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時渡りの英雄第26話:光を求めて・後編

/時渡りの英雄第26話:光を求めて・後編

時渡りの英雄
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398:地獄 





































 ◇

 目を空けて最初に見えたものは、紫電であった。バチリと鳴く音に乗せて光輝く紫色は、別れた友を彷彿とさせた。

「シ……デン、ここ……は……天国か?」
 ぽっかりと空けたままの口で頼りなく舌を動かし、コリンは尋ねる。
「違う……よく見ろコリン」
 コリンが中々開かない目を無理矢理開けてみる。ドゥーンが自分を抱きしめていた事だけが、ピントの合わない目でも理解できた。
「なんだ、地獄か。俺も……結構沢山人を殺してきたからな……」
 冗談めいた口調でコリンがかろうじて笑う。
「ここが天国なら、シャロットかシデンに抱かれて目覚めるだろうさ……なんで、俺はドゥーンに抱かれているんだかな? 全く……地獄に落ちるとはついていない」
 体はクタクタでありながらも余裕に満ちたコリンとは対照的に、ヤミラミ達はドゥーンの行動に戸惑い、騒がしく見守っていた。
「冗談を言っている場合か、コリン?」
「そうだな。俺は天国に……愛想をつかされたみたいだ……流石は、手掴みポケモンヨノワールだな……お前のおかげか」
 コリンが力なく笑って、ようやく以ってシャロットとドゥーンは安堵の息をつく。
「コリンさん……大丈夫!?」
「あぁ……なんとかな」
 まだ、眼は物を普段のように見せてはくれないが、シャロットの桃色を見てコリンは微笑みかけた。
「コリンよ。お前は……私がこうする事を分かっていたのか?」
「さぁ……な。ただ、信じたかった……アグニが言っていたように、お前が、俺達と……根っこの部分じゃ……同じだって事を。分かりあえるって事をさ……自分の人生の過ちに向き合って……思い直して、立ち向かって、清濁併せ呑んで新しい道を見つけてくれる事を……
 だってお前、本当はアグニに世界を救ってほしかったんだろう? そりゃまぁ、死にたくないって気持ちは当然あったろうけれどさ。じゃなきゃ……シデンが消えるって言えば、アグニを戸惑わせる事くらいできたはずなのに……その隙をつけば、倒せたかもしれないし」
 コリンがゆらゆらと覚束ない手でドゥーンの顔を探り当てて笑う。

「かもしれないな」
 ドゥーンはこいつには敵わないと溜め息をつく。
「なぁ、ドゥーン。体が重くて起き上がれないんだ……すまないが、起こしてくれないか?」
 自分が、ヴェノムに閉じ込められている事も忘れたように、シャロットが。息を呑んで、ヤミラミが見守る中ドゥーンが涙を拭った手でコリンを掴む。
「なんだドゥーン……お前、泣いているのか?」
「あぁ、笑わないでくれると嬉しい……コリン」
 涙に濡れたドゥーンの手を掴んで見ると、最初冷たかったその手は徐々に暖かく感じてくる。その感触に、コリンは確かな喜びを感じられた。
「赦してくれとは言わない……だが、最後に頼みがある。最後に、歴史が変わる瞬間を見届けたい……」
「あぁ、嬉しいよ」
 力なく、ガクリと垂れ下がったままの首を支えられてながらコリンの体が起こされる
「本当に嬉しいよ……ドゥーン」
 ドゥーンはコリンの表情を涙に阻まれてまともに見る事が出来なかった。それでいてなお、晴れやかなドゥーンの笑顔は、その名のとおり朝日のように輝いていた。
「ならば、ドゥーン……後は……」
 コリンがその先を言おうとして、不意にトキが咆哮する声が聞こえ、身構える前にコリンめがけて飛び降りる。
「コリン!!」
 ドゥーンが突き飛ばし、コリンは辛くも押しつぶそうとして来るそれを避けたが、逃げ遅れたドゥーンはディアルガの足爪に左腕を切り裂かれる。
「闇のディアルガ……」
「トキ様が……本当に私を見限ったか。裏切った私もろとも滅しようとしているという事か……来るぞ、コリン!!」
 再びの咆哮とともに、トキの前足がドゥーンを蹴散らした。ドゥーンは呻き声を上げて吹き飛び仰向けに倒れ、それをトキがその巨体で踏みにじる。

