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時渡りの英雄第27話:決戦

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時渡りの英雄
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403:幸福を 


「シャロット……だいぶ上ってきたようだが……ここはどのあたりなんだ? 頂上まではまだだいぶあるのか?」
 一行はダンジョンを抜け、ひとまずダンジョンの外のくぼ地で火を焚き、暖をとる。生焼けの肉をかじりながら、コリンは逸る思いを口にする。
 相変わらずせっかちなのねと、シャロットは笑い、答える。
「いえ、そんな事ないですよ。あと少しで頂上ですよ。しかし、セレビィしか分からないはずの回廊の場所……ディアルガ特有の気配を感じる限りじゃ、本当にバレているみたいね。これじゃ私の立場がなくなっちゃうじゃない」
「そうかもな……」
 冗談めかして答えたドゥーンはまじめな口調に戻して言葉を続ける。
「ここまでの間にトキ様を見かけなかった事を考えると……」
「あぁ、もうすでに頂上に達しているのかもしれん。いそがなきゃな……飯を食い終わったら行こう」

 ◇

「ねぇ、お二人さん。もしもね、運命なんてモノがあるならさ」
 再び一行がダンジョンを突き進む際、先導するシャロットが、振り向きもせず呟いた。
「色々、理不尽だって思わない? どうして、私はこんな世界に生まれちゃったんだろうって……」
 二人とも、なんと返答していいのか一瞬浮かばなかったが、ドゥーンは比較的早くに言葉を紡ぐ。
「なんだ、そんな事、初めから平等などありはしない」
 最初に突き放すようにきっぱりと言いきってその先を言う。

「例えば親の借金によって……暴利によって返すあてなど全くない借金を生まれながらに背負わされ、一生鎖につながれて生きる者だっている。
 季節が流れると言えば、私達には魅力的な事だが。それは、その者にとっては『また収穫をしなければならない』とか、『食料の乏しい冬が来る』とかそう言う意味なのだ。信じられるか? 私達が、こんなにも渇望する時の流れを『一生夜なら昼の辛い仕事をしなくていいのに』とか、そんな風に思う者がいるのだと言う事実を。
 幸せの基準と言うのは分からないし、比べようがない。私達と、そういった立場にいる者。どちらが幸福かは計りようもない……が。生まれた時から、四季の巡る世界の中で奴隷を顎で使える者だっているのだ。だから平等など、ありはしない。
 世界に理不尽と言う言葉を取り去りたいならば……むしろこの暗黒世界のほうが理想的だ。何せ、この世界は強ければ食料をとる事が出来る。他人を顎で使うにも強さがなければ無理だ。逆にいえば強ければ、それが出来るという事だ。産まれや種族などで差別されやしない。ある意味じゃ……この暗黒の世界こそ理想郷なのだ。
 だからな、シャロット……私達は平等を求めるんじゃない。私達は幸福を求めるべきなのだ……そして、幸福は分け与えなければならないと思っている……過去の世界で、私はそれを学んだよ……」
「分け合う……ですか。コリンさんは?」
 ドゥーンの言葉を聞いて、不思議そうにシャロットは尋ねる。
「俺もそうするべきだと思うな。余った幸福は分け与えておけば、良い結果をもたらす事がある。ま。逆もあるにはあるがな……」
「お前も、過去の世界に行けばよかったのにな……私はそう思うぞ、シャロット」
 ドゥーンの言葉に、シャロットは暫く呆然と前を歩いていた。動揺しているのか、シャロットの翅音が少し頼りないく感じられる。

「うん、ごめん……ドゥーン。ただの愚痴」
「まぁ、愚痴を言いたい気持ちになるのも分かる……この程度ならばいくらでも聞いてやるさ。コリンも聞いてやれよ?」
「そういうのはお前の方が上手いさ」
 結局、コリンは何も言う事が出来なかったと、少し物足りない表情をしている。
「じゃあ、もうちょっと話してもいいかしら?」
「構わんぞ」
 ドゥーンはシャロットに見られてもいないのに軽く笑って見せていた。
「輪廻転生って信じるかしら? 要するに生まれ変わり……なんだけれど」
「一応、知っている。宗教によってずいぶん違うがな……砂漠でグラードンを信じている地域では死んだらそれっきり天国か地獄で、宗派にもよるが原則生まれ変わりも消滅もない。
 天国では、美女と美味しい果実が待っていてな。その美女は行為……まぁ、いわゆる性交渉の後も処女膜が元の状態に戻るために常に処女なのだと……男尊女卑のひどい所とは聞いたが、流石に女を舐めているのかって思いたくもなるな……」
「あら、男尊女卑はお嫌いですか?」
 宗教観に難癖を付けるドゥーンをシャロットが茶化す。
「少々恥ずかしい話なんだがな。あそこで……コリンを乗っ取ろうとしたあそこだが……私は昔女だったんだ」
「え」
 コリンが心底間の抜けた声で、ドゥーンの言葉に反応する。
「もともとはユキメノコでな……そうやって体を入れ替えながら、永遠に神に仕える者として生きてきた天涯孤独の身だったのさ。自分で言うのもなんだが私の知識は膨大だが、それは一回の人生で蓄えたものではないのだ。男の体でも、女の身体でも子作りも経験済みだからよく分かる……って、これは赤裸々に話すべき事でも無かったな」
 気まずそうにドゥーンは呟き、場の雰囲気を凍りつかせた。

404:頂上へ 


「ま、まぁ……そんなわけで男尊女卑は嫌いだよ。グラードン信仰のそれは極端な男尊女卑が成り立つ文化の上で考えられた天国だからな……そうなるのも仕方がない……と。すまん、脱線しすぎた」
 ドゥーンは気を取り直して話の続きをしようと思ったが、それも脱線していると感じて、苦笑する。話の流れを持って行かれたシャロットは不機嫌そうであるが、場の雰囲気を悪くしたくないからそれは表に出さない。
「結論から言うと、私は生まれ変わりはある程度は信じている。
 ホウオウ教において、ホウオウは不死のポケモン。ホウオウは社会や世界そのものの象徴となっていて、死して残る我々の魂はホウオウの羽根や爪の材料に当たる存在だ。アリアドスが古くなった自分の巣を食べてまた次の糸の材料にするように、ホウオウもまた魂を食べて新たな羽の原料とする……とされている。
 ホウオウの口の中は極楽浄土となっていてな……生前良い行いをしたものは、その魂を口の中で長い時間味わってもらえる。逆に犯罪者や不心得者は腐った魂として地面に落ちるらしくてな……地獄で罪人を焼く炎と言うのは腐ったものを食べるためにホウオウが吐く炎なのだと。それで、ホウオウはその羽を味わう事なく飲み下す。だから苦痛だけで極楽浄土の快感は一切感じられないと。
 そうして羽は胃袋で消化される内に前世の記憶はホウオウの頭……詰まるところ、世界の記憶『アカシックレコード』に保存され、それが歴史となる。そしてまた、ホウオウの頭に予定される事……それが未来へと繋がるし、奇跡と呼ばれるような珍しい現象もホウオウの心一つなのだといわれている。
 私は、ホウオウ教の言い伝えが必ずしも正しいとは感じないが……そういう感じの、ある程度の生まれ変わりは信じている。そうでなければ、私に体を明け渡した者も、私が殺していった者も、あまりに浮かばれない……。
 だから、次の人生こそは……生まれ変わった時は幸福になって欲しい……というただの願望の表れなのかもしれないが……そういう意味でも、生まれ変わりがあると信じたい。
 だが……今回ばかりはな。歴史の改変に魂までもが生き残れるかどうかと聞かれれば……私は、難しいと思う」

