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ルギアの心第1話 - ようこそセント・クリストへ!

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ルギアの心第1話 - ようこそセント・クリストへ! 


作・雪猫 ?

書き直しました。
修正前を読んでくださった方申し訳ございません。

軽い流血表現(頭から血を流す程度)があります。

登場人物についてはルギアの心 - 設定資料をご覧ください。

ルギアの心 - プロローグ


Lugia's Heart - 1st - ようこそセント・クリストへ!

1-1

アスカは腕を組みながら三匹のポケモンを目の前に座らせて説教していた。
それは、学校で教師が生徒を廊下に正座させて反省させるかの様に、母親が悪戯をした子供を叱っているかの様に見えた。
何故これだけ怒っているかというと、あれだけ食べてはいけないと言った木の実を三匹はつまみ食いしてしまったからだ。
それは今に始まった事ではなく、この三匹が家にやって来て二段階目へ進化した時から毎月の様につまみ食いをしてはアスカに怒られている。
もうこれで何度目か……初めの内は「これで二度目」「これで三度目」と数えていたが、余りにも回数が多くなってきたのでアスカは数えるのをやめていた。

「ごめんなさい……」と、フシギソウのフォーラは素直に謝った。
彼は悪いことをしたらきちんと謝ってくる。そもそもフォーラは、このような事をするポケモンでないとアスカは分かっていた。
レックスがキッチンに侵入し勝手に木の実を食べると、フォーラは「アスカに怒られるから止めよう」とレックスを止める。
そんなフォーラを見てレックスが「美味しいからフォーラも食べろよ」と木の実を差し出してくるので、木の実の匂いと空腹に負けてつい食べてしまうのである。
木の実を食べている時は幸せなのだが、「悪い事をしてしまった」「誘惑に負けてしまった」と自己嫌悪に陥ることもしばしばである。

「とられる所に置いておくのがダメなんだぜ~。アスカはまだまだだな」と、リザードのレックスは全く反省していない口調で言った。
レックスの口からは、一言目には絶対に謝罪の言葉は出てこない。「やられる方が悪い」と自分のやった事は棚に上げ、相手を非難するのである。
盗人猛々しいというのは正にこの事であり、アスカの悩みの種だった。
ヒトカゲの頃から人に迷惑をかける事が好きだったレックスだったが、リザードになってからはそれが顕著に表れるようになった。

「レックスは余計なこと言うから……」と、そんなレックスを見てカメールのアリアスは「やれやれ」と言う目をしながらレックスを見ていた。
アリアスは自分にとってマイナスになる様な事は一切しない。
お腹が空いたら「木の実を食べていい?」と聞いてくるし、「駄目」と言ったら「分かった」と言い返し何処かへ行ってしまう。
だから三匹の中でもアスカに怒られた回数は一番少ないのだが、今回はアリアスも空腹に負けて木の実を食べてしまったようである。

「素直に謝ればいいのに」と言いながらアリアスはアスカの方を向くと、何か怖いものでも見たように怯えながら、小さい声で「ゴメンナサイ……」と呟き、アスカから視線を外した。
そんなアリアスを不思議そうにレックスは見ていた。
何があったとアスカの方を向くと、レックスは『れいとうビーム』が当たったかのように凍りついてしまった。

「レックス……全然反省していないようね……」
アスカは顔は笑っていたが明らかに怒っていた。その表情の裏には何か殺気の様な物が感じられ、背中からはドス黒いオーラが漂っていた。
レックスは野生のカンとも言うべき第六感でそれを感じ取り「ちょっと……アスカさん?目が怖いデスヨ……?」と引き攣った顔で言うが、その言葉はアスカには届いていなかった。
このままでは命が危ない。そう思うや否やレックスはダイニングから廊下へと続く扉目がけて『でんこうせっか』の如く逃げた。
しかし、光の速さを超えた速さで伸びてきたアスカのその右手は、無情にもレックスの後頭部を捉えて鷲掴みにする。
捕まっても尚レックスは手足をじたばたさせて逃げようとしていた。

「だから言わんこっちゃない……」
アリアスは「あーあー、やっちゃったなこいつ」という目でレックスを見ながら言う。
アスカとレックスのイザコザ(9割9分はレックスが原因)は最早、クリスタ家での名物行事となっている。
アリアスは何時も、レックスが逃げ延びるかアスカがレックスを捕まえるか一人で賭けをしているが、アスカの連戦連勝であるため賭けにはならない。

アスカは両手でレックスの頭を押さえ、ぐるりと回転させて、レックスの視点を自分に向けさせる。
さっきまで笑っていたその表情は既に笑っておらず、それは鬼の形相と形容するのが最も適切だろう。

「レックス!あんたは1週間裏庭の草むしりする事!一通り終わるまでおやつとご飯は当分お預け!分かった?」
ハブネークの『へびにらみ』に匹敵するアスカの目を見て、レックスは涙目になっていた。
両手で押さえられた頭部は解放され、アスカは頭から湯気を出しながらリビングへと向かって行った。

「えぇぇぇぇっ殺生なぁぁぁぁぁ……裏庭広すぎなんだよぉぉぉぉ~~~」
悲鳴が聞こえてくる。レックスは膝をついて頭を抱えて泣いていた。
『悩めるリザードの図』の完成だ。
何故ここまで悲観するのかと言うと、この家の裏庭は一般家庭のそれを遙かに凌ぐ広さなのである。
普段は草刈り機で手入れしている裏庭を手動でやるとなると、それはかなりの重労働である。

「アスカ……」
フォーラはアスカの豹変具合に恐怖を覚えていた。足はがくがくと震え、眼には涙を浮かべていた。
フォーラは心から「素直に謝って良かった」思った。そして二度とアスカには逆らわないようにと心に決めた。

