディアン殿っ、何故(なにゆえ)……っ、彼奴(あやつ)のような虫(もど)きなんぞと……ッ」
「あっあ、お゛ぉぉぉ……ッお゛んッ、ゆっく、りぃ――! ひ……ッ、すこ、ッしは、手心を、くわ、ぇ、ぁあああ゛……!」
「……(うるさ)いなあッ!」
「ほオ゛っ!!」

 再開した腰振りも早々に切り上げ、もどかしさのままに脇差を一際(ひときわ)(したた)かに刺し通した。
 ぎちぎちと容赦のない肉付きは申し分なく精嚢を煮立たせてくるが、なにぶん口数が多く気を削がれ射精にまで漕ぎ着けられない。おれがパラセクトならば鋏を噛ませることもできただろうが、そうするには肢の数が(いささ)か足りなかった。
 子壺を(ひし)げるほどの一撃で絶頂へ至ったらしい、セレビィは汚らしい咆哮(ほうこう)をひとつ上げ、ぎゅううぅ、と、ただでさえ狭っ苦しい膣肉を絞りつけた。ソクノを(かじ)ったような痺れが粘膜を覆うばかりで、雄へ媚びるにはお粗末な締まり具合だ。種付けを果たした雄を(ねぎら)うようにゆるりと弛緩を繰り返すレディアンのほと(・・)とは比ぶべくもない。(すが)るように膣襞が脇差へ(もた)れかかり、相容(あいい)れぬ具合の肉鞘からの抜刀までをも妨げられる。凌辱(りょうじょく)されさんざ恨み節を(かこ)つ癖してちゃっかり雌悦(しえつ)を貪っているセレビィ、その背に生えた虫(まが)いの翅が満足げに打ち震えていて、一向に(はかど)らないおれを益々(ますます)苛立たせた。

「独りで勝手に昇り詰めたなっ、このッど素人め!」
「――ぅぎ!?」

 癇癪(かんしゃく)逆上(のぼ)せあがり口悪く吐き捨て、汗みずくの乱れ髪を粗雑に引っ掻いた。金切り声を甲走(かんばし)ったセレビィの向こう(づら)へ回り込み、色を正し恨みがましく睥睨(へいげい)する玉葱頭をひっ捉え、汁濡れになった脇差を突きつけた。

 せめて口は、レディアンと同じく心地よかろう。

(くわ)えるだけでよい。噛みちぎるなど、殊勝なことは考えぬようにな」
「ひぃ……ぅ」

 (あお)く色付いた触覚の萌芽(ほうが)まで(なず)んだ様子の時神、言い淀んだその()さき口へすかさず脇差を押しつけた。ぬろり、と唾液の絡みつく熱感を伴って、阨狭(あいきょう)な膣道で鍛え抜かれ地鉄(じがね)を鈍く光らせた寸鉄を、ぐいと奥まで突っ込んだ。

「――――っぷぐ!? ッぉえ、げっほ、ぅべ……!」
「咥えていろと言った!」
「ひっぎゃ!? ――ッううぅ゛っ……!」

 喉奥を蹂躙(じゅうりん)する異物に辛抱たまらず吐き出したセレビィ。すかさず玉葱頭へ鉤爪(かぎづめ)の制裁を下す。斯程(かほど)の仕打ちを受けようと、()め上げる瞳には叛骨(はんこつ)(おき)を底光りさせたまま。曲がりなりにも神を称するだけの意志の強さであろう。
 だが肉体は疲憊(ひはい)しきっているらしい。息は弾み、唾液に照り映える桜色の舌が大きく覗いている。レディアンのものと似通った色味の、おれを包み導いてくれる薄い肉。その(つや)やかに香り立つ色香に、(しぼ)みかけた脇差に()むことなく芯が通る。

「次は努々(ゆめゆめ)不覚を取るなよ?」
「ひぃ――ッ、分かった、我慢するっから、もう、乱暴しないで――ぅぷ!?!」
「その声で媚びるなッ!」
「ふッ――ぐきゅ、ごエぇぇっ、じに゛ゅッ!」

 口を塞ぐ寸前に哀れな命乞いが聞こえたが、一顧(いっこ)だにせず無遠慮に喉まで埋没させた。尖った(きっさき)で喉奥を突き崩さんと腰間(ようかん)を奮い立て、唾を絡め取りつつ壺口(つぼくち)の柔らかさを吟味(ぎんみ)する。

 やはり――やはりだ。ふっくらとした唇の伸びも、狭まる頰肉の吸い付きも、レディアンの(もたら)すそれと酷似していた。ただ(くる)まれているだけでも果ててしまう程に雄を(たぶら)かしてくる極上の肉(うろ)、ここを無遠慮に突きしだこうものなら、如何様(いかよう)に心地よいものか。
 レディアン相手では気の引けた暴虐極まりない口淫も、時神の名を詐称(さしょう)する食わせ者への折檻(せっかん)とあらば心置きなく()いられる。上向かせた(おとがい)へ2、3偏脇差を前後させ、首尾良く甚振(いたぶ)れる軌道を見つけ出すと、そのまま無体に腰を叩きつけた。

 にゅず、ぼぢゅッ、――ぐじゅッごきゅっじゅぱッどぢゅんッ!

