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時渡りの英雄第14話:人助けと交流

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時渡りの英雄
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185:女は強い? 

二月二十四日

 ドゥーンは数日間、ジバコイル保安官から、この界隈で起きている失踪事件の調査依頼をそこそこに受けつつ、日々を過ごした。その合間のオフの日である今日はカクレオン商店の隣にある、ガルーラの貸し倉庫の店主と談笑していた。
「でね、その貸倉庫のスペースもギルドの方から活躍に応じて広げてもらうように要請が来るのだけれど……
 最近どんどん広げさせられているチームがいて、迷惑なのよねぇ。そのたびに別の部屋にすべての道具を移さなきゃならないし、優秀すぎてすぐにたくさんの道具を拾ったり貰ったりしてくるから整理も大変。
 ピカチュウとヒコザルのチームなんだけれど、おばちゃんに優しくないチームよね、本当に……どっちもいい子なんだけれどさ」
 店主のガルーラは笑顔をほころばせながら、そう言った。
「はは、その割にはとてもうれしそうですね。やはり探検隊というのは……宝物よりも笑顔を発掘するものでなくては」
「何言っているんだいあんた」
 つられて笑顔になるドゥーンの問いかけに、少し笑って、少しはにかんだ。
「アンタねぇ……私を美人とか言って誉めたって何も出ないよ? こんなおばさんをナンパするもんじゃないよ」
 そうしてガルーラはため息を一つ吐く。

「この子ね……一年前に旦那に先立たれてから女手一つで子供育ててきて……この子が進化できる日を待っているんだけれど、やっぱり早いところ育ってほしいって思っちゃうのが親心なわけで……この子がお腹の袋から独り立ちして十年もすればあんな風に育つのかなぁ……なんて思うとつい、笑顔にもなっちゃうもんよ。あの探検隊見習いの子たち、本当に可愛いんだから……うちの子もかわいく育つといいんだけれど……」
「あぁ……すみません。辛いことを思い出させてしまって」
 さびしそうな笑顔を浮かべた、ガルーラに、ドゥーンは顔の前で手を振りながら、軽く頭を下げて謝った。
「いいのよ……旦那の事は関係なくって、今はわが子の自慢しただけじゃないの。今は、ここを利用しに来る探検隊の子たちが。旦那を失った今の私の趣味になっているんだから気にしないで。
 それに、私は昔のことを思い出させたくらいで参る女じゃないわよ。子ども一人でも生んだ女は案外強いもんよ? 世の中の全てを知っているような探検隊でも、女の強さは知らないのかい?」
「はは、弱い女性もいます。貴方のように強い女性も何人も見てきましたよ」
 女の強さと聞いて、ふとドゥーンの脳裏にシャロットが思い浮かぶ。未来から届いた文書によれば、装填するのに時間がかかるクロスボウを何十も作ってそれを大量に持ち込んで場を制圧したり、食事に毒を混ぜたり闇討ちしたりと、大暴れの情報ばかり流れてくる。
 あいつは、女だから強いとかそういう問題ではなく、ただただえげつない手段を使うのが得意なだけではあるが――あそこまで、えげつない手段を用いることができると言うのも、ある種の強さである。
(それは女だからなのだろうかな……?)
「女の強さに心当たりがあるってことかい。そいつは良い!! 逆に強くない女には優しくしてやんな」
「ははは……女になった事もありますから、女性の強さも弱さも知ってますよって言ったら信じます?」
「なーに言っているんだい、グレイルさんってば。あんた女装趣味でもあるのかい」
「冗談ですよ。なに、確かに女性の強さというのは知っております。子供を守るためなら時に何でもやりますからね。母親が見せる何があっても不撓不屈な強さ、知っております……反面、そうなれなかった女性の弱さと言う物も嫌と言うほど知っておりますが……
 一度折れてしまえば、男女の別無しに元に戻すことは難しいのでしょう」
 明るい笑顔を戻して豪快に笑うガルーラに、ドゥーンは微笑みかける。
 そうしているうちに騒がしくなっていった隣の店――カクレオン商店を覗いてみると、先日のソウロとアリルがカクレオン兄弟と仲良くお話をしている。
「ミツヤさんもアグニさんも、アリルも助けてもらいましたし……本当に感謝してます」
「皆さん、どうしたのですか?」
 愉快そうに言葉を交わす4人を見て、ついついつられるようにしてドゥーンは寄って行った。ガルーラのマリアとの会話は切り上げだ。

186:ディスカベラーが危ない 


「あ、グレイルさん。いやね……前にソウロ達の落としものについて……」「ここでお話したのを覚えていますか?」
「ああ、水のフロートのことですよね? 確か海岸に落ちていたとか……」
 ドゥーンは相も変わらず息の合った会話を繰り広げるカクレオン兄弟に、相変わらず圧倒される。
「そうです、そうです♪ ただ……それがですね……」「何やら水のフロートを奪われた揚句に、それを盾に取って脅迫されているのですよ」
 カクレオンの兄弟の言葉の後に、ソウロとアリルはうんうんと頷く。
「お母さんも、それで元気なくしちゃって……」
「なるほど、そんなことが……誰がどういう目的でそんなことをするのかはわかりませんが……しかし、悪質な奴らですね」
 ドゥーンは怒りを露わにして、拳を握り締める。握力が強すぎるせいだろうか、それだけで軋むような音がするのはドゥーンを見上げている幼児には恐怖の対象だ。
「でしょう!? こんな幼い子を相手にいじわるするだなんて……」「わたしゃ許さないですよ! プンプン!」
「ふむ……それで、ディスカベラーは今どこに行っているのですか?」
「エレキ平原です」
 ソウロが、いかにもディスカベラーならば心配するようなことはないといった様子で軽く言った。

「え……エレキ平原ですか? エレキ平原は今確か……遊牧民族の……いけない!! このままではディスカベラーが危ない!!」
 ドゥーンは青ざめながら、財布を取り出カクレオンに向かって投げると、オレンの実を強奪するようにして鷲掴んだ。
「あ、あのー……グレイルさん?」
 唖然として色違いのカクレオン弟、カワルがドゥーンに声をかけるが―ー
「申し訳ありません……そこからお代は出しておきます。ですから……強盗みたいですが容赦を」
 強盗みたいで、どころか強盗にしか見えない剣幕でドゥーンは言う。言いながら作業は止めず、食料品や二人分の治療道具なども鷲掴みにして、隙間の開いたバッグに大量に詰め込んだ。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
 カクレオンの兄弟は案の定驚いたが、ドゥーンも今は一秒すら惜しい状況で、構ってはいられない。気にせずドゥーンは続けた。
「私これからエレキ平原に行ってきます!!」
「えぇ~~っ!? ちょっと!? ちょっとぉ~~っ!? ディスカベラーがいるんだから大丈夫ですってばぁ!!」
「ダメな理由があるんです!! 早くいかないとダメな理由が!!」
 その声を怒鳴り散らすように言ってから、ドゥーンは駆け出した。
「「どうするんですかぁ、これ……?」」
 金貨の重厚な音が憎いくらいな大金を詰め込まれているドゥーンの財布を見て、困ったようにカクレオン兄弟は呟いた。
「と、とりあえず……なんだかわからないですけれどまずい状況ってことですよね……ディスカベラーの二人に何かあったら……私プクリンのギルドに顔向けできませんよ」
「お、お兄ちゃん……大丈夫なのかな? ディスカベラーの二人……」
 二つの兄弟が一様に心配そうな面持ちをする。ドゥーンは、鳥ポケモンの高速便を駆って、エレキ平原へと全速力で向かっていった。


 ドゥーンは最短ルートの道として不思議のダンジョンを突き進む。
 それこそ、すぐれた探検隊でも敬遠して通るような上級ダンジョンをたった一人で蹴散らして……である。
 巨大な拳を振り上げて立ちはだかる敵を殴り倒しながら、ひたすら道を切り開いていった。
 エレキ平原……私の記憶が正しければ、そこは遊牧民族のライボルトがこの時期に訪れる地……あの縄張り意識の強い群れが彼らに襲いかかれば……いくら『おばちゃんに優しくない』と言わしめるほど優秀な探検隊といえど、命はない。
 そんなところに呼び出すとは……一体誰が? 何故にそのような仕打ちを……? そう思わずにはいられない。
 過去の住人は、良くも悪くも無駄なことが好きなのである。過去の住人よりもはるかに豊かな生活は、他人が喜ぶ顔を嬉しいと思える心も、逆に他人を甚振ることで満たされる心も育んだ。
 未来世界にも他人を甚振ることが好きな者はいるのだが、こんな手の込んだ音をする者は稀である。
 そういった手の込んだことをしたがるのは、堂々と正面切って戦えない弱者や、社会的に立場があって下手なことは出来ない者。もしくは真正のサディストであって、今回の場合も弱者が無い知恵を絞って牙を剥いた形になる。


 その発端は数日前。
「くそ……気にいらねぇ!!」
 遠征で受けた去勢手術の傷を癒したのち、このホウオウ信仰の土地まで何とか帰ってきたドクローズ。そのリーダーであるインドールは、イライラを吐き出すように毒づいていた。

187:逆恨み 


 インドールはいまだ素行の悪そうな口調だが、ソレイス親方が行った仕事は、効果の高いものであったのかどうか?
 答えはノーだ。肉体的な快感を失った三人は、同時に性欲も失っていた。しかし、性欲によって鬱憤を発散させていた頃の記憶はいまだに根強く残っており、気に入らない事があれば女性を襲いたいと言う思考はそれほど変わることも無く彼らの中にある。
 しかし、女を前にしても性欲が湧かない。そして、逸物も勃たない。それが気に入らないのだ。

 腹が一生減らず、一生何も食べないで大丈夫な体になる代わりに味覚を失う――と言う事になったら、ある程度経済的に恵まれてさえいればそれは嫌だと突っぱねるだろう。
 今のドクローズ達の状況はそれに近い。何かを食べたいと思わない代わりに美味しい物を二度と味わえないこの感触、非常に強いイライラを生み出している。
 鬱積した感情を吐きだすために、彼らは獲物を無理矢理口にして飲み下すような真似をする。美味い物を水で流しこんで胃袋にたたき込むような乱暴な扱いを生身の女性に対して行っていた。それは、とても女性に――いや、『ナカマ』に対して行うものとは思えない。
 酷く暴力好きで、『ヤセイ』を甚振って楽しむ探検隊も少なくはないが、その矛先を『ナカマ』に向けるとなると、それはいよいよ少数だ。
 ドクローズのそばで地面に転がっている女性は顎の骨を砕かれ、女性器を破壊され、酷い見た目をしていた。

「糞野郎……ソレイスのせいで、こんなにいい女を抱いても何も感じねぇ!!」
 何度口に舌かもわからない不満を吐き捨てて、インドールは死体を蹴りあげる。
「ケッ……こうなったら、復讐っきゃないですよ。どんな手段を使っても奴らを追い詰めてやりやしょうぜ」
 その不満に、ガランが同意して毒ガスを吹きだした。
「あのギルドごと崩壊させて目に物見せてやりやしょう」
 コーダも同意する。だが、そんな不毛な話し合いは当然すぐに実行される事も無く、三人はトレジャータウンに身をひそめながらチャンスを待っていた。
 その間、何人もの女性が犠牲になった。凌辱し、苦痛を与えて叫ばせた後は、そのまま殺して埋める。そんな狂気の沙汰とも言える悪行を繰り返している間に、流石に旅人の間で正体不明の山賊が話題になり始める。
 その結果として、グレイル=ヨノワールがこの事件を解決するために動いているということを知り、ドクローズ達も流石に行動を自重したが、未だに燻った憎しみは消えようとしない。
 結局、彼らが復讐の機会を見つけたのは、カクレオン商店での会話を盗み聞きしていた時である。
『そうです。水のフロートって言う道具です』
『水のフロート? それはまた貴重なものですね……』
 シデン達に加え、ドゥーンが会話している横でのソウロ、アリルという名前らしいマリルとマリルの兄弟。シデン達とは随分と親しいらしいその二人ならば、シデン達を炙りだすのも簡単だろうと、インドールはとりあえず宙を浮かべるガランに浜辺へ先回りさせた。


