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PHOENIX 5 ‐離別‐

/PHOENIX 5 ‐離別‐

PHOENIX
作者 SKYLINE
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キャラ紹介はこちら

※本話にはグロテスクな描写があります。苦手な方はご注意ください。

5話 離別

私は何が起きたのか理解出来なかったけれど、リュウの突然の叫びによって反射的に身構えていた。
リュウが嘘をつくとは思えない、それに目を見れば分かる。彼が私には分からない何かに気が付いている事が。

「直ぐに出るぞ!ここに居るとやばい!」

フィンがリュウと目を合わせ、まるで一つの脳が二人を動かすかの様に息の合った動きでリュウが私を引き、フィンが扉を蹴り開ける。
木目の廊下にがたつく音を響かせながらから外に飛び出し、私は頑丈なアスファルトの上をリュウに引っ張られて走っていく。あまりにも急にリュウに引っ張られたので私は驚き、目を点にしてしまった。

「ちょっと!リュウ!なんで逃げるの!?別に何も居ないじゃん!」

私はリュウに右翼を引っ張られ、彼のスピードに何とか足を合わせながら質問をぶつける。
リュウは私の質問に振り向くこと無く前を見据えながら答えた。

「眠り粉だ。それも目に見えない程、極小のな」

話しをしている間にもリュウは私を引っ張ったまま、幾つもの角を曲がり、今は人気が無く、古い新聞紙が風に乗る裏路地を走っている。一体リュウは何故目に見えない眠り粉に気付けたのだろうか。

「ね、眠り粉!?……でも、なんでわかったの?」

私はリュウに翼を引っ張られた状態で、再び質問をぶつけた。しかし私の質問に答えたのはリュウでは無く、私の隣を前屈みになりながら走るフィンだった。
でもなんでフィンが?
まぁ、そんな事気にしていられる状況ではないけれど……

「リュウは鼻が利くんだよ」

「え?そうなんですか?」

リュウの鼻が利くなんて知らなかった。やはりフィンは付き合いが長いだけある。
私達はしばらく重い荷物を背負ったまま、裏路地を駆け巡り、追手が居ないのを確認すると長年整備されていない皹だらけの寂れた道に座り込んだ。
息は上がり、足は少々痛い。準備運動も無しにこれだけの運動をして、怪我をしなかったのが奇跡に感じる。
また捻挫してしまったらどうなる事やら……。
呼吸を整えようと、上を見ると建物の隙間から見える青い空を綿の様な雲がゆっくりとその姿を変えながら漂っていた。
先程までの長距離走を見物していたであろう太陽が発する光りに目を細めながら、私はしばし体力の回復と呼吸を整える事に専念する。

「リュウ。お前の便利な鼻は鈍ってないみてぇだな」

「はぁはぁ、お前もその馬鹿みてぇなスタミナも衰えてないじゃねぇか」

「あの頃が懐かしいぜ」

「確かに……よく二人で馬鹿やったよな」

ちょっと……この状況で思い出話に花を咲かせるの?……私は彼らが少々、暢気過ぎる気がして止まない。
二人の思い出話に終止符を打つのは多少なりとも抵抗があるが、私は思い切って彼らの会話に割って入る。

「あの……さ、思い出話よりもこれからどうするか考えた方が……」

二人は私の声を聞くと、二人揃って私の方に顔を向け、その後に互いに目を合わせた。どうやら我に返ったらしい。
二人は自己の過ちとは言えないまでも、周囲の警戒も忘れて思い出に浸っていた事に反省の色を示すとゆっくりと立ち上がった。
そして、一時的に地面に置いていた重いバックを軽々と持つとリュウが青い瞳を私に向けてきた。それに続いてフィンも瞳を私に向ける。

「そうだな。フェザーの言う通りだ。……行こう」

「うん!」

私とリュウとフィンの二人は再び移動を開始した。それも見つからない様に人気の無い裏路地ばかりを通って。
風の交差点となっている十字路を抜け、整備されていないごつごつした道を太陽に見守られながら進んでいく。
前方に見える山はしだいに大きさと迫力を増し、私達が徐々に近付いている事を認識させる。
ピース町とは反対に位置するこのノースワイト町から見る山々は神々しく、威厳を感じる。
ふと、気が付けば、城を囲む城壁の様に佇む山の麓に私達は辿り着いていた。
ピース町から見た時よりその山はずっと高く感じる。今まで気が付かなかったが、ピース町とノースワイト町には高低差があるらしい。

