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時渡りの英雄第15話:四つ目の歯車・前編

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時渡りの英雄
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200:犯人はジュプトル、各々の思惑 


三月十一日

 ソレイス親方とチャットとドゥーンの間で話し合いが始まった。とりあえず、夜までは各自いつでも旅に出られるよう、どこにでも行けるように準備をしておいてくれとのことで、アグニ達は再び街へと繰り出し、旅立つ準備を始める。
 サニーは絶対にジュプトルを捕まえてやろうと意気込みも高く、準備と聞いて街へ飛び出してしまう。他の者達も、自分の部屋で荷物を整理したり、ガルーラおばさんの貸倉庫へと向かう者もいたりとギルドは大忙しだ。

 ディスカベラーがペリッパーが慌ただしく動いている様子に心配している探検隊も少なくなく、ギルドの弟子ということで情報を期待して話しかけてくる者も少なくない。多くの探検隊が、『ジュプトルが犯人だ』と言えば例の強盗殺人犯と同一人物であるかどうかを訪ねるくらいだが、反応が大きく違う探検隊もいない事はない。
 例えば、ポチエナズのローレルなんかは『まさかあいつじゃないよな?』と、何か心当たりがある様子。そして、探検隊フレイムはというと――

「あの……例の時の歯車を盗み続けているポケモンが判明したと聞いたのですが……」
 ディスカベラーを見て、まずソーダ=ポニータが尋ねたのはそんなこと。ポニータの燃える鬣が、不安げに揺れており、彼女の目も同様の色をうつして不安げだ。シデンたちはそれを、時の歯車が盗まれることに対する不安だと解釈したが、もちろんソーダたちはヴァイス――という偽名を名乗ったコリンことを心配している。
 であった当初のコリンがした不自然な会話や、故郷だと言って見せてもらった絵画。それを思い起こすと、どうにも盗賊ジュプトルとヴァイスが同一人物にしか思えない。
「ジュプトルだって……聞きましたが」
 心配そうな面持ちでソルト=バクーダが尋ねる。
「うん、ジュプトルだよ……フレイムのみんなは何か知っているの? なんだか、ポチエナズにも心辺りがあるような人がいたんだけれど……」
 そう尋ねると、シオネ=マダツボミが少し考える。
「まぁ心当たりといっても、可能性が少しあるくらいなんですがね……」
「ふむ……可能性、ねぇ。何をどう見てそう思ったの?」
「雰囲気が、変というかなんというか……しかし、いい人だったので、そんな事はしていないと信じたいのですがね」
 ポツリと、シオネは口にする。マダツボミの顔が不安で歪む。
「とにかく、知り合いにジュプトルがいますので……その人の無実を証明したいですし……私達もなにか協力出来る事があれば頑張りたいと思っています」
 決意はまだ揺らいでいるのか、そう言ったソーダの顔には自信が感じられない。
「そ、そう……オイラ達も頑張るから、とにかくみんなでがんばろっか。今は一人でも味方がいてくれた方が人海戦術もできるしね」
「はい……お願いします」
 アグニの言葉には、シオネが反応して頭を下げた。
「ところで、フレイムの皆さんはこれからどっかに商売しに行くの? 大量に買い物をしている最中のようだけれど……」
「え、えぇ……一応、この街で購入した塩を内陸へとどけようかと……今の季節はもう秋……冬も近いですから、塩漬けの食べ物を多く作るためにも塩の需要は上がりますので」
「一度内陸で海の塩を売り終えたら、次は内陸で穀物を買い付けてですね……新しい近道のルートの確認をしながら沙漠にでも行って、食料の少ない地域に穀物を売ってこようかと。これが、良い特産物と交換できるんです。
 それが終わったら、また塩売りの街から塩を仕入れてこようかと思っているの。私も故郷に戻れるのは久しぶりだから楽しみだわ」
 シオネ、ソルトが今後の道筋について答えて微笑む。ジュプトルについての憂鬱な感情を誤魔化すような、薄っぺらな微笑みであった。
「……お互い、大変ですけれど頑張りましょうか」
 なぜだか元気のないフレイムを励ますようにシデンが笑顔を送る。えぇ、と力なく答えたフレイム達は、また商店街のどこかへと向かって行く。その姿を見送って、ディスカベラーの二人もまた買い物へと戻った。

201:砂漠へ 


 そして、夜。
「さて……みんな集まったようだな」
 チャットがコホンと咳払い。よく通るペラップの声でスピーチを始める。
「まず、これは当たり前のことなのだが、ジュプトルは時の歯車がある場所に訪れる。ただ、問題はその時の歯車が何処にあるのか、我々には見当もつかないということだ……
 しかし、時の歯車がある場所は、総じて時空が不安定な場所にあるのだと言う。むしろ、時空が不安定だからこそ時の歯車を置かねばならなかったとも言えるわけだが……ともかく、ドゥーンさんと協力して、そう言った面から時の歯車のありそうな場所に目星を付けてみたんだ。
 みんなは、各自グループを組んでその場所を調査してもらうことに決定した……まず、ラウド=ドゴームとハンス=ヘイガニ。お前ら東にあるトロの森を頼む。シエルタウンって街の近くにある大きな森だ。頼むぞ」
「おう!!」
「頑張らせてもらうぜ、ヘイヘイ!!」
 ラウドとヘイガニが力強く頷く。

「トラスティ=ビッパ サニー=キマワリ そして……今はいないが、トリニア=ダグトリオには、ヒートスノウタウンの近くにある水晶の洞窟をお願いしたい。トリニアが戻り次第よろしくな」
「はいでゲス!! サニーさんよろしくでゲス」
「えぇ、よろしくトラスティ。久しぶりに一緒のチームですが、頑張って探しましょう」
 初めて二人でチームを組んで以来、すっかり中の良い二人が仲良く声を掛け合った。
「そしてディスカベラーの二人には、北の沙漠をお願いしたい……詳しい場所は口では説明しづらいから、後で地図を持って私の元に来るんだよ」
「は、はい……わかりました」
「シデンに同じく……」
 シデンとアグニは頷いてチャットの指示を受け入れる。

「そして……レナ=チリーンとジェイク=ディグダ、そしてトーマ=グレッグルは留守番だな。見張り番まで居なくなるのは流石にまずいからな……二人が返ってくるまではサニー達と主に留守番をしていてくれ、頼んだよレナ」
「はい、かしこまりました。親方ともどもよろしくお願いします」
「親方……必要事項は伝え終わりました」
 そう言ってチャットは振り返る。頷いたソレイスは、桃色の体を少しばかり膨らまし、大きく見せて声高に叫ぶ。
「みんな。それぞれの仕事を勝手に決めたり、休みも返上して働かなければならない事に少なからず感じている不満はあると思う。その不満をジュプトルにぶつけようってわけじゃないけれど……みんな、時の歯車を探すよ!!
 例えジュプトルを見つけても、決して無理をしないようにね!!」
 そして、吸いこんだ息を一気に吐き出す。
「たあーーーーーーーーっ!!」
 そうして張り上げたソレイスの掛け声に、その場にいた全員が追従して腕を振り上げた。

 興奮も冷め止んだ所で、二人はチャットの元へ行く。
「さて、沙漠といっても広い場所だからね……ある程度は絞りを付けているわけなんだけれども……」
 チャットが前置きをした所で、ドゥーンが身を乗り出してディスカベラーの前に出る。
「私から説明します……まず、沙漠と一口にいっても、沙漠にはある程度の種類があり……転がっている物の大きさから、岩石沙漠、礫沙漠、砂沙漠……土沙漠というものもあります。そして目的地となる場所は砂沙漠……まぁ、結構珍しい砂漠の種類です。
 詳しい地図は正直な所私も入手できていないのですが、ここら辺の塩売りの街の東……塩売りの街から先も小さな村はありますので、そこら辺にたどり着いた後は現地の人に聞けば砂砂漠の場所も、そこら辺に存在するダンジョンの事も分かると思われます」
「分かりました……頑張ります」
 と、アグニは頷く。
「正直な所……地面タイプに弱い君達を砂漠に向かわせることに不安がないわけじゃないんだが……しかし、サニーには夜の寒さに耐えるのも苦労するだろうし、トリニアとジェイクじゃ戦力的に少し不安だ……だから、しっかり砂嵐から身を守る服を着て、気を付けて行くんだよ」
「あぁ、そうですね……でも……沙漠かぁ」
「あぁ……沙漠ったら……」
 二人はかまいたちのペドロや、昔砂漠にすんでいたというヴァッツの話を思い出す。砂嵐でダメージを受けるポケモンは、その肌を穢れとみなされ服を着ることを強要される。そして、服を着た物は身分が低く、店の人気商品は買うことができず、給料は安いのに物の値段は高く売りつけられる。
「まぁ悪いうわさの多い所ですよね。しかし、現にそこを旅して帰ってくる者がいる以上は、貴方達程の探検隊ならば……」
「そう、だね……オイラ達も心配症過ぎるかも」
 ドゥーンの言葉にアグニが納得して、ドゥーンが続ける。
「水を大量に用意するのは当然として、アグニさんは特にあまり汗を書かないとは思いますが塩を忘れずに。他にも諸注意は色々ありますが……まぁその辺は先輩などに聞いて貰えばもっと詳しく教えて貰えるでしょう。
 私達はもう少し話しあいをしておりますので……」
「分かりました、グレイルさん。ありがとうございます。アグニ、行こう」
「うん……沙漠だったら、流石に今までのように行かないし……」
 二人はグレイルに挨拶をしてその場を後にする。まだ纏める話も多くなりそうな親方たちは、二人を見送って会議を続行した。

202:砂嵐の最中に 


「熱い……」
「やっぱり、炎タイプ以外は大変そうだね……大丈夫」
「ダメっぽい……」
 ふぅっと溜め息をついてシデンは項垂れている。舌を出して熱を発散している彼女は、前方で揺らめく景色のように目をゆらゆらとさせて熱さに耐えかねている。
 凍えるほど寒い早朝から、アグニに寄り添うようにして、防寒のために纏う布を厚めにして歩いているのだが、日が昇って数時間もすれば寒さはどこへ行ってしまったのやら。
 じりじりと照りつける太陽は、シデンの体力を容赦なく削る。アグニはというと、今は砂嵐も無く穏やかな状態なので服を脱いで涼しそうな顔でシデンを先導している。間欠泉が湧きいづる霧の湖へと続く洞窟の時と同じように、アグニの熱さに対する耐性は炎タイプ故か高い。
 暑いを通り越して熱いとなった今も、彼は全く暑さを苦にしていない。

