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PHOENIX 6 ‐仲間‐

/PHOENIX 6 ‐仲間‐

PHOENIX
作者 SKYLINE
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6話 仲間

無機質で冷たい床、押し潰されそうなくらい重い空気、喋ることを許さない無音……
リュウは薄暗い牢屋に居た。重く圧し掛かる空気に耐えながら、彼はゆっくりと包帯が巻かれていない右目を開いて周囲の状況を確認する。
ここが何処だかも分からなければ時間も分からない。
ただ、分かる事は自分の手足や尻尾は縛られ、何一つ行動出来ないという現実。
さらに口には噛み付いたり出来ない様に特殊なマスクが着けられ、満足に開く事が出来ない。

(殺さずに捕獲か……)

リュウは右目の瞳を冷たい灰色の床に向けながら、今までの事を振り返り始めた。
フェザーと過ごした数日間。平和だったあの頃はとても楽しかった。どこか親近感のある彼女と直ぐに心を打ち解けあい、町を散歩したり、楽しく会話したりした。
そして、軍の追手から必死の逃亡。さらには旧友であるガブリアスのフィンとの悲惨な戦い。
リュウの脳内でここ数日間の記憶が映像化され、流れていく。最後に流れたのは別れる際に見たフェザーの顔。
リュウは視線を床から天井に移した。
フェザーは指示した場所に無事に辿り着いているのだろうか。悲しみに負けていないだろうか。怪我をしていないだろうか。
沢山の心配が生まれては消えていく。出来るのであれば彼女とずっと、ずっと一緒に居たい。
そんな想いから開いているリュウの右目は僅かに潤む。

(フェザー。絶対に死ぬなよ)

無音の牢屋でリュウは一言も喋ること無く、天を見据えるかの様に天井を眺め続けた。
ふと、低い音と共に鉄格子の扉が開いた。そして、そこから現れたのはオーダイルのジャウだ。
リュウは鋭さを失った目でジャウを見る。
抵抗出来ない事は分かっているのでリュウは全くといって体を動かさない。

「よぉ、ゴミ野郎。気分は最高か?」

「…………」

ジャウはリュウをからかいながら、腕を組んだ状態で彼の方に歩み寄って来る。
口には特殊なマスクが着用された上、体の自由を奪われたリュウは迫り来るジャウを鋭さを失った目で見る事しか出来なかった。
リュウのそれとは違い、残忍さを象徴するジャウの目はリュウを捉え、視線はまるで矢。リュウに鋭く突き刺さる。
ジャウはリュウの目の前までやってくるとそこで立ち止まった。目と鼻の先……体の自由さえ奪われてなければ爪を立て、ドラゴンクローを直ぐにでもお見舞いできる。
しかし、今のリュウにとってそれは敵わぬ夢に過ぎなかった。逆にジャウが爪を立て、それをリュウの首元に突き付ける。

「おい、あのチルタリスは何処に居る?」

「……知らん。どうせ俺からは何も情報は得られない。とっとと殺せ」

リュウの返答にジャウは不気味な笑みを浮かべ、リュウの首元から爪を離した。リュウは依然としてジャウの顔を決して鋭いとは言えない目付きで睨み付けている。

「ふん。殺せか……そんな挑発で俺がお前を殺すと思ったか?……お前、俺達が考えてる事が分かってるみてぇだな。お前が生きていればあのチルタリスを誘き寄せる餌になるからお前には嫌でも生きてもらうぜ」

「…………」

リュウの決心は疾うに決まっていた。フェザーを誘き寄せる餌となってしまった自分を殺すように鎌を掛けたみが、全くといってジャウには効果無し。
言葉を返す事が出来ないリュウは俯いてしまった。
ジャウはリュウを嘲笑い、彼の腹を一発殴る。途端に激痛が腹部から全身に迸り、リュウはその痛みをうめき声を上げる事無く、歯を食い縛って我慢した。

「チッ、うめき声の一つも上げやしねぇ。つまんねぇな」

ジャウはその言葉を残して薄暗い牢屋の出口に向かって歩き出す。
そして、看守らしき人に一声掛けるとその人に鉄格子の扉を開けてもらい、部屋から出て行った。
ジャウが居なくなったと同時に、牢屋はまた静寂と化し、それは自分の心臓の鼓動が聞える程。正に無音の世界であった……








