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時渡りの英雄第22話:幻の大地・前編

/時渡りの英雄第22話:幻の大地・前編

時渡りの英雄
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325:磯の洞窟 


「うわぁ~い。ジュプトルだぁ」
 プクリンのギルドの長であるソレイス親方が、磯の洞窟と呼ばれる場所に待ち構えていた。
 二人は運び屋に金を払って帰らせると、気を取り直してソレイスと話をする。話を聞いてみると、どうやら彼は先に別の用事を済ませていたらしく、ここにいたのも小休止の最中であったとの事。
「しかしソレイス……お前とこうしてまともに話すのは何年振りかね」
 リアラはソレイスと知り合いだそうで、ある程度親しげに、感慨深げにリアラは言う。
「ふふ~んそうだね。お久しぶり、リアラ」
「積もる話も有るだろうが……まずは一つ聞きたい。ディスカベラーの奴らはどこに行った?」
 リアラはソレイスと長話をするつもりはなく、真っ先に聞きたいことを尋ねる。ソレイスといちいち構っていたら日が暮れてしまう。
「みんなはちょっと前に中に行っちゃったようだから、すぐさま追いつこうね。トモダチトモダチー」
 意外にもこの時のソレイスは無駄口が極端に少なかった。恐らく、この戦いの意味を把握しているのだろう事が肌で分かる。
 ダンジョンを突き進む間、敵に真っ先に気付くのも、倒すのもソレイスだ。コリンやリアラが全く蚊帳の外というわけではないが、やはりその強さに二人は舌を巻かざるをえない。

「ソレイス……っていったっけか? 最後に見た時の印象でいいんだが、あの二人はどんな顔をしていた?」
 ダンジョンを突き進みながら、なんの気なしにコリンは聞いた。
「う~ん……見た方が早いとしか言いようがないんだけれど……なんて言うのかなぁ?
 アグニは未来での体験のおかげで、この世界にいたら経験できないような死線を何度か越えたせいか……相手の攻撃をよく見るようになったね。防御は今までの数倍上手くなったみたい。 そのせいかどうかは知らないけれど、今では誰よりもまっすぐに僕の目を見れるようになったし、自信のある表情をしていたね」
「シデンは……?」
「物思いにふけることが多くなったよ。いろいろ悩み事があるみたいだけれど……まぁ、あの年齢の女の子だしね。でも、その分アグニとベタベタしてる。あの二人、将来結婚するんじゃないかな」
 会話しながら走るのはなかなか辛い物があったが、そんな息が苦しい状況だというのにソレイスは笑顔だった。
「そうか……」
 つられてコリンも笑顔になるが、リアラは退屈そうにあくびをしていた。走っている最中だというのに、よくまぁそんなことが出来るものである。
 その後は、誰もが終始無言だった。恐怖という感情を知らず知らずのうちに黙殺しようとしているのだろう。『死んだらどうする?』とか『生き残ったらどうする?』とか、そう言った会話はしないし、出来ない。
 言霊が宿るから不吉なことは言わない方がいいし、覚悟が緩まってしまうから生き残ることは考えない。
 これでは、言葉がでなくなるのも当たり前だ。そんな重苦しい空気を、ソレイスはいつものような気楽なおしゃべりで壊そうとはしなかった。たまには彼も空気を読む。今日がその時だ。

 ◇

「さぁ、そろそろダンジョンの台風の目だ……」
 走りながら、ソレイスは口にした。二人は機動力に長けた種族であるせいか、それに必死で合わせようとしているソレイスは息切れが絶えない。途中、ドクローズとか言うゴロツキ集団の焼死体を発見して、リアラが廃品回収の名目で身ぐるみを剥がすという事もあったが、それ以降は特に止まることなく一行はひた走り、やっとたどり着いた出口。
 ようやく小休止も出来るだろうかと思ったのだが、開けた空間に出るとその期待は打ち砕かれた。アグニとシデンだけが立っているその空間では、その他の者が全員倒れていた。
「なんだか穏やかな状況じゃないみたいね」
 荒い息を付きながらリアラは口にした。
「ありゃ……ペラップかな?」
 コリンのその言葉を聞いてソレイスの顔色が変わる。疲れて息が上がっているのも構わずに、彼は今までと比べて遥かに速く駆けだしていた。横たわるカブトプスとオムスターの死骸の横で、見覚えのある極彩色の翼が血にまみれながら倒れている。
「チャット!? しっかりして」
 横たわっているその鳥、チャット=ペラップへ向けたソレイスの叫び声が、洞窟内で何度も反響した。
「その声は……親方様……」
 かすんだ視界を動かして、チャットはソレイスの桃色の体を捉える。そうして一緒に捉えたものは、コリンとリアラの姿。
「コリン、それに親方にリアラ……どうしてこのメンバーが一緒に?」
「また、思いもよらない組み合わせだね……」
 チャットを介抱していたアグニが尋ね、シデンもそれに続いて不思議な組み合わせに困惑する。
「訳は後で説明する……それより」
 ソレイスは駆け寄ったアグニを恐ろしいほどの剣幕ではねのけ、手で振り払う。それは、チャットを思うが故の行動であり悪気はない。驚きこそすれ、不快に思うことはしない。
「チャット、大丈夫? 痛みはどう?」
「ハハハ……大丈夫です。ちょっとヘマはしましたがこの通り、ピンピンして……」
 がくがくと震える翼を持ち上げながらチャットは強がって見せた。
「チャット……ごめんねチャット、僕がもうちょっと早く来ていれば……」
 ギリリと、強く歯をくいしばってソレイスは涙をこぼす。その体を、横からリアラが蹴とばした。
「泣いている暇があったら、速く応急処置をしろ。いつでも冷静でいるのが年長者の務めだろうが」
 彼女なりの喝入れで、リアラはソレイスを急き立てる。
「そうだね、リアラ……氷を……お願い」
 ソレイスは自身の頬を手でたたいて喝を入れるなり、小声でそれだけお願いして、チャットの傷口に向きあった。
 探検隊の親方という肩書に恥じないくらいの冒険を経験したソレイス=プクリンは、仲間が傷付いた時の対処まで超一流の域というべきか、医者も裸足で逃げだしそうなほど手早く傷口を縫いつけていた。
「さすがだな……親方は俺よりもよっぽど治療が上手いじゃないか……」
 親方の応急処置は医者顔負けの腕前だった。コリンのその鮮やかな動作に舌を巻きつつ、チャットの傷に軟膏を塗る手伝いをする。
「うん……ありがとう」
 すべての傷の応急処置が終わったところで、ソレイスは大きくため息をついて、肩の力を抜く。
「チャットはもう大丈夫……だけれど、一応ちゃんとしたところで治療をさせないとまずいことには変わりない。だから、コリン達は先に行って。僕は、チャットをギルドに届けに行く……」
 誰も抗議の声を上げはしなかった。ここで先に進まなければ、チャットが守ってくれた意味がなくなると誰もが理解している。
「例の不思議な模様の壁は、この先にある……あとは、ひたすら健闘を祈るよ……」
 チャットの惨状に涙ぐみつつ、ソレイスは指差した。
「そっか……親方がいないとちょっと戦力的に不安だけれど……仕方ないよね」
 寂しそうにアグニが呟く後ろで、シデンがアグニの肩に手を置いた。
「大丈夫さ。コリンがいるし……リアラさんでしたっけ。活躍の噂は聞いております」
「活躍というか、悪事だがね」
「えぇ、ともかく強いと噂の貴方が仲間になってくれるならば心強いことこの上ありません」
「過大評価しすぎだよ、シデンちゃん」
 照れ隠しなのだろうか、冷めた視線でリアラは言った。

「どちらにせよ、一緒に戦ってくれる相手を拒むわけにはいきませんし……ともかく、アグニ。構わないよね?」
「なりふり構っている場合でもないし、盗賊だろうとコソ泥だろうと、戦力になるなら構わないよ。よろしく、リアラさん」
 アグニは全く気に止める様子もなくそう言って、リアラに握手を求める。リアラは差し出された手を面倒くさそうに受け取り握手を交わす。
「私からも、よろしくお願いします」
 握手を済ませたリアラにそう言って、シデンも握手を求める。
「なんというか、こういうのは慣れないね」
 親方が応急処置をしている最中に吸っていたタバコの吸殻を水たまりに落として、リアラはシデンとも握手を交わして、ため息をついた。
「ともかく、私達四人で幻の大地へとしゃれこもうじゃないかい。準備は出来てるな?」
 むろん、準備が出来ていない者などいるはずもない。なぜかリアラが場を仕切ることになったが、誰が文句を言うでもなく、リアラの先導で一行は奥地へと出発した。