「そう……コリンさんは?」
  空気を読まないドゥーンの長い話が終わり、シャロットはほっとしてコリンの方を向く。
「俺も……難しいと思う。そもそも、俺達という存在そのものが消えてしまえば、体と魂は一蓮托生だろう」
「夢が、ないのですね。男の人って……」
 軽蔑でも、喜びでもない。完全に無心で、感情のこもっていない作り笑顔を浮かべてシャロットは振り返る。
「まぁ、でも……本当に夢みたいな話なので、軽く聞き流してください。もし、生まれ変わりというものがあるのなら……ですね。もし、その時私達という存在が互いに認識出来たらですね……その時は一緒に行きたい場所があるのです」
「いいな。確かに、出来れば一緒に行きたいな」
 馬鹿な、とドゥーンは言えなかった。コリンは、心のままに正直に自分の考えを口にした。
「どんな場所に連れていくつもりだ?」
「俯瞰です。高い高いところ……でも、ここと違って植物が繁茂しています。そこに住む草花は美しく、空気は澄んで眺めもいい。本当にいい景色の場所だと聞いています」
「なるほど、絵を描いてみたいな。行けたら一緒に行こうか」
「そうですね。そこに行けたら、コリンさんに一杯絵を描いてもらいましょう。出来ればドゥーンさんも一緒に……」
「私もか?」
 突然話を振られて、戸惑い気味にドゥーンがたずね返す。
「えぇ、『私達』と言ったではないですか。そうだ、その時は植物の解説とかしてもらえたら嬉しいですね……皆で一緒に行きたいなって」
「……分かった、付き合おう。出来るといいな」
 シャロットの涙が混じる笑顔に、ドゥーンは控えめに頷いて、目を逸らす。

「えぇ……貴方達が、同意してくれましたので……少し、嬉しいです。ですが、ごめんなさいね。こんな、馬鹿みたいなお話を聞いてもらって……」
 もじもじと手をこすり合わせるように赤らめるシャロットを、二人は笑う。
「いいさ、シャロット。ただ歩いているだけで、敵も出ないようじゃ退屈だ……そんなとりとめのない話だって、構いやしない」
「私も……だ。こうやって話すのももうどれだけ出来るのかは分からないのだからな。それに、だ……敵の方も待っていてくれたかのようなタイミングで現れたぞ。
 ジバコイルだ……すまないがコリン、私達が注意をひきつけるからアタッカーを頼めるか?」
「あぁ……穴を掘って……だな」
 コリンがドゥーンの返事を待たず穴を掘り始め、地面に潜る。
 ジバコイルは本体の目のあたりから帯状の電撃を発して攻撃するが。それは真っ直ぐにシャロットへと向かったが、シャロットが触角を光らせたかと思うと、サイコキネシスを発動して雪がまくりあげられる。それは電撃に当たり、盾となってシャロットを守る。
「ほう、シャロットは器用だな」
「これくらい余裕ですよ」
 当たると確信した攻撃を防がれて、ジバコイルは躍起になったのか突進して間合いを詰める。シャロットが鈍すぎるその突進をふわりと飛びあがって避けると、後ろで待ち構えたドゥーンが笑う。
 ジバコイルの巨体を左腕で滑らせて受け流し、勢いが削がれたところで巨大な手で手掴みにし、ヨノワールとして持って生まれた並はずれた腕力で引き留め、振りあげ、地面に叩きつける。
 地面に叩き付けるその攻撃を待ってましたとばかりにコリンが地面から飛び出し、腕に付いた葉に纏わせた地面の波導で、ひと思いにジバコイルの体を切り裂き、最後に踏みつぶしてとどめを刺した。

「ジバコイルはこの程度だが、ディアルガは……トキは、こんなに簡単にはいかない。それでも……怖気づいたりしないよな? ドゥーン、シャロット」
「分かっています。植物が生えないここではセレビィゴーレムも使えませんしが、それでも今さら逃げたりしませんよ」
「あぁ、逃げたところで私達の結末が同じならば……もう一つの結末だけでも、アグニ達の結末だけでもより良きものを目指すのみだ」
 二人が頷いて、止まっていた足は再び動き出す。シャロットの話が身にこたえたわけではないが、過去の世界でいつまでも暮らせたらどうなっていたのであろうという思いが、ドゥーンやコリンの中で空回りしていた。
 ドゥーンとコリンの頭の中に浮かぶのは、アグニやシデンの輪の中に自分が混ざっている光景。やはり、過去の世界で一番印象に残ったのはアグニで、過去の世界を思い浮かべるとあの子が思い浮かんでしまう。

 有益な事をを考えるでもなく、過去の世界の事をぼんやり想い続け、そんな事で時間を潰していると、時間は驚くほど早く過ぎ去っていく。気が付けば一行はダンジョンを抜けていた。
 ダンジョンを抜けた先は、全方向を不思議のダンジョンに囲まれた密室じみている空間であった。辺りはロッククライムをしなければ登れないような断崖絶壁と、高地特有の凍るような吹雪が吹きすさぶ厳しい環境。
 生き物の一切を拒絶する山頂には、当たり前のように草一本生えていない。風と、三人と、トキだけがその場所で大地を踏みしめ、音を立てていた。

405:決戦 


「やはり……やはりすでに頂上に来ていたか……トキ。闇のディアルガ」
 こちらには目もくれずに咆哮したディアルガは死にかけた虫がもがいているように首を振り、苦痛と苦悶に満ちた悲鳴のようにも聞こえる。まだ、ディアルガはこちらに気が付いていない。立っているのもつらそうな様子で、休み休みに時の回廊へ攻撃を叩きこんでいる。
「二人とも……トキは、ディアルガは鋼タイプだ。穴を掘って奇襲すれば、奴には大ダメージを与えられる。お前らにも合わせて奇襲を頼みたいのだが……」
 言いながらコリンは周囲の地形を確認する。
(あそこだ、大きな岩がある……あれを使わせよう)
「シャロット……ドゥーン。あの岩をサイコキネシスとお前の怪力でトキの脳天をたたき割ってくれ。俺は注意をひきつける」
「分かった」
「気をつけてください」
 二人の了承を貰い、コリンは早速穴を掘って攻撃しようとたくらむ、が。

