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交感性比翼連理

/交感性比翼連理


注意!:この作品は、遅感性未来予知の後日談にあたる作品です。先にそちらを読んでおくことを強くお勧めします。
注意!:さまざまな要素を含んだ官能表現があります。R-18。
注意!:この物語はフィクションです。実在の宗教および病種などとは関係ありません。また特定のそれらを揶揄するような目的で書かれたものではありません。
注意!:割と救いのない寄りのバッドエンドです。




交感性比翼連理

水のミドリ




前編『雪原の誘惑』 


 鼻から吐きだした息は白く凍りついて、僕の体温で溶けて、鼻頭をべしょべしょに濡らしていく。放っておくとどんどん固まって、そのうち呼吸ができなくなりそうで、舌先を伸ばして何度も拭う。しょっぱい。クマシュンの鼻水はこうやって育つんだろうなあ、なんてどこか遠いところで考えながら、僕は懸命に脚を持ち上げた。雪で滑らないように気をつけながら坂道を上るのが、寝てない体をこんなに消耗させるなんて。もうへろへろ。フルーツに貯めていた栄養もリュウテンちゃんを助けるために使い切ってしまっていて、――そう。そう、なんだ。慣れない雪道の大変さよりも、昨日のことを思い出すだけでもう、すっかり気力が吸い取られてしまいそう。
 前を見上げても後ろに首を回しても、雪、雪、雪。僕の額には葉っぱの覆いがあるけれど、純白の絨毯からの照り返しが目を開けていられないくらい眩しい。頭上は雲ひとつないくらいの青空で、そのせいで気温ががくんと落ちているみたいだった。雪が降っていないだけまだマシだったけど、種族柄寒さにめっきり弱い僕は足を止めたら最後、そのまま動けなくなってしまいそうで。
 1歩1歩坂道を這いあがる僕の横を、アルクジラたちは楽しげに転がっていた。なんだかのどかな光景だけれど、その奥では、ニューラの群れが爪を研ぎながら僕をじぃっと眺めている。峰々の陰に隠れてフリージオは氷の鎖をじゃらじゃら鳴らし、オニゴーリは冷気のよだれを垂らしながら牙をガチガチ言わせていた。
 白銀の世界に溶けこみながら、ナッペ山に住むポケモンたちが僕を遠巻きに窺っていた。珍しがっているのか警戒しているのか、近寄ってくることはないけれど、ちっとも穏やかな気持ちになれやしない。オージャ湖の南の砂漠に住むノクタスってポケモンは、迷いこんだ旅人のあとを何日も何日もつけ狙って、動けなくなるのを待つんだって聞いたことがある。雪山に閉ざされたトロピウスが膝を折って動けなくなるのを、お腹を空かせて待っているみたい。
 オージャ湖を出発する前、伝令班のドラパルトさんに頼みこんでドラメシヤの電報を飛ばしてもらったから、ナッペ山を統治するサクラさま、というポケモンには連絡がついているみたいだった。そうでもなければ今ごろ僕はニューラたちの爪で引き裂かれ、フリージオの鎖で吊るし上げられ、オニゴーリの牙で美味しく食べられていたに違いない。
 リュウテンちゃんを助けられなかった悔しさだけで、しもやけの脚を奮い立たせる。
 僕の前を行くユキメノコさんが、首を傾けて振り返った。風のない日のオージャ湖みたいな、平坦で透き通った声。

「正面の洞窟を抜けはると、そこはもうサクラさまの御前。くれぐれも粗相のないよう、よろしゅう頼んます」
「――はっ、はっ、はぁぁ、ちょっと、きゅうけい、休憩っ! お願いできますかあっ。もう脚、くたくたでっ……!」
「そやなあ、こっからの眺めは絶景やから、お茶をしはるには丁度ええ場所や思います。……脚がくたびれはったら、そのご立派な翼で飛んだらええんと違いますの」
「そんなことしたら、凍えちゃうよっ」
「ほな、洞窟の手前で〝おにび〟でも焚いて、お待ちしとりやすぅ」
「……あ、待ってってばぁ!」

 登山を始めてからずっと、葉っぱの翼はお腹に巻きつけて防寒具がわりだった。空を飛ぶ体力なんか残っていないことを分かっておきながら、雪先案内人のアンダエさんはユキメノコの袖をひらり、と揺らして坂の上へ見えなくなる。
 ナッペ山の西側登山道入口までたどり着いた僕の前に現れ、サクラさまの従者だって名乗り出たアンダエさん。意地悪……というか、露骨に嫌味を隠そうともしなかった。いくらヌシ様に仕える隠修士だとはいえ、いきなり訪問したから歓迎されていないみたい。「寒いんなら、ほな、〝おにび〟、欲しいんとちゃいます? 火傷しはるだけで、ちぃとも()ったこうなりまへんけど」と冗談めかすアンダエさんの、仮面の奥の黄色い瞳はぜんぜん笑っていなかった。彼女の吐き出す言葉は聞いただけで凍ってしまうんじゃないかってくらい温度がない。けど、ナッペ山の道理を知らない僕はついていく以外にできることはなかった。雪が降っているかもしくは夜だったら、尻尾を巻いてオージャ湖へ逃げ戻っていたかもしれない。尻尾、ないけど。
 風を(しの)げるだけの洞窟の岩陰で、たたんでいた翼の先を震わせる。かじかんだ葉っぱの先の方はもう感覚がない。側面の切れこみ部分には霜が橋渡しになっていて、首を回して順々に息を吹きかけていった。あと2時間もこの寒さの中を歩こうものなら翼はみるみる枯れて、僕は二度と飛べなくなっちゃうことだろう。
 〝おにび〟を指先で遊ばせているアンダエさんの冷ややかな目線にいたたまれなくなって、小さく首を下げる。役割は終わった、とでも言いたげに彼女はお辞儀をしたまま動かない。ここから先は僕がひとりで進み出ろ、ってことなんだろう。
 おずおずと洞窟を抜けるとそこは、周りを峰に閉ざされた広場だった。枝にびっしりと氷柱をぶら下げた針葉樹が数本生えているだけで、他は何もない。……ここが、サクラさまのお住まい?

「寒さに弱いその体で、雪に閉ざされたナッペ山までよくぞ訪れた。道中さぞ苦労されたかと思う。トロピウスのビスとやら、歓迎しよう」

 立ち尽くした僕へ、〝ゆきなだれ〟みたいな豪快な声が降り注ぐ。どこから? ときょろきょろ首を振る僕の目の前で、雪山がひとつ盛り上がった。
 ぼぁお――ぉおおおぉおおぉ……んっ。
 彼女が背中から粉雪を吹き、伏せていた体を持ち上げるまで、雪に半分埋もれたサクラさまはナッペ山そのものだった。小柄なヘイラッシャと同じくらいありそうな体格のハルクジラは、眠たそうに片目を揺らしながら、頭から雪をかぶって凍える僕を見定めるように視線を落としていた。
 オージャ湖のヌシ様へ祈るように、四肢を折りたたんで岩場へ首を垂れる。

「突然の訪問と40日の滞在を許してくださって、心からの感謝を申しあげます、サクラさま。僕はビスと申します」

 かじかむ僕を労わるように声を丸めて、サクラさまがゆったりと吠える。僕にかぶさった粉雪が風圧で吹き飛んでいった。もうほとんど〝ふぶき〟を正面からぶつけられているみたい。……とても寒い。

「初めまして、わたしはサクラ。この地の象徴であり、ナッペを雪山たらしめる者。改めてよく来たね、ビスとやら。……申し訳ない、昨晩からの雪模様はわたしの〝あくび〟で押し流したのだけれど、気温の落ちこみを抑える手立ては持ち合わせていないのだよ」
「いえいえっ、サクラさまがお天気にしてくれたんですね。晴れているだけで、心強かったです」
井底(せいてい)のグレッグルほどしがない知識だが、トロピウスとは、首に果実を備える種族だと聞いていた。あなたはその限りではないのだな」
「えっと、これは……ですね」リュウテンちゃんとの秘密を打ち明ける訳にもいかなくて、僕は1度強く唇を結んだ。「僕の力が至らなかったばっかりに、大切なフルーツを萎れさせてしまったんです。次はそうならないためにも、過酷なナッペ山で修行に励もうと」
「感心なことよ。ここは己の弱さと向き合うのにはまたとない環境。心ゆくまで研鑽を積まれるといい。まずは、極寒の吹雪にその身を順応させることが先決だろうね」

 オージャ湖のヌシ様へ帰依(きえ)するクレベースやコオリッポたちは、四旬節のあいだ雪山へ籠ることが通例になっていて、謝肉祭の次の日にはもうここを訪れているはず。2日遅れでのこのこやってきた僕を寛大に受け入れてくれたサクラさまには、感謝してもしきれない。
 でも、氷にめっぽう弱いトロピウスの隠遁生活だなんて、長らくナッペ山を見守ってきた彼女も初めてのことなんだろう。へっくし、とくしゃみをした僕に気を揉んだような咳払いをひとつして、サクラさまは上顎のツノを震わせた。冷気を抑えてくれている、のかな。

「そのままではじき凍傷になるだろう。堅苦しい挨拶などはいい、寒さに弱い者たちが身を寄せている洞窟がある。アンダエよ、案内を頼むぞ」
「サクラはん、お言葉どすが」いつの間にか僕のすぐ後ろへと待機していたユキメノコさんの瞳が、ぎらり、と鋭い光を帯びる。「ビスはんはあたしら氷タイプと同じく炎に弱い草タイプ。あないに(ぬく)いとこやと、翼に火ぃついてまうのと違うでっしゃろか」
「生まれも育ちもナッペ山のあなたには理解しがたいだろうけどね、彼は雪に触れているだけでも苦しいはずなのだ。そんな思いをしながら訪れてくれたのだから、わたしらはできる限り丁重にもてなすべきだろう。皮肉は程々にしなさいと釘を刺したはずだよ、アンダエ。分かりきった質問で時間を費やしてはなりません。しっかりと雪先案内人としての責務を果たしなさい」
「……やそうです、ビスはん」アンダエさんは意味ありげに、僕の耳あたりへ〝こおりのいぶき〟を(かす)れさせる。「ナッペの奥方でしか見られへん絶景、あんさんに見したろ思うてたんになあ。ほんまに残念やわ。『あの世』言うんやけど、サクラ様がああ()うてはりますさかい、またの機会にしときんす」
「え……えっ、どういうこと、ですか。あの世って天国のことなの、それとも地獄……?」
「……やれやれ」

 サクラさまのこぼしたため息が僕のすぐ隣をかすめていって、後ろの樹氷をもうひと回り大きくさせた。気温とは別の悪寒に震えあがる僕に向き直って、ナッペ山の統治者は思い出したかのように言う。

「ときに、あなたはオージャの湖を統べる者――フェヴィル殿について、どう思われる」
「ヌシ様は素晴らしいお方です。どこにも居場所のなかった僕に手を差し伸べてくださって、兄弟姉妹に囲まれた穏やかな生活を用意してくださいました。今の僕がこうしていられるのも、フェヴィル様のおかげ、というか」
「ふぅむ」サクラさまが声をくぐもらせて、浮かない顔つきで僕をしげしげと眺めていた。「あなたはわたしの大切な訪客だ。その旨はナッペ山全土へ通達済みではあるが、あまりその立場を言いふらさない方が賢明であろうね」
「……それは、なぜですか?」
「この凍土に息づく者は皆、己を信じ己の利がために生きる。わたしの忠告もどれほど聞き入れられているのやら……。オージャの湖では異なる種族が共同で暮らしていると聞くが、そのような協力関係を快く思わない者も少なくないはずだ。全ては己の生きるためになさい。さもなくばあなたはすぐさま樹氷と化すだろう」
「はいっ、はい……。よくよく心にとどめて、おきます」

 ここに至るまで雪化粧された樹々はちらほらと立っていたけど、きのみを実らせているものはまず見当たらなかった。それはつまり、トロピウスが首元にフルーツを育てるなんて、まずできっこない極寒の大地なんだってこと。ということは今までみたいに困っている誰かに料理を食べてもらうことはできないわけで、僕がするべき施しを考え直さなくちゃならない。今できることといえば、遠くからオージャ湖の平和を祈るだけ。トロピウスの慶恩を失った今、僕は誰よりも弱っちい存在だ。
 無力さが重なって、鼻の奥からこみ上げてくるものに何度か瞬きした。……ダメだダメだ、僕は昔っから泣き虫なんだから。はみ出した涙が頬っぺたで凍りついて、ぐしぐしと胸元で拭い取る。
 坂道を下るアンダエさんが、首だけ小さく傾けて僕へ声をくれた。

「そないにしょっぱい汁こぼしはって、塩分足りんくなると違いますの。そうやビスはん、ぶぶ漬けでも食べていきはります? ちゃちゃっとかっこんでいけますさかいに」

 サクラさまからも心配されるような情けない僕に、アンダエさんなりに気遣ってくれているみたい。一刻も早く洞窟で温まりたかったけれど、せっかくの親切を断るわけにもいかなくて、ユキメノコさんの背中に返事をした。

「ぶぶ漬け……って聞いたことないけど、美味しそうですねっ! それ、ナッペ山の名物なんですか」
「なわけあるかいな」
「え……?」ボソッとつぶやいたアンダエさんの言葉が聞き取れなくて、僕は残りの元気を振り絞って声を張った。「え……っと! オージャ湖にも、塩に漬けておく食べ物、あるんです。〝しおづけ〟が得意な友だちがいて、彼の漬けるきのみは味が濃くなって絶品なんですよ」
「そうなんやあ。あたしもいちど、ご相伴に預かりたいもんやなあ。噂に聞きはります。ヌシはんのお膝元では、とても上質な味付けのおばんざい、並べはるそうやないの」
「おばんざい?」
「普段の食事のこっとす。マトマを湯がいて表面の薄皮をぴろん、てえ剥いて、1日かけて手のこんだ食事をぎょうさんこさえるらしいやない。ヌシ様へ祈りを捧げながらそないなことしはるなんて、たいそう手際よろしおすなあ」

 マトマのネコブ和えは、トレーナーの手持ちだったっていうドヒドイデくんが得意な料理だった。湯むきすることで口当たりが滑らかになって、辛さも半分くらい抑えられる。実はちょっぴり苦手な味なんだけれど、マトマもこれだけは美味しく食べられた。
 僕の料理が褒められているワケでもないのになんだか誇らしくなって、にへ、と顔が崩れてしまう。アンダエさん、心の底まで冷えきってる印象だけれど、本当はいいひと……なのかな。

「手際がいいっていうか……美味しく食べるのが好きだから、そのためには手間を惜しまないんだ。誰かのためにご飯を作るのも、みんなの役に立ててるって思えるから。……そうだ、アンダエさんもぜひ、復活祭の日にオージャ湖まで来てください。僕、腕によりをかけてご馳走します!」
「トロピウスは〝こうごうせい〟で養分を補いはるんやろ。ビスはんがこさえるんやさかいに、さぞ滋味深い味しはるんやろなあ」
「まだどんな料理か説明もしていないのに、アンダエさんそんなことまで分かっちゃうんですか? すごいなあ」

 首だけで振り返ったアンダエさんは、口元を袖で隠して微笑んだ。なのに仮面の奥の瞳はやっぱり笑っているようには見えなくて。……誰かを信じることは、ヌシ様に従って生きていく修道士にとって1番大事なことなんだ。親切にも住処まで案内してくれるアンダエさんすら信じられない! ……なんて態度をペス姉に見られたら、説教代わりの〝サイコカッター〟で僕の首元のフルーツを飾り切りにされるに違いない。

「ビスはんあんた、大らかやあ、言われることありまへん?」
「んへへ……、そうみたい、ですね。僕自身じゃよく分からないんだけど……」
「あんさんみたいなあざといもんばっか、わんさかうじゃっとるのかいな。そやさかい、オージャの湖はあないに長閑(のどか)にきらきら()こなりはるんやろなあ」
「……?」

 アンダエさんの言っている意味はよく理解できなかったけど、波打って輝く湖面を思い浮かべただけで懐かしい気持ちになる。昨日の夜に1時間ほどかけて済ませた水浴びも、この先40日近くはできないんだ。リュウテンちゃんとペス姉と食事をしたのが、とてもとても遠い昔の思い出みたい。
 澄みきった青空に目を細めて、白い息をひとつ吐いた。

「つい数日前も、謝肉祭っていって、みんなに豪華なご馳走を振る舞ったばかりなんです。今年は給仕班として納得のいく完成度で、どのお皿もすこぶる評判でした。いつも厳しいオノンドの先輩には、『トロピウスの果実がここまで美味しくなるとはな』なんて、太鼓判を押されちゃって。ジオヅムのソルトビーくんなんか、故郷のお姉さまに味わってもらいたいな、って舞い上がっちゃって。……僕がいちばん喜んでほしい相手には、あんまり食べてもらえなかったんだけど」
「……」
「そうだっ、アンダエさんの好きなきのみはなんですか? 僕はナナシのみがお気に入りだなあ。シャリシャリって噛み応えがあって、あの酸っぱさがヤミツキになって、何より〝こおり〟状態にならないのが嬉しいんだ。あ、あと、ヤチェのみも美味しいですよね。これも硬くて酸っぱくて、やっぱり氷に強くなれるから。ソルトビーくんに塩漬けにしてもらうと、おやつにピッタリなんです。こんな天気の日には、どっちも今すぐ食べたい気分! ……なあんて」
「…………」

 なんとか盛り上げようとしても、後ろから僕が話しかけるばっかりでアンダエさんは振り向いてもくれない。トロピウスが〝さむいギャグ〟を披露しても雪なんて降るはずもないのに、さっきまで快晴だった空の端っこから灰色の雲が顔を覗かせていた。……降る前に住処までたどり着けるといいんだけど。
 つづら折りの峠を下り、道が雪に埋まって見失いそうな窪地へ差しかかったところで、前を行くアンダエさんが急に立ち止まった。途切れ途切れにしゃべり続けていた僕は、どうしたんだろ? って首を傾ける。
 アンダエさんは袖を持ち上げて、目元を隠していた。仮面の隙間から覗いた冷ややかな目は、どこか赤みを帯びていて。……泣いているの?
 ぎょっとたじろいだ僕を、温度のない声が突き刺した。

「あたしの腹違いの弟は、あんさんとこから来はった伝道師なんやにそそのかされよって、オージャの湖に行ったっきり帰ってこうへんのよ。7年も前の話になるさかいに、もう忘れよ思うとったのやけどね。まさか近況を聞けるやなんて、んなけったいな話もあるもんなんやなあ」
「――あれっ!? もしかしてアンダエさん、ソルトビーくんがいつも言ってる、故郷に置いてきたお姉さまって」
「……ほんに大らかやんなあ、ビスはんは。この期に及んで、あたしの弟の名前、呼んでくれはるなんて。嬉しいわあ」

 アンダエさんの言葉とは裏腹に、吊り上がった瞳は恨みに赤く染まっていて。
 いつの間にか空の低いところを雪雲が覆いつくして、太陽を遮るように横へ広がっている。はらり、と冷たいものが僕の鼻頭に落ちてきた。このままじゃよくないことになる気がして逃げようと思ったけど、アンダエさんの広げた袖で〝とおせんぼう〟されたみたいに脚が1歩も動かない。

「あたしも頂戴したことあらへん弟の手料理を、なんであんさんが食べてはるん? あの子の体の一部を口にしはったなんて、姉のあたしによう言えたもんやなァ。ええ加減にしよし」
「や……そのッ、ごめんなさいっ! アンダエさんがソルトビーくんのお姉さまだなんて、そんな偶然、思いもよらなくて。弟さん、元気ですよ。え、えヘヘぇ、何も言わずに飛び出してきちゃったから、今ごろ心配させちゃってるかなあ。お姉さま宛の伝言、預かってくればよかったですね、えへへへっへへ」
「はッ、持ち前の大らかさも考えもんやな。けたくそ悪いわ、もう付き合うてられまへん。……目的地周辺に到着してはります。雪先案内を終了します」
「え……えっ、ここどこ……? 待って僕、雪山って初めてだから、どこに洞窟の入り口あるかとか、探せなくって」
「じゅんさいな修道士はんは、偉大なる湖のヌシはんがちゃあんと()こうてくだはるんやろ。見つけてもらうまでくたばらんよう、せいぜいお気張りやす」
「わ――」

 ごう、と背後で雪が風巻(しま)いた。サクラさまのため息よりも凍てつくそれは、僕の背中をひと撫でしただけで気力を根こそぎ奪っていく。アンダエさんの静かな怒りをそのまま表したみたいな〝こなゆき〟が、僕の体をみるみる白く塗りつぶしていく。

「えろうハイカラな死装束やなあ、お似合いやでビスはん。ほな、オージャの湖でのご馳走、楽しみにしときやすぅ」

 〝ぜったいれいど〟の挨拶を残して、ふらり――……とユキメノコの影が消えた。
 ゾロアークの〝イリュージョン〟に包まれたみたいにぽかんと数秒そのままだったけど、葉っぱのひさしを通り抜けて雪のカケラが目に入ってきて、そのあまりの冷たさに一気に現実へと引き戻された。

「だ――誰かいませんかっ、誰かあっ!」

 ケンタロスに氷タイプがいたら、その〝レイジングブル〟はこんな感じなのかもしれない。さまよっているうちに風は横殴りになっていて、叫んだ喉に容赦なく雪が吹きこんできた。息を吸っただけで喉が痛くて、へたりこみそうになる腰をどうにか奮い立たせる。せめて雪をしのげる場所を探そうと必死に目線をさまよわせていたけれど、次第にぼんやりしてきた。……それは視界を遮るホワイトアウトが濃くなったのか、疲れて霞んできたのか、僕が泣いているのか。
 ふと、白い闇の合間を迫ってくる1対の目があった。
 ――さっき僕を美味しそうに眺めていたニューラたちか。もしくはフリージオかオニゴーリ。雪に隠れて近づいて、絶体絶命の僕を我先に食べようとしているんだ!
 両脚を動かそうにも、進化して繭になったサナギラスみたいにびくともしない。飛んで逃げようにも翼は凍りついて広げることさえできない。ごめんなさい、ヌシ様。ごめんね、リュウテンちゃん。――ぼく、もう、ダメかも。
 寒くて、怖くて、意識が遠くなっていく。ナッペ山の奥地で僕が見た『あの世』は、どこまでも暗く真っ白で誰もいない世界だった。





 謝肉祭(カーニバル)を終えたこの時期になると、決まって思い出すことがある。
 その年は冬の冷えこみが厳しくって、オージャ湖の北西側に薄く氷が張るくらいだった。当然僕は思うようにフルーツを育てられなくて、謝肉祭でみんなにご馳走した料理も、とうてい絶品とは言えないようなできばえだった。
 ウタン島の端っこでどんよりと食べている僕に、数ヶ月前にヌシ様の洗礼を受けたばかりのヤドキングが、声をかけてくれたんだ。

「これを作ったの、あなた?」
「うん、そうだけど……」こんなマズいもの食べられるかっ! なんて文句を言われるんじゃないかって、かなりビクビクしていたと思う。「お口に合わない感じ……だったかな」
「いいえ、とても美味しかった。こんな美味しいもの、初めて食べた。ご馳走さまです」
「え」まさか褒められるなんて思ってもみなかった。素材の悪さに引っ張られて、盛りつけまで失敗したくらいだった。申し訳なくて首を下げる。「ぜんぜん、いいよ、そんな気をつかってくれなくて……」
「気を遣ってるわけじゃ、なくて、その」彼女はちょっと困り気味に目じりを押し下げた。「率直な感想を伝えたかっただけ……なんです。ヌシ様に『あなたの隣人を自分自身のように愛せよ』って、教わったから……こうやって感謝の気持ちを伝えることも、そうなのかなって。料理の味は、本当に美味しかったですよ。私、今までまともに料理と呼べるものを、食べさせてもらえなかったの。きのみをそのまま齧るか、潰して果汁を飲むか。食事なんて生きるために必要な栄養素を摂取するだけで、そこに楽しみなんて見出せなかった。でも、これを作ったあなたの、美味しく食べてほしい、って気持ちが伝わってくるようで。頭痛を忘れるくらい夢中になって、気づいたときには食べ終わっていたの。……こんなこと、初めて」
「……そう言ってもらえると、僕とっても嬉しいよ!」
「ううん、私の方こそ、食べることの喜びを初めて知りました。ありがとう。給仕班の……、えと、ブラザー・ビス、で、合ってたかな」

 そう言って微笑んでくれたのが、リュウテンちゃんだった。
 後から知ったことだけど、リュウテンちゃんはお父さまとの生活に耐えきれなくなって、楽しいことを楽しめない体質になっていたらしい。僕のフルーツで初めて食べることの楽しさを知ってくれたのは嬉しかったけど、食べることは楽しいんだ、って分かっちゃったから、その後の食事ではあんまり味も感じられなくなっちゃったんだと思う。いつも美味しそうに食べてくれないリュウテンちゃんを見ているうちに、励ましの言葉に助けられた僕が、今度は助けてあげなくちゃ、って、僕自身でも気づかないうちに思いを募らせていたのかもしれない。
 ともかく、謝肉祭の日からは会うたびに挨拶するようになって、教育班の見習いをしていた彼女を手伝ったりして、1ヶ月が経った。
 復活祭(イースター)前最後の安息日、僕は勇気を出してリュウテンちゃんを陽なたぼっこに誘った。からりと気持ちよく晴れるのは年に10日あるかないかだし、オージャ湖の南西までピクニックに行って、海を見ながらのんびりしよう、って。彼女の使徒職もお休みだったし、断食の期間だから僕もご飯を作らない。励ましてくれたお礼を改めて言いたいってことにしておいて、友だちになりたい、なんて気持ちを葉っぱの裏に隠しながら。
 翼を伸ばして〝こうごうせい〟する僕のそばで、リュウテンちゃんは小さな池にしっぽを垂らしてまったりしていた。ヤドンだった頃は水辺に近寄れなかった(これも後になって聞いた話だ)し、進化してしっぽが短くなっちゃったせいで何も釣れることはなかったけど、それでもそうしているとヤドン族として懐かしい気持ちになれるんだとか。
 生きてきた年数は大して僕と変わらないはずなのに、どこかおとなびて映る彼女の、初めて見せる天真爛漫な姿。どうしてか無性に惹かれていた。「ピクニックなのに断食の期間だから、サンドイッチは食べられないね」って僕が言うと、彼女は残念そうにしながらも小さく笑ってくれた。そうこうしているうちにお昼寝の時間になったけれど、僕は一向に眠くならなかった。木陰で首を垂れて寝たふりなんかして、そっと、まぶたを持ち上げて隣を見た。
 リュウテンちゃんが、木の根元に背中を預けて後ろ脚としっぽを投げ出している。見習い先生として子どもたちから立派に見られるように、いつも背筋を伸ばしている彼女からは想像もできない無防備さ。思わず見入っていた。お腹にある横しま模様なんてまじまじ見る機会もないから、耳元でムウマに悪知恵を囁かれてもなお、僕は卑しさを振り払えずにこっそりと眺めていた。
 前触れなく春一番が吹いて、リュウテンちゃんの首元を覆うフリルが(まく)れあがった瞬間、僕の心臓が天まで飛び跳ねた。口から飛び出しちゃうんじゃないかって思えるくらいの衝撃で、声が漏れそうになって思わず下唇を噛んでいた。痛かった。けどそれよりもびっくりして、僕は目開いたまま視線をそらせずにいた。
 フリルに隠れるようにして、リュウテンちゃんの首に小さな切り傷がいくつもあったんだ。
 風に(あお)られたのは一瞬だったし、ヤドキングの肌色で目立たなかったけど、僕は間違いなくそれを見た。固いものを血がにじむくらい強く突き刺して、その傷が治らないうちにまた上から何度もえぐったような。大事な血管は避けているんだろうけど、むしろその習慣化した痕跡が彼女の抱えてるものの大きさを僕に想像させた。……たぶん、日常的に自分の爪で傷をつけていたんだ。晩の祈りを終えて自室に戻ったあと、誰にも気づかれずに自分で自分を痛めつけて、翌朝なに食わぬ顔で僕に「おはよう」って挨拶していたんだ!
 洗礼を受けて修道士になるポケモンのほとんどは、親に捨てられたり群れからあぶれたり、誰にも見せられない心の傷を負っている。まだヌシ様の教えに目覚めていない子は塞ぎこんでいたり、協調性をなくしていたりするけれど、気丈に振る舞っているリュウテンちゃんも、その子たちとおんなじだった。フリルの裏に気持ちを隠すのが上手なだけだった。修道士のならわしには忠実に従い、祈りの言葉も完璧に覚え、教育班のお勤めも真面目にやっている。そんなリュウテンちゃんが(あざ)を残すくらい自分の体を強く(つね)っているなんて、ぜんぜん信じられなかった。
 でも、自分ひとりで抱えこんじゃう性格なんだろうな、とは思った。休憩時間にたわいないおしゃべりを続けてきたけど、1ヶ月の間にリュウテンちゃんが打ち明けてくれた悩みは、慢性的な頭痛があるってことくらい。なんでひとりぼっちになったのか、どんな理由で洗礼を受けたのかについては、もちろん話してくれなかった。僕を含めて周りの誰も信じきれず、慣れない共同生活にストレスを感じながらも、他のポケモンを吐け口にすることなんてできなくって、発散するために自分で自分を傷つけているのかもしれない。あるいは理想の姿とはほど遠いところにいる自分を、自分の手で罰しているのかも。どちらにせよリュウテンちゃんは耐えている。孤独に、不安に、無力感に。言葉にも涙にもならない心の叫びが、フリルに隠された消えない傷跡なんだ。
 そして、その秘密を初めて知ったのが僕だっていう事実に、ひどく興奮していた。
 自分で自分のことが認められなくって、自分は愛されるような存在じゃないんだって決めつけて、自分が傷つくのは当たり前だって思いこんでいる。……それで、その上でなお、ヌシ様に『あなたの隣人を自分自身のように愛せよ』って教わったリュウテンちゃんが、自信をなくしてしょぼくれていた僕に声をかけてくれた。自分自身の愛し方も分からないリュウテンちゃんが、あんなに優しく僕を慰めてくれた!
 どうか幸せになってほしい。幸せになってほしい! ――幸せに、してあげたい。初めての友だちとして、僕が、リュウテンちゃんに寄り添って、(まも)ってあげなくちゃ。
 まぶたの裏で彼女のフリルがひるがえるたびに、どくん! と心臓が高鳴った。2対の翼が勝手に擦れあって、小さなざわめきが湧きあがった。強すぎる陽射しのもとで〝こうごうせい〟をしていたワケでもないのに、どうしてか息が切れていた。全身が葉っぱの裏側になったみたいにざらざらしていた。いてもたってもいられなくなって、木陰で眠るリュウテンちゃんからそっと離れる。ここなら起こさないかな、と思うとすぐに飛び立った。
 オージャ湖西海岸の、荒くれ者のタイカイデンさえ近寄らないような険しい岩壁のくぼみ。僕が屈めば入れるくらいのスペースを見つけると、いそいそとそこに収まった。
 翼をたたんで体を横にして寝そべった。ゴツゴツした岩が脇腹に食いこんでいたけれど、そんなのちっとも気にならなかった。前脚を開いて、限界まで首を曲げてそこに突き入れた。
 赤と白のフリルの裏に鼻を差しこんで、リュウテンちゃんの隠していた生傷を舐める想像をしただけで、股から生えたフサが痛いくらいに腫れ上がっていた。すでに透明な果汁をしたたらせた先っぽを口で咥えて、頭ごとぎこちなく上下させる。味はぜんぜん美味しくないし、辛い体勢を続けなくちゃいけないし、何より『貞潔であれ』っていうヌシ様の教えに反することなのに、途中で止めるなんて考えもしなかった。
 その年は特に首元のフルーツへ栄養を回さなくっちゃいけなくて、だからこういうことをしたのは久しぶりだった。あっという間に出していた。勢いもすごくて、口を離した僕の下顎から胸上あたりまでを真っ白に汚していた。1回じゃ治らなかった。1回目を出しきる前にまた咥えて、慣れてきた首の運動に任せて強くしごいた。2回目は飲みこんだ。傷口からにじんだ血を舐める妄想をして、なんだかそれはリュウテンちゃんを食べちゃっているみたいで、2回出したってのに心臓が暴れ回って仕方ない。首の付け根が痛くなるまで、最低でも4回はやった、はず。
 びゅう! と岩場に海風が吹きこんで、冷静になった僕をひどく後悔させた。色欲のムウマに魅入られただけじゃなく、なったばかりの友だちを想像してこんなことをするなんて。たまたま見てしまったリュウテンちゃんの秘密をお腹の奥底まで飲みこんで、幸せにしたい、なんて気持ちは勘違いだって決めつけて、もたもたと体を起こした。脇腹に突き刺さった〝ステルスロック〟を振り払って湖まで戻り、大急ぎで汚れを落とす。
 慣れない断食に疲れが溜まっていたらしく、幸いなことにリュウテンちゃんはまだ起きていなかった。無垢な格好で変わらずそこにいてくれたことに、どうしてか涙が出そうになるくらい安心していた。隣でうずくまり、音を立てないように翼を展開する。うつらうつらしながら葉っぱに受けた木漏れ陽はいつにもましてあったかくて――。今日のことは胸にしまっておこうと決めながら、そっと目を閉じたんだ。





 ……あったかい。
 ぢッちちち……、ぱちんっ! レアコイルの手が〝じりょく〟でくっついちゃったみたいな音に、重いまぶたを持ち上げる。
 広さは医務室の半分くらいで、屈まないと頭をぶつけちゃうくらい天井は低い。コータスの甲羅の内側にいるような、丸く膨らんだ半球状の洞窟。
 その中央、丁寧に組み上げられた石の中で、薪が柔らかな炎をまとっていた。暗く赤熱する石釜は、体温を落として冬眠しているセキタンザンみたい。さっきの音は、高温になりすぎて脆くなった石が重みに耐えきれず崩れたときに鳴ったもの、なのかな。しっとりとした静けさの中、ばち……っ、と小さな破裂音が途切れ途切れに響いている。
 地中深くへと続く暗がりからはゆっくりと風が流れてきていて、入り口近くで寝そべる僕まで暖かな空気を送ってくれていた。だから、オージャ湖での温かな思い出を夢に見ていたのかも。

