ポケモン小説wiki
炎の苦悩と水の涙 ‐赤と黒への進化‐

/炎の苦悩と水の涙 ‐赤と黒への進化‐

 ※ この作品には、官能・流血表現等の描写が含まれています。
   また、この作品は前作炎と水の出会いの続編となっています。この作品だけでも楽しめる内容になっていますが、
   前作と合わせて読んでいただくとより一層楽しめるようになっています。                            

written by 慧斗
                                                       


「そろそろ、イキそうだ…!」
「私も、もう…!」
「「うああああっ!!」」


 深夜のポケモンセンターは回復を依頼するトレーナーも少なく、基本的に静かだ。
それはトレーナーが宿泊している場合も同じで、マリエシティのポケモンセンターのとある一室でも、島巡りのトレーナーとライボルト、ミミッキュはとっくに夢の中におり、例外なく静かな部屋になっている。
…とは言っても、さっきまで彼らの仲間であるニャヒートとシャワーズが周りを起こさない程度に騒がしくしていたが。

炎の苦悩と水の涙 -赤と黒への進化‐ 



 -1-

Side  アクア

「なあ、何で俺は身体洗われてるんだ?今結構眠かったり、風呂が嫌いなのは別問題として、俺自分で洗えるぞ?」
「別にいいじゃん、一緒にお風呂なんて十日ぶりなんだし。それにしてもフレイの毛、触ってて気持ちいいよね。理由はそういうことで」
 本当はもっとフレイと一緒にいたいんだけど、それを言うのはちょっと恥ずかしいかな。フレイの毛が気持ちいいのは嘘じゃないけど。
 マスターの家で初めての夜を過ごしてから、たまにこうやって行為に及んでいる。私的にはフレイと一緒にいられるなら毎日でもいいくらいだが、周りのことも考えるとそんなにしょっちゅうできることじゃない。
「とりあえず証拠隠滅は出来たっぽいし、先に出とくからな」
 フレイは自分の体温を上げて濡れた身体を乾かしてから出て行った。
 タオルもドライヤーもいらないのはある意味便利なんだけど、しばらくは触ると火傷しそうなほど熱くなっちゃうのが不便なところだ、…私にとって。
 そろそろ私も上がろうかな。簡単にタオルで拭いて、後ろ足で立ち上がりドアを開け、バスルームから出た。


 部屋に戻るとミミッキュが平皿に注がれたおいしい水を飲んでいる。
 一瞬悲鳴を上げそうになったが、今日マリエシティで出会った新しい仲間だと気づいて、何とか悲鳴を上げずに済んだ。
 えっと名前は確か…
「ホロウよ、お楽しみのところ邪魔しちゃったかしら?」
 まるで私の心を読んでいたと言わんばかりに話しかけるホロウ。
 …ていうか私とフレイが何をしていたか、気づかれてる気がするんだけど⁉
「もう終わってたから大丈夫だよ。こっちこそ起こしちゃってない、大丈夫?」
「問題ないわ、喉が渇いていただけだから。しかしあなたの彼氏さん、ペットボトルのキャップ開けてくれた後、すぐ寝ちゃったわよ」
「えっ、彼氏?」
 見ると、フレイは既に横になって気持ちよさそうに寝息を立てている。
 そしてホロウには私たちのこと、完全にバレてるね、これ。
「まあ、マリエシティ着いてからトレーナーのポケモンを10匹位倒してたから、そりゃ眠くなるよね」
 バレてるなら、と開き直って普通に話を続ける。
 ふと見ると、マスターのベッドサイドの時計は1時を過ぎて、日付はとっくに変わっている。
「じゃあ、私ももう寝るね」
「気にしなくていいわよ。私ももう寝るから」
 ホロウに一言おやすみと告げて、私も横になった。

 
Side  フレイ

「ねえフレイ、どうして僕たちは一時間もバスを待たなきゃいけないんだろうね⁉このままじゃ試練に挑むのが明日になっちゃうじゃんか…」
 10番道路のバス停にて、乗ろうとしていたバスに目の前で発車され、現在次のバスを待っているマスターと俺。
 トレーナーや野生のポケモンとバトルすることは想定内の話だが、近くの木からオニドリルが飛び出してきたり、トレーナーのオクタンによって視界不良にされて全然攻撃を当てられないなんてことまでは想定できるはずもない。おまけに頑丈持ちのポケモンがちらほらいたため、1ターンで倒しきれなかったのも原因だろう。
 にしても連戦は少し疲れた。最近疲れやすくなってる気もするが、それだけマスターが俺を認めてくれていると考えれば、多少は楽になりそうだ。
 早くも俺はレベル32まで上がっている。このまま行けば俺は…
「あ、やっとバスが来た。フレイ、いこっか」
 思いのほか早くバスが来た。一時間ってマスターが言うほど長い時間なのか?
 そんなことを考えながら俺はボールの中に入った。

 ホクラニ岳は山頂まで歩くとかなり時間がかかってしまうため、バスで山頂まで行くのが一般的だ。
「フレイ、ここからの夕日綺麗だね」
「アクア、今ちょっとやめとけ。マスターの愚痴の矛先が俺たちに向いちまう」
 朝から出発したのに山頂のポケモンセンターに到着したのはもう夕方で、試練に挑むのは明日になってしまった。せっかく気合入ってたマスターはテンションだだ下がりで、カフェスペースでミックスオレ片手に現在進行形で愚痴っている。まあ俺たちはと言えば、ポケマメをもらえただけで実質メリットしかなかったけど。

「お客さん、ホクラニ岳の中腹は今は近づかない方がいいですよ」
 カフェスペースのマスターが俺たちのマスターに話しかける。
「何かあったんですか?」
「何でも半年前から凶暴な野生のポケモンが住み着いちゃったみたいで。そいつらは群れで行動しているうえに、トレーナーに捨てられたポケモンが結構いるらしくって、島キングのクチナシさんも手を焼くぐらいには強いんだそうです。さっきもそいつらに襲われて手持ちが全滅してしまったトレーナーが駆け込んで来たんですよね」
 野生のポケモンの群れか…捨てられたポケモンが結構いるってことは、種族的な意味でもポケモンが多いのだろう。
「しかし手持ちが全滅って、どんだけ強いんだよそいつら」
「あなたの場合は地面タイプがいないことを祈った方がいいかしらね」
「その点俺も特性が避雷針じゃなくて化けの皮だったらな」
 想像の斜め上を行く発言に、周囲がどう対応すべきか一瞬悩んだのはここだけの話だ。とりあえず軽くフォローしてやるか。
「カインは今のままでいいと思うぞ」
「化けの皮が二匹もいたら、マスターも使い分けが大変そうだね」
「みんな揃って俺の対応冷たくない⁉」
「気のせいだろ。なんにせよ中腹にはいかない方がいいってことだな。今の俺たちじゃ危ないだろうし」
「私はフレイなら勝てると思うけどな」
「レベルが違うんだろうな。タイプ相性で有利でもレベルで不利だと厳しいんじゃないか?いずれは勝てるようにならないといけないだろうけど」
「私はそんなことないと思うよ?」
「まあ、戦って見ないと分からない部分もあるか。最悪は誰かを壁役にしてそのすきに…」
「フレイ、あなた頭いいのね。地面タイプに対する壁役に適任そうな誰かさんがいたわね」
「フレイ、ホロウ、お前ら俺を殺したいのか⁉」
「安心しろ、ただの冗談だ」
「あなたのリアクション、面白くてついね…」
「まあ、カインはいじられキャラだから仕方ないね」
 割と天然なアクアの発言がカインに確実にとどめを刺したらしい。
 何も言わなくなってしまったが、いつも1分以内に復活してるから何もしなくていいだろう。
「みんな、そろそろ部屋戻ろっか」
 ミックスオレを飲み終わってテンションも元に戻ったらしいマスターが、俺たちを呼んでいる。
 俺たちは話を中断してそれぞれのボールの中に入っていった。


 -2-

「今夜ロイヤルマスクは相棒のガオガエンと共に100連勝を達成しました!今私たちはその瞬間の目撃者となったのです!」
 画面の向こうで嬉しそうにヒーローインタビューを受けるロイヤルマスクとガオガエンを見て、俺も思わずガッツポーズする。
「フレイは本当に好きだよね、ロイヤルマスクの試合観るの」
「まあ、バトルの勉強も兼ねてるけど、何より戦い方がかっこいいんだよな。さっきなんかも3対1の圧倒的不利な状態から、一気に逆転勝利に持ち込んだんだ。それに…」
「熱狂的なファンなのは分かったよ、私もいつも応援してるし。でも、フレイの戦い方ってスピードを利用した戦い方なのに、ガオガエンの戦い方なんて参考になるの?」
「今は役に立たないかもしれないけど、いずれ俺は必要になるんだし…」
「戦闘スタイルでも変えるの?私は今のままでいいと思うけどな」
「確かに今は戦闘スタイルを変えないけど、進化したら変わるから」
「え、進化?流石に冗談だよね?」
 え、冗談?俺は冗談も嘘も言った覚えはないんだけどな…
「アクア、俺たちみたいなニャヒートがどんな風に進化していくか知ってるか?」
 何となく嫌な予感がして、思わずアクアに聞いてみる。
「進化段階? ニャビーからニャヒートに進化して、それで終わりでしょ?」
「おーい、そこのカップルはいつまで起きてるんだ?マスターがそろそろ寝るってさ」
「じゃ、そろそろ寝よっか。おやすみフレイ」
「あ、ああ…」
 カインの一言で完全に寝る気になったアクアは、とっくに横になってしまっている。
 完全に誤解を解くチャンスを逃してしまい思わず舌打ちしたが、誰も気づきもしなかった。


「……はあ、どうすりゃいいんだよ」
 みんなが寝静まった部屋の中で、一人ため息をつく。
 多分日付は変わってしまっているが、とても寝付けそうにない。
 さっきの会話で薄々察してはいたけど、アクアは知らなかったらしい。ニャヒートは次の進化先があり、
 その進化先はアクアがさっきまでテレビに向かって応援していたガオガエンであることを。
 進化することによって、戦闘スタイルこそ変える必要があるものの、さらなる強さを得ることが出来る。
 マスターはどう思っているかは知らないけど、俺にとってはガオガエンへの進化は一つの目標にもなっていた。
 しかし、ここにきて予想外の事態が起こってしまった。アクアは俺が進化すること自体知らなかったらしい。
 そこで問題になってくるのが、進化した時に姿を大幅に変えてしまうことだ。
 流石にコモル―からボーマンダほど変わるわけではないが、それでも四足歩行から二足歩行に変わるだけでもかなり違ってくる。
 もしアクアが進化した俺を見たとき何もなければいいが、進化することを知らない時点で驚かないはずがない。最悪の場合は今までの俺たちの関係が崩壊する未来さえ見えてしまう。それは何としても避けたい。
 進化して強さをとるか、進化せずにアクアとの関係を守るか、どちらも選ぶことはできそうにない。
「一体俺はどうしたらいいんだよ…」
 誰かに聞かせるわけでもなく、薄暗い天井を見上げて呟いてみる。思わずため息が出た。


「フレイ、眠れないの?」
「マスター、何で起きて…?」
「なんか明日の試練に緊張しちゃってね。眠れないなら一緒に散歩でもする?」


 -3-

「そっか、進化のことは結構重要なことだしね、眠れないのも無理ないかな。昼間買ってたマラサダあるけど、食べる?」
「……食べる!」
 危ない、星空を見ていたらうっかり聞き逃すところだった。流石に天文台があるだけのことはあって、ポケモンセンターの裏手でもきれいな星空を見ることが出来る。
 しかも今夜はレントラー座流星群が見れるかもとかテレビで言ってたのを思い出しちゃうとな…
 翻訳アプリは慌てて答えた事実を見逃してはくれなかったらしい。スマホの画面を見たマスターは一瞬吹き出しそうになっていた。便利なアプリだと思うけど、そこらへんはもう少しルーズにしてくれてもいいと思う。
「これを分けて食べよっか。…あ、変な感じに割れちゃったからフレイは大きい方ね」
 上手く半分に出来なかった大きいマラサダを入れていた紙袋の上に置いて差し出してくれる。昼間と言っても朝に買ったものなのでとっくに冷めてしまっているが、結構おいしい。
「一応確認しとくけど、フレイは進化したい?」
「もちろん。俺はマスターやアクアたちのため、そして俺自身のためにも強くなりたい。けど…」
「進化したら、周りから今まで通りに接してもらえないのが不安、とかかな?」
 突然の図星なコメントに、返す言葉が思いつかない。
「僕はフレイのトレーナーだよ?自分のポケモンのことは大体分かっているつもりなんだけどね」
 そう言ってから、マスターは俺の背中を撫で始める。
「それと、僕はフレイが進化しても対応を変える気はないよ。他のみんなはこれ以上は進化しないから不安になるかもしれないけど、みんなもきっと同じだと思う。だってフレイのトレーナー、ライトのポケモンだからね」
 その根拠が一体何なのか、俺には分からないけれど、元気づけようとしてくれる事自体が嬉しい。
「あと初代アローラリーグチャンピオンのヨウさんも、相棒のニャヒートが進化するとき、本当に進化した方がいいのかどうか、すごく悩んだんだって。結局進化することにして、それ以来ずっと無敗記録を作り続けているのは有名な話だけどね」
 初代チャンピオンの無敗伝説は、ポケモンリーグ優勝を目標にしているトレーナーで知らない者はいないと言われるレベルだ。ちなみにそのヨウさんは、最近別の地方で武者修行の旅をしているとかなんとか。
「そうだ、フレイにこれ付けてあげる」
 マスターが取り出したのは変わらずの石と大きめのお守り袋。ホウオウの模様が織り込まれたお守り袋に変わらずの石を入れて、俺の首に掛けてから後ろで結んだ。
「マスター、これって…」
「これ?小さい頃エンジュシティに旅行に行った時、そこのジムリーダーがくれたんだ」
「いや、そうじゃなくて中に入れたのって」
「変わらずの石だよ。これを持ってたら、レベルが34になっても外すまでは進化しないから」
「ありがと、マスター」
 翻訳アプリを閉じてスマホをポケットに戻し、立ち上がろうとしてマスターは急に空を指さす。
「見て、レントラー座流星群始まってるよ!早く願い事しなきゃ…!」
 話に夢中になっているうちに始まっていたみたいだ。
 幸い願い事はもう決まっている。空を見上げて心の中で願い事を呟く。
「ギリギリだったけど何とかお願いできたよ。フレイは何をお願いしたの?」
 いくらマスターでも内緒だよ、と答えておく。もう翻訳アプリは閉じてしまったから人間の言葉では伝わらないけど、鳴き声のトーンとかで伝わるかな。
「気づいてるかもしれないけど、僕はみんなでポケモンリーグ優勝出来るようにお願いしたんだ。みんなのために出来ることはこれぐらいしかないからね」
 そう言いながら今度は俺の顎下を撫でてくれる。撫でられるのが好きな場所だったので、思わずマスターの手を毛繕いの感覚で舐めてしまった。
「もう遅いし、そろそろ戻ろっか」
 俺が舐めてしまった手を嬉しそうに見つめていたマスターが呟く。
 そろそろ戻るのか、とか思っていると急に俺はマスターに抱き上げられる。
「明日の試練、頑張ろうね」
 ニャヒートに進化してから、マスターに抱っこされたのは初めてで少し照れくさいけど、そのまま部屋まで運んでもらうことにした。

 俺の願い事はマスターのものとかなり似ていたけど、やっぱり言わなくて正解だったかな。
 願い事が、「俺にとって大切なみんなが幸せになりますように」だったなんて恥ずかしくてとても言えそうにない。
 マスターの腕の中で、包み込んでくれるようなぬくもりを感じながらそっと目を閉じた。


 -4-


Side  アクア

「こちらのジュエリーショップでは、来月6月30日まで店内商品が全品5%OFF、オーダーメイドアクセサリーは10%OFFのセールを行っているそうです。コニコシティにお越しの際は是非立ち寄ってみてはいかがでしょうか」
 朝のワイドショーは毎日恒例のお店紹介をしている。毎日お店を紹介しても大丈夫なほど紹介するお店あるんだね。あそこは確か、アーカラ島の島クイーンさんが経営してるお店だったよね。
 アクセサリーか、セール中みたいだし今度マスターにおねだりしてみようかな。アクセサリーを身に着けた私を見て、フレイに「似合ってるな」とか言われてみたい。
「アクア、そろそろ出発するぞ」
「わ、分かった!今行く!」
 急にフレイ本人に声をかけられて思わず声が裏返りそうになる。フレイが「?」なんて吹き出しを浮かべてそうな顔で私を見ていたが、深くは追及しないでくれた。
 何気ないけどフレイやみんなと一緒にいられる楽しい日々、こういうのが私にとっては一番の幸せかもしれない。


