作者:COM
木漏れ日の暖かな日差しを受け、穏やかな表情で眠る少年の前に、青と白の体色を持つポケモンが二匹。
貴方はその少年を見送るようにして、近くの水路へともう一匹のポケモンに導かれるようにして潜って行った。
水の中に潜るまでは不自由だった身体は、水の中では飛ぶように、それでいて宙に舞う羽のように自在に動き回ることができる。
そのままレンガ造りの地下水路を滑るように泳ぐポケモンに連れられて、貴方も同じように泳いでゆく。
複雑な迷路のような水路を右へ左へ。
細い水路は橋を地下通路をそして家々の間の川を、陽と陰を繋いで流れている。
そうして水路は次第に幅を広くしてゆき、ゴンドラの行き交う賑やかな運河へと辿り着いた。
アルトマーレ。観光地として名高い潟の上に築かれた都市。
風光明媚な景色と複雑な水路、そして水路を中心に築かれた独特の文化を持つ、別名『水の都』
水棲ポケモンと人間の距離が最も近い。そう呼んでも過言では無い。
ゴンドラを何隻か追い越し、テッポウオやトサキントの群れとすれ違い、人々が行き交う大きな駅の前に着くと運河から陸地へと勢いよく飛び出した。
「もう泳ぎは完璧だね! ベルはもう立派なアシレーヌだよ! 絶対ベルも喜んでる!」
「あ、ありがとう……」
鈴を転がしたような声で貴方をベルと呼んだそのポケモンは、体格に多少の差はあれど同じポケモンだ。
貴方はあまり褒められ慣れていないため、真っ直ぐに向けられる笑顔があまりに眩しく、思わず視線を逸らしてしまう。
だが貴方のヒレを取るとブンブンと嬉しそうに振るため、思わずこちらも笑顔になってしまう。
「もう少ししたら沖の方まで泳ぎに行ってみる? アルトマーレの中とは景色が全然違うよ!」
「ま、まだ……不安だから……」
「大丈夫だって! でもどうしても不安だって言うならストラトスさんにもついてきてもらえば大丈夫でしょ?」
「そこまでは……ストラトスさんにもジュリエッタさんにも迷惑は掛けられないし……」
「もう! また"さん"付け! 呼び捨てでいいって言ってるでしょ!」
尻込みする貴方を見て、ジュリエッタは少しだけ口をへの字にして怒ってみせたが、それはあくまで冗談であると言うようにすぐにまた笑顔に戻った。
ジュリエッタの言葉にまた貴方は申し訳なさそうにしたが、謝る事にもう一度口を尖らせてみせる。
「ま、沖はまた今度にするとして、今日も歌の練習する?」
「う、うん……!」
貴方とジュリエッタ、二人でこの広場まで泳ぎに来た時は、そのまま広場で歌を歌うのが慣例になっていた。
何度か喉を慣らすために発声練習をした後、二匹で横に並び、美しい歌声を披露する。
まるで楽器のように透き通り、響き渡るデュエットは駅前を行き交う人々の視線を奪うほど美しい。
ものの数分としないうちに二匹の周りは観衆で埋め尽くされ、そして三曲歌い終えてから二匹揃って片ヒレを上げて頭を深く下げると、今度は割れんばかりの拍手が二匹を包み込んだ。
「Brave!! Brave!!」
二匹は盛大な拍手と共にきのみやお菓子などを差し出され、集まっていた観衆は次第に元の行き交う人々へと戻ってゆく。
沢山の食べ物を前にしてジュリエッタは今一度笑ってみせる。
「この様子だと歌の方ももう十分みたい! 今度からはストラトスさんの言っていた事、試してみよう!」
「そ、そうだね……!」
貴方にとって、この瞬間はとても心地が良かった。
引っ込み思案な所があり、注目されるのはとても苦手だったが、歌っている間はその視線も苦ではない。
歌というものが昔から好きだったからか、歌で注目されるのは不思議と心が落ち着く。
だが、それ以上に歌っているジュリエッタの姿は、ステンドグラスの一枚絵のように美しく、いつまでも見ていたいと思えるからだ。