326:意外な一面 


「それにしても、あのチャットとか言うペラップ、お前達二人を庇ってくれたのか……」
 別れて一ヶ月もたっていないというのに、コリンはずいぶんと久しぶりに二人を見たような気がして、懐かしい気分に浸りながら洞窟を歩く。
 ディスカベラーの二人は初めてあったときと同じようにスカーフをつけており、シデンはかわいらしい桃色のモモンスカーフ。アグニは白を基調に黒の水玉模様のスカーフで、よく似合う――なんて少し笑いながら、コリンは元気な二人の姿を改めて安心する。
「うん、自分達の上に覆いかぶさって、翼で攻撃をほとんど防いでくれたの。正直、あの口だけの鳥にあんな勇気があるとは思わなかったよ」
 シデンはちょっと見直しちゃった――と、はにかんで見せる。
「あのソレイスに憧れるだけだった鼻垂れがねぇ……立派に成長したもんだよ」
 昔のチャットを知っているのか、リアラはそんなことを口にした。
「そういえば、コリンはどうしてここへ?」
 アグニが首をかしげた。
「どうしても何も……歯車はお前らの二つと合わせて五つ全てそろったからだ」
 コリンの言葉に、アグニは『ははぁ』と納得して頷く。
「だから、あんなにソレイスはコリンを急かしていたのかぁ……」
 チャットの大怪我に気分が沈んでいたところに、思わぬ朗報が来てアグニは手放しで喜んだ。
「その前に私も、時限の塔にしゃれこもうって言ったはずなんだけれどねぇ。それで察してくれよな、二人とも……一刻も早く、向かうべきなんだろ、時限の塔とやらに?」
 リアラが不満そうに口にして、アグニ苦笑いした。
「はは、それは……その、はめ込むはめ込まないにかかわらず一度行ってみようかな……なんて思ってたの。一応、このまま乗り込んでも大丈夫なくらいには準備しているけれど……シデンも、このまま乗り込んで大丈夫だよね?」
「問題ないよ、アグニ」
「よし、不測の準備にも備えているようで、良い心がけだ。二人とも」
 コリンは適当に二人を褒め、頭を撫でる。
「ちょ、ちょ、ちょ……コリン、頭撫でたいだけでしょ?」
 アグニにジト目で睨まれ、コリンは苦笑する。
「ばれたか。いや、お前を久しぶりに子供扱いしたくてな」
 悪びれることなくコリンは言って、頭を撫でるのは続行する。
「お前ら仲いいな……私は邪魔者かね」
 笑いあう三人を見て、ひとり仲間外れのリアラはぼやいて苦笑する。
「まぁ……仲のいい人に部外者が混じるとなんか疎外感って言うのはあるよね」
「どうせなら私も参加できる話題を頼む」
「話題ねー……」
 非常時だというのに、意外にも和気藹々と一行は進む。少し考えてコリンは言った。

「そう言えば……あのドクローズとかいうやつら……毒タイプの三人組の焼死体があったが、アレは何だ?」
「あぁ、あれ……」
 アグニが言葉を漏らす。
「あれは、なんというか……シデンがこの世界に流れ着いたときに、一番最初に出会ったゴロツキ」
「そうそう……実力もない癖にアグニから……昔っから大事にしていた遺跡の欠片を奪ってさ。ムカついたから私はボコボコに叩きのめしたけれど……なぜか恨みを買っちゃったんだよね……」
「へぇ、自業自得なのに不思議だな」
 シデンとコリンが的外れな疑問を抱いて首を傾げる。
「お前ら……自業自得なのは同意だが、普通恨むだろ」
「み、未来世界の人ってなんか変だよねー……」
 ここで、アグニとリアラは仲良く顔を見合わせる。未来組と現代組は共通点を見つけて笑いあった。
「ともかく、その後も何度か突っかかってきてさ……自分が服を着る日に、アグニに選んでもらったお気に入りの服を着て行ったのに汚されてブチ切れちゃったりしたこともあったり……」
「その後、仕事の邪魔をされた上に仕事の手柄を横取りされたこともあったんだ……」
「そりゃまた、あくどい奴だな?」
 コリンが呆れてつぶやいた。
「でしょ? その後、オイラ達霧の湖に遠征に行ったんだけれどさーそれにもついてきたから、人目につかないところで始末しようと思ったんだけれどさ……」
「……今、お前の意外な一面を見たな」
 始末という言葉がまさかアグニから出てくるとは思わなかったのか、リアラは驚いた顔をしていた。 
「他にも、子供を利用して自分達を危険な場所に誘い出して殺そうとしたり……今回も、幻の島ならお宝の一つや二つあるんじゃないかって、畏れ多くもアグニの遺跡の欠片を奪っていったから、今度こそ間違いなく始末しようと思ったんだけれどね……途中で、ここを縄張りにしていたオムナイトとカブトプスが殺ってくれてたんだ」
 シデンがそう言って笑う。
「いやぁ、オレンの実を目の前で食べながら、『欲しい?』って聞くのは快感だったよね」
 意外なことに、アグニも楽しそうにそれを語り、コリンは驚いた顔で二人を見下ろした。
「うんうん。必死で『欲しい欲しい』って言うから、自分達は『そうなの。ただ聞いただけ』って返したりなんかして」
「快感だったよねー」
 シデンの話にアグニは共感した。
「快感だったよねー……いつも自分がやっているようなことをやり返されるって、どんな気持ちなんだろうねー?」
 シデンの言葉に合わせて、アグニは思い出して笑う。
「ねー」
 二人は顔を見合わせ、同時に言った。
「アグニ……お前意外だなぁ。誰かを苦しめたり馬鹿にして悦ぶタイプじゃないと思ってたが」
 リアラだけでなく、コリンまでアグニの言動に驚いて言った。
「オイラだって意外だよ……誰かがいじめられたり虐げられたりしていると、普通ならすっごく嫌な気分になるのに……本当に、不思議。今は、楽しいとかそういう気分が勝っているけれど……いつか罪の意識を感じるようになったらいやだな……」
「まー、しゃーないんじゃねぇの? あいつらは本当に屑だからな。私も悪い噂くらいは聞いていたしな」
「噂って……どんなの?」
 リアラが漏らした言葉にシデンが喰いついた。
「グラードン信仰じゃ……結婚していない女や、夫以外との男性とは性交が禁じられている。たとえそれが強姦という形であろうと女が罪に問われて、ばれれば高確率で殺されるんだ。そのグラードン信仰の女を……強姦した、と言えば分るな? 去年の話だったからよく覚えてる」
「……なるほど」
 シデンは納得する。
「じゃあ、どんな死に方をしても文句は言えないよね」
 納得して、そう言い捨てた。
「むしろ、もっと苦しめてやるべきだったな。アグニ君みたいないい子ちゃんが……」
 リアラはちらりとアグニを見る。
「苦痛を望むほど悪どい奴らなんぞ、生きて居る価値はないんじゃないのか? たっぷり苦しめたならそれが正解だ」
「そういう、ものかなぁ?」
 罪の意識もあいまいなままに、アグニは首を傾げる。
「拷問刑って言うのは、罪を清算するとか償うとかって理由はただの大義名分だ。そいつと同じ犯罪をするものをなくすためにやるものだからな」
「こんなことを話している間に……オイラ、自分のことが嫌になってきたけれど……そう考えればいいのかな?」
「あいつらが死んで喜ばない奴はいないよ。冷静になって、自分がやってしまったことを後悔するようなことがあれば、ゴミを捨てたと思えばいいさ」
 リアラがそう言うので、アグニは少し考える。
「ごみを捨てた……か……まぁ、ゴミを燃やしちゃったし……ね」
 だんだん自覚して来てしまったアグニの罪の意識が、少しだけましになる。
「アグニ。重く考えちゃだめだよ。命の価値がみんな同じだなんて綺麗事でしかないから。命の価値はみんな違うよ……マイナスの価値しかない奴だっている」
 少々残酷なことを言ってシデンはアグニを励ました。
「わかった……気にしないことにする」
 どうも、犯罪者だったり未来世界出身だったりする者に囲まれていると、少しばかり罪悪感にルーズになってしまうようだ。しかし、コリンはこれを良い傾向だと逆に考える。ドゥーンを殺すことになろうとも、動じない精神力がこの一件でついたのならばいいのだが。

327:ラプラス 


 結局そこで話が途切れ、ほとんど無言で先に進んでゆくと、洞窟の出口だろうか、光が差していた。
「水が……ここまで来てる。これは海だね、ちょうど満潮近くなのかな……」
 その場所へ行くと洞窟が大きく裂けている。その裂け目から覗く夕日は茜色に染まり、美しい赤。光も弱まり、直視出来る程度の明るさに染まった夕陽を見て、コリンは何かさびしそうに胸の前で右手を動かしていた。左手は皿を持つような位置にある。
 画材道具を持っていない今でも絵を描きたくて仕方ないのであろう、左手にパレットと右手に絵筆。それが自然に出てしまっていることがシデンには分かり、そんな仕草がいとおしくて思わず微笑んでしまう。
「もう夕方なんだ……時間が経つのは速いね……」
 皆にコリンを見て笑っていたのがばれるのが嫌で、シデンはそんなことを言って話を逸らす。
「岩の裂け目から潮がここまで満ちてきているんだな……美しい光景だ」
「あんたは本当に絵を描くことばっかりだねぇ」
 思わず本音が出てしまったコリンに、リアラはそう茶化してくすくすと笑う。皆も追従して笑ってしまったので、コリンは恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。
 そんな中、シデンが右手に目をやればアグニの持ち物である遺跡のかけらと同じ模様をした壁が目に入る。
「あれ……アグニの遺跡の欠片と同じ模様」
「だね、ちょっと比べてみよう」
 シデンが指差した壁を見て、アグニは間髪入れずにそんなことを言う。取り出した矢先に、それは反応した。脈動するように、空気が波紋を形成しその石はぼんやりと、徐々に激しく、それなのに直視出来る不思議な光として振る舞う。
「くそ、眩しいな……」
 例外としてリアラはその光に眩しさを感じているようで、指の隙間から不思議な紋章を見つめている。
「石が光っているけれど……今度は壁も……」
 呼応するように、次の異変は壁に現れた。壁もぼんやりと光っているのだ。しばらく光は温かみを伴って波のように強弱を繰り返していたが、突如変化は訪れる。
「キャアッ!!」
 その時、二つの光はさらに勢いを増し、周囲には光の白以外のすべてが不可視になるほどに光が満ち満ちている。
 その時リアラの叫び声が響くが、他の者は壁の光を不思議と直視できる。三人以外には目を覆っても眩しいほどに強烈な光は、次第に収まり道を指し示す一筋の光の帯へと移り変わる。
「ちょっと、リアラ大丈夫?」
 コリンとシデンとアグニの三人はケロリと光を見つめていられたのに、リアラだけは瞼から涙を流しながら目を押さえていた。
「大丈夫……だが、ずいぶん私に対してだけ無作法な光じゃないかい……こりゃ。レディーの扱いってものを知らないねぇ」
 レディーなどと神経の太いセリフと共に毒づきながらリアラは唾を吐き捨てて、目を押さえたまま立ち上がった。
 海へと一直線に伸びたそれはただの光ではなく、水平線にそって丸く曲がっている。思わず息をのんで呼吸を忘れてしまうようなその光景を見ていると、光の帯に導かれるようにして一体のポケモンが悠々と泳いでくる。

