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時渡りの英雄第16話:五つ目の歯車・前編

/時渡りの英雄第16話:五つ目の歯車・前編

時渡りの英雄
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226:手掛かり 

「お尋ね者の捜査、ありがとうございます。アンナ=エムリットは応急処置も終了し……今はトレジャータウンに滞在中です。ご安心ください。
 ジュプトルは我々も全力を尽くして追跡して居ます……今後も、何かありましたらお知らせください。お互い協力して頑張りましょう……」
 グレイルとともに捜査に出かけていたジバコイルのガウス保安官は、最近捜査にかかりっきりであまり眠っていないのか、目の周りは変色していた。所々錆びていることから分かるように、水浴びの時間すらあまり取れていないのだろう。
 見た目が酷くなるという話をするならば、そもそも海辺の街に鋼タイプという事自体があまりお勧めできるものではないが、そこは御愛嬌といったところか。

「いやぁ……本当にもうびっくり。なんと、北の沙漠には地下に湖があって……そこに時の歯車があるなんてね。予想を立てたドゥーンさんもすごいが、2回もそこに行かされたディスカベラーのお二人さんも、本当に御苦労さまだね」
 ガウス保安官や親方も交えて色んなことを報告した後で、みな保安官の前で張っていた肩を下すと、さっそくもってチャットが口を開く。
「うん、でも……その時の歯車も盗まれちゃったわけだしね。結局ジュプトルも捕まえることができなかったわけだし……何もできなかったのと同じだよ」
 アグニはそう言って肩を落とす。意気消沈した彼は、若干表情に影が入っているようだ。
「そ、そんなことはないでゲスよ? 二人ともよく頑張ったでげゲスしねー」
「ヘイ! 確かにオイラもディスカベラーはよく頑張ったと思うぜ!! 次につながる手がかりがなかったのは残念だけれどよう……あいつの攻撃を一度でも見たんなら、対策も立てられるってもんだぜ、ヘイ!! それに、探検隊はまず何よりも生き残ることが大事ってもんだぜ、ヘイヘイ」
「ふむ、確かにハンスの言うとおり。ジュプトルが次にどこに現れるかもわからんわけだしなぁ……」
 必死でフォローするハンスやトラスティの空気を読まずに、トリニアはそんなことを言ってうぅんとうなる。
「尻尾を掴みかけたものの……また振り出しですわね」
 トリニアの言葉にサニーは肩を落とす。
「いや、そうでもないですよ?」
 と、サニーの言葉にドゥーンは反論する。
「まず、霧の湖ではテレス=ユクシーさんが時の歯車を守っておりました。そして大鍾乳洞も湖がありますし、キザキの森も湖畔に寄り添うように時の歯車があります。アンナ=エムリットもまた地底の湖にて歯車を守っておりましたし……」
「そ、そういえばエムリットが言っていた!! えーと……アンナだっけ? アンナは霧の湖で歯車が盗まれたことをテレスからのテレパシーで知ったんだって……」
「やはり……」
 アグニの言葉を聞いてドゥーンは頷く。
「これは、ある言い伝えにあったものなのですが……それによるとユクシーは知識の神、エムリットは感情の神と呼ばれ、三人で精神世界をつかさどっており、世界のバランスを保っているとされています」
「三人? ってことは……後、もう一人いるってこと? エンテイ、スイクン、ライコウみたいに……」
「ええ、アルセウス信仰の中でも聖書をそれなりに読み込まないと出てこない名前ですが……もう一人はアグノム。知識は過去、感情は現在、そして、意思の神アグノムは未来を象徴するポケモンとして……おそらくは、もう一つの歯車を守っていると思われます」
「そっか……それならアグノムがいる場所を探せばそこに時の歯車があるかもしれないし……そこにジュプトルが現れる可能性も高いというわけですね」
 ドゥーンの言葉を受けてレナは言う。
「そうです。ユクシー、アグノム、エムリットはそれぞれ湖に住むニンフと言われております。しかし、テレス=ユクシーの居た湖は高台の頂上に。アンナ=エムリットの居た場所は沙漠の地底深く、枯れ川の流域と……それぞれ普通ではなく、それでいて簡単には見つからず、なおかつ人の住まないような場所にありました。
 ですので、一口に湖と言いましても、果ての湖やこのトレジャータウンの南にある小世界の島のように簡単に見つかる場所にはないと思われます。つまり、常識を超えた場所にあり、人が近づかない場所……しかし、それでいて水がある場所でなければ湖はできません。
 つまり、それらの条件を満たす場所が……あればいいのですがね」
「そっかー……普通に湖を探してちゃダメってことかぁ……」
 ただの独り言だというのに、ラウドはドゥーンに負けない声量で声を出す。その声の大きさにはみんなが顔をしかめる始末だ。
「いやいやいやいやいやいや。グレイルさんはやっぱりすごいもんですな。そうやってすぐに考察できるあたり、本当に尊敬してしまいますよ……私なんて、情報の取捨選択をするときにかかってじまう時間が長すぎちゃってもう……」
「そんな、照れますよチャットさん」
 肩をすくめてドゥーンは照れ笑い。
「いやぁ、私達も尊敬しちゃってるぞ」
 と、トリニアは自分一人を指して『私達』と表現して続ける。ダグトリオの彼はやっぱり複数なのだろうかと、そんな暢気なことを考える余裕は皆なかったようだが。
「もともと、北の沙漠を調査してくれと言ったのもグレイルさんで実際に沙漠の地下に歯車があったわけだからな。グレイルさんの判断は間違っていなかったというわけだ」
「はっは、二回もそこに行かされたディスカベラーの二人には悪いことをしましたがね」
 すまない気持ちが少なからずあるのだろう、威勢の良いセリフの割にはディスカベラーのほうを気にしながら少し肩身を狭くしていた。
「でも、皆さん。それって逆に言えば……私たちが調べたトロの森や水晶の洞窟にも……まだ謎が残っている可能性は十分あるということですわね」
 と、サニーがドゥーンの言葉に意見する。
「そうだ!!」
 サニーの発言に何を思い立ったのか、ドゥーンは顔を上げた。
「トラスティさん」
「へ、アッシですか?」
「一つお願いがあります……以前、あなたが拾ってきた水晶なんですが……ちょっと貸してもらえないでしょうか?」
 グレイルの唐突な要求に、トラスティは意外そうな顔をして目を泳がせた。

