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PHOENIX 9 ‐救出‐

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PHOENIX
作者 SKYLINE
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9話 救出

大地を覆う霜。まだ顔を覗かせていない太陽。
相変わらずの寒さが続く今日が……遂にリュウ救出作戦の決行日だ。
そして、予定としては周囲が明るくなってきた頃にこのブイエイト町から出発する。
グレンが流してくれた情報によると、死刑執行時間は日の入りと同時だという。
その為、日の入りまでにブイエイト町からとても離れたセンスリート町に到着しなければならない。
あまり数が多いと、道中で発見される可能性があるので、ここは三チームに分かれて別々にセンスリート町を目指す。
私はナイト達が付けているのと同じ装備を身に着け、教わった通りにチェックをする。
小型カメラの状態や無線の調子、ポーチに入った様々な道具の有無。
全てを入念にチェックし終えると、いよいよアジトから外に出る。
ナイトが鈍い金属音を廊下に響かせながら重い扉を開け、それと同時に隊員達が一気に地上へ続く階段を駆け上がっていく。
先頭を行くサンダースが裏口の扉を開け、周囲の状況を確認すると建物内で待機している私達に目で合図する。
私達は一人ずつ外に出て行き、三チームに分かれてセンスリート町を目指しだした。
この時期の早朝はとても寒く、普通なら体を動かす気にすらなれないであろう。
しかし、リュウを救出すると言った目的を持っている私達は寒さを気にする余裕は無い。
地平線は穂のかに輝き、太陽がゆっくりと顔を出し始めていた。
私は東から来る太陽の光りを浴びながらナイトと隊員の一人であるサンダースと共に早朝のブイエイト町を駆けていく。
以前は彼等のスピードに付いて行くなんて夢のまた夢だと思っていたが、今の私は少々苦しいながらもナイトにぴったりと付いて行けている。
これもナイトが組んでくれた訓練メニューのお陰だ。
昔の私だったら既に息が上がってその場に座り込んでいるだろう。
早朝の冷たい風を受けながら、私達は必死に駆け続けた。







フェザー達がセンスリート町に向かっている頃、軍でもリュウの移送準備が進められていた。
牢屋の扉を乱暴に開け、ジャウがグレンを含む配下の兵士達を率いてずかずかとリュウの元に歩いてくる。
眠っていたリュウはジャウの足音で目を覚まし、重い瞼を何とか持ち上げて周囲を見ると、配下の兵士達と共に仁王立ちしているジャウが目の前に居た。
だが、体は思うように言う事を聞いてくれない。
リュウはその場に横たわったまま、右目でジャウを睨み付ける。

「とっとと起きろゴミ野郎。今日はお前の命日なんだからよ。あぁ、後、あのチルタリスの命日でもあるか。まぁ、誰もお前の死を悲しむなんて事は無いがな。国民からすればお前はテロリストのリーダーだ。死刑万歳だろうな」

ジャウは横たわるリュウの首を掴むと、強引にリュウを立ち上がらせた。
手を離してしまえばその場に崩れてしまう程、衰弱しているリュウであるのだが、ジャウは容赦しない。
ふら付くリュウの首を引っ張り、リュウが転びそうになると首を握り締めて持ち上げる。
その度にリュウの表情は苦痛を訴え、マスクの中でうめき声を上げる。
表向きではジャウに従っているグレンは、衰弱したリュウを乱暴に扱うジャウに殺気を覚えたが、今はその殺気を押し殺す。
自分には重大な任務がある。そう自らに言い聞かせて。
やがて、グレンやジャウを含む数名の護衛と共に、捏造された罪によって死刑されるリュウはセンスリート町に向けて軍の秘密施設から連れ出された。
早朝の外は思った以上に寒く、牢屋の比ではない。
しかしリュウは直ぐそこに居るグレンを、そして遠くに居るフェザー達を信じて、一切の抵抗もせずに言われるがままに歩いて行く。

(リュウさん……頑張ってください。後、数時間の辛抱です)

グレンはふら付きながら歩くリュウの背中を見つめながら内心で呟いた。
他の兵士達は周りをキョロキョロと見回し、リュウを囲む様な陣形をとって歩いている。
しばらく歩き続け、センスリート町に近付いて来た所でジャウは足を止めた。
そして、振り返ると腰に付けている迷彩柄のポーチに手を突っ込みながらリュウに近付く。

