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亀の万年堂
レポートNo.4「ゴーリキーの後力さん?」←前回のお話
※ 注意 このお話には人とポケモンの絡む18禁的要素が含まれています ※
更新履歴
7月2日 ゲスト様のあとがきを参考にして、各所の訂正をしました。
7月25日 官能部分を少し修正
「あー、お腹空いたー。結構時間が経っちゃったから、ご飯冷めちゃったかなー」
「むぅ・・・。すまん。オレのせいで遅くなってしまって」
「え? そんな、気にしないでよ」
「しかし」
「だからいいんだってば! ――それより、ゴーリキーもいっぱい食べてね。いくらでもお代りできるように、たっくさん作ったんだから」
「そうか・・・それならば、食べないのは逆に失礼というものか。――うむ、わかった」
「・・・けぷっ」
「どうしたの? リード。口元押さえちゃって」
「な、なんでもないよ!」
「そう? それならいいんだけど」
道場でのやり取りによってゴーリキーを仲間にしたキョウカは、食べ損ねていた夕ご飯を食べるため、皆と一緒に茶の間へと戻ってきていました。
食事の準備ができてからそれほど時間が経ってはいないとはいえ、“それなりに激しい運動をした後”ですから、キョウカがお腹を空かしているのは間違いありません。そしてまた、延々と稽古を続けていたゴーリキーも然り。キョウカはともかくとして、ゴーリキーはその体からしてたくさん食べそうですから、茶の間に着けば、早々に“たっぷりと用意された夕ご飯”が無くなるのは明らか・・・・・・・のはずですが、
「お、おかえりなさい!」
「ただいま、グレイちゃん」
キョウカ達が茶の間のすぐ近くまで来ると、彼女達を待っていたであろうグレイが廊下に飛び出してきました。一人で待っているのが心細かったのか、キョウカのことが心配だったのか、あるいはその両方かもしれませんが、とにかくグレイの表情には歓喜の色が目一杯に浮かんでいます。よっぽどキョウカと会えたのが嬉しいのでしょう。
「あれ? グレイちゃん、ほっぺの所に何かついているけど、どうしたの?」
「あ! あ、こ、これは・・・その」
キョウカが言っている通り、グレイの右の頬に小さな黄色い物体がくっついています。それを見てキョウカは、いつもながら戸惑っているグレイの目の前で屈みこみ、手を伸ばしてそれをとってみました。そして指先でその感触を確かめると、何かに納得した様子で頷きつつ、グレイに向かって微笑みました。
「なるほど。――ふふふ、グレイちゃんったら、我慢できなくて食べちゃったのね?」
「あ、あうう・・・ご、ごめんなさい! ぼ、ボク、その、が、我慢が」
グレイの頬についていたのは、どうやらオムレツのかけらだったようです。どこかの大食らいのようには手が使えないグレイにとって、皿に盛られた料理を食べるのは大変に困難なことです。ましてや、今回の料理はふわふわのオムレツですから、口元を汚すことなく食べるのは一層難しかったのでしょう。
グレイとしてはやはり、現在の主であるキョウカが戻るのを待ってからと思っていたのでしょうが、しかし、目の前の誘惑には勝てなかったようです。グレイはそのことでキョウカに怒られると思っているようですが、彼女の表情は険しくなるどころか、みるみるうちに笑顔になっていきました。
「おいしかった? オムレツ」
「えっ?」
「食べてくれたんでしょ? どうだった?」
「あ・・・は、はい! と、と、とても! とてもおいしかったです!」
「よかった~。喜んでもらえて嬉しいわ。――? どうしたの? グレイちゃん」
喜んでいるキョウカとは対照的に、グレイは不安げな表情を浮かべていました。両耳はペタンと伏せられ、顔を低くしたまま、上目遣いでキョウカの様子を窺っています。
「あ、あの、その、ボク・・・きょ、キョウカさんが戻ってくる前に食べてしまったので、それで・・・」
「それならいいのよ。確かに一緒に食べたいけど、でも、冷めちゃったらもったいないでしょ? それにね、あのオムレツはグレイちゃんのために作ったのよ。だから、そのことは気にしなくて大丈夫。ね?」
そう言うとキョウカは笑顔のままグレイの頭を優しくなで始めました。それによってグレイもようやく緊張と不安が解けたのか、少し恥ずかしそうに、しかし、嬉しさは隠せずに尻尾を床に這わせながらパタパタと振り始めました。何ともわかりやすいですが、素直であるというのはいいことです。
一方で、二人の後ろにいる三人はというと、
「そうだよね。やっぱり料理っていうのは、げぷっ、冷めたらもったいないよね」
「・・・う、うむ」
「師範代?」
リードは何故か満足げな表情を。カズユキ師範代は何故か気まずそうな表情を。そしてゴーリキーは、カズユキ師範代の額に浮かんでいる汗の意味がわからないようで、疑問の表情を浮かべていました。何やらそれぞれに思う所があるようですが、彼らに背を向けている上、今はグレイに目を向けているキョウカには、そのことを知る余地もありませんでした。
――が、
「あ、そうだグレイちゃん。明日からね、ゴーリキーも私達と一緒に旅・・・・・!!!!!!」
キョウカは機嫌が良さそうにニッコリと笑っていました。しかし、――グレイに紹介するつもりだったのでしょう、ゴーリキーの方に振り返る間際、茶の間にある食卓が目に入った瞬間に、その表情が僅かに歪みました。それもそのはず、食卓の上には、本来そこにあるはずのキョウカが苦労して作った料理の数々が一切残っていなかったからです。
それからしばらくの間、キョウカはグレイの頭に“ぷるぷると震える手”を置きながら、その惨状を何も言わずに見ていました。心なしか、その背中からは見えるはずの無い何かが立ち上っているようにも感じられます。
それを感知しているのでしょうか、直接その本体に触れているグレイは不安を通り越して恐怖の表情を浮かべており、師範代とゴーリキーはゴクリと唾を飲み込んでいます。そしてリードはというと
「リィィィド? どおおおして夕ご飯が全然残っていないのかしら?」
「うぇっ!? な、なんでおいらに聞くのさ? おおおいらはななななななーんにも知らないよ?」
「ふぅ~ん・・・・・・」
グレイの頭から手を離してゆらりと立ち上がり、これ以上ないほどニッコリとした表情のまま振り返ると、キョウカは底冷えするような威圧感を伴ってリードを見つめました。それが余程恐ろしかったのか、つい数時間前までは横柄な態度をとっていたにもかかわらず、リードは上ずった声を上げながら視線を逸らし始めました。そして、その穏やかな*1表情に反比例するかのように、キョウカの“何だかよくわからないけれど恐ろしい気”はギュンギュンと高まっていきました。すでにグレイは鼻の先から尻尾の先まで体を震わせており、ゴーリキーと師範代は何も言えないまま額と背中に大粒の汗をダラダラとかいていました。
「リード? 本当に何も食べてないって、心から誓って言えるの?」
「だ、だ、だから、おおおおいらは、何も」
「本当に?」
「ほ、本当だよ! げぷうっ! ――あ」
「・・・」
これまでのものとは比べ物にならない大きさのげっぷ*2が茶の間、及び廊下に響き渡ると、辺りはシーンと静まり返りました。
そこはかとなく気まずい雰囲気の中、全員の緊張がピークに達し、そして
「何なのよそのげっぷは!? あっ! よく見たら妙にお腹がでっぱってる!」
「そんなわけあるかぁ! お腹がでっぱるなんてありえないだろ!」
「そんなこと言って! どうせ、ぜーーーーーーんぶリードが食べちゃったんでしょ!? 正直に言いなさいよ!」
「ち、違うって! お、お、おいらは、わかめスープの他は、焼き魚に、ポテトサラダに、煮物に、それからえーっとえーっと」
「あ、あと、ボクのオムレツも食べていました」
「あ、そうだオムレツも食べたんだった。あははは・・・ってこらぁ! グレイ! 何言わすんだよ!」
「ふぇっ!? ご、ごめんなさい!」
「こらぁ! はリードの方でしょ! 何グレイちゃんのことを怒ってるのよ!」
「うぐぐぐ・・・」
悪気は無かったのでしょうが、グレイのその発言はリードにとっては致命的な一撃でした。もっとも、グレイが発言するまでもなく致命傷だったりもしますが、しかし、これによってキョウカの気がより膨れ上がったのは確かなようでした。
「――ん? ちょっと待って。オムレツもですって!? それってほとんどの料理に手をつけたってことじゃないのよ! しかもオムレツはリードのために作ったんじゃないの! グレイちゃんのために作ったのに!」
「あわわわ、で、でもおいしかったよ? うん、そりゃーもうすんごく」
「そんなのでごまかされないわよ! ――って信じらんない! おひつ*3の中身までないじゃない! もうどーするのよ!? 私もゴーリキーも全っ然食べてないのに! 一体何を食べればいいっていうの!?」
「お、おい、オレだったらだいじょう・・・」
「あなたは黙ってて!」
「うっ・・・」
これ以上はまずいと思ったのでしょうか、ゴーリキーはキョウカのことをなだめようとしましたが、キョウカはそれを一喝してしまいました。いくら預かったとはいえ、元のトレーナーがすぐ側にいるとは思えないような扱いっぷりです。しかし、その元のトレーナーであるカズユキ師範代も、キョウカの剣幕に口が出せませんでした。それは彼が普段みている強面の連中よりも、今のキョウカ(注 12歳の人間の女の子)が恐ろしく見えているということ間違いありません。
「し、師範代・・・」
「う、うーむ・・・」
いかつい大男(びびり)が二人。リーグ殿堂入りを果たす程の実力者(ひんし)が一人。この面子でも止められないとなると、もう後はそれができるのは一人しかいません。そう、大食らいの亀に怒る人間の少女を止められるのは、
「ご、ごめんなさい! きょ、キョウカさん」
「え? な、何でグレイちゃんが謝るの? 悪いのはリードで、グレイちゃんは何も悪くな」
「で、でも! ぼ、ボクが我慢していれば、少しはきょ、キョウカさんも食べられましたし・・・」
「そ、それはそうかもしれないけど・・・。――でも、グレイちゃんはいいのよ? だって、グレイちゃんが食べたのはグレイちゃんの分なわけだし、それは謝ることなんかじゃないわ」
「だけど、ぼ、ボクがリードさんを止めれていれば、今頃は・・・。ごめんなさい。ごめんなさいキョウカさん。ボク、ボク・・・」
「うう・・・」
きっかけと相手こそ違えど、グレイの泣きまじりの仲裁(?)により、キョウカはリードと同じように、すっかりその怒りと攻めの勢いを失ってしまいました。
彼女が言っているように、この場合悪いのは明らかにリードです。百歩譲って*4考えて、事前に「遅くなったら食べてもいい」もしくは「遅くなっても我慢すること」と言い含めておかなかったキョウカが悪いとも言えたかもしれませんが、それにしてもグレイには全く責任がありません。
そもそもまだ仲間になって日の浅いグレイが、――性格上、たとえ10年一緒にいても無理かもしれませんが、食い意地を張ることにおいては天才とも言えるリードを止められるわけがないのです。だからこそ、場合によってはグレイのそれは、却って場をヒートアップさせかねない行動でした。特に間違いなく、どこかの道場の娘なら逆上していること請け合いです。
が、今ここには、そんなことを考えられずに、自分のしたことを本当に悪いことだと思って詫びている、可愛らしくもいたいげな犬の子を責められないような人間の少女だけでした。
「そ、そんなに謝らないでよグレイちゃん。わかったから。もう喧嘩しないから。ね? だから安心して」
「は、はい。ご、ごめんなさ・・・あう」
「ふふふ。いいのよ。本当に謝らなくても。だって」
「そうだよそうだよ。グレイは謝る必要なんかないのさ。悪いのは“おいら”でもグレイでもないんだからさ。ね? そうだよね?」
「・・・」
「どうしたのさ。キョウカ。ん? 何で空の鍋を手に持ち出したわけ? ――あ、そっか。新しいわかめスープを作りにいくんだね。じゃあ二人分と言わずにいっぱい作ってよ。おいらまだお腹空いてるからさー。なるべく早くね」
訂正。今ここにいるのは、果てしなく空気の読めない大食らいのバカ亀と、愛苦しい犬の子に触れながら怒りを再燃させる人間の少女。自分のしたことを(以下略)な犬の子と、再び勃発しそうな死闘に生唾を飲んで不安を寄せる大男A・Bでした。そして人間の少女がその手に持った鍋を振り上げると、
「あ・ん・た・はああああああああああああっ!」
カーンッ!
