ポケモン小説wiki
PHOENIX 7 ‐希望‐

/PHOENIX 7 ‐希望‐

PHOENIX
作者 SKYLINE
前話はこちら
キャラ紹介はこちら

7話 希望

私に代わり、傭兵隊ブイズの隊員達が手分けして捜索してくれた結果、軍の秘密施設の正確な位置を確認する事が出来た。
そして、私達にとってプラスとなる収穫もあったのだ……
地下へ続く灰色の階段に足音を響かせながら続々とアジトに戻って来るブイズの隊員達。
最後に戻って来たナイトの背中では、軍のバッジを付けたマグマラシが気絶している。
ナイトが気絶したマグマラシを無機質な灰色の床に下ろすと、先に帰還していたブースターやシャワーズなどが駆け寄り、空かさず彼を運び出す。

「リーダー、コイツはとりあえず何処かの部屋に拘束しとくね」

「あぁ、頼む。後でじっくりとそいつから情報を聞き出す」

まだ名前を聞いていないブースターとシャワーズの二人に体が床に擦れる音と共に引きずられて行くマグマラシを私はじっと佇みながら目で追っていた。
瞳は見えず、まるでもう既に死んでしまっているのではないかと思わされる程マグマラシはピクリとも動かない。
私が気絶した時、周りの人々はこんな気持ちだったのだろうか。
だとしたら……リュウやナイト達にかなり心配を掛けてしまっていたであろう。
気絶したマグマラシを見ながらそんな事を考えていると、ナイトが様々な装備を床に降ろしながら私に話し掛けてきた。

「アイツから情報を聞き出してから作戦を練る。その間、フェザーはゆっくり休むなり……訓練して鍛えるなり好きにしろ」

「え?……訓練?」

私は思わず聞き返してしまった。ナイトは若干遠回しではあるが、私に強くなれと言っている様だ。
確かに、今の私は戦闘に関しては相当弱い。まぁ、他の事もだけれども。
私に一言掛けたナイトは私に背を向けながら長い廊下を歩いて行く。
正直、こんな私が短期間で強くなる事が出来るのだろうか。
でも、ナイトはこれからの事も考えて私にそう言ったのだろう。
これからはいつ軍と衝突するかも分からない。その時は、自分の身は自分で守らなければならないのだ。
今まではリュウやフィンに守ってもらっていたけれど、今の私は、見えない危機に晒されている国民を守らなければならない立場に居る。
決心は付いた。
ナイトの言っていた通り、訓練を受けて強くなろう。
背を向けながら廊下を進むナイトに私は早足で駆け寄り、彼に話しかける。

「あの、私、強くなりたいです!」

ナイトは足を止め、私の方に振り返ると、徐に口を開いた。
まるで、最初から私がこう答えると分かっていたかの様に。

「……そう言うと思っていた。だが、厳しいぞ?」

ナイトは私に最後の確認を迫ってきた。
傭兵隊ブイズの隊員達の動きを見れば、彼等が受けてきた訓練が相当厳しい事は言われなくても分かる。
だが、そんな事で私の決心は折れなかった。
私は真剣な表情を維持したまま口を開き、二本の鶏冠を靡かせながら深く頭を下げる。

「はい!分かっています!でも、私は今のままじゃ駄目な気がするんです。お願いします!」

「……分かった。俺が責任を持ってお前を強くしよう」

ナイトに私の気持ちは伝わったのか、彼も真剣な眼差しで私を見ながら言い放った。
こうして、決して長い期間ではないと思うけれど、私はここで訓練を受ける事になったのだ。
ナイトは偶然廊下を歩いていたサンダースを呼び止めると、彼に何かを話し始める。

「ボルト。あのマグマラシから情報を引き出すのはお前がやってくれ。俺は急用が出来た」

「……了解。任せな」

サンダースは私とナイトとの間を何度か目で往復すると、状況が読めたのか何度か軽く頷きながら快く返事をした。
そして今まで通り廊下を歩き始め、捕まえたマグマラシを拘束していると思われる部屋に向かって足を運んでいく。
サンダースを見送った私が視線をナイトに戻すと、彼は私と対面していた状態から身を翻し、一番奥にある部屋に向かって歩き出した。
絶対に強くなって、守られる側から守る側になる。その想いを募らせながら私は彼の後に付いて行った。
ナイトが重そうな扉を開け、私を中に招く。
私はその部屋に足を踏み入れて部屋の中をぐるりと見渡す。
そこは他の部屋より幾分広く、壁は砂浜の様に白い。窓は無いが、地下とは思えなかった。
そして、部屋の隅では色々な訓練用の器具らしき物が身を犇めき合っている。
見た感じ、彼等の訓練室と言ったところだ。
けれど、別に汗臭くもないし、白い壁に汚れは無かった。