リュウ……。私は貴方とフィンの死を無駄にはしない。必ずやフェニックス計画をこの世から永遠に葬り去る……
今、私は冬でも葉を付けている木の下で休憩を取っている。
つい先程まで溢れていた大粒の涙はようやく収まり、私は落ち着きを取り戻していた。いつしか太陽は輝きを失い、今はその半分を鼠色の雲に隠している。これから天気が崩れそうだ。
ふと、気が付いた。リュウが別れ際に渡してくれたこの紙。これには何が書いてあるのだろうか。
私は老人の肌の様な皺だらけの紙を丁寧に、そしてゆっくりと広げてみる。
そこには、とある住所が書いてあるだけであった。そう言えばリュウはこの紙を渡した時にここに行けと言っていた。
一体この住所に何があると言うのだろうか。けれど考えている時間は無い。私にはこの住所に行くという選択肢しか残されていないのだ。
仲間は一人として居ない。振り出しに戻ってしまった私は重い腰を上げ、リュウが自身の血で書き記した住所に向かう。
何時しかヒラヒラと雪が舞い始め、寒さが体を足元から蝕んでいく。
でも、挫けてはいけない。リュウとフィンの想いは私に託されている。
彼らの希望となった私は何としても生きて、生き抜いて、彼らの成し得なかった事を私が成し得なければ……
別れ際のリュウの顔が脳裏に浮かび、治まった筈の涙がまた涙腺から湧き出てくる。
私は涙を拭いながら一人孤独に歩き続けた。
緑を失った森をひたすらに進み、雪化粧した山を越える。途中何度も転んだが、立ち上がっては人通りの多い道などを避けて通る。
私は夜通しで歩き続け、リュウの示した住所がある町、ブイエイト町に丸一日掛けて辿り着いた。
けれど、この町は何処か寂れた雰囲気で、通りを行き交う人々は全てが全てでは無いが、柄の悪い人達ばかり。
どうも私には合わない。
私はしばらく町を歩き回った。そして今、とある道の隅で立ち止まっている。
リュウが書き記した住所はこの辺りの筈なのだが……どの家だろうか。
密集した住居を順番に見回しているとリュウが書いた住所の場所には周囲の家より、少々小さい家があった。
ここ……なのだろうか。一見すればただの家なのだが、壁には何かで切り裂かれた様な傷があったり、所々塗装が剥げている。
どうしよう……なんだか怖いし、町の様子からして柄の悪い連中が沢山居そう。でも、私一人の力と頭では軍に勝つ事は不可能。
私は葛藤の末、勇気を振り絞って目の前の建物に入る事にした。一歩一歩玄関に近付き、
ドアノブをそっと掴む。
大丈夫。リュウが行けと言った場所だ。当然、中に居る人達は良い人に決まってる。何も脅える事は無い。
私は少しばかり目付きを鋭くし、ドアノブを回す。扉は木が軋む音を生みながらゆっくりと開き、その隙間から屋内に風が流れ込んでいく。

「誰だ!!」

「え!?」

まだ扉が半開きの状態だが、その隙間から一人のサンダースがこちらを睨み、そして声を上げる。
私はそのサンダースの目と声に圧倒され、それ以上扉を開ける事が出来なかった。
隙間風が私を屋内へ誘うが、全くといって動かす事が出来ない。まるで足に錘でも付いている様だ。
サンダースは目を鋭く釣り上がらせ、一歩一歩私に近付いてくる。
体毛からは微弱な電気が流れているのか、弾ける様な音を立てて毛の先端と先端に青白い橋が架かる。

「よう、なんか用があんのか?」

「あ、いえ……その、リュウにここに行けって言われて」

リュウの名を出してみたがサンダースは全くの無反応で私を見ていた。警戒しているのだろうか。
まだサンダースの体からはバチバチをした音が上がり、私の耳を劈く。彼はさらに一歩前に出ると口を開いた。

「あ?リュウ?誰だそいつ?訳わかんねぇ事言ってんじゃねぇぞ小娘が」

「え……そそそ、そんな」

私は臆病で気弱な性格だ。睨みを利かされてしまっては呂律が回らなくなってしまう。私は何を言えば良いのかも分からず、ただその場に立ち尽くしてしまった。
依然、サンダースは私を睨みつけている。身長こそ私より小さいが、威厳は彼の方が断然上。
もう私の力ではどうしようもない。諦めた私は振り返り、入ってきた扉の方に歩き出す。やはり私一人では何も出来ないのだろうか。
しかし、心の奥底から這い出てきた何かが私の足の動きを止めた。
……いや、たとえ何も出来なくとも、私はやらなければならない。睨まれたからどうした?別に痛くも痒くも無いじゃないか。
私にはリュウやフィンの様に命を掛けてでもやらなければならない事があるんだ。
私は意を決し、体の向きをサンダースの方に向けた。