 しかしながら、そのまま歩き続けているうちに、南にある砂沙漠から運ばれてきた砂嵐が押し寄せた時はアグニもどうにもならないようで。迫りくる砂の壁を前にして、慌てた二人は即席で穴を掘っては、入口に布を敷いてそこに避難するという事をしている。砂沙漠だとそれでは埋まってしまう場合もあるのだが、ここは岩石沙漠。埋まってしまうような場所は滅多にないので、岩石沙漠のここはシェルターを作るのもそれほど苦にはならない。
 しかし、地平線の先から壁が迫ってくると見まがうばかりの砂嵐には驚いたものだ。砂嵐で閉ざされた視界が真っ赤に染まった時は、この世の終わりかと思うくらいに恐ろしい太陽であった。血と見まがうばかりの赤い太陽は一目見れば感動するとヴァッツノージに言われた覚えがあるが、感動よりも怖かった。
 あの赤い太陽を見る事は不吉の象徴であるらしく、昔より沙漠を統べてきたバンギラスとカバルドンの身分の高さは、太陽を見てはいけない――つまるところ、二つの種族の前では顔を上げることすら許されないこともその言い伝えが起因するのである。
 王の顔を見てはいけない……王の顔を見ようとする不遜なる者は、赤い太陽に裁かれる――と。今でもその風習は変わっておらず、ヴァッツやペドロがそれを嫌がってホウオウ信仰の方に靡いてしまったのだということもなんとなく納得できる話であった。
 チャットやサニーの話によれば、MADのスコール=ドラピオンとジャダ=アーボックもまたグラードン信仰だったらしい。あの国では砂嵐でダメージを受ける者は自分の能力を生かせないことも多いのか、優秀な探検隊候補はみんなホウオウ信仰を目指すのだろうかとか、そんなとりとめのないグラードン信仰に関する話題は尽きなかった。

「影にいれば少しは涼しいけれど……やっぱりきついね」
「今日はもう暑くなってきたし、夜まで休むのにはちょうどいいかもね……」
「うん……夜はアグニ……温めてね」
「え……またあれをやるの?」
「良いじゃん」
「そーは言われても、荷物を多く持っているから寄り添われるのは辛いんだけれどなぁ……」
「大丈夫、夜なら押し倒しても押し倒される事になっても問題ないから。澄んだ空気と、満天の星空の下……冷たい空気もなんのそのって感じで、絡み合えるじゃん?」
「大問題だから、それ……それに、グラードン信仰の元では、結婚していない男女のそう言うのはご法度だよ」
 ふぅ、とアグニは溜め息をついて、未だ砂嵐の足音が止まない地上を思う。
「狭い場所だから、私に襲われないか心配?」
「シデンってば……よくわかっているじゃない」
 アグニが苦笑すると、シデンはアグニに肩を寄せる。
「馬鹿、アグニが本気で嫌がりそうな事は、自分だってしたくないもん……アグニは、本心ではそりゃ自分を好き勝手犯したいって思っているんだろうけれどさ」
「まぁ、やりたいのは否定できないね……一応男の子だから。でも襲うのは勘弁ね」
「わかってる。アグニは私の事を大事にしてくれるから……私を、無計画にどうこうしようと思わないでくれるもんね。そんなアグニが、欲望と理性の間で君は揺れる……揺れて、それを眺めてにやにやするのも面白いけれどさ」
 くすりと笑って、シデンはアグニの腕を抱く。
「君の板挟みは見てて辛い物もあるからね……この空が晴れるのを待つように……いつか、君の不安も晴れて行くといいな……アグニ」
 そのままシデンはアグニの腕に頬ずりをする。小さな穴倉だから逃げ場もないと、やりたい放題いじられアグニは悶々とする。

「ミツヤ……思ったんだけれどさ、同じ穴に入って辛くないの? 夜ならこれでも良いんだけれど……おいら、炎タイプだよ? ミツヤが暑かったら、オイラもう一つ穴を掘ったって一向に構わないんだよ?」
 アグニがそう言って、やんわりとすり寄らないでくれと意思表示をするのだが、積極的な状態のシデンには何を言っても無駄である。
「一緒にいたいから」
 そう言って、シデンはアグニの頬へと口付けする。
「でもそうだね、アグニの言うとおり暑いね……今は水があるから良いけれど、水が無くなってきたらアグニと別の場所に避難することも真面目に考えないとね……」
 頬を気にしているアグニを横目に、シデンはそう言って笑う。この行動でアグニも、もうはぐらかすのは馬鹿馬鹿しいと吹っ切れる。
「そりゃオイラも一緒にいたいさ……ミツヤが好きだからさ」
 アグニがシデンの手を繋ぐ。ぎゅっと握りしめたその手からは温もりだけが強く強く伝わってくる。
「アグニが私を好きなことはもう十分わかっているけれどね……でもアグニはさ。自分が本当に好きで好きでたまらないから……だから、自分の幸せをないがしろにしちゃっているんだ。そんなことしなくたっていいし……自分だって、自信をないがしろにしてでもアグニを幸せにしたいのに」
 シデンは静かに呼吸して一瞬黙る。
「結局、すれ違いなんだと思う。こんなに近くにいるのに、こんなによく話す二人なのに……アグニが積極的にできないのはさ」
 シデンはアグニに潤んだ瞳を向けた。
「自分は、アグニじゃない誰かを愛し、好きになってもいいっていうの? アグニがそんなに奥手なのはアグニを愛する事だけは許しちゃいけないってこと? それとも、私が他の優男に靡いたふりを見せれば、アグニ……君は自分を追ってきてくれる?」
「それは……」
 アグニは目を逸らす。
「時の歯車の一件が終わったら……オイラ達、何の憂いも無く暮らせるかな? そしたら、その時……シデンを迎えるかな」
「そう……」
 シデンは残念そうに、目を背けているアグニを見つめる。
「ならジュプトルを捕まえなきゃね……アグニ」
「あーもう、やる気出てきた……頑張る。オイラ頑張るよ」
 もうやけくそになってアグニは言って、ひたすら自嘲気味の苦笑を浮かべていた。
「よし、その意気だ!! ご褒美あげちゃおっかな」
 シデンは頬をアグニの方にくっつけて、微弱な電流を流してピリピリとした痛みの伴う頬擦りをする。
「この状態で、どんなご褒美を?」
「遠征のときにも、テントの中でしたじゃない……アグニはこれなら妊娠の心配が無いからって、受け入れてくれるもんね」
「そう言われると反論できないんだけれどさ……ミツヤはもうちょっと自重って言葉を知った方が……」
「そんなの知らないよ。このいやしんぼめ」
 シデンの言葉でアグニはすでに色んな事を意識しているのか、股間にあるものは目だって大きくなるような事はしないが、いつもと違ってピクピクと様子を伺っている。
 その様子を穴が開きそうなほど見つめるシデンの視線。そして、シデンは視点をアグニの顔へと移す。流れるように股間から腹、胸、眼。そして、眼を見つめながら彼女はアグニの口に唇を重ね合わせた。

「アグニもこれなら受け入れてくれるよね? 別に子供が出来る心配も無いし」
 押し倒してしまいたかったが、狭い穴倉でそんな事は出来ない。
「窒息するくらい激しくやりたいけれど、仕方がないよね。砂を防ぐ布が分厚くって少し息苦しいから……アグニはじっとしていて」
「ちょ、オイラに拒否権なし?」
「暴れて、生きた空気*1を消費したい? 自分、アグニとこんなに狭い穴倉にいて興奮して収まりつかないから、ここはアグニに興奮をお様て欲しいところなんだよなぁ」
「……わかったよ。むちゃくちゃな理論だよ全く」
 そりゃ、シデンにこうしてもらう事は非常に気持ちがいい事はこの前のことで実感済みである。それでも、恥ずかしいし、背徳的な行動であることには変わりがない。
 でも、シデンが嬉々としてやっているのならばそれでいい気がした。どうせ、誰にも見られていないわけだし気楽に快感に身を委ねてしまえばいいと。
 しかし、シデンは暑くないのだろうかと、それだけを心配事にして、アグニはシデンの行動を見守り、その舌技に果てるのであった。

203:収穫は? 


 案の定というべきか、シデンは熱さと道中で補充した水に腹をやられて体調を崩した。吐き気と下痢という、環境の変化に耐えられなかったが故に体力が低下したところで、熱病にかかってしまったと言うところか。幸いにもその病も酷いものではなく、ただ熱が出て数日間熱にうなされたくらいである。
 沙漠を南北に分かつ巨大なエジル川の川べりにある塩売りの街が近くに見えたおかげで、なんとかシデンはそこまで歩いて、倒れ込むように医者へ駆け込み生き延びる事が出来た。その間、アグニは付かず離れずという言葉の良く似合う生活を送っていた。
 医者から薬を貰った後は、シデンは街で宿をとって部屋に閉じこもる。割高な宿をとったおかげか、寝具は床の硬さをあまり感じずに済む、分厚い布団の上で蚊帳に包まれて眠る事が出来る。
 グラードンのヒトガタが向く方向に足を向けないよう、ベッドの向きはきちんと調整されている。

