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不器用なこの手で幸福を

/不器用なこの手で幸福を
前:不器用なその手に幸福を
後:不器用なこの身にご褒美を



 私がまだパラスだった頃、私はひとりで仲違いをしていた。
 日光浴をしようと森を抜ければ、喉が渇いたと肢が戻る。体を休めようとうずくまれば、まだ戦えるぞとハサミを振るう。キノコの意思とムシの意思がまるで違うものだから、ひとつの体を取り合って私は支離滅裂な言動を繰り返してばかりいた。森のポケモンたちには気味悪がられる日々で、そのせいか天敵の鳥ポケモンに見逃されたこともある。何事もなく過ごせた日など、両前肢()の爪で数えられるほどしかなかっただろう。
 それでも、ムシもキノコも同じことを考えたときがあった。3度前の春のこと。血気盛んなムシが無謀にも、西の森に君臨するドラピオンに挑もうと飛びかかっていったことがあった。キノコの必死の忠告もハサミで斬り捨て、結果、私はほとんど相手にされることもなく打ちのめされた。
 ムシの甲殻は硬い爪でこじ開けられ血を流し、キノコは毒液の沼にひたり栄養を補うどころではなかった。負けん気の強いムシも、今度ばかりは丸い眼の視界をホワイトアウトさせていた。キノコは生きる意志を石づきもろともへし折られた。一面の桜敷きで最期を迎えるのならそれはそれでいいかな、と諦めてさえいた。
 ああ死ぬんだな、と私は思った。
 しかし目を覚ますと、私はまだ息絶えていなかった。けれどどうにも動けない。わずかに残っていた栄養をキノコがムシに渡し、ムシが躍起になって肢をうごめかすと、柔らかい手の感触が私をそっと押さえこんだ。ムシの眼が光を捉えるようになると、かすんで見えてきた顔が安堵の声を弾ませた。
「あ、起きたんだね。具合はどうだい」

 それが、レディアンさんとの出会いだった。



不器用なこの手で幸福を

水のミドリ





 レディアンさんはうろの空いた木の根元に背を預け、地面にのびる私を抱きかかえていた。1対のキノコは彼女の白い手で撫でられていて、ムシの顎は象牙色をした彼女の腹へ枕がわりに乗せられていた。まるでクルミルが母親の脚をよじ登るような甘え方。キノコは申し訳なくて離れようとムシをせっついたが、ムシはけっきょくレディアンさんの柔らかい腹部に沈んだままだった。
 レディアンさんの片手が痛ましげにムシの甲殻に添えられて、そこはちくりとするところ。思わず振り返れば患部は絹の布で覆われていて、木の幹に止まったドクケイルさんの口から糸が伸びていた。
「れいちゃん……俺もう体の繊維がなくなりそうなんだけど。ちょっと葉っぱ食べてきていいか」
「いいからどっくんは糸を吐くんだ。進化したって繭づくりは十八番だろう。まさかマユルドだった頃を忘れてしまったのかい?」
 レディアンさんの右の中肢は尖った石を握っていて、カゴの実を割って作った椀でヨモギをすりつぶしている。搾られた青い汁はドクケイルさんの吐き出した糸に染みこんで、繭糸のガーゼにあてられた私の甲殻から血を止めていた。
「お、おれ……、どうなって」
 まだパラスだった頃の私はムシの意識が顕性を示していて、当時の口調は少々尖っていた記憶がある。苛烈な戦闘でひしゃげた爪を開こうとして、前肢に鋭い痛みが走った。彼らの手厚い保護のおかげで一命は取り留めたものの、重体であることには変わりない。
 不安げに見上げる私に、レディアンさんが微笑みかけてくれる。
「なに、心配しないで大丈夫だ。怪我が治るまで、ボクが看病してやろうじゃないか。にしてもキミは無鉄砲だね、こんなになるまで戦ってさ」
 そのとき初めて、ムシもキノコも同じことを考えていた。レディアンさんが好きだ。私ははじめて、恋をした。身が裂けるような、いや、心がひとつになるような、恋だ。
 けれどそれは実らないのだと、私はすぐに思い知らされた。容体が回復するまで、私は彼らに食糧と寝床を分けてもらえることになった。3匹で暮らす数日のあいだ、恋い焦がれていた私はついレディアンさんを目で追っていて、そして気づいてしまったのだ。レディアンさんの視線は、私とドクケイルさんを見るときではその気色が違う。話す声のトーンも、彼女自身は気づいていないだろうが少し上ずっている。早起きな彼女がドクケイルさんを起こすときのスキンシップの過激さは、恋煩いをしている私が思わず目をそらすほどだった。ふたりの間に、私のつけ入る隙などなかったのだ。しかもドクケイルさんはレディアンさんの好意に気づいていないところがまた心苦しい。
 あれは梅雨に入ってすぐのことだっただろうか。森に迷いこみ飢えた鳥ポケモンが、レディアンさんに襲いかかったことがあった。
 近くの餌場まできのみを採りに赴いていた私とドクケイルさんは、聞き慣れない彼女の甲高い悲鳴に集荷を放り捨てていた。藪を切り裂いて駆けつけた広場には、地面にうずくまるレディアンさんに覆いかぶさるアオガラスの影。
 それを認めた途端、ほとんど完治していた私の体が無意識のうちに翻った。ムシは鈍足の6本肢を全速力で掻きあらげ、キノコは接敵と同時に粉塵を噴き散らした。レディアンさんを助けなきゃ。ムシもキノコも死に物狂いで奮い立った結果、私は胞子の弾丸となって無頼な鳥ポケモンを撃ち落とした。
 衝撃と催眠で昏睡するアオガラスの首へ突き立てようとしたハサミを、いつも私を優しく包んでくれる白い手が遮る。慌てて閉じたハサミをやんわりと握られて、私は困惑した表情を彼女へ向けるしかない。
「でもだって、こいつは、あ、あんたを……!」
「いいんだいいんだ、ほらレディアンって、鳥ポケモンの間じゃ食べても美味しくないって有名らしいし。それでもボクを襲ってきたってことは、彼もよほどお腹が空いていたんだろうよ。どっくん、きのみはちゃんと摘んできたんだろう? いちばん栄養のあるやつを分けてあげるんだ。ほらそれ」
「えぇ……俺が楽しみに見つけたヤツなんだけどな……」
 投げ出したきのみを取りに戻っていたドクケイルさんが、不器用そうな手に抱えたオボンを口惜しそうに眺める。それをひったくったレディアンさんが私に細かく切るようにせがんだ。