「痛ってー!? な、何するんだよ!? うわぶっ!」
「何するんだよじゃないわよ! わかめスープ!? わかめスープがなによ! このバカっ!」
「おいらが何をしたって言うんだよ! おいらはただ、ぶほっ!? ちょっ! ざ、座布団を投げへぶっ!? おい! よ、他所の家だぞここ!」
「じゃああんたがしていることは何なのよっ!? くぬっ! くぬっ!」
「うおわっ!? ふぉ、フォークがあっ! や、やめっ! うひぃっ!?」
キョウカが投げつけた鍋がリードに命中したのをきっかけに、二人はちゃぶ台を中心にグルグルと茶の間を回りながら泥沼の攻防を再開してしまいました。あちらこちらに鍋や座布団が飛び交い、最早観戦することもままならない状況です。リードが言っているように、とても他所様の家でやるようなことではありません。しかし、それを咎めることのできる者もまたこの場にはいないのでした。
「きょ、キョウカさん! おち、落ち着いてくださあい! わぁーっ!?」
「む、むう・・・グレイ君の言葉も耳に届いていないようだな。仕方ない。――ゴーリキー手伝ってくれ。キョウカ君を抑えるぞ」
「わ、わかりました」
「よし、いくぞ! それっ!」
烈火のごとく怒りを撒き散らし、最早誰にも止められそうもなかったキョウカでしたが、そこはやはり12歳の非力な人間の少女*5。筋骨隆々の大の男二人に取り押さえられれば、身動きが一切とれなくなってしまうのでした。
「は、離して下さい師範代! 私はまだっ!」
「落ち付きなさいキョウカ君。リード君を責めてもご飯は戻らないぞ。それにグレイ君には喧嘩はしないと言ったばかりだろう」
「うっ、うう・・・」
「リード君もキョウカ君に謝りたまえ。そんなに挑発してどうするんだね? 君はキョウカ君の指導者でもあるとさっき言っていたじゃないか」
「むっ、むぐ・・・」
流石は強面のあらくれ(?)達を束ねる道場の主です。カズユキ師範代はどっしりと響く声で二人を宥め、その勢いを削ぐことに見事に成功しました。言われていることがもっともなだけに、二人とも反論できずに黙りこんでいます。
――とはいえ、この光景を外から見ていた者がいたら、どうせやるならもっと早くすればよかったのに、と思われることもまた必至でしたが。
「こ、細かいことはいい!」
そうです。ひとまずは争いが収まったのだからそれでいいのです。ようやく茶の間に平和が戻りました。戻らないのは無限の胃袋に吸い込まれた食事と、和やかに流れるはずの夕食の時間だけです。
「――よし、ではキョウカ君達は風呂にでも入ってきたまえ。夕食の代わりはその間に私とゴーリキーとで用意をしておくから」
「えっ? お風呂ですか? 確かに昨日から入れていないですけど、でも、それじゃ」
「なに、気にすることはない。そもそもだ、リード君だけではなく、私も夕食を先に食べてしまったことには変わりないのだからな。これはそのせめてもの償いというわけだ。――さあ、もう準備はできているだろうから入っておいで」
さりげなく、そして一番突っ込まれ無さそうなタイミングで自分の罪を暴露しているカズユキ師範代。師範代だけあって、攻撃をする“間合い”については十分に心得ているようです。実際、そのことに気づいているのは、額に大粒の汗を垂らしつつ、たった今師範代と共にキョウカを押さえる手を離したゴーリキーだけのようでした。何も言わずに黙っていたあたり、こちらも“間合い”を計るのに長けているのは明らかです。
「・・・わかりました。それじゃあ、申し訳ないですけど、お言葉に甘えて先にお風呂いただきますね」
「うむ。そうだ、せっかくだからみんなで一緒に入ってくるといい。キョウカ君の家ほどではないだろうが、家の風呂もそれなりに広いからな」
「みんなで・・・そっか、そうですね。じゃあ」
師範代に促され、すっかり怒りも静まったキョウカは後ろを振り返り、自分のことをおずおずと見上げているグレイと、どこか気まずそうに視線を逸らしているリードの方に向き直りました。
理由は異なれど不安な表情をしていることには変わりない二人に対し、少し前までとは打って変わってキョウカの顔は期待と喜びに溢れています。というよりもそれは、まるで・・・
「さ、グレイちゃん! 一緒に入りましょ」
「・・・? ふえ? ぼ、ぼ、ぼぼぼボクですかぁ!? ぼ、ボクも一緒に?」
「そうよ、みんなで入るんだから。そうなれば、当然、グレイちゃんも一緒に決まっているでしょ? それに、この前も言ったけど、グレイちゃんは体を洗ったらきっとすごいキレイになるんだから」
「で、でも、でも! ぼ、ボクがお風呂に入っていいんでしょうか? それにきょ、キョウカさんは・・・その、じょ、女性で、ボクは一応お、♂ですし・・・」
「??? グレイちゃんが男の子だっていうのはわかっているけど、それが何か問題なの? 一緒に入った方が楽しいでしょ?」
「ええええええええええええっ!? だ、だって・・・あう~」
最後の抵抗を打ち破られ、いよいよグレイは諦めて耳を伏せてしまいました。そもそもグレイがキョウカの提案を断れるはずもないのですが、しかし、憐れ極まりないです。
とはいえ、確かに、この世界においては人間とポケモンという異種間において、共に入浴するというのは決して珍しいことではありません。人間の女の子が男の子のポチエナとお風呂に入ったって、誰もそれを咎めようとはしないのです。なので、キョウカというよりもグレイの反応こそがおかしいと言えます。
しかし、それはあくまで“意識をしない間柄”での話であって、今回のようにグレイがすでに“明らかに意識をしている”となれば別です。異種間においてそういった行動が問題視されないのは、互いが互いを雌雄の存在として認識しないからこそであり、その前提が無くなるとすれば、やはりそれは問題となるわけです。ましてやキョウカは世間的にも重要な人物ですから、――当然グレイはそこまで判断して慌てているわけではないでしょうが、そういったリスクは排除されて然るべきなのです。
つまりこの場合、自覚がなく、グレイの慌てている理由にも気づかずに疑問符を浮かべているキョウカがおかしくて、それに巻き込まれているグレイはご愁傷様だということです。*6
「師範代、グレイちゃんも一緒に入って大丈夫ですよね?」
「ああ、もちろん構わないよ。風呂場にはちゃんとポケモン用のモノが揃えられているからね」
おかしいのはキョウカだけではありませんでした。というよりも、この中で一番そういったことを配慮すべき人物がこれではもうどうしようもありません。こんなことをしているのがキョウカの親元にばれたらどうする気なのでしょうか。*7
「ありがとうございます。それじゃあ、――リード? どこへ行くの?」
キョウカは師範代にお礼を言いつつも視線を鋭く動かし、何やら茶の間からこそこそ脱出しようとしているリードに声をかけました。するとその不審亀は頭の先から尻尾の毛の先までビクっ! と大きく震わせ、数秒間固まった後、右手の後頭部に添えながら苦笑いをしてキョウカに向き直りました。その額と後頭部には、どこから沸いたのか知りませんが、謎の液体がほとばしっています。*8
「え~と・・・そのー、お腹が空いて」
「? だから、私達がお風呂に入っている間に、カズユキ師範代が用意してくれるって言ってくれているじゃない。早く入りに行きましょ」
「あ、お腹が空いたっていうのは間違いで、実は足が痛くてー」
「さっきあんなに走り回っていたじゃない」
「・・・こ、甲羅の調子が」
「甲羅に調子とかあるの?」
「そ、そうだ! 尻尾の毛がギチギチしちゃってて今はちょっと」
「何意味わからないこと言っているの? ほら、早く行きましょう」
とても天才とは思えないような苦しい言い訳。的確すぎるツッコミ。その激しくも陳腐な応酬はあっさりと幕を引き、キョウカはがっしりとリードの小さな手をつかんだのでした。
――が、
「い、いやだああ! バカみたいに熱いお湯が並々と注がれている容器なんかに入れられてたまるかああああ!」
「・・・」
まるで医者に注射*9をされるのを嫌がる子どものように、リードは悲鳴を上げながらキョウカに掴まれた手をブンブンと振り払おうとしました。それが自分にとって致命的な行動であるともいざ知らずに。
昨日今日の付き合いとは言え、リードが基本的には自信過剰であり、よっぽどのことでなければ、悲鳴を上げて何かを嫌がるようなことをしないであろうことはキョウカにも、グレイにもわかっているはずでした。つまり、熱いお湯が入った容器にいれられたくないということは、
「へぇー・・・・・・リードって、お風呂苦手なんだ?」
「げっ」
「ひいいっ」
「うおっ」
「うっ」
この場で一番“間合い”を掴むことに長けているキョウカが、散々自分のことをバカにしてきた相手の弱点を見逃すはずもないのでした。今や彼女の顔には、とてもおしとやかなお嬢様とは思えないような邪悪な笑みが浮かんでいます。その恐ろしさたるや、気の小さいグレイがちゃぶ台の下に避難してしまうほどでした。先ほどは体を張った師範代とゴーリキーも完全に引いています。
「い、いや、そんなことはないよ? むしろ大好きなくらいでね? ――そう! 好きすぎて入ると頭が痛くなっちゃってー!」
「ふーん、そんなに好きなんだー。それじゃあ何が何でも一緒に入らないとだめね。好きなら頭が痛くなっても大丈夫よね?」
「え、えーと、だから、頭が痛くなると明日からの旅にも支障を来たすわけで、そうなれば困るのはキョウカで、つまりお風呂なんかに入るのは正気の沙汰じゃなくてー」
「でも好きすぎて困るお風呂に入れないのも正気の沙汰じゃないんでしょ? 旅のことなら気にしなくてもいいのよ? のんびりで私は全然構わないし」
「うっ・・・と、とにかく、おいらはここでのんびりとお茶でも啜ってるから、キョウカとグレイで入ってきていいよ。うん、そうだ、そうしよう。ね? キョウカ、それが一番・・・!!!」
天才のはずのリードがいくら言葉をかけても、キョウカの邪悪な笑みは鎮まるどころか、より一層その恐ろしさを深めていくばかりでした。それとともに、だんだんとにじり寄ってくるキョウカが何を考えているのかを察知して、リードは後ずさりしながらゴーリキーと師範代を仰いで、目で助けを求めましたが、こうかはいまひとつのようでした。
そしてそんなことをしているうちに、キョウカが対ゴーリキーの時に見せた時以上の早さで、一瞬の内に間合いを詰めてリードの手を ガッシ と掴み、
「それじゃあお先にお風呂いただきますね」
「う、うむ」
ニッコリと師範代に一礼して、そのまま茶の間を後にしました。廊下には甲羅を背に引きづられていくリードの「助けてくれぇぇぇぇぇ」という悲鳴がこだましていました。
その悲鳴に震え上がり、潜り込んでいたちゃぶ台に ゴツン と頭をぶつけながらも、グレイは律儀にも(?)キョウカの後を追って茶の間から走り去って行きました。
そして茶の間に残されたゴーリキーと師範代はしばし呆然とした後、食卓の上に残っている食器や、散乱した座布団などを片づけつつ、
「・・・厳しい修行になりそうだな」
「・・・はい」
などと呟いたのでした。そしてそれにともない、ようやく茶の間には茶の間らしい静かな時が戻ってきたのでした。平和というのは何かの犠牲なくしては得られないものなんですね。
未来予想図に暗澹とした思いがうずまいている茶の間から舞台は変わって、ここは浴場の前の脱衣所です。もはやリードは抵抗する気がなくなったのか、一足先に浴場の方へと入り、背中に器用に巻き付けたタオルで、甲羅をグワッシャグワッシャと磨いています。お湯はタオルを湿らすのに少量使った程度で、体には全くかけていないようです。やっぱりお湯は苦手みたいです。
一方で、グレイはリードと一緒に浴場に入ったものの、体を洗われることに不安を覚えているのか、それともキョウカと一緒にお風呂に入ることに焦っているのか、いつも以上に緊張した様子でジッとしています。それはまるでお金持ちの家の浴場によく置いてある銅像*10であるかのようでした。
そしてそんな二人を気にすることなく、脱衣所にいるキョウカはパッパッと服を脱いでいます。一枚のガラス戸越しとはいえ、そのあまりにも無防備な振る舞いであり、見る者が見れば“どこがどうなっているのか”*11一目瞭然です。が、面子が面子なだけに、それに注目することもされることも全くないのでした。
「はーっ、1日とはいえ、やっぱりお風呂に入れないのは辛いわよね。昼間はゴーリキーとの稽古で汗もいっぱいかいちゃったし・・・よかったー、お風呂に入れて」
「何を寝ぼけたこと言ってるのさ。これからは何日もお風呂に入れないようなことだってあるんだから。たった1日入れないくらいで音を上げているようじゃ、旅なんかできないよ」
「それはそうだけど・・・」
脱衣所からのキョウカの言葉に対して、リードは手を動かしながら答えます。それと同時に、「体を洗うのに熱いお湯を使わなくたっていいじゃないか」「水でいいんだ水で」「そもそも一緒に入る必要がどこに・・・」などとぶつぶつ呟いていました。観念しておとなしくなったかと思えば・・・いつまでもみみっちい亀です。
「誰がみみっちいんだ! っていうかおいらは亀じゃない!」
「何怒鳴ってるのよ。外まで響いちゃうじゃない」
リードが誰に向かってかはわかりませんが、とにかく大声をあげているところに、キョウカが浴場へと入ってきました。脱衣所に対して背を向けて甲羅を磨いていたリードはともかく、反射的にキョウカの姿を見てしまったグレイは完全に石になってしまいました。何故なら、
「ぷぷっ! あははっ! リードってそうやって背中の甲羅を磨くのね。面白いー」
「べ、別におかしくないだろ! それにね、こうやって磨かないとつやが・・・ぶっ! ちょ、ちょ!」
「ん? どうしたの?」
自分の行動を笑われたことに腹を立てたリードが、パッと後ろを振り返ると、そこにはタオルを一枚体の前にかけただけのキョウカが立っていました。小さなタオルはギリギリで彼女の大事な部分を隠してはいましたが、そのほかの胸やお尻などといった部分は丸見えでした。ようするに裸も同然です。