「うっぐ……ひっく……」
レックスは泣きながらダイニングを出ると、裏庭へと向かって行った。

「おおこわいこわい……」
アリアスはレックスに向って合掌していた。

アスカはリビングにあるソファーに腰を落とす。ポケモン達と一緒に座る時はとても狭く感じるが、一人だととても広く感じた。
「少し怒りすぎたかな」とため息を付くが、余り甘やかしてもレックスの為にはならないと心を鬼にすることにした。

テレビを点ける。この時間はワイドショーをやっているテレビ局が多い。適当にチャンネルを変えるが、どの番組も昨夜に発生した異常気象について特集が組まれていた。

ある番組では、大学の教授やら気象の専門家やらを呼んで討論をしていた。
大学の教授がああ言えば、専門家はこう言う。専門家がああ言えば、大学の教授はこう言う。
あーだこーだと言い合い、更には相手に対する罵詈雑言が飛び交うようになる。
終いには『宇宙人説』なんてのも出てきたが「現実的ではない」と直ぐに却下される。
暖簾に腕押しのこんな状態では建設的な議論は全くされず、この様な状態では出る結論も出ないだろうとアスカは思った。

別の番組では、『占い師が暴く、異常気象の真実!』と番組タイトルが画面右上に掲げられており、自称占い師が紫色のテーブルクロスの上に置かれた水晶をじぃっと見つめていた。
そしてくわっと目を見開き「これは神の呪じゃ……この星は近いうちに消滅するであろう!キエエエエエ――――――――――――――――――――――――――――!」と叫ぶと、急に倒れてしまった。
これは後で分かった事で、この占い師は急に叫んだ事で貧血になったという何とも間抜けな話なのだが、視聴者を釘付けにしたのは確かであろう。

アスカは他のテレビ局にチャンネルを変えた。このニュース番組は異常気象についてはやっていなかった。
内容はセント・クリストで謎の集団が暗躍している……というものだった。近頃街の公共施設に不法侵入されるという事件が発生していて、その犯人が謎の集団……という事らしい。
まだどの様な組織かは分かっていないみたいだった。そして話題はやはり、昨夜の異常気象へと移る。

ここまで話題になるほど異常気象は“異常”だった。何せ瞬間的に局地的に発生したその雨雲は台風の如く渦を巻き暴風雨を散らす。
そんなものが数分と経たずに奇麗さっぱり何事も無かったかのように消える。
こんな事があっては誰だって興味をそそられるし、何故発生したのか調べたくもなるだろう。
ただ、アスカはこれといって興味を示さなかった。

テレビを消し、ソファーがら立ち上がる。

「ティアー、ティアー、いるー?」
家中に響く声でラティアスのティアを呼んだ。

「庭にいますー」
外の方から声がした。

「わかったー」
そう言うとアスカは玄関を出て庭へ向かう。庭には木の実が生る木がずらりと植えてあった。
この木の実はポケモンが食べると体力が回復したり状態異常が治ったり、逆に状態異常にかかってしまう木の実もある。
ティアはその木に水をやっていた。右手には園芸用の散水ホースが握られ、左手には収穫した木の実が入った籠を持っていた。

「どうしたんですか?」
ティアは一旦水を止めて、アスカの方を向いて聞いた。

「ちょっと買い物に行くんだけど、荷物持つの手伝ってくれないかな?1週間分買い込む予定だから」
アスカは両手を合わせ、少し腰を曲げてお願いした。

「わかりました。水やり終わったら行きますね」
「ありがとうー助かるよ!」
アスカは思わずティアの首元に抱きついた。そんなアスカを見てティアは、
「ふふ。その代り、帰ってきたら木の手入れ手伝ってくださいね」
と交換条件を出してきた。

「OK!任せておいて!」
アスカは親指を立ててそれを突き出し、ティアに向けた。これで契約は成立である。

「じゃ、玄関で待ってるからね」
そう言うとアスカは一旦家の中に戻る。リビングにある戸棚から大き目の買い物袋1つと小さい買い物袋を2つ。次に財布を出し中身を確認する。「よし!」と言うと玄関へ向かった。後はティアが来るのを待つだけだ。

まだティアが来そうに無いので、言いつけ通りレックスが草むしりをしているか見てみようと裏庭へと向かう。ちゃんと真面目に草むしりをしているレックスがいて、そんなレックスをフォーラとアリアスが手伝っている。三人は何やら話していた。

「お前等は別にやらなくてもいいだろ」
「まぁ、そうだけどさ。僕達だってつまみ食いしちゃったからね。レックス一匹だけってのもね……」
「そうだね。でもレックスも一言多いんだよ。大体君は素直じゃないんだよね。素直に謝ればアスカだって許してくれただろうし、そうすればこんな事しなくても済んだだろうし」
「ああ、そうだよな……ごめん」
「謝ることないって!さぁ、終わらせようよ!三匹でやればすぐだよ!ね?」
フォーラは一匹だけ草むしりの刑になったレックスを手伝いに来たようだ。
一匹寂しく草むしりを黙々とやっているレックスを見て、見るに耐えなかったのだろう。
アリアスは「フォーラがやるなら……まぁ、自分もやるか」的なスタンスで来た様だ。
余り面倒臭い事は好きではないアリアスは部屋でごろごろとしていたかったのだが、今回ばかりは「自分は無関係」とは言えなかったので手伝いに来たのだろう。
そんな二匹を見てレックスは少し照れた様子で「ありがとう……フォーラ、アリアス」と言った。