「あの!……話だけでも聞いてください」

私は普段では中々出ない様な声でサンダースに言った。しかし彼は表情を変える事無く、私を睨み続けている。

「話……だと?」

「はい!私は……私は軍の陰謀を阻止したいんです!」

私は目の前のサンダースに頭を深く下げ、そのまま彼の返答を待ち続ける。一か八かの行動であった。はたして強気の態度ででたのは正解なのか失敗なのか。
彼が口を開けるまでの数秒間が数時間にさえ感じられた。

「……わかった。話だけは聞く。ここで待ってろ」

「あ、はい!」

サンダースは私にそう言い残すと方向転換して奥の部屋に向かって歩いていってしまった。サンダースが居なくなってから数分間、私はまるで案山子になっていた。
緊張していた為に体は動かず、時間の経過を待つ。とりあえず話しは聞いてもらえる。後は交渉次第と言った所か。
突然奥の部屋に通じる扉が開き、中からあのサンダースが出てきた。

「リーダー。コイツだ」

サンダースの後ろに誰かが居る。闇に溶け込む黒い体色、スマートな体。黄色の模様、細長い耳と尻尾。ブラッキーだ。
そして、サンダースがリーダーと言っているのでおそらく上下関係があるのだろう。
ブラッキーは私に向かって既婚者の象徴である指輪を填めた前足を動かして歩き出した。
ここからが本番。この人と交渉して仲間になってもらわなければ……

「軍の陰謀と言ったらしいな。詳しい事を聞かせてもらう。付いて来い」

ブラッキーは私に視線を合わせながら向きを変え、奥の部屋に向かって歩き出した。
私も慌てて彼の後を追う。
奥の部屋に着いたものの、そこはただの物置の様で棚やら荷物やらが群生している。なぜこんな狭苦しい場所に案内したのか。こんな場所だったらまだ先程の広いリビングの方が良い気が……
ブラッキーは重たそうな本棚を退け、床に取り付けられている蓋を開けた。そこには階段があり、先は暗く、奈落の底にでも通じている様であった。

「俺は傭兵隊ブイズの隊長、ナイトだ」

「あ、私はフェザーって言います」

傭兵隊……そうか!リュウはこの人と協力しろと言いたかったんだ。あの状況で詳しい事は話せないから住所だけを私に教えたんだ。
私はブラッキーのナイトに付いて行きながら緩やかな階段を下り、地下室に辿り着いた。いかにも硬そうな扉の前でナイトは足を止め、私の方に振り返る。

「……中に入れ」

「はい」

唸る様な音を上げながら扉はナイトによってゆっくりと開かれ、地下とは思えない程広い廊下が姿を現した。
ナイトに先導され、幾つもの扉が出迎える様に整列する廊下を私は歩いて行く。
立ち止まったのは一番奥の扉だった。
私もナイトも一言も喋る事無く、静かな廊下に扉を開ける音だけが木霊する。

「来い」

「あ、はい」

私はナイトに言われるがままに動き、部屋に足を踏み入れる。そこは綺麗に片付き、ゴミ一つ見当たらない部屋だ。
だが、生活している雰囲気は出ているので彼の自室だろう。ナイトは親切にも椅子を用意してくれ、私は遠慮しながらもそれに腰掛ける。
さて、ここからが問題だ。……証拠も何も無い中で信用してもらわないと。

「……率直に聞こうじゃないか。軍はどんな陰謀を計画しているんだ?」

私はナイトに体験した全てを話した。フェニックス計画の事、フィンの事……そして、リュウの事も。
知っている事全てを何の覆いも無く曝け出し、さらにはリュウが自らの血で書きとめたここの住所が書かれた紙も見せる。
ナイトは自身の椅子の上に後ろ足を曲げて座りながら私の話をしっかりとその細長い耳で受け止めていた。
そして……

「あの、軍に歯向かうには抵抗があるかも知れませんが……協力してください!」

大丈夫。きっと信じてくれる。真剣に聞いていたみたいだし、しっかりと私と目が合っていた。
信じていないのならずっと目が合っている事なんてないだろう。
私はナイトの目をじっと見つめながら彼が口を開くのを待った。
全てを話したにも関わらず緊張は私にこびり付いて離れない。自分の心臓が奏でる鼓動音一回一回が脳内に響き渡る。