「どうしたのじゃないよ! なんて格好してるんだよ!?」
「なんて格好って言われたって・・・お風呂入るんだから、裸になるのは当たり前じゃない。服を着て入るわけにはいかないでしょ?」
「そ、そりゃーそうだけどさ。こう、恥じらいっていうか・・・。せめてもうちょっと体を覆った方がいいんじゃないかなぁ」
グレイの時と同様に、通常、ポケモンが人間の裸に興奮するなどということはありません。ましてやキョウカに全く興味がないであろうリードならなおさらです。この場合は「裸のキョウカに」というよりも、「キョウカが裸であること」に驚いているというべきでしょう。
リードがどこまで考えているのかはともかくとして、キョウカがグレイのことを“ちゃんと理解できていれば”、リードが言うようにちゃんと体を覆ってくるはずですが、“ポケモン以外のことにも”疎い彼女では・・・。
「私は見られてもなんとも思わないけど、リードが気にするっていうなら、もっと大きいタオル巻いてこようか?」
「いや、おいらだって気にはならないけどさ。何ていうか、一応いいところの家の子だろ? だったらもうちょっとさ」
「家でもこうだけど?」
「・・・本当に頭が痛くなってきた」
「??? よくわからないけど、まあとにかく大丈夫なのよね?――それじゃーグレイちゃん、体を・・・ってあれ?」
キョウカのあまりのボケっぷりに呆れかえり、再びリードは背中の甲羅を磨き始めました。それを放置し、キョウカはグレイの方に向き直って声を掛けましたが、どういうわけだか*12グレイはキョウカの方を見たままピクリとも動きません。手足が硬直しているばかりか、瞬きすらしていません。下手をすると呼吸が止まってそうです。
「グレイちゃん? ねぇどうしたの? 大丈夫?」
「・・・」
背丈の関係でグレイからしてみればキョウカのタオルはまるで効果を成していない。そもそもグレイはキョウカが裸の時点でアウトである。実はリードから見てもタオルの効果はいま一つ。つまりやっぱりキョウカのタオルはまるで意味をなしていない。そもそもキョウカは大事な部分を隠すつもりがない。
問題は山積みというレベルではありませんでしたが、残念なことにそれを唯一解決できる存在であるリードには、今はそれをどうこうする気力がないようでした。せいぜい今の彼にできるのは、今後も同じ苦悩を抱えていくであろう同胞に救いの手を差し伸べることだけでした。
「キョウカ、さっきの訂正。やっぱり大きいタオル巻いてきて。胸から腿くらいまで覆えるやつ。グレイはおいらがなんとかしておくから」
「そう? じゃあ、すぐに巻いてくるから、グレイちゃんのことお願いね」
リードの提案に素直に応じ、キョウカは湯けむりが未だ立ち込めていない浴場から脱衣所に引き上げていきました。そしてそれと同時に、何かが勢いよく吐き出される音と、その何かが何かにぶち当たる音、さらに小さな悲鳴のようなものが浴場にエコーを伴って響き渡りました。何かが何なのかは明らかですが、浴場がそれなりに広いこともあり、脱衣所にいるキョウカにはそれがどうやら聞こえなかったようでした。
「リード、これなら大丈夫かな?」
再び浴場に姿を現したキョウカは、先ほどよりも大き目のバスタオルを体に巻いており、リードに言われたとおり胸から腿にかけての部分を覆っていました。ここまで露出を抑えているのなら、流石のグレイでもどうにかフリーズせずに済みそうです。
「あー、うん、大丈夫じゃないかな。っていうか、次からもそうするようにね。これはもう何というか、マナーの問題だからさ」
「そうなの? でも、マナーだったら仕方ないわね。――ん? グレイちゃん、どうしてもう体が濡れているの?」
「えっ!? あ、いえ、これはその・・・くしっ! ちょ、ちょっと先にお湯の方を・・・」
「あ、なるほど。先にお湯を浴びていたのね。そうよね。せっかくお風呂に入れるのに、待たせっぱなしでごめんね」
「い、いえ! だ、大丈夫ですから。・・・ぷしっ!」
ちゃんとキョウカを見ながらも反応できているところを見ると、やはりこの状態ならグレイでも大丈夫なようです。そしてやっぱりキョウカはグレイの身に何が起きていたのかに気づいていないようでした。グレイがクシャミをしまくっており、リードが素知らぬ顔をしているのですから、いい加減気づいてあげてもよさそうですが・・・彼女では(以下省略)。
「じゃあ、さっそくグレイちゃんの身体を洗いましょうね。グレイちゃんはお湯を直接かけても大丈夫? さっき浴びた時は熱くなかった?」
「た、多分・・・い、いえ、大丈夫です。はい」
「そう。ゆっくりかけるから、もし熱かったら言ってね。――えーと、シャワーは・・・」
「シャワーはこっちだよ。ほら、これこれ」
「え? これがシャワーなの? どうやって使うの? これ」
「・・・」
リードが指示したシャワー、つまりこの浴場内に設置されているシャワーは特に変わったものではなく、通常のシャワーヘッドを備えた二つのハンドル式のものでした。これは一般家庭・公衆浴場・施設を問わず、広く使われている形式であり、この世界に住む者ならばまず間違いなく使い方を知っているはずですが・・・。
「他にどんなシャワーがあるんだよ・・・」
やはりキョウカは一筋縄ではいかないのでした。きっと彼女の家には凡人には想像も出来ないほど豪華、かつ奇天烈な浴場があるのでしょう。
と、それはともかくとして、リードはそれから5分ほどかけて、キョウカに一般的なシャワーの使い方を説明したのでした。その間、放っておかれていたグレイが5回ばかりクシャミをしていました。色々な意味で寒そうです。
「それじゃ、今度こそ体を洗うからね、グレイちゃん。熱かったら言ってね。――んしょっと・・・どう?」
「あ、ちょ、丁度いいです。こ、これくらいだったら、大丈夫です」
「よかった。えっと・・・リー、」
「はい! これがシャンプー! ポケモン用のだから安心して使ってよし! それだったら事前に毛ほぐさなくても大丈夫だからね。ただし、身体に直接かけるんじゃなくて、手に取ってから使うこと! あんまり量を使いすぎないように! ゆすぎはしっかりと! 以上!」
「まだ何も言ってないのに・・・でも、ありがとう。リード」
おそらく、これ以上いらんことでうだうだと説明させられるのが嫌になったのでしょう。リードはポケモン用のシャンプーをキョウカの目の前にたんっ! と置き、まるで彼女が何を聞きたいのか全て把握してるかのように説明をしました。キョウカはそれに驚きつつも素直にお礼を言いましたが、リードはというと
「ふんっ!」
機嫌を直すことなく、ぷいっと視線を体ごとキョウカから逸らして、お腹をタオルでゴシゴシと拭き始めました。それはひょっとして照れていたのかもしれませんが、キョウカは特にはそのことを気にしなかったらしく、早速リードから渡されたシャンプーを手に取り、グレイの身体を洗う態勢に入ろうとしていました。
「じゃあ、体を洗うから、もうちょっとこっちにきてくれる? グレイちゃん」
「わ、わかりました」
キョウカからの指示に従って、グレイはお尻をキョウカに向けたまま、体をキョウカの方へと近づけて行きます。そして丁度お尻がキョウカのお腹の部分にあたった所で、グレイは止まりました。その際に大きくグレイの身体が震えたのは言うまでもありません。
「そのくらいでいいわ。ありがとう。すぐにじゃなくてもいいけど、泡が目に入らないように、目はつぶっててね」
そう言ってキョウカは手にシャンプーの液体を出すと、グレイの体をやさしく洗い始めました。本来出るはずの白い泡ではなく、大分くすんだ色の泡が出ていることからして、いかにグレイの体が汚れていたかがわかります。
「気持ちいい?グレイちゃん」
「は、はい、気持ちいいです」
グレイの反応に表情をほころばせつつ、キョウカは背中から頭、そして耳元、顎の下と順に泡立った手で わしわし と洗っていきます。そしてグレイはというと、想像していたよりもずっと気持ちよかったのか、先ほどの緊張っぷりがうそのようにリラックスしていました。しかし、キョウカの手が前足からその根元、お腹から後ろ足へとやってくると、にわかに慌て始めました。
「あ、あのキョウカさん。そ、そこから先はちょっと・・・」
「大丈夫、ちゃんと隅々まできれいにしてあげるから」
「い、いや・・・そうじゃなくって。あうっ!」
グレイの願いもむなしく、キョウカの手はとうとう彼にとって一番触れられたくない場所へと到達してしまいました。キョウカが意識しているのかしていないのかは全くわかりませんが、その動きはまったくもって容赦の無いものでした。
「あうう、きょ、きょ、キョウカさん! そんなにゴシゴシしないでくださ、あんっ!」
「そんなこといっても、ちゃんと洗わないとだめだってば。こんなに汚れてるんだから」
「だ、だけど、ひゃあっ!? きょ、キョウカさん! ほ、ほほほホントにボク、ボク、きゃあんっ!」
「じっとしてってば。――よいしょっと」
「わっ!? わわわわっ! そ、そんなところまで、んううう・・・きょ、キョウカ、さん。ダメです、ってばあ・・・」
キョウカはグレイのデリケート極まりない部分を洗い終えると、今度は尻尾を持ち上げてお尻の部分を洗い始めました。グレイがその気になれば、その状態からでも脱出することは可能なはずでしたが、当然彼にそんなことができるはずもありません。せいぜい彼にできるのは目を閉じ、無垢な嵐に身悶えしつつ通り過ぎるのを待つことだけです。憐れ。
「それじゃ流すからねー」
悲鳴に構うことなく、息も絶え絶えなグレイの体を一通り洗い終えて、キョウカはシャワーを使って泡を流していきます。丁寧に何度もゆすがれて汚れた泡が落ちていくと、
「やっぱりね、私の目に狂いはなかったわ。洗う前と大違い!」
「そ、そんなに変わりましたか?」
「うん! すっごいキレイになったわ! 今目のところ流してあげるから、鏡を見てごらん」
そう言ってキョウカはグレイの頭からお湯をかけ、顔についていた泡を流し終えました。そしてグレイは首をブルブルと振って水気を弾き飛ばします。そして丁度目の前の壁にかかっている鏡を見て、自分の姿を確認しました。
「こ、これが・・・ボクですか?」
鏡には、黒ずみ薄汚れた灰色ではなく、暗い色を灯しながらも、確かに輝いている灰色の毛並みをしたグレイが写っていました。黒毛の方も、長い間たまってきた埃と汚れが落ちたおかげで、本来あるべき艶のある黒さを取り戻していました。
今は濡れているために、全体的にみすぼらしくはありましたが、それでもその毛並みの美しさには誰もが思わず息を漏らしてしまいそうでした。
「そう、今、目の前の鏡に写っているのがグレイちゃんよ。お風呂から出たら、乾かした後ブラッシングしてあげるからね。そしたらきっと、もっとふわっとしてキレイに見えようになるわ」
「・・・」
グレイの耳元にそっと手を添えながら、優しく囁き、キョウカは一緒に鏡を覗きこみました。グレイは目の前の光景が、自分の姿が信じられないのか、大きく目を見開いて黙り込んでいます。
「あのさ、一応言っておくけど、グレイは♂なんだよ? キレイに見えるキレイに見えるっていうのはちょっとマズイんじゃないの?」
リードはお腹の甲羅を磨き終え、今度は頭をキュッキュッと磨きながらキョウカに声をかけてきました。はたして頭を磨く必要があるのかどうかはわかりませんが、その効果は確かなようで、リードの頭はグレイの毛並みほどではないにしろ、立派な輝きを放っていました。
「あら、男の子でも身だしなみは大事でしょ? リードだってそうやって丁寧に体を洗ってるじゃない」
「う・・・。いや、これはまぁ、当然というか」
「それはそうとリード、グレイちゃんは洗い終わったから、そろそろ・・・」
「え?」
固まりっぱなしのグレイからリードへと視点を移したキョウカは、いつぞやの時と同じく、にじりにじりとリードの方へと寄っていきました。その構えたるや、まるで獲物を見つけて追い詰めようとしているグラエナのようです。
「きょ、キョウカ? まさか、さっきのこと・・・いや、やったりしないよね? さっきのは軽い冗談だよね? ね? ね?」
「冗談? どうして? 誰もそんなこと言ってないけど?」
「なっ!? お、おい! し、したら本当に怒るぞ! み、“みずでっぽう”撃つぞ!」
「ふふふ・・・」
「う、うわーっ! うわーっ! あーっ!?」
妙にどこまでもノズルが伸びるシャワーを片手に持ち、キョウカがリードを追い詰めようとしている中、リードは慌てるあまり、誰が使ったのかはわかりませんが、何故か床に放置されていた石鹸に足を滑らせ、見事にひっくり返りました。
「準備はいい? リード」
「じゅ、準備だって!? こ、こんなことしてタダで済むと、うっ!?」
今やキョウカの顔は完全に変容していました。その表情から察するに、先ほどの茶の間の一件は相当に彼女を怒らせていたようです。
そしてとてもとても残念なことに、甲羅を背にして床に倒れ込んでしまっている以上、最早リードには為す術がありません。いくらただの亀・・・もとい、かめのこポケモンではないとはいえ、こうなってしまってはもう無理です。絶望です。終了です。
「熱いお湯はやめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
広くゆったりとした浴場にはよく悲鳴が響き渡り、全ての出来事は湯けむりの中へと消えていったのでした。
「あ、ママ! 私、ミシロタウンに着いたわよ!」
「そう、よかったわ。昨日は連絡が無かったから、何かあったのかと思ってパパと心配してたのよ?」
「心配かけてごめんなさい。実は・・・」
お風呂から上がったキョウカは、道場の電話を借りて実家へと連絡を取っていました。本来ならば昨日の内に連絡をとることになっていましらから、母親の方は相当に心配していたようです。
ちなみに電話には画面がついていて、電話をしている相手の姿を見ながら話すことができるようになっています。そのため、キョウカが母親にグレイのことと、昨晩は森で野宿したことを説明している間、母親はキョウカの無事な姿をよく見ることができて安心したようでした。