「ま、まて……」
 不意に、北の空がわずかに明るくなる。北の空を見てみれば、極夜の空が白んできている。はるか高みから見下ろす水平線の向こうに、太陽の光をはっきりと感じられるようになった。
「あ、辺りが……ほんの少しだが、辺りが……」
 コリンが目を疑うように北の空に呟いた。
「明るくなってきている?」
「あぁ、確かに感じるぞ」
 シャロットもその光を感じて目を見開き、ドゥーンは二人を肯定するように頷いた。
 三人が光に見とれている間に、トキは再び時の回廊への攻撃を再開するが、回廊は中々丈夫なようでびくともしない。それどころか、苦しみだして膝を折りだすしまつ。今のうちに奴へ攻撃しようとコリンが身構えると、あろうことかディアルガの体から消滅の際に発せられる光が漏れ出した。
「あ……トキの体から光が……綺麗……」
 呑気にも綺麗だなんて言葉を思わず口にしてしまい、シャロットは首を振って気を取り直す。
「わ、私の体にも?」
「シャロット……これは歴史のひずみによる消滅光だ……」
「歴史のひずみ?」
 ドゥーンの言葉に、シャロットはオウム返しに尋ね返した。
「俺達の……皆の消滅の時が近づいているんだ」
「ええっ? もう……消えるの?」
 実質の死刑宣告を下したコリンは、シャロットの言葉へ躊躇いがちに頷く。
「そう、消えるのね……死ぬのが世界の天辺。こんな良い景色だなんて、良い死に場所じゃない」
 シャロットは(うそぶ)いてから精神を集中させ、サイコパワーを高める瞑想に入る。
「そうだな……だが、景色を楽しむためには……消滅のときまでに、何とかトキ様の暴走を止めなければな」
「ああ、未来のためにな。俺達の戦いも……これが最後だな」
(頼む……アグニ、シデン。力を……貸してくれ)
 三人は何処までも続く北の空を眺めるのをやめ、トキへ向き直る。それぞれが、思い思いの構えをとって攻撃態勢へと入る。

 コリンは荷物を捨てて地面を掘り進む。ツンドラを超えて永久凍土となったこの地面を掘り進むのは思いのほかキツイものがある。短時間でコリンの二本指が(かじか)み、掘り進む行為に対しての辛さにくじけそうになる。しかし、苦痛もこれで最後なのだと、あらゆる辛さをこらえながら、コリンはひたすら掘り進んだ。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
 地面から躍り出て、全身に纏った地面の波導を腕の葉に収束する。トキが、苦しみ始めた時に膝を折るのは決まって右前脚。原因は不明だが、微妙に左よりも弱いのだろう。ならば狙うべきは弱い右前脚。
 飛び出した勢いを殺さないように左腕に付いた三枚の葉を右前脚に叩きつけ、深々とえぐり取る。鮮血が飛び散り、コリンの左腕から顔面までを血液で濡らし、その体温が湯気を立てた。
 ドゥーンは、平均的なヨノワールの身長とほぼ変わらないいたって標準的な身長で、その身の丈は1.9mほど。その身の丈を僅かに超えるほどの大岩をシャロットの念力によるサポートと高々と共に持ち上げ、トキの脳天に叩きつける。
 トキは、頭から血を流している。濁々と流れる血液は、何かマトマのスープを流したように生温かく湯気が立ち上った。先程コリンが切り裂いた右前脚もまだ血を流し続けている。
「やはりトキ様に……ダメージはない……か?」
 ドゥーンの反応通りトキは、ジロリと三人を睨みつけるだけで、痛みを感じている様子がない。
「というか……怪我が治っているな……一瞬で」
「時間を戻しているのよ……あれは、回復封じも通じない、時間回帰能力……」
 トキは口から龍星群を吐き出すが、シャロットはそれをひらりとかわしながら、ヤドリギの種を飛ばしつつ解説を始める。
 本来ならばこの龍星群も波導の強さに依存する攻撃の力を下げてしまうのだが、それも時の流れを戻す事で何事もなかったように力を元に戻されてしまう。
「どうすればいいんだ……?」
 そうこうしているうちに、トキの胸が煌めいて、ラスターカノンが弾け飛ぶ。コリンはそれを跳び退りながら二人に尋ねる。
「あれを破る手段は……滅びの歌しか……仲間がいる今なら……」
 そして、シャロットが答えを口にした。シデンやアグニと別れた際に、味方がいなかったがために使えなかったトキを倒す手段を。

406:滅びの歌 


「なるほど、それなら確かに倒せるかもだが……」
 と、コリンが納得するが、言い切る前にトキが突進してくる。
「でも、一つ問題があるわ。今のトキならば、滅びの歌の効果が出始めたとしても、倒れない……殺しても死なない状態の今では……滅びの歌ですら倒しきれる保証はない……だから、死ぬまで殺す方法があれば……」
「死ぬまで殺すだって? どうしろというのだ?」
 ドゥーンがトキの振りむきざまをシャドーボールで狙って軽く目つぶしを狙う。運よくタイミングが合って敵の眼はあえなく潰れたが、これでは数秒でもとに戻ってしまうだろう。その間に少しでもダメージを与えられればと、ドゥーンとコリンは前へ出る。
「滅びの歌は、原初の神が戦いを治めるために歌った歌……時間や空間の上位に位置する(ことわり)、『事』、そして『言』の力。例え時間を戻そうとも、その効果は残る……歌を聞いた者が、『戦闘をやめた』と思うまでは、歌は牙を剝き続けるの」
 その間、シャロットは語る。
「だから……トキに滅びの歌の効果が出た後でも、何とか戦いを継続させて死ぬまで殺す事が出来れば……勝機はある。でも、そのためには……」
 視覚がまだ回復していないというのに、トキは口から龍の波導を吐き出して無差別に攻撃をする。
「そのためにはなんだ?」
 コリンが尋ねた。
「私が歌っている間に時間稼ぎをする人と、歌を聞かずに耳を塞いでいる人が必要なの……滅びの歌の歌い手はもちろん耳を塞ぐのは無理。時間稼ぎをするにも耳をふさいだまま攻撃をかわすなんて至難の業よ。それに、滅びの歌は慣れていないから……私は安全なところで集中して歌うしかない。つまり、どうあっても一人で注意をひかなきゃいけないの」
 狙いの精度が悪い射撃も終わり、トキは復活した双眸で正確にコリンを狙う。
「つまり、一人でトキの注意を引けと言うわけか? そんな無茶な……」
 その間、ドゥーンが問いつつ、トキの足を殴りつける。気合を込めたその拳は非常に重い一撃で、一撃の元に痛みで怯むレベルだが。すぐにその痛みもなかった事にされてしまうであろう。
「俺は出来るぞ……」
 ドラゴンクローとも踏みつぶしともつかない連続攻撃をドゥーンの援護があるまでしのぎ切ったコリンが言う。トキは膝を折ったまま憎々しげな視線をこちらに送って、ラスターカノンを放ってくる。