「ここで訓練してもらう。戦闘に関する基本的な知識を学び、新たな技の習得や体力の強化をする」

「はい!」

私は元気良く返事をする。
そして、先ずはナイトから戦闘に関する基本的な知識を学び始める事になった。








一方、フェザーが訓練を受けている間、他の隊員達によって拘束しているマグマラシへの尋問が行われようとしていた。
気絶したマグマラシを柱に縛りつけ、軍がリュウに使用した物と同じ特殊な薬でPPを零にする。
サンダースが気絶しているマグマラシの顔面を前足で何度か叩いて目を覚まさせようとする。

「おい、起きろ!」

「う、うぅ……」

縛り上げられているマグマラシは重そうな瞼を持ち上げ、吊上がった目をしているサンダースに自身の目を合わせた。
途端、マグマラシは飛び上がるぐらい驚いてしまった。けれど、体は柱に縛られている為に動かせない。
マグマラシは首をしきりに上下左右に動かして周囲の状況を確認し始めた。
慌てふためいている彼をサンダースやリーフィアはじっと眺めている。
そして、内心では二人とも同じ事を思っていた。
このマグマラシ……本当に軍人なのか?と。
軍のバッジを付けているので確かに外見は軍人なのだが、ここまでパニックに陥っている彼を見ると軍人だとは思えなくなる。
普通ならもう少し落ち着くものだが……

「え?ここ何処?なんで俺が!?」

マグマラシは目の前に居るサンダースとリーフィアにすら気が付いていないのか、マグマラシはまだ周囲をキョロキョロとも回している。
サンダースとリーフィアは呆れた表情で一度互いの顔を見合うと、サンダースが足を前に踏み出してパニックに陥っているマグマラシに話しかける。

「おい、お前。軍の兵隊だろ?」

「え?」

マグマラシはようやく二人に気が付き、動かしていた頭を制止させた。
そして自分を睨んでいるサンダースに焦点を会わせる。
ちゃんと聞えていなかったのかのだろうか。
マグマラシは先程のパニック状態とは打って変わり、今度は小刻みに瞬きながら硬直していた。
サンダースは一度溜息をつくと、改めて縛られているマグマラシに話し掛ける。

「お前、軍の兵隊なんだろ?」

今度はしっかりと声は届いた様子。マグマラシはサンダースの言葉を両の耳を僅かに動かして聞いていた。
そして、一度サンダースから目を離し、後ろに居るリーフィアを見てから口を開く。

「あ、そ、そうですけど……あ!それより俺には大事な用事があるんだよ!早くこの紐を解いてくれ」

マグマラシが“大事な用事がある”と言ったところでサンダースとリーフィアは目付きを変え、鋭く質問をぶつける。

「おい。大事な用事ってやつはなんだ?答えろ?」

「答えないと痛い想いをするわよ」

二人はマグマラシの方にまた一歩近付き、サンダースに至っては体毛に電気を流し始めて威嚇する。
二人はマグマラシの発した大事な用事と言うのがフェニックス計画に関係がある用事だと読み、なんとしても情報を聞き出そうとしていた。
マグマラシは鋭い目付きで自分を睨みつけてくるサンダースとリーフィアに恐怖を覚えている様子であったが、首を何回か横に振る。
そして二人に向かって言い放つ。

「そ、それは言えない!俺は早く行かなきゃならないんだ!頼むから解いてくれよ」

「チッ」

サンダースは一度舌打ちをすると体毛に溜めた電気をマグマラシに向けて放った。
途端にマグマラシは悲鳴を上げ、体を小刻みに震わせる。サンダースが電気を流し続けている間、リーフィアが淡々と質問をぶつけていく。

「大事な用事って何?それに、何処に行くつもりなの?……それとまだまだ序の口よ。答えないとどんどん強くしていくから」

「あわわわわわ」

まだ、そこまで強い電流を流してはいないが、既にマグマラシは言葉を話せる状態ではなかった。
体は震え、口からは叫びしか出てこない。
サンダースとリーフィアは再度目を合わせると互いに溜息を付き、サンダースは電気を流すのを止めた。
マグマラシはぐったりとし、流し終えたにもかかわらず、未だに体を震わせていた。
痺れているのか、脅えているのか、ましてやその両方か……
ぐったりとうな垂れ、顔の先を床に向けているマグマラシの顔をサンダースが強引に上に向かせると質問を再開した。