抱えきれないきのみや食べ物を他のポケモン達に分け与え、持てる分を持って来た水路を泳いで帰る。
そうして木漏れ日の下で眠る少年の元へと戻ってきた。
「ただいまー! 今日も大盛況!」
水路から飛び出し、散らばるきのみと共にジュリエッタが満面の笑みと共にそう告げる。
しかし少年はまだ眠っているのか反応はなく、代わりに少年の後ろから出てきた白いポケモンがジュリエッタの前へゆっくりと歩み出た。
「遅いですよ。元々の予定時間より三十分も遅れています。ぼっちゃんの方は気分は優れていますか? 何処か変わったところは?」
「もーう! 折角のサーナイトがそんなしかめっ面してちゃ勿体無いよ!」
「誰のせいだと……! ハァ……もういいです」
仏頂面のサーナイトにジュリエッタはあっけらかんと答えていたが、普段からこの様子なのかサーナイトはすぐに首を横に振って溜息を吐いていた。
「ご、ごめんね……イオタ。特に問題ないよ。心配掛けてごめんね」
貴方がサーナイトにそう声を掛けると、仏頂面が崩れて少しだけ口角が緩んだ。
「ご無事なら何よりです。いいリフレッシュになりましたか?」
「うん。泳ぎにも慣れたし、歌も随分と上達したよ」
イオタの問いに貴方は今日の出来事を話してみせた。
殆ど意識せずに自由に泳ぎ、旋回できるようになったこと。ハーモニーを奏でられるようになったこと。
その色々を聞く内にイオタの表情は随分と和らいでいた。
「その調子なら、暫くもしないうちに解決しそうだな」
貴方がイオタに話し続けていると、また別のポケモンがその場に姿を現した。
青と白。貴方やジュリエッタと体色こそ似ているが、姿形は全く違うそのポケモンは、宙を重力を感じさせずに三匹と一人の傍へゆっくりと飛んでくる。
その姿は伝説のポケモン、ラティオスだ。
「ストラトスさん! 前に言ってた通り、私とベルならもう行けると思うよ!」
「それなら良かった。すまない。イオタ、少年」
「ストラトスさんの謝る事ではありません。本来はオーレリアさんが謝るべき事なのですから」
「ちょ、ちょっとイオタ……! そんな言い方しなくたって……!」
「妹の失態は私の失態でもある。それに……妹もまだ遊びたい盛りだ。許してやって欲しい」
深々と頭を下げるストラトスに対し、貴方は両ヒレを体の前でブンブンと振り、ストラトスに顔を上げてもらうように促した。
「だ、大丈夫ですよ! オーレリアさんだって悪気があってやったわけではないですし、それに結果としてこうして貴重な体験もさせてもらっているんですから!」
「そうでした。ストラトスさん。申し訳ないのですが時間があまりないので、また今度改めて話しましょう。一先ずぼっちゃんを元に」
「承知した。また後日、妹も交えてしっかりと話そう」
イオタがそう切り出すと、話を一度中断し、貴方は目の前のストラトスとイオタに集中し、瞼を閉じた。
ストラトスはイオタと共にサイキックパワーを集中させ、増幅させてゆく。
周囲の生物に情報を共有するラティオスの夢写しと精神を同調させるサーナイトのシンクロ。
この二つの力と二匹のサイキックパワーを上手く作用させ、特殊な空間を生み出す。
『もう目を開けても大丈夫だ』
今一度貴方が目を開くと、目の前には先程まで自分であったアシレーヌがおり、そして視界には人間の手が写っていた。
否、これこそが貴方の普段見ている光景だ。
『今度はまた一週間後にしよう』
「分かりました。それじゃあジュリエッタさん、ベルリネッタさん。二人共今日もありがとう」
「キューアァー!」
「キュルルー!」
そう貴方が二匹に声を掛けると、二匹のアシレーヌは笑顔で鳴き声を一つ返した。