 彼女の頼み事を断る理由もない私は、せっせとオボンにハサミを滑らせていく。私の肢より細くした果肉を衰弱した襲撃者の喉に流しこんでいると、私の背後でレディアンさんが喜悦にまみれた声をあげた。
「ああ、ありがとうドクケイル君。キミのおかげで助かったよ……!」
「ちょ……、レディアン重いって!」
「………………」
 レディアンさんに手当てしてもらったあの傷が開いたようで、ぐちゅり、くちばしの中でハサミが震え果汁を迸らせた。
 アオガラスは相手の力量を推し量り、格下の獲物を的確に仕留める習性がある。あとから聞けば、レディアンさんはもちろんドクケイルさんも戦闘はめっきりなのだそう。私が強くならねばならない、せめて彼女を守れるくらいまでには。
「世話になった、おれはもう行かなくちゃ」
「パラスくん、また旅に出るのかい? もっとゆっくりしていけばいいのに」
「……強く、ならないと。強くなって、また戻ってくるからな、ドクケイル」
「……? ああ、達者でな」
 レディアンさんにはドクケイルさんがついている。私の立ち入る隙間なんてありはしないのに。矛盾した私の心情から目を逸らして、傷がふさがるとすぐに私は西の森を離れ旅に出た。ハサミで未練を断ち切るようにムシはバトルに明け暮れたし、キノコもそれを止めなかった。私は強くなった。
 あれから2度目の春。どうしてもレディアンさんのことが忘れられず、私はのこのこ西の森へ帰ってきた。道中メェークルに食べられかけていたヒマナッツを助け出し、彼女は私をとても好いてくれたのだが、旅の途中ですので、とムシが跳ねのけた。キノコはかなり残念がっていたけれど、レディアンさんに再会したいだろ、とたしなめられ、押し黙った。西の森まですぐのところに来ていた私は、さして速くもない6本肢をわさわさとうごめかした。
 レディアンさんをひと目見て、諦めるつもりだった。もしかしたらドクケイルさんとの子も生まれているかもしれない。それを見ればいやでも吹っ切れるだろう。命の恩人たちの幸せだ、嬉しくないはずがない。現実を受け止めて、私はまた放浪する、はずだった。
 しかし私が目にした光景は、まるで想像だにしていないものだった。忘れるはずのない西の森のあの広場で、枝から散り落ちた桜絨毯に肢を投げ出して、レディアンさんがうろの空いた木にもたれていた。
 ぼーっと雲の流れる青空を見上げ、何をするでもなくそこにいた。体はやつれ、頬は痩せこけ、きっと何日も食べていないのだろう、その群青の複眼は何も映していないようだった。満身創痍で、外敵から襲われない方が不思議というくらいだ。目の前に現れた私が、一瞬誰だか分からないふうだった。
 言葉を失った私の顔に焦点を結んで、彼女はようやく首をもたげた。いつものシニカルな口調で開かれたレディアンさんの口から溢れたのは、ただの乾いた笑い。
「どっくんが、いなくなっちゃったんだ」
「そう、なのか……」
 目じりを潤ませる涙は、いつから溜まっていたのだろう。私はそっとハサミの甲で払ってあげて、おそるおそる抱きしめた。いつか傷の手当てをしてもらったように、私も彼女の心の穴をふさぐことにしよう。また、ムシもキノコも同じことを思った。
 それから、レディアンさんと私はともに暮らしはじめた。
 進化を経て、ムシの意思よりもキノコの意思が優先されるようになった。日差しの照る草原よりも、鬱蒼とした藪の中を好むようになった。梅雨入りに初めて迎えた発情期は、それはそれは大変だった。次第にレディアンさんは元気を取り戻していったが、時折見せる物憂げな表情に、私はプロポーズの言葉を言えないでいた。彼女はずっとドクケイルさんを探している。彼女の複眼は、私の顔に彼の面影を透かして見ているのだ。
 秋の終わりに、ドクケイルさんが戻ってきた。そしてまたどこかへ行ってしまった。とにかくそれで、レディアンさんは以前の明朗さを取り戻せたのだ。私たちは晴れてつがいになった。
 彼女と過ごす2度目の梅雨に、めでたくタマゴが誕生した。4つ子だ。私とレディアンさんの子。西の森からさらに西へ移したすみかで、今、私はひとり子守りをしている。
 平地でせせらぎも穏やかなちょっとした沢、程よく湿度の保たれた苔岩のすき間にできたくぼみ。絵描きのドーブルが好んでスケッチしそうな景勝地の中に、私たちは根を下ろした。元来せまい空間を好むレディアンさんに合わせて、巣穴の土はあまり削らず落ち葉を敷いただけの新居。肩を寄せ合って越冬したのだが、梅雨に入りタマゴが誕生して、さすがにそうも言ってられなくなった。レディアンさんが留守にして時間を持て余しているあいだ、周囲の土を削りタマゴが転がらないよう収められる溝を作っていた。
「こんなものでしょうか」
 独りごちて、土を盛った巣穴の入り口から霧雨の外をぼんやりと見上げる。甲殻にまとわりつくような湿っぽさは、音もなく針葉樹のあいだを柔らかな白で満たしていた。だいたい日暮れ頃だろうか。乾燥しないのはありがたいが、何も食べていないせいで空腹だ。――ちょっと翅を延ばしてくる、とは言っていたけれど、さすがにそろそろ帰ってきてほしい。
 私の願いが通じたのか、霧の奥にうっすらと影が映る。聞き間違えるはずのない翅音、レディアンさんだ。畳んでいた6本肢を展開して、私は巣穴から身を乗り出した。浮ついた翅どりで近づく彼女は、元気そうに4本の白手をわさわさと振っている。
「やあ、ずいぶん待たせたねパラくん! はいこれお土産」
「……もう丸5日ですよ、どこまで行っていたんですか」
 私のハサミに噛ませるように乗せられたのは、赤々としたクラボの実。かつて私たちが暮らしていた西の森には、よくこれが実っていた。ということは、である。彼女の翅で急いでまる1日はかかる距離だというのに、レディアンさんは往復2日もかけてそんな遠くまで出かけていた。産後で養生しなければならない時期なのに、私をひとりにして遠出した理由が気になる。とても。
 怪訝に見上げる私の目線に、レディアンさんはむず痒そうに肩をすくめてみせた。
