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時渡りの英雄第21話:仲間と共に・後編

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時渡りの英雄
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314:チャームズとの再会 


「むぐぐぐぐ……」
 霧の湖の頂上で、チャームズはボードゲームに興じていた。セセリ=ミミロップは盤上の駒を見つめながらうんうんと唸っており、どう動いても駒を取られそうな状況をどう打破するか真剣に悩んでいる。この霧の湖にも未来世界からの刺客が来たせいか、一番強い者が歯車を持っていた方が安全であると、彼女の胸には時の歯車が青緑の光を振りまいている。
「リーダー、これはもう降参した方がいいと思いますよ……」
「余裕を持ったテレスさんの感情を見る限り、勝てる要素なしってところでしょうかね……無表情ですが、内心は勝ちを確信していますし……」
機動力に差のある駒を複数使い、大将を討ちとれば勝ちというスタンダードなルールで行うそれなのだが、相手は腐っても知識ポケモン。
 万単位の戦術を全て頭に叩き込んだユクシーに、一介のポケモンが勝てるはずも無く。セセリは頭を抱えて悩みこんでいる。
「……投了しても、誰も恥とは思いませんよ?」
「う、五月蠅いわね……狙った獲物は逃さないチャームズのリーダーともあろう私が投了するなんて……?」
 『ありえなくってよ』と言いかけて何か物音に気付いたセセリは、勝負を中断して立ちあがった。
「……ねぇ、エヴァッカ。貴方、あっちの方向に何か感じないかしら?」
 ミミロップのトレードマークでもある巨大な耳かざして、セセリは音のした方へ耳を傾ける。
「いえ……リーダーの耳の方が私の角よりもよっぽど広範囲をカバーできますから、何とも……」
「いや、絶対にこれは何かいる……でも、聞いた感じ一人だし、足音は忍んでる感じでもないから敵襲とは思えない……これはもしかするともしかするかも……」
 セセリはさりげなく盤を後ろに蹴り飛ばし、音がした方向へとかける。

「あぁ、やっぱり貴方……霧の湖へようこそ。盗賊コリンさん」
 エアームドを連れたコリンの姿を見て、まるでメイドか何かのように恭しくセセリがお辞儀をする。
「お前は……チャームズのセセリ……」
 敵意が無い事を感じ取ってか、コリンはエアームドを待機させて無防備に彼女のチーム名を口にする。
「うん、チャームズよ……お久しぶりね。地底の湖のアンナ=エムリットからテレパシーで貴方が帰ってきたと伝えられてね……ずっと待っていたのよ」
「あぁ、ありがとう。かまいたち……というか、水晶の湖にいたアドルフから聞いたが……俺がいない間に色々大変な事になっていたみたいだな。」
 まあね、とチャームズは笑う。
「お前達が……歯車を外敵から守ってくれたみたいだな……キザキの森の歯車を回収した後に、砂漠の湖と霧の湖の歯車を狙われたって話だが……」
「あぁ、それなら私達が簡単に撃退したわ。運が悪いというかなんというか……よりにもよってMADと私達の居る場所を攻め行ってしまったなんてね。キザキの森にも刺客は来たそうだけれど……ヴァッツ様が守ったとかどうとか」
「そうそう。ヴァッツノージさんが守ってくれていたよ。いやほんと……守っているのがお前らでよかったよ。あれがなかったら俺達が火山の歯車を取りに行かなきゃならんところだったし……まぁ、なんだ。助かったよ」
「草タイプのジュプトルに、火山は大変よね。その時ばかりは私達が行くしかなくってよ。それはそれで大変なんだから、面倒事を増やさないためにも、ね」
 コリンがお礼を言って褒めちぎると、セセリは得意げに語っている。
「なんにせよ、お礼を言わねばならんな……ありがとう」
「どういたしまして。でも、本当に数人の雑魚がきただけだから、そう大げさにお礼を言われるとなんだか申し訳なくってよ」
 美しいと評判の笑顔を振りまきながら、セセリは遠慮がちに笑い、後ろにふり返る。
「ほら、二人とも遅いわよ。客人はお待ちかねよ?」
「リーダーが盤をひっくり返したから駒をアタイらが拾っていたんだよ!」
「まったくもぅ、いい年して大人気ないんだから……」
 セセリの行動に愚痴を垂れながらたどり着いたアキとエヴァッカ。
「……お久しぶりですね、コリンさん。あの時はすみません」
 そしてもう一人、テレス=ユクシーである。
「あぁ、確か名前はテレスだったかな? ユクシーの……お前、前は大分心が闇に囚われて正気じゃなくなっていたが……」
「そうです……今はもう、この方達のおかげで何とか大丈夫ですが……その節はすみませんでした」
「今はもうどうでもいい。お前らのおかげで思いがけず、古い友人にも会えたものでな……」
 捕まったからシデンに会えた事を思い、コリンは笑みを零した。
「だからまぁ、気にするな。お前は歯車を渡してさえくれればそれでいい」
 コリンはそう言ってセセリを見る。すでに抜き取られ、セセリの首に巻き付けられている歯車を見る。警戒心が強く、何よりも単純に強いセセリに持たせている状態が一番安全なのであろう。煌びやかに輝きを放つ歯車は少々派手すぎてセセリには似合っていなかった。

「あら、私の胸ばっかり見て。盗賊さんはいやらしいのね」
「胸など邪道だ。必要ない」
 歯車が欲しいから、コリンが胸に掛っている時の歯車を見つめていただけなのだが、セセリはわざとらしく妖艶な笑みを見せてコリンを挑発する。そして見事に一蹴される。
「あらあら、照れ隠しでもないようね、コリンさんの場合は」
 感情を見透かしながらエヴァッカが笑っていた。容姿や芳香では劣るにしても、魅力的な女性を二人も知っているコリンには、セセリの魅力的なプロポーションも意味がないようである。ちぇ、といたずらに失敗した子供のように口を尖らせた。
「どうぞ」
「どうも」
 と、セセリが渡し、コリンは肩掛けバッグにそれをしまう。
「歯車を預けられる相応しい強さを持つ貴方をお待ちしておりました……どうかこの世界を、救ってください」
「……今度は持っていっても良いんだな?」
 改まったユクシーの態度が少々わざとらしくて、コリンは苦笑しながら尋ねる。
「後ろから襲ったりなんてしませんよ。……アドルフから聞いておりますでしょう?」
 テレスが言って、ため息をつく。
「我らをむしばんでいた心の闇はもう晴れております……もう、大丈夫ですよ」
 申し訳ない気持ちを前面に押し出して、テレスは力なく笑った。

315:癒しの 


「歯車を元の場所に戻しても、時は動き始めていないと……こうなってしまっては、一刻の猶予もないと言いますからね」
 テレスはため息をつく。
「あとはもう、時間との闘いですし。コリンさん。貴方が今後体を壊さないように、私達で温かい食事を用意しますから……コリンさんは今から少しでもいいので眠ってくださいませ」
 テレスの言葉に続いてエヴァッカが言う。
「分かった。それはお言葉に甘えさせてもらうとして……エヴァッカ。お前らに色々と迷惑をかけてすまなかったな」
「いえいえこちらこそ、リーダーがいきなり襲いかかったわけですから迷惑かけておりますよ。お相子ですし、世界の危機って言う今の状況では……敵味方がどうとか言っておれません」
 エヴァッカに優しい言葉を掛けられて、コリンはため息をつく。
「そう言ってもらえると嬉しいが……今回のさらなる星の停止が早まるっていう……これまでで最大のイレギュラーが起こったんだ……そのおかげで、街はもうひどい状態だ。親を殺された子供達が、一部寄り集まって大きな盗賊団を結成しているような有様で……もう何が起こっても不思議じゃない」
 コリンが言うと、横にいたセセリが唸る。
「やっぱりそれ……正史ではありえない事なのね? 定期的に仕入れてくる情報で、その話は知っていたけれど……もう、私は帰る場所すら……こんなのなくってよ……」
 悲しみを湛えた彼女は、目の端から涙を流して拳を握りしめる。
「俺は余裕を持って過去の世界に来たからな。まだ、この時点では時間の停止なんてどこにも出ていなかったはずなのに、すでにキザキの森の台風の目は時間を停止していて……それによって不安をあおられてしまった結果大人達が争ったらしい。
 他にも、金を持っていたり、子供好きもいるとはいえ基本的に強盗や強姦する価値があるのは大人だからな。その結果、子供だけが生き残って……無垢な子供だけに宗教の垣根を越えて仲間意識が芽生えるのにそう時間はかからなかったんだろう。
 これからもきっと、よくない事が数々起こる……それが、本来の未来世界よりもひどいものになるのか、それともまだましなのかはわからない……そもそも、俺達未来世界の住人が過去を弄りまわしたせいなのか……星の停止のタイミング自体、かなり早くなっている以上、もう何が起こっても不思議じゃないんだ」
「そう……」
 セセリが悲しげに俯き、頭を揺らした。
「今はもう、何が起こるかわからない……だが断言する。これから確実にどこかで、何度も、暴動が起こる。だから、チャームズ。お前ら、出来る事なら皆を落ち着かせるように、街へ降りて説得して欲しいんだ。お前らみたいな有能な探検隊ならば、耳を傾けてくれる者だっているだろうし……出来るなら一つでもいいから暴動を止めて欲しいし、出来ないならばせめて小さな子供だけでも助けてやって欲しい……頼む」
 コリンが深く首を下げる。
「コリン。貴方、墓参りは、きちんとできたかしら?」
 セセリが尋ね、コリンが頷く。
「それはもちろん……」
「そうよね。貴方はそういう風に、分別のある人だから……エヴァッカ、アキ」
 セセリは二人に振り返り、問う。
「コリンの言うとおり、これから街に降りる。異論はないわね?」
 コリンの言うとおり、出来るだけ多くの人を助けようと、そのために行動する事に異論はないかと問い、セセリは真っ直ぐに仲間を見つめる。
「えぇ、無論よ」
「もちろんだよ、リーダー」
 何も言わずとも、表情でコリンの言葉に従おうとしている事はわかり、言葉でも二人は了承する。
「お前達の故郷に打撃を与えておいてなんだけれど……頼むよ」
「頼まれるまでもないわよ。貴方達がやるべき事が時の歯車を元に戻す事ならば……私達がやるべき事はそれ……でしょ?」
「あぁ。やるべき事をやるだけ……そうだな」
 そう言ってコリンが頷いたところで、エヴァッカが口を開く。
「でも、いいのかしら? きっと、例のドゥーン=ヨノワールが邪魔してくるんじゃ……私達が加勢する必要はないの?」
 もっともな疑問を口にして、エヴァッカは問いかけた。
「あぁ、それは、その……ディスカベラーのギルドの仲間でどうにかなるだろうから……多分必要ない」
「でも相手が大挙して攻めて来たら……?」
「それはない。奴ら、未来世界で俺の仲間にほぼ全壊されているし……ディアルガだってそうホイホイ誰かを過去に送るだけの力はないから」
 それでも、戦力は多いに越した事がないとエヴァッカは言おうと思ったが、出来るだけ被害を減らしたいと思う気持ちには代えられなかった。

