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時渡りの英雄第26話:光を求めて・前編

/時渡りの英雄第26話:光を求めて・前編

時渡りの英雄
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391:何故? 

「ここなら大丈夫だ。ヤミラミが来ても見つからない。少し……休んでろ。しばらくしたらまた出発するからな……」
 先程の戦場に残っていた氷の塊、布越しに当てながら患部を冷やしたり、途中先ほどのオニゴーリ達と同様にダンジョンから抜け出したイレギュラーの『ヤセイ』を首を絞めることによって殆ど無傷で生け捕りにし、痛みわけの呪術で傷をある程度を癒したが、それでも腫れや痛みはまだ続いている。
 今は、コリンが患部に宿木の種を軽く貼り付け、腫れ上がった場所の血を抜いている最中だ。
「しかし……あの時。氷の塊が俺の頭上に落ちてきた時、まさかお前が俺をかばうとはな」
 氷の塊でドゥーンの背中をさすりながら、コリンは苦笑する。
「思い違いだなコリン。断っておくが……私はお前のことが大嫌いだ。だから、お前を助けることなんか絶対にしたくなかった」
 ドゥーンの言葉はなんだか説明口調で、普段のようなキレがない。少し、無理して言っているんじゃないかとコリンは内心笑いをこらえる。
「それでもお前をかばったのは……今はお前の力が必要だと考えているからだ。新しい腹心を倒すためにな」
 ドゥーンのそれは、本心を隠す壁のような言葉だが、膜のように薄く頼りのないその言葉は、素直じゃないなと、コリンの中で一蹴された。
「俺に手伝えというのか? 新しい腹心を倒すことを……」
 コリンは大げさに驚くことをせず、静かに問いかける。
「新しい腹心は最後の刺客でもある。私が頼まなくとも、お前は倒しに行くだろう。だから新しい腹心は……お前と私の二人で殺る。
 また、場合によっては……トキ様も倒すことになるかも知れん。その場合は、お前にとっては願っても無い展開だがな」
(トキを倒す……もしかして、お前が道中で話したトキに仕える理由の話は……トキと言う存在に仕えることに対して疑問を抱いているからこその話なのか?
 トキを尊敬することが如何に異常なことであるかを、自分自身で理解しての……)
 コリンは、そんな思考が何度も空回りして、ついに言葉に出来ないでいた。

「傷の具合は?」
 腫れた部分のヤドリギの種による血抜きは完了した。後はオレンの実で体力を回復させつつ、化膿止めを飲ませておけば大事に至ることは無いだろう。
「大したことはない。それに、以前に比べれば大分力も回復している。過去の世界でお前達に食らったダメージの方が。いまだ厳しいくらいだ」
 本人曰く『大嫌いな相手』と一緒に居ながら、ドゥーンには冗談を言い、穏やかな表情をするだけの余裕があった。それは、肉体よりもむしろ精神的な余裕で、二人は互いに、互いが突然牙をむく事はないであろうと、気を許しあっていた。
 意識しないと気がつかないほどに自然に、ゆっくりと。
「ふん。そこまで御託を並べられるくらいなら大丈夫だな。もう少ししたら出発するぞ」
 憎まれ口を叩いていてなお、コリンの口調も表情もまたひたすら穏やかであった。
「その前に……聞きたいことが」
「なんだ?」
「コリン……お前は、お前は、なぜそこまで頑張れるのだ? 前にお前は……未来のためにこれから授かるであろう新たな命のためと言っていたが……確かにそれは分かる。私達は花が育つのを嬉しく思うのが当たり前のように、アグニ達が何の憂いもなく天寿をまっとう出来るのなら……私も嬉しい。
 それは分かる。そこまでは理解出来るが……でも、自分自身は消えてしまうのだぞ? お前の命は……なくなってしまうのだぞ? そんなこと、私には……やはり耐えられないことなのだ。
 トキ様も、死ぬ事は生物にとって最大の苦痛である……と言ったのだ。歴史を変えれば、消滅が悠久の時代を超えて起きる……と。アグニが憂いなく生きるのが嬉しいとはいえ、自分が消滅するなんて……私にはとても受け入れられないのだ。それなのに……何故お前はそこまで頑張れるのだ? それでいて尚、決してあきらめない気持ちの強さは……いったいどこから生まれてくるというのだ?」
 尋ねられたコリンは笑みを浮かべていた。しかし、ドゥーンの眼差しは笑っておらず、強い感情の揺らぎの様なものが感じられる。

「生き物って言うのは少なからず本能を満たすために生きているんだ……食べると美味しい。眠ると気持ちいい。セックスは快感。子を産むと嬉しい……生きることは、素晴らしい。そう……生きるってことは素晴らしい事なんだドゥーン。生きるってことは、本能を満たしているんだ……だから、消えたくない。
 死にたくないというお前の気持ちも分かるが……でも俺は、こう思っている。例え消えようとも……例え消滅しようとも……俺自身は消えてはいない……と」
「なに?」
「生命には終わりがある。歴史が変わらず……このまま暗黒世界が続こうとも、いずれ消えてしまう日がやってくるのだ。
 であれば、消滅の時期に意味はない。大切なのは命の長さではなく……生きている時に何が出来るか……なのだと思う。名画を残す画家、名曲を残す作曲家、巨大な資本を生み出す資産家……子供を残す親……とな」
「生きている時に……生きている時に何が……出来るか?」
 オウム返しにドゥーンが尋ねると、コリンは声に出さずに頷いて肯定する。