 アグニはその宿でシデンとは別の部屋を取り、シデンが起きている時は一緒に居てあげて、眠っている時は現地の人と話をする。初めてここを訪れた旅人がとりやすい間違った行動や、取りやすい病気の事を聞いて回る。どこから持って来たのか、熱病に効く薬なんかも貰ってきて、しかしシデンがアグニへの伝染を恐れると、アグニは笑って部屋を出る。
 呼べば誰かが来てくれるし、出かけていない時はアグニもドア越しにそばにいる。退屈なのか腕立て伏せやスクワットなどを行いながらだが、話しかければきちんと反応するし、寂しい時は顔を見せてくれる。
「アグニは……こういう時は自分と一緒にいたがると思ってたんだけれどな」
「……同じ立場なら、オイラも『病気がうつるから』って、シデンを出したがったと思うから」
 思わぬ足止めを喰らって、取り留めのないことを話している時間。薬と時間の経過で症状も少しは収まったシデンの質問に、アグニは当たり障り無く応える。
「それでも、『自分はアグニと一緒にいたい』って言ってくれれば……そりゃ、嬉しいけれどさ……でも、お互いあの穴倉で同じ事を言ったのを思い出したんだ。
 オイラは、自分をないがしろにしてでもミツヤを幸せにしたいし、ミツヤはその逆……」
「自分をないがしろにしてでも、アグニを幸せにしたい……か」
「うん……近くにいるって言うのは、声だけじゃ無く肌の触れ合いで感じたいところだけれど……病気で、辛い目に会うのは、うつす方もうつされた方もいい気分じゃないから。
 恋愛の方については、すれ違いもいい所って感じだけれどさ……オイラは気を使いすぎ、ミツヤはがっ突き過ぎ。そりゃ、すれ違うよね……でもさ、なんだか今の距離感っていい感じがするんだ。
 お互いがさ……譲歩し合えるラインで、ちょっとさびしい気もするけれど、お互い不快にはならないし……あぁ、もちろんドア越しに離すのがいいってわけじゃないんだよ? でも、オイラはミツヤの世話を焼きたい。
 そして、ミツヤはオイラに病気をうつしたくない……このバランスがよく取れているなぁって気がしてさ」
「かもね。ただ、うつっていないかどうかは、数日経たないとわからないわけだけれど……」
「ふふ、違い無いね」
 アグニは扉越しでも微笑んでいると分かるように声を弾ませる。ミツヤ……病気が治ったらさ、とりあえず、体力の低下には気を付けて、これからの道を歩こう。
「大丈夫。あのネバネバした野菜って、全部精がつくんだって宿屋のおじさんが言っていたし……沙漠の植物はあのねばねばがあるから喉が渇いても耐えられるんだってさ」
「ミツヤ、お金があるからって滅茶苦茶食べているもんね……太るよ」
「南へ行けばこれから寒くなるもん」
「そうだね。スタミナをつけるためにも食べないとね。それにシデンは太ってもルックスに問題ないし……むしろふとって可愛くなったかも」
「うーん……まぁ、冬は冬なりの太さってものがあるから、標準体型って意味の褒め言葉だと思って受け取っておく」
 クスクスと、シデンは小さく笑う。
「……それにしてもさ」
「うん?」
「ここに来てから、毎日香辛料の利いたマメと野菜と薄いパンばっかり食べているけれど……たまには違うものを食べたいとか、そう言うのはない? シデン」
「うぅん……大丈夫。あれくらいスパイシーな方が、体が熱くなってちょうどいいくらいだよ。それに、アグニは魚だって持って来てくれるから」
「昼間はそれで十分熱いでしょ。でも、刺激的なこの味は美味しいよねー……まぁでも、トレジャータウンの料理が恋しくなってくるけれど」
「……食事の事も、看病の事も気にしないで。自分はもう大丈夫だしアグニが思うほどやわじゃないから。だから、もう来ないでとは言わないけれど、不安だとかそんな心配はしないでね」
「元からあんまり心配して居ないよ。声が元気だし……」
「ありがと」
「いえいえ……」
 ドア越しに二人は話しあって、そして取りとめも無く時間を消費する。シデンが全快するまでの間、アグニはシデンの病気がうつらない程度に、同じように話す。
 少しばかり寂しげな距離感が、全快して触れ合えるようになると一変。シデンはアグニの手を握ったままなかなか離さなかった。今までアグニのそばにいられないのを我慢していたシデンの、病み上がりから目立った積極的な仕草に、アグニは心を妖しく踊らされる。気分を良くしたアグニは、退院祝いにと川の周りのジャングルで取れた『ヤセイ』のバルジーナの肉を果実と一緒に地面に埋めて焼き、久しぶりの肉料理を堪能する。

 ここから先、川は地下へと姿を消して、地上は不毛な大地が続くばかり。地中に姿を消した川のありかを教えてくれるのは転々と続く、サボテンをはじめとした乾燥に強い植物たちの道しるべのみ。
 それを目印に、枯れた川の南――実際には地下水が流れている砂沙漠地帯にアグニ達は踏み入れる。ここから先は、いかなる砂嵐が襲ってきても、穴を掘って休んでしまえばそこに生き埋めになるのがオチである。
 僅かに点在するオアシスを目指して、二人は砂丘の無い場所を順繰りに巡り、逞しく根付いた大木に身を寄せ砂をしのげるそこで穴を掘って、涼しい地下で昼を越し、夜に又歩き出す。
 ドゥーンが怪しいと踏んだダンジョンに突入すると、いよいよその場は砂嵐が起きても隠れることすら困難な場面ばかりだ。
 ビブラーバのレンズを加工して作った、砂嵐に耐性の無いポケモン用のゴーグルをかぶり、口には分厚いマスクをしなければ戦闘どころか目を開けることすら、息をすることすらままならない。
 ガラスのレンズで作ったゴーグルは砂で傷ついてすぐに真っ白になってしまうからと購入を勧められ、元の値段の四分の一まで値切ったゴーグルは非常に性能が良い。
 目の前の色が赤や青に変わったり、景色が歪んで見えるせいで少々付け心地は悪い物の、眼を開けていられる事がこんなにもありがたいと思えるアイテムとして、塩売りの街でガラスのゴーグルから取り換えて以降はある程度快適となった。

 そして、たどり着いた流砂のある場所。

「ここが、ドゥーンさんの言っていた場所かな……」
 真黒い装束の中からアグニが声を出す。くぐもった声からは達成感と、疲労が伝わってくる。
「辺りを見回しても、ここには時の歯車らしい物はないし……はずれかな?」
 返答を待ちながらシデンを見る。しかし、シデンは凍りついたような表情をして、応えない。
「自分は……この場所を知っているような……」
「いま、なんて言った?」
 アグニがシデンの聞き捨てならない言葉を聞き返す。
「いや、なにも思いだせない。ごめんね、アグニ」
「そう。時間が狂っているって言うのはよくわからないけれど……ここら辺の流砂地帯が怪しいったって……何も無いよね」
 アグニは辺りを見回してそう言った。周囲は、蟻地獄の様な円錐状のくぼみが無数にあるだけで、草一本生えていない。
 こんな場所で怪しい者を差がガセというのも無理な話である。
「そうだね……なんだか、気分も悪いし、ここら辺はぱっと見るだけで終わりにしよう」
 シデンは誤魔化すように胃袋で作られた水筒を取り出して水を飲む。
「残念だねぇ、こんな遠くまでやって来たのに、なにも発見できないなんて歯がゆいなぁ」
「仕方がないから……美味しいものをいっぱい食べてから帰ろうよ。ジャングルの虫料理も悪くなかったしさ」
 そう言って、シデンとアグニは沙漠を去る。胸に湧きおこるシデンのざわめきは結局消えないまま、彼女は眠れない昼を繰り返しながらの帰路であった。

204:帰還報告 


「えぇ!? じゃあ、他のみんなも調査してみたはいい物の……全員収穫なしってこと?」
「残念ながら……水晶の洞窟には何も見つからなかった」
 トリニアが三つの口すべてから同時に残念そうに声を出す。
「そう言う事になりますわ」
 
「ヘイ!! 俺達もトロの森に行ってみたは良いんだが……本当にただの森ばっかりだな。フッカツノキ所々で群生して生えているくらいで……何も無かったぜ。木の実は美味かったがよ」
 ハンスはハサミを広げてお手上げポーズ。

「水晶の洞窟にも、その名の通り水晶がいっぱいあって……それはそれは綺麗な洞窟だったでゲスよー」
「そう……オイラも見たかったなぁ」
 歯車とは関係のない感想を漏らすトラスティに苦笑しながら、アグニはその光景を思い浮かべる。
「あぁ、それなら……あまりにもきれいだったんで、思わず水晶を一つ持って来たでゲスから……見てくれでゲスよ」
「まぁ、いつの間に……抜け目が無いですわ」
 困ったように肩をすくめて、サニーは溜め息をつく。
「おい、トラスティ……我々の目的は時の歯車の探索だったはずだ。それなのに、目的を達成するどころか全く関係のないお土産まで拾ってきて……お前は一体何なんだ?」
 トラスティと共に水晶の洞窟へと赴いていたトリニアは、三つの顔でトラスティを威圧するが――
「お前が言うなよぉ」
「貴方が言えるセリフではないですわ……」
「ヘイヘーイ……」
「トリニアさんのセリフでは……」
「よかった、自分の聞き間違いかと思ったけれど、耳は正常で口が正常じゃなかったのか」
 サボリ癖の酷いトリニアは、順番にラウド、サニー、ハンス、アグニ、シデンから袋だたきを受けて、彼は小さくなってしまった。
「うぅ……でも、確かにトリニアさんには言われたくないでゲスが、言う通りでゲスね……スマンでゲス」
 さりげなくトリニアに対して悪態を突きながらトラスティは続ける。
「アッシの宝物にしたくって……つい」
「まぁまぁ、オイラ達だってなんだかんだで沙漠の料理やらもてなしやらを満喫してきたわけだし……まぁ、仕事ばっかりだと息もつまっちゃうしさ」
 そうやって、実の無い話をして弟子たちは談笑している。その横で、重役たちは唸るように首をひねっていた。

「グレイルさん……残念ながら、どうやら探索は皆空振りに終わったようですね」
「ふむ……困りましたね」
 二人は共に溜め息をついた。
「調べる場所としては、良い線を言っていると思ったのですが……私の知識不足ですね、申し訳ないです」
「いえいえ、とんでもない。そんなこと無いですよ、グレイルさん。貴方の知識があったからこそ、今回の作戦を立てられたわけですし……」
 チャットは謝罪するドゥーンを立てるように世辞を送り、愛想笑いをする。
「でも、失敗だったのは事実です。ただ、まぁ……ここでがっかりしても仕方のない事ですし、明日からまた違う作戦を考え直してみましょう」
「ふむ……」
 と、チャットは時計を見る。ディスカベラーが帰ってきた時間がもうみんな眠る直前だったため、今からでは上手く頭が働きそうにない。親方も眠っていることだし、今日はお開きにした方がよさそうだ。
「おい、もう報告会も済んだだろう? 明日もあるんだから、そろそろお前ら寝てしまえ」
 チャットが咳払いをして皆を静まらせてから、滑舌の良い声で皆に呼び掛ける。しんとなったその場は、皆時計を見て遅い時刻であることを自覚すると、仕方ないなと納得して皆は引き下がる。
 シデン達の帰還に湧いたギルドも後は静かなもので、疲れていたメンバーはドゥーンも含めて全員がすぐに眠りについた。