嗚呼(ああ)、ぬっく、ぅうう゛ッ、レディアン、どの――ぉ!」
「ンぐ、ぉ――ぇ、ブふっ、ご、ふギッ、ぉ゛っ、――ぅ、――――――っ」

 程なくしておれの顳顬(こめかみ)からは滝の汗。進化の(おり)に味わった激昂さえ凌駕(りょうが)するこの心持ちは、恋だ――恋だ! 今になって気付く。神をも(さげす)没義道(もぎどう)なおれですら受け止めてくれるあの白い手の抱擁(ほうよう)に、最初(はな)からすっかり(ほだ)されていたのだ。熱に浮かされつつも想いびとを呼び、おれの前肢()を擦り抜けてしまった彼女を妄想の中だけでも手籠(てご)めにするべく、届く筈もない悲哀(ひあい)の翅音を声高に鳴き叫ぶ。
 今となっては叶わぬ横恋慕(れんぼ)(かかずら)っているうち、股穴よりかは具合の良いセレビィの口腔(こうくう)に、吐精の撃鉄(げきてつ)を弾かれていた。強張(こわば)る玉葱頭を掻き(いだ)き、目一杯腹を()じ曲げ桜唇(おうしん)へ虫孔を押し当てる。異物を押し返そうと反る舌肉で輸精管を扱きつけ、(かろ)うじて息を通そうとのたうつ頰肉の収斂(しゅうれん)を堪能しつつ、腹底で()ぜ飛ぶ生命の欣喜(きんき)を謳歌し――

「うぷ――――ッ、べぇッ、ぉげ、ひはッ――げええええ゛ぇっ、ぅおぇぇ゛ッ!!」
「な」

 おれの下腹を片腕で押しやったセレビィが、一等(いっとう)聞くに耐えない(だみ)声をひり上げ、砂利へ痰唾(たんつば)を吐き溢したのだ。

 ぶろんッ、おっ()り出された唾液まみれの脇差、その芯がぐらぐらと滾る精液で満たされる。暴れ狂う精虫を留めておく術もなく、抱えていた玉葱頭へと正面きって劣情を()ねかした。
 胡乱(うろん)(まなじり)に溢れんばかりの雫を(たた)え、舌を投げ打ちぜえはあ(・・・・)気息(きそく)を整えるセレビィの乱れた顔貌(かおかたち)(しわ)の寄せられたその眉間を狙い、腫れ上がった快刀を震わせる。意気天を()(ほとばし)精水(せいすい)をひっ被らせ、涙を弾き背けられた(かんばせ)を無理くり引き戻す。黒い(まぶた)へよく映えるよう、(きっさき)から出渋った搾り(かす)(なす)り付けた。
 悄然(しょうぜん)(くずお)れた(おとがい)を爪で持ち上げる。涙と唾液とおれの精に沈み、心根から蹂躙(じゅうりん)され()れ果てた雌の顔。あたかも幾多の雄から(なぶ)り者にされ、劣情の吐け口に(おとし)められた――それこそあの夏のレディアンじみて淫蕩な面差(おもざ)しだった。

 だが――だが、足りない。斯様(かよう)な有様であるとて、引けを取っている。レディアンならば嘆息(たんそく)すら(おくび)にも出さずおれの子種を飲み下すというものを。決して満たされることのないその欠乏が、おれをそこはかとない焦燥の奔流(ほんりゅう)へと投げ入れる。鼓動がいやに(うるさ)い、視野が狭窄(きょうさく)する。甲殻が軋みを上げ翅がさんざめく。飲めども飲めども潤わぬ渇望。どうする、どうする――この雌に、一層の(むご)たらしい仕打ちを見舞わねば。
 セレビィの喉奥へ情炎(じょうえん)もろとも吐き出す筈だった苛立ちが、(ほむら)を灯した罵詈雑言へと形を変え、おれの口から(まく)し立てられる。
 
「何を――、何を吐き出すことがあろうぞ!? ほんの数瞬でさえ我慢できぬと申すのか、この(たわ)けッ! 強姦されて()がり、誰が相手でも股を濡らすこの醜女(しこめ)! このっ、淫乱すべたの癖して、雄への奉仕さえ(ろく)にできぬ雌なんぞ、金輪際(こんりんざい)その口で時神(ときがみ)だなどと(うそぶ)くでない、(まが)い物の禍神(まがかみ)めが!」
「――ッあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

 すっかり草臥(くたび)れたセレビィが双眸(そうぼう)をかっ(ぴら)く。へにゃりと伸ばされた指先から破れかぶれに念力が吐き出されたが、果然(かぜん)、おれをちっとも傷つけることなく霧散(むさん)した、ように見えた。――ふん、時神が(ざま)もあるまいよ。()く言うおれも視界の隅が明滅(めいめつ)している。強烈な絶頂感と征服感が神経の疲弊を(きた)したのやも、と自嘲気味に鼻を鳴らし、官能の極致に陶然(とうぜん)と酔い()れていた。
 それが大謬(だいびゅう)だった。
 宙の一点に留まった光源は、その胎動を隆盛(りゅうせい)としながら四方八方に輝条(きじょう)を走らせていた。死なば諸共(もろとも)と決死の博打(ばくち)に出た鉄蓑毬(フォレトス)もかくや、というほどの熱量を以てして、時空が(ひず)んでいたのだ。
 そうと気づいた頃にはもう遅い。

 ――引き()り込まれる。

 あいや、待たれよ――! 複眼を焼き潰す未曾有(みぞう)霹靂(へきれき)に本能が警鐘を打ち鳴らす。翅を広げ直す間もなく、神ともどもその(あな)へと呑み込まれていった。




後編 


 体から何かがごっそりと抜け落ちる感覚があって、おれは意識した。

 ぼやぼやした視野には見慣れた幹肌。爪に馴染んだ幹のざらつきは、おれが住処としていた銀杏(いちょう)の大樹だった。――確か、小生意気なセレビィの引っ詰め髪を掴んでいたはず。だのにおれは、どうして幹に止まっているのだ。事の顛末(てんまつ)が思い出せない。魂が浮いたかのような前後不覚のまま、おれはしばらくそのままでいた。