「……軍に歯向かう事に抵抗があるだと?俺達は金で雇われ、何でもする組織だ。今まで幾度と無く軍の連中とは殺しあった。抵抗など無い。軍を潰せばそれ相応の金も手に入るしな」

「え?じゃあ……」

「あぁ、お前に協力する」

「あ、ありがとうございます!」

私の顔から久々の笑みが零れた。彼は私の話を信じ、協力してくれると確かに言った。その事実が私の顔を緩くする。
これでようやく道は開けた。やっと前に進む事が出来る。
傭兵隊ともあればかなりの実力者の筈。期待と喜びが完全に精神を支配していた最中、突然意識が遠のいてくる。なんだろう?目の前のナイトは霞始め、体の軸が折れかの様に私は左右に揺れ始める。

「おい、どうし……」

ナイトの声は最後まで聞えず、意識を保つ事が出来ない。不意に全てが闇になり、私は何が原因かも分からないまま意識を失った。
気が付いた時はベットの上だった。一体何故私は気絶してしまったのか。私は天井を眺めながら記憶の整理を始めようとした。
だがその時、私の視界に何かが入り込んできた。

「あ、目が覚めた?最近碌な物食べてなかったでしょ?それにずっと歩き続けてたから倒れたのよ」

「…………」

目の前では一人のエーフィが私の顔を覗き込んでいる。あのナイトと言う名のブラッキーの仲間なのだろうか。
何を言っていたのかははっきりと聞き取れなかったが表情は穏やかだった。
体は重く、まるで鉄の塊。
先程まではこんなに体は重くは無かったのだが、緊張の糸が途切れたのと同時に眠っていた疲弊が目を覚まし、私の体を奪ったのだろうか。
目の前に居るエーフィに心配そうな目で見られながら私は体を起した。
途端にお腹から重低音が響く。そうか、やはり体は限界まで達していたのだ。
眠らず、さらには何も食べずに歩き続けてこの町に辿り着いた。おそらく、精神だけが体を支えていたのだろう。

「随分お腹が空いてるみたいね。なにか食べる?」

「あ、いいんですか?」

「えぇ、主人が貴方を看病してくれって言ってからね」

主人?……私は彼女の前足を見るとしっかりと指輪が填められていた。どうやらこのエーフィはナイトの妻の様だ。
彼女は気品があり、さらに顔付きは癒し系と言った感じ。私とは天と地程の差があった。
エーフィは私にパンとモーモーミルクをくれた。
遠慮しながらもそれをもらい、胃の中にその全てを送る。飲み込んだ物が空っぽだった胃の中に溜まっていき、腹からの騒音も収まった。
私はリュウと過ごしていた日々の様にふわふわのベッドから降りて床に足を付ける。

「ありがとうございます」

「礼なんていいわよ。それより主人が貴方と話しをしたいらしいから付いてきて」

「あ、はい!」

私は彼女の美しい後姿を追いかける様に付いて行った。部屋から出て、蛍光灯に照らされた廊下を歩いて行き、とある部屋の前に辿り着いた。あのナイトと言うブラッキーの自室だ。
私の前に居るエーフィはゆっくりと扉を開け、私を中に誘導する。

「さ、入って」

緊張している私を落ち着かせようと気を配ってくれているのか、エーフィの表情はとても穏やかで微笑んでいた。私は部屋の中に足を踏み入れる。
すると先程と同じ様にナイトは椅子に座っており、部屋に入った私に視線を注いでいた。
私がその場に立ち尽くしていると、エーフィが私の背中を押す。

「ほら、こっち」

「あ、はい」

エーフィに押されて私は再びブラッキーのナイトと対面する。
緊張していないと言うと言い過ぎだが、二回目なだけあって初対面の時よりは幾らか気持ちが楽だった。
それに一眠りして体の疲れも多少なりとも取れた気がする。

「さっきと同じ所に座ってくれ」

「はい」

私は初対面の時に座った椅子にまた腰を置く。ナイトは部屋の隅にある引き出しを器用に開けると丸められた大きな紙を私と彼を隔てるテーブルの上に口で咥えて持ってきた。
そしてその紙を前足で広げて見せた。
大きな一枚の紙に記載されていたものはコール川周辺の地図。
この地図は過去にも利用したことがあるのか、ペンで何かを書いた跡などが残っている。

「フェザー。お前が倒れていたのはその辺りだ?」

ナイトは椅子の上に座りながら私の目を見て言った。私はテーブルに広げられた地図を眺め、コール川を辿っていく。
地図の上からずっと辿っていくと、ようやくピース町の周辺にまで辿り着いた。
多分この辺りだった気がする。私はピース町から僅かに離れた川辺を指差した。