「ようやくお目覚めかい」

 のそりと首を持ち上げた僕へ、潜められた声が投げかけられた。視線を落とすと、呆れ顔のエンニュートが胸を反らして僕を見上げている。

「吹雪ン中さまよってるとこ声かけたらいきなり気絶しやがって、ここに運びこんでやった途端にグースカ寝入っちまうんだから、あたしゃ面食らったね」
「あ……あっ、その、ごめんなさい。すぐに出ていきますから」

 ……思い出してきた。
 ユキメノコのアンダエさんを怒らせちゃったせいで、吹雪の中ひとりぼっちにされた僕は心細すぎて気を失ったんだっけ。サクラさまが言うことには、ナッペ山のポケモンたちはまず協力的じゃないんだって話だったっけ。ずうずうしく居座り続けていれば、炎で燃やされるか毒に侵されるか。できればどっちも勘弁してほしい。……けど、外に出れば氷漬け。サクラさまが用意してくれた住処を、自分ひとりで見つけだせる自信はなかった。あと10分でいいから体に熱を蓄えておきたいものだけれど、どうしよう。
 困ったようにエンニュートさんを見返せば、彼女は肩をすくめて大きなため息をついていた。

「このクソ寒い中トロピウスに出てけ、なんざ口が裂けても言えないよ。サクラの棟梁から話はついてる。大丈夫、ここがあんたの目指してた洞窟だから」
「え。じゃあ」
「そうさあ。今日からここがあんたのねぐらってわけ。あたしゃソゥギャリ。ここのみんなは、『ソゥさん』なあんて慕ってくれてるよ」
「ビスです。助けてくださって、ありがとうございます、ソゥギャリ……さん」
「あっはは、ま、おいおい慣れていくことさね。よろしくねえ、ビス。しっかし予報じゃあ夜まで晴れ模様だってのに……あんた、アンダエのヤツにまんまと冷やかされたね? アイツのオージャの湖嫌いは筋金入りだからねえ」
「…………」

 からからと笑うソゥギャリさんの顔に、どこか覚えがあった。気絶する寸前に見た……というよりはもっと昔に、確か直接会ったことがあるような。
 ソゥギャリさんがしきりに体をくねらせながら言う。

「なに、あたしの顔まじまじと見ちまって……。まさか惚れさせちまった? 悪いねぇ、あたしゃもうつがい持ちなんだよ」
「いえその、僕、あなたに会ったことあるかなって」
「なんだい口説くつもりかい。めげないねえ。熱烈なアプローチは嫌いじゃないさね。あたしも若い頃、同族の雄はみんな骨抜きにしてやったもんだ。調子のいいときにゃ、ひと晩で――」
「そうじゃなくって」不埒な勘違いをしそうな彼女を遮って、僕は声を潜ませた。「僕の知りあいにエンニュートさんはひとりしかいません。……ヤドランのウタラソさん、って、よくご存知ですよね」
「ご存じもなにも、ソイツはあたしの旦那……っああ! アンタ、あのときいたトロピウスかい!」
「はい、そうです! 3年前の壮行会で、料理を作ってました」

 かつて医療班に所属していた、ヤドランのウタラソさん。宣教師としてナッペ山へ出向いた際に、重傷で行き倒れていたエンニュートさんを助けたんだって。その縁あってオージャ湖を離れることになって、修道士のみんなで盛大に送り出したんだった。今ごろどこでどうしている、なんて噂も聞かずにそれっきりだったけど、こんな雪山の奥に落ち着いていたんだなあ。
 そのとき彼の隣にいたのが、このエンニュート――ソゥギャリさんだ。

「あー、今でもたまに思い出すねえ。あんときの……なんだったか、ナナのみをデカくしたような果肉を使ったメシは、絶品だった」
「それ、僕のフルーツで作ったやつです! あのときは栄養価の調整がうまくいかなくって、味だけは美味しいんだけど、食べすぎるとお腹下しちゃうから、まだまだだったなあ。今ならもっと、頬っぺたが落ちちゃうような味のものを作れるようになったんですよ」
「ナッペ山じゃあそもそも食材を集めらんないからねえ。もう3年前か、懐かしいさね……。壮行会んときゃあ何も手伝えなかったけど、あたしも人間に飼われていた頃にゃ、厨房に立つトレーナーの手伝いをしたもんさ」
「へえ……人間さんが作る料理も、1度食べてみたいなあ。でもそっか、ソゥギャリさん、町暮らしだったんですね」

 野生を生き抜くポケモンの中には、縄張りに入って勝手にキャンプしてゴミを捨てていく人間たちを嫌っている者たちも少なくない。当然そんなトレーナーに従うポケモンたちも、彼らから敵視されがちだ。何があったのか分からないけれど〝元〟手持ちとなったソゥギャリさんは、野生に戻ってからも辛い思いをしてきたはず。ウタラソさんに助けられたのも、人間に逃されて失意に沈んでいた頃だったのかもしれない。
 ……ひとりで生きていけない、って意味じゃあ、ヌシ様の御加護を受けながら暮らしていた僕だって同じようなもの、だろうけど。
 昔のことは忘れちまったよ、なんて言うように、ソゥギャリさんは手をひらひらさせる。

「……そ。だからあたしもナッペ山じゃあ肩身狭いのさ。人間に飼われていた弱虫が、野生で生き抜けるなんざ思ってんなよ! ってな具合でね。この洞窟は、あたしらみたいなはぐれ者が、肩を寄せ合って温め合うところ。顔合わせはおいおいにして、みんな歓迎してるさね。今は安心して、さっさと体力を取り戻しとくれ」
「……よかった」

 ホッと息が抜けた途端、溜まっていた疲労がずしん、と全身にのしかかってきた。四旬節の間になにをするべきか、これからのことも考えなくちゃ、だけど……、もう少しだけ〝はねやすめ〟してもいい、よね。
 それにしても、謝肉祭の日から悪いことばかり立て続けに起きた。
 いかにもな感じのウェーニバルのもとへ夜食を届けに行くリュウテンちゃんを、みすみす見送っちゃったことが全ての元凶だった。とてもいやな予感がしていたのに、ヌシ様直々の御命令だからって、あっさりと引き下がったんだ。案の定リュウテンちゃんはアイツに初めてを奪われ、そればかりか色欲のムウマに取り憑かれて帰ってきた。
 次の日は教育班のお勤め中リュウテンちゃんが気絶して、介抱する僕にまでムウマが囁いた。そのせいでペス姉には失望されて、流されるまま姦淫の罪を犯すことになった。そしてその次の日には、優しいリュウテンちゃんを取り戻すためとはいえあんなことした挙句、心に閉じこめていた気持ちがあふれて、止められなくなって、膨らんで、弾けて、粉々になって……。けっきょく彼女を助けられずに逃げこんだナッペ山では、雪に埋もれてシャーベットになりかける始末。
 フェヴィル様は『ヌシは乗り越えられる試練しか与えない』っておっしゃっていたけれど、これも、そう……なの、かな。もし乗り越えられたとして、その先で僕は何を得られるの、かな。
 丸1日は寝ていないし翼の先まで疲れきっているのに、考えごとをしているとなかなか寝つけなかった。枕にできる手頃な岩を探して何度も首を置き直していると、隣で丸まっていたソゥギャリさんが片目を持ち上げて耳打ちしてくる。

「なぁ、眠くなるまででいいから話し相手になっとくれよ。さっきから気になってたんだけどさァ……」
「?」
「あんた、昨日の夜、しこたまヤったんだろう?」

 ずい、と寄ってきたソゥギャリさんのにやけ顔。……ここにきて新しい試練がきた。声を絞った彼女の「ヤった」に含まされた意味には、いやでも勘づいた。
 種族として性が身近なエンニュートにとっては「おはよう」くらい気さくな話なのかもしれないけど、今の僕はちょっと触れたくない内容だ。意味ありげに自身の胸あたりを撫で回しているソゥギャリさんからなるべく離れるように、僕は思いっきり首をそらしていた。

「……修道士は、そういうこと、しちゃダメ、なんです……よ?」
「嘘がヘタだねえ」ギザギザな口の端を持ち上げて、ソゥギャリさんは甘ったるい吐息をこぼす。「全身こぉんなに雌のフェロモン染みつかせちゃってさぁ。しかもあんた……、この若葉みたいなみずみずしい体臭からして、初めてだったんだろ? 脱童貞はどんな感想か、詳しく教えなよ。こんな山奥だから娯楽が少なくってねえ、あたしゃそういう話に目がないんだ」
「し……知らない、ですっ、そんなこと……。デタラメ言わないでくださいっ」
「へえーぇえ? エンニュート相手にどこまでスケベを隠し通せるか、試してみるつもりかい?」
「だ……大丈夫大丈夫っ、だってあんなに水浴びしたし……」
「おぉい……あんたそれほとんど自白してるけどねえ……。ったく可愛いなあ、このまま味見しちまいたいくらいだよ」

 縮こまってぎゅっと目をつぶる僕の体を、エンニュートさんの小さな体がヒタヒタとよじ登る。温かい手のひらはまるで離反者に()される烙印なんじゃないかってくらい熱く感じられて、聖地からの追放を言い渡される流刑者みたいな気分になっていた。

「相手はそうさね……。ベースになるこのシズル感ある甘いにおい、これは嗅ぎ慣れてンだわ。ウチの旦那のにそっくりだ。ってなワケでヤドランの雌だろ」
「………………ほっ」
「じゃあヤドキングだ。この知性を感じさせる香りはヤドキングに違いないさね。確かいたねえ、壮行会のときにも、端っこで頭を抱えて痛そうにしていた子、覚えてるよ」
「え゛ッ!? りゅ……リュウテ、んッ、ちゃん……は、かっかかかヵ関係ない、です、……よ?」
「へええぇーえ? ただの修道士仲間の名前を教えてくれるのに、普通そんなつっかえないンじゃないかい? 大丈夫、あたしにゃ分かるよ。普段のほほんとしたヤツが本気になってくれると、こっちまで火ィついちまうんだわ。ついついしつっこく攻めちゃったりねえ」
「だ、だからって、あんなに激しくすることも、なかったんだ……。だからリュウテンちゃんを、満足させてあげられなかったんだ……」
「おー……」ソゥギャリさんの漏らす感嘆の声は、もはや同情の雰囲気まで帯びていた。「初めてだと、加減、難しいさねぇ……。ま、何事も経験経験。次ヤるときにゃ、心ゆくまで満足させてやりゃあいいさ」
「次とか、ありません、ので……絶対にあっちゃ、ダメなこと、なので……。いや、できることなら、本当はあってほしい、けど…………でもそれは、つがいになってくれたらで……。もしつがいになれたら、毎日でもしたいし……ゆくゆくはタマゴも授かったら、嬉しいなぁ……」
「あんたウブすぎてこっちまで若返っちまうよ」

 さまよっていたエンニュートの桃色をした指の腹が、僕の胸当ての葉っぱの上でくるくると円を描く。その年のオイルのできばえを確かめるグルメなオリーヴァみたいに、何度も鼻筋を押し当てては離して芳醇な香りを確かめているようだった。

「ここらへん、あんたの汗やら何やらでだいぶ薄まっているけれど……、雌の唾液の名残がするねえ。ヤドキング相手だと、正面から覆い被さってヤったろ? ちょうど口がぶつかるあたりさね」
「うぇっ!?」
「図星かい? にしても彼女、あんたにのしかかられたんじゃあ相当苦しかったんじゃあないか。ダメじゃないか、そんな独りよがりな交尾をしちゃあ。どうせキスで口を塞ぎながら腰を振りたくったりしたんだろ。あれ雌からするとけっこうキッツイんさね。いくら童貞卒業が嬉しかったからって、(たぎ)る欲望をそのままぶっつけているようじゃあ、モテないぞぉ〜?」
「ぅわ、うわ、うわぁあああっ!? なんでっそんなことまで、分かって――ウが!?」

 逃げ出そうと慌てて立ち上がったせいで、低い天井に頭を思いっきり強打する。脳みそを揺さぶられる衝撃に一瞬だけ気を失いかけて、バランスを崩したのがダメだった。どたん! と派手に横へ倒れた僕のお腹へ、すかさず小さな(ドラゴン)がよじ登ってくる。

「ひぃッ!?」

 丸く突き出たその口先が、僕の後ろ脚の間にズボっ! と差しこまれた。反射的に股を閉じたけど、暖かな吐息が敏感なところをくすぐっていく。

「おー……、思い出しただけでもうおっ勃てちまったのかい。ホントにウブだねえ……。の割にこぉんなにスケベなにおい、こびりつかせやがってさあ。さては1回中に出したあとも、膣をしつっこく掻き回したね? 精液と愛液がぐちゃぐちゃに白く泡立てられて、引き伸ばされたにおい……。おいおいあんた、これで童貞は無理があるだろ。ははん、しかも1回じゃ利かないときた。後ろ脚の爪の方まで垂れた痕跡は、いくつか層が重なってるから……、最低3回は連続で射精()してるさね。ワォ! 可愛い顔して、あんたなかなかヤるもんだねえ! でもま、あたしも若い頃は――」

 ソゥギャリさんの言葉は後半、ぜんぜん頭に入ってこなかった。
 リュウテンちゃんとの『儀式』の内容をほとんど正確に言い当てられるなんて、そんな僕の記憶を読み取るようなこと、一般のポケモンにできっこない。
 ――きっと、ヌシ様が見ていらっしゃるんだ。オージャ湖の底にましますヌシ様は、パルデアじゅうを見通すとされる慧眼でもって、告解もせずナッペ山の洞窟で隠れて不誠実を働く僕を咎めてくださっているんだっ。このエンニュートの口を通して、道義を外れようとする僕を戒めてくださっている――そうに違いない!
 横倒しになったまま、僕は前脚も後ろ脚も丁寧に折りたたんで、ぎゅっと目をつぶりながら首で十字を切った。

「ご――ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! ああヌシ様っ、オージャ湖の底から見守りくださるヌシさまよっ、遠く離れた土地だからご加護も届かないだろうと思って、僕はなんて罪作りな態度を! 加えて偽証の罪と隠蔽の罪と姦淫の罪を犯したことを、ここに告白しますっ! 昨日ヤドキングのシスター・リュウテンと、体を重ねてしまいました。それも1回だけにとどまらず、止めるに止められるなくって、確か7回も……! 最後までする必要なんてなかったのに、僕がそうしたいからって、リュウテンちゃんのことも考えずにいちばん奥で気持ち良くなるなんて、そんなの強欲、でしたよねッ。それもこれも、あのウェーニバルに嫉妬したのがいけなかった……。僕を出し抜いて初めてを奪ったアイツに憤怒して、リュウテンちゃんは僕のものだって傲慢になって、色欲に突き動かされるままあんなことして……。それに、最初の方こそリュウテンちゃんを満足させようって頑張っていたのですけれど、5回目あたりでもう半分くらい諦めちゃってて、それが悔しくって、ならいっそ自分の気が済むまで気持ちよくなっちゃえって――もしかしてこれは、怠惰の罪になる……のかなあ!? だって僕、育てたフルーツを食べてもらえなくって、どうにかリュウテンちゃんの力になるんだって言っておきながら、またしても諦めちゃってた……! それで、友だちひとり助けられない自分がイヤになって、自室に戻ってから隠していたヘソクリのきのみ、こっそり暴食したし……。……。あれっ、もしかして僕っ、7つの大罪ぜんぶコンプリートしちゃってる……!? ああっ僕、もうダメだ……すっかりダメになっちゃったんだあああっ! 大悪魔72柱のムウマムウマージハバタクカミたちに、こぞって取り憑かれちゃったんだぁああぁああああんっ!!」

 声を張り上げて悔い改める僕の前足の付け根あたりに、ひたり、と慰めるような重みが乗せられた。

「とンでもない自己紹介、ありがとさん……。周り見てみなよ。みんなビックリしちまってるよ」
「へ……?」

 胸当ての葉っぱで涙を拭って、首を持ち上げた。寝ぼけていたときは気づかなかったけど、広くない洞窟のあちらこちらでポケモンたちがうとうとしていて、僕の大声で起こされたみんなの目が石釜の炎を揺らしている。そっと身を寄せ合うタツベイとシキジカ。身の危険を察知したように白い花へしがみつくフラエッテ。穴を掘ってそそくさと逃げようとするノコッチ。真剣な表情で見守っているヤドラン。親子連れらしいお母さんのパモットは、まだ幼いパモが心の隙間の汚れを見ないように視線を遮っている。
 ついさっき大声で悔い改めた内容を思い出して、ゾッと肝が冷えた。首にフルーツが()っていたら、気まずすぎてぼとぼとと落としていたかもしれない。

「や……、やっぱり僕オージャ湖に帰ります! しっ失礼しました!」

 なんとか体を起こして、這うようにして出口へと逃げた。折れ曲がった洞窟の通路にまでうっすら雪が積もっていて、外はまだ晴れていないみたいだったけれど、そっちの冷たさの方がまだマシな気がした。
 狭い洞窟から体をひねり出した僕の鼻先に、どさっ! 雪の塊が落ちてきて、もたもたと足掻くのをやめた。暖かな空気にホヤッとした体が一気に氷点下まで引きずり落とされて、出るに出られず僕はそのまま固まった。雪に埋もれた鼻先が、つん、と痺れてくる。岩穴へはまって動けなくなったみたいに立ち往生したまま、わんわんと泣き出しそうだった。

「オージャの湖のヌシ様とやらの教えがどんななのか、あたしにゃ関係ないけどねえ」ソゥギャリさんの呆れたような声が、岩壁と僕との隙間から漏れて聞こえてくる。「思いを寄せていた()に童貞捧げられたことくらい、胸張って自慢げに話しゃあいいンさね。……ま、けど7回はさすがに絶倫だわ」





 全身に走るピンク色をした模様を火照らせて〝かえんほうしゃ〟を撃ち出すときみたいな姿勢――喉元を地べたに(こす)りつけるくらいぺったんこになって、ソゥギャリさんは頭を下げていた。

「すまないねッ、本当にすまないことをした! あたしゃバカだったよ。あんたのこと何も知らないでからかって、本ッ当空気読めなかったって思ってる! 誰かの交尾を笑っちゃあいけないって肝に銘じてはいるんだけどね、あんたが可愛い反応を見せるからつい、あたしもエスカレートしちまってねえ……」
「……」
「まさかンな壮絶な修羅場ッから逃げ延びているんだとは、想像できやしなかった! あんたの生傷をこさえたトラウマを〝アンコール〟してもう1回刻みつけるような真似するなんてねえ。あたしゃてっきり観光気分でナッペ山まで来たのかと……」
「トロピウスが雪山になんか遊びに行かない、ですよ」そもそも雪ばっかりのナッペ山に、観光名所があるなんて想像もできないけど。「僕、リュウテンちゃんを――友だちを助けられなかったから、情けなくも逃げてきたんです。あと、その……。色々、心の整理をつけるために」

 隠しておきたい恥ずかしい秘密なんてもうほとんど喋っちゃったから、昨日あったことをまるっと話した。話し終えた途端、ソゥギャリさんは血相を変えてぺこぺこ謝ってきたんだ。
 命を助けてくれた相手にこれ以上詰め寄る気にもなれなくって、僕は岩場に身を丸めた。……あったかい。けど相変わらず猛吹雪のナッペ山よりも冷たい視線が、洞窟のあちこちから向けられている。ただでさえ新参者ってだけで距離を置かれているのに、挨拶もしないであんなことを叫んだんだ、無理もない。隠修士生活1日目にして、あんまりなスタートだった。
 ソゥギャリさんは石釜をぐるっと迂回して反対側へ向かい、そこにいるポケモンへ何やら耳打ちしているみたいだ。

「ほら、あんたからも何か言ってやってくれよう。あたしゃバツが悪いの、苦手なんだよ……」
「…………」
「…………」
「ぅン? お……、おー、私が話すのかい」
「『ヤド聞き』なんかしてんじゃないよ、だらしのない!」

 ソゥギャリさんの平手で横っ腹を叩かれたヤドランさんが、きっかり3秒後に「あいたっ」とうめいた。
 ……へー。こんなところでも『ヤド聞き』を見れるなんて。シェルダーが噛みついているのはしっぽだけど、ヤドランもやっぱり感覚が遅れるものなんだなあ。
 なんて思っている僕のもとに、背中を突き飛ばされたヤドランさんがやって来た。ぺこり、とお互い頭を下げる。元医療班のウタラソさん。ある年のバトル会で僕が翼の先まで凍らされたとき、完治するまでの2週間くらいを彼のお世話になった。ヌシ様の御高説をたくさん覚えている敬虔な修道士のひとりで、ベッドから動けなかった僕は彼から聞いて覚え直した記憶がある。
 ヤド聞きしていた、っていうことはたぶん、僕のあの告解もバッチリ聞かれちゃっていたってことで。……僕から切り出すべきなんだろうけど、何を話せばいいのかな。というか奥さんのソゥギャリさんが僕に絡んでいたとき、なんで止めに入らなかったんだろ。やりとりを見ている限り、つがいとはいえあんまり強く言えないのかもしれない。
 いろいろ思うところを喉の奥へ押しこんで、当たり障りのない言葉を選ぶ。

「給仕班のビスです。お久しぶりですね、ウタラソさん。お元気そうで何よりです。その後、いかがお過ごしですか」
「またこうして、こんなところで、再会できるとはね。……ふふ、これもヌシ様の御摂理、というものかも……しれないな」
「ナッペ山の奥地でも、ヌシ様の(おぼ)し召しを布教しているなんて……素晴らしい心がけ、だと思います。オージャ湖から離れていても、こんなに信徒を集めるなんて」
「いいや、ここにいる者たちはみな、ヌシ様の御旨(ぎょし)とは無関係だ。湖の福音を伝えるのはもう、辞めてしまったよ」
「え……、どうしてですか。ウタラソさん、以前はあんなに信心深かったのに」
「私はソゥに目醒めさせてもらったからね。正しく言うならば、フェヴィル様の洗脳から目が醒めた、だろうか」
「……っ、洗脳って」

 思わず反復した言葉の響きの禍々しさに、僕は目の端っこを歪めていた。
 まさかウタラソさんがヌシ様を冒涜するなんて、思いもしなかった。じっと見つめてくる真剣な眼差しは、かつて熱心に祈りを唱えていたときのそれと同じように見えるけれど……どうして。
 ウタラソさんは腰を落ち着けて、言葉を詰まらせる僕へ声を優しくしてくれた。アンダエさんみたいな敵意のない穏やかさが、せめてもの救いかもしれない。

「せっかくだ、少し懐かしい話をしよう」
「……そう、ですね」
「君が手酷い凍傷を負って、私が診てやったことがあったな。そのときにした話は、覚えているだろうか。四旬節の起源にもなった、『荒野(あらの)の誘惑』の説話は」
「水タイプの干からびてしまう砂漠をヌシ様は40日の間さまよわれて、悪魔の試練を受けたという……」
「荒野の奥地にてヌシ様が空腹に倒れたとき、小さなムウマが現れてこう言った。『もしあなたが湖のポケモンを導く者であるなら、この石に、シャリになれと命じてご覧なさい』と。ヌシ様は答えて言われた。『ポケモンはスシのみにて生きるのではない』と。……いやはや、すっかり忘れてしまったと思ったものだが、こうも流暢に(そら)んじられるとは」
「お腹がいっぱいになっただけじゃ、僕たちは満たされない……っていう教え、ですね。信仰することの大切さを説いてくださった、湖の教理ともいうべき話です。僕たち修道士は40日間の聖週間と断食を通して、ヌシ様が退けられた試練を追体験するんです」
「その通りだね。――小さなムウマは続けて言った。『パルデア全土の権威と栄華とをみんな、あなたにあげましょう。あなたが擬態してスシとなるならば』と。ヌシ様は答えて言われた」
「『湖の底にあらせられる我を思い、ただオージャの湖にのみ仕えよ』と。大きな権力を欲することなく、オージャ湖を見守ってくださるヌシ様に誠心誠意尽くしなさい、ってことです」
「……そして最後に、ムウマは言った」
「『あなたに従うヘイラッシャへ、指令を出さないようになさい。彼らは困窮し、陳情し、あなたに救いを求めるでしょう』ヌシ様は答えて言われた。『ヌシなる我を試みてはならない』と。ヌシ様を試すっていうのは、ヌシ様を疑うっていうこと。どんな辛いときもヌシ様に心よりの信頼を置いて、その恩恵を受けられるオージャ湖で幸せに暮らそう、ってことです」
「あまりに都合がいいとは思わないか」
「……どういうことですか」
「オージャ湖を統治するのに、あまりに都合のいい教条(ドグマ)ばかり並べる寓話だと、思わないか?」

 ――ああ、ウタラソさんはオージャ湖を離れて、心まで棄教(ききょう)しちゃったんだ。
 異郷の地でかつての修道士仲間と再会するのは初めてのことだったし、ヌシ様への忠誠を忘れちゃうことも、有り得ないことだとは思わなかった。利己的な者ばかり巣食うナッペ山で生き延びるのはオージャ湖での暮らしよりもよっぽど大変で、むしろ信仰心を枯らさないでいることの方が難しいのかもしれない。
 それに対してとやかく非難する権利は、僕にはない。言いようもない寂しさ、もどかしさ、身勝手な残念さ……みたいなものが喉の奥で渦巻いて、ようやく口から出てきたのは祈りの言葉。

「『汝の敵を愛せよ』というのも、ヌシ様の教えのひとつにあります。……どうか、道をわかつウタラソさんの歩む未来にも、ヌシ様の祝福がありますよう」
「……ふふ、よく勉強しているね、ブラザー・ビス。ヌシ様に見捨てられた私はすでに、〝敵〟というわけか」

 この場で何を言われようと、ウタラソさんは湖に戻るつもりなんてないみたいだった。同時に、僕が四旬節を終えたとして、彼の背信をヌシ様へ告発するような真似もしないのだと、どこかで信頼してくれているらしかった。……実際自分のことで手いっぱいで、そんなことする余裕、ないのだけど。

「……ひとつだけ、聞かせてください」
「もう君にものを教えるような立場ではないが、なんでも答えよう」
「ソゥギャリさんと一緒になれて、幸せですか」
「『愛は律法を全うする』――まさに、ヌシ様の涵養(かんよう)その通りだったね」ウタラソさんは遠い昔を思い返すように目をつぶった。「オージャ湖で過ごしてきた日々も、それはかけがえのないものだった。私がタマゴから孵ったとき両親はすでにヌシ様へ忠誠を誓っていてね、その元で育てられた私も同じように、医療班として湖に尽くしてきたつもりだった。君もよく知るテラスタルという現象が起きたのはここ20年余りのことで、発現した当初は連日のように怪我をした者が担ぎこまれ、医務室のベッドは常に埋まっているような有様だった。私は内なる力の暴走に苦しむ者を大勢〝いやしのはどう〟で救ってきた。これぞヌシ様から与えられたヤドランの使命なのだと、心から信じて疑わなかった。誰よりも貞潔で、清貧で、従順であろうとした。日々を祈りながら老いさらばえていくのが、私の生涯になるはずだった。……しかしね、妻のソゥギャリと巡り合ってから、それまでいかに狭い湖の底で暮らしてきたかを思い知らされたのだ。彼女は元々トレーナーの子だったからね、外の世界のさまざまなことを教えてくれた。ソゥに感化されるうち、ヌシ様の教義がなんと矮小で、短絡的で、独善的なのかを、私は理解してしまったんだ。湖の掟から脱却し、私を私たらしめる新たな理念のもと、ソゥと共にこの地にて極寒に苦しむ者へ奉仕活動をするようになった。――随分と遠回りしたが、答えよう。ソゥと一緒になれて、私は幸せだ」

 ウタラソさんは話し終えると、反応をうかがうようにじっと僕を見つめていた。「次は君について聞かせてくれるか」って尋ねられているみたいで、僕は唾を飲みこんだ。石釜の火が跳ねる音だけが洞窟に響く。
 晩餐会ではリュウテンちゃんがその生い立ちを教えてくれたけど、それはとっても勇気のいることで、だから彼が語ってくれたのも、僕を信頼してくれてのこと、なんだろう。ヌシ様の御許を去ったのに、誰かを無償で信じられるウタラソさんは、根っからの善良ないちポケモンであって――、そっと背中をさすってもらうようにして、僕は口を開いていた。

「……僕は」絞り出した声は震えていて、そのままじゃ続けられなくて、いちど息を吐いて大きく吸った。「僕は幼い頃にお母さまを亡くしてから、ガバイトのお父さまに連れられて列柱洞へ移り住むことになりました。群れに加えてもらえたのはいいんですけど、群れは洞窟の奥の陽が射さないところを根城にしていたんです。〝こうごうせい〟のできない僕はみるみるひ弱になっていきました。……同じ年ごろのフカマルたちは、体は大きいのに僕だけ(ドラゴン)の属性じゃないのが気に食わなかったみたいで。おとなのいないところで悪口言われたり、嫌がらせされたり……。僕が寝ている間に首のフルーツをぜんぶ食べられたこともありました。それでお腹を壊した子が、『ビスに毒のあるフルーツを無理やり食べさせられたせいだ!』なんて、根も葉もないことを言うんです。勝手に食べたのはそっちじゃないか! って僕も言い返したんですけど、ダメでした。その子は群れのリーダーの孫にあたるフカマルだったから、誰も僕の言うことなんて聞いてくれなくて。お父さまに打ち明けても『いじめられるのはお前が弱いからだ。強くなって見返してみろ』って、取り合ってくれなくて……。思い返せば、お父さまもリーダーの〝げきりん〟に触れるようなことをするのは怖かったんでしょうね。でも、僕にとっては、助けてくれる味方が誰もいなくて……とにかく怖かった。こんなところにいたらいつか殺されちゃう! って、本気で思った。隠れて必死に飛ぶ訓練をして、こっそり群れを抜けてオージャ湖まで逃げました。お母さまの故郷だし、同じ種族のトロピウスなら受け入れてもらえるんじゃないかって。……でも、現実はそんなに甘くなかった。いくつか群れを当たってみたけれど、どこもダメでした。列柱洞のガブリアスは暴れん坊だって噂はオージャ湖にまで届いていて、同じ種族の血を引いた僕も怖がられていたみたい、なんです。途方に暮れているときに救いの手を差し伸べてくださったのが、フェヴィル様でした。僕の話を親身になってお聞きになられて、力強く説いてくださった。『ドラゴンでなくたって、気にすることは何もない。オレも偽竜なんて呼ばれちゃあいるが、この湖を取りまとめるヌシなのだからさ』って。あのときは嬉しかったなあ! こんな僕でさえ受け入れてくれるオージャ湖はなんて素晴らしいんだって、心からそう思った! ……そのときから、ヌシ様のお導きのもとに生きよう、って決めたんです」
「なるほど、ありがとう。よく教えてくれたね、ブラザー・ビス。……そうだ、そうだったな。あのお方は、弱っている者にはよくよく義理堅いことをしてくれる」
「洗礼を受けてオージャ湖の一員になってからは、ブラザー・ソルトビーとか、仲のいい友だちもたくさんできました。フカマルとトロピウス、どちらの群れからものけ者にされた僕にとって、みんなと兄弟姉妹になれることは何より嬉しかった。そのうち給仕班だけじゃなくって、警備班のシスター・ペスカとか、教育班のリュウテンちゃん――シスター・リュウテンとも、仲良くなれて」
「君が想いを寄せたヤドキングか。あの子のことは、私もいくらか知っている。湖が平和そのものになって形骸化していた医療班を、形だけ引き継いでくれることになったからな。……あれほど生真面目で品行方正だった彼女が、まさか色欲のムウマに魅入られるとはね」
「シスター・リュウテンは……、しっかり者に見えて本当は気弱なんです」僕だけの秘密を言うべきじゃないんじゃないかって一瞬思ったけれど、気づけば勢いのまま口走っていた。「赤と白のフリルの裏に、自分の爪でつけた傷を隠していて……。たぶん、ひとりぼっちだった僕と同じで、不安だったんだと思います」
「ほう。それは気づかなかった」
「洗礼を受けたばかりで馴染めなくて、誰のことも信じられなくて、誰からも愛してもらえなくって。それがリュウテンちゃんの根っこにあったから、心の隙間にムウマが潜りこんじゃっても、おかしなことじゃなかったんだなって。……いえ、これはただの、僕が勝手にしている妄想、なんですけど」
「だから、君は彼女に惹かれていった。一緒になりたいと思った」
「はい。でも、リュウテンちゃんは普段の生活でも楽しむと頭痛がしちゃうらしくって。僕の作ったご飯でさえ、味を楽しまないように食べているし。……つがいになってくれたらどんなに嬉しいことか想像もつかないけど、僕との生活が楽しくって、そのせいでリュウテンちゃんが頭痛に悩まされちゃうのは、僕の身勝手を押しつけているみたいで。僕が幸せにしてあげたいけど、これ以上深い仲になるのは、ためらわれて」
「『善きアノホラグサのたとえ』にもある通りの、慈しみからの二律背反(ジレンマ)だな」
「リュウテンちゃんの秘密を知っている僕が、善き隣人にならなくちゃいけないんです。僕が、(まも)ってあげたいんです。……でも」
「手をこまねいているうちに、あの子は壊されてしまった。君の想いは届かなかった。祈りは聞き入れられなかった。彼女を護りきれなかった。希望も失った」
「……」
「それもヌシ様の崇高な御摂理だと、言うのかい」
「…………」
「きっと君は、この40日の間に、これまでの試練に意味を見出し、己の至らなさを省み、上辺だけの克服を果たし、またオージャ湖へと戻るのだろう。それは一向に構わない。……が、虚しいと思わないか。利用され続け、(もてあそ)ばれ続け、最も愛する者さえ護れない生き方は」
「……………………」