392:残すもの 


「生きるために必要でない本能……性欲もそうだし、母性本能もそうだ。生きるための本能と、残すための本能――それが二つとも満たされて、初めて満足な人生だって思えないか?
 好きなものをいくらでも食えて酒もいくらでも飲めて、女もいくらでも抱けて、でもあと1年しか生きられない。
 奴隷として生きて、死んだ方が世のためになるとすら言われながら生きて、それでも生きた時間は平均的な寿命よりも長い。
 どっちを選ぶかって聞かれたら決まっている。
 分かるだろう? 生きる事の素晴らしさってのは長さだけで決まるものじゃない……量と質、二つが揃ってこそなんだ……足し算ではなく掛け算なんだよ。俺がもし、シャロット達に出会わずにこの暗黒世界を生きていたら……確かに、沢山食べて沢山運動して生きてたから年数はすごいかもしれないが、蓋を開けてみれば中身はスカスカだ。
 俺は生きている時に輝きたい。生きている証が欲しい。スカスカな人生なんて嫌だし、スカスカな人生じゃ何も残すことは出来ない。ま、適当な女を捕まえて子供は何人か産ませていただけでも幸せかもしれないが……だが、未来に残せる者って子供だけなのかな?
 子供を沢山残せれば人生満足なのかな? それは、違うだろう? 貧困にあえぐ場所は多産多死、食料や経済が豊かな場所は産む子供の数が少なくなるって傾向もあるんだ。確かに、子供を一人も残せない人生よりかは幸せだろうけど……けれど、何か違うだろ?
 生きている時に輝けば、その精神は……きっと未来に受け継がれると信じている。子供とか金とかそういうものとはまた違った何かを未来に残せると信じている。いや、未来だけじゃない。シデンやアグニにも……俺の魂は刻まれていくはずだ。あいつらの中で俺の魂や想いは生きている。そして、その魂はまた、他の者へと受け継がれる。
 例え消滅しようとも……俺の魂は生き続けるはずだ。それが……それこそが……生きているってことじゃないのか? 生態系の保存とか、種の保存だけじゃない……自分の生きた証を残したいって気持ちが、俺には必要だったんだ」
「消滅しても……生きている……魂は……生きている、か?」
 長い話を黙って聞いていたドゥーンは、不意に尋ねられて答えに詰まった。コリンも、答えを長く待とうとはしなかった。
「なぁ、ドゥーン? お前がやりたいことは、この世界で生きるための本能を満たすだけなのか? 何かを残そうとする本能を満たそうとは思わないのか? 子供を残すのだっていい、なんなら、歌作ってそれを残したっていいじゃないか。お前は、何を残したいんだ?」
 ドゥーンの思考は半ば麻痺したように、コリンの言葉を呆然と反芻して口を閉ざす。
「トキ様に……私の記憶を」
「今はもう、お前の事なんて役立たずとしか思っていないんじゃないのか?」
 一秒と待たずに返されたコリンの言葉に、ドゥーンは沈黙する。
「人は二度死ぬ。一つは生物学的な死、もう一つは皆の記憶から消えていく事による社会的な死だ。ただなんとなく生きて、なんとなく死んで……それじゃあ、社会的な死と生物学的な死が直結してしまう。
 でも、だ。思い上がりかもしれないが……俺が過去に残してきた絵の数々は、きっと皆の心に残り続ける。俺の生き様も共に刻まれ、受け継がれ……そうやって永遠に生きていくんだ」
「魂と心は、死んでも受け継がれ続けるか……たいそうご立派な事だ」
 ドゥーンはクツクツとくぐもった笑い声を上げる。
「だが、これだけは覚えておけ。英雄は、往々にして死神であると言うことを。ホウオウ教が布教するあの平和な大陸でさえ、戦争と英雄が存在したのだ。お前は……いや、私も死神だ。どちらのわがままが通ったとしても……どちらも死神には変わりがないのだ。
 殺さないと、残らないんだ……何もかも。お前は殺した、そしてまだまだ殺そうとしている……私はそれに迷いも何もないお前が許せないのだ……」
 ドゥーンの独り言のような嘆きに、コリンは答えることが出来なかった。共に、不完全燃焼な心持ちを抱えつつ、沈黙のまま時が過ぎる。
「誰かを犠牲にしない奴なんていないさ……その分、俺は誰かに何かを返して生きてきたつもりだ。ドゥーン、お前はどうなんだ? 本当に俺が誰かから奪い続けて生きていたとでもいうのか? 確かに奪ったさ、でもその分与えたつもりだ」
「お前は……お前はっ……」
「なんだ、ドゥーン?」
 ドゥーンが歯を食いしばる。
「……っ。なんでもない」
 ドゥーンの言葉はそこで止まった。

 そのままドゥーンが沈黙している間にコリンはいつの間にか眠っていた。どれほど時間が経ったのか、狩ったばかりの生の内臓をかじりついているところでドゥーンが目覚めると、コリンは残しておいた内臓の美味しい部分を差し出して尋ねる。
「腹は減っているかドゥーン?」
「いや、私は大丈夫だ」
「そうか……じゃあ、だいぶ休んだしそろそろ行くか」
 コリンは暗闇の氷山で語り合ったことを反芻していた。あの時、長い前振りの後に漏れ出したドゥーンの本音。それは、時の守り人という道以外を選ぶことが出来なかったドゥーンは、トキを尊敬しなければまともな精神を保てなかった……生きる希望を見出せなかったという事。
 今はもう、いまさらその尊敬が間違ったものであったと認めてしまう事が出来ない、取り返しのつかない事をしてしまった経験は星の数ほどあるのであろう。エリックやコリンの処刑と同じようなことを、きっと何度も繰り返して、そのたびにトキへの尊敬だけがドゥーンの自我を保ち続けてきたのだ。
 きっと、ドゥーンには『人生のすべてが間違いであるという事を認めるか否か』が『消えるか否か』よりも大事なのだ。このまま、コリンの方に寝返ってしまえば、コリンの言葉を借りるならば、『消滅しても、魂は汚れたまま生きている』という事になりかねない。そうやって、自身の誤った人生を残して死ぬことが何よりもつらいのだと。

