ポケモン小説wiki
時渡りの英雄第13話:三つ目の歯車

/時渡りの英雄第13話:三つ目の歯車

時渡りの英雄
作者ページへ
前回へジャンプ

172:探検家グレイル=ヨノワール 

二月十六日

 流石に農業の事ばかり調べていてもいけないと思い、ドゥーンはシデンたちが遠征へ出かけている間に行動を起こした。と、いうのも正史ではこの時期に起こったアルセウス信仰の土地からの侵攻。
 すでにコリンや自分たちによって細部は弄り回された歴史ではあるが、戦争が起こるという大局まではそうそう変わるものではなく。侵攻に向かう最中のホウオウ信仰の部隊の情報を事細かに記した封書を国境付近の街に住む兵隊に渡し、すぐさま間者を送り込んだホウオウ信仰の軍勢は、侵攻してきたアルセウス信仰の軍勢をいともたやすく押し返してしまった。
 正史におけるホウオウ信仰の者達は、この侵攻に対してすぐさま街の守りを固め、近所のグリーンレイクシティから腕利きの探検隊を兵隊代わりに雇い、撃破するのだが――ドゥーンの封書のおかげで勝つ事が出来たと勘違いした住人たちのドゥーンに対する英雄視は、それはもう穴があくほどの羨望のまなざしである。

 信用を得るための大仕事を終えたドゥーンは、そろそろコリンを泳がせておくのも限界だからと役立つ味方を探し、西を目指してトレジャータウンにたどり着いた。ドゥーンは、プクリンのギルドが霧の湖へ遠征で番人あるユクシーと接触できたことを未来の日記から知っている。
 それがどうというわけではないが、ユクシーと接触しつながりが出来ているとすればそのつながりから生まれる情を刺激してやれば、上手く意のままに動く操り人形になってくれるはずだとドゥーンは考える。ここの弟子は皆優秀であり、ここのギルドに訪れる探検隊もまた有名どころは少なくなく、戦力になるというから、期待に胸が躍るものだ。
 グリーンレイクシティの信用も勝ち取ったことだし、交易で栄える街の信用を得るのもいいだろう。

「財布のひもはきっちり締めておかないと、まずそうですね」
 数カ月に及ぶ準備期間と、一ヶ月に及ぶ遠征の時間を経て、深夜に遠征より帰還したプクリンのギルドから、旅の成果の報告を待つ街をドゥーンは横切り、街を見渡す。
 潮風の匂いと、道端で干されている干物の匂いが、如何にも海辺の町であることを感じさせ、港と陸路から物が集まるここは、目移りしそうな程、財布の中身を減らさんとする魔の手にあふれている。

「ここに足を乗せる……と?」
 ドゥーンをはじめとするヨノワールと言う種族。進化前のサマヨールという形態でなら足があるのだが、種ポケモンのヨマワルや、現在の姿では、足が存在しない。
「私は足がないのですが、それでも良いのでしょうかねぇ……?」
そんなことを疑問に思いながら、ドゥーンは木枠の格子の上に立つ。プクリンのギルドでは来客の足跡をエントランス前に設置された格子の穴の下から見て、該当者を検索しそして認証するという訳の分からない警備システムを取っている。
「ポケモン発見!! ポケモン発見!!」
 真下から声が聞こえる。あまりにシュールな光景に思わずドゥーンは苦笑した。
「誰の足形? 誰の足形?」
 別の声――ものすごく大きな、遠くまでよく通りそうな声が聞こえてくる。
「足形は……足形は……え~と……」
「どうした!? 見張り番」
「足形は……分からない」
「なに!? 足形が分からない? わからないってどういうことだよ!?」
「だってぇ~。わかんないものは わかんないよう……」
 そんな揉め事がいつ終わるのであろうかと、ドゥーンが腕を組んで昼食のことを考え出していたところへ、さらに別の声が紛れ込んでくる。
「どうした? ラウド」
「ああ、チャットさん。どうやら足形の不明なポケモンが来ているらしいんだ」
 この会話の流れから、大きな声の主がラウド。そして、もう一人はこのギルドの一番弟子であるチャットと言う名のペラップである事が分かった。
「ジェイクは優秀な見張り番だ。足形が分からないなんてめったにないんだが……こいつらみたいな素人が見張り番ならそれも分かるんだがな。
「なんだよう! めずらし――けどさ……――が初めてここに来たときだって、――足形が――じゃない」
 今度の二人は声が小さいのか、もしくは遠くから話しかけているのかよく聞こえなかった。
(このままでは埒が明きませんね)
「あの……このままでは埒が明きませんので、私を親方に直接合わせてはもらえないでしょうか? 無理であれば、誰か責任者を……そうすれば足形を見るまでもなく、私のことを信用してもらえるでしょう」
 痺れを切らしたドゥーンはとうとうそのようなことを言って先を急かした。
「……え? 親方様に合わせて欲しいんですか? 失礼ですが御名前は……」
「グレイル=ヨノワールです」
「グレイル=ヨノワールさん!? しょ、少々お待ち下さいね……」
 ジェイクと呼ばれたポケモンの声が焦っているというか慌てふためいているというか、兎に角そんな反応が返って来て、自分を有名人だと改めて認識させられる。
 数分後には、間の抜けた顔をした体格の良いプクリンが姿を現した。体のほとんどが脂肪で出来ていると言えそうなくらい柔らかいプクリンだが、このプクリン体のほとんどが筋肉でできているのではなかろうか。
 茄子を太らせたような本体に申し訳程度の短い四肢と大きな目玉が付いた桃色のポケモン、プクリン……で、あることが信じられないほどの覇気を、ソレイス=プクリンは持っている。

「訪ねてきてくれてありがとう。僕はこのギルドの親方を務めるソレイス=プクリンって言うんだ。よろしくね。
 んじゃあ……この風の強い日に外で立ち話もなんだし、ギルドの中へレッツゴー♪」
 威厳ゼロの口調。顔だけでなく声まで間が抜けている。その上、お気楽過ぎる。ドゥーンの会話をしているソレイスに対する正直な第一印象がそれだった
 だが、歩く動作一つに一点のブレも隙もなく、内に秘められた力は風船ポケモンなんて軽そうな名前では失礼なほどで、ゴム毬どころか鉄球を思い浮かべそうなほど強い力を秘めていることが感じられる。
「いえいえ! 滅相もない。いくら私から所望したこととはいえ、わざわざ親方恩自ら御出でになられて、お礼を言うのはこちらの方ですよ。
 かの、名高きプクリンのギルドにこれて……誠に光栄です」
 先導するソレイスの後ろ姿を見ながら、ドゥーンは謙遜する。
「ふふ~ん、かしこまらずに。そういう固いのは好きじゃないからね」
 この穏やかで間の抜けた口調に、ドゥーンは自然と笑みがこぼれ出した。
「ふむ……私は逆に堅苦しくない方が苦手なのですがね……ともかくですね、こうして私がここに参った理由はと言いますと……今回の遠征の成果と言うものを聞きに参った次第でございます」
 梯子を下りて、ギルドの地下二階にたどり着いた二人は、梯子のそばで立ち話を開始する。
「あはぁ、冒険の成果だね? 今回はビッグサプライズがあるんだよ」
 思わせぶりに前置きをして、ソレイスはまずドゥーンの反応を確かめた。
「ほほぅ、それは楽しみですね」
「まずね……険しい山々を、体格や連携。タイプなどに合わせていくつかのチームに分けて越え、霧の立ちこめる森にベースキャンプを張ったんだ。そして、その森を越えた先にね……何と、超古代ポケモンのグラードンの石像があったんだ。
 それにはね……『グラードンの命灯しき時、空は日照り、宝の道開くなり』って書かれていたんだ。僕たちは周囲を必死に捜索してグラードンの『命』と思しきものを必死で探したんだ。
 それは、地面はあっちに居るディグダのジェイクとダグトリオのトリニアに探させ、湿地帯の沼はヘイガニのハンスとグレッグルのトーマとビッパのトラスティ。
 ペラップのチャットは高い所を、僕は像の周辺を。ヒコザルのアグニは間欠泉周辺を。チリーンのレナは狭い隙間を重点的に。ピカチュウのミツヤとドゴームのラウドとキマワリのサニーで、平地を探索。
 そんな風に適材適所の配置で長きにわたる捜索の末……ついに!!」
 ソレイスはグッと拳を握る!!
「おぉ、その先に……何があったのです?」
「期間も押してきたから、探索諦めちゃったんだ!! あはは~♪ 失敗という名のサプライズサプライズ~♪」
 しばらくの沈黙。コホンッ、と咳払いをしてドゥーンが答える。
「……なるほど。それは残念でしたね。っていうか、期待させておいてそれはないでしょう。それで、今回は何も分からなかったのでしょうか?」
 ドゥーンは全身の力が抜けて、予期せず転びそうになってしまった。なんとかそれには耐えしのび、体勢を立て直してソレイスを見る。
「うん。今回は大失敗。何も分からなかったよう♪」
「ふむ……プクリンのギルドが霧の湖に挑戦するとお聞きしましたので……その成果を窺おうとここへ来たのですが……」
「ごめんね~♪ なにも わからなくて~」
「いえいえ。いいんですよ。何も分からないというのもまた一つの成果。失敗から試行錯誤して真実を見つけることは、学者であろうと探検隊であろうと変わりません。ですので、そう気を落とさず……またいつか挑戦すればよいのですよ。
 それより、これも何かのご縁。私はしばらくトレジャータウンに滞在する予定ですので……その間たまにここへお伺いしてもよろしいでしょうか?
 ここはグリーンレイクシティ程ではないですが、船着き場ということもあって新しい情報がたくさん入るので、私の探検にも役立ちそうなのです」
 ドゥーンは恭しく礼をしてソレイスに頼み込む。
「それなら! 全然オッケー! ここは他の探検隊も普通に出入りしているし、もう大歓迎だよ」
 そう言って、ソレイスはいつの間にか人だかりが出来ていた背後に向き直る。
「と言う訳でみんな! このグレイル=ヨノワールさんがしばらくトレジャータウンに居ると思うからよろしくね♪
 グレイルさんは有名だし物知りだから……みんなもいろいろ相談したいことがあると思うけど……でも、そこはあまり迷惑をかけない程度によろしくね♪」
 皆が頷くと、チャットが前に出て、一番弟子としての威厳をわざわざ見せつけるように得意げに演説を始める。

「皆! 有名だからと言って……間違ってもサインとかねだらないようにな!」
 こいつは……謙虚さとは無縁だな。これで手腕があればそれもカリスマとして働くであろうが、これではただの傲慢だ――ドゥーンはチャットという名のペラップを第一印象で見下した。
「はは……いやいや、サインくらいお安いご用ですよ」
 表向きではあたかもサインと言う言葉に笑ったようにして、ソレイスとは対照的にチャットを見下しつつヨノワールは続ける。
「私の知識など拙いものですが……それでも、皆さんのお役にたてれば幸いです。何か相談があれば、遠慮なく聞いて下さいね」
「こ、光栄でゲス!」
 トラスティと言う名前らしいビッパの青年が、今にも跳び上がりそうな声で喜んだ。
「こちらこそよろしくですわ」
 なんだか、おいしい料理でも見るような目でドゥーンを見つめてくるサニーと言う名前らしいキマワリが、丁寧に頭を下げる。
「じゃあ皆、解散っ!!」
 二人の挨拶が済んだところで、チャットが締める。
「では、私はトレジャータウンの商店街でも散策してます。何かありましたら、いつでも呼んでください。では」
 そのやり取りを見送って、ドゥーンは笑みを浮かべながら会釈してギルドを後にした。

173:偽るということ 


 ドゥーンは恭しく礼をして、ソレイスに畏まった。彼の礼儀正しいふるまいの裏で、その心の内ではこれほどまでに純粋な者を結果的に騙すことや、この世界を崩壊させるために動いていることに対する罪悪感が尽きない。コリンに動きがあるまでは、街の住民と親交でも深めようかと、すれ違う探検隊や探検隊がよく利用するお店を回る。
 そうして世間話をする間、時の歯車泥棒の話題もちらほら出たときは。星の停止の事実を隠して、コリンのやることを一方的に貶す。

(私は何をやっているのだろうな……この過去の世界が楽しいのか苦しいのか、わからなくなってしまうな)
 本当は、過去の住人にとってコリンというのは救世主なのだというのに、グレイルの口から出るのはその逆の意味を持つ言葉。時の歯車泥棒が史上最悪の犯罪者であると吹聴するドゥーンは、自分は何をやっているのだろうなと小さくため息をつく。コリンとドゥーンは、正反対の道を歩みながら、非常によく似ていた。ドゥーンもまた、コリンと同じく苦悩している。
 仕方のないことだからと、躊躇いを拭い去るようにして作る笑顔や言葉使いは絶対に崩すことはしない。そうして本心を隠して『探検家グレイル』を演じ続けるそんな自分が、たまらなく嫌だった。
 さて、なんにせよ時の停止が起こっていないことは確かなようだから、コリンはまだ来ていないという事であろうな。
 笑顔を振りまいて、時折投げかけられる質問に快く答える。たまに、『恋人はいますか?』などという質問が飛んできたりなんかして、それに困り顔で『そ、それは秘密です』などと顔を赤らめてみたりしながら、住民との会話を楽しむ。楽しめるけれど、心のどこかでは罪悪感が付きまとう。これでは心が休まらず、早くコリンのことが片付けばいいのにと、陰鬱な気分は募るばかりだ。