 遠近(おちこち)からテッカニンどもの胴間(どうま)声がしている。その響きに聞き覚えがあった。耳孔に刻まれた生え抜きの同期どもの声色(こわいろ)と実にそっくりに――どころか、音律から抑揚の調子に至るまで全く同じ様相を呈していた。
 一昨年、おれがツチニンの殻を脱ぎ捨て、青々とした翅を背に備えた時。その夏の樹々の茂りようが複眼に懐かしい。――セレビィは時を司る(あき)つ神だ、おれは過去へ飛ばされたのだ。

 (しば)しの郷愁(きょうしゅう)に紛れて、輝く鱗粉を纏った()さき者が、天井に茂る翠蓋(すいがい)へ飛んで見えなくなった。きっと時神に違いない。今に追いついてやる、おれを(はずかし)めた彼奴(あやつ)を徹底的に誅罰(ちゅうばつ)すべきだ。
 そうとばかり躍起(やっき)になるも、動かない。――翅はびくりともしない。

 意識を背後へ向けて、気づく。おれを抱え込むようにして、誰かが張り付いている。犀利(さいり)なその爪がおれの背中へ引っ掛かり、ぱ、り……、と肌を崩した。まるで旱魃(かんばつ)に瀕した荒蕪(こうぶ)な大地のように(ひび)割れ、その(かす)は幹の高さをはらはらと崩れ落ちていった。痛みはない。眼で追って、そのまま背後を見た。おれの体からごっそりと抜け落ちたものの正体を見た。

 おれ(・・)が、もうひとり、いた。

 おれ(・・)は、生えそろった四ツ翅をうんと伸ばし、背中の(あな)からおれを覗き込んだかと思うと、幽霊にでも出会(でくわ)したかのように尻切れの悲鳴を上げ、不恰好(ぶかっこう)な飛行であたりに身を打ち据えながら顚墜(てんつい)していった。

 爪を引っ掛けていた(くれ)から、丸みを帯びた前肢を外す。おんぼろの翅は風を捕らえるでもなく、滑るように宙を動いた。魂の馴染み始めた脱殻(ぬけがら)は、苦心せずとも(ほしいまま)に操縦できるようになっていた。試しにその場で幹を巡るようにしているうち、おれ(・・)が、打ち身を引き摺り幹をよじ登って戻ってきた。おれを目の前にしながら左見(とみ)右見(こうみ)あたりを探すように顔を振り、さっと隣木へ飛び移ってしまう。近場の奴に脱殻(ぬけがら)の行方を聞いて回る心算(つもり)らしい。

 おれは、どうやら、見えないらしかった。

 心に(あな)の空いたような(わび)しさとは裏腹に、安らかなほど気分は従容(しょうよう)としていた。喧騒が翅を生やしたとも揶揄されるテッカニン、斯様な同胞どもが脱殻へ置き忘れた静けさをまるっと請け負ったように、希薄なこの体を自ずと受け入れていた。

 ――魂の近しい者がいると、共鳴することがある。

 時渡りに際して、セレビィの口走った言葉が念頭にあった。どうやらおれは時の歪みに干渉し、収まるべき殻を取り違えてしまったらしい。

 眼を離していたしばらくの間で、おれ(・・)は、同胞と何やら揉めたのちに、其奴(そいつ)を斬り殺した。水を打ったように静まり返る叢林(そうりん)、その(のち)、取り巻きどもはとやかく束になっておれ(・・)への非難を轟々と言い立てていた。確か、おれ(・・)後礫(うしろつぶて)を残し故郷(ふるさと)を背にするのだったか。失意とも悔恨とも憤怒とも付かぬ後ろ暗い心根(こころね)は、脱殻になろうとも未だ胸に刻み付けられている。

 喧騒の最中(さなか)、おれを呼んでいる声がした。繁茂(はんも)した下生えの切れ間、そこを()うように露出した砂利土。誰にも気取(けど)られぬ草陰に、おれ(・・)干戈(かんか)を交えたテッカニンが(たお)れていた。同族殺しのおれ(・・)糾弾(きゅうだん)せんと樹冠を飛び交う同胞(はらから)どもは、誰ひとりとして気に留めていないようだ。

 仰向けに木漏れ日を仰ぎ、四肢を力なく投げ出し、鳴くことはおろか息吹(いぶ)くことさえ(まま)ならないようだった。(ひび)割れ潰決(かいけつ)した胸郭が痛ましい。その装甲へ宿した埋火(うずみび)は、今まさしく消えかけていた。

 天敵から身を隠し、進化を遂げようとも、勝ち残れねば、地に堕ちる。その身が朽ちるよりも先んじて繁殖の(つがい)を獲得し、タマゴとして命のバトンを繋いでいく。
 それが、普通。それが、毎年のこと。だがおれに託された(みことのり)は違う。

『もし』
『……』
『もし』
『…………』
『聞こえておるであろう』

 開き方も心得ぬ小さな口から、(いな)、全身全霊から思念を飛ばすようにして、声をひり出した。春先の湖面に張った薄氷(うすらい)よりも透徹(とうてつ)した、蝉時雨(しぐれ)にも干渉されぬ高次の響きを(もっ)てして、冷たくなりゆくその遺骸(いがい)へ向け、極端に視野の狭窄した(まなこ)でじぃと訴える。

 がらんどうの体が、収めるべき中身を求めて(かす)かに震えた。翅の先すら動かすことも(あた)わない同胞は、割れた複眼を今いちど唐紅(からくれない)に輝かせ、おれへ一瞥(いちべつ)をくれていた。くたばった奴には、どうやらおれが見えるようだった。