Side  フレイ

「左上を押して、それから右下を……」
「マスター、そうしたら一匹別の場所へ行っちゃうけど、どうする?」
「本当だ。じゃあさっきフレイの言った通り右下じゃなくて右上かな?」
「いや、そうしたら今度は二匹別の場所へ行っちゃうな」
「とりあえず適当に押しときゃ何とかなるだろ」
「カインの指示通りに押したら爆発しそうだね」
「アクア、俺への対応冷たくない⁉」
「ライトさん、私の指示通りに動かしてみてくれる?」
 電気の試練はデンヂムシを上手く揃えて、その電力を使って主ポケモンを呼び出すシステムだが、うちのメンバーはいわゆる頭脳労働が得意でないメンバーが多く、マスターとホロウが頑張ってやっとなレベル、見守っていた試練サポーターも思わず苦笑いする有様だ。
 それから30分後……
 やっと主ポケモンを呼び出すのに成功した。普段はクワガノンが出るらしいが、俺たちの前に出たのはトゲデマルだった。予定とは違ったが、マスターは余裕そうな顔をしている。問題ないと言いたげだ。俺もアイコンタクトでOKと答えておく。


 まずはホロウがトゲデマルの体力を削る。化けの皮のおかげで1ターンは問題なく動けるので頑丈によって耐えられるリスクもなくなった。
 それからカインがサイドのポケモンたちを倒していく。ボルトチェンジでエアームドを倒して俺と交代する。トゲデマルはこのターンにニードルガードを使い、不発に終わっている。
「フレイ、今がチャンスだ!これで決めるよ!」
「OK、任せろ!」
 マスターのZパワーリングに赤く光るクリスタルは炎Zだ。今更ニードルガードで防がれる心配もないから、これで決めてやる。
「「ダイナミックフルフレイム‼」」
 勢い良く炎の塊を投げつけて、トゲデマルを戦闘不能にする。これで試練達成だ。


 バトルに勝利したことで経験値が入り、俺のレベルが33にアップする。
「なっ、しまった……って問題なかったな」
 昨日マスターがつけてくれた、変わらずの石があったことを思い出す。これならレベルが上がっても問題ない。そもそも33の時点で警戒する必要なんてなかったんだけど。
 マスターは試練達成の証として、キャプテンのマーマネから電気Zをもらっていて、さらに偶然用事で来ていた四天王のマーレインから鋼Zももらっている。一度にZクリスタルが二つももらえたなんてこれはラッキーだ。
「みんなお疲れ様、そろそろポケモンセンターへ帰ろうか」
「念願の電気Zもゲットしたし、使う日が楽しみだな」
「それなら試しにガブリアスにでも使ってみたらどうだ?」
「フライゴンやワルビアルでも悪くないかしらね」
「そいつら電気技効かないじゃん!」
「そうだったな。じゃあここはポニ島の大試練でド派手に電気Z決めてもらいますか!」
「私もカインのかっこいい所見てみたいわね」
「出てくるポケモン地面タイプしかいないから絶対無理!」
 そういえばバトル終わってからアクアが何も話さないな。こういう話題は大好きで、いつもカインをいじってるはずなのに、今は何か考え事でもしてるのか?とりあえず後で声かけてみるか…


「ねえ、どうして私はバトルできなかったの?」
 夕食の後、部屋でくつろいでいると突然アクアが俺に聞いてきた。
「どうしてって、電気タイプ相手だから、相性不利なアクアがバトルしたらすぐに倒されてしまうだろ」
 そういうことは俺じゃなくてマスターに聞け、と言いたくなったが、話が面倒なことになりそうだったのであえて言わないでおく。
「タイプ相性のことは私も分かってるよ。でも今日のフレイはいつもと違って戦うことに迷いを感じてるように見えた、それなのに私は何もしてあげられなかったのが嫌なの!」
「そんなに声荒げることないだろ。それより、どうして俺が戦うことに迷いを感じてるとか思ったんだよ。一体何を根拠に…」
「昨日まで身につけていなかったお守り袋、その中身は多分変わらずの石、フレイは持ってたって意味ないのに、理由もなしにつけるはずないよ」
「これは昨日マスターが俺にくれたんだ、別に意味なんか…」
 お守り袋の中身まで言い当てられて少し動揺したのを気づかれないといいけど…
「絶対にある!昨日の夜から様子が変で、夜中にマスターと外に出ていったの私知ってるんだよ。私に知られたらいけないようなことでもあるの⁉」

「アクアに俺の何が分かるんだよ!!」

 怒りとも悲しみとも似つかない感情を抑えきれなくなって俺も思わず声を荒げる。驚きに目を見開くアクアを気にせずに俺はさらに続ける。
「確かにアクアは色々俺の事考えてくれてるのは俺も知ってる。けどな、アクアは俺じゃないから俺自身のことは分からない」
「あのなあ、こっちも気まずいから喧嘩は一旦止めて…」
「カイン、お前は黙ってろ」
「はい…」
「アクア、その予想は半分正解だ。俺が変わらずの石を持ってるのは本当だ。でも俺は戦うことを迷ってるんじゃない。進化することを迷ってるんだ」
「え、フレイはまだ進化するの? だったら何で進化するのを迷うの?」
 やっぱりこいつ本当に何も知らないんだな。
「俺も出来るなら進化したい。けど絶対に変わってしまうんだよ、俺に対する周りの対応が」
「そんな、私がフレイへの対応を変えたりする訳…」
「だったら聞くけど、明日の朝俺が高さ1,8メートルの凶暴なポケモンに進化してたとして、アクアは今まで通り俺に接することができるのか?」
 アクアだけでなく、そばにいたカインとホロウさえも口をきけなくなっている。
「その反応が答えだ。だから言ったんだよ、俺の気持ちなんて俺以外の誰にも分かるはずがないってな!」
「何でそんなことばっかり言うの?もうフレイなんか知らない!」
 そのままアクアは部屋を勢いよく飛び出していった。
 部屋に残った俺たちはしばらく誰も口を利かなかった。


 -5-


Side アクア

 叫んだ勢いのまま部屋を飛び出して、さっきのこと以外は何も考えられないまま走り続ける。
「どうして、どうして分かってくれないの⁉」
 いつもフレイは自分だけで行動しがちだから、たまには私も力になってあげたい。そう思って言ったはずなのにあんなことになるなんて…
 
 気が付くとホクラニ岳の道路を走っていた。昨日バスで通ったところだ。
 結構遠くまで来たことに気づいて足を止める。長い距離を走っていたせいで息が荒い。
 呼吸が落ち着くにつれて、頭も少しずつ冷えてきたみたいだ。やっといろんなことを落ち着いて考えられるようになった。
「さっきは私がかっとした勢いで言い過ぎたのがいけなかったのかな…」
 あの時のフレイは、怒っているというよりどこか辛いことを耐えているようにも見えた。もしかしたら私は知らないうちに傷つけていたのかな…
「傷つけちゃってたなら、ちゃんと謝らなくちゃいけないよね…」

 私がポケモンセンターに戻ろうとした時、誰かに背後から声をかけられる。
「やあ、こんな時間に一匹でお散歩かい?」
 振り返った私はその場で凍り付く。
 私に声をかけてきたのは、キリキザンにカイリキー、そしてグソクムシャだった…


Side フレイ

「結構派手な喧嘩だったわね」
「お前らが喧嘩するなんて、正直意外だったな」
「あんなことで怒って来たって、俺もできることないだろ」
 冷静に振る舞っているつもりだが、内心ではかなり動揺している。俺の進化先を知らないのは予想通りだったが、それ以外のことをほとんど見抜かれていた時点で動揺しない方がすごい気がする。それにしてもアクアがあそこまで怒るなんてな…


「みんな今日はお疲れ様、ってどうしたの?」
 さっきまでシャワーを浴びていたらしいマスターは、完全に閉まり切っていないドアと一言も話さない俺たちを見て、何が起こったかを悟ったらしい。
 マスターは不意に俺を抱き上げると、ポケットからスマホを取り出し翻訳アプリを起動しようとしたが、必要ないと感じたのか再びポケットに戻す。
「アクアと、何かあったんだよね。喧嘩でもしたの?」
 黙って頷く。俺たちのことをいつも把握しているけど、マスターはエスパータイプのポケモンか何かだろうか…?
「外に出て行っちゃったみたいだし、早く迎えに行ってあげた方がいいかもね。中腹には凶暴なポケモンが出るって言ってたからね」
 そうだった、完全に忘れていた。考えすぎかもしれないが、そんな話を聞くとさすがに心配になる。
「マスター、俺ちょっと見てくる!」
「あ、ちょっと待って。お守り袋外れかけてるよ」
 マスターはお守り袋を一旦外すと、もう一度俺の首に結びなおしてくれた。
「行っておいで、しばらく待ってから様子は見に行くから」
「早く迎えに行ってやれよ」
「頑張ってね」
 マスターとカインたちに小さく頷いてから俺は部屋を出た。


「アクアのやつ、一体どこに行ったんだよ…」
 ポケモンセンターの中や天文台の周りではアクアを見つけられずに若干の焦りを感じる。
 このあたりでまだ探していないのは昨日バスで通った道路ぐらいだ。いよいよ当たって欲しくない予想は現実味を帯びてきた。
 まさか本当に凶暴なポケモン達に襲われてしまっているんじゃ… いや、今は考えるのはやめよう。
 アクアを探すことは忘れずに全速力で道路を走る。今の俺にできるのは1秒でも早くアクアを見つけ出すことしかない。

「⁉」
 何かが飛んでくる気配を感じて反射的に横に飛びのく。後ろで何かが斬れるような音がして振り返ると、ガードレールが切り裂かれていた。もし避けていなかったら俺もガードレールみたいに切り裂かれていただろう。
気配のした方を見ると一匹のガブリアスが俺を見ていた。
「俺様はファング。そこの強そうな兄ちゃん、俺様の相手してくれないか?」


 -6-


「悪いけど、俺は捜してるやつがいるから相手してる時間はない」
「お前が捜してるのってシャワーズの女の子か?」
「そうだ、どこにいるんだ?」
「それを教えてほしいなら俺様とバトルして勝ったら教えてやるよ!」

「…いや待て、それって教える気ないどころか俺を殺すつもりみたいだな。もしかしてお前はこの辺の凶暴なポケモンと言われてるやつらか?」
 俺のレベルは33なのに対してガブリアスのレベルは最低でも48は超えている。タイプ相性も考えるとまともに戦って勝てるとは考えにくい。
「まさかな、レベルの差が大きいのは俺様も分かってる。だからお前が20秒立ってられれば勝ちにしてやる。ハンデとして地震は使わないでやるし、もちろん殺すつもりはないから安心しな」
「分かった、その勝負乗ってやる」
 かなり手加減された状態でもまだ不利な気がするが、闇雲に探すよりこいつと戦って情報を聞き出した方が手っ取り早いだろう。
「それじゃせいぜい俺様を楽しませてくれよ!」
「レベル低いからってあんまり舐めてると痛い目見るぞ!」
 いつものバトルのように威嚇を発動させて、俺はファングに向かってニトロチャージで突っ込んでいった。

 ニトロチャージの突進はギリギリで躱されて素早さが1段階上昇するだけで終わる。そこからファングが反撃の炎の牙を繰り出してくる。
 一瞬遅れたが俺も同じ炎の牙で応戦する。同じ技が拮抗して互いに弾かれたが、弾かれた距離を考えるとやっぱり俺の方が圧倒的に不利だ。炎の牙がタイプ一致じゃなかったら拮抗すら出来ていなかったかもしれない。

「なかなかやるな、だったらこいつはどうだ?」
 俺と炎の牙で拮抗したのが嬉しかったのか、ファングは俺に向けて笑顔でストーンエッジを放つ。横に転がって何とかストーンエッジを躱すと、ファングは追撃でさらに打ち込んできた。さっきは転がって躱したため体勢をすぐに整えられず、今度は上手く避けられそうにない。とんぼ返りで空中へ回避したが、ストーンエッジが顔を掠めて何本かの毛が切れて宙を舞う。血は出ていないが左頬に当たったらしい。

「やっぱりお前最高だな、ハンデ付きでもここまで戦えたのはお前が最初だよ」
 若干息が上がっている俺に対して、笑顔のまま話しかけるファング。レベルの差はかなりのものだと痛感させられる。

「だから特別に見せてやる、俺様の必殺技パート2、ファングストライザー!」
 どこかで聞いたことのあるようなセリフと技名の後、ファングは俺に向かって突撃してくる。
 てっきり足に現れた牙で回し蹴りでもしてくるのかと思っていたが、見たところ普通の逆鱗らしい。それでもまともに食らったら倒されることは間違いない。
 だがこれは俺がファングを攻撃できる限られたチャンスでもある。体格の影響もあって今一つ攻撃を当てられずにいたが、向こうから接近してくれればやっとまともな攻撃ができそうだ。
「食らえ!」
 一度目の逆鱗をとんぼ返りで躱して空中に飛び上がる。逆鱗を使っていればしばらくは他の技を使えないからストーンエッジで撃ち落とされる心配はない。
 そのままの勢いでファングにまだ使っていない4つ目の技を使う。
「これで決めてやる!」
「そうはさせるか!」
 俺が繰り出した蹴りをファングは二度目の逆鱗で弾く。再び空中に戻ることになった俺に対して、ファングの逆鱗状態が解除される。混乱状態になっていてもストーンエッジで撃ち落とされるリスクはかなり高い。
 けどこれは俺の技が終わっていた場合の話だ。もちろん攻撃は一度しているので普通ならここで終わっている。だが俺の使った4つ目の技は『二度蹴り』。一度攻撃しても二度目がまだ残っている。
 空中から自由落下する勢いも加えてファングの顔を思い切り蹴りつける。頬を蹴られてバランスを崩すファング。けど俺も足に鋭い痛みを感じてほぼ転落するような形で着地した。


「20秒経過だ。おめでとう、お前の勝ちだ」
 ファングが戦闘態勢を解いて俺に話しかけてくるので、俺も少し力を抜く。
「体感時間は20分なんだけどな、正直一瞬でも気を抜いたら殺されそうで少し怖かった」
「だからさっきも言ったけど俺様は最初から殺すつもりはないって言っただろ。どちらかというとお前の威嚇の方がビビったよ」
「それはどうも。しかしレベルの差はそう簡単には埋められないって感じたな。結局一回しか攻撃出来なかったからな…」
「またまたご謙遜を、俺様はノーダメージで終わらせるつもりだったのにしっかり蹴られたからな」
「俺だって一撃ぐらい攻撃したかったんだよ、初見とは言え、特性の『鮫肌』でダメージ受けるのは想定外だったけど」
「初見であのバトルなら大したものだな、お前バトルのセンスはかなりのもの持ってるから、鍛えたらもっと強くなれるぞ」

「それはどうも。それよりアクアの居場所を教えてくれないか?」
「そうだったな、あのシャワーズならここを下った坂の途中でお前の言ってた例のポケモンたちに見つかってたな」
「なんだって!それは本当か⁉」
「ああ、けど先にこのオボンの実食っときな、少なくとも万全の態勢で行かなきゃ助け出すのは不可能だ」
 馬鹿にするなと言いたくはなったが、さっきのバトルでダメージを負っており、体力も消耗しているのは事実だ。ここはお言葉に甘えて貰っておくことにした。
「ありがとな、オボンの実のお礼にお前に一つアドバイスしとく。さっきの決め台詞と技名だけど、あれどっちも既に使ってるキャラいるからやめといた方がいいぞ」
「マジかよ… 俺様のオリジナルだと思ってたのに…」
 目に見えてガッカリしているファングには少し気の毒だけど、あのセリフを使い続けて変な奴だと思われるよりは良いだろう、多分。


「じゃ、俺はそろそろ行かせてもらうな」
「ああ、上手くやれよ。機会があったらまたバトルしような!」
「それは考えとく」

 ファングとか言うガブリアスのおかげ(?)で予定とはだいぶ違うけど、何とかアクアのいる場合に行けそうだ。
 状況的には十分ヤバいことになってるらしいから、正直不安でしかないけど行くしかない。俺は再び走り出す、アクアのいる場所まではもう少しだ。