「ほら、仲のよかったツボツボちゃんにも黙って移住しただろう? 分けてもらっていた木の実ジュースのお礼も伝えたかったしさ、久しぶりに西の森まで遊びに行ったんだ」
「…………それで?」
 しばし沈黙。続きを促す私の強情な視線に耐えかねたのか、ひらひらとかわすように私の脇をすり抜け、巣穴へと入っていった。土壁が少し広くなっていることに驚き、貯めていた食料が底を尽きていることに驚き、わざと大きなリアクションで私のご機嫌な反応を誘う。が、難しい表情を崩さないまま巣穴に入ってきた私に、観念したようにレディアンさんが眉を下げた。
「いやあ驚いたよ、西の森のあの広場にさ、ドラピオン君だけでなく、コロトック君やテッカニン君までいるんだもの。遅すぎるお花見だってさ、偶然!」
「とても嫌な予感がするのですが」
 コロトックさん、テッカニンさん、ドラピオンさん。この雄たちは前の秋、ドクケイルさんが戻って来た夜に集まった面々だ。何があったかなんて思い出したくないし、彼らにまたレディアンさんが密会していたなんて、考えたくもない。
 苦虫を噛み潰したような私を上目遣いに窺いながら、レディアンさんはおそるおそる白状した。
「うん、ヤっちゃった」
「ウッソでしょ……」
 ……ああ、吐きそうだ。なにも食べていないのに胃がひっくり返りそうになる。握っていたクラボの柄が断ち切られ、ころんと巣の外へ実が転げ落ちた。拾って食べる気にはなれなかった。
 へなへなと巣穴の入り口で崩れ落ちた私を介抱するように、レディアンさんが安心させようと弁明してくる。
「もちろん最後は外に出してもらったよ。フィニッシュはこの手か、あと口でヌいてあげたさ。なに、パラくんが心配することはない」
「そういう問題ではないですっ! というかその口ぶり、ちゃんと交尾までしちゃってるじゃないですか……!」
 彼女の帰りを待つあいだ心配していた最悪の事態のうち、これはかなり最悪に分類されるものだった。やはり、レディアンさんを自由にさせるべきではなかったのだ。発情期のあいだタマゴを産んでは身篭るを4度も繰り返していた彼女はほとんど動けず、木の実をとってくる私に愚痴をこぼすことしかすることがない、と愚痴をこぼしていた。産卵を終えた彼女が翅を伸ばせるよう私が代わりにタマゴを見守っていたのだが、それが裏目に出た。顔なじみに会ってくる、とだけ言い残してふらっと出て行ってしまったところを、私がもっと釘を刺しておかなかったせいだ。
 怒ろう。今度こそは怒るべきだ。だいたいレディアンさんが奔放を極めているのは、私が彼女に流されているからだ。叱責するセリフを口の中でまごまごとこね回し、いざ彼女にぶつけてやるんだと顔を上げた。
 巣穴の中央、なだらかにへこんだ落ち葉敷きに横たわって、レディアンさんが悩ましげに身をよじっていた。あられもなく晒されたクリーム色の腹、その中央に走る縦筋を、意味ありげに白手がなぞっている。熱にうなされたように自らの頬に当てられる片手。また他の2本は、指を丸めていかがわしいジェスチャーを作っている。
「どうだい、羨ましがり屋なパラくんも、ボクとえっちしたくなっちゃったんじゃないかい?」
「――――ッッ、え、ええ、今すぐにでも」
 怒鳴り声が喉の奥までせり上がってきて――吐き出せずに飲みこんだ。代わりに口の端から漏れたのは、情けなさを隠しきれない肯定の返事。また、彼女に流される。やり場のないわだかまりが、促された性衝動としてむくむくと急速に膨れ上がっていった。
 私が許したのだと思いこみ笑顔になったレディアンさんが、諸手を広げて飛びついてきた。いつも交わるときは彼女の白手をじっくりと舌で愛撫することから始めるのだが、今の私はそんな前戯をこなすつもりはなかったし、それは彼女も同じようだった。背中のキノコに前肢でしがみつき体を預けながら、私の眼前にさらけ出した股ぐらをちいさく揺すっている。
 中肢の白手で、くぱ……と開帳させられた秘所から、彼女のにおいとともに肉の花びらがさらけ出された。情事でなければレディアンさんは可憐であどけなく、だからこそ不自然に成熟したここがひどく私を惹きつける。鼻頭にすり寄せられるそこへ、私はそっと舌を伸ばした。彼女を愛せないハサミの分まで、舌先で肉園をかき混ぜてやる。
「ん……、そういえばあの3匹、だれもボクのを舐めてくれなかったな。ボクはさんざん口でシてあげたというのに」
「……やめてください、聞きたくないです」
 くねくねと押しつけられる虫孔に、私は無心でむしゃぶりついた。とがらせた舌で肉びらを掻きわけ、次第に充血してくる秘所へ満遍なく唾液を塗りつけていく。小さな肉鞘を舌先でどかし、剥きだされた陰核をざらざらと舐めこする。大口を開けて小陰唇を包みこみ、染み出してきたぬめりを吸い上げる。ドラピオンさんのあの、雌を壊しかねない凶悪な魔羅も受け入れたのだろうか。肉びらが締まりなく拡がり赤く腫れている気がする。虫孔を入ってすぐの肉壁を、火傷跡をやさしくなだめるように何度も丁寧にぬぐっていく。
「ぁ……あは、やっぱりパラくんはボクの好きなところをちゃんとわかってくれているんだねぇ。んっ、いいよッ、はひ、ひぁぁ……っ」
「…………」
 数分と経たないうちに、木漏れ日のような嬌声とともにレディアンさんはいきなりキノコの笠をぎゅっと抱きしめた。舌をつけたままの虫孔が、とってきた魚の口のように濡れた音を立てて開閉する。軽く達したらしい。以前レディアンさんは疲労がたまっていると果てやすいと言っていた。昼夜飛び続けて戻ったからだろう。もしそうだとすれば、あの3匹と寝たときも――
 難しい顔をしていたのだろう、抱擁する手を放したレディアンさんが熱に浮かれた瞳で促してくる。彼女の4つの手に押され、私は背中のキノコをムシの背に敷くように仰向けになった。ムシの甲殻からつながるキノコの石づきがひしゃげて少し痛む。自分では起き上がれない、無防備な体勢を彼女に晒す。
 裂傷のようにばっさりと横へ割れた体節、中から押し開くように盛り上がった肉膜へ、レディアンさんは慣れた手つきで指先を差しこんだ。くぬりくぬりとほじり回し、お目当てのものを探し当てる。余った手で虫孔を上下に押し開くと、勢いで飛び出した肉塊の先端を躊躇なく引きずり出した。