 この世界に来て初期のころは、時の歯車の話題が出ることもなく、この世界で信用を得ることと、話すことそのものを楽しむという趣味が一致する至福の一時だった。
(それがどうしてこうなったのやら……)
 ため息をつきたくなるが、それでもやるしかなかった。

 朝方トレジャータウンにたどり着いたその日、一日。ドゥーンは街の人との会話や、ジバコイル保安官との仕事に関する打ち合わせ、ギルドメンバーとの情報交換など、徹底的に交流で時間を潰す。
 握手をせがむトラスティ=ビッパに応えて握手してあげたり、サニー=キマワリと世間話を楽しんだりと、ギルドの弟子も積極的にかかわりを持とうとしてきて、ドゥーンは改めて自分が有名人であることを自覚する。
 英雄の冒険譚を聞かせてくれという声は絶えず、対応していたドゥーンはすっかり昼食時を逃してしまう。

 逃げるように町の喧騒を離れて静かな店で食事をしたいと思えば、何か良い店はないかと尋ねた結果サニーに紹介されたのは、ギルドの近くにあるカフェテリア。
「いらっしゃいませ。手前どもパッチールの一国一城、喫茶店『マイペース』へようこそ」
 地下の店は落ち着いていた。外界から音を遮断されただけあって、喧騒から離れるにはもってこいのこのお店。ここの利用者達も騒ぎ立てるようなまねはせず、しっとりとした落ち着いた雰囲気の中で食事に勤しんでいる。
「ふむ……なかなかいい雰囲気のお店ですね……しかしこの喫茶店、飲み物のメニューが少し少ないような……」
 ドゥーンは大型ポケモン用の席に案内されて、意気揚々として美味だと評判なドリンクメニューを開く。しかし、ドリンクメニューは意外にも貧相な品ぞろえで、物足りない。
「ああ、それですか~~。ここをご覧下さると分かると思われますが、うちは持ち寄りの材料で即興創作料理を作るのが一つのコンセプトとなっていまして、オレンやリンゴジュースならいつでもご奉仕可能ですが、珍しい木の実は持ち込んでもらったものでしか作れないのですよね~。
 今、巷で噂になっている貴方ならば、さぞや珍しい木の実をお持ちだったりしませんか? どんな味でもわたくしお料理しちゃいますよ!!」
 自信満々にそう言ったパッチールを見て、ドゥーンは少し考えると自分の荷物をあさり始める。
「イバンの実です……これで何か作ってもらえませんか?」
「おやおやこれは……初めて見る木の実でございますね~~腕が鳴りますね。それでは、イバンの実入りました~」
 威勢の良い掛け声とともにパッチールは調理台に付き、イバンの実の香りを入念に嗅いだり、そしてスプーンですくった一欠片で味を知って、他の材料を見比べる。
 初めて見た食材を扱うとあって、味付けには長い時間悩んでいた。しかして、それが終わった後の行動は速い。チョコを泡立て、半透明のゼリー状の何かを刻み、ショウガを擦り、氷を用意し――
「あ、それ。ほ、それ」
 そしてイバンの実を手際よくすりつぶしたパッチールは、容器をリズミカルに上下へとゆさぶり、他のなにがしかの調味料いろいろと、氷をかき混ぜる。
「くるくるくる~っと。出来上がり」
 最後にフィニッシュとしてふらふらダンスの時にそうするように、自身もくるくると回って両腕を広げる。それほど派手さのないパフォーマンスではあるが、童顔なこのパッチールがやると、なんとも愛らしい。この動作もまた人気の原因であろうか。
 どうぞとばかりに勧められたそのジュースを一口飲むと、なんとも言えない幸福な気分になる。
 ほろ苦いイバンの実のもともとの味を崩さないよう、僅かな酸味を含んだ果実達が一層その味を引き立たせている。ショウガの辛味も甘味を引き立てるし、チョコの濃厚な香りもまた鼻に心地よい。ゼリー状の何かも舌に触れるだけで心地よい気分になる。
 イバンの実特有の『甘すぎて舌に長く残り次第に不快になりかねない後味』もすっきりと抑えられていて、飲んだ後のさわやかな余韻は、普通に実を食べていただけでは有り得ない感覚だった。

「ふむ、これは素晴らしい……」
 一口だけでうまいと感じさせる見事な技巧に目を見開き、ドゥーンは頼んでおいた食事――赤身魚のマトマソース焼きを口にする。
 火を噴くような辛さだが、それによって魚のうま味を殺すことのないようにチーズや香りの強い根菜による味の調整がきちんと行われていて美味という他ない。
 とにかく、過去の世界に来てから料理は舌鼓を打つばかりだったが、ここはその中でも格別だ。海辺の町ということで新鮮な魚が入るというのは予想していたが、こうも見事に料理されているのはこれまで旅してきた中でも初めてだ。
「隣……いいかい?」
 そんな上質な料理に夢中になっていると、ドゥーンの後ろから不意にそんな声が聞こえた。
 顔をあげてみると、そこには赤いカチューシャのような頭の形をしていて、全体的な体色は濃紺色、口から覗かせる牙も、腕の先端で光る爪も鋭い二足歩行型のポケモン――マニューラの女性が立っている。その傍らにはアーボックやドラピオンといった面々もいた。

174:侮れない盗賊 


 しかも、立っているのは椅子の上。ドゥーンのような大型ポケモン用のテーブルには、彼女の小さな体ではそうでもしないと視線を合わせられない。
 立ち居振る舞いを見る限りではメンバーの中では一番地位が高いと思われる彼女だが、そんな風に身長は一番小さいとあっては、どこか愛嬌すら感じさせた。
「私はリアラ。まぁ探検隊のようなものをやっていてね……そのリーダーをやっている。突然押し掛けるような形ですまないね。高名な探検隊とお見受けして、少し情報を収集に手伝ってくれないかな?」
 落ち着いた風格のある喋り方だが、言葉の端々から伺える地の性格は、どちらかというとガサツな性格を伺わせる。
「おや、私でよければ何でもお尋ねください」
「ありがとうございます……それでは……ゼロの島……ゼロの領域って名前を聞いて、何か心当たりのある物は浮かぶかい?」
 マニューラとアーボックとドラピオン。彼女らは特に名乗らなかったが、いかにも野心に満ちた盗賊で、チームメンバーの種族の頭文字をとって『MAD』と言う名のチームだというのを記憶している。普段は無用のトラブルを避けるためにも猫を被っているそうだが、ひとたび皮を脱ぎ棄てればその強さは悪鬼羅刹のごとくなりとも。
 実際は探検隊に所属しているわけでもなく、彼女らは盗賊団。いわゆる義賊と呼ばれる人種らしい。
「ああ、そう言えば思い出しました。貴方達はMADという名前の盗賊団の……」
「……あまり大きな声でそう言うのは言わないでくれるかな。私達も客に嫌な雰囲気が流れたり、無用のトラブルは避けたいもんでさ。あんただってみんなにゆっくり食事してもらいたいだろ?」
 頭を掻いて溜め息を付きながらマニューラは顔をしかめた、
「噂はかねがね聞いておりましたよ。数々の財宝をものにしつつも、邪魔する者は蹴散らして通ると聞きています」
「だから、やめろって言ってんだろうが……もういい、ばれているんなら仕方がない。私はリアラ。リアラ=マニューラだ。後ろにいるのは、ジャダ=アーボックとスコール=ドラピオンだ。まぁ、よろしくな」
 口調が素に戻ったと言うべきか、風格やお淑やかさを排した粗雑な口調でリアラは語り始めた、
「グレイル=ヨノワールです、お互い仲良くいたしましょうか」
「……全く、仲とくしたいのならあんまり正体をばらすのはやめてくれ。街中でも肩肘張るのは疲れるんだよ」
「貴方がたは新人潰しが好きで、探検を始めたばかりで貴方達に出会うと自信を喪失してしまう被害者も多いそうですが……」
「実力にそぐわないダンジョンへ行こうとしている奴が死体になる前に廃品回収しているだけさ。むしろ感謝してほしいもんだね」
「モノは言いようですね、その強さに惹かれてしまう被害者も多いのだとか。それに子供は好きだとも聞きましたよ」
「子供好きは関係ないだろ……というか、グレイルさん、あんた声を小さく話してくれよ。この店内は結構静かなんだ、話声が漏れるのは嫌いだ」
「だよなー。おしゃべりもいいけれどそれは本題の後にしようぜドゥーンさん」
 うんざりしたようにジャダが言うので、調子に乗り過ぎたドゥーンも咳払いを挟んで本題へと移る。

「ふむ……本題というと、ゼロの島でしたっけ。それでしたら……ここから南南東にある大きな島……あれがそうだったはずですよ? ですが、アレもただ行くだけでは普通の島だったような……」
「なんだと……? まさか一発で当たりとはね」
 改めてまじまじと観察すれば、この者達。特に女性リーダーのリアラからはただならぬ気配。それこそ、プクリンのギルド親方であるソレイスに勝るとも劣らない戦闘能力を感じる。このチームが徒党を組めば、恐らくドゥーンでさえも不覚をとるであろう。それ以外の点で劣る要素は多々ありそうだが、才能にあふれていることだけは間違いない。
 もし時が正常に流れれば、きっと歴史に残りうる発見も不可能では無かっただろうと思うと、ドゥーンはいちいち心が締め付けられる。

「詳しく聞かせてくれ」
 リアラが、机に身を乗り出して尋ねる。
「いえ、申し訳ありません……私とて、その最高難易度のダンジョンとやらに足を踏み入れたわけではありませんので。
 それらしい記述をどこかで見かけたような気がした……その程度のことなので期待はしないでもらえた方が、こちらとしても気が楽です」
 『歴史を変えることは悪いこと』自分が住んでいる未来世界で絶望しながらも強く生きていく者たちの代表として、それは正しい考えのだと何度も自分に言い聞かせて来た。
 言い聞かせてはずなのに、未だドゥーンの葛藤は消えない。哲学書を読んだ時に知ったコバルオンの方程式。それにあてはめれば、結局は未来世界を改編してしまおうというコリンの行動は正しいと言って差し支えないのだ。
 しかし、あんな未来世界であっても生きたいと思う者がいる限りは存続させてしかるべきだ。それでも、それでも、それでも――
 思考がループして止まらない、永遠に続く螺旋階段となる。
すべてを救う手段があるならば、もしかしたら今でも命を狙っているコリンやシデンやシャロットなどとも手を取り合う事が出来たかと思うと、ドゥーンは世界の仕組みを呪う。
 その顔が、あたかもMADの役に立てなかったことを悔やんでいるように感じさせた。
「そう、申し訳なさそうな顔をするな。そんな情報だけでもこちらは大助かりだ。
 ふむ……あそこは、ソレイス=プクリンが2年ほど前に赴いた地なものでな……。さっき聞いたが、プクリンのギルドでは今回の遠征についてダンジョンが姿を現すまでには部下が頑張ってくれたとかなんだとか言っていたからな。もしかしたら、ゼロの領域も条件を満たせばダンジョンが姿を現すのかもしれないし……。
 なんにせよ、当時の状況についても細かく調べてみたいからな……おい、その記述はどこで見かけたか覚えているか?」