(償えるものなら償いたいと、どれだけ思っているのだろう? 汚点を汚点と認めて過去を救って死ぬよりも、自分はこの未来世界の英雄として光ある世界を見捨てる方が、ドゥーンにとっては気分が楽であると、どこまで諦めているのだろう?)
 今となっては、未来世界の英雄という姿すらもトキの裏切りを示唆する行動と新たな腹心の登場により瓦解し掛けて、ドゥーンの精神は追い詰められていることなのだろう。そうして、さらけ出された自分の気持ちと向き合ってみて、ドゥーンはトキに仕えていたことを汚点であると認め始めているように思えた。
(もし、トキがドゥーンを完全に裏切ったとすれば、その時ドゥーンはどうなるのであろう?)
 答えは、やってみないとわからないとしか言いようがなく、待ち遠しくもあり怖くもあった。
(アグニ……お前の言葉で、ドゥーンを救っちゃくれないかね……)
 きっと、一番心を動かしてくれたであろうアグニの言葉を思い出してくれればと、コリンは彼の顔を思い返す。

393:手掛かり 


 所々に氷柱が地面から伸びる高原。ただでさえ生物を育まない永久凍土に間近のツンドラ気候であったそこが、時が停止してからというもの、その寂しさは人柱か墓標を思わせる。
 そのドゥーンの身の丈の軽く三倍を平均とする、高く鋭く尖った先端は寂しさに怯えるように紫電を放つ。まるでピカチュウとなったシデンがその名の通りに放つ電気のような美しさではあるが、ここの放電現象はどこか禍々しさが勝っている。陰鬱な雰囲気を包み隠すことのない無音の世界において、初めて見た音を立てる光景は、落ち着くどころか、かえって恐怖心を煽る原因だった。
「時間が止まっている世界でこんな場所があるとは……変わった場所だな。ここにも生活の跡があるから、きっとユキワラシか何かがいるはずだが……」
 山のダンジョンでない場所を下りつつ、たどりついたそこには生物の骨や血の跡が付いている。
「糞だ……コリン。しかもまだ新しいぞ」
 そして、ドゥーンが見つけた痕跡はここら辺にポケモンがいることを確信させる。願わくば、『ヤセイ』ではなく『ナカマ』であってくれればよいのだが。
 そんな話し声が聞こえたのか、氷柱の陰からユキワラシが姿を見せる。まだ若い女性のようで、時が正常に流れていたのならばユキメノコか何かに進化していたであろう者だ。
「ギ……」
「あ……あいつは!?」
「よせ、コリン。この間の奴とは別の奴だ」
 ユキワラシを見るなり一歩踏み出したコリンの肩をドゥーンが掴むが、コリンは苦笑しながら否定する。
「分かってる。仕返しをしようとか思っている訳じゃない。俺はただ話をしたいだけだ」
「だとしても、聞いても無駄だ。また痛い目にあうのがオチだぞ」
「だが……手掛かりをつかまないことには仕方なかろう」
 コリンは近寄る間に、油紙で包んでおいた内臓を取り出す。時が正常に動いていれば凍りついていたであろうそれも、ここでは生肉のままである。
「おい、お前」
「ヒッ……」
 コリンが話しかけると、ユキワラシは背筋を震わせ怯えた様子を見せながら氷柱の後ろに隠れてしまった。
「ま、待ってくれ。怯えないでくれ……話が聞きたいだけなんだ。話を聞いてくれれば……この肉をやる。腹減っていないか? まずは半分やる……後でもう半分やるから」
「ギ?」
 コリンは、過去の世界で子供と話す時と同じよう、腰をかがめてなるべく目の高さを合わせながらユキワラシを引きとめる。肉という単語につられて、ユキワラシがおずおずと顔を出した。身長の低いユキワラシに合わせて膝をかがめる体勢をとったコリンに少し安心をしたのか、ためらいがちにだがユキワラシは近づいてくる。
「ほら、話を聞いてくれる気になってくれてありがとうな」
 コリンが生肉を渡すと、ユキワラシは嬉しそうにそれを受け取った。
「知ってたら教えてくれ。俺達の前にも……誰かここを通ったりしなかったか?」
「ああ、それなら……それなら見たよ。おっかなそうなポケモン達が集団でここば通るのば。紫色で、きらきらした石が体にがっぱど付いてら奴らが」
「ほ、本当か? ソレは多分ヤミラミ……奴らはどっちに行ったのだ?」
 身を乗り出したくなるのを堪えて、コリンは体勢を維持したまま尋ねた。
「あっちに行ったど」
「あの氷柱の森の奥へ……」
 ユキワラシが指さす方向を見て、ドゥーンが後ろで呟く。
「見たのはヤミラミだけだったのか?」
「いや、宝石の奴だけじゃ無かったよ。そう言えば、ヤミラミ達はポケモンば一匹運んでたよ。ピンク色の……翅が生えた綺麗なポケモンだんずやけど」
「シャロットだ……」
(シャロットはすでに……とらえられていたのか……自殺しているか、逃げていればいいのだが……)
 コリンはユキワラシを怖がらせたり不安がらせたりしないように、出来るだけ表情を抑えて歯噛みする。

「他のポケモンは? ヤミラミよりも明らかに強そうな奴がいたと思うんだが」
「えーと……それは……表現が難しいんだけれども……」
 ユキワラシが言葉を探していた最中、氷柱が激しく紫色に放電を始めた。
「おっと……」
 その音を聞いているだけで体中の葉が逆立ち、うすら寒くなる気配を感じる。
「柱の放電が……激しくなったな……」
 何の気なしに呟いていると、その正面ではユキワラシが鳥肌が立つとか、そういう次元ではない怯え方をしている。
「ひぃ……ヒィィィィィィ」
「あ、おい!!」
 たまらず逃げだしては、もはやコリンの制止も意味を為さない。コリンは情報の引き換えとして差し出すべき生肉を持ったまま、呆然と膝をかがめた体勢でたたずむしかなかった。
「放電は収まったようだなコリン……」
「あいつ……急にどうしたんだ?」
「さあな。とにかく、この先にシャロットやヤミラミ達がいる。そしてユキワラシ達からは確認出来なかったが……トキ様と新しい腹心達もそこに居る可能性が高い」
 ドゥーンが先導する形でコリンを導く。
「ああ、やっと尻尾をつかんだんだ、逃がすものか!」
 先をいくドゥーンに小走りで追いついて、コリンは拳を固めて頷いた。
「気を引き締めていくぞ。勇み足には気をつけろ」
 いつもどおりの減らず口を叩きつけ、その勇ましい言葉の割にドゥーンはコリンの後ろにつく。しかし、コリンはもう後ろを気にすることがなくなっていた。むしろ、背中を守ってくれるドゥーンにどこか暖かい印象すら感じながら、もう一度拳を握る。
「いつだって、俺は……お前を赦したいと思っているんだけれどな」
 自分がなにかを呟いた事だけ伝わればいい。そんな気持ちで呟いたコリンの小声は、ドゥーンには聞こえることなく闇に消えた。

