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エブルモン・アルカンシェルprism-B

/エブルモン・アルカンシェルprism-B

※注意
・この項は、エブルモン・アルカンシェルprism-Gの続きです。
 最初から読む場合は、prism-Rから順番にお読みください。
緊縛、腹ボコ、覗き、同性愛(?)などの性描写があります。



 けれど、その笑顔に応えるためにこそ、今甘えるわけにはいかなかったから。
「お休み、ティユさん」
 くすぶる想いを扉で遮り、火蛇(カジャ)はミーティングルームを後にして個室に戻っていった。

 ▽

 やべぇ。ガチで眠れねぇ。
 ボールの中でまんじりともできず、火蛇は呻いていた。
 枕に押し当てたこめかみの裏で、脈動が騒がしく響いて頭蓋を震わせてくる。
 明日は大会の最終日なんだ。絶対に失敗できねぇんだぞ。休まなきゃ。休まなきゃ。休まなきゃ。
 焦りが脈動を加速させる。瞼を固く閉じようと力を込めれば込めるほど、絞り出された涙に刺激されて覚醒が促される。意識するほどに努力が空回りする悪循環。どうしろと。
「火蛇、起きているか?」
 そよ風のような優しい囁きにボールが揺らされるのを感じて眼を開けると、夕太刀(ユウダチ)の瀟洒な顔と、生垣(イケガキ)の重厚な顔、対照的なふたつの蛙顔が見下ろしていた。
「やはり緊張で眠れていないようだな」
「まぁ、仕方なかろう。あれだけティユさんに発破かけた後じゃ、気合いの入り過ぎで眠れなくもなろうて」
「ぶっ!?」
 一気に跳ね起きて、火蛇はボールの外に飛び出した。途端に、生垣の香りが疲れた身体を甘く包む。
「何だよお前ら、聞いてたのか!?」
 盛大に加熱した顔で詰め寄る火蛇を、まぁまぁ、と吸盤付きの手を広げて宥めつつ夕太刀は言った。
「たまたまだ。我たちもティユにひと事かけようと想いミーティングルームに行ったところ、貴方に先を越されていたのでな。よく言ってくれた、火蛇。メンバーの厳選に関する葛藤は避けては通れぬ問題だったが、我々だけではとてもあそこまでティユを支えられたかどうか……」
「まったくじゃて。火蛇がきてくれてよかったとつくづく思わされたわい」
 試合組たちより古くからの付き合いでティユのことをよく知っており、かつ客観的な立場で意見できる火蛇だからこそ、腹を割った言葉をティユにぶつけられたと言えるだろう。
「成すべき役割を果たしただけさ。肝心の試合でも明日こそ果たさなきゃな……お前らこそ、今きてくれて助かったよ。マジで眠れなくなって困ってたんだ。眠り粉ひと振り頼むぜ」
「それでは生垣、手筈通りに」
「うむ」
 頷き合う仲間たちの前で、火蛇はクッションの上に茜色の胴を横たえ、ぐったりと手足を弛緩させて生垣の眠り粉を待つ。
 生垣はしゅるり、と蔓を長く伸ばして寝そべる火蛇に向け、
 何食わぬ顔で、手足に絡み付けた。
「……おい」
 抗議の声は完璧に無視され、蔓は火蛇の両腕を縛り上げて、下肢を強引に開かせる。
「ちょっと待て、こら……!?」
 尾の傍らに腰を下ろした夕太刀が、開かれた秘所に顔を寄せて、指の吸盤と舌でスリットを割り灼柱を引きずり出した。
「待てっつってんだろうが!! 眠り粉はどうした眠り粉は!?」
「む? すまん。眠りながら済ませる方がお好みだったか」
「悪戯をやめろっつってんだよ! 何考えてんだお前らぁっ!?」
 縛られたまま激しくツッコむ火蛇に、夕太刀はケロッと応えを返す。
「入り過ぎた気合いを抜いてやろうと思ってな。溜まったストレスを吐き出せば、心地よく眠れるであろう」
「いや、だからってなぁ、大会の最中にヤるこっちゃねぇだろうが!? 試合に差し障りでもしたらどうすんだよ!?」
「じゃからこうして、耐久力のないお前さんの腰に負担がかからんよう、儂が縛って固定しているというわけじゃよ。安心して夕太刀に身を委ねるがええ。ガハハ……」
 腰で突っ込む疲労はしなくて済んでも、声でツッコみまくって精神的に疲れそうなんだが!?
 ……と生垣にツッコもうとしたが、それで精神的疲労に及んだら元も子もないので諦めた。既に甘い香りは火蛇の鼻孔に深く浸透している。どうやら逃れる余地はなさそうだ。無駄な抵抗はしないで早めに抜かされた方が楽に終われるだろう。
 まったく、まともかと思えばこんな一面も見せやがって、本当に夕太刀という雌は評価に困る……
 呆れた溜息と一緒に、灼柱を刺激された官能の喘ぎが漏れる。
 酒が入っていないせいだろうか。這い回る舌の感触は、一昨日の晩に感じたものよりも柔らかく、粘膜に吸いつくような粘りがあった。
 根本から先端まで巧みに舐め回された灼柱は、燃える色を濃くしてムクムクと勃ち上がり天を突く。
「改めて見ると、本当に見事なモノだ。特殊攻撃力の最高評価はこの辺からなのかな? フフフ……」
 灼柱から唇を離し、唾液の糸を引きながら、夕太刀は上気した声で感想を述べた。
「やめれぇ、恥ずかしい。一昨日もしっかり味わったモンだろうがよ!?」
「いやいや、素面で触れればまた感想は違うものだよ……さて、と」
 涎を拭い、おもむろに夕太刀は身を乗り出した。
 いよいよ、絞り出しにかかるらしい。自身を飲まれる光景から眼を閉ざして、火蛇は灼柱に力を込めた。
 ……が、予想に反して、先端にかかるはずの息吹が遠ざかり、柱に巻き付いていた舌がスルスルと解ける。
「…………どうした? 今更放置プレイでもあるま……っ!?」
 うっすらと瞼を開いた火蛇は、状況を確認するなり眼を剥いて絶句した。
 夕太刀の鋭利な顎先が、斬首剣の如く火蛇の頭上に振りかざされていた。
 脚を伸ばして起き上がり、火蛇の尾を跨ぐ姿勢で立っていたのだ。
 舌と指で灼柱を支えつつ、もう一方の手を自らの股間にあてがう。
 尻尾の付け根の蒼い膨らみを押し開くと、煌めく水門がくぱぁ、と艶めかしい色を魅せた。
 灼柱を掴んで導き、熱い先端を水門に潜らせる。痛烈なまでの快感が、灼柱から背筋を伝い脳天まで駆け抜けたところで、
「やめろバカァァァァッ!! 何をするつもりなんだ何を!?」
 ようやく、強ばっていた喉を絶叫が突き破った。
「……見ての通り、これから本番に入るところだが? 身を捧げようという雌に向かってバカとは酷いな、フフフ」
 息を荒ぶらせながらも相変わらずのケロッとした口調でとんでもないことを語る夕太刀に、火蛇は蔓で縛られたまま猛然ともがいて抵抗した。
「いやダメだろさすがにヤバいだろ生本番は!? せめて素股とか、挿れるにしても避妊具を着けるとか!?」
「悪いが避妊具の持ち合わせはない。どの道タマゴができる関係でもないのだ、思いきって汚してくれても構わんよ」
「いや俺が構うって!?」
 どんなに暴れても、絡み付いた蔓から逃れる術はない。この状況で火蛇が取れる有効な回避手段があるとすれば、灼柱を萎えさせることだけだった。賢明に意識を外に逃して自身の沈静化を試みる火蛇に、夕太刀は甘い声で囁きかけてくる。
「私はな、火蛇。お前の誓いを、直接この身で感じたい。私の誓いを、お前に感じて欲しいのだ。最早対戦の場で指を咥えて待っているだけでは、私たちの技は交わりそうにない。だから、私の方から歩み寄らせてくれ。頼む……」
 既に水門を潜らされた先端が、雄の本能を否応なしに焚き付ける。灼柱がはちきれそうに張り詰め、早く、もっと水門の奥へとせがむ。劣情を吐き出す他に萎える望みなど、絶望的だと思えた。
「何も心配するな。すべて私に委ねてくれればいい。私は、これまでも何度となく、晴間(ハレマ)とこうして誓いを確かめ合ってきたのだからな…………」
「……んなこと聞いたら、余計に受け入れられんわ!」
 夕太刀の言葉に熱を引かせるものを感じて、火蛇はそれに縋るように顔を背けた。
「だって……晴間に、悪いじゃねぇか…………」
 ――くれぐれも、夕太刀に惚れたりしないように。
 そう訴えてきたゴウカザルの、物言いたげな切ない顔を思い浮かべて。
 ここは彼の場所なのだと、自分が踏み荒らしていい場所じゃねぇんだと、灼柱に言い聞かせて。
「ふむ……勘違いさせてしまったようだな? 」
 けれど、そんな火蛇の苦闘を、どこまでもケロッとした声が押し流す。
「私と晴間は別段、貴方が考えているような仲ではないぞ」
「……へ? いやあのだって、何度も晴間とこうしてたって……!?」
「確かに、肉欲を交わす関係だったのは事実だ。幼なじみ同士、それぞれケロマツとヒコザルだった頃から相手の身体を余すところなく舐め合う程度の遊びは嗜んできたし、水揚げ及び筆卸しを互いで済ませて以降は、試さぬ行為などないほどに経験を積んできたからな」
 いやいやいやいや。
 どう聞いても勘違いの要素が見当たらねぇんだけど? 本当に俺、このまま夕太刀とヤっちゃって問題ないの!?
「……しかし、許し合う仲ではあっても、相手の存在を独占したいと想い合うような関係ではない。お互い、手近な相手で色事を学び合っただけのことだ」
「処女まで捧げた相手なのにかよ……?」
「ほぅ、初体験の相手が特別というのであれば、貴方はどうなのだ? 魔月(マツキ)から聞いているぞ。リザードに進化したばかりの頃、ティユ隊に一時移籍した際に寝所に連れ込んで美味しく頂いた、と」
「その表現、俺にとっては比喩になってなかったから! 今のこの有様すら生易しく感じる惨状で貪り食われたよ!!」
「とまぁ、最初の相手への思い入れなどポケモンそれぞれ、ということだ。無論私にとって晴間は、大切な仲間で何でも許せる幼なじみだが、他の相手と誓いを結ぶことを忌避する理由にはならないのだよ。奴の方も、前大会の頃から私より六花(リッカ)と付き合うことの方が多くなっていたのだぞ」
「む……やっぱそうなのか。六花さん、晴間のことに随分と気を配っていた様子だったしな」
「先発要員として共にバトルの火蓋を切るもの同士、通じ合うものを感じたのだろう。幸か不幸か、仲良く一緒に除外になったのだ。今頃は奴らも共に、身体で慰め合っているところかもしれぬわ。だから貴方も。晴間に気を使うことはない。遠慮なく私と誓いを交わすがいい」
 ……本当に、そうなのか!?
 夕太刀が晴間のことを単なる幼なじみのセフレとしか見ていねぇってのも、晴間と六花が今いい仲だってのも事実、だとしよう。
 けど、晴間の方が夕太刀をどう想っているかについちゃ、夕太刀の言い分だけでは分かんねぇだろ……!?
 ――夕太刀に、惚れたりしないように。
 そう言って俺を睨んだ晴間のあの燃えるような眼差しには、一体どんな想いが込められていたんだ……!?
「ふぅ……、まだ覚悟が定まらんようだな」
 じれた溜息と共に、夕太刀の眼差しが外観そのままの鋭さを帯びる。
 一昨日の晩、謎の気配から感じた獰猛な威圧感をも勝るほどの猛々しい視線で、夕太刀は火蛇を射竦めた。
「いいか? 仮に私と晴間との関係が特別なものだったとしよう。だとしても……いや、もしそうならなおのこと、貴方にはこの大会での私のパートナーを務める者として、私を晴間から奪い取るぐらいの気概を持っていてもらわねば困る」
「う……」
 寝取りの背徳を煽られて、捕まれた灼柱に緊張が疾る。
 昨晩悟理(サトリ)の前で押さえ込んだ劣情が、呼び起こされて狂おしく沸き立つ。
「断っておくが、昨晩とは事情が異なるぞ。私は晴間と結婚しているわけでもなければ子持ちでもない」
「それもしっかりと覗いてやがったのかぁぁぁぁっ!?」
 ガチで危なかった。あの時全力で自制してなかったら詰んでいるところだった。
「壁に耳あり障子に目あり、じゃ。油断は禁物じゃて。ガハハハハ……」
「火蛇、貴方は言葉遣いの割に気性が穏やか過ぎる。割り切りのよいオトナであり過ぎるのだよ」
 そうかなぁ。自分じゃ割と文句をつける方だと思ってたんだが……
 と反論しかけて、振り返ってみれば文句は言っても結局は、誰かに気を使って引き下がってばかりいた自分に気付かされた。現に今もあっさりと反論を諦めたことで、指摘の正しさをとことん証明してしまっている。
 対戦向きでない、穏やかな性格。そのためにこれまで、肝心なところで踏み込めずにいたのかもしれない。
「理解の早さと忍耐力は美徳でもあるが……できれば今は、ひたむきな雄を私に見せて欲しい」
 心のままを夕太刀に解き放てたら、明日も壁を乗り越えて彼女の隣に並べるのだろうか。
 夢にまで見た彩を、フィールドの空にふたりで描けるのだろうか…………!?
「……って、んなこと言うならさっさとこの手足を解きやがれ! 縛られたまんまで何を見せろっつってんだよ!?」
「もちろん、緊縛されて悶える艶姿を、だ。それは魅せておいてもらわねば、私が濡れぬ」
「何ちゅう身勝手な!?」
「仕方なかろう。濡れねば……さすがに私とて、これ程の逸物を迎えるのは厳しいから、な…………」
 タラリ、と夕太刀からこぼれた雫が灼柱を伝う。
 愛液、かと思えば違っていた。
 ガクガクと戦慄く太股の内側から湧いた。脂汗だった。
 先刻から夕太刀の表情は鋭く研ぎ澄まされたまま、ちっともケロッとなんてしていなかったことに、ようやく火蛇は気が付いた。
 火蛇の灼柱に比べて、夕太刀の水門はあまりにも狭く、腰つきも華奢でか細い。
 タマゴグループが一致する相手なら、多少体格差があっても何とかコトを済ませる方法はあるものだが、ゲッコウガとリザードンは一致していないのである。
 自分よりひと回り体格の小さいゴウカザルである晴間のは、幼い頃から触れ合っていることもあって楽に受け入れられたのだろうが、体格差以上に質量のある火蛇のを門前に迎えて、怖れに尻込みしそうになるのを強気で取り繕っていたらしい。
「ったく、無理しやがって。本当にいいのか? 本気で燃え出したら、俺のはメッチャ熱くなるんだぜ」
「フッ、上等だ。炎を捌くのは……私の得意とするところだ!!」
 蒼い腰が屈められる。先端だけで張り詰めていた水門を、太く熱い肉棒が更に押し開く。
「ぐあぁぁぁぁっ!」
 中ほどまで灼柱を飲み込んだところで、苦悶の声も絶えだえに進入が止まった。
 キツい。灼柱の中を欲情が通り抜ける余地などあるのかと心配になるほどのテンションが締め上げてくる。
 天井に口を開いて喘ぎながら、それでも夕太刀は更に灼柱を胎内に受け入れようと腰を沈めた。
「お、おい、マジでもうそこまでにしとけ! 裂けそうじゃねぇか!?」
「それを恐れていては、雌ポケなどやっていられんよ……ぐぬぅぅっ!!」
 メリメリ……と嫌な音を立てて、夕太刀の下腹がボッコリと盛り上がる。
 夕太刀の小さな尻が、火蛇の尻尾の付け根に落ちる。灼柱は、根本まで彼女の冷ややかな体温に締め付けられていた。
「ハァハァ……あぁ、どうにか、なるものだな。フフフ……うぅ、さて、と」
 火蛇の腹の上に手を突いた夕太刀は、結合部を擦り上げるべく震える腰を浮かせにかかる。
 ポタポタと落ちる脂汗が、火蛇の上でジュッと泡だって白い湯気に変わった。
「だから無茶すんじゃねぇ! 今俺が気をヤったら、腹の中で爆竹を焚くようなことになるぞ!?」
 しっとりと美しい雌に挿れられ、先端から根本までを千切れんばかりに圧搾されて暴発寸前になっている灼柱を必死に抑えて火蛇は叫んだ。
「頼む、もうやめてくれ。雄として充分いい思いを感じさせてもらった。後は自分で始末をつけるから……」
「なん、の、これしき……っ!」
 吸盤を火蛇にギュッと押し付け、宙を仰いだ瞳を潤ませて、夕太刀は声を絞り出した。
「貴方や、悟理が、力の差を乗り越えて奮闘していることを思えば、この程度の痛み、何するものぞ……っ!!」
「ゆ、夕太刀……」
 気迫の篭もった咆哮に気圧されている火蛇の首筋を、昂った舌先が優しく舐める。
「私は、信じている。貴方は必ず、私の誓いに応えてくれると。だが、ここで身体を張れないのなら、私の方に貴方の誓いのを受け止める自信が持てないのだ。だからっ……!!」
 そこでもう息が尽きたのか言葉を切り、夕太刀は火蛇の胸に肘を突いて崩れ落ちた。
「……のう、火蛇よ」
 脇から甘い香りに乗って、火蛇の身体を蔓で縛っている生垣の声がかかる。
「夕太刀は今、自分の雌をかけて戦っとるんじゃよ。儂からも頼む。迷惑かもしれんが、今は彼女の好きにさせてやってくれんか……?」
 応えの代わりに。
 火蛇は黙ったまま首を伸ばし、夕太刀の頬にそっと擦り寄せた。
 その愛撫に堰を切らされたのか、夕太刀は再度腕に力を込めて腹の膨れた上体を立て直し、太股をしなやかに弾ませて腰を振り立てる。
 外気に触れて愛液の湯気を立てた灼柱が、すぐさま再び夕太刀の水門に飲み込まれた。
「ぁはぅあぁぁっ!」
「くうぅぅっ!」
 切ない嬌声が共鳴し、交錯した結合部が熱を上げて激しく湯気を沸き立てる。

 ――火蛇。感じてくれているか? 私の…………
 ――あぁ。効果抜群に感じてるぜ。流れ溢れて俺を優しく包み込む、清らかで心地よい、お前の……〝水の誓い〟だ。
 
 長い脚を曲げ伸ばしして、腹の膨らみを上下させながら、何度も何度も夕太刀は火蛇に肉体を打ち付けた。

 ――あぁっ! 本当に、貴方のは熱いな……身体の芯から蒸発してしまいそうだ…………。
 ――そろそろ、俺の番だ。放つぜ……受け止めてくれるって、信じてるからな。
 ――フッ、選ばれた試合組の耐久力を甘く見るな。遠慮せず撃ち放て。そして、約束の空に、私たちの…………!!