「ミツヤ、今日はどうする?」
「無難に便利屋依頼でも受けようよ。最近は暑くなってきたし……出来れば水辺に行きたいな」
「えぇ……水タイプが多くなりそう……」
「私が倒せば問題ないでしょ?」
「ま、そうなんだけれどさ……まぁ、いいや」
 肩をすくめてアグニは笑う。
「今日も頑張ろうね、ミツヤ」
「承知!! 今日も頑張って行こうね」
 今日も仲の良い二人は、朝礼を終えた後の行動も即決だ。今日も元気に掲示板を覗きに向かおうと、二人が梯子を登ろうと思った矢先。
「おい、ディスカベラーのお二人さん!!」
 耳をつく、ドゴームの大きな声。ラウドの声だ。
「何、ラウド?」
 ラウドの声はよく通り遠くからでも聞こえるのだが、二人の声はそうもいかない。力一杯叫んでラウドに聞こえるように応えると――
「お前達のお客さんだ。相手をしてやれ」
 ラウドは大きな声でそれだけ言った。
「お客さん?」
「あぁ、ギルドの入り口で待っているそうだ。あまり客人を待たせるなよ!!」
 最後にそこまで言って、ラウドはそれっきり。
「んもぅ、事務的だなぁ……」
「言っても仕方ないよ。行こう、アグニ」
 二人は、不平を漏らしながら掲示板を見るよりも先に地上へと登る。その先に待っていたのは、思いがけない懐かしい姿であった。
「あ、ミツヤさん、アグニさん」
 丸っこい水色の体。それが二つ並んでいると来れば、マリルとルリリの兄弟。ソウロとアリルである。緊張しているのか、二人は顔を曇らせている。
「あれ、君達は……オイラ達を待っていたのって、もしかして君達?」
「そうです……実は、僕達二人にお願いがあって来たんです」
「改まってどうしたのさ。良いよ、お姉さんたちに何でも言ってごらん」
 シデンは微笑んで二人を見下ろして、優しく語りかけることで緊張をほぐそうとするが――しかし、どんなに微笑みかけてもその顔は曇ったまま。どうやら緊張しているわけではないようで、そんな表情のおかげでシデンとアグニは嫌な予感しかしなかった。

188:返り討ちにしてやれ! 


「え、えっと……お願いと言うのはですね。水のフロートと言う道具を……取って来て欲しいのです」
「水のフロート? それって……君達が探していたものだよね」
「はい……岩場に落ちているって聞いて、そこまで泳いで行ったのですが……そしたらこんなものが代わりにね……」
 そう言って差し出された紙きれは、大分濡れてしまったのか、文字がぐずぐずになっている。それを見越して大きめに書かれた文字は乱雑で見づらい。
「えーと……『海岸にあった水のフロートは我々が預かった。取り返したくば、エレキヘイゲンのソラン台地まで来い。
 まぁ、お前ら子供がどうにか旅するには辛すぎる道のりだ、果たして、そこまで来ることができるかな?
 無理なら、ギルドの仲間にでも頼むこったな!!』ってこの匂いは……ミツヤ」
「うん、これは確実に……なんというか安い罠と言うかさぁ……」
 手紙にこびりついた臭いは、明らかにドクローズの三馬鹿ども。溜め息をつきつつ、二人は兄弟に振り返る。
「なんだか面倒なことになりそうだし……ソウロもアリルも自分達に頼んだのは正解だったね……」
 やれやれとばかりに深いため息をついてシデンは表情を変える。
「二人とも。いい……君達?」
「は、はい」
 シデンに真面目な顔をされて、ソウロとアリルはかしこまる。
「絶対にこの誘いにのっちゃダメだよ……あと、そうだね。もしも街中でスカタンクとドガースとズバットが話しかけてきたら、誰でもいいから大声で助けを呼びなさい。貴方達……物凄く危険だから……出来れば家からもあまり出ない方がいいのだけれど、仕事とかで外に出る時は人通りの多い場所を選ぶこと。分かった?」
「は、はい!!」
 しっかり者の兄、ソウロに対して言い聞かせると、彼は体を強張らせながら頷いた。
「まぁミツヤの言うことで大体間違っていないかなぁ……この脅迫状についてはオイラがなんとかするから……とりあえず、君達は身の回りの事について気を付けてね……」
「とりあえず、自分達はエレキ平原へ向かう準備をしてくる。チャットへの報告もしなきゃいけないし……あぁん、やる事がいっぱいだよ。あぁ、二人とも……今回の事は、報酬については気にしないで良いから。
 自分達のごたごたに巻き込まれただけみたいだし……」
「えぇ!? 良いんですか……でも、悪いんじゃ」
「で、ですよ……お兄ちゃんの言う通り。何も恩返しできないなんて……」
「いや……悪いのはね……トドメを差さなかった親方と、自分達と、何より犯人だから」
 ミツヤは笑顔を浮かべながら、さりげなく親方に暴言を吐く。
「君たちの大切なものなんでしょ? それを取り戻すのは、ギルドの尻拭いさ」
 シデンはソウロの頭を撫でて、額にキスする。
「そうです……大切なものなんですけれど……僕の力じゃエレキ平原どころかその前にさえたどり着けませんし……僕は……弱い自分が悔しいです。
 貴方達に頼るしかないなんて……」
「何でも自分でやろうなんて考えないでよ、ソウロ」
 アグニは屈み、握りこぶしに力を入れて泣くソウロの顔を指で拭い、力の入った拳を包み込む。
「自分がやれることをやればいいの。ソウロには、ソウロにしか出来ない事があるでしょ? なんだかんだ言って、ソウロって物凄く力持ちだし……重い物を持つ事にかけてはオイラよりも上じゃない」
「ですけれど……」
「いいの。オイラだって手先は器用な方だけれど……刃物や調理道具、水瓶とか、そう言う物を作る能力はないし……世の中は適材適所。自分が出来ない事は他人に任せればいいのさ。
 何でも他人任せじゃいけないとは思うけれど、オイラはそう言う風に考えているよ」
「……ありがとうございます」
「分かってくれたみたいだね……もう泣いちゃダメだよ、ソウロ」
「はい……でも、すみません。ありがとうございます」
「喜んだり泣いたりで顔がくしゃくしゃだよ」
 ソウロの頭をポンとたたいてアグニは微笑んだ。微かに頷いた彼を見て、もう大丈夫だろうとアグニは横に視線を向ける。
 横では、シデンとアグニに交互に構われている兄を見て、弟のアリルはどうも不満な様子だったようで、それを察したミツヤがアリルと話をしている。お兄ちゃんを支えてあげるんだよと、シデンは優しく微笑んでいた。
「さて、行こう……ミツヤ」
 シデンが立ちあがったのを確認して、アグニは声をかける。『よろしくお願いします』と、大きな声でお礼を言った二人の声に手を振って振り返り、二人は自分たちの部屋へと戻る。
「うん……今回はいつも以上に入念に準備をしないと……とりあえず、エレキ平原は電気タイプが多いし……それなりの対策はしておこう」
「と、言うと?」
「ふむ……アグニが炎タイプじゃなかったらなぁ……電気を防ぐためにも鎖帷子を着せると言うのもあったけれど……とりあえずはソクノの実が現地で手に入ればいいけれど……うん、罠もたくさんありそうだし、唐辛子爆弾は多めに作っておく。
 それと……うーんと……とりあえず、チャットや親方に報告しておこう。何かアドバイスも貰えるかもしれないし……」
「うん……気をつけるにこしたことはないね。あんな幼い子供まで巻き込むような外道を……生かしておくわけにはいかないし」
 互いに頷き合った。手紙にこびりついていた匂いは、ドクローズの三人。嗅覚に優れたシデンにそれを渡してしまえば、識別は容易であった。その匂いを嗅いで、準備をしておかなければまずいと悟った二人は、とにもかくにもありったけの武器を用意する。
 シデン自作の武器の数々を詰め込んだら、準備万端で二人はエレキ平原へと向かうのであった。

189:エレキ平原では 


 ドゥーンは、数日前にトレジャータウンを発ったディスカベラーに追いつくために、飛行ポケモンの高速便を利用して空を駆け、いつ雷に打たれるかもわからないエレキ平原にたどり着いたら、次は徒歩でダンジョンを攻略するといったルートを選ぶ。
「ええい、邪魔だ!!」

 頭や足、尻尾を手掴みにした敵を振り回し、まるで武器のようにして扱う荒々しい戦法で、ドゥーンは突き進む。掴まれた敵は骨が砕け、臓器がひしゃげ、鮮血をまき散らしながら役立たずのボロ雑巾のようになるまで使われる。
 そうして、石の礫のように軽々と放り捨てられて武器としての役目を全うした後は、同様にして別のポケモンが手づかみにされ、また振り回される。豪快無比にして怪力無双なこの戦い方は、集団を相手にする時でさえ、これ一つで雑魚の相手は事足りる。
 無限に補給可能な肉の盾と肉の棍棒。一見残酷な戦法だが、これがまた敵に恐怖を与えるために、国境付近の街では英雄と称賛されるに値する戦いぶりと、士気を高める勇猛さを見せつけていた。

 無論、『ヤセイ』は恐怖心すらなくしてしまったため、その怖さ事態は全く意味がないのだが、とにもかくにもドゥーンは無傷であった。

(あの二人は、ギルドメンバーだ……ソレイスに取り入るためには有効なカードだし、助けておいて損はないはずだ。歴史には修正機能がある程度働くから、私が助けたところで未来は変わらないし……結局は助けてもすぐに死んでしまうかもしれんが……いや、それは言うまい)
 私はこの世界での評価を上げるためにこういう事をやっているにすぎないのだと、ドゥーンは言い聞かせる。言い聞かせて進んでいくと、気づけば前方を大量の『ヤセイ』達に塞がれている。

「モンスターハウスか……一匹や二匹で勝てぬからと言ってそれで勝てると思うならば勘違いも良いところ。急ぐ私の前に、立ちはだかるのならば……生きながらにして煉獄を見るがいい!!」
 咆哮するとともに二足歩行のポケモン二匹の首根っこを鷲掴みにして、独楽のように回転しながら敵の群れへと突っ込み、抵抗の一切を蹂躙する。
 粗方が倒れ伏したところで、ドゥーンは踵を返して出口を探して行った。

(しかし……本当にどうしようか。ここで……彼らを助けるには私でさえ危険が伴うはずだ……信用を得ることも大事だが、命あっての物種じゃないのだろうか……)
 ライボルト達は電気技による味方への誤射を恐れない。それだけに味方がいようとも、ガンガン電気技を放ち、それによってたがいを強化しあうことで狩りをおこなう、非常に都合の良い生態を持っているのだ。ドゥーンが殴り倒そうとすれば静電気の特性で返り討ちにあうことすら想定できる。