「多分……この辺りです」

私が指差した場所をナイトも見つめ、私の後ろからは彼の妻であるエーフィも顔を出して覗き込んできた。
そう言えば、このエーフィの名前をまだ聞いていなかった。
私の後ろから地図を覗き込んでいるエーフィの方に顔を向け、彼女に話し掛けてみる。

「あの、まだお名前を聞いてなかったんですけど……教えていただけますか?」

「あぁ、名前?……私はデイ。よろしくね」

「よろしくお願いします」

私の問い掛けにエーフィのデイは笑顔で答えてくれた。ナイトの妻であるデイは外見も綺麗で性格もとても良い。多分、私なんかより数倍はもてるであろう。
私は女神の様な笑みを浮べる彼女の顔を眺めながらそう思っていた。

「そうか、ならこの周辺から上流に向けて捜索する。デイ。みんなを集めてくれ」

「分かった」

デイは私の横から直ぐに離れると、早足で部屋から出て行った。残ったのは私とナイトの二人。
ナイトは地図を再び丸め、それを口に咥えるとしなやかな身のこなしで椅子から降りた。
そして部屋の出口に向かってゆっくりと歩いて行く。
私は椅子に座ったまま、その姿を眺めていた。

「フェザー。お前はさっきの部屋で今日一日ゆっくりと休め。捜索は俺達に任せろ」

ナイトは口に地図を咥えたまま、私にそう言った。でも、何もしないでただ休んでいるのがなんだか後ろめたい。私はナイトの後を追って部屋から出た。
そして、長い廊下を歩みながら彼に話し掛ける。

「あの、私も何か手伝います!ただ何もせずにいるのがなんだか後ろめたいんです」

ナイトは私の話に聞くと足の動きを止めて振り返る。そして丸められた地図を口に咥えたまま、少々話しにくそうに話始めた。
私は蛍光灯の光りが反射する彼の瞳に目を合わせ、そこで足を止める。

「いや、休んでいろ。俺には信頼出来る仲間が居る。お前は今、疲れ切っているんだから無理をせずに休むんだ」

彼は私を一緒に連れて行くつもりは微塵も無いらしい。そう言い残してナイトは廊下をまた進み出し、私が居た部屋とは違う部屋に入って行ってしまった。
長い廊下に取り残された私は、渋々体の向きを変え、つい先程まで寝ていたベッドがある部屋へ向かって足音を木霊させながら歩いて行く。
そして、部屋に入るとベッドに仰向けになった。
仰向けになりながら天井を見つめていると自然とリュウの顔が頭の中に浮かんでくる。
思いたくはないが、リュウは私とは違う世界に行ってしまった。こんな私を逃がす為に……
私の頬を涙が伝い始めた。そして、頬を伝う涙は私の目と枕を繋ぐ。
いつしか私は疲れからくる眠気に打ち勝てず、眠りに就いてしまった。








フェザーが傭兵隊ブイズを仲間にした頃、リュウは相変わらず牢屋に閉じ込められていた。
技を出そうにも特殊な薬でPPが零にされ、さらには手足は縛られて何も出来ない。
そろそろ外の明るい日差しが恋しくなってくる。
まだ拷問などを受けている訳では無いが精神的にも肉体的にも疲弊していた。
看守は一日おきに交代しているがどれも無表情で、ただじっと牢屋の前でリュウに背を向けながら突っ立っている。
しかし、今日の看守は何か雰囲気が違った。時折チラチラとリュウの方を見てくるのだ。
リュウはその度に看守……正確に言えばマグマラシに目を合わせるが、そうすると彼は直ぐに目を逸らしてしまう。
マグマラシは今まで顔だけ振り向いてこちらを見ていたのだが、突然全身の向きを変えて牢屋の鉄格子に前足を掛けた。

「あの……覚えていないかも知れませんが……何故あの時俺を殺さなかったんですか?」

「あの時?」

「はい。貴方がチルタリスを逃がす為に囮になった時です。俺の火炎車を回避して、その後の隙を突けば簡単に殺せたのに……何故ですか?」

リュウはマグマラシの話を聞いて思い出した。
そういえば、已む無く一人殺めた後にこのマグマラシが自分目掛けて火炎車を仕掛けてきた。
あの時のマグマラシか。と、リュウは思い出しながら鉄格子に前足を掛けているマグマラシを見つめる。
リュウはマスクが装着されているせいで存分に口は開けられないが小さな声で質問に答え始めた。