「もう一度言う。よく聞けよ?大事な用事ってなんだ?それとお前が向かおうとしていた場所は何処だ?」

マグマラシは観念したのか、息を切らしながらゆっくりと口を開ける。
そして、少々呂律が回っていない状態で話し始めた。

「おおお、俺は……ブイズって言う傭兵隊のアジトにむ、向かってるんだ……ある人に頼まれて」

マグマラシの話を聞いた二人は血相を変え、目を見開いた。そして互いに目を合わせる。
なんと……このマグマラシは自分達のアジトに向かっていたのだ。
もしかしたら軍にバレたのか?
その事がサンダースとリーフィアの脳裏を過ぎり、二人の表情を凍り付かせる。
もし、この場所がバレていたのなら緊急事態だ。直ぐにこの場から移動する必要があった。
サンダースは左前足でマグマラシの胸倉を掴むと、柱に彼を乱暴に押し付けて怒鳴り散らす。

「誰に頼まれた!?言え!ぶっ殺すぞ!!」

妙に態度か一変したサンダースにさすがのマグマラシも今までとの違いを感じたのだろう。
彼は胸倉を掴まれて痛そうな表情を浮べながら、声を少々震わせて渋々答えた。

「俺は……リュウって言う人に共感して、軍を裏切ったんだ。それで……その人が傭兵隊ブイズに俺が持っている全ての情報を教えろって」

サンダースはマグマラシの口から出ていた言葉を聞いた途端、前足を彼から離した。そしてリーフィアと顔を見合す。
リュウ……サンダースはこの名前に聞き覚えがあった。
そう、フェザーがこのアジトに現われた時、言っていた。リュウに言われてここに来たと……けれど、彼女の話からしてリュウという人物は既に死んだ筈。
動揺しているサンダースに変わり、今度はリーフィアがマグマラシに話し掛け始めた。

「その……ブイズって傭兵隊に味方する気なの?」

「あ……はい」

「ふ~ん。もし、それが真実なら、即刻その傭兵隊を消さないと」

「!!」

リーフィアは軍の関係者を装い、マグマラシに鎌を掛けていた。マグマラシが嘘を言っていないかを確かめる為にだ。
彼が真実を話していたのなら、彼は喋ってしまった事を後悔するだろう。
リーフィアは彼の表情を注意深く確認してみる。
と、彼の表情は青ざめ、汗だくになっていた。そして、なにやらブツブツと呟いている。

「すみません、すみません……リュウさん。バラしてしまいました」

鎌を掛けていたリーフィアはクスクスと笑い出した。
ここまで顔が青ざめるのを見たのは初めてであったからだ。
さらには汗だくになってマグマラシは何かブツブツと呟き始める。そんな彼の反応が少々面白かったのだ。
リーフィアの後ろではサンダースが呆れた表情で彼女を眺めていた。
マグマラシはと言うと、今度は口を開けて、何故笑っているの?と表情で訴えている。
リーフィアはマグマラシに顔を近付けると口を開けた。

「アンタ、本当に軍を裏切ったみたいね。アンタの反応を見て分かったよ」

「え?」

マグマラシは状況が理解出来ていないのか、口をぽっかりと開けたまま、彼女の話に耳を傾けていた。
そんなマグマラシを尻目にして彼女は一方的に話を続ける。

「いや、その……鎌を掛けてたの。ここはアンタが目指している傭兵隊ブイズのアジトよ。
アンタがここに向かっている最中、私達は軍の秘密施設の居場所を捜索してたの。それで、ばったり出会った訳。理解出来た?」

「え!?えぇぇぇ!?」

マグマラシは絶叫して飛び上がりそうになった。けれど先程と同様、柱に縛り付けられているので飛び上がれなかったのだが……
まさかまさかの展開にマグマラシは未だに驚きの余韻が残っていた。
心臓の鼓動は小刻みで口が中々閉じてくれない。