 -7-

Side アクア

「ほら、いい加減目を覚ませよ」
 腹部を殴られた痛みで目が覚める。
 いつの間に意識を失っていたのかは分からないけれど、卑しい笑みを浮かべているカイリキーと、後ろにコマタナをたくさん従えたキリキザンと、何を考えているか分からないような目で私を見ているグソクムシャを見て確信する。
 こいつらはこの前カフェスペースで聞いた凶暴なポケモン達で間違いない。他にもいろんな種類のポケモンがいてざっと30匹はいそうだ。
 慌てて逃げ出そうとしたが、四肢がまるで動かない。
 私の身体はこんな時に限ってどうなっちゃったの⁉


「さて、こんな可愛い仔なんだからすぐ殺すのは勿体ない。たっぷり遊んでやるか!」
 卑しい笑みのカイリキーが私をがっしりと掴んで持ち上げる。周りのポケモン達もヘラヘラと笑って見ているのが分かる。
「このまま空へ舞い上がりな!」
 そのまま怪力で空へと投げ飛ばされる。遠くにマスターたちと泊まっていたポケモンセンターの灯りが見える。

「みんなの所へ帰りたいよ…」
 無意識に呟いたとき、目から涙がこぼれるのを感じた。落ちていく感覚はそんな私の理想を嘲笑うように強くなって、もうすぐ地面に叩きつけられると嫌でも分かる。
 液体化したって落ちた時の衝撃は変わりそうもない。
 地面が近づいて思わず目をつぶった瞬間落ちていく感覚が急に途切れる。

「相変わらずお前は本当に力自慢だな、だがこの仔で遊びたいのはお前だけではない。こちらも少しは楽しませてもらおう!」
 キリキザンに尻尾をつかんでぶら下げられていたが、私を軽く放り投げて、タイミングを合わせてアイアンヘッドを叩き込まれる。
 受け身を取ることも出来ずに地面に落ちる。痛くて悲鳴の一つも上げられないだけでなく、口元に垂れている血をぬぐうことさえもできない。
 身体中が痛くて相変わらず動けそうにない。動くことさえできれば逃げることも戦うことも出来るかもしれないのに…

「待て、こっちだって見てばかっりでは面白くない。折角の獲物なんだし、楽しむ権利はあるはずだ」
 さっきから黙ってみていたらしいグソクムシャが口を開く。
「そんなこと言ったって犯すつもりなら仲良く分け合うなんてなんて無理だしな…」
「一つしかないものは分け合えない、分け合えないものは奪い合うしかないと昔から言うからな」
 考え込む3匹を見て恐怖だけでなく絶望さえも感じ始める。途中で何をされるかだけの違いでどのみち殺されることに間違いはないだろう。
 こんなことになるなら勝手に言いたいことだけ言って飛び出すんじゃなかったとか、フレイの思ってることもきちんと聞いてあげるべきだったなとか、後悔が思考を埋め尽くす。
 今更後悔したってもう遅いと分かっているのに、なんで私はこうなっちゃうんだろう…

「そうだ、こいつの身体を空に放り投げて、同時に取りに行けばいい」
 キリキザンの発案に、他の2匹もうなずく。
「なるほど、早い者勝ちで決めるのか。いい案だな」
「面白い、誰がこいつを取っても恨みっこなしでいくぞ!」

「もう一度天高く舞い上がれ!」
 カイリキーにさっきよりも高く放り投げられて、私を狙って3匹まとめて飛び上がってくる。この中の誰に捕まっても無事でいられるはずがない。散々ひどいことをしておいてから私だけ卑怯な気もするけれど、無意識に心の中で叫んでいた…


『お願い、助けて!』

 聞こえるはずのない叫び。私を空へと飛ばそうとしていた力がなくなって地面に叩きつけようとする力に変わっていく。思わず涙を浮かべたままの目をつぶる。


 地面に向かって落ちていく感覚に、突然横向きに動かそうとする力が加わるのを感じる。あの中の誰かに捕まったのかと思ったが、そいつらでは絶対にないと確信させるような、力強いけれどもどこか温もりを帯びた力。それが私の首の後ろから特に強く感じる。
 閉じていた目を開けると、力強い四肢と首元の鈴のような発熱器官、どこか優しげにも見える鋭い金色の瞳が視界に飛び込んでくる。

「フレイ!」

フレイは私を地面にそっと降ろすと、私の首の後ろを咥えていた口を外して着地する。

「来るのギリギリになったけど、大丈夫か?」
「何とか大丈夫かな、ちょっとピンチだったけどね」
「それはごめん。俺にとっては全速力だったんだけど」
 少し申し訳なさそうに答えた後、フレイは私の頬を軽く舐める。
「えっ、どうしたの急に?」
「そこ怪我してるけど、痛くないか?」
「ありがと、気づかなかったよ」
 まるでさっきケンカしたことを覚えていないかのような振る舞い。フレイにとっては自然な事かもしれないし、私が考えすぎなのかもしれないけれど、大切にしてくれることが嬉しくて泣いてしまいそうになる。


「お前、急に飛び込んできて俺たちのシャワーズかっさらうなんてナニモンだ?」
 グソクムシャが私たちの方を睨んでいる。
「何って、お前らは早い者勝ちの取り合いしてたんだろ?だったらその勝者である俺はアクアを連れて帰ったって、お前らに文句言われる筋合いはないんだけど?
 あとアクアは少なくともお前らの所有物じゃない!」
 それに対してフレイは息をするように相手を挑発するような攻撃的な言葉を浴びせる。
「ビビらないどころか俺たちを挑発するなんてやはり只者じゃないな、お前ナニモンだ?」
「ただの通りすがりだ!」


「まったく小癪なガキだ。お前ら、こいつらを始末してしまえ」
「行け、コマタナども、全軍突撃だ」

 グソクムシャとキリキザンの命令でコマタナや他のポケモンが一斉に襲い掛かってくる。数も多いし私たちよりもレベルは高そうな圧倒的に不利な状況。
 内心パニック状態になりかけの私に対して、フレイは少しも焦っているように思えない。
「アクア、ちょっとは戦えそうか?」
「それは大丈夫、問題なく戦えるよ」
 さっきまで怖くて動けなかったのが噓みたいに、今では問題なく動ける。
「分かった、じゃあ今から俺の言う通りに動いてほしい。出来るか?」
「どうするか教えてくれないと分からないよ…」
「…それもそうか。 やることは簡単だ。俺が道を作るから、アクアはその後を付いてきてくれ。邪魔されたら攻撃してどかすだけで問題ない。出来そうか?」
「それなら出来そうだけど、それって…」
「ああ、一言で説明する。ここから逃げるぞ!」

 一瞬面くらったけど、この状況を考えたら逃げる方が正解だろう。フレイは先に二度蹴りやニトロチャージでコマタナの群れを押しのけて道を作っている。
 けれども早くしないと道を再び塞がれてしまうかもしれない。私もアクアリングを使ってから急いで追いかけ、遠くにいる敵を攻撃する。
 フレイの作戦は正解だったみたいで、少しずつだが確実にメインの道路へと近づいているのが分かる。そこまで行けば逃げるのは簡単だ。
 道を塞いでいたコマタナの壁がなくなった。このまま一気に…!


「危ない!」
 突然フレイが私に体当たりする。
 何が起こったのか理解できずにそのまま突き飛ばされたけど、私が起き上がった時、フレイは全身を切り裂かれて倒れていた。
 もし体当たりされていなければ私が切り裂かれていたことを知ると同時に、フレイの足元の血だまりが少し離れたところにいる私の前足を濡らしていることに気づき、そのまま私の思考はフリーズしてしまった。


 -8-

Side フレイ

 身体中が痛い。何とか急所は避けられたものの、さっきの辻斬りの威力は想像以上で、何箇所かは深手になってしまった。
 幸いアクアは無事だったみたいだから、かばった甲斐はあったと信じたい。
 失血している影響か意識が遠くなっていくのを感じる。普段なら間違いなく戦闘不能になっているはずのダメージ量でもかろうじて意識があるのは、もはや意地としか思えない。

「どうだ?信じてた未来が崩れ去ろうとしている気分は?」
 両腕が血に濡れたキリキザンや周りのポケモンが下衆な笑みを浮かべてこっちに来る。やっぱりこいつの仕業だったか。
「そんなこと俺には分かりそうもないな!」
 やや威嚇気味に答えてからゆっくりと立ち上がる。眩暈がしてそのまま倒れてしまいそうになるが、気合で耐える。
「アクア、先に行け!ここは俺が時間を稼ぐ」
 大声を出すだけでも頭が痛い。
「そんなの無理だよ!私だけ逃げるなんて絶対ヤダ!」
 やっぱり。アニメならお約束展開だけど、アクアなら絶対言うと思ってた。
「だったらいいこと教えてやる。アクアが今すぐ逃げればまだ助かる方法はあるけど、ここでもたもたしてたら二匹仲良くお陀仏だぜ?それでもいいのか?」

 遠回しに『死にたいのか?』と言ってみたのは効果があったみたいで、アクアは大人しくなる。
「でもフレイはどうなっちゃうの?」
「そこは大丈夫、俺に考えがあるから。というわけで、ちょっと背中向けてくれないか?」
「これで、いいの?」
「ああ、それでOKだ」
 不安を隠せないみたいだけれど、俺の言葉通りに背中を向けるアクア。やっぱりスタイルいいよな…ってそんな場合じゃなかったな。

「ごめん、痛みは一瞬だから!」
 俺はアクアの首元に拳を打ち込んだ。寸分狂いなく首の急所に当たり、アクアは崩れるように意識を失った。


 逃げてくれないなら、意識を失っていた方がまだ安全だろう。あいつらは俺たちを殺すことを目的としているはずだから、普通に考えれば意識を失っている相手よりまだ動いている相手から先に攻撃するだろう。意識を失っているなら優先的にターゲットにされる心配はない。
 そしてもう一つ理由がある、とお守り袋に触れて思う。お守り袋に入っているのは変わらずの石。この袋を外せば、ここからアクアを連れて逃げ出すどころか、あいつらを倒す力さえも手に入るかもしれない。
 だが、一度進化してしまえばアクアの知っている俺には二度と戻れない。それだけのことだが、不安材料として俺を悩ませていた。

 けれどもアクアを救えるならば、そんなことはどうでもいい。進化してからのことはこの状況をどうにかしてから考えよう。
 俺はふらつく足に力を入れて立ち上がり、目を閉じて首に結んだお守り袋をそっと外した。



 おかしい、何かがおかしい。ニャヒートに進化した時のような急激に全身に力が漲るような感覚を感じない。目を開けても特有の青い光が出ていない。おまけに視界の高さは今までと変わっていない。
 頭が冷たくなり、全身から力が抜けていく。俺は変わらずの石を外してもニャヒートのままだった…


 -9-


『どうして、どうして進化できないんだ!』
 あまりに想定外すぎる事実と、受け入れられない現実。この絶望的な状況を打破する最後の切り札は、あと少しのところで無残にも砕け散ってしまった。
 フリーズしたままの頭を無理矢理フル稼働させて原因を考えていく。一体何が起こっている⁉ 昨日俺が進化することを一瞬でもためらったからか⁉ それとも体力が著しく低下しているせいなのか⁉

「ハッタリが得意だったとはな、流石に一瞬は焦ったな」
「そうか、それなら無駄じゃなかったな」
 相変わらずポーカーフェイスのグソクムシャに対して強気に答える。パニックになってるのを悟られないように振る舞っているつもりだけど絶対にバレてるよな…
「まあ、真正面から戦わずに道を切り開く作戦は悪くはなかったが、情に流されてあのシャワーズをかばったのが失敗だったな」
「アクアを守れたならそれは失敗なんかじゃない!」
 叫んでおいてから、俺は進化出来なかった理由に気付く。
 俺が電気の試練を終えた時のレベルは33で、進化に必要なレベルは最低でも34。また、特別なケースを除いて、経験値は戦ったポケモンを倒して初めて経験値を得られる。
 あれからファングやさっきの雑魚ポケモンと戦ってはいたけれど、倒していないから経験値は得られない。つまり、俺が進化出来なかった理由は経験値の問題だったのだ。
 つまり進化出来なくなった訳ではなく、ただの経験値不足だったのは不幸中の幸いかもしれない。
 だが、満身創痍という言葉がぴったりなこの状況で、次のレベルアップに必要な経験値を稼ぎきれるとは到底思えない。
 駄目だ、もう打つ手がない。
 アクアを気絶させてしまった今、残されているのはここで仲良く殺される未来だけだろう。

「まったく、口だけは達者なようだな」
 グソクムシャが俺たちに向けてミサイル針を打ち込んでくる。しかし、その軌道を見る限り、攻撃するためというよりも、当たらないギリギリの場所に着弾させて俺を精神的に追い詰めようとしている感じだ。
 そのため、普通なら俺に当たることはないのだが、ある方向に飛んで行った一発だけは俺から動いてダメージを受けに行った。
 周りも俺の行動に驚いたらしく、ちょっとしたざわめきが聞こえる。
 いつもの俺なら躱したり他の技で相殺してしまうことが簡単にできる技だが、今の俺ではこうするしか方法はないんだよな、と後ろで気を失っているアクアを見て思う。
 こんな絶望的な状況を作ってしまったのは完全に俺のせいだ。それの償いになるとは思えないが、アクアを一秒でも長く守りたかったし、せめて俺より先には死なせたくなかった。

 けれど、そんな意地を張るのももう限界らしい。四肢が俺自身を支えられなくなり、そのまま地面に倒れこんでしまう。倒れ込んだ時に少し温かい液体が俺の身体を濡らしたが、それは間違いなく俺の血だ。相当出血しているのは嫌でも分かった。
 だんだん意識が遠くなって、俺の五感も少しずつ失われ始めている。このまま目を閉じたら死んでしまいそうだ。未練や心残りはいくつもあるが、ある程度は諦めがつけられる。だが、俺がアクアを救えなかったことだけは死んでも悔やみ続けることになると考えると、あの時気絶させなければ良かったとか、俺の意見を出さずに押し殺しておけば良かったとか、後悔で頭が埋め尽くされていく。 …今更遅いか。
 流石に『わが生涯に一片の悔いなし』なんて言い残せるほどではないけれど、みんなと出会えただけ俺はまだ幸せだったのかもな…

 突然俺の胸の辺りにひんやりとしたものが巻き付いて、少しずつ身体が楽になっていく。
 ついに俺は死んだのかと一瞬焦ったが、どうやら死んだわけではないらしい。
 胸元に巻き付いたものを見ると、それはアクアリングだった。水タイプの一部のポケモンが使用できる、毎ターン少しずつ体力を回復させる技だ。
 だが、この技は本来自分を回復する目的の技であり、これを他のポケモンが使おうと思えば、さらにバトンタッチという技も同時に覚える必要がある。
 この二つの技を同時に覚えられるポケモンはかなり限られており、この状況で俺にそんなことをするポケモンはあいつしか知らない。

「アクア!」
 無意識的に叫んでいた。後ろを振り返ると、今にも倒れそうになっているアクアが俺に何かを伝えようとしていた。
「フレイ、だけでも。早く、逃げて…」
 ほとんど声になっていないがそう言っているのが分かった。
「分かった。必ず助けに来るから、頑張れよ」
 そう言ってやると、アクアは少し安心した顔をして目を閉じた。
 今度は気を失ったというよりも、眠っていると言ったほうが正しいような状態になっていて、俺も少し安心した。


「さて、ここからどうするかな…」
 少なくともアクアを残して俺だけ逃げる選択肢なんて初めから存在しない。
 絶望的な状況に代わりはないが、アクアリングで少しずつ体力が回復していくおかげで、頭で考える余裕ができた。
 ふと足元を見ると、さっき俺が外したお守り袋が転がっていた。ミサイル針が直撃したのか、錦で織られたホウオウは綺麗に裂けてしまっている。流石に中の変わらずの石には傷一つついていないみたいだ。
 お守り袋を拾い上げた時、袋の中に水色のフィルムみたいなものが入っているのに気付いた。
 お守り袋の中に水色のフィルムなんて入れてあったか?水色のフィルムでラッピングした変わらずの石なんて、俺は見たことはない。
「? なんだこれ?」
 取り出してみると丸い球を水色のフィルムで包んだものが出てきた。さらにフィルムを開いてみると、フィルムと同じような水色の綺麗な飴が包まれていた。