 しごかれて吹き上がった灼熱の悦楽を、火蛇はもう押し止めることなく、躊躇わずに解き放った。
 愛液溢れる夕太刀の胎内で、灼柱が断末魔の鳴動に打ち震え、そして次の瞬間。
「うっくおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
 雄叫びを高らかに上げた火蛇の灼柱から、〝炎の誓い〟が熱く眩しく燃え盛って噴出した。
「はが、あぁ……っ!!」
 仰け反った夕太刀の腹が、ハリーセンのようにパンパンに張り詰める。
 灼柱に貫かれた奥深くで炎の誓いが爆発し、彼女自身の水の誓いと交わり合って、性の悦びに暴れ回っているのだ。
 今にもはちきれそうな無惨な姿で悶える夕太刀を哀れに思えど、溢れ出る誓いは止め処なく、脈打つ度に快感が脳裏を白く染め上げる。
 ふと、その白に混じって、違う色が射すのを感じた。
 色とりどりに閃く、光の帯が。
 あぁ、あれこそは、タマゴを成し得ぬこの交わりの中、ふたりの誓いが産み落とした――――
 くたり、と萎え果てた灼柱が抜け落ちて、ドロリとした感触が股間に滴り溢れる。
 ぐったりと火蛇の胸に身を横たえた夕太刀は、まだ膨らみの残る腹を抱えて、至福に浸る笑顔を浮かべていた。
「この色彩が、見たかったのだ……」
 陶酔の中で呟かれた言葉に、夕太刀も同じ光景を見たのだと知る。
 晴間とも、こんな風にまぐわいながら、ふたりだけの空を描いていたんだろうか……?
「明日こそは、現世の空に、ふたりで…………」
 それっきり声は途切れ、深い吐息が火蛇の上で緩やかなリズムを刻み始める。
 気が付けば、ふたりを包む甘い香りの中に、安らぎを宿した煌めく粒子が舞っていた。
「待たせたの、眠り粉じゃ。ふたりともこのまま休むがええ。後始末は、全部儂がやっておくでな」
 呼吸の度にぼやけていく意識の中で、生垣の声だけがやけにハッキリと響いて聞こえた。
「ふたりとも、よい夢を。そしてどうか、その夢を叶えておくれ。儂らみんなの夢なんじゃからのぅ……」

 ▽

~4月20日・日曜日~ 


 ▽

 ……夢だったんだろうか。
 ボールの中で昨夜の記憶を辿り、ぼんやりと火蛇はそう思った。
 外に出て、朝の風に身を晒す。
 尻尾の付け根に派手にこぼれたはずの粘ついた感触は、名残すらなく綺麗に消えていた。
 ボールの側に横たわっているクッションは、昨日までとカバーの柄が変わっている気がする。
 ふと気になって、下腹のスリットを開いて中身を確かめてみた。
 肉襞の内壁も、その中に縮こまっている灼柱も、何だかいつもより小綺麗に感じるのは気のせいだろうか。
 あれが夢でないとしたら、生垣は何をどれだけどんな風に後始末したのやら。ちょっと背筋に震えるものを感じなくもない。
 思いのほか疲れもなく体調は良好。グッと背伸びをして軽く身体を解した後で部屋を出ると、
「おぉ、おはよう、火蛇。よく眠れたか?」
 丁度そのタイミングで廊下に出てきた夕太刀の、曇りのない涼やかな顔とはち合わせた。
 スマートに切れ上がった身体の流れるようなラインはいつもの通りで、灼柱とふたりの誓いとでプックリと膨らんでいた痕は、そのなだらかな下腹にはまったく見当たらない。
 やっぱり、夢だったんじゃないだろうか……?
「無遠慮に身体を眺め回すのだな。少しくすぐったいぞ」
 恥ずかしげに抗議されて、思わず視線を逸らす。
 このウブな仕草、本当に昨夜自ら火蛇の灼柱に腰を沈めた雌と同一ポケなんだろうか。何かもう、夢だったとしか思えなくなってきたんだが。
「あ、あぁ、悪い、それでその、お前、身体は…………」
 慎重に言葉を選んで、火蛇は尋ねた。
「いや、何ちゅうか……体調はどうだ?」
 この上なく無難な質問で、ひたすら遠回りに探りを入れる。
「問題ない。充分に休めた。極めて良好だ」
 ケロリと爽やかな応えが帰ってきて、火蛇の微妙に緊張しかけていた頬がフッと綻ぶ。
 あぁ、何だ。
 結局、昨夜のあれは、ただの…………
「試合組の耐久力を甘く見るなと、昨夜言ったではないか。あのぐらいで根を上げていては、雌ポケなどやっていられんともな!」 
 ただの現実、大確定――!!
「……どうした? 何をまた顔を背けている?」
 どうしたもこうしたもあるか。
 気恥ずかしくって、まともに顔が見れねぇんじゃねぇか。
 ……実際、どうしちまったってんだろう、俺。童貞だったわけでもあるまいし。
 だけどそれほどまでに、ふたりで描き上げたあの輝きは、たまらなく眩しかったんだ。
 ちくしょう、慣れてやがるんだろうな。ケロッと澄ました顔をしやがって。
 尻尾の炎が動揺に吹き上がるのを感じる。何も隠せないリザードンの身が恨めしい。
「……すっかりこいつが焚き付けられちまったよ。こりゃいよいよ今日はしくじれねぇや」
 とりあえず、羞恥に燃えている尻尾を指して、気合いのせいだということにして煙に巻く。
 途端にポッカリと眼を見開いた後、夕太刀はケロケロ声を立てて笑い出した。照れ隠しもお見通しかよ。
「いや、すまん。実は、『尻尾の火を焚き付けられた(しりにひをつけられた)』という台詞は、晴間もモウカザルの頃まではよく追い込まれた時に使っていてな。ゴウカザルに進化した直後にもうっかり口にしたので、『お前の尻尾はもう燃えてないだろう』とツッコんだことを思い出していた」
 喉を鳴らしながらエピソードを語る夕太刀。あんまり楽しそうに笑うので、いつしか火蛇もつられて笑っていた。
 情事の後に前の雄の話をされて妬くより先に共感するとか、つくづく俺って闘争心が不足してんだな、と自覚しつつ。
 まぁ、いいさ。それが俺だ。
 何も全否定するこたぁねぇ。必要な時にさえ乗り越えてみせりゃいいんだから。
 葛藤を引きちぎり、重荷を置き捨てて、心を身軽にしてふたりは進み出した。
 交わし合った誓いを、果たす場所へ。

 ▽

 大会最終日初戦の、選手控え室。
 モニターに表示された対戦相手の情報を、ティユはつぶさに検証していた
 トレーナー名《アラシ》と書かれた下に並ぶのは、彼の手持ちたちの簡素な情報。
 サーナイト♂。
 キングドラ♀。
 ルカリオ♂。
 イルミーゼ♀。
 ニドキング♂。
 そして。
「……レートが下がって、少しは楽そうな相手と当たるかと思ったんだがなぁ」
「そんなに甘くはなかったってことね」
 列の最後に並んだポケモンは、ガルーラ♀。
 普段は腹の袋に仔供を抱えて行動するポケモンとして知られているが、メガシンカすることによって仔供が一時的に急成長。袋を飛び出し、母親との巧みなコンビネーション攻撃を仕掛けてくる。仔供という荷物を下ろした母親の戦闘能力も向上しており、母娘揃っての連続捨て身タックルを浴びようものなら、耐久の低い火蛇など一瞬で気合いのタスキごと潰される。スピードも速く、メガシンカ抜きでも火蛇や悟理を越える速さで技を繰り出すことも多い。その上、猫騙しやグロウパンチなど多彩な技を使いこなす汎用性をも持ち合わせている。間違いなく、この大会で最も猛威を奮っているポケモンだと言えた。
「しかし、何だってガルーラがこんな下位レートに……?」
「ガルーラだからって、メガシンカするとは限らないんじゃないの?」
「メンバーの弱点がやや偏り気味ですわね。地面弱点と格闘弱点がそれぞれ2頭ずつ……」
「その辺が苦戦している原因なのだろうな。とはいえ、地面にはキングドラの水技、格闘にはサーナイトとそれなりに対策も施してはいるようだが」
「どの道、儂らには地面技使いはおらんがのう。格闘技も悟理さんは覚えておらんし」
 口々に述べられる仲間たちからの意見に、ティユは難しい顔で思案を巡らせていたが、やがて口元を固く引き締めて、若葉色の帽子を目深に被り立ち上がった。
「結局、迷う余地はないってことね。基本メンバーで行くわ……狙っていくわよ!」
 何を狙うのかなど、問い返すまでもない。
 呼び出し音が控え室に響き、戦いの刻を告げる。
 今度という今度こそは、フィールドに極彩色の花園を咲かせてみせる――――!!

 ▽

 赤いハンチング帽に黒フレームのサングラス、赤地に黒い墨を散らしたようなペイントTシャツ、袈裟懸けにかけたバッグもワインレッドに黒のツートン。緑が好きなティユたちに対し、アラシ氏は赤地に黒の組み合わせが好みのようだ。
 火蛇と悟理がフィールドに飛び出すと共に、アラシもオレンジ色のミディアムパーマをなびかせてモンスターボールを展開する。
 飛び出した巨体が、太く力強い両足でフィールドを踏みならす。その両足が支える豊かな腹には、あどけない顔が覗いていた。
 予想通り先発で現れたガルーラ。その隣には、水中型のポケモンが対戦の場に立つ際に身体を支える特殊な水の渦に包まれて、蒼い竜が首を構えている。
 クルリと巻いた尾、手足のない胴体から一枚だけ生えた優雅な背鰭。枝分かれした2本の角。銃身のように突き出た口。アラシのもう一方の先発は、キングドラだったのだ。
「セオリーなら、火蛇が身を守ってガルーラの猫騙しを受け止め、悟理が猫騙しでキングドラを押さえ込むところだけど……」
 だけど、それで本当に勝てるのか……!?
 猫騙しで怯ませても、メガシンカによる能力向上は止められない。そして最初の一合を防御して凌いでも、次の攻撃に火蛇は対応しきれない。メガガルーラ母娘とキングドラ、双方の攻撃が火蛇の飛ぶ場所を蹂躙することだろう。
 強引に交代してコンボに繋げるとしても、この並びを突破するのは極めて険しい。
 どうすれば。
 一体どうすれば、このあまりにも高く厚い壁を越えられる――!?
 抜け道を求めて彷徨い迷うティユの視界を、カッと眩い光が照らした。
「火蛇…………!?」
 火蛇の尻尾の先端が、いつになく鮮烈に燃え盛っている。
 まるで、場に出た始めから猛火を灯しているかのように。
 今、火蛇の意気は最高潮に高まっているのだ。
 ならば、トレーナーである自分に求められているのは、この火勢を活かすこと。
 身を守らせたり退かせたりして、むざむざと削いでしまってはならない。
 元よりエブルモン・アルカンシェルは超攻撃型戦法。攻めに攻めて攻め抜くことで相手の攻撃を凌ぐのがティユの戦い方だ。探しても抜け出す道が見つからないなら、一か八かのところを切り抜けて突破するまで。
 その上で、攻勢に出た火蛇の身を守るには……!?
 そっと視線を悟理に移す。
 桃色の髪の向こうからチラリと覗いた眼差しは、静かに、力強く頷いた。
 初手の一合だけでも、相手頼みのポイントが少なくとも3つ。そのすべてを乗り越えられなければ一気に窮地に立たされる。博打もいいところだけれど、だからといって賭けなかったら確実な敗北しかない。自分の読みと、そして仲間たちを信じて――――
「勝負!!」
 号令を受けて、4頭は一斉に動き出した。
 と同時に、後方のトレーナーエリアでアラシが左腕を振り上げる。
 閃光が共鳴し、ガルーラの姿が光球に包まれた。
 その光を割って、豪腕が小さな戦士を袋から掴み出す。
 可愛らしいあんよでフィールドに立ち、母親と共にファイティング・ポーズを決めた。
 メガガルーラ、爆誕。そしてこの瞬間――
 ティユが望んでいたひとつ目のポイントが、無事にクリアされた。
『ガルーラだからって、メガシンカするとは限らないんじゃないの?』
 試合前に何気なくそう意見していたのは鍋鶴(ナベヅル)だったのだが、実際その予想が的中することこそが一番驚異だったのだ。なぜならば、悟理が猫騙しで止めようとしているのが、ガルーラの方だからである。メガシンカ前の通常ガルーラは、怯みに耐える特性〝精神力〟を持っていることが稀にあるのだ。猫騙し対策として精神力ガルーラのままで行動されていたら、組み立てた戦術のすべてが崩壊するところだった。メガガルーラならば特性は母娘の連携を司る〝親子愛〟。猫騙しの怯みを無効化される心配は、これでなくなった。
 次なるポイントは、悟理がガルーラより早く猫騙しを撃てるかどうか。
 種族としての脚力ではチャーレムを上回るガルーラだが、ポケモン全体としてはそれほど速い方ではない。パワーとタフネスさ、そして弱点の少ないノーマル単だということを活かし、先手を取られても耐えられるように、素速さより耐久を重視した鍛え方をされている場合が少なくないのだ。悟理はスピードを極限まで鍛えてある。相手の育て方次第だが、抜けたとしてもおかしくはない。更に言えば、メガガルーラが猫騙し以外の行動を取ったなら何の問題もなく――
「!?」
 ふと視界の端に捉えた動きに、ティユは息を飲んで振り返った。
 キングドラに、身を守る気配がない。
 火蛇を攻撃する気!? 戦慄にエメラルドの瞳が凍り付く。
 もうひとつのポイント、最後の希望的観測は、キングドラが悟理の猫騙しを警戒して防御に入ることだったのだ。
 これでは、もし悟理がメガガルーラの行動阻止に失敗したら、火蛇に攻撃が集中して……!?
 思考に沸き上がりかけた暗雲を、けれど即座に振り払う。
 まだ何も終わってない。始まってすらいない。
 分の悪い賭けなのは分かりきったこと。それでも賭けた以上は、ポケモンたちを信じて立ち向かうしかない。
 お願い、悟理。火蛇を守って。私たちの夢を繋いで……!!
 試合の火蓋が切られてから、まだ一合たりとも交わさぬほんのひと刹那の間に、ここまでの思考戦が展開されていた。

 ▽

 まさか、ここまで侮られるとは。
 自分の猫騙しを警戒する様子すら見せない相手に、普段は温厚そのものな悟理も苛立ちを禁じ得ない。
 キングドラが身を守らないのが、悟理をメガガルーラの猫騙しで押さえるつもりだから、なら解る。ティユの目算が根本から外れていただけのことだ。
 だけど、悟理が向かっているメガガルーラたちの方すら、一直線に火蛇に向けて猫騙しを放つ姿勢で、まるで悟理などいないかの如くである。放っておいても問題のない相手だと思われているのだ。メガストーンもヨガパワーも、持っていないと知っているわけでもあるまいに。
 だけど、もしメガガルーラを止められなかったら、結局彼らの判断は正しかったということになってしまう。
 負けられない。
 火蛇を守って夕太刀に繋ぐためにも、傷つけられた自らの誇りを取り戻すためにも、この先手は絶対に譲れない。
 いくら火蛇さんがいい雄だからって、仔連れが色目を使うんじゃありませんよみっともない! さっさとこちらをお向きなさい!!
 金曜夜のことを棚に上げて、悟理はメガガルーラへと詰め寄っていく。
 母ガルーラの振り上げた両手が、火蛇の顔前を射程に捉えた。仔供の小さなおててが、母親の軌跡を追尾する。
 その行く手を遮るべく、白い細腕が閃く。6本の腕が、一瞬を争って交錯する。
 間に合え――――!!

