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時渡りの英雄第18話:未来世界へ・後編

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時渡りの英雄
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268:失態 

 先を急ぐコリンは、空間の洞窟と呼ばれるダンジョンを駆け抜けていた。通路以外の全てが底の見えない断崖絶壁のとなっており、高所恐怖症の者がここを訪れれば卒倒してしまいそうな恐怖感が募る場所である。
 左右へ一切乱れのない動きでコリンは駆け回り、危な気なく敵を蹴散らしていく。

(くそ、やはり……未来の景色はつまらない。何一つ動かないし、色も無い……よくまぁ俺はこんなところで生きていたものだ。慣れというものは恐い。この世界が当たり前だと思っていれば、それで当たり前だった。しかし、一度でも過去の世界を知ってしまったらもうダメだな。
 そう考えるとあいつらはどう思っているんだろう? この世界……シデンも退屈だと言っていたが……案外恐怖のせいで退屈とか思う暇は無いのかもしれないな)
「うざったい!!」
 上半身と言うべきなのか、とりあえず地面に口付けして上半分を軸に、尻尾を振りまわすハガネールの攻撃を最小限の跳躍で飛び越える。軸となる顔を蹴りとばして底の見えない暗黒の断崖へ突き落とし、コリンは先を急いだ。
 この不思議のダンジョンは、空間が歪んでいるために、底が見えない崖に落ちても、結局はまた同じ階層のどこかに戻れる……が、身軽なポケモンならばともかくハガネールならば戻る時の着地の衝撃でお陀仏だ。放っておいて問題なかろう。

(しかし、何故ドゥーンはあいつらをこっちまで引き寄せたのだ? ……俺の計画がどこかでばれていたとして、だとすれば、その抑止力とするためにはあのプクリンやらMADやらチャームズなど、要注意人物は沢山いるはず。そいつらを攫った方がよっぽど歴史を変えられる心配がない。
 まぁ、出来るかどうかはおいといて……
  必然としてアグニとミツヤが選ばれたのだとしたら……奴らは何か俺達と関係があるはず。アグニかミツヤはシャロットが新たに過去へ送った仲間か……? いや、それなら俺の本名も偽名も目的も知っているはず。ならば、第三の勢力であろうか? いや、だとしても時の歯車を奪う俺を止めないはず……駄目だ、結局分からない)
「チッ……」
 考え事をしている最中に、いつの間にか地に伏し眠っていた敵が起き上がり眼前に迫っていた。いくら暗くて視界が不良とは言え気が付けないのは情けないと、コリンは舌打ちをする。
「ふん……そぅら!!」
 地に伏していた敵はメタモン。それはコイルに変身してコリンに襲いかかったが、コリンは毬突き遊びのように敵を地面に叩きつけ、踏みにじって一蹴した。

(駄目だな……考え事をしているとすぐに気配を探れなくなる。このまま敵とぶつかっていたずらに時間を消費するよりも……考え事をやめて今すぐにでもシャロットの元に向かうべきか。どうせ考えることならいつでも出来る)

 コリンは考え事をやめて一目散に洞窟を抜け、丘を越え、岩場を越えた。
 暗闇の丘と呼ばれるダンジョンを突破する際に体を洗うことで一度立ち止まったものの、そこから先は走りどおしと言う事もあり、流石に疲れは隠せない。だが、それでも止まることまでは許されないとばかりに歩みは止めない。
「ふぅ……大分深くまで来たな……もう少しだ」
 それにも限界が訪れたようで、運動のしすぎでパンパンにむくんだ太ももを労わるように、片足ずつ、ぶらぶらと宙に浮かせる。
「ここを抜けてしばらく走れば森に出られる筈……ヤミラミが追ってくる前にシャロットと合流しなきゃな……」
 言葉通りシャロットと合流したいところだが、この痛む筋肉だけはどうしようもなかった。コリンは流石に潮時と感じて、岩場の影になるところへ腰かけ、自分の体のマッサージを始めるた。
 道中で手に入れた肉や木の実を口の周りを血まみれになりながら消費する。腹が満ちて思考も落ちついたところでコリンは目を閉じる。眠りにおちようとしながらも止まらない思考の中で、コリンは考える。
(そう言えば、あの二人は無事なんだろうか……。ヤミラミ達に捕まったりしていなければ良いが……戻ってやりたいが、それより今は自分の使命を優先させなくてはな。犠牲を払ってでもやり遂げると誓ったではないか……)
 コリンは徐々に呼吸を穏やかに。しかし深く寝すぎてヤミラミに寝首を掻かれないように、浅い眠りになるように体勢も呼吸も調整して眠る。
「おい、お前……」
 その声に、コリンは目を見開いた。
「誰だ……」
 コリンには声がした方向が掴めなかった。気味の悪いその声には恐れを抱いたが、それをあくまで態度に出さないようにコリンは務めた。
「我の縄張りに勝手に入り……住処を汚し眠りを妨げたにもかかわらず……そのままお前も眠ろうとは良い態度だな」
「誰だ、と聞いている……」
 しかし、その声はコリンの声には答えなかった。
「我を怒らせたのだ……それなりの償いはしてもらおう」
「どこに居るんだ!? 隠れていないで出てくればいいじゃないか……それでは謝罪も出来やしない。食料なら分けるから、意地悪はよしてくれ」
「ククッ……我が隠れているだと? 我は隠れてなどいない……我は……我はここに居る!! 我の名はヴェノム、種族はミカルゲ。我の縄張りを侵すものは許さん!!」
 カタカタと音を立てながら、コリンの右手にいつの間にか鎮座していた幾何学模様の描かれた岩が音を立てた。飛び退こうと足に力を込めた時にはすでに遅く、ガス状の何かがコリンの顔を覆う。
 呼吸してはいけないと固く口を閉じたつもりだが、甘かった。その何かは鼻からコリンの体内に入り込み、その体の支配権を奪い取ろうと精神に語りかける。
 どれだけ耳をふさいでも、響いてくるヴェノムの声はなぜか心地よく脳髄に響く。
『楽になってしまえ……』
 心地よくて、眠ってしまいたい。楽になりたい。およそ感じたことのない幸福感と高揚感は、深緑の特性が発動している時のそれに似ている。
 口の中が呼吸さえできないくらいに乾いて、声も出したくない。このまま力を抜いて眠ってしまえればなんと楽なことだろう――と、頭の片隅に思いながら、それを実行すれば自分という存在さえ危うくなるために、出来ない。
 だから、体を丸めて自分の体を抱いてそれを凌ぐしかコリンには対処法がなかった。
『苦しいか? ならば、永遠に夢を見ていればいい』
「くっそ……この野郎……」
 その体の変調を少しでも紛らわせるために、コリンは自身の体を傷つける。乾ききった喉の痛みを正気に戻すための薬にして、転がりまわることで周りに散らばる尖った石に傷つけられる皮膚の痛みを正気に戻すための薬にして、ただひたすら耐え抜くより手段はなかった。

