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カクレミノ

/カクレミノ

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R-18要素ありです。

グロそうでグロくない少しグロい描写があります。
Vore電気責め脳姦




 雷の石をはじめ、特定の原石で進化したポケモンはいくら経験を積もうとも新たに技を覚えなくなるらしい。強いエネルギーに触発された体細胞が、凶暴で不可逆的な反応を引き起こすためだ。
 それは野生の世界では臨めないものだった。洞窟の最深部で埃と静電気を啜るように生きていた頃は、雷の石の存在も知らなかったし、まして俺が2段階も進化を控えていたなど空想さえしなかった。
 不定形の体からにゅるりと生えた腕の爪で、乾電池をしっかりと挟む。湖の魚を感電させるときのような粗暴さではなく、できる限り慎重に、同じ電圧を保ちながらマイナス極からプラス極へ向かって電流を通す。方向性が大事らしい。以前何かの図鑑で電池の模式図を見せてもらったことがあるが、さっぱり理解できなかった。それでもこの小さな白い金属筒は進化前の俺よりも起電力があるという。不思議だ、どういう仕組みなんだ。いや、そもそも俺自身がどうやって発電しているかちゃんと理解していない。そうしようと目や手に力を込めれば電気を流せるのだ。シビルドンは目の横に並ぶ鰓裂(さいれつ)と手の表うらに発電板があるが、電池もそれに似た仕組みだろうか。
 蓄電池をつまんだ手をまじまじと眺めていると、横から細い少女の手がぬっと伸びてきて、爪の間の不思議筒をつまみ取っていった。
「もういいよ、やりすぎ。充電しすぎると摩耗が早くなっちゃう」
『すまん』
 レンジャーの制服に着替え終わっていた俺のトレーナー、カタンに叱られた。雪山でも目立つ蛍光の朱色を基調としたブレザー、動きやすいミニスカートからは肉付きの乏しい足がむき出しになっていた。12歳にしては140センチと小柄で、同年代の人間と比べても体の発育は遅かった。インナーシャツは少しぶかぶかで、スカートの下につける同じく紺色のスパッツは、本来膝を覆うまでの丈はないはずだ。にもかかわらず纏う雰囲気がどことなく大人びているのは、冴え渡るようなつり目でしかも黒目が小さいからだろうか。あれだけ長かった髪もショートに切りそろえ、青味のある銀髪が弾けるような炎色のキャップからのぞく。玄関には昨日底まで雪が染み込んだブーツが干してある。俺の故郷イッシュにも同じ職種の人間がいたが、ここシンオウでも似たような制服を採用しているらしい。ただ冬のエイチ湖で生足を晒していては生きていけないだろう。ロング丈の分厚い防寒コートもちゃんとある。
 折りたたみの簡易テーブルへ律儀に正座し、俺から奪った単三電池をテキパキと携帯ラジオに組み込んでいく。ダイヤルをひねり麓のキッサキ局番の電波を拾うと、積雪による交通ダイヤの乱れを淡々と垂れ流し始めた。
 朝食をこしらえる時間だ。
 ここ4日で備蓄を消費し続けていたため、そろそろ底が尽きかけていた。棚から調理用具を見つけ引っ張り出し、俺は包丁の柄を握って流し台に立たされた。前日の探索で見つけたラムのみをまな板に乗せて、ひと口大の大きさに切り分けなくてはいけない。人間の道具を扱うのはまだ難しかった。刃を垂直に下ろせずに、まな板から欠片がこぼれる。拾おうと屈んだ先に、後ろで見守っていたカタンの細腕がするりと伸びてきた。
「包丁を持って動かない。また私が怪我するじゃないの」
『悪い』
「私の手がこんなになったのは誰のせいかしら? この調子じゃ、ギュムが料理できるようになるまで当分断食ね」
『……善処する』
 細い包帯で隙間なくぐるぐる巻きにされた左手を振った。彼女いわく指先までしっかり動かせるが傷に触れると痛むという。心当たりのある俺はしおれて反省の色を示すしかない。
 シビビールから進化して得た腕は、人間との生活を補助するのに何かと役に立つ。カタンが満足にできない調理を、俺はひとえに任された。焦って手のひらから粘膜を漏らしてしまうと、なお扱いが困難を極める。慣れていくしかないか。
 とはいえ、元を正せばカタンがあんな無茶な提案をするからだ。
『……なあ、やっぱり街に降りて医者に診てもらえよ。早いに越したことはないだろ』
「なに? 早く焼かないと。そのぶん出発が遅れちゃう」
 人間にポケモンの言葉が通じないのをいいことに、カタンは俺を急かしてくる。くそ、こうなりゃやけっぱちだ。
 起きがけに獲ってきた淡水魚のわたと骨を除き、3枚におろす。汲んできた清水をやかんに注ぎ、小型の薪ストーブの上に置いて煮沸した。野生で生きていれば無縁だったまどろっこしい作業。このまま丸かじりにしてしまいたい衝動を抑え、白湯で血を洗い流した。とはいえカタンと共同作業をするのは久しいかもしれない。そこまで悪い思いはしなかった。
 なんだかちょっと、懐かしい気分だ。カタンがトレーナーズスクールに通いだす前、本部の託児室で掃除の手伝いをさせられたことがあった。彼女は腕に余る掃除機を懸命に抱え、部屋の隅から隅までを塵ひとつ見逃さず拭き上げていく。当時シビシラスだった俺はただ浮かんで見守っているだけだったが、途中で彼女がわざとらしく「あれ、電池が切れちゃったかな」と言うものだから、俺はハンドルの隙間に潜り込み全力で発電してみせた。掃除機のコードはコンセントに繋がっている。わずかな電力しか持ち合わせていなかったけれど、カタンは満足したみたいで、鼻歌まじりに部屋を片付けていった。いつも大人たちには見せない少女らしい仕草もあるんだな、なんて思ったあの頃が、今や遠くの記憶に眠っている。
 背後からの厳しい視線に監督されながら、開いた魚をフライパンに並べていく。漬物にしなかったラムの残りを絞り臭みを取り、カタンがあり合わせの調味料で濃いめの味付けをした。
『結婚した人間って、雄と雌がこんな関係になるのが普通なのか?』
「ギュム、あなたまた馬鹿みたいなこと考えてるでしょ」
『……なんで分かんだよ』
 山小屋には電気もガスも通っておらず、戸棚の奥から引っ張り出した携帯用コンロを使うにもガスボンベのストックを切らしている有様だった。ストーブを使おうともうまくいきそうにない。「あ」解決法を思いついたらしいカタンに促されるまま、俺は天井を向き、口の吸盤から最も外側を向いている4本牙を垂直に立てる。フライパンの把手(とって)をしっかりと握り底を牙に乗せると、口腔で火炎放射を焚きつけた。
『おいなんだこれ、俺をコンロがわりにするんじゃない』
「一発芸ね」
『うっせ』
 滝登りするギャラドスのように上を向いたまま動けない俺を横目に、カタンは軽いストレッチを始めていた。ラジオはコマーシャルを挟み、8年前にシンオウ全土を揺るがす大事件を起こしたギンガ団とかいう組織が、安全な宇宙エネルギーがどうこうと主張していた。
 川魚の開きは美味しく焼けていた。人間の知恵には驚くばかりだ。こんな生活が続くのも、悪くない。

 蝶番の軋むドアを押しひらくと、快晴。朝日が雪で照り返され俺の目を貫いた。穏やかで透徹した冷気が染み渡り、カタンがダウンコートのフードをきつく締める。
「さあ、今日こそユクシーに会わなくちゃ。あまり悠長はしてられない」
 眼前には夜の氷点下でも凍らないエイチ湖が滔々とたゆたっていた。ここにたどり着いてから5日目、まだその尻尾の先ほどの足取りさえつかめていないのだ。
 ユクシーに会ってカタンは記憶を消してもらう。俺と共に耐え抜いてきた、忌まわしい記憶を。


