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孤独な灯火

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※この作品には〈人間♂×ポケモン♂、スリット描写、一部ダーク描写〉などの要素が含まれています。







「僕のポケモンを5匹ともリザードン一匹で倒したのはすごいけど、最後の一匹がバンギラスだったのは運の尽きだね!先ずは挨拶代わりの砂起こしからだ!」
「暴風、それを身にまとえ」

 6対1の状況から5匹まとめて倒されたものの、最後の1匹がバンギラスだったので興奮気味に指示を出すトレーナーの少年と、それを意に介さずリザードンに暴風の指示を出す青年。
 そして指示通りにリザードンは暴風を身にまとい、昼下がりの快晴を覆いつくした砂嵐を寄せ付けないバリアとして使う。

「竜の波動」
「こいつ連続で指示を出しやがって、ストーンエッジ!」

 暴風を使ったにも関わらず間髪入れずに攻撃の指示を出した青年に動揺しつつも、少年は慌ててバンギラスに指示を出す。

 バンギラスの頭部を狙って放たれた竜の波動はバンギラスが動いたことで不発、昼下がりの空を覆い隠す砂嵐の壁を貫いただけに終わった。
 だが突然の事態に焦ったバンギラスもストーンエッジを命中させられずに互いに距離を取る形になる。


「ソーラービーム」
ここでリザードンにソーラービームを指示、リザードンはソーラービームの溜めの段階に入る。

「今なら防御も回避もできない、嚙み砕くだ!」
 そして溜めに入った状態を隙と見たらしく、嚙み砕くで一気に勝負を決めようとした。
 リザードンを嚙み砕くために接近するバンギラスと溜めに集中するため微動だにしないリザードン。
 バンギラスが今こそ好機と嚙み砕こうとした時、強力な光の束がバンギラスの腹部を貫いた。
「何が起こった…⁉」

 攻撃を受けたバンギラス自身にも何が起こったか把握できていないらしく、よろけるように数歩後ろに下がるとそのまま倒れて戦闘不能になった。

「これで俺たちの勝ちだな」
 青年は静かに呟き、リザードンは傾き始めた太陽の日差しを顔に浴びて不敵な笑みを浮かべている。


「ソーラービームの溜め時間が短すぎる!パワフルハーブなしでこの速度はおかしい!」
「お前の体感時間が狂ってるだけだろ、約束通り金はもらって行くぞ」
 あまりに早いソーラービームに物言いをつけるトレーナーの少年を軽くいなして、少年の財布からバトルに勝った分の賞金を取り出す。それなりに腕利きだったのか、財布の中身はぎっしり詰まっていたが、特に何も考えず紙幣を全て引き抜く。

「おい、いくら何でも取りすぎだぞ!」
「6対1で俺にボロ負けしてるんだ、小銭は置いといてやるから負けた奴が贅沢言うな」
「そんなのありかよ…」
「じゃあな、気を付けて帰れよ」
 嘲笑うように呟くと、青年はリザードンと共に人混みの中に消えていった。

 6対1のポケモンバトルで惨敗、財布の中身もごっそり持っていかれたトレーナーの少年はがっくりと膝をつき、やがてとぼとぼとポケモンセンターに向かって歩き始めた。


「お疲れ、今回も格好良かったぞ」
 人気のない路地裏に来ると、青年はボールからリザードンを出して労いの言葉をかける。

「あれぐらいは出来て当然だ、ゼロの方こそ相変わらずエグい戦術思いつくよな。オレが敵だったらまず降参案件だ」
「竜の波動で砂嵐の壁を破って、そこから差し込んだ日差しを浴びてソーラービームの溜め時間を軽減するぐらいガキでも思いつけるレベルだ、その程度で褒められても困る」
 褒められたリザードンはそっけなく答えながら戦術を評価するが、ゼロと呼ばれた青年も同じ様にそっけなく返した。


「…時間も時間だし早いところどっかで晩飯とか買って今日の宿でも探すか」
 さっきまでなかった厚い雲が西の空にかかって夕日は見えず、街灯と建物の灯りが街を照らし始めていた。

孤独な灯火 



 この時間帯のスーパーは人が多そうで何となく行きたくない。そんな感覚で近くのコンビニに入ったが、それなりに客がいて密度的にはスーパーとあまり変わらないことに小さくため息をつく。こんな事なら割引シールの貼られた惣菜を買った方が財布にも優しかったのに…
 来てしまったものは仕方ないし今更スーパーに行くのも面倒だ、週刊誌を立ち読みして客が減るのを待つことにした。
 週刊誌の内容は大体芸能人のゴシップに政治や外交の問題、効くのかどうか分からない怪しげな健康法にグラビア写真の綴じ込み付録エトセトラ。
 よく毎週載せるネタが尽きないよな、なんて考えながら他の客がいなくなったタイミングを見計らって週刊誌を棚に戻して他の棚を見に行く。
 ポケモンフーズの棚からリザードンの好きな物を一袋カゴに入れて、最後の一つになっていた幕の内弁当と烏龍茶の缶を二つカゴに入れる。

「中華まんできました!」
 レジで弁当を温めてもらっている時に名札に【研修中】を付けた店員が笑顔で言ってきた、今この店に客は俺しかいないのに。
 無意識に舌打ちしたが、この前リザードンが物欲しそうな目でレジ横の中華まんの棚を見ていたのを思い出して、肉まんを追加で買うことにした。


 店を出て公衆電話の横でボールからリザードンを出して肉まんを渡す。
「なんだこれ、肉まんか⁉」
「この前欲しそうにしてたからな、特別だ」
「それなら有難く頂くとするか」
 口元笑ってるぞ、と心の中で指摘してバッグからセブンスターの箱を取り出す。
 中身が最後の一本になっていたので、店の前のタバコ自販機でセブンスターを一箱買っておく。

