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DELI HELL BIRD IV

/DELI HELL BIRD IV

※『藍の円盤』追加ポケモンに関するネタバレあり

「いやはや、どうもこんばんは」
 ぷふう、と気の抜けたゲップをしながらデリバードは窓から部屋に入ってくる。やれやれ、こんなことをしてると不審鳥(ふしんしゃ)扱いされてしまいますが、仕方ないですな、サンタというのは正面切って表から入ってきてはいけないのですから、と聞いてもいないことを喋った。全身の羽毛は既に汗で脂ぎって、テカテカとしている。羽毛の先端の辺りは褐色に汚れていて、まるで野生のグラエナの毛並みを思わせた。
 デリバードはさも当然のようにソファに腰掛けると、またゲップをした。以前会った時よりも、たるんだお腹の段数が二つか三つ増えているように見えた。
「まずは、今年もお互いにお疲れ様でしたな。光陰矢の如しとは言いますが、やはり1年が過ぎるのは早いものです。今年なんかは特にそうでしたな
。仕事はいつも忙しいのですが、何と言っても秋からのインボイス制度です。これに対応するために私といたしましても年初からてんやわんやだったのですよ。経理のことについては私とて全くの不勉強なものでして。専門書に片っ端から目を通したり、受けたくもない講習に出向いたりだの何だの、全くもう……」
 愚痴を溢しながら、文字通り脂肪の塊のような体をゆっくりと背もたれに預け、深いため息を吐く。コーヒーとタバコと日本酒を香りを混ぜ合わせて、時間をかけて発酵させたような刺激臭がリビングに広がった。
「いやはや、あなたの部屋もすっかり馴染みになってしまいましたな。今や、私にとってはもう一つの自宅のような安心感さえ感じるようになってきましたよ」
 デリバードはしばらく目を瞑り、いままさに仕事中だということを忘れて呆けたようにいびきをかいた。よく見ると、その目は半分ほど開いていた。
「おっと、いけません」
 居心地がいいから、ついうたた寝などしてしまいそうになります。ぱっちりと目蓋を開いたデリバードはよっこらせ、と言いながらあるかないかわからない腹筋を収縮させて、卓上に差し出されたマグカップを翼に取って、グイ、と一飲みした。(くち)の端から垂れたヨダレ混じりのコーヒーが、ヒゲのように伸びた羽毛を伝って、へちゃむくれた腹へ雫となって落ちた。ぼとり、という音が聞こえそうだった。
「積もる話はそれこそたくさんありますが、ひとまず今年を振り返って見ますと、やはり例の感染症がひと段落したのは大きかったですな。あなたもどこか行かれましたか?……ふむ、ふむ!……なるほど……それは良かった。この年になってつくづく思いますが、旅というのはやはりいいものですよ。それにしても観光地はどこも数年前のヒステリーなぞもう忘れ去ってしまったかのような混雑ぶりです。それ自体は言うまでもなく歓迎すべきこととは思いますが、ひところ盛んに叫ばれていた人間と自然の関係を再考せよ、という論調はどこへやらです」
 翼で汗だくの顔を仰ぎながらデリバードは話し続けた。
「我々の業界は今年も大忙しでした、理由はもちろんお分かりでしょう?……ええ、ええ。あなたなら私が嘴を動かさずとも全部すっかりわかってくれると思っていますから」
 デリバードは腕を組むと全身をゆさゆさと上下に揺らした。頷いている、ということらしかった。それから懐より皮革調の手帳を取り出すと、老眼鏡をつけて(いやはや、目には自信があったんですが、とうとう老眼になってしまいました、ぷふう)いかにも憂鬱そうに目を細めながらページをめくり始めた。
「今年だけで既にニャオハ系統の注文は4桁に迫る勢いです。この種族の厄介な特徴というのは、ニャオハ、ニャローテ、マスカーニャ、いずれのポケモンにも熱心な御仁が着いている、という点です。その分だけ連中が要求してくるものも多くてまったく、閉口ですよ! おまけに、そうした欲望のどれ一つとしてありきたりかつキッチュな男性性的支配欲の範疇を超えないものはないのです。つまるところ、こうした仕事には何らの創造性も認められない、という結論に至ることは誰もが同意するのではないでしょうか。いや、心ある者ならば同意してほしいものです」