 その甘い誘惑にどれほどの時間を耐え抜いたのだろうか。全身に擦過傷を負ってなおコリンは支配下に落ちようとしなかった。
「あ、ジュプトル……」
 コリンはぬるま湯につかってふやけた思考しか叩き出せなくなった意識の端に、聞き慣れた声を聞いた。
「アグ……ニ」
 口にして、こいつは味方に引き込める可能性のある者であることをかろうじて思い出す。
「うぐ……お前達……」
「コリン何があったの? 大丈夫!?」
 シデンはただならぬ苦しみようのコリンを見て思わず駆け寄った。
「駄目だ……無暗にこっちへ来るんじゃない」
 それを、コリンは唯一自由な口で制した。
「ど、どうして!?」
「気をつけろ……敵がいるんだ」
 アグニの質問に、コリンは口がうまく動かない。最小限の情報を苦しそうに伝える。
「俺とお前らのすぐ隣……この岩だ」
「ま、まさか……オイラ達のすぐ隣って」
「これは……要石。アグニ、ミカルゲだ!!」
 カタカタと石が揺れるのを感じて、シデンはコリンがやられた時より、遥かによい反応を見せてアグニを掴んで飛び退る。
「ヒッヒッヒッヒッヒッヒ、外したか……。ここに足を踏み入れた者は……すべて許さん。無論、お前達もな……」
「ねぇ、ミカルゲってなんなの?」
 ヴェノムを見て、アグニはシデンに尋ねたが、それに答えたのはシデンでは無かった。
「我のことか? 我は百八の魂が合体して生まれた者だ……」
「どうでもいいけれど、そういう事だよアグニ。結構強いから気をつけようね」
 ヴェノムの言ったことをその通りであるとばかりに肯定して、シデンはヴェノムを睨みつけた。
「そいつは強い……お前達気をつけろ……」
 今だ立つことができないでいるコリンは、息も絶え絶えにその言葉を送った。
「コリン……安心して。自分は、負けるつもりはないから……」
 バチリッ!! 紫色に美しく輝く電気で威嚇してシデンはコリンを振り返る。
「シデン……?」
 コリンの口が僅かに動くのを見る前に、シデンはすでにミカルゲの方を見ている。

269:救出 


「お祈りは済んだか? 覚悟しろ!!」
 ミカルゲは特異な見た目をしていた。
 奇妙な幾何学模様の描かれた石から、朝顔の花のような胴体がキノコのように生えている。その胴体は紫色にくすんだ黄緑色で目や唇が染められている。顔と胴体の区別はほとんどなく、いうなれば首と顔しかないと言えるし、その顔も抽象画のような模様が申し訳程度に描かれているような印象だ。
 そしてその顔は、自由に変形出来た。顔は卍形をいくつもいくつも重ね合わせたような時計回りの渦になっている。
「アグニ……大丈夫。こいつらに自分達を殺す力はないから」
「う、うん……」
 アグニが頷くとほぼ同時に丸ノコのようなその顔から、触手のように棘が伸びる。
 地面に軽く突き刺さった棘の不意打ちを、二人は冷静に見切ってかわし、誤射を防ぐために十字のフォーメーションを組んで電撃波と火炎放射でそれぞれ攻撃する。
「ぐっ……」
 次の瞬間、明らかにヴェノムのものだと分かるうめき声が聞こえた。
「ヒッヒッヒ……」
 だが、その痛みさえむしろ恍惚だと言わんばかりにヴェノムは嗤う。
「我だけ痛みを感じるなど、不公平だ」
 耳の奥を引っ掻きまわすようなその声とともに、闇が固体化したようにヴェノムの周りが暗くなる。戦いの渦中に居る二人は自身の体に走る激痛を感じた。
「これは……痛み分けの呪術」
 その技のダメージは性質の悪いことに、顔面に集中した。ミカルゲがほとんど顔しかないためであろう、二人の視界を自身の額に刻まれた血がそれぞれ遮った。
 再び、棘の触手が二人に向かう。二人はとっさに急所を庇ったが、アグニは片目が血に濡れて死角なっており、右脇腹にざくりと突き刺さった触手は腹を血で濡らしていた。内臓まで達するほど強い攻撃ではないが、その激痛はさっきの痛み分けによるものよりもひどい。
 だが、片目が見えない状態のアグニには、こうして刺されたことで掴める対象がどこに居るか分かるので、むしろ好都合。触手を掴むことが出来たアグニは脚を振り上げる。
 燃え上がる踵を、触手ごと力いっぱい地面にたたきつけ、縫い付ける。熱で焼けた触手を引っ張り本体の場所を突き止めると、四足歩行になり足と腕の両方で加速しながら炎を纏って回転体当たり。
 そのまま、自慢の格闘技に炎の力を付加して殴る蹴る。四肢の先端に集中させた炎は、全身に纏う炎よりも遥かに高い温度で当たった場所をピンポイントでを焼きつくす。
 その手足は、ミカルゲの体をところどころを火傷させ、急所を叩いた。誤射をしないよう、そしてアグニのラッシュを邪魔しないように、シデンは痛み分けの呪術でついた顔面の血を拭い、電気の力をためながら、なるべく静かにミカルゲの後ろに回り込む。
 そして、ミカルゲの背後で充電した力を一気に解放。アグニと同様に紫電を拳に纏わせ、力いっぱい相手の後頭部を殴りつけた。