「リザードン、尻尾の火借りるぞ」
リザードンの尻尾の火は喫煙者にとっては優秀なライターとして使える。
「毎度のことだから別にいいけど、先にこれ食わないか?」
 そう言って肉まんの半分を俺に手渡す。
「お前、全部食わないのか?」
「オレだけで全部食ってもいいけどゼロにも食ってほしいなって思ってよ、これかなり美味いぞ」
 言われるままに肉まんを食べる。ふわふわの生地と肉とタケノコの餡の相性が良くて、おまけに出来たての温かさが美味しさを引き立たせている。
 一口食べてしまうと全部食べたくなってタバコを箱に戻す。
 何故かリザードンが一瞬したり顔で見ていたのを俺は見逃さなかった。

「そろそろ今日の宿探すか、着いたら出してやるからボール戻っとけ」
 リザードンをボールに戻して立ち上がる、そろそろ夜の空気が冷たくなってきた。


「続いて明日のお天気です。今夜から明日の朝にかけて広い範囲で雪が降るでしょう。場所によっては5㎝程積もると思われます―」
「ミュージックヒットステーション、この後すぐ!」

分かってはいたが特に面白そうな番組もなくてテレビの電源を切る。
「明日雪だってさ」
「みたいだな、今夜は相当冷えるかもな」


 街から少し離れた街道沿いのモーテルの一室を今日の宿にした。
 旅行者向けの簡易ホテルで値段は普通のホテルよりも安めだが、朝食サービスはなかったり、アメニティや設備が大したことなかったりするのは安さ故にご愛嬌といったところか。そうは言ってもテレビのリモコンの電池が切れてたり暖房があまり効かないのは流石に酷いと思うけれど。
 今夜は冷えると分かっていたら弁当じゃなくてカップ麵を買っていたのになんて思いながら、焼き魚や煮物と一緒に温められてしまったあまり美味しくないポテトサラダを口に入れて缶の烏龍茶で流し込む。
 どうやら蛍光灯も切れかかっているらしい。さっきからチカチカと切れかかった蛍光灯特有の不規則な点滅を繰り返している。

「チャンネル、ミュージックヒットステーションに変えていいか?」
「いいぜ、最近の歌手は知らないけどニュースは見ても不快になるだけだし、バラエティーは興味ないからな」
「わざわざ言わなくても良くないか?」
 若干呆れたような声で答えながらリザードンはテレビのチャンネルを変えていく。

「そういや携帯電話とかは買わないのか?」
「特に買う必要もないな、公衆電話もほとんど使わないし、警察とか救急車呼ぶ機会も特にないからな」
「友達とかに電話とかしないのか?」
「電話をかけるとか友達がいるとかそういう以前に俺の存在を覚えてる奴がいたら奇跡に等しいレベルだ、というかお前どうした?」
「いや、さっき携帯電話のCMやっててそれが格好良かったから、ただそれだけだ」
「そうか…?」
「そうそう、別にハジメの事を心配してるとかそんなのじゃないから気にするな」
 そこまで言ってからリザードンは慌てて訂正に入る。


「悪い、今のは聞かなかった事にしてくれ」
「気にするな、どうせ今は二人きりだから誰かに聞かれる心配もないしな」

 暖房の音と音楽番組の司会の声だけしか聞こえない時間がしばらく流れる。
 リザードンが声に出してしまったそれは、俺の本当の名前…


「シャワー浴びてくる」
 なんとなくその場の空気が気まずくなって逃げるように浴室のドアを開けた。



 熱いのはありがたいが絶妙に水量の少ないシャワーを浴びる。
 本当の名前を呼ばれて不快になったとはいえ、さっきのはリザードンに悪いことをしたなと心の中で軽く反省。
 あいつは見かけによらず傷付きやすいんだよな、なんて事を考えつつ、熱いシャワーを頭から浴びながら目を閉じる。



 リザードンに出会ったのは昔住んでいた家の近くにあった育て屋最も初対面はヒトカゲの時だったが。
 育て屋で生まれた卵に引き取り手がないまま孵化してしまい、そのまま扱いに困っているが死なせてしまえば評判が落ちるのでとりあえず餌の面倒だけ見ているといった感じだ。
 そんな理由から学校への行き帰りで育て屋の前を通る度、孤独に薄汚れたショーウィンドウから外を見ているヒトカゲを何度も目にした。
 そんなあいつに俺はどこか俺自身を重ねていたのかもしれない。

 ただただ教科書の内容を機械人形の様に喋る事と暴言と暴力以外何もできない教師と、見つからない答えを求めて荒れるクラスメイトしかいない学校。
 どこか根無し草の様に思える光のない視線で忙しく歩く人間と、そんな人間に愛想よくしてその日の命を繋ごうとするポケモン達が行きかう、タバコの吸い殻とポイ捨てされたゴミがあちこちに落ちている灰色の街。
 少なくともあの頃の俺にはそう見えていた。多分今見ても変わらない気がするが。
 正直こんな場所にあいつと同じ様に俺の居場所なんてなかった。

 そして家さえも俺の居場所ではなかった。何なら一番いるべき場所ではないような気さえした。

トレーナーだった父親は俺が小さい時で重い病気で命を落として母子家庭として暮らしていた。生活に余裕はなかったけれど、それでも俺は楽しい日々を過ごしていた。この頃までは。
母親が連れて来た新しい父親を騙る奴が家に来たのが全ての始まりだった。

 家に来てすぐは仕事に熱心で真面目な人間、に見せていたけれど1ヶ月も過ぎれば奴は本性を表した。
 仕事をクビになったような形で退職して、家か外で酒を飲みギャンブルに耽る様になった。そして金がなくなると、母親が必死に働いて貯めていた貯金や生活費にも手を出し始めた。
 それだけでも憎い存在になっていたのにあいつは俺と母親に対して何かあると暴力を振るう様になった。それも服を着たらあざが出来ていても出血していてもバレないような場所だけを狙って来た。