 まるでキレのあるビールを一口飲んだ後のようにデリバードは荒い息を吐き、手帳と老眼鏡をテーブルに放り投げた。ページの間に挟まっていたビスケットの破片のような粉が撒き散らされた。老眼鏡のグラスはこすり傷が目立ち、皮脂で曇っていた。
「クワッス系統も負けず劣らずの人気です。クワッス……ウェルカモ、ウェーニバル(その名前をまるで覚えたての元素記号のようにデリバードは嘴にする)……いえ、いえ、面倒ですからあまり仔細をお話しする気にはなりませんが。私は判官贔屓してしまいがちな人格ですから、いっそラウドボーンに可能性を見出したくなるものなのですが、なかなか私としてもこの翼を奮う機会の少ないことは遺憾ですよ……極め付けは、まあ何と言っても、コライドンです。無茶な注文をする客の多いこと、多いこと。例によってマッシブなポケモンを好む層がこぞって買い求める訳です。ですが、基本的なことすら知らず、モトトカゲの進化系なんだから用意するのもすぐだろうと本気で思い込んでいるんですからたまったものじゃありませんよ。インボイスの対応で戦々恐々としてるところにこんな連中のハイパーボイスなぞ食らったら、この私とて、少々身の来し方について自問してしまう程です」
 長年こうした仕事に就いていますが、こんなことを気兼ねなく話せるのはあなただけですな。そう言ってデリバードは鷹揚に笑う。は、は、は。
「しかしそこはうまくやる私ですからご心配なく。快傑熟女! 心配ご無用って奴です……うむ、平成も遠くなりつつありますなあ。ともかく、伝説級とされるポケモンとなれば顧客はいくらだって羽振りが良くなりますから、搾れるだけは搾ってやらねば、という気概です。とはいえ、そこまでのことをしても、今年度の業績はギリギリで黒字を維持するのがやっとというところです。相変わらずの物価高と円安ですからねえ。まあ、我々はここ30年ほどは物価変動というものを体験して来なかったのですから、本来の経済のあるべき姿というものに鈍感になってしまったのかもしれませんが」
 デリバードの足元に無造作に置かれた袋が例によって蠢いている。サンタの抱える袋というよりは土嚢袋といった方がふさわしいような、茶褐色に汚れた巾着袋。
「さて、さて、余談はここまで、です。何も、私はあなたとただ駄弁くるためにここへ来た訳ではありませんから。これは1年に1度の、私にとっては何より大切な、心から楽しみにしている営業の機会なのです」
 ゲロの臭いがする空気砲をぼっ、と放ってデリバードはようやっとソファから立ち上がると、もぞもぞ蠢いている袋の口のところを掴んでぶら下げた。ゴリアテの首を討ち取ったダビデ然としたドヤ顔を見せつけながら、期待を煽るような眼差しを送ってくる。
「さっきも申しました通り、円安ながら今年もお盛んに海外へ飛んで参りましたよ。今年はパルデア地方だけではなく、ちょっくら羽根を伸ばして参りまして」
 さて、どこだと思いますか? 問いかけるようにデリバードは部屋中を大見栄を切って見渡す。大げさな動きからテンポを二つずらして、耐震構造を施した高層ビルのように腹が揺れた。
「第一に、私はキタカミという村へ行って来ました、はい。シンオウにわりあい近いところにある鄙びた地方の村なんですが、何と言いますか、ずっとここで暮らしていたいなどという妙な安心感がありました。虫どもがそこいらをいっぱい飛んでいるからデリバードとしての本能が刺激されるのでしょうか? 集落の周辺には田んぼやらリンゴ農園やらがあって、実に長閑な場所なのですよ。デリバードごときがこんなところに何をしに来た、と初めは訝しげに見られもしましたが、『ともっこ基金』なるものにポンと大金を投げてやったら後はこちらのものでした。数日間の出張でしたが、お祭りなんかも存分に楽しませてもらいまして。盆踊りなんてまともに踊ったのは思えば、はて、いつ以来だったでしょうな?」
 うろ覚えの振り付けで盆踊りをしながら、デリバードは続けた。