(流石にライボルト群れを相手にして勝つだけの力は……私とて無いというのに……何故だ? 何故私はこうまで必死に彼らを助けようと……くそ、これは信用を得るためだ。
 そうだ、そうに違いない……この世界の住人などに情など……移してはいけない……移してはいない!!)
 ドゥーンの自己暗示は不毛なままに何度も繰り返されている。そんな状態でも疲れを最小限に抑えつつ、マイペースを維持できる最大の速度を以って、走ることが出来るというのだから器用なものである。そこが彼の優秀さを足らしめている部分であろう。

 そうこう考えているうちに。ドゥーンはダンジョンを抜けてエレキ平原奥地――最奥部にたどり着く。そこでは明らかに自然のものではない稲光が周囲にいくつも落ちていて、それがポケモン同士の戦い。ひいては、ダンジョンの『闇』が吹き荒れない場所であるここでは、『ナカマ』同士の戦いであることがわかる。
 ライボルトの群れとミツヤとの戦いの光景が浮かぶが、脳裏には一方的に二人が蹂躙される光景しか思い浮かばない。そう思うとうすら寒く、ディスカベラーが死ぬ前にたどり着かねばと、ドゥーンは足を早く進めた。

 ◇

「どんな罠を張ってくるのかと思えば……」
「すっかり囲まれちゃっているね、ミツヤ」
 水のフロートと呼ばれる道具の特徴を聞き、それらしき物体を見つけてディスカベラーの二人は飛び付いた。そこまでは良かったのだが、近づいてみれば、アグニがそこに仕掛けられていた罠にかかってしまう。
 それはちっぽけなベルであった。足を引っ掛けるとと鳴り響く、本当にそれだけの粗末なベル。それを鳴らすためのワイヤーは岩場の草むらの影に隠れて見えにくくされていたが、全体的に見れば本当に簡単な子供のいたずらレベルである。
 ドクローズには手足が器用な者が居ないのだから、こんなにチャチな出来なのも仕方がないのだろうが――仕掛けは単純でも、状況は最悪だ。
 周囲に漂う不穏な気配。道中、散々『ヤセイ』を倒して覚えた、ラクライの匂い。

「ここへ何しに来た!?」
「ただ、……落し物を取りに来ただけ」
 シデンが包み隠すことなく、正直に答える。
「落し物を取りにだと……? ここは我々の縄張りだ……そこにぬけぬけと踏み込んで落しものだと? 寝言は寝て言え」
「どうやら、相手は話を聞いてくれる気はないみたいだよ、ミツヤ……どうするの?」
「そうだね、アグニ。自分が合図をしたら……息、止めて……」
 シデンはそう言って、頭の中でアグニを好き勝手犯しているところをイメージする。ベッドに大の字で縛り付けアグニが嫌がりながらもまんざらでもない表情を浮かべ、あられもなく腰を突きあげている光景を。
 戦闘が開始する前にこんな妄想をするのは不謹慎この上ないが、これが一番有効な方法であることを、シデンは今までの経験上知っている。
「何をしに来たのかは知らないが……他人の縄張りに勝手に色々な悪戯をしているところを見ても、無作法な訪問者であることは間違いないようだな……」
 のしのしと、敵はゆっくりと歩みを進めてくる。タイミングを絶対に間違わないようにと、シデンは敵の一挙手一投足を瞬き一つせずに観察した。

190:交渉 


「お前たちはただ迷い込んだようにも見えない……悪いが、この場所を荒らす者はここで死んでもらおう!!」
 ライボルトは味方に放電する。避雷針の特性を持つ彼らはそうすることで自身の攻撃力を高めて狩りを円滑に進める儀式があるのだが、それをするということはつまり、相手は完全にこちらを殺しにかかっているということ。
「アグニ、呼吸!!」
 敵は、素人ではないようだ。ライボルトを筆頭に、手下のラクライはそのどれもが手練。
 敵が気合いを入れるだけで漏れ出る電気の強さが、そのまま電圧の強さとして肌に、耳につきささる。その電圧の高さは、彼ら個人の力だけではなく、シデンはこのエレキ平原という環境が関係しているのだろうと気づくが、そんな事はどうでもいい。
 とにかく、アグニが早くも怖気づき始めており、この状況を打破するためにもシデンは目覚めるパワーを発動。背中から純白の、スワンナを彷彿とさせる美しい翼を生やし、メロメロの芳香と合わせて風を起こす。
「私達は争う気はない!! だから、牙を収めてよ!!」
 アグニに対する性的な妄想を具体化させることで強化されたメロメロの技は、四散して雄を骨抜きにする魔性の空気となる。とたん、ライボルト達の闘争心が鈍る。
 アグニだけは未だに冷めない緊張感を胸に抱えて体毛を逆立てているが、炎を出したりして敵意を見せつけるような事はしない。

「こ、この香り……雌の……」
 シデンは周囲の匂いを探ってみたが、なぜかこの群れは雄しかいない。戦闘員が男だけなのか――しかし、チャット曰く、ラクライの一族は未だに遊牧を続ける敬虔なホウオウ信仰の紡ぎ手だと言われたのだが、女性が戦闘に参加しないのであればホウオウ信仰とは言い難い。チャットの話とは全く話が違うではないか。
 ホウオウ信仰ならば普通に考えれば雌の戦闘員もいるはずだし、こいつらは温厚どころか凶暴極まりない。
「こんな色香で……我らを惑わそうと言うのか!? 舐めるな!!」
 メロメロの香りは届いたがしかしあまり効果はない。怒りが強すぎて、せっかくのメロメロが殆ど意味をなしていない。ラクライ達も同様で、殺せ殺せと口々に叫ぶ。本当に一体何があったと言うのか……
 ともかく、メロメロで闘争本能を無理矢理抑えつけてもダメだと言うのならば、いよいよ実力行使しかなくなるわけだ。しかし、相手は誤射を全く恐れることなくバンバン放電してアグニを殺しにかかるはずだ。
 電気タイプとはいえシデン自身もダメージを受けるし、そうなってしまえばどちらが負けるかなんて想像は容易だ。ならもう、力の限り脅すしかないわけだ。
「分かった、ならこっちも容赦しない……死んで恨む相手は、私を恨まないでよね……群れの仲間が死んで恨む相手は自分自身だよ、ライボルト!!」
 そう言って、シデンはバッグの中から大量に作っておいた眼潰し用の唐辛子爆弾を用意する。
「え、えーと……このピカチュウに同じく。オイラだって、君たちを殺すつもりはないけれど……殺られないためには殺るしかないから……手を出せば、こっちも抗うからね」
「こんなこともあろうかと、殺傷性の高い物を選んで来たけれど……喰らう覚悟はある? この人数相手でも勝ちかねない代物だけれど……解毒剤も聞かない猛毒だ」
 シデンの言葉をハッタリだ。ハッタリでも、怖気づいてくれれば恩の字と、シデンは歯を食いしばって緊張に耐える。
 張りつめた糸を切るのではなく、緩めて穏便にしてくれればと。穏便に話しあいで解決しようというのならば、こっちにとってはそれに越したことはないのだ。相手とて、こっちの事は野垂れ死のうがなんだろうがどうでもいいと思っているだろうが、群れの仲間に関して同じ事を思っているわけはないだろう。
 あっちの事情なんて知ったこっちゃないが、お互い殺されたくないという願望だけは一致しているはずだ。

「でも、一つだけ言える事は……そっちが手を出さなければこっちは何もしない。穏便に済ませることが最も得策だと思うけれどどうする? そのための、メロメロだ。牙を収めるように、とびっきり濃厚にしたメロメロだ。
 こっちが、攻撃する技を出せばそっちも攻撃をせざるを得ない状況だってのは分かっている。それで……あのメロメロ、素人に出せる威力じゃない事くらい、あんたら気づいているんだろ?
 素人じゃない私達と、お前ら多勢!! ぶつかり合ったら手加減は出来ない!! そうなって、手傷を負って、時には仲間が死亡しても『私たち二人を殺せれば満足』ならやればいいじゃない。
 リーダーは(ヽヽヽヽヽ)強いから、きっと生き残る……無事だろうしね。私は戦いとなったら、まず真っ先に弱そうな部下を殺すよ。部下が何人死んでも、リーダーが生き残っていれば群れは御の字なんでしょ? 無人の野でリーダー気取りたいならやればいいじゃない……」
 完全に硬直してしまったこの状況で、シデンは恐らくリーダーであろうライボルトを見る。
 応えるように真っ青な体毛とそれを彩る金色の鬣。真っ赤な瞳はこちらを値踏みしている。
「私達を呼び寄せたそのベルについてはどう弁解する?」
「私達を、貴方達とトラブルを起こさせるために……誰かが仕組んだ罠なんじゃないかって思う……」
 ふむ、とライボルトは考える。
「なるほど。下手な言い訳をするものだな――……」
「信用してもらえないの?」
「いや、お前の良い匂いに免じて信用することにする」
 メロメロの香りのことを言っているのだろうか、鼻をひくつかせたライボルトはそう言って牙を剥いていた唇をおろし、威嚇を終える。
「おい、ランズ……お前。少し前に出て腹を見せろ」
「え……? リーダー……何を?」
 ランズと呼ばれたラクライがライボルトに向けて疑問の眼差しを見せる。
「だが、それは同じ事をそちらのヒコザルがしてからでいい……」
 ランズの質問には答えずに、ライボルトはそう言ってアグニを睨む。
「……お互いに、弱点を握り合おう、ってわけか。確かに、私もアグニが人質にとられていたら何もできない……」
 シデンが一人納得しながら問う。
「あぁ……互いに弱点を握り合っていれば、下手な真似も出来まい。こっちは『八人だから一人死んでもいい』、なんてわけにもいかないしな」
「な、何故私なんですかぁ!?」
「ランズが目についたからだ。それだけだ」
 ライボルトはそれを言う為にランズという名前らしいライボルトに視線をよこした後は、再びアグニに視線を向けて睨みつける。
「アグニ……寝そべって、頭の上に手を置いて。それが無抵抗の意志を告げるには最善の格好だから」
 その視線を感じてシデンはアグニのそう頼んだ。怖いだろうけれど、ここは耐えてもらうしかない。
「う、うん……」
 アグニが恐怖を感じながらも、おずおずと身を伏せ、頭の上に手を置いた。
 シデンは注意深く他の者を見ていたが、特に視線や合図をやり取りする動きは見えないし、放電の様子を見る限りでは意志を伝えあったりしているようも見えない。みんなアグニを見ていて、リーダーのライボルトを見ていないという事は、逆にあちらもこっちを窺っている。リーダーが襲いかかるように指示を下すのを待っているわけではない、多分。
 そういうことなのだろう。