 その頃から母親は少しずつ顔色が悪くなっていき、家に帰ったらほとんど眠るか暴言と暴力を振るわれている様な状態だった。
 何となく俺も不安を感じてできることは限られていてもできるだけの事をしていた。不器用だったけど掃除や洗濯もしつつ、学校の登下校の時は周囲に気づかれないように道や自販機の下に落ちている小銭も集めつつ、ごく稀にギャンブルで勝って上機嫌で飲んで帰ってきたあいつの財布からバレない程度の金額を抜き取り、母親の財布にこっそり入れておいた。出来ればあいつに見つからない様に直接財布に入れずに預金口座に入れたかったが、流石にそこまでは出来そうになかった。
 母親は俺を連れて何度か逃げ出そうとしたが、その度に俺を遠回しな人質として脅し断念してもしなくても暴力を振るわれたらしい。


 正直自分の生きる意味さえも見いだせない様な毎日の唯一の楽しみは、育て屋にいるヒトカゲに会いに行くことだった。

 育て屋の薄汚れたショーウィンドウから希望を探す様に灰色の街を見上げる視線と灰色の街から滲み出る絶望に目を背ける様に俯いてアスファルトを見下ろす視線、俺が学校に通うために育て屋の前を通り始めてから、二つの視線が互いを認識するのに時間はかからなかった。
 それからショーウィンドウ越しのコンタクトを繰り返し、年に何度か掃除されたり不良に割られていた記憶もあるが、それでもほとんど薄汚れていたショーウィンドウの両側には人間の子供の手とヒトカゲの手の跡がうっすらと付いていた。
 流石に店の中には入れなかったし、辛うじて互いの声が届く様な環境でも会えること自体が嬉しかった。
 この頃は言葉が通じているのかさえも分からなかったけれど、どんな話にも目を輝かせていたヒトカゲは俺にないものを全て持っている、そんな風に感じていた。


 そしていつしか、こんな狭い育て屋の片隅じゃない広い世界で自由に生きて幸せになってほしい、そう願うようになっていた。
 それは俺にとっての大切な何かを無くしてしまいそうな願いで、そう考える度に何故だか分からず少し怖くもなったが、ヒトカゲには幸せになってほしい、そこだけは変わらなかった。
 この頃から俺は既に自分が幸せになることを諦めかけていたのかもしれない…


 そしてヒトカゲに会える刹那の喜びを心の支えに苦痛を耐えていた日々に大きな変化は突然起きた。
 日もとっくに沈んだ頃、仕事から帰ってきた母親は郵便物をテーブルに置いた途端その場に倒れ込み意識を失ってしまった。
 不幸中の幸い、あいつは泥酔しているから落ち着いて救急車を呼ぶことができた。

 119番通報してから半ば放心状態で受話器を置くと母親が持って入ってきた郵便物が視界に入ってきた。そして一番上にあったチラシの見出しで今度は俺の方がショックで呆然としてしまった。

【迷惑な野生ポケモン強制保護のお知らせ ポケモン管理局】


 母親を搬送する救急車の中で、俺は無言のままだった。
 何となくこれから恐ろしく不吉なことが起こりそう、そんな予感がしていた。


 病室で母親は意識を取り戻したが、医師からの診断によると今回の原因は重度の過労で、しかも母親は元々身体が弱かったというのもあり、正直先は長くないそうだ。
 俺はそのことを母親には黙っていようとしたが、俺が医師から話を聞いた時点で既にその事実を知っていたらしく、入院費があまりかからずに済んで良かったとかあまり俺に迷惑をかけずに済むとか、自分の事じゃなくて俺と金の心配だけをしていた。
 
 この日はすぐに家に帰ったが、翌日からはヒトカゲに会いに行く時間を少し減らして母親のいる病院にお見舞いに行ったりもした。


「ごめん、ちょっと母さんのお見舞いに行くから悪いけど今日はここまでな」
 いつもより早く帰ろうとするとヒトカゲはやはり寂しそうな表情になった。
 けれども、すぐ表情を戻して「行ってあげて」と言わんばかりの鳴き声を出して俺に手を振った。

 あいつだって自分の身が心配になる要因も迫っているし、家族の話なんて辛い話題かもしれないのに、それでも俺のことを考えて優しさを見せてくれた。その事が辛くて、ショーウィンドウから見えなくなる位置まで来た途端、俺は息切れするまで走った。


 そんな日々を一週間程繰り返していたが、母親は病室で息を引き取った。その時俺は学校にいたため最期のお別れはできなかったが、眠るような最期だったと医師から聞いた。
 そして医師から未使用のモンスターボールを渡された。何でも母親は直前に病院の売店で俺に渡すためのモンスターボールを買ってほしいと看護師に頼んでいたらしい。
 アレルギーがあってポケモンに触れなかった母親からの最期のプレゼント、それを俺はポケットの中で握りしめていた。不思議なぐらい涙は出なかった。


 俺と父親を騙る男、母親の働いていた職場の人ぐらいしかいない小さな葬式。
 延々と続くお経に混じって隣から聞えてくる酒臭いいびきを聞いた時確信した、直接じゃなくても母さんはこいつのせいで命を落としたんだと。


 そして母親の葬式の終わった翌日、母親の遺物を整理していたらチラシの裏に書かれた俺宛の手紙を見つけた。
【ハジメへ 母さんが死んだら保険でお金が入るから、少ないけど上手に使ってね】

 その手紙を読んだとき、お金が入る安心感や母親の優しさへの感謝よりも先に、この金は意地でもあの男に奪われない様にしようという、ただそれだけだった。
 そしてメモとして使われていたチラシは例の強制保護のお知らせ、住み着いたトレーナーのポケモン以外が対象で、その日付は明後日を示していた。

「もしかしたら、ヒトカゲはこれで捕まえられて、最悪殺されてしまうじゃねぇか…!」
 一人部屋の中で叫んで、思考は冷静になりつつあった。
 極限まで追い詰められた頭は逆にフル稼働して逆転の策を考え始める。


 とりあえずあの男は酒に酔っていても金は目ざとく見つけ出し、そして豪遊するために全て口座から引き出して家に置くはずだ。そしてそれが俺の狙い目。
 あとはそれを持ってヒトカゲを助ければ完璧だ。細かいことはそれから考えよう。