『お前、さっきの……』
『左様』

 (ども)りのない、おれと同じく澄んだ響きが返ってきた。恐らく、斬り合った中身(テッカニン)おれ(・・)と、脱殻(ヌケニン)のおれとを同一視できているらしい。
 強き者のみが生き残る。それが虫どもの摂理とはいえ、流石に気に差した。

『斬り捨て申した旨、誠に済まなんだ』
『謝ることたぁねぇよ。遅かれ早かれオレたちは夏のうちに死ぬ運命なんだ。むしろアンタほど強いヤツと(しのぎ)を削ったんだから、本望だぜ』
『……(かたじけな)いでござる』

 (むくろ)の複眼から命の色が抜け落ちる。死にゆく肉体とはちぐはぐに、同胞は悟りを得たようにこんこんと思念を溢した。

『オレたちテッカニンはよ、脱いだ殻が霊界に繋がっているってのは有名な噂話だろ。それには続きがあってだな……。ごく稀に、抜きん出て強いヤツがその殻を背負い、死んだ虫たちの魂を集めて回るって聞いたことがある。……お前みたいな変わり者なら、それも納得だぜ』
『……』

 最早ひと欠片の木漏れ日さえ映さなくなった複眼へ、おれは背中を向けた。前肢を差し伸べてやるように、口の代わりに大きく空いた(あな)を、奴へと向けた。

『ともに、来るか』
『…………――ありがとう』

 しゃなり。魂魄(こんぱく)を打ち鳴らしたかのような耳鳴りが背後から届き、とぷり。窩から何かが――触れられぬ神酒(みき)のような何かが流れ込み、脱殻の内をしんみりと反響する。流れ、弾け、混じ、染みる。落莫(らくばく)としたその波が収まる頃には、おれの体がわずかに重くなった、気がした。流転(るてん)の輪がぼやぼやと輝いていた。

 腹奥に巣食っていた僅かな戸惑いが眼底(がんてい)を払って消えた。これこそがおれの天命なのだと、(あな)に魂を宿すことで、改めてこの身に染み()るようだった。
 今となってはセレビィの棘ついた物腰にも素直に(がえ)んずる。一筋縄ではいかないテッカニンという種族の荒くれどもを毎度手懐(てなず)けなければならぬのだから、きっと神経が参っていたのだろう。彼奴(あやつ)は、夢破れた虫どもの魂を導くべくしておれを()(かた)へと飛ばしていたのだ。案ずるに、連綿と繰り返される虫の輪廻に一枚噛んでいるということか。……そうとも知らず、あれは悪いことをした。

 得物で斬り合い、尾を交え、生を営み殷賑(いんしん)を極めたさわがし森は、その底を彷徨(さまよ)える魂が(うずたか)跋渉(ばっしょう)していた。(むくろ)ひとつひとつに先々を導かれるまま、おれは背中の窩へと彼らを収めていった。

 専心しているうち、夕暮れが天穹(てんきゅう)を覆い尽くす逢魔刻(おうまがどき)となっていた。あたりの者どもを追っ払ったかのような静寂(しじま)に満ちた樹々の陰、諸手(もろて)をゆさゆさ揺らしたヨノワールが薄闇から忍び寄り、おれへ(たなごころ)を差し出した。

『こちらへ……』
『渡せば、良いのでござるな』
(しか)と預かりますので……』
『これを、どうか次の脱殻(からだ)へと、届けてくれ』
『…………』

 寡黙な雌だった。其方(そちら)へ向けたおれの背中から御魂(みたま)が抜け出し、袋驢獣(ガルーラ)の育児(のう)へと潜る幼獣さながら、ヨノワールの腹へと収められていった。またしても輪廻の輪が、三日月をなぞるように寂寥(せきりょう)と輝いていた。
 ヨノワールは哀悼(あいとう)するよう単眼を静かに伏せ、闇へと溶暗(ようあん)して見えなくなった。



 ――おれ(・・)は、何処(いずこ)へ行った。
 ひとつとした魂が引き合うが如く、おれには片割れの所在(ありか)が仔細に見て取れた。が、(ただ)でさえ気まぐれで(かじ)を取るおれ(・・)の行方は奔放としている上、俊敏な翅を喪った脱殻(ぬけがら)は追跡するには鈍重すぎる。
 進めど進めど遠のくような、(よし)無い日々がしばらく続いた。一向におれへ気付けぬ愚鈍な昔のおれ(・・)を恨んでいた。そういえば生身のおれ(・・)は夜な夜な(うな)されていたが、あれは己で吐いた怨念に(さいな)まれていたのだと、今更ながら気付かされた。

 旅すがら、縄小鈴(リーシャン)の口めいて窪んだ眼窩(がんか)を通し森羅(しんら)(うず)もれた亡骸を探し出しては、その魂を(さら)っていく。蝉の俊敏さでは眼に留まらなかったのか、はたまた脱殻と共振するものがあるのだろうか、(ゴースト)の力を纏う者どもと多くすれ違った。魂の蒐集(しゅうしゅう)を任ぜられたゆえ、と己の無愛想を詫びれば、みな親切かつ(こま)やかに(ゴースト)の道理について(もう)(ひら)いてくれた。同胞(はらから)どもは決して持ち合わせぬ情けの深さに、さわがし森の中でのみ腕っ節の強さをひけらかし、頑是(がんぜ)なく自惚(うぬぼ)れていた己の至らなさを恥じた。



