※注意書き
・この物語は第五回仮面小説大会参加作品です。
・作中において獣姦、交尾、不倫、合成ポケモン、獣化、更にエピローグでは人間やポケモンの残酷な死、尊属殺など、極めて特殊な場面が多く見られますのでご注意ください。
・エピローグのみ苦手な人は、その直前で再度警告しますので、そこで読むのを止めていただいても問題ありません。
険しい山道を、乾いた蹄音が打ち鳴らす。
見渡す限り岩だらけの上り坂を、進み行く2つの影があった。
片方はポケモンだった。ガッシリとした褐色の巨体に三つ叉の尻尾、歪曲した大きな角を2本側頭部に構えた、暴れ牛ポケモン、ケンタロス。
その異名に似合わぬ優しさを湛えた瞳で、ケンタロスは傍らを行く、ふらついた足取りの同行者を気遣っている。
その同行者は、人間の女性だった。
身に着けている服は、材質や装飾から見て元はかなり上等なものだったらしいと判るが、既に見る影もなくボロボロに汚れ果て、春の風すら寒々と感じられるであろうほどに擦り切れていた。丁寧に結われて纏め上げられている金髪の方が華やかなほどだ。
頬も疲労からか酷くやつれていたが、その眼差しには確かな意志の力が込められていた。
「ねぇ、少し休もうか?」
女性の疲れを見かねたケンタロスが休憩を進めるが、彼女は気丈にも微笑みで応え、まるでケンタロスの優しさを活力として受け取ったかのように足並みを立て直そうとする。
「無理しないで。休まないなら、せめて僕にもたれてもいいからさ」
やんわりとした誘いに、今度は彼女も従った。片手をケンタロスの肩に置いて身体を支える。
半身を預けたその腕は、ふたりの間に架かった信頼という名の橋であった。
「もうすぐ、目的の場所だからね。そこで僕たちは……」
言いかけて止めたケンタロスの頬に、照れ臭そうな笑みが零れる。
言われた女性は、上体を傾けてケンタロスの肩に預け、鬣に顔を埋めて甘えるのだった。
そんな仲睦まじいふたりを、岩壁の上から眺め下ろしている影がある。
そしてふたりが、大きな岩が門柱のように並んだ間を抜ける道へと差し掛かった時。
その影は岩の上に糸を張り、それを命綱にしてふたりの前にスルスルと降り立った。
「お待ち」
制止されたケンタロスがはっと目を見開き、女性は警戒に身を強張らせる。
けれど降りてきた影――緋色に黒い縞と斑を走らせるずんぐりとした胴体から、下向きに4本、上向きに2本の、黄色と紫の縞模様が入った針金のような脚を生やした虫ポケモンは、
「お帰り、坊や」
と穏やかな、親しげな言葉でケンタロスを迎えた。
「でもどういうつもりだい? この神聖な地に、人間なんかを連れ込むなんて」
一本角のように生えた触角の、鋭く尖った先端を女性に向けて、紫色の双眸をクリクリとさせる足長ポケモン、アリアドスに対し、ケンタロスもまた、至って親しげに応える。
「久しぶり。元気そうだね……母さん」
「!?」
アリアドスを指して言ったその呼称を聞いて、驚きに眼を瞬かせている女性の様子に苦笑しながら。
ケンタロスは彼女の腰に三つ叉の尻尾を絡めて抱き寄せ、アリアドスに紹介するのだった。
「彼女は……パーシィはケンタロスの子供を産んでもらうために連れてきた、僕の花嫁だよ……」
緑の旋風・顔無し狸作『からたち島の恋のうた・暁光編』
~エルナスの花嫁~
「何とまぁ、月日の経つのも早いもんだねぇ。あたしの産んだタマゴから孵った、あの甘えん坊な赤ちゃんケンタロスが、もう一丁前に嫁さん連れてきたかい」
「……今は〝エルナス〟って呼ばれてる」
恋人の前で甘えん坊と呼ばれたのが恥ずかしかったのか、ケンタロスは名前で呼ぶように促した。
「ふふ、〝
それまで我が子との再会を和やかに喜んでいたアリアドスは、一転引き締めた眼光でパーシィを見据えて、エルナスに問いかける。
「本気なのかい? 人間を嫁に取ろうだなんて」
一瞬、息を飲んだエルナスだったが、すぐに真剣な表情で頷いた。
「できるはず……だよね? 〝
「まぁね。確かにポケモン以外の生き物とでも可能ではあるだろうさ。だけど、母さんとしては賛成したくないねぇ」
「そんな……どうして!?」
「人間は信用できない」
きっぱりと、アリアドスは容赦なく決めつける。
「こいつらの欲深さは半端じゃない。一つを手に入れたら全てを独占したがる貪欲な生き物なんだ。大ダロス様のもたらす絶大な力を手に入れたら、どんな悪いことに使われるやら知れたもんじゃないよ」
「パーシィはそんな悪いひとなんかじゃないよ!!」
「ふん、色恋に目の眩んだ牡の見解なんか当てになるもんかね。それに……」
アリアドスは毒々しい視線で、パーシィの身体を舐めるように見回して言った。
「あたしゃこう見えても鼻が利くんでね、分かるんだよ。歳は若いがあんた、子供を産んだことがあるだろう?」
ズバリ、と鋭い指摘に、小さな肩が震える。
頂垂れたパーシィを、更に辛辣な声が打ち据えた。
「大ダロス様に認められるのは、相手のケンタロスを本気で愛することのできる雌だけだ。他の雄と愛し合ったことがある雌に、ケンタロスの花嫁が勤まるのかねぇ?」
「愛し合ってなんかいない! パーシィの夫は、彼女を愛そうとなんかしてなかったんだ!!」
「……何だって!?」
恋人を庇ったエルナスの言葉を聞き咎め、アリアドスは顔をしかめて息子を詰問する。
「ちょいとお待ちエルナス。それじゃあんた、この娘は寡婦とかじゃなくって、現役の人妻だっていうのかい!? なんてこった……人妻に手を出すなんて泥棒と一緒じゃないか!!」
もちろん、野生のポケモンの中にだって略奪愛はあるし、それが繁殖の手段として当たり前だという種も多い。むしろ一夫一妻の絆を継続する例の方が珍しいとさえ言える。
しかしその事実と、雌の感性として不貞を許せるか、というのはまた別の話なのであった。
「幸せな結婚じゃなかったんだ。見捨てておけなかったんだよ……」
角の陰を暗く歪めて、エルナスは彼の知る事情を語り始めた。