205:治療を終えて 


(舌の痛みもようやく引いたか……傷も、指で触れてみる限りでは……無いかな? 鏡がないのが惜しいな……)
 ユクシーの欠伸攻撃よって失いかけた意識を強引に戻すために舌を思い切り噛んだのが祟って、その傷と痛みは長く残った。
 また、それによって人前に出ることでその特徴を指摘されたらたまったものではないと、ロアの元にすら行くことが出来ずにいた。
 その間、大鍾乳洞や霧の湖。その他旅の途中に見た美しい光景を思い出しながら、一人で記憶を頼りに絵を描き続けることで数週間の時が過ぎる。
 いくつもの絵を描き上げるうちにコリンの舌の怪我が完治したことで、ようやく大きな街へと繰り出すことが出来るようになり、グリーンレイクシティへと通じる山越えルートを越えた時には、どうやらこんな非常時だと言うのに(非常時だからこそかもしれないが)アルセウス信仰とホウオウ信仰との間で小競り合いがあったらしく――アルセウス信仰側の軍が、攻めてくる情報をいち早く知らせ、指揮官としても兵隊としても勇敢に戦ったドゥーンは英雄として称賛を浴びているらしいことが分かった。
 身分の不確かなドゥーンの情報を信じたり、指揮官に任命したりなどするのは、流石柔軟な思考を持つホウオウ信仰といったところだが――これで、ドゥーンは更にこの過去の世界における地位を高めたと言ってよい。
 逆に自分は指名手配されており、自分の立場がいよいよ悪くなるのを感じてコリンは憂鬱な気分になりながらの道中であった。

 ため息交じりの旅路を行き、シエルタウンにたどり着く。思えば、本当ならもっと早くロアに会うはずだったのだが、チャームズに邪魔されて『海峡横断ホエルオ便』の船に乗ることが出来ず、この街に来るのが遅れてしまったものだ。
 その分ロアの顔を久しぶりに見た分感慨深くなって、コリンはこの旅で出会った色んな出来事を、当たり障りのない程度にロアへと話す口が止まらない。
「……てな訳でさ。俺はジュプトルってだけで何回も呼び止められちまって……憂鬱だな。ロアさんはそういう経験ってあるかい? いわれのない疑いなんてかけられたりすることがさぁ……」
 コリンに尋ねられ、ロアは少し考えた。
「う~ん……俺はないかなぁ? そもそも、ズガイドスの姿で犯罪行う奴なんてそうそういねぇっていうかさぁ、やっぱり押し込み強盗するならラムパルドだろ?
 そう言う側面から見ても俺のこの格好はなかなかに意味があるんじゃねぇのかな? ま、ズガイドスのコソ泥が出たら、誤解に気をつけるよ」
「ほぉ……そうかい。じゃあ俺も進化しないでキモリのままだったら疑われることなんて一生無かったのかもな……はは、残念残念。例の強盗もまだ動きまわっているようだし、勘弁してほしい物だな」
 コリンが愉快そうに言うとロアは怪訝な顔をし、隣の店主にも聞こえないような声で耳打ちした。

「ヴァイス……お前、無理すんなよ。警察には黙っておいてやるし、深入りはしないでおくが……もう演技なんてやめちまえよ」
「ロア……演技だって分かっているのか?」
 驚いた顔を見せずに驚いて、コリンはオウム返しに尋ねる。
「なんとなく……な。いや、お前と初めて会った時の言動やら、例の強盗殺人ジュプトルの出現やらいろいろあってな……お前はなんだか変な奴だと思ってカマをかけてみただけだ……」
「な……」
「だがまさかヴァイス……本当だったとはな……」
 驚いて大口を開け、ロアは驚いている。コリンは今更『俺も嘘をついた』と言い張るかどうかを悩んで――
「まぁ、な」
 結局、嘘だと誤魔化さずに、ロアにだけは本当ことを話すことにした。。
「あんな簡単な手でばれちまうってのは、俺も相当心が参っていたらしい……実はな……」
 溜め息をついて俯いたコリンは、ロアに対して無防備な姿をさらけ出す。しかし、もう一度口を開こうとしたところで、ロアが手で制してそれを止める。
「お前が苦しいのはよく分かった。だったらもう、いっそのこと……全部話してくれ……いや、今話すのは無理か。俺が通報しちゃうかもしれないからな……警戒するに越したこともないだろうし」
「そこまでひねくれた奴じゃないだろ、お前……」
「それくらい警戒しろ、お前。お前が何をしようとしているのかはわからんが、警戒しておくに越したことはない……そうだろ?」
 ロアに対してコリンは完全に警戒心を解いているが、ロアはそれはいけないと言って笑う。
「自分で言っておいて警戒しろだなんて……敵わないな、お前」
 コリンは苦笑して、確かにもっと警戒しておくべきだと肝に銘じた。
「もうこの店に来る必要がなくなった時に……全部話してくれよ。ジュプトルは冷酷非道な強盗だって、被害に遭った奴らから聞いたけれど……違うって信じたいんだ。お前がやろうとしていること……何のための強盗なのかを聞かせてほしいんだ」
 誰にも頼れない状況で、またも差し出された暖かい手にコリンの目が潤んだ。
「強盗殺人はやっていないよ。強盗はやっているけれど……」
 涙を流してはいけないと軽く首を振り、コリンはなるべく何も見ない、考えないようにして、口を開く。
「ロア」
 力なく微笑んでコリンは口を開く。
「おいしい蜜とドライフルーツをくれ……今日は、それで十分だ」
 その結果が、強引に会話を断ち切るように商談に入ることだった。
「……ほらよ。いつか……お前の本音を聞かせてくれよな」
 コリンはすぐには答えなかった。振りむいて、完全に自分の表情が見えない状態になってはじめてコリンは口を開く。
「たぶん……次に次に話せると思う。だからそれまで……待っていてくれるか?」
「あぁ。お得意さんの頼みと会っちゃあ断れねぇなぁ」
 コリンは振り返ることなくその場を去って行った。ここには、道中の中間地点として立ち寄っただけ。長居するべきではないのだからと、ソーダの実家にも描いた絵を届けるだけ届けて彼はシエルタウンを発つ。
 今度の目的地である、地底の湖の時の歯車。沙漠を越えていかねばならない、難所の一つである。季節はすでに秋から冬。寒すぎて霧の湖や鍾乳洞には行きたくないが、熱帯沙漠なら関係ない。
 もちろん、沙漠の過酷さを考えればどんな季節に行く羽目になっても憂鬱なことには変わりないのだが。

206:旅の記録 


 コリンがシエルタウンを旅立ったその夜、シエルタウンには故郷に帰って来たソーダ達、フレイム御一行がたどり着いていた。
「じいちゃん、ただいま」
 ソーダが久しぶりの『ただいま』を明るい声で宣言して、フレイム御一行は果物と塩漬けを肴に酒を酌み交わし、今回の旅で見聞きして来たことを町長夫妻へ得意げに話す。
 そのうち場の雰囲気も盛り上がって来た所で、ソーダの祖父はコリンから新たな絵を貰ったことを話し、それを見せる。
 酒の勢いも手伝って、高揚した気分でそれを覗いてみると、せっかく気持ちの良い酩酊具合も、吹き飛んでしまうほどの衝撃をフレイム達は受ける。

「これは……時の歯車のあった場所と同じじゃないかしら? 順番も盗まれた場所と……」
 ソーダが呟いた言葉で、旅慣れたフレイムのメンバーは粗方を理解する。村からほとんど出たことのない町長夫婦は、頭の上に疑問符を掲げるように首を傾げていた。

 ◇

(さて、時の歯車のいくつかに目星をつけた場所を案内したのはよいとして……北の沙漠と水晶の洞窟、プクリンのギルドの隊員は優秀だと聞きますし、どちらかでも見つけてくれればありがたいのだがな)

 先日行われたチャットやソレイスとの会議の末に、ディスカベラーをはじめとするギルドの弟子たちはトロの森――ここ、トレジャータウンでは東の森と呼ばれている森林地帯や、北の沙漠、水晶の洞窟へと向かって行った。
 そのうち、トロの森だけは外れなのだが、その他の二つは時の歯車が存在する場所である。すなわち、向かわせたメンバーが時の歯車を見つける可能性もあったのだが、しかしその結果は――
「グレイルさん……残念ながら――」
 と、言う事である。今回の成果と言えば、トラスティが水晶の洞窟の美しい水晶を持ち帰ったくらいなものである。
「う~ん、困りましたね……調べる場所としてはいい線だと思ったのですが……どれも未知にあふれた場所ですからねぇ……

 私の知識不足ですね。申し訳ないです」
 ドゥーンは深く頭を下げる。心の内では、優秀なのは親方であるソレイスだけであったのか……と、歯ぎしりしながら。
「と、とんでもない! そんなことはないですよ~~っ! グレイルさんの知識があるからこそ、今回の作戦も立てられたんですよ!?」
「でも、失敗だったのは事実です。ただまぁ、ここでがっかりしていても仕方ないですしね。何も分からないというのもまた一つの成果。
 失敗から試行錯誤して真実を見つけることは、学者であろうと探検隊であろうと、警察であろうと変わらぬこと。
 そう気を落とさず……明日からまた違う作戦を考え直してみましょう!!」
 皆を見まわしたドゥーンが、励ます様に声をかけた。

「はい、頑張りましょう!! よろしくお願いします」
 そう言って、ドゥーンに礼をしたチャットは皆を振り返った。
「と、言う訳で皆! 今日はもう仕事は終わりだ。また明日に備えてくれ!!」

 その翌日は、珍しく全員がそろう機会という事で、全員が食事を共に出来ることになり、久々の大人数での食事に皆わき上がる。今夜ばかりはドゥーンも誘われ、食事の時間を共にすることとなった。
 ドゥーンは親方へ最も近い位置に当たる一番手前でよいとチャットに勧められたのだが、またも彼の謙遜癖が発揮されて、一番奥――ディスカベラーの隣の席へと座ることとなった。
 隣に座ったシデンとアグニはこれ幸いとばかりに、今回の探索で発見した流砂についてを喜々として話し始めた。
「でね……北の沙漠を色々と見回って、結局見つかったのは巨大な流砂だけだったんだ……他には草一本生えていないから、地平線が遠くってね……。そこら辺から急にサラサラしてて綺麗だったけれどね、やっぱり霧の湖には及ばなかったや。
 本当は……オイラ達は景色を楽しんでいる暇なんてないんだけれど……やっぱり、探検ってこういう事があるからいいよね」
 嬉しそうなアグニを尻目に、シデンは呆れたようにため息をついた。
「ってかさぁ……自分はもう風景を見る余裕なんてなかったよ。アグニは快適みたいだったけれど……自分はもうバテバテ。二度と行きたくないよ……アグニがどうしてもって言うんならそうするけれど」
 その、何のことも無い旅の成果を話した二人は、ドゥーンからの返答は何か相槌を打ったりしてもらえるものかと思ったが、答えは意外な物であった。
「流砂……アグニさんは砂がサラサラしていると仰いましたね?」
「う、うん……そうだけれど、それが何か?」
「沙漠には岩石沙漠、(れき)沙漠、砂沙漠、土沙漠、塩沙漠……と色々な種類がありましてね」
「えと……それは知っているよ。オイラ達は岩石沙漠から入って……川伝いにあるいて川の南にある砂沙漠に足を踏み入れたって感じかな」
「そうですね……砂沙漠というものは沙漠の中でも、結構珍しいものなのですよ。そして、流砂……流砂とは、水分を含んだもろい地盤など圧力がかかって沈んだり崩壊したりする現象でしてね。
 その流砂の深さはたいてい……あちらのラウドさん、ドゴームの身長と同じくらいの深さしかないので、流砂があるということが意味するところは『そこには極めて近い場所に水がある』ということです。つまりは地下水脈……地下オアシスが近くにあるという事……なのですよ。
 ドゴームの身長くらい地表近くにですね。そして、ですね……沙漠の植物はここらに生える植物と違って遥かに逞しい。長さが、私の身長はもとより、ミロカロスやギャラドスの体長に匹敵するように深い根を張る物だってあるわけです。つまり、そう言った流砂の発生する場所には必ず草木が生えるはずなのです……本当にそれらを見かけませんでしたか? 結構たくさん生えていると思うのですが……」