 三日三晩の追跡の末、西の森まで翅を伸ばしていたおれ(・・)の背を確かめた。鬱蒼とした下生えに囲まれた小広場で、おれ(・・)は肩を(いか)らせ、考え(あぐ)むドラピオンへ食ってかかっていた。差し詰め脱殻の所在(ありか)でも聞き出そうとしたのだろう。奴をここいらの(ぬし)たらしめる巨躯に臆しもせず、いっぱしの警告音を翅からがなり立てていた。

「――教えぬというのならば、それまでッ」
「ガハハ、蝉の小僧。わしに挑むつもりか? 進化したては血の気が多くていかん」

 ろくに振るった(ためし)のない(なまくら)では歯牙にも掛からず、剣戟(けんげき)に舞い上がった病葉(わくらば)も落ちきらぬうちに、険阻な砂利面へと打ち据えられていた。そこへ追随する毒液の雨をもろに喰らい、あっけなく雌雄は決したようだった。

 今なら気付いて貰えるだろうか。淡い期待を胸にして、近づいてみる。毒沼へ浸り大きく嘔吐(えず)いたおれ(・・)と、瞬時、眼があった、気がした。

「……あ?」
久方(ひさかた)ぶりだな』

 死に損ないにだけおれが見える。毒に犯され今際(いまわ)の際を彷徨うおれ(・・)の眼に脱殻が映っていたとて、何ら不思議ではないはずだ。高揚していた。いくら樹液を啜れど満たされぬ火傷の渇きに似て、背中の(あな)が真の潤いを求めて酷く(かつ)えていた。

 ――今こそひとつに戻ろうぞ。

 近づけたおれの丸い前肢から、何か、波動のようなものが流れ出す。おれの会得している技などでは到底理に(かな)わない、土地神が敬虔(けいけん)な信徒へ授ける冥助(みょうじょ)のような御加護――時を渡ったおれはセレビィの力を借り受けているのやも知れぬ――がおれ(・・)を包み込み、収束した。
 ぎょっとして(かいな)を引っ込めたのも束の間、危殆(きたい)に瀕していたおれ(・・)の複眼に、ぶぁ、と、精魂の(ともしび)が吹き返した。

「ま――っだまだァっ!」
『な』

 小さく吐き捨てたおれ(・・)は何食わぬ顔で化け(さそり)へ立ち戻り、しかし呆気なくその爪に捕らえられ、毒に塗れた翅を執念(しゅうね)くさざめかせるばかりだった。「わしの毒を耐え切るったあ、見込みのある奴だ。だがな、蝉の。ガハハっ、命は粗末にするもんじゃあねぇぜ」。どういう(よすが)かドラピオンに根性(しょうね)を気に入られ、そのまま食らわされた説教は何故だかよく覚えている。

 ――それもその筈、おれ(・・)此処(ここ)でくたばる(ゆかり)はないのだ。ドラピオンの重い一撃も毒沼の焼けるような痛みも、()せることなく記憶にこびりついている。セレビィと邂逅(かいこう)するまで力尽くことはないのだと、そう捉えて大事(だいじ)無いようだった。

 レディアン(いわ)く紙耐久のおれが毒に対して格段の免疫を持つはずもなく、しかしおれ(・・)は生き残った。今思えば何となしに合点がいく。脱殻となったおれが、不思議な守りの加護を分け与えていたのだろう。

 思い返せば、おれ(・・)は幾度も己の脱殻に守られていたのだ。丸呑みせんと寝様(ねざま)を襲い掛かってきた毒饅頭(マルノーム)。親切を(かた)って闇討ちを仕掛けてきた胴乱猫(ブニャット)もいた。鉄砲水、飢餓、そして冬籠り。命を脅かされた時、いつもおれはおれ(・・)の側にいた。

 だがどれほど近くに寄り添わんと、ひとつとなる渇望はやはり満たされないらしい。空しい脱殻(ぬけがら)のままのおれは、端目もくれぬおれ(・・)の眷属として片時たりとも離れず陪従(ばいじゅう)していた。見守るしかなかったのだ。



 界隈の虫どもに世話を焼くドラピオンを膝下(しっか)として日夜研鑽(けんさん)を積み、時折おれ(・・)方々(ほうぼう)脱殻(おれ)を探しに翅を伸ばしていた。その背へ同伴しつつ、おれは事切れる虫の遺骸を探して鈍い目を走らせた。さながら屍肉(しにく)食の骨夜鷹(バルジーナ)の狡猾さを纏った心持ちだ。

 西の森は多種多勢の者どもが(ぬし)の座を簒奪(さんだつ)せんと狙っているらしい。ドラピオンへ挑み返り討ちに遭ったモルフォンは、おれの脱殻へ収められてからも(しき)りに恨み言を漏らしていた。
 あるいは餌場をめぐる果たし合いに敗れ、自慢の顎を叩き割られた電砲顎(クワガノン)。あるいは土石流に巻き込まれ、潰滅(かいめつ)した己の(むくろ)を眺めたまま未だ理解の及ばぬ岩殿蟹(イワパレス)迷妄(めいもう)した虫どもの魂を背中の(あな)へと(いざな)っては、霊界へと送り届けてやった。

 (むべ)なる(かな)、そうした者は盛夏(せいか)を過ぎた頃が最も多かった。彼岸を超えると出来の悪いカイスの果肉へ()った()のように(まば)らとなり、雪が積もれば大地もろとも覆い隠していった。

 おれ(・・)が越冬する際には、背中の窩を寂しくしたまま、つきっきりで不思議な守りの加護を恵与(けいよ)していた。





 一向に気付かれぬまま、1年が経った。

 西の森、(うろ)の空いた樹の広場はもとより曾遊(そうゆう)の地で、蠱毒(こどく)のように()し合う虫どもを遠く眺めていた。蟲擬茸(パラセクト)はいない――()すれば二度目の(あだ)情けだ。奴とのタマゴを産んだばかりのレディアンへ、雄虫どもが抜け駆けの嫉妬で修羅を燃やすように、己の虫孔から欲望の太刀を差し伸べている。

