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遅感性未来予知

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注意!:ポケモンSVのネタバレを多分に含みます。
注意!:さまざまな要素を含んだ官能表現があります。R-18!
注意!:この物語はフィクションです。実在の宗教および病種などとは関係ありません。また特定のそれらを揶揄するような目的で書かれたものではありません。

追記2023/01/21:本作の挿絵をふせんりょさんに3枚も描いていただきました! とても素晴らしので挿絵だけでも見返してってくださいね。ついてに本文も読んでいってくれるとありがたいです。

追記2023/03/07:本作の続編にあたるブラザー・ビスのスピンオフ物語『交感性比翼連理』を投稿しました。ナッペ山まで逃げたビスくんの勇士も併せてお楽しみください。



遅感性未来予知

本文:水のミドリ
挿絵:ふせんりょさん


目次



キャラ紹介
・リュウテン:ヤドキング♀。頭痛持ち。標準より少し小柄。
・ペスカ:ミガルーサ♀。献身的。
・ビス:トロピウス♂。おおらか。

・ジオ:ウェーニバル♂。チャンピオンの手持ち。
・フェヴィル:シャリタツ♂。オージャの湖を統治するヌシ。




1 [#27KSDPP] 


 平坦な浮島ひとつをお立ち台にして、ウェーニバルが踊り狂っていた。たんたッたんたッ、たかたかたんたッ。異国情緒あふれるリズムを嘴でかち鳴らしながら、水も(したた)る軽やかなステップを見せつける。尻から放射状に伸びる飛沫(しぶき)の飾り羽根を振り乱し、翼指(よくし)を弾いてリズムにアクセントを与えながらも、洗練された足捌きがもつれるようなことはない。バックに控えるカラミンゴのダンサーたちが派手に羽毛を舞い散らし、イキリンコのコーラス隊が爆音で陽気な音楽を歌っている。クエスパトラの〝ルミナコリジョン〟は小さな鏡に乱反射したような(まばゆ)さで、太陽照りつける昼下がりのオージャ湖でもひと際目を引いた。
 ゆったりと遊覧する浮島はオージャ湖のヌシ様そのひとで、ウェーニバルとすっかり打ち解けなされたヘイラッシャのオマチドー様は、背中に彼を乗せながらご機嫌そうにお歌を披露なさっている。その後ろを体格の劣るヘイラッシャたちが連なり、またその周囲では湖に棲まうポケモンたちが列をなし、なるほどこれぞサンバ・カーニバルの浮島(フロート)、ということらしい。
 本日の主賓である、憎らしくもかつてヌシ様を打ち破ったウェーニバルは、勢い衰えぬままパルデアのポケモンリーグというものを制覇したとかで、その凱旋パレードが開かれているのだった。オージャ湖の野生ポケモンたちはみなお祭り騒ぎにのぼせ上がっていた。ウェーニバルの艶やかなダンスを目に焼きつけようと、湖面から顔を出しては(ひれ)で拍子を取ったり、後続のヘイラッシャによじ登り、見よう見まねで踊ろうとうねうね身を(よじ)らせる者までいる。

 ……んだと思う。

 空騒ぎを湖の端から遠巻きに眺めながら、私だけが祝祭に参加できずにいた。
 こんな日に限って、いつにも増して頭痛がひどいのだ。
 〝ぼうおん〟持ちのマルマインに〝かいでんぱ〟を流されたかのように、陽気なはずの音楽は痛みに阻まれてほとんど脳まで届かない。魅惑の腰つきと謳われるウェーニバルのステップも、どれだけ目を凝らそうにももっさりと霞んで映った。同じタマゴグループの雌ならば1発でメロメロになる求愛ダンスらしいのだけれど、私が数秒眺めようものならひどい眩暈(めまい)に襲われる始末。どれほど華やかな歌と踊りが繰り広げられようと、私の頭痛フィルターを通せば何もかもがぐにゃりと間伸びして映ってしまう。
 2時間あまりの興行が過ぎるのを、湖の端で半身を沈ませながらひたすらに待った。ヌシ様を信奉する修道士のひとりとして参加しないわけにもいかず、ひと手不足な警備班への配属を申し出たものの、日が傾く頃まで続いたカーニバルの余韻にあてられながら、私はやむなく休息を取る他になかった。





 二十余年ヤドン族として生きてきた私の思うところは、こうだ。
 元来私たちは神経が鈍い。おまけに間抜けで動きものろま。叩かれても5秒経ってから痛みを感じるくらいなのだ……と、人間の記したポケモン図鑑というものに叙述がなされていると聞く。あまりに身勝手な書きように全くいい気はしないけど、まあ、事実なのだから何も文句は言うまい。
 つまりヤドンは感覚器官へ与えられた刺激を脳まで伝達する速度が他のポケモンに比べ異様に遅く、ことさらに私の神経はその遅延回路を発達させているらしかった。ヤドキングに進化してからはディレイに拍車がかかり、ひどいときは偏頭痛まで併発することも。何を隠そう私の頭はシェルダーに噛みつかれていて、コイツの牙が側頭部へ深く食いこむと、脳幹に密集した中枢神経が物理的に絞められてしまうから……だろう。頭痛が緩和する、つまりシェルダーが普段の甘噛みに戻るときは、ひとつの出口へ殺到するウミトリオのように、遅延していた情報が次々と脳裏に蘇ってきて、それはそれで眩暈のような症状に悩まされるのだ。……自分でも難儀な体質をしていると思う。

「また『ヤド聞き』ですこと?」
「……」
「……」
「……ううん?」
「ほうらご覧なさい、やはりそうなのでしょう。四旬(しじゅん)節なのですからしっかり食べておかないと、40日の断食は乗り切れませんことよ? シスター・リュウテン」

 私と同じく修道士であるミガルーサのペスカが、水面から顔を出して口をぱくぱくさせていた。ヤド聞き、というのは、ヤドキングである私の聴覚遅延を彼女が(たしな)めるときの俗称だった。そこには揶揄(からか)いの色がわずかに含まれていたけれど、まあ事実だし便利なのでそのままにしている。

「先ほどから上の空ですわ。ジオ様とはお話ししておかなくていいのです?」
「四旬節の断食は、もう4年目になるから慣れてるけど……。どうしても、食べる気が起きなくて」
「……」
「……」
「…………」
「あっ! えっと、そう。すごかったよね、ウェーニバルのダンス……」
「はあ。今日は一段と、ですわね」

 うぅ……、と私は大きくため息をこぼして、目の前に並ぶナッツと海藻のハバン和えを口へ押しこんだ。
 なだらかに隆起したふた瘤からなる、俯瞰するとどことなくそう見えるので『ウタン島』。午後のカーニバルを満喫した修道士たちは、夕の祈りもそこそこに晩餐会へとこぞって押しかけていた。ウタン島のくびれのところは浸水していて、ペスカのような水棲のポケモンでも席を同じくして会食できる。
 情熱的なサンバをお披露目したウェーニバルも臨席していて、修練の足りない修道士たちが上座へ寄り(たか)っては質問攻めにしているのが見えた。本日は謝肉祭。これから受難の聖週間に伏する修道士たちへの天賦として、豪勢な料理が振る舞われていた。明日からの断食はひと月以上続く(とはいえ質素な食事は許されている)ので、たんと精をつけておかねばならないのだけれど、私は口に残ったハバンの果肉を飲みこめないでいる。

「わたくしたち、戒律を厳守する修道士である以前に、等しくヌシ様の子であり兄弟姉妹でございましょう? 食べ物が喉を通らないほどの悩みがあるのなら、ヌシ様に代わって聞いて差し上げますわ。告解(こっかい)なさいな」
「ペスカ……」
「あなたが晩餐を辞退して断食に臨むとおっしゃるのなら、わたくしも同じく食べないことといたしましょう。あなたはもう、ひとりぼっちの迷えるメリープではありませんのですから。食欲が湧かずとも、決して不安になる必要はありません。ヌシ様はいつもあなたを見守っておられますよ、シスター・リュウテン」

 ペスカは私と同じくヌシ様へ信仰を捧げる修道士だけれど、その貞淑(ていしゅく)さで右に出る者はいない。ミガルーサという種族がおしなべてそういう性向なのだろうけれど、かつてテラスタルで暴走したカジリガメを追い払うため〝みをけずる〟ほど肉を断捨離したせいで、あわや脊椎だけになったことがある……なんて噂も耳にした。すごい。できることなら参考にさせてほしいくらい! と、自分の(たる)んだお腹を見るたびに思う。その際オージャ湖を彷徨(さまよ)う彼女の切身を見たアカデミーの学生が、美術の授業で泳ぐ刺身を描いて笑い者にされたとか、されてないとか……そんな逸話まで。ペスカは贅肉を削ぎ落として献身しているというのに、まったく噂話には尾ひれ羽ひれがつきものだ。
 私は答えた。

「食欲は、あるにはあるんだけど……。その、なんて言ったらいいのかな。何を食べても、味がしなくって。ほら、私、普通のヤドンより感覚が鈍いでしょ。中でも味覚と嗅覚は特に遅れるみたいなの。においも感じられないから、まるで砂を噛んでいるみたい」
「ええっ、そんなあ!」

 隣で話を聞いていたトロピウスが、横から長い首を突っこんできた。

「僕の育てたフルーツも使った、自信作なんだけどなあ……。リュウテンちゃんのお口には合わなかったかあ」
「えっ……と。まずい、っていうより、ぜんぜん味が分からなくて」
「うー……、ん?」
「ブラザー・ビス。彼女は決してあなたの料理を卑下したいのではありませんのよ。食事さえ楽しめないほど、シスター・リュウテンは思い悩んでいらっしゃるのですわ。ヌシ様も常におっしゃられているでしょう、『あなたの隣人を自分自身のように愛せよ』と」
「そうだよねえ……。愛情たあっぷり込めて作ったご飯だから、リュウテンちゃんみたいな困っているポケモンにこそ、僕の食事で元気になってもらいたいんだけどなあ」

 葉っぱの翼を萎れさせて、ビスが残念そうな顔をする。「こんなに美味しいのに」とまたひと口、白身魚の香草蒸しを頬張っていた。普段は3つある首元のフサがひとつ欠け、どことなく不恰好に見える。
 給仕班に所属するトロピウスのビス。首に()る果実は彼自慢の食材で、普段から〝こうごうせい〟で養分を溜めこんでいる器官だけれど、さらに彼が食べたもので味や栄養価まで変化するという。どんな困窮に直面し精神的に摩耗してしまったポケモンでも、栄養満点な彼の果実をひと口食べれば立ちどころに元気が湧いてくる! ――そんなフサを実らせるのが夢らしい。トロピウスという種族にしかできない、これはヌシ様に与えられた召命(しょうめい)なのだと、以前ビスは語ってくれた。日々祈りを重ねることしかできない私は、具体的な篤志(とくし)の持ち主として彼にも憧れるところがある。

「ううん、ビスはすごいよ、また上手に盛りつけられるようになってるしさ。味は分からないけれど、食感とか舌触りとかで、柔らかいか硬いか、新鮮か傷んでいるかくらいは判別できるから」
「そっか。じゃあ間違って〝げんきのかたまり〟とかを拾い食いして怪我する心配はないんだねえ」
「トレーナーの躾がなされていないパピモッチくらいですわよ、そんなはしたないことをなさるのは。……まさかブラザー・ビス、みなの模範となるべき修道士の身でありながらそのようなこと、やっていらっしゃらないわよね?」

 ペスカが冗談を言って、切り離した鰭で口許を隠しながら笑う。和やかな雰囲気に後押しされるようにして、私はぽつぽつと言葉を漏らした。

「お昼のカーニバルからずっと、頭痛が悪化してみんなに心配させちゃってるけど……。感覚がこんなにも遅れるようになったのには、心当たりがあるの」
「あら、そうでしたの。原因が確かなら、その解決法を見つけるのもそう難しくはありませんことよ」
「うん。……たぶん、日常的な感覚や刺激を楽しむことさえ、どこかで罪悪感を覚えているんだと思う。食べ物を食べながらも、無意識のうちにその味を味わわないようにしているんじゃないかって」
「せっかくのご飯を楽しむのにも、罪悪感?」
「そうなの。……その、聞いててあまり心地いい話じゃ、ないんだけどね」

 親身になってくれるふたりに、私はヌシ様へ仕えるようになるまでを聞いてもらうことにした。詳細な生い立ちを誰かに打ち明けるのは、これが初めてだった。





 私はオージャ湖の北外れにある高台に生まれ、ナッペ山の西端を南北に貫く小さな洞窟に両親と暮らしていた。年に数日、オージャ湖は雲ひとつなく晴れ渡ることあって、その日に高台から一望する湖は壮観だった。周辺に町もなくアカデミーの学生が滅多に近寄らないという点で、野生暮らしを満喫するにはなかなか悪くない土地だったと思う。
 けれどまあ、「見晴らしがいい」というのは言い換えれば「標高が高い」というわけで。
 オージャ湖に隣接しているものの、洞窟の前は湖畔と呼ぶにふさわしくないほどの断崖絶壁だった。一旦湖に降りてしまうと、住処へ戻るには途方もない労力を必要とする。オージャ湖北西の遺跡群から『オコゲ山道』を経由しようものなら、なだらかに続く上り坂をヤドンである私が歩くだけで2日はかかってしまう。人間に出くわす可能性の高い『オージャの大滝』ルートはまだ短いものの、落水の衝撃で常にグラグラ震えている桟橋から四肢を滑らせれば初めからやり直し。水タイプでありながら、私はひとり立ちするまで湖面に触れたことすらなかったのだ。
 食糧を持ち帰るためゴルダックの父親は湖へ果敢に飛びこんでいたけれど、そんな姿を見てヤドランの母親は私が真似しないか、もし真似して転落しようものならどうしよか――と、私を抱きしめながらずっと思案に暮れていた。種族特有の〝マイペース〟はどこへやら、いつも焦燥に駆られカリカリしていたのが、私の記憶の中にあるおぼろげな母親の姿だった。
 だからだろうか。私がまだ千切れた尻尾も再生できないヤドンだった頃、母親が死んだ。父親は愛すべき妻がいなくなるとすぐに豹変した。子煩悩だったはずの彼は、途端にだらしなく、放漫で、節操なく雌に手を出すようになった。
 容姿にかけては自信があるらしい。知らない異性にしつこく話しかけたり、無視されると怒鳴り散らしたり、それで相手がいやいやデートに付き合ってくれると、やれ俺は強いんだ、やれ俺の縄張りはあそこからあそこまであるんだ、やれ(めと)った妻は10匹じゃ利かないぞ……なんて嘘まじりの自慢を並べたて、あの手この手を駆使して異性を籠絡することに苦心していた。
 ねぐらへ帰ってくるときは必ずと言っていいほど陸上グループの雌を連れこんできたし、帰ってこないときは水中グループの雌と湖でシケこんでいたに違いなかった。私の真隣で夜ごと繰り広げられる、知らない雌の狂態と父親の猥雑な声。それこそ〝ぼうおん〟持ちのマルマインでもなければ、滅多に眠れやしなかった。
 ヤドン族の私にできることはひとつだけ。雌の浅ましい声を聞くまいと頭を悩ませているうちに、聴覚が次第に鈍麻していって、いつの間にか夢へと(いざな)われている。翌朝、幽玄なナッペ連峰のやまびこのように遅れて脳まで届いたその声を目覚ましにして、のろのろとねぐらを這いずり出るのだった。
 だからだろう。物心ついた頃には、ある程度の範囲で、見たくない映像はより遅く、聞きたくない声はより間伸びして聞くことができるようになっていた。ヤドンの頃から感覚を遅延させるのは得意だったのだ。
 しかし父親との生活も長くは続かなかった。彼はナンパに失敗すると、腹いせに私へ暴力を振るうようになる。水掻きのついた手形が常に私の尻へと張りついていた。それだけならまだ我慢できたが、いつしか私を引っぱたくゴルダックの手つきが、苛立ち紛れのものから次第に私の尻肉の感触を楽しむものに変容していくのを、子ども心ながらに感じ取っていた。その油ぎった獣性がいつ私へと牙を剥くのか、ただひたすらにそれが怖かった。彼が留守にしている夜、私は寝床を飛び出した。まだヤドンだったので随分とのろのろとした飛び出し方だったろうけれど、ともかく私は住処を去った。オージャ湖へ逃げてもそこは父の庭だ。洞窟の反対側、オコゲ山道の北辺に沿って海へ出た。北パルデア海を放浪している折、シェルダーの男の子と深い間柄になって、運よく〝おうじゃのしるし〟まで手に入ったのでヤドキングになった。ヤドランを選ぶにはレベルが足りなかった、というのもあるが、とにかく父親のような愚図にはなるまい、との一心から、より怜悧(れいり)で清廉そうな種族を選んだ。
 オージャ湖のヌシ様が私のような哀れな迷い子を受け入れてくれる、と知ったのは、それからずいぶん経ってからだった。外洋まで布教しに訪れていたペスカの誘いに煮え切らないでいたけれど、けっきょくヌシ様の洗礼を受けることにした。もし父に見つかっても娘だと露呈する可能性は低いように思えたからだ。親元を逃げ出してから10年は経っていたし、雌ならば全て性の対象として嘴の下を伸ばしていたゴルダックが、ヤドキングへ進化した私に気づかず誘惑してきたなら、それはそれで決別するキッカケになる。偉大なるヌシ様を父として、真に独り立ちを成し遂げられる! そう心に秘めつつも、父との再会は今日まで果たせていない――。





 〝なまける〟でも治癒しない傷口をさらけ出すような私の独白を、ペスカもビスも黙って聞いていてくれた。

「父は、異性に対してだけではなく、何に対してでも欲求の強いひとだった。食べるのに困らないだけの食料は確保しているのに、意地汚く弱い者からより新鮮なきのみを横取りしたり。ドンカラスとマフィティフの抗争が勃発したと知れば、野次馬をしにわざわざオコゲ山道まで出向いたり。自分だけが楽しく、得をしていればいいと思っているみたいだった。ヤドン時代はそれが嫌で、だから私は無自覚のうちに反発して、楽しいことを楽しめないような体質になったんだ、きっと」

 ペスカたちとの会話は3秒程度のタイムラグで成立するのに、カーニバルの音楽が遅々として一向に再現されないのは、あの祝祭が特段楽しいことだと私が思いこんでいるからだろう。楽しいものほど享受するのに罪悪感を覚えてしまう。味がしないのもおそらくはそういうことだ。

「私に罪があるとすれば、哀れなゴルダックへ救いの手を差し伸べずに、見捨ててしまったという無慈悲さ……に、なるのかな」
「けれども、シスター・リュウテンはそのゴルダックに(しいた)げられてきたのでしょう? その贖罪(しょくざい)として慢性的な頭痛に悩まされていらっしゃるなんて……。ヌシ様も随分と艱難(かんなん)な試練をお与えになられたことですわ」ペスカは深々と目を瞑り、アーメン、と胸鰭で十字を切った。「よく話してくださいましたね、シスター・リュウテン。あなたの罪はいずれ(ゆる)されることになるでしょう」
「僕じゃあ想像できないくらい、大変な思いをしてきたんだねえ。でも今じゃヌシ様の子として、立派に湖へ貢献してる。……僕は嬉しいよ。リュウテンちゃんが洗礼を受けてくれたおかげで、僕らは姉弟(きょうだい)になれた。頭痛が和らいだら、また美味しくご飯を食べてほしいな」
「ペスカ、ビス、ありがとう……。でもね、そんなに困ったことばかりでもないんだ。親元を離れてから私、どうしていいか、どこで暮らしていけばいいか不安で、精神的にけっこう(すさ)んでた。ヌシ様へ(かしず)いて生きる道しるべを教わったから、私はどうにか節制していられるんだと思う。慢性的な頭痛は、いわば私の聖痕なの。頭痛に悩まされるたびに、ヌシ様への忠誠を思い出して、私自身を戒めることができるから。……自分の体さえ削ぎ落としちゃうペスカほど、献身的じゃないけど」

 思うところがあるのだろう、ペスカは大きく頷いた。

「珍しいことではないらしいですわね、親への反抗からストイックになるというのは。わたくしと同じ警備班に所属しているギャラドスの殿方も、確かそうじゃなかったかしら。今もおそらく、湖の巡回に当たっているはずですわ」
「ああ、あの、〝れいとうビーム〟や〝かえんほうしゃ〟を使ってくる……」ビスは湖の方をちらと見やって、声を潜めた。「僕バトル会で手合わせしてもらったときに翼の先まで凍らされてさ、もう勘弁してほしいよ」
「それは災難でしたわね。彼お強かったでしょう?」ペスカが鰭を口に当てて小さく笑う。「聞くところによると、お父上が大変な暴れん坊で、見かねて物理技は使うまいと心がけているそうですよ」
「それ、ストイックって言うかなあ」

 特殊技なら克己的だという理論にはいささか首を縦に振りかねるけど、種族として優位な物理技を封じこめるというのも自身へ掛けた戒律のひとつなのだろう。父親が自堕落で淫奔(いんぽん)だった私の場合は、それが慢性的な頭痛と感覚の遅延だった。ギャラドスの彼や私に限らず、修道士のほとんどは何らかの事情を抱えて親元や群れから抜け出し、最後の拠り所としてヌシ様の御許(みもと)で暮らしていくことを選んだ者たちだ。抱えていたものをペスカたちに打ち明けられたということは、呪わしい自分の過去と決別するために1歩前進できたのかも。生まれてこのかたヤドンなんだ、ゆっくりと前に進むのは私らしいじゃないか。
 友だちとの会話で気を紛らわせているうちに、用意されたご馳走にはひと通り手をつけることができた。ビスの首元から生えた果実を使ったという一品はやはり味がしなかった。
 シャリタツのフェヴィル様は、オージャ湖を統治するヌシであるにもかかわらず会食にご列席なされたり、私たちにもよく気をかけてくださる聡明な方だ。隣島でウェーニバルをもてなしなさったヌシ様は、手を組んで畏まった修道士たちの前へましまし、直々に御言葉(みことば)を頂戴なさった。

「水を讃頌(さんしょう)せよ。全ての祝福は湖から流れ出る。その統治者を讃美せよ。この湖に安寧をもたらす者を。水面(みなも)より彼を想起せよ。主はあなたと共にあらせられる」