カクレミノ


水のミドリ



 エイチ湖のほとりにひっそりと建てられたプレハブはレンジャーの調査拠点となっていて、見た目はおんぼろだが防寒だけはしっかりと施されていた。数人が横になれる程度のワンルームに、カタンと俺のふたりで寝泊まりしている。
 街での暮らしぶりと比較すれば決して快適とは言い難かったが、少なくとも命の危機を感じることはない。わずかではあるが缶詰や即席米の備蓄もあった。ただ夏場以外は水道管が凍結しているため水が流せず、それでもカタンは文句ひとつ言わず極寒の中でトイレを済ませている。
 晴れていれば見渡せる眼下のキッサキシティまでは車で20分とかからないが、もちろん12歳の子供が免許なんて持っていない。街まで降りるならば明るいタイミングを計って足を動かすしかなかった。つい先日までハクタイシティの空調を完備されたビルのなかで暮らしていた身からすると、あまりに不便だ。年ごろの少女が好きそうなショッピングモールや話題のスイーツショップなどとは縁遠い。あたりは静寂の銀世界が広がるばかり。
 湖の中央にはひっそりと小島が浮かんでいて、その岩に小さな横穴が開いていた。浮遊するシビルドンの腕にぶら下がって渡る算段をつけ始めたカタンの袖を引っ張って、俺は南の斜面を探索しようと持ちかける。ここ5日の捜索範囲にユクシーのいた形跡は見られなかったし、食料に使えるきのみは野生ポケモンの分を除いてあらかた取り尽くしてしまっていたからだ。
 拙いジェスチャーでカタンを言いくるめ、その足を南へと向かわせた。落葉性の針葉樹林は細い葉すらすっかり枯れ落とし、その間を彼女の踏みしめる深雪の音がよく轟いた。後ろを振り返れば、澄み切った朝の空気にブーツの足跡が規則正しく隊列を組んでいるだけ。
 こんな限界地に住む人間などいるはずもなく、極寒に耐えられるポケモンがいくらか生息しているだけだ。そいつらにユクシーの情報を聞いて回る。1週間は瞑想に耽っていたらしいチャーレム、こちらを警戒するユキノオーの親子、俺らにいたずらを仕掛けようとしていたユキワラシたち……。しかし返ってくるのはどれも同じような話ばかり。
 いわく、ユクシーはポケモンたちの前にもめったに姿を現さないこと。カタンのように会いにくる人間が多く、彼女を連れていれば会ってもらえないだろうということ。空腹で行き倒れているところへ、そっときのみを分けて助けてもらったことがあること。
 どうだった? と離れて待機していたカタンに、俺は首を振るだけだった。
 有力な情報が得られないまま、また今日も時間だけが過ぎていく。休息と昼食を取るべく一旦山小屋に戻り、午後は北のなだらかな谷間を渡り歩く。雪が途絶え、霜の均された地面が露出している広場のようなところへたどり着いた。背の高い常緑樹と茂みに囲まれ、何か秘密基地のような雰囲気さえ感じられる。
「あ……きのみ。ギュム、取ってきて」
『わかった』
 磁場を強め地上から5メートルほど浮かび上がると、カタンの指差したオレンへ手を伸ばす。枝に爪の先が触れる瞬間、幹の陰からぬっと忍びでた細っちい腕が、きのみをすっとかっさらった。
『なに、レンジャーの人? ひとり? 冬は調査しないんじゃなかったの?』
 細枝の上の根元で器用にバランスを保って立ったマニューラが、かすめ取ったオレンを手の中でポンポンと投げ上げていた。ふてぶてしい態度と猫なで声。質問を並べ立てるが、返答を期待している様子ではない。研ぎ澄まされた灼眼の瞳の奥には見すかすような警戒心が宿っていて。
『すぐ出て行くから、そう気を荒立てないでくれ。俺たちユクシーを探しているんだが、何か知らないか?』
『質問してんのはあたしなんだけど。というか何ね、あんた見ない種族』
『シビルドンだ。まぁ、俺のトレーナーはレンジャーだな』
『ふぅん』
 さも興味ないように鼻を鳴らして、彼女は値踏みするような視線を向けてくる。鋭い眼光に射すくめられそうだった。敵意にビビってしまうのは、俺の体に染み付いた反射のようなものだ。
 マニューラは飛び出た八重歯でオレンを噛み砕き、ワイルドに種ごと汁を飛ばす。
『そうさねぇ、ユクシーを探しているんだって? じゃあ気をつけなきゃならんよ。あいつは私より観察眼が優れてる。見栄くらい張りな、弱っちいって勘付かれちゃ、あんたナメられちまうよ』
『会ったことがあるのか!? いつどこでか、教えてほしい。それよりなんだ、弱っっちいってのは……大きなお世話だ』
『いンや、そうでもないさ。危急のアドバイスだよ』
 俺の返答が気に食わないのか、マニューラは爪でガリガリと幹を削る。なにか縄張りを主張するサインのような。
 それで思い出した。群れで狩りをするニューラたちは、木の幹に決まったパターンの傷をつけて仲間とコミュニケーションを取る。カタンと布団の中でめくっていたシンオウ図鑑にそのマークの一部が載っていた。奇襲を意味するとされるその印は、まさに俺の前に刻まれたものと酷似していて。
 ぐっと俺の目が緊張に開いた瞬間、おしゃべりなマニューラの顔がギリっ、悪人相へと歪んでいた。
『カタン、急いで離れ――』
「きゃあ!?」
 俺が振り向いて怒鳴るのと、彼女が甲高い悲鳴をあげたのがほぼ同時だった。
 背後でカタンがニューラ2匹に絡まれていた。リュックの肩紐を切られ、重いであろうそれをやすやすと奪い取られていた。もう1匹が彼女の奪還を牽制し、肉球からちらりと鉤爪を見せつけている。動きづらそうな彼女のコートがもつれて、露出した地面へ転びそうになる。
『おいっやめ――』
『にーちゃんの相手はあたし』
 枝から飛び降りがてら、群れのボスらしきマニューラが俺の頬を引っかける。反応する隙も与えない辻斬りに、一瞬何が起こったか分からなかった。遅れて火が灯るような痛みが走り、とっさに右手で抑えるとかすかに血がついた。彼女に続いて地面に急降下、カタンとの間に立ちふさがるよう猫背に構えたマニューラと対峙する。
『どした? 早いとこあたしを倒さんと、うちの可愛いニューラたちが遊びに飽きて殺されるよ、あの子』
『く、そ……っ!』
 挑発されるがまま、俺は小賢しいボス猫を捕まえようと躍起になった。素早く操舵したことのない腕は彼女を捕まえようにもそのスピードについていけず、余裕綽々と避けられる。それもわざと俺の爪が届く寸前で。
 完全にナメられていた。
 やけくそに尻尾で薙ぎ払うもかわされ、見失った相手を探す俺の顔面に粉雪の目くらまし。おっかなびっくり頭から突進しても、衝突する一歩手前で怖い顔ですごまれ目をつぶってしまった。軽くいなされ地面に叩きつけられる。腹を擦りつけて痛い、すぐに起き上がることもままならず「ちょっとやめてよ!」ニューラ2匹に振り回されていたカタンが叫んだ。そっちへ俺が視線を飛ばせば氷のように冷たい爪が閃いて皮膚を切り裂く。痛い。怖い。こんな相手かないっこない。でもこれじゃあ一向にらちが明かない。やはり、やるしかない。
 手のひらをすり合わせ、爪の先から電撃を飛ばすイメージをつける。及び腰をどうにか奮い立たせ不恰好に浮遊して、バチバチと弾ける火花にひるんだマニューラに向けて――撃てなかった。
 中途半端に手のひらから漏れ出した電気の塊がまともに届くはずもなく。数センチと離れていない地面に落っこちて霧散した。裸地に焦げた染みをつくっただけだ。
『なに、それが本気?』
『う……うるさいッ! おっお前なんかに――ひっ!?』
 気丈に睨み返した先に、マタタビを切らしたようなおぞましい顔のマニューラが、中空に巨大な氷柱を構えていて。彼女の腕が振り下ろされると同時に、透明で冷酷な質量が俺めがけて襲い来る。
「ギュムっ!」
 頭を抱えて目をぎゅっとつむり、氷山がかち割れるような暴力に耐えた。カタンのはらはらした声、頭の内側に氷塊を打ち込まれるような衝撃が止んだ頃にはもう、俺はすっかり戦意喪失していて。
 氷まみれで半泣きの俺を、マニューラが哀れそうに見下ろしていた。
『なぁあんた……、あたしの仲間になりなよ』
『な、何言ってんだ……?』
 腕を組んで俺を見下ろすボスの元へ、カタンの相手に飽きたニューラが2匹、彼女の両脇に収まった。頭を撫でられ、暖かな家庭で育てられたニャルマーのようにゴロリと喉を鳴らす。
 悪の組織の親玉の貫禄で、マニューラが甘言を口にする。
『まともに戦ったこと1度もないんだろ、電撃が地面に逸れちゃってるよ。怖いもんなあ、バトルするってのは。誰かに守ってもらわにゃあ体がすくんで動かないよなあ。あたしには分かるよ。あんた、遠い地方からいろんなトレーナーの手を回ってここに来たね、こんな何もない雪山に』『身勝手に捨てられたり』『弱い弱いって怒られたり』
 子分のニューラが合いの手を入れる。片方がおどけて逃げ出せばもう片方が追いかけ、飛びかかってもつれるようにじゃれあった。鉤爪どうしを引っ掛け合わせ、遠心力を不思議がる子供のように雪の大地をくるくる回る。
 仲睦ましいやんちゃっ子たちを横目で眺めて、ボスが俺に言葉を続ける。
『実はね、この子らも人間から散々な目に遭わされてんだ。あたしが拾ってやらにゃ、今頃生きてないだろね』『可愛くないからいらないって』『バトルに負けて何回もぶたれて』
『……』
 片側だけにある赤い耳飾りがぴんぴん動く。白い息を忙しなくふかし、薄く積もった雪を蹴り上げ、妖精が跳ねるような氷のダンス。手に秘めた氷のつぶてを投げつける。きゃっきゃあははと走り回るニューラたちは、およそそんな暗い過去があるようには見えなかった。
『その女、レンジャーっていうのも嘘だろ。おおかた、あんたが用済みになったからこんな山奥に捨てに来たんだろうよ。おいで、あたしならあんたを守ってやれる』『ボスは強いぞー』『やさしいぞー』
 マニューラが組んだ爪をとんとんと所在無げに叩きながら、俺の答えをじっと待っていた。睨み返しても、小上がりの目を小さくすくめるだけ。ここでボスの下につけば、高い戦闘力と統率力で俺を守ってくれるかもしれない。もう寂しい思いをせずに済むかもしれない。もう暴力に怯える日々を過ごさずに済むかもしれない。――今ここでカタンを見殺しにできさえすれば。
 口の吸盤に溜まった唾を吐きつけて、俺は叫んだ。
『俺のカタンを……、馬鹿にするなぁっ!』
『そ。残念ネ』
 これまでの誘惑は全くの嘘だったのだろう、いたずらをしくじった悪ガキのように口許を意地悪く歪めたマニューラ。無慈悲に腕を振り上げて、ぎゅっと目をつぶる俺の脳天へあっけなく突き下ろされる直前――バチィッ!! 爪の先端が避雷針になったように、背後から放たれた雷のエネルギーが彼女に襲いかかった。
『――――がッ!?』『は?』『えー?』
『……っ?』
 煙を上げてくずおれたボスを前に、手下のニューラがひとり、か細い悲鳴をあげて逃げ出した。もう片方も置いていかれまいとほうほうの体で木々の奥に姿を隠す。地面にはボスが倒れ際に残した、おそらく“すぐにこの場を離れろ”の爪痕サイン。
「す……すごい、今の……、ギュムがやったの?」
 悠長に安堵のため息を漏らすカタンを振り返って、ふるふると首を振った。さらに怯えの色を濃くする俺にただならぬものを感じ取ったのか、眼前で揺れる低木を鋭いつり目で注視する。その茂みがガサリと跳ねあげられ、積もっていた綿雪が舞い散った。
『やぁーっと見つけたぜぇ』
 奥から近づいてくる、意地悪な声。聞き覚えがあった。まさか、と一瞬血の気が引いて、雪を肉球で踏みしめるがさつな足音にドクドクと心臓が早鐘を打つ。この声、この歩き方。聞き覚えがあった、尾ひれが震えだす、俺の身に染み付いた恐怖。
 灌木を忌々しく蹴り飛ばして、雷撃の主がのそりと歩み出る。
『な……、なんでお前がここに』
『おめーが倉庫から雷の石を奪うからさぁ、見張りをサボってたオレがこっぴどく叱られたじゃん? 責任とってこいなんて言われるし、おめーらのにおいを追ってきたんだけどさぁ……なんでこんなクソ寒いとこまでオレが来なきゃなんねーのってこと』
『……進化したんだな、オーネスト』
『おめーもだいぶデカくなったじゃん。クソ生意気』
 ここいらには生息していないはずのサンダースが、苛立ちを静電気に乗せて威嚇していた。知った仲だ。だが俺の知るオーネストはまだ小さなイーブイで、俺らと一緒にハクタイにある本部の託児室で暮らしてきた。愛嬌を振りまいて組織の人間たちからチヤホヤされ、人間に言葉が通じないのをいいことにそれをふてぶてしく鼻にかけて自慢してくる悪魔みたいな奴。ブラッキーがお似合いだと思っていたが、今じゃ見る影もなく棘々しさを増している。
 感電してうつ伏せに動かないマニューラを前足で踏みつけながら、オーネストは唾を吐くように俺を睨みつけた。
『なぁ……、なんでオレがわざわざこんな可愛げもない、サンダースを選んで進化した思う? 分かんだろ、同じ雷の石で進化したおめーをこてんぱんにするためだよ。目ぇつぶって体当たりするしか能がなかったおめーが、新たに得た力で調子こいているところをぶっ潰して、オレが上だってことをまざまざと教えてやるためだよ。ただの雑魚だったおめーが、カタンと駆け落ちしたって聞いて心底驚いたね。どこにそんな度胸が残ってたんだ? おめーらを連れ戻せばオレは幹部様の手持ちに格上げだと。……逃げられると思うなよ?』
『や……やめて……!』
 のそり、のそり、と近づいてくるオーネストのにやけ顔が、俺がいくら拒絶しても痛めつける手を緩めないイーブイのそれにありありと重なって。あれだけ撃つのに抵抗のあった電撃を、気づけば向こう見ずに最大出力で両手から放っていた。真正面から食らった彼は、しかし臆することなく雪を踏みしめてくる。何度腹に力を入れて出力を引き上げようとも、その憎たらしい口角を吊り上げるのみ。
『……だから言ったろ? おめーの攻撃なんて、ぜんっぜん効きやしねーんだって』
『なっなんで……!?』
「……サンダースの特性、電気技は効かないわ」
 背後から挟まれるカタンの説明、その内容を理解する冷静さはもはやなくなっていた。起電力が底をつきかけるほど放った電気の弾幕の中を、意に介さず薄ら笑いを浮かべ近づいてくるオーネストが、恐ろしかった。フラッシュバックする嫌な記憶、人懐っこく組織の誰からも愛されていた彼は、カタンに特別扱いされる俺が気に食わなかったらしい。陰湿ないじめはずっと続いていた。寝ているところを蹴り飛ばされたり、飯と間違えて噛みつかれるなんてしょっちゅうだった。それに耐えきれずカタンに身振りで告げ口しようとした日には、モンスターボールに閉じ込められそのまま裏庭の花壇へ埋められたのだ。土を被せられ次第に視界が狭まっていくあの恐ろしさ、どうしようもない孤独感、もう2度とカタンと会えないんじゃないかっていうトラウマが、今の俺の意識を遠いところへ投げ出していて。
『おら、どこ見てやがる』
『ぐ――ッ!?』
 至近距離までにじり寄っていたオーネストが、後ろ脚を蹴って飛びかかってきていた。喉仏を打ち据えるような体当たりに、圧倒的なはずの体格差が滑稽なほどあっさりと覆され、俺は地面をのたうち回った。あろうことか歯向い、彼の反感を買ってしまった。だめだ怖い、こわいこわい殺される! ――いや抵抗しろ、ここで勝たなきゃ、カタンはまたあの託児室に閉じ込められる。いくら自分を奮い立たせようとも、振り上げる腕に力が入らない。爪を立てようとも棘ついた相手の体毛を流麗に梳くだけだ。
 全身の毛を逆立てたオーネストが、俺を組み敷いたまま電撃を流し込んでくる。大したダメージにはなっていないだろうが、昔から扱っている電気エネルギーを俺自身がくらわされる初めての感覚にもんどり打った。
『――っぅうう゛!!』
『あーうるせえうるせえ、雑魚は大人しくこのまま蒲焼きにでもなってりゃ――』
「ギュムっ、“胃液”ッ!」
 横から飛んできた鋭い言葉に弾かれるように、のしかかるオーネストを両腕で掴みあげた。思わぬ反撃に狼狽した奴の憎い顔面めがけて、腹の底から込み上げてくる消化液をぶちまけた。
『うわっぷ!? てめ、なにしや――!?』
『っぁああああああ゛!!』
 目を釣り上げ怒りを押し付けてくる彼に取り合わず、俺はさらなる電流を浴びせ倒す。無限の耐電性能を持つのかと思われた奴の体が、誤って送電線に触れたリングマのように硬直した。電光石火で走るサンダースの発達したハムストリングが膨れ上がり、麻紐で縛り上げられたようにパツパツと痙攣し始める。
『わ、分かった分かった、オレの負けだっ、もう辞めにしよ――っがああああ゛!!』
『この、このぉ……ぐぅううう゛!』
 それはもう根比べだった。
 どちらがより高く電圧を引き上げ、相手の抵抗を打ち負かしその体に電流を押し付けるか。オーネストの尻の毛が霜柱のようにささくれ立ち、毛根を焼かれた数本が舞って目に入ってくる。それを払う余裕は俺になかった。各所のひれがちぎれ飛んだように熱い、発疹の痒みを何万倍にも引き上げたような痛みが、全身の皮膚から襲いくる。それでも突き刺した爪を離さなかった。暴れまわる相手へ無我夢中で両手から電流を巡らせる。
「もうやめなさいっ、気を失ってる!」
 カタンの鋭い制止に、俺は我に返って手を離した。拮抗していた電場はいつのまにか俺の体から発せられるものだけになっていて、鰓裂の発電板をとじるとそれも消え失せた。地面が黒く焦げたように砂鉄が磁場を可視化させている。とす、とその上に崩れ落ちたサンダースは全身を痙攣させ白目を剥き、イーブイの頃より伸びたマズルから泡を吐いていた。白い体毛が黒く焦げているところもある。あと数十秒電撃を当て続けていたらどうなっていたか。進化して強まっていた自分自身の電力に、俺はズキズキ痺れる頭で放心するだけだった。
 カタンが気絶したオーネストに駆け寄った。呼吸を確かめ、気道を通すように仰向けにさせる。
「医療キット! 鞄のいちばん外のポケットに入っているから、早く!」
『カタン、そいつは……』
 組織で倉庫番をやっていたイーブイだ、とは伝えなかった。観察眼が鋭く知恵の働くカタンならそれくらいは知ったことだろう。俺の爪で受けた裂創を消毒し、ガーゼと包帯で出血を抑えた。オレンをかじらせてしばらく安静にしていれば、大事には至らないだろう。マニューラにも応急処置を施し、木の根元へもたれかかるよう座らせた。
「今日はもう、小屋に戻りましょう」
『……ああ』
 俺はぐったりしたサンダースを抱きかかえ、のろのろと帰路を滑り出した。考えなければいけないことが山ほどある。オーネストが俺たちに追いついたということは、残された時間はもうほとんどない。それまでにユクシーと遭遇し、ここを離れ、安全な地方へ高飛びして……。
 踵を返したカタンを追うように俺も振り向くと、『ぐえっ』と彼女のリュックにぶつかった。何事かと顔を覗き込めば、宙を見据えて固まっている。

 視線の先には、ユクシーが浮遊していた。

『どうも、ユノゥと申します』
 恭しくかしこまったユクシーが、ふよふよと目線の高さで漂っていた。
 あっけない迎合だった。いつから覗いていたのかとか、どうして俺らの前に姿を現したのかとか、疑問はふつふつと浮かび上がってくる。だがどれも口に引っかかって出てこない。
 そうこうしているうちに、先に気を取り戻したカタンが1歩近づいた。
「お願いが、あるの。私の記憶を、消して」
『……えぇ、そのつもりですとも』
 メロンパンのように膨れたユクシーの頭、その額に埋められた紅蘭の宝石が、すうっと淡く光り輝く。この世の全てを悟ったような糸目がゆっくりと開き――
『まっ待ってくれ、カタンの記憶を消すって、そいつは……俺も忘れられるのか』
 たまらず口を挟んだ俺に、(まぶた)を閉じた彼がわずかに首を傾ける。
『それは、彼女次第です』
『――ッ』
 彼女次第。それならカタンが忘れることはないだろう。胸にじわりと染みる安心とは裏腹に、疑念がむくむくと膨れ上がった。もしそれで、彼女が俺のことまで忘れていたら? いらない過去を俺ごと清算して、ひとりでシンオウを発つ算段をつけていたとしたら? 収まり知らない猜疑心に押しつぶされるように、俺は叫んでいた。
『逃げろッ!!』
 まばゆく飛び散る紅い光の中、拝むように見上げていたカタンが肩をびくつかせた。驚いたユクシーが、ほうき星のように尻尾をたなびかせて茂みの奥へ逃げていった。
「ちょ、ちょっとギュム……?」
 放心するカタンを置いて、俺は抱えていたサンダースを投げ捨て茂みの中へ飛び込んだ。