394:なんとなくで 


 環境が厳しい場所へ向かうにつれ、敵も比例するように強くなる。そうすれば、当たり前のように疲労がたまるわけで、二人は口を利く余裕をなくしていた。しかし、精神的な疲れは会話によって治ることを体で覚えていたのかコリンはまるでアグニやシデンにそうするようにドゥーンを見る。
「ドゥーン……お前、恋とかしたことあるか?」
 お互い、黙々とダンジョンを進んでいたところに、コリンから不意打ちすぎる質問を投げかけられ、ドゥーンは図らずも噴き出してしまった。
「なんなんだ、突然?」
「いや……なんとなく興味があっただけだ。時の守り人では、そういう色恋沙汰があるのかな……ってな」
 そういう事に縁があったようななかったような……そんな自分の人生を振り返りながら、コリンは本当になんとなく聞いたのだ。ドゥーンが聞きたいのは尋ねた理由ではなく『なんとなく尋ねることが出来た理由』なのだが、これ以上突っ込むのも野暮なので聞かないこととする。
「あるには、ある。青いトリトドンの女性でな……常に潤った体は光沢があり、触るとひんやりして安心するんだ。
 どうやら……私の知らないうちにシャロットに殺されたらしく……ヤミラミの話によれば、トリトドンの死体が処刑場に送られてきたそうで……仲間と一緒にひき肉の箱詰めにされて、塩コショウとスプーンと『食べきれないので御すそ分けします』だか、『奪ってしまった食料を返します』だか、そんな内容の手紙を添えられて送られてきたとか。

それが本当に私の彼女なのかどうかも……ひき肉になっていたから性別すら分からなかったよ。実はどこかで生きていてくれればいいのだがな……

 まぁ、どちらにしても恨みはしない。私も、シャロットの父親を酷い方法で殺し、シャロットの仲間も根絶やしにしている。だから、お相子……喧嘩両成敗さ。私はシャロットを怨んじゃいけないんだ……シャロットも嫌いではあるが、本当に心の底から悪い奴では無いからな。
 それに、シャロットはあれで聡い選択をしている……あぁやって恐怖を植え付けることで無駄な戦いを避けているんだ。あれはあれで、最も死者を少なくして自分が生き残るための選択だったのだろうよ。意識してやったのかどうかは定かではないがな。
 ふ、だが……」
 微笑みかけてドゥーンはコリンを見下ろす。

「お前はどうなんだ? シデンやシャロットとはどういう関係なのだ」
「あぁ……シデンは親代わりだ。それで、いつの間にか並んで歩くパートナーになって……もし、俺が人間になれたらって思ったことはいくらでもある。シデンは……どう思っていたんだろうな? 今となっては、例え過去の世界へ戻れたとしても確かめようのない事だけれど……いっつも知りたいと思っていた。
 まさかあっちがポケモンになるとは夢にも思いはしなかったが……もし、シデンが俺と同じキモリやヒトカゲになっていたのなら、それはもう激しい恋になっていたんじゃないだろうかな?
 タマゴグループの違うアグニなんか目じゃないくらいに……というか、アグニも同じタマゴグループだったとしても、アグニへ見せつけるような恋をしたかったな」
 コリンは至極楽しげに語る。こんな状況だというのに、笑顔を見せる余裕まであった。
「あぁ……でもなぁ、こうして未来にいることに未練が少ないという意味ではピカチュウでよかったと思う。下手に卵グループが合うと、未練タラタラだったかもしれないな。
 なんだかんだで、過去の世界にも恋人がいたし……充実した毎日だったよ、本当に。知っているか? フレイムっていう探検隊……俺を何度も助けてくれてね」
 シデン本人が居ないのをいい事に、顔もまともに見れなくなりそうな恥ずかしい台詞と共に溜め息をついて、コリンは穏やかな笑みを浮かべる。
「知っている。あいつらのおかげで、エレキ平原へ行く際の道のりを把握出来たよ……悪くない探検隊だ」
「ほう……」
 なんと、ドゥーン自身もエレキ平原への道のりをフレイムの著書で知ったらしく、コリンは感嘆の声をあげる。
「だろ? あんまり自分達の実力に自信がないみたいなんだが、いい奴なんだ……思い出したらまた会いたくなっちまうな」
 フレイムのことを話し終えると、コリンは一瞬だけしんみりとした顔になるが、次の瞬間にはあの屈託のない笑顔が浮かんできた。
「シャロットは……友達だな。やっぱり、タマゴグループが違うっていうのが大きい。俺は……柄じゃないかもしれんが、自分の子供を絵に描いてみたいんだ。シャロットとは、子供は出来ないし……好きは好きだから、恋人にならばなってもいいけれど……伴侶になれって言われたら考えちゃうな。でも、大切な人だ……だからこそ、拷問とか、責め苦に会っていたりしたら忍びない。
 捕まっているならば……せめて自殺してくれていた方が……まだ心が楽だ」
「セレビィは滅びの歌を使える。あるいは死んでいるかもしれないぞ?」
「そうかもな……どうあれ、生きているなら助けるさ。俺も不安に抱かれたまま死を覚悟したことがあるが……あれは辛すぎる。だからな、ドゥーン……こんなことを俺が頼める立場ではないのは分かっている。だけれど……協力してくれ……俺がシャロットを助けるのを」
「……分かっている。ヤミラミやトキ様を含めて腹心を倒すのには、シャロットの力も必要になるやもしれないからな」
 手掴みポケモンの名に恥じない大きな拳を握りしめて、ドゥーンはその拳を見つめる。
「私をコケにした報いだけは受けて貰わねば……な」