「これは、ふしぎなアメ?」
 ふしぎなアメはポケモントレーナーの間ではかなり貴重な道具として扱われていて、フレンドリィショップなんかでは販売されていないレア中のレアアイテムだ。
 その効果は、「アメを食べたポケモンのレベルを1上昇させる」というもので、その時点でのレベルや経験値に関係なくレベルを1上昇させるため、強力なポケモン育成用アイテムとしてポケモントレーナーの間では重宝されている。
「けど、いつの間にお守り袋に入ってたんだ?」
 ちょっと考えるまでもなくその答えは分かった。
 俺がアクアを探しに行こうとしたとき、マスターは俺を呼び止めて「お守り袋が外れかかっているよ」と言って、一旦外してから俺の首に結び直してくれた。
 信じられない話だが、その時にマスターがお守り袋の中にふしぎなアメを入れていたんだ。それしか考えられない。
 「もしかしたら急いで進化しなくちゃいけないことが起こるかもしれないから、ふしぎなアメ、入れといたよ」と言っているマスターの顔が頭に浮かぶ。

「マスター、こんなことまで考えていたなんて、本当にすごいんだな…」
 俺なんかじゃ到底至らないだろうマスターの思考に感謝すると同時に、ふしぎなアメを手に取った。せっかくマスターがもう一度チャンスをくれたんだ。これを逃したら今度こそ終わりだ。
 手に取ったふしぎなアメを少し見てから、俺はそれを口に含んだ。

『なんだ、この感覚は⁉』
 ふしぎなアメを口に入れた瞬間、身体中が不思議な感覚に包まれる。それは心地よさを感じるようなフワフワした感覚ではなく、全身が燃え上がるように、細胞単位で激しく活性化している感覚だ。
 普段のレベルアップの時や、Z技を放つ時にZパワーを溜めるのとは違って、全身にエネルギーを直接注ぎ込まれている感じだ。
 不思議と不快感は微塵も感じず、気がついたら俺はレベル34になっていた。
 それと同時に、胸の辺りに巻き付いていたアクアリングが消えてしまった。
 消えた理由までは分からないが、レベルアップしているうちに体力はほぼ回復したのでそこまで問題ではない。
 
 身体中が程よく温まっているのを感じる、これならきっとできるはずだ。
 俺は後ろで眠っているらしいアクアを見てから、もう一度グソクムシャたちの方を向き直り、後ろ足で立ち上がった。
 そして、聞こえているかわからないけれど、今の俺にとっての全てを伝えよう。



「アクア、俺は戦う。恋人として、ガオガエンとして!」



 そう叫んだ時、首元の鈴みたいな発熱器官が消えて、燃え上がるベルトが俺の腰に現れた。



 -10-



 青い光が俺を包み込み、全てが1から生まれ変わっていくような感覚。
 元々四足歩行だった状態から二足歩行へと変化するのだから当然と言えば当然だろう。

 俺を包み込んだ青い光が消えた後、さっきまで俺が倒れていた血だまりに映っているのは、傷だらけのニャヒートではなかった。
 比較的小さかった身体は、人間の大人と変わらないような体格へと変化、四肢は今までよりも力強い手足になって、前足はもはや人間の手と変わらない。
 元々暗闇でもある程度の視界を確保出来ていた両目は、暗闇でも鮮明な視界を常に確保し続ける金色の瞳に変わり、口に並んだ鋭い牙と相まって、炎タイプであると同時に、悪タイプであることを気付かせるような風貌になっている。




 間違いない、俺はガオガエンに進化したんだ。




 お守り袋に入っていた変わらずの石を取り出して、手のひらに肉球が残る俺の手で握ってみる。
 少し力を入れると石が砕けるような音がして、変わらずの石は砂利と砂に変わっていた。もちろん俺の手には傷一つついていない。
 確実に今までよりも強くなっている。

「おい嘘だろ⁉ あんな死にかけの状態から進化するなんて!」
「それだけじゃない、さっきあいつの食べた変な飴のせいでどんな強化されてても変じゃないぞ!」

 周りのポケモンたちは俺が進化できるとは思っていなかったらしく、ある種の恐怖を含んだようなどよめきを起こしていた。

「まったく、ただただ進化して間もないさっきまで死にかけだった子猫1匹相手にビビってるとは、情けない連中だな」
 群れの中のカイリキーが俺に絡みに来る。さっきの動きを踏まえると、頭は悪そうだが力に関してはそれなりにはありそうだ。
「図体だけでっかくなっても所詮はその程度か? え?」
 どうやら俺を挑発して、集中力が乱れたり変化技を使えなくなった隙を狙うつもりらしい。
 普通のポケモン相手なら有効な手段かもしれないが、俺に対してはまるで意味をなさないことには気づいていないようだ。
「お前の方こそどうした?攻撃できないのか? 自分の弱さを隠すために俺に挑発してくるとは、見かけによらず頭いいんだな」
「この野郎、ふざけやがって!」
 挑発しに行ったつもりが、逆に俺に挑発されて頭にきたらしいカイリキーは、俺を倒すこと以外は考えられないといった感じだ。
 ちょうどいい、技も新しくなったし、こいつで試してやるか。そのためにはひと工夫加えておかなきゃな。
 爆裂パンチで殴りかかってきたカイリキーを二歩左へ動いて回避して、そのまま俺の方を向いた瞬間に、カイリキーに向けて右手を開く。

「ゲホゴホ…お前、何をばら撒きやがった⁉」
 何って言われても、さっき砕いた変わらずの石なんだけどな。
 さっき俺の力を試すのに砕いた変わらずの石の欠片を、カイリキーが俺の方を向いた瞬間、目潰しとして使ってみることにした。
 目潰しどころか気管にも入ったらしく、想像以上に威力は高かった。これで俺が一番使いたかったあの技が使える…!
 動けなくなったカイリキーの腹部に軽くパンチして、前かがみになったタイミングで後ろから背中を蹴りつける。今度は背中をそらした体勢になったカイリキーに対して、俺は少し助走をつけた状態から両腕を伸ばして回転、そのまま右腕を勢い良くカイリキーに叩き込む。


「これが、DDラリアット…!」
 一撃で戦闘不能になったカイリキーを見て、少し興奮気味に呟く。
 DDラリアットは、ダブルラリアットをベースにした悪タイプの攻撃技で、相手の能力変化を無視して攻撃できる特徴がある。
 能力変化については今回は関係なかったものの、タイプ一致を考慮しても、相性不利なカイリキーを一撃で倒せたことが威力の高さを物語っている。
 これなら、負ける気がしない。

「お前、よくもやってくれたな!」
「ここから無事に帰れると思うなよ!」
 さっきの警戒モードから一変して、完全に俺を敵と見なして攻撃的になったようだが、あいつらの脅しなんて気にする理由なんてない。


「次、俺に倒されたい奴は前に出ろ!」

 挨拶代わりの威嚇を入れておく。アクアを守る戦いは始まった。



 -11-


「倒されたい⁉ 目潰しするような卑怯なやつが何言ってるんだ!」
「卑怯?笑わせるな、お前らに俺が卑怯だと主張する資格はないな、それに、悪タイプにとって、卑怯は褒め言葉にしかならないぜ?」
「進化しても口だけは達者だな、お前らにそいつらはくれてやろう、好きにするがいい」
 グソクムシャは冷めた感じで呟くと、他のポケモンが動き始める。やっぱりあいつは親玉みたいな認識で良さそうだ。
 進化した時に技もいくつか変わっている。感覚をつかむにはちょうど良さそうだ。

 飛び掛かってきた奴らをサイドステップで回避、その場で方向転換して攻撃を不発に終わらせて一瞬止まった隙に今度は俺が突撃する。
 ベルトからほとばしる炎を全身に纏って勢いのまま叩き込む。
 反動で俺も多少のダメージは受けたが、新たに覚えた炎タイプの大技フレアドライブは一撃で相手を戦闘不能に持ち込むだけの威力を持っているらしい。
 次に殴り掛かってきたゴロンダの雷パンチを受け止めると、反撃のラッシュを浴びせる。
 インファイトは接近戦向きの俺には使い勝手のいい技だ。
 まだ使ってないのはとんぼ返りだけだから、覚えている技は一通り使ったな。

「タイマンだと確実にやられる、一斉に攻撃だ!」

 今度は5匹ぐらいまとめて襲い掛かってくる。しかも動きが速い。とりあえず認識できたのは、ワルビアル、ヘルガー、今はそれだけだ。
 さっきの奴らと違って直接攻撃だけじゃなくて遠距離攻撃もガンガン使ってくる。おまけに動きが速くて離れていると攻撃を当てられない。
 ガオガエンに進化してから攻撃と耐久は格段に上がったものの、素早さはニャヒートの頃よりも落ちてしまっている。
 単純な移動速度が遅くなっているだけで、動体視力や反射神経はむしろ上昇しているのだが、攻撃速度に関してはどうしても影響が出てしまう。
 その結果、相手の攻撃は何とか回避できるが、俺も攻撃を当てられないという複雑な状態になってしまった。

 ヤバい、飛んできた10万ボルトとミサイル針を同時に躱せない。そうだ、とんぼ返りなら…!
「なんだこれ⁉ 空を飛んでるのか⁉」
 ニャヒートの頃よりも桁違いの高さまで跳び上がったとんぼ返りに驚いて、思わず驚きの声を出してしまう。
 少し興奮気味に着地する。割と不味い状況だな、このままだと俺の集中力が切れたら一方的にやられてしまう。なんかいい方法はないのか?


『そうかそうか、やっぱり素早さは男のロマンだからな、憧れて当然だよな!』
「誰だよ、この声は⁉」
 突然聞こえて来る声に戸惑う。攻撃に対処しながら周りを見回すが、俺に声をかけた奴はいないみたいだ。

『ただお前は高速移動は覚えられないからな… そうだ、いいこと思いついたぜ!』
「本当に誰なんだよ!」
 思わず叫んでしまい周りも一瞬驚くが、やっぱり違うらしい。
「まさか、俺の頭の中から聞こえてるのか…?」

『簡単な話だ。お前のその炎で身体の中を流れる血を沸騰させてやればいいんだ!
 身体を動かすのに大事な血の流れが速くなれば、その分お前が動くのだって速くなるはずだからな』
 かなり砕けた口調の声は、机上の空論みたいなアイデアだけを告げると、そのまま聞こえなくなってしまった。

「血を沸騰させて素早く動く、か…」
 はっきり言って滅茶苦茶な理論だが、何故か試してみる価値はありそうだな、なんて思えてきた。

「うおおおおお!」
 それっぽい気合の入った声でフレアドライブの要領でベルトに炎を集中させていく。
 そして自分でも熱いと感じるレベルまで高まってきた。
  
 ―今だ!


 ベルトの炎が全身に広がって、身体中の血が燃えるように熱くなっていく。
 炎タイプの俺でも熱いって感じるって、炎タイプ以外のポケモンがこんなことしたらまずポケモンセンター行き確定だな。
 すぐに全身の血が沸騰しているのを感じた。この状態はあまり維持できないだろうしタイミング的にも今がチャンスだろう。軽く手首をスナップして走り出す。

 俺が走り出した時、周りの動きが止まった。



「一体何が起こったんだよ⁉」
 さっきまで素早く攻撃を仕掛けていた奴らが既に戦闘不能になっている。
 もちろん俺が倒したのだが、倒し方が自分でも信じられなかった。
 走り出したと同時に俺以外の奴の動きが遅くなった感じだ。
 相手がスローになったのを良いことにそのままインファイトで全員を攻撃してあの5匹を倒した。
 そして5匹攻撃したにもかかわらず、何故かインファイトのPPは1しか消費していない。そこから導き出される結論はただ一つ。

「俺が、高速移動した…?」
 俺は高速移動なんて覚えられないし、そもそも覚えられる技は、普通なら4つで限界のはずだ。
 だが、いつのまにかフレアドライブのPPがさらに3減っている。どうやら謎の声の言う通りにした結果、本当に高速移動していたらしい。

「おい、誰か急いであの用心棒を呼んでこい! 5匹同時に倒すようなバケモノ、あいつじゃなきゃ相手にするどころか確実に殺される!」
 こいつら用心棒まで用意してるのかよ…
 まあ状況的に考えてどっちみち戦うことになりそうだし、今戦っても問題ないか…

 突如現れた用心棒の正体に俺は言葉を失った。


 -12-


「ファング、お前はあっち側の存在だったのかよ!」
「やっぱりって言い方は流石にひどくないか?」
 現れた用心棒のガブリアス、ファングに動揺しながらも戦闘に備える。

「まあ俺様のメインはこっちだから、やっぱりって言われても文句は言えないんだけどな」
「知り合いだったとはな、まあいい。ファング、そいつを殺せ」
 グソクムシャの命令通り、ゆっくりと戦闘態勢に入るファング。
「どうやら話しても無駄なようだな!」
 俺も挨拶代わりの威嚇を発動させて戦いが始まる。


 フレアドライブで突撃しようとした瞬間、まったく動こうとしないファングを見て直前で止める。
 代わりにとんぼ返りを発動した瞬間、ファングが地震を放つ。あのまま突っ込んでいったら無事じゃ済まなかったな…
 さっきは使わなかった地震を最初から使っている時点で確実に俺を倒そうとしている。
 けれど、さっきからあいつの行動にはどこか違和感を感じる。一体何故だ?
 ファングの牙が炎を纏う、あれは炎の牙か?
 俺もすかさずDDラリアットで応戦して、赤い炎を纏った牙と黒い炎を纏った腕がぶつかり合う。
 技の威力やタイプ一致の影響もあって、今は少し俺が優勢になっている。
 俺と拮抗するファングの目を見た時、違和感の理由が分かった。
 

 まさか、今戦っているのは本心じゃないのか?
 ただの見間違いかもしれないと俺自身を疑ってみたが、ファングの好戦的な性格を考えるとこの推測は間違っていないはずだ。
 さっき俺と戦っていて技が拮抗した時はあんなに嬉しそうだったのに、今は喜んでいるようには少しも感じられない。
 これは一度確かめてみる必要があるな…

「ファング、俺の質問に答えろ」 
 周りの奴らに気づかれないように拮抗し続けているふりをして、俺はファングに話しかける。
 ファングは特にこれといった反応はしない。拒否しているわけじゃないから気にせず質問を続ける。
「お前、あいつらに無理やり従わされているんだろ、違うか?」
 なんの反応もなかったファングの目が少し動いた、それで間違いなさそうだ。
 この質問がYESだったから、次の質問からはテンプレートな感じで行けそうだ。
「それでも抜け出せないってことは、なんか質に取られてるのか?」

「ファング、早く殺さないとあのスカーフがどうなるか、分かってるよな?」
 グソクムシャが呟くとファングは拮抗状態から離れて後ろに飛びのく。大事なスカーフをあいつらに奪われているって感じなのか?
 とりあえず言ってたスカーフを取り返せば何とかなるかもしれない、か…
「お前に恨みはないけどな、俺様のために死ねフレイ!」
 
 ファングストライザー… じゃなくて逆鱗で一気に畳みかけようとするファング。
 とっさに斜め後ろへ移動して回避しようとするが、背後をストーンエッジでふさがれる。
 とんぼ返りで空中へ回避しようにもこの状態だと上手く跳べそうにない。
 繰り返し襲ってくる逆鱗の嵐。格段に上昇した動体視力と反射神経のおかげでなんとかしのいでいるが、ニャヒートの頃ならまず無事ではいられなかったな。
 攻撃が頬をかすめて血が流れる。それと同時に背後にあったストーンエッジは小石並みのサイズに砕け散った。


「ストーンエッジが粉々に砕けるなんてあのガブリアスの逆鱗は一体どんな威力だよ!」
「でもあれをほぼ無傷で耐えきったガオガエンもよっぽどじゃないか?」
 周りの連中が騒いでいるのを横目に、噴き出した汗を拭う俺と逆鱗の反動で混乱状態になっているファング。
 このまま戦い続ければ体力が戦いを左右する展開になりそうだ。

「ファング、あのスカーフを取り戻せたらお前は自由になれるのか?」
「ああ、あれは俺様の宝物だからな。あれさえ取り返せば…」
「だったら俺に考えがある。手伝ってくれないか?」
 ファングの目に一瞬光が戻る。
「さっきの戦闘中や今の状況でもあいつらが攻撃してこないことから考えると、あいつらは俺たちを同時に敵に回したくないらしい。逆に言えば俺たちで同時に攻撃すれば、あいつらは確実に倒せるはずだ」
「確かにそうだな、けどスカーフが…」
「分かってる。だからちょっとだけ俺に付き合ってくれ」