 俺がまだずっと若く何も知らなかった頃。もう何度捨てられた後か覚えていないが、故郷のイッシュで最後に俺のトレーナーとなった男は、シンオウから密航したという養殖魚の密猟者だった。
 ひとつ前のトレーナーは「ポケモンはデータだから」と割り切って一切の食料を与えないような人の心を持たない女で、その手から解放された俺はホドモエの沿岸に行き倒れていた。毎日釣りにやってくる髭面の男――のちに密猟者と打ち明けてきた恰幅のいい壮年の人間が魚籠(びく)の小魚を分け与えてくれ、数日と経たないうちに流れ着いた空のボールで捕らえられた。「シビ」という安直なニックネームもつけられた。
 密漁に加担することになったのは、それからすぐのことだった。
 ホドモエ沖の広大な生簀では寿司に使われる高級魚が育てられていた。回遊するそれらの中に忍び込み網を張り、電撃でショック状態に陥らせることまでが、俺の役目だった。水中でも呼吸が続き、かつ電力が強過ぎず魚を過剰に傷めない俺が適任だと何度も頼み込まれた。
 ろくでなしの人間に虐げられたことは幾度もあったが、犯罪者の手持ちになるのはそれが初めてだった。渋っていると「俺が助けてやらなかったら……」「お前みたいな雑魚は見てると腹立たしい……」と敵意をちらつかせられたので、従った。暴力を振るわれるくらいなら、こき使われた方がました。捕まったとしても罰せられるのは人間だけだし。
 初回の任務は、あっけなく失敗した。いざ海中に痺れを撒く段取りになって、俺の電気ショックが弱過ぎて魚が1匹も気絶しないのだ。
 なすすべもなく船に戻った俺はこっぴどく叱られ、平手打ちが飛んできた。網にかかったくずの魚をはたき落とすような粗暴さだった。びくびくと必死に痛みと涙をこらえていると、小さな丸い金属片を押し付けられる。小型のポケモンに持たせられる磁石で、これを身につけていれば電気技の威力が底上げされるらしい。「すぐにやってこい」とゲキを飛ばされ、それでもぐずる俺にまた手があげられそうになる。激昂する髭男をなだめたのは、ほかに唯一の手持ちであったカラナクシのミィナさんだった。彼女は網を船まで引き上げる役目だ。
『船長、もうそのくらいにして』
「ああ? てめぇもおれに歯向かうのか!?」
 肩代わりに拳を受けてくれたピンク色の彼女に、俺は守られっぱなしだった。へまをやらかした日には当然のごとく飯を抜かれ、あとでミィナさんがこっそりと分けてくれたこともあった。俺はおそらく彼女が好きだったのだのだと思う。
 彼女のためにも失敗は許されなかった。磁石を呑み込んだ俺は、結果見事に生簀の魚をかっさらい、小さな船で意気揚々に大海へと漕ぎ出した。
 で、捨てられた。
 この頃になるともう、絶望感よりも諦観の方が強かった。360度見渡しても陸のない海のど真ん中へぽい、とボールの捕縛を解かれ投げ出された時には、やっぱりな、と思ったほどだ。ぐんぐん遠くなる漁船の甲板のへりから、ミィナさんが心配そうにこちらを見ていた。取り上げられなかった磁石は吐き捨ててしまおうかと思ったが、しょぼっちい電気技でも身の安全を担保してくれる道具は魅力的だった。
 深海をあてもなく落ちていく。イッシュとシンオウを跨いで広がる大海原はどこまでも深かった。えらを開くことも忘れ、酸素が次第に薄くなっていく。もういっそ死んでしまってもいいか。塗りつぶされた俺の意識は、偶然通りかかったマンタインに拾われた。捨てられたことを知った彼は、お節介にも近場の浅瀬に――少なくとも3日は泳ぎ続けていた――運んでくれた。
 広い広い海洋の南のほうには独自の生態系をもつ島々が点在していて、俺はそのひとつに住み着くことになった。常夏で時間の流れも穏やかなサンゴ礁は縄張り争いなどという概念とは無縁で、みな思い思いにその日を過ごしていた。ヒドイデ、ネオラント、ナマコブシ……イッシュ地方には生息しないポケモンたちは、人間社会で擦りきれた俺を暖かく迎え入れてくれた。不意に漏らしてしまう電撃にも、嫌な顔ひとつしなかった。
 サンゴ礁での暮らしも1ヶ月近く経ち、俺がのんのんとした生活を送ってもいいのだと気付かされた頃、どこまでも見通せそうな遠浅から不定形の影が泳いできた。その身のこなしに見覚えのあった俺は、競泳して遊んでいたポケモンたちを呼び集め、懐かしい彼女を出迎えた。
『……元気、してた?』
『そう言うミィナさんは進化したんだね! でも元気なさそう……。もしかして、捨てられた……とか』
『いいえ、あの人が私を捨てるなんてあり得ないわ。それにしても……お友達、たくさん出来たのね』
『うんっ! ここはいいところだよ、あったかくって、食べ物もたくさんあって、誰も怖いことなんか考えていなくて――』
 優雅なトリトドンに身を変えたミィナさんが、わざわざ俺に会いにきてくれた。舞い上がる理由はそれで十分だった。サンゴ礁のポケモンたちからも質問ぜめにあっていて、どうしてか俺まで鼻が高かった。
 楽しいひとときの終わりに、ミィナさんが俺に向き直って言った。
『シビ、電気ショックよ』
『え? でも――』
『いいからやれ』
『ッ!?』
 急変したミィナさんの無表情が、今まで俺を痛めつけてきた人間たちの形相とシンクロして。反射的に身を守るように、俺は辺り構わず電撃を撒き散らしていた。密漁した以来の電気技だった。
『……もういいわ。網、手伝って』
『!? な、なんで……っ!?』
 目を開けた俺の周囲には、さっきまで笑いあっていた友達がぷかりと浮かび上がっていた。ケイコウオもタマンタも白目を向いて泡を吐いていた。無事だったのは彼女と俺だけだ。
 隠し持っていた投網をせっせと展開し、ミィナさんがみんなを包む。渡された一端を口に挟み、何も事態を飲み込めていない俺は促されるままサンゴ礁を離れていった。
 沖まで出て、海面に顔を覗かせると全てに合点がいった。見慣れた小さな漁船が、そこで待機していたのだ。
 甲板に引き揚げられた優しい海のポケモンたちは、網に包まれたままピクリとも動かない。満足げに髭を掻き鳴らした男が、俺の口に指をつっこみ、小型磁石を取り上げた。ぴこぴこと点滅する赤い光が内蔵されていて、あとで思えばそれが俺の位置を知らせていたに違いない。
 利用されていたことにすら気付けない、俺はつくづく弱かった。
「もう用済みだ。ミィナ、捨ててこい」
 申し訳なさそうな顔をした彼女が、絶望に打ちひしがれる俺を短い手で柔らかく包み込んだ。
『ミィナさんっ、なんでこんなことっ、俺、おれ、とんでもないこと……!』
『いいの、あなたは何も悪くないの。あの人と、それを止められなかった私がいけないの。だから……、これで許してとは言わないけど、ね』
 すっかり脱力していた俺は、トリトドンの大きなシルエットにのしかかられあっけなく甲板へ押し倒された。訳もわからず彼女の軟体を迎え入れる。ぐちゃぐちゃになった心と体が、初めて感じる雌の色香にぴくんと反応した。顔から下をずっしりと覆われ、覗き込んでくるミィナさんの背景の雲が、異様な速さで後方に押し流されていった。ぴちぴちと尾でもがいても、不定形の体がひとつになってしまったかのように手応えがない。優しい言葉のシャワーを浴びながら、俺は泣きながら気をやった。
 髭の男は操縦桿のパネルをいじって鼻歌交じりにシンオウを目指す。甲板で発せられる俺らの押し殺したうめき声は、無精髭のかかったその耳元に届いていないようだった。