 ヌシ様の頌栄(しょうえい)がつつがなく終わり、アーメン、と40名ほどいる修道士たちは胸の前で十字を切った。私は手で、ペスカは胸鰭で、ビスは首の動きで。
 チルタリスが晩餐会の終了をよく通るソプラノで告げると、もう夕陽が沈みかかっている時刻だ。食後の祈りを復唱しながら、私は舌の上に残っていた料理の残渣(ざんさ)を飲み下す。ビスの前に盛られていた山ほどのきのみは、綺麗に果肉だけを齧り取られてヘタと種だけになっていた。〝サイコキネシス〟で自分の食べ残しを片付けながら、思う。生きる(よろこ)びをあるがままに受け入れ、最大限楽しむことのできる彼が羨ましかった。私だって好きで禁欲的になったわけじゃないのに、なのに――。……いけないいけない、気を抜くとすぐに心が邪悪な方向へ流れてしまう。誰かを羨む気持ちは七大罪の中でも特に克服しがたい『嫉妬』へ繋がるのだと、ヌシ様に教わったんじゃないか。もっと自分を戒めないと。

「あ、そうだ、そこのヤドキングの」
「……」
「……」
「は、はいっ。ヌシ様、いかがなされましたかっ」
「おや、今日は一段と、遅れているみたいだね」

 後片付けの最中ヌシ様に呼び止められ、たじろいだ。今のは『ヤド聞き』ではなく私が単にぼーっとしていただけなのだけれど、当然そんなことは言えずに畏まる。……何か、しでかしただろうか。ますます胃の縮こまる思いをしながら、私は短い膝をもたもたと折り曲げ草地へ(ひざまず)き、手を組んだ。
 フェヴィル様の柔和な声は、私の頭痛を透過してスッと頭に入ってくるようだった。

「顔を上げて。きみに頼みがある。来賓の彼へ、夜食にこれを渡してはくれないか」

 従者である寡黙なハクリューが、大判の葉で包まれたそれを私の前へ置いた。中身はおおよそ想像がつく。防腐作用のあるトロピウスの葉に保存するのは大概、寿司だ。
 神罰を下されるようでもなく、私は胸を撫で下ろした。

「私が……でしょうか? そのような大役、恐れ入ります」
「なに、難しいことは何もないよ。オレ以外だと、湖で次に頭が切れそうなの、『海の賢者』なんて人間に呼ばれているきみくらいなんだよな。チャンピオンの彼が退屈しないよう、少しばかり相手をしてくれればそれでいい。相棒に任せると向かう途中に食べてしまうかもしれないし、オレが持っていったらそれこそ〝さむいギャグ〟だろ? 失礼のないように、頼むよ」
「は、はいっ」

 はいはい、それじゃ! とフェヴィル様は気さくな挨拶をお残しになり、ハクリューの頭に鎮座なされた。お住まいの大鍾乳洞へとお戻りになられるまで、私は拝跪(はいき)の姿勢を崩さなかった。
 冷えてきた陸風をふわりと葉の翼に受け、ビスが静かに私の隣へ四肢を下ろす。

「リュウテンちゃん、頭痛が治らないんでしょ。早く寝たほうがいいよ。僕が、代わりに持っていこうか?」
「ありがとう。でも大丈夫。ふたりが真剣に聞いてくれたから、頭痛もちょっとは軽くなった気がするよ。……それに、これはフェヴィル様が直々に私へ(たまわ)られた使命だから」
「そっか。……くれぐれも気をつけてね。おやすみ」
「うん、おやすみなさい」

 修道士ではない者にとっては早い夕食だったはずだから、4時間後くらいに持参すればいいだろうか。少しばかり話の相手をすればいい、とはいえどれほど遅くなるか見当つかない。とすれば前もって晩の祈りに就いておく方がいい、かな。どうだろ。
 修道士共用の小島へ戻る最中、考えあぐねてチラと振り返ると、ビスはまだ佇んだまま私を見送ってくれていた。




2 [#33IJGx4] 


 オージャ湖の南端にある、小高く隆起した3連島。湖のポケモンたちから『ネコブ島』と呼ばれるそこは、広大な湖沼を180度眺望できる特等席だった。普段は恋仲のポケモンたちで賑わっているが、来賓が泊まる場合には貸し切りにされる決まりになっている。
 崖際が小上がりになっている島のひとつへ上陸すると、愉快そうな会話が聞こえてきた。

「――トップ最後の手持ちは見たこともない奴だった。地底湖だけに咲く珍しい花か? ってな具合の奇妙な見てくれでよ、でも俺様はビビっときたね。ははんさてはあんた……岩タイプだろ? トレーナーも気づいていたらしい、息を合わせてテラスタルしてからは、もう俺様の独壇場よ。そんときの〝アクアステップ〟は、俺様が踊ってきた中でもピカイチでキレッキレだったね。……見てみたいって()、いないかい?」

 果実酒も入っているらしい、気を良くしたウェーニバルがリーグ優勝の武勇伝を饒舌に語っている。きゃあ、とか、見てみた〜い、とか、黄色い歓声がそれに続いていた。カーニバルで魅了された雌たちが遅くまで盛り上がっているらしい。まさかそこに修道士が紛れているなんてことはなさそうだけど、その盛況さを聞いているだけで頭痛が悪化しかねないだろう。できれば長居はしたくない。
 ウェーニバルは茂みから様子を(うかが)う私に気づいて、おや、と声を上げた。

「ヌシさんところからの来客だ。レディたち、少し待っててくれよ」

 ウェーニバルのこぼしたウィンクに、ネコブ島に割れんばかりの歓声が轟く。……ついでに私の頭を割らんばかりの疼痛も駆け抜けていく。
 オラチフめいた(しか)めっ面を慌てて正して、私は頭を下げた。

「夜分遅くに失礼します。ヌシ様の遣いで修道士のリュウテンと申します」
「へえ、俺様はジオ。気軽にジオ様って呼んでくれて構わないよ」
「はあ……、ジオ様、どうも」
「野生のヤドキングとは珍しいね。俺様初めて会ったかも」
「え、ええ……。野生の環境下で〝おうじゃのしるし〟はまず手に入らないので……」
「ふうん。じゃああんた、それを使って進化してるってことは、トレーナーに逃がされたのか? それともいいご身分だったりするわけ? あのヌシの隠し子とか……。だとしたら次期女王だな。カーニバルでは大抵、その日もっとも華々しく舞い踊った雌に『女王』の称号を授けるもんさ」
「私が〝おうじゃのしるし〟を入手したのは偶然です。女王だなんてそんな大それた肩書き、道義へ身を置く私には恐れ多いですので……。それから、修道士はみな等しくヌシ様の子ですが、血がつながっているのではありません」
「あっそう。へー……」

 上背(うわぜい)こそ同じくらいだけど、シェルダーを被っている私よりも彼の目線の方がわずかに高い。品定めされるように眺め回され、少し居心地が悪かった。
 会話が弾まない。正直、苦手なタイプだった。〝さむいギャグ〟のひとつでも飛ばせればよかったのだけれど、そんな世俗的な技なんて覚えていないし、カーニバルを先導した彼とのやりとりはそれだけで楽しくなるだろう、と脳が思いこんでいるのか、はたまた単に心理的圧迫感からか、彼との接触を忌避するように頭痛が強くなっていた。
 葉の風呂敷を抱えながら立ち尽くす私に見かねたのだろうか、嘴の下をさすっていたウェーニバルの翼指が、パチン、と乾いた音を響かせる。

「そうだな、ここじゃちょっと目立ちすぎる。隣の島に場所を移そう。――レディたち、今夜はもう解散。みんな気をつけてお(うち)に帰んな」

 ええー、とか、もっとお話ししたかったですぅ、とか、不満の声が方々から上がるも、ジオ様は取り合わない。わざわざ西海岸より泳いできたらしいフローゼルから送りつけられるたっぷりの敵視を(かわ)しながら、私はすごすごとウェーニバルの後に続いた。





 絶壁に隣接する孤島はネコブ連島の中でもっとも海抜が高く、隣島や湖中央の島嶼(とうしょ)部からでは目につかない。オージャ湖の南湖畔部はかなり複雑に入り組んでいて、孤島は絶壁に隠れて陸地からも死角となる。さしずめプライベートアイランドだ。

「あの……こちら、どうぞ」
「お、さっきから気になってたやつ。何だいこれは」
「ヌシ様から、ジオ様へお夜食に、と」
「へえ! 野生暮らしのくせに案外気が利くもんだねえ。ちょうど小腹が空いてきたとこだった」

 私の念力からひったくった贈答品を岩へ置いて、ジオ様は優雅な手つきで開封していく。やはり中身は寿司だった。
 シャリに見立てて固められたホズのみへ、〝のろいのおふだ〟状に切られた新鮮なネタが乗る。ミガルーサの白身、トロピウスの果実、そしてヤドンのしっぽ。私たちにはそれぞれ可食部があり、奇しくもそれら3種はシャリタツの擬態した姿によく似ている。シャリタツが先か、私たちが先か問題は長らく交わされ続けてきた永劫の議題だけれど、ともかくこれがヌシ様の贈られるオージャ湖定番の手土産になっていた。オマチドー様が握られたらしいが、あの巨体のどこでどうやったら繊細な料理をこしらえられるのか、ヤドキングの私が考えても理解できないでいる。

「へえ、これがオージャの湖の名産品? 随分と豪勢なものを振る舞っているんだな。それともカーニバルの花形である俺様のためにわざわざ? いやぁ悪いねえ」
「オージャ湖はちょうど本日が謝肉祭(カーニバル)なんです。明日から私たち修道士はみな食事を節制し、行楽を自粛したりして、祈りに邁進する雌伏の期間に入ります。ですから、そのための激励として、ヌシ様もあのような派手な興行をお許しになったのだと思います」
「ふうん、あっそ……。なに、あんた緊張してる?」
「あっ、いえ! あっ……っ、っ、はい、少し……」

 ジオ様は寿司をひょいと摘んで、嘴へ放りこんだ。手入れを欠かさないのだろう、純白の羽毛を蓄えた喉に膨らみができて、それが華奢な首を伝って見えなくなる。当然だけれどヤドキングな私の体つきとはかけ離れていて、なるほどこれは異性に言い寄られるのだろうな、と納得した。……これは嫉妬ではない。ウェーニバルはダンスが得意で、ミガルーサは身を削るほど求道的になれ、トロピウスは自分の体で果物を育てるように、ヤドキングにはヤドキングにしかできないことがあるはずだ。頭痛に悩まされるのみではなく。
 出し抜けに、ジオ様が嘴を尖らせた。

「あんただけだぜ、俺様のショーに集中してくれてなかったのは」
「え……!? 気づいていらしたんですかっ」

 言ってしまってから、しまった、と思った。いくらヤドキングが物珍しいからといって、カーニバルを楽しんでいなかったヤドキングが私と同一のポケモンであると、ジオ様が認識していないとも限らなかったのに。これでは楽しむべきことを楽しんでいない、怠惰の罪を自ら白状したようなものだ。
 ふッ、とジオ様は鼻から息を抜いて、片翼で額に(ひさし)を作った。よく見えるぞ、のジェスチャーだろう。

「ステージの上から可愛(かわ)()ちゃんを探すのが俺様の趣味でね。あんな(いかめ)しい仏頂面は初めて見たぜ」
「あの……、ごめんなさい。あのときはその、集中できなかったというか」
「ふーん、そうなの。俺様のダンスよりもあんたを悩ましくさせたもの、ね……。へぇ……」

 ジオ様は皮肉げに言って嘴を閉ざしたが、瞳の奥は興味深げに揺らいでいる。私はペスカとビスへ説明したものを大分省きつつ、ヤドキングという種族には偏頭痛がつきものだ、という愚痴をこぼした。感覚遅延のことはややこしいので伏せておいたが、会話が遅れていることで勘づかれているかもしれない。ともかく、少しは興味を持ってもらえたみたいだった。

「なるほど、ひどい頭痛、ねえ」手慰みにジオ様は寿司を嘴へ運ぶ。「そうだな……。たとえば人間には成長痛、というものがあるらしい」
「成長痛……ですか」
「ポケモンにも似たような症状はある。うちのパーティにもいたな。今じゃ荒くれ者のバンギラスだが、(まゆ)だった頃はエネルギーをうまく発散できずに絶えずむしゃくしゃしていてね。いざ進化してみれば、それまでの痛みはどこへやら、鬱憤を乗せてそこかしこに砂嵐を振り撒きやがる」
「はあ……」
「ヤドキングはこれ以上進化しないが、あんたは何か、目には見えない繭に閉じこもっていて、そこから羽化しようとしているのかもしれないぜ。自分でも知らない新たな体験をして、まだ見ぬ自分になる……ハハ、人間風に言えば『自分だけの宝探し!』ってな具合にね」
「そういうもの……でしょうか。私、ヌシ様へ祈る今の生活に、充分満足しているのですけれど」
「……ま、そう思ってるんならそのままでもいいんじゃない。オージャの湖っていう鳥籠でヌシの愛護を受けながら暮らしたいンなら、無理して羽ばたく必要はない」鵬翼(ほうよく)をこれ見よがしに震わせながら、ジオ様は細い目で少し欠けた月を見上げた。「何が宝探しのヒントになるかは分からない。チャンピオンの俺様からアドバイスするとすれば……普段やってないことに、手当たり次第トライしてみるといいぜ。……せっかくだ、暇だしダンスなんかどう? この俺様が直々にレッスンしてやってもいい。光栄に思いなよ」
「え、や、あッあの……、私、踊りとか、1度もした試しがなくて」
「初めは誰だってそうさ。俺様だってバトルはガラじゃなかったけど、試合に勝てばレディたちがキャーキャー言ってくれるから、それで最終的にチャンピオンにまで上り詰められたんだぜ。大事なのは、初めてのことこそ、全力で楽しむこと!」

 私の手をとって、ジオ様が立ち上がる。夜のオージャ湖に嘴を鳴らす音が響いた。それは昼に披露した、思わず体が動いてしまうような軽快なものとはどこか違う(ほとんど聞いていなかったけれど)。コロトックが両腕のナイフを弾くような物悲しささえ彷彿とさせる、抒情(じょじょう)的リズム。しかしそこには確かにサンバたらしめる情熱の片鱗を孕んでいて、私はつられて手拍子を打ちかけた。
 ずきり。
 またしても頭痛が響いた。派手派手しいカーニバルのときほどではないが、〝スロースタート〟のブロロンの群れのように鈍い軋みの波が押し寄せてくる。刷りこまれた拒絶反応は、讃美歌を除くあらゆる音色を許してくれないらしい。
 気取られないように、私はうっとりとした表情を装って目を細めた。

「素敵な音色、ですね。まるでアノクサが転がるような、どこか儚げな音……」
「だろ? 砂嚢(さのう)を震わせて体腔(たいこう)に響かせてンのよ。聞いてみ?」
「え、えっ、あ、え…………っ」

 いきなりジオ様の翼が伸びてきて、私の頭をシェルダーごとふわりと覆ったかと思うと、そっと引き寄せられる。首後ろへ感じる羽毛のこそばゆい感触に戸惑いながら、彼の胸上へと側頭部をくっつけた。
 しゃかしゃ、しゃかしゃ……、しゃかしゃ、しゃかしゃ。
 しゃからかしゃかしゃ……、しゃからからからか……。
 初めての、ことだった。
 それは私にとって、修道士としての研鑽(けんさん)を積んだ末に行き着くとされる神秘体験に直面しているかのようだった。頭痛をきたしているのに、音がクリアに聞こえてくるのだ。
 シェルダーの外骨格を振るわせるようにして、ウェーニバルの刻むリズムが頭へ直接響いてくる。締められている中枢神経を媒介しない、感覚遅延に妨害されることのない聴覚刺激*1。初めての肉感に私はたじろいだ。ジオ様に流れているラテンの血が、私を魂ごと揺らしているみたいだった。

「す、すごい……。こんな音、初めて聞きました……」
「おいおい、ここはコンサート会場じゃないんだぜ? 俺様とあんただけのダンスホールだ。リードしてやるから、ほら、音に合わせて体を動かしてみなよ」
「いえ、でも、できませんっ。私はヌシ様にお仕えする身、それに明日から緊縮期間ですし……」
「じゃあ今日のうちに踊っておかないとな。……ハハ、修道士サマってのはやらない理由を見つけんのが得意だねえ」呆れたように翼を広げるジオ様。「あんたんとこのヌシ様ってのは、音楽やダンスが冒涜になるような教条をしているのか? アカデミーの書架で読んだことがある。アローラ地方ってところでは、それぞれの島に独自の舞踏が伝統的に息づいていて、それらは土地神とやらに捧げるもんだって書いてあった。リズムに乗って体を動かすことは、なにも罰当たりなんかじゃねえ。神聖な儀式なんだぜ」
「神聖な、儀式……」

 音楽が神秘に繋がると悟ったのは、ついさっきのこと。……もしかしたら本当に、音に乗って踊ることができるかもしれない。いかなるときも清貧に、敬虔(けいけん)にと自らを戒めてきた思いこみを一旦拭い去り、舞踊に身を捧げる自分を強くイメージした。これは儀式。ヌシ様を讃える典礼の一環。楽しむのではない――そうこれは、新たに示された秘蹟(ひせき)の可能性を、ほんの少し試してみる……だけ。
 ……あれ。
 酷烈なほど響いていた側頭部の痛みが、すっかりと消えている。まるで何も被っていないかのような身の軽さに面食らった。
 ふと、瞼の裏へ、昼過ぎ催されたカーニバルの、華々しい光景が立ち上がった。圧巻の腰つきで魅了するウェーニバルのサンバに続き、シンクロしたカラミンゴたちの一糸乱れぬ翼捌き、色別にパート分けされたイキリンコたちのコーラスも蘇ってくる。クエスパトラのサイケな照明、つられて手と鰭を取り合って身を揺する観客たち――。それら映像と音声が密度を増しながら、一部は重なるように干渉しあい、また一部は何度も繰り返し再生されるようにして、私の脳内に降臨する。脳幹で堰き止められていた享楽の情報が、一挙に感覚野へ舞いこんできたらしかった。
 シェルダーの内側を響き渡る異国風のリズムにつられ、私の足も自然と動く。いいよ、いいよ、その調子だよ。しゃかしゃッ、しゃかしゃ、しゃかカカしゃっしゃ。顔を見合わせながら両手を握ってアシストしてくれるジオ様が機嫌よく嘴を鳴らした。〝アクアステップ〟を駆使しているんだろう、足元で水飛沫が爽やかに弾けるたび、のろまなはずの私の足がますます滑らかになっていく。ぐるぐるぐらり、凛と微笑むジオ様の背後で星月夜が巡り回る。――こんなことは考えるだけでヌシ様に対する背教になるのだけれど、今は、今だけは、踊る私を中心にしてオージャ湖が、ひいてはパルデア全土があるようだった。
 どれほど夢中になっていただろう。我に帰ってようやく、私はへたり込むようにして休憩を申し出た。孤島に生えている1本樹へと背中を預け、大きく息をつく。こんな全身運動を続けようものなら、ペスカも驚くくらいに痩せそうだった。北東に(そび)える『ナッペの手』から吹き下ろされる夜風は涼しく、私は短い腕でしきりに汗を拭う。バトル会後に襲ってくる疲労感とも異なる、全身を祝福されるような達成感は、修道士全員で1時間を超える連祷(れんとう)を完遂させたときのそれに近い。代償として明日は筋肉痛で寝床から起きられないだろう。
 さすがのジオ様もわずかばかり息を弾ませながら、私の隣へと腰を下ろす。

「は……ハハっ、いいね! あんたみたいな堅物にはてっきり無理だと思ってたけど、やればできるもんだなあ」
「はい。……久しぶりです、はあ……。こんなに体を動かしたのは」
「ダンスの才能あるんじゃないの。俺様の見込んだとおりだ、あんたこそ今日のカーニバルの『女王』だ!」
「そ、それはおやめください……」すごすごと辞退したものの、褒めはやされることのない修道士生活に慣れきった私は、ヌシ様への烏滸(おこ)がましさよりも面映(おもはゆ)い気持ちの方が優っていた。「ともかく、ありがとうございました。まさか私が、あんなふうに踊れるなんて……」
「10分だけ休んだら、次のレッスン、いこうか。体の使い方を基礎から教えてやろう」
「……まだ、続けるんですか?」
「なんの。これからがお楽しみじゃないか」

 柔和な笑顔をした切れ長の目の奥に、ぎらついた光が差した気がした。
 ダンスフロアへ戻った私の短い腕を取り、今度はジオ様が背後からリードしてくれる。躍動感あふれる嘴のリズムに合わせ、腰をひねり、足を滑らせ、ときには(エスパー)の力でとっさに無理な姿勢を支えたりして、私は舞踊へのめり込んでいった。
 不意に、左手を支えてくれていた彼の翼が、するり、私の脇下へと滑った。普段あまり触れられない敏感な皮膚への刺激に、ん、と私の鼻から息が抜ける。
 私の耳元へ嘴を差しこんで、ジオ様は声のトーンを少し落として囁いた。

「どうした? テンポが遅れてるぜ。動きも固くなってきた。常に腰の動きを意識して。……重心移動するときに、両足を爪先立ちにして体重をしっかりリフトするんだ。そのたるんだ腹ごと引っぱり上げられる感じ。足を出すときも常に重心は体軸の中央にキープだ。……そうそうそう、そーうそういい感じ!」
「はっ、はい……」

 脇を支えていた翼がさらに下がり、私の横腹をぐに、と掴む。柔らかな羽毛の感触の奥に、雄らしい、筋肉質な逞しさがあって、私はびくり、と肩を跳ね上げた。いつの間にか密着していた背中へ、鳥ポケモン特有の高い体温と、日光で()ったバコウのような香ばしいにおい(嗅覚を感じたのも久しぶりだ)、それからラテンの血の躍るような心臓の音が押しつけられる。
 ……いや、まさか、私なんかを。きっと勘違いに違いない。ジオ様ともあろうお方なら、黙ってたって雌の方から寄ってくるんだから。さっき追い返した愛嬌たっぷりなフローゼルのねぐらへ夜這いすれば、彼女は嬉々として迎え入れてくれるだろうし。
 振り払えないでいるのを肯定の返事と受け取ったらしい。ジオ様のしなやかな翼はいよいよ腰にまで流れ、その3本指が私の尻たぶをむに、と鷲掴みにした。
 あまりの力強さに眩暈がして、たまらず私は声を震わせた。

「……あの」
「んん? 何だい」
「それ以上は、その……。ヌシ様がお許しになりません」
「……へええ?」

 そのヌシ様をバトルで下してしまったジオ様に、この説得がどれほど有用なのか分からなかったが、ともかく背後のウェーニバルをキッと睨んだ。ダンスはまだしも、姦通(かんつう)がヌシ様の讃頌となることなどあり得ないのだから。
 身を固くする私へ、ジオ様は巨大なタマゴを温めるように覆いかぶさったままだ。