「馬鹿をいうな。あの攻撃を、耳をふさいだままかわせるというのか?」
 ドゥーンが次に来るであろう攻撃に身構えながら、前を向いたままコリンへいう。
「虹の石船での戦いのときに使っていた復活の種が一つ残っている……それを俺かお前のどちらかが喰えば……くっ来るぞ!!」
 コリンが腕にお守り代わりに付けた復活の種を気にしながら話している最中に、トキが上空に向かって龍星群を放つ。
「おまえら、私の元に集まれ!」
 ドゥーンは緑色の障壁を張りだし、近くにいたシャロットはドゥーンの背に隠れる。コリンはトキの体の下に潜り込んで、それをしのいだ。
「わざわざ守らせてすまない! 復活の種は道連れや滅びの歌に耐性が出来る……それを利用すれば……耳を塞ぐ必要はない」
 ドゥーンの背中から這い出して、コリンが言う。
「ならば、コリン。それはお前が喰うんだ」
「なぜ? お前の方が強いだろ!?」
「確かにお前より強いかもしれんが……これは集団戦。つべこべ言わずにお前が食え!! 策があるんだ……私にしか出来ない」
「分かった、お前の知識に賭けるぞ……」
 コリンは敵の攻撃を前転受け身で回避しつつ、お守りから種を取って口に含む。
(ソーダ……頼むぞ。お前から貰ったこれで、勝利に導いてくれ……)

「話はついたようね……頼むわよ」
 シャロットは上空へ飛び上がる。攻撃が避けやすいように、全体が見渡せ龍星群が散らばってもその射程外にいられるような位置で。
「今日は死ぬにはいい日ね」
 本当は、自殺のために歌おうとして、ヤミラミに止められ、以後ずっと猿轡をかませられるきっかけとなった歌だ。こんな時に役立つとは思わなくて、シャロットはほくそ笑む。
「屠鬼=伐折羅=ディアルガ……覚悟」
 本を朗読するように淡々とシャロットは述べる。
 途端、シャロットから漏れ出すのは、子守唄のような優しい調べ。これが聞いた者に致命的なダメージを負わせる歌だとは到底思えないような曲調であった。
「これが、滅びの歌なのか……」
「ああ、子守唄さ。戦いを治めるための、優しい調べだからな……」
 思わず注視してしまいそうになるのを必死で抑えながら、コリンとドゥーンはトキへと向き直る。

407:カウントダウン 


 コリンは高速移動の呼吸法から、腕の葉にノーマルの波導を纏わせて、トキの前脚の間から股下へもぐりこむ。すれ違いざまに、防御を打ち崩す斬撃を加えた。
 ディアルガが持つ鋼タイプとのタイプ相性も悪ければ、コリンの体のタイプと一致しない攻撃では傷が浅い。それどころか、どうやら防御を打ち崩す効果は相手が大きすぎて薄いようだ。
 相手はやはり切り裂かれても、苦悶の声一つ上げない。そうしてコリンが注意を引いている間にドゥーンもまた相手の足を殴りつけるのだが、やはり敵は傷ついたところですぐに全快まで治してしまう。
 股下に潜り込んだコリンから離れようと、トキは駈け抜ける。
 刃物のような鋭さと石柱のような重さを両立させる爪が迫るが、ドゥーンとコリンは予備動作で敵の動きを読んで、それをかわす。駈け抜けたトキがこちらにふり返る前に、ドゥーンは敵の肛門へ向かってシャドーボール。流石に狙った通りには命中せずに太ももに当たり、その巨体とタイプ相性ゆえに大した威力も叩き出せない。
 遅れてコリンがエナジーボールを放つが、トキは少々顔をそむけて目に傷を負う事を避けた。
 そこから、ラスターカノン。真っ直ぐにドゥーンを狙ったその技をドゥーンはかわそうとするが、僅かに反応が遅れてラスターカノンが肩を掠める。
 ぐぅっ、とうなり声を上げて痛みをこらえるドゥーンに、コリンは駆け寄りたい衝動を抑えてトキの方をじっと見据える。

 トキの胸にある金剛石が光を放っていた。
「アレは……伏せろコリン!!」
 トキに狙われていたドゥーンは実体を地面へと消し、どうかした地面を盾にしてその攻撃をやり過ごす。ダイヤモンドから放たれた光は、音と衝撃を伴って永久凍土を砕いた。その攻撃で形成された、ドゥーンの体がすっぽり埋まりそうなクレーターを見てしまうと、この寒さよりもよっぽど背筋を凍りつかせてしまいそうだ。
 その間にコリンは地面に伏せていたが、地面と空気を伝って届いた轟音に一瞬意識を飛ばしかけたほどである。
「……っく。ダイヤブラスト……なんて威力だ」
 疲弊したドゥーンが、先程のラスターカノンで負傷した右肩を押さえ、肩で息をしながら実体を表す。標的を見失いあたりを見回していたトキはドゥーンを見つけると、再び彼へ狙いを定める。歌を歌っている最中のシャロットにはサポートが期待出来ず、コリンは伏せたついでに素早く雪をかぶって隠れたせいで、こちらにも助けは期待出来ない。
 万事休すかとドゥーンの脳裏をかすめたが、コリンは大地に満ちた地面の波導を引っ手繰るように受け取って、それを纏わせた爪でトキの体を土くれのように軽くえぐり取る。
 龍の波導が飛んでくる直前でトキはその痛みに呻き、よそ見する。その瞬間に、ドゥーンは立ち上がって退避する。
「ありがたい、コリン……」
「いいから前見てろ」
 言いながら、コリンはトキの頭上に『3』と書かれた番号が浮かんでいるのを見つける。滅びの歌のカウントであった。
「見てるさ……来るぞ!!」
 次は、龍星群。こんなに連発したら、今はもう蚊も殺せないような威力になるはずの必殺技だが、時間を戻して威力の低下を無かった事にするトキには関係のない事らしい。
 強力な攻撃に身構えた二人にしかし、龍星群は放たれる前に強引に口を閉じられ、不発どころか暴発して口の中を焼く。
 最初に植え付けたヤドリギの種の効果で大した疲れらしい疲れもなく、全力を込めたサイコキネシスで強引に口を閉じたようだ。それによって、口の中に強烈な衝撃を喰らったトキは、脳震盪でも起こしたのか、そのままばったりと倒れる。
 それでも、まだ意識は残っているのだろう、肉片交じりの血に塗れた口の周りは、少しずつ這い上がって再生していく。このまま放っておけば、いずれ回復してしまう。
 いたちごっこになるとしても、再生する前に他の場所を壊し、その部分が再生する前に――と、これを繰り返すしかない。
「今のうちに攻撃よ! まずは足から!! 私が手助けするから、ドゥーンは気合いパンチを」
「分かった」
 いち早くその判断を下してシャロットが言う。