 背後の茂みががさがさと雪を振り落とされ、オーネストを担いだカタンが周囲に視線を飛ばしていた。
「ユクシー、逃げられちゃったね……。でも本当に生息していたのは分かったし、明日もまた会いにいこう」
『……そうだな』
 だいぶ陽が傾いてきていた。半日は雪原を歩き回り、それからマニューラ、サンダースと死闘を繰り広げたから、疲労が骨身にまで浸みている。残りかすのような電力を起動し、磁場をつくり体を浮かばせた。雪を呑み込んだように腹の底から重くなった体を滑らせる。
 小屋に戻るとまず、清潔なタオルをロフトに敷いてオーネストを横たえた。胃粘液と痺れはすっかり抜け落ちていたようだが、この疲労の様子じゃ今日はもう起きてこないだろう。
 ラジオを点け、交わす言葉もないまま朝食の残りを皿に盛る。薪ストーブでやかんの湯を沸かし、インスタントの味噌汁をいれた。
 ひと言も会話を交わさないまま、カタンは質素な夕飯をもそもそと済ませた。何も喉を通らない。俺の前に並んだ魚の開きと漬物が、夜の底冷えにどんどん熱を奪われていった。
 場違いに進行する夕方のバラエティラジオ。一旦CMで〜す、と呑気なアイドルの声がして、流される音声が固く引き締まった。朝食時にも垂れ流されていた、ギンガ団のコマーシャル。カタンが震える指でそのスイッチを切る。正座を崩し、自分を守るように膝を抱き込んでいた。
「どうしよう……もう会えなかったら、嫌われていたら……っ。ギュム、どうして……?」
『…………ッ』
 レンジャーの制服から着替えもしないで、彼女は肩まで震わせていた。頭の中はユクシーの機嫌を損ねていないかどうかでいっぱいで、俺のことなんてこれっぽっちも考えられていない。ヤミラミに出くわしたメレシーのようだった。銀のショートヘアに隠れることもない強気なつり目は、焦点の合わない小さな瞳をあちこちにさまよわせていた。こんなに近くから俺が見つめていることにも気づいちゃいなかった。
 その三白眼がそら恐ろしさに塗りつぶされるのを見た瞬間、俺の中で何かがショートした。今からでも遅くはない、彼女を本部へ連れ戻すべきだった。理性じゃ分かってる、だがそうすることはできなかった。カタンは、俺と同じように周囲から蔑まれ、搾取され、利用されてきた、弱っちい存在。周囲に怯え、憎しみ、媚びてきた儚い生き物。
 俺のものにしたかった。ひとつになりたかった。彼女を飲み込んでしまいたかった。
 ――ぼすんっ!
 小さく怯える彼女を、敷きっぱなしの布団に突き倒した。
「きゃ!? ギュムっ、な、何しッ!?」
『……そんなにふさぎ込むなよ、俺がついているだろ』
 カタンは俺から受ける粗暴な扱いに、理解が追いついていないようだった。無闇に伸ばされた腕には力が込められておらず、俺が両手で枕へ抑え込むと足をばたつかせた。細長い俺の軟体を捉えられず、肉付きの乏しい四肢があっけなく空を掻く。抵抗が無意味だと悟り睨みつけてくるうるんだ瞳も、俺には続きを促しているように思えてならない。
 小柄な彼女なら呑み込めてしまう程に広い俺の口、その吸盤の上端を彼女の唇へ押し付けた。ちゅ、と音を立てて離れた口腔粘膜、これが人間どうしでは異性に対する愛情表現になるらしい。シビビールに進化した時にカタンはこの牙を怖いと言っていたが、勘の鋭い彼女ならこうすれば俺の訴えに気付くだろう。
 果たして彼女は、息を詰まらせたように固まった。それでいて、肩を強く掴む俺の腕を振り払うことはしなかった。それを受け入れられたサインだと強引に解釈して、念を押すように彼女のうるんだつり目をじっと見つめる。
 内側から膨らんで盛り上がるスリットへ爪を差し込み、ずるんっ、熱を帯び始めたちんこを放り出した。手のひらで包み爪の間を通すようしゅくしゅくと肥大させれば、カタンの小さな瞳が震え上がった。
 おそらく成人した人間の雄のものと同程度のサイズだが、弱冠12歳の彼女とはあまりにも釣り合っていなかった。それと形状が異なるらしい。川底の砂地に潜り込むウナギの頭部のような曲線、つるりとした印象とは裏腹に走る野太い尿道。彼女の知識には載っていない異形に、その視線が釘付けにされる。
 臙脂色のスカートへ伸びた俺の手を、白い細腕が引き上げ直すように制してくる。
「ま……、待って。私……っ、初めて、だから」
『知ってるさ、一人前なのは知識だけだもんな』
「……ギュムも、初めてでしょ」
『……さぁ、どうだか』
 それでも俺は本能に突き動かされるがまま、スカートの内側へ尻ひれのあたりを滑り込ませた。反射的に内股できつく挟んでくる。表皮に淡くぬめりを滲ませると、にゅる、と滑って俺のちんこが紺色スパッツの生地をこすり、整ってきていた彼女の呼吸が跳ねた。因果応報だろうに、濡れた双眸で睨みつけてくる。
 ただ抵抗もその程度で、小さくもじもじする仕草は俺の続きを促しているようにも見えた。一旦腰を離すと、立て膝をした彼女のスカートの奥がつやりと黒光りして。もっとよく見たいのにこの布が邪魔だ。
 人間ってのはどうしてこんなまどろっこしいもので体を包むのか。雰囲気を壊さないよう、あくまでゆっくりと靴下を引きずり下ろしたところで辛抱たまらなくなった。スパッツはどうすれば脱がせるのかとか、今の俺にそんな頭を働かせる余裕はない。スカートをはたき上げ、俺の粘液でしみの付いた――もしかしたらカタンのものかもしれない――肌着に爪を立てる。思いのままに引き裂こうとして、彼女の左手が脳裏によぎる。俺が誤って傷つけてしまった手。ひやり、とこめかみを汗が伝い、しかしじれったさに急き立てられながら、俺は滑らかなスパッツを引っ掻いた。ぴりりと破けた布地が割かれ、中から現れたのは別の下着、色気とは程遠い子供用の清楚なショーツ。
 ――いくつ穿いてんの!
「ふふ……、ギュム馬鹿みたい」
『い、言ったなあ?』
 人間の子供が誕生日プレゼントの包装紙を破くように大仰に、スパッツごと下着を引き裂いた。きゃあ、なんてきらめいた悲鳴をあげる彼女をよそに、俺は染みひとつないぷっくらとした割れ目を露出させた。体躯の割には肉厚なそこへ、つっ……と爪の甲を滑らせれば、いたずらっぽく笑うカタンが微かに上ずった声を上げる。
 今すぐここにちんこをぶち込みたい、炙りくる性衝動をどうにかなだめすかす。本能のままに破瓜を急げば、知識を凌駕する痛みにカタンが耐えられるかどうか。回避するには濡らす必要があって、それには愛撫が必要で、そんなまどろっこしい回り道をたどるには俺が到底我慢できなくて。
 片手の爪を2本、そっと割れ目に差し入れる。そのまま左右に押し開けば、くぱ……と鮮やかな粘膜がまろび見えた。逆の手で鰓裂から汗のように滲み出る粘液をこそぎ、そこへなすりつける。同じように俺のちんこにも。
 そのまま倒れるように粘膜どうしで触れあった。ずっずッと数度こすりつけ形だけの前戯を終える。何かに追い立てられるよう腰を浮かせ、彼女の手の支えに従ってちんこを差し込んだ。
 性欲に押し負けた俺の配慮は杞憂に終わり、挿入は存外スムーズに果たされた。カタンが熱い息を吐きながら、俺の頬を右手で撫でて囁く。
「思っていたよりも……っ、痛くないのね」
『早いとこ慣れてくれ……でないともう俺っ、動かしたくて仕方ないから』
 痛くない、と呟いてはいたが、当然のごとく彼女の大きなつり目は細かく引きつっていた。無理に笑みを作り、それでも襲いくる異物感を退けようとこわばる彼女。その短い銀髪を、俺はなだめるようにそっと搔き上げた。
『どうだ、このまま進めそうか』
「気を使ってくれるの? 大丈夫……でも、お口こわいよ」
 無理におどけたように、つつ、彼女の右手の指が俺の唇をなぞる。おっと、口を開けすぎていた。シビビールに進化してから口腔には棘がびっしりと生えていて、それを見るたびカタンは拷問器具のようだと眉をひそめる。俺は俯いて棘を隠しつつ、身をかがめてまじまじと彼女に視線を落とす。
 こんな体勢になるのは初めてだった。いつも俺を守ってくれていたカタンが、俺に組み伏せられちんこを受け入れてくれている。5日前までは空想だにしなかった光景だった。はだけたジャケット、その内側の紺色のシャツ。俺はどうにか痛みを紛らわせてやろうと、華奢な少女の体つきに相応のぺったんこな胸へ、綿毛を掴むような柔らかさで口の吸盤を押し付けた。
 カタンがまだ俺と一緒に風呂に入っていた頃、湯船でふざけて彼女の胸へ体当たりしたことがある。ぶつかった衝撃で静電気が弾け、彼女の胸の突起を甘く痺れさせた。そのとき上げた彼女の黄色い悲鳴、あれが割れ目を撫でられたときの反応と似ている気がした。当時の事故から1週間は口を聞いてもらえなかったが、記憶に残っているのは僥倖だ。
 俺の推察は間違っていなかったようで、気づいた彼女が右手でシャツの裾を上へ引き上げた。少女のみずみずしい腹が露わになる。果たしてつける意味があるか怪しい胸の覆いをそっと上に引き上げると、小さな乳頭が目に入った。
 桜色を主張するそこへ指を持っていき、くりくりと執拗に弄りまわす。
「ん……、んぅ」
『そこ、気持ちいいのか?』
 俺は身をかがめ、ツンと立ち上がってきたもう片方の乳首へ吸盤をひっつけた。森の奥の岩に生えた苔を食むように柔らかくこそいでみる。人間と同等の舌があればそれで愛撫するのが最適だろうが、それでも彼女はこそばゆそうな呻きを漏らしてくれた。
 ず……ち、ず……ちッ。彼女の反応をいちいち伺いながら、粘液まみれの結合部を揺り動かしていく。もうお互いかなりできあがっていた。それまでほとんど言葉を口にしなかったカタンが鰓裂を指でなぞり、切なげに俺をまねき寄せる。
「ねぇ、ぁ、ギュムっ、ぁっ、安心させて……」
『あ、あぁ……』
 布団と彼女の背中のすき間に腕を回してきつく抱きしめた。彼女の顔こそ見えなくなってしまったが、その息遣いは喉仏あたりで確かに感じられる。重なり合った上半身を支点にして、ぬちぬちと腰の往復を次第に早めていった。
 暖かな肉ひだのうねりに促されるまま、包まれていたちんこが先走りをだくだくと注いでいた。秘密の泉が湧いたかのように、射精と錯覚するほどの液量が尿道を通って噴き出している。これは気を抜けばすぐに果てちまうな。全身の粘液腺も緩みきっていて、彼女を内から外から汁まみれにしてしまいそうだ。布団を台無しにするのは、ちょっとまずい。
 だからペースを抑える、なんてまともに考える理性はとうにショートしていて。抜き差しを安定させるべく、俺は彼女に上体を預けたまま、腕でほっそりとした脇腹を鷲掴みにした。ずるる……、と限界までちんこを引き上げ、とちゅんっ、割れ目へスリットを押し付けるように勢いよく突き入れる。大急ぎで進むクルミルのように全身をのたうつ、熱い、全神経がちんこに寄り集まってくる錯覚。うねる俺のものの形を彼女に覚えさせるように、寸分違わぬ規則的な抽挿を執拗に繰り返す。足代わりのひれがペチペチと彼女の尻を叩く。
 気を抜けばすぐに絶頂を極めることはできたが、彼女との繋がりを解くのはもったいない気がして。何度も襲いくる射精感を堪えているうちに、力んで彼女の脇腹を掴む爪から微弱な電撃を打ち出していた。
「んぅ!?」
『っ! す、すまんッ、……っ!?』
 完全に不意打ちの外部電源に、カタンが目を白黒させる。電気の通り道、その中心にあったらしい雌の臓器が、きゅううッ、大げさに縮み上がった気がした。奥までちんこを咥え込む秘所が連動してきつく引きしぼる。覚えたての俺の形を何度も確認するように吸い付き、むにむにと精をせがむように揉みしだく。
 雄としてこの上ない快感よりも、電気を漏らしてしまった申し訳なさが優った。細やかな秘所の痙攣が収まるのを待ち、ずりゅ……、硬いままのちんこをゆっくりと外す。
 息も絶え絶えのカタンが、意識もおぼろげに胸上の俺の鰓裂を撫でてくる。とろめいだ三白眼で股下を覗き込み、口角を綻ばせた。
「……出さなかったのね。まだ苦しそう」
『湖にでも飛び込めばすぐ引っ込むさ』
 快感よりも、達成感のほうがはるかに上回っていた。汗でしっとりと張り付いた白銀の短髪をいたずらに搔き上げる。
 ポケモンとトレーナーでもなく、料理人とコンロでもなく。つがいの相手として認められたことが、カタンと対等の立場に立っているような気がして。おそらく人間のカップルが事後にするであろう睦みあい――相手の体を撫でたり、唇を触れあわせたり、そんなことをそれとなく繰り返していた。
 今さら羞恥がぶり返してきたのか、カタンが身を擦り寄せて言う。
「ねぇ……。また、入れて、よ」
『なんだ……、そんなねだり方どこで覚えたんだ。初めてなんだし、無理するなよ』
 カタンが行為の続きを促すとは思ってもみなかった。けれどまだ果てていない俺が誘われて断る理由もない。萎みかけていた欲望が再燃し、脚を広げてやろうと膝に手をかけると、やんわりと制された。
 彼女の右手が俺の背ひれの付け根を撫で、するり、牙を避けつつ吸盤をいつくしむようになぞった。俺の視線をさらったその指先が、彼女の左手の包帯をゆっくりと解いていく。露わになったそこは、数日前俺が誤って噛み付いたせいで浅黒い傷跡が生々しく浮き出していて。見るも痛ましいその腕が、レンジャーの制服へ袖を通すように俺の口腔内に忍び込み、俺はとっさに棘を引っ込めた。
「私を、ギュムの中に、入れてほしいの」
『……入れて、ってそういうことかよ』
 俺が勘づいたのを察して、カタンが小さな上目遣いを見せた。どういった思いつきか、彼女はさらに俺とひとつになっていたいらしい。それこそ体を重ねるだけでは満足できないほどに。
 彼女を呑み込んだのは、俺が彼女の左手をズタボロにした5日前のあの日だけだ。そのことについては触れてこなかったし、もう2度とすることはないと思っていた。こんな甘い雰囲気ですらない。しかもその時は、彼女を爪先から頭の上までゴムで保護したうえでの丸呑み。にもかかわらず彼女は裸のまま再度俺に包まれたいらしい。
「少しの間なら溶けないでしょ。……信頼してるから」
『……正気か?』
 俺が激しく振り払わないことに安堵の息をついて、カタンが身につけていた服を取り払っていく。汗をたっぷり吸いこんだ紺のシャツに、ボロ布と化したショーツ、背面だけやけにしわのついたスカート。
 覚悟はできているようだった。俺の喉を慣らすために、まず裸になった彼女のボロボロの左手を口に含み、吸盤を巻き込むようにして優しく呑んでいく。小さな牙が当たる感触が、あった。
 怯えていないことを脇目で確認しつつ、カタンを肩口まで体内に含む。いちばん狭まっている喉のあたりに彼女の肘がきて、指先はもう食道と、そこから繋がる消化器官を侵しているらしい。この太さならえずきや拒絶感はなかった。軽く喉を締めれば彼女の細い腕がありありと感じられて、このまま体を折り曲げようものなら簡単に腕を折ることもできるんだな、と思った。
 一旦吐き出すと、でろんとした内液に覆われた彼女の左腕が、興奮して灯った発電板の光に淡く輝いて見えた。怖気付くでもなく、カタンはほぐれた笑みを湛えたまま裸の足を差し向けてきた。
 やわ肌を傷つけないよう牙をすべて内側に寝かせる。ありったけの粘液を口許に分泌させ、万が一にも彼女の肌を傷つけないような配慮を施しておく。
 彼女の足先が口腔粘膜にかかとをついた。風呂は2日前に湖で水を汲み、温めたものをさっと流しただけだから、そう清潔だとも言い難かった。苦く酸っぱい、彼女の足裏の味。1日歩き回った疲労の味。不快感はなかった。
 シュラフに身を滑り込ませるのと同じ要領で、カタンが足先から俺の奥へ、奥へと侵入してくる。生爪が喉の蛇腹を引っ掛けて通り過ぎ、かさつきとは無縁の丸い膝が背ひれの裏を押し上げる。日常生活じゃ絶対に触れられない部位の生肉をかき分け、俺のトレーナーが俺の中へ取り込まれていく。
 カタンは太ももををもじもじさせ股を隠そうとしているらしいが、大口を開けている俺にはもう彼女のぞくぞくした顔しか見えないのだ。それも可愛らしいなんて、おくびにも教えてやらないが。
 腰が頬あたりを過ぎたところで、暴力的なまでの質量にうッとつかえそうになった。反射的に内包する彼女の痩身をぎちぎちと締め上げ、異物を認識してせり上がろうとする喉奥をぐっと押さえこむ。窮屈さにカタンが小さく呻いた、獲ってきた川魚のように、たぷ、たぷ、隆起する頰肉がうごめき火照った彼女の肌をぶつ。変なところを力んでしまい、鰓裂の発電板がパチ! とパルスを迸らせる。
 赤い斑点の残る左手が俺の背びれを撫でる。口の端からかろうじて彼女の耳だけがはみ出て見え、こんな形をしてたんだな、とまじまじ思う。「いくよ」と口の中から小さな合図が送られて、彼女はコックピットへ潜る宇宙飛行士のように吸盤を掴んで全身を滑りこませた。
 カタンの全てを呑みこんだ。
 彼女は小柄で、身長差は1.5倍ほどあるとはいえ、胴の太さはそれほど変わらない。腰や肩周りは俺の体が内側から押し広げられ、外から見れば彼女のボディラインが浮かび上がっているかもしれない。いつか他地方のポケモン図鑑で見せてもらった、なにかのタマゴを丸呑みにしたアーボックを思い出した。彼女の足は俺の股――尻ひれのあたりまで埋まっているらしい。もぞついた彼女に合わせ、俺の尾ひれが意識とは無関係に左右へ振れる。
 俺にすっぽりと包み込まれ、カタンはどんな気分なんだろうか。ほとんど身動きが取れず、首を上へ傾け俺の口腔内のわずかなスペースにすがりつき、浅く早い呼吸を繰り返している。視界に映るは地獄の針山のような逆さに生えそろった無数の牙、俺が少しでも吸盤をすぼめれば、唯一の脱出経路である地獄の蓋が閉まるのだ。とても正気じゃいられないはずだ。
 5日前はそんな状態を6時間は忍耐してきたのだから、およそ尋常とは言い難い。
 無用な詮索を広げていると、背ひれの付け根、浮き袋のあたりから彼女の声が反響する。変な感じだ。
「お腹の奥、何かあるよ。夕飯食べなかったの、さては何かつまみ食いしたでしょ」
『……雰囲気壊すようなこと言うなよな』
 回らない呂律で口を挟むも、彼女はいたずらっぽく腹の奥の球体を足先で弄る。やめさせようと全身をキュッと締め付ければ、はゃぁんっ、異質な嬌声が背ひれのうらにこそばゆく吹き付けられた。
 実際は数分と経っていないだろうに、そのまま長い眠りについたような錯覚に陥っていた。えら呼吸が乱れることはなかったが、内臓が圧迫され、ふと気を抜いた瞬間に苦しさが一瞬にしてぶり返す。たまらず吸盤の中へ両腕をしゃにむに突き込み、彼女の肩を抱えて引きずり上げた。
 よかった、溶けていなかった。どこも痛そうにしていない。ぶわっと溢れ出る安心感もそこそこに、俺は腹の奥からせり上がってくる倒錯的な衝動に暴れ狂いそうだった。
 粘液でぐちゃぐちゃになった彼女の脚をつかみ、半ば乱暴に開かせた。異常をきたす俺がどうすれば収まるかを知っているように、カタンがいたずらそうに三白眼を丸くして微笑む。
「……私を食べて興奮しちゃった? えら、光ってる」
『うるせぇよ』
「きゃ」
 消化酵素と酸性溶液でぬらぬらになった肌を吸盤で素早く拭っていく。火照った肌はみずみずしく弾き返してきた。そのまま放置すれば(ただ)れ、悪ければ痺れが染み付いてしまうだろう。においの強くしょっぱい足の指の水かき、肉付きの乏しい太ももや腹。再び立ち上がった乳首をコリっと弾けば、挑発的な態度がびくんっと崩れた。よほど興奮しているらしい、彼女の股のあいだも、俺の粘液とは異なる粘り気で再び潤っていた。
 恋人から別れ話を切り出されたドラマの中の男のように切羽詰まって、ギチギチに腫れ上がったちんこをねじ込んだ。突き動かされるまま腰を振る、カタンが纏う普段のクールさはどこへやら、俺の聞いたこともない声で善がっていた。鰓裂から粘液が沼のように流れ落ち、布団をでろでろに汚していた。全身が不定形にとろけ出し、彼女とひとつになるような絶頂感。体と体に挟まれた空気が逃げ場を失って、ぶち、ぬちゅっ、淫靡な悲鳴をあげながら弾けていった。彼女の背中に腕を回し、密着したままちんこを泡立てる。びたん、びたんっ、尾ひれが布団からはみ出して、カーペットを力強く打ち鳴らす。
 さっき出さなかったのもあってか、繋がって1分と経たないうちに射精した。腹奥から蹴られたような衝撃が襲ってくると、もうだめだった。カタンの最奥にかじりついたまま、尾ひれの先までびゅくびゅくと痙攣させていた。電気で痺れる感覚はこれに近いかなあ、と、遠いところで思っていた。

 水揚げされた昆布のようにねっとりと汁を吸った布団カバーを剥いでも、その下の布団まで使い物にならなくなっていた。被害のない箇所で俺らの体をぬぐう。薪ストーブに火をくべ、窓を少しだけ開きむせ返るにおいを追い出した。簡易式の布団セットをロフトから見つけて敷いておく。
 彼女は何も言わなかったが、それで十分だった。ストーブの前で部屋着を身につける彼女の視線が、ちらちらと俺へ向けられるのを、背中越しに感じることができた。確かな愛情と信頼に満たされた、隙だらけの視線。嬉しかった。トレーナーとしての相棒のみならず、彼女の唯一の家族として認められた気がした。濡れた布団カバーをまとめながら、背後から聞こえる衣摺れの音に耳孔を傾けていた。ユクシーの力で彼女が記憶をなくした後も、どうにかやっていける気がした。
 ストーブの火を消して取り替えた彼女が布団に潜る。シビシラスの頃は同じ毛布にくるまって寝ていたが、こうも体が大きくなると隣でとぐろを巻くしかなさそうだ。風呂と洗濯は明日の俺らに押し付けて、彼女は「おやすみ」と呟き吸盤にキスをくれた。
 体力が底を尽きたのか、カタンはすぐに寝てしまった。いつも見てきた寝顔と変わらないはずなのに、なぜだか無性に愛おしかった。穏やかに繰り返す呼吸を背後に、俺は磁場を展開しそっと浮遊する。蝶番のきしむドアを、細心の気を払って押し開く。
 すっかり日の落ちた湖のほとりを照らすのは欠けた月だけ。鰓裂から淡い光を放ち、ぶるりと身を震わせた。人間よりも寒さには強いはずだが、彼女のもとにいるうちにだいぶ堪えるようになった。
 穏やかに水を湛える湖の方に目をやると、小さな島のシルエットが墨絵のように浮かび上がっていた。まだ醒めやらぬ熱を動力に、全身をうねらせ宙を泳ぎ湖面を渡る。
 まだ、やるべきことがあった。