「さてと、フェニックス計画の事を暴露されるとマズイから喋れなくしとかねぇとな」

ジャウはリュウの口についている特殊なマスクを専用の工具できつくして、口を完全に開けられない様にする。
これでリュウは広場で何も訴える事が出来ない。
グレンは集団の最後尾からその様子を眺めていた。
しかし、グレンはその光景を見ていられなくなり、視線を遠くにやるとそこにはセンスリート町の建物が沢山見える。
ビルのミラーガラスが太陽光を反射し、その光りはグレン達が居るこの場にまで届いて来ていた。
そして、町の上空には、凶悪なテロリストのリーダーの死刑と言う事なだけあって、各テレビ局のカメラマンやリポーターと見られる人達の影が見えていた。
全く、みんな暢気なものだ。
自分達の晒されている危機に気付かず、情報隠蔽、そして餌として殺される者の姿をカメラに映すのだから。
グレンはそんな事を思いながら遠くに見えるカメラマン達の影をしばし睨むように見つめていた。

「おい、グレン。行くぞ」

兵士の一人がグレンに声を掛け、グレンはその声に返事をすると隊列を乱さずに一歩一歩歩んでいく。
センスリート町の入り口に到着すると、そこにはパパラッチの大集団。
そして、警察バッジを輝かせながら警察が怒鳴り散らして彼等を押えている。
リュウとグレンは、浴びせられるフラッシュに目を細めながら、大通りをひたすらに進む。
グレンが上を見ると、いつの間にかカメラマン達が群がっており、リポーターが状況をテレビの向こうに居る視聴者達に向けて説明していた。

「こちら移送班。広場の状況は?」

先頭を歩いている兵士は予め広場で待機している兵士達に無線で状況を聞いている様子。
作戦の決行は近い。いくらなんでも、身内から裏切りが出るとはジャウも思っていないであろう。
グレンはナイトからの指示を歩きながらもう一度確認する。もちろん、頭の中で。
パパラッチの大集団からのフラッシュを数百回は浴びながら、移送班は中央広場に辿り着いた。
広場の中心には首吊りの死刑台が設置され、そこにはスプーンの姿も確認出来る。
軍の兵士達が草むらの様に集まった民衆の中に一本の道を切り開き、その道を通ってリュウ達は死刑台に向かう。
護衛の兵士達は民衆に目を光らせ、おそらく仕掛けてくるであろうフェザー達に警戒する。

「こちらスプーン。移送班が死刑台に到着。仕掛けてくるとしたら今だ。各隊、注意しろ」

グレンの耳に着けた無線からスプーンの声が聞こえ、回りの兵士達はさらに周囲の民衆に目を光らせる。
グレンも自分が裏切っている事を悟られない為に、見様見真似で周囲を見渡す。
あたかも警戒している様に。
リュウの身柄がジャウから死刑を執行する兵士に受け渡され、リュウは二人の兵士達に引っ張られて死刑台の階段をフラフラと上っていく。
グレンは階段の麓でリュウの後姿を見ながら、まだかまだかとフェザー達が仕掛けるのを待っていた……

「こちら第五番隊!目標であるチルタリスを確認しました!現在、仲間と思われるブースターとリーフィアと共に二番道を逃走中!」

突然無線から兵士の声が響き渡り、スプーンやジャウ、その他の兵士達の目付きが変わる。
ジャウは直ぐに駆け出そうとしたが、スプーンによって止められた。

「待て、陽動の可能性がある。今、ここを手薄には出来ない。お前は残れ」

「……了解」

スプーンはジャウ以外の兵士数人に二番道に行くように指示を出し、グレンを含めた死刑台を警備する兵士達には周囲をさらに警戒する様に指示を出す。
気付けば雲行きが怪しくなっており、ぽつぽつと冷たい雨が降り始める。
時間の経過と共に雨は強くなり、降り始めて数十秒後には文字通り土砂崩れの様な土砂降りになっていた。