「そもそもこんな時間にわざわざ会いに来てくれた、ってのは、そういうことだと思ってたんだけど」
「そっそれは……」ヌシ様の勅令(ちょくれい)という前提がなければ、夜分遅くに雄の元へ通う雌などまさに不義密通の最たるものだろう。「これはヌシ様の(おぼ)し召しで、私の意志ではありませんからっ」
「ならなおさら何も問題ないな。あんたはヌシ様イチオシの公娼(こうしょう)だったってわけだ。……じゃ、ヤろっか」
「えっえっやっえっ、待ってくださいっ、そんなはずはありません、落ち着いてください落ち着いてください、ジオ様は今、とてつもない勘違いをされていますっ」
「はぁ? ダンスしてお互い息ピッタリだったじゃん。絶対体の相性も合ってるって。……なんかノリ悪くねえ?」

 頑なに突っぱねる私に、ジオ様の眉がみるみる曇っていく。『チャンピオンの彼が退屈しないよう、少しばかり相手をしてくれればそれでいい』と、確かにフェヴィル様はそうおっしゃられた。ヌシ様の威光を涜聖(とくせい)するような行いは断じて許されないけれど、そのヌシ様のためにジオ様の機嫌を取り持つことこそ、私へ言い渡された御託宣(たくせん)なのだ。私が素直に首を縦に振りさえすれば、ヌシ様とジオ様との円満な関係が破滅への1歩を踏み出すこともない。……そもそも純潔を保つことに執着している今の私こそ、罪に値するのかもしれない。あらゆる執着は思いこみと欲から生まれるのだと、ヌシ様は説いてくださった。ダンスだってそうだったじゃないか、偏狭(へんきょう)な考え方を捨て去ることが、私の『宝探し』の一助になってくれるのだとしたら。……いや待って、その理屈はおかしい。宝探しなんてしないでも、ペスカやビスと暮らす今の生活で充分なんだ。彼らのように特別な才覚がなくっても、私だって日々祈りながら慎ましやかに――
 ひとり懊悩(おうのう)する私から身を引き剥がし、ジオ様が声を荒らげた。

「じゃあいいよ、帰んな。はあ〜あ、せっかくこんな辺鄙(へんぴ)なとこまで凱旋しにきてやったのにさ。今頃トレーナーとサンドウィッチ食いまくってるコライドンが羨ましいぜ」
「あっあの、あっあっ、あのあのあの……」
「何なわけ? 俺様に抱かれるの、帰るの、はっきりしろよ」
「やぁ……っ、あぅぅぅぅう……っ」

 のっぴきならない私の窮困ぶりを見透かしたのか、悪辣にもジオ様は樹の根本を手羽先で指した。当初からそういう目的だったのだろう、樹の陰にはお(あつら)え向きにふたり分の藁が合わせて敷かれている。
 悩まされて、急かされて、迫られて。早く楽になりたい一心から、私はのろのろと木陰へ足をもつれさせていった。

「……手早く、済ませてください」

 おとなしく寝藁へ背を預けた私に、ジオ様は嘴の端を持ち上げて笑った。





 ああ、偉大なるヌシ様。湖の底にましますヌシ様よ、どうかお許しを。私は今から不貞を働きます――。ぎゅっと眼を瞑り、頑なに閉じた口の中で祈りの言葉を呟き続けながら、けれど衝撃は訪れなかった。おずおずと片目を開くと、仰向けになった私を見下ろしたままのジオ様が、月明かりにやれやれと両翼を広げている。

「俺様の口、嘴だろ? レディの顔に傷をつけるわけにはいかないからな、キスはできないんだ。ごめんな」

 まるで私が唇をねだっているかのような言いぶりに、カッと鼻頭が赤らむのが分かった。思わず叫びそうになったが、どうにか下唇を噛んで耐え忍ぶ。彼へ純潔を捧げると腹を決めたのなら、この程度の恥辱は覚悟の上でないと務まらないだろう。
 レディがそんな怖い顔するもんじゃない、とジオ様は(うそぶ)いた。さめざめしく俯いたままの私へ一笑して、彼は私の股を覗きこむように屈む。出っぱったヤドキングの腹に隠れ、毎朝周密に撫でつけているのだろう、毛量のある飾り羽根が波のように揺れて見える。

「まあ、処女だろうとそう緊張するな。俺様のテクにかかれば極楽にまで連れてってやるよ。……ハハ、あんたの信望するヌシ様とやらは、天国の方だったか?」
「…………」

 軽口に答えられる余裕なんてなかった。ヌシ様のためを思って貞操を差し出すとはいえ、姦淫の罪が免責されるはずもない。万が一にも私がこの使徒職を楽しまないよう、その罪悪感に頭痛はまたとない苛烈さだ。シェルダーに連続で〝からではさむ〟を見舞われているみたいだった。

「清廉潔白って言うだけあって濡れてないな。マンコもぴっちり閉じてるしよ、普段あんた自分で弄ってないわけ? ……っハハ、清廉な修道士はオナニーもしないってか」
「はあ……」

 父親のゴルダックは引っ掛けた雌に、そのような卑猥な言葉を使わせていた気がする。忌々しい記憶が開けそうになって、う、と古傷が疼いた。私は、下卑た父親に喜んで股を広げていた阿婆擦(あばず)れたちとは違う。どうかヌシ様――フェヴィル様にオマチドー様、哀れな私めに何とぞ御加護をお授けください!
 祈り続け、20分は経っただろうか。懇願する私の股の間から、ジオ様の怪訝(けげん)な顔がひょいと持ち上がった。

「……あんた、もしかして不感症なのか?」
「は、はい……?」
「入り口けっこう触ってやったんだけど、ここまで濡れない雌は初めてだ。指差しこんでみてもぴくりとも反応しないし……。昨日ヤった修道士のチルタリスなんてさ、ちょっと弄っただけですぐトロトロになっちゃってたな。マンコに翼指を押しつけただけで迎え入れて、甘噛みするみたいににゅくにゅく締めつけてきたんだぜ? それに比べたらあんた……、テラスタイプ鋼なのかァ?」

 ……何も、感じなかった。
 祈りが通じたんだ! ジオ様はしきりに翼を翻して私の弱点を探り当てようとしているらしいが、本当に何も感じない。すごい……すごい! ぎりぎりと軋む頭痛は、ヌシ様の天恩が偉大すぎて私の器ごときでは受け止めきれないからだろう。こんなにも近くにヌシ様がついていてくださるなんて! ヌシ様、おおヌシ様っ、修行が足りておらず申し訳ありません!
 感涙する私をよそに、なんだか聞き捨てならない椿事(ちんじ)を並べ立てていたジオ様へ、私はしずしずと言った。

「やはり、私では力不足でしょうか。申し訳ありませんが、今日のところはここで」
「いいや、がぜん燃えてきた。もともと俺様に(なび)かない娘を、自慢のテクでオトすのが趣味なんでね」
「……なる、ほど」

 首裏あたりがぞっと粟立ったが、逃げ出すわけにもいかなかった。……いや、ヌシ様の恩顧(おんこ)に報いるためにも、必ずややり遂げてみせます! 昼のカーニバルと同じこと。時間が過ぎるのを、頭痛と共にひたすら堪え忍ぶのみ。
 ただ、このまま黙っているわけにもいかないはずだ。雌を堕とす己の秘技を信じて疑わないジオ様は、それを駆使しても眉ひとつ動かさない私をどう思うだろう。不機嫌に水飛沫を散らし、すぐさまトレーナーの元へ帰ってしまっても不思議ではない。……そうなればヌシ様との軋轢(あつれき)は決定的なものになり、仲間のバンギラスとやらチャンピオンに輝いた手練れたちを呼び寄せ、オージャ湖を滅ぼしに蜂起するかもしれない!
 私にできることは……。全くもって自信はないけれど、気持ちよくなっている演技で彼を騙し通すしか残された道はなさそうだった。
 苦悶している間にも、ジオ様はあの手この手で私を攻略しようと奮闘していた。手首を返し、性器の腹側へ探りを入れながら、粘膜をぐいぐい押し上げているようだった。もし私がウェーニバルのような細身だったら、ぽっこりと下っ腹が盛り上がっているだろうと思えるほどの圧迫感だけが伝わってくる。痛みも快感もないが、手を伸ばしても届かない体の内側――触れようと思ったこともないけれど――をこうも無遠慮に弄られる不安感に押しつぶされそうだった。彼の指先にもし私のもののような硬い爪があったとしたら、と考えるとそれだけで痛そうで、顰めかけた顔を慌てて矯正する。
 翼指を内壁へ押し当てつつ手ごと前後に動かしながら、ジオ様は懸命な表情で私の顔を覗きこんだ。

「ここ、なら、どうだっ?」
「どう……って、ええと」彼の顔色を窺いながら、どうにか調子を合わせようと試みる。「どう……なん、でしょう?」
「痛いとか、くすぐったいとか、気持ちいとか、何か感じるだろ」
「ええ、っと、えっと、えっと」

 ハブネークの神経毒を流されたのか、と錯覚するほど下腹部の感覚は抹消していて、かろうじてどこを触れられているか把握できるくらいだ。おそらく渾身の性技を私へとお見舞いしたのだろうけれど、強いて感想をひねり出すなら、体の奥を弄られて怖い、というのが正直なところ。けれどそれをストレートに伝えてしまえば、ジオ様は途端に(ほぞ)を曲げること請け合いだ。
 偽証の罪を重ねる覚悟で言った。

「す、少し……気持ちい、です?」
「なんで疑問系なわけ。……そっかあ、俺様自信あったんだけどなあ」
「いっいえ! その、とっても、気持ちいいですよっ」
「どう気持ちいいんだ。具体的に言ってみろよ」
「え、えっと、えっと……」
「だってあんた、全然余裕そうなんだもん」
「えっ」
「人間はGスポットって言うらしいんだけど。雌ならどの種族だって、ここを擦りあげられれば途端にたまらなくなって鳴いちゃうんだぜ。俺様のこれを食らって(よろこ)ばなかったレディ、いないんだけどな」

 話しながらもジオ様は指の動きを止めないでいた。私から鳴き声を引き出そうと、躍起になっているらしかった。喜んで鳴くって……一体どういうことだろう。昨晩彼の相手をしたチルタリスはやはりソプラノを奏でたのだろうか。彼女のよく通る澄んだ歌声を私が真似したところで間抜けな〝あくび〟しか出てこないだろうけど、ともかくやるっきゃなかった。
 私は渾身の〝なきごえ〟を繰り出した!

「や……やーん、やーんやーん、やーーーんっ!」
「は? 何それ」
「えっ!? いえあの、これはヤドン族にとっては一般的な鳴き、声でして、その」
「ふざけてんの?」
「あのっその、私、その……。ぅ……、わァ……ぁ……!」
「いや泣くって、泣くってそうじゃなくってさあ……! チッ、これだから処女はメンドクセェんだよなあ……」

 なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。使ったためしのない性器を(まさぐ)られその鈍感さを問い詰められ、良かれと思って出した鳴き声にまでダメ出しされる。雌として、ポケモンとして味わったことのない惨めさに、私の目から涙がこぼれた。
 ――おおヌシ様、湖の底から見守ってくださるヌシ様よっ。これはあまりにあんまりな仕打ちではありませんか。あなた様のためを思ってしたことなのに、こんなにも見放しなされるとは。……試練なのですか、これが。これが試練。この陵辱を乗り越えた先には何が得られるとおっしゃられるのですかっ。
 こんなことなら、毎夜父親の相手をしてきた雌たちの『鳴き声』をもっと聞いておくべきだった。ゴーゴートとか、ハカドッグとか……ダメだ、全く思い出せない。長年忘れようと閉ざしてきた記憶なのだ。これまでにない頭痛を訴える脳が今さら掘り返してくれるはずもない。
 私から引き抜いた羽先をぴしゃり、と寝藁へ乱暴に打ちつけて、ジオ様はスッと立ち上がった。

「もういいや。飽きたし寝る」
「あっあの、ごめんなさいっ私、こういうこと、慣れてなくてッ。い、今から、代わりの者を」
「予定を切り上げて、明日の朝にでも帰ろうかな。3日後の昼餐(ちゅうさん)会まで待ってられないし」
「やめてください、やめてください、ヌシ様との約束を反故(ほご)になさるのだけは、どうか考え直してください、お願いしますお願いしますッ、私なんでもしますから――ゃああああっ!?」

 このまま帰されたら、ヌシ様にご拝謁(はいえつ)する顔がない! それを避ける一心からジオ様のしなやかな太ももへ縋りついた私の目の前に、見慣れない桃色をしたものが垂れ下がっている。
 言葉を失った私を見下しながら、ジオ様は声を歪ませた。

「――ハハハっ。今の声は、なかなか良かったぜ。おら、しゃぶれよ」
「こ、これを……ですか」
「そうだよ」
「え……、ッと」
「ちんぽ」
「はい……?」
「だから、これはちんぽ。言ってみな」
「ち……ちんぽ」
「俺様のだぜ? 『お』を付けろよ」
「…………お、おち、んぽ」
「……フン、まあいい」

 これが、ウェーニバルの雄……。
 彼のものらしく細身ながら、みっちりと肉の詰まった印象を受けるそれ。長さは彼の腕に並んだ風切羽とそう変わらないくらい、いやそれ以上にあるんじゃないか。何より目を引くのはノココッチの〝ハイパードリル〟さながら、しなやかなそれは(おぞ)ましいほどの螺旋を描いていた。追熟しすぎたマゴのみは甘さが飽和して曲がると言うけれど、ここまで何重にも(ひね)りが加わることもないだろう。色もそれとなく似たような艶のあるピンクをしていて、油断して寄ってきた雌を捕らえて喰らおうとする食虫植物の(つた)に見えなくもない。
 こんな凶悪なものでお腹の中をえぐられたら、尖った先端で内臓ごと引き裂かれ、鋭利なネジ巻きで内壁をズタズタに切り裂かれそうだ――とは、不思議と思わなかった。もし私の下半身の感覚が生きていれば、ひと突きされるたびに先端で腹奥をくすぐられ、絡まった螺旋は内壁を満遍なく擦りあげてくれそうで――と、そこまで妄想して、慌てて首を振る。っダメダメ、いけませんよリュウテン。あまりに屈辱的な仕打ちに耐えかねたとはいえ、理性までかなぐり捨ててしまうとはなんと嘆かわしい。
 ――それにしても、どこかで見たことあるな。記憶の深いところを漁ってしまった私の頭が疼いた。すぐにそれが幼少期に垣間見えたゴルダックのものだと思い出され、また頭痛がひどくなった。
 トラウマが蘇りかけて硬直する私に何を勘違いしたのか、ジオ様は得意げに鼻を鳴らす。

「雌遊びしている割には綺麗だろ? 俺様の、発情期が終わると根本から取れて生え替わるんだよね。もし外れたらあんたにあげるわ」
「ぜ、絶対にいらないです……」
「受け取ってくれないわけ? 心外だなあ」
「…………」

 使い古しの雄性器をプレゼントするのがウェーニバルの求愛行動なら、なんというかかなりいやだ。思わず固辞してしまったが、私が無様な鳴き真似をしたときよりジオ様はいくらか機嫌を取り直してくれたようだった。

「いつまでも見とれてないでさ、早く奉仕してほしいんだけど。修道士なんだから奉仕くらいできるだろ」
「こ、これに――ええと、お、おちんぽに、ですか」
「あんたさっき『私なんでもしますから』って言ってたじゃん。あれウソなわけ? ヌシに仕える修道士がウソついてもいいんだっけ? そんな不誠実な娘には、帰ってもらうしかないけどなあ!」
「うう……っ」

 あまりの扱いに、乾きかけた目の奥がツンと熱を帯びた。弱みを握って雌にありつくなんて、そんな低俗なことをして(はばか)らないのは私の知る限りひとりしかいない。なんでこんなヤツが雌からモテるんだ。
 悪寒を催しながら舌を出す。桃色をした螺旋の表面に渋々貼りつけて、そのまま縦になぞり上げた。大変幸運なことに、吐き気をきたすような味は頭痛が遮断してくれている。ちちちち……、と、螺旋の窪みに弾かれる感覚のみが舌先から伝わってきた。祈りのたびにヌシ様への称誉(しょうよ)を紡いでいる口でこんなものを舐めるなんて、なんと罰当たりなことだろう。

「お……、なかなか良いベロ持ってんじゃん。溝ン中に溜まってるカスまで丁寧に舐め取れよ。あともっと全体を擦りあげろ。唇で輪を作って、それを上下させる感じ。難しくても途中でやめないで、疲れるまで続けてみて」
「そんなこと、言われましても……」
「ダンスだってあんなに上達早かったんだ、フェラもすぐに上手くなるって。俺様もつきっきりで教えてやるから、がんばろーな」
「上達なんか、したくないです」
「ともかくコツはダンスと同じだぜ。先入観を捨てること。これは極上のメシだと思って、ちんぽは味わうくらいに愛情こめて舐めてみな」
「あ、味わうって、これを……」

 固定観念を拭い取ることの重要性は、ダンスレッスンで学んでいた。不浄で薄情で穢らわしく幾度も雌を食い散らしてきた雄性器――お、おちんぽ、だって、もしかしたら本当に、マゴのみみたいな味をしているかも……。
 不埒な考えを微かにでもよぎらせてしまったのがよくなかったらしい、意識した途端、ふ、と頭の痛みが薄まった。あれほどじんじん訴えてきた疼きが嘘のように抹消している。代わりに、口内へ広がる強烈な香り。……しかしそれは蒸れた粘膜の生臭い臭気などではなく、煮詰めて苦味を飛ばしたハバンのもったりとした甘味に、新鮮な海藻と香り高いナッツをマッチさせた代物(しろもの)だった。4時間ほど前の晩餐会で口にした食事を、脳の味覚野が再現しているのだ。
 根本付近の筋の突っ張ったところはミガルーサの切身の皮目に似たような風味がして、炙った白身の淡白ながらも滋味深い旨さに思わす吸いついた。くるんと伸びた先端を頬張れば、北パルデア海で朝採れたばかりの小貝を蒸した海の幸。螺旋に阻まれたところを舌先でほじると、ペースト状にしたミントを軽く炙ったオッカで挟んだ香ばしさ。どれも晩餐会でひと口だけ舌に乗せたものだった。遅れて蘇った空腹感に促されるまま、気づけば様々な味のするひねり棒へ、懸命に涎をまぶしながらむしゃぶりついていた。

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 私の額を、ふぁさ、と軽やかな羽が撫ぜる。海鮮バイキングを心ゆくまで楽しみながら見上げると、ジオ様が満足げに目を細めていた。

「っく……、急に、積極的だねえ……。美味しかった?」
「はい……ええ本当に、もう、ずっとこうしていたいくらい」
「へえ……?」

 びゅう! とジオ様の喉笛が軽快に響く。その音で我に帰り、とんでもない失言をしでかしたことに気づいたが、後の祭りだった。

「あッ――いえ! その、あの、これは決して私が淫乱などではなく!」
「そうかい、分かったよ。いつもああしてアーメン、アーメンってヌシに向かって祈ってるとき、頭の中じゃあザーメンのことばっか考えてるんだろ。……っハハ、いくら淑女ぶったって、溜まるもんは溜まるよなァ」
「………………」

 これはヤドン族に特有の知覚遅感のせいで、たった今私が感じていたのは昨日の晩餐会で食べた好物の味で、だからおちんぽを舐めしだいてしまったわけで、決しておちんぽを舐めるのが好きとかそういうことじゃなくて――なんて言い分、ジオ様が聞き入れてくれるはずもない。さもしい説明をくどくど並べ立て、聖職者にあるまじき淫蕩さを隠し立てているようにしか聞こえないだろう。それが彼のご機嫌を取り直すのならば不本意ながらもせざるを得ないけれど、脳裏に〝サイコカッター〟を乱れ打ちするペスカの憤怒の形相がちらついて、やめた。これ以上ヌシ様への背信を重ねる必要もあるまい。
 そう……そうだ。これは晩餐会、晩餐会の味を取り戻しているだけなんだ――重ねて自分に言い聞かせて、螺旋状のおちんぽへひたすらに舌を纏わりつかせる。

「あー……、拙い感じも、これはこれで……うッ、いいね……。(エスパー)タイプにしゃぶらせるってのも、俺様のニガテな相性だからな。屈服させてる征服感、やべえわ……」

 ジオ様は私が海鮮ときのみのフルコースを満喫しているとは露とも思わないだろう。私の豹変ぶりに満足したように目を細めると、口角をとろめかせて官能を味わっているらしかった。

「もう寝ようかと思ってたんだが、気分が変わった。やっぱり抱くわ」
「あっ、ありがとう! ……ございます」

 口をついて感謝の言葉が出て、その見下げ果てた野卑さに自分で自分が嫌になる。感覚遅延が引き起こした、いわば悪運の重なった事故なのだとはいえ、貪婪(どんらん)にも性器を口で愛撫したのだから。やってしまったという後悔が立つと、再三の頭痛がぶり返してくる。
 ジオ様が私を引き剥がして、寝藁へと促した。こんな精神状態で顔を見られたままでは、演じ通すことなんて到底成し遂げられそうにない。私はしきりに片手で舌の表面を拭いながら、覆い被さってくる彼の厚い胸板をやんわりと押し戻す。

「あの、その、えっと……。う、後ろから、に、してもらえますか……」
「へえ? 修道士ってのは正常位(missionary)でヤらないと叱られるんじゃないの」
「……?」
「知らないならいい」

 またしても彼の軽口を汲み取れなかったけれど、冷静さを取り戻した私は罪の意識に押しつぶされそうで、一刻も早くこの責め苦から解放されるようにと、そのことしか考えられなかった。
 枯れ草のベッドへうつ伏せた私の尻尾が、ぐい、と力強く持ち上げられる。下腹部の蛇腹が上下に伸長して拡げられ、そこをくすぐる夜風の冷ややかさ。これから何をされるのか――それはまあ交尾なのだけれど――という不安に駆られながら、ジオ様から背けた顔を寝藁へ押しつけた。
 ジオ様は寿司の付け合わせに添えられていたネコブのみを嘴でしがみ、滲み出た粘液を私のそこへ練りこむように(なす)りつけると、ぺちぺち、と小気味よく私の尻を(はた)いた。

「おら挿れんぞ……マンコ集中しろ? 俺様のちんぽ、たっぷりと味わえよ」

 背後でジオ様が小さく喉を鳴らして、とすん、と尻から押される衝撃があった。
 20年以上因循(いんじゅん)的に守り通してきた徒花(あだばな)は、実にあっけなく手折られた。まだ誰にも明け渡したことのない聖処(せいしょ)を踏み(にじ)られるも、痛みなんてこれひとつもない。下腹部を貫いて押し上げられる異物感はあるが、それだけだ。ヌシ様の御冥利(みょうり)が快感のみならず、処女喪失の痛みも打ち消して下さったようだった。これまでにない頭痛がぐわんぐわんとシェルダーの空疎に響く。修道士として過ごしたここ5年あまりの思い出が、走馬灯のように蘇っては消えていく。