227:時空の叫び 


「えぇ!? あの水晶でゲスか? イ、イヤでゲスよぉ……あれはアッシにはまだ手ごわいダンジョンで手に入れた大事な宝物でゲス……」
 トラスティは当然嫌がり、拒否をする。
「い、いや……別にとったり削ったり割ったりとか、そういうことはしないのでご安心ください。私はただ……ミツヤさん。あなたにその水晶を触ってほしいのです」
「触るって水晶を? ……なぜ?」
 脈絡のないドゥーンの提案にシデンは首をかしげる。
「もちろん、ミツヤさんに水晶を鑑定して貰うとか、そういうわけではありません。水晶の洞窟は、周りも水晶の砂に囲まれ、しかも雨期になるとどこかから水がわいて美しい湖がいくつも出現する不思議な場所……私が睨んだ中では最も怪しい場所なのです。ですから、もし水晶の洞窟にまだ謎が残されているとすれば……ミツヤさんが水晶に触れたときに時空の叫びが発動して何か見えるかもしれません」

「なるほど、そういうこと……でも、グレイルさん。勝手に自分の能力のことを話しちゃうのはよくないよ……あまり気分がよくないんだけれど」
「む、すみません」
 自分が元人間であったということや、時空の叫びの能力。皆に知ってもらえるのはある意味じゃ心強いが、あまり多くの人に触れ回るのも奇異な目で見られないかと考えるとあまり気持ちの良いものではない。それを咎めるとドゥーンは素直に平謝りするので、シデンは怒りを抑えてため息をつく。
「あー、いいか? 時空の叫びってなぁ、なんなんだ?」
「えっとね、ラウド……それは……」
 と、アグニが言いかけてシデンを見ると、やれやれといった風にシデンはアグニが説明することを了承する。
「時空の叫びっていうのは、ミツヤが持っている不思議な能力なの。……ミツヤはたまに、人や物に触れることで俺にかかわるものや場所の過去や未来を垣間見ることができて……いろんなことを予知できるの。実際に、オイラも何回か助けてもらったこともあるし」
 アグニが誇張しないように説明しても周囲は騒然とする。
「と、いうわけですので……トラスティさんから水晶をお借りしたいのです。大丈夫ですよ、時空の叫びが発動した時はその物体が消えるとか、そんな現象おこりませんので」
「うぅ……そういうことなら仕方がないでゲスね……どうぞでゲス」
 トラスティから水晶を手渡され、シデンはそれをじっと見つめる。

(この水晶からいったい何が見えるというのだろう? 意図的に時空の叫びなんて起こせるものなのだろうか? みんなが注目していていまいちやりづらいし……でも、とりあえず集中すれば何か見えるのだろうか?)
 不安な面持ちのままシデンは水晶を持って目を閉じる。すると、徐々に自分の四肢の感覚が希薄となり、めまいが始める。
 そこには、子供の声。ユクシーの時も、エムリットの声も見た目相応の子供らしい声であったことを考えれば、もしかしたらと考える間もなく、映像が頭に流れ込む。
 間違いなく、ユクシーの仲間だとわかるポケモンがそこにいた。ユクシーが山吹色、エムリットがピンク色なら、このポケモンは三角形の紺色の頭。四肢や尻尾は同じ形で、少年のように愛らしい顔は思い立ったらすぐ行動の、少年特有の危なっかしさがありそうだ。
 そして、もう一人。
「貰っていくぞ……時の歯車を」
 アグノムから目をそむけながらジュプトルは言っていた。なぜだろうか、こっちまで心が痛む。
「ダメだ……アレをとっては……絶対に……」
 アグノム、らしきポケモンはそう懇願するが、当然ジュプトルは聞き入れない。水晶でできた床の上をただ黙って歩いて時の歯車があると思しき方向へと向かっていた。

(今のは……コリンが時の歯車を盗もうとしていた……あともう一匹のポケモンがいたけれど、あれがアグノムなのかな? とにかく、この水晶からさっきの光景が見えたってことは……?)
「ミツヤ? 何か見ることは出来た?」
「ん……えーと……なんだっけ……そう、ジュプトルとアグノムっぽい紺色三角頭のポケモンがいて……歯車を盗まれていた。周りは……床も壁も天井も水晶に覆われていた美しい場所だったよ」
「なるほどってそれ……なんだってぇ!?」
 ラウドが遠慮なしに大声を張り上げる。
「すごいですわねー。そんなものが見えるだなんて、とっても役立ちますわー!! でも、喜んでいる場合じゃなさそうですわね……」
「ヘイ、ミツヤ!! そのアグノムっぽいポケモンってのは本当にアグノムだったのか?」
「えぇ、特徴に一致していますからたぶんそうですよ」
 つられて騒ぐサニーにを置いて、ハンスがまずは重要なことを訪ねる。それに答えたのはドゥーンで、ミツヤが見たポケモンは間違いなくアグノムなのだろうとみんなが認識したところで、ようやく『さてどうするか』という段階。
「あの、私もミツヤさんに質問なのですが……あなたが見た光景は過去のものだったのでしょうか? それとも未来のものだったのでしょうか?」
 短冊を不安げに揺らしながら、レナが尋ねる。