「殺さなかった理由?それは……これ以上戦った所で無駄な犠牲が増えるだけだからだ。あの時の俺の目的は彼女を逃がす事。既に目的を達成していたから何もしなかっただけだ。これで納得か?」

「いや、納得出来ないですよ。だって俺は貴方を殺す気だったんですよ。幾ら目的が達成出来たとしても普通なら反撃するもんじゃないですか?」

再び質問を返されたリュウは一度目を瞑り、一秒ほどしてから瞼を持ち上げた。
そして徐に口を開き、先程と同様の小さな声で話しだす。

「俺を殺す気だった?嘘は言わない方がいいぞ。お前、あのオーダイルに命令されたから攻撃したんだろ?火炎車を繰り出す時の目で分かったよ。全くと言って殺気は感じられなかったからな」

リュウの話が図星だったのか、マグマラシは黙り込んでしまった。
まぁ、リュウからしてみればこの名前も知らないマグマラシと話して何か得がある訳でも無いので永遠に黙っていても問題は無い。
二人の小さな話声がしていた牢屋はまた静かになり、重たい空気が支配する。
リュウはマグマラシから目を逸らし、また天井を見つめ始めた。

「あの、お名前だけでも教えてもらえませんか?」

マグマラシは宛ても無く天井を見ているリュウを見上げると突然言い放った。言い放ったと言ってもその音量はかなり小さいが。
リュウは天井を指していた顔をゆっくりと動かし、彼を見る。
名前を教えて何になる?そう疑問を抱きながらも、リュウはとりあえず名前だけをマグマラシに教える事にした。

「俺の名前はリュウだ」

「いい名前ですね。……俺、グレンって言います」

別にマグマラシの名前を知りたい気持ちは微塵も無かったが、名乗られたからには脳の片隅に仕舞っておく。
まったく、自分は何をやっているのか……敵である軍の兵士と牢屋でお喋りをしている。
何か得でもあるのだろうか。あったとしてもギリギリ暇つぶしになる程度か。
リュウは頭の中で自問自答しながらマグマラシのグレンと目を合わせていた。
しかし、ここで思いも寄らぬ言葉が牢屋に小さく木霊したのであった。

「あの、俺……リュウさんに協力したいんです」

突然の出来事だったのでリュウは目を見開いたまましばし硬直してしまった……とは言っても最初から体は動かせないのだが。
リュウが包帯を巻かれていない右目を見開いている間にもグレンは話を続けた。
それも周りに響かない様にしているのか、かなり小さな声で話している。

「俺は、ジャウ隊長に……あ、ジャウ隊長はあのオーダイルです。あの人に脅迫されていやいやこの計画に協力していたんです。
正直な所、こんな計画を実行させたくは無かったんです。だって、国民を道具みたいに使うんですよ。
でも、逆らったら口封じに殺すって言われて……それからは軍の駒でした。
……リュウさん!お願いです。俺と一緒にここを抜け出してください!」

リュウはグレンの目をじっと見つめ、しばし黙り込む。その間にもグレンは鉄格子を前足で掴みながら目でリュウに訴える。
自分の犯してしまった過ちを償いたい。その一心で。
今の自分に出来る事はリュウを逃がす事。そして、全力を持って彼に協力する。
リュウはグレンの姿を青い瞳に写しながらそっと口を開き、マスク越しに彼に問い掛けた。
マスクの影響で篭った声がごく僅かに牢屋の重い空気を振動させてグレンの耳に飛び込んでいく。

「本当なのか?だが、技も使えず、体の自由を奪われた俺をどうやってここから脱出させるつもりなんだ?お前の体格じゃ俺を担げないだろ」

「え?そ、それは……どうにかします!」

鉄格子を掴み、何も計画を立てていないグレンからリュウは一度目を離し、数秒間天井を見つめた。
そして顔を動かし、またグレンを右目で見つめると口を開くと、先程と同じ様に篭った声でグレンに言う。

「いいか、よく聞いてくれよ?ブイエイト町に行って傭兵隊ブイズって言う奴等と接触しろ。
そしてお前が持っている全ての情報を伝えるんだ。外出ぐらいは出来るだろ?」

「……あ、はい。でも電話で連絡した方がいいんじゃないですか?」

「連中は盗聴を恐れて電話を持っていないんだよ。絶対にバレない様に行動してくれ」

「はい。任せてください」

グレンはリュウからの指示を確認し、大きく頷く。まだ神は自分を見捨てていなかったのかもしれない。
看守の仕事を再開したグレンの背中をリュウは見つめながら心の中でそう感じていた。
きっと、死を覚悟するのが早すぎたのだ。そう、フェザーの様にどんな環境に置かれようとも折れてはいけない。
リュウはこの状況下で決して諦めてはいけないと言う当たり前の事を学んだのだった。