(く……いくら、ヨノワールが丈夫な種族とは言えアレでは不味い!!)
 助けなければ、と意気込んでも、コリンの体は思うように動かない。
「ドゥ、ドゥーン様を……様を……守るんだ!! いくぞ!!」
 そのコリンの逸る気持ちを代弁するようにヤミラミが奇声を上げてトキへと踊りかかる。それを、意にも介する事なくトキは一蹴した。
「お、お前達……」
 やられてゆくヤミラミを見て、攻撃するために足を離され解放されたドゥーンは痛みをこらえて立ち上がる。
「くそっ……何とかしたいが……体が、体が言う事を……」
(この場にいる誰もが傷ついて動けない……いや、シャロットとヴェノムが残っていたはず……今二人は?)
「ヒィッ!! ヒエエエェェェェェェェッ!!」
 ヴェノムは、腰を抜かして逃げるどころかシャロットを開放する事も忘れていたようだが、ここに来てようやく下半身が動き出した。
 戒めが解けたシャロットは重力に身を任せて自由落下をして落ちる。ボテリと音を立てて地面に投げ出されたシャロットは、久しぶりの体が動く感触に勘を取り戻す前に手を着いて立ち上がる。
「トキ……このギャロップもどきがぁ! 消えろ!!」
「や、やめろ!! よすんだシャロット!!」

399:オーロラ 


 興奮しているシャロットが、おもむろに周囲の雪を固めて巨大な氷の牙を形成し、トキへとブン投げようとしたところ、ほぼ同時にトキの腰に付いた鋼の飾り毛が光り輝く。
 そこから散りばめられた無数の金属片が光を照り返して煌き、シャロットの体の表面を血で濡らし、瞬きするまもなく実体をなくして空気に溶けた。
 結局のところ、互いに同じくらいの傷を負わせただけだ。セレビィの小さな体を考えれば、被害は完全にシャロットの負けである。
「トキ様のメタルフラッシュ……くそ、シャロットは生きているのか?」
 動かない体を呪うドゥーンの言葉の後、その場にいる全員が共通して違和感を覚える。
(寒い……?)
 不意に明るさを増した空の光と共に、今まで氷タイプのポケモンの攻撃でしか感じた事のない身を刺すような感覚が全員の全身に叩きつけられる。
「な……何!?」
「あ、あれは!?」
 シャロットやコリンは勿論の事、この現象にはトキですら空を仰ぎ見た。最後に、ドゥーンが空を見上げて、確認した上空の自然現象は、光の帯。
 アーマルドの戦乙女(いくさおとめ)と評される神話のポケモンが放つ外骨格の輝きとも、スイクンの力の源ともいわれる自然現象。美しく棚引いた光の帯は、風ではない力によって揺れ動き、一瞬たりとも同じ姿を留める事はしない。
 神話において多くの場合女性として擬人化される事も納得のいく優雅さを秘めた緑色は、心を落ち着かせる緑色の色合いなのに、妖しく心躍らされる。