「わかりました。ともかく、食事をご用意いたしますので、コリンさんは少しでも休んでいてくださいな」
「腕によりをかけて作るからね。アタイら料理は美味いから期待するんだよ」
 エヴァッカ、アキはそう言って笑う。
「ありがとう……じゃ、それが出来るまでの間は眠らせてもらうよ。運び屋さんにも休んでもらわなきゃな……」
「ふふん。それでは、癒しに定評のあるミミロップの私が、貴方を癒させてもらうわ。ゆっくり味わって欲しくてよ」
「ミミロップって癒しの波導使えたっけか?」
 コリンが運び屋のもとに向かいながら、後ろをちらりと見て尋ねる。
「癒しの尻尾っていう技を使えるわ。それがあれば、ゆっくりだけど癒せる」
 すっかり気を許してもらった事を感じて、コリンは微笑む。
「頼むよ」

316:見えた光明 


 セセリの使う癒しの技は、癒しの尻尾というだけあって、尻尾に近づけば近づくほど効果が高い。また精神を落ち着かせる効果のあるメロメロボディの効果も発揮さるため、コリンは添い寝のような状態での睡眠を強いられた。
 男なら羨むような状況にしかし、コリンはシデンやソーダを裏切るような考えは引き起こさずに平静を保つ。メロメロボディによって精神を落ち着かせてもらったおかげもあってか目を閉じてから深い眠りに入るまでの時間も非常に早く済み、食事だと言われて目覚めるまでの間時間の経過を感じないほどの深い眠りの中で過ごした。
 そのたった数時間の眠りでも大きく疲れの取れたコリンは、エヴァッカ達が作ってくれた温かい食事で空腹を満たしつつ重要な話を始める。水晶の湖でアドルフ=アグノムに尋ねたときは、良い答えが返ってこなかった質問だが、知識ポケモンのこいつならば期待できるかもしれないと。

「ところで、聞きたい事があるのだが……」
「なんでしょう?」
「幻の大地と呼ばれる場所を……知っているか? 知っているなら、そこへ行く方法を教えて欲しい」
「あの、幻の大地……ですか? 行く方法を知らなかったとは思いませんでした」
 さも、呆れかえっている様にテレスがボソリ。
「す、すまん。兎に角続けてくれ」
 軽く心が傷ついたが、コリンはそれを気にとめないようにしながら先を促す。
「幻の大地はですね……時を司る神の時間軸に干渉する力を約六百ディアルほど使用しまして、それにより発生する時間軸……」
「あの、そういう小難しい原理はどうでもいいから……」
 コリンの突っ込みをよそに、テレスのお話は長く続いた。

「と言うわけでしてね……」
「色々横道にそれたが、とりあえず幻の大地は海の向こうの時に関する力を持たねばたどり着けないような場所にあって、それをどうにかするにはセレビィもしくはディアルガのような時間を超える力を借りるか、ディアルガが認める証となるものを見つければいいというわけだな?
 で、セレビィが見つからない以上、俺達には後者の方法しか残されていないと……」
 それを説明するまでに、何度も小難しい理論を口にしそうになるテレスを軌道修正してきたため、やっと結論までたどり着いたかとコリンはため息をついた。
「えぇ、その証となるものなのですが……なんというか、岩の欠片の様な物に変わった模様が描かれていてですね。中心に小さな円、その円から激しい光の帯が出てさらに何かオーラのようなものが激しく渦を捲いて吹き出ている……と言う感じの模様なんです。
 それ自体は一見ただの石のような物なのですが、石だけに意志があるとも言われていて……」
「ふむ……」
「精いっぱいのダジャレ言ったつもりですが笑ってくれませんか?」
「無理だ」
「そうですか、笑ってくれませんか」
「ああ」
 テレスの問いにコリンは即答して、早くしろと答えを急かす。
「とにかく、その欠片はそれをもつに相応しい人の手にしか渡らないと言われているのですよ」
 テレスに言われて、コリンは少し考えてから地面に幾何学模様の絵を描いた。
「ふむ……ところで……だ。その模様というのはこんなのか?」
 コリンが妙に覚えのある模様の説明を受けて、書き記すそれは、
「これです。これをどこで?」
 まさしくドンピシャであった。
「アグニだ……アグニが持っていたんだ。じゃあ、アグニって……相応しい者、という事か?」
(なるほど……ドゥーンが無関係なアグニをさらう訳だな)
 ドゥーンがシデンだけでなくアグニまでさらった理由を理解して、コリンは二人を見捨てなくてよかったと、心底ほっとする。
「貴方の話からすると、アグニさんは……未来世界を見て来た者ですし、その資格はあると思われます……でしたら、これでもう必要なピースはすべて揃っている事になりますね」
 テレスは瞑った眼を緩ませて笑顔を見せて三本指の中の親指を立てる。
「あとは、星の停止を止めるだけです。ですので……一刻も早くあの二人に会いに行ってください。そしたら……えっと地図を出して下さい」
「わかった、二人に会ったら地図を出せばいいんだな……じゃなくて」
 興奮しすぎたせいか、馬鹿みたいな間違いを口にしてしまい、コリンは苦笑する。
「これだな……どこに行けばいい?」
 コリンは地図と、万年筆とインクを取り出してテレスへ渡す。
「えぇと……ここら辺ですね。ディアルガ様が橋渡しを用意している場所は」
 受け取ったそれで、地図に×印をつけ、コリンへと渡す。
「どうぞ……ご武運を祈ります」
 深く、深く頭を下げ、選ばれしものではないテレスは自分の無力さが申し訳なげに言う。
「あぁ……行ってくる。色々迷惑かけたってのに、良くしてくれてありがとな……」
「もう、どうこう言っている場合じゃないし……貴方に憤っている場合じゃなくってよ。もう充分重い物を背負っているんだから……これ以上重荷を背負う必要なんてなくってよ。気兼ねなく行ってらっしゃいな」
 セセリは寂しげな顔をしながらも強がって笑い、軽く背中を叩いて後押しした。
「わかった……この恩は、星の停止しない世界にする事で返させてもらうよ」
「大鍾乳洞の番人達はすでにスイクンタウンに避難しているらしいわ。鍾乳洞に行って迷わないでね」
「わかってる!! メモならきちんと取ったさ。安心しろ」
 さて、とコリンは立ち上がり、運び屋のエアームドと共に旅立ちの準備を始める。見え始めた光明を早く二人に伝えたいと思い、逸る気持ちを胸に荷物をまとめる顔は、目に見えて生き生きとしていた。

317:フレイム 



 エアームドと共にたどり着いた次の場所は、スイクンタウン。すでに歯車は回収済みであるためスイクンタウン周辺まで時間は止まり、それまで凍りつくように寒かった空気は寒くも暑くもない微妙な状態となってコリンを受け入れる。
 未来世界はマイナス印象ばかりだが、こうして気温を気にする事がないのは唯一のいいところだなと肌で感じてコリンはスイクンタウンに降り立ち、フレイムを始めとする現地住民の姿を探す。
 再び時が止まってしまったこの村だが、かまいたちが事情を話してまだ村に留まって欲しいとお願いしたらしい。きっと時間は戻るから、と説得されていつまでもスイクンタウンにいるよう頼まれ、その言葉にしたがってくれたのは開拓メンバーの中でもごくわずかだ。フレイムはそんな開拓途中の閑散としたスイクンタウンの中で、ずっとコリンを待ち続けていた。