 ぶるん、と目の前でしなる私のペニスに、レディアンさんは複眼をきらめかせる。
「うわ、パラくんもうガッチガチにしているのかい。これはさすがに興奮しすぎだろう」
「……当然じゃないですか、私は3ヶ月もずっと我慢してきたんです。他の雄と遊んできたあなたと違って」
「まだ言うかい? にしてもパラくん、たまには洗ったほうがいいぞ。キミのハサミが不器用なことは知っているが、垢がたまりすぎて鼻が曲がりそうだ」
 小馬鹿にした口調とは裏腹に、レディアンさんは今にも肉棒にしゃぶりつきそうな目をしていた。垂れかけた涎を拳で拭い、発情を楽しむ雌のように顔がとろんとし始めている。ペニスの先端をやわく握りながら、ふうぅ……と裏筋に生暖かい息を吹きかけられた。ぞくぞくぞくっ、敏感な肉への久しぶりの刺激に、背中のキノコまで快楽のきざしが迸る。
 気を抜けば気持ち良さに声がくぐもりそうだった。あくまで冷静を通しながら、活魚を掴み取りするようにペニスを押さえこむレディアンさんへ当てつける。
「……他の雄には、どんな風にしてあげたのですか」
「分かっているよ、同じことをして欲しいんだろう? キミはいつまでたっても羨ましがり屋さんだ」
「……」
 彼女の細腕よりも太ましい肉幹を、レディアンさんは唾をつけた片手で握りこんだ。信じられないほど柔らかい手のひらで心地よく扱かれ、まだ閉じた笠を温めるように指の腹がくすぐってくる。大好物の木の実を偶然見つけたように笑ってしまっている口が、つぷ、薄くも最上の唇で吸いついてきた。
 初めてしゃぶらせたとき、レディアンさんは小さな口でペニスを丸々咥えこみ、唇で笠を引っ掛けて遊んでいた。これがやりたかったんだよ、となぜか得意顔だった彼女を、私はすぐに辞めさせている。内側から膨らんで延びる頬がひどく淫らがましく、奥まで飲み込もうとするレディアンさんの細い喉が破れそうで怖かったからだ。彼女が口を離すまえに、私は我慢ならずきゅうきゅうと締め付けてくる喉奥へ精を注いでいたのだが。
 笠頭へ濃密なキスをしたまま、レディアンさんはすぼませた上唇で鈴口をほじる。カゴの実の器から酒をすするように淡く吸いながら、ちろちろと舌先で裏筋をくすぐられると、鋭い刺激に肺のあたりがひきつけを起こした。堪えたような吐息が私の喉から溢れて、それを聞きつけたレディアンさんが口の端を小さく持ち上げる。ペニスに接吻したままの口許へ、かじかむ冬の朝のように両前肢を寄せた。ぷくりと開きはじめた笠裏に白指を沿わせ、私に見せつけるように溜まった恥垢を丁寧に掻き出していく。中肢のひとつは虫孔からペニスの石づきをほじり出し、肉幹をゆるく握ったもう片手は前戯めいた速度で上下する。こうした4本の白手と口での愛撫は、あの3匹はしてもらえなかっただろう。そう思っただけで、びくっ、血流の増したペニスを大きく脈打たせてしまう。
「そういえば初めて手でヌいてあげたときは、パラくんの種族は悪いキノコに意識を体を乗っ取られてしまうことがあるのだと、不正確な知識をボクが思いこんでいたんだったな。キミの虫孔から飛び出したちんぽを引っこぬいてやろうと強く握ったらどんどん大きくなっていってさ、あれにはビックリしたよ。あは、いま思えばこれは確かにわるいキノコだね、ボクをこんな淫乱なメスに仕立てあげてしまってさ」
「そ、それは……っ!」
 4本腕の熾烈な攻めに耐えていた私は、予期していない口撃に声を震わせていた。否定できなかった。1年前のレディアンさんは性に関してはほとんど無知で、それをいいことに私は自慰を手伝わせていたのだ。それが元凶だったのだと、彼女の淫らさを目の当たりにして思う。進化した時期が梅雨で壮絶な発情に襲われていたとはいえ、何も知らない白手にペニスを握らせたのは全くの間違いだった。
 器用なレディアンさんが知識を吸収するのは早かった。その手は私の弱点を暴き、技術を掴み、心を掌握していった。そして残りの手が他の雄のものに伸びていくのを、私は止められなかったのだ。
「あは、パラくんのはこんなにカチカチになるんだったかい? 見た目はキノコなのに、硬さはまるでタケノコじゃないか」
「……他の雄と比べるのは止めてくださいって」
 笠裏から汚れをぬぐい落としたレディアンさんが、満足と期待に複眼をきらめかせた。後肢の膝を立て、私の腹をまたぐ。彼女の秘所に押し倒された私のペニスが、裏筋あたりの笠首で彼女の陰核を引っかけていた。擦れあうお互いの敏感なところ。引きかけていた熱を取り戻すように、レディアンさんが腰をくねらせ局部を触れさせる。ピンと勃った陰核で笠を持ち上げようとするたび、彼女が吐息を震わせた。
 もどかしげな私の視線に気づいたレディアンさんが、妖艶に笑ったまま少し体を引き上げる。つとめて反ろうとするペニスを片手で握り、カウパーを噴く笠先に秘所で蓋をした。交尾を焦らされた性器は本番を待ちかねていて、ちゅく、蜜のこねられる露骨な水音は下手な炎技よりも芯を灼く。こうして天を衝く私のペニスにレディアンさんが座る体位をとると、ちぐはぐなサイズの性器がまざまざと目に映る。初夜から数回は大きすぎるペニスの挿入にレディアンさんは目元を歪ませていたけれど、今ではもう私の形になじみ受け入れるようになった。私の腹に着いた中肢で体重を支えながら、彼女は慎重に腰を落とした。
「は……っあは、うぅ」
「……っくあ」
 久しく味わっていなかった感覚に、声を押しとどめておけるはずもない。繋がったね、なんて言いたげな快美にとろけた顔で微笑まれると、私もつられてだらしなく破顔してしまう。
 彼女は虫孔の浅いところが弱い。ペニスの先端までを咥えこむと、後ろ手に中肢をついて腰を突き出す姿勢をとった。後肢を膝立ちのまま器用に腰をゆすり、膨れた笠で膣壁を何度もひっかかれるようにするレディアンさん。押しこまれるより掻き出されるときの感覚が心地よいらしく、鼻にかかった喘ぎが巣穴にこだまする。それは私もだ。笠の縁でぞりぞりと彼女の肉ひだを1枚ずつ撥ねていく激感、それをもっと気持ちよく味わえるよう先走りで内部を湿らせていく。