貴方はそうして三匹と別れを告げ、イオタに自らの座る車椅子を押してもらいながら帰路に着く。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アルトマーレの迷路のような住宅街を心地良い潮風が吹き抜けてゆく。
観光地として名高いこの地は夏頃になると駅を中心に一通りが増え始めるが、普段はとても長閑な場所だ。
この地に両親と共に引っ越してきて数ヶ月。
最初は不便も多かったが、住めば都。車椅子の移動も貴方と常に行動を共にするイオタのおかげで気にすることは殆どない。
とはいえ脚の不自由な者が移り住むにはあまり適さないようにも思える場所だったが、目的は観光でもなければわざわざ不便を楽しむような酔狂でもない。
「今必要なのは心身の安らぎでしょう。もし宜しければ知り合いの医者がアルトマーレに居ますので、そちらに紹介しましょう」
生まれつき脚の筋肉が付きにくい難病を患っていたため、物心が付いた頃から毎日リハビリと入退院を繰り返していた。
当然そんな生活を続けていれば同い年の友人はあまり出来ず、同時にポケモンと触れ合う機会もめっきりと減る。
自らポケモンを捕まえた経験はなく、貴方に常に連れ添っているイオタは元は父がポケモントレーナーだった時のパートナーだったため、教えるまでもなく常に手となり足となり親身になってくれた。
毎日の辛いリハビリもイオタのおかげで笑う事が出来たが、歳を重ねる毎に良くも悪くも視界は開けてくる。
貴方と同い年の子供達は自らの足でポケモンを探し、仲間にしたポケモンと共に旅に出始める頃。
だが肝心の貴方はというと、歩行器があれば辛うじて歩けはするが未だ長時間歩行することすらままならない。
焦らずとも成長期の身体は次第に筋肉が付き、いずれは普通に歩く事もできるようになる。
頭では理解していても一人だけ同じ場所に取り残されている間に周りの子供達は遥か遠くへ行ってしまうような疎外感が、心を不安定にさせる。
そんなある日、主治医に言われたのが先の言葉だった。
住み慣れたミアレの土地を離れるのは少々心細さを覚えたが、それもすぐに掻き消えた。
右にも左にも野生のポケモンが多種多様に存在し、湛える水と同じように穏やかな時間の流れる土地は、それまでの生活スタイルとは大きく変わった。
色んな物を見て回るために時間を使う事が多くなり、自然と焦りはそれまで満たされなかった好奇心が埋めてくれた。
水の中を悠々と泳ぐ二匹のアシレーヌに見惚れ、水路のそばに近寄った時に貴方は、オーレリアと出会ったのだ。
最初の出会いはとても素敵なものとはお世辞にも言えない。
急に貴方の車椅子が宙に浮かび上がり、何が起きたのか分からずパニックになっているうちに車椅子から滑り落ち、水の中へと投げ出された。
まだ泳ぎは覚えていなかったため、ただただもがき苦しむしかできなかったが、すぐさま車椅子を持ち上げた何かがそれを放り投げ、代わりに自分の体を持ち上げたのだ。
初めはイオタがサイコキネシスで持ち上げてくれたのかと思ったが、それにしては両腕の付け根だけに力が加わっていたため、別の何かであることがすぐに分かった。
『ごめんなさい! 見た事のなかった物だったからつい気になって……』
姿を現したその赤いポケモン、オーレリアはテレパシーを使って貴方にそう語りかけてきた。
オーレリアはラティアスという珍しいポケモンで、兄のストラトスと共にこのアルトマーレに守り神として留まっているのだと語った。
とはいえオーレリアも貴方同様にまだ好奇心旺盛な時期。
一所にじっとしているのは性に合わず、姿を消したり、人の姿に化けたりしてよく街を散策していたそうだ。
その折に車椅子という見かけた事のない物に目を奪われ、それがどういうものなのかを理解していないオーレリアは興味の向くまま持ち上げたのだ。
