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時渡りの英雄第15話:四つ目の歯車・後編

/時渡りの英雄第15話:四つ目の歯車・後編

時渡りの英雄
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213:セセリの本音 


「……と、いうわけなのよ」
「その三人組の反応が、すべてを物語っているんじゃないかい?」
 夕方、すでにエヴァッカ=サーナイトが聞きこみに出て行った宿に帰って、アキ=チャーレムに先程の出来事を話すと返って来たのはそんな答えだ。
「……あの盗賊ジュプトルは、善人だって言うの?」
「可能性としてね。善人じゃなくっても、落ち着いて話をするくらいの余裕はあった方がいいんじゃないのかな? セセリ」
 諭すような、しかし優しさよりも命令的な印象が強い口調でアキは言う。
「でも、私は……」
「思い立ったが吉日。それは構わないんだけれどね、リーダー……アンタみたいに直情的過ぎるのも考えものだよ。このまえアタイらと話し合った通り……真剣に考えてみないかい? アタイは……善人かもしれない奴にむやみに暴力を振るうのは嫌だよ……三人で袋叩きにするんじゃなく、一騎打ちで全てぶつかってみることを考えてみたらどうだい?」
「善人なら、幼い子供を拷問にかけるだなんて……」
 いまだコリンに対する憎悪が消えないセセリに対して、アキは復讐なんてやめろと諭すが、セセリはまだ聞く耳を持たない。
「それはアンタに揺さぶりをかけるためのフリでしょ? あんたが動揺したおかげで誰も傷つかずに終えられたんじゃないか。セセリ……『決めつけはよくない、柔軟な思考を持つ事が成功の秘訣よ』って、アンタ自身が言った言葉だよ。忘れたのかい?」
「私は……」
「家族も友達もたくさん死んで、それで心の整理がつかないのは察するけれどさ。でも、前に進まなきゃ」
 曖昧な返事をするセセリの手を握って、アキは力強く励ました。
「分からない……何もわからない。何よ!? 何が正しいって言うのよ……みんな死んだのよ!? 時の歯車を盗んだせいで!! それがあのジュプトルのせいなのに、あのジュプトルが善人だとしたら……私はどこに恨みをぶつければいいのよ!!
 エリカは、イムルは、セッカは、ティアは、エレナは、エースは、エンリックは、……他にも一杯いる……何のために死んだって言うの!? どうすればいいのよ、私は!!」
 彼女の目からは、涙が零れ落ちる。地団駄を踏みならすその様は、美しさを信条とするチャームズのリーダーとしての面影すら欠片もない。
「いいよ、リーダー。泣いちゃいなよ……」
 しかし、仲間は呆れかえることはせず、彼女の心情を察する。
「泣いて泣いて、余計なもんも全て流しちゃいなよ。リーダー、アタイらの前では頼もしいリーダーで居ようとしてあんまり泣き顔を見なかったけれど、本当はもっと泣いていたかったんだろ?
 アタイは、まだ両親も友達も生きているから、その辛さはわからないけれど……アンタの悲しみは、きっとアタイだって癒してあげられるってば。アタイらは仲間なんだしさ……もっと頼ってよ、リーダー」
 言うなり、アキはセセリの手を優しく掴む。
「貴方に何が分かるって言うのよ……」
 セセリはやんわりと振り払おうとしたが、やんわり程度では振り払えないようにアキは腕に力を込めている。アキは弱弱しいセセリの虚勢で萎えるほど、脆弱な覚悟で慰めようなんて思っていない。
「アタイは、サーナイトじゃないし、親しい人が死んでたりもしないから何もわからないよ。でも、同じ悲しみを背負っているエヴァッカに対して泣きつけないのなら……アタイしかいないじゃない。
 リーダーの涙を受け止められるのはさ……」
「うぅ……私は……」
 もう言葉になんてならなかった。フレイムの暖かな態度が憎たらしい程に憎むべき対象を見失わせ、今のセセリは本当に殆ど何も残っていなくて。怒りも憎しみも、混ぜ合わせ過ぎてわけのわからなくなった思考の中に、微かだけど仲間がいて良かったと。
 余計な感情を涙で洗い流しながら、セセリはアキの胸に体を埋めて泣きじゃくる。仲間がいてくれてよかったと、その感情を露わにしながらただひたすらに涙を流す。
 まだ気持ちの整理はつかないが、時の歯車が盗まれた直後の出来事でエヴァッカの言った通りジュプトルの真意だけでも確かめてみようと、それくらい落ち着ける精神状態を作るには、彼女の心に潤いも戻ったようだ。

214:シデンとの思い出 


(暑い……そして砂がとんでもなく熱い)
 今までは乾燥地帯といえども岩石沙漠。十分に厳しい環境だが、砂嵐の時に穴を掘って隠れようとすれば埋まってしまうここよりははるかにましであった。フレイムと一緒ならばソルトがあの大きな体で壁になってくれたが、あの三人とも別れての独り旅は心身に堪える。
 穴を掘って眠っているうちに、風の音がして目が覚めて、埋まる前に飛び起きたこの状況。木陰か岩陰か、寄り添える場所がなくてはたまったものではなく、砂除けの布とゴーグルの下で土の匂いがする熱風に四苦八苦しながらコリンはひたすら歩いていた。

 砂嵐がある間はとにかく歩き、夜もよさげな隠れ場所を見つければ、涼しい時間を浪費してでも木陰で休む事の繰り返し。
 近道のためにダンジョンを突っ切る時は、敵が草タイプに弱い岩タイプや地面タイプが多い上に、天候は晴れ過ぎるほど晴れているため強力な草タイプの技であるソーラービームがチャージ無しで放ち放題だ。それだけに、ダンジョンの道中はいつも以上に拍子抜けするほど簡単であった。
 夜は寒過ぎて普段と比べればまともに動けないし、太陽も出ていないのでソーラ―ビームの優位は無いものの、やはりタイプ相性を考えれば欠伸が出る。
 もちろん、ダンジョンの中でも砂嵐は起きるから、その時ばかりはコリンも比較的苦戦してしまうのだが、鍛え抜いた彼の身体能力であれば、無傷での突破も不可能なことではなかった。
 水を節約するために、『ヤセイ』のポケモンの血も飲めるし、ダンジョンはやはり恵みを与えてくれる場所なのだと実感できるものである。

 そうして、コリンは余裕を持って不思議のダンジョンを越える。普段なら、ダンジョンを越えれば心身ともに一息つけるのだが、今回ばかりは『暑い!!』と『寒い!!』。これ以外に彼の感情として浮かぶものは皆無であり、精神的にも肉体的にも疲れが取れる気がしない。
 巨大な革袋に入れて持ち込んだ水は節約したおかげか有り余るほどで、流砂を目前にして贅沢に喉を潤す際には、生き返るような快感が今迄で感じたことのない爽快さを伴う。代わりというか、暑さという不快感も今までにないものだが。日中のすさまじい温度差に翻弄されながらもコリンは体調を崩すような間抜けな事はなく、危なげなく彼は旅の道中をつつがなく消化して目的地へとたどり着いた。
 目的地の流砂を前にして、コリンはほっと息をついて物思いにふける。
(シデンは……確か、塩がないと生きていけないんだったな。『汗には塩が混じるから、塩分の濃い料理でないと満足できない』なんて言っていて……
 もし一緒に沙漠にきたら、塩がほしい塩が恋しいと言ったのだろうかな……?)
 想像出来なくて、世界的な犯罪者として指名手配されているこんな時だというのにコリンは笑う。

「まだ……水は予定よりずっと消費が少ないが……運よく流砂の流れる場所につけたか。まぁ、もしも沙漠で迷ったらと思って大量に持ってきたんだ。そう言う事もあるだろう」
(シデン……初めて時空の叫びが発動したこの場所……今でも覚えているぞ。俺がキモリだった頃……夢に見た光景なんて馬鹿らしいって思いながらここを掘り進んだこと。
 火山のときも感じたけれど、ここも死ぬほど暑いんだな……汗かけるニンゲンならやっぱりこの暑さも大丈夫だったのかね……シデン?
 お前は今どこで何をしているのか……俺は、お前との約束を果たすために時の歯車を集めている……
 でも、お前の音沙汰がないのは何故だ? まさかもう、ドゥーンに捕まっちまったのか……? 俺は死んで居ないと信じている……お前を。
 いつか味方を率いて、俺たちの助けになることを……な)
 物思いにふけるコリンは砂原を直視すればまぶしいくらいに明るい夜の風景を堪能すると、残りの時間は流砂の中にある空間で過ごすことに決める。地下はそんなに暑くないはずだから、きっと昼でも問題なく突き進めるだろう。

「未来で見たこの流砂はそんなに深くなかったはず……そう、気張ることもないさ」
 コリンは大きく息を吸い、そして流砂の中に身を投じた。

215:流砂の洞窟 

 流砂の中に形成された空間は、不思議な光景であった。すぐに砂で満杯になってしまいそうなその空間は、砂が溜まって行く事もない。降ってくる大量の砂がまるで幻であるかのように砂が一定なのだ。
 水が、常に流れるように、ここから空洞に運ばれては、また何処かから地上に運ばれていくのであろう。

「さて……ここにも番人がいたはず。厄介な事にならなければいいが……」
 だが、水には立ち昇る力が存在するが、砂にそのような物があるのだろうか? 地上に運ばれていくなどと、そんなことがあるのだろうか……? そんな風にどうでもいいことを考えながら、コリンは深呼吸。
「静かだな……やっぱり涼しいし、絵でも描きたくなるほど綺麗で……心地よい」
 そう思うと、コリンは未練がましくこの場を離れたくなくなった。その光景を目に焼き付けようと座りながら。ゆっくりとその光景を眺める。
 見つめている内に、自分の喉が渇いている事に気がついたコリンは水革を取り出した。
 水を大きく湛えた革袋の苦い水を飲み、その苦味を唾液で緩和する。生き返ったような心地がすると同時に、水を入れた革その物の匂いに防腐処理のため施された燻製の肉の様な香りを感じ、それがたまらなく食料を連想させ食欲を喚起させられる。