 海に溶け込む海色の青に群青の斑点を持つ上半分と、砂浜色の白を持つ下半分の二色のコンストラスト。饅頭のような形をした下半身からは長い首が伸び、その頂点にある顔はいかにも温和そうな表情をしている。
 額には角というにはいささか短い突起があり、後頭部の左右にはさわり心地のよさそうな耳たぶが巻かれている。
 近づくにつれ背負った甲羅、水を掻くヒレなど、徐々に目立たない部分が露わになっていく。悠々と近づいたはずなのに、その所作があまりに優雅だからなのか、見つめているうちに誰も一言も発することなく、時間を忘れて見入っていた。
 やがてそのポケモンが入江となっているこの場所までたどりつく。息をするのも半ば忘れかけていた一行の前に現れたポケモンがゆったりと口を開く。
「アグニさんと……シデンさん……それに、コリンさんに……誰ですか?」
 こうして声を掛けられ、ようやくこの場の四人に時が動き出した。
「リアラだ。お前、こいつらの事を知っているのか?」
 優雅な泳ぎに浮かされかけた頭で、リアラは目眩から回復した目をラプラスの方に向け、質問をする。
「はい、ソレイスさんから伺っております。リアラという名前の方は伺っておりませんゆえ……」
 リアラの質問にそのポケモンは答える。
「そ、ソレイス親方から? そういえば、さっきあの模様から光が伸びて……」
 アグニは、後ろを一瞬振り返って続ける。
「そうしたら君が現れたはずだけれど……君は一体……親方とはどんな関係なの?」
「僕はサイモン……サイモン=ラプラス。幻の大地にいざなうもの。ソレイスさんとの関係は後程……」
「ええ!? 幻の大地に……いざなう?」
 全くの予想外とでも言いたげに驚くアグニに、サイモンと名乗るラプラスはクスリと小さく笑う。
「君達は模様の光を放った……それこそが、幻の大地へ渡る証なのです。そして、私はその橋渡しをする者。海の向こうに、それはあります」
 サイモンが、長い首を精一杯曲げて後ろにある夕闇の海を見る。

328:出航 


「とはいっても、普通に海を渡るだけで行ける場所では無いのですがね……それと」
 サイモンは、リアラを見て深く頭を下げて謝罪する
「申し訳ありません、リアラ様。貴方はあの光を眩しいと感じた……その方は、幻の大地へと行く資格を与えられていないという事なのです……」
 リアラの口から舌うちが漏れる。
「そりゃ、どういう理由で選んでいるんだい?」
 リアラに尋ねられると、サイモンは黙する。
「だんまりかい……まぁ、幻の大地へ行く目的に、儲け話や掘り出し物をむしろメインに据えている私じゃあ、踏み込ませるのは不安だわな……アンナの野郎も確かに選ばれた者じゃないと行けないような事を言っていたし……分かった。諦めてやるとするか」
 至極残念そうに、リアラは溜め息をついた。恐らくは多少強がりが入っていて、妙にわざとらしい印象を皆に与えた。
「そうだ、コリン。ドゥーン対策にこれを渡してやる。幻の大地へ行けない私には必要なくなっちまったからなぁ。腕に捲く棘付きベルトと、闇の結晶ナイフだよ」
 ニヤニヤとした表情の中に、隠しきれない残念な気分をのぞかせながらリアラはコリンに物を渡す。
「……ありがとう。有効に使わせてもらうよ」
 コリンはそれを受け取り、懐にしまいこみ、礼を言う。
「さぁ、サイモン。用はすんだから話を続けてやんな」
 そっけなくリアラは言って、一人疎外感を感じながらため息をつく。愚痴は絶対に漏らそうとしないが、やはり相当ショックらしく、それはついに隠しきれなかったようだ。
「さて、申し訳ありませんね皆さん。話はすみましたので……僕に乗って海を渡りましょう」
 サイモンが向きなおり三人へ話しかけた。
「海の向こうに……幻の大地があるんだ……」
 アグニが誰にともなく呟いた後ろから、アグニの肩にコリンの手が乗っかる。
「アグニ、シデン……行こう、幻の大地へ。俺の故郷に……」
 三人はラプラスの背中に乗り込み、入江より海へと繰り出した。

「はぁ……辛いねえ。のけものってのは」
 リアラは旅立っていく三人を見つめてため息をつく。
「だが、敵は少人数……私が加わったら、多勢に無勢って所かね」
 そんなことが理由になるのかどうかはわからない。だが、そんな理由で外された気がして、リアラはひとりごちて、今来た道を引き返した。

 ◇

「ところで、ソレイスとサイモンは知り合いだったみたいだけれど……どういう関係だったの?」
 波風は恐ろしいほどない穏やかな海。そこを一行は、コリンの水上走りに匹敵するスピードで泳いでいるのに、それを感じさせないほど静かなままに洋上を行く。このサイモンという名前のラプラス、澄ました顔をしてものすごい身体能力を発揮している。
 海を突っ切ってゆく速度が非常に速いせいか、ただでさえ寒い洋上でコリンは寒くて仕方がないらしい。じっとキュウコンの毛皮にくるまり、丸まって震えており、懐にアグニを抱いている。
 そんな道中、疲労のせいもあってかあまりに誰も口を開かないので、耐えかねたアグニがコリンに抱かれながら口を開く。
「彼らが一介の探検隊として、二人で旅をしていた頃のお話になりますかね……彼らは未知なるものを求めて、あてもなくいろんな場所をさまよっていたそうです。
 その過程で、あなた方が倒したと言うカブトプス達に鉢合わせして、その上で戦闘になりました。その時も、今回あなた方二人を助けたのと同じく、チャットと言いましたか……あのペラップはソレイスさんを庇ったのです。
 その時ですね、チャットさんはカブトプス達の去り際に毒をもらってしまったようで、モモンの実を始めとする解毒する手段が無かったソレイスさんは途方に暮れておりました。
 僕は……その、癒しの鈴と言う技が使えるので、それにより解毒を行ってあげました……知り合ったのもその時です」
「ふうん。サイモンとソレイスはそんな風に出会ったのか……」
 もっと話を近くで聞きたいとばかりに、アグニはサイモンの首にすり寄って見せる。
「はい、本当は姿を見せるつもりはなかったのですが……でも、傷ついたチャットさんを見た瞬間……助けずにはいられませんでした。
 そしてその後で……ソレイスさんとある約束をしたのです」
「約束?」
 アグニはサイモンの首の影で首をかしげる。
「彼らを見て……私はその身なりからすぐに探検隊だとわかったので……『貴方が野心に満ちた盗賊か、正義の心をもった探検隊かは分からない。でも、平和のために……入り江で見た不思議な模様については探索しないでくれ』と。するとですね、ソレイスさんは快く約束して下さいました」
 サイモンは長い首を後ろに向けて笑顔を見せる。
「『チャットを助けてくれたお礼もあるし……この件からは手を引く』と」
「そうだったんだ……でも、どうして探索しちゃいけないの?」
 こういう話をすることで退屈がまぎれてよかったなんて、心の端で思いながら、アグニは興味本位に尋ねる。
「幻の大地には……ディアルガの……トキ様がいる時限の塔があります。トキ様は時間を司るその塔に色々な者が訪れるのを恐れ、幻の大地を封鎖したのです。私の他にも、橋渡しの出来るポケモンは結構いますので……その者達だけを唯一の外界への交信手段として。
 幻の大地には、コリンさんの先祖に当たる方が住んでいます。その方々の暮らしを……そして、景観を決して失われることがないように守るため。
 そして何よりも時限の塔を守るために、幻の大地を時の狭間に隠したのです」
「時の……狭間?」
 アグニは首をかしげる。シデンやコリンもいつの間にか耳をサイモンの方へ向けているあたり、一応話の内容は気にかかっているようである。
「はい、説明が難しいのですが……専門用語を交えては分からないでしょうからね」
 説明できないことをもどかしく思いながらサイモンは苦笑した。

329:資格 


「だからあえて詳しい説明は省く……か。そういう気遣いが出来るあたり、テレスってユクシーよりか幾分かましだな」
 そう言ってコリンは笑う。
「はは、そうですか。知識ポケモンは知識はあるけれど馬鹿であるとは聞きますが、本当なんですね」
 サイモンは笑い返して、中断された話を再開する。
「説明が難しいのですが……時と時のほんの隙間の部分と申しましょうか……とにかくそういう場所に隠してあるのです」
「なるほど、道理でセレビィが行き来を出来るはずだな。そして誰も発見できないわけだ……普通に暮らしている奴はそんなところになんて誰も行こうとする発想どころか、存在自体を考えないだろうからな」
 コリンが納得して一人頷く。
「えぇ、ですのでトキ様は幻の大地に入る資格とチャンスを設けました。その一つが、アグニさん……貴方の持つ、遺跡の欠片です。その欠片には意志があってですね……持ち主を選ぶのですよ。つまり、幻の大地に行く資格のある者をですね。ですので、その欠片の意志に逆らって誰かが持つことは出来ないのです。
 例えば、貴方が何度かそれを失ってもちゃんと手元に戻ってきたりしませんでしたか?」
「なくしても……か」