 くちゅ、ぷちゅ、あくまでゆっくりとした調子で、抽挿が何十往復と続けられる。丸見えの結合部では、限界にまで拡げられた膣口の肉膜が私のペニスを貪るさままでありありと分かってしまう。膨らんだ笠首に掻き出された愛蜜がじっとりと柄を濡らし、根元の石づきまでペニスを伝い落ちてきている。
「レディアンさんだって、すごい興奮してるじゃ、ないですか。私のにまとわりつく愛液の量がっ、尋常じゃない」
「あ、はう、ぅ……、パラくんも、言うようになった、ねえ……っ」
 今になって気恥ずかしそうにはにかんだレディアンさんが、私の視線を遮るように体をしなだれてくる。両前肢で私の背中のキノコを掴み、へりに顎を乗せた。蕩けた顔を私に見せないつもりらしい。代わりに彼女のクリーム色の胸が差し出されたので、顔をかがめて舌で汗をさらってやる。ぷに、と彼女の手ほどではないが柔らかい感触。少し首の甲殻が軋むが、ひゃあ!? と似つかわしくない嬌声が聞こえたので、体節の痛みも興奮のスパイスになり変わった。ナメクジのような粘着さで、マーキングするようにレディアンさんの胸をねぶっていく。
 同時に、重心が頭のほうにずれたおかげで尻先が軽くなっていた。6本ある私の肢すべてで彼女の丸い腹に抱きつき、膣を下から軽くかき混ぜる。ああぁッ、高いトーンが頭上から響き、頭上のキノコを掴む彼女の握力がクシャっと強まった。
 レディアンさんが腰を落とすのに合わせて、呼応するように私も尻先を突き上げる。にちゅにちゅと同じリズムを刻むのにも慣れたもの。入り口をこするだけだった抽挿を深く、ふわふわの膣奥まで届くようにしていく。ペニス全体を甘噛みするような容赦ない快感、手よりも柔らかな肉壺に包まれて、もう彼女の胸を舌で愛撫する余裕なんて抜け落ちていた。
「ん……ッ、おまんこ掻き出される感じ、やっぱりこれすご……いっ、もうイきそ……!」
「っぐ、う、ぅ…………!?」
 不意に、彼女が腰を深く落として硬直した。すんでのところで射精をこらえていたペニスの笠首が、きゅうきゅうと引き締まる肉ひだになぞられる。虫孔どうしをすり合わせるほど深い結合を解こうとして、襲いくる快楽に私は必死で顔をしかめていた。笠先が彼女の虫孔から抜け落ちるのを待たずに、とぷん、ペニスが大きく1度跳ねる。押しとどめられずに数度続いた淡い痙攣に合わせて、彼女の膣へ白濁を滲ませてしまった。
 レディアンさんがそれに気づかないはずもない。絶頂の余韻に浸りながら、不覚にも精を漏らしてしまった私へ呆れたような視線を送ってくる。
「本当に我慢してたんだねえ。これだけでキミが出しちゃうなんて、珍しいこともあったもんだ。しかしやっぱりパラくんのちんぽ()、こうするのが1番キモチいいね。……あ、雨も上がっているよ」
「…………」
 腰を持ち上げ結合を解いたレディアンさんが、確かめるようにぐにぐにと自らの虫孔をいじる。黙ったままの私を前肢で引き起こし、満足げに大きく伸びをした。岩のすき間から水浴びに出ようとする彼女を、私はハサミで乱暴に掴み――引き倒した。
 雲も晴れたのだろう、巣穴に星明かりが淡く差しこんでくる。私の影に収まったレディアンさんの顔が、暗がりで小さく引きつった。
「いっ、痛いじゃないか……、どうしたんだい。パラくんなんだか怖……」
「"もうあなたの複眼には、私は映らないのでしょうか"」
 瞬間、レディアンさんの大きな瞳がさらに丸くなった。前の秋、彼女がドクケイルさんに贈った言葉。それをなぞらえて囁くと、体を起こそうともがくレディアンさんはばつが悪そうに顔を背けた。
「もしかしてパラくん、あのとき起きていたのかい……!?」
「彼と交わるために私で肉棒を扱く練習をしていたのですよね。彼に初めてを捧げるために私にはキスをしてくれなかったのですよね」
「ひ……、卑屈な解釈だよそれは! キミも納得してくれていたことだし、今になってひどいことを言うじゃないかっ」
「納得はしていませんでしたよ。雄虫たちの自慰を手伝うのは辞めるべきだと、私さんざん言っていました」
 レディアンさんがドクケイルさんに処女を捧げたあの夜。命の恩人である彼にその機会を作ったのは、他の雄虫たちを眠らせた私だ。その私が、自分の胞子で寝るようなヘマはしない。私は眠ったふりをして、切り株でまぐわう彼らを静観していた。もしドクケイルさんが彼女に精を注ぐようなことがあれば、たとえ命の恩人であろうとその場で切り捨てていただろう。
 あのとき私がわざと胞子をぶちまけたことは言っていなかったし、言う必要もないだろうと思っていた。が、やはり、伝えておくべきなのだ。私がどれほどあなたのことを思い、どれほど渇望しているのか、その身に教えておくべきなのだ。
 あの夜を鮮明に思い出したらしいレディアンさんが、息を詰まらせて全身を震わせた。4本の手をしどろもどろに振って弁明する彼女を両前肢のハサミで引き寄せ、柔らかい腹に私のムシの腹を乗り上げる。身じろぐレディアンさんを制す声は自然と低くくぐもり、彼女が逃げ出せないように体重を掛けていた。
 顔と顔を突き合わせたまま、私自身の背中へとハサミを回す。キノコの笠に隠れてムシの体から生えた小ぶりな子実体、マッシュルームのようなそれををさっと刈り取った。口に放りこみ、唾液を絡ませながら粗く噛み砕く。すっかり息を荒げた私に怯えの気色をにじませるレディアンさんが、私から逃れようと胸を押し返してくる。私はどかなかった。
「まさかそれ、媚薬とかじゃないだろう――んむぐ!?」
「…………」
 慌てふためく小さな口をぴったりと覆い、こくこくと唾液ごと咀嚼物を流しこむ。絡めた舌づたいに口移しし、吐き出されないように両のハサミで彼女の顔を固定した。軽くえずく彼女をいたわりながら、それでも私は舌で押しこみ嚥下させた。