 ▽

 パシィィッ!!
 柏手の音が高らかに鳴った――ただひとつ!
 突然割り込んできた一閃に、母ガルーラは顔を背けてたじろぐ。仔供は慌てて手を止めて母親を見やった。
 ふたつ目のポイントはクリアされた。悟理は誇りを賭けた勝負に競り勝ったのだ。
「でりゃあぁぁぁぁっ!!」
 猫騙しに縛られることのなくなった火蛇が、尻尾の炎を流星のように引いて宙に舞い、翼を鋭く振り下ろして烈風の刃を撃ち放つ。
 フウジョタウンの技教え専門家マダム・メモリアルによって、火蛇の肉体記録から呼び起こされた技、エアスラッシュ。唸りを上げた斬撃は、猫騙しを防がれて隙だらけになっていた母娘をまとめて切り裂き、乱気流の渦を巻き起こした。
 とりあえずこの初撃、やれるだけのことはやった。
 後はキングドラの攻撃。くるならきやがれ。どの道タスキがある。一撃では墜とされはしねぇ。
 ハイドロポンプか竜星群を撃ってこようものなら、意地でも当たるものか。全力で躱してやる!
 エアスラッシュを放った体制を立て直す余裕もなく、襲いかかってくるであろう猛威に備えて火蛇は歯を食いしばった。
 凝視する先で、キングドラはその身を包む水の渦を波立たせ、凄まじい気合いを込めたオーラを吹き上げる。
 そのエネルギーの矛先は――――
 火蛇、ではなかった。
「……ありゃ!?」
「え……この技って、まさか!?」
 そして、悟理でもなかった。
 凝縮されたエネルギーは、そのままキングドラ自身の体に留まり漲っていく。
「き、気合い溜め……!? 攻撃技じゃ、なかった…………」
 どうやらアラシの狙いは、メガガルーラの猫騙しでこちらの動きを牽制しつつ、キングドラに気合いを高めさせることにあったようだ。
 安堵のあまり折れそうになる緑のボールドラインパンツを、懸命にティユはピンと張る。
 全ポイント、コンプリート。初撃を交わし終えて、火蛇も悟理もいまだ無傷。一方アラシのメガガルーラには、少なからぬ手傷を負わせることに成功した。
 それ以上に大きいのは、相手に悟理の存在を意識させるのに成功したこと。
 傷ついたメガガルーラの前に、それより素早く動いた格闘ポケモンがいるのだ。あるいはメガシンカしたことでスピードは巻き返されるかもしれないが、少なくとももうこれまでのような放置プレイはできないはず。
 そして何より、火蛇が初手で守らなかったことにより、攻撃がより激しさを増す次手以降に防御を回せる。コンボに繋がる可能性が、それだけ広がったのだ。
 確実に、足がかりを掴んだ。この勢いで一気によじ登って乗り越える!
 考えろ。自分がアラシなら、メガガルーラを守るために、チャーレムの何を警戒する?
 もしくは……何を期待する!?
 予測を巡らせたティユが、即座に練り上げた作戦を火蛇たちに指示する。
 果たして、悟理が動き出すと同時にメガガルーラ母娘は腕を固めて身を守った。
 予測的中。チャーレムが使える最強級の格闘技、飛び膝蹴りを迎撃するつもりなのだ。極めて不安定な姿勢から放たれる飛び膝蹴りという技は、相手の身体にヒットさせて支えられなければ、崩れた姿勢のまま地面に激突する羽目になる。受け手に防御姿勢でいなされれば、かけ手の方が一方的な大ダメージを被ってしまう諸刃の剣なのである。
 しかし、アラシにとって残念ながら、試合前に生垣が語った通り悟理の持ち技に格闘技はない。
 音もなく白い腕が揺らめいて疾り、メガガルーラがかざしていた腕の間へ滑り込んでこじ開ける。
 ガードをなぎ払いざま、母ガルーラの顔面に流れるような一打。
 昨日火蛇がヌメルゴンにとどめを刺されたのと同じ技、フェイント。それが悟理の放った攻撃だ。
 相手の意識外に拳を潜ませて超高速で放つこの技は、先制の確実な攻撃を加えると共に、相手の防御体勢を切り崩す。元々飛び膝蹴りの迎撃狙いで防御してくる相手を挫く目的で覚えさせていたものが、ズバリ決まったのだ。
 先の猫騙しに続き、またしても悟理の攻撃によって行動を挫かれたメガガルーラ。防御体勢は完全に崩れ、しばらくまともに構え直すことは叶わないだろう。今火蛇が先程のように追撃を加えれば、メガガルーラを更に追い込めるのだろうが、ティユは一転して火蛇に深追いさせず身を守らせていた。
 ただの消極戦法ではない。この瞬間アラシのキングドラが撃ってくる技が、波乗りであることに賭けたのだ。
 周辺一帯に強力な水撃を撃ち放つ波乗りは、ダブルバトルでは隣の味方も攻撃範囲に巻き込む。昨日の旅ポケパーティでファイアローが仲間の波乗りを空高く飛んで躱していたように、味方の防御と同時に放つのがセオリーだ。メガガルーラに身を守らせたタイミングに併せて、キングドラだけでこちらを制圧できる範囲攻撃技を使ってくる可能性は充分にあり得た。
 メガガルーラの防御が崩れ、火蛇が身を守っている今、うまくいけばメガガルーラに味方からの打撃を与えつつ、悟理は脱出ボタンで即座に夕太刀と交代。無傷の火蛇とコンボの体勢に持っていける――!
 初手で張り切られたキングドラの気合いが、足場の水へと降りて激しく膨れ上がる。
 波乗り、か……!? 初手から狙い通り続きの展開に、エメラルドの瞳がほくそ笑む。
 しかし、波乗りならば水量の増加と共に浮かび上がるはずのキングドラは、増加した水流に乗ることなくうねりの向こうにその姿を隠した。更にその水に暗い色が射し、飛沫を上げて扇状に放たれる。
「波乗りじゃ、ない!? 濁流……っ!?」
 昨日のヌメルゴンも使っていたこの技なら、メガガルーラを巻き込まずに火蛇と悟理だけをまとめて狙い撃つことが可能なのだ。
「うぷ……っ!?」
 闇色の怒濤が、悟理の細い肢体を押し流す。翼を固めて防御姿勢を取っていた火蛇は、波を被りながらも流れを逸らしてダメージを免れた。もし初手同様に突撃していたら、今度こそタスキの世話になっていたところだ。
 同士討ちに陥れることには失敗したが、ほぼ理想通り。後は悟理が脱出ボタンで戻ってくれば……
 帰還に備えて握った悟理のモンスターボールが、不意に警鐘を鳴らす。 
「!?」
 見れば、悟理が飲み込まれた場所に濁流が集中し、ドス黒い巨大な腕と化して悟理の身体を押し潰していた。
「が、ぱあぁぁぁぁっ!?」
「悟理っ!?」
 全身に凄まじい打撃を受け、苦悶の声を気泡の中に吐き出しながら悟理はボールへと引き戻された。脱出ボタンではなく、戦闘継続不能によるモンスターボールの緊急離脱装置によって。
 ――後は、頼みます…………
 思念の残滓が、火蛇の顔のすぐ横を流れて消えた。
「ば……バカな!? 何だ今の濁流は!?」
「さっきの、気合い溜めの成果よ。濁流の中に込めた気合いで、技の威力を対象に集中させたのね……」
「だ、だけど、濁流なんて全部寄せ集めても、悟理さんを一撃で倒せるだけの威力なんて出るはずがねぇだろ!? *1あんなのどう見ても、技の威力の最大値を遙かに越えていたじゃ……!?」
 そこまで言って、火蛇はそれを可能にする特性の存在に思い至った。
「そうか……〝スナイパー〟! あのキングドラの特性はスナイパーだったのか!!」
 だからこそ、初手を費やしてでも気合いを溜め込んだのだ。例え火蛇が試合組スペックのメガリザードンYだったとしても、1撃で仕留められるように。*2
「……恐るべき攻撃だ。あれを受けたら、水タイプの私でさえ墜とされぬまでも深刻な打撃を被ることだろう」
 音もなく火蛇の隣に降り立った蒼い影が、張り詰めた声で感想を漏らす。
「さすがに何もかも狙い通りにさせてもらえるほど甘くはない、か。だが……」
 桜色の舌を風に踊らせ、夕太刀は闘志の刃を研ぎ澄ませて身構えた。
「条件は整った! 今こそ誓いを果たす時だ!!」
 その言葉に頷き、火蛇も防御を解いて翼を風に晒す。
 倒されはしたものの、悟理は先発としての役目を見事に完遂していた。
 火蛇は無傷のまま夕太刀の隣に並び、直前に身を守ったメガガルーラは完全な防御姿勢を保てない。
 まさに絶好の狙い時。ここで決められなかったら、もうこの大会でエブルモン・アルカンシェルは絶対に達成できないだろう。悟理の健闘を無駄にしないためにも、断じて失敗は許されない。
「行くわよ、夕太刀! 火蛇!!」
 ティユの号令が下り、夕太刀の掌に水の誓いが渦巻く。
 昨夜彼女の中に感じた、清らかな心地よい鼓動。
 それを求めた火蛇が、翼を翻して鉤爪を伸ばそうと腕を振り上げた瞬間。

 その脇を、重々しい衝撃が貫いた。

「が……っ!?」
 まるで、昨日の失敗を再現するかのような。
 否、ヌメルゴンのフェイントなどとは比べものにならない強烈な打撃。
 ガルーラの拳が、脇腹にめり込んでいる。
 こちらの攻撃姿勢に併せて、恐るべき瞬発力で死角に飛び込んでの攻撃――不意打ち。
 舐めるな、濁流に曝された後だった昨日とは違う。今日の俺は万全の状態なんだ。
 いくら物理防御ゼロだからって、不一致技の1発だけで墜ちてたまるものか……
 その思考が、更なる衝撃に打ち砕かれる。
「ぐ、は……っ!?」
 ガルーラの身体に隠れて見えなかった方向から、下腹を殴り上げる小さな拳。メガガルーラ母娘による、連続不意打ち。
 堪えろ、堪えろ、堪えろ! 墜ちるな!!
 激しく明滅する意識。立て続けに撃たれて悲鳴を上げるハラワタが、もうボールに戻りたいと疼く。
 そんな安寧への誘惑を断ち切るべく、火蛇は渾身の力を振り絞って翼を羽ばたかせ、無我夢中で鉤爪を伸ばす。
 届け――――!!
 朦朧としていく感覚の中で、火蛇は爽やかな安らぎに抱かれる。
 墜ちた……!?
 否。
 眼を開けば、夕太刀が抱えた水の誓いの中に、火蛇は無事辿り着いていた。
「待たせたな……夕太刀!」
「待ち焦がれたぞ、火蛇……!」
 刹那、ふたりは微笑みを交わし合った。
 まるで恋ポケ同士の逢瀬のように。
「よく頑張ったな。さぁ、イってこい!!」
 誓いを結んだ火蛇を、夕太刀は上空へと解き放つ。
 夕太刀の技と一体化して放たれた火蛇は、もう旅組出身の鈍重なリザードンではなかった。リザードン離れした速度で空を飛ぶ、試合組相当に磨き抜かれた腕に最強の技を携えた、1頭の強者がそこにいた。
 演習では感じたことのない、天へと昇り詰める高揚感。昨夜灼柱で味わった夕太刀の誓いを、全身の感覚で噛み締める。
 夕太刀だけではない。
 夢に誘い、導いてくれたティユ。
 体を張って、険しい道を切り開いてくれた悟理。
 ティユのバッグの中で、コンボの完成をずっと待ち続けていた鍋鶴。
 試合前の見せ合いで相手の選出を狂わせ、今も応援してくれているであろう生垣と影狼(カゲロウ)
 前任者として戦法の基礎を築きながら、この場所に立てない想いを火蛇に託してくれた晴間と六花。
 特訓でも、精神面でも、常に後方から支えてくれていた魔月たち旅組のみんな。
 ついでのおまけのお情けに一応、あの大ボケオーナーも。
 みんなと交わした誓いがひとつになって、今この瞬間に繋がっていた。
 その誓いに、火蛇もまた燃え盛る炎の誓いを新たに重ねる。
 まだ見ぬ未来の、恐らく火蛇自身は会うことのないであろう次代のティユ隊に向けて。
 そして、いつか彼らが誓いを果たせるように、未来へ繋がる架け橋を――
 今、この天空に描き出す!!
「っけぇぇぇぇーーーーっ!!」
 重ねた誓いを尻尾の炎に乗せて、火蛇は大空高くバク宙した。
 オーバーヘッドで尾を振り抜き、眼下で愕然とした顔を並べているメガガルーラ母娘めがけて、交差する誓いの螺旋を撃ち降ろす。
 澄んだ水の粒子を、眩い炎の輝きが通り抜けて、7色の軌跡を描きながら流れ落ちた誓いの螺旋は、狙い違わずメガガルーラを飲み込んで、そして――
 壮絶な水柱を、天に返した。
 青く、高く、豪快に上がった飛沫が流れ落ちた後には、メガガルーラ母娘の姿はなかった。ダメージが限界を越えて、アラシの持つボールへと戻されたのだ。
 代わりに、水柱が空に残していったものがある。
 7色の弧を描いた、光の帯。
 ティユが憧れ、夢見て、追いかけ続けてきたもの。火蛇と夕太刀が官能の果てに産み落とした幻影。(シェル)に向けて矢をつがえし(アルク)
「お帰り、私たちの(アルカンシェル)……!!」
 メンバー変更以来、苦節19戦目。ティユ隊の上空に今、虹が帰ってきた。

 ▽

 ――これでいい。もう、充分だろ……?
 遂に虹を描ききった火蛇は、感慨深く想いを巡らせる。
 誓いは果たした。強敵メガガルーラも撃破した。
 この試合で俺がやるべきことは、もうやり終えたんだ。
 ほどなくすれば、スナイパーキングドラの放つあのとんでもない気合い溜め濁流が、悟理さん同様に俺を押し流してボールへと叩き戻すことだろう。
 ……同様じゃねぇわな。スカスカの耐久個体能力しかねぇ俺が、メガガルーラの不意打ち連打で満身創痍になったところに、弱点技のクリティカルヒットを食らうんだから。なるべく痛くなく済めばいいなぁ。
 思えば、プラターヌ博士から初心者時代のロンさんに送られた、ジャッジの評価がまずまずでしかないこんな身で、ベテランのトレーナーによって選び抜かれた、素晴らしい力とジャッジされたのであろう連中ばかりを相手によくもまぁここまでやれたもんだよ。例えこれがこの大会最初で最後の成果になったところで、姐さんに文句はいわせねぇ。胸を張ってロン隊に帰り、舵歌(カジカ)たちに自慢話ができるってもんだ。
 俺はやられても、夕太刀は濁流なんかじゃ倒されまい。そして虹が出た今、夕太刀と鍋鶴のコンビは無敵だ。極彩色の花びらが舞い散る光景を、ボールの中から観戦するしかねぇのがちっとばかしの心残りか……
「火蛇っ!」
 ティユの呼び声に、火蛇は陶酔から我に返った。
「前を向きなさい! 貴方の試合は、まだ終わっていないのよ!?」
 ハッとキングドラの方を振り返る。
 驚愕の眼で虹を見上げていた蒼い竜は、丸めていた尻尾を前に伸ばし、防御体勢を取っていた。
「攻撃して、こなかったのか!? なぜ……!?」
 いや、疑問に思っている場合ではない。何にしろ、火蛇はまだ虹の下を飛び続けられるのだ。
 一体、何を満足した気になっていたのか。
 まだ何も終わってない。始まってすらいない。
 虹を架ける誓いのコンボは、前段階に過ぎないのだから。
 これから始まるのだ。ティユ隊が目指してきた最強のコンボ、〝エブルモン・アルカンシェル〟が。