「ま、今回はこれ位で許してやるか」
そんな三匹のやり取りを見ていたアスカは、手伝いに来た二匹に免じてレックスを許してあげる事にした。そして玄関へと戻る。

「お待たせしました」
ティアがやってきたので買い物に向かう事にした。

家を出て通りに向かう。路面電車の停留所で暫く待つと下りの電車が来た。
路面電車に揺られること5分。七つ目の停留所『サンライズ・ストリート』で降りる。
路面電車が走る通りと交差するサンライズ大通りは、その名の通り『日の出』が見える街の東側中心を通っており、日曜になると住宅が集中する通りの更に東側には市場が並び活気立つのだ。
市場が出ている時間は歩行者天国となり、車が進入することは出来なくなる。

「よし、ティア!気合入れて買い物するよ!」
そう言うとアスカは人ごみの中へと入っていく。ティアはアスカから離れないように後ろから付いていく。
道路脇には沢山のテントが並んでいた。果物・野菜・魚・肉・木の実・調味料等々、ここに来れば大抵の物は揃う。
店の彼方此方でお客の呼び込みをする声が聞こえており、お客と店主とで値切り交渉をしているその風景は、日曜市だからこその光景なのだろう。
今は夕方の書き入れ時。夕食の時間という事も相まって、市場は人でごった返している。屋台も出ていて、そこで夕食を済ませる者も多い。

何件かお店を回る。
野菜を買い、肉を買い、魚を買い、足りなくなった調味料を買う。
お肉屋さんとは昔から仲が良いのでお肉を少しサービスして貰った。
必要なものは揃ったし、既にアスカとティアの両手は買い物袋で塞がっていたが、まだ少し時間に余裕があったので近くにあった果物店に寄ることにした。

(どれどれ~……んー……リンゴとミカンが安い……スイカ……は買っても持ち帰れそうに無いな……)
軒先に並んだ様々な果物を吟味していると、誰かが話しかけてきた。

「すみません、そこのお嬢さん」
「あ、はい。私ですか?」
今この果物店には私とティアと店主のおじさんしかいないので「お嬢さん」と言われたらアスカの事になるのだが、つい聞き返してしまった。
振り向きざまに見たその女性は容姿端麗と言うべきか眉目秀麗と言うべきか。
白いワンピースを纏い、白いストローハットをかぶっていて、長い長い髪は腰のあたりまで届いていた。
その姿はとても眩しく美しかった。アスカはその女性についつい見とれてしまった。

「道を尋ねたいのですが……」
ふと、我に返る。女性は困っている様だったので「いいですよ」とアスカは返事をする。

「ホテル『ヴァラスティア』はどこにあるのでしょうか?」
きっとこの女性はこの街に初めて来たのだろうとアスカは思った。
ホテル『ヴァラスティア』はセント・クリストでは一番有名な高級ホテルであり、北側の部屋からは海が見え南側の部屋からはグレートスピール山が見える人気のホテルだからだ。
最近ではホテルの前後左右にビルが建ってしまい、山や海が見える部屋は極一部だけになってしまった為利用客からクレームが来るようになったので、別の場所に新たにホテルを建設中らしい。

「ホテル『ヴァラスティア』ですね。えぇっと、今いるこの通りがサンライズ大通りでして、この道を西に行きますとセントラル大通りと交差する大きなロータリーがあります」
アスカは西の方を向いて指をさし、説明した。それを聞きながら「ふむふむ」と女性が相槌を打った。

「そのロータリーを越えますと、そこから先はサンセット大通りになりまして、二つ目の交差点の角ですね」
大体の説明が終わる。

この街の主な通りは碁盤の目状になっていて、その中でも大通りは街を十字に切るように敷かれている。
南北に貫く『セントラル大通り』と東側へ向かう『サンライズ大通り』、西側へ向かう『サンセット大通り』とそれらが交差する街の中心には大きなロータリーがある。
この三つの大通り、特にセントラル大通りは街の大動脈で常に車が行き交っている。

「なるほど……」と女性が西の方を向き、言う。

アスカは女性の方を向きさらに付け加える。
「簡単に言いますと、この道を真っ直ぐ西へ行けば左手に見えてきますよ。少し遠いですが」
少し……ではなく、実際はかなり遠い。歩くと一時間は確実にかかる。

「教えて下さってありがとう。優しいお嬢さんで助かったわ」
女性はアスカの方を見てにこりと笑う。

「いえいえそんな」
アスカは思わず照れ笑いをしてしまう。こんな女性に褒められたら誰だって嬉しくなるものだ。

「良かったらお名前教えてもらってもよろしいかしら?」
女性は名前を聞いてきた。こうやって親切な人の名前を聞いてくるのはよくある事だ。
以前にも何度か同じような状況にあった事があるアスカは、名前を聞いてくる事に関してはそれほど気にしなかった。

「私はアスカ、アスカ=クリスタです」
「アスカさんですか。私はスカーレットと申します」
お互い自己紹介をし、握手する。

「それでは」
スカーレットと名乗った女性が帰ろうとしたとき、アスカは女性を呼びとめた。

「あ、そうだ、スカーレットさん。この街は初めてですよね?」
「ええ、そうですが?」
女性は不思議そうにアスカを見ている。

「ようこそ、セント・クリストへ!」
「ありがとう」
アスカは歓迎の挨拶をした。スカーレットと名乗った女性は笑顔で礼を言うと、ホテルの方向へと向かって行った。

暫く女性の後ろ姿を見ていると、ティアが何やら難しい顔をしながら話しかけてきた。
「アスカ……今の女の人、何か変でしたよ。仮面をかぶっている様な、裏の顔がありそうな……」

ティアが言うには、スカーレットと名乗った女性には裏の顔がある、と。
奇麗な容姿はさながら“表向き”と言ったところで、その後ろには何か黒い物が見えたらしい。
アスカは女性と話している時は何も感じなかったが、ティアは女性の裏の部分を感じ取ったらしい。
こう見えてもティアはドラゴン・エスパータイプなので、精神感応は本物のエスパータイプのそれには及ばないものの、ある程度は読み取る事ができる。
そんなティアが言うのだから間違いは無いのだろう。

「そう?私はよく分からなかったけど」
アスカが切り返す。

「それにスカーレットって名前、恐らく偽名です」
「ぎ、偽名?」
偽名と言う言葉にアスカは目を丸くして驚いた。
偽名を使わないといけない、何か理由(わけ)があるのだろうか?