191:リーダーの資質 


 アグニがラクライ達に囲まれる。シデンは調理用のナイフをラクライにいつでも突き立てられるように構え、恐る恐るラクライ達の囲みを抜ける。
 いような緊迫感の流れる中で、張り詰めた空気を切り裂くように、巨大な影が。
「これは……どういう状況だ?」
 ドゥーン。今はグレイルという偽名を名乗る、ヨノワールであった。
「グ、グレイルさん?」
「なぜ、ここに……?」
 アグニと、シデンは驚愕して、しかしどこか安心した様子でグレイルの名を呼んだ。
「貴様……何者だ!」
「私はグレイル。探検家だ……ライボルトよ……この者達に危害を加える気はないのか?」
「まぁ、な。こちらから危害を加えてもお互い得も無いようだしな……最初は排除しようと思ったが、あちらの態度も……ある意味(ヽヽヽヽ)最も平和的だったからな。殺しあうか、和解しあうか、そんな単純な二択を出してこられたら一つしか選択肢はない」
「ま、まぁ……お互い死にたくないから死なないように戦いを止めようってのは……真理だし。獲物を殺すよりも群れを守るほうがリーダーの資質とも言いますし。あなたがリーダーでよかった」
 シデンは緊張した顔を崩さないままに、口にする。その目は誰の方を見ているでもなく、文字通り全体を観察している。グレイルという頼れる助っ人が来たからと言って、安心して気を緩めないところは未来で修羅場を潜り抜けた経験と探検隊としての資質の賜物か。
「ど、どうでもいいからオイラをこの体勢からどうにかしてよ……」
「あ、あぁ……ごめんごめん」
 未だアグニは身を伏せたまま。一番怖い思いをしている彼をこのままというのはなかなか酷なものである。
「色々とごめんなさい……ランズさん」
「いや、こっちも……お互いの体が震えていたのがなんだかおかしかったよ」
 シデンが成り行きで人質にしているランズへ語りかけると、肩をすくめてランズは笑う。お互いに傷つけあいたくないとわかりあうことで、なんだか妙な友情が生まれてしまったようだ。
 まず、群れの囲いから離れたランズとアグニは、囲いの周りを大周りしてアグニはシデンの元に。ランズは先程アグニを囲んで連れて行った群れの仲間の元に帰っていった。

「ミツヤ、アグニ……よくまぁ、この殺気だった連中を説得出来たな」
「いや、ハッタリ利かせて脅したもので……ヴァッツって言う探検隊から、啖呵の切り方をいろいろ教えて貰ったんだよね。連携のとれた仲間なら、それを揺さぶる言葉を投げかけろって……」
 舌を出してシデンは笑う。
「ほほぅ……ヴァッツさんですか。ずいぶん有名な探検隊とお知り合いなのですね……」
 シデンとアグニがようやく安全を確保したところで、ドゥーンは肩を下す。
「ところで、グレイルとやら……お前、何者だ」
 しかし、知り合いの二人と違って、ドゥーンは部外者。場合によっては外敵である。これ以上人数が増えることが気分の悪いライボルトは、ドゥーンの匂いを嗅ぎつつ尋ねる。
「しがない探検家です。この者達が……貴方達の縄張りに入り込み、殺されるのではないかと懸念して向かってきましたが……どうやら、独力で切り抜けてしまったようで。余計なお世話でしたね」
「その様子だと、我らが殺気だっている理由も知っていそうだな…………私達のことをよく知っているんだな。グレイルとやら。本当に、脅かし(おびやかし)に来たわけではないのだな?」
「はい、間違いなく……貴方達の情報は、良くも悪くもあまり周囲に出回っておりませんので……この者達は、策略に掛けられただけなのです」
「そ、そうそう……オイラ達……あそこ。あの罠が仕掛けてあった場所の近くにある、あの水のフロートって言うアイテムを取りに来たんだ……それが終わったらすぐに帰るよ」
「うん、自分もそのつもり」
 アグニもシデンも、この気まずい状況から抜け出してしまおうと、頷きあってライボルトを見る。
「ミツヤ、とか言ったな。お前のめろめろの匂いを嗅いでいる時にお前ら以外の……何か別の悪臭がした。お前らが言っていた策略というのがこの匂いの主ならば……まぁ、よかろう。ピカチュウ、ヒコザル……そしてヨノワール、ここは貴様を信じてやろう。しばらく時間をやるから、その間にここから立ち去るのだ……」
 そう言って数秒の間三人を睨みつけていたライボルトは、踵を返す。
「行くぞ」
 掛け声に従うように、ライボルトとその進化前のラクライたちの群れはシデン達の視界から消えた。

192:一安心 


「ふぅぁぁぁ……ミツヤ……ありがとう、よかったぁ」
 アグニとシデンは、大きくため息をつきながら、糸の切れた操り人形のようにその場にへたれ込む。
「ミツヤのおかげで助かったよ……オイラ死ぬかと思っちゃったし」
 アグニは肩をすくめて苦笑して、肩から力を抜く。
「まぁ、戦っていたら実際負けてただろうね……」
 シデンもほとんど同じ動作でアグニに同調した。 
「しかし……彼らはなんだったの? グレイルさん、知っているんですよね……? チャットは何も知らなかったみたいだけれど……」
「彼らは……ライボルトとラクライの一族です。彼らはいつも過ごしやすい地域を求めて、絶えず移動して過ごす遊牧民族なのですが……
 この時期のエレキ平原は特に雷が多いせいなのでしょうか……彼らは必ずこの時期になるとエレキ平原で暮らすのです。
 ただ……以前彼らはここで何者かにいきなり襲われたことがあり……その時は、群れの多くの女性が攫われては無残な姿で発見された。子供に至っては明らかに甚振られながら殺されていった傷だったとか。
 それが、彼らにとって一種の教訓となったのでしょう。それ以来、ライボルトの群れはここに来る者たちに対してものすごく敏感になったそうなんです。元々遊牧民族ですから……あまり情報のやり取りもしないようで……チャットさんがこれを知らなかったのも無理のないことなのでしょう。
 この地に侵入する者がいたら……殺られる前に、殺る。いつしかそれが、彼らの掟になったそうです」
 質問したアグニも、ただ聞いていたミツヤも、血の気の引いた表情で息を飲んだ。

「そっか……それで私達を……。通りで、オイラ達がいくら弁明しても聞く耳持たなかったわけだよ……」
「まぁ、それなら……仕方ないよね。自分だって、そんな目にあったら……もう群れ以外のだれも信用できなくなっちゃうよ。
 それにそういうことをする奴ほど、自分が危なくなると命乞いするのがムカつくし……」
 二人は、憔悴した顔を見合わせた。
「あ、そうだ! 忘れていた!」
 アグニは聳え立つ岩の柱の隙間を見る。
「確かあそこに水のフロートが……」
 アグニは走り出し、それを手に取る。
「あった、これだ!」
 それを持ち帰り、ドゥーンへと見せた。
「グレイルさん……これなんだけれど……本物かなぁ?」
 ドゥーンは目を凝らして隅々まで見まわし、それが贋作でないことを確認した。
「えぇ、間違いないです。間違いなく、これは水のフロートです」
「本当? やったぁ、早いとこソウロたちに届けようね、ミツヤ!」
「うん、アグニ」
 二人は、今までの疲れも吹っ飛んだという様子で喜び合う。その光景を本当に微笑ましいと思いながらドゥーンは先程来た道を見つめる。
 アグニとシデンを連れて、来た道を戻ると同時に、これを仕掛けた者たちへの怒りがふつふつとわき上がった。
「さて……デイスカバーの人の良さを知った上で、ソウロ達の代わりにここへ来ることを見越したうえで……また、ここがライボルト達の縄張りだという事も承知の上でここへと誘いだしたのだろう? そこに居る外道ども。
 私の手によって指一本動かせなくなるまで抵抗を封じられてお縄につくか、素直にお縄について刑に服すか……好きな方を選べ」
 有無を言わせない口調でドゥーンは命令する。
「え……?」
「え……?」
 アグニと、シデンは気が付いていなかったのか、気の抜けた声を漏らす。
「風下にこの季節は風が一定の方向から吹きますからね……身を隠すには便利なものです。ですが、もう無駄なのですよ……隠れていないで、いい加減でてきたらどうですか? それとも、見つかった時はすでに死体でした……と、私が保安官の皆様に証言しましょうかね? それでも一向に構わないのですよ」
「……クククククッ、わかっていたのか、しょうがねぇ。ライボルトにもばれないようになるったけ体臭を消したってのに……鋭いこった」
 姿を現したのは、紫を基調として、白の下半身を持つ恰幅の良い四足歩行型のポケモン――スカタンクのインドールに、ドガースのガランとズバットのコーダだ。

「ああ~~っ!? お、お前達……お前達、死ぬ覚悟は出来てるのか!?」
 アグニは驚きの言葉を間の抜けた声色で発したかと思えば、殺意を孕んだ言葉とともに早速以って口のなかにチロリと炎を吹かす。
「ふーんそこにいたのか……」
 シデンもまたアグニに同じく早速以って頬に電気を溜めこむ。
「ケッ!」
「へへっ!」
「ククククッ」
 アグニが怒りを露わにすると、ドガース、ズバット、スカタンクの順に、不快な笑い声を上げる。
「ケッ、お前達がライボルトにズタボロにされた後を狙って、さらに俺達が痛めつけてやろうと思ってたんだが……」
 シデンは必中の電撃波を放って、コーダを狙う。
「へへっ計算違いだぜ! お前ら、上手い事戦いを回避してしまうんだもんなぁ……ってぎゃぁぁぁぁ!!」
「よし来たミツヤ!!」
 アグニもまた、シデンの電撃波から畳みかけるように火炎放射を放って、まずは電気で怯んでいるコーダを倒す。
「まずは一匹……次はどっちかなー」
 倒れたところで、とりあえず一匹仕留めたことにご満悦な様子でシデンは呟いた。
「やりましたね、ミツヤさん……それで、お前らが言いたいことはそれだけか……? 続きは拘置所もしくは、墓場で言え!!」
馬鹿は墓場(ばかははかば)ってね……お前らの墓に丁寧に刻んで、死んでからも笑いものにさせてあげるよ」
 シデンがつまらないダジャレを言いながら全身に帯電する。彼女の殺気がそのまま放電として周囲に轟き、対峙する二人を恐れおののかせた。

193:じゃあなの種 

「覚悟!!」
 ドゥーンが影を伸ばしてインドールを攻撃し、影を攻撃された痛みでインドールが飛びのいた。そうしてインドールが空中で身動きが取れなくなった一瞬のうちに、ハブネークが首を伸ばすが如く圧倒的な威圧感で向かってきたドゥーンの手が、インドールの顔を捕まえる。シデンも怒りに打ち震えた拳に全身の電気を集中させ、膨大な電圧を伴った前足を携えて四足歩行で走り出した。
 ドゥーンはそのまま、スカタンクを噛み砕くようにして自身の腹にある巨大な口の中へと突っ込んだ。
 シデンはとりあえず、ジャンプしてからガランに思いっきり殴り掛かる。殴られる直前に毒ガスが放たれ、その刹那に彼女は目を瞑り口を閉じ、鼻から息を吐いて毒ガスを絶対に吸気しないよう気を付ける。ガスの流れで敵の居場所を察知しては、無造作にもう一度殴りつけるとともに、ヒットした瞬間に目覚めるパワーで作った真っ黒い翼で羽ばたいてガスを押し返す。