「正直なところ、それはわからない……見えたものから判断するしかないというのが本音で……そして、今の映像から判断できる材料はない。それに、今までのペースを考えればまだきっと歯車は盗まれていないだろうけれど、水晶の洞窟のあるヒートスノウタウンに自分たちがたどりつくころには過去の映像になっているかもしれないし。
 だから、言っていても仕方がないんだと思う。行動しなきゃね」
「そうですか……じゃあ、グレイルさん? 私たちはどうしましょうか?」
「ユクシーやエムリットは、テレパシーによって思いを伝え合っているといいます……彼らは拷問によって仲間の情報を漏らしてしまうことの無いように、互いが守っている時の歯車の防衛方法や詳しい場所は明かしておりませんが……しかし、ある程度の情報の共有は怠っておりません。
 ですので、もし盗まれたというのであれば……それなりの情報交換はあってしかるべきはず……ですので、盗まれたという情報がない今、この時においては……光也さんが見た映像が未来の出来事である事はおそらく疑いないことかと思われます。
 それに、ミツヤさんいわく、その洞窟は全体が水晶で出来ているのだと……ならば、そこが水晶の洞窟と繋がっている可能性は極めて高いですし、水晶に触れて『それと関係のある場所や物』の未来や過去が見える時空の叫びの性質を考えると、トラスティさんが持ってきた水晶のある場所を考えれば……」
「まぁ、水晶の洞窟に行ってみるしかないというわけですね」
 最後にあいまいに口ごもったドゥーンの言葉を継いで、チャットが結論を言う。
「その通りです……今は何をおいても、早いところ水晶の洞窟に向かうべきだと思うのですが……どうでしょうか?」
 ドゥーンが周りを見回す。反対の者はいなかったが、親方は空気を読まずに暢気に眠っていた。

228:ロア=ズガイドス 


五月十九日

 シエルタウンも、寒いとは言わないが泳ぐには少々水が冷たい季節。チャームズの協力を取り付けたコリンはシエルタウンに訪れ、砂漠の絵を町長の家に届けると、まずはロアのお店で世間話。
「よぉ、ヴァイス。また、時の歯車が盗まれたんだってな。このまま世界はどうなってしまうのかね……? なんだか、皆が不安そうにしているよ」
 ヴァイス。つまるところコリンの偽名が店の前に立つなり、ロアはぼやいた。
「……すまんな」
 重くなりすぎないように――しかし、詫びる気持ちは精一杯込める口調でコリンはうつむいた。
「……いや、感謝したいくらいだ。携行食……っていうか非常食が売れるんだ。時の歯車を取られ続けると世界が滅びるって言う噂が流れてさ。しかも、そんなときでも、保存の利くものを買っていけば長く食いつなげる……なんて、誰かが言ったんだ。
 まぁ、盗賊ジュプトルをうま~く利用して商売に走った奴が居るわけだ。そいつのお陰で俺まで大繁盛だ。見ろよ、店の品揃えが寂しいだろう? 商売が繁盛しているおかげだよ」
 ロアが言うのできちんと見つめてみれば、なるほど繁盛しているようである。

「他にも……宝石商の間でもダイヤモンドが売れているって言う噂だよ。ディアルガに肖れ(あやかれ)ば、救われるって言うことなのかね? ……世の中、うまく回るものだよなぁ。世界の危機の噂を流して、それすら売り物にしちゃってさ。本当に……逞しいものだ。
 世界が滅びるとしても……なんだかどっこい生きているって感じがしそうだな」
 コリンは答えに詰まった。未来のことを知っているだけに、それを口にするべきかどうか、悩ましい。
「……そうなら良いな。うん……逞しく生きるって良いことだよな……」
 ロアの全く悪気のない一言は、コリンの嫌な思い出。現在も心の奥底でむかむかと刺激し続けている、弱小コミュニティから受けた殺戮と略奪の日々が蘇った。
 恐ろしく醜い奪い合いと、利害のみのつながりで、用が済めば裏切りの横行。そうして人は疑心暗鬼になり、コリンは男嫌いの女性に毒殺されかけたりもしたし、幼児性愛者に強姦されそうになった事もある。
 コリン達はリベラル・ユニオンを見つけるまでは何度も裏切り裏切られながら生きてきたのだ。その過程で、シデンはあまりの不安にコリンを衝動的に犯してしまったことすらあり、コリンの筆おろしも随分と早くなってしまったものだ。

 勿論、未来世界にあってそれが悪いことだとは思わない。裏切らなければ、弱いものを犠牲にしなければ生きていけないような弱いコミュニティを何度も見てきた。
(だが、こちらは違う……美しい色彩を誇る世界に、多くの木々が実りたくさんのポケモンが手を取り合って生きている。だから、美しいのに……ロアの言うようにみんな、なんだかんだで生きているけれどもさ……)
「逞しいのと……見苦しいのは違うよ……」
 肥沃な大地は西側だけで、東の山を越えた先、アルセウス信仰の土地はやせた大地が広がっているが、それでもまだ未来の荒み具合に比べればマシとしか言いようがない。
(美しい木々は、時が止まると同時に成長を止め、まず食い尽くされていった。食い尽くされて葉っぱ一枚生えない禿げた木々が立ち並ぶ景色は、こちらの世界でなら子供の肝試しにもってこいな光景だ。そんな状態で逞しく生きたところで、何の意味があるのやら……ロアは軽く考えているようだけれど、そんな簡単なことじゃないんだ。セックスと食事しか楽しみのないあの時代で生きていくなんて苦痛でしかないんだよ……)
「醜く見苦しく、様悪しい(さもしい)よ、あっちは。ここのように活き活きとして逞しい、助け合える人がいるような今の状況と……逞しくなきゃ淘汰されるその世界は……違う」
 結果、ダンジョンに入って食料を探すしかなくなって……そう、この世界でのうのうと生きている、『護衛無しじゃダンジョンを越えられないような輩』は真っ先に死んでいった。
「……このまま、世界が滅びるなんて絶対に嫌だ。だって……さらに時間が立てばこの店の商品が全部略奪されて、強い者だけが食糧を独占しちゃうんだぞ? ……どっこい生きているなんて、そんなものじゃない……あれは、地獄なんだ。力のないものやコミュニティに恵まれなかった者には……」
 コリンは自分達の行動の根底にある思いを絞り出した。