「・・・というわけだったの」
「そうだったの・・・。キョウカちゃん、そのグレイちゃんっていう子をママにも見せてくれない?」
「うん、ちょっと待ってて。――グレイちゃん、ちょっと抱っこさせてね」
「はい・・・えっ!? ちょ、ちょっと待ってくださ、わっ!?」
やはり、というべきでしょうか、キョウカは慌てるグレイに構うことなく手を前足の内側に入れ、そのまま抱っこして電話の画面に映るようにしました。グレイは宙ぶらりんになった後足をぷらぷらとさせながら、無駄な抵抗をしていましたが、キョウカには全く届いていませんでした。
「まぁ、とってもキレイな子ね。グレイちゃん、私はキョウカの母親です。娘をよろしくお願いしますね」
「は、はい! よ、よろ、よろろししくお願いします!」
「あははは! グレイちゃんがよろしくお願いしてどうするの?」
「えっ!? えっ!? あ、あう、えっと、その」
「ふふふ。面白い子ね」
キョウカ相手程ではないにしろ、彼女の母親を前にして、やはりグレイは緊張せずにはいられないようでした。というよりも、この場合は抱っこをされていることで、キョウカの身体に密着してしまっているからかもしれませんが。
「ねぇママ、グレイちゃんはさっき私が体を洗ってあげたのよ。とってもキレイでしょ?」
「そうね、それだけキレイなポチエナもなかなかいないと思うわ。――それにしても、まだ旅に出たばかりなのに、もうキョウカちゃんが”トレーナー”らしくなってくれて、ママとっても嬉しいわ」
「え? あ、うん。えーっと・・・・・と、ところでパパはどうしたの?」
触れられてはいけない部分に触れられてしまい、キョウカは慌てて話題をそらしました。旅に出たばかりなのに、トレーナーになるつもりは無いと何度も豪語してしまったなどとはとても言えません。
「それがね、キョウカちゃんを見送る時にお仕事をサボっちゃったから、今その分を取り返すのに大変みたいなの。だから今は家にはいないのよ」
「そうだったんだ・・・ごめんなさい、突然旅に出たいなんて言っちゃって」
「キョウカちゃんは気にしなくていいのよ。ママもパパも、キョウカちゃんが”トレーナー”になるって言ってくれて、とっても喜んでいるんだから。それに、しっかりとトレーナーらしくなってくれているみたいだし」
「あ、あはは・・・」
心からの笑顔で嬉しそうに言っている母親に対して、思う所がありすぎるキョウカは無理やり笑顔を作って返すしかありませんでした。腕の中のグレイも、――しっかりと空気を読んでいるのでしょう、母親に悟られないように一生懸命笑顔を作っています。
「そういえばキョウカちゃん、リードちゃんはどうしたの?」
「えっ!? り、リード? え、えーっと・・・」
「どうかしたの? 昨日はリードちゃんが色々教えてくれたんでしょう? だからママからもお礼を言いたいんだけど」
「う、うん。でも・・・今はちょっと・・・」
母親からのもっともな要請に対して、キョウカは大変に焦った様子で返事をしています。
それもそのはずです。今の彼女の足元には、生きているのか死んでいるのかわからない程にグッタリとした様子のリードが転がっているからです。そうなった経緯は明らかですが、先ほどのトレーナーにはならない発言を隠し通さなければいけないのと同じく、このことも隠し通さなければいけません。もしも「自分のパートナーを旅開始から二日目で故意にひんしの重態においやった。というよりも茹でた」などと言おうものなら、即刻旅を打ち切られかねないからです。
「ゆ、ゆで亀に・・・さ・・・れ・・・ふぐぅぉあっ!!!」
「何? 今の変な声は? 何かあったの?」
電話の画面が等身大を写さなくてよかった、とキョウカは思っているに違いありません。もしも画面が大きかったら、今頃彼女の母親は、自分の娘が哀れなゼニガメをグリグリと踏みつけている映像を見させられることになっていたのですから。
「な、何でもないの! それよりママ、実はグレイちゃんの他にね、ゴーリキーもいるのよ」
「まぁ! もう2匹目を手に入れていたのね。本当にママ嬉しいわ。パパが帰ってきたらちゃんと伝えておくからね」
「う、うん。ありがとうママ」
「きょ、キョウカ・・・覚えてろ・・・ぐふっ」
踏まれたままのリードは、そう呟いてめのまえがまっくらになりました。危険な野外や治安の悪い場所ならともかく、安全極まりない街の中ではそれはあってはいけないようなことでした。が、唯一の良心が無力化されている以上、ひんしのゼニガメにはどうすることもできないのでした。
「そういえばママ、さっきセリナにも電話したんだけど出なかったの。今の時間だったら、普通に繋がると思ったんだけど、何か聞いてない?」
「セリナちゃん? ううん、特に聞いてないわよ」
「そう・・・。何かあったのかな?」
キョウカ達がミシロタウンでドタバタと騒いでいる一方、こちらは舞台が変わってプラムタウンのセリナの家です。彼女の家は全国からの猛者が集う道場を営んでいますが、今は夜ということもあり、道場内で稽古をしているものはおらず、大変に静かでした。
そしてそんな道場を、実質No.1の立場として動かしているセリナは何をしているかというと、
「・・・」
セリナは今、飾りっけの無い、必要最低限のモノしか置かれていない無機質な印象の部屋の中にいました。壁紙は清潔感のある白で、貼りモノは一切ありません。それはどう見ても女の子らしからぬ部屋でしたが、今の彼女の服装、黒のタンクトップにスパッツという飾りっ気の無さを見る限りでは、彼女とこの部屋は合っていると言えなくもなさそうでした。
そんな部屋の中で、彼女は今、部屋の片隅に置かれている机の上に手を置いて俯いていました。机の上には小さなスタンドがあるだけで、とりたてて目立つ物はありません。年頃の女の子ならば、可愛い小物の一つもあっていいようなものですが、そのような物は一切無い上に、丁寧に掃除されているのでしょうか、ホコリも全くありませんでした。
「・・・」
それからセリナは数分の間そうした後、特に何をするでもなく机から手を離し、そのまま同じ壁際にある本棚へと歩いていきました。木製の大きな本棚には様々な種類の本が、几帳面と言っていいほどにキッチリと敷き詰められていましたが、何故か一冊だけ無造作に棚の手前の空いている部分に横倒しで置かれていました。セリナは先ほど机でそうしたように、その本の上にも片手をそっと乗せました。カバーがひどく傷ついているために、本のタイトルはよくわかりません。表紙の歪んでいる絵から察するに、何かの写真集のようですが・・・。
「・・・ふぅ」
セリナはボロボロの本から手を離すと、今度は本棚のすぐ近くにあるベッドに腰かけ、そのまま全身を投げ出し、ぼふっと音をたてながら仰向けになりました。右手で軽く顔を覆いながら天井を仰ぐ彼女の表情は、昨日この家や研究所でキョウカと会っていた時は別人のように暗く、疲れているように見えました。いつものセリナならば、はつらつとしていて、およそ暗い表情などしそうもないのですが、今の彼女は・・・そう、まるで昨日と同じ――キョウカが旅立つのを見送っている時の彼女と被って見えました。
と、そのようにセリナがいつもとは異なる雰囲気をまとっている中、部屋のドアがゴンゴン、と少し強めにノックされました。
「どうぞ」
セリナが仰向けの状態からのそりと起きあがりつつ、ノックに対して返事をすると、ガチャッという音と共に、
ゴンッ!
・・・ドア枠の上の部分に激しく頭をぶつけ、一匹のリザードン――レンが頭を抱えながら入ってきました。軽く唸りつつ手を当てているところから察するに、相当に痛かったようです。
「何か用? レン」
痛がっているレンを気遣う様子もなく、セリナはそっけなく聞きます。刺々しくもなく、嫌がっているわけでもなく、何の感情もこもっていないような声でした。普段が普段だけに、レンも甘い声などを期待しているはずもなかったでしょうが、それでもセリナのこの反応には困っているようです。
「い、いや、特に用は無いんだが」
「用が無いなら入ってこないでよ。それに、この部屋には入っちゃいけないことになっているでしょ。忘れたの?」
「そ、そんなことはない。ただオレは」
「オレは?」
「少し、セリナと話したくなってだな・・・。その、確かに今はここに来てはいけないことになっているが、昔はコッソリとここで会っていただろう? だから、」
「だから今もいいんじゃないかってわけ? レンが話したいから?」
セリナがベッドに腰かけつつ腕を組み、依然として感情のこもらない声で返事をすると、レンは図体の割に小さな手を、お腹の前で不安げに組んだりほどいたりを繰り返しつつ、コクコクと頷きました。が、
「だったらそれは却下。あんたはどうだか知らないけど、あたしはあんたと話すことは何もないの。話を聞きたくもない。そもそもあんたと会いたくもない」
「せ、セリナ」
「要するに出てってほしいわけ。あんたがここにいるのがバレると、色々と面倒なことになるのよ。そんなのもわからないの?」
「いや、それは」
「出てけっつってんのよ。それともぶっ飛ばされないとわからないの?」
つい先ほどまで気の無い声で淡々と繰り出されていたセリナの言葉にも、いよいよ明確な怒気が含まれ始めました。それは静かな殺気として部屋の中に染み込んでいき、気の弱い者ならば、もうそれだけで泣きだしてしまいそうでした。
しかし、そこは流石に慣れているのか、プレッシャーを与えてくるセリナにたじろぐことなく、レンは彼女にズンズンと近づいていって、驚くべきことにそのすぐ横に座りました。一応はゆっくりと腰掛けたものの、レンの体重に圧されてベッドのスプリングがギシギシと軋みます。そして当然レンが自分の言うことを聞かなかったことで、セリナの怒りのスプリングも激しくきしみ始めました。
「ちょっと! 何勝手に横に座ってんのよ!? バカみたいに重いあんたが座ったら、あたしのベッドが壊れちゃうでしょ!? とっとと立って出ていきなさいよ!」
セリナは激しくレンのことを叱責しましたが、それでもレンは動かず、彼女の横に座ったままでした。それからもセリナは「あたしの言うことが聞けないの!?」「本当に本当にぶっとばす!」「どかないんだったら明日の稽古で死ぬまでしごくわよ!?」などと言い続けましたが、やはりレンは動こうとはしませんでした。それこそ普段なら、この辺でレンは「すいません」と言って出て行くところですが、どういうわけか今回のレンはそうはしませんでした。そんないつもと違うレンに、さしものセリナも、ちょっと調子が狂った様子で、プイッとレンから顔を背けます。
「・・・あーもうっ! 無駄に身体が熱いバカが隣にいるせいで暑いったらありゃしないわ。せっかく汗を流したのに、また汗かいちゃうじゃない。あーうざったい! でかいし、邪魔だし、暑いし、暑いし、重いし、暑いし、あーイライラする!」
黙り込んでいるレンに対し、セリナはひたすらに苛立ちを募らせ、足をパタパタとベッドの下にぶつけながら愚痴をこぼしまくっていました。それはもう紛れもなく普段通りの彼女の姿と口調であり、完全に先ほどまでの鬱蒼としていた彼女とは別人物のようでした。
「くっ! くっくっく・・・」
「なっ!? なに笑ってるのよ!?」
「ふふふ、ははは!」
そんなセリナを見ておかしくなったのか、今まで黙りこんでいたはずのレンが、突然笑い始めました。それもどうやらこらえきれないほどのものらしく、セリナがやめるように言っても彼はそうするのをやめようとはしませんでした。しかし、
「ははは、ぐわっ!?」
「やめろって言ってんでしょ! まったく、何いきなり笑いだしてるのよ」
当然鬼の師範代であるセリナがそれを見過ごすはずもないのでした。先ほど痛めた場所と同じところを殴られ、レンはまたしても手で頭をさするハメになりました。
「ぐむむ、いや、ようやくいつものセリナに戻ったと思ってな。それで安心したら笑ってしまったんだ」
「いつものあたし? なによ、それ。あたしは別におかしくなんかないわよ」
「自分でわからなかったのか? 昨日の夕方からさっきまでのセリナは、何というか・・・」
「何というか?」
セリナに自分の発言に詰め寄られ、今度はレンが彼女から目線を逸らすことになりました。言おうとしていたことが恥ずかしいのか、レンは頭をさすり続けながら気まずそうな表情を浮かべています。
「いや、いいんだ。忘れてく」
「言わないと首をへし折るわよ」
「言います。――だから、まぁ、その・・・ひどく辛そうに見えてな」
「・・・あたしが?」
レンの告白に対し、セリナが一瞬真顔になって聞き返すと、レンは思わず委縮してしまったらしく、若干震えながら一度小さく頷きました。
「そ、そうだ。いや、勘違いだったらいいんだが、今はいつものセリナだしな。相変わらずどつきっぷりにも容赦がないことだし・・・ぐおっ!?」
「いつも通りのどつきってこれのことかしら? ん!?」
「そ、そうだが、何も実践しなくても、ぐえっ! せ、せり、く、苦しいぞ」
レンの態度が気に食わなかったのか、照れ隠しなのか何なのかはわかりませんが、とにかくセリナはいつものように彼をしばき倒し始めました。一方的に繰り広げられるその暴力は、夜ということもあっていくらか自重されているものでしたが、公的な目で見れば、明らかにポケモン虐待ととられてもおかしくないようなものでした。もっとも、お互いに認知している*13だけでなく、周りもまた認知しているだけに、それが公的に裁かれるようなことはありえないのですが。
「あー・・・疲れた。まったく。みんなレンが悪いんだからね」
「な、――いや、そうだな。しかし、何にしてもセリナが元気で良かった。キョウカと別れたことで、相当なショックを抱えていたんじゃないかと心配になったからな」
「・・・そ、そんなこと、ないわよ」
「そうか? オレはてっきり、キョウカと会えなくなったことで元気が無くなったのかと」
「だから、元気無くなったりなんかしてないってば。それはあんたの一方的な勘違いでしょ?」
「むう・・・」