「そこで、親切な御仁よりちょっと耳寄りな情報を聞きまして、今度はイッシュ地方です。イッシュの海上にはブルーベリー学園という世界的にも知られたパブリック・スクールがあることはあなたもご存じでしょう。いやはや、噂に聞いていたテラリウム・ドームの凄さと来たら! ポケモンたちが生息する環境を人工的に整備し、そこを教育のために資するというのだから驚きです……ふむ、私のようなデリバードがよく学園の敷地内に入ることができたのか不思議に思われているようですな。まあ、ここは私の翼の見せ所です。エリア・ゼロにも踏み込んだ私には不可能などないのです。もちろん、不用意にゲットなどされないよう細心の注意は払わせていただきましたが。しかし、あそこは一見の価値があります。学園側には年に数度でもいいから、一般公開の機会を設けて欲しいですね」
 ずっと片翼(かたて)で持ち続けて流石に重たくなったのか、デリバードは袋を床に置き直すと、二の腕の辺りをやたらと気にした。
「そして、今回の出張の成果をあなたにお見せしようというわけなのです」
 袋に両翼(りょううで)を突っ込むと、鼻歌を歌いながら慎重に中身を取り出した。テーブルに置かれたのは一個のリンゴだった。蜜をまとって、リンゴ飴のように表面がテカテカとしている。デリバードはやり手の弁舌家のように敢えて黙り込んで、このリンゴに注意を向けさせる。
「言うまでもないことですが、人間の原罪というものは1個のリンゴから始まりました。悪辣非道なアーボが無垢なるアダムとイヴを唆して知恵の実を食わせ、怒った神によりエデンを追放される。念のために申し上げておきますが、知恵の実がリンゴだというのは後世の後づけではあります。ラテン語でリンゴを意味するmalusが悪を意味するmalと形が似ることからの連想らしいです。まあ、そんなことは置いておきましょう……」
 リンゴのヘタのところをトントンと叩くと、出し抜けに何かが飛び出してくる。長いクビを持った蛇のような見た目をしている。それも1匹だけではなく、その周囲からも続々と首を伸ばしてきたので合わせて5匹だった。だが、中央の1匹を除くとすぐに首をリンゴの中へ引っ込めてしまったので、取り残された1匹は、ギョッとした目をしながら困惑を隠し切れない表情で部屋を所在なさげに見渡している。デリバードは満足げに弛んだお腹を叩いた。透かしっ屁のようなキレの悪い音が鳴った。
「初めてお目にかかるポケモンでしょう? いやはや、話を続けてくれという期待を感じて嬉しいですよ」
 その子の角に百舌鳥の早贄のように突き刺さった小さなリンゴを羽先でねっとりとこねくり回すと、その子はバツの悪そうに頬を染めた。
「この子はカミツオロチと言います。お察しの通りカジッチュの進化系の一体ではありますが、この姿を見出すまでの経緯について少々お話しさせてください」
 いかめしく咳をしようとしてデリバードはゲップを出すが、そんなことは些細な違いででもあるかのように、粛々と話し始めた。
「実を言えば、来年は辰年ですから、やはり縁起の良いドラゴンタイプが良いのではないかと前々から思っていたのですが、なかなか名案が浮かばなかったのです。有名なドラゴンどもは大体どの種も2周するほどには開発され尽くしていますから。シャリタツも……まあ随分と迷いましたが私と致しましては決め手を欠きました。同業他社では既に松竹梅で売りに出しているところもございましてな。ネタが被るというのは私の細やかながらも強靭なプライドが許しませんし、第一、あんなものは我々のPENGAデスシリーズの劣悪なコピーに過ぎませんな。唾棄すべきです」
 逸物を扱くような()付きで長いクビを上下に撫でさすると、カミツオロチはソワソワと震え出した。
「そんな折りに、先ほど申し上げたキタカミの里を訪ねたのでした。アップルヒルズを歩きながら私は思案に暮れていました。そもそも、顧客が愛するポケモンを理想の姿でご提供する、というのが有り体に言う私の仕事ではあるのですが、私はその点についてある種の脱構築をしたいと常々考えていました。ニャローテのお尻をしばき倒して、折檻で興奮し、勃起し、射精するようなドくされ変態猫に仕立て上げることですとか、コライドンのお尻にありとあらゆる異物を入れてそのいずれにもドライオーガスムを感じさせてやることも、無論仕事として大切な、欠くべからざることではあるのですが、ポケモンとの性のあり方の妙なる可能性を私は探究してみたい、しなければならないとも考えます……ですが、それにはどうすればいいのか。小さな脳味噌を絞って考え続けていましたが、論理は同じ命題をうろちょろするばかり。やれやれ! なんて私は難儀な仕事をしているのだろう! と、嘆息も漏らしかけたその時でした。リンゴの樹の陰からカジッチュが顔を出したのは」