 コリンが街にたどり着くと、まず最初に周囲を警戒していたソルトと出会い、案内されたスイクンタウンの一角。ソルトが大声でソーダを呼ぶと、ソーダはしずしずと民家から歩み出て、コリンと対面した。今日の彼女は服を着る日のようで、色気のない探検隊仕様の服を纏ってコリンを出迎える。
 コリンを案内したソルトはひとしきり再会を喜んだ二人を眺め終え、二人っきりにしてあげようとその場を去って行った。そうして、ドアを閉めて二人っきりとなった空間で、二人は見つめあう。
「コリンさん……お久しぶりです。もう昼か夜かもわかりませんが、とりあえずこんばんは」
 二人っきりになったというのに、ソーダは何ごともなかったかのように笑顔で振舞う。月経中である事を気にして、変な雰囲気にならないよう気を使っているのだろうか。
「えーと……」
 ソルト曰く、湖の精霊達からかすかに聞こえるテレパシーでコリンの存在を知ったときの泣き顔と言えば、嬉しがっているというのに見て居られないくらいのぐしゃぐしゃなものであったらしい。こうして再び会いまみえた今。ソルトの言葉からもっと激しい抱擁や歓喜の声を期待していたのだが、ソーダは案外落ち着いている。
 ソルトあたりが盗み聞きをしているとでも思っているのか、二人きりの室内だというのにこんな調子では、コリンは拍子抜けだ。
「すまん、ソーダ。言いたい事……色々あったのに、なんだか何も言えないな……心配させてすまなかった。それと会えてよかった……本当に」
 拍子抜けしてしまって、コリンはキザなセリフも気の利いた事も言えずに苦笑した。
「はい、会えてよかったです」
「あ、あぁ……なんか、怖いくらいに妙に落ち着いているな……今日のお前」
「そりゃ、本当は頭突きになるくらい飛びつきたかったですよ。でも……二度と会えないと思って、もう一度会えて……そして、今度こそ二度と会えないと思いますと……今度は、さすがに本当に、二度と会えないですよね? ここを発ったら、成功しても失敗しても……消えてなくなりますよね? あなたが……」
「だから、素直に甘えられない……か?」
「まぁ、そんなところです」
 コリンが尋ねると、ソーダは正直に答えてため息をつく。
「これ以上、貴方の匂いや、肌の感触を覚えてしまうと……なんだか、すごく後々辛いような気がして……だから、その……今日は軽く、冷静に振舞ってみませんか? ほら、ちょうど服を着る日ですし」
「そうだな……お前の言う事ももっともだし。まぁ、アレだ」
 コリンがソーダの首を撫でる。気持ち良いのか驚いたのか、ブルルと体を震わせる事でソーダが応える。
「まずは座って話そうか……大事な話があるんだ」
「え、あ……はい」
 コリンはそのまま、首にかける力を強くしてソーダを座らせる。おとなしくソーダが座ると、コリンは愛でるように、体毛を梳くようにソーダの背中を撫ぜた。その感触が嬉しいのか、ソーダは恍惚とした表情になりそうなところを必死に抑えてむずむずと顔を動かしている。

「……ソーダ。お前、生まれ変わりって信じるか?」
「と、唐突に……なんですか?」
「いや、な。色々あったんだ……ホウオウ信仰ならば、生まれ変わりはあると思うが……」
「はい、信じてますよ……と、言っても生まれ変わったら記憶なんて失ってしまいますし……結局、生まれ変わりなんて有っても意味のないものだと思ってます」
「なんだ、ロマンがないな」
 コリンは肩を竦めて苦笑する。
「いや、もちろん、ごくたまに前世の記憶を持っているという人もいますが……ごっこ遊びの延長のようにそう言うフリをしている人がほとんどでしょうし、たとえ運よく本当に記憶があったとして……私がその運の良い人に選ばれる確率……そして、例えば貴方も運に恵まれ、その上で私達が出会う確率ってどれくらいなんでしょうね? 夢のない話かもしれませんが……私、そういう風に考えちゃうんです。
 生まれ変わった者同士が出会う可能性なんて……ゼロに等しいじゃないですか」
「まぁ、現実的な考えだな。否定はできないよ……でも、俺が話したいのは、そういうロマンチックな話じゃないんだ……」
 ここから先は言いづらい事をいう事になってしまう。その思いがコリンの言葉を詰まらせ、ソーダに寂しげな顔をさせる。
「紫電=光矢院が……生きていた。ピカチュウに生まれ変わって、最近までミツヤと名乗っていたらしい」
「ミツヤさん……?」
「あぁ、共通の知り合いだと聞いたが……いつもヒコザルと一緒に居る……」
「思い出しました……それなら知っています。あの、アグニさんといつも一緒に居る」
「あぁ……」
 頷いたコリンの言っている事が意味が分からず、ソーダが黙る。
「過去の世界に来る時に、シデンと俺は離れ離れになったんだ……だけれど、その時……なんだと思う。シデンは俺と出会った時に拾ったホウオウの羽を髪飾りにして、いつもおしゃれしていたからな……それが原因で……いや、原因なのかどうかすらわからない。
 ともかく、シデンは……ミツヤイン=シデン=ピカチュウと名乗るようになり……略してミツヤと呼ばれるようになった。そして……俺と一緒に、未来に連れて行かれて、しばらく行動を共にする事で……生まれ変わりを確信したんだ。ドゥーン=ヨノワールも、ミツヤは俺の知っているシデンと同一人物だって認めていたくらいさ……」
 コリンが言い終えると、二人は長い沈黙に入る。お互い、その言葉を伝えてどう反応すればいいのかわからないのだろう。
「なんで、そんな話を私にしたのですか?」
 たまらず、ソーダが尋ねる。

318:寂しい想い 


「探していた人が見つかって良かったねって……言えば、いいんですか?」
 コリンはそうじゃない、と首を振る。
「……姿か達が変わり、俺の事をほとんど覚えていなかったシデンだけれどな。一緒に行動するときに色々話す機会もあったわけで……俺が、シデンへの愛をまだ保っている事も、シデンも心の奥底で俺を思っていてくれたのがわかって、嬉しかった。
 すごく、嬉しかった……それで、二人とも好きあっているわけだから……二人きりになれた時……このまま、セックスに持ち込む事だってできるんじゃないかって思ったんだ。すごく心が躍った」
「そりゃ……そう、ですよね。死んでいたと思っている恋人が生きていたならば……そう思っても仕方ないですが……でも……」
「案ずるなよ。俺は何もしてないから。シデンもお前と同じ事言っていたよ。セックスしたいと思うまでは仕方がないって……」
 ただ事実のみを淡々と告げながら、コリンは続ける。
「そして、そんな俺の気持ちを知ってか知らずかシデンが誘惑してきた……それを目の前にして、俺は何も出来なかったんだ……というか、何もしなかった」
 コリンは目に涙を浮かべ、首を振る。
「なんでかわかるか? 単純な理由だけれど……」
「私が、いたから……?」
「そうだ。お前がいたから出来なかった……そんな俺に、お前はどんな風に振舞うんだ?」
 コリンが力ない笑顔で尋ねる。
「私は……私は……」
「俺はお前の事、二番目だって言ったし、今もそれは変わっていない……今でも一番愛しているのはきっとシデンだと思う。でも、愛の形ってさセックスだけで表すものでも無いだろ? 俺は……シデンだけじゃなくってアグニも愛してしまっていたし、気のせいかもしれないけれど俺自身、彼らに愛されていた。
 シデンの貞操を受け取るって事は、お前もアグニも失ってしまうって事だと思うと、出来なかったんだ。だから、俺はシデンに手を出さずに見守る事にした。
 俺は。一番愛するシデンを、アグニに譲って……お前を選んだんだよ、ソーダ」
「そう、ですか……」
 なんと声をかけてよいかもわからず、ソーダは力なく答える。
「シデンとは結局キスだけして、それ以上の事は何もせずに……出来ずに、ここまで来たんだ」
 言い終えて、コリンはソーダの首の皮をぎゅっとつかむ。
「なぁ、ソーダ……それなのに、お前がそんなにそっけない態度だと……俺、何のためにシデンを奪わなかったのかわからない」
 ソーダは何も言えない。コリンは畳みかけるように続ける。
「シデンを懐柔して、奪い取る手段だってあったんだ……でも、卑怯な方法でお前やアグニを裏切りたくなかったし、アグニからシデンを奪いたくもなかった……俺は、意気地無しなくらいに積極性も何もなかったよ。だからせめて、お前にだけは……積極的でありたいんだ。
 浮気しかけたし、お前を目の前にしてまだ……俺はお前が二番目だって思い続けている。きっと、死ぬまで思い続ける……でも、そんな俺でもいいって、お前に言って欲しいんだ、ソーダ。頼むよソーダ……俺は、後悔したくない」
 答えなんてもともと一択のようなもの。ソーダを素直にさせたいがために、わざわざ回りくどくコリンは尋ねる。
「コリンさんは私を大切って……思ってくれたから……自分の幸せを捨ててまで、私のために……」
「そうだよ。俺はお前が大切なんだ……お前のためならば自分の幸福の一つや二つ、捨てられるくらいには大切だ」
 コリンが抱いているソーダの体が小さく震える。爆発しそうな感情を、彼女は必死で抑えているようだ。

「貴方が自分で自分の幸せを捨てたなら……私は、それを拾って貴方に返したいです……」
「そう言ってくれて嬉しいよ。というか、そんな女だからこそ俺はお前のために何かを出来るんだ……」
 コリンは安心したように笑みを零した。
「俺の目は曇っちゃいなかったようだな」
 言うなり、コリンは天井を見上げながらソーダに上体を預ける。
「ところで、俺が捨てた幸せをお前が拾って返してくれるって言うなら……いつまでもこうしていていいか?」
「はい」
「このまま眠ってもいいか?」
「はい」
「万が一このまま興奮しても、恨まない?」
「もちろんですよ……でも、服を着る日なので本番はちょっと……勘弁ですが」
「大丈夫。それで、今お前は幸せか?」
「はい……ですけれど……私、寂しいです」
「わかってる。寂しくなりたくないからそっけない態度をとろうとしたのもよくわかる……俺は、消えるから心残りの無いようにしたいけれど、お前はずっと生きなきゃならないんだもんな……」
「はい……」
 控えめにソーダは頷く。
「これから先、貴方の事を思いだすと思うと……貴方の事を覚えていると辛くなってしまう気がして……そんな態度をとろうとして……情けないですよね。私、貴方を一生愛するって約束したのに……」
「まぁ、割り切るのは難しいさ……でも、あの時ああしておけばよかったって後悔するよりかはいいんじゃないかなって思うんだ。した後悔よりも、しなかった後悔の方が辛いって言うし……」
「はい……」
「なぁソーダ。お前には仲間がいるんだ。悲しかったら思いっきり泣けばいいし、愚痴があるなら聞いてもらえばいい。ソルトなんてきっと聞き上手話し上手だから……上手い事お前の感情を受け止めてくれると思うぞ」
「でも、私は……貴方に甘えるべきなんですか?」
 ソーダは俯き気味に尋ねる。コリンが頷く。
「甘えたいと思っているなら甘えておけばいいさ。俺は、シデンを諦めた分……お前にその穴を埋めてもらいたいって思っていたから……だからこうして寄り添っているんだ。
 思いがけず訪れた浮気のチャンスも捨ててしまって、据え膳食わない男の恥を晒した俺だけれど……その恥を、お前ならば喜んでくれると思って」
「私は、コリンさんに幸せになって欲しいです……」
「まるで、お前と結ばれたら不幸になるみたいな言い草だな」
 コリンはソーダの心配を笑い飛ばす。
「俺はシデンを諦めて不幸だと思った事はないさ。それに、お前が本当に俺に幸せになって欲しいなら、お前がいい女になればいいんだ。俺は、俺を慕ってくれるお前の姿を可愛いと思ったけれど……それだけでお前を選んだわけじゃない。踊る姿や、探検家としての活動を語る姿……俺と一緒に居る時の表情。
 それらがすべて輝いて見えたから……未来世界では見かけられないくらいに、お前がイキイキしていたから。だから、お前の湿っぽい姿は見たくないな。お前には元気でいて欲しいし、笑っていて欲しい。
 たとえ俺がいなくなっても、俺が幻滅しないでいられるくらい……どこかで笑っていて欲しい。だから、泣くなとは言わないけれど……めそめそするな。滝のような涙ならば、俺がぬぐってやるから……」
「それは嬉しいのですけれど……でも、コリンさん。私、寂しいよ……」
「同じように、寂しいと感じる立場にいる人はたくさんいる。だからって、皆が同じだから我慢しろというわけじゃないけれど……その人達がどういう風に後悔しているか……考えてみろよ。
 わかるだろ? 後悔したくないならば少しの時間でいいから、いっぱい甘えよう……俺もお前も甘えよう。やらない後悔よりもやる後悔の方がまだましだよ。だったら恐れる事なんてないだろ? やりたい事をやっておけばいい」
 ぎゅ、とコリンがソーダの首を抱く。
「ほら、こうしていると嬉しい。だろ?」