「ヴァイス……お前さん、口をジュペッタかフワンテにしたほうがいいぞ。今は皆……ピリピリしているんだ。ジュプトルへの無差別暴力事件は、もう一回や二回じゃ聞かない……変な言動すると理不尽なリンチを喰らっちまうぞ?」
 いわれて、ようやくコリンは自分が危ないことを口走っていることに気が付いた。
「肝に銘じておくよ……本当に、気をつけなきゃな」
 頭の中が茹ったように浮ついた意識の中で、ぼんやりとコリンは答えた。
「今日も俺の家に泊っていくかい? 俺はきちんとこの街で顔が利くから……俺と一緒にいれば襲われやしないさ。ま、街の外から来たやつからの暴力は別……だがな」
「もう……お前に迷惑を掛けたくないから……いい」
 コリンは目を合わせることもできず、うつ向き気味に言った。
「迷惑をかけたくないのなら、尚更こいよ。このままお前を放っておくといつか消えちまいそうだ。心配で夜も眠れなくさせる気か?」
「だから、それではお前に迷惑がかかるって!」
 コリンは鞭を打つように、反論の声を上げる。
「気にするな」
 だが、それでもロアは力強い声でコリンを励ます。

229:また会おう 


「そんで、無理するな……お前は無理しすぎだよ、コリン。不安とか、恐怖とか……そう言うもので。誰か支えてくれる奴が必要なんじゃないのか? 俺じゃ力不足かもしれないけれど、気持ち程度は役立ててやれるかもしれないぞ」
「……どうあっても、迷惑は掛けたくない。でも、ロア……お前は迷惑が降りかからない自信があるんだな?」
「当然だよ。そこまで俺も鈍臭くは無いさ……むしろ、お前を放っておいたらそれこそ心配で胃に穴があいちまう」
 ロアは短い前足で胸を叩き、その自信をアピールした。
「……分かった。甘えさせてもらうよ」
 涙をこらえながら、コリンは笑顔を無理やり作る。
「よし来た!!」
 その日もまた、コリンはロアとともに色々話した。
 旅の話を聞いてもらうだけでも、コリンは心が温まり、癒される。きっとロアはそんなつもりでは無いと思われるが、聞き上手なロアの存在に、コリンの心はいつでも救われていた。
 その恩返しなんて、とても思いつくことが出来なかったコリンは不器用ながら、『絵を描きたい』と申し出る。
 何回かの会話を通じて、どれほど深くかは分からないが心の内面まで触れ合った。それで分かった彼の心の内面――ズガイドスにありがちな攻撃的な性格なんて事はなく、誰にでも笑顔を振りまく人懐っこい性格。
 それを深く、なるべく一目で伝わるように背景のタッチも笑顔への影の付け方も工夫した。人間味に溢れたロアの表情は未来世界において非常に珍しいもの。
 ましてや、ロアほど最初から人懐っこい奴は生き残れる素養に乏しすぎる。それだけに過去の世界に来たときはロアのような性格のものが存在できることに驚いたし、呆れもした。こんな弱そうな奴が生き残るなんてありえないと。
 だが、そんな奴でも存在できることが、この世界のいい事に他ならない。筆を進めることで、自分を苛む荒波のような恐怖が少し穏やかな恐怖へと和らいでいく。そう、ロアの他にだって、フレイムやチャームズといった味方が俺にはついているんだと、プラス思考にも血が通い始めた。

 そうして気分が明るくなるうちに、筆の乗りも向上していく。あぁ……俺はやっぱり絵を描くのが好きなんだなと、思わず笑みをこぼしながらコリンは無心に自分の思いや彼に対するイメージを刻んでいく。完成に近づくにつれ、コリンは不思議な気分だった。
 俺はこんな風にロアの事を見ていたのかなんて、自分が描いた絵が自分が普段思うよりも彼が強調されたものだった。少し、明るく柔らかく、誇張しすぎたかもしれないとコリンは苦笑する。
 そして、いつしか進み続けた筆は終着点へとたどり着き、最後の一塗りを終える。

「よし……出来た」
 手渡されたキャンバスを手に取ると、ロアは目を皿にする。
「……こりゃあすごい。お前さんは俺のことを褒めてばっかりいたが……なかなかどうして、お前の絵の才能は凄いんじゃないのか?」
 ロアからは掛け値なしの賞賛が送られ、コリンは照れる。そして、それを悟られないように強がった。
「そんなに上手いと思うなら、俺の絵はまだまだ沢山あるから……町長の家に見に行ってみるといい。飾ってもらっているんだ……町長にさ」
「へぇ、町長の家に飾られているとは……そいつは凄い。あの人、目が肥えているからなぁ……」