 アグニは思い起こす。子供のころに拾ってしばらくして、首にかけていたひもが切れて無くしてしまったことがあったが、数日後に浜辺に流れ着いたものを再度拾った記憶。シデンと出会った時に、シデンに取り返してもらった記憶。そして、未来世界に連れていかれた時もなんだかんだで手元に戻ってきたし、今回の一件でドクローズが欠片を盗んだときは、ここらを縄張りにしていたカブトプス達のおかげでこの手に舞い戻った。
「うん……何度無くしても、手元に戻ってきたよ」
 アグニはサイモンの言い分に納得して頷く。
「やはりそうでしたか。それに、あの時強烈な光を浴びても、それを眩しいと感じることはなかった。欠片は悪しき者を幻の大地に入れたくないので、貴方の心に共鳴したのですよ。好奇心は人一倍強い癖に、邪心が無く限りなく純粋。加えてまだ未熟ながらも善悪の判断はきちんとしている。
 とにもかくにも、遺跡の欠片は皆さんに全てを託したのです。幻の大地へと行き、時の破壊を食い止めることを」
「そんな大役……どうしてオイラ達が選ばれたんだろうなぁ……」
「なぜでしょうね? わかりますか?」
 アグニの質問に、サイモンは質問で返す。
「アグニさん。貴方はこの時代に生まれた『ナカマ』です。その身分でありながら、『記憶を失ってこの世界に流れたシデンさん』と、『記憶を保ったままこの世界に来たコリンさん』。その両方を最も間近で見た人だ。そして、自分自身も未来世界へと行っている。
 そして記憶を失って未来世界とのギャップに苦しんだシデンさんと、ゆっくりギャップに慣れていったコリンさん。その二人は、違う視点でこの過去の世界を眺め、そして共通して過去の世界は素晴らしいということを自覚しました。その経験は、貴方達を選ぶ理由には十分だと私は思います。
 オレンの味はオレンを食べるまで分からない。貴方が、歴史を変えるべきか否か。それを、一番うまく判断できるから。それが理由なのですよ、きっと。
 あなた方は、この世界の素晴らしさを……戦うことで証明するべきだと、選ばれたのでしょう」

「その言い方だとまるで……遺跡の欠片は……オイラ達が未来世界へ連れていかれることまでお見通しだったみたいじゃない……そんなことが出来るのに、なんで星の停止一つ防げないんだろう……」
 もっともな疑問を掲げてアグニは言う。 
「それはですね。遺跡の欠片は、実はトキ=ディアルガ様の作ったものではなく、さらに上位の存在の者が作っておりますので……そして、それは本来ただ世界を見守るだけの存在。私達人間が殺しあおうと、愛し合おうと、滅びようと、手を加えることもなく見守るだけの存在。遺跡の欠片という代物は、その存在にとっては例外中の例外的な、誰かのため。トキ様のために作った物なのですよ」
「その上位の存在は……オイラの運命さえもお見通しなのか……」
「どうでしょうね? 目が見える人は、目を閉じることが出来ます。耳が聞こえる人は、耳を塞ぐことが出来ます。そういうものではないでしょうかね」
「……だから、オイラがここまでくることには予想をしたけれど、それ以降は予想をしていないと?」
 アグニは尋ねる。
「わかりません。私にそれを知るすべはありませんので……」
「そっか……」
 未来を知るのは少し怖い。だからなのか、サイモンの言葉に安心したようにアグニはため息をついた。
「アグニ、俺達は歴史を変えることだって可能なんだ。だから、未来なんて変えてしまえばいいさ……たとえ、ここまでの行動が読まれていたとしても、さ」
「うん」
 少々怖気づいたアグニを見て、コリンは胸に抱いたアグニをそう言って励ます。
「良い心がけです。たとえ、未来が決まっていたとして、今ここで行動することが未来を決定付けるわけですからね。努力しない現在の先に、成功の未来があるわけもない。アグニさんは、それを忘れてはなりませんよ?」
「う、うん」
 サイモンに言われて、アグニは控えめに頷いた・
「ディアルガは恐らく心臓を病んでいますが……貴方達ならばそれも動かせるでしょう」
「し、心臓を?」
 サイモンの言葉にアグニが反応する。
「なに、常に鼓動を刻み続ける心臓を、時の流れに例えただけの話です。ただの独り言ですよ」
「そ、そうなんだ」
 サイモンの言葉に納得したアグニの一言を最後に、一行は再び無言になった。

330:リアラの贈り物 


「ねぇ、サイモン」
「だいぶ長い時間泳いでいるけど……大丈夫? 疲れないの」
 言われて、サイモンは笑顔になった。
「優しいのですね」
「え!?」
「私を気遣っている余裕なんてないだろうとも思っていましたが……余裕があるとは、大物だ」
 クスッと笑いサイモンは続ける。
「ま、本当のところは退屈で、話しかけでもしないとやっていられないのでしょうが……」
「わかってるなら言わないでよ」
「ですが、僕なら大丈夫ですよ。その気になればこのまま三日三晩泳ぐことだってできます」
「無視されたし……そうなんだ」
 ゆったりと時が流れていた。くつろぐ分には不快を感じない程度に広いサイモンの背中だが、やはりじっとしているのは退屈だ。
「暇そうですね……昔話でもしましょうか?」
「え、してくれるの?」
 欠伸をかみ殺しながらゴロゴロと横になっていたアグニは、さっと起き上がって目を輝かせた。アグニは、ほかの二人と違って動かないでいるのが得意な性格ではないために、こういう話にはすぐに飛びつくようだ。
「ふふふ……なあに、ちょっとした昔話です。昔々あるところに、ニドリーノとニドラン♀の夫婦がいました」
 そんなことを言いながら、サイモンは話しを紡いだ。空間に僅かな歪みを持つこの大陸を始めとする多くの場所では、進化できる場所が決まっている。
 しかし、とある大きな島ではどこでも進化出来るくらいに空間が安定していた。しかし、逆に言えば条件さえ満たせば勝手に進化してしまう事もあり得るという事。
 ニドリーナに進化してしまえば、その女性はもう子供を作ることができないので、子供が出来ないことに悩むその夫婦は海の向こうの進化が勝手に起こらない場所に渡らせてくれと頼んだ。
 しかし、海辺の村の長は『舟で海を渡ってよいのは男だけである』と言って頑として譲らない。そうこうしているうちに女はニドリーナに進化してしまいまった。
 それで、子供が出来ないという事実に絶望したニドリーノは、酒に酔ったはずみで懐妊を祈ったが効果をあげてはくれなかった祈祷師を殺してしまった。罪を償おうとしてもつらい日常が待っているだけだと考えた二人は、犯人が発覚する前に遺書を残して自殺してしまった。
 ニドリーノの魂は、『掟を破るだけの力が欲しかった』という思いから、ダークライへと形を変え、ニドリーナの魂は『翼があれば別の大陸に渡れたのに』と言う思いから、クレセリアになったのだと、サイモンは言う。

「ですのでその島では毎年、満月と新月が交わる日である月食の日に、ダークライとなったニドリーノを慰めるために、進化の可能性を残したつがい限定で舟に乗るお祭りがあるのですよ。
 その舟の上では何もないのですけれどね、祭りの最後に祭りの代表者が性交を模した生々しい演舞が行われるのですよ。抱き合ったり押し倒したり、口が触れそうなほど顔を近づけたり……なかなかエロティックで楽しいお祭りと聞きます」
 サイモンは歌うように滑らかに語り終えて、終わりですと微笑んだ。
「はぁ……面白い話ですが……なんでそんなお話を?」
 話を聞き終えたアグニが尋ねる。
「いえ、リアラさんは、わざわざその島にある闇の結晶のナイフをこちらで取り寄せたのだと思うと……なんというか、本気で幻の大地に殴り込みをかけようと思っていたのだなぁ……と」
 そんな事を言って、サイモンはちらりとコリンのほうを向く。
「これが?」
 コリンは、ドゥーンの不意打ちに備えて、いつでも取り出せる位置に忍ばせたナイフを取り出す。リアラから渡されたそのナイフは、アメシストの濃度を極限まで濃くして黒く淀ませた地獄の闇のような結晶を、砕き、削り、滑り止めの布を捲いてナイフの体裁を調えたものだ。表面は少しごつごつとして、川原の磨かれた石のような滑らかさは無いが、黒曜石のような鋭さを持っている。
「人々の悲しみや怒り、嫉妬や絶望、蔑みに傲慢、不安に恐怖。そんなあらゆる負の感情のが込められた結晶でしてね、そのナイフには悪の波導が常に漂っているのです。
 普通に触れる分には問題ないでしょうが、それで傷を付けられたら、特にゴーストタイプとエスパータイプのポケモンにはその瘴気のような波導に侵されて、中々傷が治らないし、ジクジクとした嫌らしい痛みが続くのですよ。しかもその刃の形……」
 何が楽しいのか、くすくすと木立が揺れるようにサイモンは笑う。

「ごつごつとしていて分厚いものを切るにはあまり切れ味はよくないでしょうが、不規則な形の刃は傷口をグチャグチャに乱し、傷の治りを遅らせる効果もあるのですよ。フランベルジュと呼ばれる剣の真似事ですかね」
 前へ向き直ったサイモンは、博識を見せ付けて得意げに笑う。
「なるほど……相当ドゥーンのこと嫌いなんだな。リアラは」
 黒光りするナイフを眺めながらコリンは笑った。
「ゴーストタイプを相手にする悪タイプの持ちものとしては、適切だと思いますが。私も世界中を回って色んな大陸の交易品を見て回っておりますが、リアラさんも中々面白い物を買ってくるものです」
 ひとしきり控えめに笑い、サイモンは前を見る。
「さて……ちょうど、ですかね。暇つぶしは出来ましたか?」
 後ろを振り返ってサイモンは微笑んだ。