最初から抱えていたであろう疑問をさりげなく打ち明けたレンでしたが、結局セリナによってあっさりと打破され、すごすごと引き下がることになってしまいました。しかもそれが後に繋がるような切れ方ではなかったために、話題が続かず、お互いに黙り込んでしまいました。
そしてそれから数分間の沈黙が続いた後、
「――ところでセリナ、さっきキョウカから電話が入っていたようだが」
「・・・・・・それが?」
「ん? いや、どうして出なかったのかと思ってな。その時に出れなくても、今キョウカが泊まっているのはミシロタウンの道場だろう? かけようと思えばかけなおせるはずだが」
「どうしてそうしなきゃいけないわけ?」
「なんだと?」
セリナのその返答に対し、レンは耳を疑ったのでしょう、思わず聞き返しました。
「どうしてあたしがキョウカと電話しなきゃいけないのかって言ってるのよ」
「どうしてって、セリナは話したくないのか? キョウカが旅立つ時にも言っていたじゃないか、絶対に連絡してほしいと。だったら、」
「だったらも何も、あたしはキョウカと電話をしたりなんかしないわ。あの世間知らずと何を話すっていうのよ?」
「せ、世間知らず? ま、待て。それはどういう意味だ」
「どういう意味も何もないわよ。そのまんまに決まってるじゃない。どうせ話したって、初めて野宿したとかそんなくだらない話しかしてこないのよ。そんな話、する価値ないじゃない」
その言葉を聞いて、先ほど以上にレンはうろたえ始めました。レンは8年前にセリナと出会って以来、彼女とずっと一緒にいます。ですから、セリナとキョウカがいかに仲が良かったのかも知っているのです。そうでなければ、キョウカが旅立つ時に、リードにしてみせた説明はできなかったはずですし、今のようにうろたえることも無かったはずです。
「な、なあセリナ、どうしたんだ? 今までキョウカのことをそんな風に言うことは無かったじゃないか」
「言わなかっただけよ。大体、何であんたがそんなにうろたえてるわけ? それとも何? あんたはそんなにキョウカが大事なわけ?」
「そ、それは、いや、キョウカは大事だが、オレが言っているのはそうじゃなくてだな」
「じゃあ何なのよ? 言ってみなさいよ」
セリナに詰め寄られ、再びレンは何も言えなくなってしまいました。しかし、今度のセリナは先ほどまでとは違い、どこか冷たい圧力をもってレンのことを圧倒していました。レンはレンでそんな彼女に混乱しているようです。
「・・・セリナ、オレにはどう言っていいのかがよくわからない。だが、今のセリナが、さっきまでのいつも通りのセリナとは違うというのだけは言える。今のセリナは・・・何だか辛そうだ」
「だから、別にあたしは辛くなんかないってば。あんたは何をもってそう判断しているのよ」
「それは、そう感じるからだとしか言えない。しかし、キョウカのことを悪く言うのはやめた方がいい、と思う。キョウカがいなくて寂しいのはわかるが、だからといってキョウカにそれを向けるのは、!!!」
レンがそこまで言ったところで、セリナは突然拳を振り上げてベッドの上に思いっきり叩きつけました。それはふかふかのベッドでなければ、容赦なく突き破りかねないほどの一撃で、音こそ大してしなかったものの、レンの話を中断するには十分な衝撃を生んでいました。
「せ、セリナ、どうし」
「あんたまでキョウカが大事なわけ!? やっぱりキョウカが大事なんでしょ!? だからそんな風にキョウカのことをかばって、あたしのことを悪く言うんだわ!」
「??? だからキョウカは大事だが、いや、それにオレはセリナを責めているわけじゃ」
「責めてるじゃない! キョウカのことは一切責めずにあたしのことを悪く言ってるじゃない! どうしてあたしが責められなきゃいけないのよ!?」
先ほどまでの静かで、しかし厳かな雰囲気をまとっていた状態から一変し、今のセリナはその前以上の激しさをもってレンを責め立てていました。その勢いの凄さに、レンはまたしても圧倒されています。
「お、落ち着けセリナ。そんなに興奮していたら、話が出来ないだろう」
「あたしは落ち着いてるわ! あんたがいかにキョウカのことが好きで、あたしが嫌いなのかっていうのがわかるくらいにね!」
「な・・・なんだと? オレがセリナを嫌い? そんなことがあるはずが」
「じゃあ何でキョウカのことをかばうのよ!? それに、いきなり部屋に入ってきたかと思ったら、勝手なことばっかりするし! 知ったようなことばっかり言って!」
「それは・・・確かにオレが悪かった。だがキョウカのことは誤解だ。かばっているのではなくて、本当のことを言っているだけだ。それに、オレはセリナのためにと思って、それでここに」
「あたしのため、あたしのためって! そうやって嘘ばっかり言って! 大体、キョウカがいなくなって辛いのは、あたしじゃなくてあんたの方でしょ!?」
「お、オレが?」
「何よその顔は。すっとぼけてごまかそうっていうの? あたしはね、あんたがキョウカのことを好きだってことくらいわかってんのよ!?」
「なっ!?」
信じられないという表情を、レンはこれまでにも何度も見せてきてはいましたが、今度のは極めつけでした。目は大きく見開き、手は目の前の自分の主人に触れるか触れないかという所で硬直しています。一方で彼の主人であるセリナは完全にキレており、その目は見る者を焼き尽くさんばかりに血走っていました。
「な、何を言っているんだ? オレがキョウカのことを、す、好きだって?」
「そうよ! 昔っからあんたは家にキョウカが来るとすごく嬉しそうにしてたし、何かとキョウカに対してデレデレしてたじゃない! いっつもいっつもそうだったわ! それに、それに! 昨日、キョウカを見送っている時だって、あんたは・・・あんたは」
そこまで言ったところで、突然セリナの激昂っぷりが治まっていきました。最後などは本当に呟く程度でしかなく、今の彼女とレンとの距離で無ければ聞こえない程にかぼそいものでした。
「あ、あたしの目の前で、キョウカがあんたに、だ、抱きついて・・・それであんたはキョウカのことを、す、すごい大事そうに抱きしめかえして・・・それが、まるで・・・」
セリナは俯いたまま肩を震わせつつ、今にも消え入りそうになりながら最後の言葉を言うと、足を床からベッドにあげ、そのまま膝を抱きかかえるようにしてレンに背を向けてしまいました。
「あ、あたしだって、本当は・・・キョウカのことは、好き。・・・だけど、あんたがキョウカと一緒にいると、キョウカのことが、き、嫌いになっちゃいそうで、憎くて、イライラして、それで・・・」
「せ、セリナ・・・」
「もう・・・わかんない。わかんないよ。どうしていいかわからない・・・」
自分に背を向け、依然として肩を震わせたまま呟き続けるセリナに対し、レンはそっと近づきながらセリナの肩に手を置こうとしました。しかし、
「触んないでよっ!」
セリナは自分の肩に置かれかけたレンの手をバシッと勢い良く払いながら、半身を反らした状態でレンの方へと向き直りました。
「!!! セリナ、な、泣いているのか?」
レンが言っているように、彼の方を振り向いたセリナの顔は涙で濡れていました。それを確認したレンはさらに慌てた様子でセリナに近づこうとしますが、セリナが涙で濡れた顔を下に向け、入り口のドアの方を指差すのを見て動きを止めました。
「待ってくれセリナ、オレは・・・」
「出て行って」
「し、しかし」
「いいから出て行って! 早く私の前から消えて! 二度とこの部屋に来ないで!」
セリナが俯きながらドアを指差してそう叫ぶと、レンは複雑な顔をしたまま入り口へ向かっていき、少し逡巡した後、何も言わずにセリナの部屋から出て行きました。
そして、バタンとドアを閉める音がすると、セリナはそのまま腰掛けていた自分のベッドに突っ伏して声を押し殺すようにして泣き続けました。それからしばらくの間、誰もいない静かな部屋の中で、彼女の苦しそうな嗚咽だけが響いていました。
翌日、セリナは朝稽古、朝食、洗濯や掃除、昼食、門下生との稽古といった一日の流れにおいて、レンとは口を聞くどころか顔を合わせようとすらしませんでした。当然レンはそんなセリナのことを気にしていましたが、取り付く島も為す術も無いといった感じで声を掛けれずにいました。いつもべったりとくっついている二人なだけに、いくらセリナが平常を装っていても、周りからの疑問の視線は絶えませんでした。しかし、セリナにそういったことを問いかけられるのは今やレンだけでしたから、その彼とこじれている以上、誰も彼女の真相を知ることはできなかったのでした。
そして夜がやってくると、セリナは夕飯をすませた後に入浴を済ませ、自分の部屋・・・ではなく、家の敷地の離れにある東屋*14へとやってきました。この東屋は普段は使われていないため、扉は施錠されていましたが、セリナはあらかじめ持ってきておいた専用のカギを使って扉を開け、中へと入っていきました。
東屋の中はセリナの部屋程ではないにしろ、通常の東屋では考えられないほど広く、普通に寝泊りできるようなスペースがありました。実際、中にベッドこそありませんでしたが、備え付けの布団が隅に詰まれています。セリナはそこから一組の布団を取って、畳の床の上に広げました。そしてそのままそこに座り込みます。
「はぁ・・・」
場所は違いますが、セリナは布団の上に座って、採光用の天窓から室内を薄明るく照らしている月と星を一瞬見上げた後、昨晩と同じようにため息をつきました。その表情には、やはりレンとのことが響いているのでしょうか、昨日以上に元気がありません。
「どうしてこうなっちゃうのかな・・・。別にあんなこと言うつもり、無かったんだけどな」
昨晩のことを思い返しているのでしょう。セリナは誰に言うでもなく、普段怒号を飛ばしまくっているとは思えないほど小さな声で、力無く洩らし始めました。
「どうしたらいいんだろう・・・どうしたら、どうしたら・・・また、戻れるのかな。わからないよ。どうしたらいいの」
セリナはそう呟くと、膝を抱えて、そこに顔を押し付けて丸くなります。そしてそのまま肩を震わして泣き始めました。
「うっ・・・うっ・・・。レン、レン・・・どうして」
いつだっているはずの、しかし、今はすぐ傍にいないレンの名前を呟きながら、セリナは同じ姿勢のまま震えていました。
今のセリナは普段からは想像もできない程に小さく、とても全国規模の道場を背負って立っている者には見えませんでした。昨日と同じく、普段の彼女を知っている者が今の彼女を見たら、まず間違いなく別人物だと思うことでしょう。それほどまでに今の彼女は儚げに見えました。放っておけば、そのまま消えてしまいそうな程に・・・。
「・・・。っ!?」
そんな時、決してセリナ以外は入ってこないはずの、開けてくるはずがない扉が、ガチャッと音をたてて開きました。それに驚き、新しい光の方へとセリナが目を向けると、そこには・・・。
Ein Standpunkt → Len
カギが開いていた東屋の中は月と星の明かりで照らされているとはいえ薄暗かった。普通ならこれ程暗ければ、中に何かがうずくまっていることはわかっても、それが一体何なのかまではわからないだろう。せいぜい見えたとして影だけだからな。
だが、オレには中にいるのがセリナだということがわかっていた。この東屋のカギを使えるのはセリナかその親だけで、その中で夜に使うのはセリナだけだったからだ。というのも、セリナは昔から親にしかられたり、何かイヤなことがあったりすると、自分の部屋ではなく、この東屋によく引きこもっていたのだ。――最近はそういうことも全く無かったが。
(しかし、予想していたとはいえ、ここにいたってことは、それだけ昨日のオレの訪問がいやだったってことなのか)
その事実に少しがっかりとしながらも、オレはゆっくりと入り口の扉を閉めた。備え付けの窓はカーテンを閉められていたので、これで明かりは天窓からの光と、オレの尻尾の炎だけになった。おかげでますます中は暗くなったが、別に中には躓くような所はないので問題はない。オレは躊躇うことなくセリナへと近づいていった。
「・・・どうしてきたの?」
近づいてきたオレに対してセリナは座ったまま背を向け、震えた声でそう呟いた。その声はまるで怯えたポケモンのように弱々しく、道場に通ってくる強面の連中を、たった一声で従わせられる普段の彼女だったら絶対に出さないようなものだった。
昨日の様に怒られるか少し心配だったが、立ったまま話すのもなんだし、とりあえずオレは彼女のすぐ側に腰を降ろすことにした。ちょっと手を伸ばせば彼女の体に手が届く距離だったが、心配していたように怒られることもなかったので、――それは普段からすればあり得ないほど異常なことだったが、オレはそのまま話を始めることにした。
「まぁ、昔からセリナは何かあるとここに来ていたからな。何となく来てみたんだ」
「・・・そう」
なるべく安心させられるように落ち着いた声で話したが、彼女は依然として肩を震わせたままだった。しかも顔を伏せたままなので、表情はよくわからない。
「でも、何となくって、何?」
「んん? 何となくじゃだめなのか?」
「だめよ。ハッキリしなきゃ、あやふやなのは・・・嫌いだもの」
普段だったらやっぱりこの辺で2,3発はもらっているところだが、それはともかくとして、これはまさにセリナらしい答えだ。セリナは何にだってまっすぐなのだ。少しでもねじまがって、ハッキリとしないようなことがあれば、すぐにそれに向かっていって明らかにしてしまう。時にはとても強引な手段をとることもあり、それがセリナの困ったところでもあるわけだが、少なくともオレはセリナのそういう所を気に入っている。オレもあんまりあいまいなのは好きな性質じゃないからな。
「そうだな、加えて言うなら、セリナに会いたいと思ったからか。今日は全然話もできなかったしな」
「あ、会いたい? そんな・・・昨日、あんなにひどいこと言ったのに?」
「ぶっ!!・・・くっ、ハッハッハッハッハ!」