395:発見 


 その後も、二人は敵を倒しながら、他愛のないことを語り合った。互いに、何を考えて生きているのかに興味を持っていたのだが、今まで敵という立場のおかげで語り合う機会もなかった。それが今、形の上だけでも仲間となることによって、その制約が徐々にほどけていき、二人が話をさせる気分にする。
 そうして話した事は本当にくだらない話ばかりだ。好きな食べ物は何だとか、過去で見聞きした面白い話はあるのかとか、過去の世界で覚えた歌をもっと教えてくれだとか。
 コリンは教えた。甘いものが好きであること。ロアといういつまでも進化しないズガイドスがいること。カイオーガではなくグラードンが雨を降らす要因となっている話やとある遠い大陸では、ニドキングが恨みを抱えて死ぬことでダークライになったという歌。
 ドゥーンもまた教えた。辛いものが大好きであること。引越し先の綺麗な湖が過密状態なために進化せずにヒンバスのままで濁った湖にいる少年のこと。かつてルギアと恋に落ちたカイオーガとその二人に育てられたペラップのお話を唄った歌。
 二人とも、細かい違いはあれど歌を印象に残し、風景に感動し、生き生きとした過去の世界の住人を観察していることに変わりがない。
 今迄、決して分かりあえないと思いこんでいた二人の心にある壁は薄くなり、やがてその壁もなくなっていくようで、息苦しさがだんだんと消えてゆくようだった。

 ◇

「ダンジョンを抜けた……が……さて、奴らはどこにいるのやら」
「この先にはヤミラミ達がいるかもしれない。慎重に行くぞ……」
 慎重に行くためにも、匂いで辺りを探ってみようとするコリンであったが。
「もう……匂いすら時間を止めているみたいだな」
 鼻を利かせるのをやめて前を改めて見ると、そこにはさらに大きな氷柱がそびえ立っていた。森や墓標などという表現では生易しく、密に詰まって寄り添いあうその氷柱はまるで剣山のようだ。その一つ一つがドゥーンの身長の五倍に届くほどで、遥か上方へ見上げる高さのそれは荘厳でもあり、また禍々しい。
「ここは……」
「どうやらこのあたりは氷の柱の群の一番奥らしいな」
 あたりを見回しつつ呟いてみるが、コリンには氷柱以外に何も見えない。ある程度の高度まで浮かぶことの出来るドゥーンはその能力を生かして、俯瞰から見下ろす。
「コリン……向こうに……ひときわ大きな氷の柱が見える。何か神秘的というか、不思議なものを感じるが……あれは一体……いや、行ってみよう。まごついているよりかは速いはずだ」
「わかった、行こう」
 ドゥーンの言った神秘的という言葉が気にかかるのか、コリンは急ぎたい。それでも、いつ襲われてもいいようにコリンは息を切らせるか切らせないかのギリギリのスピードである早歩きで向かう。

「むっ! 見ろ、コリン。あそこの……四本の大きな柱の向こうに……何か見えないか?」
 言うなり、ドゥーンはサイコキネシスでコリンを持ち上げる。
「本当だ……ヤミラミがいる」
 ギリリと歯を食いしばり、コリンは下にいるドゥーンへ視線を向ける。
「……行くぞドゥーン。シャロットもいるかもしれない……早いところおろしてくれ」


 無警戒なヤミラミの足元で突如地面が盛り上がり、コリンが現れた。ヤミラミは慌てふためきながら四散し、そのうちの一人が急所をコリンによって蹴飛ばされて転がった。
「ヒギャッ!?」
 虚空から現れたドゥーンがそのうちの一人を叩きつける。
「ウヒィィィィッ!!」
 恐れをなして腰を抜かしたヤミラミの一人を踏みつけて、コリンは周りの状況を確認する。トキすらはるか眼下に見下ろせるような巨大な氷柱が四本で辺りを囲んでいる。その先には禍々しく鈍い光を放つ藻のようなモノと、怪しげな光を放つ人魂のような光球が漂う結界のようなモノに桃色のポケモンが。
「あっ……アレは!? シャロット……捕まってたのか」
(自殺も出来てなかったか……体は綺麗なようだが……)
「クソ、シャロット!!聞こえるか!? 俺だ、コリンだ!」
 シャロットは答えない。寝ているのとは明らかに違う険しい表情をしていながら、意識はない。そのシャロットの下にあるのは、明らかに普通のものとは違うと分かる大きさと模様を持った石。
「何者かに金縛りにされているのか!? ……そばにあるのは要石……という事は、ミカルゲッ!!」
「ヒッ! ヒィィィィィィィィッ!」
 コリンに見破られたミカルゲはたまらず驚いて正体を現す。
「ミカルゲ……というか、お前ヴェノム!! 貴様、何故お前がシャロットを!!」
 コリンはすでに腕の葉を構え、逆上した様子で完全な臨戦態勢に入っている
「ヒィィィィィィッ! 違う!! 違うんだ! これは……これは我のせいではないぃぃぃ」
「ふざけるな! シャロットのこの状態がどういうことかは……何よりもお前にやられた俺自身がよく知っている! お前がシャロットを金縛りせずして誰がやったと言うんだ!? 関節を極められ……もとい、要石を粉々にされたくなければすぐにシャロットを解放しろ!!」
 恐怖を覚えさせるに十分足りる凄みを見せながら、コリンは一歩また一歩と距離を詰める。その時だ、周囲の空間が歪むような、妙な違和感をコリンは感じた。
(な……何だ今の感覚は? どうしてか……どうしてかは分からないが……体中の神経が逆立つ。これは危険のサインだ! 俺の本能が危険を知らせている。しかし……どこからだ!?)
 コリンは周囲に感覚を巡らせるも、しかしその感覚を感じさせるものの発信源はつかめない。
 仕方がないと、コリンは再びヴェノムに近寄る。
「ヒィィィ! 違うんだ! 信じてくれ~」
(だが……この強烈な違和感はなんだ!? 何が……違う? 何が違うんだ。いや、分かった……あの巨大な四本の氷の柱……あまりに規則正しく並びすぎているし爪のような先端が一点に集中している。ユキワラシが恐れていたのも放電現象なら……あの中心は危険だ)
 そんな風に考えるコリンはシャロットよりもヴェノムよりも、氷柱の中心の方へ意識を向けて上の空だ。