「グヒッ」
 シデンの存在が頭に入らなくなっていたヴェノムの後頭部は大きく前のめりになり、殴ってくれと言わんばかりにアグニの前へ差し出された。
 アグニはヴェノムの前で腰をかがめ、膝をバネにしてヴェノムの顔の顎に当たる部分へ拳を突き出した。下から上に貫くアッパーカットが、炎を纏って放たれる。アグニの体重の軽さも上から下に垂直に力がかかるために、その威力を存分に伝えきった。
 容赦なく押し出されたそれは、申し分ない一撃必殺となって、小さく体が浮き上がったミカルゲを、さらにシデンがアイアンテールで叩き落とす。
 そして二人は十字に陣形をとり、それぞれ火炎放射と十万ボルトをチャージしながら敵の動きを見守った。

「ウググググググ……ウグワァァァァァァァーーーーーー!!」
 アグニが口から炎をのぞかせ、シデンが頬からわずかに放電している最中。突如、ヴェノムが咆哮した。
「うわっ……な、何が起こるの!?」
「アグニ……気を付けて」
 二人は身構えて、そして拍子抜けした。
「ヒャ、ヒャ……逃げろ~~~!!」
 一目散に、尻尾を撒くという表現がふさわしく、ヴェノムは逃げる。
「な……なんなの、今のは?」

270:治療 


「きっと……急に弱気になって逃げただけだ」
 ミカルゲの逃げた方向をあっけにとられて見ていた二人は、その言葉で我に返って振り返る。
「ジュプトル……大丈夫?」
 アグニが、コリンの元に駆け寄ると、労わる様にコリンの額を撫でた。
「あぁ……もう大丈夫だ。お前達のおかげだよ」
「立てる?」
 シデンは手を差し伸べるが、コリンはやんわりとした笑顔で断った。
「あぁ、なんとか無理ではなさそうだ……だが、少し休ませてくれ……」
 コリンが這いながら岩に寄り掛かって上半身を立てようとした。それを、手伝ったのはアグニであった。
「アグニ……」
「まだ、オイラ助けてもらったお礼もしてなかったから……」
 少々照れた様子のアグニは、コリンの脇を担ぎあげコリンを大きな岩にもたれかけさせる。
「そうか……ありがとう……だが痛くないのか」
 そう言ってコリンが見たアグニの目は、驚くほど澄んでいた。
「痛いけれど、これくらいでへこたれてられないし。それよりも、処刑場の時はありがとう……」
「無理をして戦う奴だな……」
 コリンはアグニに申し訳なく思いながらも微笑んだ。
「どういたしまして」
 自分の怪我もひどいというのに、アグニは無理をおしてコリンに手助けしていたようで、それだけ言うと彼も膝から崩れ落ちてコリンと並んで岩に背を預けた。
「アグニ……お礼を言いたいんだったら、もっと器用になろうよ? 素直にお礼を言ったって恥ずかしくないと思うよ?」
「うるさいな……」
 目立った外傷は擦過傷だけであるコリンはひとまず放っておき、シデンはアグニの治療を始める。コリンも岩にもたれかかったおかげで手の届く範囲の応急処置が可能になり、オレンの実や、自身が過去から持ち込んだ包帯や糸で自身の応急処置を始めた。