 ▽

「くそっ、やられた! 畳返しをされると思って無駄撃ちを避けたのに、まさかあんなレアなコンボを使ってくるとは……!?」
 グレーのサファリ柄パンツを拳で叩き、アラシは真っ赤なショートブーツで地団駄を踏んだ。
 握り締めたモンスターボールの中には、力尽き横たわるガルーラ母娘。
 こんなことになったのは、すべて自分の采配の甘さが原因だ。散々相手のチャーレムに翻弄された挙げ句、ゲッコウガの出現に、彼らが登場一番にのみ放つことのできる防御技〝畳返し〟を予想して、使われるより早く不意打ちを仕掛けてやろうと欲張った結果がこれだ。本来あそこは、傷付いていた彼女を交代させるべき場面だった。そうすればあのコンボも後続が受け止め、打ち損なっていた猫騙しも後半戦でやり直せたものを……!!
「うっわ、すっごーい!」
 ガルーラの代わりにワインレッドのバッグからひらりと飛び出したポケモンが、空を見上げて素っ頓狂な声を上げた。
「綺麗な虹! 何なのこれ、こんな技初めて見た!!」
 空色の瞳に虹の輝きを写し、負けじとばかりにお尻に淡い光を灯らせてはしゃぐイルミーゼに、アラシは相手の使った技を説明した。
「御三家ポケモン特有の技、水の誓いと炎の誓いを合体させたコンボ攻撃だよ。ゲッコウガの素速さとリザードンの特殊攻撃力で、ハイドロカノンに匹敵する威力の水柱を生み出したんだ。その際、取り込まれた炎の光が水に散らされて、空にあの虹を架けることから、俗称〝虹の誓い〟と呼ばれている」
 解説を続けるうちに、想像外の技を受けたショックが徐々に引いていくのをアラシは感じていた。
「……と言えば超強力な攻撃みたいだけど、しかし所詮はちょっと威力が高いだけの水系特殊攻撃に過ぎない。特殊防御を中心に鍛えてあるお前(イルミーゼ)や、水技の極めて効き難いこいつ(キングドラ)には通用しないさ。おまけに全員の行動をコンボに割いてしまうため隙も大きい。今回は奇襲されてしまったが、手のうちが分かれば恐れることは何もないよ」
 メガガルーラだって、初手のエアスラッシュで削られていなければ倒されるまでには至らなかったはず。その程度の性能しかないからこそ、誓いコンボは使い手の少ないレアな戦法なのだ。
 アラシの言葉に納得し、イルミーゼは悪戯心に満ちた図太い微笑みを浮かべた。
「なぁるほど。要するに、素人好みのカッコだけの技ってことね」
「まったくのド素人よ。あんな旅ポケ上がりを連れ出して、何を考えてるのかしら……」
 左目に架けたピントレンズ越しに標的を見据え、キングドラが苛立たしげに吐き捨てる。
「旅ポケ上がり?」
「えぇ」
 吻先で指し示しながら、キングドラはイルミーゼの問いに答えた。
「あのゲッコウガよ。彼女、さっき水の誓いを使った時に、タイプが水単に変わらなかったの。間違いなく、激流持ちの一般ポケモンね」
「マジ!? 今時変幻自在じゃないゲッコウガなんて大会に出てくるの!?」
 大会に出場するゲッコウガの多くは、使用技に応じて自らのタイプを変える特性〝変幻自在〟を持っている。ゲッコウガが技を使ってタイプが変わらないなら、その特性は激流に違いなかった。
「下位レートだからな。対戦専用じゃないポケモンで出てる奴とも割と当たる。誓いコンボなんか使ってることから考えても、大会慣れしていないお嬢さんの趣味パーティってところだろう。勝てるぞ、この試合!」
 ヘーゼルの瞳を光らせたアラシの言葉に、ポケモンたちも眼光を強めて頷く。環境への不適応と読みの弱さから下位レートに落ち込み、這い上がる道を模索しているのはアラシ隊も同様であった。
 けれど、彼らは知る由もなかった。
 行く手の空を彩る虹がもたらすことになる、極彩色の地獄を。
「そんじゃ、身の程知らずさんはコイツを浴びて、オバサンのおしっこで溺れちゃえ!!」
 悪戯心に乗せてイルミーゼが放った電磁波が、ゲッコウガの痩身を絡め取る。
 誰がオバサンで小便とは何を指すのか、後でしっかりと説明してもらうわよ小娘、とイルミーゼをピントレンズ越しに睨み付けながらも、キングドラは勝利を確信していた。
 これでもうゲッコウガはまともに動けない。気合い溜めスナイパー濁流を一撃は辛うじて耐え凌げるとしても、何もできないまま2撃目を浴びることになる。既に不意打ちでボロボロのリザードンを墜とすことなど造作もない。後続に何がくるかは分からないが……確かフシギバナだったか? 草ポケの攻撃など、ドラゴンを持つ私には大して痛くない。竜星群で容易く墜とせるだろう。よしんば討ち漏らしたところで、こっちの後続は……
 瞬間、ゲッコウガの口から吐き捨てられた青緑色の皮を視界に捉え、キングドラは吻の中で舌を打った。
「ラムの実……しくじったわね小娘!」
 ラムの実には、状態異常に対する強力な薬効成分が含まれている。電磁波による麻痺など、たちどころに回復してしまっているはず。さすがに相手も、何の用意もしていないほど素人ではなかったようだ。
 何、どうせ誓いコンボなど大した痛手にはなり得ない。どの道リザードンは墜ちるし、次で仕留めればいいだけのこと……
 狙い澄ましたレンズの向こうで、ゲッコウガが身を包む闘気の色を変えた。
「……え!?」
 水と悪を示す濃い蒼から、乾いた茶褐色へ。
 肌の質感からも滑らかさが消え、ざらついた硬質を帯びていく。
「嘘!? タイプが変わった……!?」
「ちょっと、話が違うわよオバサン!? 普通に変幻自在してるじゃない!」
「そんな、さっきは確かに変わらなかったのに……!?」
 レアなコンボであるため、キングドラが知らなかったとしても仕方がない。実は、誓いコンボの打ち上げ側を担う時、ゲッコウガの変幻自在は発動しないのである。このゲッコウガ――夕太刀は、もちろん対戦のために選び抜かれた、歴然たる変幻自在ゲッコウガであった。
「し、しかもあれ、岩タイプじゃない!? ちょっとやだ、何を撃ってくるつもりなのよ!?」
「くっ……やっぱりド素人ね! 私の濁流を前にして、弱点である岩タイプになるなんて……」
 違う……!?
 空を見上げ、アラシは慄然となった。
 鮮やかな七色を成して架かる虹。
 その色彩を遮り、多数の岩塊が宙に現れる。
 夕太刀の技で呼び寄せられた岩塊。その鈍色の表面が、空の虹に照らされて極彩色に染まっていく。
「あ……あぁっ!? しまった、奴らの狙いは…………っ!?」
 その通り。
 これこそが、ティユ隊が目指してきた戦法の完成型。
「受けるがいい! これが我らの必殺戦法――」
 腕を振り下ろし、夕太刀は虹色に彩られた岩塊の群を、アラシ隊へと撃ち放った。

「〝虹の崩落(エブルモン・アルカンシェル)〟だ!!」

 Eboulement(エブルモン)
 古代カロス語で〝崩壊〟や〝崩落〟を意味するこの言葉は、ポケモン技の〝岩なだれ〟のことでもある。
 (アルカンシェル)の下で放つ岩なだれ(エブルモン)。これこそが〝エブルモン・アルカンシェル〟の正体だった。
 打ち込まれた岩なだれは、容赦なくアラシ隊の2頭を飲み込んでその身を穿つ。
「きゃあぁぁぁぁっ!?」
 悲鳴と共に、岩の破片と砂塵が宙に舞う。
 虹に照らされて7色に染まった砂塵は、まさしくフィールド上に咲いた極彩色の花。
「な、何なのよこれ……!? 何も見えないじゃない! これじゃ濁流なんて放ちようが……!?」
 舞い散る花びらに包まれたキングドラが、狼狽えた呻きを上げる。
 元々岩なだれの着弾が巻き起こす砂塵には、被弾者の行動範囲を削り取る効果がある。通常は3割程度削られるだけで済むが、虹の誓いによって天に掲げられた虹には、使用者が使う技によって発生した現象を倍加させる能力が秘められているのだ。
 つまり、着弾より早く行動しない限り、2頭共に6割もの行動範囲が奪われ、最悪だと一方的に制圧されることになる。受け手側からすればたまったものではない。夕太刀と晴間の演習を見た火蛇が『えげつねぇ』と評したのはこのためだった。岩にすこぶる弱い火蛇ならなおのことであっただろうが。
 御三家ポケモン随一の素早さで虹の誓いを打ち上げ、その素早さとタイプ一致の高威力で岩なだれを放つ。変幻自在ゲッコウガは、この戦法に必要な条件をすべて備えた唯一のポケモンなのである。
「あぁくそっ、何よ、こういうことぉ!?」
 弱点の岩攻撃を浴びながら、図太く耐え抜いてイルミーゼは立ち上がった。
「上等じゃない! 次こそ電磁波で痺れさせて、こんなコンボ使い物にならなくしてやる……」
「悪ぃな。次はねぇんだよ」
「!?」
 ギョッと振り仰いだイルミーゼの視界に、茜色の翼が翻る。
「ひ、い、いぃぃ……っ!?」
「本当は、猛火を乗せた炎の誓いで焼いた方がいいんだろうが、こっちでいかせてもらうぜ……」
 傷付いた身体から猛火の炎を吹き出して虹の空を飛ぶリザードンが、掲げた翼を振り下ろす。
 そのモーションが見覚えのあるものだと、アラシは気が付いた。初手でメガガルーラを襲ったものと同じ、それは。
「この光景を作り出すために! 俺は、呼ばれてきたんだからなあぁぁぁぁっ!!」
「ひぎゃああぁぁぁぁぁぁっ!!」
 唸りを上げたエアスラッシュの刃に切り裂かれ、絹を裂くような悲鳴を残してイルミーゼの姿がボールへと消える。巻き起こった乱気流が砂塵と重なり、八重の花を咲かせて舞い散った。
「な、なんて攻撃なの……!? もし私があそこにいたら…………!?」
 荘厳に舞い踊る虹色の嵐を花びらの狭間に見て、キングドラは恐怖に竦み上がる。
 エアスラッシュの乱気流もまた、岩なだれと同じく相手の行動範囲を3割削る効果を持ち、虹下では6割行動不能となる。効果範囲こそ岩なだれより狭く、相手全員を縛ることはできないが、岩なだれと重ねられた場合、どちらもタイプ一致から放たれる大打撃を耐え凌げたとしても。4割の希望を更に6割削られて、本来の行動範囲から計算すれば実に8割4分までもを拘束されることになるのだ。
 このエアスラッシュを虹の後の主力技として使うために、火蛇にはリザードナイトXを持たせられなかった。メガリザードンXだとエアスラッシュが不一致技となり威力が下がる上、接触技をひとつも覚えていないので特性の硬い爪が無駄になるからだ。一方メガリザードンYの方は、日照りが水技である虹の誓いとマイナスシナジーになる。猛火状態からの炎の誓いという強みもあり、火蛇の持ち物は気合いのタスキがほぼ最善だろう。
 従来のエブルモン・アルカンシェルは、虹を架けた後に夕太刀が岩なだれを落として相手を行動不能にしつつ、晴間の熱風で火傷を負わせるというものだった。しかし行動範囲を6割奪っただけでは、相手に突破されて失敗することも少なくなかった。そこで、炎の誓いの放ち手をリザードンに変えた新案では、相手の行動阻止に特化した戦法に切り替えたのである。岩石封じの採用も、いずれは追い風を加える予定であるのも、トリックルームパーティを苦手とするのもすべてはそれ故であった。
「大丈夫か!?」
 ヒラリ、とコートの裾を砂塵の中に翻して、アラシ隊最後の1頭、サーナイトが姿を現す。
 紅玉の瞳で対面するゲッコウガの姿を写したサーナイトは、若草色の拳を握り締めた。
「やはり、変幻自在だったか。見誤ったな」
 そう断言したのは、彼の特性がトレースであり、たった今夕太刀の特性を写し取ったからである。
 悔しげにうなだれるキングドラに、後方からアラシの指示が飛んだ。
「今は焦らず、また身を守っていてくれ! あの虹はすぐに消える。時間を稼ぐんだ!!」
「分かったわ、でも……」
 震える尻尾を伸ばして構えつつ、キングドラは吻先の向きを変えて言った。
「今のうちに、あのリザードンだけは確実に仕留めておいて! あいつがいたらまた虹を架けられるかも知れないし、虹抜きでもさっきの同時攻撃を受けたら5割は行動範囲を削られる! あいつこそ、野放しにしておいてはいけない強敵だったのよ!!」
 と警戒の声を上げるキングドラに、もし目の前のリザードン――火蛇こそが、先ほど彼女が嘲った旅組上がりのポケモンだと教えたらどんな顔をするだろうか。
「今だ!!」
 砂嵐が晴れ、ゲッコウガが次弾を放とうとするその間隙を突いて、虹の下をサーナイトの影が伸びる。
 変幻自在により藍色の闘気をまとった影は、リザードンの背後に忍び寄り、先制の影討ちを仕掛けようと襲いかかった。
 けれど、目指す標的の炎は、影の目前で掻き消える。
「なっ!? 逃げられた……っ!?」
 悔しげに歯を軋ませたアラシの隣で、キングドラは正直ほっとしていた。
 もうあの恐ろしい、虹色の八重咲きは見ないで済むのだ。
 さっきあれを目の当たりにしてから、尻尾の付け根に緊張感が漂っている。まったく、あの悪戯な小娘が変なことを言うから……
 アラシ隊の面々が様々な想いで見つめる中、ティユ隊最後の1頭が、その姿を現そうとしていた。

 ▽

「もう少し、あの虹を背中に感じていたかったけどなぁ……」
 残念そうに呟く火蛇のボールを、ティユは深い感謝を込めて撫でる。
「どの道、変幻自在でタイプ一致になったサーナイトの影討ちは耐えられなかったわ。もしこの先サーナイトを倒しても、討ち漏らしたキングドラに夕太刀と鍋鶴が倒されるなんて展開になったら、貴方が生き残っていることが重要になるかも知れないもの。その時はお願いね、火蛇」
 そう、まだ火蛇の試合は終わっていない。最後の瞬間まで、気を抜くわけにはいかないのだ。もっとも、そんな事態は訪れないに越したことはないのだが。
「虹をありがとう。見ててね、火蛇さん!」
 快活な声を残して、鍋鶴がモンスターボールから飛び出していく。
 ティユ隊の誰よりも待ち焦がれたであろう、初めての虹の空へ。
 思えば、岩が怖くてこれまで話どころか顔もまともに向かい合わせてこなかったっけ。話してみれば、なかなかに可愛い雄の仔じゃねぇか。もっと仲良くしてやるんだったな……。
 若干の後悔に苦笑しながら、火蛇は鍋鶴の後ろ姿に激励の声を返した。
「おぅ、見せてもらうぜ抑えのエース! エブルモン・アルカンシェルの究極型をな!!」