 デリバードは両翼を拝むように合わせて、イッたような表情で部屋の天井を見上げた。
「キタカミ名産のみついりリンゴをやると、カミッチュに進化することは兼ねてから知っていました。リンゴから顔を出す『ソトッチュ』と尻尾だけを出している『ナカッチュ』で構成されたカミッチュは、なかなか興味深い存在です。ただ、それでも迷いがありました。興味深い、確かに興味深い。けれど、もう少し何かがあってもいいのではないか……キタカミ出張の日程が終わりに近づいたころ、その何かが到来したのです」
 恍惚とし過ぎたために、デリバードは半目になっていた。 
「耳寄りな情報というのは、どうやらカミッチュにはさらなる進化先があるらしいということだったのです。その糸口はブルーベリー学園にある。そんなわけで文字通りこの重たい翼をパタパタさせながら飛んで行ったのです。無害なデリバードの振りをして、この私、しっかりと盗み聞きをして参りました(そう言いながら、自分の耳を掴んでミミロップのように伸ばした)。鍵はわざマシンにあり。となれば、私の翼腕をフル動員して調達するまででした。やっていることはまったく一端のポケモントレーナーそのものです。実際、一匹のポケモンを理想個体に育て上げるのがトレーナーの悦びであると思いますが、私もまた同じ悦びを共有しておりました。職業は違えども、ポケモンを扱うからにはこの悦びを忘れてはなりません。世の中、利益追求ばかりが良しとされますが、それだけではいけないのであって、我々には“καλός”としての『美』を生活のうちに見出す義務があるのです……」
 リンゴから他の子たちが再び首を伸ばしていた。前から見て右前方から首を伸ばした子が、いきなり耳元にフッと息を吹きかけ、真ん中の子が狼狽する様子を見てニヤニヤしている。その後ろの子はどこか苦々しげにその様子を見守っている。残りの二体はリンゴから顔を半分だけ覗かせていた。
「リンゴの落ちてくるのを見て万有引力を閃いたニュートンの気持ちとは、このようなものであったのかと想像されます。この目で初めてカミツオロチの姿を見た時、ようやく心のつっかえが取れたような気がいたしました。これで、今年もあなたを満足させることができる、と」
 まさしく安心したようにデリバードは全身で深呼吸をした。安心しきったのかついでに屁もこいた。
「というわけで、カミツオロチです。しかし、ただのカミツオロチではありません。私が自信をもってお送りする『カミツオロチ〜辰年DHB Super Deluxe Edition〜』です」
 デリバードは腰に()を当てて胸を張った。
「7体の『オロチュ』でカミツオロチを構成している、と聞いてあなたはガメノデスのことを思い出されたかもしれません。あの子と大きく違うのは、やはり個々の意識がよりハッキリとしていることです。一応中央の『オロチュ』が全体をまとめているものの、それぞれの『オロチュ』はみな独立していますから、彼らの関係性は反射的なものとは違い、極めて有機的で生々しいものになります。ですからただ『オロチュ』を7体集めるだけではいけません。赤の他人同士を接触させても何も起こらないことは明白です。何も起こらないわけがない、と期待を抱かせないことにはお話になりませんからね。期待、というのは性においても重要なファクターであることはあなたもよくご存知なことでしょう。そこで、私は最良の『オロチュ』たちの組み合わせとは何かを考え、実験を重ねています。今回お見せするのは、オーソドックスですが、愛玩するに奥ゆかしさを秘めた個体であります。つまり、普遍的ということです」
 デリバードは推理する名探偵のように、羽根先(ゆびさき)を突き立てて額に当てる仕草をした。