319:目覚めるパワー 


 暖かい肌どうしを触れ合わせながら、二人の呼吸は果てしなく、いつまでもいつまでも。やがて、その気持ちよさに負けて眠りについてしまった二人のせいで、ソルトもシオネも家の中の様子を覗き見るなんてたいそれた事をおいそれと出来ず、やきもきしながら二人が帰ってくる事を待つしかできない。
 別れがつらくて、ソーダの目からは瞼の堤防に収まりきらずに涙が漏れる。そうして寝ている間に流した涙が、起きた時にはべったりとくっついていた。
 遅れて起きたコリンは、濡らした布巾でそれを拭きとりながら、語りかける。
「お前にはずっと寂しい思いをさせてしまうから……せめて最後に何をしてやるべきか、考えていた」
「はい……」
「でも、どうすればいいのか結局わからなかったんだ……セックスしてやるとか、そんな単純な事で大丈夫なのかどうかもわからなかったし……そもそも今日は服を着る日……だったしな。タイミングが悪い」
 コリンは苦笑する。
「それに、こんな時間の止まった場所じゃ、どうせ絵を描く気分にもなれない事はわかっていたから。どうすればいいのかわからなかった」
「いえ、いいんです……こうやって、抱き合ってくれた。それだけでも……嬉し……くって……で、でも……」
 でも、ダメだった。
 ソーダは泣いた。うわぁんと、声を上げて子供のように泣きじゃくり、コリンの胸に額を押し付けてはわんわん泣いた。
「愛するって、形は決まっていないからな。どうすればいいかじゃなくって……何をしたってよかったんだな。お前と話しているうちにわかったよ」
 コリンは静かに泣いていたが、嗚咽を漏らす事は抑えきれず、きつく抱きしめソーダに応える。声色だけはかろうじて笑みを保っていた、
「だからありったけ、俺はお前を愛するよ」
 寒くもないのに震える体で、二人は泣き腫らす。もはやセックスも踊りも絵もなく、感情を素直に表現して、悲しみも寂しさも押し流した。そうして抱き合う二人に最後に残ったのが、このぬくもりを離したくないという共通の想い。
 お互いが出会えてよかったと、その感情だけは最後まで、二人の中に確かにあり続けるのであった。

 ◇

 翌日(と言っていいのかはわからないが)十分に休憩したコリンは、運び屋を待たせている場所までフレイムのメンバーと共に向かう。
「なぁ、フレイムの皆……」
 その途中、コリンが不意に話しかけた。
「なんでしょう?」
 と、ソーダが言うと、コリンは頷いて話を続ける。
「前に、目覚めるパワーが象徴する者について教えてもらったけれどさ……ほら、なんだっけ? 毒タイプは毒その物の他に酒や麻薬を象徴するとか、炎は狂気や焼き畑を象徴するとかってやつ」
「あぁ、あれですね。私の故郷の国は占い好きですので、そういうのが流行っていたんですよ」
 コリンの質問には、シオネが答えて笑う。
「そっか……それでさ。草と飛行と岩ってのは、どういうものを象徴するんだい?」
「そうですねぇ……」
 コリンは、アグニとシデンと、そしてドゥーンの目覚めるパワーのタイプについて尋ねてみる。
「まず、草はですね……飛行や虫に対しては搾取される存在です。特に力が弱い子供のころは喰われるべき、都合のいい存在です。しかし、それは小さな草という存在であった頃の話であって……樹になった草タイプの方は、わが身を削りつつも他の命を守り育む存在となるって言われています」
「ほぉ……あいつにはぴったりかもな」
 シデンとアグニの関係を思い出して、コリンは微笑む。
「知り合いですか?」
 シオネが尋ねると、コリンは頷く。
「アグニっていう……ヒコザルとね」
「あぁ、あの子。あの子草タイプだったんだぁ……って事は、シデンちゃんは飛行タイプなのかしら?」
 ソルトが突っ込んで尋ねると、コリンはあぁと頷いた。 
「そういう事なら、飛行タイプはですね……草にとってはプラスにもマイナスにもなるのですよ。草を齧る虫や鳥……そして、草を薙ぐ風。そういうものを象徴する飛行タイプは草を破壊するものであると同時に、逆に風媒花や虫媒花のように、風や虫……もちろん風によっても、種や花粉を運び、芽吹くための手助けをする事もあるんです。
 ディスカベラーのお二人さんがこのタイプ構成だというのであれば……最高の組み合わせと言ってもいいんじゃないでしょうかね。若いころは、シデンさんに潰されかねませんでしたが」
「かもしれないな……」
 やっぱりあいつらの仲を見守る事にして正解だったと、コリンは安心する。
「ちなみに、毒タイプのコリンさんは、草タイプの人にとって……」
 思わせぶりにシオネが言うと、コリンは早く言えとばかりに顎で促す。
「飛行タイプと同じく、悪い影響を与える事も多いですが、反面大きな影響を与える事もあります。たとえば、タバコの煮汁をかけるとその草は虫に対して強くなるように……っていうのも、タバコ農家のおじさんから聞いただけで、本当のところはよく知らないんですけれどね。毒は有害なだけではなく、薄めれば薬にもなるんです」
 すみません、とシオネは笑ってごまかす。
「アグニさんにとって、貴方がそういう存在になれたらいいですね……アグニさん、とってもいい人なので……」
「俺もそう思うよ……それで、最後の岩タイプなんだが……」
「ええ、岩タイプですね。それは、誰の目覚めるパワーなんですか?」
 シオネに尋ねられ、コリンはゆっくりため息をつく。
「ちょっとした知り合いだ……未来世界に行ったとき、ぶっ放していたところを見た……外したがな」
(アグニに向かってドゥーンが……ぶっ放していたな、うん)
「……なるほど、そうですか」
 コリンの言葉に納得してシオネは頷き、続ける。
「岩タイプは、頑固者が多いと言われます。意見を変えるのが難しいですが、一度砕けると結構コロッと変わっちゃう事もありますし……悪くすると、そのまま壊れたまま酒におぼれたりするような事もありがちだそうです。しかし、その硬さゆえに建材に使われる岩のよう……その性質が強く浮き出た者は、多くの者の支えとなるようです。精神的な面で言えば戦いのときと同じく、草や鋼、水と地面から影響を受けやすく……そのタイプの者に砕かれる事が多いらしいです。
 そして……もう一つ気になる事と言えば。岩と、毒と炎が合わさると……火山になるとも言われています」
「火山?」
 コリンが首を傾げる。
「えぇ、火山です。火山は、その活動によって地表を洗い流したり、島を一つ作ったりなどして、岩だけの地表を作るんです……当然、そこに住む生き物も住める生き物もいなくなります。火山で地表が洗い流されれば、食料が消えるから炎タイプも生き残れません……しかし、そこに現れるのが飛行と草。
 はじめは、苔のようなごく小さい草ですが……そんな小さな苔の胞子を風がどこかから運んできて……そしてそこから新たな植生が芽生えてゆく。そんな、組み合わせがあるそうなんです。新しい世界を築く礎になる者は、いつでも草タイプだって……そんな風に語り継がれています」
「ほぉ……」
 と、コリンは感嘆する。
「コリンさんの知り合いだっていう炎タイプや岩タイプの人がどんな人かは知りませんが……貴方達は、本当に運命に導かれるようにして出会ったのかもしれませんね。
 貴方達が……コリンさん達が作る世界で、アグニさんとシデンさんが……草を芽吹かせる……なんだか、ロマンチックですけれど……」
「だが、それは……」
(ドゥーンと、協力するという事か? いや……)
「いや、なんでもない……」
(敵対も、新しい時代を作るという事に置いては協力なのだろう。良くも悪くも、アグニへ影響を与えたわけだしな……)
 コリンは疑問を口にするのをやめ、この疑問は胸の内にしまっておく。
「なんか、すみません。コリンさんは、死ににいくようなものだって言うのに、私達だけこんなに楽観的で……」
「構わんさ。面白い話を聞かせてもらっている立場の俺に、そんな事を気にする必要はないさ……」
 コリンは笑って動かない空を見上げる。
「そっか。アグニが……アグニが……これからの世界を形作るのか……それで、シデンはその助けに……」
 シオネの話を聞いているうちに、アグニの今後を想ってコリンは少し嬉しくなった。