 ぶはっ、口を離すと、じりじりと体が再燃してくる。子実体から滲み出た媚薬成分しか摂取していない私でもこの昂りようだ、丸々飲み下した彼女はもう、取り返しのつかないところまで全身が疼いて仕方ないだろう。顔はクリーム色の口周りまで火照った赤味が浮き上がり、甲殻の節や腹からの発汗がおびただしい。ばち、びし、と背中の翅が敷葉との間で不恰好にさざめき始めた。切れ切れの息で垂れるよだれにも気づかないレディアンさんが、助けを求めるように震える白手を伸ばし訴えてくる。
「あ……ダメだ、これダメなやつだよパラくん……っ。ぁ、ぁあ、……っああああ……。はや、く、鎮めて……っ、ボクを気持ちよくさせてくれよ……っ」
「……っ」
 勝手に弄り始めようと秘所に伸びる彼女の中肢を払いのけ、再起して滾るペニスを突きつけた。むぢゅ、腫れ上がりこぼれ出た肉びらに押し当てただけで、舌で舐め回されるように笠先が揉みあげられる。よだれまがいの愛液が笠首を伝い落ちていった。くいくいと淡く押してやれば、その先を期待してだらしない笑みを浮かべたレディアンさんがじれったそうに腰を小さく振りたくる。
 もう完全に媚薬が回ったのだろう、とめどなく汗を噴き出し紅潮しきったとろけ顔は、まるで泣いて懇願しているよう。淫乱を極めた彼女の媚態に、しかし私は生唾を飲み込み、真面目な口調で諭した。
「……きちんと約束してください、レディアンさん。もうみだりに他の雄と寝るようなことはしないと。いいえ、それだけではありません。手や口で抜いてあげるのも今後一切しないと誓ってください。私の知らないところで他の雄と会うのだってダメだ」
「や……ぁは、ふ……っ、そんなの、ひっひどいじゃッ、ないか……っ。いいから、イかせてくれよぉ……っ。こんな深くて凄い、キモチいいの、初めてなんだ……! イけそうなのにイけないの、とっても辛いんだよ、ねぇ、お願いだよぅ……」
「他の雄では味わえない気持ちよさ、私ならレディアンさんにしてあげられます。だから……、あなたが約束してくださったら、すぐにでもイかせてあげますから……!」
「ひいぃ……ッ、ひどいよパラっ、く、ぅん……。ぃ、いつもの優しいキミは、どこへ行っちゃったんだい?」
 すんすんと鼻を鳴らし同情を誘うレディアンさんの顔を、私は首を引いてまじまじと見た。汗みずくでとろけた口許、自然と口角のつり上がったそこから甘いよがり泣きを垂れ流す。うるんだ複眼ひとつひとつの瞳が私を捉え、すがりつくように熱視線を送っていた。頑なに彼女の答えを待つ私を懐柔しようと、レディアンさんは浅ましく腰をもじもじとくねらる。またとない甘美な誘惑に、私は奥歯を噛みしめ彼女を睨み返した。
「私が何も言わないからってッ、あなたがつけあがって放蕩したんでしょうがッ……!」
「だ――だって、タマゴ産んだのにホルモンバランスがどうとかって、パラくん1週間もえっちしてくれないんだもん。ボクが他の雄虫と遊んだのも、キミが相手してくれなくて寂しかったからで……」
「なら、私はもうあなたのつがいでは、ありませんね。コロトックさんでもテッカニンさんでもドラピオンさんでも、好きな雄に抱かれればいいじゃ、ないですか」
「ま、待ってくれよ、ボクをこんな媚薬漬けにしておいて、そのままおあずけなんて……ひどすぎ、ないかい!?」
 彼女の上から身を引こうとすると、レディアンさんは4つの白手すべてを広げて私を引き留めようとする。ほとんど泣きじゃくりながらおねだりする彼女、その手をちゃんと握り返してあげるように、離しかけた口をそっと寄せる。子実体を嚥下させたときよりも優しい、お互いの愛を確かめるようなディープキス。
 コロトックさんもテッカニンさんもドラピオンさんも、自分が気持ちよくなるだけのセックスしかしない。すぐに交尾をせっつくレディアンさんが実はキスが好きだなんて、思いもよらないだろう。こうした優しいキスもたまらなくなるのだと知っているのは、私だけだ。それを教えこむように、じっとりと舌を結び合せる。桜の花びらのような薄い舌は、彼女の好きなクラボの辛味がわずかにした。私の唾液を喉奥から流しこみ、じゅぞッ、代わりに彼女のものを吸い上げる。とろんとレディアンさんの目が細まって、にゅふ、ちゅぷ、絡みあった舌と舌が、ちいさな彼女の口の中をハネムーンのように巡りまわる。
 股ぐらに回された彼女の中肢が、私のペニスをしゅくしゅくと摩擦する。キスに酔わされじれったそうに挿入をねだり、なんとしても虫孔へ導こうとする淫蕩さ。不完全燃焼の吐精と媚薬と彼女の痴態、折り重なる興奮材料のせいで私の欲情も最高潮に滾っている。が、ここで彼女に流されるわけにはいかない。
「これが、イイの……。もう、このちんぽしか受け入れない、からあ……ッ」
「……だれの、チンポが、いいんですか? ちゃんと言ってください」
「ぁはひいぃ……っ、 そんな、怒らなくてもッ、分かってるくせにいっ」
「言ってッ! 私の、おれの顔を見て、言いなさい!!」
 どうしてもはぐらかそうとするレディアンさんに、とっさに怒気を孕んだ声を飛ばした。意識下に眠っていたムシとしての本能が覚醒して、キノコの制御を食い破らんと強烈にさざめいている。
 せめぎ合う衝動で引きちぎれそうな激昂感の中、容赦のない彼女の手淫をじっと耐える。私がいちばん気持ちよく射精できる速さと握り方。ともすれば虫孔にあてがったまま果てさせてしまうような、そしてそれはもったいないから早く入れてしまえと言わんばかりの催促。ぷりぷりに膨れ上がった肉笠の裏――私の最も弱いところを、磨くようにごしごしと責め立てられる。1年間握り続けて会得した私の煽り方を見せつけるような懸命さ、それでも負けじと私は再びレディアンさんの口をふさぎ、さらに優しく舌をねぶる。淫らすぎる根比べの末、先に我慢できなくなったのは――ムシでもキノコでもなく、レディアンさんだった。
「……わかった、ボクの負けだよぅ。もうやめる、他の雄とはもう遊ばないから、ね? パラくんのこの、笠つきちんぽで、思いっきりボクをイかせて……くれよぉ」
「く……! そ、それでいいんですよ、レディアンさん……!」
「……ぁはは、なんだかボクよりもパラくんの方が、ずいぶんと必死なんじゃないかい……?」
 レディアンさんが、ついに折れた。のらりくらりと器用にかわす彼女を手なずけた達成感がふつふつと湧き上がり、ずぐり、と肉棒がこれ以上なく肥大した。背中のキノコも熱波に煽られたようにささくれ立つ。