とても笑えるような状況ではないのは十分に承知していたが、その予想外にも程があるセリナの言葉に、思わずオレは笑ってしまった。あまりにもおかしかったので身体が自然に動いてしまい、危うく尻尾の炎で布団を焦がしてしまいそうになった。これで火事にでもなろうものなら、それこそ笑えたもんじゃない。
「な、何がおかしいのよ!」
「いやいや、昨日程度の言葉ならいつものように聞いているさ。しかも暴力のおまけつきでな。それを謝ってくるもんだから、ついおかしくてな」
セリナは何やら納得がいかない顔をしているが、これは本当の話だ。普段のセリナはオレが何かしでかすたんびに――それが正しいことであれ間違ったことであれ、首を絞めてきたり、男顔負けのドスの聞いた声で震え上がるような言葉を囁いてきたりするのだ。自分でいうのもなんだが、決して気が弱くはないオレがそうなるくらいなのだから、それはもう恐ろしいの一言に尽きる。一体どこでそんな言葉を覚えてきたのかは謎だが。
「あ、あたし、そんなこといつもしてた?」
「してたさ。出会ってからこの8年間ずっとな」
「そう・・・」
オレが不思議に思っているのはここだ。さっきからそうだが、普段のセリナだったら、オレがこんなことを言い始めた瞬間に、“とびひざげり”からそのまま“無理やり投げるあてみなげ”を決めて引きずり倒し、絶対に抜けることができない“威力が抜群のからみつく、もといくびをしめる”に入っているのだ。
そんなことをするトレーナーがいるのか? と疑問に思われるかもしれないが、実際にその信じられないことを8年間も味わってきたこのオレが言っているのだから間違いない。思い返すだけで体の熱が引いていくが、今現在冷たくなっていないので問題はない・・・はずだ。
それから当然、オレだって不死身なわけじゃないので、そんな連携技を決められたら、俺の尻尾の炎はまさに風前のともし火になる。しかし、それはそれでうまくいっていたのだ。オレがそうして彼女とこれまで交流を深めてきたのだから。
にも関わらず、今のセリナはそんな素振りを全く見せずに、俯いたままオレの話を聞いている。これがおかしいと思わずにいられるわけがない。言うなれば、リザードンが喜びながら水浴びをしているようなものだ。*15
そんな、日常からすれば明らかに異常な状況だが、これは逆に話を聞いてもらえるチャンスでもある。セリナがここまでおとなしくオレの話を聞いてくれることなど滅多にない。この前は取り合ってもらえなかったことだし、話すなら今しかない。失敗すれば首が飛びそうな予感がしなくもないが、躊躇うわけにはいかない。怖くない。怖くなど・・・むぅ、頑張ろう。よし、
「な、なぁセリナ、昨日の、オレがキョウカのことを好きなんじゃないか? と言ってたことだが・・・」
「やめて、聞きたくない!」
オレが思い切って昨日の話題に触れると、セリナは耳に両手を当ててさらにうずくまってしまった。これは相当に響いているようだ。やはり放置するわけにはいかない。この分だとよっぽどのことがない限りはオレに牙が向けられることはなさそうだし、もう少し続けてみよう。
「頼むから聞いてくれ。セリナはオレがキョウカのことを好きだって言っていたが、オレは多分、セリナが思っているような形でキョウカのことが好きなわけじゃないんだ」
「・・・・・・・え?」
オレの言葉にセリナはようやく顔をあげた。さっきまではセリナがすぐ顔を俯かせてしまったり、オレが目線を逸らしたりしていたことでわからなかったが、じっと見てみると、その顔は昨日と同じように涙で濡れていて、目が赤く腫れているのがわかった。もしかしたら、オレがここに来るまでの間、ずっと泣いていたのかもしれない。
「確かにオレはキョウカのことは好きだ。キョウカは優しいし、何というか・・・可愛いんだ。別に弱いわけではないと思うが、守ってやらなきゃいけないと思わされるんだな。本当に不思議だがな」
「・・・」
何だか誤解を招くような言い方になってしまったが、実際こうなのだから仕方ない。ただオレは、キョウカとはセリナと出会ってからと同じくらいの長さの時間、一緒に遊んだり、稽古をしたりしてきたが、特別な感情は持ったことは無い。
だが、別にこれはキョウカに全く魅力がないと言っているわけではない。ポケモンのオレが言うのもなんだが、キョウカは見た目や性格が良いというだけではなく、誰でも惹かれずにはいられないような・・・そう、不思議な魅力を兼ね備えているように思える。キョウカのことを本当に嫌いになれる奴など、きっとこの世界にはいないに違いない。そうすることなどできるはずがない。そう思えるほどにキョウカは魅力的なのだ。
「だが、それはあくまで友人・・・というか、なんだ? 妹、のような・・・いや、よくわからないが、とにかく、恋人にしたいとか、そういう気持ちで触れ合ってきたわけじゃないんだ。わ、わかるか?」
「・・・」
セリナを追いやらないようにとはいえ、いくらなんでも不器用すぎる言い方になってしまった。口が回らないと、こういう時に困る・・・普段は言われっぱなしの殴られっぱなしだしな。元からそうだということもあって、上達するはずもないのだ。いや、別に上達したいと思っているわけじゃないんだが。
「本当? 本当にレンは・・・キョウカに特別な感情を持っていないの?」
「ああ、本当だ。主人に対する誓いとして言ってもいい」
疑問形で返されてしまったが、オレの目をまっすぐ見ていって来ている辺り、どうやらちゃんと伝わっていたようだ。
と、それはともかくとして、トレーナーを持つポケモンにとって、この主人に対する誓いには決して偽りは許されない。もしも破れば、それはすなわちトレーナーを、主人を裏切ることになり、二度とは主従関係を結べなくなるのだ。そのことはポケモンのことを良く知っているだけでなく、規律を重んじるセリナなら十分に承知している。それだけにこの言葉はこうかがばつぐんなはずだ。
「これで疑いは晴れたか?」
「う、うん・・・・」
「よし、だったらこれで元通りだな。やっぱりいつものように元気なセリナの方がオレは好きだからな。ハッハッハ!」
普段とは違う意味でハラハラさせられたが、どうにかこれで一件落着のようだ。いつもなら殴られれば解決していただけに、今回はどうしていいのかわからなかったが・・・。
いや、それよりもわからないと言えばセリナだ。そう、どうしてセリナがこんな風になったのかが未だにわからない。何となくわかるのは、オレがキョウカのことを好きかどうかということでセリナが不安になっていたということだが、いったいどうしてそれで不安になどなるのだろうか?
そもそもだ、オレはポケモンでキョウカは人間なのだから、そのような感情を抱くはずがないのだ。別にそういうことがこの世界で全く無いというわけではないが、極めて稀なのは確かだし、そんなことはセリナもわかって・・・いや、だからなのか? セリナはオレの主人として、オレがそんなおかしな道を突き進もうとしているのではないかと不安になり、それであんなにも取り乱したんだろうか? だとしたら納得もいくが、それだったらやっぱりセリナの性格上、オレはボコボコにされていたんじゃないだろうか? 「その腐った性根を焼き直してやる!」とでも言って、リザードンであるオレでも耐えられなさそうな灼熱の地獄に・・・・うっ! お、恐ろしい・・・。
「ね、ねぇ、レン」
「ん?」
オレが恐ろしい想像に耽っている間に、気がつくとセリナはオレの足の上に乗っかってきていた。倒れ込んだ状態における、極め技や締め技の稽古以外でこういう形になるのは本当に久しぶりだ。そのせいか、ひどくセリナが軽く感じられる。剛力と言っても差支えない程の力をもっているだけに、何だか不思議な感じだ。
「くっついても、いい?」
「・・・は? な、なんだと?」
「だから、くっついてもいいかって、聞いてるんだけど」
「あ、ああ」
「・・・」
オレが返事をすると、セリナは黙ってさらに身をのり上げてオレに密着してきた。自分の足を広げてオレの足の上に乗り、腕をオレの首に回し、体をオレの腹にくっつけている状態だ。要するにオレに抱きついているわけだが、まるで意図がわからない。一体どうしてセリナはこんな行動をとっているのか? 普段だったらこんなことはあり得ないのに。ここまで密着しているのはオレが締めあげられて悶絶している時だけだというのに。今のセリナはただオレにくっついているだけで・・・お、オレはどうすればいいのだ。
「な、なあセリナ、その・・・申し訳ないんだが、これは一体?」
「・・・」
完全に黙り込んでいる。答えが得られない。どことなく命が脅かされる焦燥感が募る。ひどく落ち付かない。今すぐにでも“ずつき”が飛んできたり、予想だにしない攻撃が繰り出されるのではないかと思うと気が気ではない。このままだと気が狂いそうだ。どうにかしなければ・・・
「セリナ、非常に・・・か? その、悪いんだが、離れてもらえると・・・」
「やだ」
「し、しかし、このままだと死に、じゃなくて、落ち着かなくてな。せめて何でこうしているのかを教えてほしいんだが」
「やだ」
「うぐ・・・」
だめだ。これはもう言葉を交わしていては解決できそうもない。幸いにも、セリナは何故だか暴力的ではないし、ここは一つ、強引に・・・。
「すまんが・・・ぐあっ!?」
「やだっ! やめてよ!」
「ま、待てセリナ、そんなにぶっ!?」
訂正しよう。なりを潜めていただけで、セリナはやっぱり暴れ出した。オレがちょっとどいてもらおうと手を体に当てた途端にこれだ。セリナがいつもと違っておとなしいからといって、その力がおさまっているわけではないらしい。
「わ、わかった! わかったから、的確に拳を打ちこんでくるのをやめてくれ!」
「もう離そうとしない?」
「し、しない」
「・・・独りに、しない?」
「ひ、一人? いや、そんなことはしたりしないが」
もうまるで何が何だかわからない。誰かこの状況を見ている奴がいたら教えてほしい。セリナは一体何がしたいのか。オレは一体どうすればいいのか。オレはいつまで、――さらに強く抱きついてきたセリナに耐えればいいのか。誰か教えてくれ・・・。
しかし、そんなうまい展開があるわけもなく、それからしばらく・・・といっても、オレがそう感じただけで実際はそんなに経っていないんだろうが、この状態が続いた。
――が、
「・・・ねぇ、レン」
「な、なんだ?」
ようやく切り出してきたセリナに慌てて反応するオレ。最早限界だ。ここらあたりで、セリナが「もう寝る」とか「うざいから離れろ」とか「暑いのよこのバカ。ぶっとばされたいの?」とか言い出してくれればとてもとてもとても助かるんだが・・・。
「レンは、あたしのこと・・・好き?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なに?」
「だから、レンはあたしのこと好きかって、聞いてるんだけど・・・」
「・・・」
あまりの急展開にオレの頭の中は完全にパニック状態に陥った。
セリナがオレのことを・・・好き? それはトレーナーとして自分のポケモンのことを好きと言っているのだろうか? それとも・・・いや、オレはポケモンでセリナは人間だ。というかその前に・・・なんでこうなったんだ? キョウカについてだったとはいえ、好き嫌いの話はさっきすんだんじゃなかったのか? オレはいつものセリナに戻ってくれとは言ったが、新手の攻め方をしてくれなんて言った覚えはない。余計な心配はするなといってボコボコにされるならまだしも、突然告白されるなんて予想外どころの騒ぎじゃない。いや、それともこれはオレが勘違いしているだけで、さっきのオレがキョウカに対して好きといったのと同じ意味合いでの
「い、言っとくけど、レンがキョウカに対して思っている好きとは違うからね?」
ではなかったらしい。となると、これはもうつまりそのやっぱり間違いなく
「せ、セリナ、それはつまり・・・・・・んむっ!?」
オレはセリナに真実を聞こうと思って口を開こうとしたが、その口は不意に迫ってきたセリナの口によって塞がれてしまった。初めて感じたセリナの唇は温かく、とても柔らかいものだった。その初めての感触に一瞬何が起きたのかわからず、しばらくそのままの状態で固まっていると、やがてセリナは口を離して再びオレの目をみつめてきた。その目には少なくとも怒りだとか憎悪の感情はうつっていない。どうやら今のは何かの攻撃というわけじゃなさそうだが、だとすると今のは一体・・・
「せ、セリナ、これは?」
何が起きたのかよくわからず、慌てて聞くオレから、セリナは目をちょっとそらして何かを口ごもっている。よく見ると顔が赤くなっているような・・・ん? ちょっと待て、どうして口をくっつけただけで顔が赤くなるんだ? 顔が赤くなるってことは、恥ずかしいとか興奮しているとかそういう心境にあるってことだ。ということは、セリナはオレと口をくっつけたことを恥ずかしがっているってことか? いや、でも今のは事故でも何でもない。セリナからしてきたことだ。なのに恥ずかしがるっていうのはおかしいんじゃないか? そもそもさっきの好きと言ってきたことと、今の行動は何のつながりがあるんだ? わからん。何もかもがわからん。
そんなことを考えていると、セリナはそらしていた目を再びオレの方に向けた。そして、
「れ、レンは・・・あたしのこと、嫌い?」
「は!?」
「き、嫌いなの?」
「い、いやそんなことはない! だがちょっと待ってくれ、オレは今なにがなんだか」
「じゃ、じゃあ、好きじゃないの?」
「そ、そんなことは言っていない。ただ、オレは・・・うっ」
オレの破滅的なパニックをよそに、セリナはオレに抱きついたまま、泣きそうな顔でこっちを見てくる。その潤んだ瞳といい、雰囲気といい、普段からは想像できないくらい儚げに見えるし、正直言って・・・・・・・可愛い。それに何だか知らんが胸がやたらとドキドキする。相手は人間で、それもまだ子どもで、しかもセリナであるということを考えたとしても――いや、むしろ迫ってきたのがセリナだからこそ、胸が高鳴ってしまうのだろうか? 実際、こうやってじっくりと顔から下へと視線を動かしていくと、セリナもなかなかどうして艶めかしく見えて・・・!!!