脚の動かない人間が使う物と知らず、それが原因で貴方が水に落ちた後溺れている事に気付いて慌て、救い出す時に投げ出してしまったせいで車椅子の車軸が歪んでしまった。
少々驚きはしたがすぐさまアシレーヌ達が水よりも上に顔が出るように持ち上げてくれたため命に別状もなく、ひたすらに謝るオーレリアの姿を見ているとこちらの方が申し訳なくなって許したのだが、それを許さなかったのはイオタの方だった。
貴方が過去に家出をしようとした時と同じぐらいイオタは激しく怒り、オーレリアを詰めていたが、過ぎた事を責めても現状が変わるわけではないと宥めるのが精一杯だった。
とはいえ車椅子を壊した事はこれまでなかったが、かと言ってそれが安い物ではないこともよく知っている。
それにオーレリアはあまり色々な人に存在を知られるのはまずいと聞いていたため、何故両親に車椅子が壊れたのかを説明する体のいい言い訳を考えていたのだが、そこでオーレリアが提案してきたのだ。
正確にはオーレリアにジュリエッタとベルリネッタが提案してきた、と言うべきだが、二匹がオーレリアに何かを伝えるとションボリとしていたオーレリアの表情がパァと晴れていったのがよく分かった。
『ベルとジュリーがね、原因は私達にもあるから、もしよかったら私達が駅前で歌って、車椅子のお金を稼ぎたいって』
「さ、流石にそんな事はお願いできないよ……」
『でもイオタさんはそうしろって怒ってるし、お兄ちゃんに聞けば他にいい方法があるかもしれないから、とりあえず一度相談させて!』
そうして半ばイオタとオーレリアに強引に連れて行かれる形で、貴方は秘密の庭園へと招かれた。
不思議な空間に招かれ、周囲の美しい景色に見惚れている内に、貴方の周囲でイオタとジュリエッタ、ベルリネッタ、ストラトス、オーレリアの五匹は何かを相談し始めた。
ポケモン達の言葉で喋られると一体何を話しているのか分からないが、何かを話す度にイオタは百面相のように表情を変え続ける。
最終的にイオタが溜息を吐くと、話が纏まったのかストラトスが体を淡く発光させてテレパシーを使い始める。
『すまない。もし君がよければだが、私とイオタのサイキックパワーを合わせれば、一時的にベルリネッタの体に君の精神を移す事が出来る。そうすればその間は君の不自由な体から一時的に解放され、ポケモンの体ではあるが泳いだりすることもできるだろう。どうだ?』
思ってもみなかった申し出に貴方は少々話が飲み込めなかったが、少しづつストラトス達の提案に興味が出た。
泳ぐという行為そのものにも確かに興味はあったが、それ以上にポケモンの姿を一時的に使わせてもらえるというのは決してできない体験だったからだ。
その提案を受けてからというもの、毎日が新鮮で仕方がなかった。
初めて車椅子を壊してしまい、怒られた事など一瞬で忘れてしまえるほどに、世界が彩られた気がした。
足の代わりの大きなヒレを動かす事にもすぐに慣れ、日の光を浴びながら水路を、運河を、船と共に泳ぎ、ジュリエッタや他のポケモン達と競い合うように泳ぐのが、楽しくて楽しくて仕方がなかった。
「えっ? 貴方が歌いたいの?」
ベルリネッタの身体を借りていない時は貴方とイオタ、ベルリネッタ、ジュリエッタ、時々人の姿を借りたオーレリアがやって来ては駅前で約束の通りに歌を披露して車椅子の代金を稼ぐのだが、そんな光景をただ横で見ているだけなのは貴方には耐えられなかった。
弁償の為の歌での小銭稼ぎだったのだが、ベルリネッタの身体を借りている間ならなんでも出来る気がしていたからか、どんな事でも体験してみたくて仕方がなかったのだ。
初めは慣れない身体の声を合わせ、歌にすることも苦戦したし、人前で歌うという行為にもとても緊張した。