「この季節に雨はおかしい。仕掛けてくるぞ!周囲を警戒しろ。それと、奴等が現われるまではリュウは殺すな」

スプーンが降りしきる雨の中で死刑台の上に居る二人の兵士に声を掛け、そして周囲を見渡す。
だが、見えるのは民衆のみで、その中にはチルタリスが居るのだがどれもフェザーとは別人だった。
死刑台周辺では緊張の糸は緩む事無く、一向に張り詰めたまま。
と、その時だった。
民衆からざわめきが起こり、一人のサンダースが民衆の塊から勢い良く飛び出してきた。
そして、静止させようと向かってきた兵士を素早い動きで回避すると、死刑台に向かって強力な雷を繰り出す。
上空の雨雲から空気を砕いてしまう様な轟音と共に、十万ボルトを超える威力の電撃が目にも留まらぬ速さで広場に落ちて来る。
ジャウや他の兵士達がマズイ!と思った時には既に雷は死刑台に立つ兵士二人に直撃寸前だった。
しかし……

「させるか!」

スプーンの繰り出したサイコキネシスがギリギリのタイミングで雷の軌道を僅かにずらす。
そのせいでサンダースによって繰り出された雷は兵士には当らず、死刑台の前に落ちると大地を轟かして舗装された地面に皹を入れた。

「くそ!」

サンダースは一言呟くと、直ぐに身を翻してざわめく民衆の中に逃げ込んでいった。
その後をスプーンの指示で数人の兵士が追い掛ける。
残った兵士達は突然の奇襲で乱れた陣形を立て直し、冷たい雨の影響で視界が悪くなっている中で周囲を再度警戒する。
突然の奇襲のせいで、集まった市民達は半ばパニック状態に陥っており、風に揺らされる草原の様にざわめきながら動き回る。
警戒している兵士達かすれば鬱陶しく。焼き払ってしまいたい程だ。

「こちら、第五番隊!目標は二番道から三番道に移動!現在、中央広場に向かっています!」

「こちら上空警備隊。現在は異常無し」

「こちらスプーン。了解した(……先程のサンダースは本来ならもっと長くここで戦闘を続けて陣形を乱し、乱れた陣形に本隊が一気に攻め込む。そういう魂胆か)」

次々と入れられる報告にスプーンは冷静に対処し、何か閃いた様な表情を浮かばせている。
グレンはそんなスプーンの表情と妙な冷静さに不安を感じていた。
まさか、作戦がバレてしまったのではないのかと。
スプーンは周囲を警戒するジャウやソウルに指示を出し始めた。

「奴等の作戦はおそらく失敗に終わっている。あのサンダースは我々の陣形を乱すのが仕事だったのだ。そこまで言えば分かるだろ?守りを固めろ!特に三番道の方向はしっかりとな!」

「了解!」

ジャウ達は洗練された動きで陣形を変え、今まではどの方向からの襲撃にもある程度の対応が出来る様な陣形から三番道の方向の守りを集中的に固める。
グレンは死刑台本体の警備なので、位置は変わらなかったのだが、雨の影響で周りからは分からない若干の汗を掻いていた。
警察がパニックに陥っている民衆を必死に宥め、避難の誘導を行う。
スプーンやジャウ、そしてソウルを含めた兵士達は死刑台を囲む様な陣形を取り、
死刑台の階段をグレンが、そしてリュウをジャウの手下である二人の兵士が守る。
民衆のざわめき、警察の声、そして降りしきる雨の音。
兵士全員が鋭い目付きでしきりに周囲を警戒し、特に三番道の方向に目を光らせる。
上空では、カメラを担いだカイリューやフライゴンなどのテレビ局のカメラマンが静止し、スプーン達を上から映す。