「それと、アスカの事を探っているみたいでしたよ」
更にアスカは驚く。自分の事を探って何になるのか、と疑問に思った。
ふと、一つ思い当たる節が見つかる。「まさか……」とは思ったが、自分の身辺を嗅ぎまわってるとなると、それしか思い浮かばなかった。
それでも探っている理由が分からなかった。アスカは暫く考えていたが、それを口に出すことはなかった。

夕焼けがセント・クリストを照らす。

「買い物も終わったし、取り敢えず今日はもう帰ろうか。後は家に帰ってからゆっくり考えよう」
「そうですね」
そう言うと、アスカとティアは家へと向かった。



「アスカ……」
人ごみの中、スカーレットと名乗った女性はアスカの名前を口にしながら笑っていた。

「アスカ……アスカ=セイレス=クリスタ……」
その笑みは徐々に歪んでいく。

「……みぃつけた……」


1-2

セント・クリストの歴史はロマリア地方の中でも一番古く、歴史書に依れば千年以上前からこの街は存在していた様だ。
そんな街だからこそ街の歴史を語る古い書物が見つかったりする。
この街が発展し始めたのは、クリスタル鉱山が見つかってからである。
見つかったのが百年前と歴史書には書かれてあったので、この街の歴史からいえば『つい最近』の出来事なのである。

そんな書物等を管理・保存・展示するために作られたのが『セント・クリスト中央図書・歴史博物館』である。
名前の通り図書館と歴史博物館が一体となったこの建物は、一階から三階までは歴史博物館、四階から十二階までが図書館になっている。
この建物の隣には大学があり、一階の渡り廊下で繋がっている事もあってか、平日には沢山の学生が図書館にやってくる。
各階に設けられた読書スペースは常に学生で埋まっていて、本を読む者もいればノートを開いて課題をこなしている者、開いた本を顔に乗せて夢の中へと行く者と様々である。

「おーい、ティオ、ちょっとこっち手伝ってくれないか?」
アスカの父親であるフレインは、ここで館長をしている。
前任の館長はフレインの父親、アスカの祖父であった。そういう事もあってか、市長や街の皆から推薦されて館長になった。
フレインは断る理由は無かったし、元々自分から父親の後を引き継ぎたいと思っていたので好都合だった。

「わかりました、フレイン様」
フレインに呼ばれてラティオスのティオがやってきた。ティオはティアの兄である。
ティア・ティオという名前は、アスカが小さい頃「ラティアス」「ラティオス」とうまく言えず、二匹の事をそう呼んでいたから。
何時しかそれが二匹の名前になっていったが、それに対しては二匹共不満は無い様だった。

カーテンが閉められた薄暗く広い部屋。『十階・第二書庫』と掲げられたその部屋には沢山の本棚が並べられており、数千冊の本が奇麗に整理されている。
蔵書数が多くなり地下の書庫では賄いきれなくなったので、急遽ここに書庫を作ったのである。フレインは部屋の片隅に置いてある大きな金庫から何かを取り出した。

「この書類をここから移動したいんだ」
そう言うと、段ボールに書類が纏められたファイルを入れていく。

「これは……例の……」
「そうだ」
ティオは、それが何なのか分かっていた。
金庫から全て段ボールへと取りだすと、それをティオに持たせた。フレインは「付いて来い」と言うように歩きだす。ティオは後ろから付いて行く。

「どちらに持っていかれるんですか?」
ティオは率直な疑問を聞く。

「地下金庫だ。そこに保管することにした」
フレインは前を向いたままティオに言った。

「ではやはり……」
「うむ……あれを狙っている奴がいるみたいだ。最近やたらと嗅ぎまわってるらしいからな。念には念を……だ」
先日市長から電話があった。「何者かが例のものを狙っている」と。

「確かに書庫の警備システムだけでは不安ですね」
ティオが呟く。二人は十階の書庫を出て、廊下に出る。

フレインはエレベーターを使わずに、階段を使って下りていく。ティオもそれに続く。
ティオが、どうしてエレベーターを使わないのですか?と聞く。
フレインは、エレベーターが止められる可能性も無い訳では無い、と言う。
これも「念には念を……なのか」と、ティオは思った。

階段を降りながら、フレインはすれ違う大学生と会釈を交わしていた。
フレインの事を知っている学生は多い様で、時々話しかけられたりもした。その様子をティオは後ろで見ていた。
一階に着くと事務室に入って行く。
事務室の奥には、入口からは用具箱が死角となって見えない『地下書庫』と書かれた扉がある。その扉の先は地下階で、関係者しか入れない様になっている。
フレインは自分の机から鍵を取り出すと、扉の先へと入って行った。

「この事をアスカは知っているのですか?」
「知らない……いや、知らせない方が良いだろう……何も知らない方がいい時もある」
フレインは前を見ながら言う。
ティオは、
「そうですか……でも何時か知る時が来るような気がします」
と、何かを感じたように言う。
「その時はその時だ」
フレインは尚も前を見ながら言った。

地下3階まである書庫の更に下、地下5階に着くと目の前にずっしりとした金属の扉が見えてきた。
フレインは不適材不適所とも言えるその扉の前に立つ。
生体認証で本人確認をする。
網膜、声紋、手の静脈。
機械がフレイン本人だと確認すると、ブザーを鳴らしながら大きな音を立てて扉は開く。
扉の先には階段があった。