 どうやら俺の読み通り、あいつは口座から全額引き出して来たらしい。
 普通の人ならこんな事しないような気がするが、アルコールに脳みそを多少やられたんだろうか。
 今の俺には正直どうでもいいけど。
 そしてなけなしのへそくりでのし紙を付けたからすみを用意しておいた。こんな上物の肴があれば安酒でも沢山飲みたくなるはず。
 寝たふりをして耳をすませるとやや興奮気味にからすみの包みを開ける音がして、それから一時間もしないうちに無呼吸の様ないびきが聞えてくる。

 ここからは急がないと時間がない。
 気づかれないように隠された保険金を探し出して回収する。普段は不快でしかないいびきもこれを聞くのが最後になるかもしれないと思えば案外耐えられた。
 そして前もって色々と揃えて置いた道具一式を詰めたリュックと母親のくれたモンスターボールを手に窓からそっと家を出た。


 これは俺が10歳にして自由を手に入れるための旅、身も蓋もない言い方をすれば家出。
 だが気づかれないように家から出ただけではまだ完璧とは言えない。
 ヒトカゲを助け出して初めて、この計画は成功と言える。

 通学路を通って育て屋の前まで来たがショーウィンドウを覗いてもヒトカゲの姿がない。
 嫌な予感がして裏口へ回るとドアに嵌められたすりガラス越しに何かが見えた。
 リュックからセロテープを取り出してガラスに貼るとヒトカゲの姿が見えた。
 どうやらケージに入れられた状態で眠っているらしく、育て屋は明日管理局に回収してもらう予定、といったところか。

 しかし居場所が分かってもここから助け出す方法までは考えていなかった。
 このガラスを割ってドアを解錠すれば中には入れるが、他人のポケモンを預かる育て屋が防犯対策を何もしていないとは思えない。ケージにもたついてるうちに見つかって終わりだ。ポケモン達の寝ているエリアからなら侵入は出来そうだけど一匹でも俺の存在に気づけばゲームオーバー。何ならこっちの方が難易度高いかもしれない。
 あまり時間的余裕はないし一か八かガラスもケージも壊して連れ出すのがこの状況ならまだ上手く行く可能性はあるか…
 リュックに入れておいたモモンの実の缶詰めをタオル越しに持って、ガラスを割る鈍器として使おうとした時…


「キミ、そこで何してんの?」
 振り返るとパンクファッションの女が立っていた。
 時間的にその手のお店の客引きかと一瞬思ったが、どちらかといえばライブ帰りのバンドマンといったところか。手にはギターケースも持っている。
「もしかして育て屋に用でもあった?今日は閉まってるみたいだしまた明日の朝にしたら?」
「いや、明日じゃもう間に合わない」
「へ?どういうこと?」

 正直適当にはぐらかしても良かったけど、この女は少なくとも敵じゃないから話しても大丈夫、何故かそんな気がして俺は事情を話していた。


「なるほど、中にいるヒトカゲを助け出したい、か」
「でも助け出す方法がないから強行突破するしかなくて」
「案外そうとも限らないかもよ?ブローノ!」

 ブローノと呼ばれたジュペッタはダークボールから飛び出してきた。
「お願い、あの建物の中のケージにいるヒトカゲをここまで気づかれないように連れてきて!」
「ジュペッタの特性に壁抜けはないはずだけどどうやって…?」
「キミ結構詳しいね、でもここがポケモントレーナーの腕の見せ所かな、ゴーストダイブ!」

 指示を受けたジュペッタの姿は一瞬にして消えた。
「あと、悪いこと言わないからヒトカゲを助けたらすぐここから離れた方がいいよ、この辺は夜になると」

「そこのかなり綺麗なねーちゃん、一緒に遊んで行かないか?そこのガキは帰って寝てな」
「こんなのがいっぱい出てきて対応が面倒なんだよね」
 指摘通りにいかにも夜遊び中といった感じのヤンキーが来た。
「おいおい、強いポケモン持ってる奴を下手に怒らせたらどうなるか知らないのか?」
「え~っと、全身がバラバラになるまで切り刻まれるんだったっけ?」
「どうしてその発想になったか知らんが、痛い目に遭うって方向だ。とにかく俺の気が変わって火炎ボールぶち込まれたくなかったら大人しく一緒に遊ぼうぜ?」

「ご苦労様、キミはそのヒトカゲを連れて表通りへ急いで!」
 振り返るとヒトカゲがきょとんとした状態で立っている。
 俺は寝起きでとろんとした目のヒトカゲを抱きかかえて表通りに向かって走る。

「さっきから調子に乗りやがって、いい加減に… 痛ッ!」
 背後でジュペッタがヤンキーの持っているボールをゴーストダイブの奇襲で叩き落したらしい。

「さてと、強いポケモンを持っている奴を怒らせたら、どうなるんでしたっけ?」
「頼むよ、悪かったから見逃してくれよ」
「勝手にすれば?」

 逃げるように走り去る足音はやがてもう一度引き返してくる。
「なんてな、コケにしてくれたお礼はたっぷりしてやらないとな!」
 どうやらまだ手持ちポケモンがいたらしい。

「シャドークロー」
「え、待って、ぎゃああああああああ、あ」
 ジュペッタのシャドークローが何かを切り裂く様な音がしばらく続いていたが、その途中でヤンキーの悲鳴は途切れてしまった。
 走りながらではっきりとは分からなかったが俺にはそう聞えた。


「ビックリしたね、大丈夫だった?」
「色々とありがとう、ところでさっきのヤンキーは?」
「さぁ、ブローノの担当の領域に入っちゃったから私も分からないかな。ドーナツ、どれがいい?」
「えっと、プレーンシュガーで」

 あの後、成り行きで駅前の24時間営業のドーナツ屋に連れ込まれた状態。あのヤンキーについては、もう考えるのは止めておいた。
「これは私の想像だし無理して答えなくてもいいけど、キミ、10歳にして訳ありのトレーナーデビューするつもりでしょ?」
「なんでそれを…?」
「それぐらい想像つくって、私も家出からトレーナーデビューしたからさ」
 訳あり、家出のしてポケモントレーナーになろうとする計画を気づかれてしまい動揺を隠せない。
 そんな俺を知ってか知らずかヒトカゲはまたテーブル席の椅子で眠り始めている。