 梅雨明けの(よい)は澄み渡った晩晴(ばんせい)だった。暗くなるのと頸木(くびき)を争うようにして、日高(ひだか)に活動していた者たちが(ねぐら)へと帰ってゆく頃合い――逢魔刻(おうまがどき)
 樹の陰から広間の様子を盗み見るおれの背後に、長い付き合いとなる気配がした。近頃は訳あって魂の拾遺(しゅうい)等閑(なおざり)にしていたが、朴訥(ぼくとつ)彼奴(あやつ)忠実(まめ)に会いに来る。

『後生でござりまする』
『……どう、なさいましたか』

 魂の受け渡しも慣れるにつれ二言三言すら交わすことのなくなっていたヨノワールの、少し面食らったような声。脱殻(ぬけがら)になったおれが「後生」などと珍妙な言葉の使い方をしたからかも分からぬが――ともかく、おれは訥々(とつとつ)と思念を飛ばした。

『しばしの猶予を……、頂戴できぬであろうか』
『…………。あなた自身、まだやり残したことがあるのですね』
『……如何(いか)にも』

 ヨノワールはひとつ眼を細めて思案したが、咎めるでもなく無下にするでもなく、ただ頷いただけだった。



 もう何度目であろうか、レディアンの横っ面へ引っ付いたおれ(・・)が、柔こい唇へ挟まれた脇差を必死になって震わせていた。囂躁(ごうそう)とした求愛音の果て、その阨狭(あいきょう)な喉奥へと実ることのない子種を明け渡す。ドラピオンに引き剥がされ、みじみじと名残惜しげに前肢の刃を振るっていた。

 千枝(ちえ)(あわい)から垣間(かいま)見たレディアンの、彼女を囲む雄虫どもの精を噛み分ける蕩け顔。当時はその艶やかさに上気(のぼ)せあがっており気にも留めなかったが、口許を白く汚した彼女は何処となく仔細顔で。

 ――寂しいのか。

 3匹の雄を相手に春を(ひさ)ぎ、申し分ない(つがい)も迎えたというのに、彼女の複眼は遠く()(すえ)を見据えているようだった。宙を遊ぶその視線が、草陰から覗くおれのものと、()ち合った気がした。
 そのまま笑みを向けられ、おれはさっと顔を逸らしていた。

「ン、どした」
「あは……いやねコロトック君、いま誰かに見られているような気がしてさ」
「あーね、オレも気になった。パラセクトには後をつけられてねーんだよな?」
「……その話はナシだって、最初に言ったじゃないか」
「――ぁっぐ!? っべ、()りィっての!」

 (あんず)色の腹へ吐精していた逸物を撫で()られたコロトックの痛切な悲鳴が届き、おれの(あな)を反響した。
 克明には見えずとも、茂みから(うかが)出歯亀(でばがめ)の気配は窺知(きち)していたのだろう。2匹は(しき)りにおれの忍ぶ(やぶ)へと目を()れていた。憔悴したコロトックは半白(はんはく)(くちひげ)を擦り寄せ、鼻梁(びりょう)へべっとりと雄汁をこびり付けたレディアンの唇を強引に奪う。

「オレらに交じる気もねーみてーだし、レディアンちゃんよぉ。オレのチンポぱっくり咥えてたそのマンコ、ドーテー君に見せつけてやれよ」
「ん……。首を絞めてきた時からどうかと思ったけどさ、キミの性癖もなかなかだねえ」
「オマエにゃ言われたくねーッつの」

 白い手のひとつで竹筒めいた逸物から出涸(でが)らしを(しご)き抜きながら、レディアンはぽっかりと緩んでしまった己の股穴を指で割り拡げ、視姦される不徳義(ふとくぎ)にまたぞろ絶頂へと昇り詰めたようだった。

 目線を外したのは、勘付かれたことに『然知(さし)ったり』と肝を潰した(ゆえ)ではない。コロトックもレディアンも、(おぼろ)げながらもおれが見える、ということは。
 今となっては炳乎(へいこ)として理解できる。獰猛(どうもう)な交尾に(ふけ)っていたコロトックの焦燥に駆られた顔つきには、ありありと死相が浮かび上がっていて。

 彼女の(かも)す儚げな面影も同じだろう。薄々悟っていた。――レディアンは死にかけている。





 セレビィと一戦交えたおれ(・・)が時の狭間(はざま)へ呑まれる断末魔を聞き届けてから、おれはレディアンを追った。彼女の魂の色は覚えている。春先のお天道(てんと)様を仰いだような、暖かな桜の透き色をした魂だった。夢寐(むび)にも忘れぬその軌跡を辿(たど)っていく。

 タマゴを産み落としたレディアンは肌寒い渓流の川瀬、その岩場に巣穴を移したようだった。西の森であれほど雄虫どもを(たぶら)かしていたのだ、噂を聞きつけた他の者どもに、夜光(やこう)を放つ茸へ誘引されるという毒粉蛾(ドクケイル)もかくやというほど(たか)られては、子育ても(まま)ならないからだろう。陰気なパラセクトがいかにも好みそうな、じめついた縄張りだった。