 ロアは驚いた態度を隠すことなく、ひゅうっと間の抜けた息を吐く。
「興味が湧いてくれたようでなによりだ。多分、このお店に来るのも次で最後になると思うから……だから、もし町長の家に飾った絵を見たときは、その時にでも感想を聞かせて欲しいかな」
「あ、あぁ……もう、故郷にでも帰ってしまうのかい?」
「そんな所。でも、俺の仕事は誰にも忘れられないくらいでっかいものだから期待していてくれよな」
「おぅ。信じているよ、ヴァイス」
 その日、食卓に出された食事は美味しく温かい。代謝の少ない種族だけに、これだけ食べれば三日は何も食べなくても済むような大量だったが、コリンはそれをすべて食べきった。
 翌朝の別れ。チャームズやフレイムにも正体を明かしたことだし、次来たときにはすべてをロアに教えて、それを受け入れて欲しいと思いながら、コリンは水晶の洞窟に向かうとロアに言い残して旅立った。

230:失礼な 


 フレイム一行は沙漠を下り、ユクシーが滞在しているというトレジャータウンへ。途中、チャームズのリーダー、セセリと出会い、コリンの身に不安を覚えつつも、フレイムはトレジャータウンに滞在している最中のユクシーを訪ねた。
だが、楽しく話をしているうちに眠ってしまったらしく、申し訳ありませんと謝ってから、フレイム達一行は、『次はどこへ行って商売しようか』などと、パッチールのカフェ『マイペース』にて楽しく話し合っていた。
 フレイムが冬を迎えたこれからの季節で売れそうな物の談義をしていると、ディスカベラー達遠征組が抜けたギルドの留守番の最中であるレナがカフェに上がり込む。
 夏は涼しげだったチリリンというベルの音は、冬を迎えるにつれて短冊や本体が分厚く、寒さに強くなるにしたがってハンドベルのような長く響く音に変化している。
 そんな周囲の目を引く音を引き連れたレナを、入り口近くの客が一斉に入口を見ると、レナはいかにも暖かそうで居心地のよさそうなフレイムを見つける。
「あら、フレイムの皆さん? テレスさんとの用事はもうお済みになられたのですか?」
 彼らと一緒に食事をするのがよさそうだと、彼女はフレイムに話しかけた
「えぇ、楽しくお話していたんですけれど……みんながみんな旅で疲れてしまっていたせいで、眠っちゃってて……お恥ずかしい」
 リーダーのシオネはそう言って頭を描いて照れ笑い。
「神様の前で眠ってしまうなんて、なんというか不謹慎ですが……神に起こされるなんて体験したのはもしかして私達だけなんじゃないかしらって思うと。幸運な気分よね」
 ソルトは何とも呑気なことを言って笑う。
「み、みなさん……物凄く豪気ですね……親方以上かも……」
「ですが、変なのですよね」
 呆れて苦笑しているレナを見ながらソーダは疑問を口にする。
「私達、人と話をしている最中に眠ってしまうような性質ではないですし……それに、申し訳ない気分で帰るならまだしも、なぜかわからないけれど楽しい気分しか覚えていないのです……」
「え、そりゃそうでしょうよ。ソーダさんの言うとおりですよ、フレイムさん……貴方達、大事な事を話に来たってすごい剣幕で訪れましたけれど……世間話をしていたのですか? そんな不作法をするような方たちじゃないですよね……フレイムの皆さんは?」
 全員がレナから眼を逸らした。全員の目が、死んでいる。

「考えたくもないのですが……」
 恐る恐るシオネが口にする。
「何を話に来たのか、忘れてしまったんです……メモも、紛失してしまって……」
「記憶を、消されたのですか?」
 ふと、ユクシーの能力を思い出してレナは尋ねる。
「そんな能力が……あるのですか? ユクシーには、記憶を消す能力なんて物が」
「あ、ありますよ……。まぁ、知らない人も多いでしょうから知らないのは仕方がないとは思いますが……」
 レナがその言葉を言うと、フレイム達が感じていた不安が恐怖に変わる。
「だとすると、その能力のせいとしか思えないのですが……でも、問い詰めようにも、私達テレスさんが怖くって……笑顔で、語りかけてくる顔が悪魔のように見えてしまって……」
 普段は明るく振る舞っているソルトが珍しく恐怖で目が死んでいる。
「どんな記憶を消されたのか、何故消されたのかも全く分からなくって……怖いんです、私達自分達が何をしたのかさえ分からないから……もう何もわからないんです」
 シオネは俯く。
「なんで……? フレイムさん達が悪い人じゃない事は、商人も探検隊も誰だって知っているはずなのに……そんな人の記憶を消すってどういうことなんでしょう? もしこの推測が事実なら……まずいことですし、許せませんよ。私、食事が終わったら問い詰めてきます」
「いえ、それはやめた方がいいです」
 レナは憤慨した態度を露わにするがそれはシオネが止める。ただ、思いつめたような表情で首を振るだけだが、恐れをなした表情でそれをされると、レナもしり込みせざるを得ない。
「きっと、問い詰めても無駄だと思います……私達が色んな旅の記録を纏めるメモも、探検隊の日誌も、全部紛失してしまったんです。こんなの、ありえない……ありえないことをしてしまうようなユクシーが相手なんですよ?
 失敗すればレナさんが危険です……多分、きっと、おそらく。だから、私達の事は気にしないでください……なんとか、思い出して見せますから……」
「……わかり、ました」
 レナは怖気づいたのか、納得したのか、シオネの言葉にしぶしぶながらに納得する。
「でも、思いだすって言ってもどうするんですか? 何かあてはあるのでしょうか?」
 シオネが目を逸らし、ソルトは押し黙る。
「あります……とある大切な人に会ってからの記憶がないので、記憶を消されたとして、きっとその時期だと思います」
 自信満々に言うのはソーダであった。彼女は黒曜石のような黒い瞳と鬣の炎を不安げに揺らして、そう断言する。
「記憶を消しても、きっと完全には消し切れていないんだと思います……私のこの直感が正しければ……きっと」
 ソーダはコリンの事ばかりを想っていた。だから、コリンに関わる記憶を消されたというのがおぼろげながらだが残り、そして――
「私の実家で待っていれば……コリンさんが来ると思いますから」
 いきなり『コリン』というわけのわからない固有名詞を聞かされてレナが首を傾げるのにも構わずに宣言する。記憶は消されていたが、妙に納得のいく自信満々さにつられて、フレイムの二人はソーダの言葉に同意した。