 -13-


 あいつらに気づかれないようにファングと話してから5分は経ったかもしれない。
 再び俺たちは戦闘態勢に入ったものの、あれからどちらも攻撃することが出来ず膠着状態になってしまった。
 その時、キリキザンがコマタナを1匹けしかけて、そいつは俺たちの間に入ってくる。
 そのタイミングで俺はフレアドライブを放つ。
 それと同時にファングも動き出すのが見えた。

 フレアドライブと逆鱗がコマタナを挟んでぶつかり合い、俺とファングはお互いに反動を受けて後ろに下がる。
 間に入ってきたコマタナは一瞬で戦闘不能になったが、強力な技を同時に受けたのだから無理もない。
 
 それにしてもあいつも同じ隙を同時に狙っていたとはな…
 まあいい、早速動くか。


 さっきのように広がるベルトの炎が全身の血を沸騰させる。
 俺が走り出すと同時にファングを含めた周りの動きが遅くなった。

 邪魔な奴らをDDラリアットでまとめて倒しながら進んでいく。
 DDラリアットも本来は単体攻撃だが、さっきのインファイトの時と同様に相手の動きが遅すぎて実質全体攻撃みたいになってしまっている。
 相変わらずみんなスローなままだが、グソクムシャの前を通り過ぎた時、あいつの目だけは何故か動いて俺を確実に見ている気がした。
 
 気のせいか? 少なくともあまりもたもたしている暇はなさそうだ。
 ファングの宝物だと思われるスカーフは岩の陰に隠されていた。
 かなり古い物みたいだが、おそらくこれはこだわりスカーフだ。
 他にも気になるアイテムが幾つかあったが、この加速状態はあまり長くは維持できない。急いで戻らないと危険だ。
 ファングの元へ戻ろうとした時、背後から強い殺気を感じた。振り返るとグソクムシャがミサイル針を打ち込んできている、しかもアクアブレイクで威力を上乗せして。
 何発かの強力なミサイル針が俺に命中して、周りの動くスピードが元に戻った。


「急に走り出してどこかへ行っちまったと思ったらまた戻ってきて… もしかしてそのスカーフ、ってかお前大丈夫なのか⁉」
 あまりに多すぎる情報量に頭が追い付いてないらしいファング。というかこいつも俺の動きを捉えられたのか。

「そこら辺の細かいことは生憎俺にも分からない。ミサイル針はかなり痛かったけど多分大丈夫だ。あと、スカーフは取り返してやったぞ」
「でもお前、左耳が…」
「みたいだな。多分ポケモンセンターで治してもらえるだろうし、お前のスカーフに穴は空いてないみたいだから良かったな」
「その、なんだ… 言いたいことはたくさんあるけどまた後で全部話す。でもな、先に言っておいてやる必要のあることが一つだけある」
「? なんだ?」
「…ガオガエンの戦闘スタイル、様になってるぜ」
「…ありがとな///」


「さてと、俺様が抵抗出来ないのを良いことにお前ら随分いじめてくれたっけな…」
「今度は俺たちの番だ!」
 俺とファングは同時に、しかし今度は共に戦う仲間として戦闘態勢に入る。

「フレイ、きつかったら遠慮なく言えよ?俺様だけでも楽勝だからな」
「その言葉、そっくりそのまま返しとく。お前も無理するなよ?」
 そして、俺の手の甲とファングの鰭で軽くタッチする。
 
 それが合図だった。


 ストーンエッジとDDラリアットで同時攻撃で一気に攻め込む。
 炎の牙とフレアドライブで周囲を一掃しつつ、ドサイドンのようなガードの固い相手には、逆鱗とインファイトを同時に叩き込んで倒す。

「フレイ、上を頼んだ!」
「ああ、任せろ!」
 俺がとんぼ返りで跳び上がると同時にファングが地震を発動させた。
 飛び上がっていたルチャブルを蹴りつけてそのまま地面に叩きつける。
 地上にいた奴らは地面に落ちたルチャブルと一緒にそのままファングの地震の餌食になった。



「さてと、残りは2匹か… 腕が鳴るな!」
「コマタナの数も考慮したらまだまだ残ってるけどな」
「雑魚は何匹いたって0匹同然なんだからそんなに気にするなよ!」

 最後に残ったのはグソクムシャとキリキザンにその配下のコマタナ複数体。
 なんとなく予想はしてたけどやっぱりあいつらが最後まで残ってたか…
「お前はどっちと戦いたいんだ?」
「俺の、戦いたい相手?」
「やっぱりシャワーズちゃんの事も考えるとグソクムシャか?」
「そうだな… というか俺が選んでいいのか?」
「スカーフの礼だ、いいってことよ」
 そう言ってファングはスカーフを巻く。


「けど気を付けな、あのグソクムシャは人間すらも手にかけるような奴だからな」
「手にかけたって、あいつは人間も殺したのか⁉」

「ああ、俺様のトレーナーは、あいつに殺されたんだよ…」


 -14-


Side ファング

「流石にお前が噓ついてるとは思わないけれど、殺されたって…!」
 流石にフレイの奴も想定外だったらしく、若干動揺気味ってところか。
「この辺りではトレーナーは近づかない方がいいって言ってただろ? それの本当の理由は『相手が人間であっても遠慮なく襲うから』なんだよ」

「じゃあ、そのスカーフも…」
「答え合わせする気はないが、お前の想像で大体合ってるんじゃないか?」
 敢えて興味なさそうに呟いて、目を閉じた。


 あの日は少し天気が悪くて、今日みたいに星空は見えなかったっけな…
 俺様はトレーナーや数匹の仲間たちと一緒に観光がてらホクラニ岳に来ていた。
 本来の予定では、天文台で綺麗な星空を見ようという目的だったが、生憎の天候で大型の望遠鏡を通しても流れ星どころか一等星や月すらも見えないレベル。
 星を見られなかったのは縁がなかったからということにして、そのままポケモンセンターに泊まって、明日は予定通り地熱発電所や化石復元所に行こうという予定だった。他のみんなもそれで納得していた。
 けれど俺様だけは、唯一その案に納得出来ずにいた。折角来たなら星を見られないとしても、外を散策したり何か代わりになるようなことをした方がいい、このままだったら来ただけ損になってしまうと主張して譲らなかった。
 結局トレーナーは俺様のわがままに折れるような形で、「ガブリアスに進化したお祝いがまだだったから」という建前でバスで通ってきた車道を歩いて散策することになった。
 そんな些細なきっかけからあんな事に繋がるなんて、俺様だけでなく誰も想像もしなかった。

「ねぇ、あそこに落ちてるのってもしかしたらレアアイテムじゃない?」
「ああ、もしかしたらシンオウでは手に入らないアイテムかも…!」
 散策中に地面に落ちていた光るものを発見、俺様とトレーナーは顔を一瞬見合わせて『ラッキー♪頂いちゃおう!』とアイコンタクト、そのまま取りに行こうとした時だった。

「⁉ 動くな、止まれ!」
「えっ…?」
 人間では反応することさえ困難な速度で何かが飛んでくる。
 俺様が止めていなかったら確実に大怪我にはなっていたはずだ…

「この辺に住んでるポケモンか? 俺様が相手だ!」
「用意したアイテムの餌には簡単にかかった割に口だけは達者なようだな」
 草むらから堂々と現れたグソクムシャに対していつものポケモンバトルの感覚で勝負を挑む。
 最も、あの時の俺様は奴の種族名すらも知らなかったけれどな…

「まあいい、貴様ら程度直接戦うまでもない。キリキザン」
「何だと、直接戦うまでもない⁉ どういう意味だよ!」
「分かった。コマタナども、命令だ、あいつらをやれ」
 俺様の怒りの抗議を気にも留めず、キリキザンの指示で現れたコマタナ軍団に俺たちは取り囲まれてしまう。

「ファング、これ、不味いよね?」
「俺様が言うのもなんだが、かなり不味いな…」
「だよね。…ここは一か八か、総力戦で行くよ!」
 モンスターボールから元気よく飛び出す旅の仲間たち、これが一緒に戦う最後の機会だと誰も知らずに…


「フロートは冷凍ビーム、トルネードはインファイト! ファングも炎の牙でお願い!」
 エンペルトとムクホークがコマタナ軍団と戦う傍で、俺様も炎の牙で蹴散らしていく。
 地震を使えば一掃することも出来そうだが、フロートにもダメージが入るので使わない方がいいと判断したんだろう。

 着実に逃げ道を確保しつつある、このまま一気に…!

「うわああああ!」
 突然フロートとトルネードが悲鳴をあげて戦闘不能になる。次の瞬間胸元めがけてミサイル針が飛んでくる。弾き返そうとしたが妙に威力が高いと感じて、とっさに弾かずに方向をそらして、辛うじてダメージを受けずに済んだ。
 飛んできた方向を見ると、グソクムシャが黙ってこっちを見ていた。あいつの周囲に水滴が飛び散っていることから考えると、ミサイル針にアクアブレイクで威力を上乗せしたって所か。

「野生にしては腕は立つようだな」
「貴様らの方こそ大したことないようだな」
「言わせておけば…!」
「ファング、冷静になって。相手のペースに持ち込まれないで」
「ああ、そうだったな…」

 怒りに身を任せてしまうと相手のペースに持ち込まれやすいのは悪い癖だ、それを感じて未然に防いでくれたのはありがたい。


 この状況なら地震を使っても仲間を巻き込む心配もないし、これに賭けるしかない…!

「道を、開けろ!」
 ノーモーションで放った地震でカイリキーは戦闘不能、キリキザンをひるませることに成功した。
 フロートとトルネードもボールに戻っているから、後はこの場から脱出するだけだ。
 本当なら敵前逃亡なんてしたくないが背に腹は代えられない…


「危ない!」
 一瞬何が起こったか理解できなかったが、さっきまで俺がいた場所、今はあいつがいる場所にグソクムシャが移動していることだけは理解できた。

あれは、出会い頭…

「うああああああああ!」

 無意識のうちに逆鱗を発動させていた…



「ん、あれ?あいつらは?」
 鈍い頭痛を感じながら起き上がると、あいつらの姿はなかった。そして足元に何か落ちていたので拾ってみると紐の切れたストラップだった。
 普通ならそれで終わりだったけど、そのストラップはあいつがバッグに付けていたお気に入りのストラップ。しかも紐の断面はほつれたというよりもバッサリ切られたと言った方がいい。
「まさか、おい、みんな!どこに行ったんだ⁉」 
 その辺からぼんやりしていた意識がはっきりして、辺りを見回すがトレーナーの姿もなければ一緒に旅をしていたエンペルトやムクホークの姿もない。


「やれやれ、ようやくお目覚めのようだな」
「⁉」

 だが見つけたのはさっき戦っていたはずの野生のグソクムシャ。

「殺してしまうのは簡単だが、正直言ってお前の能力を簡単に捨てるのも惜しい」
「何が言いたいのか、はっきり口で言ってもらおうじゃねーか」
「頭の悪い奴だな、まあいい。はっきり言うとお前を用心棒として仲間に迎え入れたい」
「誰がお前らなんかと組むかよ!俺様には…」

「このスカーフをお前に巻いたトレーナーの事か?」
「おい、そいつを返しやがれ!」

 いつの間にか首元に巻いていたはずのスカーフを奪われてしまっていた。

「気の毒だがこいつは預からせてもらった。形見の品がどうなってもいいならこのまま逃げ出しても構わない、とだけ伝えておこうか」
「クソが…!」

 周りからかすかに聞こえる下衆な笑い声…
 そこから俺様は奴らの用心棒となってから何日経ったかは覚えていない…
 思い出に浸る精神的余裕すらない状態を繰り返して、日付や時間の感覚さえも曖昧になってしまったのかもしれない…



「…ファング?」
「悪ぃ、ちょっと考え事してた。」
「それはいいけど、さっきの話を踏まえたらなおさら油断しない方がいいんじゃないか?」
「そうだな、こっから反撃開始だぜ!」


 -15-


Side フレイ

 ファングが何を考えてるのか気にはなったけど、今はそれについて深く触れる必要はないだろうし、一番肝心だと思われる【とりあえず奴らには気を付けろ】、という点はキチンと頭に入ってる。

 確かさっきの打ち合わせだと俺が戦うのは確か…


「いい加減さっさと決着をつけてくれるわ!」
 しびれを切らしたらしいキリキザンが不意打ちを使いながら俺に向かって突撃して来る。
 攻撃を仕掛けてない俺に対しては悪手だったな、なんて思いながら不意打ちを回避してキリキザンと対峙する。

「フレイ、俺様はあのグソクムシャ食い止めとくからお前はそのキリキザンを頼む!」
 …そういや俺はグソクムシャと戦う話だったな、完全に予定狂ってるけど。
 ダブルバトルでも作戦や予定と内容が違ってくることなんて珍しくない、早くこのキリキザンを倒してファングと合流しなきゃな…!


「レベルの低い奴にコマタナ共を雑魚扱いされると流石に頭に来たんでな!」
「先に仕掛けておいて自分は後ろでふんぞり返ってるだけの能無し司令官気取りがよくそんな事言えたな…」
「貴様、言わせておけば進化したての分際で…!」
「さっきお前に辻斬りされたの今でも地味に痛いし、お言葉に甘えてその仕返しぐらいはさせてもらうぜ、付け焼き刃!」

 挨拶代わりに罵倒混じりの威嚇を入れて戦闘開始。
 キリキザンは自然に剣の舞を始めている、随分と悠長な奴だ。
 俺は早くファングと合流したいし、一気に決めさせてもらうぞ…!

 一撃で終わらせるつもりで放ったインファイトをキリキザンは剣の舞で受け流し、弾き、最終的に無傷で防ぎ切った。
 流石にすぐに倒せる程弱くはなかったか…
 結果的にステータス面で不利になってしまった事に内心舌打ちしつつ、次の攻撃に備える。


「流石に進化したてではタイプ相性は有利だとしても経験の差で勝敗は大体決まるものだな!」
 確かキリキザンの進化レベルって52だってテレビでどこかのパラセクトが言ってたっけな…
 それに対して俺のレベルは測定してないのではっきりと断言はできないが、色んなポケモンを倒してそこそこ経験値は入っている事を考慮しても、40に到達していれば御の字ってとこだろう。

 …それが何だって言うんだ、確かにポケモンのレベルはバトルにおいては勝敗を左右する要因の一つではあるが、タイプ相性や戦闘センスみたいなそれ以外の要因も関与する事を考えればそこまで深刻に考える必要なんてない。

「レベルの差を思い知れ!」
 アイアンヘッドをとんぼ返りで回避、今の所互いに決定打こそ与えられていないがステータス変化やレベルを考えると下手に攻撃を受けるのは危険だ。

 …レベル?
 そういやこいつやけにレベルに固着してるよな…

「喰らえ!」
「二度も切り裂かれるのはごめんだ!」
 辻斬りをDDラリアットで弾いて腕のガードががら空きになったタイミングで一撃を叩き込む。
 何度もレベルについて言及しなきゃいけないってことは、こいつはレベルに関する事情でもあるのか?


 横目に見るとファングはグソクムシャと交戦中。
 俺はグソクムシャとは直接戦ってないからどっちが強いかは良く分からない。
 相手がカイリューやボーマンダみたいに互いの弱点を突き合うなら急いで合流しなきゃな…
 …ボーマンダ?

 突如頭をよぎったボーマンダに思考回路は半分以上持っていかれた。
 けれどその思考回路は無意識にそのままフル稼働させておく、こんな状況で頭に浮かぶなんてただの空想のはずがないし、このキリキザンの攻撃を捌きながら考えることなんてそんなに難しいことじゃない。
 
 
 思い出せ、ボーマンダが頭をよぎった理由にきっとヒントがあるはず…!

 剣の舞のタイミングで攻撃を仕掛けるも決定打に至らず躱される。逆に俺の方も若干反応が遅れた影響でキリキザンの不意打ちを不発にできたから完全に悪い訳じゃないけど、流石に戦いの場所で集中力の切れるような考え事はNGか…
 
 …待てよ、戦い?
 ボーマンダが俺の頭をよぎった理由、そしてキリキザンを確実に倒す方法が俺には分かってしまった。


「チィッ…!」
 ファングの舌打ちから推測すると背後ではかなりの激戦となっているらしく、大方グソクムシャの甲冑を思わせる強固な装甲に攻撃を防がれて大したダメージを与えられず、逆に時間経過でファングの方が消耗してやや不利な状況、といったところか。

 あまり時間もない、ここで一気に仕掛けるか…!