「あれは、確か……オーロラと呼ばれるものでは……」
 その自然現象の名は、ドゥーンが呟いた通りオーロラ。ここに来て始まった自然現象はそれだけでは無い。
「風だ……風が吹き始めた……そして、上空にはオーロラが……という事は……太陽が……空気が動き出したのか。停止していたはずの星が……再び動き始めたのだ!!」
 その冷たい風を、砂漠に振った雨を見るかのように歓喜してドゥーンが言葉にした。
「そ、そうか……歴史はついに……変わったのか。やってくれたんだな。シデン、アグニ……よくやった。立派だよ……お前ら」
 寒さすら忘れるほど、温かい思いが胸にこみ上げて、コリンが思わずしゃくりあげた。
(いよいよ、自分が消える事が確定したのだな……けれど、お前が生きていてくれる……アグニ)
 込み上げるものを抑えきれずに、コリンは涙ぐみながら微笑む。
 そんな万感の一時を切り裂くように、恐怖によって寒気を思い出す。前触れもなく。本当に突然に、右前足を折ってディアルガが苦しみ始める。激しい筋肉痛を思わせるその苦しみ方は時間を重ねるごとに徐々に増し、右前足、左前脚、後脚、首と、体の部位を力なく折るごとにその痛みを増しているようだ。
「ギギ……ギギギギ……ギッギギギギギギ」
 声にならないトキの苦しみが大地が激しく揺らし、世界が啼いた。トキの体に刻まれた赤いラインは、より深い真紅となっていた。
 その光に照らされた雪は禍々しい赤に染まり、胸の金剛石はもはや目が痛いくらいの赤と黒のコントラスト。万能のパワーストーンとして名を馳せるダイヤモンドの面影を残さないどす黒さと、禍々しい紅色を呈した。
 トキの血走った眼にはより強いな破壊衝動が宿り、睨まれればそれだけで膝が崩れそうな威圧だけが渦巻いている。
「ディアルガが……闇のディアルガが……より凶暴になっている……?」
 シャロットが、その姿に心臓を握りつぶされる気分で呟いた。動けない三人はその場にいたが、すでにヤミラミ達は這って逃げ出している。
「おい、時の咆哮を繰り出そうとしている……全員逃げ……」
 逃げようとしても、無駄だった。全身が耳になって耳元で大声を出される痛み。おおよそ普通に生きていれば一生感じる事のない、神経線維の一本一本にまで響き渡るような痛みが、全身を駆け抜ける。
 終わってみればコリンとシャロットは虫の息になり、ドゥーンもまた這う事しか出来ない体になっていた。トキは姿を消している。

「ドゥーン様!!」
 こうしてみると、逃げてしまったヤミラミ達の判断は薄情者とも言いたくなるが、賢明な判断ではあった。トキが姿を消している事を確認して物陰から這い出す姿を見て、倒れている三人がそれぞれ安心できたのだから。
「し、心配するな……私は大丈夫だ。それより、二人はトキ様の行方を追うのだ……残りの者は二人を優先して私達の手当てを……は、早く。それと、火を焚いて二人を暖めてやってくれ」
 ヤミラミ達は、恐る恐る倒れた二人を見る。外傷らしい外傷は、命にかかわるほどではないが、地に伏したまま動かない二人はそれぞれ体力を消耗しすぎている。
「か、かしこまりました」
 ピクリとも動かない二人へ、ヤミラミ達は腫れものを触るように慎重な手つきで手当てを始めた。

 ◇

 どれだけ時間がたったのか。目覚めは穏やかに訪れた。
「シャロット……目覚めたのか?」
「うん、何とかね……」
 セレビィの可愛らしさの核となる大きな眼だけは何とか腕に庇われたが、それ以外の傷はひどく、シャロットの体は唇も胸も足も軒並み傷ついていた。痛みはズキズキと全身を苛んでいて、少し力を込めて手を握って見ると腕に激痛が走った。
 なのに、本当に久しぶりに触れたコリンの鱗が触れている部分だけは、気持ちいいくらいに痛みを取り除いてくれていた。
 全身に捲かれた包帯からは、傷を癒す薬果の代表格であるオレン臭が漂っている。オレンは葉っぱが消毒に使えるから、その匂いもほのかに混じっていた。看病しているヤミラミ四人の内、一人が腕に包帯を捲いている。衰弱していたはずのコリンの血色がすでに良い事から察するに、ヤミラミがコリン対してメガドレインか何かをさせて体力を吸収させてくれたのだろう。
「おい、シャロット……宿木の種を俺に付けろ」
 もう一人のヤミラミがシャロットに腕を差し出していった。ずいぶんと献身的なのねと、シャロットは感心と呆れを綯い交ぜにした表情で頷き、宿木の種をヤミラミに取り付けた。顔を上げるのもつらそうなシャロットは、照れ気味に『ありがとう』と声をかけると、コリンとシャロットは二人揃って再び無意識の世界へと落ちて行った。

400:甘えてもいいんだよね? 