 思い立ったコリンは革袋の匂いよりもはるかに食料らしい匂いを放つスモークジャーキーを取り出した。
「……いただきます」
 と、一言添えてからコリンはそれを噛み締める。コリンは『ヤセイ』のポケモンを食べれば済むのに、なぜこうまでロアの店から買った携行食にこだわるのかと言うと、答えは簡単である。美味しいからだ。
 沙漠に出現する『ヤセイ』のポケモンを打倒し、血を飲み肉を食らえば、確かに携行食を取る意味はない。過去の世界に行って覚えた嗜好で食料を選ぶというのは、未来に居た頃は思いもつかなかった悪習そのものである。
 しかして、美食という行動は、それができるかこの世界の豊かさを象徴するものであろう。

 乾燥しきったそれは、コリンの口の中で唾液を用いて伸ばしていくことで、徐々に肉の旨味が溶け出し、舌の上で踊る。
 咀嚼された肉が粉々になり、味を吸い尽くされたところで嚥下される。肉の香りで衝動に駆られた、ジャーキーの摂食を終えたコリンは、やはり甘いものが恋しくなった。
 取り出したドライフルーツの表面についた砂糖の塊のような粉を振り落とさないよう、慎重に取り出し、まずはその粉を舐め取った。
 舐めとった後は先端から小さく齧り、ジャーキーと同じように唾液で伸ばして味を引き出していく。保存食は味が濃く唾液が味の緩衝材として働かせなければまともには食えたもんじゃない。
「ご馳走様……ロアさん」
 礼を言ったのはロアに対してであった。シデンとはぐれ、誰も頼るものが居ない今、コリンが心のよりどころと出来るのは彼だけであった。
 この携行食こそが自分と彼をつなぐ証として、味わうごとにコリンは心を落ち着けていった。そうして腹を膨らませたことでウトウトとしてきたコリンは、砂をかき集めてベッドを作り、眠りにつく。
 さらさらと砂が落ちる音を聞きながらの就寝は、意外にも心が落ち着いていい寝心地であった。

 ◇


「ねえ、コリンさん……貴方は好きな人とかいるのでしょうか?」
「好きな人? はは……いっぱいいるさ」
 シャロットの冷やかすような質問に、コリンは腕の葉で不自然な表情を隠すようにして笑う。
「シデンは好きだな、俺は。シデンの事は母親とか姉とかっていう目で見ていたんだけれどな……強姦されたこともあるし、あいつちょっと思いつめやすい所はあるけれど……でも、いつでも暑くなれるかな。シデンとなら」
 顔を赤らめながらコリンは肩をすくめる。ひどく照れていたが、これ以上ないほど満足そうにも笑っている。
「あら、コリンさんってば大胆ですね」
 そんなコリンの反応に、シャロットは手放しで喜んでみせる。
「シデンは、誰にも渡したくないよ……あーでも、とある女に惚れられているからさ、そいつも結構お気に入り。見た目で言えば、ふくよかなバクーダの方が美人だけれどさ、純粋に俺を慕ってくれるって言うのは嬉しいもんさ……」
「そっかぁ……コリンは過去の世界で恋を満喫しているのね」
 まるで自分のことのように嬉しそうにシャロットが笑う。
「おう。お前も、恋人が出来たんだろ?」
「えぇ、未来ではモテるんだから」
 シャロットはウインクを交えて自慢する。
「そりゃすごい」
 明るい声で語られたシャロットの自慢を適当に褒めてコリンは続ける。
「正直さ……自分含めて、誰の気持ちに応えるのか、悩んでいる……もしもこのままシデンが見つからないのなら、せめてあの子を抱いてやるくらいした方がいいのだろうか……ってさ。ま、ソーダと俺じゃ子供も産まれないんだけれどさ。
 はぁ……俺って女運あるんだかないんだか……好きになった女とは、ことごとく卵グループが合わないんだもんなぁ」
 そう言ってコリンは苦笑する。親が子供を愛している光景というのはどこに行っても美しいという事をこの旅で知ったコリンは、シデンが子供と一緒に微笑む光景を想像して、シデンと同じ人間の男が現れて欲しいような、現れて欲しくないような。そんな思いに浸る。
 ソーダについても同じだ。あいつにだって、あいつに相応しい男の一人や二人いるはずなのに……もったいねぇ。
「私に言わせれば、コリンさんももったいないですけれどね」
「かもな。卵グループが合う女が欲しい所だ」
 コリンは自嘲気味に笑った。

 ◇

 という、夢を見た。
「ん……!」
 なんだかシデンに実質告白しているような変な夢を見てしまった。それに、やけに人の良いシャロットまで夢に出てくるとは珍しい。初めて時の歯車を見つけた場所であるせいか、少しホームシックな気分になってしまったのかもしれない。
「シャロット……元気にしているかなぁ?」
 時間の止まった未来世界に帰りたいとは思わないが、やはり未来に置いてきたシャロットの事は心配だ、今頃何処で何をしているのやら。

「考えても仕方ないか……それより今は先に進もう」
 ここは地下で、しかも密室だと言うのに妙に明るい。不思議な場所であるのはいいことなのだが、太陽の光が全くないせいでいかんせん時間が分かりにくく、仕方なくコリンはバッグを漁って懐中時計を開く。
 懐中時計を見る限りでは、半日近く眠っていたようだ。
(そろそろ行かなきゃな……いや、この気配……誰か来る?)
 何か来る気配を感じて、コリンは砂の中に身を隠した。
「わひゃぁぁぁぁぁぁ……いててて……あ、本当に空洞があった。グレイルさんの言うとおりだなぁ……」
 ヒコザル。白を基調に黒の水玉模様のスカーフをつけた可愛らしいヒコザルの少年が、腹に縄を巻いて空洞へと落ちてきた。
「さて、合図送んなきゃ……」
 そのヒコザルは、腹に巻いた縄をくいくいと引っ張り、そのリズムで――恐らくはこの場所に空間があることを伝えた。
「ふあ……それにしてもこっちは涼しいなぁ……こっちなら……太陽もないし、ミツヤも大丈夫だよね」
 そういって、ヒコザルが座り込んだ。先んじて、恐らくは携行食であろう、干し芋を取り出して食む。
「うひゃぁぁぁぁぁぁ……いった~~い……」
 続いて、桃色のスカーフをつけたピカチュウも落ちて来た。恐らくは、先ほどヒコザルが合図を送った者であろう。
「ミツ「アグニ! いやぁ、ここ涼しいね。これなら自分も快適に過ごせるよ……あぁもう、幸せ。涼しいってこんなに尊いものだったんだね」
 ヒコザル――アグニの言葉を遮って、ピカチュウがその涼しさを喜んだ。アグニ=ヒコザル……確かあいつは……サニーの日記によれば、唐美月薫とか言うオクタン一緒に探検隊に入ったはず。にもかかわらずピカチュウと一緒にいると言う事は、自分やシデン、ドゥーン達がこの世界に来たことで色々歴史が変わっているということらしい。
(……と、言うことはここから先の歴史は本当に予想がつかんな)
 その、予想のつかない歴史が自分に牙を剥かないでほしいと切に願いながら、コリンはじっと息をひそめ続ける。

216:高みの見物 


「さぁさ、水も飲んだばかりだから、なんだか疲れも吹き飛んで来ちゃった。行こう行こう。目指すは時の歯車!!」
「ちょ、ちょっと待ってよぉ……もう、オイラは水飲んでないから喉かわいているし休みたいのにぃ……」
 ピカチュウは強引にヒコザルの手をとり、そして流砂の洞窟の奥の方へと消えていった。
「奴らは賞金稼ぎか何かはしらないが……奴らは俺が居ないとなれば報告しに何処かへ戻る可能性もある。
 しかし、場合によっては……何かプラスになる可能性もある。しばらく、泳がせておくかな……先回りするよりは建設的かもしれないな」
 コリンはしばらく二人を尾行し、つかず離れずその足跡を辿った。
(あいつの電気……紫色なのか)
 尾行していたピカチュウの電気は暗い洞窟を眩しく照らすのだが、その色は美しい紫色。その光に見とれてうっかり二人に発見されないよう気遣いつつも、ソーダへの答えについて考える。
(あいつの恋心に答えてやるべきなのかな……はぁ)
 悩んではみるが、相談できるものは誰もいない。
(どうせ、シデンももういない。これは浮気とは言わないだろうし)
 普通の人間ならば、周囲の強いポケモンに四苦八苦してしかるべきなのに、コリンはディスカベラーの二人に敵を任せて自分は残りかすを相手するくらいなのだから気楽なものである。


 そうこうして悩んでいるうちに、しばらくしてたどり着いた地底には、見事な―― 端が見えないほどに巨大な湖が形成されていた。岩盤質、もしくは粘土質の水を通さない地層がこの湖の下に形成されその水を抱え込み、天井の岩盤質は砂を通さない丈夫な屋根。
 そこから滴る雫や、砂の音。そして海のように寄せては返す波の音が子守唄のように精神へ安らぎを与え、波紋が動く様は未来世界には無いものだ。
 そんな条件が揃っているからこそ、姿を現してくれる天然の芸術。霧の湖に勝るとも劣らない美しい光景は、時が止まっている時にコリンが見た湖とは似て非なるものであった。
「湖……か。時間が止まっている時に見ても全く味気ないものだったが……綺麗だな。時の歯車の光は……いつ見ても」
 時の歯車に近づいていく二つの影を遠目に見守りながら、コリンは感傷に浸っている。
 その二つの影が、時の歯車に近い位置に突き出した湖の岸に達したところであろうか、不意に辺りが暗くなり……声が響いた恐らくはテレパシー。
――……て…………
 ずいぶん強力なテレパシーだ。ヒコザルとピカチュウが豆粒ほどの距離に居るというのに、微かに何か思念が伝わっているということくらいは分かるくらいに。
 恐らくは声が聞こえてきたことで、アグニとか言うヒコザルとピカチュウは明らかに戸惑っていた。
 そして、戸惑っているうちに湖の中から、頭に4つの桃色の房を持つ、下半身はユクシーとそっくりな可愛らしいポケモンが現れる。色や雰囲気が、どことなくシャロットを思い出させるポケモンだった。
 そのポケモンが前傾姿勢になりながら二人へ何事かを強気な姿勢で話しかけると、二人は顔の前で手を振ったり、首を横に振ったりなどしていて、明らかに険悪なムードだ。