駅前を行き交う人々も、最初こそ足を止めてくれる人は少なかったが、夏を目前にしていたこともあり次第に観光客が増えてゆく。
浴びる視線と喝采に胸を高鳴らせ、ジュリエッタと笑顔を交わす事が、とてもとても楽しくて、とうの昔に車椅子の修理代が稼ぎきれていることも忘れる程に、ただその時が楽しくて、愛おしくて……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夏休み。
退屈な学校から暫くの間解放され、街も観光局に催し物に、とより一層の賑わいを見せ始める頃、貴方が秘密の庭園へ訪れる理由は最初の頃とは随分と変わっていた。
オーレリア達との約束を守るために向かっていた時と違い、今はベルリネッタとして水の中を泳ぐために、ベルリネッタとしてジュリエッタと共に歌うために、秘密の庭園へ足を運んでいたのだ。
会える時間が、ベルリネッタでいられる時間が長くなった事は間違いなく貴方の精神にいい効果をもたらしてくれていたが、偶然性の強い方法で行っているからか、イオタとストラトスは心配事の方が増えていたようだ。
そんな二人を後目に貴方とジュリエッタ、オーレリアは毎日冒険を繰り返していた。
外洋まで泳ぎに行ったり、歌う場所を変えてみたり、毎日ジュリエッタに引かれるようにして色んなことをした。
その変化はベルリネッタとしてだけではなく、貴方自身にも大きな影響を与えていた。
苦しかっただけのリハビリも、いつか自分の足で世界中を見て回りたいと思えば自然と頑張れ、ジュリエッタのように明るく、誰とでも話せるように病院でも自分から声をかけるように努力をするようになった。
「Brave!! Di molto brave!!」
何処で歌っても喝采を浴びるようになり、最早アルトマーレの一つの名物となりつつあった頃。
「今日も良かったよ! ベル!」
「えっ!? う、うん! ありがとう……!」
いつもと同じようにジュリエッタが貴方に笑顔で駆け寄ってくる。
しかしその表情を見ると、急に取られたヒレの感触を覚えると心臓がバネブーのように跳ねてしまう。
弾けるようなジュリエッタの笑顔が直視出来ずに思わず顔を伏せてしまう。
結局そのまま会話をはぐらかすようにして移動し、人間に化けたオーレリアと共に人間が食べていた物を買って食べ、話題をそちらの方へ変えたことで難を逃れた。
「……ぼっちゃん。いつまでそうやって眺めているつもりですか」
「えっ!? な、なんの事?」
「仮にもぼっちゃんが生まれた時から傍にいるんです。テレパシーなど使うまでもなくぼっちゃんの心境の変化など分かりますよ」
ジュリエッタとオーレリアがじゃれあって少し離れた時、不意にイオタが貴方にそう話しかけてきた。
思わずまた心臓が飛び跳ねるが、既に確信を突かれているイオタの口振りに観念するしかなかった。
ベルリネッタとして……否、一匹のアシレーヌとしてジュリエッタと行動を共にする内に、貴方の中にはとても親しい感情が生まれていた。
他人との交流が乏しかった貴方の人生の中で、稀有にもアシレーヌとして行動をしている今が、最も他人との交流があり、心が動かされていた。
家族以外との会話が無かったからこそ、ジュリエッタと共にいる時間を少しでも長くしたいと思い、そしてもっとジュリエッタと親しくなりたいと考えるようになっていたのはある意味では自然なことだろう。
「……できないよ。ベルリネッタとジュリエッタは僕なんかと違ってずっと昔から友達なんだ……。それにベルリネッタとジュリエッタは女の子同士、僕は……多分、ジュリエッタの事が好きなんだと思うから……」
「ぼっちゃんの覚悟はその程度なのですか?」
イオタのその一言に貴方の心は揺れた。