 ドゥーンは顔を片手でつかまれた間足を浮かされもがくスカタンクを力任せに地面に叩きつけると同時に、左手でインドールを地面に押しつけつつ右腕も地面に叩きつけ、地面を隆起させる――いわゆる地震と呼ばれる技を放つ。
 スカタンクにとっては弱点であるその技を地面に押さえられながら受け、インドールは全身の骨にヒビが入る。気が付けばシデンに叩きのめされたガランも転がっておりドクローズは瞬く間に全滅した。
「自分で拘置所まで歩けないのでは困るのでな……手加減した。歩けるな?」
 勝ちを確信したドゥーンはインドールを見下ろす。
「ククククッ……ディスカベラーだけならともかくよう。かの有名なグレイル様が相手じゃ、やっぱり勝手が違うってか……ずらかるぜ!!」
「まだしゃべられるのか。ならば、そのうるさい口から……うむぅ!?」
 ドゥーンはスカタンクをとらえようとして、自身の握力が急激に落ちるのを感じた。シデンもアグニも同様に、体中の力が脱力している事に気づく。
「これは……置き土産? くそ、ドゥーンさん、早くそいつの首を捻り折って!!」
 インドールは自身の体力を犠牲に、敵の攻撃能力を大幅に下げる技――置き土産を発動し、すべての力を使い果たして倒れた。気付けば、シデンやアグニも全身の力が大幅に抜けていることに気づき、とにもかくにもインドールを殺すようにドゥーンへ頼むが―ー。
「なにくそ!! その技を使った以上。貴様の体力も風前の灯のはずだ!!」
 ドゥーンが力任せにインドールを殴ろうとするが、それは水際でガランが庇って阻止させられる。殴った拍子に漏れ出た毒ガスをまともに食らったドゥーンは顔を押さえながら一旦下がる。
「こっちですぜアニキ……殺される前に速く逃げましょう。ほら、じゃあなの種*1です」
「畜生め!!」
 アグニが火炎放射でその種を焼いてやろうと口から炎を出すが、距離という壁に阻まれた炎は敵を軽く焼いただけ。シデンが殴っても、それはやはりガランが庇い、何とか種を嚥下すると、ドクローズはディスカベラーの前から姿を消した。
 この辺はダンジョンも近い。逃げた先でダンジョンにでも入られてしまえば、あの空間のネジネジひん曲がった場所で足取りを追うのは不可能だから、いまさら追っても無駄だろう。
「また取り逃した……今度こそ殺せると思ったのに!!」
 アグニはいかにも子供らしい外見に似合う、地団駄を踏みながらの怒りをアピールする。しかし、言動は穏やかとは程遠い。
「いいさ……アグニ。次は一生悪事出来ないように、徹底的に破壊するから……復讐する時は、更なる復讐の心配が無いようにやらなくっちゃね。どうする? 目も耳も破壊して、その上で自殺できないように四肢を切るなんてよさそうじゃない?」
 溜め息をつきながらミツヤは肩をすくめた。言動の不穏さなら、アグニはこの女に及ぶべくもない。
「そ、それは流石にオイラも引くかなぁ……」
「ま、まぁ……そういう復讐の事は置いといてですね」
 あまりに過激なシデンの提案に若干引き気味になりながら、ドゥーンは話題を変えようと持ちかけた。
「やつらなかなか……逃げ足が速いんですね。まぁ、今から追っても仕方がないことですし……ともかく、今日は水のフロートをあの兄弟たちに届けましょう」
「うん……グレイルさん。自分たちなんかのためにこんなところまで来てくれてありがとうね」

 シデンがため息をつきつつ、ドゥーンへとお礼を言った。
「いえいえ、将来有望な探検隊の芽を守るためならば……お安いご用ですよ。結局何の助けもできませんでしたがね」
 アグニとシデンは顔を見合せ驚いた顔を見せあった。
「ね、ねえミツヤ……い、今オイラ達のこと将来有望って言ったよね!?」
「言った言った……ねぇ、グレイルさん。もう一回言っあげてよ。アグニが喜ぶよ」
 ニヤニヤと嫌らしく笑いながらシデンはドゥーンに向けて笑いかける。
「なーにさ、ミツヤのその言い方!! ホントはミツヤだって嬉しい癖にさ」
「ふふ、アグニが一番うれしそうだよ」
「ダメですよ。一流の探検隊は一回物事を聞いただけで覚えられるようでなくては」
 じゃれ合う二人を見て、ドゥーンは微笑みながらやんわりと断った。突っつき合うようにじゃれる二人は、とても愛らしかった。

194:凱旋帰還 


「お兄ちゃん! 水のフロートが返ってきたよ! 本物、久しぶりに見たね」
「うわぁ……本当にありがとうございます」
 財布を返してもらおうと商店街に訪れたドゥーン達は、思いがけずアリルとソウロに出会い、とんとん拍子で水のフロートを渡す。二人は戻ってきた貴重な道具に目を輝かせ、生き生きとした表情で喜び合う二人は、アグニやシデンよりも若々しい反応だ。
「アリルを助けていただいたこの間の件に加え……今度もまた……本当に何とお礼を言ってよいか。本当に、本当にありがとうございました」
 ソウロは尻尾を伸ばすことでバランスを取りながら、深く頭を下げて礼を述べる。
「いやいやそんなぁ……」
 アグニは眼前にかざした手を振って謙遜する。何だか謙遜の様子が自分に似ているような……などと思いながらドゥーンはその様子を見る。
「謙遜しないでください……本当に、ありがとうございました!」
「私達からも」「ありがとうございます」「「グレイルさん」」
「そうそう、これ……」「あなたから預かっていた物です」
 相変わらずの畳みかけるような話し方で、カクレオンの兄弟は財布を差し出す。
「「いやぁ、無一文で旅だなんて無茶をしましたねぇ」」
「おや……そう言えば、財布を置いて来たのでしたっけ……しかし、その財布は小銭用なので無一文というわけではないのですよ。何かの時のために財布は二つ持っておりますから」
「ほう、その用心深さは」「恐れ入りますね!!」
 なおもまくしたてるように話す二人に苦笑しながらグレイルは懐に財布を仕舞い込む。
「グレイルさんもお疲れ様です」
 財布を返してもらい、懐へ入れながらドゥーンに深く頭を下げた。
「いえいえ……私は結局何も出来ませんでしたし……ミツヤさんですか、度胸のあるものです」
 そう言って、ドゥーンは胸を叩く。
「ここの出来が違いますね。屈強な心臓の持ち主だ」
「褒めるには及びませんよ。アグニがいなかったら取引すらしてもらえなかった……でも、自分の事なんて元から無事なものが無事に帰ってきただけ」
 シデンはそう言ってマリルとルリリの兄弟に目を向ける。
「そうですね。安否のわからない水のフロートが戻ってきて良かったですね。ソウロさん、アリルさん」
 ドゥーンが腰をかがめても目線を合わせられない二人に対し、精一杯合わせようと努力していることが見て取れる。
 なんだかその光景は滑稽にすら映るが、誰もそれを笑うようなことはしなかった。
「それと……ソマルさんとカワルさん。強盗同然の私に財布の中の金を一銭もいらないだなんて……感謝いたします」
「「いえいえ、ディスカベラーを救ってくれたんです。またもや、こちらがお金を払いたいくらいですよ」」 
「ハハハ……だから私は何もしていないと……助けに行ったつもりが、この二人は勝手に助かっちゃったのですよ」
「はぁ……グレイルさんばっかり褒められてらこうやって噂に尾ひれがついちゃうんだろうね」
 アグニはグレイルが活躍したというあらぬ尾ひれのついたカクレオン兄弟の言動に苦笑して、若干の嫉妬を覚えていた。しかし、アグニはそれに腐らず、自分もこれくらい評価してもらえるようにと、奮起する。
 目には見えないが、こういうところも一流の探検隊を目指すうえでのシデンの才能である。

「いや~でも、ディスカベラーも流石ですよね」「今回もしっかり依頼を成功させましたし……」「アリルちゃんを助けたときだってすぐに場所を突き止めて……」「いち早く駆けつけましたし」「そして、グレイルさんを役立たずにする程の素早く間違いのない行動!!」
「あのロリープってば、小さい穴の向こうにもう一つの出口を作っておいて、」「恐れをなした子供がそっちにいったら」
「依頼人が子供を保護する振りしてさらっていくって言う、酷い方法で人身売買やっていたんでしょう?」
「「まさに、九死に一生を救った英雄!! そし次も危なげなく子供の危機を救うなど、最高ですね」」
 この喋り方にはドゥーン以外も圧倒された。どうやらこの二人には威圧させるだけの何かがあるらしい。
「あぁ、あのアリルの時は……アレは、君たちの言う通りだと格好いいんだけれど……でも、ちょっと違うんだよね?」
 どうやら、謙遜の精神でも身についているのであろうか、アグニはまたも否定した……が、さっきとはわけがちがうようだった。
「う、うん」
 アグニがミツヤに問いかけると、ミツヤは頷いた。
「アリルの時は……場所を突き止めたって言うよりは……偶然予知夢みたいな夢を見て……」
(夢……? いや、まさかな――)
ドゥーンはシデンの『時空の叫び』と呼ばれる能力を思い出す。それで気になって、目の前の、ミツヤと名乗るピカチュウに尋ねて見ることにする。
「ん……夢? 夢ってどのようなものなんですかミツヤさん? スリープやルージュラでもない限り、予知夢なんてそうそう見ないと思うのですが……」
 ドゥーンが興味を持ったのを見て、アグニはこれまで溜め込んでいた疑問を回収するチャンスであると、目を輝かせる。
「あ、そっか。もしかしたらグレイルさんなら分かるのかな? 何かに触れた瞬間めまいに襲われて……過去や未来の出来事が見える……そういうものなんだけれど」
 ドゥーンは肩をすぼめ、目を見開いて驚愕した。

195:発覚 


「そ、そ……それは……」
(それは……シデンと同じ……アレは、時の歯車に関係することを呼び起こしたりもする、世界の記憶の再生装置だ。事によれば、こいつも危険分子となるやもしれない。いや、その前に何も知らせることなく星の停止を迎えてしまえば問題ないが……)
 ドゥーンの中では、急速に思考が進行する。
「時空の叫び……では」
 ドゥーンがこれからとるべき行動を考え抜いた結論としては、アグニとシデンに対して釣り針を垂らしておくことにした。
「えっ!? 今なんて!? グレイルさん何か知っているの? ねぇミツヤ! あのことを聞いてみようよ」
 ドゥーンの言葉を拾って、アグニは問いかける。
「あの事って……あ、そうか。自分のことだよね……ま、まぁ……アグニがそういうのなら……ドゥーンさんなら……」
 二人はカクレオン兄弟もマリル兄弟もドゥーンも置いて、ミツヤとアグニにしか分からない会話を繰り広げる。
 皆が疑問符を頭上に掲げる中、アグニは興奮した面持ちで尋ねる。
「ミツヤ……いいよね?」
 シデンは頷いた。
「グレイルさん……実は相談したいことが……ちょっとここでは話しづらいから、場所を変えてもいいかな?」
「かしこまりました……」
 ドゥーンはアグニとシデンに先導させられるままに、海岸へと向かった。

「……なるほど。嵐の夜に、ここに流れ着いて倒れていた訳ですか」
「そう、丁度この場所よ」
 アグニが目印となる岩を見つけ、そこを指差す。この際細かい場所はどうでもよいことだ。
「それで貴方はここで気が付き……でもその時までの記憶を失ってしまったと」
「うん、その時覚えていたのは自分の名前と……もともとはポケモンではなく人間だったってことみたい」
 シデンがこくりと頷いた。
「えぇ……人間!? ……いやでも、どこからどう見てもポケモンの……ピカチュウの姿をしていますよ?」
 アグニが代弁したミツヤの過去に、ドゥーンは驚く演技をする。
(もしや、もしやとは思うが……このピカチュウ、シデンの生まれ変わりかなにかでは?)
「そうなんだよね……。う~ん、流石にグレイルさんでも分からないかぁ……でもさ、ミツヤの言葉を信じるならば、きっと何か原因で記憶を失って、人間からポケモンになっちゃったんだと思うんだよね。
 あ、信じるならばっていうのはミツヤが嘘をついているとか疑っている訳じゃなくて……間違った記憶を何者かに何らかの方法で吹きこまれたとかそういう意味だからね」
 そう言ってアグニは頭を掻いて弁明する。
「時空の叫びを持つ人間……貴方は、貴方は自分の名前は覚えていると仰っていましたよね? して、その名前……先ほどからミツヤと呼ばれている貴方の名前は……本名なのでしょうか?」
「フルネームは……光矢院(みつやいん)=紫電=ピカチュウ。けれど……」
「今は種族名がピカチュウだからミツヤイン=ピカチュウだけれど、人間だった時は紫電(シデン)って言う種族名だったみたいで……光矢院=紫電って名前だったらしいよ」
「ミツヤ……さん」
 ドゥーンは、ここで確信した
(こいつこそが未来でケビンとその手下を撃退して過去に逃げた人間、シデンなのだ……なるほど、あの身のこなしや思い切りの良さ……納得だ)
「どうお? 何かわかったの?」
 考え込むドゥーンに、アグニが心配そうに語りかける。
「……いや、残念ながら何も」
 ふふ……こんなことならば……エレキ平原で殺しておけばよかった。自分が必死になって助けてしまったことを、ドゥーンはひたすら自嘲して、一つ目の瞼が一瞬笑ったように歪む。その違和感に気が付けたのはミツヤ改めシデンだけであった。
「お役に立てず申し訳ないです……。でも、ミツヤさんの持つ能力については知っています」