「さっきも言ったけれど……オイラは見なかったよ。ミツヤはどぅお?」
「自分も、見ていないよ。てか、アグニの方が見る余裕があったわけだし……アグニが見ていないモノを自分に見ろだなんて……」
 ドゥーンは微笑んだ。
「霧の湖について、ソレイスさんから聞かせてもらいました。なんでもワイングラスのようなとんでもない形をした山だったとか。
 それを踏まえたうえで……私にとってはその流砂もまた……十分すぎるほどにとんでもない――異様な光景だと思うのです。時の歯車は思いもよらないところに隠れている。その妙な流砂の中も一見の価値ありではありませんかね? 流砂があるのに、植物が無いわけですからね」
 ドゥーンの言葉に、二人は顔を見合わせる。アグニは笑顔で、シデンは呆然とした顔。がっくりとうなだれてため息をつくことで、シデンはその表情を先に崩した。
「わかったよアグニ……行けばいいんでしょ? 憂鬱だなぁ……」
 電気タイプであるシデンにとって、弱点且つ電気の攻撃が通じない地面タイプの多いあそこは憂鬱以外の何物でもない。敵に関して言えば、それはアグニにも当てはまることなのだが、やはり晴天が続いている間に自身の炎の力が活性化されることが、アグニに憂いを感じさせない原因なのだろう。
「ありがとう、グレイルさん。これで見つかったらおいら達大手柄だね!!」
「……そうだね。今度は、もう少し大きな水筒もっていかなきゃ」
 期待と憂鬱。好対照の二人の愛らしさは、しばしドゥーンに殺すべき対象であることを忘れさせた。
「えぇ、頑張ってください。私も期待しておりますよ」
(なるほど。経験不足は否めないが、歯車に続く砂沙漠と流砂を見つけるその嗅覚は大したものだ。それだけに……惜しいな)
「……実はね、アグニ・ドゥーンさん。沙漠にはもう行きたくないから、あんまり言いたくなかったんだけれど……」
 ドゥーンの思惑をよそに、改まった口調でシデンが二人に語りかける。

207:告白 


「どうしたのミツヤ?」
「……なんでしょう?」
「北の沙漠の……流砂を見たときにね、自分は胸がざわついたんだ。ここを……見たことがあるってさ……」
「……霧の湖の時も似たような事を言っていなかったっけ?」
「うん、それは霧の湖に行ったときの感覚と同じ……同じだったんだ。……懐かしいし、嬉しい感じもした。自分の……失った記憶の何かを感じたんだ。
 ……沙漠に行きたくないって思ったのはね。気味が悪い……煮え切らない記憶が歯痒いんだ。それに……恐いんだ。
 何度も言っているように。記憶を失ったら……自分が自分じゃなくなっちゃう気がして……だって、時の歯車だよ? 何で自分がそんなことを知っているの?
 もしかしたら……もし、ジュプトルと……同じ穴のジグザグマだったらどうするの? 自分、アグニに嫌われちゃう……」
 シデンは、明らかに自分野記憶を恐れていた。そして、無意識なのだろうがドゥーンの立場から見れば的を射ていた。
(そのジュプトルとお前は仲間だったのだからな……皮肉なものだな)
「霧の湖の時と同じ感覚……だったら尚更だよ。霧の湖の時は、そこに歯車があったわけだし……ミツヤの記憶……オイラは戻って欲しいし……
 もし、あのジュプトルと同じでも……その時は、オイラが説得して止めてやるさ」
(思い出す……か。そうすれば私は敵となり、コリンは味方か……同じ穴のジグザグマ。お前の懸念する通りだよ、シデン。光矢院 紫電)

「そうですか……思い出せないというのは、外的な損傷やショック症状によるものもあります。無理に思い出す事はお勧めしませんが……たとえ、何を思い出そうとも貴方達が友であり、パートナーであると良いですね」
 食事中だというのにしんみりとして気が滅入った二人は、ドゥーンの言葉にかすかに頷いた。
「あーでもね。今ではこんなに仲がいいオイラ達だけれどね、オイラ昔本気でミツヤのパートナーを止めようと思ったこともあるんだよ?」
「ん、それは興味深いですね。一体どんなエピソードで?」
 気分を変えようと明るい話を始めたアグニの話にドゥーンが喰い付き、アグニは嬉しそうに顔をほころばせる。
「ハンスってヘイガニがね、人参が大っ嫌いでまかない料理に出た時に残しちゃったんだけれどね……」
「あぁ、そのお話……」
 過去の恥ずかしい話を暴露されることになってシデンは苦笑する。
「ミツヤは、好き嫌いはダメだよって注意したんだ……それでも、強引に食べさせようとしてくるもんだから、ハンスはこんなこと言っちゃったんだ。『ヘイヘーイ! ミツヤには好き嫌いないとでもいうのかよ、ヘーイ!?』ってさ」
「うんうん、言った言った。そしたら私は大声で『そんなものない!!』って反論したんだ……そしたらハンスったら、飛んでいた蠅を指さして『ヘーイ。それじゃあ、あれ食べて見せろよ』って言うんだ」
「そこを、シデンは『分かった』の一言で、パクリと一飲み。極めつけは『味は悪くないんじゃない?』なんだもん」
「その時は皆が皆どん引きでね……アグニまで何も言わなくなっちゃったんだ」
 恐ろしい思い出を語るように、シデンはポツリと口にする。
「オイラも、シデンが何だかこの世界の人じゃないんじゃないかって納得できて……その時ばっかりは本当にパートナーを止めようかも悩んだけれどさ……」
「それはまた……そんな頃に解散の危機があったのですか」
 ドゥーンの言葉に、うんと二人は頷く。
「けれど、孤立した自分に、真っ先に手を差し伸べてくれたのもアグニだったんだ……パートナーを止めようとか考えるよりも先に体が動いていたって言うね」
 ほぅ、とドゥーンは感嘆の声を上げる。
「アグニは、そのすぐ後、皆の目の前で同じようにを食べて見せたんだよ」
「あぁ、思い出させないでよミツヤ!!」
 鳥肌を立たせてアグニは苦笑する。
「あの時自分は本気で嬉しかった。アグニが信頼するに足るパートナーだって本気で思えたのは……そこなんだ。
 だって、不衛生な害虫だなんて気にしなかったから私は食べたけれど……それを知った上で食べたアグニってすごいと思うんだ。
 普通の女の子ならやっぱりこれもどん引きするんだろうけれど、自分は正直涙が出たの……アグニってすごいなってさ」
「その後、しばらくは気分が悪かったけれどね」
 二人の話を聞いて、ドゥーンはしみじみと頷いた。
「よいパートナーに恵まれたのですね、二人とも」
「うん、オイラにとっては世界最高の友達。ミツヤのいない生活なんて今更……考えられないよ」
「ならば、尚更の事大切にするのですよ。一人で探検というのは気楽ですが、逆に辛くもあります……何度も一人で戦い続けている私には羨ましい事ですよ」
 大切にする、と二人は頷いた。
「アグニ、また沙漠に行こう。だからそのかわい……何があっても、私を支えてね?」
「わかってる。時の歯車を守るためにも、がんばろう」
 乗り気ではなかったシデンに、決意が宿る。その決意を無駄にしてなるものかと、一も二もなくアグニは賛同し、ディスカベラーは再び砂漠へと向かう。

208:砂漠を行くのは 


「それでは、行ってらっしゃい。ディスカベラーのお二人さん」
 翌日……
 ギルドのメンバーたちを見送ることを許される最後の地点、常に湧き水をたたえる水飲み場。ここを過ぎて追っていくことは、どんな事情があっても『決心が鈍るから原則禁止』というのが暗黙の了解やジンクスとして定着しているその地点まで、ドゥーンは再び北の沙漠へと赴くディスカベラーを見送る。
「うん……昨日のことも……わざわざここまで見送りに着てくれたこともありがとうね。自分たちも頑張るから、ドゥーンさんも頑張ってください」
「ありがとうございます」
 シデンとアグニはドゥーンに頭を下げる。
「ええ、成功をお祈りしております。その遺跡の欠片のご加護のあらんことを!!」
 ドゥーンは笑顔で応え、その後姿に手を振って見送った。

 前回出発した時に見せたアグニの好奇心に満ちた目、天真爛漫な態度。そして、シデンを気遣う彼の慈しむ目はこの世界でも珍しいくらいに純粋で輝かしい。
(アグニの生を謳歌している姿を見ていると、彼の幸福や才能は壊したくなくなってくるな……)
 たとえ、アグニが昨夜自慢してくれた遺跡の欠片を持っていなくとも、枯れもまた始末しなくてはいけないという問題を抜きにしても、時の歯車を放っておけばこの世界の時間は停止して、暗黒の世界が到来してしまう。
(もったいないな。アグニはいい子なのに……)
 そうして、ため息をつく。未来世界に居た頃にはブレなかったドゥーンの決心は少しずつ揺らいでゆく。
(私はなんだ? 何のために世界を暗黒のままにしようとしている? 過去にさえ来なければ、簡単に答えられたはずなのに……
 コリンがなかなかつかまらないせいで、この世界の美しいところばかりを見てしまったお陰で、壊すのが嫌になってくる。これでも不完全な世界だと人は言うが……ひょっとして、自分がとんでもない事をしているんじゃないかという気分になってくる)
「この世界を愛してしまっているな……誰も彼も救えるのなら、こんなに悩まなくともいいのに」
 ポツリとつぶやいて、ドゥーンはその想いを自覚する。このギルドにいることで、この世界を壊せなくなってしまうのではないかと、考えれば考えるほど、ドゥーンにそんな気がしてならない。