 エイチ湖には小さな浮島があり、張り出た丘が岩屋になっている。ユクシーが(うつ)し身を顕現するとされ、脇にはこれまた小さな祠が雪に埋もれていた。
 存外に広いほら穴へ身を滑りこませる。胃をひっくり返して洗わんばかりに吐き出すと、どしゃぁ、と暴れる球体が洞窟の水たまりに打ちすえられた。
 俺の消化液を防いでいた神秘的な保護膜が弾け、そいつがえずきこむ。
『――ぶはっ!! っはっ、は、はーッ!!』
『……よぉ、元気そうで何よりだ。腹の中から蹴ってくるから思わず射精()しちまったじゃねえか』
 消耗したユクシーを見下ろし、胃の底から逆流してきた朝食のラムの残骸を拭い捨てた。
 サンダースを退けた後、それを覗き見ていたユノゥは、カタンに興味を抱いたらしい。俺の大声でとっさに身を隠しはしたものの、追いかけると藪の奥でこちらを待ち構えていた。悠長に接触の交渉をしてきた彼に飛びつき、尾ひれを首にきつく巻きつけ昏倒させた。カタンが追いついてくる前に、丸呑みにしたのだ。全くの衝動だった。
 あれから1時間は気絶していたことになる。交尾の最中、カタンを腹へ収めたときに意識を取り戻したらしい。体の内側から暴れられるとは思わなかったが、俺らの探し求めていた伝説の存在が、胃の底で足蹴にされていたとはなんとも滑稽だ。
 声を震わせたまま、ユクシーが瞼越しに睨みつけてくる。
『ぼくをこんな目に合わせて、何が目的ですか』
『消してもらいたい記憶がある』
『……ぼくも、あの時まではそのつもりだったのですけれど』
 強さに固執するトレーナーが、負けた自分のポケモンに向けるようなわざとらしいため息。それに似た落胆をユノゥは長々とついた。言い方こそ丁寧だが、その意味の裏にはもう協力する気がないという含意が透けて見えていた。そのくせ浮遊するまでには体力が回復していないらしい。地に横たえたままの胴体へ巻きつけられた二又の尻尾が、氷柱のような不機嫌さを隠しもせず水面を一定間隔で叩く。
『彼女には、何か強い特別な思いがあるようでした。冬のエイチ湖に5日も滞在する人間は初めてですから。消したい過去を忘れさせてあげてもいいかなと思ったのですけど。ぼくに会いに来たからには、やはりそういった願いなのでしょう? そのような人間は後を絶ちませんからね』
『ああ、それが俺とカタンの望みだ。やってくれ』
『はいぃ? こんな仕打ちを受けておいて、誰がするものですか』
『生意気な口を叩くなよ。立場をわきまえろ』
『それはこちらの台詞です。記憶は脳にある神経細胞の細密な電気的結合から生じるもの。それを意のままに断絶することは、そう簡単じゃあない。ぼくが能力を使わなければ、あなた方の望みは決して叶いません。お引き取りください。さもなくば、このまま念力でつまみ出しますよ』
『俺に一瞬で気絶させられておいて、よくそんな自信があるなあ?』
『……暴力など、知恵のない者が浅はかな意志を押し通すために訴える手段です』
 陽の沈んだ暗がりの洞窟でふたりきり。地表にはびこる積雪に、世界が急激に冷え込んでいく。俺の放つ電気的な光が、洞窟の壁面を無機質に浮かび上がらせている。
『俺だってわざわざお前みたいないけ好かない奴に会おうとは思わんさ。神にもすがる思いなんだよ。どうしてカタンが、5日も根気よく極寒の銀世界を探し回れたと思う? 知ってたんだ、ユクシーが伝説上のポケモンではなく、実際にいるってことを。ユクシーだけじゃない、アグノムも、エムリットも、ディアルガもパルキアもアルセウスも』
『……父上への信仰心が厚いお方だ』
 そんな訳がないだろう。知識の神を語るもろくに知恵の働かないユノゥが、どうでもいい受け答えを返してくる。焦燥感が募っていた。ユクシーにとっちゃ、カタンも俺もよくいる信望者のひとりに過ぎない。よもや手を挙げられるなどとは考えもせず、この期に及んで非力なくせして上から押さえつける態度が癪に触った。そのクソ生意気な顔を崩してやる。
 地に落ちたユクシーをたっぷりと見下して、俺は言った。
『知らないようだから教えてやる。カタンは、あの少女は……、ギンガ団の元ボス、アカギの娘なんだよ』
『……何ですって?』
 8年前、シンオウのみならずこの世界を破壊し、穢れなき理の再構築を試みたアカギという男。野望を完遂させるため、エイチ湖に生息するユクシーを手酷く捕獲していた。アグノムを捉えるためリッシ湖を大規模爆破した映像は、未だ人々の記憶から色あせていないはずだ。テンガン山の頂にあるやりのはしらでディアルガとパルキアを呼び出し、のちのシンオウリーグチャンピオンとなる青年に阻止され、第三の神龍ギラティナとともに反転世界へ消息を絶ったとされる。カタンが資料室から拝借したギンガ団の沿革に写真が記載されていた。オーロットに生気を吸い取られたようなぼさぼさの青味がかった白髪、先導者としての強い意志をたずさえた三白眼は、カタンの父親としての説得力に満ちていた。
 虚偽を飾る様子もない俺の態度に、見るからにユノゥが慌てふためいた。
『お師――先代に無礼を働いたあの、ギンガ団……!?』
『そうだ。そしてその血縁を、アカギの娘として育てられてきた事実をカタンは忘れようとしている』
『だ、だって、レンジャーの制服を着ていたじゃないですかっ』
『偶然見つけた山小屋がレンジャーの調査キャンプで、そこにあった服を借りているだけだ。そうすりゃここいらのポケモンや、偶然会った人間にも怪しまれることないだろ。そう長くは保たないが、いい隠れ(みの)になってるのさ』
『――っ、…………ッ!』
 合点がいったのか、小生意気な顔を憎悪に引きつらせる。彼がギンガ団を恨むのはもっともだ。先代のユクシーが姿を現さないあたり、そういうことなんだろう。
 わなわなと震えていただけだったユノゥの目に鋭い光が宿り、虚をついて飛びかかってきた。破れかぶれに叩かれるのかと思った瞬間、俺の額にぶつかったユノゥの宝石が光る。頭の中を濁流が流れるような感覚に襲われ、俺はふらりとよろめいた。
『お前……何をした』
『……その話、確かなようですね。確かめさせていただきましたよ。なるほどなるほど』
 先程までの狼狽をなかったことにするように、ユノゥが得意げに鼻を鳴らしてみせた。どこまでも幻ポケモンとしての矜持を保ちたいらしい。たたらを踏んで水たまりに半身を沈める俺に、さっきまでとは逆の視点に立った彼が、優越感を振りかざして俺の周囲を徘徊する。
『貴方は……怯えているのですね。ポケモンと人間が体の関係を結ぶなど、あってはならないことです』
『俺の記憶を、覗いたな』
 悪びれずにのうのうと喋るユノゥは、俺の頭にどこまで血が上っているかなんて考えやしないのか。見ないように伏せてきた俺の心の蓋にずけずけとひびを入れてくる。
『貴方は怖いんだ、彼女にこき使われ、いつかは捨てられることが。そうしてたどり着いたのが、肉体関係で縛り付けておくことだったのですよ』
『でたらめ言うのもたいがいにしろよ……!』
 切れた電池を充電した。腕で包丁を扱った。フライパンに火をかけた。雷の石で進化した。カタンがユクシーと出会うために、俺は彼女の手となり足となってきた。振り返れば道具としか思えない扱いも、なかったわけじゃない。
 ――それでも俺は、カタンを信じているンだよ。
『う――、ぅううう゛……!』
『ちょ、何ですか!?』
 減らず口を叩くユノゥへ踊りかかり、ぱしゃ……、湿っぽい岩の地面に押さえ込んだ。俺が彼女について余計な詮索を巡らせるような御託を並べるくらいなら、別のことを喋らせればいい。もがく奴の脇腹を両手でつかみ、シビルドンの大口を開けて中身を見せつけた。
『描写しろ』
『はぇ?』
『おまえの細目に映るものを、おまえの言葉で言い表せって言ってるんだ』
『……っ』
 動物の皮膚に食らいつく構造の俺の口には、返しの付いた釣り針のような無数の牙が備わっている。吸盤を押し広げる要領で口肉を盛り上げ針山を見せつけると、ユノゥの小さな喉が盛り上がって胃へ唾を落としていった。
『割れたザロクに内包される粒らしき肉の突起から、コリンクの爪を思わせる細く反った牙が生えそろい、蓮の葉の裏のようなグロテスクささえ感じられ、ます……。人間の創作物のいちジャンル、スペースファンタジーに出てくるエイリアンじみた……』
『チッ』
 豊富な語彙に興ざめした。内心じゃ怯えているはずなのに、なんで強がっていられるんだ。何としてでも小生意気な口から降参の弱音を吐き出させてやる。
 無意識にユノゥを掴んでいた腕に力がこもる。みぞおちに爪が食い込み、苦しげな呻きが漏れ聞こえた。
『お……、思い通りにいかないとなれば、すぐに暴力っ、ですか……。ぼくは屈しませんよ、幼くとも幻と呼ばれるポケモン。この程度で悲鳴をあげているようでは、ぼくを守ってギンガ団に捕まり消えることになった先代に、顔向けできませんから』
『……はぁ?』
 反抗的な態度に気がささくれ立った。小蝿がたかったような気がして鰓裂のあたりをかきむしる、吸盤を歪にすぼめ口の中の肉を噛む。尾ひれで水たまりを打つと、弾けた電気の欠片が暗がりを駆け抜けた。一瞬だけユノゥの引きつった目元が明るく浮かび上がって、隠れた。
 途方もなくむしゃくしゃした。壊したくて壊したくてたまらなかった。俺を内側から突き立てる黒い情動、その正体を暴くべく、硬直する彼の体へにゅるんと胴体を巻きつけた。
 あからさまに縮こまる彼の耳元で、苛立ちを乗せて牙をガチガチとがなりたてる。
『記憶は、脳にある神経細胞の細密な電気的結合だって、言っていたな』
『っ、そうです』
『なら、無理やり電気を流せば、その繋がりが壊れて忘れられるんじゃねえか』
『……!?』
 きっちりと閉じられた瞳を瞠目しそうなほどに、ユノゥが震え上がったのが見て取れた。二股に分かれた尻尾を束ね、締め上げる力を強くする。背後から囁くように息を首筋へ吹き付けると、あけすけに背筋が震え上がった。
『図星か。なら、俺でもできそうだ』
『そ、そのような粗暴なやり方では正確に記憶を消すことなどできません! 貴方に扱えるほど単純な構築ではないのです、このたびの非礼は水に流して差し上げますから、当てずっぽうに電気を流すなど――』
『確かに練習は必要かもな』
『な、何を言って――!?』
 ギンガ団の社訓に倣いカタンが長い髪を真緑に染め直すとき、サロンで被らされるUFOのような加温機。それを思わせるような体勢で、脳みそを象ったらしい頭部へ吸盤を押し付ける。眼下からユノゥが息を呑む音が聞こえた。きのみの成り具合を確かめるようにじわじわと包み込む。灰白色の肌より柔らかく、皿に盛れば高級な杏仁豆腐のような見た目になりそうだった。対照的に額の紅玉は固く、さながら甘味に色を添えるオッカのみだろうか。
 敏感らしい表皮に牙をそっと触れさせた。こめかみとうなじに、2本ずつ。
『あッ』
 ユノゥが小さく喘いだ。不定形な俺の体にまとわりつかれながら、喉元に刃を当てられたかのように身を縮こまらせていた。
『あ――ああっ、やめ、ひッ、や、やめて……っ!』
『んん? 悲鳴はあげないんじゃなかったか?』
 ユノゥの懇願を聞き流し、俺はわざとらしく脳天をしゃぶってやる。吟味するよう棘だらけの頬肉を撫でつけた。このメロンパンの中には途方もない知識や記憶が詰まっているらしい。額の宝石がその鍵穴になっていたりするのか? 吸盤の上端でいたずらに転がした。舌があれば表面の細微なしわまで確かめていたかもしれない。しっとりとかいた汗もしくは脳漿(のうしょう)の塩味が、本能的な陶酔感を俺に与えていた。噛み砕きたくなる衝動をなだめながら、かろうじて映る視界の下端で震えるユノゥの口許を眺めていた。
『ひっご、ごめんなさっ脳だけは、記憶だけは傷つけないで……ください、ぼくの大切な、たいせつ……あ、ぅあ、あぁあぁぁ……っ』
『そうだなあ』
 わずかに牙を食い込ませると、面白いほどにユノゥが身をよじった。湖で魚を捕るときは電気で気絶させてから捕まえるせいか、暴れる生物を両腕で押さえつける感覚は新鮮だ。脇の下から差し込んだ爪で横腹を掴み、瞬間的な電位差を生じさせる。
 決して高くない電圧に、ユノゥが弾かれたように身をよじった。
『ぎゃあッ!』
『あーもー暴れるなよ、手加減できないぞ。力抜けって』
『ひ、ひゃひッ、ひ……』
 電撃を浴びせた爪の先で、つつ……、と小さな肢体をまさぐってみる。いつ衝撃に襲われるか分からない恐怖と未知であろうこそばゆさの狭間で、ユノゥの口から唾が飛んだ。糸目の端から1粒涙がこぼれた。
 つい先ほどまで高説な御託を並べ立てていた彼が、たまごから孵ったばかりの幼子じみた語彙で鳴いていた。気分がよかった。俺をいじめていた人間もポケモンもこんな優越感を味わっていたと思うと、なるほどこれは止められないな、と納得するほどに。
 悲鳴が弱まったところを見計らって、不意打ち気味に側頭部へ静電気を生じさせた。
『か……ッ!?』
『こんなやり方でいいのか? 電気で記憶を消されるってどんな感じ? 描写しろよ』
『たす、助けてぇ……、おねがいです消します、人間の、どんな記憶でも、なんでもしますか――ぁああがッ!!』
『無視すんなよー?』
『ひ、ひっ、ひいぃ、ひぎっ!』
 脳に刺した4本の電極から、穏やかな交流電流を断続的に送りつける。そのたびユノゥの体がきしんだ。強張る筋肉の内側に忙しなく胎動するスポットがあって、ああここが肺の位置なんだな、と理解した。しゃっくりを繰り返すように上下する横隔膜、全身が律動していて心臓の位置はもはや見当がつかなかった。手は訳もわからず俺の腕にすがりつき、弾かれたように足と尻尾で叩いてくる。助けて欲しいのか攻撃したいのか、どっちなんだよまったく。俺は持て余した尾ひれで足をはたき、体を圧しこんだ。ユノゥの皮下組織を確かめることが、何故だか無性に楽しいのだ。
 サイホーンジョッキーが最後の直線で鞭を入れるように、まごつく口を動かしてやろうと牙をぴりつかせた。
『言うっ、いうから止め――うぎゃあッ! 割れっるぅ、音、頭のなかひびいて……アッ、花火を打ちぁ、よな、アとが、反きょして、ぁがぅぅ、もしくは、滝のした、打たれ――アいいいッ! いだいっ、も、許し、ゆるじでぇ!』
『違うだろ? それは電流を流される感覚で、記憶を消される感じはどんなだって聞いてんの』
『ごべ、ごめんなさ、ぉえ゛っ視界、ゆがん――あっあっアッアッアアアあッ!!』
『そうかあ分からないかあ』
 この期に及んで押さえ込まれた下肢を暴れさせ、どうにか逃れようとするのは本能からだろうか。そうすれば許されると信じているかのように言葉を紡ぎ、弱い電撃を食らわすたび花火のように唾を飛ばしていた。鼻水とよだれで口許はぐしゃぐしゃ、まぶたは震えて滝の涙を流し出し、整ったかんばせが台無しだ。俺の粘液ではないこの湿り気は夥しい発汗によるもの。
 脳は神経細胞の電気的結合からなるらしい。ユノゥの脳内で飛び交う幻聴や錯視は、許容量を超過した電荷を付与され、目や耳など頭部周辺の感覚器官からの情報が混線しているせいか。その儚げな体が大きくたわみ、俺の爪に自らみぞおちを食い込ませてくる。もうその程度の痛みなど些末なものなのだろう。
 元気に暴れる尻尾が鞭のようにしなり、硬い宝石が俺の下腹部を打った。癪に障ったので、その柔らかな幼体にも電撃をぶちかましてやる。
『かぁっからだっ熱いぃっ! だめっこれ、ア、もっ、とめてッ、頭、こげちゃ』
『もっと? なんだ、もっと電圧を上げて欲しかったのかよ』
『ひ……? っ違、ちがちがち――がア!!』
 腹に力を入れ、爪からほとばしらせる電撃を20倍に引き上げてやれば、ユノゥはコミックの中のキャラクターが雷に打たれたように背をひしゃげて固まっていた。強すぎる電気信号に運動神経が興奮しっぱなしで、筋肉が収縮したまま痙攣さえ起こせない。いつも捕る川魚に同じことをしていたら、身が硬くなって全く美味しくないな。
 耳障りな金切り声を10秒ほど聞き流し、電撃の捕縛を解いてやる。少し吸盤が疲れてきたので、牙も外してやった。
 どしゃっ。よだれと汗で汚れた液たまりに落ちて、帯電していたユノゥの四肢から電気がピシピシ弾けて逃げていった。顔を高電圧に晒しすぎたか、鼻粘膜の毛細血管が焼き切れて、赤黒い血を1本、顔の中心から真っ直ぐ垂らしていた。
 それでもその細目には、アグノム譲りの強靭な意志の光が湛えられていて。
『ぅ、うぅぅ…………っ』
『……はは、さすがは幻サマだな。正義のヒーロー気取りかよ。じゃあ、あと1時間耐えられたら解放してやる』
 託児室の小さなテレビで日曜日の朝に放映されていたヒーローものの主人公、彼もどんなピンチだろうが諦めない。ユノゥの眼差しがそれに重なって、あーあー全くもって反吐が出る。なら、俺が徹底的に悪役を演じるまで。このノイズがひどいラジオを本格的に壊してやろう。
 とはいえピンポイントに記憶を削る方法を俺は知らない。側溝に落とした鍵を手探りですくうようなものだが、当たりをつけて局所的に電気責めをするしかなさそうだ。
 再び頭を丸呑みにする。口端から突き出た牙のうち右上から右下、それに左上から左下。ユノゥの側頭部を電流が通るようにしてみれば、すぐに反応が返ってきた。
『ウ!? ……っぷ、ぅうえっ!』
『うわ、汚ったないなあ。そんなんで耐えられるのか?』
 どうやら三半規管を麻痺させたらしい。なすすべもなくユノゥが嘔吐した。痛みを噛み殺していた口から弾けるようにこぼされた胃液が彼の腹を汚し、俺の尾ひれにまで飛沫した。汚物とこびりついた血をたまらず水たまりですすぎ落とす。ここらに生息するポケモンたちへ食料を譲り最低限の食事しか摂っていないからか、強い臭気もなく固形物も見当たらない。
 脳にもダメージが入ったのか、ユノゥの吐瀉はしばらく収まらなかった。吐けば頭痛さえ忘れられると倒錯したような吐き方だった。水をすくって汚物をそぎ落としてやる。これから調理する食材を水洗いしている感覚に似ていた。
 頭部に刺した4本の牙、その電位を調節して、記憶のありかを探っていった。牙から牙へ流れる電気の筋道を想像する。古代の人間が夜空の星と星を線で結んだ感覚だろうか、見えない脳細胞どうしを電子の鎖で縛り上げ、ピンポイントに電流を注ぎ丁寧に引きちぎっていく。
 前頭葉を執拗にまさぐったとき、ユノゥが『あっ』と澄んだ悲鳴をこぼした。初めてちんこを触って性感を味わったような、艶のあるみずみずしい声。
『……見つけた』
『……!』
 ユノゥはもう言葉を出す気力も残っていないようだったが、明らかに怯えの色が一段と深くなっていた。なるほど、ここが記憶のありかってことか。
 針穴に糸を通すような繊細さで、同時に焼き潰すほどの容赦のなさで。ついに探り当てたユノゥの大切なもの目がけて、細く高電圧を押し付けた。
『あが! がっ、ぅああ゛ッ!』
『はは、汚い声』
 彼の背中を乗せていた、俺の尾ひれの付け根あたりが生ぬるい。頭へ噛み付いたまま屈めて見れば、短い足の間に走る溝から、黄色い液体がぴしゃぴしゃと湧き出していた。スリットの外へわずかにはみ出したちんこの先端から、肌を覆うようにおしっこを垂れ流していた。記憶に牙をかけられて、いよいよ恐怖に塗りつぶされたか。見上げたことに、いくら全身を電流漬けにされても尿意は堪えていたらしい。ここまで耐えてきたとはさすがは幻サマだ。今はぐずぐずの泣き顔に鼻血をこびりつかせ、股からははしたなくお漏らししているが。
 脳内のどこに電撃を放てばユノゥがどういった反応を返してくるのか、もうだいたいを把握していた。心を掌握するのだってあとひと息だろう。俺はユノゥの頭を吐き出し、片手で尻を包むように腕の中へ抱きかかえた。
『怖いか? 怖いか? ああ?』
『…………』
 ぐったりしたユノゥを、俺は改めて見下ろしていた。
 輝くように艶めいた丸頭は知識の結晶。汗とよだれでぐしょぐしょになった口はその薄い唇を突き出して荒い息を吐き続けている。くりくりで黄金色であろう瞳をその奥に想像させる瞼ははかなく震えていて、汗みずくになった灰褐色の肌は吸い付くほどにみずみずしい。俺のともカタンのとも異なる独特の柔らかさを保つ華奢な体つきは、スリットから覗かせた愛らしいちんこが収まっていれば雄だか雌だか分からないだろう。
 ごくり。生唾が音を立てて俺の喉を下っていった。
 ああ、そうか。俺はこいつに欲情してるんだな。
 気づいてしまえば簡単なことだった。非力な存在を手に入れようとするのは、根っからの俺の性質らしい。ユノゥが雄だという事実はなんら障害になり得ない。雄であるか雌であるかなど、人間と交尾した俺にとっちゃ些細なことじゃないか。
 心うちでほくそえんで、次の電撃に耐え忍ぼうと身を固めるユノゥへ囁いてやる。
『まだ意識あるよなー? ちょっと気が変わった、もう痛いのはやめにしてやる』
『っ、……ほん、と?』
 筋肉が弛緩し赤子のようにしか顔を動かせないユノゥが、今の今まで害意を晒していた俺へ、すがるような視線を向けていた。ぞくぞくした。弱い存在に頼られることが、こんなにも下腹部にくるなんて思いもしなかった。
 信頼と愛情を除いて、誰かを精神的に支配するには2つの方法がある。恐怖と快楽だ。その中でも手っ取り早い方法は相手を畏怖の念で埋め尽くすこと。暴力を振るうなり電気を流すなり、相手の心に恐怖を植えつければいい。
 だが、ユノゥのように恐怖が沁みにくいやつもいる。遊びでバトルのひとつやふたつ覚えれば大抵の痛みは想像できてしまい、どんな暴力を受けようともその延長線上のものと捉え心が緩衝しているのだ。その一方で、おそらく快感への抵抗は極端に薄い。時間はかかるかもしれないが、心に深いくさびを打ち込むのならうってつけだ。
『ああ、よく耐えた』
『……。父上は、耐えられない試練はお与えにならない、のだそうです。これもお師――先代に教わったこと、ですので……』
 尻を下からすくうように支えていた右腕へ、ユノゥが身をよじって抱きついてきた。肩にしなだれた横顔には安堵が透けて見えている。俺がさっき口走った『あと1時間耐えたら解放してやる』をご丁寧に信じ込み、そうすれば本当に俺が赦すと思っているらしい。当人はそれほどの体感時間だったらしいが、あれから10分と経っていないのだ。そもそも俺は解放するつもりなど爪の先ほども持ち合わせていない。
 息を整えるユノゥから麻痺を払ってやるように、左の手のひらでなだらかな腹部を撫でてやる。華奢にくびれた脇の下、次第に穏やかさを取り戻す胸部の膨らみ。電流が集中したのか、束ねた針金のようなあざがついた脇腹をなぞる。汗だまりのできた足の付け根を爪で拭うと、いまだ触覚の回復しきっていない皮膚が足先をぴくんと震わせた。
 支えていた右の手のひらで、小さな尻をむにむにと転がす。通電してもなお柔軟さを保つ尻肉の波に、起伏の乏しいユノゥの腹がゆらゆら揺れた。預けられた重みを楽しみつつ、爪を2本曲げ尿で濡れた股下を包む。
 肉が収まり薄くなっていくスリットへ爪を食い込ませた。痛みを覚えない程度の軽微な電気刺激を当て続ければ、じわじわと幼茎がせり上がってくる。違和感を覚えたのだろう、とっさに下げられた彼の視線を遮るようにもう片手で頭を撫でてやる。まだ残る痺れのせいか、どこを触られているのかさえよく理解できないようだった。
 脳の感覚野はまともに機能していないはずだが、面白いことにちんこはどんどん熱を帯びていった。ぴこん、と完全に外気へ晒されたものを弾けば、先端から残尿のしずくが飛散する。2本爪で根元を軽くはさみ、しゅり、しゅりり……、肉を引っかけないようさすり上げれば、ユノゥが体をもぞつかせた。こそばゆそうに左手へ甘える彼の表情は、もう完全に安心しきっていて。
『よく先代ユクシーのことを喋るな。思い出でもあるのか』
『え、えぇ……。先代はぼくにこの世界のあらゆる事象を教えてくださりました。きのみの効果や栽培方法から、海の向こうにある島国の、まだ見ぬ炎のうさぎポケモンのことまで――』
 ユノゥの思い出話を耳に通しながら、俺は左腕を滑らせ小ぶりなちんこを包み込んだ。しゅっしゅ、と豆腐をすくうように優しく扱く。中心に一本太く通った尿道、そのふくらみをつまんでくっ、と上に撫であげれば、尿とは異なる水滴がつんと尖った先端から染み出してきた。
 手のひらの柔らかいところでそれをかすめ取り、薄ピンク色の粘膜をくにくにと弄ぶ。肌よりも跳ねっ返りの強いそこは、ときおり思い出したかのように力がこもりいたいけに突っ張ってくる。
 痺れが抜けてきたのか、ユノゥがぷるるっと腰を震わせた。ねちっこい水音と下半身の違和感にようやく首を持ち上げる。
『あの、さっきから何をして――』
 視線を落とし、自身の股間から伸びあがったものにユノゥは絶句した。みるみるうちに紅潮する黄色い顔が羞恥と困惑に歪む。麻痺の拘束から脱した身をよじらせようとするも、今度は俺が許さなかった。彼の尻を包んでいた右手の爪を、さらに鋭い角度で折り曲げる。
 本当に歩けるかどうか怪しげな小さい足のあいだ。スリットの下端あたりに爪を泳がせると、硬いしこりのようなものが引っかかった。とろみのある体液を延ばす肛門の周囲で円を描く。羞恥に震えるちんこと呼応するように、その蕾が、きゅっ、内側へ巻き込むように小さく締まった。ここにちんこを突っ込めば、さぞ気持ちいいに違いない。
『何って、交尾の準備だろうが。お前も発情した雌みたいにケツを濡らしやがって、本当は期待していたのか』
『な……、なんで……っ! こっこんな……!?』
 期待しているわけがなかった。度重なる電気刺激により疲弊しきった括約筋が、腸液を留めておけなかっただけだろう。ただ、半端な性知識しかないユノゥを誤解させるには覿面(てきめん)な挑発だった。
『交尾したことなくても、オナニーくらいはしてるだろ。どんなふうにだ?』
『い、いい加減に――』
『また電気を流されたいか? 痛いよりましだろ、大人しくやれ』
『……』
 帯電した俺の牙を頭の上でちらつかせれば、ユノゥはおずおずと縮こまった。無慈悲な電撃に耐えてきたとはいえ、痛い思いをしないに越したことはないのだ。激痛と快感を天秤にかけて、どちらに傾くかは疑うべくもない。秋の野山よりも顔を色づかせたユノゥが、目前で揺れる自身のものにおずおずと触れた。
 決して器用とはいえなさそうな二又に別れた小さな指、右手のそれでちんこの細まった先端を挟む。そのままゆっくりと下げていくも、太い付け根のあたりでは指が回らないらしい。先の方をくにくにと重点的に擦り付けている。ふー、ふぅっ、電撃に耐えていたときよりも熱っぽい喘ぎをこぼし、こういう経験も忌避してきたのだろう、慣れない手つきで、しかし俺の気を損ねないような真摯さで、硬くなるばかりのちんこを慰めていた。雌のように内股に折れた足がふるふると震え、必死になって快感を押し殺しているらしい。
『どこが気持ちいいのかも知らないのか? こうやんだよ』
『ぅ……ッ!? ふ、ぅぅ……っ!』
 手から粘液を分泌させ、ユノゥの股ぐらに塗り広げた。竿を奮い立たせるよう纏わりつかせれば、滑らかな感触にたまらずユノゥが声をひしゃげる。粘っこい蜜が吸い付いて、自分の意識とは無関係にもたらされる快感はユクシーの幼子の知識欲まで旺盛にしてしまうかもしれない。にちゅ、ぬちゅ、ちんこを扱く音が粘着味を帯び、食べ頃のザロクのように幼茎がてらりと薄光りする。
『抜くときは誰を想像するんだ? やっぱり先代のユクシーのことか?』
『…………っ』
 答えは返ってこなかったが、嘘をつき慣れていない彼は黙ったまま目をそらして、つまりそれは肯定の返事だった。ユノゥの反応がいじらしくて、俺はあの手この手で責め立てる。スリットのひだをかき混ぜるように爪でなぞる。数少ない自慰経験で発見したであろう快感のスポット――先っぽに開いた穴の周りをぐりぐりと重点的にいじめ抜けば、ユノゥは身悶えして仰け反った。小さな手は声を漏らすまいと口許に当てがわれ、それでもつい吐息を逃すたび、しまった、というふうに恥じ入るのだ。
 それほど量も塗布しなかった粘液さえ乾かないうちに、ユノゥの小さな体がびくびくとみっともないくらいに痙攣しはじめた。溺れたような短く浅い呼吸を繰り返し、ぴんっ、と足先を突っ張らせる。手の内でちんこが固く膨らんで、あと数往復で限界を迎えるんだな、と把握した。
『……ずいぶんだな』
『ふぅっ、ふぅぅん、ぅ……、……?』
 ユノゥが胎児のように体を丸め強張ったところで、パッと俺は手を離した。
 なんで、と恨みがましい目線を向けてきたユノゥが、我に帰った一瞬のあと、ばつが悪そうに眉根をひそめた。
『もっとしてほしいか? ねだってみせろよ』
『い……、やですっ』
『チッ、まあいいさ。俺のこと、忘れられないくらいその頭に刻み込んでやる』
 包んでいた手を解放し、自分でやれ、と目で促す。恥辱に混じった睨みをぶつけてきたが、牙をぴりつかせるとやはりちんこに手を伸ばした。要領を得たらしい、さっきよりも切羽詰まった手使いでちんこを握り、悦感の続きを取り戻そうと焦っているようにも見えた。未分化の指を広げて作った手筒へ向けて、ちんこの先端を擦り付けるようにヘコヘコと腰を揺すっている。
 大人しくオナニーを再開したユノゥの尻、俺はそこに爪を戻した。粘膜を傷つけないよう慎重に、爪の先で菊門をほぐしていく。くぷっ、くぶ、ぐぷぷ……。ゆるみきった括約筋をほじると、とろみのある腸液がだくだくと溢れてきている。ユノゥがちんこの敏感なところをシコるたび、爪を咥えこんだ尻穴がきゅうきゅうと引き締まった。これがちんこだったらどれだけ快感が呼び起こされるかと思うと、俺の下腹部にわだかまっていた熱の疼きを止められなくなってくる。
 すでに興奮してスリットからこぼれていたまだ柔い俺のちんこを、彼の太ももに挟んで数度扱く。俺の粘液よりも扇情的な液体にまみれたモノが、発電板の薄明かりにてらりと輝いていた。
 これからどうなるか想像できたらしいユノゥが、快感から少し醒めた瞼を震え上がらせた。
『雄どうしでも交尾できるって知らないだろ? 教えてやるよ』
『こ……こんなこと、間違っています……! まずかっ、体の大きさが釣り合っていませんし、そっそれに、肛門は生殖のための臓器ではありません……。き、汚いですっ、そこは――ぅえ』
 ぼそぼそとうるさい口に爪を突っ込むと、俺に電撃を撃たれないようにユノゥがすっと大人しくなる。掴み甲斐のない尻を両手で抱え足を開かせ、背後からちんこを尻穴に触れさせた。俺の粘液とユノゥの腸液ででろでろになったものが黒光りしている。たとえユクシーの雌だとしても交尾するに不釣り合いな大きさが、みち……、とユノゥを下腹ごと押し上げていた。蕾は排泄器官であることを主張するように異物の侵入を固く拒んでいて、それがいかに締まりのよい肉穴であるかを俺に教えてくれていた。
 窮屈な菊門にぐりぐりと押し付ければ、ユノゥの柔らかな尻たぶが鳥肌立った。お構いなしにしわの隙間へちんこを食い込ませ、その締まり具合を確かめた。ぴたぴたと小突けば彼は全身を引きつらせ、ぎゅっと足先を強張らせる。
『腹から息吐いて、力抜いておいたほうが痛くないんじゃないか?』
『ひ……っ』
 ほとんど無意識に止めていた呼吸を解いて、ユノゥが脱力するのを待つ。もうすっかり俺の言いなりになって、ちんこを迎え入れる体の準備を着々と整えていた。
 小さな幻ポケモンが深く息を吐いたタイミングを狙って、期待にいきり立つちんこをぐっと突き入れた。ぢゅぬっ、と熱い肉の隙間に潜り込む感覚。
『んぎッ!? ――ぅぐうゥ!?』
『あー……、やっぱりキツいな。しかしあったけえ……ッ』
 よく解したはずの肛門は、案の定壮絶な抵抗をもって俺を出迎えてくれた。気を抜けば流線型をしたちんこが滑ってひり出されてしまいそうだ。串刺しを保ったまま、ギチギチと締め付けてくる菊門がもたらす鋭い刺激を堪能した。
 あまりの衝撃に言葉が弾け飛んだユノゥが身を丸め歯をくいしばる。体の内側をえぐられる激痛になんとか耐えようと、頭飾りのへりを握りしめていた。
『ひぅッ、ふっ、ぅぎぃ……!! は、はいっ……て、る……!』
『あぁ、先っぽ入ったぞっ』
『ぇ……!?』
 苦悶に歪められていたユノゥの表情が驚愕に塗りつぶされる。瞼の輪郭がぷわりと膨らみ、今にも泣き出しそうなほど目じりがふるふると震え上がった。未だかつてない圧迫感から、おそらく俺のものがぜんぶ挿入を果たしたものだと思ったらしい。
『このまま奥まで入れるからな』
『ま、待っ――ひギ!』
 異物を迎え入れてなお排除しようと締め付ける入り口――出口といった方が正しいのだろうけど――を貫き、肛門をこじ開けながら直腸をかき拡げる。その拒絶感は入れている側も痛みを感じるほどだったが、泣き叫ぶユノゥの制止に俺は止まれなかった。
 ぎにっ、むぢッ、絶縁体に無理やり電気を通そうとするみたいに、腹奥へ力を込めて何度もちんこを押し付けた。尻穴の強烈な締め付けに思わず精を噴き出しそうになるのをぐっと堪え、ガチガチに硬く張り詰めた怒張でユノゥの後孔を犯していく。腸壁の細胞ひとつひとつをすり潰すように、優しく丁寧に、根元まで。
 排泄物を押し出そうとしきりにうねる肉ひだは、おろしたてのスポンジのように俺のちんこへ吸い付いてくる。噛みちぎるような肛門の守衛を過ぎれば、こんな甘美な媚肉のご奉仕が待っていようとは。
 中ほどの最も太まったところを過ぎれば、あとは鞘にナイフが収まるように付け根まで飲み込まれた。ユノゥの喉元まで入ってしまったような俺の先端が、くにゅ、と腸の奥壁を内側からそっと押し上げていた。
『くっ、ぐるじ……ぅう゛……!』
『また吐くのかよ。って、もう胃の中なんもないか』
 ユノゥの腹がぽっこりと膨らむようなことはなかったが、この小さな体によく全部はいったもんだ。感心するのもそこそこに、俺はちんこをゆっくり前後させはじめた。乱れた呼吸をどうにか抑えようとしていたユノゥの痩身が、体内をえぐられる未体験の痛みによじれ上がる。ぎちぎちの肉門が俺のスリットへキスするように縮みあがり、あれだけ体液で滑りのよくなっていたちんこがユノゥの中にはまって抜けなくなっていた。それでいて腸壁は竿をふんわりと包み込んできて、まるで抜かないでくれとおねだりしているよう。
『ほら、ちゃんと突いてやるから、緩めろって』
『ま、待っ……ほんっ、と、ゆるじで、ぐだ――』
『わかったわかった、痛み感じなくしてやるから』
『なっなに……ぅぷ!?』
 混乱しっぱなしなユノゥの腿を抱えている両腕、その爪を1本ずつ曲げ、ちんこを咥えて離さない肛門じわへ差し入れた。微弱な電気信号を与え続ければ、ぎゅううっ、と今までにないほど肉輪が根元を絞り上げてくる。同時に腸粘膜全体がにゅるにゅるとうごめき、ちんこを満遍なく包み込む感覚は、不定形の体が溶け出してしまいそうな気持ち良さ。
 たまらず俺の喉から声が漏れていた。
『ぉ、……ぉおッ!?』
 さながら電動式の性処理用具だった。強制された腸粘膜の蠕動運動は、カタンが絶頂して精液をねだる膣穴の動きとそっくりだ。雌に負けず劣らず淫猥な肉のひだひだが、ちんこを走る血管や尿道、射精口のわずかな凹凸にぴっちりと纏わりつき、ちゅに、ちゅに、ちゅに……と同時に責めあげられる。媚薬の泉に浸かっているようだった。浮遊した俺の腰がガクガクと砕け、それでもユノゥの尻にちんこが引っかかって抜けず、ぱしゃ、と水たまりに尻もちをつく。射精を堪えきれなくなる前に力任せに彼の体を外した。ずぽっ、と間抜けな音が洞窟に響く。充血したちんこが、むぁ、蒸れた排泄孔のにおいを漂わせ、先走りを弾き飛ばすように脈打っていた。10秒足らずだっただろうか、未知の快楽を味わわされたのは俺の方だった。ユノゥは自身の尻穴が迎えたちんこを喜ばせる才能に満ち溢れていると、知っておくべきなんじゃなかろうか。
 ともかく、あれほどギチギチと締め上げてきたユノゥの肛門が、局所的な電気刺激により虚脱してスムーズに出し入れできるようになっていた。射精感の引いたちんこを持ち直し、ぴゅく、と先走る先端をひと思いに突き入れた。
『う……!?』
『……どーよ、痛くないだろ』
『……ふッ、ふぅぅ……?』
 あれだけ喚いていたユノゥがすっかり大人しくなった。俺は気分がよくなって、ほどよい圧力になった肛門からふわふわの一番奥までをちんこで掻きえぐっていく。ゆっくり目の抽挿運動を心掛けながら彼の喘ぎ声に耳を傾ければ、腹奥を突き上げられてこぼす吐息の中に、濡れた喘ぎが聞こえたような気がして。
 初めての性経験で、まして尻を強姦されて快楽など得られないと思っていたが、それでもユノゥのちんこは硬さを取り戻していた。麻痺で肛門の痛覚を鈍らせてやれば、腸内をほじられる感触をユノゥのちんこが性刺激だと錯覚しているのかもしれない。
 あくまで時間をかけつつも、ちんこ全体で狭い尻穴を余すところなくほじくり返す。ユノゥはしばらく食べていなかったからか、久しぶりの老廃物を排出する腸壁が活発にうねり俺のちんこへ吸い付いてくる。俺はねっとりと絡みつく肉穴へうずめるときがいちばん射精欲を掻き立てられたが、ユノゥはずるる……とちんこを肉壁に押し付けながら抜いてやると最も反応が良かった。『きょぅうう゛……ッ』と喉奥を潰したようなくぐもった喘ぎを何度も聞いているうちに、腸壁らしからぬコリコリとしたしこりを見つけた。そこがユノゥの弱いところなのだ。
 にゅるんと流線型をした俺のちんこ、抜くときに尿道の中ほどで張り出た隆起を擦りつけしこりを裏打ちしてやれば、遡上してきた鮭のようにびくびくとユノゥの幼茎が跳ねた。
 それがたまらなく可笑しくて、俺の腰使いがいっそう熾烈を極める。とんとんとんッ、手のひらで柔尻を撫で回すように尿道のくぼみでしこりを小刻みに叩きつける。ユノゥの滲ませる先走りが白濁色を帯びた。体が雌と同じ快感を享受しているのだろうか、およそ雄らしさのないとろとろと漏らすような射精。目覚ましい乳白色がひっきりなしに灰色の腹へ垂れ落ちて、扇情的なコントラストに俺はピストンの激しさをいや増した。
『あーあ、気持ちよくなっちまったなあ。俺との交尾、ちゃんと覚えておくんだぞ』
『き、きもちよくなってにゃんか――アっ! なっない、で……きょあぁアッ!!』
『ははっ、強情なやつ』
 澄んだ叫びはもはや紛れもなく嬌声だった。全身からぶあっと汗を吹き、むせ返るような甘い体臭が俺の鼻孔をくすぐった。もっと鳴かせてやろうと腰を速く、深く突いていけば、麻痺しているはずのユノゥの肛門が柔軟にうねり、熱を持った肉壁がちんこへすがりついてくる。
 もっと、ユノゥにもっと俺を刻みつけてやる。がくがく揺れる彼の後頭部めがけて、一も二もなく吸盤をけしかけた。頭皮の汗腺にまで甘く吸い付きつつ、あらかじめ見つけておいた脳へのコネクション部位に牙の電極をセットする。
 尻穴への陵辱を緩めることなどしない。頭を覆われた感覚にユノゥが固まった瞬間を狙いすまし、電撃を迸らせた。
 腰骨へ回し蹴りを受けたようにユノゥが唾を飛ばし、体を捻りあげた。
『ぅ、ううううっそつ、ぎ……! い、痛いのやめるって、言って……あがああ゛っ』
『嘘じゃねぇよ、じきに痛みも感じなくなる。静電気がバチっときただけでイける体にしてやるから。……おらっ』
『ひぎゃ――っ、きょぅうう゛――ッ!!』
『おぉ……締まるなッ……!』
 電気の通りやすい脳細胞を選んで――素人の感覚では、最近になって形成された記憶ほど結合が強くそのぶん電気が通りやすいのだと思う――手当たり次第にその結合を解いていく。知識の神がせっせと積み上げてきた何物にも代え難い記憶を身勝手に蹂躙していく。ばち、ばち、ばちんッ、リズムをつけて脳を弾く。
 電気刺激のせいか快楽刺激のせいか分からないほどに蕩けた肛門がひくんひくんとうごめき、結合の隙間から凪の潮だまりのような体液をダダ漏れにさせていた。じゅぶ、ぶちゅっ、下品な水音を搔き鳴らし、がむしゃらにちんこを突き立てる。付け根あたりにずっとわだかまっていた甘い痺れ、それがびりびりと背骨を駆け抜け始めた。俺も限界に近かった。
 ユノゥが脳へ溜め込んできた膨大な知識をどこかに飛ばせば、俺との行為が記憶に残る余地も生まれるだろうか。
『トんじまえ!!』
『い、いやだっ! おっお師さまっ、 お師さまお師さまお師さま……!』
 大事な記憶がしまわれている海馬へかけた総電圧を引き上げると、ユノゥが覚醒したかのように叫び散らした。呼んでいるのは先代ユクシーのことだろう。脳を犯されても忘れまいと幾度もかすれ声で唱えるさまは、悪魔払いにすがりつく敬虔(けいけん)な信徒のそれだった。俺はそれをぶっ壊すように電撃を飛び散らせ、肛門を突き上げる。
 ユノゥの額にはめられた宝玉が淡く光る。ユクシーの持つ能力のひとつだろう、狭い洞窟の壁全面に映像が照射された。年かさの増した雌のユクシーが、まだ小さい同種を連れてキッサキの図書館まで連れて行く様子。野山に咲く春先の花々を慈しむ様子。雪で食料を見つけられなかったヒメグマに、木の実を分けてやる様子……。おそらくこいつの持つ大切な記憶が溢れ出し、映像となって再現されているのだ。
 俺が記憶細胞を弾くたび、そのひとつが切り裂かれたように消えていく。ぷち、ぷち、ぷちっ、こめかみに突き刺す牙を深くしていった。
 組織の子どもたちに支給された大人数で乱闘するTVゲーム、そのコントローラーを操っているみたいだった。限られた遊戯の時間、やけに強い男の子が、ほかの子の操るキャラクターたちを何度も画面外に吹っ飛ばすのだ。その爽快感に近かった。
『……ぁは、は……。っふふ、っくぁははははは!!』
 腹の奥から湧き上がった笑いが、どうにも収まりがつかなかった。
 闇のはびこるほら穴で、噛み付いた頭に電流を流すことにひどく興奮していた。俺は強くなった! 強くなった! 強くなった! もう人間にも、誰に庇ってもらう必要もないのだ。
 そうだ、これをカタンにもやってやろう。虐げられ怯えるか弱い存在は、俺が守ってやる。知識の神になんか頼らなくったって、嫌な過去など俺が忘れさせてやる。もう洞窟の隅で、深海で、ビルの託児室で、小さく体を丸めて脅威をやりすごすこともない。カタンが生まれ変わったら、故郷のイッシュにでも飛んでトレーナーの旅をしようか。誰も知らない地方で、俺に守られながらのんびりジム巡りでもすればいいんだ。
 ユノゥの尻穴にずっぽりと奥までちんこを差し込んだまま、電圧を最大限にまで引き上げた。宝石から射影された壁画がちぎれ、混濁し、ユクシーの絶叫とともにかき消えていく。快感と達成感、全能感に多幸感……得も言われぬ絶頂感に駆られ、俺は果てた。声を押さえておけるはずもない。体腔を反響するようなダミ声を漏らしながら、さらに深く刻み込もうとスリットをくいくい押し付けてみせる。
『ぅお、おッ、ぉおおお゛ッ……!!』
『――――っッッ!!』
 今までにないほど凄絶な射精。えらだけでは酸素の供給が間に合わず、口から荒い呼吸を繰り返す。腹から息をつくたびに、腸の形を変えてしまう勢いでちんこが跳ねて精液をひり出しているのがわかる。先端でさえ届かないユノゥの腹奥へ、濃密な子種を思いっきり注ぎ込む。幻と崇められるポケモンを、性欲処理の道具として、いやそれ以下に蔑むという背徳感に、背筋がゾワゾワと痺れるように震えた。今回限りなどもったいない、ユノゥが俺以外をしっかりと忘れるまで、何度だって刻み込んでやる。
 吸盤を外し萎んだちんこを引き抜けば、ぶぽ……と間抜けな音が空洞に響く。つい先程まで味わっていた全能感とは裏腹に、全身が固着されたかのように重く動かない。ばちゃっ、水たまりに身を投げ出し、抱えていた黄色の球体もゆるゆると手放した。
 ――ぱしゃん。
 何の気なしに見やれば、半開きにされたユノゥの、うつろで全てを見透かしたような瞳と、目があった。
 純真無垢な琥珀色をしていた。俺もこんな目の色をしていた時期があっただろうか。