 気付かれぬまま、彼らの営為(えいい)をまた1年、見守った。実に穏やかな時の流れだった。

 朝まだきに(しとね)を抜け出し、レディアンは(とろ)の浅瀬にて沐浴(もくよく)をする。翅を温めがてら散歩へと出かけ、帰りしな、きのみを見つけてはお手製の籠に収めていた。パラセクトの獲った川魚と共に刻み、山菜を和え、そうして(こしら)えた馳走(ちそう)を挟んで取り留めのない会話を弾ませていた。
 雨が降れば森の調べに耳を傾け、風が吹けば散り落ちる葉に合わせて踊りを嗜んだ。河の(ほとり)で歌を口(ずさ)み、渋々ながらもバトルの稽古をつけ、近場の者どもときのみを交易し、(いわや)(こも)り愛を育んだ。
 遠出して立ち至った花園で、レディアンは器用に花輪をこさえて伴侶の背中へと掛けてやっていた。腹を空かせた装鋼鳥(エアームド)の強襲は、パラセクトがその爪で瞬く間に返り討ちにする。タマゴが孵ってからは、そこがお気に入りの出かけ先となっていた。

 悔しい(かな)、レディアンがパラセクトを選んだ所以(ゆえん)も腑に落ちた。三位一体の蜜働蜂(ミツハニー)さえ羨む仲(むつ)まじさは、陰から覗いていたおれの脱殻(ぬけがら)に火を灯しかねないほどで。斬り合いの日々を送っていたおれでさえ彼らの(こう)(こいねが)わずにはいられない程(たっと)い光景に、明日をも知れぬ虫の薄命(はくめい)さを失念する有様だった。
 おれが()し得なかった(つがい)との生活を(かんが)みる。食うものといえば(もっぱ)ら質素な樹液で、娶嫁(しゅうか)の本義なぞ子を残す旨に()くはない、と偏屈だったおれは、たとい剛腕を振りかざしレディアンと無理無体(むたい)に結ばれたとて、果たして彼女を幸せにできただろうか。

 夫婦は4つものタマゴに恵まれたが、惜しむらくも、後胤(こういん)の3匹は先にヨノワールへと届けることになった。それさえ除けばレディアンは旦夕(たんせき)幸せな生涯だった。

「寒くなくても、どのみちボクは死ぬ。寿命なんだ」

 次の年、彼らは(ちがや)野面(のもせ)の波打つさまが美しい青野へ住処(すみか)を移していた。梅雨明けに行き倒れていた、おれの知らないポケモン――燦然(さんぜん)と輝く金烏(きんう)めいた顔を持つ緑葉(りょくよう)の者――を(めかけ)に加え、ぽつねんと佇む桜の大樹を(いおり)としていた。
 桜の花影(かえい)に息を凝らし、それが葉桜となり、色づき、散り始める頃。満天に(すばる)(さや)かな秋夜空、レディアンがそれとなく言った。脱殻になったおれには分かる。手向け花(さくら)のよく似合う彼女からは、強い死の気配がした。老羸(ろうるい)は彼女を奥深いところから(むしば)んでいた。
 色()せたその複眼には、いつか見た儚げな光が夕陽に重ねられていて。

 ――ああ、やはり、寂しかったのだな。
 記憶を(さかのぼ)る。交尾の蕩け顔に紛れて垣間見せたあの戚容(せきよう)は、つまりそういうことだったのだ。刻一刻と迫る己の死期に(ほぞ)を固め、後に残すパラセクトを(ひとえ)に思い(わずら)い、彼が次の冬を越すための善後策をあれやこれやと練り上げる。今生(こんじょう)の別れを嘆き(いた)み、死して(はなむけ)を贈る者の儚さだったのだ。

 ()れこそが愛なのだろうよ。
 同胞(はらから)(あや)めようとも己の都合しか省みぬ、底抜けに独善的だったおれが、(つい)ぞこの(ことわり)へと辿り着いた。喪われた半身を取り戻さんと求道(きゅうどう)に励もうが、己の胸に空いた(あな)は一向に満たされぬ。窩の形にぴったりと(はま)るのは、愛だ。愛を(たまわ)るには、おれが愛に(むく)いる他ないことを、遅ばせながら理解した。
 脱殻(ぬけがら)を捨て、捨てられたその脱殻に魂を宿すことによって、何がおれから遺漏(いろう)しているかを悟った。おれの蝉蛻(せんぜい)はここに極まり、玉響(たまゆら)の時を駆け抜けたあえかな蝉の魂は今、慈愛を以てして菩提(ぼだい)を得、空虚なこの脱殻(ぬけがら)を満たさんとしている。

 背中の(あな)にずっと、(ほの)かに疼く渇きがあった。その渇望の潤しようを、おれは既に心得ていた。脱殻になったおれにできること。寂しいまま涅槃(ねはん)に入るレディアンを迎える遠くない未来、この身へ宿す彼女の魂へ、何と伝え慰めてやろうか。

 ――案ずることはない。今いちど、ひとつになろう。拙者が送り届けて(しん)ぜようぞ。



 来るべき(とき)(きた)るまで、おれは、桜の老樹に並んで草原を佇んでいる。







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あとがき

魂のスカベンジャーことヌケニンくんの話、いつか書きたかったので書きました。進化に伴い体がふたつに分離する、すなわちふたつの体にひとつの魂を宿すポケモンって唯一無二ですから。本編2章以降で書いているパラセクトはひとつの体にふたつの魂を持っていて、ちょうど相反した個性なんですよ(個人の見解です)。

本編ではパラセクトくんの視点からレディアンちゃんを看取るのですが、あれだけ尽くしてきた彼女にも救いがあって欲しいな……と考えた結果、テッカニンくん視点のバックストーリーを生成することで解決しました。虫たちはあっさり死んだりしていますが、それが普通でみんな納得しているのでハッピーエンドです。