(待て待て! オレは一体何を考えているんだ? 相手はセリナだぞ? 自分の主人だ。そして自分はポケモンで、セリナは人間だ。ポケモンの、リザードンであるオレが人間であるセリナに欲情してどうする!? 落ち着け・・・落ち着け・・・)
「じゃあ・・・好き?」
「も、もも、もちろん! あ、いや・・・でも、セリナは人間で、オレはポケモンだぞ?それにセリナはオレの主人で・・・」
「だから、だめなの? あたしのこと、好きになれない?」
「そそそそそれは!」
いくら心の中で唱えても、落ち着くなんて無理だった。一度は離した顔を再び近づけ、体をより密着させて迫ってくるセリナに対して、オレは最早自分で何を言っているのかもわからない。体に直に伝わってくる彼女の体温のせいか、それともふんわりと漂ってくるいい匂いによってか、オレの胸の高鳴りはさっきよりも勢いを増しているし、何だか頭までクラクラしてきた。このままだとどうにかなってしまいそうだ。本当に今、目の前で、瞳を潤ませ、不安げに声を上げ、必死にオレにしがみついてきているのはセリナなのか? 本当に普段オレが接してきたセリナなのか? 8年前にオレを救い、今の今まで一緒だった・・・
「人間とかポケモンとか、そんなの関係ない。あたしはレンが好きなの。ずっと一緒にいてほしい。だから一緒にいて。あたしを・・・独りにしないで」
そのセリナの小さく、しかしハッキリとした言葉に、とうとうオレの理性は吹っ飛んでしまったようだ。気がつくと宙に浮かして持て余していた手で、そのままセリナを布団に押し倒していた。普段のセリナだったら、オレごときに簡単に押し倒されることは絶対になかったが、今のセリナはまるで普通の女の子になってしまったかのようにか弱く、簡単に仰向けの体勢になってしまった。しかもそうされてもセリナはオレのことを非難しようとはしなかった。いや、それどころか一層顔を赤らめ、恥ずかしそうに少し目を細めてこちらを見てきている。暗がりであるとはいえ、オレの炎に照らされているセリナの顔は・・・最早ここまでくると言い訳など出来ない。今のセリナはとても可愛らしく、そして魅力的に見えた。
「せ、セリナ、オレは・・・うむっ!?」
セリナを押し倒したまま何かを言おうとしたオレの口を、再び彼女はオレの首に手を回し、自分の口をくっつけることで塞いできた。いや、正確には塞ぎきれていない。オレの口とセリナの口の大きさは段違いだし、そもそも形が違うのだ。しかし、オレは口先のその柔らかな感触を否定することができず、結局は口を動かすことができなくなってしまった。
「むむむ・・・っ!!」
口先にだけあった柔らかい感触が突然移動した。今やそれは口先ではなく、口の中に・・・これは、舌か? そうだ、どうしてそんなことをするのかはわからないが、セリナはオレの口先に自分の口をくっつけるだけではなく、舌を入れてきたのだ。元々の大きさが違いすぎるために、それはとても小さな感触としてしか感じられなかったが、予想外にも程があるその行動はオレを大いに驚かせた。
よくはわからないが、きっとこれはオレにもしてほしいということなのだろう。そう思い、オレも負けじと舌を伸ばし、小さなセリナの舌を逆に押し返して絡めていった。
「ん、んっ!・・・んんっ」
オレの舌が小さな抵抗を押し切ってセリナの口内を貪るようにかき回すと、いよいよセリナは全身に力が入らなくなったようだった。今のセリナはオレに身を委ね、口端から涎を垂らしながら悶えている。あのセリナが、いつも気丈に振舞っていて、力強くて、誰に対しても屈しないセリナが今、こんな風になってしまうなんて・・・。
正直に言って、舌を口の中に入れる行動の意味は未だによくわからないが、オレがそうすることによってセリナが悶えるのには興奮せざるを得ない。さっきから何度も思ってはいるが、こんなにもセリナが可愛かったとは。
「ふ・・ふあっ・・・」
セリナの口の中をぐちゃぐちゃにしてやり、オレが彼女の口から舌を抜いて口を離すと、オレの口から溢れた涎がセリナの胸元へと落ちていった。相当に不快なはずだが、セリナは恍惚とした面持ちでオレのことをそのまま見上げていた。顔は先ほどよりも一層赤く染まっていて、ひどくそそられるものがあった。もうセリナは人間だとか主人だとかはどうでもいい。今はただセリナを求められればいい。
「きゃあっ!?」
セリナの悲鳴を気にすること無く、オレは強引にセリナの服を剥ぎ取った。その悲鳴一つに、この行動一つに体の熱が高まっているのがわかる。尾の先が燃え盛っているのを感じる。翼が、もう二度と空を羽ばたくためには動けない翼がたぎっているのが見える。仰向けに寝ているセリナを押しつぶさないようにするので・・・精一杯だ。
「ああんっ!」
服をはぎ取ったことではだけた部分から出てきた、大きく張った胸に手を這わせてみると、セリナはそれに抵抗するがごとく身をよじらせた。どうしていいのかわからずにがむしゃらに触ってみたのだが、その声から察するに嫌ではないらしい。握りつぶすことのないように力加減に注意して揉んでみると、意外と弾力があって中々気持ちいい。今まではよくわからなかったが、こうして触ってみると、人間の男が何故に女の胸に興味を抱くのかがわかる気がする。
「んうっ、んん、ああ・・・」
触られることで感じているのか、オレが手を動かすたびにセリナは体をビクッと震わせて嬌声をあげている。オレはその反応に興奮して、揉みしだくだけではなく、その先にある、ぷっくりと膨らんだピンク色の部分を爪の先でつついてみた。
「ひあっ!?」
よっぽど感じたのか、セリナは一際激しく体を震わせている。どうやらここの方が気持ちいいらしい。オレはもっとセリナを鳴かせてみたいと思い、片方だけではなく、両方の胸の同じ部分をいじってやった。
「んああっ!? そ、そんなにいじっちゃ、んむうっ!?」
指先を動かしつつ、再びオレはセリナの口に自分の口をくっつけ、中に舌を潜り込ませた。片方ずつでも気持ちよかったのだから、両方一緒にやればもっと気持ちいいはずだ。案の定、セリナはオレの舌によって動きを封じられた口からさらに喘ぎ声をあげている。何と可愛らしく、欲情させる反応だろうか。今のセリナは完全にオレとの行為に感じているのだ。圧倒的優位に立っているはずのセリナが、今はオレに屈伏している。これに興奮せずにいられるわけがない。
「んっ・・はあっ・・・」
さっきよりもたっぷりと口内を味わい、胸の感触を一通り堪能した後、オレは口を離してセリナの服の下の部分を脱がしにかかった。どうにか理性を保ち、鋭くとがった爪で傷つけないように気をつけて剥ぎ取ると、もう一枚服・・・らしき白い布が出てきた。こんな状態でよくは思い出せないが、確かパンツとかいうやつだ。
オレはためらうことなくそのパンツも剥ぎ取ってやった。セリナは何やら喚いていたが、そんなのは関係ない。今はセリナがオレを支配しているのではなく、オレがセリナを支配しているのだ。
そんな優越感に浸っているうちに、目の前に性器と思しき一筋の割れ目が現れた。セリナの悲鳴を無視しつつ、指でその割れ目をなぞってみると、どういうわけだか少し濡れているのがわかった。小便だろうか? オレとの行為が気持ちいいことで、もう我慢できずに漏らしてしまっているとするなら十分にそそられるというものだ。しかし、そんなことよりも今のオレは、そこから発せられる何とも表現のしようのない匂いに、ますます興奮させられてしまっていた。
もっとよく見てみたい。嗅ぎたい。いや、それよりも味わいたい。そう思ったのだが、セリナが自分の手でそこを隠してしまったので、それ以上は見ることができなくなってしまった。オレが顔をあげてセリナの方を見やると、彼女は恥ずかしそうにオレから視線をそらした。どうやらこれが精一杯の抵抗らしい。
「は、恥ずかしいからそんなに見ないで・・・」
普段の覇気など全く備わっていない無力な言葉。残念ながら、その程度の抵抗では逆にオレの興奮を掻き立てるだけだった。オレは強引にその手をどかすと同時に、興奮を掻き立てるそこに顔を潜り込ませて舌を這わせた。その行為が与えた衝撃によってか、セリナは胸をいじられていた時以上に、ビクンッと身を反らせている。
「んあああっ! そ、そんな! 汚いよっ!」
それはいきなり舌を使ったのがズルイという意味だったのか、それともここをなめるなんて汚いからやめろという意味だったのかはわからないが、オレはセリナの声を無視して舐め続けた。セリナはオレの顔を足で思いっきり挟みこむことでどうにかしようとしているようだが、そんなのは何の抵抗にもなりはしない。さっきから続いている悲鳴と同じく、オレを一層興奮させるだけだ。
そんなわけだからオレはもう舌だけでは満足できなくなった。隙間が殆どないので大丈夫かどうかわからなかったが、舌の上を這わせるようにして指を性器の中に挿し入れ、ぐちゃぐちゃになっている中を、クチュクチュと音をたてながらかき回してやった。
「ふわあっ!! うああっ!!!」
案の定こうかはばつぐんだったようだ。オレの一つ一つの行為に嬌声で答えるセリナに、オレはますます興奮した。先ほどよりも一層支配をしているという感覚に囚われる。いや、酔っている。それだけの気持ちよさがここにはある。
オレはもっとセリナを感じたいと思い、他にいじれる場所がないかセリナの体をじっくりと眺め回した。もちろん手と舌は休めない。一秒だってセリナを味わうのを無駄にはできないのだ。
そうこうしていると、今いじっている性器のすぐ上に小さい突起があるのを見つけた。何のためについているのかはよくわからないが、胸の先についているものと似ているように見える。実際、胸の時と同じように爪の先でクリクリといじってみると、一際大きくセリナが体をよじらせた。
「ああああっ!!!! だ、だめっ! そこはああんっ!」
今までの中で一番の反応だ。どうやらここが一番気持ちいいらしい。それなら、と、オレはそこを爪の先でいじるのを一旦やめた。そして性器からセリナのとオレのとでベタベタになっている舌を抜き、そのままそこに持っていって軽くつついた後、思い切り激しく上下に動かして舐め回してみた。
「きゃあああああっ!!!!!」
急に激しく刺激を加えられたせいか、セリナは一層甲高い叫びをあげるとともに体を大きく反らせた。そしてそのまま痙攣したかと思うと、オレが今さっきまでぐちゃぐちゃにしていた場所から大量の液体を勢いよく吐き出した。当然それは間近で刺激を加えていたオレの顔にもかかったが、ちっともオレはそれを嫌だとは思わなかった。試しに舐めとってみると、それはほんのりしょっぱいだけではなく、何ともいえぬ興奮をオレに与えた。さっきまでは小便だと思っていたが、どうやら違うようだ。
「はあっはあっ・・・」
まるでセリナは全力で稽古をし終わった時のように天井を見上げ、荒い息使いをしている。全身汗だらけだ。その汗がオレの尻尾の炎で照らされて、テラテラと輝いている。その姿は、可愛らしいというよりか色っぽいという方が正しいかもしれない。
その様子から察するに、セリナは確かに達したようだ。しかし、先ほどから興奮させられっぱなしのオレ方はもう限界だ。これ以上我慢していたら、もうおかしくなってしまう。
「セリナ、いくぞ」
「えっ?」
オレはそう言うと、戸惑うセリナの両足を掴んで自分のモノを先ほどの場所に近づけていき、ゆっくりといれていった。先ほどの匂いといい、オレが興奮させられたことといい、ここにいれればいいのは間違いないはずだ。
「っっっ!!! ・・・うっ・・・」
セリナはきっと初めてな上に、オレのモノが人間よりもずっと大きいだけあってかなり苦しそうだ。必死にその痛みに耐えようと、手で布団を引きちぎらんばかりに掴んで歯を食いしばっている。
オレはそんなセリナの様子を気遣いながら、しかし、己の欲求に沿い、ゆっくりとモノを奥へ奥へと滑り込ませていった。この分だと全部をいれるのは到底無理だが、これでも十分気持ちがいい。もっと、もっと・・・
「んっ・・・くうっ! れ、レン・・・」