「貴族同士の政略結婚で嫁がされたパーシィは、妊娠したからって僕が働いてた別荘に送られてきたんだ。ご主人とは……最初の一夜だけ、だったらしいよ……。産まれた坊やもすぐに乳母に取られて、本家に連れて行かれちゃった。パーシィだけ別荘に閉じ込めたまま置き去りにしてね。ご主人はずっと通ってこないままだった。パーシィは、ずっとひとりぼっちだったんだ……」
辛い日々を思い出したのだろう。パーシィが俯いて顔を伏せる。
エルナスは続けた。
「僕は彼女のことをずっと見てきた。いつも窓の外を眺めて寂しそうにしている彼女が可哀想で……そうしているうちに、彼女の方も僕に手を伸ばしてくるようになったんだ。初めは窓ガラス越しにだったけど、ある日窓を開けて撫でてくれるようになって、そのうちに部屋の中にこっそり上げてもらうようにまでなった。それからしばらくそうやって、彼女の寂しさを慰めにいく日が続いたんだ……」
「ここまでの話聞いてるとさぁ、旦那にほったらかしにされた金持ちの奥方が、欲求不満を解消するためにあんたを弄んだようにしか思えないけどねぇ」
あくまで厳しい評をアリアドスは下したが、エルナスは毅然と頭を振った。
「パーシィは、いつかご主人が来てくれると信じてずっと待ってたんだ。僕はただ一緒にいてあげただけだよ。その頃はまだ、彼女の気持ちにまで踏み込むつもりはなかったんだ。でも……」
言葉が濁る。
耐え難い滾りを押さえ込むように。
「何かあったのかい?」
「ある日、ついにやってきたご主人は……愛人の女を連れてたんだ」
嫌悪に満ちた声を、エルナスは吐き捨てた。
「近くに用事があったから、たまたま立ち寄っただけだったらしい……そこに自分の奥さんがいるなんて……そこにいるのが自分の奥さんだなんて、まるで忘れてるみたいだった。パーシィの目の前で、愛人といちゃついて……」
まるで今、目の前にその相手を見るかのように、エルナスの眼が憤りに燃えている。
巨躯が戦慄き、声は激昂へと変わっていった。
「僕が見つけた時、パーシィは自分の寝室の前の廊下で泣いてた! 寝室の中からは嫌らしい声が聞こえてて……彼女の寝室で、だよ!? ねぇ母さん、雌としてこんなこと許せるの!? 僕は牡として許せなかったよ!! よっぽど扉をぶち破って突撃してやろうとも思ったけど、それよりもパーシィを一刻も早く、あいつらの声が聞こえる場所から遠ざけてあげたかった。泣きじゃくるパーシィをこの首にしがみつかせて、そのままお屋敷を飛び出したんだ。その後はもう、止まらなかったよ……」
「……なるほどねぇ」
さすがに、そこまで雌としての縄張りを蹂躙されたと聞いて同情しない雌はいない。夫婦間の話し合いによる解決を検討でする余地などなかったのだろう。迷わず強硬手段を実行した息子を手放しで誉めてやりたいところではあったが、アリアドスはその想いを口の中で噛み殺した。
「で、そのまんま止まらずにここまで来ちまったわけかい。思いこんだら後先を考えない辺りは、さすがに死んだ父さん譲りだねぇ。篭の中で育てられただろうお嬢さんにとって、外で生きることがどれだけ大変なことか分からなかったのかい? ご覧よ、この手を。傷だらけじゃないか」
冷静に息子の軽挙をたしなめつつ、足を伸ばしてパーシィの手を取る。
たおやかだったであろう細い指先は、すっかり擦り切れて皹だらけになっていた。
けれど、彼女の瞳には、その手の有様に対する恥じらいはなかった。
旅立ってから今日までの記録を見せるかのように、堂々と傷跡をアリアドスに晒していた。
「こんなにもボロボロになってまで……それでもあんたは、うちの倅と一緒になることを選んでくれたって言うんだね?」
アリアドスの問いに、躊躇なくパーシィは頷いた。
「ふぅん……さっきから様子見てるとさ、あたしらの言ってること、全部理解してるみたいだねぇ」
感心して呟くと、エルナスも頷いて応える。
「そうなんだよ。僕も驚いた。小さい頃からポケモンの言っていることを聞き分けるのが得意だったらしいよ。僕たちの使う言葉を話すことはできないけど、彼女はちゃんと僕たちの仲間なんだ」
「そうかい……それだけ心が通じ合えるんだったら、大ダロス様もお認めになってくださるかも知れないねぇ」
「母さん、それじゃ……!?」
期待に顔を輝かせた息子に、アリアドスは微笑んで返した。
「後の判断はは大ダロス様にお任せするってことだよ。フフ、どうやらいい頃合いだねぇ」
背中側に向けた2本の後ろ足で中空を探り、ニヤリとするアリアドス。エルナスたちにはほとんど見えない極細の糸がそこに張られており、何らかの情報をアリアドスに伝えたのだ。
「ついといで。特別にいいもん見せてやるよ」
含みありげに誘われて、エルナスとパーシィはアリアドスについて歩き出した。
●
遠い遠い昔。
突然変異の果ての果て、後の世にケンタロスと呼ばれるポケモンたちが誕生した。
強靱な肉体と勇猛な精神を持つ双角三尾のこのポケモンは、しかし種として存続するのに致命的な欠陥を抱えていた。
ケンタロスには、牡しかいなかった。牝の存在しないポケモンだったのだ。
もちろん、タマゴグループの同じ獣系の雌ポケモンとつがって子孫を残すことはできる。が、ポケモンの種族が母系によってのみ継承される以上、産まれる子供はケンタロスではあり得ない。
かくして、自然の悪戯で産まれたこの屈強なるポケモンは、わずか一世代でその歴史に幕を閉じる――はずだった。
しかし、奇跡は起こった。
あるケンタロスが、その身を生け贄に捧げた崇高なる犠牲をもって、多種族の雌にケンタロスの子供を産ませる手段を編み出したのだ。
驚くべきことに、その手段は同じ獣系ポケモンばかりか、タマゴグループの違うポケモン、更にはポケモンですらない動物の雌にまでケンタロスを産ませることができるという革新的なものだった。
これによってケンタロスは数を増やし、世代を重ね、この地上に繁栄していったのである。
「その礎となったのが、偉大なるケンタロス……あたしらが〝大ダロス様〟って呼んでいるお方さ」
パーシィにケンタロス族の歴史を語りつつアリアドスが進むのは、通常の登山道からは完全に外れた岩壁沿いの道。
よく見ると、蜘蛛の糸を編んで作り上げだ足場が階段状に続いており、アリアドスの先導がなければまさか通れる道があるとは思いもしなかっただろう。エルナスもこの道を通るのは初めてらしく、興味深く辺りを見渡していた。