「なぁ付け焼き刃、経験を過信しすぎてるお前に朗報だ、俺はニャビーの頃にボーマンダと一対一で勝負してそれに勝ってんだよ!」

「600族相手にそんなバカな話があるか!?」
 キリキザンを筆頭に他のコマタナ、ファングだけでなく流石のグソクムシャも驚きを隠せない様子だ。

「うそだろフレイ!」
「ああ、本当のことだぜ!」

 ファングに対する返答でさらに周囲の空気は恐怖に凍りつく。

「青ざめたな… 」
「いや、どうやったらニャビーがサシでボーマンダに勝てるんだよ…?」
「ファング、この事実はアニメじゃないし本当のことなんだよな」
「普通に考えてもボーマンダのレベルは50を超えているはずだぜ…」

 流石に周囲の理解が追い付かなくてファングと会話する余裕までできてしまったのは素直に驚きだが、そろそろ種明かししてやろう。
「ファング、良いところに気付いたな。この話はそこがカギになってんだよ」
「カギってお前、まさか…」
「ああ、本来ボーマンダは今の俺でも苦戦は免れられない相手だ、そんな相手とニャビーが戦おうものなら普通は俺どころかカインも秒で瀕死にされてマスターは涙目で俺たちをポケモンセンターに連れて行く羽目になるのがオチだ」
「それじゃ勝てねぇじゃねーか⁉」

「そこで問題だ、ニャビーとボーマンダが本気で戦ったとしてニャヒートへの進化レベルも満たしてないニャビーが勝つためにはボーマンダ側に必要な条件が一つある、それは何だと思う?」


 -16-


「威力が低い技をメインにしても不利なのは変わんねぇし、まさか、ボーマンダのレベルがニャビーよりも下だったのか…?」
「ご名答、なかなか冴えてるな!」
「けどよ、そんなボーマンダが野生にいるのか?」
「シンオウ出身のファングは知らないのも仕方ないけどな、アローラ地方には通常の進化レベルよりも低いレベルの野生ポケモンがいるんだぜ!」

「じゃあお前が勝てたのって…」
「ああ、俺よりレベルの低い相手と戦って勝っただけの話だ」
「そりゃ勝てなきゃおかしいだろ!」

 ファングの鋭いツッコミが入る。周りの奴らも妙に納得した感じだ。

「それでも相手はボーマンダだったからちょっとは苦戦したけどな」
「…で、結局お前は何を言いたかったんだよ?」
「ただの武勇伝だ」
「武勇伝⁉この戦いのさなかに⁉」
「ああ、だがマヌケの化けの皮は剝がれたようだぜ」

 俺が指をさした先には愕然とするキリキザンがいた。

「なぁ、まさかあのキリキザンの化けの皮って…」
「ああ、こいつは順当な進化を遂げたキリキザンなんかじゃない、つまりお前のレベルは50もないどころか、場合によっては俺よりレベルが低いんだぜ!」
「き、貴様いつからその事実に気付いていた⁉」
「お前があまりにもレベルに執着した言動が多すぎただけだ。おまけに今の台詞だってその通りだと認めた様な反応だったな?」
「や、野郎…!」

「ったく、弱いストライクほどよく喋るとは言うが、頭が弱いキリキザンはよく喋りよくボロを出すようだな!」
 いつまでもこんな奴と口喧嘩してるつもりはない、早々に決着をつけてやる…!
 不意打ちのフレアドライブでキリキザンにある程度ダメージを与えつつ次の攻撃態勢を整える。

「ファング!ストーンエッジのPPはまだ残ってるか?」
「ああ、2発は撃てるけどそれでどうすんだよ?」
「俺が指示を出したタイミングで俺に向かって撃ち込んでくれ!」
「何考えてんのか知らんが今のお前は直撃したらお陀仏だから気をつけろよ!」
「了解!」

 もう一度フレアドライブを発動させて今度はファングと交戦中のグソクムシャの背後を狙うがそれは躱されてしまう。

 だが、これでいい。

「ファング、今だ!」
「直撃するんじゃねぇぞ!」
 ファングの放ったストーンエッジは俺の20センチほど前に出現するが、背後からの気配を感じて咄嗟にとんぼ返りする。
 グソクムシャは俺の背後を狙ってミサイル針を撃ち込んでいたらしい。こいつも多分レベルは変わらないはずだが戦闘能力はキリキザン以上だな。
 もしかしたらストーンエッジの破壊の方が狙いだったのかもしれないが、幸いストーンエッジは崩れていない。
 これなら一気に倒せる…!

 三回目のフレアドライブを発動させて一気にストーンエッジを駆け上がる。
「フレイお前何やって…⁉」
 確かに遠距離攻撃の手段のない俺が高所を取ってもあまりメリットはない様に感じるのは無理もない、むしろ格好の標的になってもおかしくないポジションだ。
 実際に追撃のミサイル針も飛んできたしキリキザンも俺を狙っている、普通なら完全に悪手であることは否定できない現状。だが俺だって何の考えもなしにこんな状況を作ったりはしない。
 キリキザンに対して一回、グソクムシャへの不意打ちを狙って一回、そしてストーンエッジを駆け上がるために一回。
 フレアドライブは連続で三回発動済み。
 これで一気に終わらせてやる!


 ミサイル針が俺に到達するよりも早くストーンエッジから素早く飛び降りてグソクムシャの腹部を落下の勢いと合わせて殴りつける。
 ミサイル針はゆっくりとストーンエッジに着弾してストーンエッジもゆっくりと崩れて行く。
 ファングやグソクムシャの目は辛うじて俺の動きを追えているようだがそれでも今の俺の速さには対応することはできない。
 素早く交互に移動しながらグソクムシャとキリキザンにインファイトを叩き込む。
 俺の目にはスローになった相手に速さを活かした連撃のインファイトには防御も回避も実質不可能。
 一旦ブレーキをかけて手首をスナップしてからキリキザンを蹴り上げる。
 そのままとんぼ返りで跳び上がって空中からのフレアドライブで一撃。
 そのまま着地してからグソクムシャのガラ空きになった胴を狙ってDDラリアットを叩き込む。
 しかし咄嗟に発動させた守るがギリギリ間に合ったらしく両腕のアーマーで受け止められてしまう。

 あいつ守るも使えたのかよ…
 あのファングすら苦戦させるようなアーマーだ、流石に突破はできなかったがこれで問題ない。

 そして俺の目に映る周囲の動きのスピードが元に戻った。


 連撃インファイトとフレアドライブによりキリキザンはあっけなく戦闘不能。
グソクムシャにもかなりのダメージを与えることができているが決定打を与えるには至っていない。

「ファング、あいつにとどめを刺すのはお前だ」
「…いや、俺様はお前と同時に行かせてもらうぜ」
「分かった」
 ゆっくりと立ち上がり俺とファングはグソクムシャに対峙する。

「貴様らごときまとめて殺してくれる…!」

 応酬の様に繰り出されるミサイル針をファングがストーンエッジで壁を作ってそれを全弾受け止める。
 その隙を縫って不意打ちでDDラリアットを叩き込もうとするとグソクムシャはその動きは読んでいたと言わんばかりに腕のアーマーで身を守る。
 だが攻撃を防がれた状態から俺がさらに力を加えるとグソクムシャのアーマーに大きな亀裂が入りそのまま砕け散った。
「バカな!?アーマーが…!?」
「さっきは上手く攻撃を防いだらしいがダメージをゼロにするのは無理だったらしいな、これでご自慢のアーマーもお釈迦になったわけだ」
 驚愕と絶望の入り混じった表情を浮かべるグソクムシャに対して悪タイプらしく不敵な笑みを浮かべる。
 さっきの高速移動中に俺はそのまま倒してしまうつもりだったが、決定打を防がれてしまってもアーマーにヒビを入れてその後の戦いを優勢にすることぐらいは簡単にできる。
 これでグソクムシャは強みを失い実質機能停止できた。

「俺様は待っていたんだぜ、散々屈辱的な思いをさせただけでなく俺様の全てを奪ったお前に復讐できるこの日をずっとな…」
 ファングは後ろの俺にさりげなくアイコンタクト。
 そしてそれを合図に俺はとんぼ返りで後ろに下がる。

 一矢報いようとアクアブレイクで迎え撃とうとしたグソクムシャに対してそれよりも速くファングの地震が炸裂して、足場を崩されたグソクムシャのアクアブレイクは不発に終わる。

「お前は触れちまったんだぜ、この俺様の逆鱗にな!」

 ファングはそのまま空中に飛び上がり急降下の態勢を取る。
 恐らくファングが使うのは最大火力のあの技、だったら俺もそれに合わせる…!
 助走をつけながら全身に炎を纏って突進、特に右足へ集中的に炎を収束させていく。
 ファングはそのまま突撃すると見せかけて急旋回してグソクムシャの背後に回り込む。
 あいつにも俺の使う技が分かったらしい、確かにこのまま俺が攻撃を仕掛けたら間違いなく空中で衝突事故だったからな…
 DDラリアットの時の回転の要領で、さっきとは反対方向への回転でグソクムシャに背を向ける様な形で飛び上がる。

「俺様の必殺技特別版、フレイミングファングストライザー!」
 正面からは俺のフレアドライブとDDラリアットを応用したローリングソバット、背後からはファングの飛行速度を活かした逆鱗が炸裂する。

 同時に響いた二つの破砕音はこの戦いが俺達の勝利に終わった事を意味していた…



「終わったんだな、これで」
「ああ、あいつらの仇も取れたけど俺様はこれからどうするかな?」
「ここから近くのハイナ砂漠にはガブリアスいるらしいぞ?」
 激戦の後、スカーフの隠されていた辺りを調べながらファングと軽く雑談する。

「ガブリアスのいる砂漠か、そこで砂漠の王者になっても面白そうだな!」
「ああ、もし俺達が訪れた時は歓迎してくれよ?」
「そりゃもちろん、『俺様のライバル』として歓迎してやるぜ!」
 あった、さっき見えたのはやっぱりZパワーリングだったか。
 色とか対応クリスタルはマスターの物と変わらないけどいくつか見たことのないクリスタルが付いている。
 ミミッキュの布みたいな色のクリスタルと赤いクリスタル、でも赤いのは炎Zじゃない…?

「…どうした?」

「分かった、その時はまた再戦頼む」
「そう来なくっちゃな!」
 鰭とZパワーリングを付けた拳でグータッチ、した直後にその拳はゆっくりと下がり始める。

「おい、お前大丈夫か⁉」
「実はあんま大丈夫じゃないかも…」
 瀕死になりかけてからのガオガエンへの進化、さらに激戦を重ねて限界なんてとっくに超えてしまっていた。
 けれどまだ倒れる訳にはいかない。
 少し離れた場所で意識を失ったままのアクアを抱き上げて歩きだす。

 マスターやみんなの所に帰るまでまだ俺は…!


Side ファング

 フレイは思っていた以上に消耗してしまっていた。
 今は意識を失ったままのシャワーズを抱いて歩いているが今にも倒れてしまいそうで急いで肩を支える。
「おい、お前のトレーナーはどこだ!」
「ホクラニ岳山頂のポケモンセンターに…」
「待ってろ、引きずってでも連れて行ってやる…!」
フレイを背負い込む形にしてシャワーズを腕から落とさない様に注意しながら山頂までの道を上り始める。

「畜生、普段の体力ならこれぐらい…!」
 ここに来て深刻な事態が発生、フレイとシャワーズの重量の合計が俺様の重さを純粋に超えてしまっている…!
 普段なら俺様の体重より20㎏ぐらい重くても山頂まで飛ぶことはそこまで難しい問題じゃない。
 けれど悔しいことにさっきの戦いでダメージを受けた体では飛ぶことすらできずに自分の足で登ることが精一杯の現状だった。

「ファング、無理するな…」
 俺様を気遣うフレイの声もさっきより弱くなってきている。ポケモンセンターに急がないといよいよ命の危険までも出てきたのかよ…!
「安心しな、俺様は意地でも借りは返すからよ!」
 きっかけは偶然だったにせよ俺様があいつらを倒す事ができた、だからその借りはどんな事があっても…!

「よぉ、お前何やってんだ?」
「見りゃ分かるだろ、こいつらをポケセンまで運んでんだ…!」
 こんな時に冷やかしとは随分と皮肉なヤツだ…!
 普段ならぶちのめしてる所だが、今はそれどころじゃない。

「せめてそのシャワーズをポケセンまで運ぶの手伝おうか?」
 どうやら声の主だったレントラーは冷やかしではなく運ぶのを手伝ってくれるらしい。
「悪ぃ、恩に着るぜ!」
 レントラーの前足にシャワーズを乗せると、動くのがかなり楽になった。

「ここならなら歩いてもあと5分もあれば着く、頑張って!」
「分かった!」
 器用にシャワーズを背中に乗せて走り出したレントラーを追って俺様もポケモンセンターに向かって走り出した。


 こんな状態でも普通のレントラーよりは速く走れると思っていたのだが、意外にもレントラーの足は俺様よりも早かったらしい。
 ポケモンセンターの入り口の前にシャワーズを寝かせてそのままどこかに行ってしまった。
 まぁ気を失ってるだけだったしここまで運んでくれただけでもありがたい。

 ギリギリかがまずに通り抜けられる大きさの自動ドアを抜けて中に入ろうとしたが、この辺の人間は野生ポケモンに対しての警戒が特に強くなっている。そのまま入ると色々誤解を生みそうで入り口でとどまる。
「いらっしゃいませ、ポケモンセンターで… えっ?ガブリアス?」
 トレーナーと一緒でもないのに突然ガブリアスが顔を覗かせたら誰だって驚く、ってそれどころじゃない!

「俺様の事はどうでもいいから早くこいつらを助けてやってくれ!」
 必死に叫んだが誰も状況を理解してくれない。
 人間と言葉が通じないのがここに来て最大の障害になるのかよ…!
「頼む、早く治療してやってくれ!」
 どれだけ叫んでも中にいる人間は聞いてくれそうにない、
 背中のフレイを見せれば気付いてくれるか?いや、これで「他のポケモンを襲った凶暴なガブリアスがポケモンセンターを襲撃に来た」と思われたらいよいよ終わりだ。
 あのグソクムシャの野郎、ここに来てまで苦しめるのかよ…

「ねぇ、君何か事情があって来たんでしょ?」
 いつの間にか一人のトレーナーが近づいて来ていた。
 そいつはついて来ていたライポルトとミミッキュを後ろで待機させてポケットからスマホを取り出す。
「ねぇ、もう一度喋ってみてくれる?」
 このトレーナーが最後の希望、スマホに言い聞かせる様にさっきと同じ事を叫ぶ。

 画面に文字が表示されてそれを見たトレーナーが叫ぶ。
「このガブリアスは怪我したポケモンを連れて来ただけだ!」
 その一言で我に返った様にスタッフが緊急治療の準備を始める。
 さっきまでの怯えた様子とは打って変わって迅速にフレイとシャワーズを治療室に運び込んでいった。
「フレイ、進化したんだ…」
 足元に落ちていた裂けたお守り袋を拾ってトレーナーが呟く。
 さっきのライポルトとミミッキュは治療室に様子を見に行ったらしい。
 …ってことはこいつがフレイのトレーナーなのか?