「現在、降りしきる雨の中でテロリストと軍の攻防戦が行われている模様です!ここから見るからにはまだ、死刑囚の身柄は軍が確保していると思われます!」

レポーターと思われるピジョンが首元につけたマイクから全国に状況を説明する。
全ては視聴率の為に。その放送を軍の兵士がポータブルテレビで見ていた。

「スプーン様。テレビを見る限りでは、上空に敵は居ない様です」

「やはり、私の読みは正しい様だ。第五番隊からの連絡は?」

「はい。連絡によりますと、着々とこちらに向かっているそうです」

「よし、これは願ってもいないチャンスだ。向こうは自分達の作戦が失敗したのにまだ気付いていない。このまま挟み撃ちにして皆殺しにしろ」

スプーンが守りを固めている兵士達に再び指示を出し、自身も三番道から続いて来ている道を不気味な笑みを浮べながら睨む。
リュウは冷たい雨に打たれながら、二人の兵士に支えられて死刑台の上にずっと立ち続けていた。
そして、心の中では自分の救出作戦が失敗に終わってしまったのかと思い始めていた。
グレンに作戦がどうなっているのか聞きたい所だが、今、怪しい行動を見せる訳にはいかない。
意識を保とうにもリュウは疲労から、その目を瞑ろうとしてしまった。









「待ちやがれ!!」

「…………」

後ろからは軍の兵士達が追いかけてくる。私はブースターとリーフィアの二人と一緒に逃げ回っていた。
とは言っても、ただ逃げ回っている訳ではないのだが。
ここは町の中。さすがに軍の兵士達も遠距離の技を撃ってはこない。
むやみやたらに遠距離技を放っては建物への被害、はたや通行人への被害が出るからだろう。
ナイトの言っていた通りである。
私達は追い掛けてくる兵士達と付かず離れずの距離を保ちながら狭い路地を風の様に駆け抜けて行く。
敵の兵士達は幾分重装備、それを読んで私達は出来る限りの軽装備で来た。なので、逃げるのに苦労はしない。
振り返れば重装備のせいで既に息を上げている兵士も多い。
これなら作戦通りに事を運べそうだ。

「リーフさん。連絡は?」

「まだ」

私がしっかりと前を見据えながら、右隣を走る彼女にとある連絡の有無を確認すると、彼女は首を横に振って答えた。
連絡があるまでは仕掛ける事が出来ない。つまりは、まだこの逃走劇を続けなければならないと言う事だ。
先頭を走るブースターは通行人を怒鳴り散らしながら道を切り開く。
上空には雨雲が待機しているのだから、準備は整っている筈なのだが……なにかトラブルでもあったのだろうか。
降りしきる雨によって生み出された水溜りを何度も踏み潰しながら、私達は走り続ける。
しかし、訓練を積んだといっても、私のスタミナは無限では無い。
少しばかりだが息が上がってきてしまった。
口を開き、そこから白い息をしきりに吐き出しながら私は再度、振り向いて後ろの兵士達との距離を確認する。
兵士達も重い装備を身に着けながら死に物狂いで私達を追い掛けて来ていた。
敵さんも随分と頑張っている事だ。敵ながら天晴れである。

「フェザー、リーフ。曲がるぞ」

ブースターが私達に声を掛け、雨で滑り易くなっているにも拘らず、見事な走りで直角のコーナーを足をドリフトさせて曲がる。
私とリーフィアも彼に続いて同じ様に直角のコーナーを華麗に曲がった。

「……了解。行動に出るわ」

リーフィアが耳に着けた小型の無線機で誰かと話している。
会話の内容からして、ようやく、作戦開始の様だ。
リーフィアは一度振り返ると、追ってくる兵士達の位置を確認して私とブースターに声を掛けてきた。

「フェザー、フレイム。作戦実行よ!」

「はい!」

「よっしゃー!!」

私達は動かしていた足を止めると、直ぐに身を翻して追い掛けて来ている敵兵に向かってそれぞれが遠距離技を繰り出した。
竜の息吹、火炎放射、葉っぱカッター。
繰り出された三つの技は追いかけてきている兵士達に向かって突き進み、間を建物の壁に挟まれて回避出来ない兵士達に直撃する。
無論、殺す気はさらさらないので急所は外したが。
轟音が路地に響き、爆煙が兵士達を包み込みながらもくもくと上昇する。
そして、私達は互いの顔を確認すると、揃って頷く。

「散開!」

リーフィアの掛け声と共に、攻撃を受けて怯んでいる兵士達を尻目にして私達はバラバラに散開してその場から逃げ出した。
別行動をしているナイトやグレン達を信じて……








リュウは右目の瞼を閉じようとしていた。今まで頑張って目を見開いていたが、それももう限界だった。リュウには重く圧し掛かる瞼を支える体力すら残されていない。
しかし、リュウの目が閉じるその瞬間……
凄まじい轟音と共に、サンダースの繰り出した雷が当って皹が入っていた地面が一気に崩れ落ちた。