 後頭部に回したハサミで彼女を頭から掻き抱き、むずむずと重心を前にずらす。ふ……ッ、と勢いをつけ体重をかけ、キスでほぐれ切った肉壺へじわりじわりと笠先をうずめてやる。
「では私が、今すぐ気持ちよくして――」
「……ぁ、ま、待って……っ」
「な、何です!?」
 甘ったるいレディアンさんの制止とともに、笠首まで沈んでいたペニスが虫孔にきゅっと締めつけられる。快感と焦燥に挟まれ私はうめいていた。危うくまた暴発しそうになり、6本肢を踏み替えどうにか精液を押し留める。どこまでも思い通りにいかない彼女を睨みつけてしまう。
 私の形相に余裕のなさを見透かしたレディアンさんが、首に前肢を回して抱きついてくる。ぐっと近くなった顔と顔、ちゅ、と淡いキスをさらって、うっとりと妖艶に、囁いた。
「いつまでも『レディアンさん』なんて、よそよそしいじゃないかパラくん。『れいちゃん』って、可愛く呼んでくれよ。……どっくんみたいに」
「――――ッ」
 ……ああ、ほんとうに。
 本当に、レディアンさんは私の扱いまで器用なものだ。彼の愛称を出せば、私がたやすく焚きつけられることを熟知している。この期におよんで憎らしい態度を崩さない彼女に、くやしいかな、私はあっけなく呑まれてしまっていた。
 腹の底から燃えしきる独占欲に、強烈な衝動がブワッと全身をさざめかせる。乾いた愛液で癒着しかけていた笠先の粘膜がこすれて、それだけで全身を貫く途方もない快感。気づけば私は、あらん限りの力で腰をぐっと突き出していた。
「あんたが大好きな、ドクケイルは、もう戻らねぇんだッ!! ――くそ、クソっ、れいちゃん、れいちゃん……ッ、くおおおおおおッ!」
「――ッ、待、パラくっ、これ激しすぎ、助け――――ひいぃいぃぃッ!!」
 まともに力が入らない体を彼女の胸に預け、震える下半身でがむしゃらに肉壁をこすり上ていく。彼女の望みどおり、腫れ上がったペニスの笠で浅いところを掻きしだいてやった。ずちずちずちッ、とろけた虫孔をこねくり回す粘着音が、レディアンさんの嬌声とともに狭い巣穴で反響する。
「こんな低俗に喘いで、何を助けろって言うんだ……っ、救いようもない、誰にでも股を開くこの、淫乱ビッチのくせにっ! ドクケイルのことをいつまでも忘れらんないで、一向におれには振り向いてくれないくせに……ッ!!」
「ィひぃ――ひッ、ひど――ひゃあああアっ!!」
 粗雑な扱いにレディアンさんの腰がことさらに跳ね、同時に私が腰を引いたせいで結合が外れてしまった。苛立ちまぎれに下を覗けば、掻き出した私の精液と濁った愛液で真っ白になったペニス目がけて、ぶしゃあ、レディアンさんの秘所から透明液が噴き上がる。失禁さながらの潮吹きに含まれるフェロモンにあてられて、私の興奮が怒髪天を貫いた。
 放水したままがくがくと跳ねる秘所へペニスを無理やりはめ直し、腰を振りしだく。果てることをいとわないような、秒間何発かという容赦のない抽挿運動。催淫成分によりとろとろにほぐれ切った膣奥が、笠先に押し上げられるたびボコリと腹を薄く張り上がらせる。いつもは痛むと言う最奥を気づかいなく責め立てても、媚毒に酔わされたレディアンさんは快感しか享受していないらしい。強すぎる法悦にわずかな抵抗を示す彼女の6本肢を、私の鋭い6本肢で地面に組み伏せる。レイプまがいの征服欲に突き動かされるまま、背を丸めるたび笠先で最奥を殴りつけ、腰を引きがてら笠首で肉粒を掻きえぐる。呼吸を忘れて声も出せない彼女のちいさな口へ、我が物顔で唇をぶつける。他の雄へ向かう欲望をすべてさらうように、舌ごと思い切り吸い上げる。背中のキノコが、笠の内側を翻すほど歓喜に打ち震える。
「ぐ、うぅ……ッ、れいちゃん、イけ、このっ、おれのチンポで、イけ……ッ!! れいちゃん、れいちゃ――ぅうう゛ッ!!」
「――ッひ! ひぃ、イっ、イくイくイくっ、ボクもうイってるから、パラくんもいっしょに、イく、ぃ、イひいいぃ――――ッ!!」
 訳も分からずレディアンさんは深いエクスタシーに達したのだろう、ぎちぎちに締め上げてくる柔肉の抱擁に、私もまた絶頂していた。不随意に尻先が跳ね上がり、溜めこんでいた精液を笠先から注ぎこむ。びゅくびゅくと弾けるよいうにペニスが脈打ち、先ほど漏らしたものよりも何倍も濃く粘ついた白濁を迸らせる。私の精で好きなひとを染め上げるという、圧倒的な幸福感。植えつけたばかりの苗床を確かめるように、いまだ射精の続くペニスをぐっぐっと押しこんでやる。きもち、いい。私と同じく壮絶な絶頂を噛みしめるレディアンさんと6本肢で抱き合いながら、媚薬の興奮がひと段落するまで淡いキスをついばんでいた。
 名残り惜しむようにゆっくりと腰を引き、レディアンさんからペニスを外していく。きゅっと閉まる虫孔が離すまいと笠首に引っかかり、後戯にしては強すぎる快感に思わず腰が抜けそうになった。細肢でなんとか彼女の上から退き、その横に崩れ落ちる。お互い収まらない荒い息、蠱毒のようにくぐもった性交臭が、いまさらながら鼻をついた。
 仰向けに放心するレディアンさんが、顔をこちらに傾けて微笑んでくる。
「これ……すごいねえ。もうボク、メロメロにされちゃったよぅ……」
「どう、でしたか。もう私だけを……見ていて、くれますか」
「……っぁは、分かってるよ、ごめん。ボクもすこし意地悪だったね。大好きだよ、パラくん」
「……れいちゃん。私も、大好きです。大好きですから――」
 しつこいくらいに交わす、愛を確かめるようなキス。薄くなった酸素を取り戻そうと深呼吸して、気づく。今度は本当に、私が催眠性の胞子を漏らしていたらしい。巣穴に充満するモモン色の霧を吸い込んで、白手とハサミをつなぎ合わせながら、しばし私たちはまどろみに身を預けた。




 はるか昔どこかの森で、ムシとキノコが運命的な出会いを果たした。