「うう、うぅん……、っくぁ、ああ、ぁ……、ンあっ」
「あー……、ようやく感じてきた? 1番奥の方、ポルチオって言うんだけど、あんたならそこでもすぐに感じられるようになると思うから。意識していけ? ……んじゃ、動くから」

 強烈な頭痛に(さいな)まれる私のうめき声を、ジオ様は嬌声と勘違いしてくれているみたいだった。昼下がりには雌を魅了してきた柔軟な腰つきが剛勇に下腹部へとぶつけられ、弾力を伴った振動が私の脳を揺さぶってくる。彼を満足させるような演技なんか到底できるはずもなく、「この声は頭痛なんです決してあなたとの情交が気持ちいいからではありません勘違いしないでください自惚れているんですかきっと今までの婦女たちも同じこと思っていたはずです身のほどを(わきま)えてはいかがでしょうかこの雌ったらし!」と突っぱねてしまいたかったが、それを口にする元気すら最早ない。
 どれほど耐え忍んでいただろう、突然ジオ様が鈍く呻いて腰を引くと、にゅぐ、と私の尻へ粘液に(まみ)れた硬いものが乗せられた。どくっ、どくん……、と胎動するその先端から、私の背中へとジオ様の子種が垂らされる。ボチの頭に(かざ)された蝋のように熱く、こってりと粘度の高い液体の存在を感じながら、ようやくこの惨痛(さんつう)が終わったのか、と私は寝藁を噛み締めていた。

「あっ……あ、ふぅ……ぅッ、……ぁぁぁ、ぁあ」
「うー……ん、どうにかしてイけたけど、やっぱ処女はダメだな。声ばっかりでマンコ全然だわ。ハハっ、サンドウィッチと厚切りベーコンでちんぽ挟んでた方がまだマシだぜ。同じ修道士でこうも違うもんなんだな……明日はチルタリスちゃん呼びつけるか」

 最後まで、どうにかジオ様は機嫌を損ねないでいてくれたようだった。出すものを出すと早々に翼を広げ、打ちのめされた私には目もくれず隣島へ飛び去っていった。
 残された私はずるずると湖面へ降りると、泳ぎつつ全身の粘液を削ぎ落としていく。収まることのない頭痛を抱えながら、そのままねぐらまでの航路を辿った。見上げると、満天の星々から降ろされる静寂。水の中に溢したため息は、ぶくぶくと泡になってオージャ湖の闇へと消えていった。




3 


 早朝のミサでは1時間ほどかけ、その日口にするきのみなどを聖別する。祈りを唱え礼拝に就いている間じゅう、ずっと全身が鈍い痛みを訴えていた。あれだけ踊りまくっていたのだから無理もない。私らしくない体験だったな、と思い返しながら、それからの顛末(てんまつ)を考えると、ズギ、と頭が軋んだ。……ああヌシ様、偉大なるヌシ様よ。私は罪を認め回心します。舞踏の最中に不義理なことへ考えが及んだのみならず、なし崩し的にウェーニバルとあんなことやこんなこと……。私は泣き縋りたい思いだった。二度と分不相応なことはすまい、と邪念を振り払い、使徒職へ専念するよう心掛ける。就寝前の自由時間にでもヌシ様へ拝眉(はいび)して、直々に告解させていただくことにしよう。
 カーニバル当日は警備班に帯同していたけれど、もともと私は教育班の所属だ。ヌシ様の庇護下に置かれる子どもたちは、大まかに2つのクラスに分けられる。矍鑠(かくしゃく)としたハラバリーのおじいさまが担当する青年クラスと、私が受け持つ幼年クラス。日当たりがよく見通しの利く『モモン島』は、幼子たちの遊び場だった。
 断食の期間に入ると給仕班はほぼ仕事がなく、子どもたちの相手をビスにも手伝ってもらっていた。おおらかで懐っこい彼は児童からも人気が高く、長い首を活かしてマリルやカムカメをぶら下がらせたり、頭にドラメシヤを、背中にヌメラを乗せてオージャ湖上空を周遊したりと、やはりトロピウスらしく遊び相手になってくれている。
 警備班の一員であるペスカも、彼女の使徒職を全うしながらも、遠くから見守ってくれているようだった。正義感の強いエクスレッグも雑魚寝するほどオージャ湖は平和そのものだが、いざこざが起きれば文字通り身を投げうってでも駆けつけてくれるだろう。ミガルーサの全速力は、湖面からジャンプでもしなければ誰も逃げられないほど俊敏だ。

「あの……」
「どうしたの?」

 10名ほどの子どもたちを自由に遊ばせて、ケンカしないか、怪我をしないか、砂浜の木陰から目を光らせていたとき。カチコールの男の子が擦り寄ってきた。まだ生まれて5年と経っていないくらい。いつもお母さんの背中に乗って、他の子たちとも積極的には遊びたがらない子なんだけれど……あ。保護者が集まって世間話をしている草むらから顔を出して、母親のクレベースが様子を窺っていた。先生がひとりでいるから話しかけるチャンスだよ、なんて我が子の尻を叩いたんだろう。

「きのうのパレード、すごかったから……。ジオさまのダンス、ぼくも真似してみたけど、むずかしくて」
「うん……、そうだね」

 ひとつずつ思い出すように伝えてくれるカチコールへ少し背中を丸め、目線を合わせてあげる。氷の仮面の奥に覗く純真な笑顔が眩しい。この子はあのウェーニバルの本性なんて知らなくていい。この子の中では、リーグ優勝を成し遂げたバトルのお兄さんでいてくれればそれでいい。

「せんせーは見てないの?」
「見たわ。見た。私もついつい踊っちゃったよ。……実はね、後でこっそり、ジオ様に教わったりして」
「えっ! い……いいなあ。ぼくも、ジオさまのリーグゆうしょう、おめでとう! って、ちょくせつ言いたかった……」
「ジオ様もそう言ってもらえると、きっと喜ぶと思うな」

 ――それが雌からの賞賛だったら、なおのこと。なんて、言わないけど。
 カチコールへ伝える言葉を選びながら、私は昨晩の紆余曲折を省みていた。
 慣れないダンスなんかにうつつを抜かし、流されるまま交尾してしまったのは悔い改めるべき醜態だけれど、そもそもジオ様に接する態度はどうだったか。
 ヌシ様の遣いとして慇懃(いんぎん)であろうとするあまり、あのウェーニバルの偉業を純粋に祝えなかった私の精神年齢は、もしかしたらこの子よりもずっと幼いのかもしれない。私はなんて鈍臭く、融通が利かないんだろう。昨晩ジオ様のもとへ向かったのが私ではなくペスカだったら、禁欲的な彼女はダンスの誘いからして突っぱねていただろう。もしくは生きることをあるがままに受け入れるビスだったら――雄どうしでそういうことは起こらないだろうが、万が一もしそうなったら――心ゆくまで一部始終を楽しんでいたかもしれない。私が派遣されてしまったばかりに、無体な演技でジオ様の機嫌を損ねることになってしまった。
 いやいや、それでは私を見込んでくださったフェヴィル様に対して申し訳が立たないだろう。そんなことは思うだけでも罪に繋がるんだ。でも、でも、私はヌシ様に恭順(きょうじゅん)なだけで、ヤドキングであることをもっと活かせていれば。私がもっと精神的にも余裕を持っていれば。あるべき理想の姿に羽化できる、私だけの宝物――そんなものがあるのなら、今こそ切実にその在処(ありか)を、私は知りたい!
 ……あれ。
 思い悩んでいるうち、ふ、と頭痛が和らいでいることに気づいた。まるでシェルダーを被っていないかのような、またとない解放感。血の巡りが改善され、脳へと酸素が供給される感覚。今なら何か、人間でも思いつけそうにない革新的なアイデアを発明できそうな気がする。
 昨晩のものを凌ぐ覚醒感に安堵する間もなく、突如、目のくらむような衝撃が全身を貫いた。思わずぴしっと背筋を立ててしまうような、衝撃。ぎゅっと目を瞑った。尾骶(びてい)骨から打ち上げられた〝アーマーキャノン〟が、瞼の裏で鮮やかに炸裂している。「うッ」と息が漏れた。それは苦しさに由来するものではなく、なんというか、全身の敏感なところを温かくくすぐられるようなもどかしさ。むくむくと膨らんでいくそれは、股のあたりで(わだかま)っているような感覚がした。
 ――まさか。
 思い当たる節は、あまりにもありすぎた。昨晩ジオ様の相手をした際、フェザータッチでさんざん股を弄り回されていた。シェルダーに堰き止められていた神経伝達物質が脳内へ横溢(おういつ)し、今まさに津波となって私を呑みこもうと迫っている。……くらり、ときた。執拗な翼での愛撫と、それからの感覚がひとえに押し寄せてくるとしたら。

「……んふッ」

 (そら)恐ろしさで鼻から息が抜けた。子どもたちに見せつけるのは、まずい。教育上非常によろしくない。どこかへ隠れなければ。千切れかけた理性が警鐘を鳴らしたが、私の短い足はサダイジャに〝へびにらみ〟されたかのように動かない。どッどッどッどッ、そのくせ心臓だけがいやに落ち着きなく跳ね回る。頭のてっぺんまで昇った血が、尻尾の末端の毛細血管まで勢いをつけて駆け降りていく。
 不思議そうに見上げてくるカチコールの男の子。ぎりぎりと奥歯を噛みしめる私をよそに、きょとんとした幼子は私の太ももへと甘えついてくる。

「せんせー……せんせー? ねえってば。……、聞いてるー?」
「う、うん。うん? うん」

 まったく聞いてなかった。聞こえてはいたが、ひと単語たりとも脳が理解を受けつけていなかった。幼子に触れられた膝上あたりが、カチコールの体温とは思えないほど熱を帯びる。すり、すり、と縋るような摩擦刺激がもどかしくて仕方なく、さりとて加減の利かない〝サイコキネシス〟で無理やり引き剥がすわけにもいかず、私は立ち尽くした。
 どッ、と、首後ろから汗が噴き出す。襟元のフリルがさざなみ立つ。股まわりに、ワタッコが頬ずりするような感覚があった。反射的に下腹へ力を込めた。到底それだけでは抑えられるはずもなく、開けっぴろげになっている太ももをじりじりと閉じていく。たるんだ蛇腹を上下にこじ開けられたのか、幅広の粘膜を夜風がくすぐっていく一瞬の清涼感。前の夜ウェーニバルの翼指になぞられた位置が、じゅんぐりに、もどかしいまでの掻痒(そうよう)感を訴えてくる。普段は贅肉に隠れるように守られている粘膜を、丹念に掃除するようにゆるく何度も往復され、私の内側に眠る官能を否応にも意識させられる。

「……っぁ、あ」

 声が漏れて、慌てて下唇を噛んだ。噛んだところで紛れる程度の快感ではなくなっていた。手のひらを握ったり開いたりした。何の気休めにもならなかった。そうこうしているうちに下半身が痙攣し始める。噛み締めた奥歯がぎり、と鳴った。鼻先がうるんで、見なくとも顔が充血していくのが分かってしまう。

「せん……せー?」
「ん、……んんンっ、ん?」
「ぶるぶるしてるけど……さむいの? ……ぼくの、せいかな……」
「だっだい、ンふっ、だいじょ、ブっ! むしろ暑い、くらい、だからッ、ね? きみが、気にしないッで、だいじょぶ、だか……ら。ちょっと、ヴっ! 離れて、てね?」
「……? うん……」

 全然大丈夫ではない返答をカチコールへ送った。我が子を(さら)われたイッカネズミみたいなどぎつい顔つきになっていただろうに、少年は怯えず私を心配してくれて、その優しさが私をいっそうがんじがらめに苦しめる。
 つっ……、と、内股を伝う湿り気があって、無意識にスッと腰を落としていた。ダンスのレッスンを受けていたからか、鮮やかな下降運動だった。この子に気取られぬにはどうするべきか、ヤドキングの頭で考えても考えても正解を思いつけない。
 そうしているうちにも快感は熾烈さを増していた。太ももの付け根から震えが伝播し、ふくよかな腹が上下に波打った。(おびただ)しい冷や汗は今や全身に及び、跳ね上がった血圧が更なる発汗を催していく。焦点の合わない目の奥まで、ぐっしょりと濡れそぼつ感覚。緩くなった脳神経の隅々までを、興奮物質が駆けめぐっていく。
 ど、どど、どどど――ッどどどどどどどどど!
 全身をけたたましく疾駆する快感の幻聴が、体の中を反響して耳裏に轟く。平静を装うなんて、できたものではなかった。

「フー……っ、ふンッ、ふぎ……、ンッ、フぅウゥゥ――!」
「せんせ……、せんせー……! やっぱり具合、わるくしちゃった……のかな。ぼくのせいで。……おかーさあああん!」

 なんとか視線を落とすも、心配してくれるカチコールの顔は輪郭だけしかぼんやりと把握できない。切羽詰まったその声も、湖底から響くように遠のいて聞こえている。
 垂れた粘液で砂地に小さな湖ができるほどぐしょ濡れになっていた股穴が、くぱ、くぱ、と勝手に身悶えし始めた。波が引くまでじっとしていようと思ったが、快感の小康状態は訪れてくれなさそうだった。つぽ……つぽ、と浅瀬を出入りする翼指の感覚、実際には乾いた摩擦で難儀しただろうその愛撫が、最奥まで汁濡れになった今ならすんなりと受け入れられてしまう。ジオ様は入り口だけでもたっぷり20分は時間をかけて指を翻していた。20分ぶんの接触刺激に内部粘膜はすっかり柔らかく(ほぐ)れていて、雄の逞しいものを今か今かと待ち侘びていることが、分かってしまう。

「も……、無理……!」

 ぐるんっ、と眼球が裏返る感覚があって、思わず腰を大きく突き出した。途端、それまで股周辺を這い回るだけだったウェーニバルの翼指が、くにっ、と私の内側をしゃくり上げた。

「んあッ!? あっ、ゃ、ぁ、ぁっあっやああっ! や、あ゛んっ!?」

 演技でこぼしたヤドン族の鳴き真似とは似ても似つかない、濁って甘ったるい声が出た。幻想の翼指が私の内壁を縦横無尽に駆け巡る。腹側の天井――Gスポットと言ってたっけ――を肉厚な羽先で押しやられる感覚が蘇ってくると、もうだめだった。下半身をつんざくほどの鮮明な悦楽が走り、ぶるぶるぶるっ、立っていられないほど露骨に腰が振動した。ウェーニバルが言っていた、ここを撫でつけられれば気品高いクエスパトラでさえ泣き善がってしまうという、雌に共通した弱りどころ。あっさりと私が陥落したことを知らない過去の彼は、獲物を逃したヒラヒナのごとくそこを執念深く責め立てていた。あくまで柔らかく、小刻みに、ぐいっと押し上げては離すの繰り返し。腕の立つチャーレムに〝つぼをつく〟をされているような、泥に沈みそうになる重力を伴ったそれが信じられないほど気持ちいい。手応えのなさを(いぶか)しんでいたジオ様は、その分だけ隅々まで処女地を掘り起こしてくれたみたいだった。あれほどの〝じしんかんじょう〟に見合うだけの凄まじいテクニックを、ありがたくも全力で私の体へと叩きこんでくれていたのだ。
 もういいです大丈夫ですジオ様すっごい気持ちいいからもう十分ですだからやめてやめてやめて――
 そこにウェーニバルがいれば突き飛ばしていたものを、私の短い手は虚しく宙を掻くばかり。相手がいないことで、かえって私の内的感覚は鋭敏に成り果てていた。出来損ないのヤドンの鳴き真似を披露することもなければ、頭痛に触覚神経を妨害されることもない。その場を取り繕い下手な演技に執心する必要のない私の脳は、内部で自然発生する快美感覚を演算するだけに全てのリソースを割くことができる。いたって高純度の快感を間断なく浴びせ続けられ、私はなす(すべ)もなく悶絶した。

「んやッ、ん゛ッ、ゃお、お、お゛……やああああああぁあんッ!! あゃあゃあゃあゃ――ゃアアアアアア゛ッ、んお゛っ、お゛ッ、ぉおお――やああああア゛んっ!!!!」

 泣いているのか笑っているのか、はたまた苦しんでいるのか分からないような長く湿った悶え声。尻尾の先までピンと反り返らせ、全身をしゃちほこ張らせながら、爪先立ちになってまで突き出した股穴から、盛大に体液を飛ばしていた。手は気を紛らわそうと頬をつねったり、フリルを引っ張ったりと七転八倒したが、痛痒なはずのそれらさえ快感にすり替えられていた。掴めるものを求めて宙を彷徨ったが、そうしているうちにカチン! と爪先が何か固く冷たいものにぶち当たった。
 突然咆哮した私に身を(すく)ませてしまったであろう、愛液をひっ被せられたまま立ち尽くしたカチコールを手繰り寄せると、私はしゃにむに股を押し当てた。うねり狂うこの熱を少しでも和らげてくれるだろうと期待したが、幼子の冷感では収まらず、むしろ接触摩擦が興奮をいっそう加速させた。カチコールの尖った氷のツノを両手で抱えこむと、かくんかくんかくっ、と氷柱へ押しつけた腰が機械的に揺れた。脳内で大量発生する快感に見合うだけの刺激を得ようと、浅ましくも滑らかな感触へと粘膜をなすり付けていた。

「お゛がッ!?」

 畳みかけるように、口の中と鼻腔(びくう)を満たす塩からい臭気。反射的に(むせ)びこんでしまうような強烈な衝撃。ジオ様のおちんぽを口へ含んだ際の嗅覚が蘇ったらしい。雄の欲望を煮詰めて丸めこんだようなにおいのものを、晩餐会の海鮮の味だと錯覚して私は嬉々として(ねぶ)り回していたっけ。愕然とするも、鼻奥まで染みついた雄のフェロモンが私の脳神経を引きずり出し、ズタズタに切り裂き、すでに霞んだ思考機能を木端微塵に粉砕する。へこへこへこっ、腰のかくつきが小刻みになった。どろねばの汁気を股穴から(ほとばし)らせ、カチコールの氷がちょっと溶けた。

「ちょっとあんた、うちの子に何やってるんですか!?」

 ようやく異変を察知したクレベースが、ママ友とのおしゃべりを切りやめ、オニゴーリの形相で草むらから飛び出してくる。〝すてみタックル〟でも〝ロケットずつき〟でも何でもよかった。とにかく私を湖に突き落とし、あられもなく騒ぎ立てる口を封じ、子どもたちの前から消し去ってくれるならそれでよかった。
 やっと、解放される。安堵したのも束の間、私の腹の奥底へ、ぐさ、と、何か逞しいものが、深々と突き立てられた。

「――んぉゃああああアアア゛んッ!!!?」

 処女を食い破られた痛みなんてひとつもなかった。下腹の深いところで待ちわびていた快楽神経を根こそぎ掻きむしられ、私は盛大にだみ声をせぐり上げた。腹を深々と突き上げる衝撃に跳び上がり、〝でんじふゆう〟したフォレトスのように宙へ浮いた。ベラカスの置物めいて一瞬だけ空中静止したのち、もんどり打って砂浜へ転げ落ちる。木漏れ日の向こうに、どこまでも高く晴れ渡った青空が見えた。
 ――っというか、今までの感覚、まだ、挿れられて、なかったんだ。ふわふわの指で内壁を確かめられていただけ、だったんだ。それであの快感。泣き叫び身を(よじ)り、思わず赦しを乞ってしまうような、途方もない快感。
 じゃあ、これから、私はどうなってしまうの――。
 憂慮した未来はすぐにやってきた。
 ぞりぞりぞり、と螺旋を描いたおちんぽでうねりつく肉壁を擦りあげられた直後、子宮が、つんッ、と小突かれた。

「――――ゃ、あん、っ、?」

 初めて知る感覚だった。
 背後から覆いかぶさるウェーニバルが深々と下半身を落とし、私の尻尾のすぐ裏へ腰を密着させながら、円を描くような腰使いで私の中を吟味していた。彼お得意のサンバの要領で揺すり、すくい上げ、小刻みに前後させる。細かく位置を調節するように腰を私の尻へ押しつけると、連動しておちんぽの先端が私の子宮まわりを舐めあげていく。
 ポルチオとか言っていたっけ、私の胎の奥底が(かぎ)針のように尖った肉でしつこいほど引っかき回されていた。飾り羽根の先でくすぐられるような淡い刺激のはずなのに、それがなぜだかたまらなく気持ちいい。体のどこか大切なところに秘める神髄が融け落ちて、私の輪郭が曖昧になるみたいな、致命的ともいえる法悦の極地。――ダメだ。こんなものを味わってしまったら、ダメなんだ。こんな気持ちいいことがあるなんて知ってしまえば、淡白で吝嗇(りんしょく)気質な修道士生活などでは満足できなくなってしまう。自分の肉体に眠る欲求を満たそうとして、ヌシ様へ祈祷を捧げるどころではなくなってしまう。

『んじゃ、動くから』

 幻影のジオ様が私の耳元でそう囁いたような気がして、ずりゅりゅりゅ――と一気に腰を引いた。ポルチオからもたらされるねっとりとした濃厚な悦感へ沈殿していたところ、敏感になり果てたGスポットを退散するおちんぽの螺旋に当て逃げされる。それだけで「ふゃお゛おぉッ!?」と唾を飛ばすほど気持ちいいのだけれど、ジオ様が好き勝手に腰を振り始めると、おちんぽに(まく)り上げられる肉壁と角度を変えて何度も突っつかれる子宮が訴える未知の快感に、私はのたうち回ることしかできなかった。
 意識するまでもなく体がシャリタツのように反り返る。後頭部――被ったシェルダーの背中側を埋没するほど砂浜へ擦りつけ、短い尻尾を丸め尻に敷くようにして、びんッと伸ばしたつま先で踏ん張りながら、腰を今までになく突き出した。綺麗なまでのアーチを背中で作りながら股を大きく開き、下腹部の蛇腹を激しく揺すりながら、私は天に向かって叫んだ。

「し――知らないっ! っこんな、ごンなっ気持ぢいいの、オ゛っ、しゅ、しゅごいの、ゃあん、あん、ア、知らにゃ――やあぉん゛ッ!! おヒっ、ンお゛、お゛、お゛、ンお゛おぉ――んおおおおおたすけヌシさまっ」

 これが、『イく』なんだ。これが、絶頂するってことなんだ。それまで忌避してきたかつてない知識体系を一挙に習得しながら、クレベースに突き飛ばされた私は頭から湖へと沈んでいった。