「先程の電撃は謝る。まさかお前が軍を裏切っていたなんて思わなかったからな」

サンダースはそう言うと、マグマラシの近くまで歩いて行き、彼の自由を奪っている紐を解いた。








私は今、ナイトに戦闘に関する知識を教えてもらっている。
防御の仕方、回避の仕方、そして攻撃の仕方も。
その全てをナイトが親切に私に教えてくれている。第一印象では少々冷たく感じた彼だが、思った以上に優しい。
頭で学んだら次は体で学ぶ。今まで教わった事を実際に行うのだ。
ナイトの攻撃を教わった事をフル活用して時には防ぎ、時には回避する。
最初は大した攻撃ではなかったが、徐々にそのハードルは上がっていく。
遂に私は攻撃を防ぎきれずにナイトの電光石火を喰らってしまった。
攻撃を受けた右翼から痛みが伝わり、私は思わず声を上げてその場に座り込み、攻撃を受けた右翼を見つめる。

「……いいか、フェザー。よく聞け。防げる攻撃と防げない攻撃を見極めるんだ。無理だと思ったら回避しろ。そして万が一、今の様に攻撃を受けても相手から目を離すな」

「は……はい」

私は痛みに耐え、ゆっくりと起き上がった。ナイトの言う通りである。先程の私は迷いがあった。
ナイトが攻撃してきた時、防ぐか回避するかの判断に迷ったのだ。
結果、そのせいで行動が遅れ、どちらの行動も行う事が出来なかった。
それに、痛みに駆られてその場に座り込んでナイトから目を離した。
そして気が付いた時にはナイトの姿が目の前にある。
もし、これが実戦であったのなら、私は今頃閻魔様と対面していたであろう。
ナイトから教わった事を再確認していると、突然部屋の扉が開き、サンダースが駆け込んできた。
と、言うと大袈裟かもしれないが、とりあえず何時もとは違う感じの扉の開け方だったのは確かだ。

「リーダー。ちょっと来てくれるか?それとフェザー、お前も」

「え?私もですか?」

「あぁ」

私は訓練で出た汗をタオルで拭うと、サンダースの後に続いてナイトと共に部屋から出た。
ナイトとサンダースは廊下を歩いていき、二人は捕まえたマグマラシを拘束している部屋に入り込んだ。
私もその後を追って中に入る。
部屋の中にはリーフィアとあのマグマラシが居て、なんとマグマラシには紐の一本も巻かれていなかった。
完全に自由な状態である。
それを見たナイトは、サンダースに視線を移し、不思議そうな表情を浮べながら彼に話し掛けた。

「おい、何故縛っていないんだ?」

「実は、コイツ……ある人に共感して軍を裏切り、俺達に協力するつもりだったらしい」

「ある人?」

ナイトがサンダースに聞き返すとサンダースは何故か私を手招き(足招き?)する。
私は首を傾げながらサンダースの元に歩み寄るとナイトの横で立ち止まる。
サンダースはその後、マグマラシにも手招きならぬ足招きを行う。
マグマラシは柱がある場所からこちらまで早足で歩いてくるとサンダースの横に立ち、私の顔を見るとゆっくりと口を開いた。

「貴方が……フェザーさんですか?」

「え?そ、そうですけど」

突然名前を確認され、私はまたしても首を傾げる。
一体このマグマラシと私になんの関係があるのだろうか。
マグマラシは一歩前に出ると、両の目を私に向けながら再度口を開いた。

「俺は……リュウさんに共感して軍を裏切り、あの人に言われてここに来ました」

「!?」

彼の発言に私は言葉を返す事が出来なかった。
目は大きく見開き、私の中でまるで何かが爆発を起こした様な感覚に襲われる。
彼が言っている事……つまりそれはリュウが生きているという事だ。
もうリュウには会う事が出来ないと思っていた。
けれど、その考えは今の私にとっての最高の知らせによって一瞬で崩れ去る。
リュウが生きている事を知った私の目からは、自分では制御できない嬉し涙が湧き出す。
マグマラシは涙を流す私に笑顔で前足を差し出し、握手を迫ってきた。