一方、傭兵隊ブイズの隊長、ブラッキーのナイトは仲間を集めて着々と準備を進めていた。四足歩行のポケモン用に作られたポーチを身に着け、小型のカメラを頭の横に装着する。
サンダースやリーフィアと言ったイーブイの進化系である他の隊員達もナイトと同様に装備の装着、点検を行う。
ナイトの指示で二人一組のチームに分かれ、それぞれが決められた場所を捜索する。
デイと隊員の一人であるイーブイはこのアジトに残って、各チームから集められる情報の整理や無線で彼らをサポートする。
訓練されたナイト達は手際良く装備の点検を済ませると、地下から地上に続く階段を一列になって駆け上がっていく。
階段を上る音は廊下に響き、地下の一室に取り付けられた幾つかのモニターには彼らが着けている小型カメラからの映像がリアルタイムで映し出される。
建物の裏口から外に出たブイズの隊員達は三チームに分かれてそれぞれ行動を開始した。
一チームが捜索する範囲はフェザーが倒れていた場所から三キロずつ。無線で随時連絡を取りながら彼等はピース町に向かって進みだした。
もちろん、人目につかない事を最優先にして。

「こちらナイトだ。到着にはしばし時間が掛かる。カメラのバッテリーを節約する為に目的地に到着するまでカメラの電源を落としておく。他の二チームにも伝えといてくれ」

門番?をしていたサンダースと一緒にナイトは人気の無い道を走りながら耳に着けた無線でデイに連絡を入れる。
一方、デイは無線越しに聞えてくる彼の声を聞くとマイクに口を近付けてその口を開く。
そして、部屋にあるモニターの二つが真っ黒に染まった。

「わかった。みんなに伝えとくわ」

「頼む」

必要最低限の事だけを妻に告げるとナイトはそのままサンダースと共に走り出す。
単純な速さではサンダースに劣るナイトではあるが今は二列になって同じスピードで駆けている。
ブラッキーと言う種族の中ではかなり早いペースだ。それに無駄の無い動きで角やカーブを曲がる。
他の二チームの隊員達もかなりのペースで目的地に向けて走り続ける。








ナイトを合わせた六人が出発してから数十分後、私は不意に目を覚ました。
……夢を見たのだ。私が居るこの傭兵隊ブイズのアジトにリュウが来た夢だった。
そして、私と再会するとただいまと言ったのだ。
目が覚めて夢だと分かってもその声は頭に何回も響く。
私は上半身を起し、足や尾羽が布団に隠れた状態で独り言を呟く。

「なんだ……夢か」

改めて周囲を確認してみてもそこにリュウの姿は無い。まだピース町に居た頃はリュウが私の隣で眠ってくれていた。
そんなふとした夢から、ピース町で過ごしたリュウとの日々が回想される。
でも、そうやって過去を思い出すと途端に悲しくなって目の下が熱くなってしまう。私は首を横に振り、認めたくない過去を極力思い出さない様に心掛けた。
ベッドから下り、床に足を付けるとそこからは冷たい感覚が伝わってくる。部屋に暖房があるがこの季節の床は冷たい。
私は扉の方まで歩いて行くと、両翼でドアノブを掴み、ゆっくりと回して廊下に体を曝け出した。
暖房の点いている部屋とは違い、廊下はとても寒い。
そして、誰の気配も感じない上に物音一つしなかった。
自らが出す足音だけが鼓膜を揺らし、私は一つ一つの部屋の扉に耳を当てて行く。
何か音はしないだろうか。
突然目の前から誰も居なくなってしまうと誰でも不安になるものだ。特に私の様な臆病者は……
と、四つ目の扉に耳を当てた時だった。微かに部屋の中から声が聞こえてくる。
良かった。誰かが残っている様だ。私の不安は安心に上書きされ、自分でも表情が緩んだのが分かった。
そっとドアノブに右翼を掛け、それを回す。
僅かに軋む音を立てながら扉は私の翼によって開かれ、部屋の中の様子が私の目に飛び込んでくる。
中はと言うと……なにやらモニターだらけ、そしてそのモニターを眺めている人が二人居るだけだった。
部屋に並ぶモニターのせいか、他の部屋よりもずっと狭く感じる。
モニターに映し出されている映像を椅子に座りながら眺めているエーフィのデイは私に気付いたのか、素早く振り返った。