 ドゥーンはすでに起き上がり、ヤミラミ達が食料にした『ヤセイ』のケッキングの死体の革を拳で叩いてなめしている。その傍らでは、雪だるまを作る要領で雪を集めて、それを切り分けてはつなぎ合わせて、かまくらを作るヤミラミの姿が見えた。ドゥーンが革をなめしているのは床に敷くための毛皮であろうか。
 かまくらが完成し、中へ入れられてから懐中時計が一周半ほど回る。申し合わせたかのように、同時に目を開けたシャロットとコリンは、口にまで響く倦怠感をおして話を始める。
「しかしシャロット……お前が捕まるとはな」
「あら、私だってつ捕まるとは思っていませんでしたよ? まさかトキに負けるとは思っていませんでしたし……そういうコリンさんこそ、この世界に戻ってくるなんて……また失敗したのかと思っちゃいましたよ。うふふ」
 コリンに握られた手を、強く握り返してシャロットは咲う。オレンの実や草タイプの治癒能力の高さゆえか、今度はそれほど痛くなかった。
「シャロット……お前な。こういうときにまでそんなセリフを吐かなくたっていいじゃないか」
「うん、そうですね……でも、また会えた。うれしい。また起きられてよかった……寝て起きられる事って幸せな事なんだって……気がついて久しいけれど。やっぱり貴方が隣にいるって事も……とっても貴重な事なのね」
 首だけを動かして、シャロットはコリンに笑顔を見せる。
「そりゃな……それにしても、シャロットは拷問で儲けていたかと思ったが、意外にどこも傷ついていないようで良かったよ」
「あら、これでも何十回も目を抉られたり舌を切られたりして、何回も死んで、何回も生き返らせられてはここにいるのですよ? 貴方をおびき寄せるために綺麗な体でお会いさせてもらいましたが、数えきれないくらい強姦もされましたし……」
 なんて事も無いようにシャロットは語る。恐怖でおかしくなっていないのは、元からおかしかったからなのか。
「それは……なんといっていいのやら……」
 と、コリンが掛ける言葉も見つけられないでいると、シャロットは微笑んだ。
「いいんです、私が選んだ道ですし。失敗しただけなんですよ……私は二回目に貴方と別れたとき、本当はトキを殺して自分も死ぬつもりだった。その際にトキも殺していればこうい結果にはなりませんでしたし、そもそもあの時過去へ渡ればよかったんですよね」
「……シャロット。そういえば、どうしてお前は過去へ渡る事を拒んだんだ?」
 コリンが尋ねると、何の事はないとばかりにシャロットはしれっとした口調で語る。
「もしもあの時点で私も一緒に過去へ渡ってしまえば……どこかで、『消えたくない』って駄々こねると思っていたから。私はいつだって貴方と一緒に居たかったから……私は、貴方と一緒に行動していると未練が生まれて、この世界と一緒に消えられる気がしなかった。
 最初も、二回目もね……どうしても貴方に夢を叶えて欲しいから……私はこの世界に残ったの。貴方と一緒に居たいけれど、貴方の夢も叶えたい。でも、貴方の夢を叶えると、貴方と一緒に居られない……なんというジレンマ。酷い話よね」
「だからお前は……自暴自棄になって……『時の守り人』へあんなに酷い殺し方をしたのか」
 以前、コリンがこの世界で酷い死体を見せられた時からずっと疑問だった事を訪ねられ、シャロットは申し訳なさげに頷いた。
「世界で一番私が不幸な気がしたから。でも、不幸なら……この世界が嫌ならば、自殺って選択肢が生まれるでしょ? だから、今よりもっと世界を嫌いたいと思って……この世界に見切りをつけたかった。世界を嫌うために、私を嫌う人をたくさん集めたくって……皆が私と同じ気分になれるように……って。そうすれば、みんな死ねる。
 皆死んでしまえばよかったんだって真面目に思っていた。皆が私を好きな世界と、皆が私を嫌いな世界……どっちが嫌な世界かしら? 私は、世界を嫌いたかったから。世界で生きるのが嫌になりたかったから後者を選んだの。そうすれば、楽に死を選べると信じていた。貴方の助けになるとも信じていた。貴方が感謝してくれると思っていた。
 でも、それってただの八つ当たりなのよね……」
「お前は……消えたくなかったのか? いや、俺だってできれば消えたくはないが……」
「うん、父さんがいたから消えたくなかった。私をやさしく抱いて、女としての悦びを教えてくれて……。そして、父さんが死んでも貴方がいたから……貴方がいなければ、潔く死ねたのかもね……消滅を受け入れる事も、自殺するのも楽だと思った」
 事実上の愛の告白をして、シャロットは続けた。
「だから、貴方に再会した時は……貴方は私を殴って、罵倒して、唾でも吐いてくれればよかったのに……。貴方に嫌われれば死にたくなる気がしたのに、現実は……貴方は私を庇った。『なんだ、死ねないじゃない』って思って……すごく悔しくて、悲しくって、もう苦しむのも嫌だから、本格的に自暴自棄になってこの死にぞこないを殺してほしくなった。
 当初の予定通り、まんまとおびき出されたトキを殺して自分も死ぬつもりだったけれど……勝つ事も死ぬ事も出来ずに、結局ここまで来てしまったわ。でも、またこうして会えた……また死にたくなくなるって思っていたけれど、不思議ね。もう、小さな勇者達に過去を変えられてしまったから……どう足掻いても死ぬんだって理解したら、急に自殺する気も失せちゃった。
 もう、コリンさんに冷たくされたら喜べないから……これからは……仲良くしましょう……なんて、虫がいいかもしれないけれど」
「お前、やっぱり俺の事が好きだったのか……?」
 やっぱりかとでも言いたげなコリンに、シャロットは鈍感と笑い、小馬鹿にする。