今すぐにでも違うと否定したい衝動と、その結果自分のせいで二人の仲が裂かれてしまうかもしれないという恐怖心が心の中をかき混ぜる。
「世話係、というより人生の先輩として一つだけ助言をさせていただくなら、物事には"時期"というものがあります。事を始める時期、事を成す時期、行動に起こす時期……。種類は様々あれど、その瞬間は早すぎても遅すぎても駄目です。早すぎれば自分の高すぎる熱量に相手が付いてこれず、遅すぎれば燃え尽きた熱量に再び火を灯すのは難しくなります」
「でも……」
「ベルリネッタとジュリエッタの関係は今後も続くでしょう。そんな生半可な覚悟で二人だけで異国の地へ赴く事はあり得ません。ですが……ぼっちゃんにとっては今、この瞬間しかないのです。明日にでもストラトスさんがこの関係を終わらせるかもしれない。二人がまたどこか別の地へ旅立つかもしれない。自分のせいで、と卑下して、自分が傷付けたり傷付く事を恐れている限りぼっちゃんが変わる機会は訪れませんよ」
イオタの言葉は貴方の胸に深く突き刺さった。
言葉や行動に起こさない理由は、意識しないようにしていたそのもしもが恐ろしかったからだ。
だがイオタの言うように、明日も同じ日々が続くとは限らない。
当初のこの秘密の関係が生まれた理由は既に解決している。
ベルリネッタとジュリエッタがいつまでこの地に住んでいるかなど本人達しか知らない。
「ベルリネッタさんと……相談してみたい」
暫く考え込んだ後、貴方はぽつりとそう零した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジュリエッタとオーレリアの二人に遊びに行ってもらい、その間にストラトスとイオタ、二人の力を合わせて元の二人のまま貴方とベルリネッタは初めて言葉を躱す。
「一応会話するのは初めまして? ベルだよ~」
「ど、どうも……」
ジュリエッタと同じく、ベルリネッタも底抜けに明るく、笑顔がよく似合う。
そして自分がベルリネッタとして行動を共にしていたジュリエッタと、その表情はよく似ている。
「もしかして、一目惚れしちゃった?」
「ち、違っ……います!!」
貴方の事をからかい、カラカラと笑う姿もそっくりだ。
「じゃあ唐突だけど本題。きみが好きなのってジュリエッタなの? それとも私達、アシレーヌなの?」
「えっ?」
「だって私にとってジュリーは幼馴染で、同じ種族だけど、きみは人間で、きみからすればジュリーはいくら姿は私の姿を借りていたとしても別の種族でしょ? 今のきみの状態でアシレーヌというポケモンの事が好きになったの? それともジュリーじゃなきゃ駄目だって言い切れるの?」
貴方に対して投げかけられた質問はとても純粋な気持ちから発せられているのはよく分かる。
よく分かるからこそ、その問いの答えこそが貴方の感情の本質なのだと気付かされた。
貴方の中では自分の感情とベルリネッタの思いが一緒なら告白しよう、という程度の考えだったのだと思い知り、頭をデカヌチャンにでも殴られたような衝撃を覚えた。
沈黙はとても長かったはずだが、決して誰も口を挟まなかった。
貴方としてなのか、それともベルリネッタとしてだったのか……はたまた人間とアシレーヌとしてだったのか。
考えに考え抜いた末、小さく息を吐いてから声を発した。
「ぼ……僕は……。ジュリエッタが好きなんだと思う……。いや、ジュリエッタの事を好きだ。この先もずっと一緒にいたい。足が動くようになっても、おじいさんになっても、常に傍にいてほしい」
ここまではっきりと、自分の感情を口にしたのは初めての経験だった。
存在しているだけで周囲の人達に負担を掛けている気がして、やりたい事はあまり口にする事は無かった。
それでも言葉にしたのは、貴方にとって言葉にしなければならないと思えるほど、心に決まった事だったからだ。