231:水晶沙漠 


「フレイムの皆さんはあぁ言っていたけれど……もしも、本当に記憶を消しているのだとしたらちゃんとテレスさんを問い詰めませんと……」
 昼食を終えて、レナは独り言を口にする。
(でも、私の記憶まで消されたら困るし……親方がいればいいんだけれど、仕事でいないし……そうだ、グレイルさんに相談しよう)
 そう思い立ち、レナはグレイル、つまるところドゥーン=ヨノワールに相談を持ちかける。

「テレスさんにとある探検隊の記憶が消されたかもしれない?」
「えぇ、コリンとかいう人と会った時の記憶を消されたとかどうとか……その探検隊、とっても気のいい人たちですから、記憶を消されるような発言なんて絶対にしないと思うのですが……」
 レナは一言失言した。そして、フレイムもさりげなくヴァイスの本名、『コリン』を口にしてしまったのは結構な失言であった。もしもこの二つの失言さえなければ、また違う運命もあったであろう。
 しかし、レナは中々聡いものだ。
(フレイムって探検隊の名前を出したら、フレイムに迷惑がかかるかもしれない……けれど、グレイルさんは『コリン』なんて名前もわからないだろうし……)
 そう思って、レナはフレイムの名前を出さずに『とある探検隊』とだけ告げた。
「その、とある探検隊というのは……?」
「彼ら自身、自分たちが記憶を消されたという事実をあまり知られたくないようなのです……『記憶を消されたってことは悪いことを考えていたから』と考える人も少なからずいるかも知れませんし……ですから、彼らに迷惑がかかってもなんですし、テレスさん本人の口から彼らへの謝罪が出るまで……チーム名は、その……」
 そして、ドゥーンに尋ねられてもチーム名は教えない。なかなか心得ているじゃないかと、ドゥーンは心の中で褒める。

 レナはその後、ドゥーンに頭を押さえつけられ、テレスの能力によって記憶を失わされてしまうのだが――
「グレイルさん? レナさんを押さえつけて……貴方はどういうつもりですか?」
「いえいえ、時の歯車の番人様が知ってはいけないという記憶ならば、消しておくべきでしょう……ですから私は、レナさんのように貴方達がどうして記憶を消そうとしたかは深く詮索しませんよ。ですから、ここはどうか私の記憶を消すことは勘弁してください」
 ドゥーン自身が自分の記憶を消されないように立ち回るには、テレスとアンナにはそう発言するしかなかった。ここで、記憶を消した探検隊のチーム名を聞いて、その探検隊を葬るという手もあったのだが、記憶を消した探検隊の名前を聞き出すことは、逆に歯車の番人たちに怪しまれてしまう可能性もある。
 その時、テレスによって記憶を探られてしまえば、最悪の場合を想定すれば『今回の星の停止は、過去に例を見ない速度で進行している』ということもばれてしまう。その時、困るのはドゥーンだ。
 だから、探検隊『フレイム』の名を聞き出すことは、グレイルことドゥーンには不可能であった。

 ドゥーン以外の誰も知ることがないが、レナがフレイムに迷惑をかけないように『フレイム』というチーム名をドゥーンに対して隠したことで、フレイムの命は知らず知らずのうちに救われていたのである。

 ◇

「ヒートスノウ沙漠は美しい場所だとは聞いたが……こんな美しい光景が広がっているなんて……」
 足元には、砂のように細かな水晶が広がっている。それがまるで雪国のように見えるが、砂は焼けつく熱さである。それゆえ、熱い雪の積もる街、ヒートスノウシティと呼ばれる。
 北の沙漠が及びもつかないほど美しくきらめく石英沙漠。見た目は塩類が集積した塩沙漠よりも白い。

 ここからジグザグマの足で一刻の時を数えるほどの距離の北にある河口まで、この石英沙漠のど真ん中を流れる川が運ぶ土や泥には石英が含まれる。
 この石英は河口に達した後には数万年の年月をかけて、海の沿岸流により海岸近くまで流される。その間に石英以外の混入物は砕け散り海水に混じるが、石英は砕かれずに残り、海岸に打ち上げられ、強風でここまで吹き飛ばされ、砂丘に積もる。
 これが長い間繰り返され、現在の姿になったといわれているのだ。
 ここに来る途中に立ち寄った村人が話してくれたその言い伝えはよく記憶に残っていた。誰に言われずとも分かるのは、これが悠久の時を経て形成されたものだという事。それをありありと感じさせられるので、体中の葉が興奮で逆立つ感覚を覚える。
(ソーダと一緒にここにきて、あいつを美人に描いてやりたかったな……もうそのチャンスもないかもしれんが……)

 足元を見ていると雪と見紛うばかりのその白は、足が凍えないのが不思議なほど。むしろ、赤道直下に近く赤道よりも暑い緯度にあるこの場所では足が熱すぎて困るくらいだ。
(あいつは炎タイプだし、貰い火だし、こんな熱さくらい涼しい顔で耐え抜きそうだ……夜になったら、あいつの炎に照らされた砂も綺麗だったろうに)
 なんとか足が耐えられるのは、雨季がまだ続いているので、ところどころに出現している湖達が気温や地温の上昇を緩和していることにあるのだろう。小さな湖達は淡水で、雨季ともなれば魚達が美しいエメラルドブルーの水の中を泳ぐ。乾季の間、何処で何をしているのかすらまだ研究が進んでおらず、探検隊の中にはこの水晶沙漠に住みつき研究のために居を構える者すらいる。
 葦で作られた原始的な家で、干し魚や干しカエルを振る舞われながら描きあげた絵は、美しいエメラルドブルーの湖と、雪景色のような白い光。太陽の光を反射して眩しすぎる風景を高台の砂丘から描いた景色だ。
 葦で出来た家と、そこに暮らす人々を赤裸々に描いた絵は、コリンも我ながら誇らしい出来だと思うほど。