「くっ……」
 しかし、自分一人の手で背中の擦過傷まで手当てするのは難しい。傷に土が入ったまま放置しておくのはよくないし、何よりこのままでは痛いから早くオレンの実でも塗りたいところなのだが、体をねじってみても傷が痛むだけでどうにもならない。
「はいはい、コリン……一人で無理しないで」
 そんなコリンを見て、アグニの応急処置を終えたシデンは、コリンの消毒やオレンの実を噛み砕いたものの塗りつけるなど、治療を手伝い始める。
「あぁ、悪いな……ミツヤ」
「なに、未来世界をここまで生き抜いてこれたのもコリンのおかげだもの……これくらいの恩返しさせてよ……」
「恩に着る」
 コリンはシデンが治療するがままに身を任せる。優しい手つきとは言い難いが、確実に治療していくシデンの手つきには安心して身をゆだねられる。オレンの実は少し沁みたが、歯をくいしばって耐えるのも苦痛ではなかった。
「よし、終わりだよ」
「ふぅ……ありがとう」
 ようやく治療に伴う痛みを感じることも無くなると、コリンは息をつく。
「しかし、不意打ちを受けたとはいえ手強い奴だった……俺の鼻の穴から潜り込んで体を乗っ取りやがった」
「あいつ……悪い奴だったんだね」
「いや、そうじゃない」
 アグニの悪気にない発言に。コリンはため息を漏らす。
「おそらく、あのミカルゲは自分の縄張りが荒されたんで怒っただけだ。縄張りを荒らせば殺すのなんて、こっちじゃ当然だしな……怒ると見境が付かなくなるし恐ろしい奴だったんだが……
 さっきのように一旦旗色が悪くなると逃げていったように……本当は臆病なポケモンなのだ。本来ならばとてもいいポケモンであっただろうに。
 世界がこうして闇に包まれているせいで心も歪む。時間や空間だけじゃなく、心の三精霊……アグノム、ユクシー、エムリットの活動も停止しているからな……未来にはそんな風に欲求のままに生きるポケモンがほとんどだ……。
 俺だって、気を抜いてしまえばいつそうなるかもわからないし、こんな荒廃した世界じゃそうでなくとも心が歪む。過去の世界で言うまともな精神を保てる方が普通じゃないくらいさ……。
 しかも、食糧の入手手段が限られているから、食糧不足……飢餓状態でも生きていけるゴーストタイプや、そこら辺の石を栄養に出来る岩や鋼、地面タイプが蔓延っている。そんな世界なんだ」
 二人は道中であってきたポケモンを思い起こし、確かに無機物のポケモンが多かったとコリンの言葉に納得する。
「そっかぁ……オイラ達の世界でもその兆候が出ているけれど……この世界ではそれよりも酷く、いいポケモンも悪くなるのって……なんだか悲しいよね」
 アグニは先ほど処刑場を脱出した時のやり取りとは打って変わって、コリンの意見を受け入れた。アグニの言葉をなんとなく聞いていたコリンだが、受け入れたことに気が付くと目を見開いて、僅かに興奮気味な表情をした。
「なんだお前達……お前達は俺の言葉を信用するのか?」
「半分くらい……かな。正直に言うと、まだ信用しているわけじゃないんだけれど……でも……」
「ふん、前にも言った筈だ。信用がなければ一緒に居ても仕方がない……と」
 弱気に言ったアグニの言葉を遮る様にしてコリンは言い捨て、一息ついただけで体力が回復したのか立ち上がってそっぽを向いた。
「じゃあな」
「あ、待ってよ!! 信じないとも言っていないし……信じさせればいいじゃん」
「信じさせる……か。確かにな」
 コリンはアグニに背中を向けたまま最低限聞こえるだけの声で応答した。
「正直に言うとオイラ達もう、何がなんだかよく分からないんだよ」
 そう言ったアグニの言葉を継いで、シデンも口を開く。
「自分達……この世界の勝手も知らないし、だから少しでも情報が欲しいの。それだけでもコリンと話す価値はあると思う。
 それに、これはね……自分とアグニ双方で話し合った結果の結論なんだけれど……コリンのことをまだ疑っているところもあるけれど……でも、コリンの言うことも納得がいくというか、筋が通っているように聞こえるの。
 だから、お願い! コリンの知っていることを聞かせて。未来のことや……何故コリンが過去の世界に来たのかも」
 振り向いてみればシデンとアグニが頭を下げているところを見て、コリンは膝を折り、目線を下ろす。
「アグニ……お前は、ドゥーンの事を信じていた。盲目的に信じていた……今回も、同じように信じて俺の言うことが全て出鱈目だったらどうする?」
 膝を折って目線の高さをあわせたコリンは、二人と視線を交叉させる。コリンがどれだけ真っ直ぐに見つめても、二人は目線を逸らさなかった。

「大丈夫……鵜呑みにはしない。オイラ達が自分で判断するよ。だから……オイラ達に、少しでも……教えて欲しいんだ」
 真っ直ぐ見つめ返して、アグニは頷く。
「自分達はね……エムリットやアグノムとの戦いの時……骨を折ったりするような大怪我にはされなくって……せいぜい縫うような怪我くらいだった。余裕をアピールするようにエムリットの治療をしたり……
 その全てが手加減されていると思って、すっごく悔しかった。短期間だったけれど、たくさん修行もしたし……旅の途中もどうすれば強くなれるかを考えながら敵と戦った。
 けれど……コリンは自分達を殺すのは凄く楽だったよね? なのに、コリンは楽な方法を選ばなかった……それは、自分達を殺したくなかったから、以外の何物でもないよね? 自分は……そんなコリンを信じたいの」
「そうか……それがお前らの答えか……」
 コリンは膝立ちの状態から立ち上がる。
「わかった、ミツヤ、アグニ。付いて来い……なんだかんだで、奴の縄張りをこれ以上荒らすのもなんだし、ここを少し離れて森へ行こう。森ならば、例え奴らに見つかったとしても、このメンバーは全員森での生活に適した種族だ。本来は洞窟のような暗闇を好んで暮らすヤミラミや動きの鈍いヨノワールに追いつけるものでは無いし、地形的にもこちらが有利だ」
 そう言って、コリンはミツヤ達を手招く。小休止だけでまだ疲れの抜けていない二人は、ため息交じりにそれを追いかけた。

271:スイクンタウンにて 



 懸賞金を受け取ったかまいたちの面々は、あのクシャナの自殺から数日経って、改めて強盗殺人ジュプトルと時の歯車を盗むジュプトルが別人であることを確信する事となる。
 例のジュプトルに変身していたメタモンは自殺してしまったためにその真相は不明だが、現れた時期も自殺した時期もコリンとの関連性を疑わざるを得ない。その関係性も、相手が自殺してしまったのでは尋問にかけることすらできず、すべてが闇の中である。
 