 ▽

 影から伸びた漆黒の手刀が、虹の空に現れた翼を打ち抜く。
 リザードンの茜色の翼よりひと回り大きく広い、鈍色の翼手を。
「何っ!? フシギバナではないのか!?」
 動揺するサーナイト。これまで多くの対戦相手がそう勘違いしていたように、アラシ隊も当初はティユ隊のことをメガリザードンYと葉緑素フシギバナを中心とした日本晴れパーティだと思い込んでいたのだ。そのため、見せ合いの最後列にいた鍋鶴のことは、今の今まで全員が失念していた。
「そん、な、そんなぁ……っ!」
 全身を引きつらせて、おののき怯えるキングドラ。尻尾の付け根からジワリと液が溢れて異臭を放つ。
「なん、て、こった……」
 アラシもまた、空を見上げて愕然と立ち竦むしかなかった。
「この局面で、この戦法で、この虹の下で、よりにもよって……」
 幻影であってくれと、何度も何度も相手の姿を確認する。
 細長い顎を立て、するりと尾を垂らし、悠然と虹の空を飛ぶ姿。見紛いようもなくそれは、遙かな古代より蘇りし天空の王者――
「プテラだとぉぉぉぉっ!!」
 火蛇の予言は的中した。
 ティユ隊の戦法が虹下での岩なだれ攻撃であると判明した後で、変幻自在ゲッコウガを遙かに凌駕する、最速にして屈強の岩ポケモンが顕現したのである。意味するところはそれこそ(リザードン)より明らか過ぎて、今すぐ降参を宣言して逃げ出したくなるほどのプレッシャーにアラシ隊は襲われていた。
「あいつら、この虹の下でプテラと変幻自在ゲッコウガによる岩なだれ2連発を放つつもりなんだ! 冗談じゃないぞ!? そんなことをされたら、こっちは両方とも…………っ!!」
 虹色の八重咲きが、2輪咲き誇ることになる。
 即ち、大ダメージを伴う、8割4分の行動封鎖。
 ちなみに、〝鍋鶴〟という名前は〝鍋鉉〟に通じ、オーナーの故郷であるジョウト地方の一部で、ズバリ〝虹〟を意味する方言である。その名を冠したプテラの鍋鶴は、まさしく虹の申し子なのだ。
「いやあぁぁぁぁっ!? 助けて! 助けてよぉぉ~っ!?」
 防御体制に篭もったまま泣きじゃくるキングドラの上に、ゲッコウガの放った虹色の岩塊が降り注ぐ。身を守っているためダメージはないが、既に彼女は精神的にヘし折れていた。
「くぅ……っ! 影討ちなど、いくら隙を突いても焼け石に水か! せめて私がエルレイドであったなら、不屈の心であの岩なだれを乗り越え得るものを……っ!」
 こちらも虹色の砂塵を翠色の髪にまみれさせたサーナイトが、悔しそうにほぞを噛む。
 そしてエルレイドで挑めば、今度はプテラの飛行技にやられるんだろうな、とアラシは思った。実際リザードンもエアスラッシュを使っていたのだ。格闘タイプで敵う相手ではない。
 選出しなかったルカリオでさえ、確かに精神力で虹の花などものともしないだろうが、こっちは鋼の弱点を炎の誓いで狙われてしまう。地面タイプのニドキングも虹の誓いコンボで……!!
 分かってみれば、これだけ一芸に特化した戦法でありながら、中心となる岩技の死角が完全にカバーされているんだ。防御面の偏りは、虹で強化された岩なだれとエアスラッシュの効果によって防がれている。恐ろしく隙のない構成だ。
 惜しむらくは、メガガルーラさえ潰されていなければ、この局面でこそ不意打ちを活かせたのに。いや、だからこそ初手から強引な潰しをかけていた、というわけか。
『お嬢さんの趣味パーティ』なんてとんでもなかった。掲げた虹を活かすために、緻密に計算されたパーティだったんだ。俺たちは相手を、甘く見過ぎていた……!!
 深い後悔と、それ以上に底知れない絶望がアラシを責め苛む。
 その絶望を、ティユの行動が更に決定的なものにした。
 左腕が勢いよく振り上げられる。
 右手の黒い指先が、左腕を飾る腕輪に飾られた宝石に添えられる。
 初手でアラシも行った動作。それは、即ち――
「メガシンカ! 覚醒せよ……メガプテラ!!」
 閃光が爆発し、光球の殻を破って、具現化した悪夢が産声を上げる。
 角や顎や翼手の爪に硬質化した結晶をまとい、メガプテラが虹の空に力強く羽ばたいた。
 ぽたん。キングドラが構えていた尻尾が 力なく崩れて落ちる。ドッと溢れ出したものが、身体を支える水の渦を汚した。
 そんなキングドラの醜態を気にする余裕もなく、アラシはがっくりとサファリ柄パンツの膝を地につけて、空を舞う絶望を見上げ続けていた。
「チャーレムやリザードンがメガシンカしないわけだ……こんな切り札を持っていたなんて…………」
 プテラの時点でこれまで以上の岩なだれがくるのは確定なのに、その上、パワー、スピード、耐久性と全能力が飛躍的に向上したメガプテラ。しかもここまでのダメージは影討ちで与えた微細な打撃だけで、相方のゲッコウガに至ってはいまだ無傷。一方こっちには既に岩なだれで痛めつけられているキングドラとサーナイト。キングドラは防御させたばかりで、次にくる岩なだれの一斉掃射を逃れようがない。そこで倒されなくても、結局また虹色の砂塵が作り出す檻に捕らわれて、何もできないまま次の掃射を迎えるだけ。ボロボロに打ちのめされたキングドラと、物理攻撃に弱いサーナイトに耐えられるわけが……!?
 降参。
 その2文字が、アラシの脳裏を支配しつつあった。
「うあぁぁぁぁっ!」
 壮絶な雄叫びが、その暗雲を吹き飛ばす。
「負ける、もんか……こんな惨めな負け方はいやあぁぁぁぁっ!!」
 キングドラだった。
 砂塵まみれの身体を涙と小便でグチャグチャにして、恐怖に蝕まれて混乱の極みに達しながら、それでも彼女は折れた心に気合いで鞭を打ち、押し迫る驚異に立ち向かおうとしているのだ。
「相手は岩ポケモンなのよ!?、私の濁流さえ届けば、届きさえすればあぁ……っ!!」
 あくまでもひたむきなその姿に煽られたのか、サーナイトがすっくと立ち上がってキングドラを庇うように前に立つ。エブルモン・アルカンシェルの猛威から姫君を守るには、あまりにも頼りなさ過ぎる痩身ではあったが。
「……下がれ」
 猛り狂う闘志をアラシに制止され、サーナイトは振り返って抗議の声を上げる。
「しかし、アラシさん!!」
「下がって、身を守るんだ」
 迷いの消えた声で、アラシは言った。
「お前が倒されたら、リザードンに影討ちでとどめを刺せなくなるじゃないか」
 そのヘーゼルの瞳は、ポケモンたちと共にまっすぐ勝利を目指していた。
 まったく、こいつらがこんなにやる気になっているのに、トレーナーの俺が一体何を挫けようとしていたのやら……。
「初手に溜めた気合いは、まだ滾っているんだろう?」
 問いを向けられ、キングドラは尾の先で涙を拭って頷いた。
「岩なだれは、決して命中精度の高い技じゃない。半分でも直撃を避ければ、いっそすべて躱しきれば、お前の言う通り気合い溜めスナイパー濁流で一気に逆転が可能だ。虹の消え際で相手が勇み足になっている、今が付け込むチャンスなんだ! ……やれるな?」
 キングドラが顔にかけていたピントレンズが、虹の光を受けてギラリと輝いた。
「やってみせるわ……小娘の冗談をそのまま、相手にぶちまけてやる!!」
「その意気だ。あの虹を越えていくぞ!!」
 思い返せば、初手で猫騙しの競り合いに負けたところから、ここまで追い詰められてきたんだ。
 向こうにしてみれば、チャーレムでガルーラの猫騙しに挑むなんて、一か八かの賭けだったはず。
 だったら俺たちも、一か八かの勝負を乗り越えなければ、勝利なんて掴めっこない……!!
 覚悟を込めたヘーゼルの視線が、相手トレーナーの黒い顔を捕らえる。
 ティユもまた、エメラルドの視線で、相手の白い顔を真一文字に見つめ返した。
 周りから見れば、一体何を熱くなっているんだって嘲笑われるだろう。
 大会の決勝でも何でもない、下位レート同士の小競り合い。
 だけど、お互い今更譲るぐらいなら、最初からこの場所に立っていない!
「行けぇっ!!」
 緑をまとった少女の、制圧せんとする号令と、
「行けぇっ!!」
 赤をまとった少年の、攻略せんとする号令が交錯する。
 メガプテラが翼を大きく広げ、ゲッコウガが茶褐色の闘気を立ち昇らせて。
 霞み行く虹が架かった大空に、大量の岩塊を浮かび上がらせた。
 岩の数も大きさも、これまでとは比較にならない。まさしく虹の崩落(エブルモン・アルカンシェル)の究極型。
 美しくも恐ろしい大技が、キングドラとサーナイトの頭上に降りかかる。
 キングドラは最早怖じ気付くことなく、岩石群を待ち受けながらその向こうの標的たちを視線で射抜いた。
 サーナイトは翠の細腕を固めて我が身を守る。仲間の気合いが、勝利への道を切り開くと信じて。
「躱せぇっ!」
 命令とすら呼べない願いを、祈りを込めて、アラシはキングドラに呼びかけた。
「躱して、そして、突き抜けろおぉぉぉぉっ!!」
 けれど、その叫びも虚しく。
 飛来した虹色の岩塊は、狙い違わずキングドラの蒼い身体を打ち据え、舞い踊る八重咲きの花びらの中に飲み込んでいった――――

 ▽

「みんな、お疲れさん」
 ジョーイさんの治療を終え、選手控え室の扉を開けた火蛇たちに、影狼から労いの声が優しくかけられた。
 ふらりとおぼつかない動きで入室した火蛇の背中を、生垣の蔓がポン、と叩く。
「遂に、やったのぅ」
「あぁ……」
 深く、熱い息を吐き出して、火蛇は頷いた。
「やっと、試合で決めることができたんだな。エブルモン・アルカンシェルの、すべてを……」
 唇で刻んだ言葉に実感を噛み締めて、茜色の頬が綻ぶ。
 傍らのソファーに並んで座った夕太刀と悟理も、それを聞いてうっすらと微笑みを浮かべる。
「お疲れさま、みんな、本当にありがとう。みんなのおかげで、エブルモン・アルカンシェルを達成できたわ……」
 奥の椅子に座ったティユが、まっすぐに飛んできて鼻面を擦り寄せた鍋鶴の首を愛撫しながら頭を下げる。
「あぁ、でも……」
 下げた頭を振り上げて、天井に顔を向けたティユは、そっと目を閉じて呟いた。

「あそこまでやったんだから、勝ちたかったなぁ…………」

 しばしの間、室内に重苦しい静寂が満ちる。
 ややあって、
「く…………っ」
 誰かの喉が、震えた音を立てた。
 嗚咽。
 とも思えたそれは、しかし。
「く、ふ、ふふふ…………」
 抑えきれない笑いとなって溢れ出す。
 気が付けば、誰もが皆、釣られたように。
「ふ……は、あーーっははははははははははっ!!」
 心の底から愉快そうに、笑い転げていた。 

 ▽

 外したりはしなかった。
 夕太刀と鍋鶴の放った岩なだれは、間違いなくアラシ隊のキングドラに炸裂した。
 では、なぜティユ隊は敗れたのか。
(アルカンシェル)〟発生下での、〝岩なだれ(エブルモン)〟2連発は、発生した虹色の砂塵によって標的全員の行動範囲を8割4分奪い去る。
 8割4分は、8割4分である。
 決して10割ではない。わずか1割6分という狭い隙間ながら、相手が抜け出せる余地が残されているのだ。
 そのほんのわずかな隙間を、奇跡的にもすり抜けたキングドラの気合い溜めスナイパー濁流に、夕太刀と鍋鶴はひと溜まりもなく押し流された。
 運……否、あの爆撃をまともに受けながら怯みも諦めもせず、一心に意地を貫き通したキングドラを讃えるべきだろう。
 攻撃面でこそ幅広い有効範囲と驚異的な制圧力を誇るエブルモン・アルカンシェルだが、ひと度攻撃を突破されてしまうと、夕太刀(ゲッコウガ)が水ポケモンである時は火蛇(リザードン)鍋鶴(メガプテラ)共々電気に弱く、夕太刀が岩となってもやはり同じ3頭が水に弱い。タイプ一致による完璧なコンボを目指したが故に偏った耐性は、この戦法が抱える宿命的な弱点だった。そのためにこそ、両方を受けられる草ポケモンの生垣が見せ合いで先頭に立ち、相手の選出を阻止してきたのである。
 かくして、初手から数えて7合目。*3満身創痍のまま場に出た火蛇は、藍色の闘気を帯びて背後から襲いかかったサーナイトの影討ちによって虹の消えた空へと舞い上げられ、アラシ隊の勝利が確定したのだった。

 ▽

「相手のトレーナーさん、泣いて喜んでたなぁ!」
「うむ。まさか彼も、直撃を受けてまで逆転できるとは思っていなかったのであろう」
「よっぽど嬉しかったんでしょうねぇ」
 その感動は、自分たちが作り上げた技を乗り越えたことで生まれたものなのだ。
 何とも痛快な話ではないか。
 負けたことは悔しくても、紛れもなく自分たちはやり遂げた。
 目指してきた虹を、バトルフィールドに描ききったのだ。
「でも、やっぱり悔しいや。せっかく夕太刀と火蛇さんが虹を架けてくれたのに、僕の岩なだれで相手を止められなかったなんてさ」
 笑顔は絶やさずながらも無念そうな声を上げた鍋鶴に、火蛇は腕を肩から回して顔を寄せた。何でこれまで避けてたんだろうと思う暇もないぐらい、ごく自然に。
「だったら、次で頑張ってみせてくれよ。また虹を架けてやるからよ!」
「火蛇の言う通りだ」
 闘志を研ぎ澄ませ、夕太刀が立ち上がった。
「まだ9戦ある。ここがゴールと思うのは気が早いぞ。今度こそ、我らの虹を勝利で飾ろうではないか!」
「……うん!!」
 ふたりに負けじと、鍋鶴も元気よく頷いた。
「……よし! それじゃあみんな、次の試合も頼むわよ!!」
「おぅ!!」
 ティユの号に、全員が力強く声を揃わせる。
 心に降り注いでいた、雨は上がった。
 夢の(シエル)へ向けて闘志の(アルク)を引き絞り、ティユ隊は次の(アルカンシェル)へと進んで行く。

 ▽

 相手の先発は、鎌の如き鰭を腕に構えた紺碧の砂鮫ガブリアスと、宙に浮く洗濯機ウォッシュロトム。
 まずはロトムを猫騙しで封殺。火蛇への対応をロトムに任すつもりだったらしく、ガブリアスは悟理だけを狙って地震を引き起こした。なるほどこの2頭なら、互いに地震と放電を撒き散らし放題にできる間柄だ。
 脱出ボタンで悟理が夕太刀と交代している間、火蛇はガブリアスの太股を岩石封じで射抜く。すかさずガブリアスを狙って水と炎の誓いコンボを仕掛けたが、そこでガブリアスは青銅色の巨獣バンギラスと交代。猛烈な砂嵐に遮られた虹の誓いはバンギラスを一撃で沈ませるには至らなかったものの、見事に砂嵐の中に虹を映し出すことに成功した。
 しかしその直後、ウォッシュロトムの放ったハイドロポンプが火蛇に炸裂。気合いのタスキで踏み留まるも、ざらついた砂嵐に鱗を削られてあえなく火蛇はリタイアとなった。その結果――――
「まだ虹出てるよねっ!?」
「今架けたばかりだ。頼むぞ」
 虹と砂嵐の下、夕太刀と鍋鶴が並び立つという、考え得る限り最高の状況がここに実現した。
「夢みたい……こんなことが起こるなんて…………!」
 砂嵐にくっきりと投影された誓いの虹。それは幼い日のティユがクノエの空に見た、憧れの光景が再現されたかのようであった。
「行くぞおぉぉっ! エブルモン・アルカンシェルだ!!」
 虹色に輝く夥しい岩石群が、相手のポケモンたちに盛大に降り注ぐ。
 まず虹の誓いで痛め付けられていたバンギラスが極彩色の花の中に沈み、ウォッシュロトムは満開となった八重咲きの花に閉じ込められて脱出叶わず。バンギラスに代わって登場したサーナイトはこだわりスカーフを巻いて夕太刀の岩なだれを乗り越えようとしたが、メガプテラとなっていた鍋鶴を乗り越えきれず、虹色の岩なだれを浴びて動きを拘束され、絢爛に舞い踊る砂塵と砂嵐が織りなす虹色の花吹雪の深淵へとロトム諸共墜ちていった。
 まさにこれこそが、虹の崩落(エブルモン・アルカンシェル)。ティユが夢に想い描き続けた理想の形。
 鍋鶴は無論のこと、岩化した夕太刀も、バンギラスが残していった砂嵐を完全に味方に付けていた。あまりに一方的な展開過ぎて、強化された特殊防御力を披露できなかったのが悔やまれるほどであった。
 最後に1頭で再臨したガブリアスを鍋鶴が硬い爪で捕らえ、氷の牙による熱烈なキスを捧げたせいで鮫肌に触れて擦り傷を負ったのが、この試合で彼が被った唯一のダメージとなった。わずか5合で終わったこの試合、決着まで空は虹に彩られ続けていた。

 ▽

 まるで、アラシ戦で架けた虹がそのまま輝いているかのようであった。
 大会最終日、ティユ隊の戦績は10戦7勝。うち実に6回が虹を架けることに成功しての勝利となった。アラシ戦も含めて7回、エブルモン・アルカンシェルを達成したのである。
 全試合を合計して、28戦10勝18敗。大会としてはおよそ自慢できるような数字ではない。
 けれど、勝利からも敗北からも、貴重この上ないたくさんの経験を手に入れた。これこそが、この大会におけるティユ隊の目標だったのだ。目標の達成という意味ならば、今大会は大成功の結果に終わったと言っても決して過言ではないだろう。
 ついでに10勝をクリアしたことにより、オーナーの悲願だった記念メダルも無事獲得に成功した。万事めでたしめでたしの結末である。

 ▽

「それでは改めて、かんぱ~い!!」
 小さな器がチン、と小気味よい音を立て、澄んだ液面に波紋が走る。
 大会前夜の歓迎会と同じ森の奥で、役目を終えた火蛇を送る送別会が開かれていた。
 何が改めてなのかというと、先ほどまでこの席には、引退を控えた悟理がもうひとりの主賓として参加していたのである。
 酒の呑めない彼女に合わせてアルコール抜きの宴であったのが、すっかり日が暮れたところで悟理が引き上げ、酒類を持ち込んでの二次会が幕を開けたのだった。
 生垣はさっそく甘い香りを振り撒いて出来上がっている。
 歓迎会には出なかった鍋鶴も今回は参加して翼手で器用に杯を傾けているのだが、影狼はまたしても姿を現さなかった。
「とうとう悟理さんが上がってもきやがらなかったなぁ。影狼のやつ、何をやってんだか」
「奴には奴なりの事情があるのだろう。どうか気にすることなく、今はただこの宴を楽しんでいてくれ。貴方は主賓なのだからな」
 鉤爪の中の杯に酌をしてくれた夕太刀の、微かに朱の入った顔を火蛇は静かに眺める。
 ……まぁ、いいさ。
 俺が今からしようとしていることを考えたら、ギャラリーは、少ない方が望ましいしな……。
 影狼のことを頭から追い出して、グイッと香り立つ雫を呷った。
 