「私ホントはギタリストになりたかったんだけど、親に猛反発されちゃってね。それが頭に来たからジュペッタと一緒にエレキギター片手に家出してトレーナーになっちゃったんだよね。あの頃はいつもお金なくて質入れした宝物のエレキギターを買い戻すの大変だったな、キミはそれなりに資金あるの?」
「一応、これだけはある」
「結構持ってるね… それそのまま持ち歩くと大変だろうから、これと交換してあげよっか?」
 そういってギターケースの中に沢山入っている彗星のかけらを見せて来る。

「こういった奴に交換しとくと裸でお金持ち歩くよりは安全だと思うよ」
 せっかくの提案なので彗星のかけらと交換してもらうことにした。リュックは多少重くなったが防犯面では安全になったか。いくつかは後で別の場所に分けて持つことにしよう。


「それと、私と似た状況って聞いたから一つアドバイスね、キミはそのヒトカゲになるだろうけど、ヒトカゲにとって幸せになることを考えてあげたら、きっとこれからの旅が素敵な物になると思うよ」
「幸せになること、か…」
「そうそう、私はこれから用事があるからまたね」
 それだけ言って行ってしまった。
 色々と親切にしてもらったな、なんて思いながら残ったココアを飲み干して店を出た。


 国道沿いの高架を歩いて昇っていく。ここを超えれば今いる街ともおさらばだ。ヒトカゲは街を出てからボールに入れたかった。街を出る前にボールに入れてしまうと、俺と同じ様な苦しみを背負わせてしまいそう、何となくそんな気がした、それだけの理由。

「ようやく、見つけたぞ…!」
 背後で聞こえた声に身構えて振り返ると、安酒で泥酔しているはずのあの男が来ていた。
 とは言ってもまだ酔いは覚めていない様で赤い顔のまま千鳥足でここまで走ってきたらしい。
 ヒトカゲはこのただならぬ雰囲気を感じて俺の後ろに隠れた。


「ハジメ、夜中にコソコソ家を出たと思ったら大事な金を奪いやがって…!」
 こいつをほんの一瞬も家族と認めず名前も父親としても呼ばなかった俺が言うのも変な話だが、この男はここに来てまで家族よりも金かよ!
 そう思った時全身の血が沸騰する様な感覚を覚えた。

「何勘違いしてんだよ、あれは母さんが命を失ってでも俺のことを思って残してくれたものであって、お前なんかが1円も使っていい訳ないだろ!」
「そうは言っても家族は助け合わないとな~?」
「家族?お前が一番言う資格のない単語を軽々しく口にするな!母さんはお前のせいで死んだんだ!お前が殺したも同然のくせに!」

 これは紛れもなく本心。実際母さんはもしこの男に出会わなければ酒とギャンブルに浪費される金の分を余計に働かなくて済むから、いくら身体が弱くてもまだ元気でいられたはずだし、命を落とした理由だって「この男のせい」で全て片付いてしまう。

「ハジメ、親に向かってその口の効き方はなんだ!」
「人殺しに向かって人殺しと言って何が悪い!ポケモンも初対面の人だってあんなに優しさを心の中に持ってるのによ、親を騙って自分利益しか考えないお前なんて人殺しであると同時に歩く公害だ!」

 自分も辛い思いをしているはずなのにショーウィンドウ越しに俺のことを心配してくれたヒトカゲ、初対面にも関わらず自分と境遇を重ねただけで俺を助けてくれたトレーナー、そんな存在を知れば知るほど、こいつに対して殺意すら湧き上がってくる。
 湧き上がる怒りで近くで鳴っているはずの踏切の音も遠くで鳴っている様に感じた。

「お前いい加減にしろ!」
 酔っぱらって真っ赤な顔を怒りでさらに赤くしてこっちに走ってくる。ここまで来るともはや呆れてしまう。
 この際一発殴って、それでお別れにしてしまおう。千鳥足の酔っぱらいから逃げ切ることなんてそんなに難しい事じゃない。
 所詮子供が殴り掛かった所で大した威力にはならないのは想像に難しくない、千鳥足で歩いている事を考慮して、片足で立っているタイミングに脂肪でたるんだ脇腹を殴りつけた。


 それは数歩よろけさせる程度の力だったが、それが全てのきっかけだった。
よろけて高架の端に寄りかかった状態になり、しかもそこの柵が劣化していたため太った成人男性がもたれた荷重で壊れて、支えを失った状態になった。

 俺はヒトカゲの顔を隠して急いで高架を駆け降りた。
 最寄り駅を通過した今日最期の特急電車の走行音は急ブレーキに変わり、やがて遠くから近づいて来るサイレンに変わった。


 線路からある程度離れた所で改めてヒトカゲに向き合った。
「無責任に聞こえるかもしれないけど、これからどうしたいか俺はヒトカゲに決めて欲しいんだ」
 ケージの中に入れられていたはずがジュペッタに連れ出されるし、変な男と俺が喧嘩になるし、あちこち知らない場所に連れて行かれるしで、ヒトカゲにとっては何が起こってるのか理解するのも大変なはずだけど、これははっきりさせておきたかった。
 それに、俺自身もほとんど勢いで来ているし単に深く考えていないだけだ。
「俺は変な奴らの手に渡らずヒトカゲには幸せになって欲しい、その思いであの育て屋から助け出したからこのまま野生ポケモンとして自由に生きてもいいし、俺と一緒に旅に出たいならそれは止めない」
 ヒトカゲは黙って俺の話を聞いている。
「これはお前に幸せになってほしいからこんな質問をしてるんだ、だから俺の事は何も考えなくていいからな?」

 やや言い訳の様な補足説明を伝えるとヒトカゲは俯いて考え始めたが、10秒もしないうちに俺のズボンの裾を掴んだ。
「俺と、来るのか?」
 その通りだ、と言わんばかりの眼差しで頷いたのを見て、ポケットからモンスターボールを取り出すとヒトカゲは自らボールに入っていく。