「グリーンレイクシティ、探検隊連盟が創立した広大な図書館……第16書庫……確か、その場所だったと思います。そこにある探検隊フルバーニアンの日誌にそれらしい記述があったような……」
 記憶の糸をたどりながらドゥーンはつらつらとそれを口にする。どうせ、ここで彼女らがゼロの島を見つけようとも歴史は変わらない。歴史というのは、神々の力なのか修正作用なる物が存在する。未来から来た悪戯っ子のセレビィや今のドゥーンのように、ちょっとやそっとひっかきまわしたくらいでは変わるわけは無いのだ。
「……ふむ、ありがとうよ。有名な探検隊とはいえ、ここまで噂通りだとは想像以上だ。とっておけ、情報料だ……」
 そんな事を考えているドゥーンをよそに、リアラは素直に感謝してドゥーンの手のひらに銀貨を一枚乗せる。
「な、こんなものもらえませんよ」
 突然の臨時収入に、ドゥーンは戸惑いながら受け取りを断った。その様子を見て、リアラは笑う。
「謙虚なのもいいが、たまには傲慢になるといい……。お前ほどの探検隊ならば、傲慢な姿に皆も違和感は覚えないだろうよ」
 身長の低いマニューラのリアラでは、立ちあがってもドゥーンを見下ろすことは出来ないが、それでも見下ろすような視線をドゥーンは感じていた。
 感じていたところで、リアラが付け加える。
「ところでお前……一つ聞きたいことがあるのだが、神は何を信じている? 確かフルネームがグレイル=ヨノワールってことは、この大陸出身だろう?」
「ホ、ホウオウですが……信仰している神は」
「……あんたの訛り、ホウオウのどこの訛りでもないのが気になるんだよなぁ。というか、この大陸のどこでもない」
「そ、そうですか……幼いころからしゃべり方が変だ変だと言われてましてね」
「そうかい。いや、信じている神が気になったのは、訛りがどこのものでもないこととか、あんたが店に入ってきたときから見ていたけれど、この大陸のどこの神のお祈りもしていないことが気になってね」
 得意げにリアラは笑う。
「確かに私はホウオウを信仰してはいますが、冠婚葬祭の時くらいしか意識したことはないのですよ……」
「リアラさん、どうしたんですか? 変な質問ばっかりしてリーダーらしくもない」
「いいじゃないか、スコール」
 不敵な笑みを浮かべてリアラは背後のドラピオンに振り返って言った。
「で、グレイルさん。お前はいったい何者だい?」
「何者もなにも……私はただの探検家ですが……」
「チャームズは、雷帝の王笏(おうしゃく)と妃冠。レイダーズは黄金(コガネ)イモって植物の種と種イモだったかな。私達は蒼い彗星、アッシャーの遺産……それぞれ、狙っていたのに横取りされた獲物だよ。いやぁ、レイダーズのやつとはちょっとした知り合いでね、話を聞いたらいろいろと有名な探検隊の狙っていた獲物が掠め取られているから驚いたもんさ」
 リアラに言われて、痛いところを突かれたようにドゥーンが肩をすくめる。
「もちろん、獲物を横取りされたことを怒っているんじゃない……こういうのは早い者勝ち。早さで勝られたならば仕方のないこともあるけれど……でも、あまりに話がデキすぎているような気がするんだ。大物の探検隊が狙っていたり、行こうとしたダンジョン、遺跡が悉く攻略されるなんてさ。しかも、彗星のように現れたあんたが、今まで名声を耳にしないのも気になる所だ。
 ホウオウを信仰しているはずなのに、この大陸で一年前以前の噂が全くないってのは一体全体どういうことなのかなってね? グリーンレイクシティへの侵攻に対して、被害を最小限に抑えるための情報伝達についても聞いているよ。すごい情報能力だが、偶然にしちゃ出来すぎている」
「ただの偶然ですよ……」
「偶然か、そうか……じゃあ聞こう。お前、出身地はどこだ? ホウオウを信仰しているんだってな? 地元じゃお前、相当有名だろう? どこ出身だ?」
「そ、それは……」
 ドゥーンは目をそらす。
「じ、実は私……奴隷出身でして、どこで生まれたかもよくわからないのです」
「どこに売られたか覚えているかい?」
「大陸縦断山脈にさしかかるあたりの北国……海辺の穀倉地帯です」
「ほう、それなら確か奴隷の証として、確か井桁型の焼印をつけられるはずだがね……どこに印はあるんだい? 跡くらいあるだろう?」
「腕のいい医者に消してもらいましたので……」
 適当にお茶を濁したいドゥーンに対し、リアラはさらに突っ込んで質問する。
「そうそう、北国と言えばあの辺はあそこらへんは、奴隷に対して年に数回労いを与える習慣があったっけか。そう、確か奴隷と主人の食事をその日一日逆にするんだ……」
「あ、あぁ……そんなこともありましたね」
「だろ? 奴隷に対してねぎらうっていう意味合いもあるけれど、奴隷の健康管理をきちんとしておけっていう戒めのためでもあるんだ。いやぁ、食料の豊富な北国だってのに奴隷を殺しちまうような乱暴者が多くってさぁ」
「ま、まぁ……その時は久しぶりにおいしいものを食べられたって感じでしてね」
 それまで互いに笑い合っていたのだが、急に氷のように冷めた瞳を向けた。
「なんで話を適当に合わせているんだ? そんな文化はねーよ。なんかのギャグか? グレイルさん」
 そして、リアラは今までの話を否定する。

「そんな文化聞いたことないな。いや、実際にそこらへんに行ったことがあるんだけれどさー、『奴隷は財産だから』って理念があるから結構労働条件いいんだぜ? グレイルさん、そこは私に対して『そんな文化はない』って否定するところじゃない? どうなんだよ、え?」
「そ、それは……」
 ドゥーンは目をそらしたまま答えられなかった。
「それじゃあ、グレイルさん。改めてもう一度聞く。お前、何者だ……?」
 リアラは目をそらしたドゥーンの顔を覗きこんで、脅しの口調で語りかける。
「い、言えません……」
 にんまりと笑って、リアラはドゥーンの肩につかまり耳打ちをした。
「最初からそう言えばいいんだ。嘘つきは女に嫌われるぜ……グレイルさん。あんたの正体はわからないけれどさ……調子に乗っていると、潰すぞ」
 耳から口を離したリアラは、『そうそう、調子に乗ってると潰すけれど、あんたがチームに入ってくれるなら大歓迎だよ』と、手下二人にも聞こえるように言って、捕まっていたドゥーンの肩から降りる。

「よし、お前ら……食事が終わったらグリーンレイクタウンへの旅の前の準備といくよ」
「は、はい。リアラ様」
 リアラはトレーごと食器を持って席を立ち、残った料理をさっさと食べ終えては外へと向かってしまった。
「なぜ、あの女は……私の正体を見破っている? あの女こそ何者だというのだ……」
 驚き、呆然としながら記憶の糸を手繰って見れば、確かチャームズが『お前に渡すくらいなら盗賊に渡した方がまし』どうのこうのと言っていたのを思い出す。彼女らが言う『盗賊』というのがMADを指すのであれば、確かにチャームズの言葉も納得できるような気がすると、ドゥーンは今のやり取りで一人納得する。有名人同士、因縁の一つでもあったのかもしれない。
 放置しておけば後あと恐ろしいことになりそうではあるが、簡単に手を出せるような相手ではない。このまま放置して泳がせておくのが一番の得策であろうかと、結局ドゥーンは何の対策もしなかった。

175:戸惑う 


 日も暮れて、そろそろ宿を探さねばならないという段階に至る。いざという事になれば、野宿であっても一向に構わないが、やはり街に来た以上温かい食事は恋しくなるものだ。街の通りを歩いていくと大通りの支流に、木の枝を咥えて海を渡るチルタリスの意匠が施された宿、『止まり木』という名の安宿が目についた。
 未来が質素すぎたせいか、あまり豪華な物に興味を持てないドゥーンにとっては、高級なものよりもこういった気取る必要のない無骨な宿の方が好みだ。MADのリーダーが言ったような傲慢になることは、どうも性に合わない。

「……今晩は」
 キィィと耳の奥を引っ掻くような、軋む音を立てる木製の押し戸を開き、僅かにこもった空気と外の新鮮な空気を混ぜ合わせる。日が暮れて外よりも気温が高い室内の空気を逃さぬようにそそくさとドゥーンは室内に入り込み、扉を閉ざす。
 一連の動作の間、不快な音を立てる扉の音を中和するように、扉の先端――室内側に付いたベルがチリリンと涼しげに鳴いた。
「いらっしゃいませぇ」
 受付の姿は見えなかったが、従業員が何処かから来訪者を呼ぶ声が聞こえた。恐らく、受付の業務だけに関わってはいられないということなのだろう、宿を求めるものが来訪する足も、そろそろ納まるこの時間には、ドゥーンの来訪は不意打ちであったようだ。
 他の作業を早々に切り上げて向かってきたのは、夏の晴天を切り取ったような空色の胴体に、雲のように白いモコモコとした綿毛のような、雲を千切って張り付けたような翼のポケモン、チルタリスが愛想良くドゥーンを迎える。
「一名様でよろしいでしょうか? それでは、こちらの宿帳にお名前の記入をお願いします。あ、文字の読み書きは出来ますか?」
 どうやら、まだこの街に来て一日ということもあって、グレイル=ヨノワールの噂も届かないようである。
 それだけに、騒がしくならないことを安心しつつ、ドゥーンはグレイルという名の偽名を記入して何食わぬ顔で宿へと入った。
 宿の名簿に記入した後は、財布から宿代を出し、夕食・朝食付きのコースで落ち着いた。その夕食の準備が出来るまでの間自分の部屋で休んでいてくれとと指示されたドゥーンは、ベッドに横になりながら、考え事にふけった。

 この世界で信用を得るのは作業。の、はずだった。この大陸のすべての者を味方につけ、そしてコリンとシデンを叩き潰すためにこうしているにすぎないのに、最近はわけも無く悲しくなる。
 最初は、自分たちが未来世界で苦労しながら生きているというのに、この世界の者たちはのうのうと暮らしていて気に食わないとすら思っていたのだが、今となっては情が移ってしまっている。この世界を見捨てなければ自分達が消えてしまうというのに、それをよしとしてしまうような想いが、最近ずっと心の中にあるのだ。
 時間の流れない世界に絶望した生気のない顔。互いの者を奪いあう者たちの醜い顔。今よりも数倍以上の多くの割合の者が闇にやられて心を失った世界。それに比べれば、この過去の世界の魅力的なこと、その魅力はまさしく魔性――その言葉で表すのが相応しい。
 ただひたすらに、無性に、この世界が愛おしくて、願わくば光あるこの世界をそのままにしていたい。コリンたちように過去を救うだなんて馬鹿の所業だとは思ったが、今思えば彼もまた尊敬ものである。あんな闇に満ちた世界に生きて居ながら、あんな絵が描けるコリンのことだ。良くも悪くも異常あいつも、今となっては心のどこかで認めてしまっている。

「……私も、随分変わってしまったな」
 じっと掌を見てドゥーンは思う。こうして旅を続けるうちに、自分の正義が揺らいでゆくのが分かる。何が正しくて、なにが悪いことなのか、分からなくなる。未来世界は単純で、物事を考えて生きる必要なんて無い。だから、楽だった。考えないということはとても楽で、未来世界では毎日を楽に生きる事が出来た。
 過去に来てからそれも変わった。最初は適当にコリンを探すつもりであったが、一度過去の世界のおいしい料理を食べてからは、たったそれだけ考えも変わった。
 色んな料理を食べたり、名声を上げる傍ら観光名所を回る計画を立てるうちに考えることは楽しいことだと思うようになった。『楽』と『楽しい』は違うことなのだと自覚して、次にチャームズに宣戦布告をされた時には、考えることは大事だと思うようになる。
 そして、今となっては過去の世界ン存亡について考えるのが辛い。辛いのに、考えなければいけないような気がしてくる。

「トキ様。私たちが目指しているものは何なのですか?」
 神を信じると言う事は、神にすがることで心の安定を図るためだと、無神論者が語るの哲学書を読んだ。しかし、それはあくまで神が存在するか否かを証明できない場合での事。ディアルガが普通に存在して(それなりの身分は必要だが)いつでも話せる状況であったドゥーンは、むしろ神とはこの世界で言う王に近い存在なのかもしれない。
 『人は時に支配される事を望む』と、ドゥーンはどこかで見た言葉を思い出す。考えることが面倒、苦痛であるから、自分の思考をすべて王に任せてしまえるならば、なにも考えない楽な暮らしが出来るのだという。実際に、名君に仕えられるのならば自分で考えて行動するよりも幸せなこともあるのかもしれない。
 いや、きっと考えるのが苦痛だったのだ。考えても考えても、暗黒の世界に光は戻らない。ならば、いっそのこと世界を憂うことも忘れてしまえばいい、なんてきっと思ってしまったのだろう。
 退屈な状況が苦痛になるならば。その苦痛が心身に影響を及ぼすのならば、いっそのこと考えなければいいと、脳は心を閉ざすことを選んだのだろう。でも、過去の世界では、考えて行動すれば何か救われる道が用意されているような気がしてならない。
 その違いがあるから、この過去の世界では誰もがみんな考えて行動している。それをしてこなかった自分は、未来世界の住人はきっと、異常なのだ。
「だから、私は……トキ様に仕えることを、何の疑問も持たずに続けられたのですか?」
 今され自分の正義が揺らいできた理由を、ドゥーンはそんな風に結論付ける。しかし、自分がやっている事が本当に正義なのかどうかは、きっと正義だと信じて、疑いたくはなかった。
 疑ってしまえば、今まで自分は一体何のためにこの手を汚して来たのかと、途方もない自己嫌悪に悩むだけだから。