「それとコリンさん……」
 ドゥーンの背中へと手助けの力を送りながら、シャロットはコリンの方を見ないで言う。
「なんだ?」
 コリンは瓦割の要領で何度もトキの足を攻撃しながら問いかける。
「私達やトキの頭の上……」
「分かっている。カウントダウンが始まったんだな」
 先ほど走っていた時にチラリと見えた、トキの頭上に見えた数字のカウント。
「あれがゼロになった時……俺一人で戦わなきゃならないんだろ?」
「相手を倒すまで……死なないでよ」
「分かってる!!」
 腰を入れて何度も殴り続けながら、コリンは言った。
 トキは立ち上がろうにも、足を攻撃され続けて出来ない。ばたつかせながら攻撃出来ないようにして回復しようと足掻くが、それに対してコリンとドゥーンは延々とダメージを与えてそれを防ぐ。
 しかし、体力も尽きて攻撃に勢いがなくなったところでトキの回復が攻撃に追いつき、ついに立ち上がり、ラスターカノンを放つ。
 ドゥーンがそれをまともに食らったその時に、カウントは残り1になっていた。

408:命の限り 


「コリン……私が注意を引く。お前は少し休め……出来る事があるうちに、私はやれる事をやる」
 トキのラスターカノンをまともに食らい、左腕にぐちゃぐちゃに潰された傷を抱え、ドゥーンは言う
「お前だけが出来る策というのがずっと引っかかっていたが……死ぬ気か?」
「まぁな。どうせ長くはない……」
 わずかに動く右腕で顔面をかばいつつ、ドゥーンはトキの前に立つ。
 それは自殺行為、というよりは自殺だった。
 急所の中の急所だけ庇って、ドゥーンは龍の波導をわざとまともに食らう。顔以外のすべてからズタズタのグチャグチャの、柘榴のように見るも無残な肉片が散る。だが、最も大事な顔。そして脳だけは守り切ったドゥーンは、肉塊となった腕を寒空に晒しながら最後の技を発動する。

「これで、痛み分けだ!!」
 激痛をこらえながら、ドゥーンは自身のダメージをトキへと移す。刹那、トキの腕や腹から表皮が剥げ落ち、血にまみれた肉を覗かせる。普通ならばそれだけで勝負がついたと思えるような怪我だが、いずれ治されてしまうだろう。
(まだカウントは1……? 早く、0になってくれ!)
「シャロットは?」
「私はここです……」
 痛み分けのダメージで(くずお)れたトキの上空で、シャロットは自身の手首に噛みつき、ありったけの出血をしていた。
「おま、その怪我……何を!?」
「癒しの願いよ……これで……」
 それまで、肩で息をするほど疲弊していたコリンだったが、シャロットの体から光が漏れ、コリンの中に取り込まれると同時に、疲れも体の冷えも、小さな傷も。すべてが嘘のように消えた。
 気付いたころにはシャロットが地面に落ちていた。普通ならば治すことも出来る2人目の怪我人、ドゥーンの傷は重傷すぎて、癒しの願いでも治す事は出来ない。
 見れば、まだ頭上のカウントは1だった。一瞬だけ、コリンはその光景を見つめる。

「命の……限り!!」
 しかし、呆けている場合ではないと気づいて、コリンは走る。ドゥーンが与えてくれたダメージも、シャロットが回復してくれた体力も、無駄にしてはいけない。
 自身を振るい立てるために、誰に言うでもなく大声を張り上げてコリンは奔った。痛み分けのダメージでまだ立ち上がる事すら出来ない状態のトキに一撃、ニ撃。
 ドゥーンと違って手数で勝負するコリンだが、シャロットの手助けを受けたドゥーンの攻撃力には及ぶべくもなく。再生速度の方が上回って、敵はあえなく立ち上がる。
(詰んだか……いや)
 トキが立ち上がるその瞬間を見計らったかのように、カウントは(ゼロ)となった。
 すでに死に瀕したドゥーンとシャロットには、もう何の変化も訪れなかったが。だが、トキの眼は充血し、血の涙が流れ出す。耳からも一筋の血、口や鼻からはあふれかえらんばかりの血が漏れ出している。
 それを、止めているのか、時間を戻しているのか。その出血がそれ以上悪化する事もなかったが、回復にはかなりの力を使っているらしい。
 明らかに攻撃の勢いが鈍っており、それ以外の場所の傷の治りも遅い。ドゥーンとシャロットのカウントは消えているが、トキのカウントはいまだ0の文字が浮かんでいる。
 それに気付くか気付かないかのタイミングでコリンはトキの左足に瓦割りを当てる。
「今なら勝てる!!」
 自己暗示をかけるようにコリンは言う。飛んできた蹴りを避け、そのまま駈け抜けて離脱しようとするトキを追い掛け、敵の振り向きざまに再び左足へ瓦割り。傷が回復しない状態で動き回っていたトキは、コリンを攻撃するべく足を上げたところで足をもつれさせて転んでしまう。
 コリンはシャロットの癒しの願いのおかげで回復したが、トキはすでに体が冷え切り、滅びの歌の効果もあって衰弱しているのだろう。倒れこんだまま起き上がる前に拳を叩き込んでやると、もがいたままトキはもう立ち上がれない。
「……今なら、勝てる」
 コリンが息を切らしながら確信したところで、トキが最後の悪あがきに吹雪を発動する。
 ただでさえ風が吹きすさぶ雪山の山頂。こんなところで吹雪を発動されれば、氷タイプの攻撃に弱いコリンはたちまち凍死してしまう。コリンは、少しでもその猛吹雪から逃れようと、トキの懐に潜り込む。
 寒さで悴んできた体を抱えながら、コリンはトキの腹に噛みつき、口をつけてギガドレイン。トキも自身の起こした吹雪による寒さに参っているのか、コリンを追い払おうとする足の動きも弱く、もう息も絶え絶えといった所。
(早く、楽になっちまえ)
 そのままコリンは、トキの体を盾にして吹雪をしのぎ、ギガドレインで相手の生命力を奪い取る。トキの暖かい体幹の体液を飲んでいるうちに、気付けばトキの胸の方では、ダイヤモンドが割れる音。
 寒さにやられていつの間にか発動していた自身の深緑の力も相まって、トキに与えられたダメージは蓄積され続け、もはや取り返しのつかないところまで来てしまったらしい。いつの間にか猛吹雪も止み、トキは全身から出血して死に瀕していた。
 口や鼻はもちろん、目からも、耳からも、肛門や尿道からも鮮血が流れている。胸のダイヤも砕けている事だし、もう長くはかからず死ぬだろう。気が付けばこの戦いは、明確な線引きもないままに静かに終わっていた。
 そう思いながらも、念には念を入れて事切れるまでギガドレインを続けてやろうと考えていたコリンだが、不意にトキの体から大量の光が漏れたかと思うと、体が光の中に溶けて消える。トキの体に寄りかかっていたコリンは、トキが半透明になった瞬間に支えを失ってつんのめり、鼻づらを思いっきりぶつけて出血して、しばらく立ち上がる気力すらなくなっているうちにそれも凍ってしまう。
「シャロット……ドゥーン」
 トキがいなくなったこの場所で、思い出したようにコリンは二人の名を呼ぶ。
「二人とも……無事か!? 生きているのか……? まだ、消えていないよな……?」
 鼻の痛みも麻痺して自分の体に何が起こっているのかすら分からなくなる中、コリンは掠れた声を吹雪に負けないように絞り出していた。