 ――くれぐれも、夕太刀に惚れたりしないように。
 傷付くことになるのは、貴方ですから。

 晴間とは、結局まだちゃんと話せてねぇが、今なら奴の言葉の意味も分かる。
 っていうか、分からん俺がバカだった。
『たかだか5~6日っきりの臨時雇いを捕まえて、わざわざ脅しみてぇな態度を取る必要があんのか』だと? ざけんな。だからこそ大アリだ。
 たったそれっきりしかこのパーティーにいないニワカが夕太刀に本気になったら、別れが辛くなって傷付くのは当たり前じゃねぇか。晴間は純粋に親切心で警告してくれていたに違いねぇ。
 正直、俺自身まさか、タマゴグループの違う夕太刀とここまで離れ難くなるなんて想像もしていなかった。だから晴間の言葉も理解できなかったんだ。
 だけど、あの土曜の夜を共にして、今日は7度に渡って彼女と誓いを交わし合っているうちに、俺の心は切り離しようのないほど強硬に夕太刀と繋がってしまった。
 もうこうなったら、どんな形であれこの想いには、今ここでキッチリとけじめをつけなけりゃならねぇ。
 それが例えどんな結果を引き起こそうと、後悔だけは決してするものか。
 聞き及んでいるロン隊の状況を考えると、本来なら火蛇はこの送別会にも参加せず、大至急帰還してロン隊旅組サブリーダーに復帰するべきであった。分かってはいたのだが、せめて想いを告げなければ戻る事なんてできなかったのである。ロン隊の旅組とティユ隊の試合組では、今後顔を合わせることは難しい。今夜が最後の機会なのだ。
 すまん、ロン隊のみんな。今日まで頑張った褒美に、少しだけワガママを許してくれ。言うべきことを伝えたら、必ずすぐに帰るから。
「ほんじゃ、そろそろまた準備に入るかの」
 背後に回り込んだ生垣が、するすると蔓を伸ばして。
「……の、のわっ!? 何をするんじゃ!? 離せ、離さんかぁぁっ!?」
 雄々しき羽ばたきに上空へと連れ去られる音を、火蛇は振り返りもしないまま聞いた。
「ごめんね生垣。火蛇さんに、『お邪魔花を上に持って行ってくれ』って頼まれちゃったから」
 持つべきものは、新しき良き友達である。
「フ、フリーフォール……!?」
落とし(フォール)ゃしねぇよ。ただ少しの間、席を離れてもらうだけだ」
 心の炎にアルコールを継ぎ足して、勢い任せに火蛇は立ち上がる。
「聞いてくれ、夕太刀」
「あ……待て、落ち着け火蛇。私はまだ、準備ができてなくてだな……!?」
 あまりの火勢に気圧されたのか、夕太刀は脂汗を流してたじろぐ。
 構うことなく、火蛇は踏み出して距離を詰めた。
「何の準備だか知らねぇが、後にしてくれ。俺ぁもう、割り切りのいいオトナでいるのはやめたんだよ」
「いや、あの、それは!? もう大会は終わったのだ、もういつもの火蛇さんに戻っていただいても……」
「大会が終わったからって、さん付けに戻すこたぁねえだろ。お前の方こそらしくねぇぞ。何を尻込みしてんだ? 『ひたむきな雄を見せて欲しい』って、股ぐらが裂けて腹をパンパンに膨らませてまで誓いを交わしてくれたお前はどこに行ったんだよ……夕太刀!」
 伸ばした鉤爪で、ガッチリと蒼い肩を捕らえる。
「俺は、お前を…………!!」
 細く華奢な肩の、毛深い感触に爪を沈めて、火蛇は。

「……………………あ゛!?」

 その違和感に言葉を切り、眼を瞬かせてもう一度しっかりと肩を握る。
 その瞬間。
 ポンッと腕の中の蒼い影が弾けて、赤黒いタテガミが夜風に踊った。
 隈取りに彩られたその顔を、じっと見改めて、確かめるように火蛇は問いかける。
「かげ……ろう?」
「ア、ハハ…………」
 笑って誤魔化しを計ろうとするその声は、紛れもなくパーティでは一番古い付き合いである影狼のそれで。
「なん、で、お前…………っ!?」
 慌てて爪を離した火蛇は、数歩後ずさり、椅子につまずいて後方にバランスを崩し、羽ばたいて体勢を立て直そうとしたのが逆効果となって、広場の端の大樹まで吹っ飛んで激突した。
「あ~っ! み~つっけたっ!!」
 上空で生垣を掴んで飛んでいた鍋鶴が、嬉しそうな声を火蛇のいる方向へと向ける。
「どうしてそんなところに隠れてたのさ、夕太刀?」
「な……っ!?」
 鍋鶴の視線を追いかけて、火蛇は背後の樹の向こうを覗き見る。
 そういえば、この大樹は歓迎会の夜、夕太刀のフェラチオを受けていた時、その向こう側に謎の攻撃的な視線を感じていた樹で。
 そして、まさにその視線を感じた陰から――――
「やれやれ、とうとうバレてしまったな」
 先ほどこの爪で捕らえたはずの、今日一日共に誓いを交わし合った、蒼く流麗なシルエットが、姿を現した。
「夕太刀ぃぃぃぃっ!?」
 夕太刀の席で縮こまっている影狼と、樹にもたれて悠然と舌をなびかせている夕太刀を繰り返し見比べて、火蛇は酔いと混乱で支離滅裂になった頭を抱えて叫んだ。
「な……何だよお前ら!? 一体これは……『とうとうバレた』って、それは一体どういう意味なんだよ!?」
「見ての通りだ、火蛇」
 細めた眼に月光を反射させて、夕太刀はゆっくりと言った。
「貴方が感じた謎の気配は、あの夜もここにいた私、ゲッコウガの夕太刀が放ったもの。そして……貴方と夜を過ごした〝夕太刀〟は、そこにいる影狼の化けたイリュージョンだった、ということだ」
「バカな……そんなバカなぁっ!?」
 明かされた真相から目を逸らし、耳を塞ぎ、振り払うように火蛇は喚き散らした。
「あり得ねぇだろ!? 俺が……俺に限って、影狼が夕太刀に化けたことを見抜けねぇなんて!?」
 事実たった今見抜けなかったことを、直視することさえできなかった。どうせまた悪夢か何かで、声を上げた次の瞬間に目を覚ますオチが付くのだろうと思い込みたかったのだ。
「だ、だって、性別が違う相手に化けたところで、匂いと……」
 夜遊びの度に咽せ返るほど撒き散らされていた、甘い香りの中で。
「か、感触で、簡単に見抜けるはず、で…………」
 夕太刀が灼柱に絡む時はいつも、蔓でグルグルに束縛されてきた腕を振り回して、火蛇は。
「……………………おい」
「すまんかったのぅ、火蛇……」
「……鍋鶴。とりあえずそれ、落とせ」
「は~い」
「謝っとるじゃろうがあぁぁぁぁぁぁぁぁ~っ!?」
 匂いと感触を遮り続けてきた実行犯(イケガキ)が、フリーフォールの制裁を受けて100kgの巨体を地面に激突させた衝撃音を背後に聞きながら、火蛇は己の不覚を噛み締めていた。
『雄か雌かの判別ぐらい、余裕でつけられる』……その慢心があったがために、肝心の手がかりが絶えている状況にも気づかずに、まんまと化かされたのである。
「じゃ、じゃああの舌はなんだ!? 俺の灼柱に巻き付いた、あのねっとりと湿った感触は!?」
 それでもまだ、火蛇はあらがう。
 今化かされたのは事実でも、過ごしてきた夜には違う答えがあるかもしれないという可能性に縋り付いて。
「イリュージョンなんて所詮は姿をまねるだけのものでしかねぇ! ゲッコウガのような長い舌を持っていないお前に、あんな舌技ができるわけねぇだろうが!?」
 決め付ける火蛇に、答えたのは影狼だった。
 ファサッ、と背中に伸びる緋色のタテガミを肩から前に通すと、それを指差して。
「これですよ。こいつを、火蛇さんのに巻き付けたんです」
「タテガミぃ!? ざけんなコラ、感触が全然違うだろう!? あんなにしっとりと濡れていたもんがタテガミなわけが……」
「いや、ですからこういう、〝準備〟が必要だったわけでして」
 タテガミの端を持ち、腕に沿って長く伸ばした影狼は、徳利を傾けてタテガミに満遍なく注いでいく。
「そ、それは……!?」
 そのタテガミを舌に化けさせていたのなら、それはまさしくあの夜も見せていた、ゲッコウガ特有の呑み方。
 仕掛けは、火蛇の目の前で施されていたのだ。
「ほら、これでゲッコウガの舌の出来上がりです。ちょっと舐めてみますか?」
 ビッショリと酒の滴るタテガミに、恐る恐る火蛇は口付ける。
 しっとりと濡れた、ざらついた感触。
「同じだ……あの夜感じた夕太刀の舌と……!?」
「あの夜こうやって口付けられた時は、一瞬ヒヤッとしましたよ。いくら化けても偽物は偽物。火蛇さんが本物のゲッコウガの舌の味を知っていたらアウトでしたからね。舵歌さんが火蛇さんとそういうことはしてないって聞いてほっとしました」
 まだだ……まだだ!
 火蛇は必死に否定を続けた。同じ感触を作り出すことが可能だからといって、必ずしもそれが実行されたとは限らないからだ。
「冗談はそこまでにしておけよ……タテガミをそんな酒漬けにしたら、翌朝には酒の匂いが残って大変なことになっていたはずだ! 判からねぇわけが……」
「はい、その通り。手入れは実に大変でした。そう説明したじゃないですか」
「…………!!」
 金曜日の朝、ボールから出した影狼は、タテガミをメチャクチャに爆発させていた。
 酒の香りをぷんぷんとさせながら。
 限らないどころか、これでは実行の証拠が丸出しである。
 あの時、一体何といいわけしていたのだったか……!?

『夕べ、ある場所でイリュージョンに紛れてコソコソと一杯ヤっていましたら、うっかりタテガミにひっかけちまって……』

 ……ほとんど全部、真相を語っていた。
 むしろ『コソコソ』と『うっかり』が嘘。
 何という大胆不敵。堂々と事実を語ることで、真実を煙に巻いてしまうとは。
 これぞ化かしの真髄。弟弟子の見事な手腕に、腹を立てるよりも先に舌を巻かざるを得ない。
 一体なぜ気付けなかった。一体なぜ疑いもしなかった。
 宴に参加していなかった影狼から同じ酒の匂いがしていたら、普通はもっと訝しんだってよさそうなものなのに。

『案外今頃奴も一杯呑んでいたりして、な』

 伏線を、張られていた……!?
 この夕太刀のひと事で、影狼から酒の匂いがしていても不自然ではなくなってしまっていたのだ。
 もしもこの時の夕太刀が既に影狼だったとするなら、案外どころかまさにこの瞬間、自ら杯を傾けることで、嘘を事実に変えていたのである。
「……いつ、入れ替わったんだよ…………!?」
 なおも火蛇は足掻く。
 ここまで追い詰められて可能性を追えるほどに鍛えられていたことが、却って悲しかった。
「だって、木曜日の最終演習の時に隣にいたのは、間違いなく夕太刀だったはずだろ!? でなきゃエブルモン・アルカンシェルが決められるわけがねぇし、影狼だって演習には加わっていた! その後、鍋鶴に化けてティユさんの寝室に行っていた影狼が、夕太刀と入れ替わる暇なんてどこにもねぇじゃねぇか!?」
「……それ、何の話? 影狼が僕に化けたって」
 キョトン、と鍋鶴が首を傾げる。
「だから、木曜日の演習が終わった後、お前が影狼と共謀してティユさんを驚かせた時の……」
「えぇっ!?」
 酷く仰天して、鍋鶴は抗議の声を上げた。
「僕、そんな悪戯してないよ!? その日の演習の後なら、僕はずっとティユとふたりっきりだったもん。影狼なんてこなかったよ。嘘だと思うなら、ティユに聞いてみてよ!!」
「なん、だと……!?」
 前提を崩され、愕然と狼狽える火蛇。
 言われてみれば、『影狼が鍋鶴に化けてティユと一緒に行った』なんて、そんな情報――――
「あ~、すいません火蛇さん。それ、アッシが吐いた大嘘ですから。鍋鶴もごめんな、勝手に巻き込んじゃって」
 そう謝ったのが影狼であったことで、更なる衝撃が火蛇を襲った。
「お前が、吐いた……!? ち、違う、言っていたのは、夕太刀、で…………っ!?」
 そう。その情報は、あの時看板の上に座っていた夕太刀自身からしか聞いていない。
「て、てことはじゃあ、あの時点でもう……!?」
 その情報が語られた時点で、既に生垣に甘い香りを撒かれていて、匂いでの判別はできなくなっていた。
 もちろん、翌朝にでも火蛇がティユか鍋鶴に確認を取っていれば、嘘だということは簡単に判っていただろう。しかし、あの頃火蛇は鍋鶴が苦手で、確認を取るなんてできなかった。ティユに対しては……

『……ティユさんにバレたら怒られちまうんで、どうか内密に願えませんか?』

 実に巧みに、さりげなくブロックを仕掛けられていたのだ。嘘を吐いた当事者である影狼によって!
「はい、アッシでした。入れ替わったのは、嘘の中でアッシが鍋鶴に化けたと説明したタイミングと同じで、生垣に撫でられた火蛇さんが声を上げた瞬間。本物の夕太刀は、アッシが座っていた看板の後ろに隠れていたんですよ」
 確かに、生垣に撫でられたタイミングで実際に動いていたのは、鍋鶴ではなく、夕太刀の方だった。眼にも留まらぬスピードで、看板までジャンプして。
 そしてその時に、入れ替わっていた。
 あれ以降同行していた夕太刀は、すべて影狼だった、ということになる。
 すべて。
 本当に、そうなのか!?
 夕太刀はさっき、何て言った……!?

『……貴方と夜を過ごした〝夕太刀〟は、そこにいる影狼の化けたイリュージョンだった、ということだ』

 俺と夜を過ごした、〝すべて〟の夕太刀が、影狼だったというのなら。
 まさか……!?
「そ、それ、じゃあ……土曜日の夜の、あれは、俺の部屋にきた夕太刀は…………!?」
 それだけは、否定してくれと。
 あれは本物の夕太刀だったと証言してくれと、期待を込めて、火蛇は血を吐くような問いをかける。
 けれど、影狼は。
 タテガミに表情を隠し、両腕で腰をかばうような仕草を見せながら。
「……言わせたいんですか?」
「お、い゛…………!?」
 思わせぶりな態度ではぐらかそうとする影狼に、火蛇は尻尾の炎を苛立たせて詰め寄ろうとする。
 その肩を、吸盤の付いた蒼い掌が背後から止めた。
「あまり影狼と生垣を責めてくれるな、火蛇。私が無理を言って、彼らに頼んだのだから」
 いつもと変わらぬ涼やかな声で、飄々と夕太刀は言った。
「勝手なことを言うようだが、ここはお互い持ちつ持たれつだったと思ってくれないだろうか? 貴方は私とまぐわえたと思えていたのだし、私は…………」
 思えていた、って。
 それじゃあ、やっぱり……!?
 グラグラと揺らいでいく、火蛇の視界の中で。
 その後ろで身を竦ませながら、ちょ、それ言っちゃうんですか、と表情をこわばらせた影狼の前で。
 少し離れた場所の地面にひっくり返ってメリ込んだまま、それを言ったらお終いじゃろ、と脚をバタつかせた生垣の前で。
 核心の言葉を、夕太刀は言い放った。
「――私は、貴方と影狼の美雄ふたりが絡む姿を覗き見て、それぞれに大変良い想いを分かちあえた、という事で……な?」

 腐女雌(ふぢょし)
 その3文字が刻まれた虹色の岩塊が、火蛇の脳天に炸裂した。

 ここまで、事象の確認に追われる中で、棚上げにしてきた謎。
 こんな手の込んだことをしてまで、火蛇を騙していた動機、判明。
 結論:腐女雌の欲望。
〝ただ〟情事を覗き見ただけの性的興奮だけではない、腐女雌が獲物を喰らい尽くす、毒々しくも禍々しく獰猛な、雄である火蛇には決して理解し得ない情念――それがあの視線の正体だったのである。
 大会初日の朝、影狼の妹である朧狼(オボロ)が、ロン隊のサードニクスに化けて火蛇に抱きついてきた時、夕太刀がやたらに興奮していたのも、〝サードニクスが可愛かったから〟ではなく、火蛇とサードニクスが抱き合った姿に萌えていたからだったらしい。
 その直後、ティユ隊の雄がサードニクスを保護するように提案していたのも、今にして思えば腐女雌の下心だったのだろう。ふたりきりになった室内で、サードニクスが火蛇や影狼と情事を交わす状況を期待……いや、何もなかったとしても妄想して欲望を満たすつもりだったに違いない。
 当然、土曜日の夜も、夕太刀に化けた影狼を本物と信じてまぐわう火蛇の様子を、どこかから覗き見ながら萌えていたのだろう。火蛇はあの行為で交わし合った官能こそが、夕太刀との誓いなのだと信じていたのに。それを道標に、今日一日誓いを果たし続けてきたのに。
 なのに、すべては、幻だった。
 なんてこった。
 俺は、俺というバカは、ずっと腐女雌の餌食として、弄ばれていたのだ。
 …………あぁ、なるほど。
 つまりあれは、そういう――――

 その認識を最後に、シュポ、と気の抜けた音が

 ▽

「わ~~っ!? 尻尾!? 火蛇さんの尻尾の火がぁぁっ!?」
「ちょ、こりゃマズい、完全に意識がトんでおるわい!」
「いかん……! 鍋鶴、魔月か晴間を呼んできてくれ! 早く!!」

 ▽

~その後の物語~ [#6YilXsi] 