 リュウテンちゃんを助けるための『儀式』は晩の祈りの時間を過ぎるまで続けられたけど、最後まで彼女が正気を取り戻すことはなかった。あのときにはすでに、僕の手の届かないところまで遠ざかっちゃっていたみたいだった。僕が心の中でどれだけ強く祈っても、ヌシ様は応えてくださらなかった。
 医務室を出て別れる間際に見た彼女の最後の顔を、僕はあまり覚えていない。自分の無力さとか、悔しさとか、強すぎる罪悪感に打ちひしがれて泣いていたから。ただ、ぼやける視界の端っこでリュウテンちゃんは、自分だけの宝物を見つけたような、とても満足そうな表情で笑ってたんじゃないか。
 今ごろリュウテンちゃんが何をしているのか。それを想像するたび、どうしてか彼女が他の、僕以外の雄に身を委ねている姿ばっかり思い浮かぶ。真面目で優しいリュウテンちゃんに限ってそんなことはない! って何度心の中で念じても、僕の胸に押しつぶされて気持ちよさそうに叫んでいるヤドキングの顔が脳裏に蘇って、また泣きそうになる。
 僕がナッペ山で修行を終えたとして、果たしてリュウテンちゃんを助け出せるんだろうか。約束を思い出して、僕と一緒になって、くれるんだろうか。
 ぐす……、と鼻をすすった僕のもやもやを拭いとるように、ウタラソさんは声の調子を押し上げた。

「ところでブラザー・ビス。……いいや、ビスくんに、やってもらいたいことがある」
「……これまで話してきて、ぅん……っ、僕が、ふすっ、協力すると、思うんですか」
「ふふ、思うとも。『気ままな者を戒め、小心な者を励まし、弱い者を助け、すべてのポケモンに対して寛容でありなさい』とは、他ならぬヌシ様の御言葉だからな」

 なんだかいいように言いくるめられている感じだけど、泣き顔をごまかすために僕も体を起こした。ウタラソさんに促されるまま、洞窟の中央にでんと居座る石釜の前まで進み出る。
 僕たちの問答を静かに聞いていたソゥギャリさんは「よしきた!」と息巻いて、石釜に敷かれて(くすぶ)っている薪へ炎を吐きつけた。1度燃えたら〝やきつくす〟まで消えないような業火に炙られて、小さく崩れた石と石の間から火花が散る。

「しみったれた話はそこまでさね。ビス、話しこんでいるうちにちっとは休まったかい。そろそろひとっ働きしてもらうよ。……アンタも『ヤド聞き』なんかしてたら、承知しないさね!」

 重々しい雰囲気をかき消すように、ソゥギャリさんは威勢よく平手を打ち下ろした。3秒後、思いっきり尻を()たれたウタラソさんの口から水が吹き出して、その噴水は石釜へと降り注ぐ。そんなことしたら火が消えちゃうんじゃ、と心配する僕の目の前で、じゃわゎゎゎ……! といかにも熱そうな音を立てながら、石釜から真っ白な蒸気が立ち昇った。
 灼熱の〝しろいきり〟を吸いこまないように首をのけ反らせる僕の前脚を、ソゥギャリさんがばしっ! と叩く。

「ほうら、あんたの出番さね。その立派に生えているモンで、1発ぶちかましてみせな!」
「えっどういう、どういう意味ですかそれ!?」
「なぁにスケベな妄想してんだい! 思いっきり羽ばたいてみせろってこった!」
「は、ハイっ」

 ソゥギャリさんの勢いに流されるまま、2対の翼をゆっくりと上下させた。大きくかき混ぜられた空気がドームの中を対流して、返ってきた熱風が僕の顔を舐め上げた。

「熱ううっ!? や、あつッ、ヒリヒリするっ」
「あっはは、それがいいんさあ。あんただっていっちょ前の雄になったんだろう? ちったあ我慢してみせなあ!」

 止めるに止められず羽ばたき続けていると、あちらこちらから、うっ……、とか、熱いっ、とか、小さな悲鳴が上がってくる。たまらず〝しんぴのまもり〟で熱を軽減するフラエッテ。いよいよ地面に埋まって見えなくなったノコッチ。まだ幼いように見えるパモはむしろ得意みたいで、洞窟の出口へと逃げ出そうとするお母さんを、もうちょっと! なんて引き留めている。
 ソゥギャリさんが機嫌よく僕の肩あたりをバシバシ叩く。

「いいよいいよっ、その調子さねっ! そのまま、扇いで! あと10回くらい、大きく連続で!」
「そ――そんなことしたらッ、みんな、火傷、しちゃいます!」
「だあーいじょうぶ大丈夫、心配すんな。ぶっかけた水にはあたし特製のアロマが溶かされているからねえ。フェロモン原液じゃあギンギンだろうけど、数百倍に薄めて細かく配合を変えりゃ、疲労回復、血行改善、代謝促進、無病息災……他なんやかんや、いいことづくめさね!」
「それで火傷してたら、元も子もなくないですかあ!?」
「したら旦那が〝いやしのはどう〟してくれるさね! 細かいこたぁ気にすんな!」

 ソゥギャリさんは全く聞いてくれていない。調子づいた彼女にひっぱたかれたウタラソさんが、きっかり3秒遅れてまた水を吐いた。石釜に注がれた〝ねっとう〟はたちまち蒸発して、洞窟の中心部には煙たいくらいの熱雲が立ちこめている。たぶん、コータスの甲羅の中よりも熱い。
 1回目でもだいぶキツかったけど……これ、本当にやって、大丈夫?
 思わず視線を落とすと、ソゥギャリさんは腕組みして「やれ」と命令を下すように顎をしゃくった。尻ごみすることなんて許してくれそうにない迫真さに促されるまま、温暖な気候にしなやかさを取り戻しつつある葉っぱの翼を、思いっきり大きくしならせた。
 ぶゎん!
 釜の上側に溜まっていた熱気が旋風になって、葉っぱの裏側――クチクラに守られていない葉脈をさらっていく。熱い! 翼の先っぽに火がついたのかと思った。反射的に翼を畳もうとした僕へ、ソゥギャリさんの容赦ない「もっとやれ!」の顎しゃくり。
 厳しすぎる冷気は鼻からの呼吸をつらくしたけれど、それは熱気でも同じみたいだった。口から吸って、鼻から吐く。肺を膨らませるたび、ヤンチャなカルボウを飲みこんだみたいな灼熱感。
 いつの間にか、全身汗でぐっしょり濡れていた。極寒に閉じきっていた気孔細胞がぱっくりと開ききり、乾燥した空気に余った熱を逃そうと懸命に蒸散を繰り返していた。そのおかげか、焼けるように熱かった葉脈も、翼を振るえるくらいには余裕ができてきた。
 ぶゎんっ、ぶぅん! ばさっ、ばっ、ばっばっばッ!
 僕もいつの間にか高揚していて、石釜の前で〝かぜおこし〟を繰り返していた。粘膜を焼きつける蒸気にたまらず目を細めた視界へ、丸っこい腕を僕へ伸ばすパモくんが見えて、その子のところまで首を下げる。

「お兄ちゃんすごい、すごいっすごい!」
「お兄ちゃん……って、僕のこと?」オージャ湖の子どもたちからでさえ『先生』って呼ばれていたから、お兄ちゃんはちょっとむず痒い。「辛くなったらいつでも、洞窟から出ていいんだよ」
「違くて! もっと、もっとやって!」
「ええ? 大丈夫? 熱くなかった?」
「うんっ、熱かった! でもそれが、よかった!」

 隣を見ると、パモットのお母さんはそそくさと距離をとって、小声で「お願いします」と許可をくれた。パモくんが吹き飛ばされないくらいの風圧で翼を振るう。そのたびに両手を挙げてほっぺたから〝せいでんき〟をピリピリ飛ばしていた。喜んでくれているみたいで、僕も汗を飛ばしながら何度も極熱を送っていく。

「も……、もう限界、かもッ」

 始めて10分ぐらい経ったところで、足元がおぼつかずにクラクラしてきた。頭に葉っぱの覆いがなければ脳みそが茹だって、意識を朦朧とさせていたかもしれない。
 謎の興奮に包まれたまま、狭い洞窟を飛び出した。アンダエさんの呼びこんだ雪雲はまだ(しぼ)んでいなかった。積もった地面を四つ脚で踏みしめて、ぐん、と翼を広げる。体の隙間を撫でるようにして、冷えきった空気が僕を斬りつけていく。
 寒く……、ない。
 コオリッポの細かな羽毛は暖かい空気を含んで、北パルデア海の極寒から体温を守ってくれている。そんな感じ。ドヒドイデくんの湯むきしたマトマをお腹いっぱい頬張った後みたいに、体の芯からぽっかぽかだ。ぐつぐつに温められたウタラソさんの湯気と、ソゥギャリさんのアロマが効いているんだろう。10分くらいなら、この寒さを気にせず空を飛ぶことだってできるのかも。
 翼を大きく広げて〝ふきとばし〟。空の低いところでぐずぐずしている厚手の雲ごと、ちらつく粉雪を押し流してやった。昼下がり、まだ高い位置にあるお陽さまが、洞窟の暗がりに慣れた目に眩しい。
 天から降り注ぐ光を葉っぱで受け止めた。山肌からの照り返しは葉裏にもらって、あの日オージャ湖でリュウテンちゃんと陽なたぼっこしたときよりも、栄養をたくさん蓄えられている気さえした。
 風の噂で聞いたことがある。パルデアよりもずっと南にある、アローラって地域に住むトロピウスたちは、温暖な気候でさんさんの太陽を浴び、首元のフルーツを甘く大きく育てるんだって。確かに、翼の隅々までこんなに元気なら、心ゆくまで〝こうごうせい〟もできるんだろうな。
 コータスの中にいたポケモンたちも、お尻に火がついたみたいに続々と飛び出してきた。ノコッチやシキジカは雪に飛びこんで、冷たい感触に全身をこすりつけている。僕と同じで寒いのが苦手なタツベイは氷点下の豪雪を走り出して、そのまま崖から飛び降りちゃうんじゃないかってくらいご機嫌だ。まだまだ元気いっぱいなパモは、その小さな背中にぐったりしたお母さんを乗せている。……早く水を飲まないと!
 洞窟があったかいからか、すぐ近くに雪解け水が湧いていた。オージャ湖の底から生まれる聖水よりも透き通っていて、口をつけただけでその冷たさが分かる。ひと口飲んだだけで、のぼせていた僕の意識をじりじりと醒ませてくれた。
 隣ではソゥギャリさんが頭から潜るようにして飲んでいて、ぷはあっ! と口の端からしたたる雫を腕でぐしぐし拭っていた。

「どうだい? あたしが改築した洞窟、すごいだろ。人間の世界じゃあサウナって呼ばれてる。焼いた石に水をおっ被せて立ち上る湯気がロウリュ、その湯気を扇いで浴びるのがアグフグーフ……、あうぐふーす……、ぐふぐふぐふ……。ンまあいい! どれも雪国発祥の、体を()っためるための人間の知恵なんだとさ。最後のヤツがやりたかったんだけど、腕の立つ熱波師にアテがなくってねえ。……でも、あたしの目にはバチンときた。あんた、才能ある! なぁ頼むよ、お願いだ。さっきみたいなことを、1日に1回でも2回でもいい、ナッペ山にいる間だけでもやってくれねえか。寒いのが滅法ニガテなくせしてこんなとこに住み着いちまったバカってのはいるもんで、みんなウチの洞窟でとぐろ巻いて出ていきやしねえのさ。……あんたにゃ、そういうバカどもの助けになってほしいんだ」
「僕が……、誰かを、助けられるの?」
「そうさあ。あんたにしか! 助けられないんだよ」
「…………」

 分かりました! とは、すぐには言えなかった。
 どうしたって思い出してしまう、リュウテンちゃんとの最後のやりとり。破滅への1歩を踏み出しちゃったのがまさにその言葉だった。『ビスにしかできないことが、あるよ』――それでリュウテンちゃんを助けられなかった僕が、今さら何をできるって言うんだろ。これまで心の支えとしてきた、トロピウスらしくフルーツを育ててみんなを助けるんだって信条も、けっきょく何の役にも立たなかったんだから。
 最後に洞窟から出てきたのはウタラソさんだった。混乱状態になったカラミンゴの〝ちどりあし〟みたいにふらふらと体を揺らすと、樹の根元に積もった雪の塊へ頭から突っこんだ。*1柔らかな深雪はヤドランの体重を支えきれず、上半身が沈むとピンク色の地肌はほとんど見えなくなった。
 しょんぼりと落ちこむ僕の目線と、しっぽのシェルダーの目が合った。雪の下からくぐもって響いてくる、調子っぱずれな裏声。

「ビスくぅん! トッテモ良い熱波を、アリガト〜。おかげで元気が出たヨォ! オイラもそろそろ独り立ちして、コイツをヤドンに戻しちゃおっかナ!」

 悠揚なウタラソさんから発せられたものとは思えない、おどけた声。さっきまで繰り広げていた堅苦しい問答との寒暖差に、僕は思わず吹き出していた。

「んへ、ふふふっ……っ、ぇへ、ぇへへへっへへ!」
「やっと、その顔が晴れやがったかい」僕のすぐ隣で、ソゥギャリさんが腕を組んでいた。「ニガテなんだよねぇ、しつっこい雪雲じみて辛気臭いツラ見せられんのは」
「んへっ、ふぅ、へへへへっ……。僕そんなに、どんよりしてたかな」
「あんたがどんだけ酷な思いしてここまで逃げてきたか、同情することしかできないけどさあ」何かを思い出すように目を細めて、ソゥギャリさんは言う。「心が追い詰められてると、自分の居場所はどこにもないって悲観に(ふけ)りがちだけどよ。受け入れてくれる場所なんざ、ちょいと目を外に向ければ案外いくらだって見つかるもんさね。……あたしゃ歓迎するよ。いつでもおいで。みんなあんたの熱波を待っているよ」
「ありがとう……、ございます。ソゥさん」
「後悔のないように頑張んなよ。応援してるさね!」

 ナッペ山で出迎えてくれたみんなは、初めて体験したサウナよりも温かくって。冷えきっていた僕の気持ちを、一瞬でほぐしてしまった。




中編『四旬節を経て』 


 ナッペ山から吹き下ろされる風を捕まえると、オージャ湖までは5時間とかからない。サウナで温まったばかりの翼は天然の〝こごえるかぜ〟をものともしないで、僕を順調に故郷へと運んでくれる。
 だいたい40日ぶりのオージャ湖は雲もなく澄み渡っていて、上空からてんてんバラバラに散らばる島々を一望できた。耳をすませば聖歌班のチルタリスさんが奏でるメロディまで聞こえてきそうな、穏やかな湖面。待ちに待った復活祭(イースター)にピッタリの心地よさに、〝さいきのいのり〟を受けて再誕を果たしたヌシ様を讃えたくなる気分だった。
 着陸態勢に移って2対の翼を大きくはためかせる僕のところへ、水面を割って一直線に走ってくる水飛沫。小島へ乗り上げる勢いで、湖面からミガルーサが顔を飛び出させた。

「ブラザー・ビス! 戻られたのですねっ!」
「ペス姉っ、久しぶり! 会いたかったよっ。ブラザー・ビス、隠修士生活からただいま戻りました」
「まあ! ご無事で何よりですこと!」
「晴れの日は毎日、遠くの湖を眺めながら〝こうごうせい〟してたんだ。その祈りが届いたみたい。そちらは変わりない様子で」
「本日はこのわたくしが見回り担当なのですもの、オージャ湖は平和そのものですことよ! パルデアの各地へ宣教へ向かった修道士もみなさま、元気に戻られまして。……そうでした、思い出しましたわ、ブラザー・ビス。あなたがここを発つ際は首元のフサまで萎れていましたから、わたくし身をそぎ落とすほど心配していたのですわ。なにせ日の出前のキマワリよりも意気消沈したご様子でしたから、何があったのかお尋ねすることもできなくって……」
「んへへ、あのときは心配かけちゃったね。親切なポケモンさんたちのおかげで、どうにか雪山を生き延びられました」
「『他者にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも他者にしなさい』。常日頃から黄金律を実践なさっているブラザー・ビスだからこその御摂理、なのでしょうね」
「そう……なのかも。おかげで、ほら」僕は首元へたわわに実ったフルーツを揺らしてみせた。「凍らないように、凍らないように! って意識するとね、糖度がぎゅっと凝縮されるんだ。おかげでとびっきり甘い果実に仕上がったんだよ!」
「まあっ、本日のお食事が楽しみですこと!」

 そう、今日は待ちに待った復活祭の日。修道士たちは長かった断食生活にお別れを告げ、盛大な宴会を開いて春の恵みに感謝する。それは謝肉祭よりもうんと豪勢だったりして、だから給仕班は朝から大忙しのはずだ。僕も急いで向かわないと、晩餐会までに間に合わないかもしれない。

「ところでさ……、リュウテンちゃんは?」
「あ…………っ、それは、そのですね」
「もしかして……、オージャ湖を離れちゃった、とか」
「いえ、いえっ、そうではございませんの」

 あれほどの〝きれあじ〟を誇るペス姉の歯切れが悪い。とても嫌な予感がした。いいや、嫌な予感はずっとしていたけれど、それがもう1歩、暗い確信に近づいたような。
 なにも勘づいていないふりをして、僕はのんきな声を出した。

「謝肉祭のときはぜんぜん食べてもらえなかったからね。料理の腕にも磨きをかけてきたつもりだし、今日こそは美味しいって言ってもらわなくっちゃ。……直接、会いたいなあ」
「シスター・リュウテンに……。そう、ですわね」何かを観念したように、ペス姉は細くて長いため息をついた。「ブラザー・ビスがナッペ山へ行ってしまわれてからすぐ、彼女、教育班から医療班へ正式に異動となりましたの。医療班のお勤めは大変らしくって、晩餐会にいらっしゃるかどうかさえ……」
「そうなんだね。リュウテンちゃんも頑張ってるんだ。ありがと、ペス姉」
「ブラザー・ビス!」背を向けて翼を広げる僕へ、ペス姉は告解するみたいに声を震わせる。「……大変申し訳ございませんわ。あなたがいらっしゃらない間に、シスター・リュウテンを、その。止めることができませんでしたの。ああいう役割は、本来わたくしのものと自負しておりましたのに、それなのに――」
「ペス姉、僕が留守にしている間、いろいろ大変だったんだね。……ありがとう。今晩のご馳走、楽しみにしててよ。ツラいこと全部、忘れちゃうくらい美味しいからさ!」

 それ以上は聞くのも言わせるのも心苦しい気がして、切り離されたペス姉のヒレに敬愛のキスを落とした。つぶらな瞳をぱちくりとさせる彼女を残して、僕は小島を飛び立っていく。





 僕のように湖へ戻ってきた宣教師のいくらかは、そのお勤めをしっかりと果たしてきた。この時期に洗礼を受ける修道士は多くって、つまり頭数が増えるぶん晩餐会の仕込みは大忙し。「盛りつけ担当のビス、ただいま戻りました!」と声を張りあげるなり、オノンドのライオネル先輩から「遅すぎる!」って大目玉を落とされた。

「いつまで遊び歩いていたんだビス。もう昼を回っているだろ……」
「ごっごめんなさいっ。朝一番に出発するつもりだったんですけど、その……、いろいろと名残惜しくって」
「トロピウスが雪山で修行なんて、うまくいくはずないに決まってる。おおかた親切なポケモンに助けられたんじゃないか。彼らのためにちゃんと祈ってきたよな?」牙より鋭い先輩の直感に、ぎく! と首筋をそり返らせた。いつもみたいにやたら痛い〝みねうち〟が飛んでくるかと思ったけど、それ以上なじられるようでもない。「……でもまあ、よく無事で戻ったな。立派に育ったじゃないか」
「えっ」
「おまえを褒めてる訳じゃない。首にぶら下げたフルーツのことだよ、変な勘違いしないでくれ……」

 折れた牙を両手に食材を素早くスライスしながら、ライオネル先輩はふいっと背中を向けた。……珍しいなあ。料理するときは常に〝きんちょうかん〟を放っている厳しい先輩が、僕を気遣ってくれるなんて。例年復活祭のご馳走作りは特に気合が入っているんだけど、なんだか機嫌がいいらしい。よっぽど上質な食材が手に入ったのかな。
 僕の担当は盛りつけだから出番はまだ先だけど、もちろんみんなのお手伝いもする。ドヒドイデのリアラムダくんはマトマの湯むきに余念がない。「腕さばきが格段に上達したんじゃない?」って称賛した僕への返事もなく無口だったけれど、ギザギザの牙を並べて嬉しそうだった。僕のフルーツを使った渾身のお皿を味見してもらったジオヅムのソルトビーくんからは、「甘さがぎゅぎゅ〜! って凝縮してるね。ボクが以前食らったアマージョの〝トロピカルキック〟くらい甘かったよお」なんて、独特なお褒めの言葉をもらっちゃった。
 いつにも増して和やかな雰囲気のまま、仕込みは夕暮れまでになんとか間に合った。
 晩餐会までは休む暇なんて少しもなくって、食事の最中も給仕班のみんなと積もる話をしたりして、お開きになってからの後片付けを終えると、もうすっかり夜の気配。晩の祈りを済ませてから、僕はこそこそと寝床を抜け出した。
 あの日と同じ、星空の遠くに浮かぶ少し欠けた月。……いいや、違った。復活祭は春分の日を過ぎて最初の満月の次の安息日だから、今日のはこれから欠けていくもの。40日前のは、次第に満ちていくもの。ぜんぜん違う――そう、リュウテンちゃんを助けられなかったあの日とは違うんだ。
 晩餐会の開かれるウタン島に、ヤドキングの姿はどこにもなかった。
 ソルトビーくんにアンダエお姉さんのお話をしていても、僕はどこか上の空になっちゃって、美味しいはずのご馳走もいまいち味がパッとしない。僕の目は無意識にリュウテンちゃんを探していて、それが見当たらないことに焦りを募らせていたんだろう。どうか僕の早とちりであってください、って口の中で祈りながら、もうほとんど核心に差し迫った疑念を確かめるため、オージャ湖を西へ飛ぶ。





 交尾に対する罪悪感は、ナッペ山のみんなと一緒に生活するうちにすぐ慣れていった。ヌシ様の庇護下に置かれている湖では、修道士たちに厳しい教条が敷かれていたからか、もしくは僕が見て見ぬふりをしていただけかもしれないけれど、そういった行為を認識することはまずない。だけれど戒律のない野生での娯楽といえばまず雌雄のそういうことで、雪原でのそういうことはいやでも目についた。僕もサウナ上がりに何度か誘われたことはあったけど、どうにかはぐらかしてはそういうことに勤しむ彼らを遠巻きに覗き見したりしちゃってた。
 そんな僕に「やっぱり興味あるのかい? 若いっていいねえ。あんなイイもん持ってるのに使わななんて、それこそ交尾の神サマに対して罰当たりさね。……なんなら今からどうだい? 不安ならあたしがリードしたっても、いいけどねえ?」なんて絡んできたのは、やっぱりソゥギャリさんだった。「リュウテンちゃんを助けるために、もしかしたら必要になるかもなので」って言葉を濁して伝えると、事情を知っている彼女はスピーディな平謝り。初対面で僕をあんな目に遭わせて、けっこうな責任を感じていたみたいだった。ロウリュのお手伝いにも満足してくれて、見返りに「あたしにできることはなんでもやったげるよ!」なんて豪語する。
 なので、お言葉に甘えることにした。見学だけじゃ限度があったし、そういうことのエキスパートであるエンニュートさんを頼らない手はない。面倒見のいいソゥさんは、弱腰な僕にも根気よく付き合ってくれた。
 認めたくはないけどたぶん、僕は他の雄に比べて堪え性がない。ペス姉に咥えられて数往復で出しちゃったことを赤裸々に伝えると、ソゥさんは「……まあ、素早さの高い方が先に攻撃できるさね」って、なんの関係もないことを言ってのけた。
 模擬訓練は雪山に放り出されるよりも過酷だった。仰向けになったソゥさんの太ももに挟まれて、お腹へ10回ちょっと擦りつけただけであえなくノックアウト。あまりにあっけなさすぎて、思わず自分で笑っちゃうくらいだった。始める前「僕はリュウテンちゃん以外とはしませんよ!」なんて固く約束していたけれど、こんな調子じゃ彼女と再会しただけで気絶しちゃいそうだ。同じタマゴグループなこともあってか、ソゥさんのフェロモンは僕に効果抜群。リュウテンちゃんのフリルから立ち昇るにおいを嗅いだだけで我を忘れないよう、サウナあがりの火照った体にまとわりついて、僕の自制心をみっちりといじめ抜いてくれた。
 おかげで長期戦には耐えられるようになったけど、ただ〝のろい〟を積んでタフになっただけじゃダメだ。破滅しちゃったリュウテンちゃんを助け出すために必要になりそうなことを、ソゥさんは1ヶ月かけて僕の体に叩きこんでくれた。それは交尾に臨むときの心構えから、弱いところを相手の反応から探るやり方、ひと月ぶりの再会でも続けられる会話のテクニックや、気持ちよくさせてあげられる体の動かし方まで――ともかくありとあらゆることを。
 そんなソゥさんのつがいであるウタラソさんは、奥さんと僕が絡みあって特訓するのに抵抗がないみたいだった。むしろ枯れてしまった自分の欲求を補うよう、暖を求めて訪れた雄とソゥさんとのやりとりを楽しんでいるらしかった。僕はヌシ様の教えを優先して、性にまつわることは一緒くたに遠ざけてきたけれど、それはエンニュートにとっては生きていくうえで切っても切り離せないことで、ウタラソさんはそんな彼女に寄り添うためにオージャ湖を去ったんだって言っていた。最初の頃は打ち解けられないだろうな、って思っていたけど、彼と話しているうちにそれはとても正しいことのような気がしてきて。ヌシ様の御意向を教本としながら、湖を離れて自分の正しいと信じるままに生きる彼の選択が、いつしか崇高で尊敬できるもののように思えていた。





 崩れた天井のすき間から斜めに射しこんだ月明かりが、薄暗い洞窟の様子を浮かびあがらせていた。
 医務室内の半分は水路になっていて、その川べりはしっかりと固められている。ケガや病気の水棲ポケモンを岸から看病するためだ。水際で半身浴しながら陸地にもたれるリュウテンちゃんの背中へ、大柄なクレベースがのしかかっていた。ばちゃばちゃと水しぶきを荒立てながら、〝ねつこうかん〟したセグレイブみたいな苛烈さで全身を揺さぶっている。縦に重なるふたりの顔がちょうど月に照らされていて、医務室の入り口からでも表情までがよく見えた。
 熱い冷気を吐きつけながら、クレベースはいかめしく喉を唸らせていた。

「ドラメシヤの電報を受けて知ったぞ。オメーに誘惑されたせいで、オレの息子は殻に引きこもっちまった、って」
「あ……あっ、あんッ、ン、それは、そのっ」クレベースのお腹に揃った氷山で削られるのが苦しいんだろう、リュウテンちゃんは声をねじ曲げるようにしてうめく。「ホルンくんはっ、確かに私が……ンっ、幼年グループの責任者として、お世話していました。ぁんっ……。っけど、そんな、誘惑なんて、していませ――ヤァんっ!!」
「オメーの犯した罪を赦してやろーかってのに、チンポに犯されながら弁明されちゃあ、それこそ世話がねーよなあ?」赦すつもりなんて最初っからないみたいに、クレベースの口端がいやらしく持ちあがる。「ナッペ山での鍛錬を始めたばっかりに電報が飛んで来てよ、息子が心配で心配でからきし身が入らねー! 今朝ようやっと帰ってこられたかと思ったら、妻は愛想を尽かせて息子を連れて北パルデア海まで里帰りしちまってた! ……オメーどう責任取るつもりだよ、なあ!?」

 謝肉祭の翌日、リュウテンちゃんが気絶したときのことは僕も近くで目撃していた。彼女のすぐそばにいたのはカチコールのホルンくん、だったはず。純粋で内省的で、他の子どもたちともうまく馴染めないでいたホルンくんのことだ、リュウテンちゃんのあの絶叫を聞いてトラウマになってしまうのも考えられる。クレベースのお母さまもひどく取り乱していて、その後の家族関係がギクシャクしちゃうことも簡単に想像がつく。

「責に、責任だなんてそんな――ンやアッ!? ゃ、ああああ……っ! 長いっ、カールさんのおちんぽ、やンぁぁぁん……、ツララみたいに、長くて、おっ奥まで、届いてッ……、ぁ、あっ、あッそこ、そこイイ……っ!」
「おうッ……!? オレの息子を誘惑したときのこと思い出してマンコ締めやがって……、まーた〝オレの息子〟を誘惑してんのかこのアバズレ教師ッ! これでまだシスターを名乗っていられるとか、どんだけツラの皮がミミッキュなんだオメーは! オレの〝つららばり〟でその〝ばけのかわ〟を引っぺがしてやるからな、観念しやがれオラっ!」
「や、ぁああっ!? ちっ違うんです、これは、カールさんのおちんぽが、あまりに冷たくて、その」
「うるせェ!!」
「やっあ――!? あっやあッ、ぁん……! ンやぁあああああ゛!!」

 ばちゃん! お尻をひっ叩くみたいに荒っぽく腰をぶつけられて、リュウテンちゃんのフリルがざわめき立った。聞いたこともないような濁ってとろけた声が口をついて飛び出して、食いこんだ爪が水路のへりに浅い溝を作る。こんなひどいことをされているっていうのにその顔はどこか、強すぎる陽射しのもと体力を削りながら日光浴する僕たちトロピウスみたいに、お腹の底から沸き立つ喜びを噛み締めているようにも見えて。

「まだ答えを聞いてなかったな……。ヌシ様の教義に背いて、他のガキや雌連中の見てる中で、どうしてオレの息子を誘惑してくれた? おら答えろ、素直に答えやがれこの偽善者マンコっ!!」
「あ……あれはただ、私の、やぁぅッ、頭痛が和らいだせいで……ンっ、ホルンくんの前で、イって、しまった、だけッ、というか」
「なんだそのキテレツな言い草は! 白昼堂々このデカケツを振りたくってッ、ガニ股で横マン筋を見せつけながらッ、純真なオレの息子がまごつくのに気をよくしてッ、みっともなく誘惑しくさったんだろうがッ!」
「やっ、あっ、ンっ、あ゛んッ、 カールさっ、激っし――やぁああああンっ」
「最近になって雌友だちのできたホルンが羨ましかったのか? 教え子にまで発情するなんざ見下げた教育者精神だなあオイ!」
「や、あんっ、ちが……ぁあ、ッふ――ゃああああ、あっあっあっあっ! おちんぽ強っ、おちんぽちゅよいッ、あッ、やあぁーーーーっ」
「くそッ、バカみてぇに締めつけてきやがって……っ。生意気にマンコで返事すんなっ、その口で謝りやがれ! 健全な発育を邪魔した息子に向けて、謝罪の言葉のひとつくらいはねえのかよ!?」
「やお゛っ、お゛ッ、ごめ、ヒんっッッ! ごべんなざ、ホルンくっ、誘惑! 恋を覚えたての生徒に……ゃんッ、おまんこ押しつけて、勝手に性教育ッ! しちゃって、ごめんなさ――ゃああぁぁぁ……!!」本当はそんなことしているはずないのに、リュウテンちゃんはあっさりと罪を認めていた。偽証の罪を犯す罪悪感なんて、どこかに忘れてきちゃったみたいだった。「大切な教え子にっ、色目使って、ぁ、おまんこ教えるなんて――やンっ、教師失格! もし将来、んやあぁぁ……っ、私でしかイけない体に、なったら――ひゃぁああんッ! いッいつでも、医務室に来ていいよっ。お父さんに教育し直してもらった先生おまんこ、何回でも使わせてあげるから――やぉぉぉお゛ンッ! んおぉ、お゛ーっ、お゛ぉぉんッ、お゛ぁぁぁ――」
「だーれがオメーみてぇな色欲の悪魔に魂売ったクソビッチを息子に宛てがうかアホ! ヤドキングが『海の賢者』なんて呼ばれるべきじゃねえ、これからは『罪の便女』って名乗れやド淫乱ピンクが!!」
「ひ――ひどッ、んぉ゛っ! カールさ、それ、ひどすぎ――ンやああッ!? あ、これ、すご、すごいっ……ひゃああああんッ!! は、あ、あ、はいっそうです私はっ、私は『罪の便女』ですッ! いたいけな幼児を誘惑してしまう無節操おまんこをどうか、金輪際ナマイキ言わないよう徹底的に躾けてやってくださ――やぉおおおお……お゛ッ、ふーーーッ、お゛ぉん、んゃ、ああ゛ンっ、ふー……、やぁん、ゃん」
「ッくおぉ……ぉおおっ、く……。確かにこりゃやべーな、奥を突いてやるだけでエロ肉が複雑にうねついてきやがる……! ヤドキングに進化するとマンコまで巻貝みてえに渦巻くのかよ、天性の肉便器かコイツは……。警備班といえどスタミナのないヤツらがすぐバテちまったのも仕方ねえ。5分と保たなかった班員にゃあ特訓メニューをやらせねーとな……」

 警備班の副班長でもあるクレベースは、ぶつくさと言いながら息を整えている。彼が休んでいる間も、繋がったままのリュウテンちゃんは乱れ声を垂れ流しにしていた。鬱憤を載せて乱暴に叩かれたお尻の痙攣はまだ収まらないみたいで、伝った振動が水面に細かな波紋を描いていた。

「おいカール」ぬらり、と。暗がりからがっしりした体格のカイリューが進み出た。「警備班長の俺が、しんがりを務めてやってるんだ。……壊すなよ?」
「分かってるっての! けどよ、クォンタムさん。コイツこんなにドスケベなんだ、きっちり叱りつけておかにゃ、もっぺんガキを誘惑するに違いねーよ」
「気晴らしするのもほどほどにしておけ。俺の楽しみを奪うようなこと、してくれるな」

 カイリューは呆れた様子で、川べりへ縋りつくリュウテンちゃんの真ん前に陣取った。ちょっと腰を落とすように前へ屈んで、シェルダーのてっぺんを掴んでぐいっと顔を上向きにさせる。

「シスター・リュウテン。他の警備班連中から聞いたんだが、どうやら見ただけで絶頂できる特技があるらしいな?」カイリューが変なことを口走って、空いた片手で自分の股ぐらをゴソゴソと漁っている。「やってみせろ」