「俺はグレンって言います。絶対にリュウさんを救うと約束しますから、共にフェニックス計画を阻止しましょう」

「……はい」

私は翼で目から零れる涙を拭うと、潤んでいる目に映るマグマラシのグレンと握手を交わした。
その光景を周りに居るナイト達はその場から動かず、そして黙って見守る。
ようやく希望の光りが私の心に差し込み始めた。
まだ再会した訳ではないけれど……“リュウが生きている”その事実だけで何処か暗かった私の心は明るくなったのだ。
私はリュウの生存を知らせてくれたグレンに何度も深く頭を下げて礼を言う。
礼を言う度にグレンは礼など要らないと言うけれど、私にはこの行動でしか感謝の気持ちを表せなかった。
グレンが私に与えてくれた影響は絶大だ。
またリュウに会える。
そう思えば、どんなに厳しい訓練にも決して折れる事はないだろう。
私とのやり取りを終えたグレンは、ナイトが詳しい話を聞きたいと言ったので、彼らに付いて行ってしまった。
部屋に残った私の後ろから、いつの間にかこの部屋に来ていたデイが前足で軽く私を叩いてきた。

「良かったわね。その、リュウって人は貴方にとって大切な人なの?」

「はい」

「……そのコサージュ、もしかしてリュウって人がくれたの?」

デイは私が付けている桜のコサージュを見つめるとそう言った。でも、なんで分かったのだろうか。
私は不思議でたまらなかったので、彼女に聞き返してみる。
返ってきた返答は当たり前と言えば当たり前の返答だった。
彼女は私がこのコサージュを一度も外していないのを知っていたのだ。
普通、眠りに就く時などは外す物だが、リュウの形見だと思いどんな時も私は決して外さなかった。

「まぁ、私にも貴方と同じで大切な人が居るから気持ちは十分に分かるわ。私達が必ず、貴方をリュウに会わせてあげる。
だから、もう少し我慢して。早く救出したいのは分かるけど、相手は軍だから。かなり綿密に作戦を練らないといけないの」

「分かってます。私に出来る事があればなんでも言ってください!手伝いますんで」

「それは心強いわね。お互いに頑張りましょ」

「はい!」

デイは私との話を終えると、方向転換して部屋から出て行った。
まだ、私の中ではリュウの生存を知らされた時の爆発の余波が残っている。気持ちが舞い上がっているのだ。
ブイズのみんな、そして勇気を出して私達に協力してくれたグレン達が知識を振り絞って作戦を練る間、私は出来る限り強くならなければ……
私は決心を強固に固めると、部屋を飛び出して訓練室に向かって走り出した。









「……ソウル。まだあのチルタリスは見つからないのか?」

「申し訳ございません。ですが、今現在も我が偵察部隊が全力を上げて捜索しております」

「早くしろ。捜索や偵察はお前等の十八番なんじゃないのか!」

無機質な部屋でフーディンのスプーンとヨノワールのソウルが話をしていた。
リュウがフェザーを逃がした以降、全くといって軍はフェザーの足取りを掴めていなかった。
今、合計で三十名は居るソウル率いる偵察部隊全員が血眼でフェザーを捜している。
現状ではこのフェニックス計画の障害は軍が知る限りではフェザーのみ。
円滑に進む筈であったが、研究員のミスによりフェザーが脱走。
その後もリュウとフィンという二人の軍人に阻まれてフェザーを捕まえられていない。
スプーンからすればあまり長くフェザーを放置していてはとても危険なのだ。
証拠となる物自体は奪われていないが、彼女の話を信用し、リュウやフィンの様に障害となる者が増える可能性が高いからである。
スプーンが一番恐れているのは他国に情報が漏れる事。
そうなれば全てが終わってしまう。
フェニックスの改良にも梃子摺っている今、なにがなんでもフェザーを葬らなければならなかった。

「ソウル。捕虜のリュウを危険なテロ集団のボスという理由で公開処刑にしろ。それもセンスリート町の中央広場でだ。そうすれば必ずチルタリスは現われる。
そして警察を利用して警備にあたらせ、現われたチルタリスをテロリストの仲間という事で抹殺する」

「……了解しました」

ソウルは指示を受けると扉を利用する事無く、床に沈みながら部屋から出て行く。
そして、スプーンからの指示を受けたソウルが廊下に現われると、そこには手下の兵士と思われるゲンガーとヤミラミの二人が横に並びながら彼を待っていた。

「隊長、指示は?」

「ジャウが捕獲したリュウという奴を囮として使う。捜索を行っている奴等を全員集めろ」

「はっ!」

全速力で廊下を駆けていく兵士を唯一の瞳に映しながらソウルは再び床に沈んで行く。
そして、リュウが監禁されている牢屋の前の床にその不気味な姿を現した。
真剣な表情で己の任務を全うしている看守に確認を取ると、ソウルはゆっくりと浮遊しながらリュウが拘束されている牢屋の前に向かって進む。
そして、リュウの牢屋の前で動きを止めた。