 しかし、どちらにせよ盗賊が捕まったのならば、それはそれで恩の字、生きる伝説の探検家の一角として知られるヴァッツの後光がよほど眩しいのか、自殺したメタモンの死体を引き渡すことで、懸賞金の半分を得られるという結果となり、かまいたちの財布は潤った。被害者はたくさん出たが懸賞金を貰えてよかったとばかりに、かまいたちは呑気にその懸賞金をありがたく頂戴しようと決めた。
 金を持っているとついつい使ってしまうから――と、彼らは無駄遣いしないように、まずは開拓に使う資材の調達を行った。まず、家を建てるのに必要な工具の類。
 如何に鋭い爪や鎌があろうと、細かい作業はそれ以上に鋭い刃が無ければ成り立たない。平たく言えば鋸などの建築に関わる消耗品や、上質な材木を大量に買い込み、開拓地へ送ろうと言う事だ。
 ホエルオー便に乗り込み、自分達が開拓地であるスイクンタウンで小屋を建てた場所を目指して突き進む――のはいいのだが。近道のために突っ切った森林地帯の終点辺り、自分達が小屋を建てた場所に近づくにつれ、曇りは雪となり、雪は吹雪となる。
「リーダー……あれ!! やっと、小屋が!!」
「よし、これ以上吹雪が強くなる前にとっとと駆け込むぞ!!」
 そうして、かまいたちの一行は吹雪の先に微かに見えた開拓地。その先にある自分達の小屋へと駆け抜け、そのドアを勢い良く開ける。以前はこの開拓地も時間が止まっていたそうだが、今は吹雪いている。いつもは顔をしかめるような吹雪だが、今日ばかりは時間が戻ったのだからと嬉しい思いで一行は吹雪の中を駈け抜けた。
「悪いが、一番乗りは私だな……」
 種族柄ゆえの素早さで一番に小屋までたどり着いたストライクのエッジは、掴まなくとも簡単に開けられる取っ手を掴み、戸をあける。
「あれ、暖かい……?」
 冷え切った空気が自分を出迎えるかと思えば、室内の空気は暖かい。怪訝に思いながらドアを開けてみると、中にはマニューラとアーボックとドラピオンが、炉に火をくべて暖をとっていた。
「……おぅ、お先に」
 マニューラが平然と言ってのける。わけがわからず、エッジはドアを閉める。
「……どうしたお前ら? 外は寒そうだが中に入らないのか?」
 そして親切な事に、中にいたマニューラは自分からドアを開けてエッジを招き入れてくれた。
「お前……どっかで見た顔だと思ったら、かまいたちの……なんだっけ?」
「エッジだ……っていうか、MAD……お前ら何故ここに?」
「んー……この先の鍾乳洞に用があって……私はそれを済ませて来たんだが、突然吹雪いてきてな。村も開拓に残っている奴はほぼ皆無……この小屋も無人で鍵もついていないから、ここを間借りしているというわけだ。私は、この寒さでも大丈夫だが、こいつらを放っておくわけにもいかないもんでね」
 ちらりと二人の連れを見て、リアラは苦笑する。
「で、中に入らんのか? 別に、炎はアタイらだけのもんじゃないし、外で死なれても目覚めが悪いから炎に当たっても構わんぞ?」
 悪名高い盗賊団といえど、こういう時は助け合い精神を働かせるのか、まるで普通の旅人のようにリアラは尋ねる。
「……ここ、本当は俺達の街だし、俺達の小屋なんだよな。まぁ、いいか」
 ぶつくさと独り言を漏らしながら、エッジは中に入って荷物を置く。
「ほー、あんたらのってことは、この小屋お前らが建てたのかい?」
「まあな……いつかここを拠点に開拓や宝探しをやるつもりなものでな……」
 リアラ達は律儀に室内の掃除を済ませており、特に盗む物もないため内部は特に荒らされた様子もない。そのことに安堵しつつ座り込み、エッジは早速冷え切ったカマを火に近づけて温めはじめた。
「おーし、二番乗……り?」
 次に現れたのはザングースのマリオット。
「あのー……エッジ。何故MADのみなさんがここにお揃いで?」
「この先の鍾乳洞に用があったんだとよ。だがまぁ、吹雪いてきそうだからここに転がり込んだそうだよ……はー、この説明ペドロにもしなきゃならんのかな―」
 溜め息をついてエッジは苦笑する。

 ◇

 小屋の中はなんとなく気まずい雰囲気となった。お互い仲間と話したい事があるのだが、別のチームが居るという事でなんとなく話し辛い。仕方が無く、肩を寄せ合ってひそひそと内緒話をするのだが、それで雰囲気を良くしろというのが無理な話である。
 いつもは態度が横柄になるMADと言えど、流石に他人の小屋の中では態度も控えめで、隅っこの方に小ぢんまりと座すのみだ。それだけでも困った事なのに、更なるトラブルの種も来訪してしまうのだから、かまいたちにとっては運が悪いという他ない。

「つ…よく……」
「かし……く」
 二人とも、長い距離を走って来たのかかなり足にきていて、息遣いもゼェゼェと如何にも息苦しそうである。
「美しく!!」
 そんな中、一人だけ余裕たっぷりに宣言して、チャームズのリーダー、セセリは宣言する。
「お邪魔しま……ッド?」
 そして、セセリはわざとらしく驚く。
「お邪魔しマッドってお前……セセリ。お前、何しにここに来やがった!?」
 そして、リアラが突っかかる。
「あら、この先の鍾乳洞に用がありましたの。他意は無くってよ……でも、その前に吹雪いてきちゃってね……南のジャングルまで行けば気候は一変するけれど、一度ここで休もうかと思って……」
 大きな耳を掻きあげて、セセリは微笑んで見せる。
「ふふ、しかしまぁなんと言いましょうか。またこの場所で出会うなんて、お互い気が合うのね」
 あくまで笑顔のセセリだが、リアラは非常に苛立たしいと言った様子。不機嫌で目を吊り上げている表情は女性としていかがなものか。
「って、あらあらあら。よく見たらそちらの男性の御三方……かまいたちの皆さんね。こんな辺境で会えるだなんて、MADの皆さんといい、神様の采配かしら?」
 セセリは指を組み合わせ、わざとらしく笑顔を作る。
「はん、何が神だ。私はお前なんぞとこんなところでめぐり合わせて大迷惑だよ!!」
「あ、あのー……お二人さんは知り合い?」
「えぇ、知り合いも何も大親友ですよ」
 と、セセリ。
「あぁ、知り合いも何も大の天敵だよ」
 と、リアラ。
 あくまでニコニコとした顔を崩さないセセリと苛立たしげなリアラ。流石に『大親友』のセリフにはイライラせずにはいられなかったが、怒っても無駄に体力を消費するだけなので、リアラは握りしめた拳を解いた。
「まったく、イライラさせる奴だ」
 それだけ言って、リアラは目を合わせないように不貞寝した。
「リアラ様……いいんですか? 言われっぱなしで」
「争ってお金がもらえるんなら喧嘩を買っておくよ。だが、こんなところで喧嘩になっても一銭にもならねぇ」
 ドラピオンのスコールに尋ねられるが、リアラは寝転がったままため息交じりにそう答えた。