 他の雄のを目にしたのは初めてだった。ぶりんっ、とリュウテンちゃんの目の前へ差し出された、カイリューのひとフサ。上下に割れた蛇腹から伸びたそれは、体内でしっとりと蒸らされて静かに脈を打っていた。ヨロギのみみたいな中ぶくれした形で、見た目はそんなにあくどい感じはしないけれど、ビキビキと筋張ったその奥に、ドラゴン特有の獰猛さをひた隠しにしているみたいで。しかもまだスリットから完全に飛び出していないのに、丈はカイリューの蛇腹3つぶんくらいある。つまり彼よりふた回りは小柄なリュウテンちゃんの中に入ったら3段以上貫いちゃうってことで、蛇腹を通り越してピンク色の胸まで届いちゃうってこと。バトル会負けなしの戦績を買われて警備班長にまで昇りつめたカイリューのことだ、クレベースも真っ青になるくらい乱暴するに決まってる。そんなことされたら内臓がしっちゃかめっちゃかにかき混ぜられて、リュウテンちゃんが立ち直れないくらいダメなところまで堕とされちゃう!
 でも、そんな禍々しい凶器を目の当たりにして、リュウテンちゃんは嫌がるような顔ひとつしなかった。息を詰まらせたかと思うと「んゃあ……ッ!?」なんて、べそをかいたような声を喉の奥底から掠れ漏らす。

「ん゛やっ!? あっ、アッ、――っ、――――っッッ!!」湖の底からお告げを授かったみたいに、リュウテンちゃんは目をかっ開いた。「ぉ、お、んゃお――っ!! お、おちんぽかった! 硬すぎっ、テラスタイプはがねっ! ひぎゃあン! お゛っお゛っんおおお゛ぉん、んのぉぉぉ゛……んゃぉあああ゛んッ!!」クレベースの氷山に押しつぶされた後ろ足がもたもたと水を引っかき、元からピンク色だった頬っぺたがみるみる赤く染まっていく。「しかも激し、これはげっしぃ――――ンお゛っ、お゛ッ!? のぉお゛おおおぉぉぉ……! い、1回1回、〝ドラゴンダイブ〟お見舞いする、みたいに――やぁあああっイくイくイく、これイグっ、予知しただけでイっちゃう、脳イきしちゃ――ゃおおおお゛んッ!!」ぐっしょりと濡れた顔を今度は川べりへ押しつけて、足の先までピンっと伸ばして水底を蹴りながら、全身をふるふると痙攣させていた。「ん゛っ……お゛ッ、やぁ……ん、ぉおお゛お゛お゛〜っ……! フーーーっ、はゃあああ゛んッ、ゔ〜……」
「うぉ!? っぐ、班長の見せ槍食らっただけで物欲しそうにマンコ締めやがって、オレのじゃ満足できねえってのかこのド変態マゾシスターが……!」

 背後のクレベースが恨めしげにうめいて、噛み癖の治らないモノズを叱りつけるサザンドラみたいな剣幕で腰の動きを再開させた。あられもない声に気をよくしているらしい、水音に混じって背中の氷河のビキビキ割れる音が洞窟に反響する。
 鼻にかかった吐息をいっそう乱れさせながら、リュウテンちゃんはたぐり寄せたカイリューのフサを両手で懸命に撫でていた。

「クォンタムさん、ふぅ……ぅんッ、ゃあぁ……っ! 気遣ってくれそうな雰囲気なのに、交尾は荒々しいんですね……っ。ンあっ、いくら力自慢だからって、自分の強さを教えこむみたいに、やぁアンっ、雌を甚振(いたぶ)ったりしては、ダメですよ。おまんこは繊細、なんですからね? ンお゛ッ! お゛、やお゛ぉん……おん、ぉ……おちんぽで屈服させようと思うのは、どうかと思います」
「……あぁ゛?」穏やかだったカイリューの瞳に月の光が反射して、ギラついた欲望がリュウテンちゃんをすくませる。「医療班の分際で誰に向かって説教してんだお前。烏滸(おこ)がましくもヌシ様に代わって講壇に就くなんざ、誰かに聞かれようものなら(はりつけ)は免れないほどの傲慢の罪だったなあ? ……こちとら警備班長だぞ? 身の程を(わきま)えろ。1度は見逃してやるからさっさと悔い改めることだな」
「あ、その……」

 間近ですごまれて怖い思いをしているはずなのに、春分を過ぎて角に桜を誇らせるメブキジカみたいに、リュウテンちゃんの表情がとろり、と喜びの気配に沈む。川べりに恭しく両手を添えて、顔に泥がついちゃうのも気にしない様子で、しずしずと頭を下げた。

「このシスター・リュウテン、誠心誠意、クォンタムさんを癒させていただきます……っ。使徒職で溜まった穢れ、どうぞ遠慮せず私にぶちまけていってくださいね。このままハメられたら私のコイキング級雑魚おまんこは耐えられそうにないので、1発お口でヌかせてもらっても、よろしいでしょうか」
「見上げた従順さだな、シスター・リュウテン」

 カイリューからお許しを与えられるとすぐ、リュウテンちゃんは「失礼しますっ」なんて恭順に断りを入れて、ひとかけらの躊躇もなくフサへ口づけた。ちゅ……っぱ。ンちゅ、ちゅ、ちゅっ。まだおねむのヌメラを優しく呼び起こすみたいに、愛情たっぷりに降らされるキスの雨。ちゅにゅ、と肉厚な唇が挟むようにくっつくと、フサのでこぼこを確かめるようにじっとりとなぞっていく。根元の方へ添えた片手が砂を揉むみたいに動いて、スリットから完全に這い出せるようにフサを応援しているみたいだった。スリーパーの振り子を目で追うと〝さいみんじゅつ〟にかかっちゃうみたいに、フサを見つめるリュウテンちゃんの瞳が次第に、とろん……っ、と丸くなっていく。 

「クォンタムさん……ふゃ……ぁ、ンっ、奉仕加減は、いかがでしょう」
「もっと強くしろ。俺の部下どもはこの程度で満足したのか?」
「それでは……」

 少食で、謝肉祭のご馳走もちびちびとしか食べられなかったお口をあんぐりと開いて、頑健な殻つきヌメルゴンへ成長を遂げたフサを迎えこむ。頬っぺたの内側を擦りつけるように吸いついて、ゆっくり、きのみ畑をお散歩するムックルみたいに頭ごと前後させた。泡だったよだれに混じって、じゅぽ、ずりゅ、じゅるるッ……。唇のすき間からはしたない音が漏れて響く。口の端っこからたびたび厚めの舌がはみ出して、ラブカスが岩礁を回遊するみたいに泳いでは隠れていった。尖ったフサの先っぽを、円を描くように丁寧に舐めているみたい。

「先ほどは私の無躾な態度が、ンっ、クォンタムさんの〝げきりん〟に触れてしまったみたいで……ふッ、ふーーーっ、ふー……ッ。おちんぽイライラさせてしまって、ごめんなさい。んッ、ちゅ、んむ――っぱ。そうでなくても、我慢強いクォンタムさんは順番を譲られて、1番最後まで待っててくれたんですよね。んちゅ、ちゅ、んちゅちゅるる……っ。部下の方たちが先に気持ちよくなっているのを見せつけられて、俺の方が強いんだぞ! っておちんぽの奥でぐつぐつに煮えくり返った濃ゆぅいザーメン、どうぞ私のお口にコキ捨ててくださいねっ。――んっ、んっ、やううんッ」
「……続けろ」
「おいおい……、オレの息子にはなかなか謝らなかったくせ、班長のチンポには言いなりだなー?」

 背後からクレベースに揺さぶられても乱れない、慣れた仕草だった。シェルダーの外殻が当たらないよう丁寧に避けて、リュウテンちゃんの頭が上下する。お預けをさせている雄へお詫びを入れながら「あとちょっとだから、ね」って幼年クラスの子どもをあやすように甘えついていた。上目遣いで相手の反応をうかがいながら、同時に、可愛げのある顔立ちを台無しにしてフサへ奉仕する献身ぶりを見てもらっている。
 威厳たっぷりの表情を崩さないでいたカイリューが、わずかに片目を細めて喉奥をくぐもらせたのを見逃さなかった。リュウテンちゃんはニヤリと口の端っこだけで笑って、顔を持ち上げて浅く咥えるだけになる。フサの先端部分を八重歯で挟んで固定して、口の中に残ったとんがりへ舌をけしかているみたいだった。んぱ……と頭を引くと糸が垂れて、それを絡め取るようにベロが口もとを1回転。先っぽに空いている穴をほじくるように舌先が踊ると、よだれまみれになったフサは本性を表したみたいにビキビキと膨れあがった。
 だらりと投げ出されていた警備班長の腕が筋張って、気持ちよさを噛み締めているんだってよく分かる。いくら体力オバケのカイリューだろうと、普段スリットに収められているそこは〝マルチスケイル〟に覆われていない。さっきまでの涼しい顔には険しげな皺が寄せられ、こめかみには脂汗まで浮かばせていた。
 丁寧な舌づかいを惜しげもなく披露するリュウテンちゃんへ、背後から揺さぶるクレベースが愉快そうに口を挟む。

「今日の晩餐会にすら顔を出さなかったくせして、美味そうに班長のチンポしゃぶりやがってよー……。ザーメンで腹を満たすつもりじゃねーだろうな、このナチュラルボーンサキュバスマンコが……!」
「カール……お前が嫁に逃げられた理由、俺にはなんとなく想像つくぞ」品定めするようにリュウテンちゃんを見下ろしながら、カイリューはあくまで穏やかに吐き捨てる。「雌を口汚く貶しながらの交尾、つがいなら受け入れてくれるとでも思っているのか? ……ま、お前みたいな性格破綻者でも修道士でいられるために、こちらの女王様がいてくださるわけだが」

 カイリューは鼻息荒いクレベースを片手で押しやって、リュウテンちゃんの背中からちょっと引き離す。彼女の首を動かせるだけのスペースを確保すると、だいだい色の両腕が前へと伸びた。
 頭飾りになったシェルダーの、左右に飛び出た上反りの突起。それを掴んで引き寄せると同時に――ずんっ。思いっきり腰を突き出した。

「ごえッ!? んギュ……っ、――――っッッ!!」

 大きくえずくリュウテンちゃんを心配する素振りなんかひとつもなく、カイリューは屈強な足腰で下半身を振りたくる。ずろろろッ、と唾液に濡れたフサの先っぽまでが引き出され、ずにゅん! 一瞬にして根元まで口の中へ消えていった。そのはずなのに、あっ!? と僕が瞬きしたすぐ後にはまた現れている。消えては現れるたび、リュウテンちゃんを窒息させるフサはだんだんと太っている気さえした。このまま限界まで膨らんでいって、きっと最後には破裂して花粉をばら撒いて――、熟練したマスカーニャの〝トリックフラワー〟ショーを特等席で見せつけられているみたいだった。

「や゛あ――あがッ、ええ゛ッ、ぎャ、ぁん゛っ、ごゃ……!」
「クォンタムさんこそよー……。湖イチの実力者なのに、そんなんだからいつまで経ってもつがいができねーんだろ。朝の見回りで、あんたに泣かされた雌を何度保護したことか……。警備班の雑務、増やさないでくれよー」
「あ゛?」

 クレベースの冷やかしにカイリューは低く威嚇しただけだったけど、リュウテンちゃんの顔を殴りつける腰つきはあからさまに激しくなった。だしっ! だしっ! だしっ! だしっ! 頬っぺたを張り倒しているみたいな音が途切れることなく鳴り響く。涙を浮かべて耐え忍ぶヤドキングの顔がチラッと見えて、すぐさま出っ張ったお腹に遮られる。
 リュウテンちゃんもリュウテンちゃんで、無慈悲な竜の加虐欲求に晒されるんだってあらかじめ分かっていたみたいな従順さだった。顎を砕く勢いでぶつけられるのが痛くないワケないし、気道を塞いじゃう太さと長さで喉奥を虐められているってのに、一向に吐き出そうとしない。息を止めて必要以上に苦しげな声を漏らさないのは、カイリューが気持ちよくなるのを邪魔しないと同時に、フサを舌で奉仕しようと懸命に吸いついているからなのかも。憤怒まがいな警備班長の獣欲を受け入れ、癒してあげることこそ自分のお役目なんだって信じ、そのためには迫害されても仕方ないことなんだって諦めちゃっているような。カイリューの腰の動きに合わせてシェルダーの突起物を叩きつけ、フサへ牙を立ててその隙に逃げ出す……なんてことは、思いもよらないみたいだった。
 それでも、拷問じみた時間はそう長く続かなかった。リュウテンちゃんが両手でカイリューの股あたりを押しやると、さすがの警備班長も素直に1歩だけ、後ろへ下がる。〝ほおぶくろ〟に隠しておいたバコウのみを取り出すホシガリスみたいに、ぶりんっ、てフサを吐き出して、潰された肺にありったけの空気を取りこむリュウテンちゃん。

「ッぱは! やあエ゛っ!! かヒュ、ひゅー……っ、ふうううッ! や、やあぁぁ……うっ、んぅ、んゃあ゛〜…………」
「このアマ……! 喉奥滅多刺しにされてマンコ締めてんじゃねッ――ぉおっクソ、もう昇ってきやがった……! クォンタムさんちょっとコイツ借りますわ」

 川岸にへばりついたヤドキングの手が、クレベースの〝フリーズドライ〟で氷漬けにされる。水タイプの体からも熱を奪う弱点技に「ひゃああああんっ!」って枯れかけた悲鳴をあげながら、彼女は顔をぐしゃぐしゃにして喘いでいた。滑り止めの利くようになった抱き枕に気をよくして、クレベースがいっそう無造作な前後運動をおっ始める。後ろから打ちこまれる腰の勢いはもう見ていられなくって、顔を背けても沸騰しているくらい荒波立った湖面の音が僕の耳にまで届いてくる。
 ばしゃ、ばちゃ、じゃば、ざばッ、ざばんッ!

「イき、イきますっイくイくイく、イっグ、やぁぁ――おちんぽに折檻されながらイっちゃいま、す……! っふ、んやぁお゛おぉ……!」
「オレが射精()すのも待てねーのか、癒す側のくせして許可もなく勝手にイきやがって……怠惰の大罪だぞ反省しろオラっ!」
「んゃお゛っ!? ま、待ってっ、まっひぇくださ――んのお゛ぉぉぉぉん!! な、やっ、アっ、んぉぉお〜〜〜ッ!! いまむり、イってる、おまんこイってるんですぅっ!」
「イけっ、イきながら悔い改めろ! ヌシ様に無様な告解アクメ晒せっ!」
「おお゛んっヌシ様、のぉぉ――おおお゛ぅヌシ様よッ、湖の底にましますヌシ様よぉおおお゛んッ! こ、このシスター・リュウテン、お仕置きを受けても喜んで喘ぎ、やぁンっ、おまんこを咎められながら深くイってしまう、淫乱極まりないドスケベ修道士なんですッ。全能なるヌシ様、憐れみ深いヌシ様よぉおお゛ッ! おゆるしおゆるし! 私の救い難い原罪おまんこ、どうかおゆるしくださ――あああああ゛っ!!」
「そうじゃねーだろこのビチクソシスター、オレの息子を誘惑したこと謝らんかい!! もう頭ン中チンポのことしか考えられてねーじゃねえかっ!」
「お゛ッ!? ひゃぎぁっ、んお゛、オ゛、やぁあああん゛っ、イっくっ、イってる、まだイく……ん゛っ、やぉぉ゛ん、お゛ぁぁぁ〜〜……」
「ああクソっ、雄食いまくってきたくせなんでこんなに締まりやがる……! オメーなんかにゃヌシ様の御言葉は恐れ多くてもったいねえわっ。代わりにオレのザーメンでもありがたく腹にしまっとけや! う、ぐぉおおおお゛……!」

 雪の下に隠されたクレバスが崩落するような咆哮を上げて、クレベースが体をビタっと押しつけた。あれほどうねり狂っていた高波が嘘だったみたいに、重なった姿勢で1分くらい固まったまま、お腹の底からひきつれたようなふたりの息づかいが続く。副班長がリュウテンちゃんの背中から離れると、どぼり、と水の中に白っぽいもやがあふれて、尾を引いた塊が洞窟の入り口にまで流されてくる。
 川べりに縫いつけていた氷の束縛も解け、くったりと緩んだリュウテンちゃんの頭を、待ちくたびれたドラゴンの大きな手が傾ける。よだれでコーティングされてますます凶暴に色づいたフサを振りかぶりながら、カイリューは重たげな声で脅しつけた。

「吐き出しやがったな? 俺がまだイってないだろうが」
「あ……」

 ふるふるふるっ、と、リュウテンちゃんの潤んだ瞳が不安げに揺れた。竜の怒りをお口で鎮めるつもりだったのに、さんざん〝げきりん〟を逆撫でした挙句お預けのまま。利発で明朗なリュウテンちゃんの頭脳は、お腹を空かせたドラゴンポケモンの生贄に捧げられる未来を予知しちゃったらしい。これからされることの恐ろしさに、小さく震えるしかできないみたいだった。

「俺の感じやすいところを見つけて、いい気になってたんじゃないだろうな。女王様だか何だか知らないが、あまり図に乗るな。ただひとりの医療班とはいえ、お前は俺たちがいなきゃ使徒職も満足にこなせない、底辺修道士だってことを肝に銘じておけ」
「あ……その、さっきはごめんなさい……。警備班を指揮するクォンタムさんいつも頼もしいし、バトル会での攻めっ気ある姿は勇ましいのに……、先っぽを舐められるとビクって反応しちゃうの、可愛いくてつい……」
「……なるほどなァ」憤怒の悪魔に魂を捧げたオコリザルが地獄の闘気をまとうように、カイリューはそそり立つフサをさらに硬く(いか)らせた。「口を(すす)いで陸に上がれ。……お望み通り抱き潰してやるから覚悟しておけよ? 先に部下どもの相手をさせてやったんだ、だいぶ慣れただろ。俺が満足するまでヘタるんじゃないぞ」
「はひ! っはい……ッ」

 リュウテンちゃんはイヤイヤと首を振ることもしないで、酷使した喉を潤すと素直に水路から這いあがった。がくつく手足でヤドンみたいに這い進んで、手近な石のベッドへと体を横たえる。まるで美味しくいただかれる晩餐会のご馳走になったみたいに四肢を投げだし、自分自身を破壊しかねない圧倒的暴力を迎え入れようとしている。膜を張ったように淀んだその顔が、カイリューの巨体に隠れて見えなくなった。

「ま――ってっ」

 渇ききった喉を引き剥がして出した声は掠れて、洞窟に響くこともなく消えていった。
 このまま僕が手をこまねいて、リュウテンちゃんの行く末を見守っていたとしたら。あの小さな口を容赦なく塞いで、苦しくなることも気にしないような自分勝手さで彼女をいじめ抜いたカイリューのことだから、好き放題暴れまくった結果、リュウテンちゃんが助からないところまで破滅させられちゃうに違いない。
 ――おんなじだ。このままじゃ、悪魔に魅せられたリュウテンちゃんから逃げ出してしまったあの日と同じ末路へ行き着くことになる。そうならないために僕は今、ここにいるのだから。
 ふらつく四肢で洞窟へと踏みこんで、僕は護るべき友だちの元へと向かっていった。




後編『Happy Happy Happy EASTER!』 


 本当はぜんぶ終わるまで待って、きのみでも食べながらリュウテンちゃんとお話しするつもりだった。あのカイリューと同じ罪を犯した僕に横入りできるだけの正しさはなかったし、警備班長の〝げきりん〟に触れてバトルになるなんて展開は、できれば避けたかったから。
 これでもだいぶ耐えた方だと思う。ソゥギャリさんには「交尾なんてのは種族ごとに特色が出るさねえ。一見むごたらしく見える行為でも、ソイツにとっちゃいたって普通の求愛だったりするから、早合点するんじゃあないよ」なんて言い含められていたからどうにか我慢していたけど、クレベースたちのそれはどう見たってそうは思えなかったし、何より僕の心が限界だった。ひっきりなしに湧きあがる、信じがたいリュウテンちゃんの絶叫が頭にこびりついて離れない。聞きたくなくても耳奥までガンガン浸透してきて、いっそ洞窟の入り口に頭をぶつけて気絶しちゃいたかった。耳は塞げないからせめて目を伏せた。目を伏せている間も、何が起きているかって妄想が悪い方悪い方に転がっていって、無性に喉が渇いた。そのたびに湖へ口をつけていたから、お腹がタプタプだ。リュウテンちゃんの『ヤド聞き』みたいに、感覚を先送りにできたらどれだけ楽だっただろ。
 これ以上友だちが破滅していくのを黙って待っているだなんて、そんなのできっこなかった。どたどたと月明かりのもとに駆けつけ、絶品の肉料理を前に舌なめずりするドラゴンポケモンとの間に無理やり首を割りこませる。

「おい」はりぼての温厚さを捨て去った、すごみを利かせたカイリューの声。「医務室は終日、警備班の貸切になっているはずだろうが。怪我でもしたのなら、おとなしく住処で寝ておくことだな」
「どいてっ!」

 威圧的に見下ろしてくる警備班長へ、振り向きついでに〝ずつき〟を食らわせてやった。がす! とぶつかった衝撃は軽いものではなく、突然のことにひるんだカイリューは下顎を押さえたまま動けない。
 その隙に、ベッドでくつろぐリュウテンちゃんへ顔を突き合わせた。

「なに、やってるの」
「……ッあ? やぁ……」うつろげだったリュウテンちゃんの目の焦点が僕に合って、まん丸に見開かれた。「ビス、()……ちゃったんだ。……そっか、ビスもナッペ山に、行ってたんだっけ」
「リュウテンちゃん、久しぶり。元気してた? ……ぇへへ、へっ、んへへへへへ。約束通り、帰ってきたよ」

 つまみ食いが見つかったソルトビーくんみたいに、リュウテンちゃんは気恥ずかしそうにはにかんでいた。どことなく内股になって、小さく身をよじらせている。あれだけ嬉しそうな〝なきごえ〟を飛ばしながら身をよじっていたのに、僕には乱れきった姿を見られたくないみたいだ。
 覚悟はしていた、はずだった。はずだったのに、どうしたって笑い方がぎこちなくなっちゃってる。彼女の口から僕の名前が呼ばれただけで、なんでこんなに胸がむしゃくしゃするんだろ。

「……お前さあ」顎の下をさすりながら、カイリューがもう片手で僕の肩を掴んで引き剥がした。「なかなかいい筋じゃないか。くく、次のバトル会はこの俺が直々に相手してやろう。……お前、所属は給仕班だろ。何しにきたんだ、あ? お前らはおととい使ったばかりだろうが」

 ――おとといも、あったんだ。こんなこと。
 こんな悪魔崇拝者の密教めいた儀式を2日に1ぺん、しかも1度にこれだけの数を相手にしているんだね、リュウテンちゃん。
 それに、給仕班のみんなもお世話しちゃったってこと? オノンドのライオネル先輩とドヒドイデのリアラムダくんは、確かリュウテンちゃんとおんなじタマゴグループだ。そういえば、ふたりともやけに機嫌がよかったような気もする。晩餐会の席でさっきまで僕とおしゃべりしてくれたふたりは、リュウテンちゃんが僕と仲良しだって知りながらどんな気持ちで抱いたんだろ。牙で食材を切り刻むような荒々しさで、僕から奪い取るつもりで責め立てたのかな。マトマの皮を剥くときみたいに、彼女を12本の腕で優しく包んで丸裸にしたのかな。
 荒れ狂うケンタロスみたいなどす黒い気持ちがふつふつと噴きこぼれてきそうで、言葉にならない声を張りあげちゃいそうになって、給仕班のみんなを頭の中から追いやった。ともかくリュウテンちゃんが元気なら、ひとまずはそれでいい。リュウテンちゃんの瞳に僕が映っているのなら、それでいい。
 黙りこくった僕にみるみる顔を強張らせていくカイリューへ、ベッドに腰かけたリュウテンちゃんが上半身をすり寄せた。

「クォンタムさん、ごめんなさい。彼、昔からの友だちなんです。少しでいいので、お時間をもらえませんか」
「……いいだろう、手早く済ませろ。この俺を後回しにしたこと、その体に夜通し後悔させてやるからな」

 脅迫めいた捨て台詞を残して、月明かりの外まで下がったカイリュー。洞窟の暗がりにはリュウテンちゃんに満足した警備班の面々が数匹だらりとしているみたいで、班長に首を突っこんだ僕へ興味深げな視線を送りつけてきていた。
 なるべく気にしないようにして、リュウテンちゃんに向き直る。

「こんなこと、やらされているんだね。好きでもない相手に体を明け渡して、あんなめちゃくちゃにされても我慢して……。大丈夫? 痛いところはない? 採れたばかりのオボンのみ、持ってこようか。晩餐会、出席していなかったよね。今年はオボンが鈴なりに実ってね、しかもそのひとつひとつが、ほっぺが落ちちゃうくらいうんと甘いんだ。ぜひ食べてよ、きっとリュウテンちゃんも美味しいって言ってくれるはず、だから」
「怪我はしてないから気にしないで。……そっか。ずっと、見られてたかあ」
「……大丈夫、分かってる。そうだよね。リュウテンちゃんが好きでこんなことするはず、ないもの。あのカイリューに脅されていたんだね。でももう心配ないよ、大丈夫だからね。あのときはどうすることもできなかったけど、今なら、なんとかなるはずだから。ナッペ山で修行して、僕、強くなったんだ。あんなヤツ、あっという間に倒してみせるから、安心して、ね。だってリュウテンちゃんがあんな苦しそうな声で叫んでいるのに、アイツってば(いたわ)るどころか、いっそう激しく動いちゃってさ! 見ていた僕まで息が詰まっちゃうかと思ったよ。こんなことするのは今日でもうおしまい。大丈夫、明日からはまた、いつもの落ち着いた生活に戻って、僕とペス姉と一緒に――」
「ビスこそ落ち着いて」詰め寄る僕に気圧されてベッドへと後ろ手をついたリュウテンちゃんは、ちょっと目線をそらしてからまた、僕の心づもりをうかがうように顔を仰ぐ。「あれは、さっきのは演技、だったから。特に警備班の雄たちは気性の荒っぽいポケモンが多くって、ああやって喘いでみせるとみんな機嫌を良くしてくれるの。それほど苦しい思いをしている訳じゃないから。……ジオ様の言う通りだった。初めてはあれだけ形無しだったヤドンの〝なきごえ〟も、続けているうちに体裁がついてきた気がする」
「演技……には、見えなかったけど」

 あんなに顔を真っ赤に泣き腫らして、海に落っこちたリククラゲみたいにもがき苦しんでいたのが、演技……? リュウテンちゃんが僕に対して虚偽の罪を重ねているなんて疑いたくもなかったけど、そんなのぜんぜん信じられなかった。演技だとしたら上手すぎる。なんせ、覗き見していた僕さえ興奮しちゃうくらいおぞましくって、こんなにも心が掻き乱されているんだから。
 でももし単純に僕がゾロアに化かされていただけだったら、ムキになって頭ごなしに辞めさせようとするのは、彼女をひどく傷つけてしまうような気がして。練りに練ってきたリュウテンちゃん救出大作戦の台本を頭の中で書き換えながら、どうにか僕は声を絞り出した。

「……どっちにしても、もうこんなこと、リュウテンちゃんが無理やりやらされる必要なんて、ないんだってば。……ね、僕と一緒に来て。これからヌシ様のところに行って、告解しよ。今日までに犯した罪を白状して、赦してもらおう?」

 ベッドに座るリュウテンちゃんの片手を咥えてぐいぐい引っ張ったけど、彼女はちょっと困ったように腕を引っこめた。僕が口先で挟んでいた手首のあたりを、クワッスが髪へジェルを撫でつけるようにもう片方の手がさする。振り払われたショックで僕は固まっていたけど、ハッとしてリュウテンちゃんの瞳を覗きこんだ。小さな暗がりのその奥には、わずかな怯えの色がにじんでいて。
 ごめん、ってとっさに言いかけた僕の口を片手で塞いで「ね。私の話も聞いてほしい」なんて切り返す、稀代の女優さんの上目遣い。

「違うのビス、勘違いしてる。強制されてる訳じゃなくって。医療班への異動は、私からお願いしたの」
「え」
「私の就くべき使徒職はこれなんだって、ようやく気づけたから。……ずっと心の奥にしまっていたことだけれど、栄養満点のフサを実らせて、湖に貢献できるビスが羨ましかった。有事の際には身を削ってまで駆けつけるペスカが眩しかった。それに比べると、いくら私が禁欲的に自分を戒め、子どもたちの世話をしようとも、ヤドキングの特性を何にも活かせてなかったことが、どうしようもなく辛かったんだ。医療班に再配属された今では、再生力が高くて持久力もあるヤドキングの恩恵を存分に駆使して、立派に勤めを果たすことができる」
「……これが、こんなことをするのが、医療班のお仕事なの?」
「オージャ湖は平和で、昔みたいに怪我をするポケモンももう滅多に出ないから。毎日の使徒職で溜まったみんなの疲れを癒すのが、私にしかできない慈善活動――ヌシ様から賜った私だけの宝物なんだ。修道士の禁欲生活をより信心深いものにするために、私の施術でストレス発散の〝てだすけ〟をしてあげられるの」

 もともとリュウテンちゃんは、フェヴィル様から直接ご使命を賜られるくらい優秀な修道士のひとりだ。利発で敬虔で、オージャ湖の奉仕者であろうとする彼女は、こういったことをする素質に恵まれていたのかもしれない。湖に対して尽くしていたその献身を、他の修道士に対してまで広げただけ。たったそれだけで、あんなに酷いことをされてもイヤな顔ひとつせずに受け入れられちゃうんだ。おまけにヤドキングのタフさを自分でいいように勘違いして、被虐的であることに喜びを見出しちゃっている。

「リュウテンちゃんがストレスを抱えこんじゃうタイプなのは、わかるよ。気晴らしがしたいなら、また僕と、陽なたぼっこにでも行けばいいじゃない。……覚えてるかな、僕たちが出会って間もない頃のこと。たまには西海岸までピクニックに行ってさ、一緒にお昼寝、しよ?」
「忘れるはずないよ。洗礼を受けたばかりで共同生活に慣れない頃、初めて誘ってくれたのがビスだったから」ごまかしているようには見えなかった。ただ、僕との思い出はもう、取り出しても気持ちが揺れるようなことはないくらい、色あせちゃっているみたいいだった。「あのときビスが自信をつけさせてくれたから、今の私がある。……私ね、『女王様』なんだって」
「……女王さま、って、なにそれ」

 そういえばさっきカイリューも口走っていたけれど、聞き慣れない言葉だった。僕がナッペ山でサウナの素晴らしさを知ったのとおんなじで、好奇心旺盛なリュウテンちゃんもこの四旬節で新しい知識をたくさん身につけたみたい。そのほとんどはたぶん、僕の喜べないことだろうけど。
 進化もしてない昔を思い返すように、リュウテンちゃんは小さく笑った。ずいぶんとおとなびた笑い方だった。その笑顔に僕がひと月前の面影を探していることにも気づいているように、妖しげに目じりをちょっと下げて。

「何も、ヌシ様の皇位に肩を並べようだなんて、そんな畏れ多いこと思ってないよ。謝肉祭(カーニバル)でその日最も美しい演舞を披露したポケモンを讃えて、そんな称号が与えられるんだって、ジオ様が言っていたの。私はこの医務室を任せられた女王。処女を喪った以上、修道士を辞めるべきなのかとも思ったけど……。フェヴィル様がお認めになってくださったから」
「女王さま、というか……」僕が出会った中でオーラのある雌といえば、間違いなくサクラさまだ。威厳たっぷりなハルクジラを思い返しながら、小柄なヤドキングの頭の先からつま先までをまじまじと眺める。「今のリュウテンちゃんは、ヌシ様の御講釈に出てきた、大淫婦(だいいんぷ)バビロンみたいに、僕は見えるよ」

 このままじゃリュウテンちゃんのペースに乗せられちゃいそうで、なんとなく話をそらした。
 どっちが長くサウナに籠っていられるか競っている間、ウタラソさんから聞き直したオージャ湖にまつわる寓話の、そのひとつ。
 大昔できたばかりのオージャ湖へ、南の遠いところからバビロンと名乗るアマージョがやってきた。どの時代、どの地方を探しても並ぶ者がいないほどの絶世の美しさで、彼女の横を通り過ぎた者は雌雄問わず誰もが振り返るほどだったとか。
 彼女は獣を連れていた。石と土でできた4つ脚の獣は、その頭に巨大な鉄の器を乗せていた。祭事に使われる鉄器は民衆の恐怖と忌まわしい穢れ、淫らな行いで満たされていて、獣がそれを傾けるとオージャ湖の聖水はたちまち澱み、月に照らされると夜な夜なベトベターへ生まれ変わる。
 黙示録の獣に乗りながら、壮麗のアマージョはオージャ湖の雄たちを次々と虜にしていった。きのみを貢がせ、争いを巻き起こし、災いを振り撒きながら、長きにわたって穢れた水の上に座ることとなる。当時のヌシ様までをもたぶらかし、大淫婦バビロンは湖の栄華をほしいままにした。
 だけど、彼女の最期はあっけないものだった。『私は女王であり孤独ではない。だから悲しみを知ることはない』って豪語するんだけど、湖の声に正気を取り戻したヌシ様の裁きを受け、乗っていた獣にアマージョの外果皮を剥ぎ取られた挙句、〝あくのはどう〟で引き裂かれて果肉をかじられちゃうんだ。彼女は死と悲しみと飢えに苦しみながら、ヘタの冠へ火をかけられ燃え落ちていった。残された黙示録の獣(ディンルー)はヌシ様の御力で封印されて、今でも災厄としてパルデアのどこかに眠っているという……。
 聡明なリュウテンちゃんのことだから、この説話もきっちり覚えているんだろう。シェルダーの中央にはまった宝石が意味ありげに〝パワージェム〟の輝きを帯びる。……そういえば、多くの雄を腑抜けにしたアマージョの額には、『娼婦と全ての忌まわしきものの母(バビロン)』なんて烙印が刻まれているんだっけ。ちょうどその位置で、リュウテンちゃんの宝玉は淡い光を湛えている。