「彼ら一体一体には明確な役割を割り振ってあります」
 そう言ってデリバードは、状況が全然飲み込みきれないでいるカミツオロチの首根っこを掴むと、その長い首がニャビーの尻尾のようにピンと直立した。
「真ん中の子は『総受けッチュ』です」
 読んで字の如く、あらゆる攻めを一身に受ける存在ですな、とデリバードは付け加えながら、「総受けッチュ」の頸をマッサージするように揉みしだくと、恥じらいつつ、鼻からゆっくりと息を吐いてぎこちなくしている。
「カミッチュのころには『そとッチュ』だったこの子は、カミツオロチに進化した今では『オロチュ』として他の個体を統べる立場にありますが、少しばかり気が弱く、頼りない一面があります」
 リンゴを小突くと、それに反応して他の「オロチュ」たちがぞろぞろと首を出す。どの個体も中央の「オロチュ」をジロジロと見つめている。リーダーであるはずの「オロチュ」は緊張してすくみ上がっている。
「『総受けッチュ』の周囲を取り囲む子たちは、当然ながらみな『攻めッチュ』にあたりますが、もちろんそれぞれの属性はしっかりと差別化しました。右斜め後ろの子から時計回りでご紹介しますと『スパダリッチュ』『スーパー攻めッチュ』『ヘタレ攻めッチュ』そして『誘い受けッチュ』となります。この子たちがあたかも古代の東の国で言う五行思想を表すかのように配置されているところに注目をしていただきたいのです。金龍を取り囲む黒龍、青龍、赤龍、白龍、といった具合ですな」
 「スパダリッチュ」は早速「総受けッチュ」に頬を寄せる。照れくさそうにしているが、満更でもなさそうに「総ウケッチュ」はされるがままになっている。
「『何かあったら僕に相談してよ。力になってあげるから』とイケボで囁いているかのようです。『スパダリッチュ』は見ての通り好意を持った相手には全力で尽くそうとするし、それができる殊勝な子です。この子たちが絡むと途端に匂いやかな花々の香りが漂ってくるような甘酸っぱさが喚起されてきます」
 「総受けッチュ」と「スパダリッチュ」の間に割って入るように、いきなり「ヘタレ攻めッチュ」が「総受けッチュ」と向かい合った。鼻先をくっつけんばかりに近寄ってくるので「総受けッチュ」は困惑しきりだ。「ヘタレ攻めッチュ」も「ヘタレ攻めッチュ」で、その姿勢のまま固まって顔を紅潮させている。全身がプルプルと震える。そしてしまいには「総受けッチュ」に向かって思いきり威嚇するような雄叫びを上げて驚かせると、そそくさとリンゴの中に潜り込んでしまった。
「おやおや、仲睦まじい『総受けッチュ』と『スパダリッチュ』の姿を見て、対抗心を燃やしたのでしょう。ですが、最後の最後でプライドが邪魔をして、ここ一番で自分の思いをストレートに表現できないのが『ヘタレ攻めッチュ』の『ヘタレ攻めッチュ』たる所以なのですね。リンゴの中で『ヘタレ攻めッチュ』はさぞ鬱屈としていることでしょうな。そこが可愛げがあって結構なのです」
 デリバードは淡々とカミツオロチの様子を説明する。無声映画を解説する活動弁士のような喋りぶりだ。
「『スーパー攻めッチュ』にご注目ください。いかにも他の個体から距離を置きながらも余裕が感じられます。先ほど、『総攻めッチュ』の耳元に息を吹き替えてイタズラをした子ですね。『スーパー攻めッチュ』という名に恥じぬ通り、この個体は7体中もっとも理想的な固定を厳選いたしました。容貌も他の子と比べて清らに見えるでしょう?……そうでしょう、この子のカラダは珠のようになるまで丁寧にパルレいたしましたから、当然のことです」
 「スーパー攻めッチュ」は「総受けッチュ」を360°から品定めをするような目つきで見ている。「おもしれーオロチュ」とでも思っているのでしょうな、とデリバードが付け加える。
「さて、今度は『誘い受けッチュ』です。この子は『Deluxe Edition」においては風変わりな存在です。いつも虎視眈々と『総受けッチュ』を見つめているばかりですが、行動に乗り出すのはここぞの時です。さあ、ダイマックスの切りどころ、テラスタルの使いどころです。とりあえず、見ていてください」