それにしても、よくこんな物作りましたね……と、その作りに改めて感心して、ティオは言う。
フレインは、元々ここは銀行だったからそれをそのまま使ってるだけだ……と、説明した。
ティオは、ここが元銀行だという事を初めて知った。確かに、銀行だったらこの様な金庫はあるだろうな……と、ティオは納得した。

二人は更に階段を下りていく。入ってきた扉が自動で閉まる。開けっ放しだと誰かが勝手に入って来る可能性があるので、勝手に閉まるようになっているのだ。
ひんやりとした空気が1人と1匹を包み込む。

「さて、着いたぞ」
「ここに入るのは久しぶりですね」

部屋に入り、電気をつける。図書館や歴史博物館の地下とは思えないような光景が広がる。
地下奥深くあるその部屋は元銀行という事もあって、鉄格子で区切られた部屋がいくつもあった。
その中には重要な文献や歴史上重要な書物等が保存されている。さながら監獄の様だった。
銀行時代にはここに沢山の紙幣が保存されていたのだろうな……とティオは見渡しながら思った。

「ここに置いておけば大丈夫だろう。あの扉もそうそう破られまい」
自信たっぷりにフレインが言うが、ティオは
「初めからここに置いておけば良かったのでは?」
と切り返した。
「身も蓋もない事言うなよ……一応考えがあって十階の書庫に置いたんだから……」
と、ティオを見ながら言った。

フレインは、部屋の中央にあったテーブルの上に書類が入った箱を置くと、
「さて、そろそろ閉館の時間か。今日はすぐ帰るか」
と言って金庫室から出て行こうとした。

「そうですね。早く帰らないとアスカにまた怒られてしまいます」
と、ティオが付いて来ながら言う。

「そうだったそうだった……」
最近帰るのが遅い!と、アスカに怒られたばかりなのだ。

地下金庫を出てフレインとティオは事務室へ戻る。
後は閉館後、館内の戸締りを確認するだけだ。

今はもう20時。

『後三十分で閉館のお時間です。お帰りの際はお忘れ物の無いようご注意ください……』

電子放送が館内に流れた。


1-3

時計塔の針が十三時を指す。

「グランディ教授、お客様がお見えになっています」

助手が扉を半分開けて顔を覗かせながら言う。
それに返す様に、大会社の社長が座る様な大きいリクライニングシートに座りながら教授は言った。

「おお、もうそんな時間か。通したまえ」

ここは『ランディール大学』
セント・クリストの北東部に位置するロマリア最大の大学だ。
商業・工業・芸術など、ありとあらゆる学部があるこの大学は、ロマリアのみならず世界中から学生が学びに来ている。

また、ポケモンも入学を許可されているのでポケモンの学生も数多い。
最近ではサーナイトの学生が発表した論文がニュースになったりしていた。
その内容はディアルガ・パルキア・ギラティナについてだそうだが、一般人には専門用語が呪文のように聞こえて、何を言っているのかさっぱり理解出来なかったようだ。

隣には『セント・クリスト中央図書・歴史博物館』が建っており、一階の渡り廊下で繋がっている。

扉をノックする音が教授室と廊下に響く。
教授が「どうぞ」と言うと、一人の女性が教授室に入っていった。
教授室の扉には『Grandy=F=Neumann』と掲げられていた。

「おお、君かね、私に会いたいと言っておったのは」
「はい。少しお聞きしたい事がありまして。お忙しい所お邪魔してすみません」

女性は一礼すると椅子に座り、持っていたブリーフケースを横に置いた。

「ほっほ。そうかそうか。で、どのような用件で?」

教授が早速本題に入る。
雑談でもして場を和ませようと思っていたのだが、女性の雰囲気から早く話を進めた方がいいと思ったからだ。

「私はこの街の歴史について研究していています。中央図書・歴史博物館で過去の文献や新聞記事等探していたのですが、どうやっても六十年前の記録だけが見つからないのです。書庫を調べてもらっても見つからず……。この街の歴史について研究している教授なら、何か知っているのではないかと思い訪ねたわけです」

女性はそう言うと、ブリーフケースから何やら資料を取り出した。
そこには新聞記事や当時の文献などがコピーされていたが、六十年前の部分だけ空白になっている。
よくもここまで調べ上げたなと、教授は感心していた。
資料の中には、世間では余り知られていない事まで調べられていたからだ。

「六十年前……のぉ……」

何かを思い出すように教授は椅子から立ち上がる。
後ろ手に手を組み、窓の外を眺めながら話し始めた。
先ほどまでにこやかだった表情は真面目になる。

「調べておったのなら分かっていると思うが、六十年前ある事情でグラン=クォーツ鉱山が閉山した。それと同じ年に条約が結ばれ、それ以来鉱山には誰も入れなくなったのじゃ……」
「知っています。クリスタルの採掘を禁止する条約ですよね。その頃にはクリスタルは殆ど無くなっていたとか」
「そうじゃ。わしも直接見たわけじゃないが、掘り尽くされていたようじゃったな」

六十年前、当時の市長がグラン=クォーツ鉱山を閉山すると宣言した。
理由は鉱山資源の枯渇。

物凄い速さで採掘された為か、発見された時には大量にあったクリスタルが四十年で殆ど無くなっていたのである。
当初の見込みでは向こう百二十年は持つと言われただけに、市民のショックは大きかったらしい。
稀少になったクリスタルを守るために採掘禁止の条約が結ばれて、それ以降は誰も入ることは許されなくなった。