「お前がリュウだな?」

「…………」

リュウは目を釣りあがらせ、片目だけではあるがソウルを睨み付ける。彼からすればこれがせめてもの抵抗。
互いの一つしかない瞳が鉄格子を間に挟んで対峙する。

「そうか、私と話すつもりは無いか……お前には一仕事をしてもらう。日にちはまだ決まっていないが、お前をセンスリート町の中央広場で公開処刑する。フフフ、どういう意味か……お前なら理解できるだろ?」

リュウはソウルの話を聞いた途端に目を見開く。今の話からリュウは全てを理解していた。
そう、フェザーを誘き寄せる為の罠だ。
……公開処刑にすれば必ずフェザーは自分を救いに現われるであろう。
軍はそれを狙っているのだ。
直ぐにこの事をフェザーに伝えたい。決してセンスリート町には来るなと警告したい。
リュウは縛られた状態で必死になって踠く。
けれど、頑丈な鎖はびくともしない。
目の前のヨノワールは表情を持たないが、踠く自分を見て笑っている様に思える。
ただ、リュウには一つの希望があった。
それは“グレン”と言う協力者の存在だ。
彼が上手くこの罠をフェザーに伝えてくれれば……少なくとも死ぬのは自分だけで済む。
その事を悟られないために、今は限りなく零に近い体力を使って演技で暴れる。
さぞ、この牢屋から出たい様に。

「どうやら焦っている様だな。だが、次に味わうのは死の恐怖、そしてチルタリスの死だ」

「止めろ!」

リュウは特殊なマスクで十分に口を開けない状態にも拘らず声を上げる。
ここで安心している仕草を見せれば疑われてしまう。
フェザーやグレンが今現在、おそらく何処かでフェニックス計画を潰す為に頑張っている。
その努力を無駄にしない為にも、自分に出来る事を行うのだ。

「さてと、面会はこれくらいにしておこう。また後日……処刑台で会おう」

「…………」

リュウは沈黙し、右目だけでソウルをこれでもかと言わんばかりに睨み付ける。
だが、ソウルはその視線に自身の視線を合わせる事無く、浮遊しながら牢屋から出て行った。
看守が牢屋の扉を閉め、鍵を掛ける。
鍵を掛けた時の音だけが牢屋に響き渡り、リュウの耳にもその音は容赦なく響き渡った。

(……グレン。上手くやってくれよ)









翌朝、私を夢の世界から現実に引き戻してくれたのはデイであった。
季節柄、冷え込んでいるこの部屋まで私を起しに来てくれたのだ。
ゆっくりと身を起し、半開きの目で彼女の顔を伺う。彼女の表情は緩んでいた。
わざわざ起しに来てくれた彼女にこんな寝ぼけ顔を見せるのは失礼か……私は目を擦り、強引にでも半開きの目を通常の状態にまでもって行く。

「おはよう、フェザー。もう、ご飯が出来てるから付いてきて」

「おはようございます」

私は彼女に一度頭を下げ、ベッドから下りると寒い与えられた部屋を出て寒い廊下を歩いて行く。
それにしても、彼女は寒くないのだろうか。
私は震えてしまう程寒いと感じているのに、平気な顔をして優雅に私の前を歩いている。

「あの、デイさんは寒くないんですか?」

「う~ん、どうだろう?全く寒くないって言うと嘘になっちゃうかもしれないけど、私は寒さが苦手なタイプじゃ無いし、貴方と違って体毛があるから」

「そうなんですか。私なんかもう、寒くて……」

「でも、冬はいいけど夏は辛いわよ。暑くてたまらないの」

私とデイは雑談をしながら廊下を進み、彼女はまだ、私が入った事が無い部屋の前で立ち止まった。
そして、その部屋の扉をゆっくりと開ける。壁と扉の間に出来た隙間から温かい空気が流れ、私の冷たくなった肌を撫でる。
少々暗い廊下に比べ、部屋の中は随分と明るかった。その変化に私は僅かに目を細めてしまう。
中には大きなテーブルが一つ。
そしてテーブルの周りにはブイズの隊員達が着席していた。
その中に混じって、昨日私に最高の知らせを届けてくれたマグマラシのグレンも座っている。