「十分、アピールしてたわよ。私の好意に気が付かないし、気が付こうともしない。最初に過去の世界に行く時、私はコリンさんの目を瞑らせたでしょう? あれ、キスしようと思ったのに……貴方、全然気が付かなかったじゃないですか? それだけでも、万死に値する無関心ですよ」
「す、すまない」
「いいのですよ。それも含めて、コリンさんなんだから……」
 何ともきまりの悪いコリンを慰めるのだか皮肉るのだか、シャロットはそう言って笑った。
「私は……泣くのが得意でね。最初から慰めを当てにしていたわ。でも……そうやって何度も間違った道を選び続けて、でもやっと正しくここに戻ってこれました。コリンさん、私……やっぱり生きたい。父さんが殺され、私も殺されそうになったときに貴方に助けられ……それからの私は病気だった。父さんが殺される以前から貴方が好きだった私は……貴方無しでは生きられなくなっていたの。
 だからこの暗黒世界を捨てるために貴方を拒絶していたけれど、今は違う……もう長くない事が分かって、そこで貴方とこうして触れ合えて……やっと貴方の元に、この心が戻ってこれた。
 今なら、自然に笑える。貴方と同じ目線で語り合える気がするの……もう、あがいても意味のない今なら笑い合えるし、今を生きられる。もう、弱音を吐いてもいいし、幸せに甘えてもいいんだよね?」
 ついに泣きだしたシャロットは、コリンの胸に這いだして顔をうずめる。コリンはその頭を撫でているうちに、シャロットと自分の腹の間で絶え間なく水気が伝わってくる感覚に冷たさを覚えて苦笑した。
(泣いているんだな……シャロット)