409:傍に 


 消えていくトキを見る光景は、普段ならば何か思う事はいくらでもあったのだろう。でも、今はトキが消えても、取るに足らないような無視出来る現象のようにしか映ってはくれない。仲間の安否と天秤にかけると、もうどうでもよかった。
「コリン……生きてる。心配しないで……無事じゃないけれど」
 ドゥーンをはさむ形で向こう側にいるシャロットがはかない声を漏らす。
「トキ様がいない……か。私達は……やったのだな?」
 かろうじて出したかすれた声で、ドゥーンが答える。どうせすぐ死ぬのだと分かっていても、コリンは二人が生きていたのが分かって目が潤む。
「あぁ……トキを……ついに倒したぞ。後は……後はこのまま消えるのを待つだけだ。それまで……何をする?」
(もう、体を動かしたくない……でも、動いても動かさなくてもやがて消えるのならば、動かさなくてもいいのか……)
 そんな事実が、何故か楽しくて嬉しい。そうして、コリンが笑っていると、ドゥーンの体をひときわ強い消滅光が包み始める。これが意味する事なんてただ一つ。
「ドゥーン……お前も消えるのか?」
「あぁ、どうやら消えるのは弱った者かららしい……。すまんな……もう迷っている暇はないみたいだから……少し質問をしても良いか?」
 コリンとシャロット。二人は頷き、じっと黙る。
「コリン、教えてほしい。私は……私の命は……輝いていたか?」
 もうまともに動かない体を強引に押して首を持ち上げての確信じみた満足感のこもる言葉。それに、否定出来よう言葉は何があるものか。とめどない涙は流れるままに任せて、二人はは笑う。
「あぁ、とびっきりな」
「私も、同意です」
 二人の表情を順番に見て、ドゥーンは首から力を抜く。

「よかった……私は……私は……人生を歩む過程で何度迷い、戸惑い、躊躇ったか分からない。けれど……最後の最後で、迷わず、まっすぐに生きぬく事が出来た」
 ぐすっと鼻水をすすり、ドゥーンは確かめるように、演劇の練習でもするかのようにはっきりとした発音で、その先を口にする。
「それが出来たのもコリン……お前のおかげだ。ありがとう……もう、もう悔いはない……そう思うと……何とも心が、軽いな」
 それっきり、眠ったのか死んだのか動かないドゥーンを、最後に手ぐらい握って見送ろうと思ってコリンが動く。しかし、全身が寒さにやられていなければ届いたであろうコリンの手は、醜く傷ついた体を包み隠す光の前にさえぎられる。柔らかな光は、満足そうなドゥーンの顔まで隠して世界に解けていった。
「ドゥーン……お前、せっかちな奴だな……」
(不思議と、怖くないな……俺も『すぐに追いつく』からだろうな。分かっていた事だと言うのもあるかもしれないが、何よりも……消えてしまえば、またシデンに会えるような気がするし。消えてさえいればシャロットと一緒にいられるような気もするし、それが恐怖を掻き消すように気分を昂揚とさせているんだろうか?
 あと、俺がやるべき事なんてもう一つだ。今まで一緒にいてやれなかった分、シャロットの隣に……いや、シャロットを抱きしめてあげよう)
 ドゥーンへ近寄ろうとした時の四つんばいの姿勢をそのままにコリンは這う。
(体が重い……寒い、痛いくらいに寒い……)
 顔を苦痛に歪ませながらコリンはシャロットを抱き上げ、膝の上に載せる。

「シャロット……大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
 血痰を吐いて口の周りを真っ赤に染めたシャロットは、強がりをする。
「もう気丈な振る舞いをしなくてもいいんだよ……」
 コリンはそう言って、口元で凍った血液を、優しく剥がす。
「何だろ……寒いはずなのに。、なんだか熱いね」
 もうまともな感覚は存在していないのか、血を失って蒼白とした顔でシャロットが笑う。
「愛が燃え上がっているんじゃないのか?」
 本当に顔から火が出そうな事を言ったコリンは、自分が茶化しているのか、本気で言っているのか、それとも死から気を逸らそうとしているのか、もうどうでも良かった。
「そうね。地面も燃えてるわ……まるで私達みたい」
 力なく視線を横に向かせたシャロットの言葉に、何の事だと思ってコリンもシャロットの視線の先を追う。
(燃えている……? それってもしかして)
 コリンは地平線を見る。
「いや、これは……地面が燃えているんじゃない。朝日だ」
 コリンの声が震えた。
「あれは……朝日が昇ってきたんだ」
 悔しい事にシャロットには、丁度コリンが壁になって太陽が見えていない。
(燃えている地面だけ見ても、意味がないのに……俺が体を動かさなきゃ太陽までは見えない……でも、体が重い。くそ、俺の腕も足も飾りじゃないはずだ。尻の向きを変えるくらいで……俺は何をやっているんだ?)
 最後の力を振り絞るように、コリンが態勢を変える。どうあれ、自分の体も長くない事は分かった。
(あぁ、やっと体が……動いた。でも、疲れた)
 四苦八苦しながらコリンが向きを変え、長距離を走り終えたように疲労困憊して倒れこむ。
 でも、今の状態ならば、ただ首を横に向けるだけで朝日が見える。このまま力尽きでも、最後の景色がこれなら悪くない。
「シャロット、見えるか? 朝日だ、ずっとお前に見せたかった……朝日だぞ」
 四肢も尻尾も地面に投げ出し、コリンは左を向いた。暁に染まる海が北の空に輝いている。
「こ、これが……これが、朝日なの……?」
「あぁ、綺麗だろ? 初めて見たときは、俺も心臓が止まるかと思った……初めて朝日と共に光合成した時は……このまま死んでもいいとも思ったくらいなんだぞ」
 シャロットが小さく血を吐いた。コリンの体に生暖かい血が滴る。まだ、癒しの願いを使った後でも、滅びの歌の効果はまだ体をむしばんでいたらしい。
「おい、シャロット……お前」
「私……知らなかった……太陽が昇る世界って……こんなに綺麗なんだ……太陽って……こんなに暖かかったんだ……それに気持ちいい。これが……光合成の感触なのね」
 心配そうなコリンをよそに、感動の赴くままシャロットは喋り続ける。彼女の体からは澄んだ空気が流れていた。