331:到着 


「いや、暇つぶしは出来たけれど……ちょうどって何?」
「アグニはサイモンの顔ばかりを見ていたんだね……ほら、海を見てみなよ」
 アグニの肩を叩いて、シデンが指差す。その視線の先には海の色が急に濃くなっている場所がある。
「水が深くなっているとか、そう言う事じゃなくって……波がねじれているな。あんな自然現象は見たことが無い……といっても海はまだ3回目だから分からんが」
 コリンが、不思議な現象を見て唸る。
「サイモン……アレは何?」
「あそこは時の狭間の境目です。あそこを通って幻の大地にいざないますので……落ちないようにしっかりつかまっていてください。海なら落ちても助けられますが、あそこに落ちたら後は知りませんからね。恨まないでくださいよ」
 急に穏やかな声から有無を言わせない威厳のこもった声になり、サイモンは正面を見据えた。背中にのっている三人は突起の生えたサイモンの甲羅に捕まって、歯を食いしばる。
「さあ、行きますよ」
 水に浸かっていたサイモンの体が不意に水から離れる。
「ラプラスが空を……飛んでいる?」

「いや、違う……これは飛んでいるのではなく……時の海を渡っているのだ……何故、セレビィの……」
 アグニの感嘆を遮ってコリンが驚く。サイモンはそのやり取りを涼しい顔で聞き流した。
 周囲の景色は霧が晴れるように、鮮明になっていく。木々の緑が見えて、地面の茶色が見えて、それが島のような形のあるものだと分かるまで数秒。今、鮮明に見えたその土地は現実にある光景とは思えない崖。
 崖から先には何もない島が空中に浮いている。
「世界の果ては、崖だと幼い頃に言われ続けていて、実際そうだったが……これが、幻の大地。俺の故郷の美しい……時間が流れていた頃の姿か。なんて暖かくて、心地よい……」
 取り留めのない言葉がコリンからあふれていた。確かに美しい風景はたくさん見てきたが、故郷の美しい風景はこれが初めてだ。
 涙が出ていないことを鑑みるに、初めて朝日を見た時の衝撃にほど遠いようだが、それでも十分にコリンは感銘を受けた様子で、目が輝いて見える。
 その表情をシデンとアグニが不思議そうに見つめていても気が付かないのだから。
「さぁ、突入します」
 美しい木々が生い茂る大地へと、サイモンはすべるようにして向かって行く。飛んでいる最中は、不思議と風を切っている感覚がしないので気が付かなかったが、陸が近付くにつれて分かるが、飛ぶスピードはものすごく速い。
「ちょ、これ安全に止まれるの?」
 アグニは、泣きそうな声でそんなことを口にした。
「いえ、久しぶりですのでわかりません」
 太陽のように輝く満面の笑みを浮かべて、サイモンはアグニの方へ振り返る
「ええぇぇぇ!?」
 サイモンが岸に止まるまでにもう時間はないと、思わず眼を瞑りたくなるような速さで大地に接近したが、前につんのめることすらなく、ぴたりという言葉がふさわしいほどに急停止した。
「ふふ、楽しんでいただけましたか?」
 悪戯っぽい表情を浮かべて、サイモンはアグニへ振り返る。
「もう、心臓に悪い飛行しないでよ」
「ほんと、死ぬかと思った」
 アグニとシデン、ともにほっと胸を撫でおろしていた。シデンはコリンに言われたとおりに鼻をひくつかせている。

「……綺麗だ。ついに来たんだな……俺達」
 そんな中、コリンは幻の大地の美しさの方がよっぽど重要らしく、木々を見上げて大口を開けながら悦に浸っている。暖かい気候のせいか、コリンはサイモンの上にいるときずっとくるまっていたキュウコンの毛皮を脱ぎ捨てている。
「みなさん、正面を見てください。塔が見えますね……」
 サイモンが首を振って指し示す方向に、未来で見たディアルガと同じ紺色の塔が浮かんでいる。豆粒より小さく見え、視力が悪ければ見ることは叶わないであろう。
「うん……あれが……」
「そうだ、時限の塔だ」
 アグニの言葉を引き継ぐ形でコリンが頷いた。
「普段はあそこにディアルガがいるはずだ……あそこに行って時の歯車を納めれば……俺達の使命は完了する」
「でも、あそこは空中に浮いているよ? 自分達飛べる要員はいないよね……どうやって行くの?」
 シデンが首をかしげて、コリンの方へ視線を向けて見せる。
「そう言えば……未来では、もっと完璧に崩れていたからロッククライミングの要領で上っていたらしいが、今は崩れ方が足りないからロッククライミングも無理だぞ」
 ここにきて新たな問題が立ちふさがったことで、コリンはまずいという表情を見せる。
「おやおや……」
 そんな三人を軽く笑ってからサイモンは言う。
「虹の石舟と言うモノに乗るのですよ」
「虹の石舟?」
 オウム返しにアグニが尋ね返す。
「はい、この先の森をずっと行くと古代の遺跡があります。そこに古代の舟、虹の石舟が眠っているのです。
 それに乗れば、時限の塔まで行けるでしょう。清流の谷、背びれ山脈という二つのダンジョンを抜けるのが最短ルートですので、まずは北北西にまっすぐ突き進んでください」
「だってさ、コリン。ありがとねサイモン」
 途端笑顔になって、アグニは頭を掻いた。
「俺達からも……ありがとう」
「自分も、感謝します」
 コリンとシデンが各々頭を下げサイモンへ感謝の意を表す。そんな三人の反応に、サイモンは微笑みかけて見せた。

「いえいえ……それが私の仕事ですから。さて、とにもかくにも、僕が協力できるのもここまでです。後は時限の塔を目指して……頑張ってください」
「うん」
 アグニがサイモンの言葉に力強く頷いて、二人へ振り返る。
「シデン、コリン……あと少しだよ。頑張ろうね」
 あぁ――と二人が頷いて一行はサイモンに手を振りつつ幻の大地の岸辺を後にする。

332:晩餐会 


 ダンジョンに入り込むと、さっそく以って敵が無作法な歓迎会を開いてくれる。
「ブニャットだ……アグニ、一緒に頼む。シデンは出来たらでいいから援護を」
 キザキの森や水晶の湖ではコリンが率先して動いていて、自分の弱点タイプと一致する技を放ってくるポケモンや、シデンとアグニが弱点をつけるポケモンでなければ特に任せようとはしなかった。
 しかし、ここにきてコリンは二人を何かと頼るようになる。幻の大地のダンジョンに住む『ヤセイ』のポケモン達が存外に強いというのもあるが、それだけじゃない。
 二人はすでに何度か死線をくぐりぬけているためか一人前として認められている。要するにそう言う事だった。コリンは戦う二人を、時折巣立つ雛鳥を見る親鳥の目で見守り、危なっかしい場面を無傷ですり抜けては顔に込めた力を緩めて溜め息をつく。
「わかったよ、コリン」
 アグニが答えて、走り出す。
 バネのような螺旋の尻尾を持つたくさんの脂肪を蓄えた四足歩行食肉型のポケモン・ブニャットは、四足でどっしりと構えていながらその頭がコリンより上の位置にある。
 しかし、この程度で怖気づいていてはそのブニャットの五倍以上の背丈があるディアルガを相手に立ち回ることなどできないし、そもそもこの程度の敵は何度経験したかもわからない。
 正面でコリンが壁のように立ちはだかり、アグニを隠す。ブニャットが駆けながら飛びかかろうとしてきたところをコリンは難なく右に避けて後ろにいるアグニの火炎放射を通す。
 その火炎放射でひるんでいる所に、手のひらの中でチャージした草の波導を込めた球体――エナジーボールを放つ。吹っ飛んでコリンから背中が見えるようにに寝転がったところを、シデンが拾った木の枝を持ってコリンの正面から突進し、跳躍しながら脇腹に突き刺す。腹の皮膚が破ける感触と共に、返り血が飛ぶ。
「どいてよ、シデン」
 シデンが木の枝を手放して横に跳び退いたところをアグニが燃える脚で脇腹にスタンピング。大きく唾を吐きながらブニャットは力尽きる。
「よくやったな、二人とも」
「当然! ね、シデン?」
「ま、まぁね」
 活躍した二人をねぎらう時は頭を撫でたりハイタッチをしたりなど。何回もそれを繰り返すと、もはや成功する事に慣れたせいか大げさに喜ぶことは少なくなっていくが、交わしあう視線に含まれる暖かいものがなんとも嬉しい。
「よし、いい出来だ。この調子で行くぞ」
 三人の優れた連携には、かすり傷一つ負うことすらなく突き進んだ、それは数の優位差もあるだろうが、何よりも、互いに何も言わないでも伝わるほどの連携の強さが強みであった。
 いくつもの困難を、独力で退けてきた彼らに、もはや烏合の衆の『ヤセイ』など数ではないのだ。

 ◇

「ここら辺は安全なようだな……ラプラスの上では体こそ休んではいたが、落ちないように警戒していた分、頭はあまり休めていなかったことだ。集中が途切れて思わぬミスをする前に、今日はここら辺で休もう」
 ダンジョンに一区切りが付いた頃、コリンはそんなことを言ってせっせと薪を集め出した。鼻が利くシデンは、薪を拾う際にコリンに言われたとおり鼻をひくつかせながら作業を進め、アグニは食材にするべく虫や香草を集めていた。
 森のダンジョンの傍らにあるダンジョンでない地帯のここは、森として地形を形成している。火種や薪、キノコや野草、虫などは取り放題である。
 集められた薪にはアグニが火をつけ、丈夫な木の枝を使いポケモンの死体を吊るす。1年と3ヶ月ほど前、コリンがシデンやシャロットと共に未来世界でサザンドラへそうしたように、今日はカイリューの腹にガブリアスのヒレを詰めて炎であぶるのだ。
 今回はさらに、香付けの野草やキノコもたっぷりと入っている。未来世界では地面に生えている草を手に入れるにはダンジョンに行かなければならないから、ダンジョン外で仕留めた獲物にそういった物を加えることが出来なかった。
 とはいえ、今回は今回でデメリットもある。重量の関係で体を丸ごとダンジョンの中から運んでくるわけにはいかないので、今回のカイリューは皮と肉を少しばかりはぎ取ったものに、鋭い木の枝を突き刺して縫い付け口を塞いだただけの縮小版なものだ。それでも食べる量としては十分すぎるくらいなので問題はないのだが、ダンジョンに置いて行った死体が何とももったいない気分になる。
 美味しそうだと目を輝かせるアグニの口から唾液が漏れ出す様子を、シデンとコリンで愉快そうに見ながら焼き加減を見る。
「うん……もうそろそろよさそうだよ。コリン」
 鍋代わりになっているカイリューの皮から立ち上る匂いは食欲をそそらせる香ばしさだ。
 濃厚なガブリアスのヒレの旨みが、逃げ場もないため余すところなくカイリューの肉に染みわたり、しかも水分が飛んで濃縮されているのだから、それだけ舌を揉みほぐし、頬が溶け落ちるような味がすることだろう。
 栄養補給のため、野草と栄養の詰まった臓器は生で食べ、虫は軽くあぶってから食べる。熱々で旨みたっぷりなガブリアスのヒレは嗜好品扱いである。
 すでに生で食べる物は食べ終わっているというのに、アグニの食欲は果てしない。常に体が燃え盛っているせいかカロリー消費が多いのだろう。
 虫もまた食べ終わっているために残るはヒレと肉の皮煮込みのみなのだが、鍋代わりの皮から取り出してすぐ食べるなんてことは、アグニ以外には熱くて出来ない。いただきますを言うには二人が食べられる温度になるまで待たねばならず、そのもどかしさにアグニは思わず体を揺らして待ち構えていた。