「さてと、またこの山を登る訳だ。まぁ、今回はちゃんと装備もあるし、俺達は経験済みだから大丈夫だよな?フェザー?」

「も、もちろん!」

正直な所……不安でたまらない。なにせこの山は一度私とリュウの命を奪いかけた死の山なのだから。
それにあの究極の不味さとワイルドさがマックスの外見を備えたあの植物にまたお世話になるかもしれない。
そう考えるとゾッとする。
……登る前から弱気でどうする!何も問題は無い。無事に乗り越えられる。気力と根性だ!私は一人で空気にパンチしながら気合を入れる。
リュウとフィンはというと、そんな私の姿を揃って見つめている。
そして目で“こいつ何やっているんだ?”と訴えている様子。

「あ、いや……何でもない。さ、さあ!行こうよ!」

「あぁ、そうだな」

私達は登山を開始した。前回同様、敵に見つかってしまうので飛行は禁止。
全て徒歩だ。
登り始めて直ぐには雪に足を取られる事は無かったが、登っていくに連れて雪と木の比率は逆転し始め、なんとか山頂に付近に達した頃には白の世界に変わっていた。
私達の体温を奪う山風は舞い上がった粉雪と共闘して襲ってくる。
私達三人は寒さが大の苦手。太陽も傾き始め、さらには怪しい雲が追いかけて来るかの様に近付いてくる。

「フィン!今日はここらで休もう。雲行きも怪しいし太陽も傾いてきてる」

先頭を歩いているフィンにリュウが声を掛け、そこで雪上に延々と作られる足跡は途絶えた。私は息を僅かに上げながら二人の背中を見ていた。
リュウの言葉に振り向いたフィンの表情は全くといって疲れを見せていない。どれだけスタミナがあるのだか。

「あ?まだまだ大丈夫だろ?」

「お前は大丈夫かも知れないがフェザーの事も考えろ」

「あ、そうか……悪ぃな、フェザーちゃん。疲れたか?」

「はい、少々……」

私の疲れが滲み出たかの様な顔を見たフィンはリュウの方に視線を向け、彼の方に雪を蹴散らしながら早足で歩いて行った。そしてなにやら二人で相談を始める。

「リュウ?敵の匂いはするか?」

「いや、何も……風の匂いだけだ」

「よし、ならこの辺にテントを張って、しばし休憩にしようじゃねぇか」

「だな」

二人は純白の雪上にバックを下ろす。そして四分の一程雪に沈んだバックのチャックをスライドさせ、中から色々と取り出してテントを張り始めた。
テントを張り始めて数分、見事なテントが完成して、リュウとフィンは達成感を顔に表しながら出来上がったテントを眺めている。真っ白な三角形が四つ合わさったそれはどこかの砂漠にあると言われるピラミッドにそっくりだ。
私は白いテントをリュウ達の後ろから見つめた。そして舞い上がってきた賞賛の念が私の口を動かし始めた。

「すごい!これなら吹雪なっても大丈夫だね!」

「あぁ、それに色を白く塗っておいたから迷彩効果もある」

私達は早速、体を休めようとテントの中に入ろうとする。だが、次の瞬間。私達三人を悲劇が襲った。
せっかく作ったテントが突如炎上し、白い雪とは正反対の黒煙を立ち上らせながら紅蓮に身を染める。
あまりにも突然の出来事に私達三人は直ぐには動けなかった。
しかし、そんな私達に燃え上がるテントの向こうから飛んできたさらなる炎が追い討ちを掛ける。
恐怖で体が言う事を聞いてくれない。私はたった一つの抵抗も出来ずにただ、迫り来る劫火を瞳に映していた。
しかし、間一髪のところでリュウが私を抱き抱えて一緒に炎をかわす。

「フェザー、大丈夫か?」

「う、うん」

私が無傷なのを確認するとリュウは私の体から前足を離し、青い瞳に紅蓮の炎を映しながらテントの先を見る。
一方、フィンも間一髪のところで攻撃を回避し、身構えながら鋭い目で敵が居ると思われる方向を睨んでいた。

「どうやら見つかっちまったみたいだ」

「あぁ、よくもお手製のテントを灰にしたな……高かったのに」

燃え上がるテント、天を目指す黒煙。緊張と殺気が周囲を支配し、私はその中で震えていた。
こんなにも早く追手に見つかってしまうとは……まったく、今年は大凶なのだろうか。