 暗い部屋の中でドゥーンはそっと溜息をつく。手づかみポケモンと言う分類のヨノワール。その手でさえ、二つの未来を同時につかむ事は出来ない。すなわち、この世界が守られる未来と自分たちが守られる未来。
「どちらかを捨てなければならないのならば、私は自分の生きている世界を選ぶ。ただそれだけだ……」
 苦虫をかみつぶすように、誰に言うでもなくドゥーンはつぶやく。固く握りしめた拳は痛いほどに力が込められていた。

 不毛な考え事をしているうちに、いつしかドゥーンは眠気を覚えてベッドの上で目を閉じる。夕食の準備が整ったことを知らせる声に起こされるまで、ドゥーンは深い眠りで心身を休めていた。
 部屋に入った時点ではまだ光があった部屋も、その時には普通のポケモンならば自分の手のひらも見えない闇となっていた。

176:かまいたち、起つ 


 翌朝、探検隊がよく利用するというギルドと深い縁のある店ばかりが並んだ商店街。探検隊は、ここにさえくれば旅の必需品はすべてそろうというすぐれた店舗である。
 今日のドゥーンは、その商店街の端にある店から片っ端に世間に花を咲かせ、そして親睦を深めようと動いた。
 プクリンのギルドでは、依頼の成功報酬の9割をむしり取られる代わりに、弟子として所属していればここの施設を優先的、格安で使えるようになっており、特にガルーラの経営する貸し倉庫に至っては無料で使えるのだとか。
 特に人気があるのは、エレキブルの意匠が施された『記憶屋』なる場所であった。用途不明のその店の前で、金を使うか否かを話あっているのは、ザングース、ストライク、サンドパンの三人組であった。
「ん、あ……グレイルさんじゃないですか!! お会いできて光栄です」
 リーダーらしいザングースは、こちらが見ていることに気づいてドゥーンに話しかける。
「あ、はぁ……こちらこそ光栄です。ところですみません、このお店はどう言った事をする場所なので?」
 まずは無難な話題で話を始めてみると、ザングースは嬉しそうに反応する。
「いやいや、トレジャータウンの記憶屋さんは他の街には中々無い施設ですからね、知らないのは無理ないか」
「リーダー、何だか舞いあがってねーか?」
 サンドパンがそう言って笑う。
「黙れペドロ。もの知りと評判のグレイルさんに物を教えられるチャンスなんてそうそうないんだぞ!? 叔父さんとどっちが強いんだろーな、グレイルさんは」
「そのチャンスを前に、ギアルの空回りをしないようにな」
 と、ストライクもクスクスと笑う。
「あぁもう!! えーい、失礼しましたグレイルさん。この記憶屋、通常は何度も何度も反復練習をしてやっと身に付く技能を、断続的に電気刺激を与えることで高速で身につけられるという代物なんですよ。だから、攻撃や防御の動作を覚える際に、これほど都合のよい場所も無いってわけでさぁ。
 しかもこれ、闘いだけじゃなく勉強にも役立つってな。大学へ行こうとしている奴は高い金払ってここに来るんですよ。ま、グレイルさん見たく文武両道な人には必要のない施設かもですがね―」
 嬉々として語るザングースはとても嬉しそうで、釣られてドゥーンも微笑み返してしまう。
「なるほど、面白い施設ですね。そんな施設なら若い頃に行ってみたかった」
「こ、これ以上強くなる気ですか……そりゃ恐ろしいものだな。こう言う人だからこそ伝説と呼ばれる探検隊になるのかもしれんな……」
 ドゥーンの言葉に、ストライクは苦笑する。
「ところで、あなた方はどうしてここにたむろしているので?」
「それなんですがね……俺らチーム『かまいたち』は、とある場所に街を開拓したいのですが、そのためには暗夜の森ってダンジョン付近でね……」
「それは時の歯車の……」
 ドゥーンが言いかけた言葉に、エッジが静かにうなずく。
「とりあえず、時の歯車泥棒の正体がわかり次第とっちめるつもりだが……大鍾乳洞の番人を倒している以上、あっちも強敵がいそうなものでな。グレイルさんは、例の歯車泥棒に対して何か心当たりはあるかい?」
「いや、残念ながら……」
 本当は心当たりしかないのだが、ドゥーンはそう言ってお茶を濁す。
「わかりました……犯罪者を憎む気持ちはきっと同じですので、何か情報をつかんだらその時は……それを共有しあいましょう」
「えぇ、わかりました。機会があれば私のほうでも討伐させてもらいますし……情報は共有しあいましょう。よろしければ、貴方達のお名前を聞かせてはもらえませんか?」
「俺はマリオット=ザングース」
 ザングースはマリオットと名乗る。
「私はエッジ……エッジ=ストライクです。その、泥棒の件……なにとぞよろしくお願いします」
 エッジはそう言って、深く頭を下げる。彼の口調はメンバーの中で最もまじめで、真剣味を帯びていた。
「俺はペドロな。よろしく、ドゥーンさん」
「ええ、みなさんよろしくお願いします」
 そう言って笑顔でドゥーンは応答する。惜しいことに、彼ら『かまいたち』は大器晩成な才能の持ち主に見えた。だが、その才能を発揮する前に世界の時は止まってしまうだろう。
 そんなのドゥーンには知った事ではないのに、やっぱり心が痛むことだけは止められなかった。。
「ところで、貴方の叔父さんと言うのは……」
 話題を広げることでドゥーンは話を続ける。それなりに戦力となり得る探検隊は、味方にしておいて損は無い。きっと、何かの役に立つはずだと、ドゥーンはかまいたちと長い時間世間話に興じてから三人と別れた。


 かまいたちと別れてからも引き続き商店街を練り歩くドゥーンは、次にカクレオン商店なる名前の雑貨屋を覗きこむ。
「いやぁ、貴方が噂の」「ヨノワールさんですね?」「貴方が来ているという噂を聞いた時から」「今か今かと待ち構えておりましたよ」
「なんにせよ、貴方ほどの有名な探検家がお越しくださるとは光栄です」
「「どうぞ、ゆっくり見て行ってね」」」
 非常に息の合ったやり取りで、それこそ一人のポケモンが二つの口を持っているのと変わらないような、そんな喋り方だった。
 その口調は言ってしまうと悪いがどこかオカマ口調のようなところがあり、実は裏では兄弟で……なんでもない。
「あ、どうも……」
 反応に困ったドゥーンはとりあえず会釈をして、カクレオンの兄弟に応える。
「ふむ……では商品を見物させてもらいましょうか。
 ……お、これは
 ……まさかこんなものまで
 なるほど……驚くべき品ぞろえですね」
 そんな風にいちいち驚くほど、この街の品ぞろえは素晴らしい。物流の要となる海辺であり、珍しい品物は探検隊や行商人がそれらの多くを運んで来てくれる。その品ぞろえもその事情を考えれば無理矢理に納得出来なくはないのだが、これほどの数を交渉する手腕は、この兄弟の優れた点と言ったところか。
「どうですか? 私達のお店は探検隊の皆さんからも大量に仕入れを請け負っていて」「要は探検隊同士の交換の仲介の様なことも行っているのですよ」
「ですので、オレンの実や食料品などはともかくとして」「ほかの品物の品揃えは不安定とはなりますが」
「「この豊富かつ豪華な品揃えはうちの自慢でございます」」
「その品物の詳細をすべて把握していて」「なおかつ、私どもの知らないような物にまつわる歴史なども聞かせていただき……」
「「こっちがお金を差し上げたいくらいですよ」」
「ははは……恐縮です」
 二人合わせて喋ることで発揮される、何も言い返すことが出来ないような圧倒的な迫力は、ある面ではドゥーンの上の者であるディアルガ――トキすらも上回るような気がしてならなかった。
「あれ……あそこに居るのは……」
 声がした方向を見降ろしてみると、そこにいたは、白を基調に黒の水玉模様のある防御スカーフと呼ばれるものをつけたヒコザルの少年と、桃色のスカーフをつけたピカチュウの少女だった。
「おお、貴方達は確かギルドの……」
「うん、オイラ達はディスカベラー。今日はお札から買い物の最中なの」
 一人称が『オイラ』のヒコザルは、可愛らしい団栗眼(どんぐりまなこ)をしている。その風貌は栗色の体毛と相まってお菓子のようで、『食べてしまいたいくらいかわいい』という表現がよく似合いそうだ。
 尻の部分で燃え盛る炎は、グレイルという有名な探検家に顔を覚えられていたことで嬉しいのか、ご機嫌な様子でゆらゆらと揺れた。
「自分のこともよろしく、グレイルさん」
 一人称が『自分』のピカチュウは、真ん丸な眼を細め、アグニの様子を母親のような眼で暖かく見守っている。
 どちらも、年齢の割に進化して居ないせいかとても可愛らしい。カクレオン兄弟との会話の最中、ヒコザルが笑顔で応えては、苦笑して方をすくめるピカチュウの少女を見て、ドゥーンは思わず笑顔になった。
「ところで、グレイルさんはどうしていたの、買い物?」 
「いえいえ、それもないことはないのですが……いつの間にかただの御喋りになっていましてね」
「帰ろうとしたところを私が呼び止めたんです。グレイルさんって有名ですから」「そしたらもうビックリ」
「グレイルさんって実にいろんなことを知っているんですね!」「もう感激しましたよ~~♪」
「ふぅん。皆も噂をしていたけれど……グレイルさんってやっぱり物知りなんだね」
 ドゥーンは照れ気味に頭を掻く。
「恐縮です……私はこの街を回ってみているのですが……いいところですね、ここは。気候が温暖だし、お店も充実している……今が秋だというのが信じられないくらいですよ」
 そう言って、ドゥーンはカクレオンの兄弟やガルーラの貸し倉庫の方もぐるりと見回す。
「何より暖かいのは気候よりもここに住む人々ですが……ここなら、私も暖かく穏やかに生活出来そうですよね」
 お世辞ではない、心からの本音を嘯いたドゥーンは、最後にこう付け加える。
「私も、ここにずっと住みたくなりましたよ。はははは」

177:マリルの兄弟 


 言っているうちにドゥーンは、その言葉が本心である事に気がついて、シャロットの言葉を思い出す。
 『コリンさんと過去の世界にいったら、私きっと消えたくなくなっちゃって……世界を救う目的も忘れてコリンさんと一緒に光ある世界で幸せに暮らすでしょうね……コリンさんが嫌がるなら、鎖で縛って監禁してでも……』
 あのセリフを吐いたシャロットを見下しはしたが、それは私も同じ、か。本当に、コリンのこともシデンのことも忘れて、ここに永住できたならばどんなに幸福なことかとドゥーンは思う。やはり、シャロットの判断は正解か――ドゥーンはそんな思考が浮かぶことがたまらなく悔しくて、それを表情に出さないようにするのに精一杯の気を割く。

「いやぁ……この街は寒流の影響で冬は冷え込みますが……夏は乾燥していて過ごしやすいですからねぇ。
 それに冷え込むと言っても、雨がないから雪もめったに降らず、雪掻きなんかもしなくっていいですし……本当に住みやすい街ですよ。
 現在はもう、春先ですから快適と思われるのは当然でしょうね」
「ほう……それはそれは」
 流石に物知りなドゥーンといえど、細かい気候までは詳しく調べていなかっただけに、こういったことを語れるカクレオンの兄弟には思わず感心する。

「ところで、アグニさんたちこそ何をしにこられたのですか?」「もしかして、何か買いに来てくれたとか? ワクワク♪」
 嬉しそうなカクレオンも見つめながら、アグニと呼ばれたヒコザルとピカチュウは申し訳なさそうに苦笑いをする。
「あぁ……ごめんね。今日は買い物に来たんじゃなくて聞きたいことが……実はね、チャットからセカイイチの入荷予定を尋ねられちゃって……」
「ほぅ……セカイイチと言えば、あの『最高の甘みと酸味のバランスを兼ね備えていて、歯に心地よい歯触りの果肉を齧るとともに、
 リンゴだけでなく数多の果実の香りを僅かながらに、そして矛盾も喧嘩もしないバランスで鼻孔をくすぐり、
 なお且つほんの僅かにのぞかせる渋みが味を引き締め後味をさわやかにしたかと思えば……
 喉を伝う感触が、風邪で扁桃腺が腫れていようとも天に上るようで、しぼり汁の一滴や、粉々になった果肉の一粒一粒が宝石のように輝いている。
 そのため、一口かじるごとに、一曲のフルオーケストラを耳にするに匹敵する満足感が得られるとか……』ソレイスさんが熱く語っておられましたが……何のことやら。
 ともかく、とても高価なものだと聞きましたよ? それがこのお店にはたまにでも置いてあったりするのでしょうか?」
 これを語る時のソレイスの目はプクリンと言う種族柄目が大きいこともあり、思い切り輝いていた。それを思い出すと、なんだかおかしくなってドゥーンはくすくすと笑う。
「セカイイチですか? う~ん……申し訳ありませんね」「うちの店では、グレイルさんの言うとおりものすごく高価な商品でして……まだ入荷する予定がないんですよ~」
 カクレオンの兄弟は、アグニに深々と頭を下げる。
「うぅ……そうなの……残念。チャットが聞いたらがっかりするだろうな。オイラ気が重いや……」
「ねぇ、ほんと……」