 ◇

「……フレイムじゃないか!!」
 左後方には、バクーダと真黒な服を纏った二人組の集団。旅人かと思って目を凝らして見ると、二人組の体型はどう見てもポニータとマダツボミ。確か、ソルト=バクーダはグラードンを信仰している女性だったはず。なるほど、故郷の沙漠まで行って、商売でもしようというわけか。
 確かフレイムは、ナナシの実を用いた自然の恵みで果実を冷やし、それによって新鮮なまま果実を運ぶような商売もやっていたはずだ。今回もそんな商売なのだろうか、それとも沙漠の外から持って来た民芸品でも売るのだろうか?
 想像を膨らませながらコリンは走り、口笛で呼びかける。
『ふれいむ、げんきか』

 口笛を半分聞いた時点で笛の音の主の正体に気付いた三人は、その文章が終わる前にこちらへと向かってきた。布の隙間から覗かせた緑の肌だけで、自分がコリンであるということを認識してくれたらしい。
 本来一番足が速いはずのソーダ=ポニータだが、布のヒラヒラがうざったいのかあまり走る速度は速くない。葉緑素の特性のおかげで身軽な気分のシオネ=ササキ=マダツボミの方がまだ速いくらいだ。いち早く駆けつけてきてくれたソルトは、乾燥した大地を踏みしめて笑顔でこちらに走り寄って来てくれた。
「久しぶり、ヴァイス!! 元気にしていた?」
「もちろんだよ。お前らも元気そうで何よりだな」
 頭突き気味にすり寄って来たソルトの手あらい歓迎を受け、コリンは笑う。
「コリンさん!! お久しぶりです!! まだ絵は描いておりますか?」
「あぁ、色んなところの絵を描いてきたさ。まぁ、ソーダの家に帰ったら見てみろよ。美しい景色を出来る限りそのままに書いてきたからな」
 シオネは嬉々として尋ね、再会の喜びに目が震えていた。
「本当ですか? いやぁ、ソーダの実家に帰るのが楽しみになっちゃうなぁ……」
「何の話?」
 最後に、とことこと歩いてきたソーダがコリンの眼前に立って、首を傾げる。
「ヴァイスさんが。ソーダの家に絵をたくさん置いてきているんだってさ、ソーダ」
「ホントに? やだ、家に帰りたくなっちゃうじゃないですか。あの時は、私あんなに美人に描いてもらって……またヴァイスさんにあんな絵をかいてもらえたらなぁ」
 このメンバーの中では一番童顔」な彼女は屈託のない笑顔で笑って見せる。
「ところで、ヴァイスさんはどうして砂漠に? 沙漠の風景で面白いものなんて、あんまりないですよ?」
 自分の故郷だから、勝手も知っているのだろう。
「いやいや、あるじゃないですか。日干しレンガの街並みにそびえる大理石の宮殿とか、四角睡の形の古代の王の墓とか……」
 謙遜しなさんなとばかりにシオネはソルトの故郷を褒める。
「あぁ、そう言えばそうよねぇ。草花が生い茂っている光景って言うのが魅力的過ぎて、私……土と岩にはあんまり目を向けられなくって」
 舌を出してソルトは笑う。
「ほぅ、それはまた面白そうだな……」
「初めて行く場所は、こんな何も無いように見える沙漠だって、ドキドキワクワクものですよ、ヴァイスさん。絵にして欲しい場所なら、ゴマの収穫の季節に天日干しにされているセサミストリートとか、雨が降った日に皆が感謝の想いを込めて流砂に向かってナンを投げ込む風習とか……
 やっぱり、沙漠には沙漠の文化があって、それを継承していくって言うのは感慨深いんだよなぁ……私、そう言うのが好きで好きで。旅って良いですよね、ヴァイスさん」
「あぁ、絵を描く意欲が湧いてくるよ。お前の晴れ姿もそそったぞ」
「あらまぁ、お上手」
 くすくすと、嬉しさを隠すことも無くソーダは笑う。
「馬子にも衣装って言葉の典型ですよ」
「美しい馬なら問題ないさ。お前みたいな」
 ポン、とソーダの鼻面をはたいてコリンは笑う。
「いい顔しているじゃないか、それで動きも良いとなれば、絵をかく意欲がそそるのも無理はないだろ?」
「良いわねー。ヴァイスさんにそそられて」
 ソルトは肩をすくめて若干の白い目。嫉妬を僅かに混ぜ込んだ冷やかしの視線は、ソーダを苦笑させた。
 皆が黙る。すると、不自然なほどにフレイム全員の顔が暗くなり、コリンは何事かと首を傾げる。

209:信じていますから 


「とまぁ……私達はそんなお祭りや観光に参加するでもなく、ただ普通に穀物を売りに行く所なわけなんだけれど……ヴァイスさんは何か描きたいものでもあるのかしら?」
 ソルトが首を傾げて尋ねる。
「うんにゃ、気ままに歩いていたら沙漠が近くなってきたんで、この機会に行っておこうかなんて……」
「そう、なんですか……本当は、話せない理由があるのではなくて?」
 ソルトとの会話だと思ったが、突然ソーダが割り込み、質問した。
「……どういう意味だよ、ソーダ?」
 突如、神妙な雰囲気になったソーダを見て、不安を覚えつつコリンは尋ね返す
「あまり言いたくはありませんが、例の……」
「強盗殺人と、時の歯車泥棒か……残念ながら、それは俺じゃない」
「……そうですか。でも、ですね」
「ん?」
「実は、貴方の絵……見てたんです」
 恐る恐る、シオネが口にする。
「……それって、どういう」
 コリンが凍りついたように口を噤む。
「多分……コリンさんは、沙漠に迷わないようにって、川沿いのルートを歩いて塩売りの街まで行く初心者向けのルートを選んだのでしょうけれど……私達、沙漠を突っ切るルートを歩いてきましたので……追い抜いちゃったんだと思います。近道を通ったうえに、私達砂漠がホームグラウンドだったり、暑さに強かったり、葉緑素の特性だったりで沙漠は得意ですから……塩売りの街で聞き込み調査をしようとした手間が省けたのは意外でしたが。
 それで、なんといいますか……ソーダさんの祖父から貴方が沙漠へ向かったと聞いて、こうして会えたのはとても幸運なのですが……貴方が描いた絵を見て、貴方が例の盗賊ジュプトルと同じ足跡をたどっていると気づいてしまったんです」
 シオネがそう言って口をつぐむ。
「本当はね、そんなことはあり得ないって言って欲しいのだけれど……私達にあった時の嬉しそうな顔も、演技じゃないって信じたいんだけれどね」
 ソルトはそう言ってコリンの目を見つめる。
「楽しい話題を転換してしまって……すみません。でも、いつかは言わないといけない事なので……あの、ヴァイスさんは私たちを助けてくれた面倒見のいいヴァイスさんが真の姿ですよね?」
 ソーダは、すがるような眼でコリンを見つめた。
「……そうか」
 コリンは何も言えなかった。仲良し気分ももう終わりかと思うと、辛すぎて涙が出る。その涙は瞼から溢れ、しかし砂漠の暑さと乾燥した空気に蒸発してすぐに消えてゆく。
「すまない、お前らの言うとおりだ。どうする、戦うのか? 俺を殺すのか? この砂漠の中じゃお前らからは走って逃げられるような相手じゃないから……そのつもりならっ!!」
 コリンは腕の葉を構えて戦闘態勢に入る。

「いえ」
 しかしてシオネは、明らかに戦闘態勢を取ったコリンを手で制し、首を振る。
「ヴァイスさん。貴方が逃げるなら追いません。あなたがどうしても戦う気なら私達は逃げます……」
 どんな顔をしていいのかわからず、悲しいような顔を隠そうと必死になって歪んだ笑顔をシオネは向ける。
「……何が言いたい?」
「言い訳があるなら聞きたいって……そう言う事なのよ」
 コリンに向かって宣言し、ソーダは顎をしゃくりあげる。鬣の炎が静かに揺れている。たぶん、ものすごい緊張しているのだろうとコリンは思う。

「ねぇ、ヴァイス……口封じに私達を殺したいと思うのなら……全力で返り討ちにするけれど……もしも貴方が全部話してくれるなら……私達は……貴方に協力してあげられるかもしれない」
 ソーダがゆっくりと近づいてきた。コリンはソーダの鬣を見る。揺らめく炎は大した熱を発しておらず、落ち着き払った温度の低い炎は陽炎すらできていない。
「だから……全部話してよ、ヴァイス」
 明らかにソーダは戦闘態勢ではない。ソーダの頬がコリンの頬に触れる。暖かく、全く熱くない。きっと、彼女は本当に戦う気がないのかもしれない。
「ソーダ……座ってくれ。俺はいつでも逃げられるようにずっと立っているから」
「貴方はすぐに逃げられるように……それでいて、私達はすぐに逃げられないようにってこと? そんなに……信用ならないかな……ヴァイス」
 ソーダが一歩下がると、目を潤ませてコリンを見ていた。
「ソーダ。俺をそんな目で見ないでくれ……俺だって、困っている」
「せめて、私の目を見てから話して下さいよ……ヴァイスさん。私、貴方を信用したいんです……。だから、貴方がそうやって私たちの目を見ないで話されたら……困るじゃないですか。何度でもいいます……私たちはヴァイスさんを信用したいのです」
 目を逸らしている間に、再びにじり寄るソーダに気づくことが出来ず、コリンは額に息が当たる距離までソーダに近寄られて思わず尻もちをつく。
 その時見上げてみて彼女の悲しそうな顔を見ると、コリンは歯を食いしばる。

「わかった話すよ。座って話そう。だからソーダ……俺を見下ろしながら話すのはやめてくれ……落ち着いて話せない」
 絵を描いた順番が、キザキの森周辺、鍾乳洞周辺、霧の湖周辺という風になっていれば状況証拠は、確かにコリンが犯人なのだと言っているようなものであった。その結果が、命の恩人を世紀の凶悪犯罪者だと思わざるを得ないということで、フレイムをこんな風に悲しい思いをさせるとは色々酷い事をしてしまったな、とコリンは溜め息をつく。
「もう、俺の正体にあたりもついているみたいだから、この際はっきりと言っておく……」
 コリンは深呼吸を挟む。
「俺の……俺の正体は、お前らの御察しの通り。盗賊ジュプトルって呼ばれている、時の歯車強盗……本名は、コリン=ジュプトル」
 コリンはあちらから何か言われるのを待ったが、相手はずっと沈黙を貫いている。全く口を挟まずに、黙って話を聞こうということらしいと悟り、コリンは誰にともなく頷いて続ける。