「君が、フレイとアクアをここまで連れて来てくれたんだよね?」
 黙って頷く。
「良かったら助けてくれたお礼にポケマメ食べる?」
 そう言ってポケモンセンターの中に招き入れようとする。
 そのままついて行こうと思ったが、果たしてこのトレーナーは大丈夫なのか?という疑問が足を止める。

 これは間違いなく一緒に旅をしないかという誘いだ。
 あのフレイのトレーナーだから何も問題ない、大丈夫だ。
 そう分かっているはずなのに心のどこかで失ったあいつらへのしがらみを捨てきれずにいるのかもしれない。
 だがこの誘いは何かを変えるきっかけかもしれないがどうしても決めきれずに…

「そのスカーフ、良かったら綺麗に洗ってあげようか?」


 その一言を聞いてポケモンセンターの中へと足を踏み入れた。

 不思議とこいつとなら上手くやっていけそうだ、そんな気がした…


 -17-


Side アクア


「短い間だったけど楽しかったよ」
「待ってよ、なんでお別れみたいな事言うの⁉」
 焦る私を見てフレイは寂しげに微笑む。

「そりゃ本当にお別れだからな、変じゃないだろ…」
「どうして⁉もしかして私が弱いからもう一緒に冒険できないの⁉」
「いや、アクアが弱い訳じゃないしこれからも一緒に旅は続けるはずだ、ただ…」
「ただ…?」
「アクアはもう俺を受け入れてくれる事はないからな」
「何なの?さっきから何が言いたいの⁉」

「アクアが好きでいてくれた俺はもういない、ただそれだけだ」

 返す言葉どころか思考停止してしまった私の顔を覗き込み、フレイは私に背中を向ける
「じゃあな、これからは旅の仲間としてよろしく頼む」
「待って!行かないで!」


 慌てて追いかけたその背中は遮るような炎に包まれて見えなくなった。
 フレイを包み込み、私を遠ざけるように激しく燃え上がる赤と黒の炎。
 そして炎が消えた時、私の大好きな存在は消えてしまった。

 どう動けばいいのか、何を言えばいいのかも分からないし、これからどうすればいいのかさえも分からない。
 頬を伝って前足に落ちてきた雫の感覚で、ようやく泣いている事に気が付いた程度には頭も心も受け入れられずにいる…


 私、どうすればいいの…?


 マイナスの感情に心が埋め尽くされそうになった時、目の前に白い壁と天井が広がっていた。

「夢、だったの…?」
 確かさっきまでグソクムシャやキリキザンに襲われて大変なことになっていたはず。
 少なくともあいつらは野生ポケモンだったから、私は少なくとも助かったのかな…?
 まだ少し体は痛いけど十分動ける範囲内、頬を伝っていた涙をそっと拭って白い天井を見上げる。
 確かあの後首に強い衝撃が走って、そしたら急に意識が遠くなって、その後、纏っていたアクアリングを私をかばって傷だらけだったフレイに…

 そうだ、フレイはどうなっちゃったんだろう…⁉
 さっき見た夢の内容が内容だっただけに不安が頭をよぎる。
 慌ててベッドから飛び降りようとしたけど、枕元に置かれたナースコールの紐に気付いて静かに引っ張る。
 一分もしないうちに看護師さんとキュワワーが来て私の体調を確認していく。
「良かった、元気になったみたいね。トレーナーさん呼んできてあげるからちょっと待ってて」
 それだけ言い残して慌ただしく病室から出て行ってしまった。


「良かった、アクアは目が覚めたんだ」
 目の下に薄っすらとクマのできたマスターは少し安心した顔で私の頭を撫でる。
「気を失っただけだと聞いてはいたけど、やっぱり目を覚まして元気そうな顔を見ないと心配だったんだよね」
 頭を撫でてくれるのが嬉しくてさりげなく擦り寄ってみる。少し西日が眩しくて目を閉じちゃうけどこの感覚の安心感は変わらない。

「ねぇ、マスター」
「どうしたの?」
「えっと、その、フレイは、フレイはどこにいるの…?」

 聞こうと思っても色んな不安が頭をよぎって上手く喋れない。

「実は、フレイはまだ目を覚ましてないんだ」
 マスターがカーテンを閉めてキャビネットの横に置かれた椅子に座り、少し曇らせた表情が分かるようになった。
「ああ、そんなに心配しないで。今は念のため高度治療室にいるけど、朝のうちに峠は越したみたいだから」
 よく分からない言葉ばかりだけど、とりあえずフレイは生きていて、別の部屋にいることは分かった。

「私、ちょっと見てくる!」
「アクア、まだ寝てなきゃ!」

 マスターは私を止めようとするけどぐずぐずしてる暇はない。
 無事だって分かったのは嬉しいけどそれなら顔だってみたいし元気になったら言いたいことも沢山あるんだよ…!


 ポケモンセンター内の病室を探して回る。
 どこの病室にもフレイの姿はなくて少し不安になるし、こんな時に限って話を分かってくれそうなキュワワーもいない。
「どこの病室なんだろう?」
 ふと見ると奥に金属製の大きなドアがあり、アンノーンみたいな形の文字が6つ書かれている。もしかして、ここかな…?
 中に入ろうとしたけどドアにはノブもなければ開くためのセンサーもない。鍵がかかってる感じはないけど、どうやって開けるんだろう?
 カードをかざすタイプの鍵でもあるのかと思って周りを見回すと、重たい音と共に金属のドアが開いて看護師さんが出ていった。
 ドアの前にいなかったのもあって看護師さんは私に気づいていない。気づかれたら病室に戻されそうな気がしたので、気づかれないように足音を小さくして、ドアが閉まりきる前に中に滑り込んだ。

 スタッフエリアと組み合わせたみたいな受け付けを姿勢を低くして目線を避けながら通り抜ける。
 ドアは液体化で隙間を通り抜けられるかもだけど、ここは床が綺麗だから液体化したままだと目立ちそうだし普通に通るのが無難かな…
 部屋の奥にはいくつかベッドが並んでいて、一番奥はカーテンで覆われていた。
 他のベッドは誰も寝ていないし、この部屋にフレイがいるなら間違いなく一番奥だ…!
 マスターはまだ寝てるって言ってたし、起こさないようにカーテンの下からそっと入る。


「ほえ?」
 
 けれどベッドに寝ていたのはフレイじゃなかった。
 フレイがロイヤルマスクのファンでテレビの試合中継を一緒に見てたから分かる。
 

 これはガオガエンってポケモンで、フレイじゃない。


 でも、身体中が傷だらけで静かに眠ってる姿はどこか苦しそうに感じた。
 よく見るとベッドの反対側では、椅子に腰かけたまま大きなポケモンが眠っている。
 多分付き添いで泊ってる仲間のポケモンだろうし、マスターの手持ちにはこんなポケモンもいなかったからフレイはここの病室じゃないね…

 静かにカーテンの下から出ようとした時、うっかりキャビネットに尻尾が当たって大きな音を出してしまった。
「誰だ!」
 椅子に座って眠っていたポケモンが目を覚ました、早くここから逃げないと怒られるだけじゃ済まないかも…!
 素早くベッドの下をくぐり抜けて金属のドアに向かって走る。
 咄嗟のことで多分私のことはすぐには気づけないはず、早く液体化してドアの隙間から出れば大丈夫…!


 液体化しながらドアの隙間に滑り込もうとした時、金属のドアが開いてマスターが入ってきた。
「アクア、この部屋に来てたの…?」
「うん、そうだけどフレイはどこなの?どこの病室にもいなかったんだけど…」
 私を抱き上げたマスターは珍しく表情を曇らせたけど、何かを思い出してすぐに真剣な表情に変わった。

「やっぱり、フレイの言った通りなのか…」
「マスター?」
 急にフレイの名前が出てきて再び不安が込み上げてきた…
 さっき無事だって言ってたよね?夢みたいにさよならなんかしないよね…?


「アクア、いずれ言うつもりだったけど、この部屋に来てしまった以上ちゃんと言わなきゃいけない事があるんだ」
「マスター、もう来てたのか、ってシャワーズちゃん目覚ましたんだな」
 椅子に座って眠っていたポケモンがカーテンを開けて出てくる。
「今マスターって言った?あなたもマスターのポケモンなの?」
「昨夜から、だけどな」
 昨夜?私の眠っているうちに仲間になったのかな?
 えっ?だとしたら…

 更に混乱する私にマスターは一言、こう言った…



「アクア、フレイは昨日戦いの中でガオガエンに進化したんだ」


 -18-


 脳天に10万ボルトが直撃したような感覚に頭の理解が追いつかない…

「冗談やめてよマスター、フレイはもう進化しないんだよ?」
「いや、フレイは昨日の時点で進化を控えてたんだ。ただアクアはフレイが進化できる事を知らなかっただけで」

 マスターの落ち着いた口調もリーフブレードみたいに鋭く感じてしまう。
 実際にフレイはもうニャヒートから進化しないとずっと思っていた…

「ガオガエンへの進化は圧倒的な力を手に入れる代わりに姿は大きく変わってしまう。アクアが『進化する事を知らなかった』事を知ってフレイは進化する事を言い出せなくて悩んでたんだ…変わらずの石を貰ったら喜ぶ程度にはね」
「でもそれならなんで昨日進化したの?悩んでるならなおさら進化する理由なんてないよ!」
 少しずつ見えてきた真実、けれどもそれを認めるのが怖くて反論する。

「それは簡単な話だな」
 マスターの代わりに大きなポケモンが答える。

「ニャヒートのままでは力不足で深手も負ったからシャワーズちゃんを連れて逃げる事はできなくなった状況下、『お前だけでも逃げろ』もできないとなると、守るために取れる手段なんて一つだけだ」

 少しずつあの夜の記憶が戻ってきて震えているのが分かった。

「『ガオガエンに進化して敵を全員倒す』、お前を助けたいならそれしかないだろ?俺様だってそうする」

「あ、ああ…」


 少しずつ戻ってきた記憶は一気に鮮明に戻った。
 襲われていた私を守って傷だらけになったフレイ、それでも私を逃がそうとしてくれて、その後首元に強い衝撃が走って、ふらふらになりながらアクアリングを渡して…

 そこから先のことは何も覚えてないけど、もしこの事が原因でフレイに進化することを決定させていたのなら、私は、フレイを悩ませて苦しめて、そのフレイに助けてもらって、進化の選択肢を決めさせて…


「いやぁぁぁぁぁぁ!」

 涙を流している感覚と共に視界がブラックアウトした…




Side フレイ



 絵に描かれたような大きな月と夜の海を吹き抜ける風。
 岩場に打ち付ける波は穏やかで、海辺にも関わらず静かだった。
 その岩場で月を見ているポケモンが何匹かいるけど、月の光が逆光になってよく分からない。5匹か6匹ぐらいいるのか?

 そして、一番奥にいるポケモンがゆっくりと俺の方に振り向いた。

「⁉」

 それが自分と同じ種族だったぐらいじゃ驚かなかっただろうけど、左耳の小さな穴が他の誰でもない俺自身だと証明していた…



 鈍い頭痛を感じて重い瞼を開くと視界には白い天井、耳元から規則的なようで不規則な電子音が聞こえる。

「良かった、やっと気づいたか!」
 いかにも寝不足といった表情のカインが俺を覗き込んでくる。

「カイン、お前の顔見るのも十日ぶりだな…」
「落ち着け、丸二日だ」


 マスターに会うつもりでベッドの縁に置いてた自爆装置のスイッチみたいなのを押したら、ナースコールが作動してアルカイックスマイルですっ飛んできたハピナスによって精密検査ツアーにご招待されてしまった。
 ベッドと一緒に心電計や点滴スタンドごと輸送されてしまってカイン置き去りになっちゃったな…

「検査の結果次第ですが、心拍数や脈拍も安定してきたので肉体疲労が解消され次第退院って感じになりそうですね」
「そうですか、左耳の怪我はどんな感じですか?」
「完全に治すのは難しいんですが、現時点でも針で開けた穴程度なのでほとんど分からないですね」

 しばらくして病室に戻ると廊下で看護師とマスターが話しているのが聞こえる。
 左耳の件はミサイル針の直撃被弾だから無理もない、ぱっと見で分からないレベルまで治れば御の字って感じだったからな…


「遅くなったけど進化おめでとうだね、身体の具合はどう?」
 廊下での長話も終わってようやくマスターが病室に入って来る。
「ありがと、満足には動けないけど痛みはないから大丈夫…」

 頭を撫でてくれる手と反対側の手をそっと握ってみる。
 本当はマスターをがっつり独占していたい気分だけど、カインとホロウも病室にいる以上そうも行かない。
 俺はもうガオガエンなんだ、万一そんな所を見られたら恥ずかしさは限界突破して今後の日々にも影響してしまう。見た目とのギャップに関しては今までの比じゃないからな…


「とにかく早く元気になれよな、エース枠交代なら早めに言ってくれよ?」
「心配しなくてもあなたがそう簡単に再起不能になるとは思わないし、何よりあなたの放電なら彼の代役が出来れば上等じゃないかしら?」
「ホロウお前なぁ、せっかくフレイが心配なく回復に専念できるように言っただけなのによ…」
「動けるようになったらリハビリも頑張れよ、バトルなら俺様も相手してやるからな!」

 カインの“ついでにいつものいじりのお返しもしてみた”感も、ホロウの癖の強い発言も、ファングのがさつに見えて結構助かる声かけも、全てが今の俺には安心感があって…
…待てよ?

「ファング、なんでお前がここにいるんだよ!?」
「ああ、このガブリアスなら…」
「帰るとこもなかったし、何よりお前のトレーナーとは上手くやっていけそうだからな。そういう訳でこれからよろしくな!」
「ああ、よろしく…」

 ファングの好戦的な性格を考えればハイナ砂漠にいるよりも沢山バトルできるトレーナーの元にいる方が好きそうだし、マスターはマスターで喜んでOKしそうだからな…
 俺もファングと一緒に旅するのは大歓迎だけど、病み上がりで精密検査ツアーに連れ回されたりファングの加入に驚いたりして結構疲れた…


「それじゃまた来るね、また何かあったら呼んでね」
 俺が疲れたのを察して、マスターは俺の頭を撫でてカイン達をボールに戻す。
「」
 けどこのまま帰られちゃ困る。一番肝心なこと、まだ聞けてない…!

「…マスター、アクアは今どうしてる?」
「…アクアなら元気にしてるよ。ちょっと、辛いことがあったみたいで今はふさぎ込んでるけどね…」
「…そうか」

 急に忘れていた現実を思い出して会いたい気持ちは急速に沈んでいく。
 ふさぎ込んでる理由は聞かなくても大体想像できた。
多分意識を失う直前に見ていた傷だらけの俺のことを心配して病室にやってきたアクアは見てしまったんだろう、進化するはずがないと思っていた俺が進化していて、喧嘩の原因にもなっていたことが現実になっているんだから無理もない。
 あの時、俺の進化先を暗示させることじゃなくて異形のバケモノみたいなデタラメを言っておけば、笑い話で済ませられたのかもしれないが今更悩んでも遅い。


「やっぱり心配だよね、良かったらアクアも連れて来ようか?」
「いや、それはいい」
 四六時中笑顔を浮かべているようなアクアに辛い思いをさせてふさぎ込ませたのも全部俺のせいだ。
とてもじゃないけど今の俺にはあいつに合わせる顔はない…

「まぁ、そろそろ面会時間終わっちゃうからね。何か伝言とかは?」
 自然に俺のフォローをするような形でマスターは折衷案を投げてくる。

「それじゃ、『無事で良かった』とだけあいつに伝えてといて…」
「了解、何かあったら呼んでね」

 いつの間にかかいていた汗をタオルで拭われて、顎下を撫でられた後、握っていた手が離れていく。


「少なくとも俺はアクアを護ることができたし、あの時は他に方法もなかった」

 誰かの耳元でも聞こえないぐらいの声で呟いてみる。
「けど、何でこんなに満たされなくてどうしようもなく辛いんだよ…」

 気丈に振る舞っても抱いた感情が消える訳でもなく、むしろ増大している気さえしたけど、心の中を覆いつくす前に睡魔が俺の思考を強制終了させた…


 -19-


Side アクア

 気が付くとまた眠ってしまっていた。
 あの時までずっと一匹だった私にとって、傷つく痛みは一番知ってるつもりだったけど私が傷付けてしまう側になるなんて考えもしなかった。それも傷付けてしまったのは初めて私を受け入れてくれた存在で、私が余計に首を突っ込んでしまったせいで心も身体も深く傷付けてしまった。

 本当は今すぐにでもフレイの傍に行きたいけど、傷付けてしまった私自身を許したくはないし、二つの強い感情に板挟みにされた身体は疲れやすくてほとんど眠ってばかりになっている。
 目元に浮かんでいた涙を拭って起き上がる。少しは何か食べとかないと流石にバトルにも響いてくるし、さっきみんなが置いてくれた木の実でも食べようかな…

 ドアの開く音がして色々と考え事をしているようなマスターが戻って来る。
「アクア、体調はどう?」
「大丈夫だよ、ちょっとお腹空いたから木の実食べようかなって!」
 とっさに作り笑顔で答えてしまう。ただでさえ迷惑かけてるのにこれ以上心配させたくない…
「そっか、今日はバトルの練習休む?」
 黙って頷いたけど、明日は頑張ろうかな…


「OK、それとフレイから伝言預かってるから伝えとくね」
「フレイから?」
 フレイの意識が戻ったことにはホッとしたけど、伝言って一体何だろう?
 まさか『お前とはもう絶交だ』とかそんな話だったら…