「あたしはケンタロスたちに頼まれて、この地に眠る大ダロス様の御力を守りながら、嫁を連れてここを訪れるケンタロスたちを大ダロス様の所へ案内してるんだよ。そうしているうちに見初められちまって、あたし自身大ダロス様のお世話になってこの子を産んだんだけどねぇ。で、実はついさっきもひと組送り出したばかりだったのさ。お前たちにはいい勉強になると思ってね……ほら、こっちだよ」
苔蒸した岩の一角を、アリアドスは指し示した。
爪先で押すと、軽々と岩戸が開く。動かしやすいように糸で吊るされていたようだ。
ぽっかりと開いた入り口に、アリアドスは尖った触角を差し入れる。
「おぉ、ヤってるヤってる。何とか間に合ったよ。さぁ、早く入って見てご覧」
促されるままに、パーシィとエルナスは隠し部屋の中に入る。
暗く狭い洞窟の奥で、壁がぼんやりと光を放っていた。
よく見ると、その壁は巨大な水晶か何かのようで、表面が透き通っていた。
壁の奥から沸き上がる光は、何かの形を映し出している。
目を凝らし、浮かび上がった映像を確かめたとき、あっ……とパーシィは驚きの声を上げた。
それは、重なり合ってまぐわう2匹のポケモンだった。
雄大な体躯を山のように持ち上げて、前脚で相手の背を掻き抱いているのは、間違いなくエルナスと同じケンタロス。
丁度今し方達した直後であるらしく、重なった姿勢を動かさぬまま、高く上げた三つ叉の尻尾を快感の余韻に震わせている。
一方、彼の下で貫かれているもう一頭は、見たこともない不思議なポケモンだった。
どっしりとした大柄な体躯、牡を迎えた場所の上で切なげに戦慄いている三つ叉の尻尾、そして仰け反らせた頭の上を飾る2本の角は確かにケンタロスの特徴。
しかし、その身体を覆う体毛は、ケンタロスの褐色とは違う、神々しいほどの黄金色。
違うのは毛色だけではない。上のケンタロスに咥えられた鬣は、まるで炎のように朱く揺らめいていた。
否、実際に炎を纏って燃えているのだ。尻尾の先端それぞれにも、小さな炎が灯されていた。
角の下で恍惚とした表情を浮かべた顔も、ケンタロスのものにしては長細く優雅な輪郭をしている。
即ち、まるでギャロップがケンタロスの特徴を纏ったかのような、そんな姿のポケモンだった。
やがて満足しきったケンタロスが、そのポケモンの背から身を放す。
繋がっていた場所から、ドッと愛欲の滝が溢れて落ちた。
ヒクヒクと痙攣するその場所も、脚の間で膨らんだ豊満な乳房も、どこからどう見ても牝のそれだった。
興奮に喘ぐ彼女に、ケンタロスは優しく頬を擦り寄せる。
と、謎のポケモンの身体を、輝く光輪が包み込んだ。
一瞬全身を覆い隠した光は、パッと剥がれるように広がったかと思うと、どこか一点に吸い込まれて消えていく。
残されていたのは、もう謎のポケモンなどではなかった。
ほっそりとした身体に、やや明るめの金色の体毛。
根本まで燃え盛る炎に覆われた尻尾と鬣。
さっきまでと同じ顔の上には、まっすぐ伸びた一本角。
誰の目にも明らかな、牝のギャロップだった。
ケンタロスとギャロップは仲睦まじげに寄り添って、水晶が映す視界から消えていった。
「驚いたろう? この水晶の壁はね、大ダロス様が眠る迷宮の最深部の水晶と繋がっていて、中の様子をここまで映し出してくれるのさ」
とアリアドスが振り返ると、パーシィとエルナスはいまだに釘付けられたかの如く水晶を凝視していた。
パーシィは驚きで腰が抜けたらしく、完全にへたり込んでいた。
濡れているのが匂いで分かる。息子に抱かれる自らを想像していたのだろう。ふしだらなどと咎める気にはなれなかった。
エルナスも陶然と立ち尽くしたまま、興奮に鼻息を荒くして言った。
「すごい……母さんに聞いてはいたけど、牝のケンタロスになったポケモンを見たのは僕も初めてだよ……あれが、大ダロス様の御加護なんだね?」
「そうさ。この下に広がる迷宮をくぐり抜け、聖域に眠る大ダロス様の試練を乗り越えた雌は、雌の身体のまま大ダロス様と融合して、ケンタロスの子供を産める身体になることができるのさ! 例え他の種族だろうと、ポケモンじゃなかろうと、ね!!」
高らかに言い放った後、アリアドスはきつい表情で付け加えた。
「ただし、簡単にその力が手に入ると思わないでおくれよ!? 大ダロス様の課す試練は非常に厳しいものだ。あたしの時も大変だったよ。迷宮を管理している身なもんで御許に辿り着くのは楽勝だったけど、その分厳しい試練を課せられてね。何度も何度も、全身をバラバラにされるほどの苦痛を味わわされた挙げ句に弾き返されたよ。痛みの余り気絶して、父さんに介抱されたりもしたっけ。あん時は本当に、死んじまうんじゃないかとさえ思ったもんだったよ……」
「そ、そんなに危険なの!?」
「まぁね。実際におっ死んじまった雌はまだ見たことはないけどね、力尽きてどうしようもなくなって、あたしが連れ出しに行くことなんてよくある話さ。この部屋はね、そういう時のための監視室でもあるんだ。濡れ場を覗いて楽しむためだけの部屋ってワケじゃないんだよ」
『だけ』ということはしっかり楽しんで覗いてもいたワケで、だから濡れたパーシィをふしだらなどと言う余地はなかったワケだが、今のエルナスにそんなことをツッコんでいる余裕はなかった。
「知らなかった……パーシィをそんな辛い目に遭わせることになるだなんて……」
思いも寄らぬ過酷な実態にたじろぎ、不安に強張った表情をパーシィに向けようとしたエルナスは、
「何て顔してんだい! 牡だったらしゃんとおし!!」
母の痛烈な叱責に頬を打たれ、強引に向き直された。
「まったく、今更何言ってんだいって話だよ! どっちみち子供を産む段になったら、雌は身体の一番敏感な部分を引き裂かれる激痛に耐えなきゃいけないんだからね! 愛する雄のために痛みを乗り越えることもできないで母親が勤まるかい! 旦那に蔑ろにされた辛さから逃げただけの弱腰な根性でここに来たってんなら、大ダロス様に鍛え直して戴くのが丁度いいってもんさ!!」