4 


 先だって医療班に在籍していたヤドランの修道士は、宣教行脚(あんぎゃ)の折ナッペ山麓で行き倒れていたエンニュートを保護したことで、彼女と深い間柄になった。種族柄エンニュートはオージャ湖近辺での棲息は難しい。体格の小さな彼女を連れ添いながら、ヤドランはある秋の日にヌシ様の御許(みもと)を去っていった。彼の他に〝いやしのはどう〟を扱えるのは私くらいなもので、ひとりしかいない医療班の後任は便宜(べんぎ)的に私が務めることになっていたから、引き継ぎに際して彼とはいくらか交流はあった。壮行会の終わり際、同種のよしみだろう、いつになく晴れやかな笑顔で彼は言った。

「私どもヤドン族は鈍いからな。ヌシ様のお近くで暮らしながら、愛とは何たるかを知るまで私は30年もの歳月を要してしまった。何事にも〝どんかん〟なヤドン族は、目が覚めるほど強烈な刺激がなければ、目覚められないものなのだろうね」
「『愛は律法を全うする』――ヌシ様の御言葉のひとつです。互いに愛し合うことのほかは、誰に対しても借りがあってはなりません。言い換えれば、愛はお互いの思いやりの上に成り立つもの……。目覚めた、というのは本当みたいですね。以前はぼんやりとした様子でしたのに、そちらのエンニュートさんと親しくなってから、ずいぶんとにこやかですよ、表情が」
「……君もいつか、目覚める日が来るといい」
「新天地で、ヌシ様の普遍なる愛を広められるんですね。あなたの行く末に、幸の多からんことを」
「そういうことに、しておいてくれ」

 含蓄ありげに言い残して、ヤドランとエンニュートは尻尾を絡ませながら人間の町へと続く坂道を登っていった。その後彼らがどうなったか、修道士の誰も知らない。あるいはみだりにヌシ様の御名(みな)を口にしないように、知っているが語りたがらないのかもしれない。
 ――それはともかく、だだひとりとなった医療班の私が真っ先に寝こんでいるのだから、世話がなかった。
 オージャ湖の西のはずれに忘れ去られた『ナナシ島』、その洞窟。ヌシ様がお住まいになられる鍾乳洞ほどではないが、こちらも広く、怪我をしたポケモンも10匹までなら収容できるほどゆとりがある。水棲ポケモンが休むための入り組んだ水路もあって、こちらも同時に多数の傷病者を抱えることができるほど幅広い。……ヘイラッシャの場合はその限りではないけれど。
 今は、私を除いて寝台を必要とする者は誰もおらず、がらんとした医務室を見渡していると、湖底で眠るパルシェンのような気分になる。1段高くなった岩場に寝藁を厚く敷いただけのベッドで、私は意識を取り戻した。
 小さな息づかいに気づいてすぐ隣を見ると、見知ったトロピウスがいた。寝台の縁へ(もた)れるように四肢を丸めこみ、うつらうつらと長い首を揺らしている。
 藁が擦れた微かな摩擦音に気づいたビスが、跳ね起きて「よかった」と少々やつれた顔を綻ばせた。

「おはよ、リュウテンちゃん」
「……おはよう」
「よく眠れた? どこか痛いところは? 頭痛はよくなった? 喉は乾いてない? 何か必要なものがあったら、遠慮しないでなんでも言ってね」
「うん……、うん、大丈夫」

 それからぽつぽつと、言葉を交わした。幼年クラスの子どもたちを相手しているときに突然倒れてから、丸1日眠っていたらしい。南向きの出入り口から射しこむ陽は洞窟の壁にまで届かず、春先に差しかかった穏やかな光が遠くの湖面をひらひらと光らせていた。昼下がりだろうか、食後の祈りを終えた修道士たちはめいめいの使徒職に就き、しんとした洞窟には私とビスのふたりだけ。
 シェルダーは普段通りの締めつけ具合に戻っていた。
 私の調子を窺いながらも、ビスが切り出した。

「……やっぱり頭痛が、原因?」
「そう、かも」直接の原因はウェーニバルに抱かれたことだろうけど、うまく説明できずにはぐらかした。「溜まりに溜まっていた情報が、一気に頭の中に入ってきちゃって、それで……あんなことに」
「僕がもっと親身になって、キミに向き合うべきだったんだ。晩餐会のご馳走に夢中になって、キミが真剣に相談していたのに、どこか話半分になっていたのかもしれない。リュウテンちゃんが助けを求めていたんだ、僕にできることはなんでもしてあげるべきだった。――ああヌシ様ごめんなさいっ、僕は怠惰でした。悩みを抱える姉弟に手を差し伸べることもせずに、修道士としてあるまじき不勤勉さでした」
「そんなに自分を責めないでよ。その気持ちだけでも、充分救われたから」
「うん。……それにしてもクレベースのお母さん、カンカンだったよ。何やらかしちゃったの」
「ええ……と。……ちょっと、思い出したくない、かな」
「そう……だよね。ごめん、僕こそデリカシーなくて」
「いいの……大丈夫。つきっきりで看病してくれたんだよね、ビス。ありがとう」
「僕のご飯で元気にしてあげられなかったんだもの、これくらいは。……今日はもう、そのままゆっくりしていなよ。給仕斑のお勤めはないけれど、僕また教育斑に臨時でお手伝いを頼まれちゃってさ。そろそろ行かないと」

 ――たわいない会話に、違和感があった。
 さっきからビスに落ち着きがない。どことなく歯切れが悪いし、ふとお互いの目線がぶつかると、彼は気まずそうに顔を背けてしまう。ふだんおおらかな彼がソワソワしているから、余計に目立つのだろう。
 ……知りたい。
 あの醜態を晒したあと私がどうなったか。――それよりも。ビスが何を隠しているのかを。なぜ隠しているのかを。
 私の知的欲求に呼応するようにして、またしても頭痛が和らいでいく。失神している間に耳孔が拾い、神経が〝フリーズドライ〟めいて保存していた聴覚刺激が、大脳の中枢でゆっくりと解凍され始めた。シェルダーの渦巻きに乱反射して響く、ビスとペスカのものらしき会話音声。私が「知りたい」と欲望を強く願うたび、頭に被る彼がそっと背中を押してくれているみたいだった。





「はあはあっ、はあ、ふうぅっ」
「――ちょっと、ちょっとおっ! お待ちになって、ブラザー・ビス! ……まったく、それほど速く飛ばなくてもよろしかったのではありませんこと!?」
「だ、だって、リュウテンちゃんが突然倒れたんだもの。びっくりしちゃって、それで僕っ、とりあえず医務室に運ばなきゃって……」
「それは、正しい判断かもしれませんけれど……。途中でシスター・リュウテンを落っことしでもしたら、どうするおつもりでしたのっ」
「そ、それはごめん……。にしてもどうしちゃったんだろ、リュウテンちゃん。すごい甲高い声で叫んでたけど……」
「やはり頭痛が悪化した、と考えるのが落ち着きますわね。容態はいかかでしょう」
「背中に乗せている感じだと、気を失ってるだけみたい。呼吸は安定し始めたから、安静にしておけば大事には至らないと思う。〝サイコキネシス〟でベッドまで運べる?」
「ええ、分かりました。こちらへ傾けてくださいませ。……ブラザー・ビス、どうかしましたか? シスター・リュウテンを、早くこちらへ」
「あ……その、ペス()ぇ。水路から、サイコパワーは届かない……? 僕、その、ちょっと……動けなくて」
「あなたまで不調をきたされたんですの? 子どもたちを待たせるわけにはいきませんでしょう。さあ早く――キャアアあッ!?」
「あぅ……ぁ、違うの、これはっ、その、あの」
「な――なななな!? ブラザー・ビス、どうしてそんなところを大きくしていらっしゃるの!? その、お股から生やしたフサ、早くお仕舞いになってくださいませ!」
「し、しまえって……そんなこと、急に言われてもできないよっ。いきなり倒れたリュウテンちゃん、背中に乗せてたら、ヘンな気持ちになって……それで、その」
「そのような(よこしま)な思いで異性を見るのは、それだけで姦淫の罪に問われますことよ! しかもそれを、同じ修道士に向けるだなんて……!」
「そんなつもり、なかったんだよっ! なんで、なんでぇ……っ。ヌシ様ごめんなさいっ、僕、気づかないうちに穢れていました。悔い改めますので、どうか……っ。……で、どうしよこれ。助けてペス姉ぇっ!」
「ええーーーーーっ!?!? わ、わたくしに助けて、と言われましても……! とっとにかく、シスター・リュウテンを運びますわよ!」
「う、うんっ」
「わたくしが〝サイコキネシス〟でシェルダーの頭の方を高く掲げますから、ブラザー・ビスは口で腰の方をお支えになって」
「ええええええええ!?」
「今度はなんですの!?」
「いや、いやッ! ごめん、なんでもない……」
「……? 問題がないようでしたら、さあ、慎重に……」
「うっうん、……ッふ、ぅ……!」
「……」
「……」
「……はあっ、なんとかなりましたわ」
「ふー……、ふぅ……。……ペス姉は、先、戻ってて」
「……それ、どうなさるおつもりですの? 先ほどよりも、その、腫れていらっしゃるみたいですけれど……」
「いっいいから……! 自分で、どうにかしてみるよ。……首が痛くなるから、つらいけど」
「……」
「……」
「……分かりました、わたくしが治めて差し上げます。そこにお直りなさい」
「わああっ、〝サイコカッター〟をクルクルさせるのやめてええっ! ちょん切れちゃうよっ」
「ちょん切る他ありませんでしょう、そんなもの! 修道士生活において必要ありませんわ!」
「いやだ! やだっ!やだああ! いやッ! イヤぁ!」
「……………………」
「……………………」
「これも仕方のないこと、なのでしょうね」
「……?」
「ヌシ様ヌシ様、フェヴィル様、これから犯すわたくしの不貞にどうかお目(こぼ)しを。……ブラザー・ビス、もう少しこちらへ」
「え……、でも」
「いいですから!」
「う、うん――――うわッ!? ペス姉、ンぁ、何やって――!?」
「ん……んぐッ、んちゃ、ちゅぼちゅぼちゅぼ、っツぱ、んぐッ――ぷはあっ。……大きいん、ですのね」
「はー……っ、はー……っ、はあぁぁっ、ッ、ペス姉っ、なん、でっ……」
「殿方は、体に溜まった邪悪な瘴気を定期的に排泄しないと、衝動を抑えきれずに婦女へ襲いかかるのでしょう。これも湖の秩序を守る警備班の役目。いずれ湖を脅かすスコヴィランの芽は、カプサイジのうちに摘んでおかなければなりませんわ……。はぷッ、じゅる、んぢゅッ、んくッんくッ、んくグッ!」
「うっ……、うゔッ、うぁ、あ゛っ……ッ! ペスねッ、激しっ、――でる、もう出るッ、でるでる出ちゃうぅ……ゔッ!!」
「んぶッ!? ふグ!! っふーッ、フーッ、へげっ、ペッペっ!」
「はー……っ、はー…………、ふうぅ……ぅ。あ……、ペス姉、大丈夫?」
「ンげ……くッ、うう……。いったいどれほどお出しになるんですの……。ちゃんと自分で処理していらっしゃるのかしら。ひょっとしたらヌシ様よりも旺盛なのではありませんこと?」
「ご、ごめん……。その、こういうことするとフサに栄養いかなくなりそうで、ぜんぜんしてなかったから……」
「ともかく、これで治まりましたわね。わたくし先に戻って、シスター・リュウテンの代わりに子どもたちをあやしておきますわ。……あと、クレベースのお母さまを落ち着かせて差し上げることも。ブラザー・ビス、あなたは時間を置いて向かいなさい。洞窟から同時に出ると、怪しまれますことよ」
「う、うん……分かった」
「……」
「…………」
「………………」
「う……、すごい久しぶりだったから、また……。どうしよ、収まらないかも……」
「…………」
「リュウテンちゃん……、寝てる、よね……?」
「い……いやいやいや! ダメっ! ダメだってばこんなこと……! 不品行すぎる、から……」
「……」
「首元のフリル、から、なんだか、いいにおい……したなあ。お口、柔らかそ……。うわ、お腹も、……。…………。リュウテンちゃん、リュウテンちゃんッ! ……はあっ、はああッ! ふー……っ、ふううぅッ」
「………………」
「やっぱりちょっとだけ……」
「――だ、ダメダメダメッ! 僕はっ、僕はなんてこと、考えてるんだっ。いま一瞬、みだりがましいムウマに取り憑かれてたっ! ああ、ああうあッ! 去れ、この忌々しい悪魔めっ!」
「……」
「……水、水飲もっ」
「んぐっ、んグっ、うくく……っ、……はぁ、ふぅ……ぅ」
「……」
「早く元気になってね、リュウテンちゃん」
「……戻ろ」





 脳内で再生される内容があまりに現実味のないもので、ビスの声が途切れてからしばらくは、ただただ呆然とするしかできなかった。
 私が前後不覚に陥っているあいだに、ペスカとビスの間に、そんなこと。片やオージャ湖の秩序のためなら身を削るほど禁欲的で、片やそうした欲求をフサの養分へ昇華してしまうようなふたりなのに。……いやだからこそ、なのか、音声のみでは仔細を窺い知れないけれど、ふたりは姦淫の罪に(さいな)まれながらも、しっかりと性的な関係を持っていた。

「だ……大丈夫……!? 頭痛、やっぱりひどいの? ねえっ、ねえ!」
「う……、う?」

 長い首をしならせて、ビスが私の顔を覗きこんでいた。1日前まさにこの医務室で繰り広げられていた信じ難い内容に、眼前のビスをすっかり等閑(なおざり)にしていたらしい。
 私は慌てて上半身を起こした。

「うん……。ズキって来たけど、昨日の余韻みたいな感じだったから、もう大丈夫だと思う」
「よかったあ。急に白目を剥いたから、なんだか憤怒の大悪魔に取り憑かれちゃたのかと思ったよ。あの顔、夢に出てきそうだった」
「頭痛してるとき私そんな変な顔してるんだ……」
「んゃ、別にヘンとか怖いとか不細工とか、そういうことじゃなくって」
「えっ不細工って言いたいの!?」
「そういうことじゃないってえぇ!?」

 ビスは悠揚(ゆうよう)におどけてみせる。私が彼の密事を秘密裏に諜報しているとは露とも思い至らない、ほんわかとした表情。昨日の事件は、あれは悪夢だったんだと自分に言い聞かせ、努めて忘れようと気丈に笑う。だからだろう、その横顔が取り繕っているように見えてならなかった。
 ペスカに咥えられていたときは、どんな顔をしていたんだろ。なんで寝ている私に手を出さなかったんだろ。――私に誘惑されたら、ビスはどんな反応を示すんだろ。
 知りたい。それはヤドキングとして当然の好奇心であり、頭痛を代償に恵与された、種族特有の恩寵(おんちょう)なのだ。

「ねえ」
「どうしたの」
「ビスはさ……、なんでそんなに面倒見がいいの?」
「え……、えー?」ビスは気恥ずかしそうに2対の翼をゆったりと(あお)いだ。「もう四旬節の期間に入ったでしょ。ヌシ様の洗礼を受けて、初めて1ヶ月以上の断食をしたときはキツかったけど、そのぶん復活祭で食べるきのみは、それまで僕が食べてきたどんなご馳走よりも美味しかったんだ。何の変哲もないオボンも、ほっぺが溶け落ちるんじゃないかってくらい。どんなに珍しい食材よりも、身近にあるものに感謝しなくちゃって、思えたんだ。それは僕の首から生えているコレでもあって……、だから、自分を好きになれた。自信が持てた。そのとき僕は天啓を授かったんだ。困っているポケモンを、トロピウスのフサで助けてやりなさい、って。もともと食べるのが好きだったんだけど、それは七大罪のひとつでもある暴食の悪魔に魅入られているんじゃないかって思えて、食べるのが好きな自分を、好きになれないでいたんだ。でも、それは他のポケモンに恵みを施すためだった! トロピウスである僕だけにできる、僕だけの宝物……みたいな感じ、かな。んへへ……、改めて言うと恥ずかしいね。とにかく目覚めさせて下さったヌシ様には心から感謝してる。僕は僕の正しいと思うことができて、幸せだよ」
「そっか」

 ビスを動かしている彼の信念は、オージャ湖の底から湧き上がった聖水が北パルデア海へ滔々(とうとう)と流れ出るような普遍さで、私の理解にすとん、と落ちた。
 長い節制を隔ててありつくオボンのみは、それはそれは身に染みる。ビスに限らず修道士は復活祭(イースター)の日に断食を解かれ、ヌシ様の威光復活と訪れた春の息吹に心からの感謝を捧げるのだ。その頃ちょうど旬となるオボンを祝福し、修道士みんなで切り分けて食べる。私も、その日ばかりは厄介な頭痛もなりを潜めていてくれて、全ての味覚が遍在している素朴な味に舌鼓を打っていた。
 同じことだ。数年にわたる禁欲生活で日常的な楽しささえ拒絶してきた私にとって、初交尾の刺激はあまりに強すぎた。しかもその相手が、私を快楽で堕とそうと目論(もくろ)む百戦錬磨のウェーニバルからもたらされたものなのだから、私がこう(・・)なってしまうのも仕方ない。
 考えてみれば当然のことだった。夜ごと雌を取り替えるような、奔放極まりないゴルダックの血を引いた私が、淫蕩でないはずがなかったのだ。ヌシ様へ献身することで素性をごまかし続けてきたはいいものの、気づかないうちにがた(・・)が来ていた。ウェーニバルに抱かれたことで、どうにか塗り固めていた〝ばけのかわ〟が剥がれたんだ。――ただ、それだけのこと。
 だから、私は私だけの宝物を大切にすることにした。 

「わわっ、ちょっと!?」

 やおら石のベッドに立ち上がれば、心配して覗きこむビスの首元へちょうどシェルダーの冠飾(かんしょく)が滑りこんだ。彼の頭を〝サイコキネシス〟で優しく斜めに引き下げると、目の前へぶら下がったみずみずしい果実へ、私は丸っこい鼻先を擦りつけた。

「……お腹、すいたの?」頭上から響くビスの声が、くすぐったそうに丸くなる。「でも、今日は小斎(しょうさい)の日だから……豪華なものはダメなんだ。自分で豪華っていうのも恥ずかしいけど、大切にしているし。待ってて、オレンのみ、持ってくるから」
「ううん、ビスのこれがいいな。舐めるだけ……なら、いい?」
「えっ?」

 ぎし、とビスの首筋に緊張が走ったのが、私の頬へ触れたフサ越しに伝わってきた。みずみずしく揺れる魅惑の果実へ、そっと、唇を落とす。
 ちゅっ……、と、かすかな音が医務室の洞窟に細々と響いて、消えた。
 続けて数度、触れるか触れないかの淡い口づけ。ヤヤコマがオレンの熟れ具合をつついて確かめるような、しかし触れる唇の圧はわずかなもの。ちゅ……、ちゅ。っぱ、ちゅぅ、……っぱ。すでにひとつ欠け、どこか寂しげなフサを優しくあやすように、キスの雨を降らせていく。
 いつだったか、ヌシ様がこんな御高説を薫陶(くんとう)してくださったことがある。食べてはならないとされる禁断の果実を、悪魔に(そそのか)されたハブネークは口にし、それをザングースにも分け与えてしまう。ヌシ様の逆鱗に触れた2種族は楽園を追放され、出くわせば殺し合うまでに相手を憎悪するよう本能に刻みこまれたのだ、と。
 説法された当初、私は彼らの非業にアーメン、と祈らずにはいられなかった。禁令を破ったとはいえ、仲良く食料を分け合っただけなのにあんまりな仕打ちじゃないか。パルデアの南西部に棲息するとされる彼らのいがみ合いを想い、無辜(むこ)の血が流れることのないよう数日間は心を痛めていたはずだ。だけれど今、その果実の甘美さを知ってしまった私には分かる。大切な相手に嘘をついて傷つけて騙して殺して奪い取って――どんな手を使ってでも、その味を求めてしまうものでしょう?
 フサへの愛撫を続ける私の頭上から、健気にもビスが私を気遣ってくれる。裏返る声を懸命に隠そうとして、ところどころ(ども)ってしまうのがいじらしい。

「……んへへ、リュウテンちゃん、謝肉祭の晩餐会もぜんぜん食べれてなかったからね。お腹が空きすぎてヘンになっちゃった? っというか、甘いのとか、味覚は感じられないんじゃなかったの」

 私は答えず、硬直したままのビスの死角へ潜りこみ、ナナのみにそっくりな果実の先端を口へ含んだ。みっちりと張った包皮の奥に眠る、甘く柔らかな果肉。それを優しく丁寧に揉みほぐすように、そっと唇で挟みこむ。口を開くだけの小さな音さえ聞こえてしまうような間近さで、ビスの果実へしつこく舌を這わせた。
 ねろ、ねろ、ねる……ッぱ、ぺにゅ、ねりゅ。

「あ……、え……、リュウテンちゃ、え……、何して……、ぁ」

 異変に気づいたビスには取り合わず、私は舌を翻す。フルーティな味は一切感じられなかった。代わりに昨日カチコールの前で再現しきれなかった、ウェーニバルのおちんぽを咥えたときの残り香が鼻腔をゆるゆると満たしていて、私の舌遣いにも自然と熱が籠った。果実は緩く湾曲しているだけあって実にむしゃぶりつきやすい。螺旋状のおちんぽへ施した奉仕を踏襲しながら、ベロを巧みに捌いてフサへ愛情を恵んでいく。ジオ様のお墨つきで私は飲みこみが早い。処女だったときより少しは上達していたらいいな。

「――ッつぱ、ふぅ……。このまま、食べてみたいな」
「え……、っえ? まって、ってば。だからっ、今日は……」
「いいよね?」
「………………う、ん」

 胸を引いて、ビスの顔を覗き上げる。デカヌチャンに見つかったゾウドウのように固まってしまった彼は、さっきからずっと目を泳がせっぱなしだった。よもや私が淫らな悪戯をしかけているのでは、と疑いながらも、いやいやまさかそんなことは、と思い直し、彼のことだから一瞬でもそう思ってしまった自分自身を内心悔い改めているに違いない。――ビスがそうする必要なんか、ただのひとつもありはしないのに。
 ダメ、とは言われなかったから、続けることにした。()け反ろうとする長い首を抱きしめ、引き寄せる。太ましい首の付け根へ腕を回せば、私の腹から胸まわりが、彼の広い胸部から頸部にかけてと密着する。とくん、とくんっ。彼の刻む音。彼の福音。情熱的なウェーニバルのものとは違う、おおらかな彼らしい植物のざわめき。
 盗み聞きしていたとき、彼は私のフリルから立ち昇るにおいが好きだとこぼしていた。きっと私のフェロモンなんだろう。ビスが、私に欲情してくれる。なんだか嬉しくなって、進化したばかりのルガルガンが甘えるように首回りを擦りつけた。抱擁から数秒もしないうちに、ビスの胸から流れる血潮が大きく波打ち、静かに興奮し始めているのが分かってしまう。