「!?」

死刑台を囲んでいる兵士達は何が起きたのかと揃って振り返る。
しかし、その時には既にグレンが行動に出ていた。
最初からグレンはこうなる事が分かっていたので、状況を把握出来ていない兵士達を尻目にして彼は視線の先にリュウの背中を捉えながら死刑台の階段を全速力で駆け上がる。
自分に託された真の任務を遂行する為に。
そして、自分の歩むべき正しい道を教えてくれたリュウを助け出す為に。

「リュウさん!!!」

グレンはリュウの名を大声で呼び、リュウを守っていた二人の兵士を体当たりでその場に倒し、
その隙にリュウの前足を掴んで路面が崩壊して出来た穴に向かって死刑台の上から飛び降りた。
グレンの体毛は風圧で靡き、雨粒が毛の先端から尾を引く。
そして、グレンとリュウの姿は崩壊して出来た穴に吸い込まれる様に消えて行った。

「なに!?……逃がすな!」

逸早く状況を理解したスプーンがジャウやソウル、その他の兵士達に声を張り上げて指示を出す。
真っ先にジャウが体に打ちつけられる雨を諸共せずに猛進し、グレンが飛び込んだ穴に自らも飛び込もうとする。
だが、後一歩という所で水が凍り付く音が響き、分厚く強固な氷が穴を塞いだ。
飛び込もうとしたジャウや兵士達は氷の蓋に顔面やらを打ち付けていく。
その都度、兵士達は傷みからか、情けない声を上げる。
その光景を眺めていたスプーンは降りしきる雨に打たれながら、顔色がまるで全身から血が抜けてしまったかの様に真っ青になっていた。

「やら……れた」

スプーンはチルタリス達の作戦は失敗に終ったと確信していた。
だが、チルタリス達の作戦はその全て上手く行っていたのだ。
あのサンダースの役目は陣形を乱す事などでは無い。
ギリギリのタイミングで自分に雷の軌道を変えさせ、地面に穴を開ける為の皹を入れるのが仕事だったのだ。雨の中では雷を通常時に比べて格段にコントロールしやすい。
その効果を利用すれば、繊細な位置に雷を落す事が出来ても決しておかしくは無い。
このセンスリート町の下には迷路の様な下水道が張り巡らされている。奴等はそれを利用したのだろう。
作戦会議の時、確かに地図にはこの下に下水道は通っていないと表記されていた。
しかし、思い起こしてみれば地図を用意したのはたった今、軍を裏切ったマグマラシのグレン。
そう、グレンは最初から裏切るつもりでいて、偽造した地図を自分に渡したのだ。
そのせいで下水道からは攻めて来ないと判断して地下の警備は薄い。
計算された作戦に身内の裏切り、完全に軍の敗北であった。
スプーンは氷の蓋を砕こうと奮闘しているジャウ達を目を点にしながら見つめ、手に持っているスプーンを地に落とした。

「こちら第五番隊。目標の反撃で数名が負傷!さらに進路を変更して逃走を開始しました!バラバラに逃げられたので追尾出来ません!」

「…………」

無線から聞えてくる兵士の声に返事すらせず、スプーンはその場に佇み続ける。
今まで数多く考えてきた作戦はどれも成功だった。
しかし、初めて自らの考えた作戦が失敗に終ったのだ。
スプーンはしばらく雨に打たれながら硬直していたが我に変えると、水溜りに落ちているスプーンを拾って周囲を見回した。
激しかった雨は源を失ってしまったかの様に突然止み、灰色の雲も、その姿を肉眼では確認出来なくなってきている。

「スプーン様!直ぐに下水道を封鎖しましょう!」

ジャウがスプーンの元に駆け寄ると自慢の顎を動かして大声で彼に意見を出す。
しかし、スプーンは拾ったスプーンを見つめながら首を横に振った。

「無駄だ。この地下はまるで迷宮。封鎖など不可能だ。たとえ出来たとしてももう奴等は居ないだろう」

「ですが、グラエナやガーディと言った鼻の利く奴らに臭いを追わせれば……」

ジャウは負けず嫌いなのか、戦意喪失しているスプーンに拳を握り締めながら意見を出し続ける。
ソウルはと言うと、雨に濡れた体の至る所からポタポタと水を垂らしながらジャウとスプーンの二人を眺めていた。