 ムシは外敵の鳥ポケモンから身を守るため、キノコを体に乗せ栄養を分けてやることにした。キノコは湿度の高く住みよいい環境へ移動するため、背中を貸してくれたムシを催眠性の胞子で守ってやることにした。世代を経るごとにいつしか双方の魂胆は薄れていき、ムシとキノコがひとつの共同体となりパラス族が誕生した。従来の関係性が希薄になっていったその過程の中で、むしろ強まったものもある。依存体質だ。根強く残った互いに補いあう関係性は、パラスの遺伝子に深く刻まれた本能のようなもの。それはパラスの内部だけには留まらず、他のポケモンに対しても向けられるらしい。ムシでもキノコでも補いあえない欲求を備えたとき、私はとても強い意志を持つ。
「あ、見たかい? ほら西のほう、いま星が流れたんだよ」
「……そうでしたか」
 レディアンさんの楽しげな声色に、私は顔を持ち上げた。沢の石に腰掛け情事の汚れを落とす彼女が、片手で宙を指差してはしゃいでいた。林冠から覗く澄んだ夜空には、満天の星々が競うように瞬いている。どこまでも見通せそうな空気は湿ったにおいを失っていて、どうやら梅雨が明けたらしい。
 鈍い反応を示す私に、レディアンさんは小さく頬を膨らませた。
「まったく、見ていなかったね? キミはピロートークもなしに眠るつもりかい、そんな味気ない交尾じゃボクは満足しないよ――あ、また流れた」
「濡れたままでは風邪を引きますよ。早くあがってきてください」
 行為のあと、それほど経たずして早起きなレディアンさんに起こされた。汚れきった巣穴の土をハサミで掘り白手で運び出して、かなり疲労は溜まっていた。器用な彼女の手で先に体の汚れをぬぐい落としてもらっていた私は、タマゴのあるすみかの方に目をやりながら、沢の岩場にうずくまりうつらうつらしていた。
 私の心配をよそに、いまだ元気なレディアンさんが片手で水を跳ねてくる。首を引っ込める私に近づいてきて、ホバリングしながら翅を激しくさざめかせた。付着した水滴を飛ばし体温を上げる暖機運転。けたたましい翅音に負けないよう、彼女は楽しげに星の話を続ける。
「聞いたことはあるかい? 流れ星に願いを掛けると、千年に7日だけ叶う時期があるらしいよ。もしパラくんの望みがひとつ叶うとしたら、何を頼むんだい?」
「それはもちろん、あなたと幸せになることです」
 間髪入れない私の返答に、レディアンさんはぽかんと翅を止めた。そろそろと後肢で着地し、言ったきり黙ったままの私を覗きこんでくる。まだ幸せじゃない、という含意を汲み取った彼女が、申し訳なさそうに背中のキノコを撫でてくる。
「……パラくんのおかげで本当に、吹っ切れたんだよ。初恋を忘れられない不器用なボクを、ここまで一途に、不器用に愛してくれるなんてさ。本当に、ありがとう」
「…………」
 これで、よかったのだろうか。
 レディアンさんにとっては、多くの雄に抱かれドクケイルさんの面影を追っている方が、幸せなのかもしれない。狭い穴の中で私と愛を育むだけの生活では、これからきっと退屈してしまうだろう。それでも私の思いに応えてくれる彼女に、私は何をしてあげられるだろうか。
「もう金輪際、他の雄虫に浮気したりしないから。……代わりに、パラくんが毎晩相手してくれるんだろう?」
「……望むところ、ですよ。れいちゃん」
 かがんだレディアンさんが、私に淡くキスしてくれる。ムシの額とキノコの笠先と、両方に。
 ――彼女を快楽で縛りつけておくなんて、本当はしたくないのだけれど。器用なレディアンさんに私は日頃から頼りっぱなしだ。こうして水浴びを手伝ってもらうことはもちろん、木の実の手料理や川魚の下ごしらえ、いつか施してもらった傷の手当て。そんな彼女に返してあげられるのは、強すぎる性欲を満たしてあげることくらいだ。そしてそれは、私にしかできない。私にしかできないという事実に、私自身もまた依存してしまっている。わかりやすいほどの共依存関係。
「あ、まただ。今夜は流星群かな」
「れいちゃんは、星に何を願うのですか」
「んー? そうだねえ、パラくんとしか交尾できないなら、キミを増やしてもらおうかな……」
「……冗談、ですよね?」
 西の空にまたひとつ、流れ星が現れては消える。それに合わせ、はぐらかすようにはにかむレディアンさんの背中の星もようも淡く輝きを放っていた。両前肢のハサミで彼女をそっと引き寄せる。甲殻越しに伝わってくるその体温は、これから訪れるだろう夏の日差しのようにじりじりと暖かくなっていた。
 不器用なこの手では、幸福を掴み取るにふさわしい方法なんて贅沢は願っていられない。幸運にも私に微笑んでくれた七つ星(レディアンさん)が引くしがらみの尾を、両前肢のハサミで断ち切るだけだ。


続き



あとがき

wiki本3寄稿作品のあとがきにつけたQRコードでひっそりと公開していた続編を改めて、ちゃんとページを作りました。
 本に寄稿した作品、文字数の関係で削ったバックグラウンドをいじり回していたらまとめたくなったので後日談をこしらえたもの。本編よりも文字数的には長いですね。ド淫乱で自由人なレディアンちゃんと、むっつり依存体質なパラセクトくん。とくにパラセクトくんは書いていて好きになった子です。ひとつの体にムシとキノコ、別の心を持つポケモンって他にいないんじゃないでしょうか。愛おしい。
 寄稿した作品からですが、パラセクトの喋り方やプレイ内容は狸吉さんの『デコボコ山道の眠れぬ一夜』を勝手ながら参考にさせていただきました。ステキな作品をありがとうございます。この作品のせい(?)でパラセクトの性格やイメージはすっかり固定されてしまいましたよ。もうこれ10年前の作品ですって……ひえっ。
 なんかいつも小説かくとき展開がー、絵がー、キャラガー、とがんじがらめになって筆が遅くなってるのですが、こうも自分本意なものを書けるのは楽しいです。パラセクトくんにはたいへんえっちな目にあってもらいたい。はあぁ〜〜〜ッなんできみはそんなにすけべなの!!!? すき!!!!!!


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Last-modified: 2020-01-24 (金) 21:50:22
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