401:止めなければ 


「すまないな。俺が追っていた理想は、それを追う俺はどんなリスクがあっても構わないけれど……お前には無理を強いていたんだな。俺は……頭の中に光ある世界を描く事が出来たけれど、シャロットにはイメージが仕切れなかったか……
 ドゥーンにも言われたけれど、俺は随分勝手だったよ……そんな俺でも、シャロットは好きなのか? 好きでいてくれるのか」
「当然ですよ。私がそんな事でコリンさんを嫌いになると思いますか? ありえないわ、そんな事」
「そうかよ……」
 照れ隠しをしながらコリンは笑う。しばらくして二人はどちらともなく、互いの体に手をまわして抱き合った。そのまま静かになって見ると、二人の様子を見守っていたドゥーンの手が止まっている事に気が付き、その上コリンはドゥーンの様子を見て視線が合ってしまった。
「暑いが、火を消したほうがいいか?」
 あまりにも見せ付けられて、それでドゥーンは呆れてしまい、コリンと視線が合ってしまっても苦笑い一つ浮かべる事もせずにそう言った。そのポーカーフェイスは、コリン達にとってはさらにバツが悪くなる原因になった。
「勘弁してくれ、これでも俺らは寒いくらいだ」
 苦し紛れにコリンはおどけて笑う。
「ならば、火をつけたままでいいわけか」
 そのセリフをドゥーンが茶化しても、二人の顔は赤面したまま熱かった。

 ◇

「本当にこの先に向かったのだな?」
 トキを追わせたヤミラミの報告を聞いて、ドゥーンは再度の確認を促した。シャロットとコリンに栄養を吸い取らせた二人は、野営地のかまくらに置いてきているため、今ここにいるヤミラミは四人である。
「は、はい……間違いないです。トキ様は光に包まれたまま……この氷山の方角に消えていきました」
 軽く様子を見ようと程度に皆が考えていた中、ただ一人シャロットが凍りついた表情を見せていた。
「いけない……」
「どうしたシャロット?」
「ここの頂上には……今ちょうど時の回廊があるの。でも、変よ。私、捕まっても時の回廊の場所だけは絶対に言わなかったのに……それとも、薬か何かで情報を吐かされて、私の記憶にないだけ?」
 ヤミラミ達は首を横に振る。
「トキ様は更に暴走した状態だ。我々よりはるかに高次の超越者であるディアルガは歴史の変動に巻きこまれる事はない……が、同じもしくはそれ以上レベルの超越者からの干渉を受けているともなれば話は別だ。恐らくは……過去のディアルガ、過去のトキ様より消滅させるための干渉を受けているのかもしれない。
 その苦しみたるや……生きたまま体中の肉をついばまれるような激痛を常に全身に感じているのだろう。そうなってしまえば最早、思考云々での行動ではない。もしかすると、凶暴さゆえに増した本能が……時の回廊に向かわせたのかもしれん。
 時の回廊を壊せば……自らの滅びと引き換えに過去のディアルガから干渉を受けなくなる……から、な」
 ザアッと血の気が引いたような表情を見せてコリンがドゥーンの目を見る。
「トキが暴走したまま、もし時の回廊を破壊したら……どうなるんだ、ドゥーン?」
「その場合は……せっかく動き出したこの世界も、最早どうなるか分からん。いや、時間軸が乱れ尽くして、ディアルガよりも高次の存在……例えばダークライやアルセウスなどの、時と空間と心を全て、単独で操るような存在でなければ……消滅する。世界全体が不思議のダンジョンとなって、逃げ場も何もなくなって消滅する。確実に……。
 歴史の改編など比べ物にならない大惨事だ。本来、星の停止と言うのはこの世界の崩壊が起こらないために行われるものなのだが……それすらも無駄になってしまう」
「止めなければいけないわね……」
 分かりきった事だが、確認するようにシャロットは言う。
「こんな事なら……さっさと出発していれば……」
 拳を握りしめ、毒を吐き捨てるように言うコリンの頭に、ドゥーンが大きな手を置く。