 テンションの上がってきたデリバードは袋から取り出したシガレットのようなものを取り出すと、ライターで火をつけ、その煙を「誘い受けッチュ」の鼻先に近づけて肺いっぱいに吸い込ませる。
「エンニュートのフェロモンを私独自にブレンドした媚薬を嗅がせてみました。見てください、この通り積極的になった「誘い受けッチュ」は「総受けッチュ」の首元に巻きつき、頸に舌を這わせています。実に情熱的な所作です。「誘い受けッチュ」はそのまま「総受けッチュ」に押し倒してもらいたいと熱望しています。「総受けッチュ」の心は当然のことながら、混乱に陥ります。この関係、一体どうなってしまうのか? というスリリングなシチュエーションもこの通りです」
 デリバードは言葉を切り、苦しそうに空気を取り込んで話を続ける。
「はい、ご察しの通り、あなたが能動的に彼らに働きかけることによって7匹の『オロチュ』たちによるやおい的状況を自動生成することができるのです。多様な『攻めッチュ』たちが入れ替わり立ち替わり『総受けッチュ』の心を乱しにかかる。ここに筋書きは一切ございません。従って、予定調和というものもありません。複雑な関係性は日々更新され、変容していきます、これがミソなのです。かてて加えて、あなた自身が8匹目の『オロチュ』として、この複雑な関係に参画する。そこには無限の可能性が生じ得ます」
 「総受けッチュ」は意を決したのか、「誘いウケッチュ」を押し倒し、カラダとカラダを重ね合わせた。「誘い受けッチュ」は興奮を隠せないながらも、挑発的な眼差しを「総受けッチュ」に浴びせることを忘れなかった。「総受けッチュ」は真剣な目つきで「誘い受けッチュ」を見据えると、ヤケクソとばかりに口付けをし、相手の舌を無我夢中で貪り始めた。粘りつくような水音が立つと、他の「ウロチュ」たちは気まずげにそっとリンゴの中へ首を引っ込めるが、「スーパー攻めッチュ」だけは高みの見物とばかりに首を伸ばして「総受けッチュ」の行為を観察していた。
「『総受けッチュ』と『誘いウケッチュ』はリンゴの中でカラダを絡め合わせています。『総受けッチュ』、少しずつ、少しずつ興奮を高め合っています。彼らの頸から背中にかけての曲線が快楽にしたがって微細に震え上がっているのがお分かりでしょうか……はい、なんでしょう。なるほど、リンゴの中を透視していることが不思議だと仰いますか。いえ、これはただ私がそのように想像して語っているだけですよ。ですが、それで良いのです。リンゴで隠された部分は、性的な想像を旺盛にせずにはいられないのですから。カミツオロチをカーテンで隠し、影絵で眺めてみればより想像力を刺激されるかもしれません」
 やがて、「総受けッチュ」も「誘い受けッチュ」も甲高い声を上げ、深いオーガズムに達したようだった。「誘い受けッチュ」はへなへなとリンゴの曲面にぐったりと寝そべったてしばらく起き上がることもできなかった。「総受けッチュ」も精を出し切るまで上の空に苦しげに息を吐いていた。彼らの深いため息が部屋中を満たしていた。
「このリンゴは自浄作用がありますから、リンゴの中でこの子たちが射精したとしても、全て分解してくれるのでご安心ください」
 デリバードは満足げに注釈した。
「これはガメノデスで私が追求したテーマをさらに発展させたものです。私が常々懸念しておりますのは、性のために供給されるポケモンたちの多くがまったくサステナブルでない、という点でした。人間の性欲などというのは実に浅はかで移ろいやすいものであり、どれほど筋骨隆々としたガブリアスでさえ、飽きられる時が来るのです。私といたしましては、やはり需要する側も供給する側も双方にとってプラスになる、そのような関係を構築しなければならないと考えているのです。まあ、つまらぬデリバードの独り言ではありますが、このような仕事を天職としてしまった以上は、できることはやり尽くそうと思っているまでです」
 もう少しだけ私のお話にお付き合いくださいますか、とデリバードは言い、答えを聞く前に自分から深く頷いた。