 ◇

「時の歯車を脅かす者は……私が許さない。感情全てを失って、廃人となりながら朽ち果てるがいい!!」
 エムリットは額の珠を輝かせ、二人へ接近する。
「ちょ、ちょっとぉ……オイラ達」
「問答無用!!」
 エムリットが一双の尻尾が銀色――鋼タイプを象徴する色に輝いた。シデンが自身の尻尾を振り回し、それを真っ向から弾き返す。
「アグニ……ぼうっとしていたら死ぬよ? ともかく、おとなしく話を聞く気分になってもらわないと……そのためにも、倒すよ!」
「う、うん……ミツヤ、どいて」
 尻尾と尻尾で鍔迫り合いをしていたシデンは、横に飛びのきアグニの技の巻き添えになることを避ける。
 アグニは口から火炎放射。エムリットは体を翻して身軽に避け、流れるようにきりもみ回転しながらシデンの上空を飛びつつ、シデンの体に縄をかけるようにサイコキネシスで吹き飛ばした。
 吹っ飛ばされた先は刺々しい岩壁、シデンは岩に鋼の尻尾を突きたて緩衝するが、衝撃を吸収しきれず背中が岩に叩きつけられる。
「やったな、この野郎!!」
 アグニは再度火炎放射。今度は避けられないよう、円錐状に広範囲に広がる炎を放つ。当然威力は低いが、それでも炎に包まれていれば目も開けられないはずだ。その熱気が残っているうちにアグニは駆けだし、両足に炎を纏い、前転してからの火炎踵落としで、エムリットの脳天を叩き割る。
 アグニの足の勢いそのままにエムリットは地面に縫い付けられ、そのまま頭上を飛び越えたアグニは地面に足をついたエムリットに隙の少ない火の粉を放って速攻の追撃する。
 対して、狙われたエムリットはもう避けられないほどにまで火の粉が迫って、アグニが命中を確信したと思えば、次の瞬間背後に移動していたエムリットによる念の波導を纏った尻尾が後頭部を叩いた。
 キルリアやエムリットなど感情ポケモン専用技のテレポートブレイク*1。二人にとっては見たことも聞いたこともない攻撃に、アグニは対応し切れなかった。

 そうして、脳天を叩かれ目の前に星が散っている間に、エムリットは二人から距離をとる。
「……アグニ、こいつ手強いよ」
「分かっているよ、ミツヤ」
 二人は頷くと、作戦を決めることなく二手に分かれる。あえて挟み撃ちではなく十字型に布陣し、誤射の一切を封じようという魂胆だ。

217:連戦 


 二人は前触れもなしにぴったりと息を合わせて電撃波と火炎放射を交差させる。火炎放射はともかく、電撃波は相手を追尾する効果のある必中の一撃だ。
 テレポートはそうそう連続してできるものでは無いのだから、確実な命中を予期して放った一撃であり、実際に電撃波には当たったが、エムリットは気に止めることすらしなかった。
 火炎放射を放っている無防備なアグニへと向かっていく。そしてその体を放り投げるように湖へと吹き飛ばした。

 そのまま、湖に沈んだアグニを追いかけ、エムリットは水へもぐる。水中に入ったかと思いきや、自身の尻尾をアグニの足に絡め、ひたすら深みへともぐっていく。
 普段、湖の底でじっとしているといわれる湖の三神には一分や二分の無呼吸運動など意味を持たないことなのかもしれないが、アグニは違う。
 冷たい湖に入っただけで体力の消耗はすさまじい上に、呼吸が出来なければいともたやすく死んでしまう。しかもこの湖、
「まずい……この湖底が見えないよ」
 と、思わず言いたくなるほどに深い。
「アグニ、ひとまず……御免」
 恐ろしいほど澄んでいるのに、暗がりに隠れて水底が見えない湖を覗き込んでみれば、すでに体六つ分は沈んでいるアグニを見て、シデンは決意を固める。
「……本当に御免!!」
 シデンの頭上に一瞬で雷雲のようなものが形成され、そこから伸びた雷が水面に落ちる。純粋な水は電気を通さないが、地中のミネラルをたっぷり含んだここの水はよく電気を通した。
「よし……と言ってもいいのかどうか分からないけれど……はは。アグニもエムリットも浮かんできた……本当に御免」
 シデンは、恐ろしく冷たい湖に飛び込み、浮かび上がる速さがじれったいアグニを拾って水面まで運び込んだ。水面から顔を出すと、アグニは少量水を吐き、咳き込んだ。
「頑張って……アグニ」
 岸に上がると、アグニは四つんばいになりながら咳き込んで、恐らくは気管にまで飲み込んでしまった水を吐き散らしていた。
「体温が低い……けれど、命までは大丈夫そうね」
 アグニに構っていたシデンは、背後から放たれたエムリットのサイコキネシスに捕らわれ、吹っ飛ばされた。湖に落とされる前にサイコキネシスを振り払って、何とか受身を取ってダメージを最小限に抑えたが、エムリットと一対一となれば楽な仕事にはならなそうだ。
「味な真似を……だが、その抵抗もこれで終わりよ、ピカチュウ」
 確実にしとめるためであろうか、シデンの電撃波と同じく必中と称される技――スピードスターがシデンへ向かう。
「君は濡れているんだよね?」
 手足が濡れていれば電気を通しやすく、導きやすい。ダメージはそれこそ激増だ。エムリットはまさにその濡れた状態であり、今ならば命中率の低い雷の技も当てられる自信が、シデンにはあった。
 耳を劈く(つんざく)ような激しく、そして鈍い音。エムリットの攻撃が自分に当たり、星型の弾丸で皮膚のところどころを切り裂かれたシデンが轟音の後に見たエムリットは、雷を食らった挙句にアグニが握った石で後頭部を叩きつけたために酷いダメージを受けている。サイコパワーをまともに練る事すら出来ずにフラフラと浮かんでいる。
 二足歩行のポケモンに例えるならば足に来ていると言ったところか。

「うぐっ……うぐぐぐっ……意、地でも、渡さ、ない。時の歯車は……」
 尚もエムリットは勘違いが続いているようで、二人を睨みつけている。
「だからぁ……おいら達は時の歯車を盗みに来たわけじゃないってば!! なんで、おいら達が襲われなくっちゃならないのさ」
 当然、アグニは反論した。
「とぼけるな!!」
 それでも、疑いを解かないのがエムリットであった。感情ポケモンの割にはその名が泣きそうなほど他人の感情をくみ取れていない。
「私はテレスから聞いているんだよ! 霧の湖の時の歯車が盗まれたことを。あれはお前たちの仕業だろう!?」
 二人は顔を見合せて大きくため息をつく。
「な、何よその反応……」
 取り繕うことのない素の反応に、エムリットは戸惑う。
「テレスってユクシーのことだよね?」
「そうに決まっているでしょう?」
「テレパシーって言うのはさ、盗んだ奴の特徴とか伝えられないの?」
「距離が遠いうえに、心身が弱っていちゃ、そんな複雑なものなんて伝えられないよ!」
 アグニは困ったように頭を掻く。
「そ……一応言っておくけれど……それ、オイラ達じゃないから」
「じゃあ、誰だというの!?」
 声を張り上げ、エムリットがすごむ。
「それは多分……」
 聞き慣れない男の声がして、全員が振り返る。
「俺のことじゃないかな?」
 緑と赤の目に痛いコンストラスト。その声の主はまぎれもなくジュプトル――コリンであった。まさかの真犯人の登場に驚きを隠せないディスカベラーの二人は、誰が何も言わずとも、すぐに戦闘に移れるように心身ともに身構える。

218:蹴散らす 


「お前は……?」
 いささか余裕の感じられるコリンの雰囲気に、エムリットは後ずさる。
「ジュ……ジュプトル……そいつが犯人だよ、エムリット」
「うん。自分も似顔絵に描かれた奴は覚えている。そいつだよ」
「そう言う事だ……あまりに都合よくお前らが潰し合ってくれたんで見守っていたが……そろそろ、そっちの二人が可哀想になってきたものでな……
 悪いが、時の歯車はいただくぞ……」
 コリンはシデンの頭上を飛び越えて、時の歯車へと向かう。

「…………そこをどいてくれ。俺はお前を傷つけたくはない」
 しかし、悠々と先へ進むのをみすみす見逃すわけにはいかず、エムリットが立ちはだかった。困ったように溜息をつき頭を掻いてコリンは見下ろす。
「い、嫌よ……時の歯車は渡さない!」
「……ならば仕方ない」
 コリンは驚くほどゆっくりエムリットへ近づく。
「な、なんだって言うのよ……」
 自身をアピールするように手を広げながら近づいたかと思うと、鋭く呼気を吐き出しながら込めて躍りかかり、水の滴る床面をハイドロプレーニングで滑りながら上半身をねじり、神速の勢いでエムリットの背後をとる。
 そこから先は、当然のように腕をエムリットの頭に絡めてヘッドロックをかけた。
「や、やめ……」
 激痛で声にならない声を呻かせながら、エムリットは暴れる。
「エ、エムリット」
 二人がその名を呼ぶが、エムリットは反応できない。あぁまで完璧にヘッドロックが決まってしまえば、集中を要する『技』は痛みに意識を乱されて使えない。特に、エスパータイプの技ともなれば、フーディンやキリンリキでもなければ発動は出来まい。
 つまり、技から抜ける手段は肉体の力に頼るしかないが、そもそも彼女らの短い腕では頭にすら届くのがやっとで、尻尾では力不足だ。もはや、彼女の種族名を叫んだアグニの言葉も届くかどうか怪しい。
 意識が朦朧として、抵抗する気力まで薄まったのか、暴れていたエムリットが大人しくなったところで、コリンは放り捨てる。