「あっ……っ、ダメ、リュウテンちゃ、待って、離れて」

 数十秒と経たずして、ビスが悲鳴を(かす)れ漏らした。何がダメなのか、首を傾けて目線を落としただけですぐに知れた。
 ビスの前脚に挟まれて窮屈そうな、逞しいおちんぽ。首からぶら下がった果実をそのままひと回りもふた回りも肥えさせたような見た目だった。保存しすぎたナナのみが表面に糖分を浮き出させるみたいに、未使用のはずのその色は浅黒く熟れきっている。毛細血管は葉脈のように粘膜を迷走し、その細かな隆起まで見てとれるほどおちんぽ全体に(たぎ)る情熱を巡らせていた。突端に開いた穴は気孔細胞めいてゆっくりと開閉していて、そこから滲み出た透明の果汁が、若々しく芳醇な雄のにおいを立ち上らせていた。
 それを見た瞬間、どっくん! と心臓が跳ねた。心臓だけじゃない、私のお腹の奥の方――子宮も、比喩ではなく跳ね上がった。
 一瞬だけ、脳裏にイメージが広がった。
 ぼんやりとだけれど、正面から私に覆いかぶさったビスが、おちんぽを私めがけて何度も突き立てている。ふだん優しい彼が私への気遣いも忘れるほどのめりこみ、激しく体をぶつけ合う交尾快楽に耽溺(たんでき)し、私のいちばん奥を容赦なく食い荒らしていく。どすっ! と強靭なおちんぽを突きこまれるたび、子宮周辺に散在するポルチオをしつこく押し潰される。そこから湧き上がる途方もない快感に出したことのないような声を奏で上げ、身をよじろうにも彼の頑健(がんけん)な胸板に押しつぶされ、その被虐感にも重ねて酔いしれながら、生殖粘膜を擦り合わせる無上の法悦を受け入れているところに、ビスが体重をかけて倒れこんでくる。そのままおまんこの最深部へ搾りたての濃厚な白濁果汁を注がれ、お腹の中にビスの種子をたっぷりと植えつけられる――そうなるとしか思えないほど重く甘ったるい絶頂の予兆を、頭痛から解き放たれた私の脳はいみじくも再現してしまったみたいだった。あまりに荒唐無稽で、根拠に乏しく、大罪まっしぐらな〝みらいよち〟に、けれど私のおまんこは最奥から濁った愛液を吐き出し続け、おちんぽをおねだりするみたいにひくひくと入り口を戦慄(わなな)かせていた。こぼれた粘液は蛇腹を伝い、つぅ……、太ももを湿らせていく。
 ――まさかそんな。でも、本当にそうだとしたら。想像しただけで喉を唾液の塊が転げ落ちていった。
 ううん、疑う必要はない。ヌシ様もみだりな猜疑(さいぎ)心は罪に繋がるっておっしゃっていた。そう、確かめればいいだけのこと。――そもそも初めから、そうするつもりだった。
 ビスの首へ抱きついたまま、私は言った。

「謝肉祭の夜さ、ヌシ様に言われて、私、ジオ様のところへ行ったでしょ」
「……うん」
「抱かれたの」
「ッ」

 ビスの双眸がこぼれ落ちてしまいそうなほど大きく開かれた――のが、一瞬大きく跳ね上がった心音に乗って伝わってきた。「……へぇ、そう、だったんだ」とっさに笑って取り繕った言葉尻は掠れ、呼吸を保つのもやっとなのだろう、気道を上下する乱気流が樹幹越しに聞こえてくる。

「な……んで、そんな、ことに」
「初めはもちろん丁寧に辞退したんだけど、ヌシ様から私が選ばれた時点で気付くべきだった。これは天命なの。ヌシ様が抱かれるべきだ、って私におっしゃられたんだよ。もちろん姦淫の罪は(とが)められるだろうけど、私は、私の正しいと思うことをしたの」

 長くもなく、短くもない時間が流れた。沈黙していたビスはおもむろに首を曲げ、シェルダーの突起を咥えて私を引き剥がした。ベッドの寝藁にふんわりと倒れこむ私の、特に下半身を見ないようにしながら、彼はじりじりと後退(ずさ)りした。

「……そっか。そうなんだね」ビスはしきりに頷いた。自分で自分自身を納得させているみたいだった。「ウェーニバルのもとに行ったのが原因で、不義の道に誘いこむ悪いムウマの悪魔に取り憑かれちゃったんだね。いいやもっと厄介な、色欲の大罪を(つかさど)るとされる上級悪魔の『ハバタクカミ』に(たぶら)かされちゃったんだね……っ。なるほど、そっか、そういうことなんだ。僕もそうなりかけたから、よく分かる。つらいよね。……待ってて、給仕班のソルトビーくんを呼んでくるから。ジオヅムの彼の〝きよめのしお〟で〝しおづけ〟にしてもらえば、リュウテンちゃんの体を乗っ取って、こんな無節操なイタズラをする悪魔も、すぐに逃げていくと思うからっ」
「そんな状態で? そのままじゃ、湖のみんなに恥ずかしいとこ、見られちゃうよ。いいの?」

 我ながら意地悪なことを言うなあ、と頭の片隅で思った。可愛らしい反応を見せる相手につい意地悪をしてしまうのは、どの罪に当たるんだろう。敵意を持つこと? 不誠実なこと? それとも傲慢? ビスが前脚でどうにか隠そうとしているおちんぽを眺め、子宮を暴力的に叩かれる予兆に愛液をとぷとぷと継ぎ足しながら、どのみち赦されざるところまで堕ちているんだなあ、と悟る。

「いいから、呼んでくる!」ビスは苛立たしげに叫んだ。「僕が恥ずかしい思いをするのは構わない。それで、リュウテンちゃんが、正気を取り戻してくれるのなら――」
「私が、収めるの、手伝ってあげよっか」ここで逃がすわけにはいかない。考えるまでもなく私は口走った。「ビスが昨日、ペスカの口を使ったみたいにさ」

 またもビスは瞠目(どうもく)した。努めて忘れようとしていた記憶を叩きつけられ、また、秘匿していた不貞行為を私が知っている事実に動揺し、彼の喉が大きく()り上がった。前脚が届けば口許を押さえていたに違いない。
 私は畳みかけた。

「他の誰かに頼らなくても、ビスにできること――ううん、ビスにしかできないことが、あるよ」
「…………それは、なあに」

 彼はくしゃっと顔を歪ませた。反射的に訊ねたものの、これ以上私の声を聞きたくないのだろう。聞いてしまえば、聞き入れる、という選択肢が生まれてしまうから。けれどペスカとの一件の暴露が彼をひどく狼狽させたらしく、ビスの翼は動かない。私を突っぱねて洞窟から逃げ出すことだってできたのに――彼はどこまでも、優しかった。

「ビスはさ、首元の果実を甘く美味しく育てることで、それを食べるポケモンを幸せにしたいんだよね」
「そう、だよ。それが僕にできる、精一杯の施しだから……」
「首から生えた果物で、空腹のポケモンを満たしてあげたい。病気のポケモンを元気にしてあげたい。満たされない者に救いの手を差し伸べる、立派な心がけだと思う。……それじゃあ、お股から生えているとびっきりの果物で、私を満足させることは、何が違うの?」
「ちっ違うじゃないかっ、それは、だって、そんなことをするのは、いけないことで」
「でも私が求めているの。『リュウテンちゃんが助けを求めていたんだ、僕にできることはなんでもしてあげるべきだった』――って、さっきビスが言っていたことだよ」
「リュウテンちゃんもうやめてッ、お願い、だから……っ」

 ビスはもうほとんど泣きそうなほど瞳を潤ませながら、ひと息で(まく)し立てると項垂(うなだ)れた。ぎり、と奥歯を軋ませる音まで聞こえてくる。連結部のネジを緩められたレアコイルのように、あと少しでもつつけば瓦解してしまうことは目に見えて明らかだった。
 私の愚行は、あの横柄なウェーニバルが私に仕向けたそれと何ら変わりない。相手の根幹となっている信条を揺さぶり、弱みにつけ込み、思い通りに指嗾(しそう)する。修道士に対してそれがてきめんに効くことを、私はよくよく分かっていた。
 仰向けに彼を見上げたまま、聖母が救いの手を差し伸べるように、私は言った。

「そういえばジオ様、あんなに私を求めてくれたのにさ……。キスは、してくれなかったんだ」

 ガバッと顔を上げたビスの両目から涙が飛んだ。する? と私が問いかける前に、長い首が伸びてきて私の唇を塞ぐ。
 んちゅ、くしゅ……れりゅ、ん、ちゅ……ぱ。ん……んッぷ、は……、しゅにゅ、れるる……んっ、ちゅるるっ。

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 私の口吻(こうふん)をこじ開け、キスならばさも当然そうするよね、と主張するように舌が絡め取られた。ぐいぐいと押しつけてくるビスの唐突な蛮勇さに圧倒されつつ、迎え入れた肉厚のそれへ私も舌を連れ添わせる。にゅぐッ、ぢゅる……んちゃ、れろっ。息継ぎのために口を離すと、一瞬だけ泣いているトロピウスの相貌が視界に大きく映し出されて、すぐにまた唇を奪われた。首を伸ばして濃密なキスを続ける彼の体を、軽めの〝サイコキネシス〟でゆっくりと引き戻す。抵抗はなかった。彼の前脚は私のなだらかな胸回りをまたぎ、脇の下へと根ざして私をベッドへ抱きとめるような格好になる。しどけなく広げた私の太ももの、中央。触れてもいないのに愛液で濡れ蕩けたおまんこへ、にゅぐ、と熱く湿った肉を押しつけられる感覚があった。

「あ…………あっ」翼の葉脈の毛細部まで硬直し、ビスはぎゅっと目を瞑った。「ぼくは、ぼくはっ、なんてことを……。ヌシ様ヌシ様、フェヴィル様にオマチドー様っ。姑息で、不誠実で、意志薄弱な僕を、どうかお赦しくださいっ!」
「そんなに悔い改めること、ないよ。ビスは私を助けようとしてくれているんだから。ビスは自分で正しいと思ったことを、しているだけなんだから」
「あ、あ、ああああっ、あああ!」

 どっく、どっく、どくッ! 浅くくっつけただけのおちんぽが激しく脈打って、水浸しになったおまんこの表面を軽く叩く。射精と見紛うほど力強い拍動は、ヌシ様へ縋るまでに煮詰められたビスの感情が暴発して、全て情欲へと変換されて私へと向けられているようで、ぞくぞくぞくっ、と背中を甘い痺れが駆け抜けた。
 無垢な青年を私と同じ破滅の道へ連れ立ってしまった背徳感、堅牢な理性を攻略しついに籠絡してみせた達成感。それからいよいよ迫りくる激しい交尾の予感に、にわかに下半身が熱を帯びる。
 そんな私の期待をよそに――、丁寧に首を折り曲げたビスはじぃと私の目を見つめて、声を掠れさせた。

「ひとつ、お願いが、あるんだ」
「……いいよ。なに?」

 この期に及んで理性を崩さない彼の気骨に感心しながらも、私は懲りずに誘惑した。ちゅ、くちゅ……、と、私がフサへ何度もキスを落としたように、(よだれ)を垂らした先端へ物欲しげに甘噛みするおまんこ。寝たまま足を石のベッドへ立て、うっすら腰を持ち上げて左右に振る。蛇腹の溝に沿うようにして、ねとねとの粘液を漏らしているおちんぽの先端を、こしゅ、こしゅ、とくすぐってみた。ビスは喉奥をくぐもらせて呻いてくれたけれど、衝動に駆られて突き入れてくるようなことはしなかった。
 ビスがそっと、言った。

「リュウテンちゃん、僕の、お嫁さんに、なってください」
「…………ぇ?」

 ――なに、え。今なんて言った? 聞き間違い……じゃ、ないよね。
 僕の、お嫁さんに、なってください。ヤドキングの天才的頭脳をもってしても、彼の言っている言葉の意味が分からなかった。全く予期していない角度からの完全な〝ふいうち〟に、官能とは別のところが跳ね上がった。
 お嫁さん。つがい。結婚相手。いつか見た、幸せそうに坂道をゆっくりと上っていくヤドランとエンニュートの背中、それをヤドキングとトロピウスのものにすり替えた映像が、私の脳裏に浮かんでは流れていった。ちょっと頼りないけれど、おおらかで、いつもにこやかで、私の悩みもしっかりと受け止めてくれるビス。長年生活を共にしてきたけれど、確かにケンカしたことは1度もなかったような気がする。ジオ様の言っていた『宝探し』って、もしかしてつまりそういうこと――!?
 昇天しかけた私をよそに、ビスは続ける。

「つがい同士なら、こういうことしても、何らやましいことなんてない、から……。ヌシ様にも祝福される、子どもを残す、神聖な、行為だから……っ」
「あ、ああ……そう、いうこと」

 なるほど、なんだ、ビスは免罪符が欲しかったんだ。もう私におちんぽを()れることしか考えられなくて、でもそれはヌシ様がお許しにならなくて。がんじ絡めに緊縛されているうち、私と結ばれるという抜け道を見つけ出した。
 にしても猛り勃つおちんぽを突きつけながら愛の告白をしてしまうなんて、ジオ様も舌を巻くくらいのとんだたぶらかし野郎だ。ビスは無自覚なのだろうけど、そんなことされて正気でいられる雌は多くないだろう。
 しかも罪に問われなければ、私を孕ませるつもりでの交尾だって(いと)わない。子作りに励むつがいの発情期中出し宣言ともとれるビスの告白に、致死量の幸せホルモンで脳の神経を焼き払われた私は危うく意識を飛ばしかけた。……まだ、大丈夫。まだ気を失っちゃいない。慎ましやかで清廉で(みさお)を立てた私みたいな修道士でもなければ、これから育む彼との家庭を妄想しては多幸感に酔いしれ、彼とのタマゴを授かる子宮をきゅんきゅんと疼かせ、未来の旦那様が私の中で心地よく射精できるよう、しとどに濡らしたおまんこを柔軟にうねつかせてしまうに違いない。私みたいに。
 ひょっとすると交尾よりも強烈な恍惚感に芯の髄まで酔わされながら、私はなんとか答えた。

「……ビスは、いいの? 私を助けるためだけに、こんな罪深い私を(めと)っちゃって」
「リュウテンちゃんは、罪深くなんか、ないよ」私をまっすぐ見下ろすビスの瞳はもう、揺るがなかった。「ただちょっと、分からなくなっちゃってる、だけ。つがいになって欲しいのは、本当だよ。好き……だから。ずっと気づかないフリをして、こんなことダメなんだって自分を戒めてきたけど……。いつも真面目な、リュウテンちゃんのことが、好き、だった」
「……そっか」

 嬉しさと動揺を隠そうとして、私はキスをねだった。唇からほんのちょっとだけ飛び出させた舌を、ねろねろねろ……、と、岩礁へ身を隠すネオラントのようにはためかせる。間髪入れずにビスの口が伸びてきて、微弱な〝でんじは〟で繁殖相手を探すシビビールのような正確さで私の舌を捕まえた。薄暗い潮溜まりへ身を滑りこませたふたりの軟体生物は、身を(よじ)り絡まり刺激を相互に与えながら、交じり合える悦びを交歓する。
 ぷはぁッ、私たちの荒い呼気で唾液の橋は脆くも崩れていく。息を整えてから、私はそっと耳打ちした。

「ビスが私を満足させられたら、結婚してもいいよ」
「満足、って……?」
「そのたわわに実った果物おちんぽで貫いて、私のおまんこのいちばん奥を――」

 最後までは言い切れなかった。ぬぷり、と湿った粘膜の押し拡げられる感覚が下半身で沸き起こって、私の語尾は弾け飛んだ。

「いい加減にしてッ!!」ビスが叫んだ。「リュウテンちゃんはっ、そんな、そんなッはしたないこと、言わないんだッ!!」
「――っクふッ!? んヤあんっ!? っふーッ、ふうぅぅ、フー……!」

 前触れなくビスが腰を落として、おまんこの入り口をこじ開けていた。
 一拍の空白を挟んで、私は声をひっくり返した。先っぽを押しこめられただけなのに、その圧迫感に肺まで押し潰されたのかと思った。ウェーニバルの細身しか知らない私の窮屈なおまんこは、圧倒的な容積を誇るビスに赦しを乞うよう、きゅう、きゅう、といたいけに(すぼ)まった。これから未知の快感をつきっきりで教えてくれるはずのおちんぽへ、予習済みの汁濡れ粘膜をぬろぬろと絡みつけてしまう。

「あ、あ、あ、あっ、すご……いっ、ビスの、これ、おちんぽ――」
「だッ――だから違うでしょっ!? リュウテンちゃんはっ、そ……そんな言葉、1回たりとも使ったこと、ないんだよっ。……それもっ、言わされてる、だけ、だよね……。あのウェーニバルに、そうするように、強要、されてる、だけ……なんだよね……? そんなのもうやめよ、ね? もういいんだ、そんなこと、しなくって。アイツがどんなに怖くっても、僕が、ぼくが、リュウテンちゃんを、(まも)る、から……ッ。早く、回心して。ねえっ、早く悔い改めてよっ。いつもの真面目で、頭がよくって、ちょっと自信なさげで、でも僕にも子どもたちにも優しいリュウテンちゃんは、どこ行っちゃったんだようッ」
「や、あ、ぁ、あああっ、お、おちんぽ、おちんぽすごぃ……! っもっと、もっと早く、知りたかったっ。こんな近くに、こんなすごいっおちんぽ、あったなんて、もっと早く、はや――ああああんっ!!」
「う、う、ぅ――うぅうううゔッ!」

 〝げきりん〟に触れられたボーマンダのような形相で、けれど目尻に雫を貯めた情けない表情を重ねながら、ビスがぎこちなく腰を振り始めた。まだ理性が優っているのだろう、私を気遣うようにおずおずと、しかし同時に確かな意志を持って、慣れない腰の前後運動に邁進してくれる。

「やあっ、あっ、ひゃあんッ、……っや、ぁ、おちんぽっ、ああぁ、ん……っ、ビスの、ぶっといのぉ、きもちっ、いいよ――ゃあああんっ!」
「どうして、リュウテンちゃんどうしてっ、――っあ。こんなこと、なんかに……っ! あのウェーニバルのところへ遣わされたとき、ふ……ッ、あのとき、僕がもっと強く引き留めておけば……。うッ、無理矢理にでも、ぅう……ッ、僕が代わりに、行っておけば……!」

 ――そうしておけば、リュウテンちゃんの初めても、僕が奪えたのに。
 なんて思っていてくれればいいな、と早くも快感に征服された思考で祈りながら、私はビスの胸板を押しつけられたまま卑猥な言葉を漏らす。ヤドキングは比較的大柄な種族だけれど、トロピウスにのしかかられてはなす術がない。にゅぐ、にゅく、にゅぢ、にゅぐっ。生来の淫奔さゆえか痛みなんて少しも感じなかったけれど、童貞の彼はうまくおちんぽを前後できないみたいで、挿入された先端はおまんこの中で立ち往生し、浅いところを何度もほじりながら先走りの粘液を内壁へ塗りたくるばかりだった。

「あっ、あっあっやっ……っ、い、いいよっビスぅ、もっと強く、丁寧にッ、してくれたら――はゃんっ、満足できそっ。――あ、やぁ……ンっ」
「ほ――ほんとおっ!? ……ぅ、ぐ、ふぅぅぅう……! リュウテンちゃん、ゔ、もうちょっと……、もうちょっと、だからねっ。僕もっ、がんばる、からああ――っ」

 ――ビス、ごめんね。嘘ついて。いったん満足しても、多分もう私、戻れない。
 私をゆり起こすようなゆったりとした抽挿でおまんこを彼の太さまで拡げられ、覚えたてのGスポットを満遍なく揉みこまれる感覚も悪くないけれど、私の脳が予知したあの未来には程遠い。ずっと前から突き上げられるのを待ちわびた子宮は、これ以上は堪えきれないと訴えるようにきゅんきゅんと疼きっぱなしだった。思考を放棄して素直になってくれたビスは、可愛くおねだりするだけで私をそこまで連れて行ってくれそうだった。
 邪念なくビスが腰を振りやすいように、足を立て尻尾を丸め腰に敷き、産道をくいっと上へ向けてあげる。

「ふっふっ、はぁああんっ……っ。っや……ぁ……、ビス、気持ちいいよ。おまんこの奥、ッあ、もっと来れる? 私のおまんこ全体を使って、おちんぽをしごき上げるの、ンゃっ、すっごい気持ちい、よっ」
「ああ――ああああッ!」私がはしたない言葉を使うたび、ビスはほとんど半狂乱になって腰を振る。「戻って、戻ってよッ!! うぅ、僕が好きなリュウテンちゃんに、フヴッ、なんで戻ってくれないのっ! ――こんなにっ、こんなに強く祈ってる、のに、――うぁぁあッ! なのに、なのにっ、なんでなんでなんでえええっ!」

 窮屈に窄まるおまんこをものともせずこじ開け、その奥で緻密に並ぶ肉ヒダを押し倒し、最深部で隠れている子宮めがけて突撃するおちんぽ。入り口から奥までをずっぽりとほじくり回し、ビスの鬱憤を乗せた交尾運動が何度も何度も繰り返される。
 たぼッ、たぱんっ、ぱん! だちゅ、たぷん、ばすッ!
 肉厚な下腹部どうしが離れてはぶつかって、おまんこからとめどなく溢れる愛液を弾いて響く粘着音。ビスの愛し方にも慣れてきたおまんこは抵抗なく子宮までを明け渡し、暴れ狂う彼の猛りを受け止めていた。ジオ様のようなテクニックも何もないけれど、のぢゅ、にぢゅッ、と子宮周りの快楽スポットを執拗にこねくり回されるだけで、重たい絶頂快楽の気配がゆっくりと忍び寄ってきていた。
 着実に、あるべき未来に近づいていた。
 どすッ、ばすんッ、ばすんッ! ばすんッ!!