「もういい、喋るな……」
「大丈夫。もう、残りの寿命が半分になったところで気にしないから、最後まで言わせて……」
 二回咳き込み、小さな口の端と鼻から血をもらしてシャロットは笑う。コリンの体がジワリと熱いものに濡れ、そこから湯気が立ち上る。シャロットが失禁しているのだという事が嫌でも分かった。
 心底嬉しそうなシャロットは、失禁した事に気付いていないのか、恥ずかしそうな翳りも見せず、角膜が濁り始めた目を揺らしてコリンに笑う。
「私……消える前に朝日が見れて……最後に……一緒に見れて……本当によかった……生まれてきて……本当によかった」
「ああ、そうだな……俺もそう思ったよ」
 自分の周りに湧きあがる消滅光が激しくなるのを見て、シャロットが死期を悟った。
「さようなら、コリンさん……私……私」
 最後の言葉を言おうとして、大きく咳き込みその言葉は中断される。『幸せよ』――血にまみれながらかすかに動いた表情が、そう語っていた。
「あぁ、俺もだよ」
 コリンは答えた。でも、シャロットの消えかかった体は耳から血を流していた。お前は、俺の言葉を聞き取れたのであろうか? 濁った瞳は俺の口の動きを見てくれたのだろうか? 分からない……でも、伝わったと信じたい。
 コリンは眼を瞑る。
(シャロット……今まで、広い世界を見て、描いてきた俺だけれど……お前の事は余り構ってもやれなかったし、絵を描いてもやれなかった。きっと寂しかっただろうな)

「だからせめて、今だけは……お前の傍にいるよ」
 気が付いたら、途中で言葉にしていた。いつから口に出していたかは分からない言葉を言い終えると、待ち構えていたように世界が崩壊する。
(さよなら、ソーダ。アグニ……心は、お前らの傍に……)
 視界が全て光に包まれた。反比例するように、意識は暗く落ちていく。コリンは最期にシャロットと――





























410:奇跡ではない 


 口付けを交わした。つもりだったが、何か変だ。
 まず、消滅光が自分の周りを舞っていない。自分の体も寒くもなんともないし、大体腕に抱いていたはずのシャロットもいない。
「ううっ……消えていない。わ、私は消えていない……どうしてだ?」
 消滅したはずのドゥーンも生きていた。雪の冷たさの中に居ながら不思議と暖かい身体を感じながら、ドゥーンは目覚める。腕の怪我は夢であったかのように消えうせていて、グチャグチャに潰れ凍りついた肉塊となったはずの腕を訝しげに見つめる。
「本当だ……私達……消えていないわ……」
 血を失い蒼白とした顔も、顔にべったりと張り付いた血糊も消えうせ、シャロット本来の血色の良い桃色が、極夜明けの朝日とも夕日ともつかない太陽に照らされている。
「歴史が変わると俺達も消滅するはずだ……なのに……これは一体?」
 ドゥーンが大きな自分の手を握ってみると、その感覚が分かる。自分が確かに存在している証拠だ。
「俺達は……俺達は本当に消滅せずに済んだんだ……」
 でも、何故だ? 三人の疑問は尽きない。
「すごい……何で消えずに済んだのか分からないけれど……でも、とにかく……皆生きている。皆、無事だったのよ! これってすごく素敵な事じゃない!?
 分からなくったって構わないよ、生きているから生きているの……こんな素晴らしい事、ほかにないわ」
 そんな中、誰よりも騒がしくシャロットがはしゃぐ。翅音を周囲に響かせながら、崖から飛び出すようにして壮大な景色を眺め歓喜する。見下ろす俯瞰を楽しむのは一瞬で、今度は仲間達が確かに存在する事も確認する。
 何とも言えないこみ上げるものがシャロットの中で疼き、思わず涙がこぼれた。

「……まさか、こんな事が起こるとは」
 シャロットがはしゃぐ様を見守りながら、ドゥーンは呟く。
「……もはや奇跡としか、言いようがないが」
「いや、奇跡ではない」
 その言葉を遮ったのは、
「トキ!! まだ生きて……いや」
 コリンが腕の葉を構えたが、すぐにそれを下す。
「トキ様……」
 ドゥーンは、構えを取る前に気付く。見れば、体のラインも胸の金剛石も元の色に戻り、足の怪我も治っている。過去の世界に於いて在りし日の、本来のトキが西の崖際に立っていた。消えうせた禍々しい気配がそのまま神々しさに取って代わり、落ち着いた雰囲気は形が同じでも面影は無い。
「とても長い間……夢を見ていたような気分だ……そして、その間に……世界が大変な事になってしまったようだな……」
「ト、トキ様……」
 ドゥーンがトキを呼ぶ声も自然と厳かになってしまう。傍で見ている分には、その変わり様が少しおかしくて笑ってしまいそうだ。
 なんとなく、厳かになる理由も分かる気がする。

「責任は私にある。覚悟を以ってこれからの新たな世界を支えよう」
 巣立つ子供を見守る母鳥の眼差しで、トキは世界を見つめる。
「いま、世界は蘇ろうとしている。それが、再び新たな歴史を歩み始めるには、苦労も多い事だろう……」
 トキが三人を見つめる。自然と目をそらせなくなった三人へ、胸の金剛石から放つ光を当てて術を掛ける。
「こ、これは?」
「トキ様の……テレパシーなのか……」
 それは、荒廃した草の一本も生えない世界を俯瞰から見下ろす、寂しい映像のテレパシー。テレパシーで強引に感じさせられている景色は目を逸らす事も目を瞑る事が出来ない。
 そんな目を背けたくなるような荒廃した大地は、不意に白光に包まれ大地に草花が茂った。大地が緑に包まれるまでの瞬間は、瞬きすれば見逃してしまうほどに一瞬だ。しかし、瞬きが許されないテレパシーによる映像は、三人に例外なくその一瞬を視認させた。
 荒廃した未来世界の面影は何処にもなく、手つかずで美しい壮大な景色だけが後に残った。
「わぁっ!!」
 そんな世界を一度も見た事がないシャロットが、同時に感嘆の声を上げる。掛け値なしの驚きと喜びと感動、いろんな思いが十派一絡げに一つの声に集約されて紡ぎだされる。