「お前は先ほどの戦いで……すでに相当のダメージを負っているはずだ。無理をするな……」
 コリンは放り捨てたエムリットを見降ろし、最後の一言は慈しむような優しい口調で声をかけた。この分だと何があるかわからないと、コリンは一応高速移動の呼吸法を始める。
 そうして呼吸を整えながら再び歩み始めたコリンの前に、今度は二人が立ちはだかる。
「その先は行かせない!! 時の歯車は取らせない!!」
「自分だって……エムリットの代わりに歯車を守る」
 コリンは二人の震える四肢を見る。ふん、無理をして――コリンは、必死な二人を見て呆れと尊敬を同時に感じる。
「…………そうか。その意気やよし……だが、悪いな」
 あらかじめ高速移動の呼吸を積んでいたコリンは、疲労した二人にはあまりにも俊足だった。向かってきて、技を放つ準備をする頃には避けることを考えなければならない距離へと近づいていて、次の瞬間には、腕に付いた葉が二人の体を叩いていた。高速移動の呼吸法の桁が違う。
 アグニはそもそも防御が間に合わず、シデンは防御したが、防御の上から攻撃されて破られてしまった。
「うぐっ……は、速い……」
 切るのではなく、叩く。峰打ちと呼ばれるこの技術は手加減されている証拠だ。すでにボロボロの状態とはいえ、倒れ伏した二人はコリンの優しさがたまらなく悔しかった。
「お前たちに恨みはない……だからもう、傷つけなきゃならないのは勘弁してくれ……余計な罪悪感は感じたくないんだ」
 コリンはディスカベラーの二人を一瞥してから向き直る。
「時の歯車はもらっていくぞ……」
「うう……時の歯車が……取られちゃう」
 アグニの言葉を尻目にコリンが湖へ飛び込もうとした時。
「そんなことはさせない……私の命に変えても」
 コリンは背後からおぞましいほどに執念のこもった声を聞いた。
 エムリットは、ディスカバーの荷物からナイフのようなものを取り出し、手首を切り裂く。
 噴き出した鮮血を、シデンとアグニの二人へ降り掛けると、二人の傷はみるみる消え失せ、顔にも生気が戻る。
「アレはシャロットの……癒しの願い……だと?」
 その技は、シャロットが使えると言っていた最後の切り札の一つ、癒しの願い。

【「あら、そういうものですか? 女は醜い死に様を晒したくないからああいう無茶はしない……と?
 うふふ、違いますよ。本当に求めるもののためならば、意外と強か(したたか)に成れる物なのですよ。
 例えば、産卵の辛さを男に耐えられると思いますか? 耐えられる男だっているでしょうけれど……こういう時の度胸は女に一歩譲るものですね」】
(癒しの願いは自身の滅びと引き換えの技。強烈な苦痛が伴うとはよく言うが……流石だ。女は強いという訳か)
 コリンの脳裏に、ふとシャロットの言葉が浮かびあがる。
(ふん……あいつを見てシャロットを思い出したのは間違いではなかったという訳か。)
 女とは本当に逞しいと、そんなこと考えている場合じゃないと分かっていながら、コリンはふと垣間見えたシャロットの影に温かな気分となる。
 しかし、暖かな気分になってばかりもいられない。相手が癒しの願いでピカチュウとヒコザルの二人組を復活させたという事は、相手が真面目にこちらを殺しにかかっているという事に他ならない。
「すまないね……テレスが言っていたのはお前達ではなく……あいつだったんだね。疑ってごめん……
 それと、こんなこと頼むのは筋違いかもしれないけれど……私の代わりに戦って……時の歯車を……守って……」
 今までのダメージもたたっていることであろうし、何より癒しの願いは自身の生命力や血液を犠牲に放つ技。それがトドメとなってエムリットはうつ伏せに横たわった。
「……アグニ。やるよ」
「うん」
 エムリットの頼みを受けて、二人は立ち上がり、臨戦態勢に入った。
「お前ら……余計な罪悪感を……感じさせるなといったろうに」
 泣きそうなほど思いつめた声で言いながら、コリンは歯を食いしばり戦闘を仕掛けようと考えるが、それを実行に移す前に一瞬頭をよぎった考えを優先させる。
 罪悪感を感じないで済ませたい、そんな思いでコリンは一言。

219:治療 


「まて……」
 コリンは一応二人の攻撃止めて見せる
「誰が待つか!!」
「そうだよ!」
 しかし二人は、コリンの待てと言う指示には耳を貸す様子を見せない一触即発の状況だ。
「そうか。待たなければ、死ぬぞ……そいつは、そのエムリットは。なんせ、癒しの願いを使ったのだからな……放っておけば確実に死ぬ。それで構わないのならばそうするが?」
「う……だからって……」
 アグニはバツが悪そうにエムリットを見る。
 コリンはアグニがよそ見をしている内にコリンはゴスの実を取り出し、自然の恵みを岩の波導に変え、ひと思いにアグニの後頭部を掌で押し込み揺らす。吹っ飛んだアグニは、枯れた葦のようにたやすく倒れて起きあがれない。
「だからお前は甘いんだ……ヒコザル……アグニといったかな?」
 そういって、コリンはシデンに手を出そうとするそぶりも見せず、エムリットの元へ向かう。
「え、エムリットに何をする気だ……」
 シデンが怖気づきながらもコリンへ問いかけた。
「勿論……治療だ」
 コリンは、バッグから取り出した酒を口に含み、霧状にして吹き出だした。手にも同様に酒をまぶしたら、シデンのほうへ脱脂綿を投げる。

「俺が治療をしている間に軽く火であぶって消毒しろ」
 呆然としながら、シデンはアグニを揺する。起きている間は尻で炎が燃え盛っているが、眠っている間はそうでない。殴られて一発で意識を飛ばされたアグニの尻の火を着火させるためにも、まず起こすことから始めなければならない。
 アグニを揺すっている間にシデンが見たコリンの治療は見事なものだった。
 二本の指を巧みに操り、恐らくは命に関わるであろう太い血管を糸でつないだ。流石に細い血管までは腕不足と言うか指不足なのか、素人が弄って悪化するよりはましだろう……と、手をつけていない。
 しかし、横に割れた手首の傷口を縫う腕は見事なもので、あれならすぐに傷がふさがりそうだ。
 そのまま、傷薬として汎用性の高い木の実――オレンの実の成分を煮詰め、消毒と成分の濃縮を行いクリーム状の木の実に混ぜた軟膏を傷口に塗る。
「脱脂綿の消毒は出来たか?」
 すでにアグニも起き上がり、吐き出す炎によって消毒は終わっていた。シデンが黙ってそれを差し出すと、コリンも黙って受け取り、その脱脂綿を傷口に当てる。
 その上から包帯を巻いた後、コリンは息をついて肩を落とした。しかし、まだ治療と言うか応急処置は続く。今度は2種類の薬を紙の上に乗せる。
 明らかに警戒の色をうかがわせる表情をしていた二人を見て、コリンは軽く笑った
「毒じゃないさ……化膿止めのお薬だよ。お前らも飲むか? そんなに傷を負っているのだからな……」
 二人は毒でも仕掛けられていたらどうしようもないと考え、当然首を振った。コリンはそれを見送ってから、エムリットに視線を戻す。指を口に突っ込んで強引にエムリットの口に放り込み、湖の水と混ぜて強引に嚥下させた。
 最後に、眠ってけがを治せとばかりに草笛を鳴らして、コリンは立ち上がり、湖の水で血にまみれた手を洗う。
「治療している間を狙わ無いとは……ずいぶんと紳士的なんだな。お前ら二人……正義に燃えたいい眼をしている」
 振り向いてから、嘲った(あざけった)様にも、感心したようにも聞こえる口調で言い、コリンは二人を睨む。二人は治療中のジュプトルへ攻撃できなかった自分たちが、明らかに情けなく思っているようだが、コリンは逆にそれを紳士的だと誉めた。
「だが……さっきも言ったように、お前らは甘い。……二対一で来るというのなら……俺もお前らの甘さを利用しない手はあるまい?」
 コリンはエムリットの尻尾を掴み取り、ぐったりとして人形のようになった意識のないエムリットを肩に担ぐ。
「さて、俺はこいつを武器として使わせてもらう……分かるな? エムリットをモーニングスターみたいにぶんぶん振りまわすってことだよ……嫌だよな、そんなの」
「ちょ、ちょっとどういうこと?」
 アグニがコリンの予想外の言葉に驚き、戸惑う。
「平たく言えば人質さ。ま、ぐっすり眠って傷を癒せというのもあるが……ぐっすり眠っている今のこいつに抵抗は不可能だし、ちょうどいいだろう?」
「え……?」
 コリンがにやりと笑えば、アグニとシデンが血の気の引いた表情をする。
「……そう不安そうな顔をするな。武器っていうのは誰かと戦うときに使うもんだ。こいつが使われるのはお前らが戦う場合……限定なのだから、あわてることもなかろうに。戦わなければ、手を出すことはしないさ、それだけは保障する」
 コリンは無駄だとも思いながら、安心させるように笑いかけ、自身のバッグを漁り、二つの種を取り出した。
「縛られの種……飲ませると喝を入れたり、強い衝撃を受けたりするまで体が硬直する種子だ。……これを飲め。後で硬直は解除してやるからな」
 嵌められた。そう理解して、アグニは牙を剥いて敵意をコリンに浴びせかける。

220:縛られの種 


 もともと縄で縛るのが面倒だからエムリットに使おうと購入しておいたものだが、意外な使い道もあったものである。その意外な使い道にされかかっているヒコザルは、いまだ納得していない様子。
「そんなこと出来るわけないでしょ! その間にオイラ達をどうする気!?」
 アグニがコリンへ突っかかるが、コリンは小馬鹿にしたように彼を笑うばかりだ。
「何もしないさ。事が済んだら解放してやる……ユクシーだって生きていたんだろう? お前だって、用が済めば無事に返してやるさ……紳士的にな」
「……アグニ。言う通りにしなきゃ、エムリットが死んじゃうよ? もちろん、エムリットは自分が死んででも守りたいとは思っているだろうけれど……いいの?
 いくら弱っていたとはいえ……私達をあんな風に一蹴しちゃうような奴を相手にして、今の私達で勝てるの? 確かに勝てるかどうかはやってみなきゃ分からない……けれど、これだけは言える。エムリットの命はどうあっても助からない。
 自分たち二人だけなら……勝てたかもしれないけれど、今回ばかりは事情が違う。アグニが『負けた上にエムリットが死ぬ可能性があってもいい』なら……やるけれど?」
 ほう……いい判断じゃないかと、シデンの説得にはコリンも舌を巻いた。
「ミツヤ……そんなの、選べるわけないじゃないか。オイラ……エムリットも時の歯車もどっちも大事だよ」
「フンッ……優柔不断のヘタレだな」
 アグニの理想だけを述べる、反吐が出るような甘い言動に、コリンは聞えよがしに鼻で笑う。
「なんだよ……」
「甘いな……取捨選択も出来ないか。ならば……お前が選びやすくなるように……こいつを一度地面に叩きつけてやろうか? 歯が折れて、鼻血を滝のように流すのを見てみたいか?」
 コリンはゆっくり、演武を行うかのようにエムリットを掴んだ腕を持ち上げる。