セレビィを絡めようと決めたのは全くの気まぐれなのですが、設定的に美味しく調理できたかな、と思います。同じ時を2巡すれば、2bodies-1spilitの設定がピッタリ合致してくれましたのでね。あと以前に書いたのですが、小生意気なチビ伝説をめっためたに凌辱するのたまらないですねエ。

せっかく拙者キャラを主人公に添えたので言葉を硬くしてみました。ふだん使わない文字列ばちくそ盛り込むの楽しいね……読みやすいかどうかはともかくも。ぜんぶ硬くするのは流石に読めないだろうと正気に戻り、推測できそうなワードだけ硬くしました。その選抜にとても時間がかかった。もう2度とやりたくねえ……慣れ親しんだ言葉を使うべきですね。ともかく文体はいつも通りなので、読み飛ばしても意味は拾える程度には柔らかくなっている……はずです。余談ですがノベルチェッカーはルビまでカウントするので全体で何文字か良く分かってません。おそらく3万文字くらいなんですけど。多っ……。



それと、前の短編大会にて御三方もテッカニンの話を書かれていたのが羨ましいな……って思っていまして、この物語を書くにあたって大いに参考にさせていただきましたので、誠に勝手ながらちょっとした紹介文とともにリンク貼らせていただきます。

かたわれのうた
縄張り争いに破れ、雌に袖を振られるテッカニン。その謎を明らかにするうち、己が魂の欠落に気づく。
聞こえないヌケニンの声、貴方には聞こえましたか。

伝わらない
トレーナーの元でその命を全うしたテッカニンの叫びは、果たして伝わるのかどうか。
小編にありったけの渇望が詰め込まれています。

片翼のレプリカ
なぜ殻を壊すのか。本能だから? 掟だから? 己の抜け殻に疑問を抱いてしまったテッカニンの、理解へ至るまでの逃避行。
ヌケニンに対するひとつの解釈に圧倒される。


最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • まず、もう、テッカニンくん(かつヌケニンくん)が尊い! 漢語を多く交えた侍口調がピッタリハマって、とても魅力的。テッカニンという種族の秘密に薄々気づきながらもそれを抑圧し、子孫を残すという虫としての義務すら捨てて「弟」を探し求める忠義深い姿も、さりながらレディアンの誘惑に耐えることのできない弱い雄としての姿も、すごくよかったです。とかくテッカニンとヌケニンの設定は創作心を燃えたたせますね……! テッカニンものが多く書かれるのも納得……
    しかし、打って変わって中編、レディアンの面影を探るようにセレビィを凌辱するテッカニンくんの劣情剥き出しのサイコっぷりは流石ミドリさんという官能描写。言うまでもなく『カクレミノ』のシビルドンくんとユクシーを彷彿とさせるし、パラくんの暴走っぷりも思い出させるし、テッカニンくんの欲丸出しの暴言には思わず笑ってしまった……腕っぷしは強いけれど、なんだかちょっと情けない雄っぷりがたまらないもんです。これでショタ(?)だし、侍だし、それにサイコだし、とても可愛い。
    しかしその弱みも含めて、テッカニンくん(もといヌケニンくん)が虫たちの輪廻の中に組み込まれていたというのには一本取られました。そう考えるとセレビィ、ただヤられてるだけではなかった……? 結構な食わせ物だったり……?
    これまでのパラくんとレイちゃんの姿を、ヌケニンくんは恋い慕いながらも、影のように見守っていたのだなあ、と同時に、レイちゃんにコロトック、さらにはさりげなくあの子レディバたちの死がほのめかされていることに、改めて虫の世界の無常さを思い知らされてはっとさせられます。
    こうなると、パラくんサイドの物語の最後がいよいよ気になります。二匹(そしてヒマリちゃん)がどうさよならをするのか、ヌケニンくんはどうするのか、最後は迎えたくないけれど、どう書き切るのか、期待してます! -- 群々
  • >群々さん
    ご丁寧な感想ありがとうございます! これもう解説でいいんじゃないかな……。
    同胞たちのいる森しか知らない井の中の蛙だった彼は、脱殻の秘密に気づき追い払われるまま故郷を飛び出し、時には格上のドラピオンに立ち向かったり、時にはレディアンの誘惑に流さたり、紆余曲折しながら種族の抱える役割に気付いていく。これはサイコパスショタ侍ことテッカニンくんの成長物語なのです。
    言い慣れていない暴言を情動のまま喚き散らすみたいなところ、伝わったようで一安心です。神に対する畏怖の裏返しとでも言うべきか、冒涜的なシーンを書くのは楽しいですね。構造としてはおっしゃる通りカクレミノのユクシーと全く同じなんですよ。一辺倒で遊びがないのですがこれが好きなんじゃ。
    セレビィはテッカニンを過去に送る役割を担っていましたが、流石にバトルで負けて犯されるつもりはありませんでした。あんな事故が起こったのはひとえにテッカニンがレディアンを恋い慕っていて彼女の面影を空目したからで、本来ならば腕づくでも時の歪みへと投げ込んでいたんだと思います。まあでもセレビィて男日照りはしてそうなんだよな……。
    ちなみにコロトックの魂はヌケニンが拾い、あまり接点のなかったそのふたりでぎこちないやりとりがあったりするのですが、物語の焦点がズレるのと時系列的に盛り込むのが難しかったので見送りました。同様に幼いレディバの魂を送るシーンも省くことに……(こっちは既に書いていた)。なくてもレディアンに掛ける言葉は想像できるかな、と読み手に託しました。想像してね。 -- 水のミドリ
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Last-modified: 2020-12-18 (金) 23:30:32
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