 二人の小さな探検隊が、顔を見合せてため息をつく。

「アリル、速く!」
 そんな折だった。元気過ぎるほど元気な声が商店街の終点、貸し倉庫のある方から聞こえてきたのは
「お兄ちゃん待ってよ~!」
「あれ、ソウロちゃんにアリルちゃん……」
 マリルとルリリの兄弟であろうか、マリルがソウロという名前で、ルリリがアリルという名前らしい。
「あぁ……カワルさんにソマルさん」
 ドゥーンはここでようやくカクレオンの名前がカワルとソマルである事を理解する。
「あ、アグニさんたちに……なんかマリアさんと同じくらい大きい人も……この人はなんて言うの? ガルーラと同じくらい大きい種族なんてめったにいないよね……」
「グレイル=ヨノワールと申します。あちらで銀行を営んでいるヨマワルの進化系なのですよ」
「えー……あれがこれになっちゃうのかぁ」
 弟と兄で、微笑むように瞼を細めたドゥーンを見て、二人は進化の神秘を垣間見て目を丸くした。
「ところで、二人はどうしたの? そんなに急いで……」
 アグニが首をかしげてアリルとソウロに尋ねる。
「いやぁ……僕たちずっと落とし物を探してたんですが……」
 アグニの問いかけにソウロは答える。
「落し物? 落し物って……前に探していた?」
 そう、身を乗り出したアグニはまるで自分のことのようにそれを喜んでいた。
「そうです。水のフロートって言う道具です」
 ソウロが落し物の名を言った瞬間、ドゥーンが身を乗り出す様にして、ソウロへと話しかける
「水のフロート? それはまた貴重なものですね……」
「はい、ですので僕たちもずっと探していたのですが……」
「そしたら、今日海岸の崖の岩場でそれらしいものが落ちているのを見たって誰かから情報が入ってきたので……」
「それで、海岸に急いでいるんです」
 いきなり大きなポケモンに話しかけられようとも、隣で貸し倉庫を営むガルーラのマリアのおかげで、大柄な者には少しばかり慣れているのか動じることなく二人は話してくれる。ヨノワールの体は怖がるものも少なくないために、ちょっとうれしくてドゥーンは微笑んだ、
 その話し方はカワルとソマルほどではないがとても息が合っていて、兄弟の絆をありありと感じさせ、見ているだけで心が癒される。ドゥーン思わず頭を撫でたくなるが、それは流石に怖がるだろうなと差し出しかけた手を引っ込める。

「そっか……見つかったのならよかったね。オイラたちも散歩の時によく探していたけれど……」
「自分たちは水タイプじゃないからあまり沖にもいけないし、それが歯がゆかったから心配していたけれど……きっとその『誰か』って言うのも水タイプったんだね」
 この街は、息の合った話し方をする者にあふれているのか、ディスカベラーの二人まで息の合った喋り方をするのでドゥーンは思わず苦笑した。
「はい! ですので……今回は探してくれた皆さんへの報告も兼ねて、ここに来させていただきました」
「うん! みんなありがとう」
 ソウロとアリルはそう言って、尻尾でバランスを取りながら礼をする。
「さぁ、アリル。早く行こう!」
「うん、お兄ちゃん」
 元気よく返事をした二人は、ドゥーンたちに背を向けるように走りだした。
 全員がその微笑ましい様子を笑顔で見送り、全員が向き直る
「あの二人の探し物がちょっと気にはなっていたんだけれど……でもなんか見つかったみたいだし、良かったね。オイラも安心だよ」
「うん、自分もまた落し物の件で誰かに騙されるんじゃないかって冷や冷やしていたからねぇ……」
 ようやく肩の荷が下りたといった感じで、二人は何気なしに呟く。いったい何のことだか分からないドゥーンだが、あの子たちの純粋な思いにつけ込んだ者がいる……という事だけは理解できた。
「ですねぇ……。それにしても、水のフロートというのは私も知らなかったですよ~」「どんな道具なんですか~?」
 ひとたび話が落ち着いても、このカクレオンの兄弟だけは落ち着かない口調をしている。仕方がないな――と苦笑しながら、ドゥーンは口を開く。
「水のフロートとはルリリの専用道具なのですが……貴重なお宝を繰り返しトレードすることでやっと手に入れることが出来るという、とても稀な道具だと言われているのですよ」
 カクレオン兄弟に尋ねられたドゥーンは得意げに答えて続ける。
「まぁ、手に入れれば一家の財産となることは間違いないですね。しかしながら、そういった道具はその価値を知らないで転売して、ものすごい値段で売られているのを見てもっと高く売っておけばよかったと後悔するものも多いのですよ。
 盗品を売る盗賊が、そんなことを言って悔しがっているのを見て捕まえたこともありましてね。世の中面白いものです」

「ひゃぁ……そうなんですかぁ!」「商売している私たちですら知らないんですから、相当珍しいものなんでしょうね~」
「そんなものを私たちの店に入荷するなんて、一生無理なんでしょうね~……とほほ」
 どうやら自分の話でカクレオンを落ち込ませてしまったようだと、ドゥーンは苦笑する。傍で話を聞いていたディスカベラーの二人はと言うと……
 アグニの方は顔を青く、尻尾の炎を弱々しくさせていた。
「入荷する……? あぁ……思い出した。セカイイチのこと、チャットに報告しなきゃ……」
「あ……自分もすっかり忘れていたよ。立ち話している暇なんてないじゃん……」
「ギルドへ帰ろう!!」
「うん」
 あわただしく帰っていく二人の少年少女を見送り、ドゥーンは微笑んだ。
「まったく、あの子たちはいつもあんな調子でなのですか? 元気いっぱいですね」
 微笑みながら訪ねると、つられるようにソマルとカワルは微笑んで答える。
「えぇ、はい。元気が有り余っているんですよ」「だから、あのギルドの修行にも黙って耐えちゃうんですよね。すごいものです」
「「むしろ、耐えるどころかまるで、楽しいことをしているみたいに余裕で乗り越える様は、いい意味で異常ですね」」
 その後もドゥーンは御喋りを続け、徐々に徐々にトレジャータウンへと溶け込んでいった。時期的には、コリンがまだ陸路で山を越えている最中の事である。

178:霧の湖へ 


 霧の湖は、何でも今までのシエルタウンを始めとする東側で信仰されているホウオウ教(便宜的にそう呼ばれるようになった)とやらではなくアルセウス教と言う宗教が信じられている。その宗教は、ダンジョンを聖地―― 一介のポケモンが踏み込んではならない地として崇めているせいか、ダンジョンは王族の墓とされ、身分の高いものは『ダンジョン葬』。正式名称を『神域葬』と呼ばれる特異な弔い方をされている。
 当然探検隊のような職業も発達しておらず、『ダンジョンに潜り、そこから物資を得て帰る探検隊』という文化を確立させ、訓練や商売としての地位を得て、食料も物資も豊富に手にしているホウオウ教に勝てるはずも無い。戦に負けた後からも、虎視眈々とホウオウ信仰の土地を狙ってはいるらしいが、現状はむしろホウオウ信仰の文化に押されて次々と聖域を侵されているといったところか。
 神の権威を振りかざしたい王家にとってはたまったものではないし、教会としてもホウオウ信仰の者をさげすむように平民たちには徹底しているのだが、ホウオウ信仰との交易で生活が潤うことをよしとする者も多い。特に平民上がりの富裕層には多く、その財力を盾に圧力をかけてくるので教会も最近は立場がないのだとか。
 そのような経緯があって、徐々にホウオウ教文化も根付いてきた今でもまだ不思議のダンジョンに通行を阻まれたおかげで未開の地は多い。
 コリンがこれから向かう場所、霧の湖も番人こそいるものの、ご多分に漏れず未開の地である。情報が伝わるのは遅ければ遅いほど好ましい以上、コリンがここを選ぶのは賢明と言えた。本来はいくつものルートが確立されている大陸の北からのルートをゆきたかったコリンだが、チャームズの妨害を恐れたコリンは結局船を使わずにこのアルセウス信仰の地への入国を試みた。しかし、半島隔離山脈からの入国は原則禁止されており、半島側からの入国には国境破りのルートの確認やグネグネと複雑な回り道。それだけの苦労をしても、結局目の良い飛行タイプのポケモンに発見されて、賄賂を渡したり返り討ちにしたりなど、様々な困難を経たがために思いのほか時間がたってしまっていた。
 険しい山を越え。霧の立ち込める森を越え……思えばもう何日も水浴びをしていない。体を綺麗に出来できるとすれば、霧の立ち込める森の木々についた水滴を集め、布巾に水を含ませて体を拭くのが関の山である。
 そんなこんなで、幾重もの苦難によってコリンは憂鬱になりながら目的地である熱水の洞窟のふもとまでたどり着いた。
「霧は晴らせないか……」
 未来で調べた限りでは、グラードン像の心臓に日照り石をはめることで、数十m先も見えないような深い霧を晴らせるのだが、生憎その日照り石が見つからない。
 風の噂では、プクリンのギルドとか言う組織が夏の終わりあたりにここへ遠征に訪れたが、しかし何の成果もなかったのだとか。未来では、ここに来る前の霧が立ち込める森の中に日照り石があったはずだが……それはどこにいってしまったのか。
 考えられる可能性は、自分たちが来た影響で未来が少しずつ変わっているのか、もしくはまたこの後に何かの調査隊が来て、未来で発見した位置が変わるのか……どちらにせよ、闇雲に探して見つかる可能性は薄い。
 こういった視界が不良の状況では、知らず知らずの内に進行方向が左よりになってしまい、同じ方向をぐるぐると回り続けるという。
 それを防ぐためには……コンパス……と言いたいところだが、コンパスも狂うこの場所では正確に歩く事は不可能だし……あぁ、もう!! なんていらいらする秘境なんだ。
 太陽の位置もこの霧では分からないし……どうすればいいんだ。
 コリンは結局のところ、地道に作業をするしかないと決め込んで、草を折ったり土をえぐっては振り返り、体を地面に伏せることで自分の歩んでいた道が一直線になっていることを確認して進む。匍匐前進の歩みはまるでドダイトスのようにゆったりとしたものだ。
 途中でくじけたくなるような地道な作業を延々と続け、何度も何度もルートチェンジを繰り返しながら、三日三晩を草刈り紛いの方法で明かしたところで、ようやくコリンは霧の湖への順路――熱水の洞窟の入り口へとたどり着く。
「……長かった」
 熱水の洞窟にたどり着いたコリンは、この場所がシデンと一緒に訪れた二つ目のダンジョンであることを思い出して、感傷に浸る。


(そう言えば……この場所は、シデンの力を改めて感じた場所だったな。グラードンの石像を発見してははしゃぎ回って……――)
 今でもありありと思い浮かぶ二人の女性の姿に、落涙を抑えることが出来なかった。今はもう、何も考えたくない。神経をすり減らすような集中を要する仕事を長時間行い、精神的に疲れ切ったコリンは現実逃避に浸ることで疲れを癒したかった。
【「なるほど、グラードンの心臓に日照り石をはめる……それで霧は晴れるのか! 流石だな……やっぱり俺のパートナーだ」
「それはね……こっちのセリフ。この能力……本当にコリンが一緒に居てくれないと発動しないの……これが出来るのも、コリンのおかげ」】
 シデンに必要とされていると、強く感じた記憶を思い出して、コリンは落涙を抑えることが出来ず、静かにぐずりだした。
「なんだよ……シデンもシャロットも、俺と一緒に旅したいみたいなことを言っていたくせに、どっちも俺の手から離れていきやがって……畜生」
 この場にいない二人の女性に対して毒づき、コリンは岩の壁を殴る。
「俺のおかげじゃなったのかよ……俺がいないと発動しない能力じゃなかったのかよ……シデンは、お前は今何をやっているんだよ!!」
 続けて岩肌を何度も殴り、拳が痛くなってきたところでコリンはため息をつく。
「俺はどうしてシデンを守れなかったんだ……情けねえ……シャロットも、俺とくることを拒んだし……どうして俺の周りには仲間がいないんだ……」
 壁に叩きつけた手を下にスライドさせながらコリンは(くずお)れる。
「会いたい。お前だってそうだよな……シデン……いや、クレアにシャロット……それなのに、愚痴ってしまう俺は軟弱者なのかなぁ……?」
 コリンはホームシックも重傷になりかけで、誰もいない場所に向かって思わずそんなことを口にする。そうして独り言をしゃべっているうちに、コリンは空しくなって岩の床面に寝そべってふて寝した。
 疲れと寂しさからか、コリンはいつの間にか夢を見たが、それがシャロットやシデンと楽しく話している夢だったためによけい空しくて、自棄(やけ)になって二度寝した。そうして、警戒心を解かないままの浅い眠りを続けて、さすがに寝過ぎて頭痛がしてきたところでコリンは目を開ける。
 目が覚めてしまったことがまるで悪い音であるかのように大きなため息をつくと、コリンは独り言を始める。
「思い出に浸ったり、嘆いたりしててばかりもいられないな……大鍾乳洞でさえ、あれだけ苦戦させられたんだ。今度は神が相手だ……頑張らないとな」
 コリンは眠そうに眼をこすり、目やにを落として熱水の洞窟のダンジョンへ挑む。