「まって!! ジュプトル……こうすればいいんだろう?」
 シデンは種を口に含み、噛み砕いて飲み下した。
「どうした? そっちのピカチュウは上出来だぞ」
 コリンは目を瞑り、満足そうな澄まし顔をシデンに向けた。
「アグニ、良く考えて……テレスは生きていたんだ……こいつ、きっと約束は……ま…もる……」
 言い残して、シデンは硬直した。
「だ、そうだ……お前のパートナーは賢いぞ。お前は馬鹿を貫くか? それならそれでいい……俺も全力で相手をしよう」
 コリンは冷たい眼差しでアグニを見下ろす。
「お前はどうするのだ? ここで……パートナーであるミツヤの意向を無視するか?」
「くっ……くそっ。ミツヤはいつも判断が早過ぎるよ」
 アグニは膝をつき、正座のような形になって崩れ落ちながら、地面を殴りつけた。格闘タイプへと進化できる素養を持ち得ていることを匂わせる拳は、適当に殴ったような動作であっても軽く地面を砕いていおり、恐ろしい威力をうかがわせる。
「飲めばいいんだろ!! 畜生!!」
 アグニは悔しそうな表情で種を口に含み、荒々しく噛み砕き、子供が嫌いなものを飲み下すように一気に胃袋へ収める。
















「ふん……最初から素直にそうすればいいものを……」
 硬直したアグニを見て、コリンは湖の中にある時の歯車へ向き直り、冷たい水へ身を預ける。
 これで歯車は四つ目。必要な歯車はあと一つである。無造作に掴んだ手の中にある歯車を口に咥え、コリンは水面に上がる。
 さて……時の停止が徐々に進行してきたか――歯車があった場所から色が灰色に変わり、水の流れも止まっていく。腕の葉を水掻きにしてコリンは急ぎ、陸に上がるとバッグの中に歯車を詰める。
 コリンは横たわったアグニを起こし、肩を掴んでから背中を膝で軽く叩き、渇を入れる。
「おい、そこのヒコザル。エムリットとパートナーを連れて逃げるといい……」
 コリンは闇に侵食されつつある空間に向かって小石を投げた。
「ふぇ……」
 その小石は侵食に巻き込まれ、空中で静止する。時間が止まるという現象を分かりやすく目の当たりにしたアグニは思わず気の抜けた声を上げた。

「あぁなりたくなかったらな……」
 それだけ言って、コリンはさっさと走り出し、三人を置いて逃げていった。
(あの紫色の電気を放つピカチュウの名前はミツヤか……。面白い奴だったな……まるでシデンのようにカカァ天下じゃないか)
 同一人物だから当たり前なのだが、そうとは気づかずにコリンは懐かしい仲間の姿を思いだす。それは最初こそ少しうれしかったものの、徐々にさびしさがこみあげてくるのであった。

221:ミュウ信仰の戒律 


 冬の寒さも関係の無い北国で、悠々と歩きながらコリンは進む。沙漠を抜け出て、塩の交易路も沙漠を抜けた先は比較的雨の降る地域で、草木も生い茂っている。肉厚の葉を持つ木々が生い茂る山々の木々の香り、木漏れ日を感じてコリンは乾燥した沙漠との環境の違いに大いに感謝する。
 木立に作られたこの通商路を越えればシエルタウンは目前だ。ここらへんは空気がとても美味しく、日差しもただ厳しいだけでなく守ってくれる木陰がある。如何に草タイプのコリンといえど強すぎる日差しは毒で、その点沙漠はいつも強すぎる日差しに苦労したものである。
 やはり程々に日光を浴びられるのが一番なのだとコリンは実感しながら、小腹がすいた腹を満たそうとかんがえる。思い立ったコリンは少しばかり道を外れて、樹の幹に付いていた蟻を舐め取って食していた。
 活きの良い虫は味付けが無くとも中々に美味であり、はじめはちょこっとすくい取るだけのつもりが、今では腰をかがめたり木を登ったりして食べる始末だ。
「お食事中失礼……」
「なんだ?」
 コリンが女性の声に振り返ってみると、そこにはミミロップ。彼女の肩にはきっちりとコリンのバッグが下げられており、大事な時の歯車が置き引きされている。更に後ろにはサーナイトとチャーレムまで控えている。
 完全に気配を消して近づいたのか、コリンは話しかけられるまで気づくことすらできなかった。
「セセリ……」
 間違いない。マスターランク探検隊のチャームズのリーダー、セセリ=ミミロップであった。気配を消す術を心得ているのも無理はない、というわけだ。
「その説は、お世話になったわね……もう逃がさなくってよ。改めて自己紹介を……探検隊チャームズのセセリ=ミミロップよ」
「同じく、エヴァッカ=サーナイト。以後、お見知りおきを……」
 自己紹介を終えると、エヴァッカは恭しく礼をして、冷たさすら感じる笑みで微笑んだ。
「同じく、チャームズのアキ=チャーレム。アタイの事もよろしくね」
 澄ました顔で自己紹介してアキはじっとコリンを見据える。
「チャームズ……全員かよ」
 勝てるわけがねぇと、コリンは動揺する。
「如何にも。本来なら名乗り口上の一つでもサービスしたいところだけれど……今は機嫌が悪いからごめんあそばせ」
「何の、用だ……」
 コリンは大柄の男に行く手を塞がれた生娘のように、思わず後ずさりしながら尋ねる。
「一対一の決闘を申し込みに来たわ」
「それは何の冗談だ……冗談を言う雰囲気ではないよな?」
 セセリが口にした一対一の決闘という言葉。考えるまでもなくおかしい。復讐心をたぎらせていたはずのあの女が、一体全体どうしてそんな騎士道精神にあふれた事を申し出ると言うのか。そもそも、騎士道精神にのっとるだなんて、探検隊としてその提案はおかしい。
「私はね、ミュウを信仰して居てね。罪人の血を死者にささげる場合は、一対一の決闘で仕留めた相手じゃなければいけないのよ。そういう戒律でね……」
「だから、俺に一対一で戦えと?」
「そうよ。そうでないと、貴方の血では死者を弔う事は出来ない……もちろん、貴方がどうしてもというのならば三対一で相手をしてあげても良くってよ?」
 無理だ、無理だ、無理だ。こいつらを相手に勝つだなんて、万に一つの勝ち目もない。しかし、これは罠じゃないのかと、何度も嫌な予感が頭によぎる。逃げさせないように一対一という甘い餌で釣っておいて、体力が低下したところで不意打ちで倒す気なんじゃないのか?

「俺が……その言葉を、どうやって信じろと?」
「信じないのなら……強制的に戦わせるまでよ。エヴァッカとアキのサイコキネシスで逃げられないようにしてね。一人ならいざ知らず、二人から逃げられる奴はそうそう存在しないわ」
 冷ややかなセセリの物言いにコリンはギリリと歯を食いしばる。
「やればいいんだろ?」
 それしかないじゃないかと、心の中で毒づきながら、コリンは呼吸を整える。
「良い答えね……」
 セセリは大きく深呼吸。胸を膨らませて精神統一してから、一息に空気を吐きだす。セセリの手や膝には腹ペコリボンと呼ばれる道具を巻かれており、掴みかかったり相手に足をからめることで腹ペコスカーフの効果にさらすことが出来る。
 つまり、相手は関節技や寝技に持ち込んで相手を無力化させ、自身は不器用の特性で腹ペコリボンの効果をやり過ごすつもりだろう。常人ならば四つもリボンを巻いていれば数分もたたずに死ぬだろうが、常に装備していても全くそれを感じさせないこの女には恐怖すら感じる。
 関節技や寝技のように密着しないと使えない技と合わせれば、不器用の特性もメロメロボディの特性も最大限に生かした戦法というわけだ。さすがはマスターランクと褒めてやりたいくらい合理的な戦法である。
 コリンはセセリの事を観察しながら、脱力から力を生み出す剣の舞の呼吸法で、戦いに備える。セセリはセセリで、呼吸を整えて全身の瞬発力を増させる高速移動の呼吸法。互いに、なかなか動けず呼吸を整えてからお見合い状態。
 やがて、セセリの瞬きに反応して動いたコリンの毒液を皮切りに二人がはじけるように戦闘を始める。