272:真実の連鎖 


「ところで、偶然と言えばかまいたちの皆さん……強盗殺人のジュプトルを始末したのは貴方達だそうで……我らチャームズ、強盗殺人犯のメタモン逮捕のお礼を申し上げさせてもらうわ。ありがとう……友人の敵だったんです」
「……あ、あぁ。どうも。と、言ってもほとんど俺の叔父さんとエッジの手柄なんだがな……」
 肩をすくめながらマリオットは応えた。そんな戸惑い気味の彼の両手を掴んで、セセリは続ける。
「ジュプトルに化けたメタモン……私の友人があいつに殺されていてね……それで、ずっとこの手で捕まえたいとは思っていたんだけれど……先に取られちゃったのは残念だけれどさ、友人の仇が取ってもらえて嬉しくってよ……」
 友人であったアーカードの死からまだふっきれていないのか、セセリの目からホロリと涙が滴り落ちた。
「……こ、困った時はお互い様って奴さ。なぁ、二人とも」
 抱きつかれた事でメロメロボディの毒牙にかかりそうになるのをこらえながら、少しでも気を逸らそうとマリオットは後ろを振り向く。
「まあな」
 戸惑っているマリオットを微笑ましく見守り、エッジは笑う。
「リーダー役得っすね。一番頑張ったのはエッジとヴァッツさんだってのに」
 ペドロは全く褒められていないエッジに同情するように苦笑した。
「あら、ヴァッツってあのガバイトのヴァッツノージさんかしら? 知り合い?」
「俺の叔父だ。今はまた遺跡の発掘作業に戻ったが……賞金首を捕まえるのに協力してくれたんだ」
「あら、うらやましい、今度紹介してほしくってよ」
 そう言って、セセリはさらにマリオットを強く抱きしめる。酷い色仕掛けに一通りドギマギさせて、体を離すとセセリは再び口を開く。
「ところで……盗賊ジュプトルと強盗殺人ジュプトルは別人だったそうね? 何でも正体はメタモンだったとか……」
「あ、あぁ……強盗殺人の方は、尋問が始まる前に自殺してしまったから……何だかよくわからんのだがな。あのメタモンはなんていうのか。目が死んでいたというかなんというか……どういう経緯であんなことをしたのかまるで分らん。唯一考えられる事と言えば、盗賊の方のジュプトルを陥れるというか……」
 エッジがメタモンの感想を述べると、サーナイトのエヴァッカも頷く。
「メタモンが化けた偽物のジュプトルとやらに会ったことはないのだけれど……私達チャームズは盗賊ジュプトルの方に、運よく出会ったのよ。色々あって、リーダーが仇打ちのために一人で戦いを挑んだんだけれど……その時、信じがたい情報を聞かされたの」
「おい、チャームズ。その話をこいつらにしても大丈夫かい?」
 エヴァッカがコリンの話をしようとするのを、リアラは制止するでもないが、一旦口を止めさせる。
「大丈夫だと思います」
 エヴァッカが自信満々に言うので、リアラは口出しをしないことに決めた。
「わかった。お前が言うのなら信用できる」
 エヴァッカ=サーナイトが賢くあることを信条とするからか、それとも角の力を信じてか、リアラはそう言ってエヴァッカに説明を任せた。エヴァッカはこくりとうなずき、一度深呼吸してから口を開く。

「なんでも、盗賊のコリン=ジュプトルが……実は未来から星の停止を防ぐために来た者で、ドゥーンは逆に星の停止を防がれることを防ぎに来た……まぁ、要するに星の停止を起こすために来た存在なのだと。結論から言うとまずはそれ」
「それ……嘘じゃないのか? 全く逆に聞いているぜ?」
 ペドロがあっけにとられて背中の針を起たせつつ、エヴァッカに尋ねる。
「そう思うのも無理はないわ……でも、私のこの角に嘘をつくのは容易ではないと思うの……」
 胸の角を撫でながらエヴァッカは言う。
「サーナイトのねーちゃんが言うならそうなんだろう……なぁ」
 まだ納得しきっていない顔だが、このまま話が平行線をたどってもなんなのでと、ペドロは納得したことにして話を進めさせる。
 すると、チャームズ達はコリンから告白された事実を語る。それに加え、リアラ達も話に参加し、ドゥーンが勝ち誇り驕った上で話した未来世界の話も聞かせ、かまいたちに真実を話した。
「つーわけでよ。あのドゥーンとかいう糞野郎はとんだ食わせ物さ……民衆を味方に付けたら、もう自分には手出しできないと悟って勝ち誇ったように言ってきやがった。あんまりむかついたから財布の金盗んでやったよ。だが、それ以降はいいところなし……例のジュプトルを助けてくれと、フレイムに金貨を握らされて頼まれたはいいが……結局返り討ち、打撲傷その他もろもろで病院送りさ。アクアリングで超特急の治療をしてもらったが、まだちょっと痛む」
 リアラが吐き捨てるように舌打ちをする。
「金貨を握らせたやつっていうのはフレイム? お前ら、どんな関係だ」
「私とは何の関係もないよ。ドゥーンとジュプトルと時の歯車について調べる過程で、あいつらと利害が一致したから付き合っただけだ……というか、金貨握らされて泣いて頼まれたらね。ドゥーンへの恨みもあるし、仕事を受けないわけにはいかなかっただけだ……」
 マリオットの質問に、リアラはぶっきらぼうに答える。聞き覚えがあるのか、かまいたちの面々は納得して頷いた。
「どうやら、フレイムに所属するポニータがジュプトルと恋仲らしくってねー……そいつらは今、大鍾乳洞の腐れメタモンに説得という名の拷問を仕掛けている。情報を引き出すためだ……」
「ははぁ……情報」
 情報と言われてもピンとこないかまいたちは、オウム返しに気のない生返事を繰り返すのみ。
「……時の歯車を手に入れても、さっき言ったように時限の塔にそれをはめ込まなければ何の意味もないんだ。だが、例のジュプトル……って言い続けるのも飽きた。コリン=ジュプトル……コリンから聞いた話によれば、時限の塔とかいうものがある場所は幻の大地と呼ばれる場所らしい。
 そこに行くためには……そして、時限の塔に乗り込むには、時空のウネリ模様が刻まれた石の欠片が必要だとかなんだとかで……それについての資料をチャームズと私達MADで調べてみたんだが、文献を調べても、どこにも載ってなくってな……
 だから、湖の精霊達ならば何か知っているとも思ったのだが……まずは、顔見知りでなおかつ謎解きの方法もわかっているメタモンに頼みに来たわけだ……力ずくでな」
「私も同じことをしようと思ったのに先を越されていただなんて……行動が早いことね」
 セセリが皮肉って言ったが、リアラは首を振って否定する。