苛烈なまでの罵詈雑言を向けられて、しかしパーシィは気迫の篭もった眼でアリアドスを見返した。
逃げたのではない。自分の本当の幸せを掴み取りに来たのだという信念の眼差し。
雄がどれだけ命を懸けても適わないであろう、それは果てしなく強い決意の現れであった。
「いい面構えだ。さすが仮にも一度は子供を産んでいるだけあるね」
パーシィの視線を、アリアドスは満足げに受け止める。
色々言ってきたが、内心ではこの芯の強い嫁のことをすっかり気に入ってしまっているアリアドスであった。
「なぁエルナス、この娘の方が余程肝が座ってるじゃないか。お前ももう腹を括りな。雌にこれだけの覚悟をさせた以上、お前は何が起ころうとこの娘を信じて支えてやらなきゃいけないんだよ。それが牡の役目ってもんさ」
立つ瀬を失って萎縮している息子を、アリアドスは厳しくも優しい声音で諭した。
「父さんが勇気をくれたから、母さんはあんたを産めたんだからね!」
何よりも確かな経験に裏付けられた、それは母親からの教えだった。
●
それから後。
アリアドスに迷宮への入り口を教えられたエルナスとパーシィは、入り組んだ洞窟の中を連れ立って行った。
通路の中にはあちこちにアリアドスが張った糸が張り巡らされ、その一本一本が仄かな燐光を放って迷宮の闇を照らし出している。
無数に張り巡らされた糸のうち、たった一本を道標に辿って歩を進めて行く。
『この糸だけが、入り口から大ダロス様の聖域まで繋がっているのさ。見失うんじゃないよ』
それだけをアリアドスは教え、ふたりを迷宮へと送り出したのだった。
『夫婦になろうってもんが、母親同伴じゃ格好付かないだろ? もし何かあったら迷宮内に仕掛けてある糸からあたしに伝わるようにしてあるし、聖域に辿り着けば、試練もその後のことも監視室からバッチリ見守ってやれるから、安心して行っといで。……しっかりヤるんだよ?』
覗かないで、という要望は、『そんな口は、見守らなくても心配をかけないぐらい一人前になった姿を見せてから叩くんだね。第一、他のカップルのは覗いているのに、息子だからって特別扱いできるもんかい!』という豪快な論理によって却下された。
とにかくまずは、迷宮を突破して試練に打ち勝つ。それまでは余計なことは考えまいと誓い合うふたりだった。
糸は時折、ひと目ではそこに道があると分からない、とても進めるようには見えない方向へと伸びていた。信じて進んでみると確かに道が続いていて、ふたりを何度も驚かせた。
やがて、視界が大きく広がる場所に出た。
目の前になだらかな道が続いていて、その道の続く先に目を向けると、水晶で築かれた光り輝く美しい祠がある。
祠が放つ輝きは、監視室の水晶に映った景色と同じ色をしていた。
「きっとあれが聖域だね。行こう!」
と駆け出そうとしたエルナスの肩を、しかしパーシィは掴んで止めた。
「……え?」
振り返ったエルナスは、瞬時にパーシィの言いたいことを理解し、舌を出して苦笑いする。
そして、再び揃って歩き出した。
祠から遠ざかる方向に開いている、別の道へ。
アリアドスの糸は、そっちに向かっていたのだ。
祠にまっすぐ続いているように見える、あからさまに楽そうな道は罠だった。迂闊に足を踏み入れれば引っかかって、アリアドスに連れ出された挙げ句に散々な説教を受けていただろう。
正しい道から逸れて、安易な道に入ることを許さない。
エルナスは無論のこと、パーシィもこの短い付き合いで、アリアドスの考え方をすっかり把握していたのだった。
●
「今度こそ、ようやく着いたね、パーシィ。間違いなくここが、大ダロス様の眠る聖域だ……」
追いかけ続けた糸が、祠の入り口の柱に括り付けられて途切れているのを確信し、エルナスは緊張に身を震わせた。
門をくぐると、中は厳かな雰囲気の漂う広間だった。
確かにここが、水晶に映っていた場所だった。
その広間の中央に、中空に、赤い輝きを放つ何かが浮かんでいる。
光の中は揺らめいていてよく見えなかったが、エルナスははっきりと感じ取った。
同族の気配を。自分に繋がる血族の絆を。
「大ダロス様…………」
エルナスの声が合図になったように。
パーシィは、身に着けていた物を脱ぎ始めた。
ボロボロになったドレスも、長い金髪を結わえていた髪留めも、レースの下着も、全て脱ぎ捨てて、生まれたままの姿を晒す。
誰に教えられたわけでもない。アリアドスも、人間がケンタロスの花嫁になる前例を知らない以上教えようがなかった。
彼女自身の判断だった。大ダロスに認めて貰うためには、自らを包み隠すべきではないと考えたのだ。
旅の苦労からやつれ傷付いてはいたが、豊満に揺れる両の乳房も、ウタンの実のようにくびれた腰も、経産婦とは思えないほどの美しさを保っていた。
「頑張って、パーシィ。僕たちの幸せのために。大ダロス様はきっと、君を認めてくださるから……」
促すエルナスに頷いて、パーシィは光に向かって歩き出す。
その横顔が、後ろ姿に変わる瞬間。
パーシィの表情に、ほんの微かな不安の翳りが射していることに、エルナスは気が付いた。
当たり前だ。
これからたった独り、凄まじい苦痛を受ける試練に耐えなければいけないのだから。
いや、それだけじゃない。首尾よく試練を乗り越えて大ダロス様に認められたとしても、彼女はそれまでの自分とは全く違う姿へと変貌することになる。
その姿を、僕が受け入れられるのか。彼女自身、受け入れられるのか。
不安にならない方がおかしい。それをこれまでずっと、おくびにも出さないで、頑張って来てくれてたんだ。僕のために……。
パーシィの深い愛への感謝と共に、苛立ちがエルナスを苛んだ。
くそ……っ! 本当にもう、見守ること以外何もできないのか!?
母さんだって『父さんが勇気をくれた』って言っていたじゃないか。
だったら僕も、もっとパーシィのために頑張れるはずだ!
せめてパーシィの抱いている不安だけでも、ぬぐい取ってあげられる言葉をかけてあげるぐらい……
あぁ、でも、余計な言葉をかけたら、今はまだ押し殺しているその不安を却って煽り立てかねない。
一体どうしたら、彼女に勇気をあげられる……!?