「必ず、死なす!!」
 怒気を含んだ叫び声と共にセセリは毒液をかわして、腕や足より長いミミロップの耳がコリンの体を切り裂きにかかる。
「糞野郎め!!」
 鱗一枚でかわして、コリンは道を逸れて密林の中に紛れ込む。耳を振り回すことによって生じた体が切り裂かれるような風圧もさることながら、それによって漂う彼女のメロメロボディの体臭は、沙漠ではやる気力もなかったために最近処理していないコリンには刺激がきつい。
 戦闘中という事もあって呼吸も荒くなり、まともに吸ってしまってコリンはまずいと直感した。
「逃すか!!」
 恐らくはこのセセリの実力、初対面の時よりも随分と成長したコリンでさえ、同等かそれ以上。その上、実力で負けているだけでなく彼女に勝っても、他の二人がどう出るか分からない。
(絶体絶命か……だが、なにもしないよりはやるだけやってやれ)
 唯一の救いといえば、仲間二人が手を出すなと釘を刺されていること、密林を切り開いた通り道で勝負を仕掛けられた事だ。
 密林はジュプトルの領域。よそ者であるミミロップ程度に負けるような状態ではない。
「誰も逃げるとは言っていない!」
 コリンはまず木の枝に飛び掛かり、手頃な枝を折り取った。
「そんな物が武器なのかしら? 舐めているんじゃなくって?」
「武器? 水だって使いようによっちゃ武器だ、堅いとか重いとか鋭いとか長いじゃなきゃ武器じゃないなんて、酷い偏見だ。探検隊が言うセリフじゃないだろ?」
「減らず口を叩くな……人間の屑め!!」
 再度、間合いの長い右耳による牽制攻撃。しかし、この攻撃はどちらかというと重く残るダメージ重視の攻撃ではなく巨大な耳で視界を塞ぐ事や、風を起こしてメロメロボディの匂いを嗅がせるのが目的。
 ならば、とコリンは折り取った木の枝の尖った柄で耳を防御する。分厚い体毛に守られた耳だが、高速でぶつかったそれは表皮が木の枝にえぐられパッと血液がとんだ。
 セセリはその程度の痛みは無視して、木の枝による殴打を受け止めるべく、丈夫な背面をコリンに向けて後ろ回し蹴り。コリンは膝を上げてそれをカットし、再び両者間合いを取って硬直する。一瞬の攻防の間に呼吸をしてい無かったコリンはようやく呼吸をした。
「その戦闘技術で、私の友達の命を奪ったのね……なんて、才能の無駄遣い……許さなくってよ!!」
「だから、それは知らんと言っているだろうに」
 コリンは木の枝を前方に突き出したままゆっくりと歩き出す。セセリの視界が木の葉で塞がれた所で、コリンはセセリの足元に向けてエナジーボールを放つ。
 セセリは視界を塞がれたまま放たれたそれを間一髪のところで小さく跳躍してそれを避け、右耳に右腕を添えて木の枝を振り払う。と、同時にコリンの口から種マシンガンがセセリの顔に飛ぶ。
「くっ……」
 姑息な攻撃にセセリは毒づきつつ、左耳で種を防ぐ。相手の種が切れるのを待ちながら徐々に構えを低くしたセセリは、木の根っこを後ろに蹴って電光石火の一撃を見舞う。
 突き出す準備をされたセセリの右腕。絡め取って関節技に持ち込もうとしたコリンだが、突き出されたのは脇にしまっていた左腕。脇腹を深く抉るようなフェイントの一撃をまともに食らって、コリンは呻く。
 さっき食べていた赤黒い蟻が胃液混じりに吐き出され、それは何ともグロテスクだ。
(くっそ……流石はミステリージャングル出身の探検隊ってわけか。森の地形は奴にとっても味方……なら条件はほとんど同じじゃないか。本当に俺、勝てるのか?)
 セセリの戦闘能力を分析しながら、コリンはセセリを睨む。

222:手段は選べない 


「こんなものじゃ終わらせないわ……罪の無い者の命を何十と奪った外道……こんな痛みで、被害者が救われると思うんじゃなくってよ!?」
「……マスターランクの探検隊ってのは、耳が聞こえなくてもなれるものなのかよ? 時の歯車盗んだせいで死んだのか、その友人は? 俺の質問に答えろ!!」
「違うわよ……でも、結局時の歯車を盗んだせいで人がたくさん死んだことには変わりないでしょ? その罪、償え!!」
 膠着状態になった二人は、大声を張り上げ自分たちの気持ちを吐露し合う。
「勝手なことを言うんじゃない……俺の気も知らないで!!」
「あんたの事なんて知らない!! 私の友人は何のために殺されたのよ?」
「話せば納得してくれんのかよ!! 話したら身を引いてくれるならいくらでも話してやらぁ!!」
 膠着は終わった。コリンは涙声を出しながら、口から吐き出した胃液混じりの蟻を手に乗せてセセリの顔にぶっかける。セセリは左目を瞑るだけで気にせず、冷凍ビームを足元に向かって放つ。
 セセリは、爪先を凍らされてよろけたコリンとの間合いを詰め、右手に持った腹ペコスカーフを以ってしてコリンの腕を狙って鞭のように素早く平手打ちを振り抜いた。
「どうでもいい!! あんたのその人格……悪魔に支配されている!! 死になさい、未来永劫牢屋から出てくる必要はなくってよ!!」
 コリンは、木の枝を突き出して平手打ちを受け流しつつ、木の枝を突きだしその葉で眼潰しを見舞う。いい加減見あきたとばかりにセセリは左手で耳越しに葉っぱを掴みとり、コリンから木の枝を奪って放り捨てると同時に、鋭い踏み込みで左手を伸ばし、コリンの左腕を掴みとる。
(ま、まずい)
 セセリに腕を掴まれたことで、コリンは腹ペコスカーフの効果により数秒のうちに飢餓状態にされてしまう。更に、この状態ではメロメロボディが怖くて呼吸すらできなくなってしまう。
 この状態が続けばまず過ぎると、コリンはセセリの腕の腱を狙ってブレイククローを叩きこむ。ヒットしたが、コリンの対処は一瞬遅かった。
 セセリは右手でもコリンの左腕を掴み、コリンの足を自分の足で挟み込む。蹴りが来ると思って足をあげてガードしようとしたコリンは、意表を突かれてその蟹バサミに見事に引っかかってしまう。
 片足のままなすすべなく後ろに転ばされ、腕を掴まれている。このまま足関節に持ちこまれるだけでも辛いが、相手は腹ペコスカーフを四肢に巻いている。つまり、このまま抱きつかれているだけでもいずれは戦闘不能だ。さらに、密着している分だけメロメロボディの効果も強い。
 全力で光合成しているが、木立に作られた木漏れ日もまばらなここでは十分に酸素が得られるはずもなく、もはや息が切れるのも時間の問題だ。
 コリンは呼吸ができなくなる前に、たまらずセセリへ向かって毒を吐く。セセリの腕は自身の腕を掴むのに使われているから、とっさに握力を緩めて毒液を遮るのは難しいはずだ。コリンは目覚めるパワーのタイプが毒である影響か、毒を吐くのは得意であるのも幸いした。
 あの大きな耳で毒を防がれる可能性が無いわけでもなかったが、幸いにもセセリは対処しきれず毒液は顔にぶっかかる。

 セセリは慌てて目を閉じ、耳の毛で毒をぬぐおうとする。その瞬間にセセリの手が左腕から離れたのをいいことに、コリンは口から吐いた毒の残りを手に塗りつけて、セセリの股間に爪を突きさす。
 皮膚よりもずっとやわな粘膜だ。そこを引っ掻かれる痛みなんて想像したくもないし、コリン自身が自分のスリットの中は軽く引っ掻いただけでも激痛が走ることくらい自覚している。女性であるセセリがこのまま子供が産めなくなりでもしたら非常に申し訳ないが、こちらも死ぬわけにはいかないのだ。

 案の定、物理的な痛みと毒の痛みでセセリは股間を押さえて身悶える。雌のメロメロボディは上にのしかかる雄に嗅がせるために空気よりも軽く、コリンはそれを吸ってしまわないよう寝返りを打って転がりながら地面の近くの空気を吸う。
 むせかえるような腐葉土の匂いと、避けきれなかったメロメロボディの香り。コリンは腹ペコスカーフの影響による飢餓の倦怠感と虚脱感、そしてメロメロボディの浮遊感で頭がおかしくなりそうな危うい状況から一刻も早く回復しようと、セセリに追撃することを諦め離脱する。
 足がまだ冷たいことも加わってどうしようもなくふらふらとした、今にも倒れそうな歩みで、転びそうになりながらコリンはさらに道を外れ、森の奥の方へと離脱する。とりあえずは木の影、セセリの死角になる所まで来てみると腹ペコ状態からは回復したが、まだまだ頭はメロメロボディの効果が残る桃色気分。
 コリンを追ってセセリも立ち上がる。立ちあがりざま放った冷凍ビームがコリンの背中に当たるが、咄嗟に放っただけに威力は低く。大部分が木の幹に当たってコリンにはかすっただけ。僅かにコリンの動きが鈍ったが、大した効果は期待できまい。
 コリンに遅れてセセリは追い掛けるが、股から流した血は明らかに痛々しい。まだ毒液は拭いきれておらず、毒液がまともにかかった左目は完全に閉じられている。この状況では、体の所々が凍り付いて動きが鈍ったコリンにすら追いつけるものではない。

223:決着 


 コリンはこれ幸いと、セセリに背を向けたまま走り続け、エナジーボールをチャージする。セセリも追いかけるべく走るが、片目で距離感がつかめないことや視野の狭さゆえか、足場の悪いここではまともに走れない。
 セセリが追い掛けながら苦し紛れに投げた耳に仕込んだナイフも、コリンの横を素通りするばかり。エナジーボールをチャージしたコリンは、その力を手に蓄えたまま森の樹の中に隠れる。
 コリン体色は保護色だ。セセリはただでさえ片目が開けられないのだ、隠れられてしまえばそうそう簡単に見つかるものではない。荒くなりがちな呼吸を最小限に抑えつつ、コリンは気配を消す。
 そうして待っているうちに密林を風が凪いだ。それでもコリンは油断せず、草結びをセセリの左方で発動して、結んだ草で木の葉を揺らして注意を逸らす。注意を逸らされたセセリが明後日の方向を向いたところで、コリンは限界までチャージしたエナジーボールを投げつけた。

 ギリギリでコリンが実は後ろにいることに気づいたセセリは、耳でエナジーボールを受け止める。しかし、急所に当たる事こそ防いだものの、受け流すことも出来ずに真っ向から食らったセセリは、足元のコケに滑って派手にすっ転んだ。
 コリンは再度葉っぱが付いたままの木の枝を折って持ちだし、それを突き出すことでセセリの視界を塞ぐ。仰向けのまま転がったセセリは下手に動くことをせずコリンを冷静に観察する。
 今だと、ばかりにコリンは木の枝を退け頭の葉から閃光を放ち、セセリの両目が潰れた。セセリはたまらず立ち上がって、木を背後にして少しでも攻撃範囲を限定して警戒して見るが、両目の見えないこの状況で足元は不安そうに浮足立っている。
 急所はなんとか耳で守っているが、目が殆ど見えない状況ではそれもどれほどの効果がある事やら。
 コリンはそこを逃さない、遠慮を一切しない渾身のリーフストームでセセリの全身を一撃。耳と腕で股間から頭まで急所を守るが、足まで含む全身を余すところなく攻撃されて、セセリの体勢が崩れたところで、コリンはセセリの肩を掴んで跳び膝蹴り。胸に膝の強かな一撃を食らい、セセリは(くずお)れる。その際にも、セセリは咄嗟に両手でコリンの左腕を掴み、関節技に持ち込もうと悪あがき。
 コリンはセセリが手に巻いた腹ペコスカーフの効果が出始める前に、セセリの葉巻の様な眉毛を右手で掴んで後頭部を背後の木に叩きつけた。叩きつけるとともに、掴んだ眉毛を引き寄せて顔面を膝蹴り、さらにもう一度背後の木に後頭部を叩きつける。セセリの手が自分の左腕から手が離れたところで、コリンは彼女を地面に投げ捨ててから脇腹を思いっきり蹴り飛ばす。
 かなり念入りな破壊劇になってしまったが、それでもセセリは立とうと手を動かしている。もう顔面は血で真っ赤になって、目は両目とも使える状態ではないだろう。鼻も折れまがって、彼女の美貌なんてものは最初からなかったかのようだ。
「なんて化け物だ……まだ戦おうだなんて……人間じゃねぇ」
 流石にこれ以上傷つけるのは忍びなく、コリンは毒づくとともに一旦退き、草笛を吹いて眠らせた。
「強いだけでもらえる称号なわけないよな……マスターランクなんて称号が。この根性が……マスターランクの証かよ」