「これからよろしくね、ハジメでいいかな?」
 モンスターボールにはポケモンの言語を翻訳する機能があるのかと内心驚きつつ、どう呼べばいいか聞かれて今度は俺が少し考える。
 今の名前が嫌いな訳ではないが、どうせなら全てを捨てて0から新しいスタートを切るんだからこの際新しい名前で呼ばれるのもいいかもしれない。

「俺たちだけの時はハジメでもいいけど、出来たら俺のことはゼロって呼んでほしいな」
「分かった、一緒に新しい世界を見に行こうね、ゼロ」

 アニメの主人公みたいな名前を呼ばれる事に少しくすぐったく感じつつも俺はヒトカゲとの第一歩を夜明け前の街角で踏み出した。



「…またやらかしたな」
 風呂に入ったりシャワーを浴びている時に考え事したりとか思い出に浸ったりすると、それに熱中してしまってついつい長風呂になりがちな癖がある。
 しかも思い出に浸る時、たまに過去の自分になりきってしまう癖もあって今日はそれも誘発してしまった。

 流石にそろそろ出ようと思った時、ふと考えてしまう。
『あいつは今、俺と一緒にいて幸せなのか?』と。

 あれから5年は一緒に旅を続けて、ポケモンバトルには俺も戦えないなりに全力でサポートしてきたつもりだし、あいつを悲しませる様な事をしている記憶もない。
 だが、今の俺の生き方はあいつにとっての幸せになっているのかどうかが急に不安になってしまった。

「って流石に遅いしそろそろ出ないとな」
シャワーを止めて備え付けのタオルで身体を拭くが、下着を持たずに来てしまった事に今更気付く。
「リザードン取ってもらうのも悪いしタオル巻けばそれでいいか」

 さっきの疑問で内心モヤモヤしているのを悟られたくなくて、軽く深呼吸してからドアを開けた。


「結構遅かったな、それにしてもなんでタオル?」
「今日は冷えるから長い時間浴びてたかった。それと着換え持ってくの忘れて仕方なくタオル」
「なるほど、それは納得だな」
 小さなテレビを覗き込んだままの背中を見て静かに迷いを捨てる。

「なあ、リザードン?」
「どうした、ゼロ?」
「お前は今、俺と一緒にいて幸せか?」


 テレビの電源が切られて静かになった部屋、俺たちの息だけが聞こえる空間、重くなってしまった空気。

「いつかゼロ、お前はそれを聞いてくるって何となく想像してた」
 重い沈黙を先に破ったのはリザードンだった。
「先に一個だけ聞きたいんだけど、お前がその質問した理由はなんだ?」
「一緒に旅をするって決めた時も言った様に、俺はリザードンに幸せになってほしい。初めて育て屋のショーウィンドウ越しに出会った時、お前は辛いはずの場所でもあの輝く目で幸せになる未来を夢見ていた。それに対し俺はあの頃から幸せになる事を諦めかけていた。あの時は驚いたし、嬉しかった。俺と同じ様な境遇でも幸せになる未来を信じてる奴に会えたんだからな」
「そしてお前は俺と一緒に旅をすることで幸せになると思って付いて来てくれた。けれど、お前は幸せになれてるのか?こんな味気ない乾燥した様な日々なんてお前の求めてる幸せには遠いはずだ!これじゃリザードンはいつになっても幸せになれない、違うか?」
 リザードンは黙ったまま答えない。

「だから改めて言う、リザードン、お前はお前の幸せになれる道を進むんだ!俺と一緒にいても苦しいだけだろう?俺のことなんか気にせずここから…」

「もういい!それ以上喋るなハジメ!」


 言い終わらないうちに俺はリザードンに抱きしめられていた。
 切れかかっていた蛍光灯はとうとう切れて部屋は薄暗くなった。

「ごめん、全部オレがハジメに甘えすぎてたせいだ!」
「オレは物心ついた時から誰にも相手にされなくて、一生こんな思いするぐらいならいっそ早死にしたって構わないってずっと思ってた。けれどハジメに出会ってそれは間違いだって気付いた。オレ以上に辛そうなのにそれでもオレを元気づけようと頑張ってくれたし、突然ケージに入れられて不安でいっぱいだった時もハジメはオレを助けてくれた。そして一緒に旅を始めてからもオレの事をいつも考えてくれていた。けれどもオレはその優しさを無意識に当たり前だと思って甘えてしまってた」
「ハジメがオレの事を考えてくれている限り、オレはその期待に黙って応えていればそれでいいと思ってたけど、それが逆にハジメを苦しめてしまってた。」

 抱きしめられてるから顔は見えないけど、リザードンの声は途中から涙声に変わっていき、背中に水滴が落ちてきた。

「今までオレはハジメに頼りきりだったけど、そろそろオレも成長しないとな」
そう言ってリザードンは俺に尻尾を見せて来る。その先にはヒトカゲの頃からずっと燃え続ける炎。

「もしハジメも辛くて苦しい事があったらオレも力になりたい。暗闇の荒野をハジメはオレのためにずっと孤独に切り拓いてくれていた。でもたまには俺も先に立ってハジメのための力になりたい。オレが先に立てば尻尾の炎が暗闇の荒野で灯火になるはずだからな」

 無意識に俺もリザードンを抱きしめ返していた。今まで感じた事のない感情、誰かに守られるというそんな単純で安い感情じゃない、互いに守られて守ろうとする、そんな特別な感情に満たされて俺もリザードンも泣き笑いのまましばらく抱きしめ合っていた。


「ハジメ、さっきから言おうと思ってたけど、下、当たってるぞ」
「それはリザードンだって同じだろ?」
「ほぼ裸で抱き合ってたのがマズかったかも…」
「別に俺は構わないけどな、それにしてもリザードンはみんな30㎝ぐらいあるのか?初めて見たけど結構デカいな…」
「ちょっと恥ずかしいからあんまり言うな、というよりオレの事軽蔑とかしないのか?いくら仲良くても人間の雄に欲情しちまってるし…」
「今更気にするかよ。お前がそれを気にしたら雄のリザードンに抱きしめられてギンギンに勃起してる俺はもっとマズいだろ」
「言われてみれば人間の場合は周りの目が結構ヤバいかも」
「いや、そこはフォローしてほしかったな」
「ごめん、でもオレはいいよ?むしろ興奮してくれて素直に嬉しい」
「そうか、分かってるとは思うが俺もリザードンが俺に興奮してくれてる事、嬉しく思…」