「ようやく見つけたぜ。仲間を増やしてどうするつもりだ?チルタリス?」

低く、太い声……燃えるテントの向こうから聞えてくる声に私の背筋は凍り付く。
あいつだ……残忍なオーダイルのジャウ。私を実験材料にする為に襲撃し、人を物として見る軍人。
私は四本の足を雪上に沈ませているリュウの後ろに隠れる様に身を置いた。
リュウは私に目を向ける事無く、ジャウの声が聞こえてきた方向を睨んでいた。

「ったく、シカトかよ。まぁいい、後で嫌と言うほど叫ばしてやるからよ……お前の仲間であるそこのボーマンダとガブリアスをぶっ殺してな」

山風によって鎮火されたテントの向こうにジャウが姿を現す。
そしてその後ろには配下の兵士達。数では圧倒的に負けていた。ぱっと見ただけでも十人は居る。
それに私はあのオーダイルの実力を知っている。
あの時、意図も簡単に私の体を地面に叩き付けたのだから……。
リュウは私を守る様に身構えながらジャウを睨み、口を開いた。

「お前が……フェザーを追っている軍人か?」

「あぁ、名乗るつもりはねぇが……そんなに名前が知りたければ教えてやるよ。俺の名前は……」

「あ?誰も名前なんて聞いてないぞ。耳に異常があるらしいな。残念だが、ここは耳鼻科じゃない」

リュウが睨んだまま、挑発まがいの事をジャウに言う。その言葉を聞いた途端、ジャウは拳を握りしめ、リュウを再度睨み付けた。それも並々ならぬ殺気を帯びた目で……
怖くてたまらない私にはその目を長時間直視することが出来なかった。
もし、直視などしていたのなら、気がおかしくなってしまいそうだ。

「言ってくれるじゃねぇか……俺を怒らすとどうなるか分かってんのか?」

「初対面なんだから分かる筈ないだろ?まぁ、予測としては鰐皮のバックかな」

「鰐皮……だと?いいか、俺が怒る前に投降しろ。そしたら殺さないで実験材料にしてやっからよ。それと多勢に無勢って言葉を覚えといた方がいいぜ」

確かに相手の数はこちらの倍以上、おそらく、いくらリュウやフィンが強くても敵わないであろう。それともリュウに秘策でもあるのだろうか。
しばし、山風が肌を撫でる中で私達は一触即発の状態を維持していた。おそらくリュウはジャウと会話をして時間を稼ぎながら何か策を考えているのだろう。
私はリュウの若干、焦りが浮き出ている顔に視線の先を合わせた。そして小さな声で呟く。

「リュウ。私が囮になるよ」

「なに言ってる?フェザーは一番情報を掴んでいるんだぞ。それに……」

リュウの言葉は今まで黙ってジャウと睨み合いをしていたフィンが突然発した声で途切れてしまった。
風の音が耳に響く中、フィンの声は私達二人の鼓膜をしっかりと揺らす。

「ここは俺が囮になる。その間に山を下れ。このまま戦っても三人ともくたばるだけだ。
議論する時間は無い。行け!」

「で、でもフィンさんは!?」

「なぁに、直ぐに追い付くって」

フィンがリュウと目を合わせて頷く。それが合図となってフィンが敵の方へ、リュウが私を引っ張ってピース町の方へ一斉に走り出す。

「フェザー!飛ぶぞ!」

「わ、わかった!」

私は翼を羽ばたかせ、リュウと同時に飛び上がる。そしてリュウが直ぐに風の流れを掴むと滑空を開始した。
私もその後に続いて滑空する。
振り返ると、見る見るフィンの背中が小さくなっていき、吹き付ける冷たい風は目に沁みる。

「おい逃がすな!……ホーク!早く追え!」

「りょ、了解!」

ジャウの指示で先のリュウとの戦闘で包帯だらけになったムクホークが飛び立ち、複雑な風の流れをホバリングしながら読み始めた。
だが、フィンがそのムクホークを地上から睨みながら叫ぶ。その声は山風を貫き、これでもかと言わんばかりにムクホークの鼓膜を振動させる。

「今更追い掛けたって遅いんだよ!無駄な行動してないで俺とタイマン張りやがれ!!」

フィンが地面に積もる雪を弾き飛ばして高く跳躍する。突然目の前に現れたフィンにムクホークは防御すら取れなかった。
その隙を逃すまいとフィンは鋭い爪に陽光を反射させて大きく振りかぶり、牙をむき出しにして再び叫ぶ。