「メロメロになった雄を〝トロピカルキック〟で骨抜きにして、〝パワーウィップ〟で鞭打ちにする……。それもある意味〝女王様〟だと思わない?」
「……よく分かんないけど」少なくともカイリューたちにいいようにされていたリュウテンちゃんから、〝じょおうのいげん〟に満ちたオーラはちっとも感じられなかった。「リュウテンちゃんはそんなのになりたくって、湖の洗礼を受けたんじゃないんでしょ。……やめようよ、もう、こんなこと。このままじゃきっと大淫婦バビロンみたいに、いつかヌシ様の裁きを受けちゃうよ」
「そうかもね。でも……、私は知ったんだ。知ってしまったの」

 リュウテンちゃんはゆるりと息をついて、ベッドへ寝そべった。片腕が枕元へ伸びて、その脇に置いてあった丸いものを掴む。仰向けになって、それを僕へ見せつけた。
 両手に抱えられた、熟れきってやけにツヤツヤしたリンゴ。医務室に囚われたリュウテンちゃんが手早くお腹を膨らませるための非常食みたいだった。警備班にはタルップルのおじさんが所属していて、無造作に置かれていた〝あまーいリンゴ〟は彼の置き土産だろう。丹精こめて作った給仕班のご馳走には目もくれなかったのに、リュウテンちゃんは食べ損ねていたそれを手にして、愛おしげにフリルの上まで持ってくる。〝りんごさん〟って技のために育てられたそれはきっと酸っぱくなるまで追熟されていて、かじれば口の中に腐ったようなきつい風味が広がるに違いない。
 老熟した香りを堪能した女王さまは、悩ましげに目元を緩ませながら、かじ、と片方の八重歯を当てた。小さく開けられた穴から、とろ……ッ、透明の蜜がひと筋の線を引いて、鮮烈な赤の上をしたたり落ちていく。
 僕たち修道士にとっては簡単に、リンゴはヌシ様の説話でも有名な〝知恵の樹の実〟へ結びつく。それを口にしたハブネークとザングースは無垢を失い、お互いを憎みあう原罪に目覚め、湖から失楽園することになったキッカケの、禁断の果実。彼らの失敗からなにも学ばず、改めてリンゴを味わうことの意味するところは、不道徳へ道を踏み外し、不義の快楽に溺れた罪を認めるってこととおんなじだ。今リンゴにかぶりつこうとするのは、リュウテンちゃんがそういう知識を身につけ、快楽漬けになるまで堕落しちゃったんだって、こっそり僕へ告解しているみたいで。
 そんなこと聞き入れたくなかったし、まして他の雄が育てた果物なんて絶対、リュウテンちゃんに食べてほしくなかった。僕の首に残った2つのフサのうち、より肥えて傷のない方を切り離す。地面に落っこちる前に素早くキャッチして、彼女の鼻先へずいっと差し出した。
 僕の口から〝サイコキネシス〟で受け取った絶品のフルーツと、手の中のリンゴを見比べるリュウテンちゃん。

「お腹が空いたらさ、そんなのより僕の、どう? ナッペ山のブリザードにさらされても凍らないように、世界中のどんな果物よりあま〜くなったんだ。晩餐会でもみんなに喜んでもらえたし。……伝わってるかな、僕がペス姉に頼んだ伝言。『今度はちゃんと、キミの口で、僕のフルーツを美味しく食べてほしいな』ってお願いしたんだけど、覚えてる?」
「もちろん。あの日のことは、忘れるはずないよ」
「じゃ、じゃあ……、食べてくれる、んだね」
「あのときは、皮の上から舐めただけだったね。でもちゃんと味を覚えてる。リングマの集めたミツを横取りしたみたいに、とびっきり甘かったっけ」思わせぶりにリュウテンちゃんが口の端からベロの先っちょを出して、さらり、と上唇を舐める。「ビスが直接、食べさせて」
「……なんでさ」
「見てたんでしょ。顎、疲れちゃった」

 フルーツの果皮が宙に浮いたまま、彼女の念力で1片ずつ丁寧にはがされていく。半分ほど剥き身になったその先端が、僕へと突き返された。
 ちょっと戸惑ったけど、食べることもできないくらい疲弊した相手に口移しするのは、給仕班のお勤めな気がしなくもない。これもお仕事なんだ、やましいことをするわけじゃないんだ……って心の中で何度も唱えながら、全体の3分の1くらいをちぎって口の中へ含んだ。舌の上で転がして、改めてそのでき具合を確かめる。滑らかな口当たりに、身がぎゅっと引き締まっていてとびっきり甘い、けどくどすぎるってほどじゃない。……そうだ、ドライフルーツにするのもいいかも。
 飲みこんじゃわないように気をつけながら、上顎とベロで押し潰して、歯で細かく咀嚼していく。オレンみたいなみずみずしい果汁が弾ける代わりに、舌に残るねっとりとした濃厚さ。途切れることなく唾液が湧いてきて、ほっぺの内側でそれらを絡め合わせる。やりすぎるとせっかくの風味が台無しになっちゃいそうで、喉につっかえないくらいの粗挽き加減にとどめておいた。
 目をつむりながら顎をちょっと上げて、その下で恭しく手を組んで、まるでヌシ様へ祈りを捧げるような顔つきでリュウテンちゃんは待っていた。ヤドンみたいにぽけーっと開いたおちょぼ口から、僕の唾液と果実の破片の混濁液を受け止めるための肉厚なベロがはみ出している。ついさっきまでここにカイリューのフサが埋没していたことを思い出して、ぐじゅ、とフルーツを噛み潰していた。……水を飲んでいたとはいえ、ちょっと抵抗、あるけど。
 ファーストキスを遂げたときと同じ、ベッドでくつろぐリュウテンちゃんの横から僕が覗きこむような位置。目を閉じて、彫りの深い僕の口と、肉厚で幅広なリュウテンちゃんのお口を噛み合わせるようにくっつける。八重歯を避けてベロを捉えると、攪拌液がこぼれちゃわないようにその上へ流しこんでいく。せっつくカイデンのくちばしを押さえつけ、丸呑みして喉袋に貯めておいた餌を分け与える親タイカイデンの気分。横暴なカイリューとは違って苦しくならないように、こく、こくっ、上下するリュウテンちゃんの喉の音を間近で聞きながら、鼻で息をするタイミングには流入をせき止めたりして、僕特製のフルーツジュースをちょっとずつ味わってもらう。
 1分くらい続いた口移しを終える直前、リュウテンちゃんの食道を塞がないように傍へ避けていた僕の舌が、にゅるり、と絡め取られた。
 びっくりして遠ざかろうとした首が、動かない。ヌメルゴンの触手で捕捉されたみたいに、リュウテンちゃんのベロがまとわりついていた。それは後退りする舌にどこまでも寄り添ってきて、ついには僕の口の中にまでたどり着く。懐っこいヌメルゴンは〝そうしょく〟だったらしい。草タイプの僕を捕らえた途端、豹変して口の中を暴れまわった。頬っぺた、歯の裏、舌を支える筋肉のスジに、ごつごつした上顎の天井。一面の草原を食べつくすマメバッタたちみたいに跳ね回り、余すところなく粘膜どうしを触れ合わせてくる。最後に舌と舌をもういちど絡み合わせて、表面にこびりついたフルーツの搾りかすまで拭い取っていった。
 強引にひっぺがしたらちぎれちゃうかも、って動けないでいると、ちゅぼ! 今度は強く吸いつかれる。手を繋ぐようにして誘われるままお邪魔したリュウテンちゃんの口の中、〝だいもんじ〟の準備をしているんじゃないかってくらい温かいそこでまた、舌どうしをぶつかり合わせるおしくらまんじゅう。
 それはマトマを柔らかく潰すリアラムダくんの棘皮(きょくひ)を想像させた。ドヒドイデの触腕はざらざらしているけど繊細で、和え物を作るときなんかにちょうどいいんだって、自慢げに話していたっけ。今、僕は和えられている。僕とリュウテンちゃんから染み出した唾液を和え衣にして、柔らかいお肉が美味しく調理されちゃっている。
 どれだけ長くそうしていたのか、大きく息が乱れたところに示し合わせて口を離した。ッぱは! 閉じこめられていた空気が逃げていく音。酔っ払ったタマンチュラの糸みたいに広がった唾液の線が、外れ調子になったお互いの吐息であおられては途切れていく。
 リュウテンちゃんがカイリューを追いやってくれたときから、こうなっちゃうんだろうなっていう漠然とした予感はあった。けど、キスをするにしても、つがいが永遠の愛を誓うみたいな、神聖でプラトニックなものにしたかったのに。
 至近距離で見つめ合いながら、水浴びしたセキタンザンの〝じょうききかん〟みたいに熱っぽい吐息を交換していた。「ごちそうさまぁ……」って漏れた甘ったるい声と一緒に、ムッと濃くなったリュウテンちゃんのにおいが僕の神経を甘くくすぐる。あくまでこれは、顎が疲れてフルーツを食べられないリュウテンちゃんに、口移ししてあげただけ。なんてこともないように声色を整えて、べとべとになった口まわりを舌で1周、ペロリと舐めた。

「……おそまつさまでした。僕の、味わって……、くれた?」
「うん、すごい良くなってた。ただ押しつけるだけじゃなくて気持ちいいところをこね合わせて、唾液を絡ませてエッチな音を掻き立てるのも良かったよ。口を離すタイミングもバッチリ。もしかして練習、してた?」
「フルーツの感想、聞きたかったんだけど」

 キスに関してはリュウテンちゃんの言う通りだった。僕たちが初めてを捧げあったときより、明らかに、お互いが変わっていた。変貌を遂げていたって言ってもいいくらいに、リュウテンちゃんも舌を絡ませるキスが上手になっていた。練習にソゥギャリさんと何度も口を交わしてたけど、そういうことのエキスパートであるエンニュートでさえ太刀打ちできないくらいの高みにまで、彼女の舌さばきは熟達していた。実際ついていくので精一杯だったし、これ以上続けられていたら僕が冷静でいられなかっただろう。これをフサの敏感なところにお見舞いされて無表情でいられたカイリューが不思議で仕方ないし、そのうえ理不尽に怒ってリュウテンちゃんに〝こわいかお〟を向けていたのが赦せない!
 ……。それよりも。
 本当はちゃんとフルーツの感想を言ってほしかったけど、照れくさそうに笑うしかできなかった。トロピウスにとって、大切に育ててきたフルーツを異性に渡すのは、本能に脈々と受け継がれてきた求愛方法だ。リュウテンちゃんが食べてくれたってのに、どうしても手放しに安心できなかった。舌と舌とをくっつけるための建前に使われちゃった気もするし、そもそも口移しで食べさせるのは受け取ってもらえたことになる……のかな。
 複雑な顔で沈黙する僕へ、どんな悪い罪を犯したポケモンでも等しく抱きしめるハピナスの微笑みで、リュウテンちゃんは囁いた。

「40日の雪山生活、お疲れさま。相当溜まってるでしょ。……いいよ」
「いいよ、って……何が」
「私のおまんこを使って、溜まった性欲を解消してほしいの。それが私の、お勤めだから」
「…………っ」きた。そろそろ言われるんじゃないかって、薄々身構えていた。脳内でリュウテンちゃん救出大作戦の台本をめくっても、適切な返答が書いてあったはずのページは真っ白になって読めやしない。「そうじゃないんだ、そういうつもりで来たんじゃないんだ。僕はあんな、リュウテンちゃんを友だちとも思ってないヤツらと同じことするの、嫌だよ」
「そっか。みんなの使った後が嫌なら、おしりの穴はどう? 今日はまだ汚れてないから、ビスのはぶっといし、そっちの方がいいかな。……あ、6連おだんごしんじゅ入れてるんだった。使うのなら、先に抜いてから、ね。ビスの好きなようにしていいよ」
「………………」

 僕が知らないうちに、お尻の方も穢されちゃっていたんだね。
 ナッペ山の奥地に籠っている間、湖に置いてきたリュウテンちゃんのことを考えない夜はなかった。その気になれば確かめにいくことのできる距離だったけど、そうしないことで祈りが通じるんだって、信じていたから。
 だけど、これは……。覚悟していたよりよっぽどひどい有様に、思わず顔を背けていた。こみ上げてきた言葉は噛み締めた奥歯のあたりでつっかえて、ざりざりする喉奥へ飲み下すように首を振る。
 ――ダメだ、ここで()()されているようじゃ、リュウテンちゃんを助け出すなんて一発逆転、成し遂げられっこない。リュウテンちゃんは優しい。優しいからこそ、僕の嫌がる言葉や仕草で僕を遠ざけようとしている。寄ってたかって慰み者にされている姿を見せつけて、僕に諦めさせようとしてくれる。それが分かっていながらも、僕はどうすればいいのか、この期に及んで正しい答えを見つけられないでいた。
 ――『僕の好きなようにしていいよ』。その意味を反芻しながら、ぎゅっと目を閉じて、甘えるようにフリルの裏へと鼻先を突っこんだ。すうはあ、すうはあ、なんてみっともない音を立てながら、リュウテンちゃんのにおいを胸いっぱいに送りこむ。僕が好きになったにおい。僕を狂わせたにおい。長い首の後ろ側がちりちりと痺れるような陶酔感に、ぺろり、自然と舌が飛び出した。
 血の味は……しなかった。初めて誘ったピクニックで見えた、リュウテンちゃんが自己懲罰としてつけていた爪痕。自分は愛されるべきじゃないって思いこんで、じくじくと痛み続ける心の傷を体の傷として感じられるように、誰にも見つからないところで血を流す。僕の記憶にまでこびりついたその痕跡は、こまめなイッカネズミが〝おかたづけ〟したみたいに綺麗さっぱり拭い取られていた。押しつけたベロの先に感じるのは、ヤドン族に特有のぷにぷに感と、彼女のにおいで(いぶ)された汗のしょっぱさだけ。
 リュウテンちゃんがあんなことしないで済むようになったのはとっても嬉しいことのはずなのに、どうして素直に喜べないんだろ。

「……ない、んだね。んへ、へへ、えへっへへへ……」

 泣きそうになるのをなんとかごまかそうと、かくれんぼがへたっぴなグルトンみたいに、フリルの裏へ下顎を擦りつけた。
 何を勘違いしたのか、リュウテンちゃんはちょっと呆れたような声で「もう……」なんてつぶやいて、両手で胸のあたりを左右から押しこんだ。ぷにゅ、とほっぺがヤドキングの柔らかさに挟まれる。

「ごめんねビス、おっぱいなくって。新しくできたビスのいいひとは、人型か陸上グループなのかな。デンリュウとか? もしくはマスカーニャでありますかにゃ?」

 ……そうやってわざとおどけているんだね、リュウテンちゃん。
 僕がいない間に〝さむいギャグ〟まで習得していたらしい。「あんな品のない技、ヤドキングの特許だからって覚えません!」って以前は胸を張っていたのに、そういうことを口にするのに、何の抵抗もなくなっちゃったんだね。
 にじんだ涙をさりげなく拭い去るように、首をのたくらせながら鼻先を滑らせた。何年も長らく一緒に暮らしてきたけれど、雌雄で住む島が離れている修道士生活では、肌と肌を触れ合わせたのは数えるほどしかない。初めてリュウテンちゃんを背中に乗せたときの、バクバクする心臓にもたれかかる重量感。バトル会の翌日、翼を凍らされて医務室のベッドから動けない僕の前脚を、そっと握っていてくれたあの柔らかさは、今でもちゃんと覚えている。あのときのミッチリ感を思い返しながら、変わらない感触を味わっていく。
 リュウテンちゃんがこんなに近くにいるってのにモヤモヤして、台本通りに動いてくれない彼女にヤキモキする自分自身が情けなくって、口先を丸めこみながら突っついた。ピンクの胸と、そこから繋がる蛇腹のちょうど真ん中あたり。ほどよい弾力に沈みこんで、鼻での呼吸が苦しくなって、口の端から熱い息をこぼしながら、リュウテンちゃんの肉づきを確かめる。もっちりふわふわ柔らかくって、珍しいきのみを味見するみたいに唇を押し当てた。

「うゅっ」
「あっごめんね、痛かった?」
「見つかっちゃった」
「?」
「ビスが押しこんだそこ……タマゴのできるところ、だよ」
「え」

 無意識に侵してしまったリュウテンちゃんの神秘。母なる器官。隠された処女地。視線をそらすべきなのに、気づけばまじまじとそこを見つめていた。もし僕がレントラーだったら、その奥で息づく臓器の形までくっきりと透視していたに違いない。
 またしても押し黙った僕へ、ちょっと起き上がったリュウテンちゃんの手が伸びてくる。葉っぱの覆いを丁寧に避けて、手入れされた爪を立てないようにしながら、僕のほっぺたをさらりと撫でた。

「ビスになら、教えてもいいかなって。……優しく、やさしくね?」

 甘やかな言葉で引き戻されるまま、僕はまた女王の聖処へ鼻先をうずめた。軽めな力加減を心がけながら圧迫して、また離す。にゅ……むにゅ、くぬ……っ。頑張ればその存在を確かめられるんじゃないかって気持ちがはやって、唇越しに歯が当たるくらい沈みこませた。シロデスナに首を突っこんでスコップを探すみたいに、細かく角度を変えながら広範囲を撫で回す。リュウテンちゃんのお腹からフリル裏まで上るたび、1本だけになった首元のフルーツが蛇腹に弾かれて、ちっ、ちっ、ちっ、ちっ……そのわずかな振動が僕の思考をじんわりと霞ませていく。
 1番上の蛇腹の溝と、そこから続くピンクのお腹のちょうど境目あたり。僕の鼻先がそこを押しこむと、リュウテンちゃんは「ふゃああぁ……ん」なんて、サウナの後に雪解け水を浴びたみたいな声を出して、うっとりと全身を弛緩させていた。

「そう、そこ、だよ。ビスのぶっといおちんぽに何度も叩き起こしてもらったおかげで、お腹の上から押されるだけで気持ちよくなれちゃうの」
「……僕の、せいで、そんな」
「ビスのおかげ、だってば。ビスが初めて覚えさせてくれたからか、子宮で気持ちよくなるのに適したおちんぽ、修道士の中じゃなかなか見つからなくて。やっぱり私を目覚めさせる役割は、ビスにしかできないことだった」

 リュウテンちゃんは柔らかな〝サイコキネシス〟で僕をちょっと押しやると、ベッドからずり落ちかけた体をもじもじさせて、ぱかぁ、と両足をくつろげた。上から数えて3段目と4段目の間、ぴっちりと閉じた蛇腹の横筋から、彼女の呼吸に合わせて白く濁った粘液がはみ出している。クレベースにあんな乱暴をされてもなお、リュウテンちゃんのそこが神聖ささえ湛えているようにパピモッチの肌艶を保っているのは、ヤドキングって種族が〝さいせいりょく〟に優れているからかもしれない。
 ソゥさんのスパルタ訓練でしごいてもらったおかげか、見せつけるように開かれたお股から、どうにか顔を背けずにいられた。けど、それを見せつけられて「魅力的な表情もできるんだね」「そんなはしたない格好、しちゃダメだよ」「エッチになったリュウテンちゃんも、大好きだ」――そのどれを返せばいいのかまでは、残念ながら教えてもらっていないんだ。
 下唇をぎゅっと噛んで目を細める僕へ、寝そべったリュウテンちゃんは裁きを受け入れる異教徒みたいに胸前で手を組んでいた。

「どう? 私、変わっちゃたでしょ。今日でちょうど2周、湖に残った修道士の相手をしてきたから。結構な数の雄が、私の〝いやしのはどう〟を気に入ってくれたんだよ」
「変わっちゃってなんかないよ。リュウテンちゃんは、ずっと、リュウテンちゃんのまんまだよ」
「ううん、変わったの」あの日とおんなじベッドで、おんなじ格好をしながら、リュウテンちゃんは続ける。「ビスがいない間にね、絶縁していたゴルダックの父親にばったり出会(でくわ)したんだ。10年以上経つっていうのに父は、私の記憶の奥底に封緘(ふうかん)してあった、欲望に忠実な姿そのままだった。修道士になって湖へ貢献している私には、その背中がやけに小さく見えたけどね。呆れるを通り越して感心しちゃったくらい。跳ねつけてやろう、ってずっと心に決めていたのにいざ対面するとできなくて、無理やり押し倒されて、抱かれて。……なのに、喜んでいる自分がいた。実の父親と近親相姦の大罪を犯しているのに、螺旋状のおちんぽでお尻をぐちゃぐちゃにかき回される快感の方が、私の中では優っていたんだ。それで、あの狂気じみた父親の血を色濃く受け継いでいるんだって、分からせられたの。認めざるを得なかった。どんなに貞淑ぶったって誤魔化せない、遺伝子に刻みつけられた淫乱さ。それを受け入れたら、あれだけ悩まされてきた頭痛がピッタリと鳴り止んで、感覚の遅延も起きなくなったんだ。ダンスを見ただけで頭を抱えなくて済むようになったし、『ヤド聞き』なんかここしばらく起こってない。それでやっと理解したの、父親は間違っていなかったんだって。自分の欲望を押さえつけて、コフーライみたいに繭に閉じこもっていたって何にもならないんだって。……ねえ見て、私、羽化したの。けばけばしいコフーライが可憐なビビヨンへ転身するみたいに、誰もが見惚れるくらい綺麗に、(あで)やかになったでしょ」
「羽化……? 翼が、欲しかったの? リュウテンちゃんは、ヤドキングなんだもの。無理して飛ばなくったっていいじゃない。空を飛びたくなったらまた、僕の背中に、乗せてあげるから」
「そうなの……そう。私は空を飛ぶことも、できなかった」

 翼を持って生まれた者なら誰でも分かること。上昇気流を捕まえて、涼しいナッペおろしに乗って羽を伸ばすのはとっても気持ちいい。広い景色を高いところから見通していると、なんだか自分はなんでもできるような気がしてくる。山のてっぺんに触ってみたり、追いつくはずのないやまびこを追いかけたり、3回連続で宙返りなんかしちゃったりして。
 けれど、いつかは地上へ戻らなくちゃいけない。調子づいて翼を傾けすぎたり、ブレーキをかけ損なうと、そのまま地面にぶつかって取り返しのつかないことになるんだ。羽化したばかりのリュウテンちゃんはまだ、そのことを知らないで飛んでいる。こんなことを続けていては翼をもがれ、堕ちた先で体も心もばらばらになって、気づいたときにはもうどこにも逃げられなくなっている未来が、膨らみすぎた自己承認に霞んで見えなくなっちゃっている。
 甘い夢の中を漂っているネッコアラみたいに、リュウテンちゃんがうっとりと言う。

「ビスも見せて」
「……何を」
「いいから。……分かってる、でしょ。キスしたときから興奮しているの、知ってるんだ」
「う、ぅん……」

 〝バレットパンチ〟を撃ち出すハッサムのハサミくらいぴっちりと閉じた僕の前脚へ、さっきから彼女の目線がチラチラと向けられていた。僕は観念して、そこを広げて胸を開けた。
 できれば隠しておきたかったお股のフサは、ベッドのふちへぶつかっただけで痺れるくらいに張り詰めていた。洞窟の入り口から覗き見していたときから既にこんな感じだったけど、リュウテンちゃんのにおいを嗅いで、言葉を交わしているうちに、もう水浴びしても鎮めることのできないところまで膨れ上がっていた。
 上半身を起こしてそれを見ていたリュウテンちゃんが、〝へんしん〟しすぎて疲れきったメタモンみたいに再びベッドへ倒れこんだ。

「んッ! あっ、や……んぅ、んっんぅッ、はぁぁ゛〜っ、んやっ!」ひどい頭痛に悩まされているみたいに、リュウテンちゃんは目を閉じてじたばたと全身を暴れさせた。「ンぁぁ、あ゛っ、ビスぅ、そんなっ、奥ばっか――ぁ、やぁんッ、あんっ、これイく、絶対イく、やあ゛んっ、お゛、ぉや゛――――っ、あ゛〜〜〜〜〜っ!」ベッドに足を立て、背中をそらせながら、かくんかくんかくんっ、腰を突き出してお腹まわりを大きく波打たせる。「んやぁうッ、あ、ぅや゛っ、ふかッ、ポルチオ深い、ぃぃぃ……っ。――んゃあああ゛〜〜〜〜……、あ゛っ、や゛ぁあああん、おンっ、お゛! んぉお゛ぁぁぁ〜……」3、4段目の蛇腹か縦に大きく裂け拡がって、丸見えになったぬらぬらの穴。酷使したせいか真っ赤に腫れたそこがくしゃって潰れるみたいに閉じきって、弾けた粘液が白いどろどろを内側から押し流していく。「あ、まだイって、るぅ……っ。んゃ、ゃあんっ、んっ、んッ……お゛ぉ……、はゃん……」パフュートンのいびきに似た声を低く唸らせて、サウナでのぼせきったみたいな体をくったりとくつろげる。「ゃあん゛っ、ぁん、ふゃうーーーー……んっ。やぁ〜……、んゃ……」

 ぶわっと立ち昇ったフェロモンを嗅がないように顔を背けながら、リュウテンちゃんの瞳が僕を捉えるようになるまで、たっぷり2分は待っていた。彼女の全身から吹き出した汗が垂れ落ちて、じゎ……と寝わらに染みこんでいく。

「……なあんだ、ビスも随分と、うまくなったんだね」
「カイリューのを見たときもそうだったけど、それ、どうなってるの一体。っというか大丈夫? なんだかすごいこと……なってたけど」
「んー……、ッふふ、そう……。私ね、ビビヨンに羽化して直感が鋭くなったの」悪魔の提案を囁くムウマみたいに、こっそりと笑うリュウテンちゃん。「未来が見えるようになったって言ったら、ビスは信じてくれる?」
「……よく分かんないや」未来には何が見えたの、って聞こうとして、唇を噛んだ。どうせまた僕の聞きたくないことを並べ立てるに決まっているから。「未来が見えると、どうしてああなっちゃうの」
「これからビスが、私を気持ちよくしてくれるから」どこかほっとしたようにこぼすため息。「でもちょっと、嬉しかった。こんなになった私じゃ、いくら優しいビスにも突っぱねられるんじゃないかって、心のどこかで怯えていたの。医療班としてのプライドも芽生えてきたから、ここまでして抱いてもらえなかったら、やっぱり傷ついてたと思う」
「僕がリュウテンちゃんを傷つけるなんてこと、あるはずないじゃない」
「優しいね、ビスは。いつまでも優しいビスでいてね」

 ……ずるい。自分はこんなに変わった姿を見せつけておきながら、僕にはそのままでいてね、なんて。それでいてさりげなく僕の退路を断つなんて、いつからそんな〝わるだくみ〟をするようになっちゃったの、リュウテンちゃん。
 定められた未来をなぞるような迷いのなさで、リュウテンちゃんの念力が僕を促す。前脚は彼女の腋の下へ、後ろ脚はベッドのふちに乗り上がるくらいに。胸と胸とが汗まみれの肌越しにくっついて、とくんっとくんっ。期待に満ちたリュウテンちゃんの刻む音が伝わってくる。長年連れ添ったコオリッポのつがいがそうするみたいに、だんだんと浅くなっていくお互いの息づかいを確かめながら、体の位置を最もふさわしい場所へと微調整していく。
 そうして後ろ脚を何度も踏み替えているうち、フサの先っぽが熱く濡れた穴を捕らえた。塩漬けにしたオッカのみを洗わないで頬張ったときみたいに、どぐッ! なんて心臓の音が聞こえるくらい勢いづいて、凝縮した血が僕の長い首筋を駆け上がっていく。

「あ……、愛してるよ」本当はもっといいムードのときにするはずだった愛の告白は、練習の甲斐もなく掠れちゃって。「うまく言えないけど、その、他の誰よりも、リュウテンちゃんのことを思って、これからもずっと大切にしようって、心に決めてる、から。だから」
「……そう言ってくれるのは、ビスだけだよ。嬉しい。私も、ビスのこと……大切に、思ってるよ」
「――なら、ならどうしてっこんなこと!」
「5年も修道士として慎ましやかに暮らしてこれたのは、誰かに尽くすことが、私の(しょう)に合っていたからだと思う」僕のよく知っている、だけどどこか大切なところを決定的に変えられっちゃったヤドキングが微笑んだ。「私の居場所は、ここなんだ」

 お互いにお互いを思いやって、お互いが幸せになることを祈っているのに、どうしてつがいになるのは難しいんだろう。『愛は律法を全うする』ってヌシ様はおっしゃるけど、どれだけ僕が愛を叫んでも分厚い壁みたいなものに阻まれて、僕の声はリュウテンちゃんまで届かない。

「キミがよくっても、僕が嫌だ。こんなところでダメになっていくリュウテンちゃん、見てらんないよ。……この前にした約束、覚えてるよね。僕のお嫁さんになってください、って。僕は本気だよ。この気持ちはずっと、変わってないよ。これからも変わらないよ」
「あのときはとても嬉しかったもの。忘れるはずないよ。……ビスが成長したところ、見せて」

 僕のお嫁さんになるのは、リュウテンちゃんにしかできないことだ。他のヤドキングでも替えのきかない、僕だけの大切な宝物。声だけじゃ届かないのなら、直接その体に訴えて納得してもらうしか他にない。
 前脚と手をつがいのように愛おしく絡ませながら。そっと抱き合うように、腰を前に進ませた。

「うッ……!?」

 柔らかい泥の上に降り立ったカラミンゴの1本脚みたいに、先っぽをお股の穴へ押しつけただけで、ずるり、中へ招待された。
 フサの先っぽで感じる、リュウテンちゃんの気持ちよさ。丁寧に育てられたザロクのみに包まれているみたいだった。ザロクは固い果皮の内側に、プリッとした果肉の粒をびっしりと揃えている。収穫籠からこっそり持ち帰ったそれの割れたところを、舌でほじって甘辛い果汁を舐めたときの感触を思い出していた。つゆを求めて肢を滑らせた小虫に絡みつき、みずみずしく弾き返すミチっとした肉感――初めて繋がったときよりも、格段にリュウテンちゃんの中は熟れて食べごろを迎えていた。
 毎日のように繰り返される愛のない行為で削られ、持ち前の再生力で復元するたびに、彼女の内側は少しずつそのテクスチャーを変えていった。利口なリュウテンちゃんのことだから、つぶつぶをいっぱいにして擦れる面積を増やせば、雄がすぐに気持ちよくなれるんだって無意識に学習したに違いない。迷いこんできた僕を逃さないように吸いつき、深呼吸しているだけで気持ちよくなれるような柔肉の絨毯が波を打つ。
 フサが糖分を蓄えて成熟して、その先っちょからしみ出てきた甘味のシュガースポット。透明で粘り気のあるそれを味見するみたいに舐め取られて、あまりの気持ちよさに奥歯を噛んで耐えきった。ソゥさんから鍛えてもらっていなかったら、あえなくフルーツジュースを搾り出されちゃっていただろう。僕がソゥさんとシミュレーションで特訓をしたよりもずっと多く――いや、リュウテンちゃんはそれよりはるかに密度の高い実践をこなしてきたんだ。……でも、それでも僕で満足してもらわなくっちゃ、ダメなんだ。
 先っぽを食いこませたまま数十秒間、ふたりの脈打つリズムが調ってくるまで、動かない。どれだけ慣れた雌でも、焦ってすぐに深くまで繋がろうとしちゃダメなんだって、ソゥさんは教えてくれた。僕の前脚を握るリュウテンちゃんの手からくったりと力が抜けて、浅くなっていた息が深いものに戻っていった。

「や……っああ、あぁ……んッ。っ、おかえり、ビス」
「……た、ただいま」

 お得意の冗談を飛ばすわりには片手で口元を隠して、ぷいっと顔を背けているリュウテンちゃん。よく見えるようになった丸い首筋を、玉になって浮いた汗が伝う。ベロを這わせて舐めとった。「んッ」なんて可愛らしい声が漏れる。
 湖の奉仕者であろうとするリュウテンちゃんはきっと、自分が気持ちよくなるより相手を気持ちよくさせることの方が、精神的な喜びに直結している。獰猛なカイリューのむごたらしい仕打ちにも耐え抜いて、どんな苛烈な攻撃も〝でんきにかえる〟ハラバリーみたいにケロってしてるんだから、その素質もバッチリだ。
 だけどそのぶん、優しくされることに慣れていないはず。入り口をゆっくり拡げられただけで漏れちゃった可愛らしい声がその証拠だ。リュウテンちゃんにつけ入る隙があるとするなら、ここだった。

「さっきみたいに、ただいま、おかえりって、毎日あいさつしてほしいんだ」声のトーンを2段階くらい下げて、耳孔を甘噛みするみたいに囁いた。頼りがいのある〝エコーボイス〟が雌の脳に心地よく響くってのも、ソゥさんに教わったこと。「逃げよう。僕と一緒に。こんなところにいたらよくないよ」
「うー……」リュウテンちゃんは短い腕で顔を隠そうとしているけど、それがどんな気持ちなのか、僕にはまだ分からない。「ここに来たら、いつでもそうしてあげられる、からっ」
「顔を見てよ、ねえっ。目を見てお話ししよ。……僕は本気だよ。想像して。湖を離れて僕と一緒に暮らすのと、このままみんなに遊ばれ続けるの、どっちがいい? 僕なら、リュウテンちゃんのことを考えて、料理ができる。悩みも聞いてあげられる。修行して腕っぷしにも自信をつけてきた。ヌシ様の教えを棄てたとしても、ふたり一緒なら暮らしていけるから。……僕たちを受け入れてくれる住処のアテもあるんだ。フリッジタウンっていう人間の住む街がナッペ山の中腹にあってね、そこから雪道を折れて北西に下っていくと、冬でもあったかい洞窟がある。四旬節の間、僕はそこで親切なポケモンさんたちに助けてもらってた。ほら、以前医療班にいたヤドランのウタラソさんって、覚えてるでしょ。ずいぶんよくしてもらったんだ。一年中寒いところだから最初は苦労するかもだけど、雪解け水はオージャ湖の聖水に負けず劣らず透き通っているし、あそこなら絶対、キミも気にいってくれるはずだから。……頭のいいリュウテンちゃんなら、今のままじゃダメだって、分かってるはず。ちゃんと考えれば、分かること、だから。ほらっ、それに、キミを満足させられるくらいに、僕、こっちの方も上手くなったから。いっぱい鍛えてもらったんだ」
「……よかった、ビス。やっぱり好きな相手、見つけたんだ。大切にしなよ」
「だ――だから違うんだって。聞いてよ。ちゃんと聞いて。僕は、リュウテンちゃんを助けるために、今日のために、いろいろ準備してきたんだよ」