396:罠 


「コ、コリンさん!」
 それを不意に現実に引き戻し、違和感のことも頭の隅に追いやるのは、シャロットの呼び声だった。シャロットがどうやら大した拷問もされていない様子で、コリンは少々表情が緩む。
「シャロット、気が付いたのか!?」
「お、お前! 変な時に起きやがって。お前を逃がしたら我が……」
 コリンのエナジーボールが軽く放たれ、ヴェノムの足元に当たる。
「セレビィを開放しろ、ヴェノム!! 解放しないならお前を倒すまでだ! 腕ずくでな!」
 安心しても、きちんと怒りを忘れることのなかったコリンは、そうして歩み寄る。鬼気迫る形相を浮かべたその顔は、母親が子を護る時に見せるような、最高峰の殺気を孕んでいる。
「こ、こっちに来ちゃ駄目!!」
「分かってる」
 流石に、コリンも四本の氷柱の中心に立つとまずそうである事を理解しているのか、中心を避けて僅かに遠回りをしようとしたところで、サイコキネシスの力によりコリンは柱の中心に縫い付けられた。
「な……何を?」
 一瞬状況が理解出来なかった。まさか、ヴェノムがサイコキネシスを使えるなど思いもよらない。しかし、次の一瞬には理解したところですでに遅く、四本の氷柱から紫の雷のような何かがコリンに伸び、大木が軋むようなコリンの絶叫が静寂を叩き壊す。
 放電現象は、触手のようにコリンに絡み付いては全身を舐り、体内で全ての臓器や血管、脳に至るまで数多の蟻が群がり蠢き回るような違和感と嫌悪感を伴ってコリンを攻め立てる。
 吐き気がするのに、痰すら吐き出すことも出来ない。

「ヒャ! やった! ヒャヒャッ!」
 傍で見ているヴェノムは感情を抑えることもなく、歓喜に打ち震えた。
「ぐわぁぁぁっ! き、貴様ぁぁぁ! くそぉっ……」
 絶叫を伴いながら毒づいて見せるも、全くの無駄であった。コリンは段々と自分の拳に力が入らなくなるのを感じるが、それに戸惑う間もなく見たくもない状況が見えてきた。
「あのぅ……もうどっかに行ってもよろしいでしょうか? 多分そうだと思うんですが……後ろに居らっしゃるのが……ドゥーンさん……ですよね?」
 ヴェノムから告げられたのは、ドゥーンとヴェノムがグルであったという事実。『我のせいでは無い』と言う言葉の意味が、半分以上理解出来た。だが、解せない。
「な……なんだと!?」
(ドゥーン、とは……一体何のことだ?)
「クックック……駄目だミカルゲ。もう少しこのままでいろ。シャロットを開放されると、この場にいる全員がお前を含めて皆殺しにされても不思議では無い。なぁ、ヤミラミ達よ?」
 コリンは全身が言う事を聞かず、後ろを振り向けない。だが、ドゥーンが言っているということだけは分かった。しかし、その声はさっきまで話し合っていたときとは違い、たまらなく嫌悪感を催す嘲笑うような声だ。
 否、"ような"ではなく実際に笑っている。ヤミラミがヴェノムにじり寄り脅しをかける後ろで、勝利を宣言するようにドゥーンが笑っている。
「ドゥーン……貴様! どういう事だ!?」
「冥土の土産に教えてやろうか、コリンよ! トキ様に新しい腹心など……最初から、いなかったのだ」
「何っ!」
 クク……と、笑いドゥーンは続ける。
「すべては……すべては私が仕組んだ策略なのだ」
 言いながら、ゆっくりとコリンに顔が見える位置まで移動する。
「この、氷柱の森は特殊な場所でな……氷の柱の放電を浴びると。魂を、抜かれてしまう。特に、今お前が浴びている四本の柱の中心部は……最も、パワーが集中しやすい場所なのだ。警戒していて近づかないところまでは正解……だが、私に対しても警戒していればそうはならなかったものを。
 サイコキネシスの発信源も、ヴェノムではなく私なのだ」
「ぐうぅ……た、魂が……抜かれてしまうだと!?」
 コリンの正面まで来たドゥーンは、胸を貸すように腕を広げて得意げな表情をした。