「パーシィ……っ!!」
深く考える余裕なんてなかった。
尻尾で自分の尻に気合いを入れ。
その勢いに乗って一歩踏み出し。
今にも大ダロス様に手を伸ばそうとしていたパーシィの、
呼びかけられて振り返った、細やかな頬に。
●
「父さんから聞いていたのかい? エルナス」
監視室の水晶に映し出された光景を眺めながら、アリアドスは感慨深げに自分の頬を撫でた。
「いや、自分で思いついたんだろうね。それでこそ父さんの子だよ。フフッ、父さんのキスは、もっと情熱的だったけどねぇ……」
●
絶対に。
どんなことがあっても、どんな姿になっても、僕は君を、受け止めるから――
ありったけの想いを込めた唇を、エルナスはようやく放す。
その鼻面に、パーシィの手が添えられる。
『ありがとう』の気持ちが、掌を通して伝わってきた。
喜びに綻んだ表情からは、もう恐れや迷いは綺麗に消え去っていた。
金髪が、翼の如く翻る。
再び大ダロスの光へと向き直ったパーシィは、花のように両手を開いて差し出し――
次の瞬間。
カッと閃光が膨れ上がって、パーシィの裸身を飲み込んだ。
「パーシィ!!」
激しく光を撒き散らしだした大ダロスに向けて、エルナスは深い祈りを捧げた。
もう本当に、それしかできることは何もなかった。
「信じてるよ、パーシィ。大ダロス様、パーシィをお願いします……」
●
想像を絶するエネルギーの奔流の中、パーシィは翻弄されていた。
強大な力が五体を掴み、別々の方向に引きずり込もうとする。
教えられていた通り、全身をバラバラに千切られそうな感覚が、間断なく責め立ててくる。
身体が軋む。意識が弾け飛びかける。魂までもがもぎ取られそうになる。
けれど、苦痛に負けて闇に意識を委ねたら、光の外まで押し出されてしまうのだ、ということがパーシィには解った。
それは、試練の失格を意味する。
負けたくなかった。
頬に残る温もりに、エルナスがすぐ側で励ましてくれているのだと感じる。
その愛に応えるため、負けられなかった。
この痛みこそが、自分とエルナスとを結び合わせてくれるのだと信じて、パーシィは強靱な意志で全てを受け入れた。
どれだけの時間、堪えていただろうか。
もう自分の身体がどうなったのかも判らない。
気が付けばパーシィは、夜空の星のように光の粒が流れる空間を漂っていた。
流れる光の彼方、ケンタロスが一匹、また一匹と、次々通り過ぎて去っていく。
どのケンタロスも、傍らに雌のポケモンを侍らせていた。
エルナスにとてもよく似たケンタロスの側に、あのアリアドスがいるのも見つけた。
先刻のギャロップも、交わっていたケンタロスと一緒にいた。
皆、この上もなく幸せな表情で、お互いを見つめ合っていた。
最後に、一匹だけのケンタロスが近付いてきた。
彼女がよく知る、誰よりも愛おしいケンタロスだった。
エルナス…………
愛を求めて、愛を込めて、パーシィは両手を開いて恋ポケに向ける。
と、突然頭上から声が降り注いできた。
――よく来たね。新しい家族。
見上げると、一頭のケンタロスが天空から駆け下りて、パーシィの方に向かってくる。
通常の茶褐色ではない。高貴な黄金の毛皮に身を包んだ、色違いのケンタロスが。
――私の血族をこんなにも愛してくれてありがとう。さぁ、私の力で貴女も、この輪の中に入っておいで……
遙かな昔、ケンタロスという種を永遠に残すためにその身を捧げた、偉大なるケンタロスは。
暖かな眼差しでそう言うと、黄金の流星へと変化して、パーシィの上に降り注いだ。
●
光が消えた時。
愛する者の姿だけが、目の前にあった。
「パーシィ……」
エルナスが嬉しそうな声で呼びかける。
応えようとしたパーシィは、自分が掌に何かを掴んでいることに気が付いた。
それは、六角形をした赤く透き通った結晶だった。
覗き込むと、黄金のケンタロスが眠っているのが見える。
そのケンタロスが、大ダロスが、掌を通じてパーシィに語りかけた。
これから、何をすればいいのかを。
言われるままに、パーシィはその結晶を両の掌で包み込む。
そして、エルナスへの想いを燃え上がらせ、解き放つようにして〝その言葉〟を叫んだ。
「
弾け飛んだ目映い光輪の中。
「あぁ……」
パーシィの姿は、大きく変貌を遂げていた。
「私……なったのね…………」
その全身を、大ダロスと同じ黄金の毛皮が包んでいる。
肉付きを増した尻には、3本の尻尾が揺れている。
肩から胸元にかけては、神秘の輝きを帯びた金緑色の長い体毛がケープのように覆っている。
そして頭上には、鮮やかに歪曲した2本の角が、天使の輪を描き出している。
「ケンタロスに……!!」
パーシィは、大ダロスと
生まれ持った金髪も含めて、それはまさしく金無垢の花嫁姿であった。
「パーシィ……あぁ、パーシィィィっ!!」
情熱に燃え上がった声を上げて、エルナスはパーシィの側に駆け寄った。
「綺麗だ……凄く綺麗だよパーシィ! いい! 想像以上にいいよォッ!!」
「本当? エルナス。私、変じゃないかしら……?」
「変なもんか! こんなに魅力的な牝なんて他にはいないよ!! それに、それにっ……」
うっとりと瞳を潤ませて、エルナスは言った。
「君の声が……言葉になって聞こえる。ちゃんと君の言葉が分かるんだよ!」
「……!? あぁ、本当だわ! 私、今あなたとお話ししているのね……!!」
「そうさ! 夢みたいだ、こんな素晴らしいことが起こるなんて…………」