320:復活の種 


 そうこうしているうちに一行は運び屋を待たせていた場所へとたどり着き、お別れの時が来る。
「コリンさん……これ……」
 コリンが鳥ポケモンの高速便へ乗り込む直前、ソーダはもじもじとした態度でコリンに話を切りだした。
「これは……?」
 ソーダが口に咥えて手渡した腕飾りをみて、コリンが問う。
「私が探検隊になる時に……おじいちゃんが作ってくれた復活の種の腕飾り……お守りなんです」
「いいの? それ……渡しちゃって」
 ソルトが驚いて確認するそれは、磨き上げられたヒスイの珠を数珠つなぎにし、一か所だけ四つの復活の種を束ねただけの、簡素な腕飾りであった。
「ええ、ソルトさん……安全な場所にしか行かない私達よりもずっと、コリンさん達やディスカベラーのお二人さんに持ってもらったほうがずっと役に立つと思いますし……」
「確かにそうですね……戦いに参加する事も出来ないような私達よりかは……」
 シオネが納得してソーダを後押しする。ソルトも納得したような様子で頷いたので、ソーダは笑顔になって再度それを差し出す
「探検隊の中では縁起が良いとされている数字の四です」
「へぇ、そんなの初耳だぞ?」
「今は気にする人がほとんどいないんですけれどね……おじいちゃん、昔の事をたくさん知っているから」
「なるほどね……」
「平面を敷き詰められる正多角形……つまり三と四と六。そして、ホウオウとその従属の三つの獣、エンテイ・スイクン・ライコウを象徴する数として……復活の種は、滅びの歌とか、道連れとか……そういう技を祓い除けてくれる聖なる力を持っている種なので……
 ほら、ドゥーンは……ヨノワールだから……そういう技を使われてもいいように……これ、四年以上前の種ですが、フッカツノキは十年以上前の種だって芽吹きますので、きっと効果はあるはずです……受け取ってもらえませんか?」
 ソーダの頼みに、コリンは笑ってそれを手首に通す。手首に通した後は、余ったひもを縛る事で長さを調整して手首からずり落ちないように装着する
「バクフーンのおじいちゃんと違って、私の腕って常に下を向いているから……それだとずり落ちやすくって……自分でも付け直す事が出来ないですし、そもそも私はリーダーを守るために炎に自分からあたりに行くような戦闘スタイルなので……あまり装着するのは避けたかったんです。でもコリンさんならば、きちんと装着できますね」
「あぁ、ありがとう……」
 付け心地を確認して、邪魔にならないか確認しながらコリンはお礼を言った。
「どうか……どうかご武運を、コリンさん!!」
 ソーダが水を飲む時のようにこうべを垂れて敬礼する。
「ソーダのためにも頑張りなさいよ、コリン。この子を必要以上に泣かせる事の無いようにね」
「祈る事しか出来ない私達フレイムですが……私もご武運を祈ります。どうか、世界を頼みます……」
 ソルトとシオネもソーダと同じくこうべを垂れて、祈りをささげる。
「絶対とは言い切れないけれど……きっとやってくる。だから皆は……この戦いで唯一生き残るアグニが、帰ってこれる場所を守ってあげて欲しい。暴動が起きるまでは、それを必死でなだめて……暴動が起きたらすぐにダンジョンに逃げて欲しい。
 それだけお願いしたい……特にソーダ。お前にアグニを頼みたい……」
「え、あ、はい……」
「アグニと何をどうするかはお前に任せるが……お前と同じ悲しみをきっと感じるはずだから……同じ悲しみを共有しているお前ならば何か出来る気がするから」
「……はい」
 知り合いではあるし、悪い人ではないとは知っていても、アグニと自分はあまり交流がない。そんな相手の事を頼むと言われて少々困惑しながらも、コリンの願いに応えるべくソーダは頷いた。

「それじゃあ、お願いします」
 運び屋のエアームドに声をかけ、コリンは背中に手をかける。
「お別れはもういいのかい?」
「あぁ……」
「じゃあ乗ってくれ……英雄さん」
 プクリンのギルドが流したま事しやかな情報を聞いても頑なに信じない者がいて、殺されそうになる事もあり得なくはないためにあまり正体は明かさなかったが、このエアームドは自分からコリンに歩み寄ってくれ、こうしてコリンを称えてくれる。英雄だなんて言われるとコリンは少々照れてしまうが、こういう存在がいてくれた事がコリンには嬉しかった。
その羽毛の温かみを感じながらコリンは毛皮にくるまって背中に乗り、フレイムや見送りに来ているスイクンタウンの開拓者へ振り返る。
「行って来る!!」
 それだけ言って、コリンは手を振った。
「お客さん。舌噛むなよ」
 エアームドは言いながら走って加速し、飛び立つ。後ろから聞こえる『ホウオウのご加護があらんことを!!』というソーダの声を聞きながら、コリンは思う。
(英雄でも……救世主にはなれないんだよな……出来る事ならば、全部救いたかった……俺も、シデンも、ドゥーンも、シャロットも……アグニも、ソーダも、ロアも……みんな、みんな……)
 英雄は、何かを救う裏で必ず誰か苦しめている。誰も彼も救える救世主のように器用にはなれないのだと、コリンは少しだけ心抉られる気分であった。

321:炎天下の沙漠 



 夜が明けて数時間の昼前の時間帯。日干しレンガで作られた建物が立ち並ぶ街中を、目の部分だけ肌を覗かせる外套に身を包んだ女性が男から逃げていた。街では何処に行ってもこのような光景が繰り広げられている。星の停止を迎えようとしているこの状況で、人々は自棄になり、また食料の独占などに走り奪い合いが横行しているのだ。

 そういったとき、弱者である子供や女性は徹底的な被害者となりやすく、ご多分に漏れる事なくウソッキーの女性が、薄紫の外骨格の体に、大きなハサミや皮膜、そして猛毒の尻尾が発達したポケモン、グライオンの男に羽交い絞めにされていた。
 ウソッキーの母親が、子供のウソハチを気遣っていたせいもあるが、そもそも体力が消耗していた上に機動力にも大きな差がある。
 子供が母親の事をひたすら呼びつつ、グライオンに『やめて』と叫ぶが聞く耳は無い。疲れ果てたところを押さえつけられて抵抗も出来ず、哀れなウソッキーは身包み剥がれ犯される。そんな予感が頭をよぎり、寒気と共に血の気が引く……どころか、本当に寒い。
「おい、坊や! ママが危ない時はね……アンタも危ないんだ。だから、ここで助けを呼ぶよりも逃げるのが正解だよ」
 目だけを覗かせる外套に身を包んで居る事から女性と分かる、ウソッキーよりも一周りほど小柄な者がウソハチの男の子に優しく諭す。寒さの原因は、この女性そのものが発する冷気のようだ。
「なんだぁ、女? お前も一緒にぶち込んで犯してやろうか?」
 ぶち込んで犯す。つまりは強姦。グライオンの言葉を聞いて、女はむしろ嬉しそうに可愛らしい八重歯を覗かせる。
「そうだね。そのおチンチンから精液流す事なら協力してやってもいいよ」
 言いながら、女は手の平に乗せた氷をつまんで投げる。
「シャアッ!!」
 地面と飛行という、氷による攻撃に弱いタイプ同士を併せ持つグライオンにとっては、こんな小突いただけのような攻撃でも氷である以上かなりの痛手だ。
「ただし!」
 その痛手にひるんだグライオンの隙は、火花のような速さを誇る女にとっては大きすぎるくらいだ。ウソッキーの手前で地面を蹴り、グライオンの頭上まで跳躍。氷を纏った鉄拳でグライオンの顔面を強かに打ちつけそのまま地面に叩きつける。
「手段は、セックスなんて甘い手段じゃないからね!!」
 女は叩きつけられたグライオンの顎を掴んだかと思うと、右腕一本で無造作に放り上げ、左手の爪で股間を深々と切り裂いた。三つの爪痕をクロスさせて、田の字を斜めに切りつけるそれは、マニューラの爪文字で侮蔑を意味する爪痕。
「ハァッ!!」
 グライオンの精液と血液がごちゃ混ぜになって女の外套に降りかかり、地面も鮮血に濡れた。