「私達は食事の時は必ずみんなで集まる様にしているの。さ、座って」

「はい」

私はデイに指示された座席に腰を下ろし、隣に居るイーブイとブースターに軽くお辞儀をする。
イーブイは私にお辞儀を返してくれたが、ブースターの方は反応が違った。

「あ?なにお辞儀なんかしてんだよ。ったく、堅苦しいな。俺はそういうのが嫌いなんだよ」

「え……す、すみません」

「なぁに、別に怒ってなんかねぇよ。もっと明るくなろうぜ?」

ブースターが私にそう言った直後、彼の向かいに座っているシャワーズがテーブルの上に置かれたコーヒーに砂糖を何杯も入れながら口を開く。

「貴方はテンションが高すぎ。それに堅苦しいのが嫌いなんじゃなくて礼儀作法を知らないだけでしょ」

「うっせー、甘党。虫歯を治してから喋ろ」

「な、何よ!」

喧嘩?……なのだろうか。私はブースターとシャワーズのやり取りをじっと見ていた。
やはり、何処に行っても食事の時は賑やかだ。
スプーンが陶磁器の食器に当る音、楽しい会話。食欲をそそる匂い。
……そう言えばリュウとフィンの二人と食事をした時もこんな雰囲気であった。
私は思い出に浸り、目の前に並べられた食事に手を付ける事も忘れて彼らのやり取りに見入ってしまう。
じっと彼らを見ていた私を不思議に思ったのか、隣に座って朝食を食べているイーブイが私に声を掛けてきた。

「あの、食欲がないんですか?」

私は彼に声を掛けられると我に返って前を向いていた顔をイーブイの方に向ける。
彼は心配そうな目で私を見ていた。
彼からすればボーっとしていた私が、食欲が無い様に見えたのだろう。
食欲ならある。ホームレスだった私は食に対する想いは人一倍あるのだから。

「あ、いや、そんな事ないです」

「そうですか、なんか食欲が無さそうに見えたので」

このイーブイ、見た感じだとまだ私より若い。少々あどけなさと言う物が残っている。おそらく十代後半であろう。
こんな年齢から傭兵隊に所属して厳しい訓練を受けているとは……私と違って逞しい。
彼等が私の為に用意してくれた夕食は、身も心も温まるシチュー。
デイ曰く、冬にはピッタリのメニューらしい。
栄養が有り、何より冷たい体を芯から温めてくれる。
周りを見れば大人しく食べている者、凄まじい勢いでシチューを口へ運ぶ者。
みんなの個性がこの時ばかりは曇り無く露になっている。
あのマグマラシのグレンは……サンダースの横で彼に負けじとスプーンをせっせと動かしていた。
私がまだ半分程しか食べていないにも拘らず、速い者はもう既に、おかわり!……と大きな声を張り上げている。
私がシチューを完食したのは結局一番最後であった。本当にみんなは味わっているのだろうか。
みんなの食べる速さに私はそんな疑問を抱いていた。
食べ終わったら食器をキッチンまで運んで行き、既に崩壊寸前とも言えるお皿の塔の最上部にそれを重ねる。
お皿の塔はグラグラと危なげに揺れ、今にも崩れそうだ。
無理は無い。十枚も重なっているのだから。
食事を食べ終えて一服したら、早速今日も訓練を始める。ナイトの要点を纏めた指導を受け、私は自分でも驚くほどのペースで実力を付けていった。
昨日は全く見切れなかったナイトの動きを今ならある程度捕捉出来るようになっていた。
ナイトも私の成長には目を見張る物が有ると言う。
たった一日でここまで強くなったのは私が始めてらしい。多分、基が凄まじく低いからかであろう。
そんあ事はさておき、私のゴールはこんな所では無い。
今現在も苦しんでいるかもしれないリュウの為に。
そして私を支えてくれた全ての人の為に、私はもっと強くなって出来るだけ迷惑を掛けない様にならなければならないのだ。
額から湧き出す汗を拭い、荒い息を整える。
そして、容赦の二文字が存在しない厳しい訓練を私は再開した。