 たとえ、会う事は出来なくても……歴史を変える瞬間に俺を感じてもらうことは出来るよな?
 シデン、もう会うことは出来ないかもしれないけれど……死んでいるのかもしれないけれど、歯車を盗んだ噂でもいい。世界の歴史が改変される瞬間でもいいから……とにかく俺を感じてくれ……そうじゃないと、寂しすぎるから。

 入口へと流れる熱い風を感じながらコリンはせめて存在を感じてほしいと祈りをささげた。
 彼が盗むべき時の歯車はこの山頂にある。

179:立ちはだかる番人 


 炎タイプのポケモンはこの暑い環境も相まってなかなか厄介であったが、ここはキザキの森に比べればそれほど難しいダンジョンでも無いようで、有象無象の雑魚ばかり。どれもコリンの敵には力不足であった。
 切り裂かれ、踏みつぶされ、喰われ、コリンが夥しい『ヤセイ』の死体を作りあげながら熱水の洞窟を抜け、自身の身長よりも大きな岩が立ち並ぶ山道を登る。
 そうして霧の湖はもう目前といったところで、殺気を隠そうともせずに巨大な体躯を持つ敵が立ちはだかった。この湖の番人であろうもの――グラードンが姿を現す。
「我が名は、シグソル……霧の湖の番人、シグソル=グラードンなり。貴様、この霧の湖に何しに来た?」
「メタモンの次は……幻のポケモンってわけか。物凄く強い力を感じるが……だが、相性は有利か」
 溶岩のように赤い体色に、ところどころ火山岩のような黒色のラインが走り、その腕にはアンノーン文字でマグマを象徴するMの字のラインが刻み込まれている。
 前屈みな上半身を支えるような尻尾は案外短いが、肉厚で幅の広いそれは巨体を支えるに十分足るものだ。
「何をごちゃごちゃと言っている? 答えぬのならば侵入者とみなして攻撃するぞ!!」
「好きにしろ、化け物め」
 コリンの身長の四倍はあろうかと言うその巨体が吼えるとともに、はじけ飛んだ唾が光を放ちながら蒸発して、周囲の天候は日照りとなる。グラードンの特性によって変えられた天候は、コリンの弱点である炎の波導を増幅し、一撃を致命傷に変える。
「こんな状態で繰り出される技の威力は、さながら一撃必殺ってわけかい……こんな時、シャロットやシデンがいてくれれば頼もしかったろうが……」
 ふぅ、とコリンはため息をつく。
「だが……ディアルガに挑む可能性もあるって言うのにこれくらいで怖気づいてどうする。俺は……時の歯車を手に入れるまで負けるわけにはいかないんだ」
 字面だけ見れば、自身を奮い立てるための虚勢のようで、コリンは自分にすら言い聞かせている様子もない落ち着いた声での独り言。彼には何となくだが、相手が大した実力ではないことがわかっているのだ。
 だから、奮い立てて無茶な捨て身の特攻をかける必要もないと、体で本能的に理解している。

 グラードンが巨大な腕を振り上げて、腕から炎を吹き出しつつ横薙ぎにして振りぬく。大きな尻尾でバランスを取りながら地面すれすれに身をかがめながらの攻撃は、その巨大な圧力に思わず身震いを禁じえない。しかし、当たらなければどうということもないと、冷静に避けたコリンの目は激しい戦いを感じさせないほど冷めていた。
 高く跳躍して宙返りしながらの大きなバックステップで距離をとる間に感じた熱波は、強い日差しの中で増幅され、完璧な回避をしたつもりでも火傷しかねない。
(さすがに恐ろしい威力だな……)
 幸いにもそれは頭の葉に少し色が付いた程度であり、命にも動きにも別段被害はないだろう。直撃すれば確かにとんでもない威力だが――
「止まって見える!!」
 コリンは、集中して呼吸のリズムを変える。敵の地割れを起こす攻撃を飛びのいて避け、空中で、着地した地上で、高速移動の呼吸法と呼ばれるそのリズムを刻むことで、徐々に彼の体の中に瞬発力に優れた無呼吸運動を行う準備が整う。
 放射状に広がる炎をすれ違うように避けると、コリンは次の攻撃が来ないうちに後ろを振り向く。
 一歩。通常加速する時は前傾姿勢になるものだが、この時のそれは、足爪を地面に喰い込ませての水平に近い傾き加減だ。
 二歩。その傾き加減にふさわしい加速力で、コリンはグラードンとの距離を離す。
 三歩。そこから先も加速は変わらず、電光石火の勢いで距離をとる。

 そして、十分な距離を得たその先で、コリンは振り返りグラードンの力によるものも含めた太陽の恩恵を吸収するように体を広げ、太陽光を吸収した。拡散する火の玉を、地面に手をついて前転しながら避け、起ちあがると同時に太陽の力を自身の草の波導と混ぜ合わせ、技として放つ。
 反動をこらえるために大きく前傾姿勢になりながら、足の指で地面に噛みつくようにして踏ん張りを利かせつつ、自身の息が保たれる限りソーラービームを当て続けた。
 その技は、弱点となる相手に対しては一撃必殺級の威力を持ちながら、チャージに時間がかかるせいでその使用頻度は薄く、実際にコリンも使う事は少なかった。
 だが、強い日差しの中にあれば即座に放つこともできるこの技は、グラードンを相手にするにあたっては都合の最も良い技である。
 やがて息が切れ、地面に膝をついたコリンが見た物は、同様に膝をつくグラードン。否、コリンが付いているのは片膝と片手だが、グラードンは両ひざと両手をついている。明らかに相手のダメージのほうが上であることを確認し、好機と見たコリンがとどめとばかりに、腕の葉を硬質化させ距離を詰める。最後の力を振りしぼって立ち上がったグラードンの頸動脈があると思しき場所をザクリ、小気味良い音とともに切り裂いた。
 切り裂いた傷口は、致命傷となりうる血管が通っているはずだが、血はばら撒かれずグラードンは前のめりに倒れて消え去った。
「さしずめ傀儡人形、幻ということか。どうりで弱いわけだ……しかい、こいつが人形ならば何処かに術者が居るはず……だが」
 コリンはため息をつきながら肩を落とす。大した相手ではなかったが、ソーラービームの撃ちすぎて少々息が切れてしまったので、まだ残るグラードンの恩恵を受けてゆっくりと光合成で体力を回復した。

180:欠伸 


「……ふぅ」
 ひとまず危機が去ってから光合成で疲れをいやしたコリンは、安堵の息をついて湖の方へと向かう。時間帯も夕日に差し掛かったころその湖には美しい緑の光が水中から水面を照らしていた。
 水面で屈折した光は小さな虹のように色が分かれ、その様が例え様もなく美しい。
 上空には、ここの住民であろうか、イルミーゼやバルビートといった発光するポケモンたちが群れをなして湖を彩り、茜色の夕日の中で一足早く星のように瞬いている。
 その湖へ足を踏み入れようとすれば、進入を拒むように立つグラードンを操っていた者と思しき小さな影。山吹色の頭が。
 三人セットで語られることが多く、その山吹色の頭頂部がほかの二人と差別化する最も大きな差異となっている。三人の中でも特徴的なのが閉じたままの瞼と、額に輝く赤い珠。
 一双の尻尾の先端は山の形で三つに分かれており、そこには額に埋め込まれた玉と、同じような輝きを放つ珠が埋め込まれている。
 2.5頭身ほどの小さなその体は、湖の三精霊の一角と呼ばれるポケモン、ユクシーであった。
「番人か? 時の歯車の……お前が番人の真打なのか」
 タイプはエスパー。コリンの草タイプとは良くも悪くもない。
 対峙してから数秒、互いに無言で長い沈黙を挟んだ後、痺れを切らしたようにユクシーは重い口を開く。
「やっぱり……やっぱり、命に変えても殺しておくべきでしたね。こんなにも早く……別のポケモンがやってくるとは。しかも今度は本当に……本当に時の歯車を盗みに来るとは」
 触れれば燃えてしまいそうなほど激しい怒りを内に籠らせて、ユクシーは言葉を続ける。
「信用などしてしまうから裏切られる……そんなの当たり前のことですし」
「なんのことだかわからんが……違うな。お前の言う『あの者』が誰かは知らんが、そいつらの名誉のために言っておくよ。俺は誰かに聞いてこの場所に来たわけじゃない。
 俺は、ここに時の歯車があることを……前から知っていたのだ」
「そうですか……」
 棒読みのように抑揚のない声でユクシーが呟く。これでは納得しているのかいないのかすらわからない。
「お前にも『あの者』とやらにも悪いが……もらっていくぞ!! 三つ目の時の歯車を!」
 正直納得していようがなかろうがどうでもよくなったコリンは、腕の葉を構え駆け出す。
「私がどうして……」
 言うなり、ユクシーが目を見開いたのを見て、あわててコリンは目を逸らす。目を合わせれば記憶を消すことが出来るといわれているユクシーの目は、目を合わせれば最強の牙となりうるし、目を開き続けているだけで最大の鎧にもなる。
 コリンはユクシーを、影や尻尾で位置を確認し、目の前に腕をかざし目を合わせないようにしながら種マシンガンを放つ。
 当てずっぽうに無造作に放たれたそれは、当然のように当たることなくひらりと身をかわされ、お返しとばかりにサイコキネシスでユクシーの方へ引き寄せられされたコリンは、そのままユクシーの背後に水を湛える湖の中に放り投げられた。
「――貴方が光合成をしている最中に襲わなかったか、お分かりですか?」
 サイコキネシスは強力な念力の技で相手を壁や地面、天井などにぶつける技であり、技にかけられても振り払えばしばらく技をかけなおすまでのタイムラグがある。地上での戦いであれば、そのタイムラグの間に攻撃をけしかけるのが普通だが。
 泳ぐのが得意でないコリンは、振り払ったところですぐに解放されて反撃に転じる……などという事は出来なかった。
「ここで戦ったほうが強いからですよ。圧倒的に」
 振り払ったら、湖から脱出する前に再び沈められ、延々と呼吸を封じる。もがきながらその連続でコリンの呼吸は徐々に酸素不足に苦しめられる。何度も水を飲みこみそうになって徐々に呼吸が追い詰められ、抵抗もままならない。
 本来、視認してないものにはサイコキネシスなど放てないはずなのに、このユクシーはどうしてか、そんなこと関係なしに水底に沈んだコリンを正確に沈めていく。
 なぜこんな真似ができるのかと心の中で毒づくコリンをよそに、ユクシーは全く表情を変えず、眉一つ動かさずに相手を溺れさせている。
 元々ユクシーは不用意に目を見せないために常に目を閉じている。それは、ただ日常話す相手の記憶を消さないだけでなく、視線に宿る魔力を無尽蔵にため込むためであるが、見えない場所に居る相手にサイコキネシスをかける技術も、この訓練によって得られたものだ。

(えぇい、ままよ……ならば見えないどころか存在を認識出来ないところに行ってやろうじゃないか)
 と、思い立ったコリンは息を止めて水に潜り、水底に穴をあけて、それを掘り進む。対象を見失ったユクシーは戸惑いながら辺りの周囲を探る。
 そうして、地面が盛り上がったことでユクシーはようやく敵が地面に潜ったという状況を理解した。