「私の計画……それは……コリン、お前をこの場所に誘い出し、魂を抜く。そして抜け殻になったお前の体に私が乗り移り……お前の体を借りて……また、過去の世界へ行くというものなのだ……そのために、ヤミラミには色々可哀想なことをしたがな」
「な、なんだよ……それは!?」
「簡単な事だ。コリンが、過去の世界に戻ってくれば……シデン達も大喜びすることだろう。怪しむどころか……仲間として快く受け入れるはずだ。
 しかし、そこに隙がある。体はコリンでも……中身はこの私なのだからな! すべては……このための布石だった。新たな刺客とは……他でもない! コリン、お前の体に宿った私のことだったのだ」
 再び、ドゥーンの嘲笑う声が聞こえる。
「しかし……いつの間にそんな計画を……お、お前は俺と一緒に過去からこの世界に戻ってきた。お前がヤミラミ達に計画を伝える時間は無かったはずだ。なのに……いったいどうやって……?」
「それはな、この世界に戻ってきて……お前が初めてヤミラミを見る前だ。あの時は私はまだ倒れていたので、お前は勝手に自分の方が先に意識を取り戻したとばかり思っていたのだろう? それが間違い……逆だったのだ。
 私がお前よりも先に起きていたのだ。先に起きてヤミラミに伝えていたのだ……今回の……計画をな。気が付くのが少し遅かったようだな、コリン」
 ドゥーンの突き放すような、空気も凍りつくような冷たい言葉を皮切りに、まってましたとばかりに柱の放電が激しくなる。
「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!!」
 喉から血が溢れてもおかしくないような叫び声がコリンの喉を切り裂いてゆく。すでにかすれ始めた声は聞くだけでも痛々しい。
「コ、コリンさん!」
「クククッ……お前にはこれまで散々邪魔されてきたが……それも終わる。そして、お前の抜け殻に取り付いて過去に行けば……シデン達を仕留めるのも容易いはずだ。さぁ、速く魂を抜かれるがいい! 楽になるぞ」
 すでに無防備なコリンに追い討ちをかけるように、ドゥーンがコリンをサイコキネシスで締め上げる。もともと、波導の強さに依存する攻撃が得意でない種族であっても、コリンがこうまで力を奪われ無防備な状態では威力が馬鹿に出来ない。
「ぐぐっ! 俺が……俺が甘かったのか。少しでも……お前のことを信じた……この俺が」
「そうだ、コリン。お前の弱点はまさにその甘さにある。前にも言っただろう? 私はお前のことが大嫌いだと。お前を庇ったのも……すべては計画のためだったのだ。アグニから聞いたのだろう……私は、信用させるためなら何でもするのだ。そのために犠牲になることだって、ヤミラミ達も承諾したのだ」
 嘲るドゥーンの横で、シャロットが歓喜に打ち震えて拳を握りしめる。

397:どっちが嘘だ 


「この! 卑怯者!」
 縛られていて尚鋭いシャロットの剣幕には、ヤミラミ達全員が体を震わせたが、ドゥーンだけは動じない。
「なんとでも言うがいい。最後の最後でお前達は負けたのだ! この私を……信じたばかりにな!」
「いや……そんなはずはない……俺は……間違っていない。俺は、俺はいまでもお前を信じている」
 かすれた声に、涙声に近い嗚咽を混ぜてコリンが搾り出す。ドゥーンが意味を理解するのに長い時間を要した。
「こんな目に逢っているというのに……まだ信じると言うのか? この私を? おめでたい頭だな」
「そ……そうだ。お前にも……本当はよく分かっているはずだ、ドゥーン。俺達には通じあう瞬間があったはずだ……」
 コリンの涙声は、訴えかけるような、音叉のように響かせるような、毒のように甘く体に入り込むような、泣き落とすような、納得させるような、およそ他人を説得するにおいて有効な感情の全てを篭らせたような力があった。
「ふん、そんなもの……あるわけないだろう」
 それでもそれを鼻で笑い、ドゥーンは否定する。
「いいや……確かにあった。俺はお前と冒険を重ねるうちに……ダンジョンを突き進み……戦いを乗り越えていくうちに……後ろに居るお前から、いつしか憎しみが消えるのを感じた。
 そうして、俺は気がつけばアグニに話しかけるみたいに、お前と話す自分に気がついた」
「何を言うか、そんなことはあり得ない。言っただろう、私はお前のことが嫌いだと。単にお前がそう感じているだけ……いや、私がそう感じさせようと努力しただけだ。馬鹿をいっている暇があれば、念仏や経典でも唱えればどうだ?」
 それ以上の言葉を拒絶するような憎まれ口をドゥーンは叩くが、それはむしろ照れ隠しにも近い、力のない否定である。
「違う。気のせいじゃない。俺は警戒心が強いつもりだが……それでも、ともに冒険していくうちに……信じてもいいと思ったのは……お前の心を感じ取ったからだ。お前の信頼の心を……強く感じたのだ。お前の……本心を」
「本心だと……私の?」
「お前はトキに忠誠を誓い……そして、この暗黒世界を守ろうとしている。しかし、それはあくまで崇拝しなければ生きていく事に希望を見出せない幼少の頃の生活から来るものだ。
 でも、本当にそれでいいのか? このままこの世界で生きながらえることが……お前の幸せなのか? 生きる意味を……生きている意味を考えてくれ! ドゥーン!! お前は、考えないで生きることがそこまで好きなのか? また、トキに仕えられれば本望か?」
 コリンの涙が散らばり、地面を濡らす。