 脱走計画はカタンが10歳になったと同時に始動した。いや、そのための知識は以前から蓄えていたのだろうが。
 ギンガ団では託児室での遊戯の一環として、シンオウ地方には生息せず、それでいてあっけないほど無害なポケモンたち――ハネッコ、イーブイ、シビシラス等々を少年少女に触れさせていた。数多のトレーナーをたらい回しにこの地へ流れ着いていた俺は、そこで彼女と出会った。
「触るとぎゅむぎゅむするのね。気に入ったわ」
 独特な擬音で俺の触り心地を表現した少女の目を見て、すぐに共鳴した。
 彼女は俺と同じだ。強欲な大人たちからいいようにそそのかされ、組織のエゴのため搾取され、不要になったら捨てられる。その三白眼が歪むとき、俺の体の奥底がどうしようもなく疼くのだ。
 カタンと呼ばれるその少女が、ギンガ団の元ボスの娘として大切に扱われていることは、他の団員の立ち話からすぐに察することができた。十数年前に失踪したというボス、アカギを盲信する部下も未だに多く、ある女幹部は彼の血を引き継ぐカタンを組織の頂点に仕立て上げたいのだそうだ。
 子供たちの相手を務めることになった非力トリオの中でもずば抜けて弱かった俺は、オーネストと名付けられたイーブイから散々な扱いを受けた。けれどカタンが守ってくれたから、どうにか託児室での居場所を確保できたのだ。俺も、カタンと同じだった。誰かに守られていないと生きていけない、か弱い存在。吹けばかき消えてしまうような孤独な背中でよりかかり、お互いを支え合ってきた。
 それでいて彼女は闘おうとしていた 生き残るためにはすべてを利用して、運命を忘れようと計画を練っていた。
 ある夜、託児室に敷かれた布団にふたりしてくるまって、スタンドライトの明かりに照らされていた。使い慣れた枕を脇に挟んで、カタンが肘をついて分厚い本をめくっていく。
「無知は罪よ。一生をお遊戯室で過ごすのは幸せかもしれないけれど、それはとてもずるいこと。知識は私に、自由に生きる手段を与えてくれるの。それがとても過酷な道だとしても。幸せに生きるのは、生きる道を選んでからがいい」
 シンオウ地方に生息するポケモンたちが、生理生態までつぶさに記載されている図鑑、そのページの最後の方。伝説や幻と謳われる神話の生き物たちのカラーイラストを、カタンはおずおずと触れるようになぞった。知識ポケモン、ユクシー。人間にさまざまな問題を解決する知恵を授け、また目を合わせたものの記憶を消してしまうと伝えられている。
 俺にはさっぱりわからなかった彼女の詩的なつぶやきは彼女自身に向けられていて、その固い意志を確かめているようだった。
 警備員の巡回が来て、そっとライトを消した。頭からかぶった布団の中で、彼女は小声で打ち明けた。
「私、ぼんやりとだけど、パパとママの顔を覚えているの」
 人間の記憶というものがどの時期から形成されはじめるか知らなかったが、それは残酷な告白だった。もやがかかったように朧げだけれど、彼女を取り上げた父親の顔は、ギンガ団のボスとは違ったと、確信を持って彼女は言った。
 このまま食い物にされるのは嫌。俺を胸に抱きしめたカタンは、全身で鼓動するように心臓を打ちふるわせていた。
 10歳になってもインターネット環境は与えられなかったが、カタンが得るべきだと考えた知識は大人に頼み込み、本をねだって託児室の蔵書を増やしていった。シンオウ神話の成り立ち、電池のしくみ、酸とアルカリの安全な中和法……どれも通い始めたトレーナーズスクールでは教わらなさそうなことばかり。
 知識は彼女に闘うすべを授けると同時に、彼女を不幸にした。昼はスクールに通い資格試験の合格を目指しながら、夜はギンガ団のしたっぱとして雑用をこなしていた。寝る前の貴重な自由時間に――どうしても読み進めたい本は布団に隠れながら――自由へすがりつくための知識を吸収していった。何も知らないままなら、数年後には悪くないポストに入れられていただろうに。
 綿密な計画が練られ、遂行までに2年の月日を要した。
 5日前、カタンはとうとう実行に移した。深夜も日付が過ぎた頃、俺は彼女から渡されたアメに吸い付くと、未体験の熱に襲われた。にゅるりと伸びた体を錯乱したまま暴れさせた。唐突に発達した鋭い牙で、何かを噛み砕きたくて仕方がなかった。
 暴走する熱が頭から過ぎていくと、俺は何かにかじりついていて、見上げるとカタンがぎゅっと目をつぶっている。口に広がる鉄の味に気づいて、俺は慌てて牙を外した。彼女の左手首から指先にかけて、疱疹のような赤い斑点が浮かび上がっていた。
『あ、ああ……すまない、悪いことをした。本当にすまないと思っている。だから――』
「心配しないで。進化するとき凶暴になるかもって、書かれていたから」
 荷造りを終えていたリュックの紐をほどき、救急箱を取り出した。消毒液と止血剤を手早く塗り込み包帯でくるむ。テキパキと片付けながら、カタンは俺の方を見向きもせず言った。
「左手が動かせない私の代わりに、やってほしいことがあるんだけど……」
 担がれた、なんて邪推する余裕さえなく。俺は進化の興奮とカタンへの贖罪から、慣れない体を突き動かした。保管庫のロックを電磁気で壊して忍び込み、雷の石を盗み出したのだ。
 さらなる進化の衝動は倉庫にあった段ボールの中の芝刈り機に当てつけた。それからゴム製品で身を固めた彼女とリュックを丸のみにした。圧迫感に吐き出しそうになるのを何度もこらえ、ディアルガとパルキア、2体が敢然と向かい合ったハクタイの彫像をすり抜ける。今どき他地方のポケモンなんて珍しくもない。深夜ということもあり、目撃者はいなかった。
 テンガン山の岩道をすり抜け、寒波吹きすさぶ夜の216・217番道路を疾駆した。入念に教えてもらった道順でも、横殴りの雪に視界を阻まれすぐに勝手がわからなくなる。その時はただ、カタンの期待に応えるため、カタンに見捨てられないようにするためにただひたすらに身を踊らせた。足がつくのを恐れスキーヤーのロッジにも寄れず、エイチ湖のほとりの小屋を運よく見つけたときには夜明けが近かった。その間じゅうカタンは、ゴムの防護服越しとはいえ俺の胃液に揺られていたのだ。
 今思えば、ずっと前からカタンはシビシラスの最終進化系はどうなるのか、知っていたに違いない。初めて会ったあの日、イーブイやハネッコといかにも可愛らしいポケモンを差し置いて俺が彼女の手に包まれたのは、この日のために最も成功する確率の高い脱出手段を確保するためだった。組織の捜索範囲外まで逃げ延びるには、胃酸で溶かされながらも最も困難な雪道ルートを突き進むことが最適だからだ。
 そして彼女の目論見は、ほとんど成功に近い形で大成しようとしている。
 だからこそ恐ろしかった。彼女が俺を守ってくれていたのは、俺が道具として有用だったからなのか? 心のどこかでカタンを信じられなくなっていた。共に託児室で過ごしてきた約2年の歳月が、あまりにもぐらぐらと揺らいでいた。俺は彼女の心うちを何も知らなかった。無知は幸せだが、それ以上に罪だ。彼女が口ずさんだ詩がようやくありありと理解できた。
 見限ったカタンが、いつ俺を切り捨てるか分からなかった。今日のように追っ手に捕まりそうになったとき、毒薬か何かで殺されることだって十分に考えられた。俺が連れ去ったのだと責任をなすり付けケジメを取る算段かもしれない。だって、進化して「おめでとう」のひと言もないのだ。俺はただの隠れ蓑。姿を隠す袋になると同時に、組織の目を欺くための身代わりになる、融通の利くアイテム程度にしか思われていないかもしれないのだ。
 だからこそ、彼女を手に入れたかった。ラジオでギンガ団の動向を伺い、いつ見つかるか分からないそら恐ろしさを宿す三白眼が俺にはたまらなかった。その目で俺を見てほしかった。畏怖に縛り付けられている彼女を、どうにか俺になびかせたかった。ひとは恐怖よりも快楽に囚われやすい、とはどこから得た知恵だったか。心の隙間に付け入るように交尾にふけった。彼女がくれる愛は本物であるのだと、確かめずにはいられなかった。
 今日の睦みあいで、確信した。彼女はしっかりと俺を愛してくれている。人間とポケモンの垣根を乗り越え、虐げられてきた者どうし支え合って同じ道を歩もうとしてくれている。ああ、俺が馬鹿だったよ。記憶の中で彼女に謝ると、いいんだよ、なんて彼女がつり目の三白眼をつぶらにしてくれる。
 ようやく自由を掴み取ったその笑顔が、ほわりと淡い光に包まれた。丸く象られた輪郭が、水面に昇りゆく泡のように白くにじんでいく。白の空間に浮かんでいた彼女を映すムービーがじりじりと途絶え、ぱつん、ぱつんと消えていく。
 どうやら俺はもう、彼女と過ごした記憶を思い出すことができないらしい。