210:休憩 


 自分の正体を告白してから数日の時が経った。それまでは何とかフレイムのソルトを頼りにして砂嵐を、ソーダを頼りにして夜の寒さを防いできたが、塩売りの街で穀物を売り終えたフレイムは、仕入れも行うことなしにとるものもとりあえずトレジャータウンへと向かってしまった。
 その間、絵をかいていたコリンはフレイムを見送ると塩売りの街から旅立ち、砂漠の中央を通る川と地下水脈に沿って四つ目の歯車がある場所、地底の湖へと向かう。

 砂嵐の時に寄り添うべき壁、ソルトを失ったコリンは吹きすさぶ砂に対し、外套を纏い、ビブラーバのレンズを装着して顔をしかめる回数が増える。
 今までの歯車とは違い、今回の歯車を手に入れるに当たり、砂嵐が一番の憂鬱だった。コリンが向かうべき残る二つの時の歯車は、どちらも種類こそ違えど沙漠に位置している。水晶の湖は主に石英沙漠。そして、今回向かっている地底の湖は主に岩石沙漠と砂沙漠だ。
 コリンは今、ダンジョンから一番近所にある村への道を、夜分遅くに分厚い毛皮に包まりながら、寒さを耐え忍ぶ。
 美しい星を見ながら、川の南にある砂沙漠の砂丘とやらとセットにしてそれを眺めたいなと呑気な思考を巡らせながら、体を温めるために休むことなく歩いていた。

 数日歩いてたどり着いた目的の村は、日干し煉瓦で作られた家並みが並ぶ小さな街であった。見た目は、ただの荒れ地な土地に深い井戸を掘って人工的に水を得た粗末なオアシスが形成された街にある。
 大きなオアシスに寄り添って出来た場所とはいえ水は無限にあるわけでもないので、農地には乾燥に強い植物や乾燥に強くするための工夫がそこかしこに見受けられる。収穫の手間を犠牲にしてでも作物の全滅を防ぐために一つの畑に多くの植物が植えられているのは沙漠ならではといったものだ。

(ダンジョンで食料をとってくるしか生き残る方法が無い未来世界とは大違いだな。未来世界には工夫も何もあったものでは無い……強いものしか生き残れず、どんな場所でも『その風土に合った生き方』などと言うものが存在しない世界だったからなぁ……
 ここは……過去の世界は違う。弱くても生き延びられる。世界を身近に感じながら生を謳歌することが出来るこことは大違いだ)
 『工夫』と言う言葉の意味がしみじみと感じられて、未来の単純な生活により強い嫌気がさした。
 感慨深い畑の群れを後にして、ようやくコリンは家が建ち並ぶ場所に着く。 
 井戸はたまっているあまり多くは見られないが、こんなところに住むポケモンは種が種であり、あまり水を多く飲むような事はしないタイプ構成が多いので問題はないのであろう。
 今は一日限りの雨期を迎えた直後らしく、水はオアシスにも各家庭の水瓶にもたたえられているから客人を迎えるにはもってこいの日であった。オアシスや井戸に一欠片のナンを投げることでグラードンに感謝をささげる儀式も、今日はそこかしこで見受けられ、久々の雨のおかげで多くの人が嬉しそうであった。
 外はまだ、雨の匂いが少し漂っている。

 村の様子を一通り見終えたコリンは、普段は集会所として使われているが、行商人のために解放される粗末な宿を適当にとり、一夜を明かすことに決める。久しぶりの寝どこは柔らかいベッドとは行かず、毛布の様な分厚い布を硬い床の上に敷いただけのものであるが、砂嵐に悩まされないだけでもコリンにとっても心が躍る。
 砂嵐もたくましく跳ね返しそうな分厚く隙間のない扉を過ぎると、天井からつりさげられていた人形がまず最初にコリンを歓迎する。
 それは乾燥すると真っ赤になる、イバラ性の植物の太い部分や細い部分をつなぎ合わせ、ヒトガタらしく整えられた物だった。
 頭部らしき部分に口らしい割れ目を入れたり目のような模様が描かれたり、体には左右対称のトゲをあしらったりなどして、それが明らかにユクシーが幻として操っていた、陸地を作ったと言われるポケモン――グラードンなのだと分かる。

 ここではグラードンが神として崇められており、ヒトガタが向いている方向は神が住むと言われている不毛の沙漠、巨大砂漠の方を向いている。偶像崇拝をしないグラードン信仰の住民はグラードンのヒトガタに祈る事はせず、ヒトガタと同じ方向を向いて祈りをささげ、眠る時は決してそちら側に足を向けないのだと言う。
『行商人であっても、その作法はきちんと守っておくのよ』と、ソルトは笑って注意していた。だがコリンも馬鹿ではないからその辺の作法はきちんと調べているし、あまり目立ちたくないのだからそういう心遣いは当然ということだ。
 『そもそもお前が異教徒の異性と話しちゃいけないという戒律を破っているじゃないか』と指摘すると、ソルトは肩を竦めて『細かいことは気にしないでよ』と苦笑していた。そんな気遣いが嬉しくってソルトに向かって気分の良い微笑みを向けたことを思いだして、コリンは部屋の中で笑みを浮かべる。

 色んな事を思い出しながら、ふと『俺はグラードンに縁があるな』とコリンは思う。心の中で、『やぁ、また会ったな』なんて軽口をたたきながら、お互い時の歯車に縁があるものだと親しみを覚えて微笑む。
(ユクシーは……歯車か仲間に何かがあってここを訪れたかなんかで、偶然出会ったグラードンのフォルムにでも惚れちまったのかな?)
 あの目を瞑ってばかりのユクシーが、こういう造形に惚れるというのを想像してみると、俗世離れしたイメージの強い伝説のポケモンの人間臭さが少し感じられて好感が持てる。やっぱり、どんなに偉ぶっていても好きなものは好きという感情が伝説のポケモンにだって普通に存在しているのだろう。
 それならば、きっとドゥーンにもそういうのがあるのだろうと想像すると、コリンは少しだけ胸が苦しくなった。
(みんなと仲良く出来ればいいのにな……敵とも)
 そんな叶うことのない望みを抱いて、コリンは眠りについた。

211:出発 


 翌朝この村唯一の定食屋へと赴き、乾燥地帯に入ってからすっかりお馴染みとなったネバネバとした粘液の出る野菜――いわゆるオクラやモロヘイヤ等の乾燥に強い野菜のペースと、何かの雑穀を粉にして発酵させたクレープ状の朝食を食み、朝を迎える。
 肉は、オアシスから離れた場所にあるダンジョンまで取りに行かなければならないおかげか、高級品として扱われ、多くの豆と香辛料を混ぜ込んだスープがいつものメインディッシュである。
 まともな温かい食事もこれで最後だからと良く味わうと、コリンはグラードンがいると言われる方向へと向かって

 食事を終えた後、コリンは流砂の洞窟までの道のりのために水汲みにいそしむ。水辺で屈みこんで水汲みをしていると、隣で水をくむフカマルの男の子が、コリンを興味深げに見る。
 くりくりとした大きな眼に見つめられて、コリンは肌を隠す外套の隙間から覗かせた目でにこりと笑いかけた。
「見かけない顔だけれど……沙漠越えの旅をしてきたの? 見たところ荷物は少ないけれど……塩を売りに来たわけじゃないかな?」
「あぁ、ちょっと探検の用があってね。絵を描きたいんだ……砂丘と、満天の星空を臨む絵をね」
 微笑みながらコリンは男の子に対応する。商人は来ても、こんな辺鄙なところには探検隊なんて珍しいらしく、男の子は目を輝かせてはしゃぐ。
「よかった、もし女の子だったら俺は君と話せない所だったよ」
 グラードン信仰に生きる者は、他の宗教を信仰する異性との会話を禁じている。これが女の子だったら気も休まらなかったろうと思うと、目の前の子どもが男の子で、ちょっと得した気分だ。
 うん、そうだねと呟いたあと、男の子はまくし立てるように話し始めた。
 
 昨日はみんなで水浴びして体を綺麗にしたんだよ――
 あのねぇ、たまにマニューラが文句を言いながらドラピオンやアーボックを率いて――
 そんな風にがやがやとまくし立てるように喋りつつ最後に、

「お兄さんのお話も聞かせて」
 コリンは笑顔になりながら自分のことを語って見せる。話しているうちに、井戸の周りにはいつの間にか人だかりが出来て、その中には沙漠の外にいる種族に詳しい者も当然いる。当然、コリンが『ジュプトルという種族』であることが分かるものもその中にいるわけだ。
「なぁ、お前さん、ジュプトルだろう? 何やら、同族が二人なのか一人なのか指名手配されてるが……まさかお前……」
 ほかの街では指を指されることはあってもここまであからさまになにかを言われることはなかった。しかし、こんな辺鄙なところに画材道具くらいしかめぼしいものを持っていない自分が怪しまれるのはある程度当然なのかもしれない。
(仕方ないか……)
 ゴローニャの中年がそう言ったのを聞いて、周囲のざわめきは途端に大きくなった。大人たちの怖い顔の意味は、子供はよく分かっていない。
「やめて、ヴァイスお兄さんをいじめないで」
 それでいじめられていると感じ取ったのか、先ほどまで話を聞きたがっていた男の子はコリンを庇うようにして大人達を見上げた。
「お兄さんは悪い人じゃないもん」
 心が痛くなった。ここから先、時が止まってしまったのを知った後この男の子は何を言われるのだろう。コリンは少年の一言で心に暗雲渦巻いて、思考が水あめのように粘って上手く頭が回らない。
「ありがとう……だが、君は小さいからまだ分からないかもしれないけれど……そう言っている子供ほどよく騙されるものだよ。
 だから、そんなに簡単に人を信じちゃいけない。悪い人は世の中にたくさんいるからな? この砂漠にいるうちも、沙漠の外に出ても、それは一緒だからな?」
 少し辛そうに無理やり笑みを作って、コリンは男の子にポンと頭を置く。
「すまないな。この村の迷惑にならないように……俺は去るとするよ。犯罪者じゃないとしても、いちいち騒がれるのは面倒だし……な」
 そう言って、コリンは自信が犯罪者であることを自覚する、
(もう……か。俺はもう、犯罪者ってわけか)
「お騒がせいたしました」
 礼儀正しく立ち去って、コリンはため息をつく。目だけを覗かせた民族衣装の中にある笑顔だけがコリンの中に残り、振り向いたら観察できるであろう悲しげなフカマルの男の子の顔を想像して、コリンは歯ぎしりをした。
「俺はもう、犯罪者なんだな……」
 『犯罪者』など、言葉にしたくはなかった。言葉にして自分がそうなんだと実感してしまい、コリンは暑いというのに体の震えを抑えるのに必死だった。