「生きている……意味……私が、私が生きている意味は、トキ様と、何よりも自分のために……知れたことよ」
 洗脳に対し抵抗するように、自分自身を保とうとドゥーンはコリンの言葉を拒絶する。ドゥーンの呼吸は段々と荒くなってきた。
「違う! お前はそんなふうには出来ていない。本当にそんな風に出来ているのなら、俺と目を合わせて喋れ!! 心と言葉の、どっちが嘘だ!?」
 その言葉を力強く否定したコリンの声は、壊れた笛のようにかすれている。
「思い出してくれ! ドゥーン! 過去の世界で感動した経験くらい、お前にもあっただろう? それすらも忘れて、お前の心はどこを向いているんだ?」
「わ、私の……心だと? そんな物……そんなモノあるわけなかろう! お前の……お前の勝手な思い込みなだけだ! 私は……」
 ドゥーンの呼吸は病的なまでに速まっている。すでに、呼吸しているだけで痛々しいくらいの激しさは、見ているものを例外なく心配させた。あのシャロットや、無関係なヴェノムでさえも黙ってしまうほどに。
「ドゥ、ドゥーン様! 大丈夫ですか!!」
「五月蠅い!!」
 駆け寄ったヤミラミを張り倒し、蹴散らした後、ドゥーンはついに頭を抱えて震えだした。殴られたヤミラミは口から血を滲ませたが、痛みよりも先にドゥーンの様子が変だと、言い知れない不安を感じる。
「私だって……アグニを生かしてやりたいさ……だが、そんなもの……いまさら認められるかっ!!
 そんなものを認めてしまえば、私がトキ様を尊敬したのは一体なんだったのだ? 今まで、ここで何度も体を交換して、生きながらえてきた日々は何だったのだ? 私が殺した者達の血は……何のために流されたのだ!! 私の今までが間違っていたのなら……私はどう償えというのだ!?」
 呻くようにして、ドゥーンは歯を食いしばる。
答えろ、コリン!!
 ドゥーンは暗闇の氷山で言ったことが全て自分の本音であったということを認めたい、しかしそれを認めてしまえば、今までの(ごう)も間違いだったと認めてしまう事になる。それがたまらなく恥ずかしく、悔しく、恐ろしく、そして……シャロットの父親エリックを始めとする全てのものに申し訳ない。
 正義と言う大儀があったからこそ振るうことが出来た凶拳が、その実取り返しのつかない過ちを何度繰り返したかも分からない穢れの塊であるなど信じられない、信じたくない。
「誰が許さなくとも、アグニは赦す……世界の誰がお前を非難しようとも、アグニだけは……お前を赦す。それじゃ、ダメか!?」
 確信めいた口調でコリンが言う。
「そんなことで……私は……」
「ドゥ、ドゥーン様……何を言っているのですか?」
 彼の心の迷いが独り言として周囲に漏れていることすら、ドゥーンに気がつく余裕は皆無だった。

「ヤミラミ達。お前達だってそうだ! お前達は未来や新しい命のことを考えたことはないのか? トキに屈したまま暗黒の未来に生きながらえることが……それがお前らの希望なのか?
 ヤミラミ! お前達の心はどこにあるのだ? お前達の誇りはどこにあるのだ……? お前達の命は何のためにあるのだ? 誰がために戦っているんだ!?」
「ウィィィ……」
 すでに、ドゥーンの独り言で瓦解しかけていたところに、コリンの言葉による追い討ちは、ヤミラミも戸惑いを隠せない。しかし、その戸惑いすらもコリンから隠すように、今まで安定していた放電が激しくなる。
(だ、だめだ。力が……力が抜けていく)
 さらに激しくなった放電は、コリンの長い舌も顎も支える術を奪い取った。
「このままだとジコリンさんが……ヴェノム!!」
 およそ、女性が出すものとは一線を画する、地獄の炎を抽象化したような声で、シャロットは脅しに掛かる。

「こうなったのもアンタがいけないのよ!! アンタ動けるんでしょ!? 
 何とかしなさいよ。このまま私を放さないつもりなら……私は絶対に許さない。
 万が一私が自由になった暁には、アンタを雁字搦めに拘束して、目を潰してから退屈と言う絶望を与えて、その絶望を感じる暇もないように、懐中時計の短針が二周するまでにアノ手コノ手で一生分苦しめて、それで頭を狂わせては癒しの鈴で正常な精神に戻して、それを計1000回繰り返してから、頭を掻っ捌いて、アゲハントの口を使って脳味噌チュウチュウ吸い尽くして、殺すぞ!!」
「ヒィィィィィィィッ!!」
 むしろ、開放しただけでシャロットの凶暴な魔手が迫ってきそうな気がして、むしろヴェノムの金縛りは力が強くなってしまった。当然シャロットは動けず、為すすべないコリンは徐々に全ての感覚を失って行く。
(ダメだ……目の前が……白くなってきた。このまま魂が……抜けてしまうのか……意識が……意識が消えていく……俺の魂が俺の命が……とうとう……無くなって……ダメだ、眠い……)



 ごめん……シデン……俺、失敗しちまった……










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コメント 



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  • >2013-11-03 (日) 02:46:36
    大体はお察しの通りなのです。ダークライの件がなかったら、アグニを成長させるためにも消えたままにするのが神としての役割だったかと思います。
    シデンを復活させたのも、おそらくは苦渋の決断だったのでしょう。ソーダは……私ももうすこし救ってあげたい気持ちですw

    テオナナカトルは、その通りコリンたちの世界の未来ですね。すでにコリンたちの戦いは神話になっているようです
    ――リング 2013-11-22 (金) 00:37:02
  • ふむふむ、こうして読むともし原作のストーリーにダークライの話が無かったら、リングさんバージョンはシデンが復活しないまま終わってたのかなって思いますね。

    ソーダがちょっと可哀想でした。

    テオナナカトルって多分、コリンたちの世界の未来の話ですよね?
    ―― 2013-11-03 (日) 02:46:36
  • >狼さん
    どうも、お読みいただきありがとうございました。
    『共に歩む未来』のお話では、もう一つの結末というか、私としてはこちらのほうがよかったという結末を書いて見ました。
    ディアルガのセリフから察するに、本当の未来はシデンが生き返らない方であったという推測が自分の中でありましたので……。
    こんな長い話ですが、読んでいただきありがとうございました
    ――リング 2013-06-26 (水) 09:49:35
  • 時渡りの英雄読ませていただきました。私は探検隊(時)をプレイしたのでだいたいのことはわかるのですが時渡りの英雄ではゲームとは違ったおもしろさがありゲームではいまいちでていないところまで実際そんなストーリーがありそうな気がしたり(当たり前か)してとてもおもしろかったです。
    『ともに歩む未来』では[シデン]が蘇らないのかと思ったら[アグニ]の夢というおち、少しほっとしたり…。
    これからも頑張ってください。
    ―― ? 2013-06-17 (月) 21:31:32
  • 時渡りの英雄これから読んでいきたいと思っています。
    時渡りの英雄は10日ぐらいかかると思われます。
    読むのが楽しみです
    ―― ? 2013-05-25 (土) 02:02:01

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Last-modified: 2012-05-17 (木) 00:00:00
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