「『無事で良かった』だって」
「そう、なんだ…」
 嫌われた訳じゃないのはありがたいけど、思ってたのとは違う伝言で少し拍子抜けしちゃった…
「今は疲れて寝ちゃってるけど、結構心配してるみたいだよ。それじゃ僕たちは外でバトルの練習やって来るね」
キャビネットにタオルを置いてマスターは行ってしまった。


 嫌われた訳じゃない。
これだけでも贅沢は言えない話だけど、心の中を埋め尽くすような辛さと寂しさをどうにかすることはできそうになかった。
あのキャビネットに置いたタオルは水洗いするだろうし、バスルームに運んでから木の実を食べてもう少し寝よう。ちょっとでも身体が元気になれば「ごめんなさい」のたった6文字を伝えることもできるかもしれない。

 キャビネットに置かれたタオルを咥えるとほんのり懐かしい匂いがした。

 意識しちゃダメだと思えば思うほど寂しさを紛らわせそうな気がして咥えるどころかしっかりとタオルに噛みついてしまう。
 このタオルからは微かだけど間違いなくフレイの匂いがした、それも一週間前じゃなくてついさっきのものが。
「…」
 ポケモンセンターの病室みたいな薬の臭いも混じってるけど、ほんのり湿っているタオルから干したての洗濯物みたいな匂いもしている。
 初めてフレイと一つになった夜から感じていたけれど、私はフレイの干したての洗濯物みたいな匂いが好きだったんだ…

 後ろ足の間が少しむずがゆい、フレイの匂いで頭がいっぱいになってしっとりと濡れてちゃってる…
 タオルを咥えたままベッドまで歩いていく。
 頭の中では“フレイを傷つけたのにそんな事する資格なんてない”って考えも浮かんだけど、天使か悪魔かも分からないような声は仰向けに寝転んだら消えてしまった。
「んっ…」
 前足でそっと濡れた割れ目をなぞる。タオルを咥えてても声が漏れ出てしまう。
 普段なら前足でするよりも自分で舐めて気持ちよくなることが多いけど、フレイの匂いのするタオルを放したくなかった。

『まあ、満足させてやる』
 初めての夜の記憶が頭の中をぐるぐる回ってる。
 濡れた前足を動かすペースを上げて、気持ちよさで頭を覆いつくそうとする。
 本当なら前足や舌で気持ちよくしてほしいけど、私の前足だけでも寂しさを紛らわすことができるはず…

「んっ、ゃぁっ…」
 前足をもう少し奥の気持ちいい場所に変えると、気持ちよくなった感じの抜けない表情で舐めてくれているフレイの顔がぼやける。
 大きくなったような、格好良くなったような、それえいてフレイの面影もある…

 大丈夫、わたしはフレイのこと、嫌いになんてなったりしてない。

 でも、ひどいことをしてしまったのも事実でフレイは許してくれるかもそうだし私が私自身を許せるかどうかさえ…
 考えるのが辛くなって一番気持ちいい場所を強く撫でるとまた気持ちよさが頭の中を埋め尽くして…
「にゃぁぁっ……!」
 



「ん、寝ちゃったのかな…」
 さっきよりも濡れちゃったタオルを抱き枕にして眠っていた。
 大好きな洗濯物の匂いは私の臭いと混じって懐かしくてどこか切ない感じになっている。
 このタオルで気持ちいいことしたってマスターにバレないように簡単に濡らして洗面台に放り込んでおいた。

「…どうしようかな」
 さっきは後ろめたさでうつむきがちな考えだったしまだ少しぼんやりした頭だけど、やっぱり「ごめんなさい」を伝えることが今できる一番のことだ。その後のことはフレイが決めることだよね…

 ドアを開けると、日も沈みきりそうな廊下にけたたましい音が響いている。
 外の音みたいだけど、バトルコートは反対側だしさっき部屋に入る時にはこんな音はしなかった。
 ってことはただの音じゃないことは確かだけど…

「何が、起こってるの…?」


 -20-


Side ライト

 そろそろ心配になってきた頃にスカーフを持ったガブリアスが2匹をポケモンセンターまで連れて来てくれた。
 名前はファングと言うらしく、バトル慣れした様子と大事に持っているこだわりスカーフから考えて他のトレーナーの元にいた子だろうけど、彼自身はその辺の事情を語ろうとはしないので特に触れない方がいいかな。
 ポケモンセンターで調べてもらうと現在はトレーナー不在だし、ファングも何故か僕のことを気に入ってくれたみたいで手持ちは5匹になった。
 けれどもフレイは意識を取り戻したけど入院中、アクアもこの一件でふさぎ込んでしまった。二匹だけの時間を作るつもりがホクラニ岳の凶暴なポケモンに襲われて交戦する事態になっていたのは僕の考えが甘かった。
 ファング曰く『彼とフレイのコンビで全部やっつけた』と言っていたけど、こうしてみんな生きて帰ってきたんだし、リーダー格だったグソクムシャは行方不明なものの他のポケモンは全員戦闘不能になって倒れているという目撃情報もあったから本当なんだろう。
 ちなみにその野生のポケモン達はエーテル財団で保護と再教育を行うらしいので問題は解決したとみていいだろう。


 ちなみに現在の僕たちはホクラニ岳山頂のポケモンセンターでトレーニングをしながら滞在中。
 相変わらずクールなホロウはともかくファングが新たに加わったことでカインにはいい感じの刺激になったみたいでトレーニングにも熱が入ってるみたい。
「みんな、そろそろ切り上げて休憩しよっか!」

 今の僕たちにできることは次の島めぐりに向けてトレーニングや模擬戦を重ねて行くことだ。フレイとアクアのことも心配だけどあの二匹ならきっと大丈夫、そう信じよう。


「それで、シンオウ地方ってのはどんな感じなんだ?」
「一言で言えば雪の降る寒い地方だな、アローラ人が旅行したら風邪ひいちまうぜ?」
「雪か、こっちじゃラナキラマウンテンでしか見れないから興味あるな…」
「あら、むしろ温暖な地方で一か所だけ雪山って方が現象的には珍しいし、シンオウ人はアローラに来たら熱中症で倒れるんじゃないかしら?」

 カフェスペースで一息ついて休憩中。カイン達の雑談をこうして翻訳アプリで聞けるのは結構面白いけど、ポケモンからの急ぎの意思疎通が難しいのが悩みどころだよね…
 そういえばフレイの拾ってきたZパワーリングに付いてたクリスタルも気になるんだよな…


「早く治療してくれ!早く!」
 息を切らしてカウンターに走り込んで来たトレーナーに、建物の中で流れていた穏やかな空気が緊張を含んだものに変わる。
 中腹にいた凶暴なポケモンの問題は解決したはずなのに…
「分かりました、一体これは…?」
「さっき山頂付近で黒服のトレーナーに理不尽なバトルを仕掛けられて…!胸には虹色で大きな“R”の文字が…!」

「黒服に虹色のR?随分と悪趣味な服だな」
「虹色かどうかは知らないけど、黒服にRってロケット団の制服じゃない?」
「ロケット弾?ロケットランチャーでも使ってくるのか?」
「ロケット団、シンオウでも聞いたことあるぜ。確かピカチュウを捕まえることを目的とした…」
「ああ、剣豪みたいな名前のあいつらか!確か人語を喋るニャースと伝説ポケモンの攻撃すら跳ね返すソーナンスを連れた…」

「ふざけてる場合じゃないわ!ただのコスプレならいいけど、あのトレーナーの様子を見る限り本物かもしれない…」
 ただ事じゃない様子のホロウに全員に危機感が走る。

「あなたの連れているラティオス、重体だから一度HCUに…」

「!」
「ホロウ、まさか…」
「そのまさかよ。珍しいポケモンを狙って執拗に攻撃を仕掛けたり確実に削る戦い方、彼らで違いないわ。この様子だとおそらくこのポケモンセンターにも…」

「ここにさっきのトレーナーが入ったはずだ、何としてもラティオスを捕まえろ!」
「させるかよ!」
 入り口の開いた自動ドアから虹色のRを付けた黒服の男達が入ってこようとした瞬間、入り口手前の地面から巨大な岩が突き出して入り口をふさいだ。
「なんだ!急に岩が出て来たぞ!」
「クソッ、誰かがストーンエッジで妨害しやがった!」

「ファング、まさかお前…」
「俺様が機転を効かせればざっとこんなもんだ!」
 どうやらファングがストーンエッジで入り口を封鎖してくれたらしい。

「厄介だがこの辺のトレーナーは単純な戦力は低いはず、四方から攻めて突破するぞ!」
 外から聞こえる声と岩に攻撃を当てる音が響く。
 ポケモンセンター内部のトレーナーも大半は島めぐり中か観光客でみんなパニックになっている。
「彼らはこんな程度じゃ諦めないみたいだけど?」
「それでも戦力は分散できたんじゃないか?」
「カインの言う通りかもね。ファングのおかげで時間を稼げてるし、四方からの分散した戦力なら僕たちで迎撃できる。崖になっている南側は地の利を活かせるファング、東側は空からになるから撃ち落とせるカイン、北側は数が多いだろうから攪乱能力の高いホロウで行こう」
「俺様に任せときな!」
「ライトは相変わらず明采配だな!」
「私はそれで構わないけど、西側はどうするの?いくらストーンエッジが強力でもいずれは壊されたら入られるわ…」

 南にファング、東にカイン、北にホロウ。西側に行けるのはフレイかアクアのどちらかだけど…
「ストーンエッジで時間を稼いでる間に僕がアクアを連れて戻ってくる、そうすればなんとかなるはずだ」

 南西側の入り口の窓がポケモンの技で壊されたのを合図に3匹は窓から飛び出して行った。それを見た僕も窓に長椅子を立てかけて即席のバリケードを作ると部屋に向かって走った。



「マスター、一体何が起こってるの?」
 客室の廊下に困惑した様子のアクアがいた。
「アクア、ポケモンセンターがロケット団って奴らに襲われてるんだ、戦える?」
「…他のみんなは?」
「…入り口を塞いで他の場所に迎撃に行ってる、正直3匹だけじゃ手薄だけど…」

「…大丈夫、私も、戦うよ」
 少し悲しげな肯定に罪悪感を感じるけど、今は頑張ってもらうしかない。


 入り口を塞いで長い間時間を稼いでくれていたストーンエッジは砕けそうで窓のバリケードもお飾り程度だと気づかれたらマズい。
「窓の長椅子に冷凍ビーム!」
 手水鉢の水を長椅子にかけた所にアクアの冷凍ビームが当たると長椅子と窓を巻き込んで凍結、より強固なバリケードになったのとストーンエッジが砕け散ったのが同時。

「敵は3人、いや4人か… 待て!」
 しまった、1人中に入られた!
 館内には狙ってると思われるラティオスや他のトレーナー、それにフレイだって入院している。なんとしても止めなきゃ…!
「そのトレーナーの相手を頼む!僕は中に入ったやつを何とかする!」
 アクアは僕の方を見て小さくうなずいてくれた。
 それを見て僕も受付に置かれていた松葉杖を掴んで後を追った。


 黒い服の男が奥の病室に向かって走っていくのが見える、十中八九あいつが敵で間違いない。
「やめろーっ!」
 走りながら松葉杖を振り上げて、脳天めがけて振り下ろす。
「何だおま、ああっ!!」
 虹色のRを胸に付けた男にギリギリ気づかれて、脳天を狙った松葉杖は肩に直撃した。
 ダメージは与えられたけど倒せはしない。
「このガキ、ふざけやがって…!」
 襲い掛かってきた男を松葉杖で撃退しようとして横に払うと、壁に杖がぶつかって痛みで落としてしまう。
 痛みを堪えて殴り掛かってきた男の顔に向かってフラッシュを焚き、その隙に松葉杖を拾おうとすると、腹部にタックルを叩き込まれて吹っ飛ばされる。
 松葉杖もスマホもなければポケモンもいない、完全に打つ手なし…

「さっきはよくも痛いことしてくれたなぁ!」
 松葉杖を奪われてゆっくりと振り上げられる視界を目をつぶってシャットアウトした。
 せめて今はこれから襲って来る激痛に耐えて…


 松葉杖の叩きつけられる痛みがいつまで経っても来ない。
 恐る恐る目を開けると松葉杖は誰かに掴まれて振り下ろせなかったらしい。
「この野郎、お前からだ!」
 逆光越しのシルエットに向かって振り下ろされた松葉杖は、片手で軽くキャッチされてそのままへし折られる。
 シルエットに輝く腰回りの炎のような光が煌めき、男を一撃で殴り飛ばした。

「助かった、のかな…?」
 起き上がろうとすると僕の目の前に手が差し出される。
 その手を掴んで起き上がると、逆光越しのシルエットじゃなくその逞しい身体が視界に入ってくる。

「やっぱり優しいマスターに荒事はさせられないな」
 スマホもどこかに落ちて翻訳アプリなんて使っていない。けれども確かにその声は人間の言葉を発している。


「俺も戦う、大事な仲間を助けに行かなくちゃな!」




 to be continued…


 
 中書き
 
 ついに活動も4年目突入、この作品だってそろそろ5万字なのにまだ終わりが見えないって大丈夫か?(自問自答)
 一応完結させる意欲はあるので気長に待ってて…

 次回、反撃を開始するべく彼が立ち上がる――! 


 

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 初めまして。前作と合わせて読ませていただきました!
    アローラの島巡りを背景に、心の傷を抱えたフレイとアクアが惹かれあい、互いのトラウマを乗り越えていく姿、魅力的でした。印象的な心理描写、戦闘シーン、濡れ場にそれぞれのポケモンへの愛情をひしひしと感じさせます。トレーナーたるマスターに、カインにホロウといった2匹の脇を固めるキャラも個性的で、和気藹々としたパーティの旅はとても楽しそうです。
    ホクラニ岳に潜む強敵に、アクアの思いがけない無知、物語のキーが少しずつ出てきて、この先どう転んでいくか、続きも楽しみにしています! -- 群々
  • >>群々さん
    前作からお読みいただきありがとうございます。
    好きなポケモンをメインに登場させているので、自分でも自覚する程度には愛情がかなり濃いめになってますね。舞台がのどかなアローラ地方ということもあり、和気藹々としたパーティを意識して書いてます。メインになるポケモン達には仲良くいてほしいので、多分他の地方を舞台にした作品を書いても、同じように和気藹々としたパーティになりそうです(笑)
    物語の大体の方向性は決まっているので、現在は細部の描写を推敲中です。
    感想ありがとうございました。続きは気長にお待ちください。 -- 慧斗
  • 10章まで読みました。
    ニャヒートは進化しないという勘違いとか、絶妙に会話が噛み合わないままケンカに発展してしまうとか、妙にありそう。そのまま逃げ出した先でめちゃくちゃな目に遭いますが、アクアさんとても不幸体質ですねえ。彼氏に拳で気絶させられるし。事件解決後にフレイくんどーやって機嫌を取り持つのでしょう。これはあまあま仲直りックスが期待されますね……。
    進化シーンがアツい! コマタナたちを蹴散らし、かわらずのいしのアクセサリーを引きちぎって進化! ……なんて思い通りにはいかず、主人公を絶望の淵に立たせてから、トレーナーがアメを持たせていたのだ、とひとつ遠回しにするのがニクい表現でしたねえ。進化したら彼女に嫌われるんじゃないかって伏線もよく利いていました。やはり進化シーンはポケモンならではで燃えるものがあります。しかしゲーム基準となるとキリキザンは最低でもLv.52……タイプ有利とはいえ果たしてガオガエンは太刀打ちできるのでしょうか。気になります! -- 水のミドリ
  • >>水のミドリさん
    コメントありがとうございます。
    実際にあるような勘違いや喧嘩をイメージして書いたので、上手く書けていたみたいで良かったです。ストーリーの都合上仕方ないことかもしれませんが、確かにアクアはかなりの不幸体質ですね… 
    そしてアクアとの関係をどうやって直していくのかはフレイ次第になりそうですね。(やっぱり甘々になるのかな?)
    進化シーンは定番の変わらずの石を外して進化でも十分格好いいんですが、出来るだけ格好良く書きたかったので、不思議なアメでもう一段階ステップを踏んでもらうことにしました。(試行錯誤し続けた甲斐がありました)
    フレイの戦いはまだまだ続くのでこれからの展開にご期待ください。 -- 慧斗
お名前:

トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2023-08-13 (日) 23:48:57
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.