「この世界の時をとめちゃいけない……この美しい光景が、見れなくなるなんて……あってはいけないんだ」
 絵と風景を見比べながら口にして、コリンはその思いを再確認する。
「さて、絵も描き終えたことだし、後は時の歯車を手に入れるための最後のダンジョンへ挑むだけか。番人との戦いもこれが……最後になってくれ……」
 呟いて、溜め息をついて、コリンは景色を見やる。美しい、ただ美しい風景であった。

232:水晶の洞窟 


 ヒートスノウシティに宿を取り、一晩休んでからコリンはダンジョンへと向かう。
 これで最後になってくれと祈りながらダンジョンに足を踏み入れると、ダンジョンの内部も予想通り美しい。水晶は縦横無尽に洞窟内の壁を走っており、地面から、壁から、天井から。真っ白な物も透明な物も半透明な物も、ところどころから突き出ては皮膚を傷つけてしまいそうな鋭さで待ち構えている。
 フラッシュを応用して白く輝き照り返す水晶の数々は、手のひらに載るほどの小さな物から身の丈ほどの大きさの物まで大小さまざまに、煌めいては訪問者を歓迎している。最初の方こそ、明かりなしではどうにもならなかったその洞窟も、いつの間にか空間が歪んだ地点にたどり着くと、ダンジョンの中は明るく照明も必要のない空間が広がっていた。
 そこで見たのは、花畑顔負けの色彩を誇る水晶の群れたち。一か所にこんな風に色々な発色をするなんてどういう原理なのか、色々な鉱石とまじりあって水晶は色を変えてそこらじゅうに転がっている。当然、その水晶を求めて個のダンジョンに潜り込む者も少なくはないのだがここのダンジョンに住むポケモンもなかなか強い。
 手練れた者でも無しにここに立ち入ることは難しく、コリンもここに挑もうとしたときはそれとなくヒートスノウシティの住民に止められたものである。

 注意に見合うくらい、それなりの苦労とそれなりの怪我をコリンも負ってしまったが、幻想的な美しさはその怪我の痛みなんてなかったかのように心を癒してくれる。今までの湖は目的地のみが美しいくらいにとどまっていたが、ここは道中も十分に煌びやかだ。
 そう思うと、コリンは目的地ので起こることを思い浮かべる際に、番人を倒さなければならないことで気が重くなると同時に、期待も膨らませてしまう。
(時の歯車が安置されている内部は……どれだけ美しいのだろうな?)
 ただ、コリンがどれだけ感傷に浸っていようとも、ダンジョンの闇で我を失ったポケモンたちは容赦なく襲い掛かってくる。鬱陶しく思いながらも、コリンはザクリザクリと敵を蹴散らし、洞窟に血の花を咲かせながら、コリンはダンジョンを抜ける。


「巨大な……水晶?」
 ダンジョンを抜けた先にあったのは、縦横無尽に水晶の柱が道を横切る場所。宮殿の柱のような巨大な水晶がまるで墓標のように、突き刺さる光景は良くも悪くもこの世のものとは到底思えない。美しく、神々しくもあるその光景は、うかつに歩けば皮膚を切ってしまいそうでその凶暴性が禍々しくすら感じてしまう。
 ダンジョンの中で負った傷はすぐに治るが、ここはダンジョンではないのだ。傷を負ってしまわぬように気を付けながら進むコリンの歩みは、必然的に慎重になって行った。

 そうして最深部にたどり着くと。これまで見て来た水晶とは比べ物にならない大きさを誇る、透き通る桃色の水晶の柱。水晶の向こうがはっきりと見えるほど透明度の高いものでこの大きさのものは、息をのむ美麗な結晶だ。それが三つ正三角形に並びながら、静かにたたずんでいた。
 グラードンの体格すら赤子に見えるその巨大さは、巨大なだけでなく気品すらも携えた一級品の芸術である。
「……さて、どうしたものやら」
 コリンは一つの柱に何の気なしに近寄り、そして触れる。水晶はコリンが手を触れた部分から瞬く間に色を変え、桃色から紺色に変わる」
「色が……変わるのか。どうせ、全ての色を合わせると道が現れるとかそういう類であろうが……桃、紺、白、灰、黄、桃、紺……五色あるのか、
 一応、全部の組み合わせで百二十五通り。例え予想が外れたところで根気よくやれば……」
 と、簡単に考えていたコリンだが。
「百二十五通り……全部だめとか、どうしろというんだ」
 結局何通り試していても正しい組み合わせは一つもなかった。

「百二十五通り……全部ダメ……か。待てよ? 感情の桃色……時間の紺色……空間の真珠色……表裏の灰色……知識の黄色。
 なるほど……意思の色が無いんじゃないか。知識・感情・意思と言う三つの心の内……最後の番人のアグノムは意思を司る神だ。
 意思とは何かを成し遂げようとする心……つまり石の色に俺の意思を映せれば……俺が、何を求めてこの地に赴いたか……それを心に念じればきっと……道は開くのか……?」
 コリンは、三人で確認しあった自分達の思いを脳裏に再生する。