「それは……何? さっき時空の叫びがどうとか言っていたけれど……」
 ドゥーンは静かに、口を開く。
「物に触れることで未来や過去が見える能力……それは、時空の叫びと呼ばれているものです。
 どのようなきっかけで発動するのか、詳しくは私も知りえないところですが……物やポケモンに触れたことを通して……時空を超えた映像が夢となって現れる。そんな能力がある……というのを聞いたことがあります」
「そんな能力が……ミツヤに」
 アグニはシデンを見て、当のシデンは自分の体を改めてまじまじと見る。まるで、自分の体が自分のものではないかのようだった。
「うん! よろしい……これも何かのご縁です。ミツヤさんが何故ポケモンになってしまったのか……その謎を解くのに……私も協力いたしましょう」
「え!? 本当に……?」
 パートナーの理解者が増えるのがうれしいのか、シデンよりも率先してアグニが手放しで喜んだ。
「はい……まぁ、正直に申しますと……私に分からない物事があるのは悔しい……というのが本音なんですがね! ハハハハハハ……探検家の本能って奴ですかね?」
「やった!! グレイルさんが協力してくれるならすごく心強いね。ミツヤ!!」
「だね~! 自分もなんだか安心できた気がするよ」
 二人はハイタッチをしあって喜んだ。無邪気な、しかし強い絆を感じるその動作にを見て微笑むドゥーンの表情は、果たして演技であったのだろうか。

196:また盗まれた!! 


「しかし、疑問が前後してしまったのですが、ミツヤさんはもともとは人間……ですか? なんというか突拍子もないことですが。どうしてそのように信じようと思ったのですか?」
 彼らの頭上をペリッパーが通り過ぎる。影が横切ることでそれを感じながら、アグニは考えた。
「えーと……信じてくれたかどうかはわからないんだけれどね、自分がもともと人間だった時の記憶のようなもの……を思い出して作ってみた物があるんだ」
「あぁ、あったあった。それだよミツヤ。それを見せたらきっとドゥーンさんもびっくりすると思うよ。石鹸っていうんだけれどね……なんと、ちょっとこするだけで脂汚れが落っこちる、魔法の道具なんだ。水に濡らして擦ると、泡がブクブクと膨れてさー」
 相手が善人を装っているだけあってか、二人は明け透けに、無防備に自分たちのことを明かし始める。シデン自身、この世界において石鹸を世界で初めて作ったのは自分だという自負があり、この発明品ならば自慢してもいいだろうなんて探検家グレイルに対する対抗心を燃やしている。
 石鹸の作り方までは秘密にしていたが、ドゥーンも石鹸について興味深そうに尋ねるものだから、有名探検家に相手をしてもらえるとあってアグニも得意げに石鹸についての説明を行っていた。

「ふむぅ……しかし、使用すると海が汚れることが唯一の問題というわけですか」
「うん、だからどれだけ販売する対象を狭めるかが難しくって、工房を作るの控えているんだよねー……作ること自体はすごく簡単だから安上がりにできるけれど、貴族だけをターゲットに、かなり高額にしても、珍しさと機能性があるから買い手はつくと思うんだ」
 いつの間にか、石鹸の説明は販売戦略の話し合いとなり、三人はすっかり金の話に夢中である。
「それにしても……空が騒がしいようですが」
 話も生々しい話が絡んできたところでドゥーンが横切る影を何度も見てから空を見上げた。ドゥーンの言葉でアグニやシデンも空が騒がしいことに気が付いて、ようやく二人は空を見る。
「あ……ペリッパー……そういえばいつもよりあわただしく飛んでいるね」
「何かあったのでしょうか……」
 呆然と見上げてから、しばらくして三人は石鹸の話に戻った。そのまま、話も煮詰まり平行線に突入してきたところで、ギルドの弟子のひとりであるビッパがかけてくる。
「お~~い!!」
「あ、トラスティ!」
 いち早くそれに気付いたアグニが彼を見てその名を呼んだ。
「ここに居たんでゲスね……ふぁ」
 トラスティはいかにもここまで走ってきたといった雰囲気で、ぜいぜいと息をつく。
「どうしたの? そんなに息を切らせて」
 と、シデンが首を傾げれば、トラスティは息も切れ切れの様子で口を開く。
「召集がかかってるでゲス。今、街に居るギルドの弟子たち全員に。残念ながら……全員はいないみたいでゲスが、兎に角オフの弟子も全員が招集でゲス!!」
「やっぱり何か……何かあったんだ」
「まさか、また……」
 ただならぬ気配に、ドゥーンは時の歯車。つまるところコリンが係る事件の匂いを感じ取る。
 私にチャンスが回って来たか――と、思わずドゥーンの鼻息が荒くなる。
「私も、行きましょう。御二人さん」

 ◇

 急いでギルドの地下1階のお尋ね者掲示板前に集合すると、そこにはジェイク=ディグダ・トリニア=ダグトリオ・トーマ=グレッグルを除いたギルドの弟子たちが顔を揃えていた。
「皆、おまたせ! 集合って聞いて飛んできたんだけれど……いったい何があったの?」
 アグニが肩で息をしながら尋ねると、チャットが気まずそうに口を開く。
「時の歯車が……また盗まれたのだ」
 まるで、それだけ絞り出すのが精いっぱいだという風に、チャットはため息をつく。
「えぇぇぇ!? またでゲスか?」
「今度は……どこの? どこの時の歯車を盗まれたの?」
 アグニが恐る恐る尋ねると、チャットは顔をそむける。
「そ、それが……」
「どうしたんでゲスか? 何か言いにくいことなんでゲスか?」
「そ、それって……まさか」
 チャットが小さく頷くと、叫ぶようにしてアグニがチャットに詰めよった。
「……そう、そのまさかですわ。今回盗まれたのは……霧の湖の時の歯車ですわ」
 押し黙ってしまったチャットを代弁するように、キマワリのサニーがその先を言った。
「どう……して? 霧の湖の歯車のことは……私たちだけの秘密だったハズよね? それなのに、どうして!?」
 驚愕して騒がしいトラスティい構わず、アグニはチャットの体を揺する。
「わかっていたら、こんな風に集まることはしないよ、アグニ」
 しかし、チャットは答える代りにそう言ってアグニを突き放す。その言葉で納得したのか、アグニはチャットを掴んでいた手を離して歯ぎしりする。
 アグニ達ギルドのメンバーが本当に悔しそうな顔をしているのを見て、ドゥーンだけがただ一人、自分にも運が回ってきたと心の中で微笑んでいた。

197:風向き 

「まさか、ギルドの誰かが……?」

疑っているわけではなくとも、アグニは思わずそんなことを口にする。

「そんなワケないだろう!」
「仲間が信用できないのかよ! ヘイヘイ!!」
 思わず口にしてしまったアグニの言葉に、ドゴームのラウドと、ヘイガニのハンスが反射的に大声で反論する。
「ううっ……ごめん。そうだよね……この中の誰かがしゃべっちゃうことなんてありえないもんね。
 よく考えてみたらわかることなのに……ごめんね」
 当のアグニも、ギルドメンバー全員の顔を思い浮かべながら、そんなことをしそうなものはいないという事に気が付いた。

「でもまぁ、そう思うのも仕方ないことですわ。私達が遠征に行った直後にこうなったわけですし……」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 私よく分からないんですが……霧の湖に時の歯車があるなんて……私初めて聞きました。
 そもそも、今回の遠征は……霧の湖への遠征は失敗したんじゃなかったのですか?」
 話に取り残されているドゥーンは、いかにも初耳を装ってソレイスに尋ねる。
「ごめんね……グレイルさん。実は湖のユクシー――テレスとある約束があってグレイルさんには言えなかったんだよ。
 ともかく、霧の湖に来た侵入者は……テレスをヘッドロックで倒し、時の歯車を盗んでいった」
「ユクシーは……テレスは大丈夫なの? ヘッドロック受けちゃって大丈夫なの?」
 またもや、アグニはチャットを揺する。
「大丈夫、無事だ……」
 チャットは安心させるように、出来るだけ穏やかにアグニへ言った。
「そもそも……ヘッドロックは普通、痛みを与えるだけで、とても死ぬような技じゃないしね……だから大丈夫」
 ミツヤがアグニに微笑みかける。
「今は……ジバコイル保安官の元でいろいろ事情聴取を受けているよ……心配しないで」

「ほっ……よかった」
 アグニは胸をなでおろした。
「それに……テレスの証言から、その侵入者の種族が分かった……」
「えぇ……ど、どんな奴なんでゲスか!?」
「すでにお尋ね者としてポスターに張り出されている……種族はジュプトル。同時期に現れた強盗殺人との関連性は不明だが……」
 ついさっき来たばかりの四人は掲示板を見た。頭に大きな葉っぱが生えた緑色のトカゲ型のポケモンであった。
「ジュプトルってポケモンなのか……最近、行商人を襲っている奴と同一人物じゃないか? 関係性は不明だって言っているが……」
「うぅ……見るからに凶悪そうな顔でゲスねぇ……放っておいたら何しでかすか分からないでゲスよ」
 思い思いの反応を――個性をうかがわせる反応を見せる二人に対し、シデンの反応だけは何かが違った。
「何これ……胸騒ぎがする……なんで、ジュプトルが……」
 小さくて、やっと聞きとれるほどの声。胸を押さえながらシデンは確かにそう言った。
(それは……そうだろうな。なんせ、それはお前の元パートナーなのだからな)
――と、ドゥーンはすべてを忘れたシデンを哀れむ。

「このお尋ね者ポスターは……テレスの証言から先ほど一斉に指名手配されたものだ……繰り返すが、以前から行商人を襲っているジュプトルとも関係は不明だ。関係性はただいま調べられているそうだよ」
 精神的に疲れた様子で、チャットはため息をつく
「なるほどー……さっきペリッパーがたくさん飛んでいたのは、それを他の街にも伝えるためだったんでゲスね」
「保安隊の方も、これ以上放っておくことは出来ないらしい。今度のジュプトルの捕獲には多額の報奨金――つつましく暮らせば三年は持つ程度にはかけたようだ」
 お金の話となると嬉しそうなチャットも、今回ばかりは憂鬱そうであった。
「……おいら達はテレスと……霧の湖の秘密を守ると約束したんだ。それなのに、こんなことになるなんて……」
 アグニは悔しそうに、拳を握り締める。
「私達が秘密を漏らしたかどうかに関わらず……テレスには顔向け出来ないですわね」
 テレスと初めて出会った時は笑顔の眩しかったサニーが、口元を歪める。
「ヘイ! あんなにきれいな景色が壊されるなんて……絶対に許せねぇよ! ヘイヘイ」
 ハンスは、逆に怒りは外に発散するタイプのようで、ハサミを振り上げ自らを鼓舞している。
「うぅ……」
 いつもは間の抜けたソレイスも、今回ばかりは神妙な顔をしている。
「あ、親方様……」
「お、親方様」
 チリーンのレナ、そしてチャットが親方に駆け寄った。
「たあ~~~~~~っ!!」
 平然としている者もいたが、ラウドとチャットが大声で驚き、ドゥーンもまた肩をすぼめた。
 ふと、ソレイスの顔を見てみれば、普段の間の抜けた顔は彼方に追いやられ、女性なら思わず見惚れてしまいそうなほど精悍な顔立ちでみんなを見つめている。