大ダロスの力が、パーシィの声をポケモンの言葉に変換してくれているのだろう。
感極まっているエルナスの首に、BURSTしたパーシィのしなやかな両腕が回される。
「嬉しい……」
「パ、パーシィ…………」
ふくよかさを増した乳房に鼻面を抱かれて感触に酔うエルナスに、パーシィは心を込めて語りかけた。
「ずっと、言葉にして伝えたかったの……ありがとう、って。恋もなく妻にされ、愛もなく母にされて、女の悦びを一つも死なないまま一生をあの家で終えるはずだった私に、一杯の愛と恋を教えてくれたあなたに……」
乳房の泉からエルナスの顔をすくい上げ、正面から見つめてパーシィは囁いた。
「愛してるわ、エルナス」
「パーシィ……僕も、僕も愛してる……」
想いを伝え合い、共に瞳を閉じて、求め合うままに唇を寄せた。
暖かな心と心が、しっとりと濡れて絡み合う。
アリアドスに除かれているであろうことへの羞恥心なんて、もうとっくにどこかへ吹き飛んでいた。
長い接吻を離すと、銀色の糸がつ、と名残惜しげにふたりの間に架かって落ちた。
とろけた視線が互いに結ばれる。
「パーシィ……僕、もっと繋がりたい……君と一体になりたいんだ…………」
「いいわ……なりましょう、エルナス。BURSTよりも深く、私と融合して…………」
荒ぶる吐息に乱れた言葉を交わすと、パーシィはエルナスに背を向け、地面に手を突いて尻を高く上げた。
エルナスの目の前に、美しい黄金の世界が広がる。
目も眩むような金色の中心に、赤く妖しい揺らめきがあった。
少しだけ、この祠に入った時に大ダロスが見せていた輝きに似ていた。
パーシィが全てを晒して大ダロスの中に入っていったように。
エルナスも、誘われるままに鼻先を揺らめきへと近づける。
加熱した鼻息が、揺らめきを波立たせた。
「ぁはあああぁ……っ!!」
パーシィが喘いだ瞬間、揺らめきから光の洪水が迸った。
キラキラと流れ落ちる光の粒は、エルナスの顔や胸に弾けて芳醇な香りを立ち上らせる。
「ふ……わはぁぁ…………っ」
鼻孔から脳髄を直撃する官能の香りに、エルナスの唇が捲れ上がる。
腹の下で、漲った肉角が先端を尖らせた。
「バーシィ、僕、もう、もう……あぁ、パーシィィィィィィッ!!」
雄叫びのように恋人の名を叫び、エルナスは金色の世界を掻き抱いた。
大ダロスと融合して逞しくなったパーシィの足腰が、ガッシリと牡の突撃を受け止める。
腰を寄せ合い、互いの熱く滾った場所を向き合わせると、エルナスは彼の名の示す通り、揺らめきを肉角で突き貫いた。
「む…………っ!!」
「あぁ……んっ!!」
パーシィの中に、満天の夜空を感じる。
数多の光り溢れる天の川を掻き分けて、エルナスの肉角は進んでいく。
やがて、行く手に一際熱く明るく輝く星を見つけた。
ひたすらに、一直線に、引くことなくエルナスは星へと飛び込んだ。
そして、遂に肉角の先端が、目指す星を貫いた刹那。
「うああっ!?」
「エ、エルナス……ああぁっ!!」
黄金の中で、エルナスの肉角は灼熱に焼け融けた。
そこから背筋を伝い、駆け昇った裂光が。
頭上の双角まで達し、その先端で炸裂して。
「あぁっ、僕は……イくぅうぅぅーーーーーーっ!!」
砕け散った星の欠片が、パーシィの夜空に白い尾を引いて流れ落ちる。*2
「パーシィ……あぁ、僕がパーシィに融けていく……」
「エルナス……エルナスが溢れて、弾けそうだわ……」
僅かひと突き。時間にすればほんの数瞬のこと。
けれどその短い交合の中、エルナスとパーシィは、星が一つ生まれて消える時間に匹敵するほどの深い愛を、確かに共有したのだった。
●
「見てるかい、あんた。あたしらももうすぐ祖父ちゃん祖母ちゃんだよ……」
一部始終見届けて。
アリアドスは満足そうに、木の実の殻で作った杯を傾けた。
「長年ここでケンタロスの交わりを見続けて、こんなに嬉しかったことはないよ。あぁ、本当によかったねぇ……」
●
「小さい頃、本で読んだことがあるの。森の中で暮らす、不思議なポケモンのお話……」
汗と愛液で光沢を増した黄金の身体をエルナスにもたれさせたパーシイは、彼の頭の角に自分のそれを触れ合わせ、きっと子供を宿すであろう腹を愛おしげにさすりながら、譫言のように呟いた。
「そのポケモンは、森の中では皮を脱いで人の姿に戻っていて、人里に下りる時はポケモンの皮をまとって現れるんですって……今にして思えば、それってBURSTのことよね? きっと私と同じように、人と離れてポケモンと結ばれた人間だったんだわ……」
他の〝雌の存在しないポケモン〟たちが、いかなる手段を持ってその種族を次代に繋げているのかは定かではない。
ただ、世界各地に存在する
寄り添ったまま、パーシィは大ダロスを身体から解放した。
人の姿に戻った彼女は、エルナスの首を抱き寄せて、もうポケモンの言葉を綴れない唇を動かした。
エルナス、愛してる。
BURSTしないままでも、その言葉は、想いは、エルナスにはハッキリと聞き取れた。
ふたりの心は、一つに繋がっていた。
「僕もだよ、パーシィ。もうずっと、一緒にいようね…………」
人と結婚したポケモンがいた。
ポケモンと結婚した人がいた。
昔は、人もポケモンも同じだったから、普通のことだった。
普通のこと、だったのだ。
●
が、しかし……
※グロ注意! エルナスたちの幸福を信じたい人はここで終わってください!!