212:燃える怒りと恋心 


 グリーンレイクシティで画家を名乗るジュプトルの情報を掴み、チャームズ達はコリンを追うべく沙漠まで訪れていた。真っ白な肌を持つエヴァッカは、地震をすっぽりと覆う布の、眼だけを出した穴の部分でさえも酷い日焼けを感じており肌がヒリヒリと痛む。
 沙漠の街で聞きこみの最中に、アロエを塗って誤魔化しはしたが、このヒリヒリが続くと思うと昼に出歩くのは控えた方がいいかもしれない。
「でね、そのジュプトルの特徴なんだけれど……画材道具を背負っているのよ。とっても絵がうまい人で、出来ればもう一度会いたいんだけれど」
 そういう事情で、特にエヴァッカは時間帯をずらしての情報収集の最中。熱心に聴きこみを続けていたセセリは、とある探検隊と出会う。
「……画家のジュプトルですか? ヴァイスさんのこと、でしょうかね」
 セセリに尋ねられたポニータは、心当たりのある名前を口にして、二人の仲間へ振り返る。
「名前は知らないけれど……結構体つきも良くって、ジュプトルの平均よりも少し大きいくらいの奴かな……」
「あぁ、それは確実にヴァイスさんですね。お姉さんも何か恩を受けた口ですか?」
「え、えぇ……」
 マダツボミの返答に、若干戸惑いながらセセリは答える。実際は恩返しどころか仕返しだと言うのに、彼らの嬉しそうな口調は『あの人に対して仕返しだなんだはありえない』と語っているようなものだ。
 『仕返しのため』だなんて言っても、冗談にしか取られないんじゃないかと思うほど、彼らの口調は弾んでいる。
「私達はヴァイスさんに危ない所を助けて貰ったんですよ。セセリさんも、そのジュプトルに恩返しですか?」
「そんな所よ。私も恩返しをしたくってね」
 無駄にウインクを混ぜながらそう言って、セセリは愛想笑いをする。結局、彼女は徹頭徹尾この三人組に話を合わせ、探しているジュプトルは自分の恩人であることにした。
「この子なんてそのジュプトルに一目惚れしちゃってねぇ。お姉さんもあの男には惚れないように注意しなよ」
「ちょ、ソルトさん!! 見ず知らずの人にそういうことバラさないで下さいよ!!」
「あら、ヴァイス本人にはもうばれているからいいじゃない。告白の答えはどっちかしらねー??」
「からかわないでくださいって!!」
「『熱でもあるんじゃないか……』だったっけ? ソーダはヴァイスさんにお熱だもんねー」
「やめてくださいってばー……」
 ポニータと、ソルトという名のバクーダのやり取りはとても演技には見えなかった。卵グループも違うはずのジュプトルに恋をするポニータに、それを茶化しているが決して咎めようとしないバクーダ。
 話の輪には入れないが、少なくともジュプトルとポニータの仲を悪く思っている様子の無いマダツボミ。あのジュプトルの事を語る上で、みんなが笑顔である事に戸惑いを受け、セセリは何が何だかわからない。
「あらあら、仲のよろしいことで。私は、恋心こそ抱きませんでしたが、色々やり返してやりたいくらい、憎い相手ってところですかね。狙った獲物は絶対に逃さなくってよ」
「あらら、ソーダと同じだ!!」
「違いますってば、ソルトさん!! 怒りますよ」
 鬣の炎を揺らめかせて、ソーダという名のポニータは本気で照れている。あの、不意打ちで自分を沈めて来たジュプトルと同一人物とは思えない皆の反応。一体、何が正しいのか。

「彼なら、沙漠へと向かって行きましたが……もし、彼と確実に落ちあいたいのなら、シエルタウン。多分、シエルタウンの町長の家の近くで待っていれば会えると思います。何ヶ月かかるか分かりませんが……きっと、そこならヴァイスさんも来ると思いますよ」
「そう……なら、私ヴァイスさんが来るまで待っていようかな」
「お、ライバル出現だぁ。ソーダ、メロメロボディが相手だから厳しいわよ?」
「だ・か・ら……ソルトさん!?」
 相変わらず悪ふざけを止めないソルトとソーダ。あのジュプトルとの出会いがあんな最悪の形じゃなければ、これをもっと微笑ましい目で見れたのだろうか。それが出来ないのが悔しくて、セセリが握る拳には自然と力が入り、堅く握り絞められた拳は痛いほどである。

「ねぇ、貴方達……」
「はい、何でしょうか?」
 ジュプトルの話題にはしゃぐ乙女を見ながら、俯いた視線でセセリは呼びかけ、シオネが反応したところでセセリは再び話を始める。
「ジュプトルのこと……私が、ジュプトルの事を冗談ではなく、本気で憎んでいるって言ったらどうするかしら?」
 その言葉を口にすると、三人組の目の色が変わる。
「どうもしませんけれど……殺したい程憎んでいるって言うのなら……断固として止めさせてもらいます」
「シルバーランクの貴方達じゃ無理よ……」
 ソーダの言葉をセセリは笑う。まだ、無理よと。
「ランクは関係ないでしょう? それよりも、貴方は何が言いたいのですか……憎いとか冗談じゃないとか」
「私ね、そのジュプトルと会った事があるの……時の歯車……二番目に盗まれた場所でね。私、そこには一度行った事があってね……そこで待ち伏せをしていれば、会えるんじゃないかって思ってさ」
 つらつらと、取りとめなく語りだすセセリを見ても、三人は何も言わずにその話を聞いていた。
「とある人から、盗賊ジュプトルと強盗殺人ジュプトルは同一人物なんじゃないかって聞いて……鍾乳洞の洞窟に行くために乗るべき船がある港で待ち伏せした。
 そこで出会ったのが、多分貴方達の言うヴァイスってジュプトル。画家のジュプトルでね……綺麗な絵を描くジュプトルだって思ったわ……時の歯車を持っていないか、荷物を調べさせてくれって言ってみたらね。『俺と握手してくれ。俺は経った今お前のファンになった』って言うの。美しさって罪ねって思いながら、私は握手に応じた……けれどね」
 セセリは俯いて溜め息をつく。
「腕を掴まれてから、膝蹴りを喰らって、そのままなし崩し的にノックアウトされたわ」
「……それで、どうなりましたか?」
 顔に文字を描いたように分かり易く心配そうな顔で、ソーダは尋ねる。
「時の歯車を盗んだのは俺だって、告白されちゃった」
 自嘲気味に笑いながら、セセリは言った。
「……あの、ミミロップのお姉さん」
「セセリ……セセリ、ミミロップよ、ソーダちゃん」
 特に自己紹介をされたわけではないが、セセリは会話の最中の呼び名から名前を知って、その名で彼女を呼び、自身は自己紹介。
「えと、セセリさん……私達も、それを知っています。でも、ヴァイスさんにはきちんと理由があって」
「そう、理由があるのね」
 それに戸惑いつつ、ヴァイスに代わって言い訳を始めるソーダの口を、セセリは彼女の鼻面に指を当てて止めさせた。
「私は、そのヴァイスさんとやらが理由を語る姿を、自分の目で確かめてみる事にする。だから、ソーダちゃん……貴方の口からそれを語る必要はないわ」
「で、でも……」
「そうそう、自己紹介が遅れたわね」
 まだ何か言いたそうなソーダの言葉を無視して、セセリは勝手に喋り出す。
「探検隊連盟公認のマスターランク探検隊、チャームズのセセリ、ミミロップよ。以後、お見知りおきを」
 ラピスラズリのはめ込まれた探検隊バッジを見せてセセリは笑う。
「え、ま……」
「マスターランクですか?」
 ソーダが言葉を失い、シオネが驚いて見せるが、セセリは意に介さない。
「自己紹介をしちゃった以上、私も下手な真似はしないから安心して……」
 後ろ姿を見せながら発したセセリの声は力なく笑っていて、彼女はそのまま屋根を飛び越え、人ごみにまぎれて消える。ソーダの足ならば追えない相手ではなかったが、追う気になれなかった。
「あのチャームズがコリンさんを狙っているなんて……コリンさんは大丈夫なの?」
「下手な真似はしないって言っていたけれど……でも……」
「ソーダ。今は心配しても、意味はないと思う……だから、私達は私達に出来ることをしましょう……」
 心配で胸が張りさせそうなソーダを励ますようにシオネが諭す。
「ユクシーに会いに、一刻も早くトレジャータウンに……ね。急がなくっちゃね」
 ソルトがまとめ、その言葉に二人は頷く。フレイム一行がコリンに託された大事な仕事なのだ、成功しなければ顔向けできない。









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コメント 

お名前:
  • >2013-11-03 (日) 02:46:36
    大体はお察しの通りなのです。ダークライの件がなかったら、アグニを成長させるためにも消えたままにするのが神としての役割だったかと思います。
    シデンを復活させたのも、おそらくは苦渋の決断だったのでしょう。ソーダは……私ももうすこし救ってあげたい気持ちですw

    テオナナカトルは、その通りコリンたちの世界の未来ですね。すでにコリンたちの戦いは神話になっているようです
    ――リング 2013-11-22 (金) 00:37:02
  • ふむふむ、こうして読むともし原作のストーリーにダークライの話が無かったら、リングさんバージョンはシデンが復活しないまま終わってたのかなって思いますね。

    ソーダがちょっと可哀想でした。

    テオナナカトルって多分、コリンたちの世界の未来の話ですよね?
    ―― 2013-11-03 (日) 02:46:36
  • >狼さん
    どうも、お読みいただきありがとうございました。
    『共に歩む未来』のお話では、もう一つの結末というか、私としてはこちらのほうがよかったという結末を書いて見ました。
    ディアルガのセリフから察するに、本当の未来はシデンが生き返らない方であったという推測が自分の中でありましたので……。
    こんな長い話ですが、読んでいただきありがとうございました
    ――リング 2013-06-26 (水) 09:49:35
  • 時渡りの英雄読ませていただきました。私は探検隊(時)をプレイしたのでだいたいのことはわかるのですが時渡りの英雄ではゲームとは違ったおもしろさがありゲームではいまいちでていないところまで実際そんなストーリーがありそうな気がしたり(当たり前か)してとてもおもしろかったです。
    『ともに歩む未来』では[シデン]が蘇らないのかと思ったら[アグニ]の夢というおち、少しほっとしたり…。
    これからも頑張ってください。
    ―― ? 2013-06-17 (月) 21:31:32
  • 時渡りの英雄これから読んでいきたいと思っています。
    時渡りの英雄は10日ぐらいかかると思われます。
    読むのが楽しみです
    ―― ? 2013-05-25 (土) 02:02:01

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*1 酸素の事。二酸化炭素は死んだ空気と表現する

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Last-modified: 2011-11-14 (月) 00:00:00
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