「おやおや、血が出るまでイッてくれるとは、女としても尽くし甲斐があるじゃないかい。いい男だ、お盛んだねぇ」
 外套から露出された敵を引っ掻いていないほうの爪をペロリと舐めて、女は白目をむいたグライオンにシャレでは済まない皮肉を言って嘲る。一瞬で昂ぶった気分を落ち着かせるようにして深呼吸を挟み、女は目元しか覗かせない外套で精いっぱいの笑顔を作り、ウソハチの子供に微笑みかける。
「ふぅ……大丈夫かい、坊や?」
 勿論子供は何をされたわけでもないので無事である。それでも、あんまりに容赦のない女の勇姿に怯えてしまったのか、母親の影で震えている。
「ふん、全く……今度こんな事があってもいいように、ちゃんとお礼を言えるように教育しておきな」
 何か言ってくれるのを待ってみたが、おびえているだけで何も言えない子供に痺れを切らし、母親に愚痴のような命令をして女は来たほうを振り返る。
「リアラ様!! 速すぎですよ」
 濃い紫色で腕が逞しい外骨格のポケモン、ドラピオンが息を切らしつつ、追いつく。
「リーダ-……突然走り出すなんてどうしたんですか?」
 そしてもう一人、顔面付近の腹にあたる部分がそこから先の胴体より肥大化し、顔のような模様が描かれた紫色の細長いポケモン、アーボック。
「ふん、子供の悲鳴が聞こえたものでね。仕方がないから泣き止ませてやっただけの事さ。ほら、そこで股間から血ィ流して泡吹いてる奴が、そこのウソッキー襲っていたんだよ」
 マニューラの女――リアラはグライオンに対して唾を吐き捨てる。
「やっぱり、何処も星の停止に関する恐怖だけは一人前に感じているらしいですね……」
「そうだね、ジャダ」
 ぶっきらぼうに言葉を吐き捨て、リアラは自分の外套に手をかける。
「全く、走って暑いし息苦しいわ。氷タイプを気遣えって言うんだよ……気に入らねぇグライオンだ」
 ジャダと呼ばれたアーボックに言うなり、リアラは顔面部分の布を捲りとってはだける。
「ちょ、ちょっとボス。まずいですよ、肌を見せちゃ。ここら辺は戒律に五月蝿いんですよ?」
「五月蝿いのはお前らだよ。私はここの宗教なんぞ、なんら信じちゃいないんだ。それに、ここにはあんたらの里帰りでついでに来ているんだって事忘れてないかい? え、ジャダにスコール。本当ならばもうおさらばしたいところだってのに、氷タイプの私が耐えるなんて何の拷問なんだか」
「すみません……リーダー」
「うぅ、リアラ様……申し訳ございません」
 アーボックのジャダ。ドラピオンのスコールともに頭を下げての謝罪をする。
「特に、スコール!! 何が『お兄ちゃんがお前らを守ってやる!!』だ!! 盗賊稼業で稼いだ汚ねえ金で仕送りなんぞして、それでええかっこしいはやめろ!!」
 リアラは暑さで非常にイライラしているのか、さらにスコールに当たり散らして憂さを晴らす。
「なんだって私がこの糞暑いところに付き合ってやったと思っているんだ、毎回毎回」
 そう言ってリアラは、暑さによる苛立ちをぶつけるようにウソッキーを見る。
「そうだ……あんたも、外部から来た私に対して戒律だなんだと咎めたりしないよな、お母さん? 外套なんて適当にかぶってりゃいいだろ、な?」
 リアラに話を振られて、脅されるがままにウソッキーの母親は頷いた。そのまま、一同は沈黙する。
「あ、あの……助けていただいてありがとうございます」
 気まずい状況を瓦解させたのは、ウソッキーの母親であった。子供のウソハチはまだ脅えている様子はあったがきちんと御礼を言えている。
「ふぅん……私は子供泣かす奴が許せなかっただけだ。アンタが子供を守れないからいけないんだよ……分かるか、そこのウソッキー?」
「申し訳……ござい……ません」
「分かったら、危ない外にうろついてないでさっさと家に入りな。弱いなら弱いなりにきちんと身を守れ。勿論子供もね」
 リアラはそれだけ説教して、見るからに危険な状態のグライオンを見る。
「それだけ子種ぶちまけられて嬉しいかい? 白目剥いちゃって」
 クスリと口元を緩ませて、強盗の戦利品なのだろう膨らんだ革袋を手に取る。
「一生分はチンポいじめてやったんだ。娼婦としてこれくらいもらっても罰は当たらないだろうよ?」
 嘲るようにリアラは笑い、グライオンの蓄えを全て奪い取った。重厚な音がするそれはお金だけでなく指輪などの装飾品も含まれていた。
「全く……本当に暑くてイライラするねぇ……ここら辺、美味いものなんて神塩とか言う岩塩だけじゃないかい。それも根こそぎ盗まれて品薄状態と来たもんだ……」
 気が立ってイライラしている所に、訪問者が訪れたのはその数時間であった。

322:沙漠の街での再会 


 きょろきょろとあたりを見回す外套を纏った人影。リアラはジャダと共に街を練り歩いているうちに外套の隙間から覗かせる緑色を見かけ、小走りで近寄りながら声をかける。
「よぉ、コリン。ディスカベラーとかいう探検隊と一緒に生きて帰ってきたって聞いていたが、元気だったかよ?」
「久しぶりだな? つっても、俺の名前も覚えているかどうかわからんが……」
 コリンに向けてリアラとジャダが外套を広げて顔を見せ、順番に語りかける。緑色の目をのぞかせる男もそれに倣い、外套の目出しの部分を広げて顔を見せる。
「リアラ……だったかな。トレジャータウンの件では、ありがとう。連れのアーボックは……名前、なんだっけ?」
「ジャダだ。前は落ち着いて話せなかったが、今日は問題なさそうで何よりだ」
 やっぱり名前を覚えてもらえていなかったかと、ため息をつきつつジャダは名乗る。
「そうだな……縛られていないっていい事だ。だが、問題がないわけじゃないぞ? ちょっと疲れている事とかな……」
 コリンがため息をつく。彼は連日の飛行による移動で、疲れているのが目に見えてわかる見た目をしていて、今すぐにでも倒れてしまうのではないかと思うほど怪しい表情で力なく微笑んでいた。

「あの時のお礼の用意も出来ずに済まんな……二人とも」
 コリンが言うが、リアラは首を振って否定する。
「ふん。私は何も出来やしなかったさ……ドゥーンに一泡吹かす事すらな」
「それでも、救おうとしてくれた気持ちが俺は嬉しい」
 そう言ったコリンの鱗はひどくくすんでいて艶が感じられない。体力を容赦なく奪ってくる砂漠だからというのもあるだろうが、大した休みも取らずに移動に次ぐ移動を繰り返す気苦労と疲労は、疑いようもなかった。
「そうかい……全く、お礼だなんだ言う前に、お前はしけた面しているんじゃねぇよ。お前らをお望みのモノはこれだろ?」
 そう言って、リアラは時の歯車を差し出す。
「あ、ありがとう……恩に着るよ。エムリットから、お前らがこの村に滞在しているって聞いてすっ飛んできた甲斐があった……」
「どーいたしまして。全く、タダ働きだなんてやってられないねぇ……」
 ふぅ、と溜め息をついてリアラはほくそ笑む。
「ディスカベラーの奴らと一緒に、未来世界に行っていたんだって? 土産話の一つも期待していたんだが……それが星の停止とやらを迎えた世界じゃ笑えないねぇ……土産話もつまらなそうだ」
 リアラがまくしたてるように言う言葉を聞いて、コリンは苦笑する。
「土産話なんて、アグニの無様な姿しか話せないな」
「アグニったら、あのヒコザルかぁ……そいつは楽しみだが……今はそんなのどうでもいい事か。こっちの状況をとりあえず教えておくとだな……沙漠のダンジョンは、周囲に村もない不毛の沙漠だけに、暴動とかそういった被害は軽微。宗教の権力者が懸命に住民を宥めているらしい。
 しかし、それでも星が停止している箇所が徐々に増えているせいで住人達の不安はかなりのものだ。そんなわけで、犯罪者もやたらと出没していてな。ついさっき、トラブルを一つ解決したところさ……」
 先ほど、局部を引き裂いた爪の匂いを嗅ぎながらリアラは言う。一応匂いはとれているようで、リアラは苦笑して話を続ける。
「やっぱりそんな事になっているのか……」

「ここはスコールの故郷でね……クラウドだとかライトニングだとかっていう兄妹を守りたいがためにここに来たんだと」
「すまんな……俺の行動が遅かったせいで……守るだとかなんだとか、いろいろ迷惑かけて」
 もっとうまく言って居ればそんな事をさせる必要もなかったのにと、コリンは自身の不甲斐なさにため息をつく。
「気にするなよコリン。お前が居なかったらもっとひどい目に合っていたわけだし……というか、なんだ。時の歯車を私てしまった以上、この村に居ても出来る事はないし……私は二人を置いていく。そんで、お前について行くよ」
「えぇ? つまりそれって……」
 ジャダが口を挟もうとするが、リアラは無視して話を続ける。
「ジャダ……私はやられたらやり返さなきゃ気が済まないんだ……あの野郎。ドゥーン=ヨノワールをこの手で引き裂かないと……どうにも我慢できないのさ、だから、良いだろ、コリン?」
 有無を言わせない口調でリアラはコリンに頼み込む。妖艶な笑みをたたえた顔で上目遣いの一つでもしたいところだが、あいにくコリンの方が身長は低いのが悔しいところ。
「俺は構わんが……だが、一緒に居なくっていいのか?」
 ジャダの方を見てコリンは尋ねる。
「私の部下ならば自分の身ぐらい自分で守れるさ。なぁ、ジャダ?」
「え、あ……はい」
 突然話を振られ、戸惑いながらもジャダは答える。
「そう言うわけだ。スコールには後で話をつけるとして……コリン。お前、とりあえず休め……今日は本当に休まないと死ぬぞ? 日光浴はきちんとしているのか? 顔色が悪いぞ?」
 交渉が成立すると、先程の態度は一変。リアラはコリンを心配して優しい言葉をかける。

「運び屋を何件も梯子してきたものでな……金ならば有り余るくらい用意しているから……良い宿を紹介してくれよ」
「この辺に宿なんてないさ……だが、倒れられても困る。居候してるスコールの家まで案内するから、ジャダが担げ」
「え……いや、かしこまりました」
 部下を顎で使い、リアラはいよいよ決戦の時が近づいている事を感じ、物思いにふける。どんな事になっても大丈夫なように、今一度リアラはイメージトレーニングをして決戦に臨もうと考えた。

323:二人からの手紙 


「あそこだ、あのプクリンのギルドの入口がある。あそこから入ってくれ」
「了解」
 大空を駆るコリンは、どこかの店に寄るのも億劫で、宿代わりにも使えそうなプクリンのギルドへと直行する。沙漠から、途中まではガブリアスとフライゴンに乗り、途中休憩に立ち寄った街でヨルノズクとプテラに乗り換えたどり着くまでに二日という、かなりの早足。当然、寒さにさらされたコリンはくたくたである。