「皆! ジュプトルを捕まえるよ!! プクリンのギルドの名にかけて……テレスを失望させることの無いよう、絶対に捕まえるよ!! チャット!!」
「は、はい!!」
 チャットはソレイスに名前を呼ばれて、圧倒されて呆けていた意識を現実に戻し、咳払いを一つしてかしこまった
「今から、すべての仕事をジュプトル捕獲にシフトする……受付とか、そういう業務は臨時の人員を雇おう。それで、ジュプトル捕獲のために全力を尽くしてくれ」
「言われなくとも!!」
 ラウドが腕を振り上げる。
「これ以上盗ませるわけにはいかないぜ!! ヘイヘイ!!」
 習うように、ハンスがハサミを振り上げた。
「皆で協力しましょう。テレスのためにも」
 サニーにも笑顔が戻る。
「ソレイスさん……大体の事情はわかりました。ジュプトルの捕獲……私もお手伝いいたしましょう」
 ドゥーンが一歩進みでて、皆に宣言する。
「あ、ありがとう! グレイルさん」
 ソレイスがドゥーンに笑いかける
「わぁ。グレイルさんが付いているのは心強いでゲス」
「よろしくです、ヘイヘイ!!」
「こちらこそ……よろしくお願いします」
 トラスティ、ハンスを見降ろしながら手を差し出した。二人は嬉しそうにその手を取った。
「では、これから私と親方様で……ジュプトルを探す段取りを決める。みんなはその間に探索の準備を整えてくれ。
 各自……日暮れと同時にまたここに集まってくれ」
「おおぉぉぉぉぉ!!」
 全員が咆哮するように腕……等を振り上げる。全部書いていたらきりがないのでそれは割愛とする。
 さて、コリンを悪役に仕立て上げることは私が仕掛けるまでも無かったか……それでは、私のもつ情報はいつ語ろうか――ドゥーンは平静を装いながら笑いをこらえるのに必死だった。
「ところで、グレイルさん……ちょっとよろしいでしょうか?」
 チャットがドゥーンの偽名を呼んだ。要件は、コリンをどのように捕まえるか、の会議である。どうやら、運はドゥーンに向き始めているようである。

198:悪夢を見る 


「どんどん、この世界がの歴史が変わっている気がする……」
 シャロットは寝転がりながら世界のあり方を見る。超越者、と呼ばれるポケモンがいる。
 普通に考えれば、歴史を変えたらタイムパラドックスが起こり、結局未来に生きる者は消滅する。つまり、コリン達は消滅するから過去は変えられず、また星の停止が起こる。星の停止が起こると、コリン達が生まれるから、また星の停止が喰いとめられる――という堂々巡りが発生するはずなのだ。
 だが、超越者であるポケモンは、パラドックスの中に何らかの形でかかわっていれば記憶や存在が歴史を無視して保持されるようになるのだ。
 シャロットを始めとするセレビィや、セレビィの力による時渡りの経験者――つまるところ、コリンやシデン、ドゥーンなどは、完全ではないがその超越者であるためそうそう簡単には記憶や存在は消えないが……シャロットは隣で横になっているポケモンたちの種族が突然変わることを何度も見て来た。彼らは超越者ではないのだから仕方ない。

 歴史は、軽く変えたくらいでは修正作用が働くが、大きく変えると修正が効かなくなる。例えば、全財産を賭けにつぎ込んだギャンブラーがセレビィの悪戯のせいで小石に躓いたとき、ダイスを操る手に傷がついただけでも賭けの結果は変わってしまいそうなものではあるが、そういうことは起こらない。
 石に躓いても、バナナに滑っても、池に落ちても同じだ。多少の誤差では歴史は簡単に修正されてしまう。
 それでも、コリンがキザキの森の歯車を盗んだりなどといった影響は、修正作用でどうにかできるほど小さいものではない。シャロットは、過去の世界でコリンやシデンが生きていて、そこで何かを行っていることを、隣に居るポケモンがふっと消えたり種族が変わる事で何度も感じていた。
 現在シャロットは、一応コリンとの約束通り『星の調査団』の生き残りを過去に行こうと誘っている。だが、時の守人が過去の世界にも出張っていると聞き、恐怖のあまり誰も行こうとしない。
 超越者である自分の身分を説明し、『超越者』となるために時渡りを経験しなければ『時の守り人』に殺されるまでもなく貴方たたちは消滅すると言っても、信じることなく自然に消えていく。超越者になれば生き残ると説明したというのに、愚かなことである。
(証拠を見せてみろだなんて、証拠を見せた時にはもう、貴方は消えているのに。なんて、馬鹿なやつら……そして、超越者でないものは友人が消えたことにすら気付かない。哀れね……)
 シャロットは隣で横になっている者が音もなく入れ替わっているのを見て、どうしようもなく愉快で可笑しくって嘲咲う。

「コリンさん……貴方の他はこんなに臆病ものばかりなんです。弱くって使えなくって……だからでしょうか、沢山引き連れて行動すると目立つので、目立たないように私が殺しちゃいました」
 シャロットの周りに転がっているのは全て血濡れの死体だった。
「でも、これでですね……私、味方がいなくなっちゃいました……どうしましょう? これから先、目に映るもの全てが敵だなんて……なんて素敵なことだって考えちゃうんです。
 だってこれで、この世界のすべて憎めるなんて……これで、今の私はこの世界が消えることに何の抵抗も感じませんよ、コリンさん。
 コリンさん貴方が作る世界、心待ちにしておりますね……この暗黒の世界がみんな消えてしまい、この暗黒の世界が光ある世界に……なる日を……私が……死ねる日を。
 もう、死にたいですよ……コリンさん。生きていたくないですよ……怖いのです、コリンさん……」
 でも、私はまだ止まっちゃいけない。この世界を光ある世界に作り替える準備をより完璧なモノにするためにはためには、皆さんにもこの世界が消えることに抵抗を感じて欲しくない。
 ならば、私自身も嫌われたり怖がられたりしなくっちゃ。私以外のみんなにも、この世界で生きる価値はないって知ってもらわなきゃ……私を嫌わない者なんていなくていい。私についていけば『時の守り人』に殺されないで済むとか思ってほしくない。だって、私が頼られていたら、私はなんだか気分がいいですもの。
 気分が良いと死にたくなくなるから、私を頼りにする者なんていなくていい。
 敵はもちろん、行動もしない癖に盲目的に私を味方だなんて思う者にも嫌われるように、みんなみんな殺さなきゃ……みんな死ねば、私を含むこの世界は生き残りはもっとこの世界を嫌いになれるから。そうすれば、みんなコリンさんの味方ですよね。
「だから、殺さなきゃいけなかったのですよ。ですから、例え『星の調査団』の生き残りの首を掻き切ったのが私でもいいですよね、コリンさん?」
 横たわる死体。その真中で朱く染まるシャロットの顔は、天使のように(わら)っていた。
 父親を失い、コリンとの恋に破れ、星の調査団はほぼ全滅し、生き残りを集めてみたが全員が役立たず。全ての心の支えを失ったシャロットは、未来世界に立ち込める闇の力に呑まれて、その心のほとんどを闇に染めた。
 その結果、完全に病み穢れた彼女の心は、仲間すら惨殺するという取り返しのつかない事態を引き起こしてしまい、なおも罪の意識を感じない。その死体すら決戦の道具として活用するシャロットの逞しさはさすがというべきだが、それを称賛するにはあまりにこの光景は悲惨すぎる。

 作るのにも、動かすにも膨大な力を要するセレビィゴーレム。膨大な量の草木を集めて最強の武器であり鎧でもあるゴーレムを纏うセレビィの最終奥義だ。通常は作った後もサイコパワーを送り続けないと自壊してしまう代物だが、この時の止まった世界でなら――セレビィである彼女ならば、それを形成したまま残す事が出来た。
 そして、怖気づいた有象無象の星の調査団のメンバーは、ある者はゴーレムの材料に。ある者はゴーレムを作る際に消費する生命力(HP)を宿り木の種で奪われて、干からびながら死んでいる。
 ゴーレムの中にも、活力を奪う為の死体が満載されており、これならば力を消費しすぎて力尽きてしまうような、セレビィゴーレム特有の事故も起こらないだろう。考えうる限りの攻撃、防御、補給、搦め手の手段を講じて、自身の要塞と化した黒の森の中で、シャロットは静かに眠りにつく。
 コリンとシデンの障害となり得るトキはこの暗黒世界に未だ存在している。ドゥーンは後回しにするとして、とにもかくにもトキ=ディアルガを処理しないことにはコリンの安全は保障できない。保証できないから、彼女は死にたいという気持ちを押し殺して不毛で凄惨な準備を続ける。
 シャロットは、殺す相手を求めて、敵であるディアルガの匂いがする者を求めて、準備に必要なものを求めてふらりと立ちあがって向かうのであった。
 そして、戦いの場に建てる人柱として優秀そうな者がいれば、その個体が『ヤセイ』であろうと『ナカマ』であろうと、瀕死の状態でヤドリギの種をつけたまま保存しておく。コリンと約束した森は、もはや死体の展示場と化して、訪れる者たちを恐れおののかせるのである。

 そんなことを続けているせいか、最近はよく悪夢を見る。
 今日は、今まで殺してきた者たちが虫のように群がりながら体中に棘を刺していく夢なのだが―ーもう、父親やシデンやコリンが殺される悪夢を見ても、自分が殺される悪夢を見ても、どんな悪夢を見ても彼女は平然と眠りこけることができるようになっていた。

199:幸せ岬の不幸 



 シデンやコリンの姿に化けながら旅人を殺す毎日に疲れ、最近は悪夢を見っぱなし。あまりにそれが酷いので、時の歯車泥棒の正体がジュプトルであるとばれてからはクシャナはいったん任務から身を引いた。一度ムウマージの医者に診てもらってからは、『通院しなければそのうち夢に殺される』とまで言わしめるほど自分の心は病んでいたようであった。
 自身の夢を覗いている医者は、夢の内容を知っているはずなのだが(自分がジュプトルや人間の姿になって、罪のない人を殺している)何を思うのか、夢の内容については触れることをしないで診療所においてくれた。
 ムウマージ曰く夢喰いしたら腹を壊してしまいそうな悪い夢だそうで、今までで一番ひどいとも。『それを治療する貴方は大丈夫なのか?』と尋ねれば、食べた夢はたばこの煙を吐き出すように空気に溶かし、体の中に入れないから大丈夫とのこと。
 夢を食べた経験のないクシャナにとってはよくわからないが、とにかくそういうことらしい。