 そこまで言いかけた時、俺はリザードンに抱きしめられたままベッドに押し倒された。シングルベッドの固いスプリングがきしんだ音を立てる。

「言質、ようやく取れた…!」
 尻尾の炎以外に光源のない部屋で、スリットから臨戦態勢に入った赤黒い竿を覗かせて不敵な笑みを浮かべる姿はまさに捕食者のそれだった。

「言質って、まさかさっきからの会話は全部誘導するためのブラフ…」
 いきなり押し倒されたれたことよりも、騙されていたんじゃないかという疑惑に強い不安を感じて腰に巻いたタオルを強固にしようとしたが、押し倒されたタイミングで外れて床に落ちてしまったらしい。

「こんな大事なタイミングで今更噓なんてつく訳ないだろ」
「良かった、いきなりスイッチ入った感じで少し焦った…」
「それはごめん、それより、一緒に気持ち良くならないか?」
 俺にとっては初めてのお誘いだけど、リザードンにしてみれば遠回りを経てから勇気を出してのお誘い。
 それを断る理由なんてあるはずがないし、あっていいはずがない。
 けれどもそれを言葉で伝えるのは少し気恥ずかしくて、言葉で応える代わりに覗き込んでくる長いマズルにそっと唇で触れた。

 リザードンは一瞬驚いた様な表情を見せたが、すぐに口を開き舌を俺の口の中に入れて来た。
 俺も負けじと舌を入れようとするけれど、長さの都合で満足にリザードンの口の中で動かせないと気づきリザードンの舌に舌を絡めにかかった。
 口の中を舐められ、舌を絡めている状態はゾクゾクするようで気持ち良さも感じる不思議な感覚。
 口の中を舐められてこそいないがリザードンも俺と似た状態になっている。


 できればもうしばらくこの奇妙な快感を楽しみたかったけれど、苦しくなってきて口を離す。
「舌絡められるのって結構気持ちいいもんだな…」
「舌が届かないから苦し紛れにやってみたけど案外効果あって良かった…」
 呼吸を整えるために若干息切れした感じの声になっている。
「…おい、さりげなくどこ触ってんだよ」
 リザードンはさりげなく俺のブツを触っていた。
 さっきタオルは床に落ちてしまったから当然ダイレクトに。

「さっきからずっと大きいままだし、溜まってるみたいだからちょっとな」
「確かに最近抜いてなかったけど、一週間ぐらい?」
「いや、オレの記憶に間違いがなければ十一日だな」
「なんでお前は人の性処理事情把握してんだよ…」
「悪い悪い、結構元気そうだしオレがこれを気持ちよくしてやる」
 そう言ってブツの先端を舌でそっと舐め始めた。


 最初に全体を軽く舐めてからマズルで先端を咥える。
 火傷しないような温度に調整してくれているけれど少し熱いぐらいに温かい口の中は、先端を咥えられただけで自分でするのとは桁違いの快感をもたらしてくる。
 そして口を動かしたり舌をねっとりと絡めたりと様々な動きで攻めてくる。
 多分先走りもそれなりに出ている気がするけれど、リザードンに舐められて唾液に濡れているので良く分からない。正直まともな思考もできないし、ただこのまま気持ち良くして欲しい以外考えられない。

「そろそろ、ヤバい、かも…」
 何も言わずに出してしまうのは男として少し情けない様な気がしたし、リザードンも心の準備とかしたいだろうから前もって申告しておく。

「りょーかい、遠慮なくイっちまえ」
 リザードンは一旦口を離して【いつでもどうぞ】のサインを出し、深呼吸してから俺のブツを根元まで一気に咥えた。
 そして舌で敏感な裏筋を舐めながら、息を吸う様な感じで吸い上げていく。

「…っ、射る…!」
 強めの刺激の連撃によって俺はリザードンの口の中で達する。
 どくどくと脈打つ度に吐き出される白濁をリザードンは少しずつ飲み込んでいく。

「ハジメ、結構量多いな。ほとんど飲んだけどまだ口に残ってる」
「リザードン、マジで上手すぎ、それと別に見せなくていいから…」

 吐精後の余韻に浸りつつ、遠回しにテクニックを褒めてみる。
 リザードンの方は精液が喉で絡まっているらしくあまり上手く喋れない状態。
「まだちょっと残ってるし綺麗にひとくか」
 そう言ってまだ精液の付いたブツを舐めて綺麗にしていく。

「悪いけど、次はオレも気持ち良くしてくれないか?」
「もちろんだ、リザードン程上手くできないかもだけどな」
「それはやってみなきゃ分からないだろ?それで…」
「…それで?」
「ココに挿れて欲しいんだ」


 リザードンが指差したのは自らのスリット。
 普段は縦に一筋入っているだけでぱっと見では分からない状態だが、今は既に先走りで湿っている竿のおかげでその存在ははっきりと分かるようになっている。

「そこに、挿れるのか?」
「うん、スリットなら一緒に顔見ながら気持ち良くなれる気がして」
「俺性的な経験ないけど大丈夫か?」
「それはお互い様だから、そこまで気にしなくてもいいかな」
「…それもそうか、じゃ、挿れるぞ…?」
「ああ、来てくれ…」
 慎重にスリットと竿の隙間へと進めていく。

「…ッ!」
「痛い!?やめとくか!?」
「大丈夫、痛いけど気にせず来て…!」
 痛がったので慌てて止めようとしたが、止めることをリザードンに止められて再び進めていく。
「全部入ったし奥まで届いたな、結構スリットのナカって気持ちいい…!」
「まだちょっと痛いけど、動くぞ…!」