「だってさ。ジュリー」
「えっ?」
ベルリネッタがそう自らの後ろの方へ顔を向けて言い放つと、木の後ろから遊びに行っていたはずのオーレリアとジュリエッタが姿を現した。
「ジュ、ジュリエッタさん!? まさか……き、聞いてたの!?」
まさか独白を聞かれているとは思いもよらず、貴方は自分の顔が耳の先まで真っ赤になっているのが分かるほど顔が熱くなっていた。
思わず顔を伏せてどう言い繕うか思考を巡らせるが、混乱した状態の頭では到底考えなど思い付くわけもない。
「ごめんね~。こうでもしないと本音が聞けない気がしたからね。でもこんな盗み聞きみたいな形じゃなくて堂々と言ってほしいな」
「で、でも……僕は人間だし……」
「ならアシレーヌ同士なら言える?」
「そ、そういうのじゃなくて……」
言うが早いか、まごつく貴方を後目にジュリエッタはすぐにストラトスとイオタに頼み、貴方の精神はベルリネッタへと移された。
じりじりと退路を断たれてゆく感覚はまるで蟻地獄のようだが、意を決するにはありがたい後押しでもあった。
「ベルは私の事、好き?」
精神を移し替えられても緊張は解けない。
貴方の緊張に呼応するように今一度、心臓の音が高まってゆく。
「……です」
「もう一回」
「僕は……!! ジュリエッタの事が、好きです!!」
思いをはっきりと口にすると、ジュリエッタは満面の笑みを見せた。
「私もベルの事大好きよ。でももう一つだけ質問。これはベルとしてじゃなくて貴方として答えて」
そう聞かれて貴方は静かに頷く。
「私はベルリネッタの事も貴方の事も好き。貴方は?」
「好きです」
「ちなみに私は男の子だよ」
「えっ?」
「ベルリネッタも男の子」
「えっ!?」
想定外の言葉に思わず貴方はジュリエッタの身体を見てから、自分の、正確にはベルリネッタの身体を見る。
するとジュリエッタはクスクスといたずらを仕掛けてきた時と同じように笑った。
「やっぱり気付いてなかったのね。まあアシレーヌってみんな声が高いから他の種族からすると分かりにくいかもね」
貴方の反応は想定内だったらしく、まるでそのいたずらが上手くいったかのように嬉しそうだった。
「でもね、ほら……私の言葉は本当。ベルも貴方も大好き。だから本心が聞けてとても嬉しかった」
そう言ってジュリエッタは貴方の身体を抱き寄せ、顔をそっと胸に寄せると、とても緊張などしているようには見えなかったが、確かにジュリエッタの心音もとても早くなっていた。
「分かった? だからもう一度聞かせて。ベルじゃなくて、貴方はそれでも私の事、好き?」
ジュリエッタはそっと貴方の顔を持ち上げ、少しだけ紅潮した顔を覗かせた。
貴方は一つ大きく息を吸い込み、そして静かに吐き出してから頷き、ゆっくりと口にした。
「好きです。僕はジュリエッタさんの事が、大好きです」
はっきりと言葉にして伝えた。
ジュリエッタは貴方の言葉を受け取ると微笑むようにして笑い、そっと唇を重ねてくれた。
ストラトスが静かに拍手を送り、イオタはやれやれと深いため息を吐き、そしてオーレリアは顔を真っ赤にして目を逸らし……眠っているはずの貴方の身体が、そっと拍手を送っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二匹のアシレーヌが秘密の庭園へと繋がる水路を泳いでゆき、町の方へと向かう。
その場には木漏れ日に射され静かに眠る少年と、少年の傍に立つ一匹のサーナイトの姿とラティオスの姿。
「もう行った?」
『ええ、もう行きましたよ……』
サーナイトが体を淡く発光させてサイコパワーを用いると、ラティオスがその力を増幅させ、少年の心へと届ける。