「万全でない状態で行っても、返り討ちにあうだけだ。過去の世界のディアルガは心臓に病を抱えているからアグニとシデンでも勝てたのだろうが、今はもう病気などはない……それ以外にも、何があるかは分からん。万全を期すに越した事はない。
 これが正解だと信じて、これから疲れすぎないように急ぐしかないさ」
「そうだな……しかし」
 コリンは空を仰いで明るくなりかけた北の空を見る。
「辺りがだいぶ明るくなってきたな……正史では、この島に星の停止の影響が出始めたのは極夜の季節のはず……あれから、短針が7周している……夜明けの季節も近いようだな……」
 凍った息を吐きながら、コリンは北の空を見上げる。僅かだが、紫がかって見えた。
「回復にだいぶ時間を使ってしまったからな。そうか、極夜……叶うのなら、もう一度朝日を……いや、今はそれよりも」
 ドゥーン気を取り直しては全員を見回す。
「ここから先は私とコリン……そしてシャロットの三人で行こう。トキ様を止めるには出来るだけ戦力が欲しいところだが……かといってヤミラミ達まで連れて行くと機動性に欠ける。間に合わなければそれで終わりだからな。ヤミラミ達は、出来得る限りの速さで追って来てくれ」
 誰も、反論はしなかった。その反応に満足したドゥーンは、頷いて続ける。
「よし。では、準備を済ませて出発だ」
「もうその必要はありません。準備など、とっくのとうです」
「あぁ、俺も同じくだ」
 シャロットとコリンの二人が頷くと、ならばとばかりにドゥーンは無言でトキが向かったという方向を見上げる。

402:死出へ 


「ドゥーン様! コリン、シャロットも!」
 三人が出発しようとした時、後ろからヤミラミの声がそれを呼びとめた。
「どうした?」
 振り返ったドゥーン達に見せたヤミラミの顔は、今まで見た事のないほどにまっすぐな瞳。宝石で出来た目は、今までのような魔石というイメージを先行させる事なく、何よりも澄んだ水晶玉のように美しい。
 こんな表情も出来るのだなと、コリンはドゥーンに対してそう感じたように安心する。
「俺達も覚悟を決めました……上手く言えないんですが、あの過去の世界がやっぱり好きです。どうか、未来のために……トキ様の暴走を……」
「この世界を変えたいという気持ちは前からあったんだ。どうしても勇気が出せなくて……流される形になっちゃったけれど、今はもうなるようになれって感じで……」
「コリン、シャロット……頼む。ドゥーン様とともにトキ様の暴走を止めてくれ」
「俺も、この暗黒世界にはうんざりしているんだ。もし変えられるのなら……可能なら、今よりいい未来を」
 四者四様に言われて、その言葉がそのまま力になるような気がした。正対しているのに背中を後押しされた三人は、少し足取りが軽くなった気がした。
「あぁ、分かっている。これが最後の戦いだ。トキ様の暴走は必ず止める」
 拳を握りかためて、ドゥーンが応じる。
「そうだ。俺は今までこのために戦ってきたんだ。あと、少しだ……見守ってくれ、皆」
 ドゥーンを真似する形でコリンは微笑む。
「敵として対立していたころは色々と、すみませんでした……もし、世界が変わるなら……貴方達と酒を飲みかわせる世界を……そういう世界が、きっと作られていくはずです。
 後悔しないように、私達は命がけで……やらせていただきます」
 恭しく頭を垂れて、シャロットは向き直る。残る二人もまた頂上への道を振り返り、雪の舞い散る大地を踏みしめた。

 ◇

 現在一行は、時の回廊を目指すという事になって、それを感知できるシャロットが先導する形で前を歩いている。
 三人での行軍を行ってしばらく経っての事だ。蛍のような淡い光が、一粒コリンから漏れ出した。
「ん、今のは……? ま、まさか……まさかこれが?」
「あれ、コリンさん。どうかしたの?」
「いや、なんでもない……」
 極々小さい声での独り言も、敏感に聞き取ったシャロットが振り向いて話しかけるが、コリンはそれをごまかした。まだ、シャロットに死を意識させたくないと、せめてもの抵抗のように。
(シデン……もう少しだ。今まで俺達がやってきた事も……あと少しで達成できるんだ。俺が消滅するその最後まで、力を貸してくれ、シデン)
 コリンの拳に力がこもる。その想いを胸に秘めたままダンジョンを進んでいると、尿意を催したシャロットが用を足したいと言って来る。その場でしようとした(未来世界では普通なのだが)シャロットを、二人は全力で止めて影でして来いとアドバイスする。
 未来世界ではともかく、過去の世界に慣れてしまった二人にはなんだか気恥ずかしかった。そうして、コリンとドゥーンは一時的に二人きりになる。