 その成果を見せつけるように、全身を前後に揺さぶった。ダンディに繕った声はあっけなく上滑りしちゃったけど、がむしゃらに腰を振りたくるのを我慢して説得できるくらいには、まだ冷静でいてられる。にゅる、にゅこ、ず、にゅ……。先っぽに募っていくじれったさを押し宥めながら、少しずつ少しずつ、リュウテンちゃんの深みへとフサを滑らせていく。慎重すぎるくらい慎重になって、感じ入るリュウテンちゃんの表情をつぶさに観察しながら、前屈みになったり、後ろへ腰を引いたりして、粘膜どうしを延々と練り合わせていく。
 たっぷり10往復かけて、進んだのは彼女の蛇腹ひとつ分くらい。ふたつ目に差し掛かったあたりで、ふにゅん、ってフサを包むお肉の感じが一気に(やわ)っこくなった。
 他の修道士たちはリュウテンちゃんのことを、いくら叩いても恨んでこないジュペッタ程度にしか思っていない。繊細な粘膜を気遣うようなまどろっこしい下準備なんかしないで、ひと息に貫いてきたんだろう。甘やかされることを知らないリュウテンちゃんの中は、玄関口まで何度も挨拶にくる僕から手土産に透明な果汁を塗り渡されるうち、安心してくれたのか奥座敷に続くまでの道を開いて「こちらこそよろしくお願いします」って歓迎してくれているみたい。歴戦のワナイダーの〝ねばねばネット〟よりも重厚な内側がフサに絡みついてくる。最上級のおもてなしを受けて、僕はあやうく腰を折りそうになった。
 あまりに強烈な快感に固くなっちゃう表情をどうにかほぐしながら、嬉しそうに眉根を押し下げるリュウテンちゃんをじぃっと見つめる。短い腕じゃ隠しきれない、僕に抱かれる嬉しさに沈んだ顔かたち。

「ふ……ゃあ……あん……や……っう……ひゃ……。そっそこ、っすご、い……やあぁん……っ。ビスがっ、入って、くる……ぅ」
「フ……。苦しくない、よね」

 こくこくっ、小さく2回首が振れる。フサを進めるたびに漏れ聞こえる声に、これで間違ってないんだって背中を押されるようにして、リュウテンちゃんの中をまさぐっていく。黄色いストリンダーのかき鳴らす高音圧みたいにギリっ締めつけてきたり、紫のストリンダーの轟かせる重低音みたいにぬわんッと緩んだり。タイミングを間違えると僕の方が一気に追い詰められちゃうから、下腹から力が抜けた瞬間を見計らって、ずり、フサをわずかに押し進める。ずり、ずっ……っ、ずりゅりゅ、…………ぬ、――ずむっ。慎重に越したことはないけれど、かといってへっぴり腰にならないようにお腹の奥へ気合いを入れながら、僕のお尻の下で切なそうにしっぽをよじらせるリュウテンちゃんを縫い止めていく。
 最後まで優しく繋がるつもりだったのに、フサの先にプリっとした感触があって、思わず腰を突き出しちゃっていた。ふにゃふにゃだった声に1本芯が通った「んヤ゛ああぁっ!」なんて半透明な喘ぎ。……ここがたぶん、タマゴのできるところ、なんだ。さっきお腹の上から探り回っても見つけられなかったそこへ、フサの先っぽで触れている。そう思っただけでしゃかりきに動き始めちゃいそうだったけど、お尻にグッと力を込めてどうにか踏みとどまった。
 半開きになった口からこぼれ出た舌先をすくい上げ、僕のベロとひとつになっては溺れ合う。じゅぱ、ぢゅぞぞぞ……なんていやらしい音をわざとこぼしながら、奥から奥からせり上がってくる唾液を飲んでもらう。口移しなんて建前もなにもない、ただただ気持ちよくなってもらうための愛し合い。きゅう! ってすぼまった内側をあやすようにフサを拍動させながら、深く繋がったお股の穴に期待を募らせていく。
 お互いに気持ちよくなっちゃうくらい強い刺激じゃあない。けれどだからこそ、いつまで経っても解消されないもどかしさにリュウテンちゃんは素直になってくれるはずだった。

「もう1回、言うからね。ふッ、ふぅ……、っく……。……リュウテンちゃん。僕のつがいに、なってください」
「や、ぅううん……。ビスの気持ちは、嬉しい、よ。……っでも、おちんぽ、挿れながら、そんなッ……っや! ァあ……ん」
「……僕の、してほしいことは、伝えたよ。リュウテンちゃんは、どうしてほしい?」
「おく……奥っ、いっぱい、突いてほしい」
「……うん、分かった。ふー……、フぅ……。いっぱい気持ちよくなってね、リュウテンちゃん」

 クレベースやカイリューに披露していたはしたない演技なんか挟まない、素顔で甘えてくれるリュウテンちゃん。素直になってくれた彼女の欲求に、こっちも素直に応えてあげる。
 とんっ、とんっ、とんっ、とんっ。あまり器用には動かない腰を使って、リュウテンちゃんの1番奥を小刻みに叩いていく。肌と肌とをぶつけても音が鳴らないくらいのゆっくり加減で、リュウテンちゃんの深部に僕のしるしを捺しつけていく。僕のつがいになってくれたらどんなに素晴らしい未来が待っているかを想像してもらいながら、僕と他の雄との交尾を比べさせる。
 人間の手持ちだった頃レストランで働いていたソゥさんに言わせれば、交尾は煮こみ料理なんだって。焦げつかないように常にお鍋の中をぐるぐる掻き回しながら、たまに違う動きを足してスパイスを利かせるのも効果的。いちど火をつけたら、噴きこぼれそうになってもひたすら見守ってあげる。雌が鳴いてもフサ抜くな。担当こそ違うけど、給仕班の僕にとってそれは感覚的に理解しやすかった。
 とんとんっ、とんとんっ……ぎゅ。とんとんとんとんっ…………ぎゅ。
 フサが進まなくなるまで届かせると、その先に感じるリュウテンちゃんの大切なところ。お昼寝しようと樹の幹に寄りかかる感じで、じっとりと押しあげた。リュウテンちゃんはこれがたまらなく好きみたいで、いいところを圧迫すると、ぶるぶるぶるッ、蛇腹が大きく引き延ばされて、「や゛ぁっやぁっやぁんやぁぁん……っ」なんて、尾を引いたとろけ声を垂れ流してくれる。それはフサを当てる位置がわずかにずれただけで裏返ったり、押しこみすぎると「や、あぁっ、んやんあゃあ゛ーーーーっ!」って甲高く濁っちゃったり、本当に気持ちよさそうな声を引き出してあげるのは難しい。聖歌班の伴奏者に欠員があって、お試しでやってみないかって誘われたとき、ホズのみを乾燥させて作られた楽器をぜんぜん鳴らせなくって、クワイヤの端っこで静かにしていたのを思い出していた。*2
 僕で感じてくれている。僕で気持ちよくなってくれている。それが純粋に嬉しかった。どうすればリュウテンちゃんからもっといい声を爪弾けるんだろう。正しい演奏方法を何度も確認していたからか、僕自身の限界はちょっと遠のいてくれたみたい。
 わずかな反応の違いからさらなる弱点を探ろうとじっと顔を見下ろしていると、短い腕で僕の視線を遮るようにして、悩ましげな声が上がる。

「や……うぅっ……ッ、ビス、警備班のみんなより酷いことしてる自覚――ンあっ! ……あ、ある?」
「え……ごめん、やっぱり痛い、よね」
「ん……ッ、そうじゃなくって。ぁ、あ、やあ……ッ。こ、こんなことされたら私っ、抵抗できなくなっちゃうよ。やァっ、ふにゃ……ぁう。脳までダメにされちゃって、ビスのおちんぽのことしか考えられなくなっちゃ――ゃあアアアッ! そっそこ、そこきもちッ! んやぁ゛〜〜〜……ぁっあっあっあ、アッそこもっと、もっとぉ……!」
「……大丈夫、僕に任せて気持ちよくなって、いいんだよ。フッ……っく、ぐるるぅ……。リュウテンちゃんがしてほしいこと全部、やってあげる、からね」

 なんとなくはぐらかしたけれど、リュウテンちゃんの訴えについてはちゃんと理解できていた。彼女の求めていることに応えてあげるってのはつまり、見返りとして僕のしてほしいこと――つがいになってほしいって懇願に有無を言わせないような、そんなずるい思惑もあったから。
 そうでなくってもフサを突きつけて言うことを聞かせるなんて、雌の尊厳を踏みつけるようなむごいこと。初めてしたときもおんなじ状況で「僕のお嫁さんになってください」なんて迫ったんだっけか。今思えばとんでもないプロポーズだったけど、どんな手を使ってでもその首を縦に振らせなきゃいけない僕にとって、ソゥさんに教えてもらったこの交渉術も、頼りになる手段のひとつだった。
 お腹の上から押しこまれて感じるのとおんなじで、リュウテンちゃんは中から押しあげられるのもたまらないみたいだった。腰を落として、ベッドの下から蛇腹をすくい上げるみたいにフサの先を運ぶと、「や……ぁ、んやぁっ、やっはっはっはッ!? ふにゃあ゛ぁぁぁぁん……!」なんて、ニャオハが甘えるようだった声がみるみる裏返った。ここを往復されるのと奥をこねられるのでは、感じる気持ちよさが違うみたい。
 ザロクの粒が弾けてぐじゅぐじゅになったような触り心地のそこへ、フサから染み出した糖分の雫を夢中になって(こす)りつけていると、気づいたことがある。蛇腹が上下に押し拡げられる位置がずれていって、今どこをフサの先っぽで持ち上げたのかがお腹越しに見て分かるんだ。3段目と2段目が盛り上がり、それが2段目と1段目の間に移って、最後にはピンクの胸までを膨らませる。2段目と1段目に戻って、3段目と2段目に先っぽが引っかかるだけになる。引き抜かれたフサの外皮には泡立った粘液がべったりとこびりついていて、ぞぞぞッ、下腹の底で欲望のうごめく感じが一気に強まった。
 出しちゃいそうになるとフサを突き当たりにまで進めて、腰を休めさせる。代わりに体重を前脚に移して、先っぽで1番奥へもたれかかった。「ゃあ゛っ、んぁあ゛あ゛ぁ゛〜〜……」なんて濁った声色。僕は休みながら、タマゴのできるところでも快感を得られるリュウテンちゃんが一方的に気持ちよくなれるやり方だって、これもソゥさんの入れ知恵だ。感覚をフサの先に集中させて、さっき見つけたリュウテンちゃんの弱いところを、とろ火でじわじわ炙っていく。
 大鍋をかき回すみたいに腰を大きくくねらせて、突き当たりをフサの先で撫でつけるのも効果的。溶けかけたヤチェのみみたいな弾力で主張してくるリュウテンちゃんの聖処を、くりゅ、くりゅ……、とんとんとんっ。赤ん坊の眠る玉をあやすベラカスよりも優しい揺れ心地を心がけながら、そこから全身へ振動を及ばせるみたいに、前脚と後ろ脚の間で重心を前後させる。

「あ゛ッ、ぁ、ぁ、んぁああ、やあんぁんあっあっあっ、っあ゛〜〜〜〜……。うゃッ、んぉ、お゛ーーーーぉおおお゛ん…………」
「どう? リュウテンちゃんご所望の、いちばん奥。ッふー……。ここを丁寧にほぐしてもらったこと、ないんじゃない?」
「きも、ッち、ぃぃ……よぉっ。ビスのっ、おっきくて、やさしくて、や、ぁぁぁん、やああッ、やぁ゛〜〜〜……」

 そのまま眠っちゃうんじゃないかってくらいずっしりと、リュウテンちゃんの体が寝わらへ沈みこんでいた。脂汗に濡れて真っ赤になずんだその耳孔あたりへ、僕は首を思いっきり曲げて近づける。さっきは無様に上滑りしちゃった渋みのある声をもういちど繕って、囁いた。

「好きだよ、シスター・リュウテン。愛してる」
「ひや――!?」目を閉じて感じ入っていたリュウテンちゃんが、トロピウスが覚えるはずもない〝ふいうち〟に身悶えした。「な、にっ、ビス……。んゃあッ、いきなりそんな」
「好き。だいすきだ。シスター・リュウテンは羽化したらしいけど、その姿も可愛いね。もちろん元から可愛いって、思ってた。キミが洗礼を受けたばかりの頃に、僕の料理を食べて、感動してくれたこと。今でも覚えているよ。あのときから僕は、キミに心を惹かれていた。あの日から今日まで、ずっと好き。これからも大好き」
「ヤ、ぁん、ンっ、やっあっあっ、のおぉぉぉぉ……お゛! イくっ、イっぎゅッ、これイってるぅ……! しゅご、これすっご――やおっやおっやおっやおおおおぉぉ――ひゃあああああんっ!!」
「いっぱい幸せにしてあげる、から。ッふ……! 僕なら、リュウテンちゃんの好きなときに、好きなだけっ――ぅぁ、気持ち良くさせて、あげられる、から……。だからっ、つがいになってほしい。くるるゔぅっ……ッ、こんなことやめて、僕だけのものに、なって」
「や゛ぁぁぁ――ッ、そりぇダメっ、おくりゃめえぇッ! しきゅ、つぶし、ながりゃっ、おちんぽでっ、つがいになれ! けっこんしろ! っなんへいうのやめ、や、――ぉああああ゛、ア、やァ〜〜〜……! ――っ。ッぉお゛お゛お゛お゛お゛! おおおお゛んッ――っ、おぁ、やぁぁあ゛ー……、のぉぉ゛……!」

 効果は抜群だった。
 首を寄せて囁くたび、リュウテンちゃんの中がきゅっきゅと締まる。蛇腹が上下に大きくうねって、煮詰めたハバンのプリザーブみたいにとろんとろんになったお肉に、限界すぐそこまで追い詰められていたフサ全体を揉みくちゃにされる。あまりの気持ちよさに喉が鳴って、渋さを意識した重低音はまたもや裏返っちゃった。
 ぴったりと押しつけていれば我慢できるって思っていたけど、そうでもないみたいだった。身じろぎしただけのわずかな摩擦でもうダメ! って思って、その場で立ち往生しているうちに、リュウテンちゃんの体がぎゅっと強張った。
 気持ちよく、なってるんだ。聖域をじっくりさすられながら愛の言葉を囁かれて、1番高いところまで気持ちよくなってくれたんだ。奥深くで繋がった僕にまで、その衝撃の強さが伝わってくる。フサの根本から先っぽにかけて、メェークルの〝ミルクのみ〟みたいに搾り取るような柔肉の運動。

「や゛ッ、あっ、んゃあああ! あぁ…………っあ゛、あ、あぁん……。ぉやぁぁぁ゛、あ、ッあああ゛、やん、や゛ぁーーーっ。――。――――っ」
「あ、が、ぅあッ、これもう、でッ、でちゃ――うぅぅっ」

 抜けちゃいそうになった腰を奮い立たせ、後ろ脚でベッドのふちを蹴りつける。あとちょっとのところでリュウテンちゃんの中から避難したのはよかったけれど、大きくバランスを崩した反動で前屈みに倒れかけた。びっちりと玉の汗を浮かばせた彼女の首の横へ前脚を踏みこむと、敏感なフサの裏っ側を蛇腹へ擦りつけていた。
 ずんっ、て腰を突き出すとフサの先はピンクの胸まで届いちゃっていて、そこはリュウテンちゃんに教えられたタマゴのできるところよりもさらに上。……これ、ぜんぶ入れてたら大変なことになってたんだ。フサの先端で感じていたあの押し返してくる感じは、やっぱりここの入り口だった。あのまま中に出していたら、リュウテンちゃんの大切なところを、僕のタネで溺れさせちゃっていたんだ。
 そう確信しただけで、ぶるり、と下半身を大きく震わせていた。おまけにリュウテンちゃんの腰から下はダンスしているみたいにうねりうねって、フサで塞がれていたお股の穴から〝しおみず〟を盛大に吹き上げていた。首の結び目を解かれたカラミンゴのお腹から、溜めこんだエネルギーが逃げていくみたいだった。突きつけたフサの裏側に何度も感じる、うねり狂う蛇腹の柔らかなでこぼこ。弱いところをくすぐりあげるような緩やかな刺激が、僕の決壊を強烈なものにする。
 せきを切って飛び出した白いどろどろは、受け止めるように差し出されたリュウテンちゃんのベロの上へへばりついた。2度目は鼻孔を塞ぐように一直線を描いて、彼女の吐息に合わせてぷあっと膨らむ鼻ちょうちん。顔で受け止めるリュウテンちゃんがあんまりに魅力的すぎて、3発目から5発目のびくつきはシェルダーまで飛んだ。どッく、どくっ、どぷどぷ、どろ……。フリルから頭の突起にかけて絡まった白いのが重みにたわむ様子をまじまじ観察しながら、他の雄がつけたにおいを上から塗りつぶしていく薄暗い感情に、1分以上かけて残りの劣情を絞りきった。
 どろどろの熱い粘液で片目を塞がれても、気にする素振りなんていっさいしない。なみだもよだれも、汗までも一緒になって垂れ流している、とても修道士だとは思えないようなだらしない表情。えへら、ってふやけた笑みを湛えた口元を、ぺろり。ペス姉の切り身みたいに真っ赤なベロで舐め取ったリュウテンちゃんが、さらにはしたなく顔をとろとろにさせた。

「ちゅっぱ、んゃむ……おいしっ。ビスのザーメン、前にしたときより、ふゃあんゃぅ……っ、とびっきり甘く、完熟してるね」
「ゔ……、う、っん、そう、かな……んへへ……ッ、ふー……フーー……」

 そんなことで僕の成長を感じてほしくなかったけど、押し黙る。僕こそリュウテンちゃんの変貌ぶりを、これまでさんざん確かめてきちゃったんだから。
 彼女のまぶたに乗っかって視界を奪っている白いのを、首を伸ばして舐めとった。生ぐさくてぜんぜん美味しくなんかないし、こんなのより僕の盛りつけた料理を褒めてほしいのに、リュウテンちゃんはあまーいリンゴを堪能するみたいに、長いこと僕のそれを口の中で転がしているんだ。
 まだ、良い返事を聞いていなかった。
 すぐそばを水路が流れているのに、顔を洗う時間さえもったいない。待ちぼうけさせているカイリューの邪魔が入らないうちに、もう1回リュウテンちゃんへのしかかった。触れないでもあけっぴろげになった蛇腹、その横割れから剥き出しになった入り口は、僕ので気持ちよくなってくれたおかげか、雌の白く濁った粘液をとろとろと絞り出している。「早く帰ってきて」ってお願いするみたいにうねつくそこへ、ちゅく、1回出しただけじゃ収まりそうにもないフサを再び当てがった。それこそ「ただいま」「おかえり」って夫婦が挨拶するみたいに、ごく自然に飲みこまれていく。
 にゅるるる……にゅとんッ。フサに快楽を擦りこまれた中は僕の帰巣を手厚く歓迎してくれて、1度もすぼまることなくタマゴのできるところまで案内された。なのに「どうしてここで気持ちよくなってくれなかったの?」って詰問されるみたいにちゅうちゅう吸いついてきて、挿れただけなのに「うゔッ!?」って鋭い呻きが僕の口から飛び出していった。
 それはリュウテンちゃんもおんなじだ。わずかに引いていた気持ちよさの波がすぐさま寄せ返してきたみたいで、彼女はすぐにまた器量のいい顔をぐずぐずに崩れさせた。

「あっあっあ゛っやぁ゛っ!? いっ、いきにゃり、おっちんぽ、挿れちゃ――やああんッ!! ふゔッ、んお゛っ、のぉ……ふお゛っ、おぉぉぉ゛……やぉぉん゛!!」
「フッぐ、ゔぅ……! ――っどう、なのさっ!? けっこう満足してくれた、みたいだけど……? 僕のお嫁さんに、なるッてことで、いいん、だよねッ!?」
「ん……ッ、やぁ、あッ、あゃあぁ……んっ。ゔ……ッ、ゔゃーー……、ッまっ、だ、め、だゃああんゃあん……」
「……まだ? まだ、満足、してないの? じゃ……、次はッ、何してほしい? リュウテンちゃんのためなら、僕なんだってしてあげる、から。だから……ゔッ、っそれ、うねうねってするの、きもっち、ぃい゛……っ!」
「な……中にッ、やぁ……! ほしい……の。中に射精()して、こっちでもビスの味、んゃぁ……っ、確かめさせて」
「っく、……分かった」

 リュウテンちゃんの呼吸が整わないうちに、全身で舟を漕ぐような前後運動を再開させる。役目を終えたばかりのフサにはしんどい刺激だったけど、僕以上にリュウテンちゃんは気持ちいいみたいだった。とんっ、とんっ、とんっ、とんっ……。リュウテンちゃんの1番気持ちいいところを、1番気持ちよくなれる強さで、1番気持ちよくなってねって祈りながら、しつこいくらい同じリズムで責めてあげる。同時に、ストリンダーの胸元に揃った突起みたいな蛇腹を、裏側から1弦1弦穏やかに弾いていく。

「や゛ぁぁ……っあ゛ー……、ンぁぁ、やあんゃん、やぁ、ぁう、ッぉおお゛〜〜〜〜っ、そっそこ、そこばっか……! や゛ーーーっしゅき、ビス好きッ、ビスのおちんぽ、だいすっき、ぃ……!」
「僕も……ッ、好き、だよ。リュウテンちゃんのこと、大好きっ……! 僕と一緒に、幸せになろ? リュウテンちゃん、かわいい。好き。愛してる。……っだから……。ぐぅるるる……ッ! 僕の、つがい、に、なって。グルルゔッ、つ、つがいに、なろ?」

 とろんと目端を落として、声にならない喘ぎをだらだらと漏らすリュウテンちゃん。その耳元で甘美な誘惑をつぶやきながら、火照りきったお肉をねちっこく引きずりあげ、子宮まわりの弱点めがけてフサを押しこんでいく。体重をかけて寄りかかることで迫りくる決壊を押し戻しながら、ぐり、ぐり、円を描くように腰を使う。フサの先からあふれる濃密なお汁を擦り混ぜて、どれだけ僕が本気で彼女のことを想っているのか、それを本能で理解してもらう。
 シェルダーの牙が食いこんだ、リュウテンちゃんのおでこ。脂汗を舐めていた僕の舌がそこにぶつかったとき、ぶるぶるぶるぅッ――白目がちな双眸を上向かせながら、オンバーンの〝ばくおんぱ〟を間近で受けたみたいに彼女は頭から震えあがった。

「ぃヤぁ゛――ぅゔンっ、のぉおお゛、お゛……ほゔッ! ……ふをッ――ぉおおおお゛ッ!? アッそれ、それしゅっごぃ……ッなに、それ、なにッそれしゅご、い――ぃイぐイぐイぐ、それイぎゃ――!? やあああ゛〜〜〜〜、んなッ、なぁああ゛ーーー…………!?」
「ぐ!? ……ぅうう?」

 進化することでヤドキングの一部となったシェルダーも、べつに死んじゃったワケじゃない。こうして外からの刺激があると反射的に牙を尖らせるみたいだった。リュウテンちゃんにとってはこれが頭痛や感覚遅延の元凶ともなっていたんだけど、今じゃあ額に食いこんだ牙のもたらす毒素が、お股からせり上がってくる快感と混線して、これも気持ちいいことなんだって脳が誤認しちゃっているみたい。
 雌は1ヶ所だけじゃなくって、いろんなところを同時に気持ちよくされるのがたまらないんだってことももちろん、ソゥさんからの垂れこみだ。器用な手のない僕には難しいんじゃないかって諦めていたけど、これなら。
 ネコブを叩いて粘り気を出すときみたいに、ずんっずんッて粘り強く最奥をこね回しながら、シェルダーの牙を舌先でつついてけしかける。頭飾りになる前は雄だったらしいから、ふたりで手分けしてリュウテンちゃんを責め立てている気分だ。カイリューとクレベース、警備班の猛者を同時に相手してもへっちゃらだった彼女を籠絡するには、これくらい心強い味方がいてくれる方が頼もしい。

「や゛〜〜〜〜! んはっはっはっはっひぃぃん――ふやぁっやああああっ! おお゛ッおお゛ッんお゛お゛お゛……ゃおおお゛ンッ!! ッや、はっ、やっ、やぁん……っ、と、とまんにゃ、イくのっこれとまんな――イ゛ぃぃっ、いぐいぐいぐいぐ、や゛ぁ〜〜〜っまたイっぐッ、イぎゅ、イ゛ってる――をんッ、のぉを゛〜〜〜……!」
「――っあああ゛!! 僕の、つがいになれッ、リュウテンちゃああんっ!!」

 いななくバンバドロみたいに全身をぶるぶる震わせるリュウテンちゃん。切羽詰まった声の震える感覚も短くなって、どうやらずっと気持ちいい状態になっているみたい。ぎっちりと搾り上げてくるお肉からフサを引き剥がし、タマゴのできるところまでをずっぽりと埋め戻す。新婚夫婦がただいまのキスを交わすように、子宮の入り口とフサの先っぽで熱烈な口づけをし続ける。気持ちよさの大空を舞い上がっているところを、さらに高く飛び立てるように下から突き上げてあげる。
 大好きな雌の淫らすぎる仕草や声に、僕が無事でいられるはずもない。フサ全体を溶かされるような快感に天井を仰いで首を跳ね上げ、首元のフルーツが弾け飛びそうな開放感と一緒に熱い息を逃していく。いくらお腹の奥に力を蓄えても堪えきれなかった1発が、びゅッ――フサの先端から飛び出していた。自分の背中が見えるくらい反り返ってどうにか2射目以降は耐えきったけど、雌の中にタネを植えつけたんだって早とちりした脳みそが、雄としての達成感にじりじりとじれついていた。
 オドリドリの〝フラフラダンス〟に乗せられたみたいな頭が、柔らかい念力でそっと引き下げられる。

「――忘れないで」
「え」

 リュウテンちゃんの口から囁かれた、聖母さまみたいな慈悲の声。思わずフサの脈拍までをぴたっと止めた僕の首を引き寄せて、その耳元へ今度は、かすれるような声が贈られる。

「私のおまんこの具合がどんな感じか、いっぱい覚えてくれたでしょ。Gスポットを撫であげるとどれほど気持ちいいか、ポルチオを突き潰すと背徳感がすごいとか。どこにおちんぽを当てると私がどんな反応を見せるか、喘ぎがどう乱れるか、キスの味はどれだけ甘かったか、フェロモンのにおいはどれだけ刺激的なのか。ベロの絡め方はどうか、どうやって身をよじるのか。強く抱きしめたとき、鼻を抜ける息が暖かいのか。……目を瞑れば、瞼の裏に私の姿がありありと蘇って、幻聴の喘ぎ声が響いて、フリルからにおい立つ香りで溺れるくらい、ぜんぶぜんぶ、私の全部をしっかり覚えて。覚えながら一生でいちばん気持ちいい射精をして、そしてそれを、忘れないで」
「……」
「それで、将来ビスがつがいと交尾するとき、私を思い出してほしいの。今日のことを思い出して、おまんこの具合を比べたりしながら、罪の意識に苦しくなって。心の中で告解しながら、私以上にその雌を愛してあげて」
「な……んで、なの、リュウテンちゃん……」
「ビスが私を愛してくれるのは、嬉しいよ。けど……。私って、元から神経が鈍かったでしょ。ビスとただお喋りしているだけでも『ヤド聞き』で遅れたり、そのせいで頭痛がひどかったり。今では感覚こそ戻ったんだけど……、今度は感情が、鈍麻しているの。交尾しているとき以外、もう何も、気持ちが動かなくなっちゃったんだ。私とつがいになっても、ビスが思い描いているような生活は、そこにないの。手の込んだ料理を振舞われても感動しないだろうし、西海岸までピクニックに行って陽なたぼっこしても、たぶんもう……楽しくない。他の修道士に囲まれて、こうして(いびつ)な愛を注いでもらえるのが、私には何よりありがたいんだ」
「……そっ、か」

 思わず耳を塞ぎたくなるくらい衝撃的な告白をされて、僕の心が動揺しないでいられるのは――、リュウテンちゃんが幸せかもしれないってことに、途中で気づいちゃったから。
 早くにお母さまを亡くし、お父さまとの折り合いがうまくいかず、逃げるようにして親元を離れヌシ様へ誓願を立てた。よく似た境遇の僕だから分かるんだ。修道士のみんなに囲まれて、仲間だって認められることの嬉しさを。湖のために役立てることの素晴らしさを。たとえそれが、強すぎる快楽に神経をダメにされ、それでしか幸せを感じられない体に作り変えられちゃっても、だ。
 フリルの裏にむざむざと刻まれていた傷がきれいさっぱり消えていたのが、何よりの証拠なんだって思えちゃって。四旬節の間じゅう慰み者にされても自分を切り裂かないでいられたのは、リュウテンちゃんがこのお勤めを受け入れているからなんだ。過酷な使徒職にストレスを感じないで、その捌け口を設けないでもやっていけるくらいに、彼女は心変わりしちゃっているんだ。
 幸せなんだ。これで、リュウテンちゃんは幸せなんだ。ふっくらした頬っぺたを歪ませつつ、お股の穴を喰い荒らされながら喉奥を塞がれては、心ない言葉で恥ずかしい思いをさせられたとしても、それがリュウテンちゃんの幸せなんだ。それを認められない僕が、きっと、嫉妬と強欲と傲慢の悪魔に魂を売っちゃっただけなんだ。
 それでも。でも。

「まだやり直せるから。ねえ……リュウテンちゃん。大丈夫、ウタラソさんは心の病気を治すのが得意なんだって。頑張ってリハビリすれば、きっとどうにかなるから。その道のりがどんなに辛くっても、僕がつきっきりで寄り添って、みせるから……。……っ。ッなんでッ、こんなに頑張っても!! ダメなのさあっ!? 僕はリュウテンちゃんがいいんだ! あの夜、リュウテンちゃんが誘惑してきたから、僕を、好きでいてくれてるんだって思って! ぐす……ッ、両思いだって舞い上がっちゃって、ううッ、ワぁ……っ! 僕――――、バカみたい、だよね。……っぐす、ぅああッ、わあああんっ!!」
「そんなことないよ。私もビスのこと、素敵な雄だなって思ってた。料理はうまいし、いつだって優しく気遣ってくれたし。一緒にいて気まずい雰囲気になることもなかったから。つがいになるとしたら、相手はビスなんだろうなって、心のどこかで思ってた」申し訳なさそうに、リュウテンちゃんはまぶたを閉じる。「ただ、その……。ビスのおちんぽからじゃ、()()()()()()……。ただ、それだけなの」
「……どういうこと」

 返事の代わりに、リュウテンちゃんは舌をちろり、と唇からはみ出させた。他の雄に見せつけても淫乱だの何だの罵られるだけの、僕にしかわからない、キスを求めてくれている彼女のサイン。すかさず食らいつく。首を大きくたわませて、この口から「やっぱりつがいになろう」って言葉を吐き出させるようにこじ開け、舌を添い合わせる。絶対に譲れない交渉条件を前に、言葉で説得することも、体に訴えかけることも、子どもじみた泣き落としさえ効果はなかった。リュウテンちゃん救出大作戦の台本はもはやビリビリに破れ、開くことさえできなくなっちゃっているけど、まだアドリブで何かやりようはあるんじゃないかって焦って、何も考えられなくなった中、薄れちゃったらしい情に訴えるよう、リュウテンちゃんの1番奥をフサでにぢにぢとこね回した。

「や゛ああッあっあぁ……やぁん……ンっ。っでも、ね。ふー……ッ、ふゔぅぅぅッ、……ちゃんと見えてることも、あるんだよ」
「それは、なあに」

 口が勝手に喋ってから、あ、って思った。こうやって訊ねると、いつもリュウテンちゃんはとんでもないことを言い出しちゃうから。そうなるってどこかで分かっていながら、声を聞きたくてたまらない。その声をいつまでも耳の奥に響かせておきたくって、小石を投げてくれるトレーナーを待つイワンコのしっぽみたいに、早くも2回目の限界近くにまで押しやられたフサをピクピクさせちゃってる。
 ……ちょっと、思い出していた。僕がナッペ山へ逃げる前の日、医務室を出たリュウテンちゃんは僕にこう言ったんだった。「こんなことさせて、ごめんね」「最後までつき合ってくれて、ありがとう」「今日はビスのことを、祈って眠るよ」。泣きじゃくっていた僕に向けられた優しい言葉の数々は、どこか寂しげな響きを備えていて、それで聞かなかったことにしていたんだ。……おんなじだ。これじゃあ何も変わらない。あの日と同じことを、残酷なまでに繰り返してしまっている。
 潤んだ僕の瞳の奥まで見通すように、リュウテンちゃんが、言った。

「さっき、私のお腹、ビスが鼻先でこね回したでしょ。そのとき多分、出ちゃってる」
「……それは、なに?」
「タマゴのもと。今朝の夢にニンフィアの大天使が降り立って、聖霊が私にお告げを賜ったの。……今日ね、私、孕むんだって。処女じゃないけど受胎告知が()()()んだ。ここにいる誰かとのタマゴをお腹に授かって、遠くない未来にタマゴを産むの」
「はら――!? っ、ッえ゛、なん、だって…………ッ?」