273:勧誘 


「早くもない。怪我をアクアリングとオレンの実でゆーっくり治してからこっちに来たんだ。それよりもお前は何していやがった? お前がいてくれればドゥーンを相手にしても負ける気がしなかったっつうのに……」
「そ、それは……資料集めに夢中になっている間に、コリンが捕まった情報を聞きのがしたのと、運悪く空の便が埋まっていたせいで……」
 リアラはよそよそしいセセリの回答に舌打ちする。
「は、そんな理由で天下のチャームズ様が遅刻とはな……情けないもんだ」
 そんなくだらない理由で遅れてみすみすコリンを逃がしたというのならば非常にやりきれず、ため息交じりにリアラは吐き捨てる。

「まぁ、やっちまったもんは仕方ない。ともかく、コリンがいない今、コリンの役割は私達がやるっきゃないから……今の民衆はドゥーンに目がくらんでいて私達の言葉に耳を貸さないものも多いし、協力はあまり望めないことだし。
 一応、ドゥーンが去った後に最も信用における二人……プクリンのギルドの探検隊、ソレイス=プクリンとサニー=キマワリをフレイム経由で密通して味方に引き入れておいたが、あのギルドには監視が入っている可能性もあるからな……下手には動けないかもしれない。だから、私達MADとフレイムだけで何とかしようと思っていたが……」
 そこまで言って、リアラは何かに気付いたようにかまいたちに目を向ける。
「そうか、今はチャームズだけじゃない。頼もしいかまいたちが一緒なんだっけね」
「え?」
 リアラの『頼もしい』発言に、マリオットは首を傾げるが、そこに有無を言わせないリアラの抱擁。
「お前達かまいたちが一緒だと心強いからな。なぁ、マリオット=ザングース私は。ね、逞しい男って好きだよ? ドゥーンの野郎は何だかいけすかなかったが……あんたならねぇ……ま、無理にとは言わないけれどさ」
「そうね。逞しい男性は好きよ」
 その姿勢を崩さないまま、リアラはマリオットの唇を指の腹で撫でる。セセリまで調子に乗ってペドロの首に自身の耳を捲きつけるものだから、されるがままのマリオットは目を白黒させていた。
「リーダー、ペドロ。一応言っておくが色仕掛けだぞ? 逞しいとかそう言うセリフはお世辞だからな」
 一歩離れた所からエヴァッカに抱きつかれつつ見守っていたエッジが冷静に突っ込みを入れると、リアラはあからさまな舌打ちをする。
「……おい、そこの蟲」
「あ、うむ……」
 エッジは呼びかけられて畏まる。
「したくも無い色仕掛けをしてやったのに、邪魔するな」
「ですよ、私達こういう時くらいは女を最大限利用しているのに、邪魔されたくなくってよ」
 リアラは凄味を効かせて睨みつけエッジを脅す。
「すまんな。だが、もしもリーダーが騙されたら可哀想だったものでね。進んで騙されに行くのなら構わんが」
「だ、騙されてねーよエッジ!!。だが、騙されていようといなかろうと、これを楽しむのは勝手だろ?」
 エッジの散々な言い草に、色仕掛けされていたマリオットは意気消沈して強がりを言うしかできなかった。

「しかし、なんだか変じゃねーかな?」
 メロメロボディを持っているはずのセセリに色仕掛けをされながらも、全く動じることなくペドロは言う。
「何が変なんだ?」
 リアラが尋ねる。
「いや、なんというかさ……なんというか、天下の盗賊MADやマスターランクの探検隊と名高いチャームズが間抜けな行動をとっているようにしか思えねーのよ。たとえば、プクリンのギルドのメンバーを味方に引き入れるなら、ドゥーンが未来に行ってしまう前にやっておくべきだし、チャームズもなんだか肝心なところで連携がとれていないというか……読書に夢中で航空便に乗り逃したとか、あまりにも間抜けすぎるんじゃね?」
「てめ……リアラ様を馬鹿にするのか!?」
 歯に衣着せないペドロの言葉にジャダが食って掛かろうとするが、リアラは彼の尻尾を掴んで制止する。
「やめろ……ムカつくが、全部言うとおりだ。あのサンドパン、事実を述べているだけで馬鹿にしているわけじゃないさ」
 と、リアラがため息をつくと、彼はしぶしぶながらに牙を収めた。
「大体、闇に心が囚われたやつに対して交渉は無理だとかなんだとか言っておきながら、最初から力ずくで対処しようとしないのはあまり頭のいいことじゃないし……? まるで、子供が作った物語のご都合主義に付き合わされる馬鹿な悪い魔女のようだぜ?」
「……否定できないね」
「確かに、私たちチャームズも間抜けだったわね」
 リアラとセセリは歯噛みする。特にセセリは、これが歴史の修正作用なのかとコリンの話を思い出してより一層悔しそうな顔をする。
「まぁ、コリンの奴が力ずくで何とかしようと考えなかったのは、『歯車の永久封印』という噂が立っていたから仕方のない面もあるのさ……味方を集めるにも時間がないっていう理由がね。
 でも、確かに間抜けだな……」
「歴史の修正作用ね、きっと」
 間抜けだと認めたリアラに同意してセセリは口にし、歴史の修正作用について説明する。そんなものがあるのかと、リアラを始めとするMADのメンバーやかまいたちのメンバーも興味深そうに聞いては、一応の納得をしたようだ。