「……勝負、ありのようね」
 リーダーをやられたメンバーがこちらに向かって来る。悠然と歩いてきたのは、エヴァッカ。テレポートでここに現れたのであろうか、
「来るな!!」
 コリンはミミロップの首に腕の葉を突きつける。
「来たらこの女を殺すぞ。俺の荷物を全部よこせ。そうすればこの女はこれ以上傷つけずに帰してやる。だが、万が一戦うというのなら……この女は殺す。なんとしてでも殺す、絶対に……」
 コリンは再び光合成を開始。体内で酸素を作ることで呼吸を最低限にして、メロメロボディの香気を吸入しないように気をつけた。
「その必要はありませんよ……」
「ちょっと、エヴァッカぁ!! 勝手にテレポートで先に行かないでくれよぉ」

 遅れて到着したアキをちらりと見て、エヴァッカは溜め息をつく。
「仕方ないでしょうに……リーダーが殺されかねなかったのよ? 止めないと危なかったんだから文句言わない」
 ため息交じりにエヴァッカは言ってコリンの方を向く。
「何を話している? 俺の荷物を返せと言っているだろう?」
「……どうぞ」
 エヴァッカはサイコキネシスによってふわりと浮かせてコリンにバッグを返す。コリンは手探りでバッグを探り、時の歯車を確認し、安心して溜め息をつく。
「何処へでも行きなさいと言いたいけれど……でも、その前に。話があるの……」
「何故お前らと話をしなければならない?」
 まだ警戒を解かずに、気絶しているセセリの喉に葉を当てたままコリンは睨む。
「……嘘だから」
「何が? 何が嘘だというんだ!? 答えろ、こいつの首かっ切るぞ!!」
 コリンは滅多に見せない怯えた表情と、震える体でエヴァッカを睨む。この二人には絶対に勝てないと本能が告げるほど、相手が強いのが分かるし、勝てないと悟っている。
「一対一の戦いじゃなきゃ、罪人の血を捧げてはいけないなんて馬鹿な戒律……あるわけないじゃない。あれは嘘なのよ」
「なんだって……?」
 いまだ状況が読み込めないコリンに対して、自嘲気味にエヴァッカは笑う。

「私達、サーナイトは……この胸の角で他人の感情を感じる能力があるわ……そして、感情を隠すのは訓練すれば誰でもできるけれど……戦闘中は大抵感情がむき出しになるから……並大抵の事じゃ隠せない。だから、貴方とセセリを戦わせて、貴方の感情を見極めたの。
 戒律なんてのは、そのための嘘……もしも貴方が本当に罪人であるならば、貴方を倒すのに一対一なんて非効率的な事はしない……三対一で、問答無用でぶっとばしていたわ。
 そして、貴方が凶悪な犯罪者かどうかは、これから決める」
「……それで、俺と話をする気になったのか?」
「えぇ、なったわ……でも、その前にリーダーの応急処置をしたいから……返してくれるかしらね?」
 コリンはエヴァッカの目を見る。彼女は眼を逸らすことなく、柔らかな視線でコリンを見つめ続けている。
「信じるぞ」
 その仕草に宿る意味を考え、コリンはエヴァッカの言葉を信じてセセリの体をそっと地面に下ろす、セセリの体を離してからも、こびりついたメロメロ臭が彼の鼻をくすぐった。

224:和解 


「さて……話の内容だけれども……貴方の目的は何? 貴方が盗賊ジュプトルだとして……貴方は何のために歯車を盗むのかしら?」
 セセリの顔に綺麗な布を当て、顔を塗りつぶした血を拭きとりながら、澄ました顔でエヴァッカは尋ねる。セセリはコリンの草笛の効果で気絶するように熟睡しており、しばらくは起きないであろう。
「時の歯車は、なんであんな所にあるか知っているか?」
 コリンはその澄ました顔に逆に恐怖を感じて、唾を飲み込みながら答える。
「あんな所って言うのは?」
「見つけられないように秘境にあるのはいいとして……洞窟の入り口を塞いだりしないのは何故か? という事だ。外部とアクセスできるようになっているのは何故か? あの美しい歯車を観賞するためか?」
「同じ事を……盗賊を生業としている者から聞きました。つまり、あなたが言いたい事はもちだすための事態あるという事ね?」
「ああ、そう言う事だ」
「じゃあ、こちらからも質問する。強盗殺人のジュプトルに心当たりは?」
 エヴァッカに尋ねられて、コリンは少し考えて答える。
「無いと言えばないし、あると言えばある。俺に歯車を集めさせては困る奴だ……と思う」
「じゃあ、最初の質問に戻るけれど、あなたが歯車を集める理由は?」
「星の停止を……防ぐため」
 そう言い終えると、二人の間には沈黙が走る。
「星の停止ね……覚えておきます」
 そう言ってエヴァッカは溜め息をつく。
「あ、あのさぁエヴァッカ……覚えておきますっていうけれど、その星の停止って言うのはどういう現象なわけ?」
 今まで黙っていたアキが口を挟み、コリンに尋ねる。
「キザキの森を見たお前たちにならイメージしやすいと思うが……世界全体がアレと同じ状態になる」
「な、えぇ? じょ、冗談じゃないよ……エヴァッカぁ!?」
「なるほど」
 冗談だよねとでも言いたげに、アキはエヴァッカの方を振り向くがエヴァッカは目を閉じ胸の角に手を当てたままコリンの言う事を何の疑いもなく信じている。
「貴方が、それを断言できる理由は何?」
「俺が未来から……時間を渡る能力を持ったポケモンの手により、送り込まれたからだ」
 何の迷いもなく口にしたコリンの言葉に驚いて、エヴァッカはコリンを見下ろし彼の眼を見る。
「信じ難いわね……でも、貴方はきっと嘘をついていないように感じるから……反応に困っちゃうわ」
「マジですか、エヴァッカ? そんな突拍子もない言葉を信じちまうのかい?」
「角を信じるならばね……サーナイトじゃない貴方にはわからないかもだけれど、目を疑うのと同レベルよ……空飛ぶホエルオ―でも見るのと同じくらい驚きなのよ、これでも。でも、こうまで角が確かな感情をとらえるとあれば……このジュプトルが空飛ぶホエルオ―を見たと言っても、信じるっきゃないわね」
 アキの質問にエヴァッカは肩をすくめて苦笑し、そう答えた。
「さて、どういうことなのか……一応詳しく聞かせておく」
 そうして、コリンはフレイムに教えたことと同じ内容を包み隠すことなく伝える。この世界にとっての敵はむしろ、自分を葬ろうとしているグレイルであるということも、湖の精霊達が現在精神を病み始めているということも。
「今は……みんな熱に浮かされている、グレイル=ヨノワールの熱にな。今は、俺が何を言っても無駄だから、もしもチャームズ……お前らが動いてくれるというのならば……その発言力を俺に貸してほしい。
 お前らの言葉ならば、誰かが信じてくれるはずだ……」
 座ったまま話していたコリンは、地面に頭を付けてへりくだる。そんな無防備な体制をとっても大丈夫だと、知らず知らずのうちにコリンはチャームズを信頼していて、その感情を読み取るエヴァッカはコリンの心が相当摩耗していることを感じる。
 ここまで孤軍奮闘してきたのだ、相当不安だったことであろう。
「顔をあげてください……」
 そんなコリンに同情しつつ、困ったように苦笑してエヴァッカはサイコキネシスで軽くコリンの頭を持ちあげる。

「しかし、そんなこと頼まれてもリーダーは、なんて言うかね……エヴァッカ」
 気絶したまま意識が戻らないリーダーを見ながら、アキは溜め息をついた。
「今はもう、リーダーがどうのこうの言っている場合でもない気もするし……やるしかないでしょう。でも、コリンさん。残念ながら、私たちの発言力なんてもう有ってないようなものだと思います……」
「そうだね……確かに無駄だ」
 エヴァッカがふと口にした言葉にアキが同意する。
「何故?」
「グレイルという探検隊は……素晴らしい探検隊だったのさ。無論、アンタが聞かせてくれた事実を聞くと、素晴らしい探検隊になれた理由も納得いくのだけれどね……」
「回りくどいぞ? あいつが何をしたというのだ?」
「戦争を勝利に導いたのさ。軍が集結しているという情報を、どのような手段をもってしたのか不明だけれど……どうにかして入手して、それを封書で送りつけたのさ、グレイルは」
「それか、その噂は嫌というほど聞いたよ。……その結果、どうなったのかまでは知らないが」
「そうなの……そのおかげで、国境付近に街がアルセウス信仰によって大規模な戦火に晒される事もなく……圧勝したものでね。グレイルは英雄視されてんのよ。今は、アタイらでさえ発言力がかすんで見える。今まで、どうやって情報を得たのか分からなかったけれど……要するに、未来でこの侵攻が起こるのを知っていたから、それが出来たってことなんだね。
 国境付近の東の街や、グリーンレイクシティじゃ彼の名前を知らない人はいないらしいよ……そうか、そういうことなら、あんたが未来から来たという発言もあながち夢物語ではないわけだ……」
 アキが意気消沈して口にした。
「信じてもらえてうれしいよ……くっそ」
 アキが信用してくれたことを嬉しく思いながらも、その何倍も嫌な事実を聞かされコリンは毒づいた。
「じゃ、どうすれば……良いんだ」
「歯車の番人を説得するか、もしくは……それ以外の所でがんばるのが無難って所じゃないのかい?」
 アキに諭され、コリンは考える。
「わかった、それしかないな。じゃあ、お前達は俺の言葉を裏付けるための調べ物と……後は、セレビィを探してくれ」
「セレビィ、ですか? 時渡りポケモンの……?」
「あぁ……集めた時の歯車をどうするかについてだが……幻の大地という、この世界には存在しない場所に行かなければならないんだ。時間と時間の隙間に存在するとか言う、わけのわからない場所にある大陸でな。そこに行くには、特別なポケモンや特別な道具が必要だと聞いた……
 その特別なポケモンの一つが……ディアルガと、セレビィ。未来ではセレビィによって移動していたから、それ以外は生憎分からない……すまないな。逃げるように未来から来たもんで、本当ならもっと調べ物をしてから来るつもりだったから……過去の事もよく知らずに」
 コリンはふぅ、と溜め息をつく。
「ま、まぁ。気にするんじゃないよ。その星の停止とやらに、何か対策を立てられるというだけでも儲けもんさ」
「それについてはそうかもしれないんだけれどな……俺、過去の世界をよく知らないばかりに、キザキの森の事……」
 思い出したようにしおらしくなるコリンの感情を感知したエヴァッカのみならず、アキもまたコリンが深い後悔の念に苛まれていることを感じる。
 誰に言われるでもなくコリンは土下座した。殺されたくないという一心で、謝りたくても出来なかった思いを吐き出すように、彼の頬には涙が伝っている。