「忘れてはならないのが、見てください、尻尾だけを出している2匹の『なかッチュ』のことです。このうち一体はカミッチュの頃には『総受けッチュ』と一緒に暮らしていた個体です。言ってみれば『幼馴染ッチュ』ですが、私はさらにこの子の劣等感と嫉妬心をほんの少し掻き立てることで新たな属性を追加しほんのりと『ヤンデレッチュ』に仕立ててみました」
 デリバードはカミツオロチの後ろ側を羽根(ゆび)差した。
「リンゴの中で『ヤンデレッチュ』がずっと『総受けッチュ』の尻尾をガジガジと噛んでいます。ヤドンの尻尾に喰らいつくシェルダーさながらです。よく観察してみてください、『総受けッチュ』の顔からほんのりと脂汗が滲んでいます。カミッチュの頃から一緒だったのですから、執着心は他の『オロチュ』の比にならないのは当然のことです。『ヤンデレッチュ』は彼をすっかり独占したいと思っていますが、今のままでは果たすことは難しい。ですから情緒は不安定ですし、沈みがちになることも多々あります。一線を越えることがないよう、メンタル面は絶妙なところで調整してありますので、ヒヤヒヤする展開を楽しんでいただけるのではないかと思います。「総受けッチュ」の苦悩と葛藤にさらなる深い陰影ができるというものです。まるでカラヴァッジョに代表されるバロック絵画のようにです。
 それから、『ヤンデレッチュ』の隣から生える尻尾にも注意を向けるようにデリバードは言った。
「『スーパー攻めッチュ』『スパダリッチュ』『ヘタレ攻めッチュ』『誘い受けッチュ』『ヤンデレッチュ』と、ここまで大変濃い『オロチュ』たちに愛されて眠る暇とてない『総受けッチュ』です。彼らは「総受けッチュ」を我が物にしたい、という一心においてのみ結束しています。「総受けッチュ」は故に激しい葛藤に見舞われることになります。全員から受けるとりどりの好意を前にしては混乱するしかありません。とすると、心置きなく接することができる相手も必要です。ストレス管理についてもカミツオロチ単体で完結するような仕組みを採用してみました。それが、『ヤンデレッチュ』の隣で尾っぽを出している『クラスメイッチュ』です」
 その「クラスメイッチュ」は尾を時々微かに揺らすきりで、傍目からだと何をしているのかはさっぱりわからない。感情に従って激しくのたうっている『ヤンデレッチュ』の尾と比べればその静かさが際立っていた。
「この子はいわば安全装置として入れています。『クラスメイッチュ』という命名の通り、『総受けッチュ』にとって気の置けないクラスの友達、というイメージで育成をしてみました。『総受けッチュ』とは対等な立場で互いの思いを打ち明けられる存在。なおかつ、この子は類まれな愛嬌の良さがあり、『総受けッチュ』をはじめ他の『オロチュ』たちも少なからず心を許す存在となっております。というのも、他の『オロチュ』たちにとって『クラスメイッチュ』は『総受けッチュ』を巡る内なる闘争においては、勝負相手にすらならないと一方的に見做しているからなのです。いわば侮蔑の裏返しの信頼、というわけですが、そのおかげで『クラスメイッチュ』は岡目八目という言葉の通り、カミツオロチの内側の関係性を冷静に俯瞰できる立場にあり、しかもそれを『総受けッチュ』に共有することができるのです。恋愛シミュレーションゲームにおいて、ヒロインたちのパラメーターを教えてくれる役に立つクラスメイトみたいのようなものだと考えていただければよろしい。だからこその『クラスメイッチュ』なのです」
 デリバードが翼を二回打ち合わせると、「オロチュ」たちが全員首を出した。やっと射精後の脱力感から回復した「総受けッチュ」はまたしても卒倒しそうな顔つきで他の『オロチュ』たちを、デリバードを、部屋のインテリアのあれこれに目まぐるしく視線を動かしていた。
「ワイヤレスイヤホンと同じ容量で、このように手を二度叩けばそれを合図に五匹の『オロチュ』が首をのぞかせてくれます。逆に三度叩けば引っ込みます。それぞれが違う気質を持っているとはいっても、教えるところはちゃんと教え込んであります。『オロチュ』たちは七匹とも主であるあなたのことを信用するように仕向けてあります。この私が翼を鳴らして仕込んだのですから当然のことですがね」
 三回翼を叩くと、デリバードが話した通り「オロチュ」たちは首を引っ込めた。目の前のリンゴは夜の光を受け、まるで巧緻なガラス細工のように煌めいていた。