「ど、どうしたセリナ!? 大丈夫か?」
セリナは苦しそうに呻きながらオレのほうを見て何かを言おうとしている。不思議なことに、何だかそれを聞いて目が覚めたような感じを覚えた。オレはセリナの言葉を聞こうと首を動かし、顔をセリナの方へと近づけた。
「お願い・・・もっとあたしの側に来て」
「・・・わかった」
オレはセリナの言葉の意味を察して、膝の上にセリナの足を載せるようにした後、手を彼女の背中に回して抱き寄せ、体を前傾姿勢にしていった。セリナは最初に口を合わせた時のようにオレの首に手を回すと、目をつぶった。オレはそれを合図に腰に力を入れ、ゆっくりといれていたものを一気に突きいれた。
「っ!!! くうああああっ!!!!」
セリナがオレの首にすごい力でしがみつきながら悲痛な叫びをあげた。だがオレは敢えてそのまま自分のモノを動かしていった。すると、何か壁のようなところに自分のモノが当たったことを感じた。どうやらここがセリナの中の限界点らしい。オレはセリナを壊さぬように気をつけつつ、腰を動かし始めた。
「んっ!!! んあっ! ああっっっ!!!!」
オレの動きに合わせてセリナは首に回している手に力を入れて喘いだ。そしてその度にセリナの中の締め付けもどんどん強くなっていく。まだ挿入してから間もないというのに情けない話だが、さっきからずっと我慢していたこともあって、そろそろ限界だ・・・
「せっ、セリナっ! そろそろ・・・」
「・・・ふああっ!」
「おおおおっ!!」
セリナが達すると同時にオレは叫び声をあげ、セリナの中に大量の精液をぶちまけた。
決して初めてではない。が、あまりにも気持ちよすぎる・・・。このままセリナの中でモノが溶けてしまいそうなくらいだ。
オレがその快感に浸ってる間も射精は止まらず、その余りの量にセリナの中は受け止めきれずに結合部から溢れた精液が滴り落ちていった。
「はあっはあっ・・・せ、セリナ・・・大丈夫か?」
ようやく全てを出し切ったオレはセリナに声をかけて自分のモノを抜いた。すると少し血のまじった液体が、いましがた酷使していた場所からこぼれ出てきた。白濁している部分のが多いだけに、どれだけの量を射精してしまったのかとオレは自分で少し呆れる一方で、ぐったりしているセリナに対して申し訳ない気持ちになった。
「うん、大丈夫・・・けど、何だか・・・・自分自分じゃ、なく・・・なっちゃった・・・みたいで」
「・・・オレもそうだ」
そう言ってオレはセリナを起こしてやり、自分によっかかれるようにして抱きしめた。愛しい者を守るように優しく、いや、実際オレはこれまで以上にセリナのことを愛しく思っていた。側に居る者としてだけではなく・・・。
そんなオレの顔を、行為を始める前と同じようにセリナは見上げている。しばらくの間、じっとお互いに見つめあっていると、セリナがオレの胸に手を置きながら口を開いた。
「ねぇ、レン・・・・・・レンは、ずっとあたしの側にいてくれるよね? 離れたりしないよね? レンだけは・・・」
「そんなの決まっているじゃないか。あの時からの約束だろう?」
どこか不安そうに、そして寂しげな顔で聞いてくるセリナに対して、オレは大きく頷きながらそう答えた。セリナはそれを確認すると、少し体を起こしてオレの体に顔をうずめるようにしてしがみついてきた。
「心配かけて・・・ごめんね」
「気にすることは無い。オレはセリナのパートナーだ。だから・・・遠慮なんてしないでくれ」
オレがセリナの髪をなでながらそう言って上から覗き込むと、セリナはちょっと顔を赤くしながら何かを言おうとしていた。
「じゃ、じゃあ・・・・・・レンの気持ちを聞かせてくれない? その・・できれば好き、じゃなくて・・・もっと強い言葉で言って欲しい・・・」
そう言ってセリナは顔を下げて口ごもった。さっきまでだったら、きっと今セリナが何を言おうとしているのか、そして何を求めているかわからなかっただろう。でも今のオレにはセリナが何を言って欲しいかがわかる。そしてそれはオレの本心だ。
オレは腕の中のセリナに向けて優しい目を向けて言った。
「セリナ、オレもお前のことが好きだ。・・・愛している」
そうオレが言うと、セリナは顔を上げ、一瞬泣きそうな顔をした後、いつものような、しかし滅多には見られない笑顔で「あたしもよ」と返してきた。そしてそのままオレの胸に抱きついてきた。オレはそれを黙って受け止め、いつまでもセリナを抱きしめていた。
レポートNo.6『贈り物はベーコンエッグ?』 へ続く
あとがき
※ ここから先には本編のネタバレ要素が含まれています。本編を未読の方は、まずは本編をお読みになってからこちらにお越しいただければ幸いです。
大変長らくお待たせしました。亀の万年堂でございます。
前回の後力さんから2ヶ月。まさに亀のごとき歩みで投稿しました。本格的に忘れ去られているんじゃないのかと思うのには十分な時間であります。どうにか6月中にはということだったので急いだんですが、本当にギリギリになってしまいました。待っていただいていた方達には本当に申し訳ない限りです。
さて、今回のお話は前半がいつものようにキョウカとリード、そしてグレイの三人+大きい男二人のどたばた劇。そして後半がセリナとレンのどたばた劇となっております。タイトルからもわかりますように、前半はまさに前座です。この話のメインは後半の二人です。
『テンテンテテテンのレポート』を書き始めた当初は、実はこのセリナとレンの二人の話については書くつもりがありませんでした。というよりも、No.1で出てくるだけで、その後の出番はないくらいの勢いだったりします。ところが、それではもったいないということになり、また、本編が非常に伸びた関係もあって、今回のように話を設けることになりました。その分、企画当初よりも魅力的な子達になってくれていると思います。片方はドがつくほどの鬼畜+デレで、もう片方はバカ100%の男ですが、気にいっていただけましたでしょうか。特にレンに関しましては、私の「男」に対するイメージが集約されているので、そのあたりも見て頂けたらなと思います。いえ、別に彼が嫌いというわけではないんですが。
と、本編の内容はここまでとして、ちょっとここで作者ページの方の宣伝をさせていただきます。まず、亀ロッカーなんですが、これまでは更新履歴を保存するだけのページでしたが、大分コンテンツが増えております。レポート内の設定資料集的なものもありますので、興味のある方は読んでいただければ幸いです。
次に亀日記ですが、7月からは通常通りに再開します。何やら楽しみにしていただいた方がいらっしゃるようですが、7月はたっぷりとカオスな日記を掲載していきますので、楽しみに(?)してください。もしかしたら双子のルールのように話を載せるかもしれません。
以上 宣伝でした。
最後に、実は今回はゲストを召喚していますので、その方の批評というかコメントを入れていただいて終わりたいと思います。私がこれを見れるのは結構後なので割とドキドキしておりますが・・・果たして。
「どうもゲスト(笑)です。えー、作者に召喚されてしまいましたので慣れないながらも批評をさせて貰う事になりました。
一応私は此方では無くブログの方のですね、所謂修正前のテンテンテテテンのレポートも読ませて頂いておりますので、そちらも絡めていけたらなーと思いつつ。
さて、No.5ですね。
丁寧な語り口の地の文、所々に配置されたくすりとさせられる言い回し、登場人物の自然な掛け合い漫才(というと語弊があるかもしれませんが)、それからこのWikiに載せるものとしてはようやくと言っていいエロシーンと、色々と見るべき処がありますが、何よりもキャラクターが魅力的です。風呂場で固まるグレイちゃんしかり、あまりにも鈍感過ぎるレン君しかり、これからも苦労しそうなゴーリキーも少々常識はずれなキョウカも女の子な面を見せたセリナも殆ど出番が無い師範代も目の前に動いてる姿が見えるようです。……勿論大喰らいのリード君もですよ、忘れてたわけじゃないですからね。卓袱台の廻りを走り回る姿だけは想像できませんでしたが、他のシーンではニヤニヤしたり笑ったりと大変でした。と、笑ってばっかりですね。基本的に作者が言っているようにNo.5はドタバタ劇だそうなので多分これでいいんでしょうけれど。ニヤニヤと言えばグレイちゃんが酷い目に遭っておりますが、人間に近い感性を持っているのだとすれば壮絶に羞恥プレイですよね、お嫁もといお婿に行けなくなります。案外お嫁でも合っているかもしれませんね。
セリナとレン君の会話は修正前から大幅に増量されているのですが、セリナのレン君に対する気持ちとそれに付随するキョウカに関する複雑な想いが詳細になったのはともかく、ボリュームが増えるに従ってレン君の馬鹿さと鈍さが90%増し位になっているのがなんともいえません。微妙に妄想癖というかまぁとにかくヘタレでにぶちんですよね、どれだけ作者は男を馬鹿だと想っているのでしょうね。いえ、勿論それはそれで萌えるというか気色悪いほど顔がにやけるんですけれども。私もバカっぽい子が好きなのでまぁ其処は仕方がないのです。レン君が可愛いのがいけないんです。と、あんまり褒めてばっかりいると作者が調子にお乗りになってしまわれるのでこうした方がいいんじゃないかなーと意見をいくつか。肌を重ねるシーンがどうしても薄く感じてしまうのは単に私が濃い味付けが好きだからという訳ではないよね。それは確かに貴方の作品はそっちにあまり比重を置いてないというか物語部分の方が大事なのは重々承知してるけどもうちょっと何とかならないかなー。前よりは増したとはいっても、ねぇ? キス→押し倒す→弄る→入れる→出すの本番部分も少しは何とかならなかったのかと考えちゃいます。我慢の関係でレン君が早漏じみてるのはまだしも、いや勿論その前後のもどかしさとか髪撫でつつの告白とかも萌えるんですけど、ねぇw?それから甲羅でおおわれているお腹が"ぽっこりしている"という表現はちょっと引っかかったかな。"リードはそれから5分ほどかけてキョウカに一般的なシャワーの使い方を説明したのでした。その間グレイが5回クシャミをしていました。"の文の繋ぎも少し直した方がいいかもしれないね、何か違和感があるからグレイはその間にも五回ほどクシャミをしていましたが~って感じに変えるとかね。"ああ、本当だ主人に対する誓いとして言ってもいい"も途中でもう一つ句読点があった方がいいかな、こう雪崩れるようにセリナにレンが言葉を投げかけてるのだとしてもやっぱり引っかかるし。それからレン君とのキス。どうやったの?鼻面から、つまり真正面からだったのかな。リザードンの口の開き方だったら"塞がれる"事は無いと想うんだけど。それから八年も一緒にいたのにパンツについて"確かパンツというやつだ"は無いんじゃないかなーと。舌つついた後→舌でつついた後、だね。誤字が結構多いのは急いでたからどうしようもないとはいえ、もうちょっと、ね。"私の「男」に対するイメージが集約されているので、そのあたりも見た頂けたらなと思います"と、後書きまで誤字ってるのはねw
最後になりましたが、一読者の意見としてこれからも作者には執筆の方頑張って頂きたいものです、出来るならばあまりNo.6を出すのが遅くなりすぎないように。それはもう絶大にこれからの展開やあれやこれやに私も期待しているので、とプレッシャーをかけておきますが作者ならばそれを乗り越えて糧として成長出来るでしょう。とまぁ微妙にいい話っぽく締めさせていただきます。」
というわけで、今回も私の世界にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。投稿のペースがガクンと落ちてしまっていますが、生きている限りは書き続けますので、今後ともよろしくお願いいたします。それでは次回にまたお会いしましょう。
以上、亀の万年堂でした
何かあったら投下どうぞ。
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