「これは、過去の世界なのか……?」
 ドゥーンの言葉に、コリンも賛成したくなるほど萌える緑が世界に繁茂している。
「なんて……なんて綺麗な光景なの……?」
 シャロットは、自分の目から涙が流れている事を感じていた。目の前の景色はテレパシーで見ているもののため、風景が滲まない。その感覚は少し違和感があるが、便利なので気にしない事にする。
「これがトキの……ディアルガの力なのか……」
 コリンもその光景に息をのんで、陶酔したような声を出した。
「ト、トキ様……」
 映像が終わって、見るだけで疲れたように全員がため息をつく。映像を見せられている間は全員がまともに呼吸をしておらず、短い時間とは言え、息が切れかけるのも当然だと言えた。
「トキ……聞きたい事が。さっき、俺達が消滅しなかったのは……奇跡ではないと言っていたが、それもお前のおかげなのか?」
 コリンの問いかけにトキはゆっくりと首を横に振る。
「いや、私ではない……全ての消滅を止めるほどの力は、さすがに私にも無い……しかし」
 トキは太陽が差す北の空を眺めて続ける。
「私よりもっと上の存在……その存在の力なら……それも可能だ。これはきっと……その力が働いたのだと思う」
 トキは言い終えると、朝日を名残惜しみながら振り返り、北の空を見るのをやめてコリン達へ向き直る。

「だが、そんな話よりも先に……英雄には礼を言わなくてはならない」
 いうなりトキは、コリンを見て前足を折り頭を下げた。四足式の土下座であり、ギャロップやキリンリキにとって最上級の礼儀でもある。単純な行為ではあるが、ディアルガが行うともなればその意味は大きい。
「よくぞ世界を暗黒から取り戻してくれた。本当に、本当に感謝するぞ。お前達にも……また、過去の世界で星の停止を食い止めたお前達の仲間にもな……」
「あ……俺の、仲間……」
 自分自身のおかれた状況を理解するのに必死で、コリンは忘れていた。今は遠く離れているが、目の前にいるのならばもっとも喜びを分かち合いたい者達の名前も顔も。
「そ、そうだ……俺達が消滅しなかったのなら……」
 たまらずコリンは、朝日を間近で見ようとトキを横切り北の崖際に立つ。
「シデン、お前も……お前も、もしかしたら無事なのか!? お前も消滅せずに生きているのか?」
 ひとりでに口が空を泳いだ。
「そして、アグニ……お前は……歴史が変わる事による未来世界のポケモンの宿命を……俺やシデンの運命を……後で知ってしまっただろうお前は、今……どんな思いをしているのだ?」
 さらに崖際によって虚空に語りかける。コリンの語りは傍から見れば馬鹿みたいな独り言だが、誰もそれを邪魔しようとも水を差そうとも思えないほどに全員の意識が過去へと固定される。
「風よ……光よ……もし、届くなら……シデン達に伝えてほしい、お前達のおかげで、未来は暗黒から解放された……そして、俺達未来のポケモンも無事だ。俺達は、消えずに済んだんだ」
 シャロットが隣に翅をはためかせてコリンの隣に浮かび、さりげなくコリンの腕を抱いてみる。いつもならやんわりと振り払われるだろうその腕を拒絶されない事を、心の片隅で嬉しく思う。
 その実、コリンはシャロットの事なんてどうでもよくて、シデンやアグニ、ソーダやロアなど過去の世界で出会った住人の事で頭がいっぱいなだけである。
「これからは、力を合わせこの世界を立て直していく。ここまで支えてくれた皆のためにも……これからは」
 コリンの両肩に巨大な掌が乗っかった。後ろを振り向けば、ドゥーンが微笑みながら頷き、その先を促す。
「俺達は何より……生きているのだから」
 コリンはようやくシャロットの存在に気が付き、思い出したようにシャロットの胴を抱き抱える。優しく、温かい命の重みを肩と腕で噛みしめて、コリンは生まれて初めて神に祈る。
「トキ……もし俺達に礼をするつもりがあるのならば……今ここでそれを頼みたい」
 振り返ったその先で笑うトキは、うむ……と頷いて見せた。
「承知した。私は今よりお前の言う風と光となろう。だが、空間……いや、世界を超える力は私の専門ではない。長い時間は持たぬぞ? 限られた時間を有効に使うよう、出来れば伝えたい言葉はなるべく手短にな……」
「構いやしないさ」
 コリンはトキの言葉を抗議するでもなく受け入れる。

「トキよ、俺の声を伝えてくれ」
 時間がゆっくりと流れる。周囲で見守っているものがじれったくなる程の永い永い深呼吸をして、コリンは朝日という名の巨大な光と風に声を預ける。
「シデン、アグニ……ソーダ、ロア、リアラ……みんな。聞こえるか? 俺達は……生きている!!」
 極夜の彼は誰(かはたれ)はすでに黄昏へと移り変わり始めている。三つの影は、その双眸に消える事のない光を宿している。対照的に久々の仕事だというのに極夜上がりの怠け者な太陽は、すでにその身をほとんど沈ませていた。
「終わりか?」
「あぁ……ドゥーン、シャロット……二人とも」
 コリンは、トキに頷き、振り返って二人を見る。
「ゆっくり休もう」
 今日という日に残された仕事は、戦いの前に誓い合った約束に思いを馳せながら、休息につくだけだ。例え太陽が沈んでも、唄うべき光はもう決して逃げはしない。













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コメント 



お名前:
  • >2013-11-03 (日) 02:46:36
    大体はお察しの通りなのです。ダークライの件がなかったら、アグニを成長させるためにも消えたままにするのが神としての役割だったかと思います。
    シデンを復活させたのも、おそらくは苦渋の決断だったのでしょう。ソーダは……私ももうすこし救ってあげたい気持ちですw

    テオナナカトルは、その通りコリンたちの世界の未来ですね。すでにコリンたちの戦いは神話になっているようです
    ――リング 2013-11-22 (金) 00:37:02
  • ふむふむ、こうして読むともし原作のストーリーにダークライの話が無かったら、リングさんバージョンはシデンが復活しないまま終わってたのかなって思いますね。

    ソーダがちょっと可哀想でした。

    テオナナカトルって多分、コリンたちの世界の未来の話ですよね?
    ―― 2013-11-03 (日) 02:46:36
  • >狼さん
    どうも、お読みいただきありがとうございました。
    『共に歩む未来』のお話では、もう一つの結末というか、私としてはこちらのほうがよかったという結末を書いて見ました。
    ディアルガのセリフから察するに、本当の未来はシデンが生き返らない方であったという推測が自分の中でありましたので……。
    こんな長い話ですが、読んでいただきありがとうございました
    ――リング 2013-06-26 (水) 09:49:35
  • 時渡りの英雄読ませていただきました。私は探検隊(時)をプレイしたのでだいたいのことはわかるのですが時渡りの英雄ではゲームとは違ったおもしろさがありゲームではいまいちでていないところまで実際そんなストーリーがありそうな気がしたり(当たり前か)してとてもおもしろかったです。
    『ともに歩む未来』では[シデン]が蘇らないのかと思ったら[アグニ]の夢というおち、少しほっとしたり…。
    これからも頑張ってください。
    ―― ? 2013-06-17 (月) 21:31:32
  • 時渡りの英雄これから読んでいきたいと思っています。
    時渡りの英雄は10日ぐらいかかると思われます。
    読むのが楽しみです
    ―― ? 2013-05-25 (土) 02:02:01

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Last-modified: 2012-05-30 (水) 00:00:00
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