●
○
●
「何故だ……どうしてこんなことに……」
当惑した声を震わせて、アリアドスは聖域への道を急ぐ。
あれから、幾度めかの春を迎えた。
次々と子宝に恵まれ、エルナスとパーシィは幸せな日々を送っていた。
この日も、新たな愛を育むため、ふたりは大ダロスの聖域を訪れていた。
とっくに通い慣れた道。ふたりなら何の心配もないだろうと、油断していたことは否めない。
まさか迷宮の道中、謎の侵入者が彼らを尾行していたことなど、思いも寄らないことだったのだ。
慎重に身を隠し続け、聖域まで辿り着いたそいつは、エルナスとパーシィが愛の営みを終えるまでじっと様子を伺っていた。
そしてパーシィがBURSTを解いた途端、そいつは突如影から飛び出し、パーシィから離れた大ダロスの力の象徴――六角形の赤い結晶を奪い取ったのだ。
この時点でアリアドスは自分の不覚を呪ったが、しかしそれでもまだ大事には至らないだろう、と高を括っていた。
大ダロス様が御力の不当な所有をお認めになるはずがない。試練の時にそうされるよう、不埒な侵入者なと弾き飛ばしてしまうことだろう――と。
だが水晶の壁は、有り得べからざる光景を映し出した。
パーシィがBURSTする最に取った行動を見ていたのだろう。それをそっくり真似した結果、その人間はいともあっさりと、大ダロスとのBURSTを達成したのだ。
驚愕して身構えたエルナスとパーシィに、そいつの明確な敵意が向けられるのを見て、とうとうアリアドスは飛び出したのだった。
自ら設置した罠を解除しながら、聖域までの緊急ルートを足早に進む。水晶の祠に駆け込むまで、アリアドスの心臓は張り裂けんばかりであった。
「お前たち! お前たちっ! どうか無事でいとくれっ!!」
だが、祠の中で、彼女が見たものは。
「!? うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
最初に目に入ったのは、倒れ伏した愛息の尻だった。
身体の前半分は、正視に耐える状態では、なかった。
恐らくは相手の威嚇を受けて竦んだところに、最初に肩から脇にかけての一撃。側面で受けているのは、狙われたパーシィを庇ったのだろう。威嚇に怯まされながらも、息子は妻を守ろうとしたのだ。
夥しく真っ赤に染まった胴体が、その一撃が既に致命傷であったことを物語っている。それでも必死で相手に縋り付いて食い止めようとしたところを、今度は前肢を叩き折られ、その後咬み付いてでも抵抗しようとしたのか、あるいは吠えかかったのか……
最期に潰されたであろう場所のすぐ側で、見開かれた眼が無念そうに中空を睨んでいた。
そこまでして息子が守ろうとした嫁は、転々となってバラ撒かれていた。
肉片の続く先で、残った身体の大部分が、まだそこにいた襲撃者によって踏み躙られ、引き裂かれ続けていた。
最早原形を留めていなかったのに、それがそうだと判ったのは、唯一判別可能な部分が、首から上が、襲撃者に髪を掴まれぶら下げられていたからだった。
「こんな、バカな……こんなこと、あるはずがないよ……あの慈悲深い大ダロス様が、何よりも愛する血族に、心を通わせた嫁に、危害を加える者になんか力をお貸しになられるはずないんだ……なのに、なのに……」
目の前に広がる地獄絵図を拒絶するように、アリアドスは首を振って呻く。
その時、パーシィの亡骸を弄んでいた襲撃者がこちらを向いた。
ケンタロスの角の下から現れた、鬼のような人間の顔を見て、
「あぁ…………っ!?」
アリアドスは、全てを理解した。
「これは……何ということだ…………」
やはり、人妻を嫁に迎えるべきではなかったのか?
それとも、欲深い人間に心を許したことが間違っていたというのか?
それでも、だとしても、あたしは。
エルナスにも、パーシィにも、幸せになって欲しかったのだ。
それなのに、あんまりじゃないか。こんな結末、あんまりじゃないか!!
「お……のれ…………」
絶叫が上がる。
BURSTの力を破壊衝動に任せて奮う、黄金の悪鬼へと向かって。
「私欲を露わにした人間め……!! 許すま――」
けれど、血塗れの蹄に、その絶叫は踏み砕かれた。
●
「うるさいぞ! この忌々しい虫ケラめっ!!」
踏み下ろした一撃で、ギチギチと鳴き喚いていたアリアドスは動かなくなった。
屍だらけとなった水晶の祠の中、狂気を孕んだ声が響く。
高く艶のある、少年の声だった。
「父さんを裏切ってポケモンと通じた汚らわしい女は、おれがこの世から消し去った! あぁ、これでようやくまともな人間として認められるワケだ……その上、こんな素晴らしい力まで手に入るとは……フ、フフフ……」
少年は笑った。
手に提げた女の首と、同じ顔で。
「あぁ、溢れる! 何という力だ! おれは今、最強の戦士になったんだ! このBURSTの力があれば、世界だって変えられる! このおれが……人非人の子と蔑まれたこのアステル様が! この世界を変えてやるんだ……フフフ……ハァ~ハッハッハ!!」
2本の角を誇らしげに振り翳して、アステルは笑い続けた。
半人半牛の怪物が、迷宮中に哄笑を轟かせた。
●
BURSTは、一度心を許した者の直系の血族に対し、ほぼ無条件で反応する。
パーシィが元夫との間に産み落としていた息子アステルが、この場所を見付け出してしまったことこそ、BURST戦士という悲劇の始まりであった。
この後、アステルが持ち出した大ダロスの結晶……BURSTハートが解析されたことによって、融合のメカニズムが判明し、数多くのポケモンたちが人間の勝手な争いのために永久封印されていくことになるのだが……。
その結末は、また別の物語となる。
~Bad End~
【原稿用紙(20×20行)】 56.5(枚)
【総文字数】 17136(字)
【行数】 497(行)
【台詞:地の文】 32:67(%)|5508:11628(字)
【漢字:かな:カナ:他】 32:53:9:4(%)|5607:9201:1583:745(字)
もしもBURSTハートのポケモンと話せたら……
どうする? とか、
もしもBURSTしたなら……
ポケモンのためにどう使う? とか、
そんな想像をして独り盛り上がりながら両BURST作品を書き上げました。*3狸吉です。
ポケモンと人間が融合する物語――
んなもんこのWikiにはとっくの昔にあるワケで、いまだかつてなくも何ともありませんがw
封印したポケモンの力だけを便利使いする非道設定で悪名高い〝BURST〟を使用した小説としては、多分Wiki初の作品となります。
ハッキリ言いますが、僕はあの漫画が大っ嫌いです。
余りに嫌いで嫌いで不快すぎて、放置しておくのも堪えられなくなった挙げ句、だったら自分で納得できる形に改良してしまえ、と思い至ったのでした。
あんなのでもとにもかくにも公式のポケモン作品。少しでもポケモンのために活かせる方法を探してやりたかったのです。
さて、『封印したポケモンと融合する』BURSTの設定を活かしつつポケモンをまともに描こうと思ったら、方法論としてはあとがきの最初で挙げたふたつが考えられます。つまり、
1・封印されたポケモンとの関係を描く。
2・融合によって得た能力をポケモンとの交流に使う。
このふたつですね。