今日もリュウは狭い牢屋の中に居た。
何も食事を取っていないのだが、腕につながれた透明の管から必要最低限の栄養が体内に送られてくる。
当然の事だが、余分な栄養を与えてしまっては脱走される危険がある為、この様に生きていくのに必要な分だけしか与えられない。
……昨日。いや、今日なのかもしれない。リュウは捕まってから初めてはっきりとした夢を見た。
まだリュウがタツベイだった頃の夢だ。
初恋の相手……そして人生初のキスをした相手でもある者が事故で死んでしまった事を今は亡き両親から告げられ、絶望を感じていた頃の夢。
今思えば、その過去があってリュウは軍隊に入隊した。人を守りたいと言う気持ちで。
けれど、想像していた程軍隊は綺麗では無かったのだ。
一生懸命努力し、相当な実力を付けても、それは誰かを守る為に使われるのでは無く、命を奪う為に使われてしまう。
それが嫌でとある任務中に上官に逆らい、ピース町に左遷させられた。
給料は半分になってしまったが、ピース町こそリュウにとっては理想郷であった。
そこで出会った心の空白を埋めてくれる存在……フェザー。
神が許すのであれば、彼女にまた会いたい。
リュウはじっと横たわりながら処刑される事も忘れてフェザーの事を考え続けていた。
時を同じくして、軍の秘密施設内にある会議室にジャウや、ソウルが集まっていた。
そして、上級の兵士達も数人。
スクリーンに映し出されたセンスリート町中央広場の地図を彼等は見つめ、そのスクリーンの横には椅子に座ったスプーンの姿もある。

「いいか、現段階で決まっている事を言う。各自頭に叩き込んでおけ。先ず、上級兵士には要所を警備してもらう。この中央広場に続く道は全部で五本ある。もし、奴等が仕掛けてくるとすればその道からだ。
リュウは私とジャウ、そしてソウルが警備する。いざと言う時の為にな」

「スプーン様。空からの可能性は?」

スプーンの説明に、ジャウが自慢の大顎を動かして顔にスクリーンの光を浴びながら意見を申し出る。
スプーンは画像を切り替え、広場の上空の画像をスクリーンに映す。
そこにはCGではあるが、数多くの飛行タイプのポケモン達が映っていた。
それも、フェニックス計画に賛同する飛行タイプの兵士の数とは不釣合いな量。

「当日の上空はテレビ局のカメラマンが数多く集まる。兵士は数名配置しておけば問題は無いだろう。怪しい影が近付けばカメラマンが発見してくれる」

「分かりました」

その後、会議は終了し、参加していた全員が椅子をテーブルの下に音を立てながら仕舞う。
扉に近い者から順番に会議室から出て行き、順番が最後だったソウルがスプーンの方に振り返り、彼の姿を一瞬だけ瞳に映す。
スプーンも自分が見られているのに気が付いたのか、ソウルの独眼に自分の目を合わせた。
数秒間、二人の間に沈黙が生まれる。
だが、ソウルが先に目を逸らし、彼は何事も無かったかの様に部屋から出て行った。

「フン、気味の悪い一つ目が」

スプーンは小さく呟くと、資料を念力で纏め、それを脇に抱えて部屋の電気を消すと自室に向かって無機質な灰色に染め上げられた窓も無い廊下を歩き出した。
響いていた彼の足音は次第に聞こえなくなっていき、廊下は再び静寂を取り戻す。
スプーンが会議室の前の廊下から姿を消してから数秒後、ソウルが床から染み出す様に出てきた。
そして、彼はスプーンが歩いて行った方向を睨む。

(……やはり、奴は私を良く思っていないみたいだな)

スプーンを持ち前の隠密性で盗聴し、今は廊下に浮遊しているソウルの元に彼の部下と思われるゲンガーとヤミラミが何処からか足早に駆け寄ってきた。
ソウルが二人の方にゆっくりと振り向くとゲンガーとヤミラミは横一列に並び、ソウルに頭を下げる。

「隊長。どうでしたか?」

「あぁ、予想通りだった。お前達は指示通りに準備を進めておいてくれ。くれぐれもスプーンには気付かれるな」

「了解しました」

ゲンガーとヤミラミの二人は再度、ソウルに頭を下げると、揃って廊下を進んでいく。
ソウルはその二人の背中を見つめた後、身を翻して床に体を沈め始めた。
そして、体全体が床に沈む寸前、彼は心の奥底で呟く。

(私は……駒ではない)









八話に続きます。


PHOENIX 8 ‐準備‐


あとがき
次回はリュウの死刑が執行!?……フェザー達はそれを阻止しようとする予定です。
よって、アロヌス国の首都であるセンスリート町の中央広場は大荒れの予報ですね。
町民の皆さんは速やかに避難を~!

つまらない駄文を読んで頂きありがとうございました。
誤字や脱字の指摘、または感想などを頂けると嬉しいです。




トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2010-01-27 (水) 00:00:00
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.