 今は空がようやく青くなってきた朝。町はようやく動き始め、朝食を作るためなのかそこかしこの家の煙突から煙が上がっている。太陽が昇ってきたばかりだからか潮風も浜風もない朝凪の時間帯で、まっすぐに立ち上る煙がその風向きを示していた。
 しかし、いくら風など吹いていないと言われても、風を切って飛ぶコリンにとってはそんな事関係ない。寒さに震えた彼はリザードンでも雇えれば良かったなどと激しく思いながら、背中から降りる足もおぼつかない。リザードンはこの季節人気だから仕方ないさというのが今回仕事を受けてくれた運び屋の弁である。
 寒くないという意味では、時間が止まっていた事がある意味幸いだった霧の湖やスイクンタウンとは違い(沙漠も夜はかなり苦労した)、トレジャータウンはまだ普通に時間が動いているために寒さには凍えるしかない。そもそも、ジュプトルという種族自体が熱帯・亜熱帯に住むべきポケモンであり、こんな寒い冬に出かけるような生態はしていない。
 この寒さに凍えるコリンは、プテラの背から降り立つときにリアラの介助を必要とするほど。運び屋も死んでもらっては困るからと、道中何度も安否を確認したくらいだ。

「ありがとう、これ正規の額に加えてチップだ。もしかしたら、追加で仕事を頼むかもしれないから、今日は街に待機していてくれないか? 明日の仕事を頼まない場合は、手間賃ぐらいは払うからさ。
 そん時はよろしくな、シュマさん……ラドンさん」
 コリンが、シュマという名のヨルノズクとラドンという名のプテラへ、それぞれ宿に二晩泊ってちょうどいい金額を渡す。
「お、ありがとよ。んじゃ、俺は適当に宿を探しておくから明日の……いつどこにいればいい?」
 ラドンが尋ねる。
「明日の朝にここに来てくれ。あんまり早朝でもこっちが起きられないから、皆が起きだしてくる時間でいい」
「あいよ。次の仕事もいい報酬期待しているぜ。いやぁ、いい飯が食えそうだ」
 営業スマイルでは無い、報酬のよさにホクホクな笑顔でシュマは一度振り返り、後は宿街の方へと飛んで行った。
「じゃ、俺も一緒に休んでくるわ」
 続いてラドンも飛び立ってゆく。それを見送って、コリンは寒さに震えながらため息をついた。
「さて……と、すまんなリアラ」
「まぁ、冬って季節じゃ仕方がないさ……」
 かじかんでしまって上手く動かない体を労わるようにリアラに背負われ、コリンはギルドの内部へと入ってゆく。暖かいギルドの中で、背負われているコリンはとても目立った。
「おい、ギルドの弟子達はいるかい?」
 臨時で雇われ、掲示板の以来の張替えを行っている最中の職員にリアラが尋ねる。
「お、奥の受付の方でレナさんが……」
 臨時雇いのコノハナはそう言って奥の受付を指差した。
「わかった」
 すでに背負っているジュプトルが何者であるかはわかっているのだろう。大変な奴が来てしまったと思う職員はコリンに対する気まずさも相まって若干震え気味だ。
 リアラがコリンを背負って受付に行くと、まず最初にレナは閉口した。いつもならば、来客とあればあいさつ代わりにハンドベルのような(冬になると音が変わるそうである)重厚な鈴の音を響かせるのであるが、この時ばかりは驚きだけが勝ったようである。
「……コリンさん、ですか?」
「あぁ……ディスカベラーから聞いているけれど……レナ、さんだったかな?」
 凍りつきそうな寒さに上手く口もまわらない様子でコリンが尋ねる。
「は、はい。えと、その……以前は、我々プクリンのギルド一同……ドゥーンの口車に乗せられて、とんだご無礼を……」
 体を浮かせたままレナは平謝り。
「構いやしないさ……それより、アグニとシデン……いや、ミツヤの二人は?」
「えと……二人は……ギルドの弟子一同と、ここから北にある磯の洞窟と呼ばれる場所に向かっています。陸路で向かっていますので高速便で向かえば追いつけると思いますが……その……今の状態では……」
 レナがちらりと見やったコリンの見た目は、どう見てもこのまま北に向かえるような見た目ではない。
「そう、だな。とりあえず、暖かい寝床と食事があると嬉しいんだが……」
「わかりました、すぐに案内します……」
 そう言ってレナは受付お願いしますという意味のベルを鳴らす。すぐさま別の職員が受付に駆けつけ、レナはコリンをサイコキネシスで浮かせたままアグニとシデンが利用していた寝室へと案内する。
 コリンを草のベッドに寝かせると、レナはすぐに火をつけるために暖炉で火打石を鳴らす。とはいえ、冬は空気が湿ってしまう季節。火のつかない火種に四苦八苦していると、リアラが後ろからクラボの実で自然の恵みを発動して火をつけてくれた。
 燃えやすい火種から細い木、薪に燃え移る過程で届く熱気にコリンは安堵してリラックスをする。
「食事の方は、今は残り物しかないですが……この暖炉は調理も出来るように網がありますので……お好みで温めて食べてもらえますか?」
「あぁ、ありがとう」
 レナの言葉に、コリンは暖を取りながら礼を言う。
「それと、アグニさん達は置手紙を残していると言ってまして……えっと、どこかな……」
「これか?」
 部屋の隅っこにおかれた小さな箪笥の上に置かれていたそれを目ざとく見つけ、リアラは尋ねる。
「そうそう、おそらくそれです……中は何と書いてあるのかわかりませんが、あとで読んでください……きっと喜びますので。私は食事を持ってきます」
「あぁ、頼むよ」
 しばらく黙って火にあたっていると、リアラがそっと手紙を手渡してくれる。コリンは蝋などで封印されていない封筒から手紙を取出し、読み始める。

『親愛なるコリンへ。自分達は、幻の大地へのこれを読んでいるって事は歯車の方はもう大丈夫なんだよね?
 えっと、それでね……こっちではアグニの持っている遺跡の欠片が幻の大地へのカギかもしれないって事になってね……』
 シデン達も同じ情報を掴んでいたのかと、コリンは感心する。
『それで、今から調査に向かうところ。調査が済み次第、またここに帰ってくるけれどね……。
 兎に角、これだけは……コリン、体は大丈夫? 無茶しすぎていない? こっちは、色んな人と会って話をして、心も温まったし……コリンも会いたい人とは会えた?
 コリンは散々頑張ってきてくれたから、今度は調査が終わるまで、ゆっくり光合成でもしたり絵を描きながら待っていてよね。

シデンより』
「あぁ……大丈夫だよ」
 シデンの手紙を読んで、コリンは満足そうにため息をついた。
『コリン、元気? オイラ達はもう、体はいつもの事だけれど心まで元気バリバリだよ。なんてったって、ギルドの仲間達がオイラ達の味方になってくれたから……こんなに嬉しい事は、本当に今までなかった事だよ。
 いや、当たり前が恋しくなっちゃったんだね。朝日を見た時もそう感じたけれど……やっぱり当たり前な事って良い事だよ。
 でも、最近は当たり前もいいけれど当たり前じゃないのもいいかなぁなんて思っていてね。
 あぁ、もう……とにかく伝えたい事がいっぱいあり過ぎて、紙に書いているとノロノロだからイライラしてくるよ。とにかく、また会っていっぱいお話しようよ。
 いつか未来に帰るその時までいっぱいお話したいから、早く合流しようね。
アグニより』」
「わかったよ……アグニ」
 微笑ましく顔をほころばせ、コリンは二枚の手紙を置いた。
「読み終わったかい?」
「あぁ……読むだけで元気が出てくるよ……」
「それは結構な事だが、きちんと休めよ?」
「わかってる……飯を食ったらすぐ眠るよ……光合成できるからって二日間くらい何も食ってなかったし……」
 コリンは暖炉の前で体を温めながらレナを待つ。レナが食事を届けに来ると、それを温め食べて、気絶するようにすぐに眠ってしまった。

324:最後の絵画 


(レナの話によれば、陸路で迂回していくギルドメンバーが洞窟にたどり着くのに追いつくにはまだ時間がある……そう言えば、ずっと絵を描いていなかったな……)
「どこへ行くんだい、コリン?」
 非常時だというのはわかっている。それでも、また絵を描きたいという欲求は止まらなかった。
「もうすぐ夕日がさす時間だからな……サメ肌岩まで行って絵を描こうかと思うんだ」
 コリンは画材道具を小脇に抱えて言う。画材道具とは言っても、旅先でそろえた木炭ぐらいしかなく、絵の具の調達は出来なかったが。
「こんな非常時でもそんなもんを買い揃えていたんだから……暢気なもんだね」
 呆れながらも、そんな余裕があるコリンにリアラは笑う。
「暢気さ。焦っても仕方がない事は焦らない。それでいいじゃないか」
「違いないが……お前はそれが顕著すぎる」
 リアラが苦笑して同意する。レナに一言断って出かけたコリンは、リアラに見守られつつ、サメ肌岩から海を臨む。
「へぇ、描くの速いねぇ。しかし、お前には見えないものでも見えているのか? なんか私には見えない物が描かれ始めているが……何を描くつもりだい?」
「なんて事ない。この世界の一部を描いているだけだ。海と、牙の形に削られた岩と……そこに暮らす者。つまり、シデンとアグニだ」
 目背ける事なく言いながら微笑んで、コリンは絵を描き続ける。明日に旅立たなければいけないため、早く仕上げようと急かす筆使いは、お世辞にも丁寧と言えない。
 そんな荒々しい筆遣いなのに、出来上がっていく絵は不思議と繊細で、細部まで細かく描かれている。
 人物画とも風景画とも、静物画ともいえるのにそのどれもが主役でも何でもなく構成する一部分でしかない。それでいて、一部分であって一つ欠けてしまえば色あせてしまうような、欠けてはいけないパーツとして構成されており、まるでジグソーパズルのピースのようだ。
 シデンとアグニが手をつなぎながら夕陽を見るその絵は、モノクロだというのに思わず息が止まってしまうほどに自然で、言葉が出ない。
「なんというか……もう、すごいとしか言いようがないね。いまにも動き出しそうって言うか……ずっと眺めていたい気分だよ」
「そうか。そいつは嬉しい」
 本音で褒めた覚えの少ないリアラが掛け値なしに称賛を贈る。コリンは春の日差しのように穏やかな笑顔になり、素直に喜んだ。
 そうして、日が沈んでからも絵画は続く。やがて、毛皮にくるまり震えながら書き終えたコリンは、その絵を誇らしげに見つめながら
「やるよ」
 微笑んで、コリンはそういった。
「どうせ、俺が持っていたところで意味がないんだ。お前の家が……きちんと絵を保存できる環境であるならば、やる。絵を描いて、皆に見せて、それで心を動かしてくれるなら……俺の絵はどこにあったって良いんだ。俺は……芸術っていうのはそういうものであるべきだと思っているからさ」
 嘲りとは違うが、馬鹿な奴だと見下す意をありったけ込めてリアラは鼻で笑う。
「あいにく、私は根なし草なものでね。絵を持ち歩いたりなんかしたら、たちまちボロボロの紙切れだ。そうなりゃ鼻かむ紙にすらなりゃしない。
「描いているのは紙にではなく布だがな」
「そんなこたぁどうでもいい。ともかく、ギルドの奴らにでも送っとけよ。あんたの絵の価値を分かってくれそうな奴はチラホラいる……というか、価値がわかるからこそ、きちんと保存しておけ」
「そうか……じゃあ、そうしておくかな」
 それだけ言って、コリンは画材道具や折り畳みの椅子をまとめ始める。
「寒いな……リアラ?」
「氷タイプの私にそれを聞くのは間違っていると思わないか?」
「確かにお前に聞いてもよっぽどの事じゃ寒いって答えないだろうな」
 コリンは苦笑して、荷物を背負いギルドの方へと歩き出した。