 目が覚めた。
 いやに疼痛を訴える腰をどうにか引き起こし、朦朧とする意識をしゃんとさせる。
 ほら穴の外には湖が揺蕩っている。目を焼くような雪の照り返しが差し込んで、何もない壁面を明るくしていた。
 ついさっきまで誰かと一緒にいたような気がして、ずきり、と頭が痛んだ。俺は……、俺は、こんなところで何をしていたんだったか。
「あ……」
『……?』
 声が反響して、俺は外の方を見た。
 寝巻きにコートをつっかけただけの少女が、しもやけで顔を腫らしながらそこに立っていた。腰までずぶ濡れで、すぐそこの極寒の湖を渡ってきたらしい。俺を見つけると、水を吸ったブーツを引きずりつつ抱きついてくる。
「いた……、やっと見つけ、た……!」
 新雪よりも白い彼女の指が、俺の鰓裂をか細くなぞる。震える指先がくすぐったく、次にその冷たさにぎょっとした。氷ポケモンでもなければ、すぐにでも温めないと命に関わるほどの凍傷だ。
 口の中で火炎放射を焚き、抱きついてくる彼女を乾かしてやる。だがいつになっても湿り気が収まる気配がなかった。俺の胸に押し付けられた顔が、泣き腫らしていた。
「よかった……よかったぁぁっ……! 私、ほんとに心配したんだからね!? ギュムがいなくなったら、私もう……! もう、もういいの、ユクシーのことは諦めよう? 組織に戻って、またふたりで一緒の布団で寝よう? 私が謝れば、今回のこともちょっとした家出で済ましてもらえると思うから。だから……だから、もう、戻ろう」
 ふたりで肌を寄せ合って、初めてのはずなのに、なんだか懐かしい。以前に同じことがあったかと思いを巡らせて、ずきり、ひびが入ったように頭が痛んだ。気づけば俺も泣いていた。
 どこかで会ったことのあるらしい人間の少女の名前を、俺はついに思い出せなかった。