「言い訳はしたくないけれど、私達の間抜けな行動がその修正作用のせいなのだとしたら……私たちはそれに抗って歴史を修正する必要がある。それはきっと難儀なものだけれど……」
 セセリはそこで勿体付けて言葉を切る。
「難儀なものだろうと、それを越えればいい。だろ? セセリ」
 勿体付けているうちにセリフを奪われリアラに言われてしまう。少しむっとしたが、それを態度に出すことなく『そうね』とセセリは笑う。
「ともかく、貴方達かまいたちが私達の話を信じてくれた以上、協力してもらうわよ。チャームズ、MAD、かまいたち、フレイム……共同戦線ね」
 セセリが両手を合わせて笑顔になる。わざとらしいまでの喜びようだ
「え、いつの間に俺達信じるって言ったっけ?」
「嬉しいな。かまいたちという強力な仲間が増えた」
 リアラも悪乗りというべきか、かまいたちの意見を無視して半ば強制的に話を進める。普段はいがみ合っているMADとチャームズだというのに、こういうときだけは息の良さが垣間見える。喧嘩するほど仲がいいというのはこういうことなのか。
「ともかく、あれだ……今は少しでも情報が欲しいし、歯車の番人達を敵のままにしておくのもバツが悪い。と、なればまずは湖の番人達を説得しなきゃならないわけだが……それには、まずは縛り付けてからの拷問で命の危機を感じさせなきゃならない。
 そうして、命の危険を最大限まで発揮させることで、相手はようやく歯車の事よりも自分の命の事を優先するようになるんだ……だから、水攻めでも首絞めでも何でもいいからとにかく苦痛を与えるんだ。よくすれば数分で従順ないい子ちゃんになって、こっちの話を聞いてくれるようになる。
 そうすればあとはこっちのもんさ、根気よく話を聞いてやって、奴らに燻る心の闇を振り払ってやるといい。今は刑務所でも最初は水攻めや石投げ……恐怖で会話する気になったら根気よく会話するのが一般的だからな……それを参考にやるっきゃない。お前ら、やるよな?」
「やるわよね?」
 またも、リアラとセセリが一緒にかまいたちを見つめる。この状況に呆れながらも、世界が危ないことになっているのなら……とやる気になっているエッジはため息を付き、色仕掛けはあまり関係なしにやってやろうかという気になっているマリオットは、何とも微妙な雰囲気にどう切り出せばいいかわからない。
 ペドロは、とりあえず協力してもいいが、こんな年増よりも若いフレイムのソーダあたりに色仕掛けをされたいなぁと、三者三様の反応で協力を決めるのであった。










次回へ


コメント 

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  • >2013-11-03 (日) 02:46:36
    大体はお察しの通りなのです。ダークライの件がなかったら、アグニを成長させるためにも消えたままにするのが神としての役割だったかと思います。
    シデンを復活させたのも、おそらくは苦渋の決断だったのでしょう。ソーダは……私ももうすこし救ってあげたい気持ちですw

    テオナナカトルは、その通りコリンたちの世界の未来ですね。すでにコリンたちの戦いは神話になっているようです
    ――リング 2013-11-22 (金) 00:37:02
  • ふむふむ、こうして読むともし原作のストーリーにダークライの話が無かったら、リングさんバージョンはシデンが復活しないまま終わってたのかなって思いますね。

    ソーダがちょっと可哀想でした。

    テオナナカトルって多分、コリンたちの世界の未来の話ですよね?
    ―― 2013-11-03 (日) 02:46:36
  • >狼さん
    どうも、お読みいただきありがとうございました。
    『共に歩む未来』のお話では、もう一つの結末というか、私としてはこちらのほうがよかったという結末を書いて見ました。
    ディアルガのセリフから察するに、本当の未来はシデンが生き返らない方であったという推測が自分の中でありましたので……。
    こんな長い話ですが、読んでいただきありがとうございました
    ――リング 2013-06-26 (水) 09:49:35
  • 時渡りの英雄読ませていただきました。私は探検隊(時)をプレイしたのでだいたいのことはわかるのですが時渡りの英雄ではゲームとは違ったおもしろさがありゲームではいまいちでていないところまで実際そんなストーリーがありそうな気がしたり(当たり前か)してとてもおもしろかったです。
    『ともに歩む未来』では[シデン]が蘇らないのかと思ったら[アグニ]の夢というおち、少しほっとしたり…。
    これからも頑張ってください。
    ―― ? 2013-06-17 (月) 21:31:32
  • 時渡りの英雄これから読んでいきたいと思っています。
    時渡りの英雄は10日ぐらいかかると思われます。
    読むのが楽しみです
    ―― ? 2013-05-25 (土) 02:02:01

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Last-modified: 2012-01-14 (土) 00:00:00
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