「この世界で絵を描けるのも、これが最後かな……」
「幻の大地とやらには画材道具は持っていかないのかい?」
「持っていく事は出来るが……こればっかりは全力で挑まなきゃ勝てる敵じゃないんもんでな……さすがにそこまでの余裕はないかな。まぁ、全力でやるさ」
「しかしお前、妙に落ち着いているね? どうあがいても……お前は死ぬんだろう? 悲しくも辛くもないのか?」
「自分でもそう思う……」
 コリンは星を見上げて笑う。
「でもな、俺は絵を通じて……この時代でいろんな人に出会えた。恋人とか、弟分とか……そういう人達に、残した絵を通じて覚えていてもらえるのならば……俺は、今まで生きて来た道が無駄じゃないと思ってる」
 コリンはソーダを思い浮かべ、胸の前で拳を握りしめる。
「恋人ってのはフレイムのソーダの事か? あいつ、お前の事になると口が止まらないんだよな……」
「ああ」
 コリンは惚気た笑みを浮かべて頷く。
「いい女だろ?」
「同性から見ても悪い女じゃないと思うがね。男にとってどうかはわからんね」
「そっか。そりゃもったいない……男は男同士でいいところに気付きあえるから、女もそんなもんだと思っていたよ」
 くだらない話が始まって、リアラは律儀にそれに付き合った。
「そりゃ、優しいだとか、勇気があるだとか、女同士でも男同士でも気付くこたぁあるだろうよ。女らしさとか男らしさってもんは、同性にしかわからないものも異性じゃないとわからないもんもあるだろうけれど。というか、お前はアレだ……実は女にも男にもモテているんじゃないか?」
「お、女はともかくとして男は……男は……モテてるかなぁ」
 アグニのなつきっぷりや、シオネやロアからの信用の深さ。そういうのを鑑みると、男にもモテているのかもしれないと、コリンは素直にリアラの言葉を認めて笑う。
「おいおいおい……そこで肯定しちまうか」
「いやいや、言われてみると男にもモテているからさ。リアラ……お前、人を見る目があるんじゃないか?」
「女はともかく、男については冗談のつもりだったのにな……」
 リアラは苦笑して、ふと考える。
「それだけお前が魅力的って事なんだな」
「なんだろうかな? だが、リアラ……お前から見て、俺はどうなんだ?」
「役不足さ。私なんかと付き合ったら、お前がもったいなすぎる。高嶺の花じゃないかな」
 自嘲気味に笑ってリアラは言う。
「そっか……美人なのに、もったいないな」
「盗賊稼業なんてやってるとね。普通の男は輝いても、色あせても見えちまう。普通の生活にどこか憧れているから輝いているんだろうけれど、物足りなくって色あせて見える。だけれどコリン……アンタは光り輝いてしか見えないんだわ」
「はぁ……そりゃ、光栄だが……」
 白いため息を吐いて、コリンは首を傾げる。
「迷いが、ないんだよね。お前は」
 リアラが言う。

「まぁ、この世界に光を取り戻すのに迷ってなんていられないさ」
 リアラの言葉にコリンはそう返す。そういう事を言っているんじゃないと、リアラは首を振った。
「……死ぬのが怖くないのかい?」
「怖いけれどさ」
 コリンは笑う。
「あの世界で生き続けるくらいなら……ここで一花咲かせて死んだ方がよっぽど有意義だから。量より質だよ……質が、この世界にはあるから」
「そうか……いや、済まないな。未来世界がどんなものかってのが……地底の湖で時間が止まった世界を見ていてなお……イメージが湧かないから。だから、的外れな事を聞いちまったな」
 リアラは笑ってごまかすが、コリンは気にも留めていないようだ。
「お前の思っているとおり、死ぬのが怖くないわけじゃないから安心しろ。俺は、お前らと同じ人間だから……人並みに恐怖を感じたり、感動だってする。ただ、その感動が……恐怖を軽く上回っただけの話なんだ。俺の場合はね」
「そうやって、夢に向かってひた走る……そのひた向きさ。男にもモテるわけだ」
 それだけ言い終えると、リアラはタバコとクラボの実を取り出し、火をつけて吹かす。
「吸うかい?」
「いや、遠慮しておく」
「そうか……悔いがないって、良い生き方だよ。私もそうありたいもんだが、むずかしいもんさ。アンタならそれが出来る……魅力を感じないわけがない」
 リアラは口の中で煙を溜めこみ、その香りを存分に味わうと、肺に溜める事なくそれを吐き出した。
「もったいないねぇ。いい男が死ににいくなんて……」
「そうかもな。でも、お前の言うとおり……悔いはないから」
「わかってる。全力でやってやるからな」
 二人はそれで会話を終え、白い息を吐きながら寒い道のりを歩いて帰る。絵を描いている間は楽しそうだったコリンだが、結構な体力を消耗したのであろう。ギルドに赴きディスカベラーの部屋に戻ると、彼はすぐに眠ってしまった。
 無防備な寝姿をリアラに晒しながら、コリンは夢も見ないような深い眠りに落ちて体力を回復させる。彼が眠っている間に、リアラは彼が描いた絵を何度も見つめて、コリンの覚悟を想った。
 表現のしようもないが、相当な覚悟なのだという事は、リアラにもなんとなくわかった。


「起きろ」
 リアラの呼び声と冷気に眠気を覚まされて起きてみれば、リアラがコリンの顔を覗き込んでいた。
「あぁ、もう朝か」
「疲れはとれたかい?」
「あぁ、全快だ」
 立ち上がって伸びをして、瓶に溜められた水で顔を洗い、コリンは言う。
「もう運び屋さんは外で待っている。すぐに支度して磯の洞窟まで運んでもらうぞ?」
「あぁ。準備ならすでに終わっている」
 コリンは画材道具を彼らの部屋に置いてゆき、まとめた荷物を背負う。
「いつ命を狙われるかわからない生活をしていたら、自然とすぐに起きて出発できる癖がついていたんだ」
「ならば話は早い。行こうか、コリン」

 リアラは納得し、コリンの前を歩いた。そうして二人は、すれ違う居残りメンバーにあいさつを交わしながらギルドを出て、待ち構えていた運び屋に追加料金を払って乗り込む。
 もうすぐそこまで近付いた決戦を前に、二人はシデン達の待つ磯の洞窟へと向かった。














次回へ


コメント 

お名前:
  • >2013-11-03 (日) 02:46:36
    大体はお察しの通りなのです。ダークライの件がなかったら、アグニを成長させるためにも消えたままにするのが神としての役割だったかと思います。
    シデンを復活させたのも、おそらくは苦渋の決断だったのでしょう。ソーダは……私ももうすこし救ってあげたい気持ちですw

    テオナナカトルは、その通りコリンたちの世界の未来ですね。すでにコリンたちの戦いは神話になっているようです
    ――リング 2013-11-22 (金) 00:37:02
  • ふむふむ、こうして読むともし原作のストーリーにダークライの話が無かったら、リングさんバージョンはシデンが復活しないまま終わってたのかなって思いますね。

    ソーダがちょっと可哀想でした。

    テオナナカトルって多分、コリンたちの世界の未来の話ですよね?
    ―― 2013-11-03 (日) 02:46:36
  • >狼さん
    どうも、お読みいただきありがとうございました。
    『共に歩む未来』のお話では、もう一つの結末というか、私としてはこちらのほうがよかったという結末を書いて見ました。
    ディアルガのセリフから察するに、本当の未来はシデンが生き返らない方であったという推測が自分の中でありましたので……。
    こんな長い話ですが、読んでいただきありがとうございました
    ――リング 2013-06-26 (水) 09:49:35
  • 時渡りの英雄読ませていただきました。私は探検隊(時)をプレイしたのでだいたいのことはわかるのですが時渡りの英雄ではゲームとは違ったおもしろさがありゲームではいまいちでていないところまで実際そんなストーリーがありそうな気がしたり(当たり前か)してとてもおもしろかったです。
    『ともに歩む未来』では[シデン]が蘇らないのかと思ったら[アグニ]の夢というおち、少しほっとしたり…。
    これからも頑張ってください。
    ―― ? 2013-06-17 (月) 21:31:32
  • 時渡りの英雄これから読んでいきたいと思っています。
    時渡りの英雄は10日ぐらいかかると思われます。
    読むのが楽しみです
    ―― ? 2013-05-25 (土) 02:02:01

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Last-modified: 2012-03-05 (月) 00:00:00
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