というのが、一般的に知られている六十年前の事である。

「それで、その『ある事情』とは何でしょうか?」

女性は、その『ある事情』が知りたい様だった。
身を乗り出して聞いてくる。
教授は自身の鬚を触りながら暫く外を眺め、女性の方を振り向いて言った。

「それは言えんのじゃよ」
「どうしてですか?」

女性が切り返す。
教授はまさか女性がここまで食いついてくるとは思っていなかった。
沈黙した後教授が話す。

「正確に言うと、わしも詳しいことは知らん。わしも以前調べたことがあったのじゃが、市長に怒られてしまっての」

そう言うと、教授は机の引き出しから1枚の書類を出した。
それは市長の名前で『今後一切の研究を禁止する』と書かれていた警告書だった。

以前自分も六十年前の事について我武者羅に調べていた。彼女と同じで、どうしても記録が見つからなかったから。
研究者としては何としても真実を知りたかった。だから教授は何か知っているであろう市長の元を訪ねたのである。
そこで渡されたのは六十年前の資料ではなく警告書だった。
教授はそれ以降六十年前の事を調べるのを辞めた。

「どうやらそれを調べる事は、この街では禁止されているようじゃな。どうしても知られたくないらしい」

再び教授が窓の方を向く。
今は休憩時間の様で、窓からは思い思いに休む学生の姿が見えていた。

「そうですか……」

これ以上何も得られないと思った女性は帰ろうと思い立ち上がろうとしたが
「ただ……」
「ただ……?」
教授が話し始めたので女性は立ち上がるのを止めた。

「中央図書・歴史博物館に、それについて書かれた書類が保管してあると聞いたことがあっての」
「中央図書・歴史博物館ですか……」
女性は右手で顎を触り、何か考えていた。

「わしもフレインに見せて欲しいと頼んだが、そんな物はないと言われてしまっての。ほっほっほ」
教授は苦笑いをしていた。

風の噂で聞いた、「とある文書が中央図書・歴史博物館」にある、と。
調べていくう内に、六十年前の事を知る人物と会う事ができ、何とか情報を聞き出した。
その噂は本当の事だと確信し、教授がフレインの元を訪ねたが門前払いを食らってしまったのである。

「フレイン……さんですか、その方は今どこに?」
「ん?会いに行くのか?行っても無駄だと思うぞ?」
と、止めるように言うが、
「会うだけ会ってみたいのです」
と女性は言う。

女性はどうしても六十年前について知りたい様だった。
教授もまさかここまで食い下がるとは思っていなかった様だ。

「フレインは中央図書・歴史博物館で館長をやっておる。受付で『フレイン=クリスタ』に会いたいと言えば恐らく会わしてくれよう……」
「(フレイン=クリスタ……成程……)情報ありがとうございます」

教授は椅子に座ると、椅子を回転させて窓の方を向いた。
女性はブリーフケースに書類を入れ、立ち上がった。

「最後に一つお聞きしてもよろしでしょうか?」
「ん?なんだね?」
「セイレス……について何か知っている事はありますか?」

教授は暫く沈黙して、話し出した。

「セイレス……詳しくは知らんのじゃが、六十年前に現れたという伝説のポケモンの事らしいのじゃ」
「伝説の……ポケモンですか……」
女性はまた右手で顎を触り、何か考えていた。
「それ以上はわしも分らんよ。ほっほっほ」
教授は自分にはもうお手上げと言わんばかりに言った。

13時20分
大学内に予鈴が響く。
その音を聞いて生徒たちが教室に戻っていく。どうやら午後の講義が始まるようだ。

「そうですか……。本日はどうも有難うございました」
「いやいや、礼には及ばんて……おろ?」

教授が後ろを振り返るとそこにはもう既に女性の姿はなかった。

「そういえば、名前をまだ聞いていなかったの……」
「教授、講義の時間ですよ」
「そうじゃったそうじゃった」

教授は講堂へと向かった。


1-4

「遅い……遅い遅い遅い!」
昨日あれだけ早く帰ってきてと念を押したのに、フレインは家に帰ってきていなかった。
それだけではない。何時もは二十二時になる前には帰ってくるはずなのに、今日はやけに遅い。
アスカはふと時計を見る。時刻は二十三時時五十分。もう明日になりそうだ。

「今日……お父さんの誕生日なのに……」
目の前には豪華な料理。
歳の数だけロウソクをさしたケーキ。

「はぁ……」
アスカは深くため息をつく。

フォーラとレックスとアリアスはもう寝てしまった。
お腹空いたとレックスがうるさかったので先にご飯を食べさせてあげた。
食べたら食べたでお腹がふくれて睡魔に襲われた様だ。
ティアは起きていてくれてたが、さすがに我慢できなくなったのか遂に寝てしまった。

「お父さんのバカ……」
ケーキに蓋をし、料理にラップをする。
もう諦めて寝ようとしたとき、電話が鳴った。

『もしもし、クリスタさんのお宅ですか?』
聞きなれない声が聞こえてくる。

『はい、そうですが……』
『フレインさんが図書館で倒れてるところを警備員が発見しました。現在病院で治療を受けています。直ぐにクリスト東病院まで来てください!』
『え、お父さんが!?』

アスカは一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

『それと、お連れのポケモンも一匹運ばれています』
『ティオも……?』

ティオも運ばれている?これは唯事ではない。
アスカはそう思った。

『兎に角来てもらえますか?』
『わかりました、すぐに向かいます』

そう言うと、勢いよく受話器を置いた。

急いで病院に向かう。
どうか、無事でいて……とアスカは祈る。
家には「お父さんとティオが東病院に運ばれたので行ってきます」と書置きを残しておいた。
アスカは小雨降る暗闇の中、傘も差さずに走っていた。