「うぎ!? んヤッ、ヒャぐ――んゃおおお゛ッ!! もう、イっく、イぐうぅ……っ、やあん、やッ、ぉやあああああああん!!」
「あッ……、もう、うぐうぅッ、もう……!」

 ビスがぴたりと腰を止めて呻いた。微動だにせず粘膜どうしをねっとりと(むつ)み合わせていると、おまんこを埋め尽くすその大きさを改めて意識してしまう。子宮をすくい上げるように圧迫するおちんぽが、射精へ向けてさらにひと回り肥大したかのようだった。ペスカとのやりとりを盗み聞きした限り、彼はそう長く保つ方ではない。むしろこれまでよく頑張ってくれたものだ。
 耳元で、囁いた。

「ふ、フー……っ、ふゃあああ、あぁ……んっ。ビス……、私ね、ンっ、中に出されるのは、ビスが初めて、なんだよ」
「ッ!! リュウテンちゃん、う、ううゔぅっ、りゅ、リュウテンちゃ、っがあああああ!!」

 衝動のまま下腹部を打ちつけること5、6回、ビスが天井に向かって吼える。慣れない快楽に腰が抜けてしまったらしい、痙攣の収まらない下半身がしなだれるように寄りかかってきて、怪獣の肌と肌とがしっとりと密着する。禍々しく反り上がったおちんぽが子宮の入り口を串刺しにして捉え、ザーメンを吐き出すべき場所を、ぐっぐっ……っ、と最終確認していた。ぶわり、と腹奥に暖かな感覚が広がって、これまでになく膨らんで突っ張ったその先端から、彼の想いがとくとくと注がれてくる。それは雌に子種を植えつけるための快楽の儀式であり、私が宝物を見つけるための目覚めの儀式。正しい礼拝作法が私たちを正しく導くように、雄と雌が正しく交わり合えば、こんなにも気持ちいいものなんだ。
 かろうじて残っていた罪悪感のかけらが、名残めいた頭痛とともにすぅ……と抜けていく。私の口の中では、散々舐め回した彼のフサの、とびっきり甘美な味が遅れて広がっていた。




5 


『リュウテンちゃんへ。昨日はあんなことしちゃってごめんなさい。あの時間だけで、僕は悔い改めても改めきれないほどの大罪をいくつも犯しました。復活祭までのあと5週間ほど、僕は隠修士(いんしゅうし)としてナッペ山に(こも)ります。色々と心の整理をつけてから、今回の件をヌシ様に告解するつもり。ナッペ山……寒いのはニガテだけど、それを克服してこそ本当の使命に目覚められると思うから。目覚められたなら、そのときこそキミを救うことができるはず、だから。……僕が言ったお願い、覚えていますか。けっきょく答えを聞けなかったけど、僕が戻ったら快い返事を貰えるといいな。もちろん、それが叶わなくっても、キミの体に異変があれば、どんな形であれ僕が責任を負います。罪を償うためにも、必ずヌシ様の御許(みもと)へと戻ってきますので、どうか祈っていてください。またいつか、今度はちゃんと、キミの口で、僕のフルーツを美味しく食べてほしいな。ビスより』

「――との言伝(ことづて)を預かっておりますわ。早朝のミサにおいでなさったブラザー・ビス、まるで別のポケモンのように寡黙で思い詰めた様子でいらっしゃいました。昨日の教育班のヘルプもすっぽかしなさいましたし、彼らしくもない……。シスター・リュウテン、あなた何をなさいましたの」
「……」
「……」
「うん? なにペスカ」
「……それは本当に『ヤド聞き』なんですの? それとも何かはぐらかしていらっしゃいませんこと?」
「はぐらかしてなんかないよ」
「…………」
「…………」
「いやいやいや今の()は! どうお考えになっても! 『ヤド聞き』ではございませんでしたわよね!? わたくしの声も明瞭に聞こえていらっしゃるのでしょう!」
「………………」
「………………」
「や……、やーん、やーん、やーん」
「おふざけにならないでくださいませ」
「ぅうっ、みんなヤドンの鳴き声に辛辣すぎない……?」
「そんなことよりブラザー・ビスと何がありましたの、シスター・リュウテンっ。今すぐ告解なさい! 今ここで!」
「ビスも言ってるでしょ、彼が帰ってきたら、一緒に罪を償うから……。今はまだ、秘密なの」
「…………それで救われるのなら、よろしいのでしょうけれど。何をするにも早いに越したことは、ありませんことよ」

 彼女は全く腑に落ちないといったふうに、ぶいぶいと口吻を尖らせていた。ペスカだってその大きな口でビスへ奉仕したことを教えてくれないのだから、私がビスに抱かれてあのぶっといおちんぽでさんざん子宮を叩き潰された挙句、ポルチオ快楽を極めて絶頂から降りられなくなっているところにたらふくザーメンを飲まされた……なんてことも、言わなくていいはず。
 私を正気の沙汰へ戻すための『儀式』はあれから少なくとも6回は行われ、ビスは首元の果実が(しお)れるまで必死に頑張ってくれていた。残念なことに一連のそれは私を正気へ引き戻すものではなく、彼の祈りとは裏腹の方向へ遠ざけるものだったけれど。雑巾臭いからと人間に捨てられたマリルのような表情の彼を支えつつ、医務室に使っている洞窟を出たのは陽が落ちてからだった。ビスのことだからそのあと一睡もできなかっただろう、ほぼ半日は思い悩ませてしまったことになる。罪悪感もあったが、それよりも彼が目覚めさせてくれたことへの感謝の念の方が優っていた。
 ビスを(そそのか)したときにも直感したが、私は未来が予知できる。雄のおちんぽを目にした途端、それが私のどこを擦れるか、おまんこのどこを気持ちよくしてくれるかが、快感として脳裏に立ち現れるらしい。思えばジオ様のものを突きつけられ、あの醜怪なおちんぽをハメられても気持ちよさそうだな、と思ったときから、その片鱗は現れていたんだ。頭痛による感覚遅延ばかり悪目立ちしていたけれど、その陰にはしっかりとヤドキングの慶恩(けいおん)も隠されていた。私の深謀(しんぼう)遠慮な頭脳は今や、現在に追いつくばかりか未来まで先取りするようになったのだ!
 生まれ持った種族の特徴を最大限に活用することを『宝物』と呼ぶのならば、私はまだその正体を掴みきれていない。
 確かめる必要があった。
 それは私をつがいにすると言ってくれたビスへの、ひいてはヌシ様への不貞行為に当てはまるのでは? と鎌首をもたげた理性に私は〝ふういん〟の(まじな)いをかける。七大罪のひとつでもある色欲に直結した知的探究心を満たすべく、すっかり頭痛の消え去った頭脳で〝わるだくみ〟を働かせた。




 
 当然、午後のお勤めには身が入らなかった。心ここに在らずで祈りの時間をやり過ごし、子どもたちの相手をこなしつつ、私は夜になるのを待って雌の修道士が共用で暮らしている島を抜け出した。向かう先はひとつ、数日前に訪れたばかりのネコブ島へ。

「――だからさあ、そんなんじゃ困るんですよ。未練があるんだかなんだか知らねえけど、俺様これ以上こんな退屈なとこで待ってられないって言ってるじゃないですか。うちのトレーナーも、チャンピオンとして仕事に追われているんです、雑誌の取材とか、CM撮影とか……。その手持ちの俺様だって忙しいわけ、あんたをこれ以上待ちぼうけしてる暇なんかないんですよ。思い入れのある相手だろうと、そんだけ探しても見つからないんだから、もうオージャの湖からいなくなってるでしょ。早く諦めてくださいって。……チッ、ご主人が道に迷ってなけりゃあ、こんなヤツに助けられることもなかったンだよ……。なんだってこんな面倒なこと、俺様がわざわざ――」

 ネコブ連島の玄関口となっている小島では、ジオ様が誰かと口論している様子だった。何やら揉めているらしい。聞き漏れる内容から察すると、話し相手はジオ様に連れられオージャ湖を離れる前に、会っておきたいポケモンがいるとのこと。
 その解決を待てるほど、私の理性はまっとうに働いてはいなかった。静かな波の打ち寄せる岸壁に寄り添いながら、尻尾で水面を2回叩く。予定にない来客の訪問に崖上が一瞬静まり返り、慌てたように草むらがガサガサと揺れる音。ジオ様が話相手を奥の島へと押しやったようだ。
 こんな状況にも慣れているのだろう、いつもと変わらない調子の声が降ってきた。

「どうぞ上がって。……なんだあんたか」
「遅くに失礼します。先日はお世話になりました、リュウテンです」
「知ってるよ。……なんか雰囲気、変わった?」
「あら。お気づきになられます? 嬉しいなあ」
「お……っ」

 細身ながらも鳥ポケモンらしく分厚い胸板へ擦り寄った。香ばしい雄の体臭を胸いっぱいに吸いこみながら、する、と手を回す。くびれの目立つ彼の腰まわりをあだっぽく撫でさすりながら、媚びの乗った甘え声を羽毛に染みこませるよう漏らす。
 体を離すと、目の奥をすっかり獣欲に濡らしたジオ様の純白の喉が、ごくり、と蠕動(ぜんどう)するのが見えた。

「今日はまた一段と月が綺麗に見えますね。どうでしょう、踊りませんか。私あれから上手になったんですよ。……腰使い、とか」
「……へぇ? じゃあ奥のダンスホール、行こっか……レディ」





 私の正面から覆い被さり、ジオ様が猛然と腰をぶつけていた。1時間みっちり踊り通した私のおまんこは熱く(こな)れ、たった3度目の交尾にもかかわらず処女を奪ってくれた螺旋おちんぽを熱烈に歓迎していた。溝に溜まった恥垢までこそげ取るように蕩けた肉ひだを絡みつけ、サンバの余韻めいてリズムよくきゅっきゅと揉みしごく。チャンピオンとなってからはおちんぽを濡らさなかった日なんてないはずのジオ様も、これがつい先日まで穢れを知らない敬虔な修道士のおまんこだとは到底思えないだろう。

「あー……すげ、処女みたいにキツキツに締め上げてくるくせ、ヒダはヤりまくったビッチのねっとり具合なんだよな……。これチルタリスちゃんよりもエロいんじゃね……。俺様とヤってから即セックス大好き教に宗旨替えかよ……ちょっと引くわ…………」
「やああああぁんっ! ひゃあ、ヤ、ゃあああん、やあぁぁ――ああああンっ!!」

 ジオ様がすくうように腰を使ってくれるおかげか、凶暴な(うね)を携えた異形おちんぽが引きずり出されるたび、連続した窪みにGスポットをえげつないほど執拗に掻きえぐられる。比類ない鮮烈さに私は盛大に唾を飛ばし、蛇腹をしきりに波打たせながら甘美な絶頂快楽を貪っていた。
 ビスの大木で子宮を丸ごと押し潰されるのもたまらなく良かったが、ジオ様の細まった先端でポルチオを何度もなぞり上げられる悦楽も格別だった。腰と腰とをぴったりと寄り添わせ、お互いの体へリズムを刻むのもお手のもの。ほとんど前戯みたいな社交ダンスとジオ様のねちっこい翼指で焦らしに焦らされた子宮は、くりゅん、くりゅん、と淡く撫でられただけで無上の快感を訴えてくる。
 ――これら全てを、私は事前に予知していた。
 ジオ様がぼろんっ、と私の前へおちんぽを差し出し、私がそれを口に含むまでのわずか2秒あまりの刹那に、覚醒した私の脳裏に鮮やかなイメージが形成されていた。舌でおちんぽのどこをなぞり上げたときにジオ様がたまらなそうな声を漏らすか、前戯でおまんこのどこを重点的に虐め抜かれるか、移りゆく体位や彼が射精するタイミング、濃厚な白濁ザーメンを塗りつけられる位置や私がイった回数(これは多すぎるので数える必要がある)、ふたりの織りなす嬌声の周波数から発汗による大気中の湿度変化量に至るまで、この夜の詳細なシナリオが海馬の記臆領域に刻みこまれている。
 やはり私の推察通りだった。ふしだらなヤドキングにしかなし得ない、おちんぽによる〝みらいよち〟。これこそ、私の追い求めていた『宝物』なんだ!
 ――本当に、そうだっけ?

「あー……ッべ、あーもうイくわ。俺様のザーメンを恵んでもらえること、ッお゛、ありがたく思えよな。く……おっ、おおお、お゛うっ!」
「ふンお゛ッ、お゛っ、ぉ……、んゃあああ、ん、ぉ゛ッ、ゃぁ……」

 ジオ様が満足げに喉奥を唸らせた。私の蛇腹へのしかかる腰がぶるり、と1度大きく震え上がる。至極の法悦にイってうねりつく中肉をじっくりと堪能しながら、ジオ様は切れ長の目をさらに細めて私の最奥へ子種を撒き散らしていた。その最中も腰をゆるゆると前後させ、(ねぎら)うように纏わりつくおまんこの余韻を噛み締めながら、最後の1滴までひり出してくれる。
 初めてのときには味わえなかったおちんぽの脈動が、私の絶頂感をさらに高いところまで押し上げてくれていた。やはりサンバの遺伝子が染みついているのか、元気に踊り回るジオ様の精子を予知通り最奥へこびりつかせながら、私は〝サイコキネシス〟を爪先から放つ。行きずりの雌へ無責任に種付けを決める雄の本懐にどっぷり浸っていたウェーニバルを捉え、粘膜どうしで繋がったまま、体勢を入れ替えた。

「お……おい、あんた何やって――うっぐ!?」
「まだ……、できます、よねッ」

 私の汗やら涎やら何やらでべしょべしょに湿った寝藁へ、ジオ様を仰向けに押し倒す。スタイル抜群の腰を跨ぐや否や、おちんぽを最奥まで呑みこむように腰を落とした。ぱちゅん――腰と腰とが重々しく衝突する水音さえ掻き消えないうちに、私は決然と尻を振り始める。
 ダンスレッスンで死に物狂いに習得した重心の上下運動が、またも役に立ってくれるとは。華奢な両翼が泣き縋るように伸びてきたので、迷えるメリープを導くように握り返したまま腰をグラインドさせる。いくらバトルの腕が立つジオ様といえど、イった直後で腑抜けている(かくとう)タイプの馬力では、(エスパー)タイプの超然的なサイコパワーに太刀打ちできるはずもない。

「お……ッい、やめ、あんた何っ――お゛がッ!? 何やってッ! やめろッくそ、動けね……っアがあああっ!!」
「んっ、あっ、やっ、やぁんッ、やっ、また固く、してくださるの、んぉ゛、おッ、嬉しい、なあッ!」

 豊満な髪を振りしだきながら、ジオ様が四肢をのたうち回らせる。絶頂したばかりの生殖器を容赦なく刺激されるのは、雌雄かかわらずかなり辛いことらしい。また新たな知見を得た。……まったく、さっき私にも同じことをしてくれたでしょ。ジオ様がでたらめに叫んで再度両翼で私を引き剥がそうとするが、お構いなしに腰を振りたくった。ジオ様に気持ちよく吐精してもらうというよりむしろ、私のいいところへおちんぽの突起をぶち当てるように角度をつけながら。決壊寸前のジオ様へ引導を渡すべく、ぱちゅ、ぱちゅ、ぱちゅっぱんっぱぬっぱんぱんぱちゅぱん――、尻を打ち据える間隔をどんどん狭めていく。

「あんたやめろッ、やめ――やめてくれえええっ! ホントに、それ以じょ、はっ――っあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「は――いい、おちんぽ気持ち、イっ、いく、ぃっイ、――っッッ! ゃあッ……っお、お゛っ、お゛……っ、はゃあぁん……」

 とどめとばかりに深々と腰を落とすと、おまんこの最深部、肉の袋小路に捕らわれたおちんぽの先端から、根こそぎ搾り取った精液の白旗が掲げ上げられた。肉壁に挟まれて噴水しまくるおちんぽに感じ入りつつ、喉奥から甘く濁った声を轟かせる。幸せだった。何にも替えがたい幸福に包まれていた。
 長々と続く射精の最後にぐりぐりと腰を擦り合わせてから、微かに呻くだけとなったジオ様の上から退()いた。
 ……おまんこに、異物感。
 草むらで屈んで、股穴へ突き刺さったままのおちんぽを引き抜いた。ジオ様の股ぐらから切り離され、私の愛液と彼の精液ででろでろになった細長いそれは、おまんこを我が物顔で掘り返していた頃の剛健さは見る影もない。水っぽい土壌を食べすぎたミミズズのようにしなだれている。
 ウェーニバルの雄性器は使いこむと外れる、というのは本当だった。まあ、なんというか……こうなるおちんぽの末路も、初めから分かっていたことだけど。
 ぐでん、とへたばる肉片をしげしげと眺めても、私の頭にはもう何のイメージも浮かばない。役目を果たしたおちんぽでは、私の〝みらいよち〟は働かないみたいだ。検証結果に満足した私は〝サイコキネシス〟でそれをびッと弾き飛ばした。毎日雌のおまんこを掘り起こし、最奥でこてこての種汁を噴出する激務から解放されたおちんぽは綺麗な放物線を描き、夜のオージャ湖へ見えなくなる。……とぷんっ、と遅れて返ってきた着水音は、どこかカーニバルが終わったあとの静けさを私に想起させた。
 我に帰ったジオ様は自分の股ぐらをしきりにさすって、あるはずのものが消失しているという衝撃に打ちのめされ、膝を抱えて(うずくま)っていた。

「え、う、うそ……。お、俺様のちんぽ……ちんぽがあぁ……っ。ッ、ぐすっ、うぅ、ごしゅじんッ、うぅぅぇええええぇん……!」

 ……泣いちゃった。
 羽毛の先までバッチリと決めていた冠飾(かんしょく)が崩れ、長いものは腰にまで流れている。イケメンを振り撒いていた美貌はもはやどこにも見当たらず、ジオ様は声を上げて泣いていた。通り雨に降られたクワッスみたいな泣き方だった。来年の発情期にはまた生えてくるらしいからそう落ちこむこともないだろうに。バトルを始めたばかりの頃も、負けるたびにぐずついてトレーナーにあやされていたのかもしれない。意外な気がして、おちんぽの因果律に従っただけとはいえさすがに同情を禁じ得なかった。

「へへ……チャンピオンさんヨォ、チンポ、取れっちまってンじゃねえかぁ」

 すぐそばの岩の裏から、なんとも低俗な声が響いてきた。ジオ様が追いやった話し相手が、そこで私たちの交尾を盗み見ていたらしい。
 ジオ様は翼指で目許を拭って、誤魔化すように荒々しく叫ぶ。

「きょ……、今日はもうねぐらに戻れと言ったはずだ!」
「へへ、へ……。チャンピオンさんだけがイーイ思いするっての、ちぃとばかしずるっこいンじゃないですかーねぇ。へへへ。おれにもお裾分け、してもらえねえかナア」

 ぼと――とととっ。
 股穴から粘っこいザーメンを垂れこぼしながら、私は立ち尽くしていた。
 第一声にまさか、と思いはしたものの、続く下卑た声で確信に至った。足が動かない。聞き覚えのあるその声の主を思い出した途端、私はどさ、と精液だまりの上へ尻餅をついた。

「おとう……さん」
「お……お、おおう? おい……おい、おいおいおいィ、ンなケッタイなことも、あるもんだなァ。へへっへ……なぁんだ、修道士なんかになってやがったのかよお、どおーりで見つからねえワケだよナア。オージャ湖を離れる前に会えて、とおさん嬉しいよぉ――リュウテン」

 眉間に埋めこまれた宝玉の輝きはいくらか衰えただろうか。岩の影からひょいと頭を覗かせたゴルダックが、私の記憶の奥底にこびりついた、雌を品定めする父親と全く同じ表情をしながら、ぞっとするほど陰湿な視線を私へと注いでいた。
 逃げなければ、逃げなければ。――いいえ、拒絶しなければ。父親との確執を断ち切るために、私はヌシ様へ誓願(せいがん)を立てたんじゃないか。今がその絶好の機会ですよ、リュウテン。そのために私は貞潔(ていけつ)で清貧で従順な生活を今日まで――正確には数日前まで、送ってきたのではありませんか。

「実の娘を、犯すのか……?」下半身を庇うように身を丸め、ジオ様は吐き捨てた。「雌にちんぽ引っこ抜かれただけじゃなく、こんな胸糞悪い気分にまでさせられンのかよ……やっぱオージャの湖なんかに来るんじゃなかったわ。ハッ、好きにしろ。俺様は先に寝る」
「へへ、へ……! 話が早くて助かるなあ……!」

 よっこらしょ、と岩へついた手で体重を支えながら、ゴルダックが身を乗り出してきた。真っ青な体毛が徐々に現れるにつれ、私は目を見開いていた。ゴルダックの股から伸び上がった、ウェーニバルのものよりも複雑に螺旋を描いた奇ッ怪なおちんぽを見た瞬間、尻に火がついたかと思った。

「ひ――ひぃぃッ!? あ、や、やぁ……! ん、やッ、だ……。いや……っ、やめて、いや……ゃあん、やあん、やあああ……んぅぅっ」
「進化してますますアイツに似やがって……。鳴き声までソックリじゃねえかよお、クソったれが……!」

 ゴルダックはずかずかと大股で近づいてきて、呆然とへたりこむ私を乱雑にひっくり返した。寝藁へうつ伏せに組み敷くと、私の短い尻尾をむんずと力任せに持ち上げ、もう片方の手を豊満な尻へと打ち下ろす。べちィっ! と重たげな打擲(ちょうちゃく)音が静寂な星月夜に響きわたり、ゴルダックが醜悪な声で笑う。
 私に見えたものは、水掻きつきの指で未成熟な腸壁を念入りに開発され、老醜(ろうしゅう)な螺旋おちんぽに緩くなった直腸を引きずり出され、肉壁越しに子宮を裏側から意地悪く按摩(あんま)され、あっさりと陥落した肛門括約筋がおちんぽの付け根をぎゅっぎゅと絞り上げ、何の躊躇もなく突き入れられた嘴に腸奥の結節部を甘くついばまれて、冒涜的性感に喘ぎ悶える哀れなヤドキングの成れの果て。
 受け入れることなど到底許されない未来に私の脳が混乱をきたしているうちに、すでに腸液で溢れ、下劣なにおいを撒き散らしているだろうお尻の穴へ、何か硬いものが差しこまれた。排泄することしか知らないそこの塩梅を、ゴルダックの爪の先がねちっこく確かめている。