アシレーヌ達が何処かへ行ったのが分かると、少年はむくりと起き上がり、車椅子の背に入れてあるノートをサーナイトに取ってもらい、ペンで何かを書き入れてゆく。
初めのころは
「えーっと……昨日は何処まで書いたっけ?」
『知りませんよ。というかあまりぼっちゃんの体を勝手に激しく動かさないでください』
「そうだそうだ! 『弾けるようなジュリエッタの笑顔が直視出来ずに思わず顔を伏せてしまう』なんてどうかな?」
『だから俺に話し掛けないでください。それよりも本当にぼっちゃんのあの内向的な性格を直す計画は進めているんでしょうね?』
「そりゃあ勿論! トドメはジュリーに告白させれば一撃よ!」
『告白させる……ってぼっちゃんにですか? 貴方達は雄でしょう? 騙すつもりですか?』
「全然? というか雄同士じゃ告白しちゃいけないの?」
『元々住んでいた地方では聞いた事も無いですよ』
「貴方達の住んでた地方ってお堅いのね。こっちじゃ全然アリよ?」
『ハァ……。てっきり貴方達がおおらかすぎるのかと思っていたのですが、アルトマーレ自体が自由なのですね』
「恋愛に性別も種族も関係なし! ……まあ、科学者連中と政府とでちょくちょく揉めてるみたいだけどね」
イオタと少年の身体、正確にはベルリネッタの精神がそんな会話を繰り広げていた。
初めてイオタと少年がストラトスの元を訪れた時、ベルリネッタはこんな提案をしていた。
「じゃああの子はあんまり他の子達と遊んでないの?」
「そうですね。切欠さえあればぼっちゃんの引っ込み思案な所も直るでしょうし、そうすれば自然と友達と遊ぶためにリハビリも頑張れると思うのですが……」
「じゃあさ、ストラトスさんの『夢写し』だったっけ? あれって他に応用が利いたりするの?」
「まあ利かない事も無いが、他にサイコパワーを使えるポケモンがいないと難しいな」
「じゃあさ、私の身体とあの子の身体を入れ替えるって事は?」
少年がベルリネッタの身体を借りている間、ベルリネッタの精神は眠っているものだとばかり思われていたが、実際は少年とベルリネッタの精神を入れ替える事で対応していたのだ。
そのため少年の身体を借りたベルリネッタはイオタから借りたノートとペンを使い、作戦を書き記していた。
『で、何故告白なのですか? 別に他の方法だってあるでしょうに……』
「私とジュリーの関係って、今更口にするほどでもないけど、お互い薄々感じ取ってはいるのよ。それに人間は私達アシレーヌに『Primarina』って名付けたみたいだけど、こっちの地方の意味でざっくり『海の歌姫』って意味になるのよね~。自分の殻を破るにはもってこいの相手だと思わない?」
そう言うと少年は悪ガキのようにニシシと笑って見せたが、対してイオタの方は今一度深いため息を吐いた。
「こう……かな? うん! 我ながらいい出来!」
『どんな作戦ですか? ……って、これただの小説じゃないですか?』
「そう! 実録小説! タイトルは……そうだなぁ……」
I Sirenetti Dei Pesci(うお座の人魚姫々)にしよう
どうもけもにゃんもといCOMです。
今回の作品はプロットスワップという企画に参加して書いたものとなります。
大変申し訳ないことに、大会の投稿予定期間から大分遅れてからの投稿となりました。
あまり自分の書いたことのない作風や、プロットから構成を考えていく慣れない作業に加わり、よりにもよってリアルが死ぬほど忙しくなってしまったせいでこんな時期に投稿することとなりました…。
今年は創作面で色々と頑張っていきたいと考えているので、クリエイティブな一年にできるよう頑張っていきますわ!
それではまた別の作品で。
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