 ▽

 翌朝。
 送別会で起こったちょっとした事故で生死の境を彷徨う羽目になった火蛇は、ひと晩を過ごした後、ロンの下に送り返されることになった。
 火蛇に何が起こったのか、ティユには詳しくは説明できなかったが、責任の所在だけは明確に伝えられた。
「……当分の間、お酒を使った夜遊びは禁止します!!」
 カンカンに激怒したティユからそう厳しくいい渡された上、事件の責任者たちには全員謹慎が課せられた。
 ただし、あの場にいた火蛇を除くポケモンの中で、鍋鶴だけは例外である。彼は影狼に利用されていただけで、事件に関しては何の責任もない。
「大丈夫? 火蛇さん」
「あぁ。もう状態は安定しているよ。心配かけたな、鍋鶴」
 ティユの私室のPC前。モンスターボールへと鈍色の鼻面を寄せてくる鍋鶴に、内側から火蛇は翼を振って応えた。
「元気出してね。みんな火蛇さんのことが大好きで、だからあんな悪戯をしたんだと思うよ。だから……」
「解ってる。大丈夫だ。お前も元気で。これからも試合での抑え役、頑張ってくれよ」
「うん!」
 入れ替わりにボールの側へきた悟理が、桃色の頭を深々と下げる。
「本っ当に申し訳ありません!! 私が正直にお伝えしていたら、こんなことには……」
 テレパシーを持つ悟理は、もちろんあの木曜日の夜から、夕太刀たちの陰謀に気付いていたのだ。
「思えば、最初っから止めてくれていたもんな……その時に悟理さんの忠告を聞かなかったのは俺の責任だ。金曜日の夜に話せなかったのも、あの時の隊の状況を考えれば仕方ないよ。どうか気に病まないで。改めて、悟理さんもお疲れさん。旦那さんと仲良くな」
「はい……火蛇さんもお元気で」
 ずっと平身低頭ではあったが、最後にはにっこりと優しい笑顔を見せてくれた悟理。対照的に次に近付いてきた声は、隊としての責任をまるで感じている様子を見せない高飛車なものだった。
「まぁったく、あたくしに何の相談もなしに悪巧みなんか目論んだりなどするから、こんなお粗末な結果に終わるのですわ! あたくしが絡んでいれば、どれだけ貴方を痛め付けても瀕死にまでは至らせませんでしたのにっ!!」
「…………」
 ティユ隊旅組リーダー、マフォクシーの魔月は、酒を用意した他は陰謀には一切関与しておらず、酒類の購入禁止処分は受けたものの謹慎処分は免れている。
 火蛇としては、魔月を共犯に誘わなかったことに関しては夕太刀たちに感謝したいところだった。もし彼女も参加していたら、この程度の惨状では確実に済まなかっただろう。
「まぁ、貴方には今回、充分あたくしたちの期待に応えた活躍を見せてもらいましたわ。そのことには感謝します。さすがあたくしが雄を磨いただけのことはありますわね」
「……ここでトラウマに鞭を打ってくるとか、さすがに姐さんは大したドSだよ!!」
「今後もまた何か起こりましたらご協力いただきますわ。その時はまたあたくしとも、夜のお供をお願いできて?」
「夜の話は全力で遠慮する! トラブルもなるべく起こらないよう気をつけてくれよ、姐さんは責任者なんだから!!」
 最後に、その場にいたもう一頭のポケモンが、火蛇のボールに近付く。
「今回は、あのバカたちを止められなくって本当にすみません。何とかしようとはしたんですが、力及ばず……」
 赤々と燃える頭を下げた相手に、火蛇もまた深く頭を下げ返した。
「いや、お前が鍋鶴に呼ばれてすぐに駆けつけてくれたおかげで、俺は何とか助かったんだろ。感謝するぜ。2度に渡る警告についてもな。あれだけ注意されていたのに、そのすべてをフイにしちまったんだからザマァねぇや。おまけに、お前のことも随分と誤解しちまってたみたいだしなぁ……晴間」
 彼――ゴウカザルの晴間が、水曜日に火蛇へと囁いた言葉。
 あれは、妬みからの脅しでもなければ、叶わぬ恋への憐れみですらなかった。
 晴間は誰よりも夕太刀の性癖を知る幼なじみとして、火蛇が夕太刀の毒牙にかからないように注意してくれていたのである。そしてそれを、夕太刀の協力者であったユキメノコの六花によって、ずっと妨害されていたらしい。
 六花は共犯というより、実は影狼と生垣によるイリュージョンと甘い香りのコンボを立案して、夕太刀を唆した首謀者だったのだとか。動機は……これは夕太刀たちも知らなかったそうだが、彼女の動機こそ、レギュラーを外されたことへの腹癒せ。昨夜バレなかったら彼女自身の手ですべてを明かして、火蛇を辱める目論見だったそうだ。
 そんなドス黒い情念を胸に抱きながら、火蛇の前ではいかにも仲間を心配する健気な少女を装いつつ、晴間に疑いが向くように偏った情報を流していたのだ。晴間といい仲だったのは事実なのにも関わらず、である。
 これら暗躍の数々はすべて悟理のテレパシーにより看破され、現在は六花も夕太刀たち共々、事件の責任者として謹慎処分を受けている身であった。
「まぁアレですね。雌が雌らしい仕草をした時に信用できるのは、悟理叔母さんと菩提(ボダイ)ちゃんぐらいなものだってことですよ」
「だよなぁ……解ってたのに、これまでも散々嫌というほど思い知らされてきていたのに! くっそぉ、もう二度と雌なんか信用するもんかぁ……っ!!」
 とか言っているものの、どうせまた雌が涙をチラツかせたりすれば、何の疑いも抱かずに騙されてしまうのである。本当に雄とは悲しい生き物なのであった。
「……貴方も、隠れていないでこちらに出てきて、火蛇さんに伝えるべきことを言ったらどうですか?」
 開いたままの扉の陰に、悟理が厳しい声を向ける。
 蒼く鋭角な顔と首から垂れた長い舌が、わずかに垣間見えた。さすがに責任を感じていたのか、謹慎を破って見送りにきてくれたらしい。
 けれど、火蛇はボールの中で背中を向けた。
 今まともに顔を合わせたら、感情的になってどんな言葉をぶつけるか分からなかったからだ。これ以上、ティユ隊で過ごしたこの6日間を汚したくなかった。
「……ハハ、ありがとうよ。お陰さんで、未練なく帰れるわ」
 どうにか言葉を絞り出して、そっぽを向いたまま鉤爪を振る。
 この期に及んで出てくるのが礼とか、やっぱり自分の性格はとことんバトルには向いていねぇんだな、と火蛇はしみじみ思った。
「じゃあ、元気でな。新しくくるリザードンとも、いい虹を描けるといいな」
 返事はない。
 ただ、視線を感じた。
 何よりも雄弁な、夕太刀からの別れの挨拶を、火蛇は背中で受け止めた。
「本当にこの6日間ありがとうね。お疲れさま、火蛇。ロンにもよろしくね」
 短い最後の挨拶を終えて、ティユの黒い指が、転送装置のスイッチを入れる。
 青白い光の道が、ボールの中でこぼれた涙を古巣へと優しく運んでいった。
 虹の崩落(エブルモン・アルカンシェル)
 美しい虹を架けた上から岩なだれを降り注がせる、まさしくその戦法そのままに。
 美しい恋心を、最後の最後に木っ端微塵に打ち砕かれて、リザードン火蛇の冒険は終わりを迎えたのである。

 ▽

「……んだけどなぁ。何か、どうにも釈然としねぇ…………?」
 4月が過ぎ去り5月を経て、6月を迎えたばかりの頃。
 シングルバトル大会を週末に控え、試合組の調整に付き合う最中。
 ポツリ、と漏らした火蛇のひと言を、ゲッコウガの舵歌が聞き咎めた。
「ちょっと、どうしたのよ!? まさか、また誰かの修得技に不備が見付かったって言うんじゃないでしょうね!?」
「ん? いや、違う違う。っていうかもうとっくに全員の技構成を抜かりなく整えた後だろうが。悟理さんの時みたいなことはありえんから心配すんな」
「そう。なら、釈然としないのは何についてなの?」
「……そんなことより、大会のレギュエーションは大丈夫なんだろうな!? ここまできてまた誰かが除外なんてことになったらたまらんぞ」
「大会ルールはロンさんとティユさんの2人がかりで徹底的にチェックしたし、出場予定の仔たち全員を、大会サイトにある出場可能ポケモンの表と照らし合わせたのを私も見て確認したわ。今度こそ問題なく、無事に大会を迎えられるはずよ」
「そっかそっか。後はあいつらのコンディションを大会まで保っていくだけだな。何にも問題なしだ。めでたしめでたしっと」
「はぐらかそうとしたっていうことは、また前の大会でティユ隊の試合組にオモチャにされたことを引きずっていたわけね」
「ぐ……っ、そうそう、前の大会ってぇと、あの時は結局ロン隊もティユ隊と大差ない結果に終わったんだっけか?」
「えぇ。こちらはティユ隊とは反対に、出だしはそこそこ良かったのだけれど、土曜日の後半から負けが混み出して、日曜日はもう連戦連敗だったわね」
「朧狼と菩提ちゃんは数合わせだったからな。心配していた手数の不足が後から響いてきちまったか」
「そんなところね。まぁ、それでもしっかりとオーナーの要望に応えてメダルを咥えてきたんだから上出来でしょう。それで、貴方は一体何をいつまでも未練がましく釈然とできないでいるの?」
 聞いてあげるからさっさと話しなさい、とばかりに詰め寄る舵歌。どうやら彼女の舌先から逃れることは叶わなそうだ。仕方なく火蛇は一旦演習を切り上げて、舵歌と共に近くの岩場に腰を落ち着けた。
「芽生えかけたマジな恋心をぶち壊しにされて動転しちまってたけどな、俺だってガキじゃねぇんだぜ? 自慢じゃねぇが旅先で行きずりとの一夜、なんてことは珍しくもなかったし、雄相手だってそれなりに経験積んでんのよ。そんな俺がだ、いくら甘い香りで匂いを消されてたっつっても、灼柱を飲み込まれたのが雌の身体か雄の身体かも判らなかっただなんて、やっぱり俺にはどうしてもなぁ……?」
 それに、あの夜夕太刀の中で交わした誓いが、絆さえもが、すべて偽りだったなんて。
 俺には、どうしても…………?
「思いたくないだけでしょ、それ。挿入した感触なんて、リアルなオナホールを用意して股に挟んでイリュージョンしたのだとすればいくらでも誤魔化しは効くし。ちなみに、『あれが影狼だったら、挿入で尻穴が裂ければそのダメージでイリュージョンが解けたはず』という推論もこれで却下ね」
「……まぁな。否定はできねぇよ。ただ、木曜夜の夕太刀と土曜夜の夕太刀とじゃ、舌の感触が違っていたのは確かだぜ。それに、謎の視線――〝本物の夕太刀〟が余所から覗いていた気配も、土曜日には感じられなかったんだぞ」
「限られた道具を使って貴方の目の前で細工しなければいけなかった時と違って、夜這いをかけてきたのならローションでも何でも使い放題。よりタテガミを舌らしく化けさせることができたとしても不思議じゃないわ。気配に関しては笑止千万。貴方、悟理やティユさんとの会話を盗み聞きされていた時の気配も感じ取れてなかったくせによく言うわねぇ。屋外より壁越しの方が、巧く気配を消せて当たり前じゃないの」
「うぐっ!? いやまぁ、それもそうなんだけどさぁ……んじゃ、土曜日の夕太刀から聞いた、ヒコザル時代の晴間との思い出話はどうだ? 夕太刀と晴間がティユ隊に入ったのはそれぞれ1進化してから。影狼がティユ隊に行ったのはその後のはずだ。もし晴間に問い正して裏付けが取れたなら、土曜日の夕太刀はやっぱり本物だったってことに……!?」
「その情報を影狼が確実に知らなかったっていう根拠は? 夕太刀と影狼が共謀関係にあった以上、過去の印象的なエピソードなんて粗方教えられていたと考えるべきだわ」
「くっ、これもダメか…………」
 身も蓋もにべも取り付く島もなくバッサリと論破されてガックリと肩を落とす火蛇に、舵歌は〝山刀〟と例えられた鋭い視線を向ける。
「どうあっても、『木曜日にフェラチオしていた夕太刀は影狼のイリュージョンだったけど、土曜日に本番したのは本物の夕太刀とだった』っていう結論に持って行きたいみたいだけど、だったらどうして夕太刀たちはそれを貴方に隠したりしたのかしら? 中出しまでさせたのに、全部なかったことにして騙した罪まで背負うとか、やらせ損もいいところじゃない」
「それは……!?」
 舵歌の投げかけた疑問をしばらく頭の中で巡らせた後、パッと尻尾から火の粉を散らせて火蛇は顔を上げた。
「それこそ……俺が未練なく帰れるように、か!? 六花の持ちかけた謀略を利用して、俺から夕太刀をフる形に持って行くように3頭で口裏を合わせやがったのかも……!? 夕太刀にのぼせていた俺を、向こうからフることは…………」
 できなかったから。
 はい妄想乙。自惚れるのもいい加減になさい。そんなことだから何度も何度も雌の涙に引っかかるのよ。
 大方、舵歌はそんな感じで切り捨てるだろう。情け容赦も血も涙もなく。
 それでも、この結論は揺らぎそうになかった。
 もし、あの別れの時に振り返っていたら、夕太刀はどんな顔をしていたのだろう。
 悟理さんがテレパシーで感じ取った、夕太刀の『伝えるべきこと』とは一体何だったのだろうか…………!?

「……確かめてみる?」

 顔のすぐ横で囁かれた声に、ハッと振り返る。
 意外にも舵歌は嘲ることなく、吸盤付きの指を火蛇の鉤爪に絡め、甘い吐息を吹きかけてきた。
「同じゲッコウガの雌を抱けば、その夜の夕太刀が本物だったかどうか判るかも知れなくてよ。その気があるのなら、協力してあげなくもないけど……?」
 ずっと姉弟のように接してきて、これまでそんな方向に発展したことのない舵歌からの思わぬ誘いに、尻尾の炎が色めき立って鼻息に火が混じる。
 唾を飲み込んだ後、しかし火蛇は、そっと指を解いて押し返した。
「悪ぃ。気持ちだけ受け取っておくわ」
「だったら気持ちも返せヘタレ野郎」
 淡々と放たれた罵声と同時に、吸盤の先が火蛇の手の甲をグニッと抓る。
「ててっ! ……いやまぁ、もし本当に俺の想像通りだったとしてもよ、だったらせっかくの気遣いを無下にすることもねぇや。俺が勝手にそう想い込んでいればいい。ただそれだけの話、だ」
 そうだ。
 夕太刀はきっと、あの時。
 本道に戻っていく火蛇を、自らも我が道を行くものとして、毅然と胸を張ってまっすぐ見送っていたはずだ。
 もし自惚れでなく、本当に彼女が断ち難い想いを抱えていたとしても、決しておくびにも見せることなく。
 夕太刀は、そういう雌だ。誓いを交わし合った仲だからこそ。そう信じられる。
 だからきっと、あの挨拶で正しかったんだ。
 ありがとうよ。夕太刀。
「さぁさぁ休憩終了! 今度こそ大会上位を狙えるようにビシバシ行くから覚悟なさい!!」
 若干不機嫌気味に声を上げて演習へと戻っていく舵歌。当分は今日垣間見えた嬌態のことをからかえるかもしれない。仕返しが怖いが。
 舵歌を追いかけて立ち上がり、グッと伸びをして火蛇は、青く澄み渡る快晴の空を見上げた。
 夢を見せてもらったのだ。
 空に融け行く虹のように、儚くも美しい夢を。
 雨粒が陽光を散らして霞空に映しただけのものだなどと、無粋な結論を付ける必要がどこにあるだろう。
 心の中の大切な場所に、伝えられなかった想いと一緒に、いつまでも美しいまま飾っておこう――そう火蛇は思うことにしたのだった。

 ▽

 ちなみに、まったくの余談なのだが、結局彼らの努力はすべて幻と消える運命だったりする。
「ネットでティユ隊の登録を済ませた後、軽くうたた寝してね。その後ロン隊の登録をしてから目を覚ましたことは間違いなかったんだけどなぁ……」
「寝る前か起きた後に登録してよおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
 シングルバトル大会、ロン隊、エントリーのし忘れにより不出場。
 オーナーの大ボケは、前大会で終わってはくれなかったのであった。
 完全に手遅れになってからこの最悪の大失態が判明し、怒り狂ったロン隊の試合組レギュラーはもちろん控えや旅組も含めた全員により、オーナーが前回以上に壮絶なフルボッコを喰らうのは、それからまもなくの話である。

 ▽

 猫騙しを一閃させた後、紺色のニャオニクスは悪戯心に乗せた電磁波を撒き散らす。
 痺れさせられた相手の苛立ち紛れの攻撃が、ニャオニクスの所持する脱出ボタンを叩いた。
 即座にニャオニクスはモンスターボールへと離脱。代わって刃の如く鋭いゲッコウガのシルエットが、逞しきリザードンが飛ぶ隣へと降り立つ。
 次の瞬間、ゲッコウガの蒼い掌が地面を打ち、板状の形に跳ね上げた。
 ゲッコウガ特有の防御技、畳返しだ。
 リザードンとゲッコウガ、双方を狙って放たれた相手からの猛攻が悉く畳返しによって阻まれている間に、リザードンは茜色の翼を猛烈に羽ばたかせて風の流れを追い風へと転じさせた。
 加速する疾風に乗って、2頭は誓いを交わし合う。
 ゲッコウガの水の誓いに抱かれて宙に飛んだリザードンが、、その水の誓いに炎の誓いを結び合わせて打ち出す。盛大に上がった水柱が、空に鮮やかな虹を描き出した。
 虹の空からゲッコウガが降らせた岩なだれが、敵陣に極彩色の砂塵を上げる。リザードンの放つエアスラッシュが、砂塵を切り裂いて八重の花びらを舞い散らせる。
 エブルモン・アルカンシェルは、続いていく――――。