 ここは幸せ岬。この大陸の東北の岬にある場所で、ダンジョンを越えなければたどり着けない地理特性上、位置としては完全にアルセウス信仰に属しそうな場所ではあるが、ダンジョンを神聖視し足を踏み入れることをしないアルセウス信仰に影響されることもなく、信仰する神は特にいない。しいて言うのならば、地面も草も海も風も雨も、皆生きているのだと信じられているくらいか。
 昼は常に海から潮風が運ばれ、浜辺には潮風にも日差しにも強い分厚く艶のある葉っぱを持った逞しい草花が所狭しと咲き誇り、極彩色に統一された花畑は人の心までも明るく彩り幸せな毎日を保証するともっぱらの噂だ。
 豊富な雨量も手伝って、ここではシードハンターによりもたらされたサトウキビの栽培もおこなわれており、ここへきて商売したり、仕入れを行う商人は少なくない。もちろんその中にアルセウス信仰の熱心な信者はおらず、またダンジョンを超えるためにそれなりの戦力を有している。また、この街にはアルセウス信仰の副神パルキアの従属の片割れであるラティアスが時折訪れるといわれ、夢写しの能力で様々な世界の景色を眠っている人の頭に流し込んでいくのだという。
 そのラティアスにまつわる、『泣いたラティアス』なんて童話の発祥の地でもあり、ラティオスを迎えるための石碑から見える景色は絶景で、吹き上がるそよ風も気持ち良いのだと。

 それが、すさんだ心を癒してくれるのだと商人が口々に言い、悪夢を見て悩んでいるのであればここへ行ってみるといい――なんて冗談交じりに言われた場所である。きっと、アドバイスした商人も本当に行くとは思っていなかったであろうが、金に余裕がありすぎるせいできっちり来てしまったクシャナは、最近はコリンやシデンの振りをした強盗殺人の真似事も控えてゆったりと療養していた。

「おまえ、クシャナか?」
 空気の流れを最もよく感じられるエーフィの姿に変身して崖の上から波の音を聞き、崖にぶつかって吹き上げてくる潮風を味わいながら北国の暖かさに浸る至福の時間。景色を楽しんで、ゆったりと流れる時間の中で自身の気持ちを整理している時に、エッサは現れた。空色のボディに赤い翼という目に遺体警戒色のポケモンが、その荒々しい見た目とは裏腹に、存外ふわりと控えめな風を起こして着地する。
 足元に育まれていた草花を気にしていたことから察するに、どうやら彼は花を散らしたくないらしい。とはいえ、ここの植物はものすごい台風が襲ってきたとしても耐え抜いてしまう強靭な茎や葉を持ってるので、暴風の技でも使わない限りでは大丈夫なのだが。
「エッサか。花を散らさないようにするとは感心だな……」
 至福の時間を邪魔されたくはなかったが、自分が変身しているエーフィの姿はほかの誰でもないアーカードの姿。
「その姿はやめてくれ……アーカードの姿を見て、天国にでも迷い込んだのかと思ってしまったよ……まだ天国に来る気なんてないんだから」
「まぁ、天国という表現もあながち間違っちゃいないな……良い場所だし」
 一人の時間を邪魔された恨みはあれど、アーカードの姿のままでいたせいでエッサは傷ついてしまったのか、うつむいて感慨深げな表情をしていた。なんだか悪いことをしてしまったようだが、ここはお相子ということにしようと、クシャナは勝手に決めつける。

「それで、何の用だ……エッサ?」
「コリンが、ついに正体が世間一般にもバレた」
 エッサの答えに、クシャナは肩をすくめて苦笑する。
「あぁ、それなら知ってる。だから俺もここで休んでいるんだ。ユクシーが、大陸中に向けてジュプトルが犯人だと告げたんだってな。今までたっぷりジュプトルの悪印象を作っておいたからな。これで、ありとあらゆる探検隊がコリンを敵視するだろうし……今、名前も知らないジュプトルが死んでいても誰も気にしないさ。俺たちの仕事もこれで終わりだ」
 クシャナは満足そうに笑ってみせるが、エッサはいぶかしげな顔でクシャナの顔を覗く。
「何を言っているんだ? まだシデンのほうが残っているだろうに?」
「これ以上やっても無意味だ。もう奴は立派なラティオスさ……」
「ラティオス?」
「ここに伝わる童話だよ。自ら悪役を演じて、ラティアスを村に溶け込ませようとしてくれた――が、長い間悪人だと誤解されていた非業のポケモンの事さ」
「なら、シデンもそのラティオスにするんだ!!」
「くどいぞ!! むしろ、体調を崩している俺がいつ腕の立つ用心棒に返り討ちにされるかもわからないし……あまりに極端な行動をとり続ければ逆効果になりかねない。もう潮時だよ……俺はもう、コリンをとらえるための仕事はドゥーンさんやお前に任せて、ゆっくり療養したいと思う」
「そんなのダメだ。シデンのほうも大陸全土を敵に回すくらいの工作をしないと……」
「お前は俺の話を聞いているのか? 今の俺は相当ひどい悪夢のせいで医者から心を落ち着けたほうがいいって言われているんだ……ふぬけだって笑ってもらっても構わないが……俺は、しばらくまともに眠れていないんだ。今の状態では殺しなんてできない。いつか返り討ちに合う!! その時、強盗殺人ジュプトルや人間の正体がメタモンだなんて気づかれてみろ? 何が起こるかなんてわかったもんじゃないぞ?
 ドゥーン様の報告だって聞いただろ? すでにMADとかいう探検隊がドゥーン様が敵なんじゃないかと疑っている……これ以上下手なことは、本当に本当に無駄なんだ」
「問題ないさ……今まで通りやれば大丈夫だって」
 励ましにもアドバイスにもならないことを言って、エッサが凄む。クシャナは苦虫をかみつぶしたような表情をしたが、やがてため息をついて口にした。

「わかった……しゃーない……そんじゃ、医者に別れを告げてくるから……お前はしばらくここの景色でも楽しんでいてくれよ……」
 そういって歩き出そうとしてから、思い出したようにクシャナは振り返る。
「最初からそう言えばいいんだ……」
 これから自分のしようとしていることを思い、クシャナは歯ぎしりをする。おそらく、エッサは長い時間一人で行動していたのだろう。そのうちに、心が闇に囚われてしまったと思われる。ここまで意固地になってコリンを殺すために、シデンを殺すためにと口にしている今の彼の状態は正直、単独行動をして作戦を台無しにしてしまう可能性もあってかなり危険だ。
「あ、その前にちょっといいか? 崖の下に面白い場所があるんだ……お前に見せてみたいから乗せて連れてってくれないか? ちょうどこの時間帯が見ごろなんだ。そのタイミングを逃したら一日待たなきゃならねえから」
 だから、悪いが本当に天国へ行ってもらうしかない。仲間を殺すのは忍びなかったが、自分たち『時の守り人』の作戦に支障をきたさないためにも、始末しなくては。
 一刻も早くシデンを悪役に仕立て上げたいエッサは、美しい景色なんてどうでもいいと言いたげだが、クシャナが頑として譲らないと言いたげな顔をすると、エッサは折れた。
「崖の下だな。乗れ」
 つまらなそうに顎をしゃくりあげて、エッサはクシャナを後ろに乗せる。
 軽く翼を揺り動かしてから、四肢に力を込めてジャンプと同時に大きく羽ばたかせ、クシャナは重力が増してエッサの背中に抑えつけられる感覚。そのまま、崖まで飛んで崖下へ向かうために下る、浮遊感。
「で、面白い場所ってのはどこにあるんだ?」
「あぁ、それなんだがな……どういう自然の奇跡が起きたのか、真上から見たときのみ色とりどりに色彩が変わる風変りな珊瑚が群生する場所でな……低空飛行しながら高速であの岩場を翔け抜けると、まるで虹のような美しさなんだと。だから、あそこの岩場……高速で駆け抜けてみろよ」
「わ、わかった……」
 クシャナの言葉を信用して、エッサは力強く羽ばたいて岩場を目指す。斜めから見ても、ただの珊瑚の生えた岩場だが、色とりどりというのはどういうことかと、少しばかり期待しながらエッサは飛ぶ。
 そして、岩場に差し掛かったところで、エッサの翼は突然動かなくなり、それどころか、風の流れを無視して体が空を泳いでいる。気づけば首の骨を折ってエッサは死んだ。


 クシャナはエッサが岩場にぶつかる寸前にジャンプし、サイコキネシスで緩やかに着地してから後ろを振り返る。
「エッサが作戦に支障を及ぼす単独行動を強行しようとした……ドゥーン様やトキ様にはそう伝えておこう」
 このままでも十分人目につかないであろうが、万一にもエッサの死体が見つかってこの幸せ岬でいらぬ騒ぎが起きるのは忍びなく、クシャナは死体を砂浜に埋めて隠して、何くわぬ顔で医者が待つ小屋へと帰る。
「しばらくしたら、死に場所でも見つけよう……俺も、こんな天国みたいな場所にいてもいい存在じゃないからな……」
 親しい間柄であったはずのエッサを手にかけてしまった罪悪感から、クシャナはそんなことを呟いた。
「できるだけ、みじめったらしく死のう……きっとそのほうがいい」
 でも、それは最低でもコリンが未来へと強制送還された時でいいだろう。今の世の中の流れならば、きっと誰かがやってくれる。自分はやるべきことはやったから、あとは罪の清算をするだけだ。だから、コリンを早いところ捕まえて私を早く死なせる準備を整えてくれとクシャナは願い、その願いがまた彼の悪夢を悪化させた。









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コメント 

お名前:
  • >2013-11-03 (日) 02:46:36
    大体はお察しの通りなのです。ダークライの件がなかったら、アグニを成長させるためにも消えたままにするのが神としての役割だったかと思います。
    シデンを復活させたのも、おそらくは苦渋の決断だったのでしょう。ソーダは……私ももうすこし救ってあげたい気持ちですw

    テオナナカトルは、その通りコリンたちの世界の未来ですね。すでにコリンたちの戦いは神話になっているようです
    ――リング 2013-11-22 (金) 00:37:02
  • ふむふむ、こうして読むともし原作のストーリーにダークライの話が無かったら、リングさんバージョンはシデンが復活しないまま終わってたのかなって思いますね。

    ソーダがちょっと可哀想でした。

    テオナナカトルって多分、コリンたちの世界の未来の話ですよね?
    ―― 2013-11-03 (日) 02:46:36
  • >狼さん
    どうも、お読みいただきありがとうございました。
    『共に歩む未来』のお話では、もう一つの結末というか、私としてはこちらのほうがよかったという結末を書いて見ました。
    ディアルガのセリフから察するに、本当の未来はシデンが生き返らない方であったという推測が自分の中でありましたので……。
    こんな長い話ですが、読んでいただきありがとうございました
    ――リング 2013-06-26 (水) 09:49:35
  • 時渡りの英雄読ませていただきました。私は探検隊(時)をプレイしたのでだいたいのことはわかるのですが時渡りの英雄ではゲームとは違ったおもしろさがありゲームではいまいちでていないところまで実際そんなストーリーがありそうな気がしたり(当たり前か)してとてもおもしろかったです。
    『ともに歩む未来』では[シデン]が蘇らないのかと思ったら[アグニ]の夢というおち、少しほっとしたり…。
    これからも頑張ってください。
    ―― ? 2013-06-17 (月) 21:31:32
  • 時渡りの英雄これから読んでいきたいと思っています。
    時渡りの英雄は10日ぐらいかかると思われます。
    読むのが楽しみです
    ―― ? 2013-05-25 (土) 02:02:01

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*1 生物が持つテレポート能力を一時的に高める種。エスパータイプでなくともテレポート出来る

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Last-modified: 2011-11-01 (火) 00:00:00
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