333:最後に 


「またこうして、故郷で同じ料理を囲むことができるなんてな……思っても見なかったよ、シデン」
「故郷……か。私は、覚えていないけれど……シャロットやコリンとこうして一緒に食卓を囲んだって事なんでしょ? 覚えていないっていうのは残念だけれど、毎回新鮮な思い出をこうして刻み込めるっていうのは、ある意味得かも」
 シデンは冗談めいた言葉と一緒に破顔一笑して、嬉しさを振りまいた。
「でも、俺のことくらいは覚えていて欲しいな」
 コリンもつられて似たような表情をとる中、炎タイプのアグニは熱さなんて感じないのであろう、ものすごい勢いで食べている。
「あのなぁ……もっとよく噛めアグニ」
 苦笑しながらコリンが言うと、アグニはモグ…モグ…モグ……と噛んでいた肉をモグモグモグモグモグモグとばかりに高速で噛み始める。
 確かによく噛んで飲み込んでいると言えばそうなのだが、もっとゆっくり食べて足並みを揃えろというコリンの本意を理解していないようだ。
「まったく、アグニってば……そういう問題じゃないでしょ?」
「だって、美味しいんだもん。シデンは美味しくないの?」
 シデンも苦笑して見せるが、意に介す様子もなくアグニは元気よく再びかぶりつく。
「やれやれ、シャロットのおしとやかな食事とは大違いだ。同じ料理を食べている気がしない」
 コリンが、冗談めかしてそんなセリフを言う。
「同じ料理を食べている気がしなくってもじゃあまずいかって言われたらそうでもないでしょ?」
 シデンが機嫌よさそうに尋ねて、コリンが笑う。
「あぁ、どっちも違った美味しさがあるな。うん、むしろ元気な分こっちのが美味しいが……シャロットをここに加えられればもっと美味しかったかもな。
 それに、そもそも未来世界では加えられなかったハーブやキノコの香りが付いているんだから……こっちがまずいわけがない」
「そう、そうよね。美味しいのよね……楽しいは美味しい。美味しいは楽しい」
 シデンはひと噛みひと噛みに幸福まで噛みしめるようにゆっくりと食料を咀嚼する。
(こんな光景も時限の塔で歯車を収めるまでか……)
 刻々と迫りゆく別れを想い、コリンはアグニときちんと話をしようと心にきめる。
「美味しいから、本当にいくらでも食べたくなっちゃうよね」
 思いつめたようにシデンがそう言うので、コリンはこみ上げるものが抑えきれず、思わず涙ぐみそうになる。なんとかそれをこらえ、喉を鳴らして口の中の物を飲み込む。

「あぁ。でも、量はかなり多いんだ。だから、いくらでも食べたって良い……ほら、アグニはすでにおかわりをしているぞ」
「そういう事。シデンも食べなきゃ強くなれないよ」
「また、アグニってば……そういう問題なのかねぇ? それに、自分はちゃんと食べてますよー」
 アグニが言う食べなきゃ強くなれないというありきたりな決まり文句に対し、呆れ気味にシデンは呟く。取り留めのない話をただひたすら続けながら、最後の安息の夜は穏やかに過ぎて行く。

 ◇

「アグニ……ちょっといいか?」
 尻の炎を消して眠るアグニの手にそっと触れ、コリンはアグニの目を覚ます。
「なに……コリン?」
「ちょっと話がある」
 コリンとアグニは二人とも、シデンを起こさないように最小限聞こえる程度の小声だった。
「うん」
 小さく頷いたアグニは、コリンに優しく手を引かれるがままについていく。そのまま二人は騒いだとしてもシデンに聞こえないような距離まで場所を移し、コリンが腰を下ろす。
「ふー……アグニも、横に」
「う、うん……」
 コリンは座って楽な体勢をとり、その隣にアグニを座らせる。コリンは体育座りをして、膝の上に手を乗っけているアグニの手にそっと自身の手の平を被せ、少しだけ力を込める。
「なぁ、アグニ。お前と一緒にるのも……もうすぐ終わりになりそうなんだ」
 コリンは心の底から辛そうに、伏し目がちに言う。
「そう……未来に戻るんだ?」
 質問攻めに会うかとコリンは覚悟していたが、実際のところアグニはある程度は覚悟していたようで、あっさりと理解を示してくれた。 だが、アグニの想像とコリンの持つ真実は、大きく違う。本当は、未来へ帰る帰らないの問題じゃなく、歴史を変えてしまえば高次の超越者でない自分は消えてしまうという事だ。
「あぁ、正確にはちょっと違うんだが……大体そんなところだ。時限の塔に歯車を収める……そうなったら、お別れだ。正気に戻ったディアルガにでも返してもらうさ……すぐにでもな」
 明かりは月明かりとアグニの炎のみ。それでもアグニが涙を流すのははっきりと見える。クルクルと良く動くどんぐり眼は、目を逸らすことなくコリン一点を向いて固定されている。
「わかっていたけれど……改めて言われちゃうと辛いなぁ……どうして、オイラ達はこんな出会い方をしちゃったんだろ……シャロットの時渡りで、こっちに来れないの?」
 涙で流しきれない分が鼻に流れる。アグニの鼻をぐずる音が五月蠅いくらいで、何というか予想通りの反応のアグニに対し、コリンは心が安らぐのを感じる。
「歴史はな……本当は細かくですら変えない方がいいんだ。俺達のような時渡りの経験者は、歴史がちょっとくらい変わっても、その干渉から外れた存在になる……超越者と言うものになるんだ。
 これはシャロットから聞いた話なんだが、超越者になると歴史が変わる瞬間を間近で見られるらしい……すぐ隣で眠っている者が、突然音もなく別の種族に変わるんだそうだ。生まれるべき者が生まれなくなったりするから起こることらしい……
 そういう事がザラに起こるから、ダメなんだ。お前だって、探検隊の仲間達がある日突然別の種族に変わっていたら嫌だろう?」
 自分達の秘密をかなり喋ってしまったような気がする。少し後悔しつつもコリンはアグニの返答を待った。
「嫌だね……あぁ、嫌だから……ドゥーンはコリンの行動を止めたんだ」
 アグニのそれは、ドゥーンの核心をついた一言だった。
「あぁ、自分の周りの者が消えたら……嫌だからな。そう、確かに……ドゥーンはそれが嫌だから戦っているんだ……」
「そっか、そうなんだ。なんか少し、安心した……」
 アグニは、コリンにほっとした笑みを見せた
「何がだ?」

334:信じることにする 


 アグニの予想外の一言に、コリンは肩をすくめて驚いて見せる。
「だって……ドゥーンは、命の恩人でもあるから。以前ね、ドゥーンは信用させるための演技にしては度が過ぎることまでしてくれたんだ。
 一度ね、エレキ平原ってところでライボルトの遊牧民族に襲われたことがあって……その時、オイラ達を死ぬかもしれないような危険な場所まで助けに来てくれたんだ。結局、シデンが一人で解決しちゃったけれど……あの時ドゥーンは……純粋にオイラ達を助けたかったんじゃないかって……」
「詳しく聞かない限りはどうとも言えないが……未来世界で、あんなことをされてもいい人だと信じたくもなるお前の事を鑑みれば……そう思ってしまうのも仕方がないことなのかもな。お前は賢い奴だし……いかにパニックになっていたとはいえ、ああまでドゥーンを信じられるくらいには、あいつも……」
「うん、グレイルって名乗っていたころのドゥーンはいい人だった。いや、今また……実はいい人なんじゃないかって信じることにする。だからと言ってドゥーンがオイラ達を妨害してきたら手加減するなんてことはないけれど……ドゥーンに唾を吐き捨てるような真似もしないし、出来れば心から敬意を表したいな」
 鼻をくすぐるようにアグニは笑う。
「なんて……敵に同情するとか……オイラはちょっと馬鹿かな、お兄ちゃん?」
 アグニはコリンに体を傾けて寄り添う。幻の大地も季節は春の始まりではあるが、まだ夜は肌寒いからアグニがこうしてくれる事はコリンにとって嬉しいことだ。
「いや、それでいい。お前らだけじゃなくみんながみんなさ。恨みあう事なく、憎しみ合う事なく、尊敬し合えたり、愛し合えたり……こうして寄り添いあえたらいいのになって。例え、敵でさえもそういう風に感じられる、優しいお前が……俺は羨ましいよ、アグニ」
 アグニの炎のおかげで、森の中を照らす光は一瞬たりとも同じである瞬間が無い。揺らめく光を見つめながら、互いに次の言葉を探す。
「優しいだなんて……オイラ、命乞いをする人を殺したのに……悪人だからって理由でさ」
「それはどうでもいい事さ。社会に害しか与えない奴は殺したところで誰も文句は言わないさ。そんなことよりも……お前はさ、ドゥーンを悪ではなく『敵』と呼んだことを評価したい」
 コリンは言う。
「俺は、ドゥーンの正体を信用できる誰かに話した時、皆がドゥーンの事を『悪人』だとか勝手な呼び方をした……まぁ、俺の言い方が悪かった面もあるんだが……そのたびに俺は、ドゥーンの事を『悪ではない、敵だ』って否定していたんだけれど……お前は、俺が否定するまでもなくあいつの事を『敵』と呼び、悪人と呼称を分けて使った。
 優しいってのはさ、ほら……誰かを大切にすること。甘いだけじゃ意味がない。そいつが本当に必要としているものを、与えられる奴さ。言ってみりゃ、厳しくするのも優しさってことでさ」
「ドゥーンが求めているのは、オイラ達の敗北だよ……」
 素っ気なく言ってアグニは目を逸らす。
「おいおい、アグニ……」
 そんな問題じゃないだろうと、コリンは苦笑する。
(照れているのか、それともドゥーンを救ってやりたいのにそれが出来ない自分が歯がゆいのかは知らないが……でも、俺はアグニが優しいと思う。甘いのではなく、優しいと……)
 コリンはギュッとアグニの手を握る。彼の手は暖かく、つながった部分がじんわりと暖かくなって、気持ちよかった。