「なぁ、コリン、見ていたぞ……」
 そこへ、不意に潜められたドゥーンの声が届く。
「何をだ?」
「さっきお前の体から出ていた光……もしかして……あれが超越者が消えるときに出る、消滅光と呼ばれるものなのか?」
「分からない……が、そうだろう」
 少し認めたくない事実なのか、コリンの頷き方は控えめであった。
「やはり、そうなのだろうな。私は、見たのだ……時限の塔を下りる道のりに……アグニとシデンがアンノーン文字で『オイラ達は希望を掴み取る』と書き記した下に『オイラ達はやったよ!!』と、書かれた跡をな。あと、シデンの字で『未来に光あれ』とも書かれていた……その時からこうなるのは分かっていたが……認めたくはなかったが、いざその時になると、案外諦めがつくものだな」
「本当か? 俺が調べた時には何もなかったが……」
「あぁ……影響が出るのは少しずつ、少しずつだからな。なんにせよ恐らく我々に残された時間は短いのだな。しかし短いからこそ、その輝きも……より強い光を放つのだと思う。だからこそだ……とにかく、限られた中で精一杯生きるだけだ」
 あぁ、とコリンが頷き、それっきり二人は押し黙った。シャロットとも合流した。

 ヤミラミ達とは遥か離れた今でさえ、後ろから感じる力強い思い。それに後押しされた足取りは思いのほか軽い。
 やがて、何かを思い出したかのように、シャロットが控えめな声で手を取り合う。かつてシデン達と逃走の最中に行ったように、手を重ね合わせる方法で、互いに誓いあう。
 必ずやり遂げようと。
 恐らくは、極夜の最中にあるこの場所で、コリン達は長い夜が明ける事なく消滅してしまうのであろう。
(それでも、命を輝かせる事が出来るのなら……誰かが、俺達がここにいて、戦った事を覚えてくれるのならば……)
「そう、それでいい。俺が生きた価値はある」
 コリンは、自分を奮い立たせようと空に誓った。













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コメント 



お名前:
  • >2013-11-03 (日) 02:46:36
    大体はお察しの通りなのです。ダークライの件がなかったら、アグニを成長させるためにも消えたままにするのが神としての役割だったかと思います。
    シデンを復活させたのも、おそらくは苦渋の決断だったのでしょう。ソーダは……私ももうすこし救ってあげたい気持ちですw

    テオナナカトルは、その通りコリンたちの世界の未来ですね。すでにコリンたちの戦いは神話になっているようです
    ――リング 2013-11-22 (金) 00:37:02
  • ふむふむ、こうして読むともし原作のストーリーにダークライの話が無かったら、リングさんバージョンはシデンが復活しないまま終わってたのかなって思いますね。

    ソーダがちょっと可哀想でした。

    テオナナカトルって多分、コリンたちの世界の未来の話ですよね?
    ―― 2013-11-03 (日) 02:46:36
  • >狼さん
    どうも、お読みいただきありがとうございました。
    『共に歩む未来』のお話では、もう一つの結末というか、私としてはこちらのほうがよかったという結末を書いて見ました。
    ディアルガのセリフから察するに、本当の未来はシデンが生き返らない方であったという推測が自分の中でありましたので……。
    こんな長い話ですが、読んでいただきありがとうございました
    ――リング 2013-06-26 (水) 09:49:35
  • 時渡りの英雄読ませていただきました。私は探検隊(時)をプレイしたのでだいたいのことはわかるのですが時渡りの英雄ではゲームとは違ったおもしろさがありゲームではいまいちでていないところまで実際そんなストーリーがありそうな気がしたり(当たり前か)してとてもおもしろかったです。
    『ともに歩む未来』では[シデン]が蘇らないのかと思ったら[アグニ]の夢というおち、少しほっとしたり…。
    これからも頑張ってください。
    ―― ? 2013-06-17 (月) 21:31:32
  • 時渡りの英雄これから読んでいきたいと思っています。
    時渡りの英雄は10日ぐらいかかると思われます。
    読むのが楽しみです
    ―― ? 2013-05-25 (土) 02:02:01

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Last-modified: 2012-05-22 (火) 00:00:00
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