End




あとがき

さてシビルドンってかっこかわいくないですか? と思ってwikiを全文検索してもほとんど出てこない……ということで書きました。不定形で電気が操れて丸呑みまでできちゃう。素敵。性的。目の横の鰓裂がぺかぺか光ったり、XYでは鯉のぼりになっていたり、可愛いことこの上なしですね。
ユクシーはこれでえっち作品かくの3回目……でしたか? DPtで登場してから惚れ込んでいる子のひとりです。なんというかすごい好きー! というよりずっと心の隅からひっそりと見守ってくれるようなスキ感……めちゃくちゃにしちゃいましたけど……酷い目にあってほしい幻ポケモンNo.1なので仕方ない。脳みそむき出しにしたデザインとか脳姦してくださいって言ってるの??? じゃあやる!
脳に穴開けてちんちん突っ込むのが正式な脳姦らしいのですが、そんなグロくするつもりもなかったのでこの形に落ち着きました(でも通電はしたい)。割合読みやすかったのではないでしょうか。ウツロイドの触手なんかでクチュるのとどっちがいいかけっこう悩んだりしたのです。
わたし自身そんな記憶どうこうに固執しているつもりはないのですが、そんなテーマが気付けば多いです。汎用性たかいから扱うのが簡単ってのもあると思うのですけれど。今作は命よりも大切なものを奪いたかったので記憶を焼き消しました。作者の私からも消えている記憶……? ジャメ……じゃめ……ウ゛っ




大会のときいただいたご感想にお返事します。


・最初こそゆっくりした雰囲気で進んでいくようで、中盤からどんどんクレイジーさをむき出しにしていくいつもの展開に痺れました。 (2019/03/29(金) 18:39)

倒錯的な衝動とか書きたいなーって思うと文章ながくなっちゃうんですよね……。マニューラサンダースあたりのシーンめちゃくちゃ駆け足だったのですが、ついてきてくださってありがとうございました。いつも……? いつも展開は工夫しているので、そう評していただければありがたい限りです。


・UMAかわいくていじめたい……を満たしてくれる作品でした。うーんかわいい。 (2019/03/30(土) 21:43)

生意気なショタマスコットってどうしていぢめたくなるんでしょう……。本作は脳姦シーンからつらつら書いていたのですがそこで張り切りすぎて満足してしまった感あります。ユクシーでvoreもしっかり書いてみたかったのですが、人×ポケの濡れ場でシビルドンの腹に収まっているという状態の方がソソったのでカット。そのあとの「口の中を描写させる」描写で満足しちゃいました。voreる側の視点で生み出された苦肉の策です。またの機会があればちゃんと、呑まれる側からも書きたいですねえ。


・一番性癖が詰まっていた (2019/03/30(土) 23:43)

そんなぁやだナァ異種和姦voreと電気責め脳姦だけですよ……あと暴力流血失禁皮下組織の描写ですか。あれっ私の性癖、詰まりすぎ……?


・官能&グロ表現と、これぞまさに変態小説大会! というのがすごく印象的でした。もやもやとした何とも言えない余韻の残るラストも良かったです。 (2019/03/30(土) 23:59)

書いていてしみじみ痛感したのですが、ストーリー展開は私が2年前に書いた『青いとげ』そのままなのですよ。ラストの主人公の独白で伏線いっきに回収するとか。成長してないな……いやしかしあちらは一人称二視点だったのが今回一視点にまとめられていたと思えばまぁそれはそれで面白い……ということで。ラストはすっきりしないのがシビルドンくんにはお似合いかなって思いました。



作品を読まれた方、投票してくださった方、主催者様、ありがとうございました。


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Last-modified: 2019-04-27 (土) 09:29:16
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