「……来ない?」
 すぐにでも攻撃が来ると思っていたユクシーは拍子抜けしながら地面を見た。コリンは大きな咳をしながら跪いている。
 コリンも、呼吸が無限に続くわけではない。このまま意識を失ってしまいたいくらいの酸欠が自身の体を動かすことを拒むが、コリンは歯を食いしばって耐え、苦しそうに息をつきつつ立ち上がり再びユクシーへと向かう。
 耐久力が高いことで知られる種族であるユクシーの顔をまともに見れない状況で攻撃したところで相手に与えられるダメージはたかが知れている。心の眼を使えれば別だが、と考えたところで、コリンの脳裏に妙案が浮かぶ。
(いや、俺にはあるじゃないか。ケビンとか言うエイパムを倒した時と同じように相手の顔を見ずにしとめる方法が……シデンの技を借りるんだ)
 ユクシーが、コリンに呼吸のリズムを合わせ始める。コリンはそれに気が付けないまま、駆け出す。コリンは、今度こそ吹き飛ばされることのないように、自身の体にサイコキネシスの発動光が纏わりつき始めたらすぐに振り払う準備をしていた。
 ユクシーはコリンのボクシングのフックに近い形で放たれた横薙ぎのリーフブレードを、尻尾を前に突き出す反動で上半身を動かしてかわす。
 コリンは肘打ち、アッパーカットの要領で腕の葉を振るい矢継ぎ早のリーフブレードで攻めたてるが、相手の目を見れない状況で攻撃を繰り出し、当てるのは困難であった。そんなことをしている間にも、コリンの呼吸とユクシーの呼吸はまるで同じ個体であるかのようにかみ合い続ける。
 そこに不意にコリンへ襲いかかる眠気。呼吸を合わされているうちに次第にユクシーとシンクロさせられていたコリンの脳内に、強烈な思念――眠れという命令が響き渡る。
 シンクロさせられた脳内に、眠りの思念は深く届き、眠っている場合じゃないのに今まで体験したどんな眠気も太刀打ちできないほど眠い。ほどなくして、コリンは強制的に眠りに落とされた。

181:ヘッドロック 


「眠らせた後拷問にでもかける気か……? 何をされても……他の時の歯車のありかは言わないぞ?」
 それだけ言い終えると、コリンは気絶するように眠りに落ちる。
「あなたが時の歯車のためにがんばっている理由の記憶を消せば、拷問にも屈しますよ」
 勝ちを確信しながらユクシーは黒い笑みを浮かべ、コリンに近づいてサイコキネシスで体を起こす。
「な……」
 仰向けにされたコリンは瞼に切れ込みを入れて、視力を潰したまま眠りに落ちていた。これでは目が見えないから記憶が消せない。
「なんてことを……何のために貴方はこんなことを……どうして? 何故貴方は時の歯車を求めるのですか……?
 ひどく動揺し、心拍を乱しながらユクシーは後ずさる。
「なら……もうそれで構わない。舌すら噛めないように口に布を詰めて延々と甚振り続ければ……いつかは喋るはず。覚悟がいかに強かろうと、現実はその覚悟を往々にして凌駕するものっ……」
 何か、狂気じみた確信をしてユクシーはギリリと歯を食いしばる。
「今の内に……縛っておきましょう」
 ユクシーの視線が、コリンから離れる。と、その時―ー
「どうしてかなんて知るかよ……」
 コリンは血をつばと混ぜて大量に吐き出し、地面を血で汚しながら手探りでユクシーの尻尾を掴み、黄色の頭を手繰り寄せた。
「な……もう欠伸状態からの眠り解けた……?」
 空を飛ぶカバルドンでも見るような目でユクシーは目を見開いて驚き、しかし瞼を切っている上に、後ろから抱きついているコリンに、記憶を消す魔眼を視認されることはなかった。
「出来ればもっと眠っていたかったさ……そうすれば無茶しないで済んだのに」
 そう言ったコリンの口の中は、舌が噛み切れそうなほど深々と噛み痕が付けられており、そのすさまじい激痛は想像するだけで鳥肌が立ちそうだ。激痛だけに、目覚まし効果も絶大であろう。
 その光景に驚愕しているユクシーの、隙と言えるかどうかも怪しいタイムラグを見逃さないよう、コリンは手繰り寄せた頭を脇に抱え締め上げ、こめかみを圧迫する。
 完全に極まったヘッドロック。こうなればもはや、防御能力の強弱など関係ない。
 波導を込めた攻撃は集中力無しでは使えない。精神力もちのフーディンやエルレイドなら別だが、こうして延々と痛みを与え続ければ、サイコキネシスや電気による反撃の手段もない。さっきの湖へ沈める攻撃へのお返しとばかりに、嬲り殺しにするまでだ。

「痛い……やめ……」
 激痛で意識が朦朧としてきたであろう頃合いを見計らい、コリンは再度尻尾を掴んで振りまわし、ユクシーの体を地面に叩きつける。
 当然受け身一つとることも出来ず、頭の中で直接バクオングが叫んでいるような衝撃を味あわされる。それでも恐らく十分ではないとばかりに、コリンは攻撃をやめずに振り回し続けて、何度も何度も地面にたたきつける。それを繰り返しているうちにユクシーは次第に意識が暗転していった。
 やがて、ユクシーがピクリとも動かなくなったのを確認すると、コリンはそれを木に縛り付けから唾で瞼の血を拭う。赤く染まった視界を水で洗い流すと、ようやくコリンは一息つけた。
「ユクシー……とんでもねぇな……くそ……」
 コリンは毒づきながら口の中の血を吐き出し、座り込む。自傷行為でしか怪我を負っていないというのは何とも妙な感覚だが、どちらにせよ痛みは一人前にコリンを不快な気分にさせていた。

182:闇に囚われた心 


(やべっ……涙出てきた……なんで俺がこんな目に……)
 実は、記憶を消されないために付けた眼の傷は少しばかり瞼を切っただけであるが、目を覚ますために傷つけた舌の傷は紛れもなく本物であった。これでは当分温かいモノや酸味のある物は食べられそうにない。
「これで……三つ目か……折り返しだな……次の二つも番人がいるし……これからも同じような目に合うのかと思うと……はぁ」
 ユクシーをエスパー対策の結界が施された縄で縛り、目隠しをし終えたコリンは湖の水で口をゆすぎ、マゴの実を口に含む。もう大好物の甘い味すら感じる事は出来ず、痛みと血の味しかしなかった。
「また……水の中にもぐるのか」
 後ろで気絶したまま縛られているユクシーを見て、コリンの気分は重くなる。
「いや、文句は言っていられないな。さっきといい、二つ目の歯車を手に入れる時といい、こうも水中に沈められてはそろそろ水が怖くなりそうだ……」
 今度ばかりは、ユクシーに邪魔をされないようにきっちりと縛り付けている。それでも、前回エンペルトに襲われたことが嫌な思い出として残っているのか、背後の警戒を解くことは出来なかった。
 今回ばかりは縛り方が厳重だったせいか、ユクシーが動くことはないが、少しでももの音がするとびくりと後ろを振り返ってしまうのはどうしようもない。
(もう、心を闇にとらわれた番人は嫌だな……話を聞いてくれない)
 水中でぶくぶくと泡を立てながら、コリンは時の歯車を掴み取りひと思いに引き抜いた。歯車のあった場所から徐々に水の淀みが消えていく。水の時間が止まってゆく。それは、いつもと同じ、何も変わることの無い時間の停止現象であった。

(たとえ知識ポケモンのユクシーが守っていようとも、結局は歯車を抜いた結果は同じになるのか……。本当に、この歯車を守らなきゃいけない理由がよくわかる……、だからこそユクシー……お前死ぬんじゃないぞ? お前が時の停止に巻き込まれて凍りつく姿は見たくないからな)
 コリンはそう心の中で呟いてからユクシーを戒めから解放し、いまだ気を失ったその体を労わるようにして抱きかかえる。そうして、湖を出た後にユクシーが意識を取り戻したところで、コリンはユクシーを放り捨てて、無駄だとは思いながらも説得を試みる。
「『星の停止』知識ポケモンなら知っているはずだろ? 知らないとは言わせないぞ」
「知らないわけがないでしょう……」
「それなら話が早い。俺は、あと一年もしないうちに起るそれを防ぐために、今現在時の歯車を集めているんだ」
「嘘をつくな!! その兆候は何年も前から始まるものだ。そんなに急速に進むわけがない。時の歯車を盗むための嘘などには騙されんぞ!!」
 やはり、こいつは心が闇に囚われすぎている。本能にすり替わるくらいに習慣化された『歯車を守る』という行為のために、周りが全く見えなくなっているようだ。
「信じちゃもらえないだろうが、星の停止がかつてない速さで進行しようとしているんだよ。お前の知識では補いきれない例外が起ころうとしているんだ……
 それを見過ごしたら世界の、世界の時間は停止する。……お仲間に言葉が通じるなら、そう伝えてくれ」
 コリンは舌の痛みに耐えかねて何度も言葉を詰まらせながら、ユクシーに伝えたいことを伝えきる。
「私の知識では……対応しきれない……? 何を馬鹿な……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!! 誰が信じるものか、お前の戯言なんて誰が信じるか!! 歯車を置いて舌を噛んで死ね!!」
 ユクシーは縛られたままぶんぶんと頭を振り、抜けだそうともがき続ける。知識ポケモンという名を返上してほしいほどに知性のかけらも感じさせない見苦しいふるまいだ。
「なぁ、お前長生きしているんだろ? 知識に裏切られたことがお前にないとは言わせないぞ……? 信じてくれないならそれでいい……次の仲間からも強引に奪わせてもらうまでだ……ほらよ、ナイフだ。結界付きの縄でも微弱なサイコキネシスなら使えるんだろ? 勝手に縄切ってどこへでも行け」
 それだけ言い残すと、コリンは霧の中を自分が付けた目印に沿って風のように去って行った。
「……私の……知識にイレギュラーが発生する? 無いわけではないですが……ディアルガの被造物である秩序ある時間という概念が一年の期間も経ずに消えるはずがないでしょう…… そうだ、あんな妄言を吐く者は……殺さなきゃ。殺さなくては、惑わされる者が必ず出てくる……惑わされる前に、殺さなきゃ」
 自分の知識を否定されたユクシーだが、すでに闇に侵され始めている彼の心に、コリンの言葉は届かない。コリンを見失い、それを殺さねばいけないと決心したユクシーは、微弱なサイコキネシスでナイフを操り、縄を切りにかかった。

183:グリーンレイクシティにて 


 お尋ね者の強盗殺人ジュプトルの情報を求めて、セセリは探検隊連盟の本拠地、グリーンレイクシティに滞在していた。紙と言う情報媒体も、活字印刷の技術も大陸一であるこの街は、鳥や龍が様々な情報をいち早く運んで来てくれるため、下手に歩き回るよりもよっぽど情報が集まり易い。
「おい、セセリ。久しぶりじゃないか」
 街を歩いて情報を得ようと奔走している時に、不意に声を掛けられてセセリははっとして振り返る。
「リアラ……貴方もこの街に来てたの?」
 言葉とは裏腹に驚きは控えめで、その眼には感情も大してこもっていない。振り返ったセセリが見たのは、タバコをふかしながら一人街を歩いているマニューラ、リアラである。
「まぁね、ちょっと調べたい事があってさ……あんたが言っていた、生きているダンジョンだったな。この街に、そのダンジョンについての記述をこの街の本で見た事があるって奴が居たもんでさ」
「そう……それで、わざわざこの街に来たのね」
「まぁ、大した用じゃないさ。お前からの情報だけじゃ何ともならんから地道に聞き込み調査ばっかりしててね……で、セセリ。お前どうした? 例の翡翠の草の種とやらは見つかったか?」
 久しぶりに会った級友のように親しげに挨拶をしていた雰囲気を排して、明らかに生気を失っているセセリの様子を問い詰める。
「私は、ミステリージャングル出身なのよ? そんな気分じゃないのはわかるでしょ?」
 力ない笑顔を浮かべてセセリはリアラに告げる。
「……なるほど」
「そうそう、貴方のくれた情報……結局ガセだったみたい。詐欺師を一人捕まえられたのは幸いだったけれど……お互い、情報は役に立たなくってお相子みたいね」
「その様子、その言い方だと……今は宝探しはやっていないみたいだな?」
「ジュプトルを……捕まえるためにね……色々情報を集め回っているのよ。貴方、強盗殺人ジュプトルの何か知らないかしら?」
「お前、強盗殺人のジュプトルも追い掛けてるのか? 歯車の事といい、多忙だな」
 感心したような表情を添えて、リアラは驚いて見せた。
「強盗殺人のほうには友人を殺されちゃってね……あ、あとそのことなんだけれどね。もしかしたら、その強盗殺人ジュプトルと歯車泥棒の二人が同一人物なんじゃないかなって……そういう情報を得たのよ」
「はぁ……?」
 厭味ったらしい声と一緒にリアラが首を傾げる。

「そりゃ随分と妙だな。あの目立ちたがり屋の強盗と目立ちたくない歯車泥棒がどうやったら同一人物になるんだ?」
 今度は、セセリが先程のリアラと同じ表情をした。
「同じ事を、エヴァッカにも言われたわ……」
「盗人ってなスリだろうと強盗だろうと、獲物が居ないとなりたたない。そのジュプトルは旅人を減らしまくっていて私たち盗賊にとっても商売敵だからな、お前が捕まえてくれるんなら願ったりかなったりだ。がんばれよ」
 リアラは大きく息を吸い込んで、タバコの火を勢い良く燃やす。見る見るうちにタバコは灰の部分が体積を増し、自重を支えきれなくなった灰が地面に落ちた。