クリスト東病院に着くと受付で病室を聞いた。

「お父さん!」

勢いよく病室に入って行った。
周りにいる看護師たちはその勢いに驚いている様だった。
ベッドに横たわる父親の姿を見て、アスカは絶句する。

「あぁ、アスカか……すまんな……こんなになってしまった……」

弱々しい声でアスカに話しかけるフレイン。
フレインは全身の到る所に包帯が巻かれていて、痛々しかった。

突然アスカがフレインの腕をつかみながら、
「どうしたの?何があったの?ねぇ、ねぇ?」
と叫ぶ。

「落ち着いてください!」
興奮状態になっていたアスカはドクターに止められて、少し冷静になった。
そしてベッドから少し離れる。

アスカはフレインを見つめ、フレインはアスカを見つめていた。
暫くして、フレインは何があったか話し出した。

――――――――――――

夕方の中央図書・歴史博物館。
一階の受付に一人の女性が立っていた。

「すみません、フレイン=クリスタさんにお会いしたいのですが」
その女性は髪が長く、腰の辺りまで延びていた。

「失礼ですが、どちらさまでしょうか?」
受付嬢が事務的な質問をする。

(わたくし)スカーレットと申します。ランディール大学のグランディ教授に教えられて来たのですが……」
「少々お待ちください」

そう言うと、受付嬢が事務室の方へと入って行った。
暫くして、一人の男性が現れた。

「ええと、どちらさまでしょうか?」
「スカーレットと申します。……初めまして……フレイン=セイレス=クリスタさん……」

スカーレットと名乗った女性は、にこやかに挨拶した。
普通の人であればそれは何も変哲もない唯の挨拶だが、フレインは違った。
フレインが一瞬動きを止める。
そしてスカーレットと名乗った女性を睨みつける。

「お前……何者だ。何故その名前を知っている」
フレインは普段ミドルネームまでは絶対に名乗らない。
だから、何故自分のフルネームを知っているのか聞いてみた。
「どうしてでしょうかね……」
女性がおどける。
「ふざけるんじゃない!」
館内中にフレインの声が響き渡る。

誰も不審に思う者が居ない。
フレインが周りを見渡すが、人の気配が無いのである。
いつもならこの時間は、まだ人が沢山いるはずなのに。

異変に気がついたティオがやってきた。

「フレイン様、どうしまし……ぐはっ……」
ティオの後ろには隠れていたハッサムがいた。ハッサムはティオにみねうちを放っていた。
ティオはその場に倒れ、気絶した。

「おい、ティオ!しっかりしろ!」
フレインはティオを抱きかかえるが、ティオはぐったりとしたまま起き上がらなかった。

「大人しく私の言う事聞きなさい。さもないと貴方の大事なお嬢さんの命がどうなるでしょうね?」
「くっ……娘を人質とは卑怯な……お前らの目的は何だ」
フレインには大体の予想はついていたが、敢えて聞いた。
「分かっているでしょう。オルガの報告書よ」

フレインの予想は半分当たった。
やはりこいつらは例の物を狙ってきた奴らだった。
しかし、予想外の事もあった。
その言葉を聞いてフレインは驚いた。

「な、何故その名前を知っている!」
その名前を知っているのは極僅かな人間しかいないからだ。

「市長を脅したらすんなり吐いてくれたわ。どのにあるかは知らなかったみたいだけど」

スカーレットと名乗った女性は、嬉しそうに子供のようにはしゃぎながら言う。
「でもね、ランディール大学に行ったらやさしい教授さんが教えてくれたわ。ここにあるって」
「グランディ教授には無いと言ったはずだが……」
「そんな見え見えの嘘、私に通じると思う?さぁオルガの報告書を早く出しなさい!」

先ほどまで笑っていた表情は一変して、フレインを睨みつける。

「今……ここには無い。地下の金庫に保存している」
フレインがそう言うと、そしてスカーレットと名乗った女性は
「そ、じゃ私をそこに案内しなさい」
と言い、ハッサムがハサミを向けてきた。

フレインとハッサムとスカーレットと名乗った女性が事務室に入って行った。

地下5階の金庫室入口。
目の前にずっしりとした金属の扉がある。
「この先に……オルガの報告書はある……」

そう言うと、フレインは金庫室の鍵をを開けた。
大きな音をたてて扉が開く。

「いよいよね……ふふ、こんなにわくわくするのは何年振りかしら!」
ハッサムとスカーレットと名乗った女性はドアの先に入って階段を下り始める。

(今だ……)

見計らったかのようにフレインはハッサムとスカーレットと名乗った女性を突き飛ばした。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ハッサムと女性は階段を勢いよく転がって行き、一番下まで落ちた。

(油断したのが運の尽きだ……今のうちに扉を閉めて、警察が来るのを待てば……)
扉の隣にあるパネルに手をかけようとしたその時、何者かに殴られ倒れてしまった。

「大丈夫ですか!ランジュ様!」
白装束を纏った仲間が数名やってきた。
どうやら悲鳴を聞いて駆けつけたのだろう。
フレインの後ろにはストライクが立っていた。

スカーレットと名乗った女性は、仲間に抱えられながら階段を上って来た。
そして、腕から足から頭から血を流しながらフレインの前に立った。

「……よくも……よくも私にこんな仕打ちを……」
「ユルセナイ……ユルセナイユルセナイユルセナイ!!!」
「徹底的に痛めつけてやりなさい!」



そこでフレインは意識を失った。



その後警備員がフレインを発見、救急車で運ばれて行った

――――――――――――――

アスカはフレインの話を聞いて、目に涙を浮かべていた。

「いやー、まさか……娘が人質になるなんて考えてもいなかったよ……大抵の奴は地下金庫に入れてるって予想するだろうからな……だからあえて10階の書庫に保存しておいたんだが……娘を引き合いに出されるとは……迂闊だったよ……地下金庫に入れても余り変わらなかったな……ははは……」