「あ、随分起きるのが早いね。ゆっくり休んでていいんだよ」

「いえ、もう大丈夫です。それよりナイトさん達はもう出掛けたんですか?」

「えぇ、みんな行動が早くてね。後、三時間ぐらいで貴方の倒れていた場所に到着するわ」

私が丸一日掛けて移動した距離をたった三時間で……リュウやフィンもそうであったが、やはり訓練を受けて体を鍛えている人は違う。
私の何倍もの力を持っている。
私に状況を説明してくれたデイはまたモニターを眺め始め、異常が無いか目を凝らす。
デイの隣に座るイーブイも同じ様にモニターに映っている映像に目を凝らしていた。
少々薄暗いこの部屋で私は立ち尽くしながら並ぶモニターの映像一つ一つに目を遣る。
どれも歩く度にブレを起しているが、まぁ、それは仕方ない事か……
デイがこのまま立っていると疲れると私に告げ、親切にも他の部屋から椅子を一つ持って来てくれた。
私は彼女に頭を下げるとその椅子にゆっくりと腰を下す。
それから数時間、私はモニターに映る映像に食い入っていた。
と、突然モニターに周囲の岩に同化する様な迷彩模様をした建物が映し出された。そしてデイが口を開く。

「フェザー。この建物?」

「た、多分そうです」

私は、映し出された建物をモニター越しに凝視するとそう言った。間違いない。あの時、そう、川に落ちる瞬間だ。
その瞬間に映し出されている建物の壁の模様と同じ模様を見た。
あれがこの国の全国民の敵とも言える存在。
私がモニターを眺めていると、デイがマイクに口を近付けて全員に連絡を入れる。

「目標の位置をナイトが確認。みんな一先ず帰ってきて」

アジトから離れた軍の秘密施設がある場所で、岩陰に隠れながら建物に焦点を合わせていたナイトは、無線から聞えてくるデイの声に返事をすると身を翻し、その場からサンダースと共に退却を始める。
ナイトは小さくなっていく軍の秘密施設を一度だけ睨み付けると、その場から勢い良く駆け出した。
ナイト達は来た道を戻り始め、流れる水面から顔を出す岩の上を華麗にジャンプして行く。
別の場所を捜索している他の隊員達も皆、デイの指示通りに一斉にアジトに退却を始める。
ナイトとサンダースが川辺を走っていると、突然目の前に軍のバッジを付けたマグマラシが姿を現した。
そして、ナイトはそのマグマラシとバッチリ目が合ってしまう。

「マズイ!!」

ナイトとサンダースは足を止め、そのマグマラシから戦闘する上で的確な間合いを取った。
けれど、驚いたのはナイト達だけではなかった。
目の前に現れたマグマラシも相当驚いているのか、目を見開いている。

「ボルト……拘束するぞ」

「あぁ」

ナイトが隣に居るサンダースに話し掛けると一斉に二人はマグマラシに向かって駆け出した。

「え!?ちょ……待って!!」

マグマラシは二本足で立ち上がり、前足を前に出して二人に叫ぶ。
その声はナイト達に届いているにも関わらず、全くと言って効果も持っていなかった。
目にも留まらぬ速さで駆けるサンダースが繰り出した技、スパークによってマグマラシは麻痺状態にされ、途端に体の自由が利かなくなる。
体が痺れたところで、ナイトが素早くマグマラシを拘束した。
そして、手馴れた感じで彼を気絶させるとポーチからワイヤーを取り出してマグマラシの体を縛り上げる。

「よし、コイツはアジトに連れ帰って情報を聞き出そう。この周辺に居る軍人って事はおそらく、あの秘密施設に勤務する者だろう」

ナイトが気絶したマグマラシの体を背負うと、サンダースを先頭にして何事も無かったかの様にアジトを目指して歩き出した。








七話に続きます。


PHOENIX 7 ‐希望‐


あとがき
今回、初登場のキャラが数名居るので、覚えるのにご苦労をお掛けしてしまったかもしれません。
一応PHOENIX 世界観とキャラ紹介にまとめておきましたので、誰が誰だか分り辛かったのならご覧ください。&キャラの苗字を公開しました。
ちなみに、グレンは三話と五話に登場していたマグマラシです。次回はこのグレンからフェザーにとって良い知らせがある……かな?

つまらない駄文を読んで頂きありがとうございました。
誤字や脱字の指摘、または感想を頂けると嬉しいです。




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Last-modified: 2010-01-21 (木) 00:00:00
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