姉妹作『吐き出す心』は1を重視して、本作は2を重視して描いています。
では具体的に、融合してどう交流するのか……真っ先に『獣姦のための融合』を考えたのは、このWikiの住人としては当然でしたw シンオウ昔話の記述も、BURSTすることで人とポケモンが同じになっていた、ということだと考えられますし。
実は最初は1の要素も入れるつもりだったため、こんな話を考えていたのです。
主人公はごく最近あるトレーナーにゲットされたポケモン♀。(乗用として使えるゼブライカ推奨)
トレーナーはバトルするときは普通にポケモンを使うが、別のある仕事(未確定)をするときはBURST能力を使う人。
主人公は彼のことを愛してしまっていたが、当時のポケモンは人の言葉を使えなかったために想いを伝えられず、BURSTして彼と心を通わせている融合ポケモンのことを羨んでいた。
そんな悶々とした日々が続いたある夜、彼が寝ている隙にBURSTハートの中からポケモンが現れて彼女に語りかける。
そう――彼の使うBURSTのポケモンは、この世で唯一BURSTハートの封印をすり抜ける事ができるポケモン、ミカルゲの紫影螺さんだったのだ!(この時点で名前も決まっていたw)
主人公の想いに気付いていた紫影螺は、ふたりが結ばれるための計略を持ちかける。
彼を騙してBURSTさせ、その状態で紫影螺が彼を押さえつけて主人公に襲わせたのである。
快楽の中、紫影螺は主人公のことが好きだったこと、トレーナーの男の身体を利用して結ばれたかったことを打ち明ける。トレーナーも彼女たちを受け入れ、一人と2頭は深く結ばれたのであった。
そんな風にして、人とポケモンの垣根はなくなっていき、やがて互いの言葉を覚えていったのである。(締めとして、シンオウ昔話の例の一節)
……とまぁ見ての通りでw、BURST能力と官能展開に至る流れに統一性がなく、話が無駄に長くなりそうだったのでボツにしました。
そこで、1と2のコンセプトを別々の小説で描く作戦に切り替え、2の要素である『BURSTによる獣姦』だけを残して、キャラたちは非官能部門に流用したんです。(ちゃっかり話自体もギャグで使いましたがwww)
再考に際して〝BURSTして子作りすることで、何が産めるのか〟をまず考えました。
その答えとして出てきたのが、『雄しかいないポケモンが、自分の種族を残す手段』です。
これならBURSTハートへの封印も100%ポケモン側の事情ですので、ポケモンが封印の犠牲にされていることにはならないワケです。『どんなカップルでも子供を作れるようにできる』というのはメタモンでもできない業ですので、充分メリットはあると考えられました。
そして、雄のみのポケモンにケンタロスがいると気付いた時、閃きました。
ギリシャ神話のミノタウロス誕生エピソードが、そのまんま使えるじゃん……と。
クレタの牡牛に恋をしたパシパエ王妃は、お抱えの工匠ダイダロスに牝牛の像を掘らせ、その中に入って牡牛と交わりました。
その牝牛像をBURSTに置き換えて、
パーシィはパシパエ王妃、彼女にケンタロスとBURSTする力を与えた大ダロス様はダイダロス、パーシィの子で〝半人半牛の怪物〟と化したアステルは、ミノタウロスの本名アステリオスがモデルです。本来ミノタウロスはパーシィとエルナスの子でなければいけないはずですが、ある意味彼も『ふたりの道ならぬ行為の結果生まれた怪物』と言えなくもありませんので……。
アリアドスを出したのは、そもそもアリアドスというポケモンの名の由来が、英雄テーセウスがミノタウロスを倒すために迷宮に挑む時、迷宮脱出のための目印となる毛糸玉を渡したアリアドネ姫から来ているからです。本来アリアドネはパシパエの娘なのですが、何故か義母になってしまいましたw
エルナスの名前の由来は作中に書いた通り牡牛座のエルナト星から。ちなみにウィキペディアによると、エルナトというのはアラビア語で「(角で)突くこと」を意味しているのだそうです。……今回のタイトルキーワード、歴代最高難易度だったのではないでしょうかw
このように、僕のポケモンのチョイスは由来や計算に基づいたものが多いのですが、今回ギャロップだけは完全に趣味で出してます。ポケ×獣人よりもポケ×ポケの方が好みですしw
第二回帰ってきた変態選手権参加作品『何事も経験値』のコメント欄で伏せ字で言っている〝構想中の作品〟とは本作のことでした。『〝ミオ〟で語られている〝昔話〟と、〝漫画〟の設定である〝BURST〟を併せて利用』したワケです。また、同コメント欄で『そろそろオーソドックスなラブストーリーも描いてみたい』と言っていたのも本作を意識していました。結末は余りにもオーソドックスとは言い難い物になりましたが……。
バッドエンドは不可避でした。
BURSTは許せても、BURST戦士は許せなかったからです。人とポケモンとの関係は決して一方的なものではないこと、それを一方的なものにしてしまったBURST戦士が〝間違い〟であることを示すため、パーシィたちには犠牲になってもらうしかありませんでした。
この先、僕の世界観の中で〝間違い〟であるBURST戦士は、〝あの大戦〟で馬脚を現した後、間違いを正しながら、姉妹作『吐き出す心』へと続いていきます。
『迷った日々も、間違ったことも、一つも無駄にしない――』
そんな吐き出す心のハッピーエンドへと繋がったことで、パーシィたちも報われたのだと思ってあげたいです。
>> (2013/04/07(日) 01:05)さん
>>ケンタロスとは珍しくて、美味しかったです。
去年の大会のバルキー君もそうでしたが、牡のみのポケモンって小説には使いづらいですからね。しかしだからこそ、描ける物語もあるのです。
投票ありがとうございました!
>>(2013/04/07(日) 23:27)さん
>>まさかの外伝ですかww
>>題材が面白かったので一票。
さすがにこのWikiでBURSTを題材にしようなんて物好きは僕ぐらいなものでしょうw
これまでの僕の外伝作品はそう見せかけた偽物でしたが、今回は2作品とも大真面目にBURSTを考察してみました。
貴重な一票をありがとうございました!!
*コメント帳
・狸吉「『吐き出す心』は台詞にパロディがたくさん入っていただもが、こっちにも幾つか原作から台詞を拾ってきてるだも」
・パーシィ「あぁ、分かります。『私……なったのね…………ケンタロスに……!!』は、『リョウガ……なったのね…………ゼクロムに……!!』からですし、お義母さまの最期の台詞も、GGに捕らえられたコバルオンの台詞ですね」
・エルナス「台詞以外では『が、しかし……』っていうのも、第1話1ページ目のナレーションのパロディなんだよね」
・狸吉「ちなみに、『あぁっ、僕は……イくぅうぅぅーーーーーーっ!!』もパロディだも」
・エルナス「……あったっけ? そんなシーン…………?」
・狸吉「仮面名の元ネタの人が、アルカデスの危険性を訴えて『これだけ言ってもまだ行くつもりなのか?』と問われたときのリョウガの台詞が『あぁ……オレは、行く!!』と」
・アリアドス「……知ってる人も気付くかいそんなもん!?」
最新の10件を表示しています。 コメントページを参照