【「……よし」
 長い沈黙ののち不意に、シデンが動く。無言で二人の手をとって、それぞれの手をつながせ、自分の手もそれに載せる。
 強引に引っ張られて、合わさった自分たちの手を見て。この中で唯一体温調節が可能なシデンの手を感じて。コリンの鱗のスベスベな肌触りを感じて。シャロットの手の温かみを感じて。
 三人は照れて目を伏せながらも微笑みあった。
「例え……自分たち消えようとも。過去を変えればその世界に生きる者たちの子が……きっと美しい世界を作り上げてくれる」
「それは……この世界では何も残せなくとも……過去の世界で俺達が生きた証となって……誇りに思いながら消えていける……」
「私たちは……今まで感じた幸せなんてポッポの涙のようなもの……でも、歴史を変え、新たな未来が歩み始めたその時その瞬間……私達は誇りと満足を胸に抱いて……最高の幸福を感じながら、笑って消えていきましょうね……」
 息もぴったりに、三人は自分たちの目的を確認し合い、強く強く――それこそ痛みを感じるくらいに手を握る。
「約束だ」
「約束だよ」
「約束ですね」】

(そうだ。あの時痛いくらいに握り合ったあの手が……俺達の意思。例え消えようとも……やり遂げると誓ったモノだ。それの思いを全て込めて、触れるんだ)

 コリンは水晶の柱を思い切り殴りつける。握った二本の指には血が滲みたらり流れ、と跡を残しながら雫が垂れ、程なくして固まるのだろう。
(意思とは、何かを成し遂げようとするゆるぎない澄んだ心……雑念も何も一切なしに、それを叩き込んだが……どうだ?)
 と、コリンが考えている間に水晶の色が透明に変わった。
「意思の神……これが、意思の神の住処か。良い仕掛けじゃないか……濁りの無い意思をぶつければ開くなんてな」
 コリンは残りの柱にもこれまでの思いをぶつけるようにして触れ、そして無色透明へと色を変える。
 全ての水晶の色を変えても、あたりは静寂のままだった。否、静か過ぎる。天井から滴り落ちる水滴の音さえも聞こえない。
 それは、分かり易過ぎるほどの前触れ。
 地面から、地響きを立ててせり上がる巨大な水晶は、『見上げる』などと言う言葉では足りないくらいに巨大で、『悠久の時』などと言う表現では安っぽいほど長い時を超えて形成されたのであろう巨大な水晶がコリンの前に立ちふさがった。
 不透明なところは残念であるが、純白に見えるその水晶はあまりに巨大すぎて言葉すら出ない。辛うじて絞り出した、『すげ……』という言葉も、水が滴る音に紛れて消えた。
「あぁ……俺の意思は、美味かったかい? 招かれざる客でも……受け入れてくれるほど」
 客人であるコリンは、『持て成すもの』への挨拶をして、自分の意思の強さを改めて想う。 意思の力を、味と同じように良し悪しで判断できるのか? そんな事は関係ない。
 彼は、何処か認められたようで嬉しく想う。自分の背中を後押しされているような気がした。それが、嬉しく思えた。
 本当はそうじゃないことを分かってはいるのだけれどな……シデンがいたら俺を褒めてくれたのだろうか?
 巨大な水晶には、ぽっかりと口を開いた入り口が有った。
「……足を踏み入れていいんだよな?」
 疑問を口にしながら、しかしその疑問は間違いでないことを疑うことも無く。コリンは一歩投げ出した。
 そこから先に待ちかまえていたダンジョンなど、自身の強靭な意思を再確認した彼には瑣末なものだった。所詮、鍛えることも無く、想うことも無く、ただ単に闇に捕らわれて襲ってくるだけの存在。
 『ヤセイ』のポケモンは倒しても心が痛まないから、爪を振るうことなんて楽な仕事である。









次回へ


コメント 

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  • >2013-11-03 (日) 02:46:36
    大体はお察しの通りなのです。ダークライの件がなかったら、アグニを成長させるためにも消えたままにするのが神としての役割だったかと思います。
    シデンを復活させたのも、おそらくは苦渋の決断だったのでしょう。ソーダは……私ももうすこし救ってあげたい気持ちですw

    テオナナカトルは、その通りコリンたちの世界の未来ですね。すでにコリンたちの戦いは神話になっているようです
    ――リング 2013-11-22 (金) 00:37:02
  • ふむふむ、こうして読むともし原作のストーリーにダークライの話が無かったら、リングさんバージョンはシデンが復活しないまま終わってたのかなって思いますね。

    ソーダがちょっと可哀想でした。

    テオナナカトルって多分、コリンたちの世界の未来の話ですよね?
    ―― 2013-11-03 (日) 02:46:36
  • >狼さん
    どうも、お読みいただきありがとうございました。
    『共に歩む未来』のお話では、もう一つの結末というか、私としてはこちらのほうがよかったという結末を書いて見ました。
    ディアルガのセリフから察するに、本当の未来はシデンが生き返らない方であったという推測が自分の中でありましたので……。
    こんな長い話ですが、読んでいただきありがとうございました
    ――リング 2013-06-26 (水) 09:49:35
  • 時渡りの英雄読ませていただきました。私は探検隊(時)をプレイしたのでだいたいのことはわかるのですが時渡りの英雄ではゲームとは違ったおもしろさがありゲームではいまいちでていないところまで実際そんなストーリーがありそうな気がしたり(当たり前か)してとてもおもしろかったです。
    『ともに歩む未来』では[シデン]が蘇らないのかと思ったら[アグニ]の夢というおち、少しほっとしたり…。
    これからも頑張ってください。
    ―― ? 2013-06-17 (月) 21:31:32
  • 時渡りの英雄これから読んでいきたいと思っています。
    時渡りの英雄は10日ぐらいかかると思われます。
    読むのが楽しみです
    ―― ? 2013-05-25 (土) 02:02:01

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Last-modified: 2011-12-04 (日) 00:00:00
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