 そんなこと分かるはず、ないじゃないか。たったそれだけの言葉が、いっさい声にならなかった。
 思わず視線を落としていた。今まさにフサの先っぽで捕らえている、リュウテンちゃんのお腹の奥、そこに隠された神秘。
 ヌシ様が説教をしてくださる教会堂の洞窟には、伝令班のマルマインさんが毎朝〝ひかりのかべ〟で隔てる防音室がある。『泣き部屋』って呼ばれているそこは、どうしてもぐずり出しちゃう幼児をあやすための小部屋だ。赤ちゃん連れのお母さまも恐縮することなくミサに参加できるために、また、1時間を超える御高説に飽きちゃった子どもたちが退屈しないための配慮。
 僕みたいな関係のない雄は絶対に入れない、不可侵の聖域。そこは冬でも暖かく保たれていて、子どもたちに人気の高いモモンのみが常備してあったり、機嫌を取るためのおもちゃなんかも揃っていた。壁にはタギングルさんに無毒のインクで描いてもらった楽しげな絵が並び、オトシドリさんの換羽で編まれた絨毯はおくるみの柔らかさ。殺風景な教会堂の一角に現れる子どものための空間は、まさしく無垢の絶対領域だった。
 子どものための、空間。これから生まれてくるタマゴのための聖域。そこに続くまでの通り道は他の参列者に踏みにじられちゃっているけれど、この『泣き部屋』だけはまだ誰にも見つかっていない。自分が気持ちよくなるためにリュウテンちゃんを虐める雄たちはまだ、彼女がひた隠しにしてきた聖処の存在に気づいていないんだ。
 リュウテンちゃんが授かる子は他の誰のものでもない、僕との子であるべきで、そうあるはずなんだ。リュウテンちゃんを性処理の相手としか見ていなくて、彼女の幸せをひとつも祈らないような、そんな薄情なヤツらなんかよりも、僕とのタマゴを授かった方が幸せに決まってる! だって、湖の誰よりも、リュウテンちゃんのことを知っているのは僕、なんだから。頭痛がひどいときは腕を組むクセがあって、「困ったなあ」なんてぼやくその顔が案外チャーミングなんだ。幼年クラスの子どもたちに好かれるよう、夕暮れの湖面を覗きこみながら笑顔の練習をするくらい、頑張り屋さんなんだ。毎朝のミサでも楽せずちゃんと祈りの言葉を唱えて、それは教会堂のホールを覆う〝しんぴのまもり〟のような美しい響きなんだ。それくらいのことも知らないようなヤツらのタマゴを産んでもらうわけには、いかないんだッ!
 もし万が一にでも間違いが起こって、僕以外の誰かの子どもを産んじゃったとしたら。考えて、ゾッとした。リュウテンちゃんの中にこびりついたクレベースのものを掻き出して、凶悪なカイリューのものに「俺の子を授かれ」なんて脅迫される前に、僕のと結びつけて『泣き部屋』にしまっちゃって、わるいドラゴンの生贄にならないよう(まも)ってあげなくちゃ。
 衝動に駆られたまま、大きく腰を突き出した。――たしんっ。反動なんて気にしない〝とっしん〟は、数回繰り出しただけでまたたく間に僕を決壊にまで押しやるだろうけど、もう止めるなんてできっこない。

「ひゃグ!? いぎッ――っゔ、ぅやぁ゛〜〜〜〜ッ!! やあ゛っ、やあ゛っ、やあ゛っ、やあ゛ぁ――――ぁアアア゛あんッ!! ふぉ……、ぉ、お゛んっ、んッ!!」
「う、ゔ、ゔ……うぁあああ゛っ! ふゔッ、っぐす――ぁあああ!!」

 毛先にこびりついた泥を何度も拭って落とそうとする神経質なサンダースみたいに、リュウテンちゃんの中に溜まった粘液を一心不乱に掻き出していく。今日注がれたのはクレベースのだけじゃないはずだし、その中にはタマゴのできちゃう種族もいたはずだ。人型グループの雄みたいに器用に動かない腰がもどかしかった。とんでもなく美味しくないだろうけど、拡げたそこにベロをねじ込んで、泣き部屋を直接舐めて清めてあげたかった。
 ずり落ちかけた体勢を戻そうとして、焦ってうまく体を持ち直せない。まごついているうちに、息を整えたリュウテンちゃんが囁く。

「――お゛ゃぁぁ……あんっ、ふーっ、ッふ……。ビスぅ、そういえば、さ」
「な……、なぁに」
「今日は晴れてて暖かくって、まさに復活祭(イースター)日和だったね。イースター・エッグ、ビスは上手に隠せるかなあ」
「…………なんだよ、それ」

 なんだよ、それ。
 自分でもびっくりするくらい、抑揚をぺったんこにした声が出た。呆然と見下ろして突き出した顎、その先から垂れたよだれがリュウテンちゃんの顔を汚していることなんて、もうどうでもよくなっていた。――なんで、そんなこと、言えちゃうの。
 きっとこれが、リュウテンちゃんの最後の優しさだ。どうしてもウジウジと踏ん切りのつけられない僕が、彼女を見限ることができるように、わざと嫌われるようなこと、僕に聞かせてるんだ。
 言うべきことはいっぱいあるはずなのに、どの感情も涙に溶けていくばかりでひとつも返事にならなくって、消化できない澱みが僕の体を前のめりにさせる。彼女の腋の下についていた前脚は首の横へ移って、後ろ脚は左右ともすっかりベッドに乗りあげていた。胸と胸とをくっつけるようにずり上がると、彼女の蛇腹が折りたたまれて腰が浮く。僕に潰されないようわたわたともがくモモン色の両手を、前脚の関節を折り曲げることで押さえつければ、重心は自然と首の方へ。前傾になることで高く掲げられたお尻を、フサが外れないように構え直す。後ろから見れば、雄を迎えるように持ち上がったリュウテンちゃんの腰と、そこに突き刺さった僕のフサが、これから激しくぶつかり合う未来が簡単に見えることだろう。
 後ろへ転がされたせいで、首元のフリルがリュウテンちゃんの口と鼻を塞ぐように捲れあがる。その裏から「あ、あ、あ、やぁぁあ……ッ!!」って、すぐそこの未来を予知したような命乞いめいた声。目じりに浮かんた涙を舐めてあげることもしないで、僕は彼女のお尻へ座るように――、後ろ脚から力を抜いた。
 どしんッ!

「や゛ッは――、ヤ――!? っヤぉおお゛ッ、オ゛――――っ、ほォッ!!」

 お股の穴の奥をさらに奥へと押し上げて、恐怖に縮みあがった泣き部屋を貫いた。さっきまで優しく気持ちいいところへ導いてくれていたフサの豹変ぶりに、ふわとろに崩れたお肉がみぢみぢとうなりをあげる。
 あまりの圧迫感に、リュウテンちゃんはまともに言葉も紡げなくなっちゃったらしい。これ以上あんな冗談を聞いていられない僕にとって、またとない好都合だった。後ろ脚の膝を伸ばして、またすぐに折り曲げる。
 ぬちゃ! ……っどちゃ! ……どしっ、どしッ、どちゅ、どしッ!
 トロピウスどうしの交尾では絶対にならない、僕より体格の小さな雌が逃げられないよう覆い被さる体勢。磯辺に挟まったケイコウオみたいに〝じたばた〟するリュウテンちゃんを前脚で抱きすくめながら、1回1回体重を乗っけてのしかかるように腰を打ち下ろす。僕の太ももがリュウテンちゃんの内股へぶつかるたび、ハリテヤマが〝つっぱり〟稽古してるみたいな衝撃が洞窟を鳴り渡る。

「お゛ぅ゛ッ! んノ゛っ! や゛ぁッ! あ゛っ! あ゛っ! あ゛っ! や゛あぁぁっ!! ――あ゛っあ゛っあ゛っあ゛っ! やぁあああ゛っ!」
「そんな、ぐゔ……ッふ、〝さむいギャグ〟なんか言ってっ、僕の気持ち、もてあそんで……! 僕に嫌われようって魂胆、なんだろうけど、さッ。――っぉおおオ゛ッ、そんなので嫌いになってたら、ここまでしてるワケ、ないじゃんか……! 5年も友だちでいたのに、そんなことも、分からないの……? ひどいよ。それに――フッ、ふー……、仮にも修道士なんだから、復活祭のこと、そんな卑猥に表現、しちゃ、ダメでしょうが……ッ! グルるるぅぅゔ……!!」
「フっぐぉおおお゛ッ! のン゛っ!! だめっこれダメ、おまんこダメになりゅ――んゃお゛お゛お゛お゛ッ、強ひッ! おちんぽちゅっよ! はらめはらめ! って、ビスの聖告ッ、ごーいんすぎィぃっ! これじゃ受胎脅迫ッ! ゃぁや゛あ゛ーーーーッ!?」
「リュウテンちゃ、おっぐゔッ、ちょっと……黙ってて……!」

 肉厚でむっちりした太ももが僕の腰を挟みこんで、枝にぶら下がるナマケロみたいに足指の爪が立てられる。それを引き剥がすように尻を持ち上げると、フサに釣り上げられるようにしてリュウテンちゃんの腰まで一緒に浮かび上がった。ちっちゃく狭まったお肉穴でずりゅずりゅとしごき抜かれる激感に涙をほとばしらせながら――だぱちゅんッ! ふたりして倒れこむようにベッドへ叩きつける。リュウテンちゃんは外側に丸まったしっぽをお尻に敷いているみたいで、健気なプクリンみたいに僕を柔らかく弾き返しては、またすぐ押しつぶされる。
 首を大きくたわめ、泣き叫ぶ彼女を見下ろしながら、祈るように言葉を絞り出した。

「リュウテンちゃんこそ、ぅグ、僕のこと……忘れないでっ。他の雄に虐められてるときも、僕にこうやって抱かれたこと、思い出してよっ。ふゔっ、っあああ゛、ぐぅッ! ……ぼ、僕のおっきいフサでタマゴのできるところをしつこく叩きほぐされて、甘いお汁を擦りこまれて下味をつけられて、全身をさんざん気持ちよく揉みこまれたあとに、リュウテンちゃんを、はッ、孕ませるつもりでぐつぐつに煮詰めた、僕特製のソース……! っ仕上げにたっぷり詰めこむから、ちゃんとッ、はらむんだよッ!! ――ッぐゔゔっ、今から、どろっどろのタネを、注ぎこむンだからねっ。ぐるるる――ぅがあアアアッ!! 盛りつけは、僕の担当なんだからっ、ふゔっ、ふゔっ、フぐぅ……! 最後までレシピ、ちゃあんと覚えておいてよおっ!!」
「私もッ、や゛ーぁあア゛ッ、ひ、ギャあンっ! ちゃんと、お゛、お゛、お゛、お゛〜〜〜ッ、んぉおお゛おぼ、おぼえ゛ッ、覚えるからあっ! ビスの気持ち、ずっとずっと、忘れないから――ッぁああ゛ーーーー――」
「しっかりと受け止めて。ひと粒もこぼさないで。僕の、なくさないで。これから他の雄に体を明け渡しちゃうことになっても、心だけは、誰にも、譲らないで。体はみんなのものになっちゃっても、僕のために、僕だけのために祈って……ッ!」

 本能が痛烈に叫んでいる。いくら禁欲的生活を過ごしていたとしても抑えこめない、生き物として正直すぎる性衝動。僕の気持ちも願いも祈りも何もかもを置き去りにして、この雌にタマゴを産んでもらうんだ! って遺伝子がさざめいている。
 折れるんじゃないかってくらい首をねじ曲げて、うっとりと脱力するリュウテンちゃんのフリル裏へ鼻を突き入れると、ぢゅう! 味見するくらいの勢いで吸いついた。他の雄は誰も見つけられない、僕のものだってしるし。治癒力の高いヤドキングの肌にもこびりついて消えないように、食いしん坊なカムカメがご馳走へ〝くらいつく〟みたいに唇を食いこませる。喉の奥まであふれてくる、シズル感いっぱいでスパイシーな汗の味。僕の好きになったリュウテンちゃんの味。
 ピンク色の地肌と蛇腹のちょうど境目に隠された、僕の探り当てたタマゴの聖地。他の雄じゃ到達できないくらい深いところめがけて、他の雄じゃ満たせないくらいの量を、出していた。

「ぉ、お゛!? んのッおっおっぉ――やあアアアっ熱ッ、あつイイぃい゛ッ!! アああっ!!!? ひんッのお、オ゛! んぉお゛〜〜〜〜〜ッ!!!!」
「ふヴっ、ゔぁ、でる、っこれでる、すごいでて――グるぁああぁ゛ッ……くぅ゛、実れ、――みのれみのれみのれ、僕の、がッ、みのれええぇ〜〜〜〜っッッ!!」

 どぐっ! と白いのを吐き出すたび、フサと股まわりがいっぺんに強張って、狡猾なペルシアンの〝ダメおし〟みたいに泣き部屋をぐいぐい押し上げた。僕はもう入れないその浄域に、せめて僕の子だけでも住まわせてあげるべく、丸めた下半身を揺すりながらタネを注ぎ満たしていく。
 復活祭でタマゴのかくれんぼが恒例行事になっているのは、これから暖かくなる春先が多くの種族にとって繁殖の季節に適しているから。胸を持ち上げて見えたリュウテンちゃんの、お腹の上から分かるくらいぽっこりと持ち上げられたその奥に、僕はタマゴを見つけた。僕の遺伝子とリュウテンちゃんの遺伝子がくっついてひとつになるのを、僕は確かに見届けていた。

「んお゛っ! ぉ、おおお゛っ、のぉぉ……おン゛っ、や――ぁぁぁぁ、ンあ゛ーー……、や゛〜〜……」
「はっ、はっ、はっ、はぁ、あ゛、は……っああああ、ぁ」

 涙の止まらない両目を見開いて、リュウテンちゃんの表情を網膜に焼きつけていた。気持ちいいところまで舞い上がったまま降りてこられないらしい。タマゴを授かるという雌の根源的な欲望を満たされてご満悦の、ピンク色の肌を何度も染め直したようなとろけ顔。額に突き立てられた牙がいいところを刺激しているみたいで、頭が真っ白になって何も考えられないみたいに、目の焦点を上滑りさせちゃっている。びっちりと浮かび上がった大粒の汗、両方の鼻孔から垂れた鼻水は乱雑に拭われたようで派手にこびりついていた。顔を中心にぶっかけられた僕の体液が振動で薄く延ばされていて、それがなんだか医療班の正装みたいに見えて卑猥だった。こんなはしたないリュウテンちゃんの姿を拝むことができるのは、僕だけだ。奉仕体質な彼女の慎ましやかな欲求を聞き入れ、その通りにとことん気持ちよくさせてあげた僕だけの特権なんだ。
 その口からまたもだらしなく舌先が飛び出していて、反射的にベロを差し向ける。ねろり。意識半ばで握り返してくる舌を絡め、粘膜どうしを硬く結びあわせる。溺れちゃわないようにリュウテンちゃんの口に残った唾液はぜんぶかき集めて、その味を僕の舌に覚えさせる。
 おんなじことを、繋がった下半身でも続けていた。泣き部屋の入り口にフサをずっぷりと密着させながら、雪山で1ヶ月以上かけて熟成させては濃縮し、ありったけの僕の想いで還元させてできた特濃ジュースを酌み注いでいく。相性占いがシンデレラフィットしたクレッフィみたいにかっちりと抱き合って、連続して気持ちよくなっているリュウテンちゃんの締めつけ具合をフサ全体で味わい尽くしながら、僕からもお返しにフサを何度も跳ねさせる。高級なコース料理みたいに次から次へと白いのを提供して、小さな子宮を満腹にしてあげようとメインディッシュを()ぎこんでいく。
 お行儀の悪いヒメグマが手についたミツを舐め続けるみたいに、脈動が収まりかけてもまだ、煮こまれてぐずぐずにとろけたお肉に吸いつかれていた。こんなにも喜んでくれるリュウテンちゃんから、僕もまだ、離れたくなかった。

「や……ぁ、ん……。のぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛――……。お゛んッ、お゛んっ、お゛ッお゛ッ、おぁぁ……あぁ。んゃぉ゛ッ、〜〜〜〜っ、…………」
「はあ゛ッ、はふ、フゥゥぅ……。ま、まだ、だ……。まだこれじゃ、僕ので、できるって、確証、ないッ、から……。もっといっぱい、僕ので、溺れさせ、ちゃわないと……。前やったときは、7回しても、タマゴできなかったから……。だから7回以上は、やらないと、いけないんだ……。リュウテンちゃんも、満足、してないよ、ね。ね? リュウテンちゃん。……っ、あれ? リュウテンちゃん……? っ、リュウテンちゃんっ、しっかりして!」

 咥えこんだフサが痙攣するのに合わせて、びぐんッ、と全身を震わせるばかりで、僕の呼びかけに反応がない。お口の端っこに泡立ったよだれを舐めとっても、白目を剥いた瞳はなかなか僕を見つけてくれなかった。満腹になったリュウテンちゃんがシェフを呼びつけて「ご馳走さまでした」って讃えるみたいに、かすかに膨らんだ気のするお腹でにゅとにゅとフサを包みこんでくれる。けど、僕はその口から「これからもよろしくお願いします」って言葉が聞きたかったんだ。フルーツも子種も受け取ってもらえたのに、このままお別れだなんてそんなの、やっぱり受け入れられないよ!
 失神しちゃったリュウテンちゃんを胸に敷いたままうろたえる僕へ、背後から腕が伸びてきた。

「おい」いつの間にかカイリューが月明かりの元まで進み出てきていた。「気を失うまで無理をさせてくれたな。……チッ、顔まで好き放題汚しやがって。俺が楽しむ前に使い物にならなくするとは、どういう魂胆だ? 2度も射精()したんならさっさとどけ」
「――ぅあっ!?」

 ぐわんっ! もの凄い腕力で肩あたりを引っ張られて、ベッドから引きずり下ろされる。出したばかりのフサがリュウテンちゃんのつぶつぶにこそげ取られて、痛いまでのその摩擦刺激に、危うく尻もちをついちゃいそうになった。
 リュウテンちゃんの反応も劇的だった。1番奥まで貫いていたフサを一気に引っこ抜かれたせいで、「にゃぁン゛っ!?」なんて胸飾りにイタズラされたニャローテみたいな寝言をこぼしていた。まどろみの中、カクヵク、っくん…………。下腹あたりのお肉が連続して小さく跳ねる。ソウブレイズの〝むねんのつるぎ〟に斬りつけられた傷跡が疼くみたいに、強すぎる快感の余波を長々と引きずっているらしかった。ぽっかりと空いたお股の穴が名残惜しそうにすぼまって、僕が1番奥で受け渡したはずの子種を吹き出しちゃっている。僕のそれとリュウテンちゃんのお汁が蛇腹の溝に沿って太ももを垂れ落ちて、その半分を寝わらにせき止められてもなお、したたった粘液がベッドにオージャの大滝を再現していた。
 そこから目を離せないでいる僕の肩口に再び、分厚い手がかけられる。今度は〝ドラゴンクロー〟じみて爪を深く立てられて。

「この俺を無視とは、よほど痛めつけられたいと見える。カイリューという種族が例外なく温厚だと思ってナメているようなら……、今ここで試してみるか?」
「あなたには、関係ない、でしょ」せっかくリュウテンちゃんへ僕のタネを宿らせたのに、カイリューなんかの不純物を混ぜるワケにはいかなかった。警備班長を睨み返す。「邪魔しないで。これは僕とリュウテンちゃんの、気持ちのぶつけ合い、なんだからッ」
「お前こそ招かれざる客だということに、そろそろ気づけ。気持ちのぶつけ合いだ? ほとんど相手にされてなかっただろ。気を遣われていたくらいだろうが」剣呑だったカイリューの声にどこか、同情めいた響きが加わった。「道に迷ったポケモンやトレーナーを街まで案内するのも、警備班の勤めだからな。出口を見つけられずにもがいているお前に教えてやる。……諦めろ。こうなってしまったからには、シスター・リュウテンはもう、戻れない」
「誰のせいで! リュウテンちゃんはっ、あんなになっちゃったんだよっ!! リュウテンちゃんのつがいには、僕が! ふさわしいんだっ。……聞いてたでしょ、リュウテンちゃんは、はっきり言った! つがいにするなら僕しかいないって、はっきり言ってくれたんだ! だから、ッだから……!」
「交尾してなおさら身に染みただろ。フラれたんだ、お前はな。……この四旬節で、シスター・リュウテンは身も心も、パルデアの大穴の奥底まで堕ちた。それもこれも――」

 警備班長の目線が食ってかかる僕の後ろへ流れて、ギョッとしたように揺れる。掴みかかっていた手からは力が抜け、その場で膝を折って背を丸めると、何かを促すように僕を睨みつけた。
 遅れて僕も振り返る。月明かりの逆光に照らされた医務室の水路から、ハクリューの頭に鎮座したシャリタツがお出ましなさるところだった。

「ヌシ様……どうして」

 こんな時間に、こんな場所で、フェヴィル様とお会いするなんて。このままじゃ堕落しきったらんちき騒ぎをヌシ様へお披露目することになっちゃう! 何をどうするべきなのか、頭が真っ白になっていた。現代の大淫婦バビロンとなって横たわるリュウテンちゃんを裏手の水路へ落っことすことさえ、とっさに思い浮かばなかった。
 全ての罪をさらけ出すつもりで、前脚も後ろ脚も折ってひざまずく。押し下げられたハクリューの頭から岸へと降り立たれたフェヴィル様は、朦朧とするリュウテンちゃんを遠目に眺めなさって、地面に畏まるクォンタム警備班長の前までお越し遊ばれた。

「はいはい。……警備班所属の雄たちは特に溜めこんでいるだろうから、今日は夜遅くまで医療班に頑張ってもらっているかと思ってたんだけど。きみの順番を待たずして気絶するとはね……。オレの言いつけも守れないで、このヤドキングには後で直々に説法してやるよ」
「……いえ、あなた様の御手を煩わせるほどの者でもない。俺がたっぷり再教育して、おきますので」
「元教育班のヤドキングを再教育、ねえ……。警備班の班長に昇進してからずっと気張ってたみたいだけど、きみもだいぶ肩の力が抜けてきたんじゃないか?」
「はッ……なんと身に余る御言葉か」

 頭を垂れて医務室の湿った地面を見つめながら、すぐそこで繰り広げられる問答を黙って聞いていた。けど、フェヴィル様の御言葉がひとつも理解できないで、なんで? って思考のカケラが頭の中をぐるぐる巡る。リュウテンちゃんは直接フェヴィル様から御導きを賜ったのに、あんなに堕落しちゃったってこと? 一連の医療行為は、ヌシ様に認められている? ……フェヴィル様が、リュウテンちゃんを破滅の道へと教化なさったの?
 葉っぱのひさしの下からチラチラと視線を向ける僕へ、おや、とお気づきになられたフェヴィル様が御言葉をくださった。

「ああ、きみは」小さなシャリタツの大きな瞳に射すくめられて、僕はますます低く首を垂れた。「いつもあのヤドキングと一緒にいた、トロピウスだね。最近見なかったから逃げられたのかと思ったけど、無事戻ってきてくれたようで何よりだ」
「給仕班所属のブラザー・ビスと申します。四旬節のあいだ、隠修士としてナッペ山に籠る旨を、お伝えして、おりました。……え。逃げる、とは、どういうこと、でしょうか」
「きみたち、ずっとベッタリしていただろう。せっかく食べ頃を迎えたってのに、そのままつがいになって湖を離れられでもしたら、旬のネタが台無しだろ? 敬虔な修道士ほど己の抱いている恋心に気づかず、オレに告解することもなく、ある日突然愛に目覚めて湖を去っていくものだからね。ヌシとしては気が抜けないわけだ」
「……」
「あのまま仲良しこよしを放っておけば、近いうちに結ばれていただろうから、無理やりにでも引き剥がす必要があった。だから謝肉祭の日、ヤドキングにはウェーニバルの元に向かってもらったんだ。あの傲岸不遜なウェーニバルのことだ、否応なく交尾を迫るだろうことは、容易に予測できていたからね。そうすれば、仲のいいきみが何かアクションを起こしてくれるだろうと期待してさ。でもまあ、誘惑されるままに抱き潰して、罪悪感に駆られてナッペ山へ籠るだなんて、そんな未来までは予知できかったけど。……っあはははは!」
「…………」
「それでもきみはよくやってくれた。ヤドキングの本性を暴き出してくれたうえ、自分から湖を去って彼女を孤立させてくれたからね。きみはよく知っているだろ? 従順な修道士ほど、悩みをなんでも告解してくれるものなんだ。そういう子ほど心につけ入る隙があるから、あとはそっと背中を押してやるだけさ。……そういや、きみのことも打ち明けてくれたね。雪山に修行へ向かった友だちを裏切って、体を湖へ貢ぐのは怖い、って。まあ、裏を返せばそれだけだった。その不安さえ取り除いてあげれば、ヤドキングは進んで雄たちに食われるようになったよ。――みんなが喜ぶスシみたいにね」
「ヌシ、さま。……あなたは、やっぱり」

 ずっと抱いていた疑念が、確信に変わった。
 フェヴィル様は僕たち修道士のことを、なんとも思っちゃいなかった。弱っているところに美味しそうな餌をぶら下げて、釣り上げて、時間をかけて下味をつけて、回転(まわ)して、古くなって傷んじゃったら次を用意すればいいだけの、使い捨てのおスシの具材。
 ウタラソさんの言った通りだ。なんでちゃんと彼の話を聞いておかなかったんだろ。なんでもっと早く気づけなかったんだろ。長年封じこめてきた感情が、冬眠から目覚めたノココッチみたいにお腹の奥底でとぐろを巻いている。

「オレが握ってやったネタはどうだった? どれだけ淫乱といえど調教するのは一筋縄じゃなかったからね、ずいぶん気に入ってくれたみたいで嬉しいよ――擬似餌2号」
「――僕も、リュウテンちゃんもッ、フェヴィル様のスシネタなんかじゃ、ない!!」

 叫んだ喉奥が、ふつり、と熱を帯びた。
 お腹の底から吹きこぼれた憤怒のエネルギーが、僕の体を白く包みこんでいく。細胞ひとつひとつが洗練されたように組み替えられていく。トロピウスという種の根底を覆すことで得られる、ヌシ様をも凌ぐような全能感。
 ソゥギャリさんの慕っていたトレーナーさんは料理人で、街では人気の大衆食堂で働いていたそうだ。そこではポケモンに食べさせることでテラスタイプを変える秘伝の調理法を任せられていたらしく、手伝っていたソゥギャリさんもその極意をこっそり盗んでいたらしい。
 1ヶ月かけて、僕はその素材となるカケラを集めて回った。サウナに来てくれるポケモンたちにも協力してもらって、なんとか昨日、必要なだけの量を集めきった。今朝サクラさまへ「お世話になりました」の挨拶をした際、お返事に「ナッペ山の者たちがここまで協力を惜しまないとは……。ビスよ、あなたの純真さが、彼らの協力を勝ち取ったのでしょうね。それは誰にでもできることではありません。誇りなさい」なんて、凍える中長々と褒められたくらいだ。
 僕を包んでいたエネルギーが散乱して、洞窟をまぶしく照らし出す。頭に実るのは――(ドラゴン)の冠。
 毎日〝こうごうせい〟をして養分を蓄え、ソゥギャリさんに練習相手になってもらって……、1ヶ月とちょっとの間に考えついた、リュウテンちゃんを助けるために必要になりそうなことは、ほとんど全部やり尽くしたつもりだ。フェヴィルへの反逆も、そのひとつだった。万が一ヌシ様とのバトルになった場合でも、一矢報いるだけの力はつけておくべきだって、ウタラソさんは根気強く鍛え抜いてくれた。ヌシ様がそんなことなさるはずがない! って突っぱねていた僕を、それでも頑なにバトルコートへ引きずり出しては相手までしてくれたウタラソさんは、もしかしたらリュウテンちゃんよりも未来が見えていたのかもしれない。
 けど、いくらレベルアップしたって、毎日鍛錬している警備班の班員に、ましてやヤツらを束ねるフェヴィルに(かな)いっこない。普段バトルなんかしない僕は、戦う前から気持ちで負けちゃうに決まっていた。だからこそ、気後れする僕の背中を力強く押してくれる、ドラゴンの覇気が必要だった。
 洞窟にいる全員がぽかんとしているうちに、僕は翼を翻す。
 振り返ってすぐ近く、水路に漂っているクレベースへ急接近し〝リーフストーム〟の陣風を叩きつけた。見た目どおり防御が自慢のひょうざんポケモンも、特殊技にはめっぽう弱い。不意を突かれてバランスを大きく崩し、ざぁぁん! って水しぶきを荒立ててぺったんこな背中をひっくり返されると、もう自力では起き上がれないみたいだった。

「調子づくなよ?」カイリューの声が聞こえた頃には、僕の横腹に〝しんそく〟の拳がめり込んでいた。「お前、正気か? フェヴィル様の御前だぞ。それに副班長を気絶させておいて、この俺の率いる警備班に喧嘩を売るってのがどういうことか、分かっているんだろうな? シスター・リュウテンを再教育してやるより先に、まずお前を徹底的に――」
「じゃまっ――――するなああああ゛ッ!!」

 〝げきりん〟の怒気で青筋立った首をねじって、口うるさい警備班長を打ち据えた。リュウテンちゃんの元へ駆け寄ったとき、どさくさに紛れて〝ずつき〟を食らわせていたのが効いたらしい。どんなダメージでも半減してみせる〝マルチスケイル〟はその輝きを失っていて、その場限りの(ドラゴン)となった僕の首は、でっぷりとした蛇腹へ深々とめりこんでいた。
 一瞬、時間が止まったみたいだった。僕よりひと回りもふた回りもがっしりしたカイリューの体は、頭で押してもまるでゴチルゼルに〝かげふみ〟されたみたいに動かなかったけど――、それでも僕は激情のまま、首を振り抜いた。
 どごぉん! 洞窟が揺れるくらい壁に背中を強打して、めったに動揺しないカイリューの顔が驚愕に染まった。こめかみにびっしりと怒筋を走らせ、荒くれ者のドラミドロさえ途端に〝しっぽをふる〟ような形相でいきり立つ。

「お、ま、え゛、なぁああ゛あ゛あ゛あ゛――――」

 警備班長は両足をふんばって起きあがったけれど、ギリギリで体力を削りきれたんだろう、天井が軋むくらいけたたましい〝ハイパーボイス〟を叫んだまま、前のめりに気絶してくれた。ベッドとベッドの間へ挟まるようにして、動かない。奥の方で様子見していた残りの警備班の面々も、班長と副班長がダウンしてみんな引け腰になっている。
 あと討ち倒すべきなのは――、宗主だけ。

「あっはははは。やるねえ! まさかきみに、そんな才能が眠っていたなんて! 明日から警備班に異動したらどうだい? なんなら班長の肩書をあげてもいい。……なんだか震えているけれど、まだ立っていられるか?」
「こんなの、なんともないさっ」強がりだった。本当は、カイリューの拳を受けた脇腹が燃えるように痛くって、涙をこらえるのに精一杯だった。「これは、武者ぶるいだ。それに……はあっ、僕の怒りも乗っかってる。憤怒の大悪魔に魂を売ってでも、はあッ、僕は、ぼくはッ、あなたを……、倒す」
「はいはい、そう怖い顔をするなよ。……ほら、怖がっているだろう」
「はあ、はーーーッ……、ふうぅ。……んへ、ぇへへっ、えへへ」

 乱れた呼吸を急いで整えて、怖がらせないようにリュウテンちゃんへ笑顔を繕った。痛くて、怖くて、泣き出しそうなのに、顔は笑っている。気持ちがぐちゃぐちゃだ。このままじゃ僕の心が膨れて破裂しちゃいそうで、こんがらかった感情がぜんぶ、目の前のシャリタツを倒すことだけに収束していく。
 いつの間に目を覚ましていたんだろう、リュウテンちゃんは突然のことに腰を抜かして、石のベッドから落っこちて身を縮こまらせている。ずいぶん驚かせちゃったみたいだけど、僕とつがいになる未来をすっかり諦めていた彼女の瞳に、きらり、と、希望の光が宿ったように見えて。
 僕とのタマゴを産んでもらうために、リュウテンちゃんのいちばん奥へ注いだときから、腹は決まっていた。こんなところでこんな生活を続けていちゃ、生まれてくるヤドンがあまりに可哀想じゃないか。親が奔放で大変な思いをしてきたのは他ならぬ彼女なのに、それをすっかり忘れちゃったらしい。パルデアの大穴へ足を滑らせたリュウテンちゃんを、僕が、すくい上げなくちゃならないんだ。
 余裕を湛えたシャリタツを再度、睨みつけた。視界はだいぶ狭くなっている。首元のフルーツに隠されていた〝げきりん〟に触れられたことで、僕の中に眠っていたドラゴンの血が沸騰していた。あと数分もしないうちに、頭に血が上りすぎて混乱しちゃうだろう。けど、そんなの心配するほどのことでもない。その前に片をつければいいだけのこと。
 シャリタツのちっぽけな体めがけて、4枚の羽をびんと張る。テラスタルを開放すると同時に吹かせていた〝おいかぜ〟に乗りながら、四肢で地面を蹴る。10メートルと離れていない滑走路を、勢いづいて突撃する。

「あなたを倒して、リュウテンちゃんを返してもらう、からっ!」

 造反者の咎を背負ったっていい。ナッペ山にリュウテンちゃんを連れて帰れば、ソゥギャリさんは「それも雄の勲章さね!」って、適当なことを言って称えてくれるだろうから。ウタラソさんはおどけた裏声で「これでオイラとおんなじ〜、自由の身だネッ」なんて、出来損ないのシェルダーの声真似をしてくれるだろうから。
 くいっ。
 僕の眼前にまで迫ったフェヴィルは、構えることすらしなかった。たったそれだけ、ひれで何か合図を出す。

「そろそろおあいそ(・・・・)だ、ご退店願おうか」

 ――ざばあ。
 怒りに狭まった視界の端で、水路から巨大な水柱が噴き上がっていた。フェヴィルに天罰を下そうとのめり込んでいた僕はとっさに反応できなくて、陸地へ乗り出したそれに頭からぶつかった。思いがけない衝突にふらつく僕へ、ぎょろり。いかつい波模様をした岩壁のすき間から、鈍くさそうな目が覗いていて。
 壁じゃ、ない。これ、ヘイラッシャの――。
 そう気づいたのと同時、壁だと思ったそこにぱっくりと切れこみが走って、ケケンカニのハサミみたいに上下へ大きく開かれる。ブリーのみを噛み潰したんじゃないかってくらい真っ青な口の中から、1貫、スシが飛び出してきた。





 ウタラソさんが茂みの中で逆立ちをして、シェルダーのしっぽを高らかに掲げていた。カタコトな彼の裏声に合わせて、にっこり顔の巻貝が小さく揺れる。

「ブラザー・ビス、あなたハ〜、いま、シスター・リュウテンを妻とし、ヌシ様のお導きによって、つがいとなろうとしていま〜ス。ナンジ、健やかなるときモ〜、病めるときモ〜、喜びのときモ悲しみのときモ、これを愛することを、誓いますカァ?」
「ははいっ! 誓いますっ」