フレインはアスカを心配させまいと、無理やり笑っていた。
アスカにはそれが辛かった。

「アスカ……あいつらはグラン=クォーツ鉱山へ向かったはずだ……あそこには……誰も入れては……なら……ん……」

フレインはそう言うと、眼を閉じた。

「お父さん!?お父さん!」
アスカが駆け寄ろうとする。
「大丈夫です。薬が効いて眠っているだけです」
と、ドクターがアスカの肩を押さえながら言った。

ぞろぞろとドクターと看護師が病室から出ていく。
アスカは一人、父親を黙って見ていた。

突然病室を出たかと思うと、アスカはどこかへ走り去って行った。


1-5

「ランジュ様、準備が出来ました」
「よろしい」

静まり返った旧グラン=クォーツ鉱山の入り口。
頑なに閉ざされていたそのフェンスは破壊されていた。

ランジュの前には白装束で纏った団員が整列している。
月に照らされた白装束は、暗闇でもはっきりと分かった。

ランジュが団員たちに向けて話し出す。

「私たち『ホワイトノーズ』はこれからグラン=クォーツ鉱山へ入る。目標はただ一つ……」

団員達はごくりと唾をのむ。

「封印された『ルギアの悪しき心』だ」

ランジュは天を仰ぎながら言った。
「これがあればこの世界を手中に収めることができる……あぁ何て素晴らしい……」

辺りはランジュの声だけが聞こえていた。
ランジュは己の言葉に陶酔していた。

「そんな事させない……鉱山の中には誰一人入れさせない……」

暗闇の中、どこからともなく声が聞こえてくる。
団員達は声の主を探して四方八方を見ている。

突然、鉱山の入り口に“マントをかぶった誰か”が現れた。
“マントをかぶった誰か”はランジュを見ると驚いた顔をしていた。

「あなたは……スカーレット……さん……?」
「ふふ、やっと現れた様ね……」

“マントをかぶった誰か”はランジュと面識があるようだった。
ランジュも、相手の事はわかっているようだった。

「あなたが……」

“マントをかぶった誰か”の中に怒りがこみ上げてくる。

「あなたが父さんを……」

声が震えていた。
うっすらと見えるその顔は、涙に濡れていた。

「絶対許さない!」

“マントをかぶった誰か”はランジュと団員達を睨みつけて泣きながら叫んだ。

「ルギ……」

“マントをかぶった誰か”がルギアを呼ぼうとしたとき、何者かに後頭部を殴られ気絶してしまった。
後ろには鉄パイプを持った団員が立っていた。

「ごめんね、今ここで暴れられると困るのよ、お嬢さん……少し眠っててもらうわね……」

そう言うと倒れた“マントをかぶった誰か”の頬にキスをした。

「おやすみ……アスカ=セイレス=クリスタ……ふふ……」



ランジュはそう言うと鉱山の中へと消えていった。


ルギアの心第2話 - 地中の大迷宮へ続く


第一話あとがき
思い切って作りなおしてみました。
話の流れは変わっていませんが、会話を削った部分や色々追加した部分もあります。
テキストデータでは130行程増えました。

最後まで書いてから書き直すか迷ったのですが、それだとまた全部読みなおす必要が出てくると思ったので早めに作りなおしました。
これに対してご意見ありましたらコメント欄にお願いします。


感想や誤字脱字や意味不明な表現などありましたらこちらまでどうぞ。

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • はじめまして。コミカルと申します。

    適度に改行の隙間があってとても見やすいです。
    ドンマイだ、レックス。合掌。

    この作品は「ルギアの心」の第一話のようですね。
    それなら、ページ名にもそう表記したほうがいいかも知れないです。
    誰かの書いた新しい小説だと勘違いする人が増えてしまう気がするので……。
    先頭に書いてある「Lugia's Heart - 1st - ようこそセント・クリストへ!」
    をそのままページ名にしても良いかと。

    続きを楽しみにしております。頑張ってください。
    ――コミカル 2009-09-30 (水) 23:21:40
  • 期待して待ってます
    ―― 2009-10-01 (木) 00:41:37
  • 初めまして。スカーレットは何者なんでしょうね。
    続きが気になります。更新頑張ってください。
    ――サーナイト好き ? 2009-10-01 (木) 11:44:05
  • コミカルさん
    確かに分かりにくいですね。ページタイトル変更しました。
    英語表記はちょっとカッコつけて入れてみただけです……。

    ↑の名無しさん
    ご期待に添えるよう頑張ってみます。

    コメント有難うございました。
    ――雪猫 ? 2009-10-01 (木) 11:49:05
  • 更新速度が速くてうれしいです。続き、楽しみにしてます
    ――雪崩 ? 2009-10-01 (木) 19:33:54
  • サーナイト好きさん
    一話で正体わかりますよ
    一話は完成しましたので読んでくれると嬉しいです。
    ―― 2009-10-01 (木) 19:40:14
  • ↑の名無しは私です。
    名前入れ忘れましたorz

    雪崩さん
    流れは既に決まっていたので、それを元に書いてたらいつの間にか出来てました。
    ――雪猫 ? 2009-10-01 (木) 19:47:06
  • まさか窃盗団のトップとは…
    益々目が離せなくなりました。
    ――サーナイト好き ? 2009-10-01 (木) 22:49:26
  • サーナイト好きさん
    ちょっと流れが急かな?と思ってみたりしました。
    これからドンドン化けの皮剥がそうとおもってます。

    それにしても、他の方の作品を読むと、自分はまだまだだなぁと思い知らされます。
    多分ストーリーはそのまま、書き直すかも知れません。
    今は会話に頼りすぎてる観が否めない…。
    ――雪猫 ? 2009-10-02 (金) 21:31:46
  • シン・アスカ
    ――かなみ ? 2009-10-04 (日) 02:01:56
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Last-modified: 2013-01-22 (火) 00:00:00
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