「ねぇ、コリン。歴史を変える事ってさ……」
 そのままもたらされた心地よい沈黙を破るように、アグニが話を切り出す。
「ん? なんだ、アグニ……」
「やっぱり、悪いことなんだよね?」
 アグニの質問にコリンは考える。
「あぁ、悪いことだ」
 コリンは即答する。
「だが……悪いことをすることが、必ずしも悪い結果を招くわけじゃない。そんなこと、お前はもうわかっているだろう? アグニ。ドクローズのことだってそうだ……サイモンの背中の上でいろいろ話を聞いたが、殺して正解だったというか、生かしておいたら絶対にろくなことをしないだろ、そいつら。
 殺すことは悪いこと……そんなの誰だって知っている当たり前の事じゃないか。少なくとも過去の世界では……だが、振り返ってみろ。そのドクローズとやらがどれほどなのか、語られた情報でしか知らないが……それを殺すことが悪い結果をもたらしたとは思えないだろう?」
「うん……コバルオンの方程式に当てはめれば……そうなる、けど……コバルオンの方程式って知ってる?」
「知ってる。ずいぶん久しぶりに聞いた言葉だな。あぁ、確かに……歴史を変えたほうが圧倒的に多くの者を救えるな」
「うん、歴史を変えれば多くの人を救える。超越者の話を聞くまでは、そんな幻想を抱いていた……というか、それは事実なわけだけれど、歴史を変えるという事も悪、ドゥーン達が被害をこうむることも悪いこと。
 オイラ達がやっているのは悪い事ばっかりだ。自分が正義の味方だ、英雄だなんて……ちょっとでも夢見たオイラは浮かれていたのかな? オイラ達がやることが多くの人を殺すという意味でもあるなんて、考えもしなかったよ」
「怖気づいたのか?」
 アグニは首を振る。
「うぅん……そうじゃない。でも、考えれば考えるほど……ドゥーンが正しいことをしているんだって思った。けれど、オイラが間違っているとは思わないし……どっちも正しいなんてこと、あるんだね」
「あるさ。正義の反対は、もう一つの正義……正義の反対は悪じゃないんだよ。誰かの意見を押し殺してまで正しいことをやろうとするのは……少なくとも『善』ではない。ドゥーンは……『敵』であって、悪じゃないからな。義に正直に生きるのが正義さ……生まれた場所が違うだけ……生まれた年代が違うだけ。それが正義の違いさ」
「悪じゃない……か」
「別の形、別の時代で出会っていたならば、一緒に冒険したり、笑いあえる日が来たかもしれない……そう思うと、確かにもったいない。そして、それでもやるしかないんだ。お前がこの世界を守りたいならばな……」
「サイモンが言ったように……オイラはいろんなものを見て来た。コリンの事、シデンの事、未来世界の事……。ドゥーンも、見た……。正義だとか悪だとか、簡単なことだと思っていたけれど、考えてみると……本当に難しいや。童話の主人公のように、気持ちよくわかりやすい悪と戦って、気持ちよく勝つなんてできないんだもの」
「アグニ、考えてもきっと無駄なんだよ。俺たちは自分が正しいと思ったことをやるしかないし、守りたいものを守ればいい。俺はそうしている。シデン以外にも守りたい者はたくさんいるのだろう?」
「うん、沢山いる……ギルドのメンバーも、育ての親も……みんな」
「なら、正しいことか正しくないことか……もうそんなの考えるのはやめろ。人が一人しか乗れない舟からもう一人を蹴落としても、蹴落としたそいつを責めることは出来ないよ……誰にも。俺にも、ドゥーンにも、お前にも。
 何が正義で、何が必要悪で、何が偽善かなんて、そんなの考えるだけ無駄さ。コバルオンの方程式が存在しないからこそ、自分で考えうる最善の方法を取らなきゃならないんだ。自分を偽る言葉が嫌いならば、正義なんて捨てちまえ。そんな言葉を脱いでしまえば、少しは楽になれるぞ? お前は、嘘をつくのも苦手そうだし……」
「わかった……コリン。少し、整理してみる……」
 アグニ自身、なぜこんなことをコリンに尋ねたのかすらよくわからなかったが、コリンと話をしたことで、少しだけ心が軽くなった気がした。恐らくアグニは、最初から何を言われるのかわかっていたのかもしれない。それでも聞かずにはいられなかったのは、背中を押してもらいたかっただけなのであろう。

335:殺すこと、誇ること 


「お前には、本当はこんなことをさせたくないとも思っていたし、逆にこういうことを経験させたくもあった……」
「こんなことって?」
 独り言のように言ったコリンの言葉の真意を、アグニは尋ねる。
「誰かを踏み台にすることさ……今は、未来世界の住人をね。お前は正直なところ……誰かを殺すことも、命のやり取りをすることもなく、平穏に、平和に暮らしてほしかった。もしもお前が、誰かの命を奪うことに躊躇するようならば……ヴァッツさん。ヴァッツノージさんは、俺が代わりに出ると、そう言っていた……」
「オイラが命を奪う、か。あまり実感はないけれど、もう三人ほど……焼き殺しているんだよね」
 アグニはその時火を吐くのに使った唇に触れ、物思う。
「あぁ。本当は子供のままで、無垢なままでいて欲しくって……逆に、誰かを恨んだり恨まれたり、そんなことに染まって欲しくなかったんだ。それで、お前が変わってしまうのが怖くてね」
 コリンは細く長く息を吐く。
「俺はな、アグニ。優しいお前が好きだ。そんなお前が、誰かを殺してしまって、変ってしまうのが嫌だった……しかし、戦うためには誰かを殺せるくらいの覚悟は必要だ……俺は、お前が人を殺す覚悟が出来ることも、殺さないことも望んでいたんだ。矛盾しているよな」
 自嘲して笑い、コリンは続ける。
「でも、お前は……何もかもわかった上で、ドゥーンを倒そうと、決心している。踏み台にすることを、覚悟している……その覚悟を持ち続けられるならば、それはすごいことだと思うが……」
 コリンはアグニの手を掴む。
「その結果、人を殺すことになっても、どうか自分を殺すようなことはしないでくれ、アグニ」
「自殺ってこと?」
 アグニが尋ねる。
「体もそうだが……心も、だ。何があっても、アグニには今までの自分であって欲しいんだ。優しくて、強くあれるお前でな。自責の念とか、そんなものに苛まれて罪の意識に押しつぶされないで欲しい。そのためにも、生き残ったときは誰かを愛するといい。
 こいつを守るために戦ったんだって、誇りに思えるように……」
 コリンはアグニを掴んだ手に力を込める。その手の力に押し流されるように、アグニは頷いた。
「うん……きっと……きっと、そうして見せるから」
「あぁ、良い答えだ。期待しているぞ」
 コリンは微笑み、アグニの頭を撫でた。可愛い弟を撫でるような手つきで、優しくゆっくりと。


 アグニが頷いてから沈黙が続く。時は黙って過ぎてゆくが、その沈黙は不思議と不快では無く、こうして寄り添いあうことそのものが会話であるかのように、二人は時折にやりと笑顔を見せる。やがて、尋ねてみたいことがまとまったアグニがコリンに話しかける。
「なぁ、アグニ。俺はさ……シデンが隣にいなくなったとき……そういうものなんだなって諦めて旅に出た。お前は、どうなんだ?」
「どう……って?」
 質問の真意が汲み取れずに、アグニは首をかしげる。
「お前は、もう親離れ出来ているのかってことだ。シデンは、いつまでもお前の保護者じゃないんだって……いつだったか言ったと思う。今のお前は一人で物を考えて実行することが出来るのか?」
 未来世界での言葉を思い出しながら、アグニは考える。
「わからない……けれど、オイラは……そういう風に、出来るようになりたい。オイラだっていつかは父親になるんだろうし……その時でも優柔不断だったら子供に示しが付かないからね。
 だから……お兄ちゃん。この戦いが終わったら、オイラを一人前だって認めてさ……最初にオイラがコリンのことを『兄貴』って呼んだ時に、似合わないって言ったけれど……戦いが終わった時は、『兄貴』って言っても笑わないで聞いてくれるかな?」
 言いながら、アグニ自信が照れていて、説得力に欠ける。そんなことを思うと、コリンは面白くて口の端がつり上がりそうになる。
「なぁ……俺にとって、シデンは母親であった。いつしかそれはパートナーと言う存在になって行ったけれど、今でもたまに甘えたくなるんだ。お前だってそうだ……シデンはパートナーでもあり、身守ってくれる母親のようでもある。
 俺が本当にシデンのパートナーだと思えた瞬間……お前は体験しているのかな? じつは、俺は未来世界でシデンが人間だった時は一度も感じたことが無かった……」