「うおッ、まだ(いじ)ってねえのにケツ穴とろっとろじゃねえかよお! へへ、へ、へへへへ……。おまえ、やっぱりおれの娘だな」

 数年越しの感動の再会を果たしたと同時に、私は実の父が肛門性愛者であることを知った。




6 


 何の抵抗もできず父親に犯されたという事実は、『宝探し』の真髄を掴みかけてぬか喜びしていた私にひと晩で正気を取り戻させた。
 悔い改めても悔い改めても赦されないほどの大罪を犯してしまった。数えることさえ(はばか)られるような淫行の数々。ジオ様の誘惑に抗えなかった自制心の欠陥、ビスをあんな目に遭わせてしまった罪悪感、言い逃れできないほど露骨な近親相姦。修道士にあるまじき言動、思索、その他諸々エトセトラ。
 告解したとて、ヌシ様ですら裁ききれないほどの罪かもしれない。雪山で鍛錬に励むビスには申し訳ないけれど、私はオージャ湖を去る。どこか知らない土地へ根を下ろし、放蕩さとは無縁の清廉潔白な生活を新たにやり直すんだ。いつか幻視した、ビスと並んで人里へ続く坂道を上っていくシーン。あれはやはり訪れることのない未来なのだと改めて思い知らされた。
 ヌシ様のお住まいになられる鍾乳洞は、湖の中央から北へ上がったところにある『キー島』の中腹だ。かつてジオ様を率いたトレーナーが隠されていたスパイスを強奪してから、警備班が巡回の頻度を5倍に増やしていた。今日の担当はペスカのはずだから、私の痛ましい告解を誰かに盗み聞きされる心配もないだろう。
 フェヴィル様のおわす御所へと続く、切り立った岩場に囲まれた水道。屈まなければ頭のシェルダーをぶつけてしまうほど天井は低く、そうなればヌシ様に対して無礼を働いているような気がして、私は慎重に泳ぐ。
 水面から顔だけを出してゆったりと進む私の前へ、切身が流れてきた。1枚、続いてもう1枚。最後に骨と皮だけになったミガルーサが、白目を剥いて流れてきた。

「……ペスカ?」

 両腕ですくい上げた彼女は、口端にあぶくを溜めながら、切れ切れに譫言(うわごと)を繰り返すばかり。

「フェヴィル様、お゛ッ、わた、わたくし、もッ、もうイけましぇ、ンお゛っ……。これ以じょ、イかされた、ら、わらくヒ、小骨まで、ヌけて、しまいますうっ。っお゛おおお゛んッ……んっ。いかが、で、ございますかっ、これで、鬱憤は、晴れました、でしょうかっ。フェヴィル様がッ、ご乱心に、なればッ、オージャ湖が、ンほぉ……、っ、壊滅することは、必至……。っしょれを、未然にィ、防ぐのも、けいび班の、つと、め……」

 私の腕の中で長々と言い残すと、ペスカは気絶したのかピクリとも動かなくなった。
 予期せぬ異常事態に、オージャの大滝に打たれたかのように一瞬で頭が冴えた。彼女を医務室まで運ぶべきだ、とまともな理性は訴えるが、それより洞窟の奥が気になって仕方ない。ペスカは別の警備班が見つけてください、と祈りながら、私は鍾乳洞の暗がりへと泳いでいく。フェヴィル様のおわす御殿で、一体なにが。

「……ヌシ、さま?」
「誰だ」

 水路の上がり口からおずおずとお声がけすると、お返事はすぐにあらせられた。
 ナッペ山から流れ伝ってきたという、ひんやりした地下水に削られてできた空洞。天井はところどころ小さく崩れていて、そこから忍び入る月明かりのおかげで入り口周辺はほのかに見渡せた。石灰質の床は削られてところどこに大岩が突出していたが、足の踏み場は丁重に整えられ、私が歩いても痛くなさそうだ。辿ってきた水路の泉源は地底湖になっていて、その底に堆積した希少鉱物のきらめく地層まで見えるほど澄み切っている。(きっさき)を構えて天井に並ぶ鍾乳石は、不作法をしでかした私をシェルダーの頭飾りごと貫いて処罰してきそうで、心当たりのある私はおずおずと畏縮した。
 訪れたのは初めてではない。気兼ねなく修道士が告解できるために、フェヴィル様は常にここを開放なさっている。森厳(しんげん)なこの空間がどことなくヘイラッシャの口の中を彷彿とさせるのは、光の届かない部屋の奥が深い闇を(たた)えていて、また中央に威厳あるシャリタツが顔色ひとつ変えずに私を見据えているからかもしれない。
 長い年月をかけて育った石筍(せきじゅん)、それを折って(しつら)えた腰掛けに身を置かれるフェヴィル様。周囲には〝きんのたま〟や〝おだんごしんじゅ〟がずらりと装飾されていて、さながら玉座に鎮座する古代パルデアの王君のようだった。
 私をお認めになったフェヴィル様は、右目を(すが)められた普段通りの御尊顔のまま、片方の胸鰭で私を手招きされた。
 なるべく水音を立てることなく、冴え冴えとした地下水から体を引き上げる。膝を折り手を合わせ、私はしずしずと拝跪(はいき)の姿勢を取った。

「先日の晩餐会ではジオ様へお夜食を届けるよう賜りました、リュウテンと申します」
「あー……、きみか。告解室を訪問するときは入り口で2度水面を叩いて合図しろと、オレ厳命しているはずなんだけど」
「も、申し訳ございません……、けれどっ、先ほど、水路をシスター・ペスカが無惨な姿で流されてきて、フェヴィル様にもしものことがあったらと思うと、居ても立ってもいられず……!」
「ああ、はいはい、そりゃ仕方ないな」

 とっさに思いついた私の言い分を受け流しなさって、フェヴィル様は(こうべ)を垂れる私をご覧になりじぃと吟味なされていた。何をお考えになられているかお察ししかねる表情だったけれど、投げ出しなされた尻尾がぴたん、ぴたん、と玉座の上を跳ねている。どうやら機嫌がよろしいらしい。彼は器用な胸鰭で、俯く私のすぐ手前のところをお示しになった。

「それ、何か分かる?」
「……え」

 小ぶりな石筍へ、細長い肉片が巻きつけられていた。
 血液の供給を断たれたそれは変色して、タギングルが縄張りに描いた(おぞ)ましい警告サインのようだった。引き伸ばされた肉は元々螺旋を描いていたらしく、その(いびつ)な形状に著しく見覚えがあった。
 昨晩私がジオ様の股から引っこ抜いて、湖に捨てたもの。それが、なんで、フェヴィル様のお住まいに。ぎょっと肝が冷えた。確かに使い古しの生殖器をオージャ湖へ投げ捨てるなんて、不埒で無礼極まりない冒涜行為だ。フェヴィル様は私がしでかしたのだと、ご存じなのだろうか。いくらおちんぽから未来が見えるとはいえ、こんな顛末なんて予知できなかった。
 絶句する私に、フェヴィル様は心底楽しげに浮き袋を膨らませ遊ばれる。玉座から跳ね下りなさると、喜んで咥えていた私ですら嗅いだことのない臭気を放っているそれを、何の気兼ねもなく取り外しなさって、べチぃンッ!! と岩場へ打ちつけられた。

「ウェーニバルの生殖器、激しく使うと取れるってのは本当だったんだな。細い岩に巻きつけると、なかなかイカしたインテリアだろ?」
「何をなさって……いらっしゃるの、ですか」
「何って……見せしめだよ見せしめ。相棒の助けに入るも返り討ちにされて、まんまとスパイスまで奪われて……。やられっぱなしじゃ、オージャ湖を()べるヌシとして面子(めんつ)が立たないだろ? アイツの鼻を明かしてやりたくてね……ずっと待ち侘びてたんだ。オージャ湖まで遊びに来てくれるって言うから、喜んで歓迎してやったまでさ。これを見るとほら、いつでも昨日の夜を思い出せる。きみの尻に敷かれたアイツがみっともなく喘いで、髪を振り乱しながら泣き叫んで、オレに救いを求める修道士たちみたいに乞い縋ってさ。今思い出しただけで……あっはははは! あんな()っさけない声で喚き散らすのがチャンピオンなんだって、パルデア中に言いふらしてやりたい気分だ! ……オレの見る目は正しかった。きみを選んで正解だったよ。まんまとヤドンの尻尾に釣り上げられてくれたもんだ」
「えっ……えっ、ヌシさま……、なにを、おっしゃられているのか、よく分からないの、ですけど」

 ヌシ様のお側に長年(かしず)き続けながら、今やっとようやく気づいた。
 フェヴィル様は己を打ち負かし、あまつさえスパイスまで強奪していった憎悪すべき怨敵(おんてき)を、オージャ湖よりも広い御心(みこころ)でお許しにされてなんかいなかった。淡々と復讐の算段を練り、リーグ優勝の凱旋にのこのこやってきた今を絶好の機会と見定め、彼を信望する修道士だろうと何でも利用して、まんまとジオ様を(おとし)めたのだ。
 私は……、私は誰に罪を赦してもらおうとしていたのか。被っているシェルダーをすぽん、と外されたように力が抜けた。洞窟の岩場にへなへなとへたり込み、心底愉快そうにくつくつ笑う小さな背中を、見るでもなく眺めていた。
 ひと通り笑って息を整えると、フェヴィル様は私へと向き直った。

「きみが頭痛に悩まされていることは知っていたからね。毎日飽きもせずオレに信仰を捧げてくれる修道士のひとりだから、まぁできれば救ってやりたかった。きみも自分の本性を確認できてよかっただろ? アイツを手玉に取って腰を振っていたときの声、下から聞いていたよ。相当色狂いみたいだね。……本当によくやってくれたよ。違うグループの雌を相手する趣味はないけど、ヌシのお恵みってヤツだ、抱いてやろう」

 フェヴィル様が片方の胸鰭を上げて、その奥にあるスリットらしき縦筋が見えた瞬間、バチンっ! と脳に電撃が飛んできた。思わず立ち上がっていた。なにがなんだか分からなかった。シェルダーの頭飾りごと、ヘイラッシャのオマチドー様に圧し潰されたのかと思った。
 脳裏に、快楽の極北が広がっていた。
 おちんぽを拝見してもいないのに――そもそも備わっているかどうかさえ定かでもないのに――フェヴィル様の寵愛を授かる未来を予知した私の脳が、許容量を大幅に超過した快楽の目算を弾き出したのだ。
 立ち尽くしたままの私の腹がひとつ大きくうねりを上げ、びしゃ! と石灰岩の床へ粘液を吐きつけた。……あれ? いつの間に私、こんなに濡れていたんだろ。ふと浮かんだ疑問を確かめる間もなく――がくがくがくがくッ! 地震かと勘違いするほどの痙攣が一瞬にして私を脳ごと揺り動かし、おたおたと手近の石筍にしがみついた。ウェーニバルも賞賛するほどビンっと伸びた爪先立ちになり、がに股になって蛇腹を引き伸ばし、気づけば尻尾の先まで反り返っていた。カチコールの男の子を使ってイき果てた格好でありながら、そのときの比ではないほどの快楽の襲来に背中をぞわぞわと震わせていた。その合間にもおまんこは愛液で満ち満ちていて、ぼた、ぼた、ぼたた……っ、と、精液まがいのドロドロとした半白濁液を垂れ流していた。
 次の瞬間、腹ごとぎゅう! と握り潰されたかのようにおまんこが締まり狂った。レントラーの牙に貫かれたかのように鮮烈で突き抜けるような解放感、かつドオーの背中に沈みこむようなずっしりと浸る甘々とした絶頂感。Gスポットを乱暴にほじくり返され、同時にポルチオを丹念に耕し尽くされたみたいだった。全身を滑稽なまでに波打たせ、びゃッ! と股ぐらから奔流が滾る。全く止まらなかった。〝ハイドロポンプ〟さながらのイき潮は、ゆうに1分を超えてようやく収まった。収まってからもひぐ、ひぐ、とおまんこは空イキをしばらく続けていた。
 半開きになった口から、無様に舌が飛び出していた。うまく引っこめられない。突き出しすぎたせいか舌の根本が攣っていて、そのうえ喉がカラカラに乾いていたからだ。どんな声を出したかは覚えていない。シロデスナの〝ギガドレイン〟の餌食になったみたいだった。鼻孔から垂れた鼻水が口の中へ流れてきて、しょっぱい。抱えこんでいた石筍は水圧で削られたのか、ふらついただけでポッキリと根本から折れ、私はその場に(くずお)れた。
 ……これは、警告。淫乱な私が味わったなら最後、身を滅ぼすまでフェヴィル様に依存してしまう。ビスの帰還を待たずに犯した罪をさらけ出して、赦され愛護されることを望んでしまう。……いいえ、どんな貞淑な雌だって彼の前では立っていられないだろう。あのペスカが無惨な三枚下ろしにされてしまったように。
 なのに、私は抗えなかった。すぐそこまで迫り来る未曾有(みぞう)の肉悦に脳をダメにされ、まだ見ぬシャリタツの雄性器をお迎えする妄想でおまんこにさらなる愛液を注ぎ足し、Gスポットでもポルチオでも享受できない天上の愉悦に全身を震わせ、逃れられない破滅の未来に腰を抜かしながらも、甘い絶頂にイき崩れた下半身を引きずりながら、私はフェヴィル様の御身(おんみ)へと這い寄った。

「――ああ、やあッ、ひゃああああああんッ!! おお゛ッ偉大なる湖のヌシ様よ、フェヴィル様よぉぉお゛ンっ! お゛ッ、んゃぉ゛ッ、っフーっふうぅぅ……! ゎた、私を、この哀れな私めにどうかお導きを――おおおおお゛んッ!!」
「――はいはい。オレ、かなり時間をかけないと満足できないんだよね。遅漏ってやつ? 水路に流した擬似餌1号相手じゃ1回もイったことなくてさ。オレがちょっとくすぐってやっただけでバラバラに分解されやがって。……偽竜の血ってのは、本物の(ドラゴン)を凌ぐくらいに絶倫らしくてね。オレたちシャリタツは獲物の狩りだけじゃなく、交尾まで陰湿でねちっこいんだ。ま、せいぜい気を保てよ――――擬似餌3号」

 ヌシ様の御言葉は私の子宮をゆりかごのように甘やかし、またぞろ脳を快楽の予兆で埋め尽くされる。やはり私は、どこまで逃げようとも淫乱で度し難い雌だった。

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後日談へ
 

あとがき 


エントリ締切3日前に思いついて書きました。前々からヌシシャリタツ♂が己を倒した主人公パーティを陰湿に陰惨に陵辱する物語は、シーンごとに2万字くらい書き溜めてはいたんですよ。でもなんというかその、デザイン最高に好きなんですけど決してシャリタツを直接性的に見ているワケじゃないので、濡れ場がつまんない(面倒オタク)。縋る思いで家の本棚を読み返していたところ、筒井康隆著『信仰性遅感症』を読み返しまして、どすけべ敬虔ヤドキングちゃんを主人公にして一気に舞台が整いました。別に推しは直接エロくなくてもええんやで……、との啓示を授かり、宗教性という主軸が固まってからは本当に10日くらいで書いたのかな。これも筆神様のご冥加です。仕事中にもコッソリ書いていたので労働の神からは見放されました。
シャリタツ沼に落ちたのはいいとして、誘い受けヤドキング♀×無垢トロピウス♂とかいう謎CPにハマりながら新年を迎えるなんて思わないじゃん? 助けてヌシ様……!

追記2023/01/21
私がTwitterで浅ましくも「自分の小説に感銘を受けてくださった方に挿絵描いてほしいなあ……」なんてぼやいていたんですけど、すぐ直後に絵師の方が拙作をいたく気に入ってくださったようで、これは運命……ヌシ様の思し召しなのです……との天啓を授かりすぐさま挿絵をリクエストしました。みなさまも今いちど読み返して、フェヴィル様の宗教画はとくに崇めて崇拝するように。


以下コメント返神。


・「のろい」の部分の活かし方
・本能というものはこうも生物を狂わせるのか
・すべてはヌシの掌の上だったという驚き (2023/01/01(日) 20:59)

あーっ本作の要点をまとめてくださってありがとうございます! 「のろい」の設定、というかヤドン族知ってる人なら分からんことないやろ! って勢いで設定を書き飛ばしたんですけど、シェルダーが噛みついてるから感覚神経が遅れるとか……ふふッ……常識的にあるわけないじゃん…………? って思われてしまったら冒頭で頓挫していたので、そこをスッと受け取ってくれるのは作者としてありがたい限りですね。


・望んだエロの塊みたいな作品、快楽堕ちの極みがここに! (2023/01/04(水) 02:14)

今までギャグテイストな快楽堕ち官能作品はこれとかこれとか書いてたんですけど、シリアスな状況にエロを噛ませるのの集大成みたいなものが書けた気はしています。我慢してるけど無様にイき顔を晒す雌ってめちゃくちゃ面白いので……これはイーブイスタジオにも書いてあること。


・それぞれのポケモンの特性を最大限活かした濃厚な官能シーンの数々。ポケモン愛に溢れた作者さんだからこそ描ける作品だと思います。それぞれのキャラも立ってて、彼らの間の宗教文化もリアリティがあって読み応えがありました。普段あんまりエロい意味で日の目を見ないポケモンでも軒並み扉を開かせてくれる手腕はさすがの一言です。 (2023/01/11(水) 09:07)

どこからかポケモン小説wikiに迷いこんでしまったキッズをヤドキングでしか抜けない性癖にしようと思って書きました。嘘です。キ○スト教については全くのニワカなのですが、YouTubeのそれっぽい動画を見て学びました。今の時代なんでも学べるから書きたいものは大抵書けるの、ありがたいですね……。ポケモンたちの世界じゃやっぱりヌシって統治者的ポジションに収まってるんだろうな、と思います。私もシャリタツ様に管理されてぇなあ……毎日スシしか食べさせてもらえないんだって……さいこお……。


・登場人物全員どっかおかしくて良かった (2023/01/14(土) 17:52)

冒頭のキャラ紹介で出した5匹、実質みーんな濡れ場あるのでね。どれだけ敬虔ぶったって本能は本能なんですよ。それに宗教がおかしいとはひと言も主張してませんけど、閉鎖的環境は視野を狭くしますからね……私たちも気づかないうちに彼らのようになっているかも? まあイき狂って三枚おろしになるミガルーサを書いた作品は先にも後にもこれだけだと思います。そうはならんやろ。なるか。……なるのか?


・面白かったです。遅効性絶頂と未来予知絶頂、そういうのもあるのかと目から鱗でした。まさしくヤドキングにしかできないような設定、エッチすぎてびっくりしますね。清廉潔白な修道士が突然降ってきたおちんちん暴力によって身も心も歪められていくのいいな……と思ってたらヌシ様がとんでもない御仁で最後に全部持っていかれました。オージャの湖、あまりにも爛れすぎている。 (2023/01/14(土) 21:36)

諸々のサイトでヤドキングのR-18作品を検索してその少なさに驚愕しました。いや別に意外でもなかったですけど、まあ雰囲気どことなくドラえもんを彷彿とさせるようなヤツじゃあヌけないよな……(私感です)、と妙に納得してしまったので、これはもう文字ですけべにしてやろうと。『海の賢者』なんて呼ばれているらしいので、そりゃとことん快楽落ちしてもらう他にはないよなあ? いくら賢者ぶったってちんぽ突っこまれりゃあ、やぁんやぁん喘いでしまうしかないのだ。
あれだけ図鑑説明で陰湿だ、悪賢いんだ、って書かれているシャリタツ様がた清廉潔白な統治者のはずがないんだよなあ……。オージャ湖に立ち寄る際には怪しげな宗教団体には近寄らないよう注意されたし。


・清廉であるべき修道士の壮絶なまでの堕ちっぷり。しまいにはヌシ様までが淫らな本性を剥き出しに。未来予知した悦楽へとなすすべなく引きずり込まれていく絶望感にもそそられました。 (2023/01/14(土) 21:49)

シャリタツって絶対えっち上手いと思うんですよね(教義)。賢いので。相手がされたら気持ちよくてたまらなくって声も抑えられないほど感じちゃうところ延々に責めてきそう。どうやってるのかは分からないんですけど……。本編で『オレスシ』って言ってるのばかりもてはやされてますけど、そも一人称オレのシャリタツがえっちじゃないわけなくないですか(教条)。自分のことを崇め奉ってくる信徒を利用することしか考えてないけど、ヌシヘイラッシャのピンチに駆けつけたように意外と情には厚かったりするんですよ……ここ重要です(教典)。


読んでくださった方、投票して感想まで投げてくださった人、主催者様、ありがとうございました!



クレベースくん「まだ子供だった頃にヤドキングの先生が俺の頭のツノに股を擦りつけて喘いでいたのがずっと忘れられず、カノジョが同じような声を出して気絶するまでイかせちゃうんです……それで何度も逃げられて……」
わたし「うーん本作最大の被害者」


最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 信じていたヌシ様が狡猾の極みみたいな奴で凄まじい…この先リュウテンちゃんがどんどん堕落していくのが目に見える。その内ビスくんの前でオンオン喘いで快楽に狂う姿見せまくりそう……それはそうとヤドキングがもうド淫乱にしか見えないしヤドキング萌えに目覚めてご飯が進みます(最低 -- も゜るも゜る ?
  • >も゜るも゜るさん
    ビスくんが修練から戻ってきた際の悲劇を想像するだけでもうすけべですよね……実質NTRが確約されたような未来なので。リュウテンちゃん修道士の弱みを掌握することに味しめちゃいましたからね……医務室がヤり部屋へ変貌するのに1ヶ月とかからないでしょう。あそこらへん野生のカイリューとかいたよな……ごくり。ヤドキングをそんな目で見てもらえるなんて作者冥利に尽きますね,ありがとうございます! -- 水のミドリ
  • >水のミドリさん
    ヤバいですね…私の好きな物でしか構成されてない。(゜ρ゜)
    後日談とかあったらみてみたいですねぇ……見せつけもいいけど、いっそ薬使って強制妊娠&出産見せ付けでオンオン鳴かせまくったりとか…NTRは正義(((殴殴殴 -- も゜るも゜る ?
  • >も゜るも゜るさん
    後日談はなくてもいいくらい本編をすけべにしたつもりですが,完結してもリュウテンちゃんたちのその後の構想は自分の中でうねうね蠢いていますのでね……何かしらあるかもしれません。期待せずにご期待ください。 -- 水のミドリ
  • ヤバ過ぎるイラストが追加されておる……もう完全にリュウテンちゃん推しなのでどんどんドスケベにアヘらせてリュウテンちゃんを開発して下さい偉大なるフェヴィル様(信仰
    マンコがドログチョで今夜のオカズ決定ッス(最低 -- も゜るも゜る ?
  • >も゜るも゜るさん
    遅ばせながらビスくんのスピンオフ後日談を投稿したのですが、彼がナッペ山にこもっているうちにリュウテンちゃんはどこまで堕ちているんでしょうかね……彼がオージャ湖へ戻った際に目にする彼女の姿が作者としても楽しみです。 -- 水のミドリ
お名前:

*1 実際には骨伝導は聴神経を媒介しているので、脳幹で情報が遮断されている場合音は聞こえない。頭蓋骨の振動を脳が直接処理することはない。

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Last-modified: 2023-03-07 (火) 22:29:25
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