225:休息 


「ミステリージャンルの件は本当に悪かった……俺は、未来から来たばっかりで、人が死ぬって事を軽く考えすぎていたんだ。この世界じゃ、人の命はとっても重いものなのにな……」
 全身から漂ってくる謝罪と後悔の念は、周囲の空気が重く感じるほど。
「血……」
「なんだ?」
 唐突に呟いたエヴァッカの言葉に、コリンは顔を上げる。
「貴方の血で、弔って。墓の前で、血をぽたぽたと垂らすだけでいい……それで弔って欲しいの。あなたが罪人じゃないと、断言できるなら……自分の意志で弔ってあげて」
「俺の血でも良いのか?」
「うん、元々、血は神聖なものと考えるのが私達ミュウを信じるもの達の考えだから……犯罪者は、血液全部抜きとられるけれどね。セセリも最初は本当にそうしようとしていたのよ……」
「おいおい……」
「乱暴だよな、ミュウ信仰って」
 呆れるコリンに同意して、アキが苦笑してミュウ信仰にコメントする。
「あら、貴方の信じる宗教にだって、乱暴な決まりがあるじゃない」
「それは言いっこ無しだろ、エヴァッカ」
 すっかり気が抜けてしまったのか、意識がある女二人はすっかり張りつめた糸を切っている。それを見てどう反応していいかもわからず、コリンは酷くはれ上がった顔のセセリを見る。

「勝つために全力尽くしちゃったせいで、酷い顔になっちまったな」
「なるべく傷を残さないように、私が頑張るわ……というか、セセリが本気で向かって行くのが悪いのよ。あなたとの戦いなんて程々で良いって言ったのに……あなたの事をまるで許すつもりもなかったから……」
 まだ腫れ上がっているセセリの顔を撫でながらエヴァッカは苦笑する。
「なぁ、エヴァッカ、アキ……俺はどうすればいいのかな?」
「貴方は、貴方の信じる道を進めばいいと思います」
「まぁ、エヴァッカが信じるって言うんじゃあ、アタイは何も言えないねぇ……チャームズは、アンタを信じることにしたから……だから、こんなところで燻っていないで早い所世界を救ってきなさいよ。グレイルなんて目じゃないくらいの英雄になって来なよ」
「ありがとう……」
 こみ上げるものが抑えきれずに、涙ぐみながらコリンは心からの礼を述べた。簡単だけれど、何よりも重い感謝の言葉に、何よりもエヴァッカが角をむずがゆそうにしていたのがコリンには嬉しかった。

「癒しの波導を使われた相手は、体を癒すために体力を使うから、疲れて眠ってばかりになるの……セセリはしばらく目覚めないと思うから……私に構わず先を急いでくださいな。私達が妨害しておいてなんだけれどさ……」
「……そうだな、少し休んだらまた行くよ」
「私達は、リーダーが目を覚ましたら早速調べものね。しばらくはグリーンレイクシティで星の停止について調べてみましょ」
 エヴァッカは溜め息をついてそう言った。
「あぁ、頼むよ」
 コリンは頷く。
「お前、コリンって言ったっけか。もし、全部終わった時……一緒に笑いながら酒でも飲めたらよかったのにな」
「女の顔殴っておいて、それはちょっと……気が引けるって言うか。でも、そうだな……楽しく酒でも飲めれば最高だった……」
 アキの言葉にコリンは寂しげな表情を浮かべる。消えてしまうのはやはりつらいことだ。それでも、こいつらが生きてくれていればそれでいいという思いが揺らぐことはないが、寂しさだけはどうすることも出来ない。
「セセリの顔の事は、気にしないで。私、こういう怪我を治すのは結構得意なんだから。何なら、貴方の怪我も一緒に治して差し上げましょうか? 眠っているうちに片付きますから」
 自信満々にエヴァッカが言うので、コリンは頭を掻きながら頬笑む。
「頼むよ」
 コリンはそのまま、エヴァッカの膝枕にご厄介になる。癒しの波導で、まだ鈍い痛みを伴うわき腹や、神速の耳で切り裂かれた鱗を癒しつつ、コリンは木漏れ日の中で深い眠りの休息にありついた。

 ◇

 その少しあと、トレジャータウンでは――
「……唐美月(カラミツキ)さん。オイラを鍛えてよ。グレイルさんが帰ってくるまでの、わずかな時間だけでもお願い」
 コリンに負けてから急いでトレジャータウンまで戻ったアグニは、元は北の大陸で名を馳せたという救助隊のリーダー、唐美月 薫(からみつき かおる)と言う名のオクタンへと頼み込む。『強くなりたい』そう思ったのは初めてでないが、今までよりもずっと強く。アグニは強くなると誓った。
「聞いたわよ、傷ついていたとはいえ、盗賊ジュプトル相手に良いようにあしらわれて負けたんですってねぇ……それで、強くなりたいのね?」
 本当はドゥーンか親方に頼むつもりであったが、二人とも極めて忙しそうである。と、なればとばかりに、アグニは現在救助隊を引退して隠居中の唐美月へと頼み込む事にした。
「当たり前だよ。オイラ絶対に強くならなきゃいけないんだ……手伝ってくれる?」
 もちろん、唐美月からの質問の答えにはイエスである。
「でも、今の貴方は、私よりも強い事は分かっているわよね、アグニ君? それなのに、貴方は私から何を教わろうと言うのかしら? トレーニングなら、サニーさんにでも付き合ってもらった方がいいんじゃないかしら?」
「分かっている……でも、貴方は父さんから貰っているはずです。必殺技の練習法がメモされているノートを……それを見て、特訓に付き合っていただければと……基礎トレーニングだけじゃあいつに追いつくとまではいかなくとも……二人で立ち向かえる程度になるのも時間がかかりそうだから」
「なるほど、もうあなたは大人になったつもりでいるのね……私にはそれが勘違いなのかどうかはわからないから、貴方が大人になったか見極めるためにも、協力させてもらうわ」
 唐美月は子供が巣立ちの時を迎えたような気分がして、寂しげな視線を向けつつも微笑み、快くアグニの牙を研ぐ手助けをする。

 同時期には、シデンもまた特訓への意気込みを見せていた。
「親方……メロメロの特訓に付き合って欲しいんだ。メロメロボディで、余すところなく自分をメロメロにしてくれない? グレイルさんが帰ってくるまでの短期間で強くなる方法ってこれくらいしか思い浮かばないんだ」
 そして、シデンもまたもっと強くなろうと、別の手段で牙を研ぐ。コリンに@最高の味方がついた所で、新たな敵は着実に強さを増していく。















次回へ


コメント 

お名前:
  • >2013-11-03 (日) 02:46:36
    大体はお察しの通りなのです。ダークライの件がなかったら、アグニを成長させるためにも消えたままにするのが神としての役割だったかと思います。
    シデンを復活させたのも、おそらくは苦渋の決断だったのでしょう。ソーダは……私ももうすこし救ってあげたい気持ちですw

    テオナナカトルは、その通りコリンたちの世界の未来ですね。すでにコリンたちの戦いは神話になっているようです
    ――リング 2013-11-22 (金) 00:37:02
  • ふむふむ、こうして読むともし原作のストーリーにダークライの話が無かったら、リングさんバージョンはシデンが復活しないまま終わってたのかなって思いますね。

    ソーダがちょっと可哀想でした。

    テオナナカトルって多分、コリンたちの世界の未来の話ですよね?
    ―― 2013-11-03 (日) 02:46:36
  • >狼さん
    どうも、お読みいただきありがとうございました。
    『共に歩む未来』のお話では、もう一つの結末というか、私としてはこちらのほうがよかったという結末を書いて見ました。
    ディアルガのセリフから察するに、本当の未来はシデンが生き返らない方であったという推測が自分の中でありましたので……。
    こんな長い話ですが、読んでいただきありがとうございました
    ――リング 2013-06-26 (水) 09:49:35
  • 時渡りの英雄読ませていただきました。私は探検隊(時)をプレイしたのでだいたいのことはわかるのですが時渡りの英雄ではゲームとは違ったおもしろさがありゲームではいまいちでていないところまで実際そんなストーリーがありそうな気がしたり(当たり前か)してとてもおもしろかったです。
    『ともに歩む未来』では[シデン]が蘇らないのかと思ったら[アグニ]の夢というおち、少しほっとしたり…。
    これからも頑張ってください。
    ―― ? 2013-06-17 (月) 21:31:32
  • 時渡りの英雄これから読んでいきたいと思っています。
    時渡りの英雄は10日ぐらいかかると思われます。
    読むのが楽しみです
    ―― ? 2013-05-25 (土) 02:02:01

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Last-modified: 2011-11-27 (日) 00:00:00
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