「と言うより、お前さ……そんなに馬鹿だったっけか?」
 煙が混じった溜め息をつきながら、リアラは真面目な表情で尋ねる。
「な、何が言いたいのよ!?」
「……まぁ、アレだ。エヴァッカにも同じ事を言われたって言うのなら……今の所まだ語っていない情報もたくさんあるんだろうな。
 故郷がめちゃくちゃになったり友人が殺されたりしているんなら、頭に血が上るのも分からないわけじゃないがよ……お前、ジュプトルに恋でもしてんのか? 簡単に指摘されるような矛盾点を、気づかずにいたというのも間抜けな話だと思うんだがな……」
「好き勝手言っているんじゃなくってよ!! なにが、『恋』なものよ!!」
「よく言うじゃねぇの。『恋は盲目だ』ってさ……そして、好きの対義語は無関心さ。嫌いで嫌いで仕方がないのも、恋の形の一つってことさ」
 小馬鹿にしたようなひょうひょうとした態度で言って、リアラは笑う。
「ま、自分の間違いや違和感に気づいているってことは、そろそろ盲目的な恋からも冷めたってことだろうよ……愛してやんなよ、せっかくだからさ」
 リアラの物言いはひどく癪に障る厭味ったらしいもので、殴ってやりたくすらあったが、セセリはそれをぐっとこらえて頷いた。

184:共同戦線 


「まぁ、ね。私も、一度だけ歯車泥棒と思しきジュプトルと接触してから……色々あって、色々考えてる。だからもう、そういう言い方はやめて……あなたを公衆の面前で殴るような真似、したくないし」
「おぉ、怖い怖い。世間様の前で体裁を保たないといけないアイドル探検隊は大変だねぇ」
 ふぅ、とため息をついてリアラはたばこを捨て、冷気で消化してもう一本を懐から取り出す。一緒に取り出したクラボの実の欠片を潰して火を起こし、リアラは一度大きく深呼吸して肺に煙を溜める。
「それにしてもお前は語彙力に乏しいな、お前は。だからリーダーなのに『賢く』の称号を取られちまうんだ。美しさをあのサーナイトに返上してお前が賢さ担当ならよかったのになぁ」
 セセリを皮肉りながら、リアラは嘲笑う。
「どうせ、私はエヴァッカほど賢くないわよ」
 拗ねてしまったのか、涙ぐんだ目を伏せてセセリは溜め息をつく。
「私の悪口のせいで涙ぐんでしまったみたいじゃねぇか……バツの悪い表情しやがる……」
 肩をすくめてリアラはため息をつく。
「まぁいいや……なんだかなぁ。セセリ、お前が元気だとムカつくのに元気がないと調子が狂う……どれ、その強盗殺人ジュプトルとかいう商売敵を潰すためだ。情報を全部話してみろ。私も珍しく力になってやるから」
 急に優しい表情を取り繕って、リアラが微笑みかける。
「えぇ……そうね。貴方なら情報も有効に扱ってくれるでしょうし……意見も色々聞いてみたいわ」
 本来ならば顔を合わせれば悪態と挑発を繰り返しあう二人であるが、憔悴しきった様子のセセリを見ていると、その気力も萎えたのかリアラは妙に優しかった。その優しさに、セセリは気づけばリアラに洗いざらい話していた。
 いつもならば情報の出し惜しみもするのだが、今回ばかりは情報を共有することで得をすると思い強盗殺人ジュプトルが絵を描くのが趣味である事や、不意打ちでやられた所まで赤裸々に。
 リアラも人の心に漬け込むのがうまいものである。

「なるほど。その時の歯車泥棒は手段選ばない奴じゃないか。だが、手段を選ばない反面、時の歯車を盗むジュプトルは誰も彼も殺す気もないみたいだし、やっぱり強盗殺人のジュプトルとは無関係なんじゃないのか?」
「なのよね。それもエヴァッカに言われたわ……強盗殺人の方は相手の恨みを買うことでそれを力にするポケモンか、それに準じた何かをしようとしているという可能性はなくもないって言っていたけれど……むしろ泥棒のほうのジュプトルは恨みを買わないように気を付けている感じじゃないかって」
「そうさなぁ。誰かに恨まれたいんだったら、私ならお前の手足切り取って強姦したまま放置しておくが……そこまでしなくっても、恨ませる方法なんていくらでもあるし――」
 愉快そうに笑いながら言ったリアラの言葉に、セセリは露骨に嫌そうな顔をする。
「それ以上ひどいことだっていくらでも思いつくぜ?」
「乱暴ね」
 蔑むようにセセリが吐き捨てる。
「これでも、火事場泥棒は得意なんだ……火事場泥棒の穴場になる戦場じゃあ、もっとひどいもんなんていくらでも見て来たよ。セセリちゃんにはわからないかな?」
「馬鹿にしないでよ。私だってひどいものなんていくらでも見てる」
 あんまりに意地悪な物言いに、ついつい語気を強めてせせりは反論した。
「そいつぁ悪かったな」
 なんて、口では言いつつもリアラは全く悪びれずに続ける。

「ともかく、情報ありがとう。私から言えるのは、その強盗殺人のジュプトルを捕まえても、きちんとそいつの話を聞いてやれってことくらいだな。最近、おかしなやつらが増えすぎているから」
「おかしなやつ……?」
「グレイル=ヨノワール。まぁ、なんていうんだ? 出身地への質問への受け答えもまともにできない、杜撰な奴だったが……」
「あ、あの馬鹿野郎ね!!」
「馬鹿野郎? そりゃずいぶんな物言いで」
 大げさと笑ってリアラは続ける。
「なんだっけか、いつ紛争が始まるかもわからない場所に譲っちまったんだっけなぁ……雷帝の王笏と、妃冠をよ。あいつも、強盗殺人ジュプトルほどじゃないが行動がおかしいんだ」
「やっぱり、貴方もそう思う? グレイルのやつに違和感を感じるかしら?」
「違和感を感じたからこそ……いろいろ探ってみたんだ。信じている神はなんだ? 出身地はどこだ? ってな」
 そこまで言って、自分の言葉を反芻しながらリアラは続ける。
「時の歯車泥棒……時空の乱れによるダンジョンにゃ犯罪者の増加。おかしなやつらの台頭……時の歯車に関する調べ者も片手間にやろうかなって予定していたが、お前の話を聞いたうえで考えると、真剣に調べてみたほうがいいかもな。
 ところで、お前に強盗殺人ジュプトルと時の歯車泥棒が同一人物なんじゃないかと言ってきたやつの種族と名前は? そいつも、都合よく強盗殺人ジュプトルと泥棒ジュプトルを同一視するとか……なかなかおかしな説を立てている奴だしな。疑っておいて損はない」
「エッサ……エッサ、ボーマンダ。強盗殺人ジュプトルの被害者の一人よ……肩に傷があるボーマンダで、タバコ商人をやっているの……一度会って以来顔を見ていないから……いまはどこにいるのかもわからないけれど」
 わかった、覚えていくと言って、リアラは四本目のタバコに手を伸ばす。

「セセリ、お前……『泣いたラティアス』って童話知っているか?」
「いいえ、それはどんなお話なの?」
「かつて、幸せ岬というところには伝説のポケモンであるラティオスとラティアスがいたんだが……岬の住人は強大な力を持ったラティアスたちを恐れていたんだ。でも、ラティアスは岬の住人と仲良くなりたがっていてね……そんな時、ラティオスは自分が村で暴れまわり、そこでラティアスに自分を止めさせるという方法で……ラティアスを救世主に仕立て上げようという計画を立てたんだ……
 そして、計画通りラティアスは英雄に……しかし、ラティオスはもはやその集落にいることは出来ずに、遠くの森と呼ばれる場所に逃げ込んだと言われている。心優しいラティオスがこの地を去って行ってしまったことで、ラティアスはあまりの別れの悲しみに泣き腫らした……というお話さ」
「……それと、今回の件に何の関係が?」
「このお話によれば、ラティアスは晩年になって村人を騙していたことを暴露するんだ。ラティオスが襲ってきたのは……演技だってね。そして、村人も一緒になって涙を流し、ラティオスがいつ帰ってきてもいいようにと……幸せ岬の一番景色の良い場所に彼女の言葉をつづった石碑のある墓を建てたんだ……」
 あらすじを言い終えて、リアラはため息をつく。
「私の勘なんだが……誰かが、誰かをラティアスにしようとしているし、誰かが……ジュプトルを勝手にラティオスにしようとしている。ジュプトルをわかりやすい悪役、ラティオスにすれば……馬鹿な奴はコロリと態度を変えるだろうからな。で、ラティアスを例のグレイル=ヨノワール……ジュプトルを悪役……ラティオスに仕立て上げようとしている奴が、例の強盗殺人ジュプトルや、お前が言っていたエッサなんじゃないかなってさ」
「……つまり、放火魔オクタン*1ってわけ?」
「そういうこと。だが……まだ何の根拠もないただの乙女の勘だよ、鵜呑みにするなよ」
 そういってリアラは笑う。

「まぁ、今のところは何もかも仮説でしかないんだ……なんにせよ強盗殺人ジュプトルは賞金がとんでもないから……私の方でも、情報と金の仕入れがてらそいつを追って見る。まぁ、期待はしないでくれよ、セセリ」
「ありがとう。お言葉に期待しないで待っているわ……それにしても下品な盗賊もこう言う時は頼もしいのね」
 強がり、嘯いてセセリは無理して笑って見せた。
「はん、馬鹿なこと言っていないで、お前は強盗殺人ジュプトルの賞金に脂を乗っけないように注意するこったなぁ」
「襲われた時は返り討ちにしてやるわ。不意打ちじゃなければあんな相手には負けなくってよ」
「ほー、そいつは楽しみだ」
 お互いに挑発しあいながら二人は別れ、秋の柔らかな陽光を浴びながらそれぞれの仲間のもとへ合流する。セセリは憎まれ口を吐き出しあうことで少し靄の晴れた気分と共にしずしずと歩き、リアラはセセリと出会う前よりも明らかな上機嫌で空を見上げてほくそえんでいた。

「セセリに元気がないと調子が狂う……か」
 リアラはセセリの財布を持って、とっくに仲間が戻っているだろう巨大な図書館へと戻る道のりへ。
「そんなことあるわけないじゃねーの。私はいつだって絶好調だ」
 ずっしりとした重みのある財布の中身をのぞいて、リアらはほくそ笑む。特に大事そうな何かが入っているわけでもなさそうだし、このまま持って行っても大丈夫そうだ。
「こんだけあれば今日は美味いものが食えるな……調べもので疲れた部下どもねぎらってやるかなーっと」
 セセリが財布を盗まれたことに気づくのは、その日の夕食を仲間と一緒に食べ終えた時だと言う。










次回へ


コメント 

お名前:
  • >2013-11-03 (日) 02:46:36
    大体はお察しの通りなのです。ダークライの件がなかったら、アグニを成長させるためにも消えたままにするのが神としての役割だったかと思います。
    シデンを復活させたのも、おそらくは苦渋の決断だったのでしょう。ソーダは……私ももうすこし救ってあげたい気持ちですw

    テオナナカトルは、その通りコリンたちの世界の未来ですね。すでにコリンたちの戦いは神話になっているようです
    ――リング 2013-11-22 (金) 00:37:02
  • ふむふむ、こうして読むともし原作のストーリーにダークライの話が無かったら、リングさんバージョンはシデンが復活しないまま終わってたのかなって思いますね。

    ソーダがちょっと可哀想でした。

    テオナナカトルって多分、コリンたちの世界の未来の話ですよね?
    ―― 2013-11-03 (日) 02:46:36
  • >狼さん
    どうも、お読みいただきありがとうございました。
    『共に歩む未来』のお話では、もう一つの結末というか、私としてはこちらのほうがよかったという結末を書いて見ました。
    ディアルガのセリフから察するに、本当の未来はシデンが生き返らない方であったという推測が自分の中でありましたので……。
    こんな長い話ですが、読んでいただきありがとうございました
    ――リング 2013-06-26 (水) 09:49:35
  • 時渡りの英雄読ませていただきました。私は探検隊(時)をプレイしたのでだいたいのことはわかるのですが時渡りの英雄ではゲームとは違ったおもしろさがありゲームではいまいちでていないところまで実際そんなストーリーがありそうな気がしたり(当たり前か)してとてもおもしろかったです。
    『ともに歩む未来』では[シデン]が蘇らないのかと思ったら[アグニ]の夢というおち、少しほっとしたり…。
    これからも頑張ってください。
    ―― ? 2013-06-17 (月) 21:31:32
  • 時渡りの英雄これから読んでいきたいと思っています。
    時渡りの英雄は10日ぐらいかかると思われます。
    読むのが楽しみです
    ―― ? 2013-05-25 (土) 02:02:01

最新の5件を表示しています。 コメントページを参照


*1 消防士でありながら火炎放射で家を焼くなど、英雄になりたいがために自らトラブルを起こす者のたとえ

トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2011-10-17 (月) 00:00:00
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.