「そうなの?」
「あぁ、劣等感ってわけでもないが、シデンには敵わないなって……どこか、対抗する事を諦めていたんだ。そりゃ、頼りにされているとは思っていたけれど、シデンより役に立ったと思えたこともなくってさ。
 そんな俺が、初めてシデンをパートナーだと感じたのは……こっちの世界に戻って来た時、サメ肌岩でシデンに抱きつかれた時だ。俺達はな、自分より立場が下な奴に自分の弱いところを見せられない性質でね……だから、自分より強い奴にしか甘えられない。
 パートナーってのはな、対等な立場にあるものだ。だから、ちょっとした調子の差で、上下関係がころころ入れ替わる……まるで天秤のようにな。俺は、シデンより弱かったってずっと思っていたのに、初めてシデンの上に立てたような気がした。そしてその逆、パートナーであったことを証明するように今度は……ミステリージャングルで俺もシデンに甘える形になったんだ」
「要するに、一方的に支えるとかじゃなく、支え合うってことだよね?」
 アグニの質問にコリンは頷く。
「そうだ。だから……な。例え肉体的に弱かろうと……シデンの心が砕けそうな時、その時の俺はその時のシデンより強かったし、ミステリージャングルで俺の張りつめた糸が切れた時はシデンが俺より強かった……お前は、どうだ?」
「そ、そう言われると……いや、オイラもオイラで全然シデンに敵う気がしないんだけれど……でも、シデンがこの世界に来た直後は、肉体の強さはさておいて、オイラが何度も励ました気がする。
 不安で眠れない時はお話してあげたり……前に話したと思うけれど、蠅を食べた時も……それで、未来世界の時は随分支えてもらったりもしたなぁ」
 アグニは自分を納得させるために小さく頷いて見せる。
「それでいい。そういう事が続けて出来るようになれば、本当に最高のパートナーになれるさ」
 言いながら、コリンはアグニの額にデコピンを喰らわせる。痛っ――と額を撫でながら、恨めしそうな顔をするアグニを微笑みながら眺めて、コリンは続けた。
「……これが大事だぞ。よく聞け?」
 コリンは胡坐をかいた脚を動かして、アグニと寄り添わせていた体を少し離す。次いでアグニの肩を掴み、グイッと方向を無理やり変えさせて顎を上げさせる。
 二人は視線をしっかりと合わせた。

336:寝顔 


「大事なのは、代えが利かないってことだ。戦いが終われば俺とアグニとシデンはお別れだ……。その時俺は、お前にしか出来ない、代えの利かない仕事を任せることになる予定だ。
 それはシデンを最後まで支え、シデンが心の底から望むことを実行してやることだ。そして、それを『やれる』と、ここで誓えるなら……俺も今からお前をパートナーだと認める。いいや……認めたいんだ、アグニ。お前を、シデンのパートナーとして……本当なら、俺がやるべきであった仕事だけれど、今のシデンは俺よりもお前の方に信頼を寄せている……だからアグニ。今ここで答えてくれ……」
 コリンが肩を掴む手が、痛いほどアグニの肩に食い込む。
「出来るか? シデンを最後まで支える事。パートナーとして」
 コリンは泣いていた。それはアグニに見せる初めての涙である。今までの話の流れからではコリンが頼みたい事は見当もつかなかったが、とりあえず、本当に自分にしか出来ない事を任されたのだという事だけは理解できた。
 すでに、自分はパートナーとしてふさわしいだけの力を認められているとコリンから期待されて、アグニに断る事なんて出来ようはずもなかった。
「出来る……やって見せる。だから、安心して見ていてくれよな、兄貴」
 真顔でそんなことを言うものだから、コリンは思わず吹き出してしまった。
「兄貴……か。やっぱり似合わないな。相変わらず」
 コリンは笑いながら肩に置いていた手の力を緩め、むくれるアグニの脇腹に添える。

「うんしょっと」
「わわっ」
 そうして、アグニを持ち上げて抱きあげて、コリン自身は仰向けになってアグニを抱きしめる。
「なあ、アグニ……俺はいつだってお前を愛してる。シデンもだ……シデンもアグニも、ソーダも、その他の皆も……皆大好きだ。愛している」
 やさしく抱きかかえたアグニを、コリンは頬ずりしてそれを強調した。
「俺は、この世界で沢山の人を愛した。だからお前も、せっかくこの世界に生まれたんだから、シデンが生きているうちに同じことを言えるようになるんだぞ?」
「うん。オイラもだよ、お兄ちゃん。シデンも、父さんも、親方も、サニーさんも……今まで支えてくれたみんな、皆が大好き。愛している……」
「兄貴じゃないのか?」
「言うたびに似合わないって言われるのは嫌だからパスだよ」
 アグニはうつぶせのまま、コリンの胸の広さを感じて。コリンはアグニの重さを感じて微笑みあう。
 ひとしきり笑いあって、アグニはゆっくりとコリンの胸の上から降りる。
「アグニ。恥ずかしがることなく、惜しげもなく、心の底から、偽りなく……愛しているってシデンに言ってやれ。どんな愛の形でもいい。親愛でも友愛でも、恋愛でも……あいつがときめく言葉をかけてやれ。愛しているって……」
「そんなに念を押さなくたってわかってるよ。コリンは心配性だなぁ」
「本当は……お前にシデンを渡したくないんだぞ? だから、幸せにしてほしいんだ……それはお前しか出来ないんだ。だから、何度も念を押しているんだよ」
「わかってる。シデンの事は大切にする。絶対に」
 誓ったアグニの眼を見る。アグニは目を逸らすこともなくコリンの眼を見ていたが、抱き上げられたままのアグニは、その体勢を取っているうちに唾液を落とす。
「ちょ、おま……」
 コリンはそれを手で拭い、舌で舐めとり苦笑する。
「シデンを大切にするのはわかったが……台無しだなぁ!」
 しかし、苦笑では押さえきれなくなったコリンは、そう言って盛大に笑い出した。アグニは、変な失敗をしてしまったと恥ずかしそうに目を逸らし、口の中にたまっていた唾液を飲み込んだ。
「もう……こんな体勢じゃ唾の一つだって出るさ……そりゃ。笑わないでよ……」
「すまんすまん……」
 コリンは抱き上げたアグニを下して話を続ける。
「だが、アグニ。シデンの前で、こんなドジは踏むなよ?」
「うん、だけれどまず抱かれないように気を付けることにする」
「そりゃいい、それが一番だ」
 コリンが言って、二人は笑いあう。真っ暗な夜の森に高らかな笑いが響き、笑いが収まっても二人の高揚した気分は、いつまでも覚めることなく沈黙の中で余韻を味わっていた。

 いつしか笑いの熱も冷めたころ、アグニが大きくため息をつく。
「さぁ、もう寝よう。明日、シデンだけ元気で、オイラ達が疲れているって言うのも嫌だしね……」
「あぁ、寝よう。ずいぶん話しこんだからな……」
 その日も二人は寄り添いあうように眠りについた。

「昨日は楽しんでいたみたいねー……」
 朝、一番最初に起きたシデンはため息をつきつつ、その光景を見てにやにや笑う。事なんて知る由もなく、二人は無防備な寝顔を晒している。
「男同士、色々話したいこともあったんだろうけれど……ふぅ。今回は聞きのがしちゃったか……」
(それにしても、いい顔をしているね……二人とも)
 シデンが見守る二人は、とても幸せそうで気持ちよさそうな寝顔であった。















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コメント 

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  • >2013-11-03 (日) 02:46:36
    大体はお察しの通りなのです。ダークライの件がなかったら、アグニを成長させるためにも消えたままにするのが神としての役割だったかと思います。
    シデンを復活させたのも、おそらくは苦渋の決断だったのでしょう。ソーダは……私ももうすこし救ってあげたい気持ちですw

    テオナナカトルは、その通りコリンたちの世界の未来ですね。すでにコリンたちの戦いは神話になっているようです
    ――リング 2013-11-22 (金) 00:37:02
  • ふむふむ、こうして読むともし原作のストーリーにダークライの話が無かったら、リングさんバージョンはシデンが復活しないまま終わってたのかなって思いますね。

    ソーダがちょっと可哀想でした。

    テオナナカトルって多分、コリンたちの世界の未来の話ですよね?
    ―― 2013-11-03 (日) 02:46:36
  • >狼さん
    どうも、お読みいただきありがとうございました。
    『共に歩む未来』のお話では、もう一つの結末というか、私としてはこちらのほうがよかったという結末を書いて見ました。
    ディアルガのセリフから察するに、本当の未来はシデンが生き返らない方であったという推測が自分の中でありましたので……。
    こんな長い話ですが、読んでいただきありがとうございました
    ――リング 2013-06-26 (水) 09:49:35
  • 時渡りの英雄読ませていただきました。私は探検隊(時)をプレイしたのでだいたいのことはわかるのですが時渡りの英雄ではゲームとは違ったおもしろさがありゲームではいまいちでていないところまで実際そんなストーリーがありそうな気がしたり(当たり前か)してとてもおもしろかったです。
    『ともに歩む未来』では[シデン]が蘇らないのかと思ったら[アグニ]の夢というおち、少しほっとしたり…。
    これからも頑張ってください。
    ―― ? 2013-06-17 (月) 21:31:32
  • 時渡りの英雄これから読んでいきたいと思っています。
    時渡りの英雄は10日ぐらいかかると思われます。
    読むのが楽しみです
    ―― ? 2013-05-25 (土) 02:02:01

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Last-modified: 2012-03-17 (土) 00:00:00
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