 ▽

EAトライアルハウス.jpg

「トライアルハウスで6612点を出しただと!? エブルモン・アルカンシェルでかよ!?」
「うん。5戦すべてで誰も一度も墜とされることなく、虹もバンバン架けて完封勝ち」
 にっこりと得意げに語る晴間の報告に、はぁ~、と火蛇は興奮に加熱した溜息を漏らした。
「凄ぇなあ、もうそんなに精度が高まってんのか。いよいよ本格的に完成してきたって感じだな!」
「ティユさんに言わせると、まだまだ改良の余地はあるそうだけどね。それでもコンボの安定性の高さは、僕らがいた頃とじゃ比べものにならないよ」
「念願だった追い風の発動を夕太刀の畳返しでサポート、おまけに先発には電磁波撒きのニャオニクスかぁ。確かうちにいるサードニクスの弟だっけ?」
輝石(キセキ)君だね。猫騙しと電磁波の他に、ファストガードで相手のアクアジェットやバレットパンチを防いだりもできるから、先発だけでなく終盤でも頼りになってくれる仔なんだ」
 あの後、ティユ隊試合組とは縁の切れてしまった火蛇だったが、旅組入りした晴間とはこうして時々顔を合わせ、ポフレを囲んで近況を語り合う仲になっていた。
 初めの頃は火蛇に対してさん付けのデスマス口調だった晴間とも、今はこうしてすっかり打ち解けている。話してみればなかなかの好青年で、さすがは悟理さんの親族といったところか。
 ただ、こうして交わし合う会話の中身も、試合の結果やメンバーの構成などが主で、夕太刀たちのプライベートな近況に関してはあまり話題に上ることはない。特にあの夜の真実に関しては、火蛇は絶対に触れようとしなかったし、晴間も決して持ち出そうとしなかった。
 この日は、よい報告を聞けて昂っていたせいもあるのだろう。少しだけ踏み込んだことを、火蛇は訊いてみた。
「なぁ晴間……〝戻りたい〟って、思うことあるか?」
「ないと言ったら嘘になる、ね」
 即答で返事がきた。
 晴間にとってもそれは、常に向き合い続けてきた想いだったのだろう。
「でも、今夕太刀たちが架けている虹は、僕たちみんなで作り上げてきたものだ。だから、僕も火蛇も、六花や悟理叔母さんや、他のみんなも、今もずっと夕太刀たちと一緒に戦っている……僕はそう想ってるよ」
 その答えは、火蛇がティユに向けて送った言葉とも重なるものだったから。
「そうだな……俺も、そう想うよ」
 頷き合って、ふたりで一緒に、ひと時心を空へと飛ばした。
 頑張れよ。
 お前たちが架ける虹の端っこから、俺たちはいつだって支えているからな――!!
 過ぎ去りし思い出の未来を行く仲間たちに、火蛇と晴間は熱いエールを送るのだった。

 △了▽

ファミ通チャレンジメンバー.jpg
(実際のパーティー構成。鍋鶴と生垣の技は物語に合わせて変更している。実はこの当時は草の誓いを含めたコンボも研究していた。)


RGB三章合わせたノベルチェッカー結果 [#2KUL69R] 

【原稿用紙(20×20行)】 331.5(枚)
【総文字数】 106877(字)
【行数】 2510(行)
【台詞:地の文】 78:21(%)|83967:22910(字)
【漢字:かな:カナ:他】 35:52:8:3(%)|37664:56325:9229:3659(字)


大会後の主な変更点 

・prism-Gで『疾風の翼を持ってしても』とあったが、『以てして』が正しいのでひらがなに変更。
・『七色のアーチを描いた』→『七色の弧を描いた』
 アーチはアルクと同じ言葉であるため変更。
・『相手が浮き足立っている』→『相手が勇み足になっている』
 浮き足立つというのは追い詰められて逃げ腰になることであり、この時点でそうなっていたのは相手ではなくこれを言っているアラシたちの方w
・『流れを変えに行くぞ!!』→『あの虹を越えて行くぞ!!』
 よりテーマに沿った言葉に改良。


あとがき 

腹の中で爆竹を [#02qGYnz] 

 官能部門投稿作としては余りにもお待たせしましたとしかいいようがないようやくの本番シーン、いつもの僕の作品らしくゲッコウガにはゲッコウガらしいプレイを用意しました。炎ポケの中出しによる〝ケツ爆竹〟です。
 いや、それがゲッコウガらしいプレイなのかとツッコまれると困るんですがw なんせ両生類ですし色々難しかったので、少々悪ふざけしましたwww その上で、本当の本番シーンともいえる合体コンボシーンも官能シーンの延長風に演出しています。

エブルモン・アルカンシェル 

 そして遂に全貌を現した必殺コンボ。虹コンボからの岩なだれ連打による60~84%怯み攻撃、虹の崩落(エブルモン・アルカンシェル)
 この戦法は、BW時代から作りこそはしませんでしたが構想だけは思い描いていました。それがprismーGのティユの回想で語られていた、バシャーモとカメックスによる虹コンボ攻撃です。
 しかし、第5世代の時点では単体の誓い技は威力が低く、また、いくら加速があるとはいえバシャーモの岩なだれも不一致。実用性を持たせるのは厳しいだろうと諦めていました。
 それが第6世代に入って変幻自在ゲッコウガが登場。御三家最速の素早さから一致岩なだれを放つことができるようになり、更に誓い技も単体での威力が強化されたため実用性が上昇。これなら夢のコンボを実現できると、キナンシティに入れるようになるなり早速夕太刀と晴間を中心とした虹パーティを作り始めたのでした。
 その後、抑えにプテラ、炎枠をリザードンに変更、先発にニャオニクス♂を採用したのは描いた通り。その後舞台がORASに移っても改良を続けて現在に至ります。
 ダブルバトルでずっと俺のターンを決める優越感には何物にも代え難いものがありますが、アラシ戦の結末に描いた通り割と頻繁に16%で動かれるのが困りどころですw

鍋鶴 

 もったいぶって虹下に登場するまで種族名を伏せていた〝抑えのエース〟鍋鶴。カロス図鑑のポケモンで、火蛇が苦手とするタイプを持ち、水と電気を弱点とするなどのヒントでプテラだと特定はできましたでしょうか。
 アラシ戦では鳴り物入りの登場でメガシンカまで披露しながら、キングドラを止められずに敗れるという噛ませな役どころにせざるを得ませんでしたので、日曜第2戦は所有するバトルビデオの中から彼がもっとも強さを発揮している試合を選んでモデルにしました。姉妹作『虹と砂嵐の向こう側』パーティと対決したという設定の試合です。→7GDW-WWWW-WW24-CJYH
 鍋鶴に岩なだれを受けたサーナイトが、夕太刀が動くより早く怯んでいる=スカーフなのがミソで、中速スカーフ持ちを抜けるメガプテラの爆速ぶりがよく解ると思います。現在はリザードンに追い風を持たせているため、その優位も不可欠なものではなくなりましたが。
 また、このビデオや添付した画像を見れば分かりますが、実は鍋鶴の特性はプレッシャーではなく石頭でした。6Vが出たのがたまたま石頭でしたし、どうせメガシンカ前提で運用するつもりでしたし、影狼との組み合わせを考えると特性が表示されない方が都合がよかったので(といっても、鍋鶴の出番は大抵再後発なので意味ないんですがw)、石頭のまま使っていました。現在では特性カプセルを使ってプレッシャーにしています。
 終盤だけの活躍ですので影が薄くなるかな、と考えて、夕太刀たちの悪戯に関して証言させるよう送別会に出席させたのですが、実は最初、火蛇は生垣の蔓を強引に振り切って夕太刀の肩を掴む予定だったんです。ところが、生垣が蔓を伸ばした瞬間、さも初めからそのために送別会に参加していたかのように、勝手にフリーフォールを使って上空に連れ去っていってしまいましたw ダブルでプテラが使う技としては定番ですが、ターン数がかかるため虹コンボとは相性が悪く本当は鍋鶴には覚えさせてなかったので、完全に想定外でビックリしましたwww
 影狼のイリュージョン、生垣の甘い香り*4、悟理のテレパシー、鍋鶴のフリーフォールと、メインカップルである火蛇と夕太刀以外の4頭が全員、試合以外でも役割を発揮してくれました。ファミ通チャレンジに参加したメンバーだから選んだだけで、こういうネタをするから選んだわけでもないのに、特に悟理なんて参加自体が事故だったのに、みんなちゃんと僕の物語の一員として働いてくれたのです。つくづく、小説を描いていると度々不思議なことに遭うものです。

アラシ隊 

 最大の山場である日曜日第1試合。満を持して発動したエブルモン・アルカンシェルの威力を魅せるため、虹が発生してからは受け手側からの視点となりました。
 特にモデルとなった対戦相手やバトルはありませんが、エブルモン・アルカンシェルの直撃を受けたポケモンが怯まず濁流で逆転する結末になるよう逆算して戦法とパーティ構成を組み立てて、全てのターンで互いがどう考えてどう動き、どれだけの結果を出したのかをあらかじめ表にしてから描きました。(虹のターン数を間違えるという有り得ない大失態をやらかしたせいで、投稿直前に書き直す羽目になりましたがw

・1ターン目。ガルーラメガシンカ。チャーレム(S145)猫騙しでメガガルーラに-7,1~8,5%。ガルーラ(メガシンカターンのためS111)怯む。リザードン(S147)エアスラッシュでメガガルーラに-27,4~32,5%。キングドラ(S106)気合い溜め。

・2ターン目。リザードン守る。メガガルーラ(S121)守る。チャーレム、フェイントでメガガルーラに-5,2~6,6%。キングドラ、スナイパー気合い溜めピントレンズ濁流でチャーレムに-145,6~172,1%。チャーレムダウン。代わってゲッコウガ。

・3ターン目。キングドラ守る。メガガルーラ、親子愛不意打ちでリザードンに合計-74,8~88,1%。ゲッコウガ(S191)、水の誓いで待機。リザードン、炎の誓いでメガガルーラに-53,8~63,7%。合計93,5~111,3%でメガガルーラダウン。代わってイルミーゼ。虹1ターン経過。

・4ターン目。イルミーゼ(S105)、悪戯心電磁波でゲッコウガを麻痺させるもラムの実で回復。ゲッコウガ、変幻自在岩なだれでキングドラに-23,1~26,9%。イルミーゼに-66,3~77,9%。リザードン、エアスラッシュでイルミーゼに-62,8~74,4%。合計129,1~152,3%でイルミーゼダウン。キングドラ怯む。代わってサーナイト、変幻自在をトレース。虹2ターン経過。

・5ターン目。リザードン、プテラに交代。キングドラ守る。サーナイト(S100)、変幻自在影討ちでプテラに-13,5~16,1%。ゲッコウガ、変幻自在岩なだれでサーナイトに-31,4~37,7%。虹3ターン目。

・6ターン目。プテラメガシンカ。サーナイト変幻自在守る。メガプテラ(メガシンカターンのためS200)岩なだれでキングドラに-28~33,5%。ゲッコウガ、変幻自在岩なだれでキングドラに-23,1~26,9%。合計71.2~87.3%キングドラ、スナイパー気合い溜めピントレンズ濁流でメガプテラに-207,7~246,2%。合計221,2~262,3%でメガプテラダウン。岩ゲッコウガ-277,6~329,3%でダウン。虹消失。

・7ターン目。サーナイト、リザードンに変幻自在影討ちで-15,4~18,9%。合計90,2~107%でリザードンダウン。ティユ隊全滅。アラシ隊の勝利。

 この表から、『濁流なんて全部寄せ集めても悟理さんを一撃で倒せるわけが……そうか、スナイパーか!』や、『メガガルーラだって、削られていなければ虹の誓いで倒されるには至らなかったはず』などの廃人めいた言い回しが生まれたわけです。
 しかし改めて数字でみると、スナイパーキングドラのオーバーキルっぷりが凄まじいです。この主砲を中心に、彼女を竜から守るサーナイトと、フェアリーから守るルカリオ&ニドキング。そして彼らを補助技でサポートしながら茶化すイルミーゼと、先制技でガッシリと支えるガルーラさん。といった感じでキャラ付けしていきました。
 アラシの名前は、瀬波や泳流の名前のモデルたちと同じ水族館にいるゴマフアザラシの名前から頂きました。ポケモンたちにも名前をつけようかとは思いましたが、読み手の想像に任せたいと考えて自粛しています。服装はゲームにある服の中から、対峙するティユの緑と反対色になる赤系統を中心にコーディネートしました。

その後の物語 

 ロン隊をエントリーし忘れた6月のシングルバトル大会とは『爆速! シングルバトル!!』のことで、実際にはファミ通チャレンジとの間にもう2大会ほど挟んでいますが物語の都合上割愛しました。本作の初めの方で火蛇に鍛えられていたエレザードの蛇ノ目やトゲキッスの卵丸も参加予定だったのですが……。もうこんな失敗はしまいと戒めのつもりで恥を曝したのに、結局また同じミスをやらかす始末。ダメオーナーで本当にポケモンたちに申し訳ないですorz
 トライアルハウスでエブルモン・アルカンシェルを駆使して高得点をあげられたのも、生々しいスコアが示す通り実話です。範囲の広い攻撃を一方的に仕掛けられるエブルモン・アルカンシェルは、結構トライアルハウスとの相性がいいみたいです。

隠しテーマソング 

 土曜夜のティユとの会話や、アラシ戦で虹の誓いを放つ際の火蛇のモノローグなどで使われている『繋がっている』という言葉は、アニポケ無印のOPのひとつ『Ready Go! 』の2番の歌詞から引用しています。
 ラストで最近のティユ隊のバトルを描いているシーンの『エブルモン・アルカンシェルは、続いていく』も、同じ歌の1番サビ直前の歌詞が元ネタです。
 つまり、♪進め 進め 君と! 七色の虹越えて~!! と、いうことですw

 また、同じく土曜夜に火蛇がティユを励ました場面にある、『帰り道が分からなくなっている』『引いていた手をそっと離す』という描写や、ラストの一文『過ぎ去りし~エールを送る』などは、2014年のポケモン映画ソング『夜明けの流星群』から取ったものです。

 ♪嘘で固めたハート 剥がれ落ちてく 泣かないと約束したのに止まらない夕立(スコール)
 ♪「いつかまた会える」って言わないよ 振り向かず行けるように

 ……さて、火蛇と別れた時、夕太刀はいったいどんな顔をしていたんでしょうね?


>>2015/05/25(月) 22:13さん
>>大迫力の熱い廃人バトルだと思います!
 ありがとうございます! これまで『似非廃人』を経て『にわか廃人』を名乗ってきた僕ですが、本作を描いた以上、もう堂々と廃人を名乗れますw

>>2015/05/31(日) 21:21さん
>>この戦法、てんのめぐみトゲキッスのエアスラッシュだと何割動けないんだろ・・・。
 残念ながら、天の恵みと虹の効果は重複しないようです。
 効果発動率を上げるならなんといってもメガガルーラ。岩なだれがダブルでは親子愛適応外のため、30%怯み技は噛みつくと旧作教え技の頭突きぐらいですが、虹下ならそれだけで84%怯み、仲間の岩なだれやエアスラと合わせると、なんと実に93,6%怯み! ……とはいえ、そこまで怯み率を上げるぐらいなら他の追加効果を目指した方が効果的かと思われます。旧作教え技ののしかかりがあれば、一致大ダメージ+84%麻痺を実現できるのですが。*5

>>そしてこの凄まじい戦法と読者を軽々と手玉に取っていく物語を書いた(仮面スケスケな)作者様に一票!!
 ポケモンに限らず役割を演じる(ロールプレイング)ゲームの物語とは、シナリオ上だけではなく、日々のプレイの中でプレイヤー自身が描いていくもの。戦法を編み出すのもそれ自体がひとつの物語であることを、本作の執筆で改めて実感しました。応援ありがとうございます!

>>2015/05/31(日) 22:15さん
>>いつも楽しく読ませていただいていますが、今回はいつにもまして最後まで楽しく読めましたw
 毎度お楽しみいただいているようで何よりです。僕の大会参加作では初めての10万字越え作品となりましたが、頑張って描いた甲斐がありました。

>>火蛇君にとってはほぼトラウマと化しているような気がしますが、元気出してほしいものです。隣にもいい雌がいてくれるみたいですし。
 舵歌のことでしょうが、ゲームでプラターヌ博士とバトルした際に使われたヒトカゲが火蛇だったとすると、出会い頭にボコられた関係だったわけでw 付き合うとしても一生尻に敷かれることになりそうですけどねwww

>>……一方であるいは進展があるんじゃないか、なんて思ったりもします(
 衝撃発表します。実は火蛇君、その後リアルに育て屋経験しました
 残念ながら相手は粗砥ではありませんけど。そのうち機会があったら、彼の子供の話も描いてみたいです。

>>架けた虹が、相手をも魅了する……そんな事があったりして。ないですかね。あったりしないかなあ。 ()
 察するに、姉妹作でも投票いただいた方でしょうか。重ね重ね投票ありがとうございました!

 返信が大幅に遅れて済みませんでした。改めて皆様、本当にありがとうございました!!


コメント帳 

・狸吉「衝撃のバトルビデオをごらんあれ!→XKZG-WWWW-WW33-RZBM」
・火蛇「まさかの誓い対決w これは勝ててよかった。しかしいるところにはいるもんなんだなぁwww」

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お名前:

歪んでいます……おかしい……何かが……物語のっ……


*1 ダブルで特攻特化キングドラの濁流は、H4振りのチャーレムに対し急所でも72,8~86%。
*2 日照りメガリザYでも急所なら乱数1発。当然、天候なしならチャーレムなど余裕で撃墜される。
*3 ゲームのバトルビデオでは、最初にポケモンが場に出ただけで1ターンを費やすため、初手=2ターン目となる。このため、本作での〝○合目〟の数字は、バトルビデオのターン数-1に相当する。
*4 画像を見ての通り、この甘い香りも本来生垣の持ち技にはない。
*5 秘密の力は親子愛でも追加効果上昇率は上がらない仕様。とはいえ虹下なら6割麻痺であり、非接触技であることも考えれば採用の価値はそれなりにある。

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Last-modified: 2016-02-28 (日) 14:14:25
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