「だから無駄だ。先程の豪雨で全て臭いは流されている。ここまで考えているとなると、相手もかなりのやり手だ。おそらく、手掛かりは何も残さないだろう」

ジャウの意見こそ聞くが、スプーンはその全てを否定する。
そして、リュウの護衛をしていた兵士の二人を睨みつけると、声を上げる。

「一体何をやっていたんだ?貴様らはただのギャラリーか!」

「も、申し訳ございません。突然の出来事に対処が遅れてしまいまして……」

「チッ」

スプーンは舌打ちすると、身を翻して死刑台から少し離れた場所にある仮設テントに向かった。
ジャウとソウルもその後を追い、足早にテントに足を運ぶ。
スプーンが兵士から渡されたタオルで体を拭いている最中、ジャウとソウルは何も言葉を掛けずにその姿を瞳に映していた。
スプーンは自らの作戦が破られた事に苛立ちを覚えているのか、用意されたパイプ椅子に座りながら右足を揺すっている。
スプーンが手に持っているスプーンは今の彼の心を表す様にひん曲がっており、金属疲労で折れてしまいそうだった。

「ジャウ、ソウル。今日は撤収だ。直ぐに後始末をして帰るぞ。ボロは出すな」

「了解しました」

ジャウは頭を下げ、直ぐにテントから出て行く。しかし、ソウルは直ぐには動かなかった。
しばしの間、彼は苛立ちを隠せていないスプーンを独眼で見つめる。
それに気が付いたスプーンはソウルを睨み付けると、決して大きいとは言えない口を最大限に開き、声を張り上げた。
その声にテントの中に居た兵士達の動きが一瞬止まり、全員の焦点がスプーンに合わさる。

「ソウル!突っ立っていないでさっさと行動しろ!撤収だ!」

「……了解」

ソウルは座っているスプーンをまるで自分の方が立場が上だと象徴する様な目で見下ろすと、ゆっくりと体の向きを変えて仮設テントから出て行った。

「一つ目の化け物が……」

スプーンは仮設テントから出て行くソウルの背中を凄まじい形相で睨み付けながら小さく言葉を漏らした。
テントの外に出たソウルは、直ぐそこでじっと佇みながら彼を待っていた配下のゲンガーの元まで近寄ると、ゲンガーと並んで歩き出す。

「成功だ。同士達にはこのまま作業を続行しろと伝えてくれ」

「了解しました」

ソウルの言葉を聞いたゲンガーはソウルが何時もやっている様に地面に身を沈め、姿を消す。
ゲンガーがこの場から去った後、先程とは打って変わり、晴れ渡っている青空をソウルは眩しそうに見上げる。
そこに群がっていた筈のテレビ局のカメラマンやレポーター達の姿は無く、あるのは白い雲だけだった。

(フフフ、全ては計画通りだ……感謝するぞ。チルタリス共よ)

太陽を雲が一時的に覆い、センスリート町の中央広場もその雲の影で暗くなる。
自分の体が雲の影に入ると、ソウルはその特徴とも言える独眼を不気味に発光させながら雨で濡れたアスファルトに身を沈めて行く。
スプーンとは違った陰謀を脳裏に浮かばせながら……








十話に続きます。


PHOENIX 10 ‐再会‐


あとがき
リュウを無事に救出完了です。
今回はグレンが大活躍だったかな?
スプーンやジャウの目の前であんな行動をしてしまった彼はもう軍には戻れませんね。
戻ったらおそらく、ジャウによってズタズタのボロボロのバラバラにされてしまいます。
何はともあれ、これで次回にはフェザーとリュウはようやく再会を果たす事が出来ると思います。

つまらない駄文を読んで頂きありがとうございました。
差し支えなければ誤字、脱字の指摘や感想などを頂きたいです。




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Last-modified: 2010-02-10 (水) 00:00:00
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