 緊張して声が震えちゃったけど、その緊張感にイヤな雑味はひとつもない。神聖で、荘厳で、華々しい結婚の儀式だから。横目でチラッとうかがう、上目遣いに小さく笑うリュウテンちゃんのハレ姿。シェルダーの突起にひっかけるようにして特注してもらった、器用なコロトックさんが〝ねばねばネット〟で編んだ純白のヴェール。非粘着性のそれに覆われたヤドキングの顔は、ヌシ様をお導きになった聖母さまが降誕なされたのかと思うくらい美しくって。

「シスター・リュウテン、あなたハ〜今、ブラザー・ビスを夫とし、ヌシ様のお導きによって、つがいとなろうとしていま〜ス。ナンジ、健やかなるときモ〜、病めるときモ〜、喜びのときモ悲しみのときモ、これを愛することを、誓いますカァ?」
「はい、誓います」

 淀みなく答えるリュウテンちゃんの、ナッペ山の雪解け水より透き通った声。晴れ渡ったオージャ湖にその宣誓が響き渡っていく。束縛だらけの湖の教えを振り切って、僕へ寄り添うことを決めてくれた。エンジンをふかしたブロロンみたいなまっすぐな気持ちが、ただただ、嬉しい。

「デは、新郎から新婦へ、愛の贈り物ヲ」

 ガラルって地方の外れ小島に住みついたヤドンは、枝を編んだ首飾りでヤドキングに進化するらしいけど。あいにく僕はそんなに器用じゃない。
 祝福の鐘の音に合わせて飛び立つムックルが準備運動するときみたいに、ぶるるって小さく喉元を震わせる。とっておきに甘く実らせたひとフサを切り離し、口でキャッチして彼女へ差し出した。
 両手で受け取ったリュウテンちゃんはうっとりと皮を剥き、はむ、とひと口食べてくれる。口移しなんかじゃない、僕の想いを受け入れてくれた、正式なあかし。
 フルーツの食べさしを〝サイコキネシス〟で受け取ったウタラソさんが、高らかな裏声で宣言する。

「さあサア、誓いのキッスを!」

 幸せそうに俯くリュウテンちゃんの首を傾けてあげる。薄幕を咥えて(まく)りあげ、遮るもののなくなった顔を覗きこんだ。その道のプロらしいニンフィアにお化粧を施され、いっそう桜色に華やいだ頬っぺた。シェルダーはくすみのひとつもないほどに磨きあげられ、フリルはお陽さまの光を反射するほどきらびやかで。胸の前で祈るように組まれた手の爪にまで、艶のある油が塗ってある。僕だけを見つめてくれている瞳が、ゆっくりと閉じられていく。
 ほんのり色づいた唇に、そっと、口づける。人間の使っている香水でも付けているんだろう、華やいだ香りが鼻をかすめていった。わあっと湧き上がる拍手喝采。神聖な式典を見守ってくれていたオージャ湖のみんなが、あの日のカーニバルみたいなお祝いムードで、僕たちの門出(かどで)を見守ってくれる。
 会場を移して、ウタン島。給仕班のみんなが腕によりをかけて作ってくれたご馳走に舌鼓を打ちながら、代わるがわる挨拶にくる修道士たちから祝福の言葉を投げられる。「お似合いだよ!」「もっと早くくっつくもんだと」「幸せになりなさい」。聖歌班のチルタリスさんがリードする讃美歌とか、切り身をふよふよ浮かせるペス姉の余興とか、どこまでも澄み渡った春の陽気の中、湖での最後の時間に身も心も浸っていく。
 西パルデア海の遠くへ沈んでいく夕陽にさよならをして、僕はリュウテンちゃんを背中に乗せて坂道を上っていく。幸せを踏みしめるようにゆったりと、1歩、また1歩、雪道を進むようなゆっくり加減で、長らく親しんだ湖を離れていく。
 お見送りしてくれたみんなの声も聞こえなくなったところで、リュウテンちゃんが振り返る。「オージャ湖は素敵だったけど……。シャリタツがしゃしゃり立つのがちょっとね」なんて〝さむいギャグ〟を披露して、僕も小さく吹き出すんだ。不意に雪がちらついてきて、急かされるように翼を広げたりして。飛んで向かう先はもちろん、ナッペ山のサウナ室。
 凍える僕たちを「よくやったさね!」なんてソゥギャリさんが出迎えてくれて、顔馴染みのポケモンたちにリュウテンちゃんを紹介して回る。ひと段落ついてから、ちょうどいい大きさの横穴に体を滑りこませた。狭い洞窟で肌身を寄せて、お互いの息がかかるくらいの近さで見つめあって、こそばゆく笑ったりなんかして、改めてつがいになったことを確かめるんだ。
 リュウテンちゃんもすぐにみんなと仲良しになって、パモくんにお勉強を教えてあげたり、ウタラソさんと『ヤド聞き』しあったりする。その横で僕はご飯を振る舞ったり、ロウリュで熱波を送ったりする毎日。
 そのうちリュウテンちゃんのお腹が大きくなっていって、僕がそばで見守る中、頑張って元気なタマゴを産み落としてくれる。サウナ室はさすがに暑すぎちゃうだろうから、茹でられないように交代で温めあっていこう。動けない彼女のもとに、僕が料理を作って持っていくのもいい。湖にいた頃みたいな豪勢なものは作れないだろうけど、ふたりで食卓を囲みながら、生まれてくるヤドンの名前はどうしよう、なんて笑い合ったりする。雄かな、雌かな。技を遺伝しているなら、やっぱり〝ずつき〟かな、なんて。
 ナッペ山の北東側には広々としたお花畑が海まで続いていて、身軽になったリュウテンちゃんと気晴らしに足を延ばすのもいい。タマゴを抱えてのんびりしながら、僕の背中にシェルダーを預けてお昼寝してくれるんだ。ポカポカの陽ざしと、すぐ隣に感じるかけがえのない温かさ。
 いつの間にか起きていたリュウテンちゃんが、僕の首に抱きついてくる。

「ビスとつがいになれて、よかったなって」
「……うん? うん、僕もだよ」
「結婚式で渡してくれたフルーツ、嬉しかったな。……もうひとつ、欲しいものがあるの」
「それは、なぁに?」

 夢見心地のところを揺り起こされて、生返事しちゃう僕。それさえも幸せだなって感じられて、甘えてくるリュウテンちゃんに頬っぺたをすり寄せた。いつもはそんなに曲がらないはずなんだけど、伸ばした僕の首は彼女をぐるぐる巻きにしちゃって、砂袋を膨らませたサダイジャみたいな見た目になっている。……寝ぼけているのかな。

「翼が欲しいの。空を、飛んでみたかったから」
「うん、いいよ」

 なあんだ、そんなこと。
 よく曲がる首で葉っぱの翼を咥えると、思いっきり引っこ抜く。ぷぢっ! て聞き慣れない音がしたけどそんなの、気にしない。リュウテンちゃんのシェルダーには背中側に目がついていて、そこに翼の茎を挿しこむとピッタリくっついた。左の羽もおんなじ要領で植え替えてあげる。
 トロピウスの背中には2対の翼が生えているから、ひとつずつおすそ分けしたって大丈夫。ちょっと助走をつけて大きく羽ばたけば、上昇気流を捕まえて大空へ舞い上がった。
 羽化したリュウテンちゃんも慣れた様子で翼を広げ、すぐ僕へ追いついてくれた。険しいナッペ山の峰々を超え、万年雪を被った山頂さえ見下ろしながら、どんどん高度を上げていく。僕らは連なって、空の高いところをずっと飛んでいる。

「や〜やあ、こんなところニ!」

 すぐそばから声がして、僕は目線をちょっと下げた。葉っぱの翼が生えたシェルダーから吊るされるようにして、ウタラソさんが逆さまに浮かんでいた。寝ぼすけなビリリダマみたいに横方向へゆっくりと回転している。
 ヤドキングに翼が生えているんだから当然、ヤドランが空を飛べたっておかしくはない。ウタラソさんは逆さに垂れてくるよだれで顔をぐしょぐしょにして、ちょっと前屈みになりながら両手を大きく左右に広げていた。

「はい、スシざんまい!」おどけにおどけた裏声で、ウタラソさんが高らかに言い放つ。「ヘイラッシャああい! なんにしやショ???」90度回転して、目下に広がる竹林を切り裂くように。「NO SUSHI NO LIFE.」また90度ずれて、煌びやかな人間の街にまで響かせるように。「小島のオレスシ、王者のオレヌシ!」遠くにたゆたうオージャ湖を揺るがすように。「そろそろスシを食べないと死ぬぜ!」広大な北パルデア海の果てまで知らしめるように。「ギョ新郎とギョ新婦のギョール・インでギョざいます! どうぞ皆様、お誘い合わせのうえギョ臨席くださぁあい!」

 そうしているうちに、いつもサウナにきてくれる仲間たちが僕を取り囲んでいた。ソルトビーくんを先頭に給仕班の面々、さらにはオージャ湖で別れたはずの修道士たちも、みんなお揃いの翼をたなびかせてついてくる。厳しかったガバイトのお父さまと、顔も思い出せないトロピウスのお母さま。かつて同じ群れにいた意地悪なフカマルとリーダーのガブリアス。アマージョを背中に乗せた土くれの獣。白くて長い帽子を被っているのは、ソゥさんの元トレーナーさんかな。オレンのみ、オボンのみ、やまぶきのミツ、ナナのみ、きせきのタネ、ナナシのみ、ヤチェのみ、メンタルハーブ、ホズのみ、かおるキノコ、オッカのみ、おうじゃのしるし、きれいなハネ、ザロクのみ、ハートのうろこ、ほしのすな、おだんごしんじゅ、ベリブのみ、バコウのみ、ヨロギのみ、あまーいリンゴ、すっぱいリンゴ、たべのこし、あかいいと、えび、いか、あなご、マグロ、サーモン、しあわせタマゴ。僕たちの結婚を聞きつけた万物たちが、パルデアじゅうから駆けつけてきてくれた。讃美歌を合唱しながら両手を掲げて、手のないものは体を揺すって、体のないものはただただそこに存在してくれて。なんだか結婚の儀式を祝福してくれる天使たちみたい。
 僕とリュウテンちゃんの前に陣取ったウタラソさんが叫ぶ。

「さあサア、誓いのキッスを! さあサア、さあサア、さあサアさアサ朝麻浅鯏りりりり!」

 そっか、まだだったっけ。
 てんやわんやなお祭り気分のさなか、僕の背中に降り立ったリュウテンちゃん。肌と肌を重ねながら、つがいになれた喜びをお互いに交感する。仲睦まじいムクホークが空の高いところを悠々と旋回するみたいに、僕たちはピッタリと翼を連ねていた。葉っぱの翼は元からひとつの幹より生えていて、葉脈まで繋がっているみたいに分かちがたいものなんだ。僕たちに根っこがあれば、それも深いところで絡まり合っているに違いない。魂までもが結びついているはずだから、きっと来世でも一緒だね。
 首を回して、じっと見つめ合う。うっとりと目を閉じた彼女へ口を近づけていって――。
 ちゅ。

「あ」

 唇が触れた途端、シェルダーから生えていた翼がパッと消えた。ぱちくり瞬きしている間に、僕の背中からリュウテンちゃんが転げ堕ちていく。キュワワーの〝つるのムチ〟みたいにあれだけ伸びた首はちっとも動いてくれないで、彼女の名前を叫ぶことさえ叶わない。気づけば祝福してくれていた天使たちは散り散りになっていて、僕は大空のどこかに取り残されたまま、パルデアの大穴に満ちたまっくら闇へ堕ちていくリュウテンちゃんを、ただただ見届けることしかできなかった。





 フェヴィルを討ち倒すために放った渾身の〝げきりん〟は、水路からせり上がったオマチドーの巨体にあっけなく阻まれた。暴れ狂う竜の激昂から醒めて〝こんらん〟状態へ陥った僕が、即座に飛んできたシャリタツに気絶させられるまでの1秒にも満たない瞬間に見たはずの、幸せな未来。それは疲弊しきった交感神経が僕の脳裏に作り上げた、ありもしない幻覚だった。
 全身を貫く激痛に意識を揺り戻された頃にはもう、僕の頭上で弾けた輝きは何千もの小さな粒子になって、医務室の洞窟へ拡散していくところだった。
 〝しれいとう〟となったシャリタツをぶつける、ヘイラッシャの〝いっちょうあがり〟は、(ドラゴン)タイプになっていた僕の体力をあっけなく吹き飛ばした。人間の履き物のような形をした肉厚の舌で薙ぎ払われただけで、僕の思い描いていた幸せな未来はテラスタルもろとも打ち砕かれた。フェヴィルに一矢報いるだなんて尊大な考えを厳しく咎められるような、そんな圧倒的な力量差だった。
 水路へ戻ったオマチドーの額に乗っかって、フェヴィルが変わらない声の調子で言う。

「つけ場まで勝手にあがって荒仕込みのネタをつまみ食いしておいてさ、怒鳴り散らすとはとんだ迷惑なお客さんだ。ひとのスシに唾をつけるなんて迷惑行為、ここがローリングドリーマーだったら今ごろ黒服の強面(こわもて)に裏路地へ連れて行かれるところだよ」

 ナッペ山からの雪解け水みたいに淡々と流れてくるフェヴィルの言葉が、地に堕ちた僕の耳を右から左へと過ぎ去っていく。飛び出たヘイラッシャの舌に踏みつけられたまま、かひゅ、僕の喉笛が空っ風を鳴らす。

「このヤドキングは、四旬節でオレが手塩にかけて育てた、今1番脂が乗った旬のものだ。その皿を取るとなれば、それ相応の代金が発生するものさ。食い逃げしようとしたとなると……さて、どうしたものか」フェヴィルは次の〝わるだくみ〟を企てるみたいに片目を細くする。「水路から見てたけどさ、注文したネタの刺身だけ剥がして食べてシャリを残す、みたいな汚い食べ方してくれたよな。修道士なんだからもっとマナーを重んじなくっちゃ」

 フェヴィルは陸地へ飛び降りると僕の脇を跳ねていって、リュウテンちゃんが使っていたものの隣のベッドへ尾ひれをくつろげた。「あーあー、こんなに汚しちゃってさ」なんてどこか楽しげに吐き捨てながら、白い腹を見せつけるように胸ひれを大きく開く。
 地面に崩れ落ちいていたリュウテンちゃんの視線はそこに吸いこまれていって――ぐりんッ、眼球ごとひっくり返るみたいに白目を剥き出した。住処の岩から引っこ抜かれたウミディグタみたいにのたうち回る。がこ、がキんっ! 石のベッドにシェルダーの甲殻がぶつかって、硬い音を跳ね返した。突起の端っこが欠けることも気にならないみたいに、唾を飛ばして叫んでいた。

「ンお゛ッ!? や、ぉ、ン゛やぉおおおおん!? フェヴィル、さま、フェヴィルしゃま――んぁああっ、今日ッは、はげ、激ッし、――ゃあああああああんッ!? あっ、すご、今日すごっ、1週間ぶりのッ、直接指導、ご寵愛っッッ! や、ぁん、やおおおぉ゛、ぉ……お腹のタマゴ、ッから、生まれてくる子、――おん゛っおん゛っおん゛っほぉぉぉ゛……お゛ンッ!? ぃっ淫乱に、なっちゃううぅううッ!!」
「はいはい、きみによく似たヤドンが生まれてくるだろうね」

 メグロコにお尻をかじられたミミズズみたいに、全身をくねらせて踊るリュウテンちゃん。もうそれにも見慣れたものだけど、波を打って上下に揺すられる蛇腹から、僕が預けたタネを噴きこぼしちゃっていた。ベッドのふちにできた白い水たまりにびしゃびしゃと注ぎ足して、そこにへたばるリュウテンちゃんが湖の底へみるみる沈んでいくみたいで。
 けど、それだっていい。リュウテンちゃんが幸せなら、それでいいんだ。願わくは、どうか僕のタネで実を結んでいてください。未来が見えるだなんてリュウテンちゃんの冗談を真に受けるワケじゃないけど、それに縋りつくしかないくらいむごたらしい光景に、かっ開いた僕の目は乾いて涙も浮きやしない。

「……話を変えようか」反応の薄い僕に、フェヴィルの尾ひれがつまらなそうにベッドを叩く。「新鮮なネタを確保するには、常に餌を垂らしている必要があるだろう。釣りをしていて最も腹立たしいことが何だか分かる?」
「……」
「それは、擬似餌を獲物に食い逃げされること。何年前だったか、医療班にヤドランがいたろ。尻尾がジューシーになるまで大切に肥やしていたのに、やっとかかったエンニュートにまんまと奪われてしまった。……まさかナッペ山の奥地なんかでコソコソ隠れ住んでいたとはね」
「え」
「逃したドジョッチは大きいって言うだろ? ……っはは。きみはヤドキングを破滅させただけでなく、擬似餌としての役目も果たしてくれたんだよ、2号。叶うはずもない駆け落ちをするためか知らないけど、彼らの居場所をペラペラと喋ってくれたね。本当に助かった。……さっき伝令班のドラパルトに、偵察のドラメシヤを飛ばさせたところさ」
「ま……まさか」

 聞かれていた。
 リュウテンちゃんの救出に失敗したどころか、四旬節のあいだ僕を支えてくれた大切なポケモンたちが、フェヴィルに釣り上げられようとしている。雪山の奥地で細々と身を寄せ合っている者たちが、陰湿なシャリタツに〆られ、捌かれ、握りこまれそうになっている。
 僕のせいだ。僕が、不用意に喋ったりしたからだ。
 愛する者を助けられるって信じて見送ってくれたウタラソさん。模擬戦の相手だったりテラスタルを変えたりして背中を押してくれたソゥギャリさん。ようやく見つけた僕の大切な仲間たちが、僕みたいに心を捕らえられ、ヌシに祈るしかなくなるまで湖に漬けられて、最後には裏切られてむごたらしく踏みにじられる。1度湖の呪縛を振り切ったウタラソさんさえも、陰湿なフェヴィルは赦さないで雪山の奥地まで追いかけていく。
 ――逃げ、なくちゃ。逃げて、サウナ室のみんなに伝えなくちゃ。この束縛を振り解こうともがくけど、オマチドーの舌に踏まれた内臓が軋んで「げっへ……!」ってえずいただけだった。
 フェヴィルはベッドの玉座から跳ね降りて、ちらり、と月明かりの外側へと目をやった。つられて僕も視線を移す。宗主の従者としてお仕えするハクリューが、お告げ通りに転覆したクレベースを救助し終えて、暗がりで息を潜めていた警備班の面々を医務室から追い払っているところだった。
 僕と同じ頃に洗礼を受けたはずの彼。最初の頃こそ毎日お話ししていたけど、フェヴィルの側近に抜擢されてからはほとんど顔を合わせていなかった。透き通るように綺麗だったその瞳は、いつの間にかすっかり光を宿さなくなっていて。フェヴィルの洗脳を間近で受け続けたせいで、湖へ隷従することしかできなくなってしまったようだった。
 起き上がれない僕を、小さな邪悪が見下ろしている。

「きみもヤドキングと同じく、毎日飽きもせずオレへ祈りを捧げてくれる、食品サンプルみたいな修道士だったからね。恐れ知らずにも〝げきりん〟を向けてきたとはいえ、命までは取らないよ。せっかくだから、正しいスシの握り方ってのを、きみに見せてやろう。ネタはすぐに傷んでしまうから、常に新鮮なものを仕込んでおかないといけないんだ。……そうだな、(ドラゴン)でもないきみに呆気なく倒された警備班長とか、この先長く楽しめそうなネタになってくれそうだろ?」

 フェヴィルは心の底から楽しそうに笑うと、洞窟の暗がりで伸びたままのカイリューへと跳ねていく。うずくまる警備班長の頬へ、シャリタツの胸ひれがぱしんっ、と打ち下ろされた。

「いつまで寝てるつもりだ?」
「あ……が、?」警備班長は起き上がって目の前の宗主を認めると、血の気の引いた顔を俯かせて膝を折り、胸前で手を組んだ。「ヌシ様……俺は。俺は今まで、何を……」
「警備班長ともあろうきみが、オレをほったらかしにして昼寝とは、なんとも殊勝な心がけだ。オレがやられていたらきみ、どう責任取るつもりだったんだい? ……想像してみなよ。警備班の部下はおろか、他の修道士連中からも蔑まれて、きみのしでかしたことはすぐ、オージャ湖のみんなの知るところになるだろうさ」
「……なんたる失態、か」カイリューの声は震えて、取り繕おうとする顔はヤレユータンの手のひらみたいにしわが寄っている。「今からでも、あの、反逆者のトロピウスは、俺が」
「その必要はない。オレの相棒がやってくれたからね。……ひょっとしたらオージャ湖の警備は全て、相棒に任せた方がいいのかもしれないな」あくまでヌシとしての威厳を崩さないまま、フェヴィルは優しい声で言い聞かせる。「きみは随分と根を詰めて警備班を引っ張ってきてくれた。……しばらく休暇をもらうのはどうだい。きみが元いた、ナッペ東の丘陵地帯に戻ってみるってのは。故郷の同族たちも、リキキリンよろしく首を長くして待っているだろうからねぇ」
「……やめて、くれ」強張っていたカイリューの顔が見る間に忌々しく歪んでいった。「もうあんな、惨めな思いを、するものか。目覚めかけた厄災を前に、俺が群れを退却させた判断は……間違っていなかった。なのに、あんな、雌連中からはおろか、婚約者にまで笑われて……。俺は、悪くない。俺は、次期リーダーとして、正しい判断を下した。俺は、ミニリュウ族の出来損ないなんかじゃ――」
「それならばこそ、オージャ湖に尽くしてきてどれだけ逞しい雄に成長したか、オレに証明してくれよ。……雌の1匹くらい、虜にしてみせろ」
「俺は、俺は俺は俺は……」

 フェヴィルが胸ひれで示した先には――、ベッドのふちへもたれて〝みらいよち〟の反動に痙攣しているリュウテンちゃん。うつろな目で眺めたカイリューが、のし、のし、おぼつかない足取りで近づいていく。へたばるヤドキングを力づくで引きずりあげ、緩衝材として使いものにならなくなったどろどろの寝わらへと組み伏せる。
 ふるふると言葉にならない息をこぼすリュウテンちゃんの顔が、だいだい色をした筋肉の塊に隠れて見えなくなった。その直前、見えた未来が恐ろしすぎて笑っちゃったような口が小さく動いて、「たすけて」って言ってるみたいに、見えた。

「や――やべろッ!」へとへとのはずなのに、横倒しになった首をもたげて叫んでいた。叫びすぎて喉が破れて血が噴き出そうとも、叫ぶのを止めなかった。「こっこれ以じょ、リュウテンちゃんにっ、ひどいことする、なんてッ、僕が! このぼくがっ、ゆるさないから――あ、あ、あっダメっ、そんな、 ア、爪で無理やり拡げちゃ……ああッ!? ッどこから、おだんごしんじゅ、なんか――っあああああッ!? やべ、やめでっ! そんなっ激しく、出し入れ、したら……ッあ゛ーーーー!! おしり、壊れちゃ、リュウテンちゃんが壊れちゃ――っぁあああああ――」

 抜き取られた勢いで放り投げられた6連おだんごしんじゅは3秒後、僕の目の前で地面に激突してちりぢりに弾け飛んだ。目を奪われた一瞬ののち――どすゔんっ!! 地響きがしそうなほど洞窟が揺れて、圧倒的な雄の暴力にさらされた雌の悲鳴があたりをつんざいた。

「や――――――ッああああああ゛んっッッッ!!」

 カイリューの下敷きになったリュウテンちゃんはもう、筋骨隆々な腰まわりからはみ出したピンク色のしっぽだけになっていた。がっしりした警備班長の太ももが筋張ってへこみ、蛇腹と蛇腹が深く噛み合うたび、それがびんッ! と跳ね上がって、自分自身を服従させようとする屈強な雄へ負けを認めるみたいに、股あたりをぺちぺちと叩く。
 どすっ!! ……ばすっ!! ……どっす、どちゅッ、――どしんッ!!

「な、あ゛っ! なんでッそんなひどいこ、とぁ、ぁッ、アああ゛ーーーーッ!? やめて!! なにして――どいでッ今すぐ、このおッ、ああっやめ、ゃ――あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!! こっこんなの、嘘……ヴソ、だよね……? だって、僕が、ぼぐが助けるっで、やくそぐ、じてるンだ、から――アッ!? あっやめ、あッ、それやめ、そんな、あ、ア!? っあぁぁぁぁ……っ、やめて……、くださ、ぃ……。そんなことされたら、リュウテンちゃんの、おなか、裂けちゃ――っぁあああッ!? っそんなの、ダメ、ぜったいダメ、お腹の、タマゴ、ぼぐとっ、リュヴデンぢゃんのッ゛、だいじなタマゴがぁ! あ……ぁ、死゛、それし……しんじゃ――――があああああああ゛ッ!!」
「っははははっ!」侵入者を誅するビークインの〝とどめばり〟みたいな、フェヴィルの悪辣非道な高笑い。「そう、その顔! たまんないね……。労力を惜しまず競り落とした最高級のネタなんだ、最高の状態で味わわなくっちゃな。――っはは、あはははは!!」
「ごめんね、ごめんなさい、ごめんなさい……リュウテンちゃん、ウタラソさん、僕を助けてくれたみんな、ごめん……っごめんなさい。どうか幸せで、いてください。僕の好きなひとたちが、これからもどうか幸せで、どうか、どうか、どうか……」

 いま見せつけられている光景こそ、〝げきりん〟の反動で混乱した僕の脳みそが捏造している幻なんだって思って、混乱が治ればまた、あのきらきらした夢の続きが見られるはずだって信じて、祈った。もう誰に向かって祈ればいいのかなんて分からなかったけど、そうすれば誰かが助けてくれるんじゃないかって願って、祈り続けた。
 祈りとは諦めだ。
 嵐、山火事、大寒波、流れ星。自分の力じゃ到底及ばない圧倒的な脅威に対して、僕たちは祈る。大切なひとに怪我のありませんように。どうか末長く健康でいてくれますように。誰かのために祈っている間だけはせめて、何もできないちっぽけな自分自身を慰めていられるから。

 カイリューの巨体がまたもヤドキングを覆い隠して、耳慣れた絶叫が洞窟に響き渡っていった。







後日談あとがき 


書いた自分が言うのもアレなんですけど後味わっる〜〜〜! 本編の終わり方が、あはっあはっ、こんなになっちゃった……、って感じだったので、なっちゃったからにはバッドエンドへと直行してもらいました。大切にしてきたもの全部奪われたビスくんが見たいわ……! って祈ってたらヌシ様が叶えてくれましたのでね。翼を生やした子はそれをもがれて地面を這いつくばる姿がとてもよく似合う。本編ではオチに使われただけだったフェヴィルと冒頭に出てきただけのオマチドーもまずまず出してあげられたし、満足です。……というかですが本編より長くなるの、後日談あるあるですね。
駆け落ちモノはマリルリくんでやってるんですけど、そこで書けなかったバドエン方面のものをトロピウスくんが全面的に担当する形に落ち着きました。上昇負荷をミーティに押しつけたボンドルド卿の気持ち、こんなだったのか……。それとですね、雌が幸せを感じているのに雄が「そんなことない!」って突っ張る構図はパラセクトくんで書きましたし、雄が告白してフラれるのはヌメルゴンくんでやったような……。やっぱ官能小説って自分の性癖だよりなところがあるので根幹は似たり寄ったりになりますね。


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  • 素晴らしき小説ご馳走さまでした♪
    質問ですが、ファンアートな感じで挿し絵とかって作るの可能でしょうか?

    こちらが誰か絵師にコミッションで描いて貰ってミドリさんに渡す感じで、こういうの慣れてないので駄目なら良いのですが…。 -- バムクーヘン ? 2023-06-11 (日) 02:15:28
  • >バムクーヘンさん
    こんな胸糞味しかしないバドエンを最後まで召し上がっていただいて作者冥利に尽きますありがとうございます!
    ファンアートをいただけるのは大変魅力的な提案ですが、絵師さんにコミッションすることはお控えください。私の小説を知らない方に挿絵を描いていただくのは負担ですし、私の把握できない有償依頼はトラブルの原因にもなりかねません。その場合の対応も難しいので。ビスくんのぐちゃぐちゃになった顔が見たいわ! というのは私も同じなので、そのお気持ちだけいただいておきますね。 -- 水のミドリ 2023-06-11 (日) 16:01:52
  • ドエロチックな物語でしたねぇ。
    因みに理解不足で申し訳ないのですがビスくんが目覚めてからリュウテンちゃんが乱れてましたがあの時点で色々仕込まれてしまったからイキ狂ってた感じなのでしょうか?
    それで最後のリュウテンちゃん、カイリューに犯されて壊れた感じです?色々聞いて申し訳ないです。(^o^;) -- 骨モドキ ? 2023-06-28 (水) 16:49:26
  • >骨モドキさん
    難解な小説に最後までお付き合いくださりありがとうございます! ビスくんが雪山に籠っていた1ヶ月ちょっとで、リュウテンちゃんはフェヴィル様にきっちり開発されていました。それはもう胸ひれを開いて下半身を見せられただけで、それからのネタ仕込みを予知して勝手にイき狂ってしまうくらいに。リュウテンちゃんがどうなるかは、彼女はカイリューの見せ槍を受けたときに予知していますから。1発1発ドラゴンダイブ打ち込むように犯されちゃどうなることやら。まさに神のみぞ知るところ……ですね。 -- 水のミドリ 2023-06-28 (水) 22:57:20
  • >水のミドリさん
    丁寧なご説明ありがとうございます、どんなネタを仕込まれたのか…それだけでドエロですね。(笑)
    いずれはペスカみたいに捨てられる未来も遠くなさそう…。そしてソゥギャリさんも映写からして近い未来に……凄い小説でした…。
    今後もこのくらい救いのないエロ小説を楽しみにしてます、今後も水のミドリさんのご活躍を応援してます。 -- 骨モドキ ? 2023-06-29 (木) 10:50:46
  • >骨モドキさん
    官能表現マシマシの濡れ場も好きで書いてるんですけど、想像の余地ある展開だと途端にしっぽり来ますよね……あえて隠すことで想像のしがいがある、みたいな。ソゥギャリはじめナッペ山でビスの朗報を待つポケモンたちは一体どうなってしまうのやら……そこも読んでくださった方の想像にお任せする終わり方になりました。みんなオージャ湖の底に沈んでしまえばいいのだ。
    救いのないエロ小説書きとして評価いたたげるの嬉しいのですけど、じつはちゃんとしたNTR書いたのは初めてでした(本作がNTRなのかさえあやふやですけど)。私ふつうに純愛ものも書きますし。今回たまたまヤドキングって種族の性質が胸糞物語と愛相性よすぎたためこうなっちゃいましたが、ほんとはみんなに幸せになってほしいんですよね……ほんとだよ? また彼女みたいなドスケベ直結ポケモン見つけたら、こんな救いのない物語になるかもしれません。応援ありがとうございます! -- 水のミドリ 2023-06-30 (金) 00:36:58
  • これは中々に救い無さげな……ソゥギャリさん達まで危険が迫るのを想像するのも良いですね。
    もうここまで来たらリュウテンちゃんやソゥギャリさんが産めよ増やせよ的なシーンとか作って二人が湖を繁栄させるための人柱になるみたいなもっと徹底的に救いのない快楽堕ちとか見てみたい……続き無いですか?無いですか??? -- ポトフ ? 2023-11-10 (金) 16:48:59
  • >ポトフさん
    リュウテンちゃんすけべすぎたので、差し伸べられた手を振り払ってしまうくらい堕としてしまいました。ああもう戻れないんだな……、って感じてもらえれば嬉しい限りです。
    リュウテンちゃんはこれからも湖での新たな使徒職を受け入れてしまいましたのでね……ひとり目を授かってからは産めよ増やせよ的なことになることでしょう。泣き帰ったビスくんの話を聞いて助けに山を下ってきたソゥギャリさんまで篭絡して、医務室をますますドロ沼に鎮めてくださるよう願っています。
    ごめんなさい、今のところ続編を書く予定はございません。この先また湖に戻ってくることもあるかもしれませんけれど、他の子も堕としてみたいので。味しなくなるまでヤドンのしっぽを噛みしめていただければこれ幸い……。 -- 水のミドリ 2023-11-11 (土) 20:32:36
  • 救われたかと思ったかーらーの絶望真っ逆さまに心底こっちまで絶望しましたわ。(褒め言葉)

    ビスくんの救いを拒否しちゃった時点でもうリュウテンちゃんは手遅れだったんですねぇ、愛よりチ◯ポだったわけか。
    やっぱチ◯ポには勝てないよ……その内ビスくんは完全信徒化、リュウテンちゃんは搾られに搾られて最後はポイかな…あのペスカさんみたいに……抜きまくってゴメンよ(台無し -- 名無し ? 2023-11-16 (木) 14:46:27
  • >名無しさん
    正気のリュウテンちゃんならビスくんの救いの手を握り返せたと思うんですけど、それまで禁欲的だったこともあって、初めて味わわされた交尾が突き抜けるほどの衝撃だったんでしょうね……。徹底的に打ちのめされたビスくんも現実逃避して、リュウテンちゃんみたいに湖の雄どもに尻を貸し出すことになるんでしょうか。フェヴィル様から週1くらいでリュウテンちゃんとふたりだけの時間を許され、時間いっぱい深すぎる傷を舐め合うような泥沼セックスに耽溺してて欲しいですね……。 -- 水のミドリ 2023-11-19 (日) 10:55:54
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*1 積もった雪に飛び込むのは危険です。やめましょう。
*2 蛇腹楽器のひとつであるバンドネオンは、その演奏技術の難しさから『悪魔が発明した楽器』とも呼ばれる。悪魔つながりでネタにしようと思ったんですけど、うまく小説に馴染ませられなかったのでここに記しておく。

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Last-modified: 2023-04-26 (水) 01:19:40
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