「ここまでお話したことは『理論』であり、『実践』はこの子を手にする主たちの数だけ存在しますので、敢えて私からはお話しないことにいたしましょう。敢えて申し上げれば、一個のインテリアのようにカミツオロチを楽しんでいただきければと思っております。何も、愛玩するというのは即ちヤリたい時にヤるというだけではありません。繰り返し強調したいことですが、それではアンサステナブルなのです。こと、性に関してはファスト一辺倒ですが、そうではなく、蛇同士がまぐわうように、犬ポケモンどもが鬼頭球からたっぷりと時間をかけて精液を放つように、スローな性のあり方もこの世には存在します。射精する/しないの境目にあって悶々とし続けるということ。それも一個の決然とした快楽であると私は信じます。俄かには認識しがたい臨界点とでもいうべきものを、カミツオロチという見事なオブジェを通じて一つ提案しようと思った次第です……ええ、ええ、ありがとうございます。あなたならばきっと理解してくれるものと思っていました。世界で一番プレゼントの贈りがいがあるお方だ、いやはや!」
 デリバードがパン、パンと翼を打ち鳴らすと、窓の外からアギャッス! という声が聞こえた。オドシシの角をかたどったカチューシャをつけたコライドンが、部屋を覗き込んできた。デリバードはしてやったりな表情を浮かべ、膨らんだ自分のお腹をひと撫でする。
「私も今年からサンタらしく、トナカイを用意することにしたんです。どうです、なかなか見栄えがするでしょう?」
 オドシシ役のコライドンは慎重に部屋の中に入ってきた。普段は触覚のように折り畳まれた翼や長い尻尾でものを倒してしまわないよう、実に器用な身のこなしだった。デリバードはその背後に回ると、肛門に(うで)を突っ込んで中を弄る動作をした。コライドンは腰を少し突き上げて、アギャッ、アギャッと低い声を漏らしながら堪えている。しばらくしてから直腸から引き抜かれた()にはキャッシュレス決済端末と長いディルドが握られていた。
「驚きましたか? これがなかなか客の受けが良くてですね。無論、肛門内は出発前に清浄済みですから、どうぞご心配なく。これも私なりのデリバード・ジョークです」
 もちろんインボイス制度にも完全対応済ですのでご希望の場合はお申し付けくださいね、とデリバードは言った。
「さらに特典として、新作であるこのカミツオロチ型双頭ディルドを謹呈いたしますので、どうぞご査収くださいませ。私たち独自のデータに基づいた理想的な太さと硬さを有しており、カリの部分も「オロチュ」の顔貌をモデルにとにかく前立腺を効果的に嫌らしく苛めることを企図したデザインですので、どんな貪欲なお尻も満足してパクついてくれることと思います。液状おやつに群がるニャオハのようにシャブ漬けになること間違いなしですよ。既に愛玩されている子たち同士を接続してみても楽しいですし、もちろんカミツオロチに咥えさせてみるのも一興です。是非この子たちといい関係を築いてくださいよ」
 清算を終えると、デリバードはまたぞろ(うで)をコライドンの肛門奥深くまで突っ込んで、端末をしまった。アギャアッス、とコライドンは甘やかに鳴いた。
「本年もデリ・ヘル・バードをご利用いただきありがとうございました。メリークリスマス、それから、よいお年を!」
 やれやれ、来年こそは世界にとって良い年になってくれるといいんですが。どっこいしょと言いながら、デリバードは軽くなった袋を襷のようにかけた。コライドンの背中によじ登るまでに随分とまごついて、こちらから尻を持ち上げてやらないといけなかった。



DELI HELL BIRD IV

メリークリスマス! 今年もサンタさんのプレゼントだ! よいお年を! そして……あけましておめでとう! 群々


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Last-modified: 2024-01-05 (金) 22:59:02
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