 何とか全部挿れられたし、ラッキーな事に奥まで届いた。
 今はリザードンの竿を二人の身体で挟み込む形でスリットに挿れていて、かなり密着した状態。
挿れる時リザードンはそれなりに痛かったらしいが、あまりそれを気にせず動き出した。

「ヒトカゲだった頃はショーウィンドウ越しで触れることも出来なかったのに、今こうして密着することになるなんてあの頃の俺は思いもしなかったぞ」
「それはそうだ、こうして身体を重ねる相手が出来るなんて、オレだって正直考えもしなかったぞ…!」

 リザードンが動く度、身体の間に挟まれた竿は先走りで濡れているのと相まってかなり良い刺激になっているらしく、表情はやや快感に蕩けつつある。
 俺の方もスリットが想像以上に気持ち良かった事もあり、さっき口でしてもらったばかりでもかなり感じているのが現状。

「ヤバいな、気持ちよすぎてまたイキそう…!」
「オレもそろそろ限界…ハジメ、一緒にイこ?」
 無言で頷いて俺も動き出す。

 息が荒くなり、確実に絶頂に向かっているのだとお互いに理解する。リザードンの竿も吐精寸前といった形で、怒涛という単語が似合いそうな状態。

「ハジメ、好きだ…!」
「ああ、俺も好きだ…!」
 互いを呼び合いながら好きだと叫んだ直後、全ての感覚は快感で満たされる。
 リザードンの精液で互いの身体が白くなり、スリットの中に精液を注ぎ込むのはほぼ同時。
 吐精が終わった後もしばらく抱き合って余韻に浸っていたが、ある程度落ち着くとゆっくりスリットからブツを抜いた。

「これで、これからも一緒、だよな?」
 スリットから溢れ出た精液を舐めながらリザードンは俺に問いかける。
「これからも“ずっと”一緒、だろ?まあ、これで俺たちの距離はほぼゼロに等しくなったかもだけどな」
「それもそうだな。それとハジメ、もう一つオレの頼みを聞いてくれるか?」
「俺に出来ることで頼むぞ、頼みって何だ?」
「オレに、名前付けて欲しいんだ」


「これから一緒に生きて行く時に、ハジメの隣にいる俺はリザードンじゃない別の名前で呼んでほしいんだ。ハジメと同じ様に二人きりの時はリザードンのままでもいいけど」
「そういえば名前、ちゃんと付けてなかったな…」
 激しく交わった影響で忘れかけていたが、さっき俺の灯火になるって言ってたし、リザードンの言う通りにちゃんと名前で呼んだ方が、対等な感じもしていいかもしれない。

「決めた、お前の名前は【ブランク】なんてどうだ?」
「ブランク、ゼロみたいで格好良くてすごくいい…!」
「そっか、気に入ってくれて良かった!」
「オレのわがままな頼み事に応えてくれてありがと、ところでブランクの由来って何だ?」

「また機会があれば教えるよ、そろそろ寝ようぜ」
「必ず教えてくれよ?今日は俺の翼を毛布にしてやるよ!」
「それはあったかくていいな!」
「炎タイプだし折り紙つきだ、いい夢見ろよハジメ!」
「おやすみ、ブランク」

 思い切った質問から俺とブランクはさらに深い所まで分かり合える存在になれた。
 たまに俺の性格は割と無鉄砲だなと思う事もあるけど、ここぞって時には役に立ってるしブランクと一緒にいられる明日があるならそれでいいか。
【ブランク】、【blank】、ゼロと近い意味を持つ単語から名前を付けたけど、悪いものを全て捨ててしまいたい、空っぽのままの自分を自嘲する様な意味で付けた俺のゼロに対して、悪いものに染まらず、空っぽだからこその無限の可能性を掴んで欲しい―
 我ながら結構考えたな、なんて思いながら翼の温もりに包まれて睡魔に身をゆだねた。



 小さなモーテルでお互いの思いを知り、ぎこちないながらも心も身体も交わって、ブランクって名前をもらってから20年、ハジメは輝かしい戦績から「伝説のポケモントレーナー ゼロ」として今はポケモンリーグの協会の幹部として働きつつ、育て屋で引き取り手のいないポケモンの保護活動にも奮闘している。
 白髪混じりの髪の毛でタバコの高いって時々ボヤいてるけど、今でもポケモントレーナーとしても夜のバトルもまだまだ現役だ。
 オレも現役でポケモンバトルしているけど、バトルのない日はこうして一緒に仕事場に行って寝ているかタバコのライターとして過ごしている。
 バトル専門のトレーナーになってからハジメは他のポケモンも持つようにはなったけど、あいつをハジメと呼ぶのはオレだけだし、オレ自身他のポケモン達とも仲良くやってる。

 
 そんな日々の合間にハジメは時々、「ブランク、お前は今幸せか?」って聞いてくる。
 オレの答えは変わらないのにハジメって結構心配性だな、なんて思いつつオレはいつもこう答えている。


「オレはハジメと一緒にいられる、この瞬間が一番幸せだ」



負け惜しみに聞こえなくもないあとがき 


ERROR(仮面外すどころか灰化消滅する音)
はい、どうも。3か月経ってから仮面を正式に外した作者です。
【リザードン&♂×♂&かなり暗め】という作風だったので、ちょっとでも仮面剥がし勢を攪乱できたなら悔いはない(訳がない)…
実を言うと某所で見かけたリザケンキ小説に憧れて自分でも書いたらこの有様…
例えるなら「高級イタリア料理店で食べた黒アワビのリゾットに憧れて自分も作ったら、同じ材料のはずなのに自分以外の口に合わないコールタールもどきが完成した」
とでも言うべきなんでしょうかね…
経験が足りないのか才能が足りないのかジャンルが合わないのか…
もはやこれ以上は何も言うまい…
俺、次こそは優勝狙うクオリティで書いて一票でも票入れて頂くんだ…(叶わぬ願い)


最後になりましたが、お読みいただきありがとうございました


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Last-modified: 2022-03-17 (木) 12:09:52
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