「ドラゴンクロー!!」

勝負は見えていた。この距離では攻撃を防ぐ事すらままならないであろう。体を切り裂く不快な音と共に空中に赤い飛沫が舞い、ムクホークは頭から山の斜面に堕ちて行った。
だが、まだ空中に居るフィンの下からジャウが強烈なハイドロポンプを放った。
放たれたハイドロポンプは破裂した水道管から噴き出す水の数倍はあろうかという強烈な威力を保持したままその先端にフィンを捉える。

「ぐあっ!!」

形勢は逆転。攻撃後の隙を突かれてはジャウの攻撃を交わす事は困難であり、放たれたハイドロポンプはフィンに直撃して水飛沫を上げた。フィンはそのまま力なく傾斜のある白の大地に向かって落ちていく。
その最中にも再びハイドロポンプがフィンを襲い、彼の体に当った高圧の水は弾け飛ぶ。
二発のハイドロポンプを喰らってしまったフィンは、背中にある立派な鰭は雪に叩きつけられ、山の斜面を転がりながら雪塗れになって下っていった。








私はリュウと一緒に山を下っていた。けれどフィンの事が気になって仕方ない。
あの時、小さくなるフィンの背中に私は並々ならぬ不安を覚えていた。なんと言い表すのだろうか……なにかこう、彼の勇士をその目に焼き付けておけと内に潜む何かが警告する様な感覚だった。
リュウはどうなのだろう?私以上にフィンとは付き合いが長く、アイコンタクトで互いに息の合った動きが出来るぐらい親密だったのだから……
あの状況で逃げ出すのに抵抗は無かったのだろうか。私はリュウの後ろ姿を見つめる。
リュウの背中は無言。何も言う事は無いと訴えている様である。
それにリュウはあれから一度も振り返っていない。これが軍人なのだろうか。
たとえ仲間がどうなろうと精神を乱さない。リュウには私には無い、強い精神力もある様だ。
結局、追手は現れずに私達二人は無事に山を下って再びピース町……の周辺に辿り着いていた。本来は三人でここに来る筈であった。だが今ここに居るのは私とリュウの二人。
リュウの戦友であるガブリアスのフィンの姿は無い。
リュウは俯いていた。あの時の判断は正しかったのかと自分に問い詰める様に。私は俯いたまま口を閉ざしているリュウの側まで足を運ぶ。

「リュウ。大丈夫だよ。フィンさんなら上手く切り抜けられるって」

「……あぁ、だといいけど。俺の判断は……フィンを見捨てただけだ。」

「リュウ……」

どう言葉を掛けて良いのか分からない。私は何も出来ずにリュウの俯く顔を見つめていた。
しばらくして私達は再び歩き出した。フィンの行動を無駄にしない為にもここでのんびりしている訳には行かないからだ。
けれど、リュウはめっきり口数が減ってしまった。地面を眺め、歩く速度もなんとなく遅い。
人付き合いの無かった私は励まし方がよく分からないが、とりあえずやれる事をやってみようと思い、リュウの隣まで足を速めて歩く。

「リュウ。フィンさんは大丈夫だよ。リュウも言ってたじゃん。フィンさんには馬鹿みたいなスタミナがあるって。だから今頃全速力で私達の方に向かってるよ」

「あぁ、そうだよな。ありがとうフェザー。心配してくれるなんて」

「だってリュウは仲間だもん」

リュウの顔から僅かに微笑みが零れた。リュウの微笑みを見た私もそれをカウンターする。
その時、私はふと、感じた。後ろから迫る何かの気配を。
私が振り向くと青空に何か黒い影がある。なんだろう……いや、その影がなんなのかは瞬時に理解出来た。両腕に付いた鰭で風を受けているのは正しく、フィンであった。
彼は無事だったのだ。これには私もリュウも笑顔になる。
私達はフィンを迎えるべく、手を振って彼に合図を送った。フィンは私達に気が付いたのか、徐々に高度を下げて私達との距離を縮めていく。
しかし、私達の笑顔はフィンの考えられない行動によって、消え去った。
彼は……突然私達に向けて猛スピードで突っ込んできたのである。ギリギリでかわす事が出来たが、何故……フィンが?
突撃してきたフィンは無表情で佇みながらその鋭い目で転んでいる私を睨みつけてきた。私は彼の目に自分の目を恐る恐る合わせる。
が、その瞬間に私は言葉を失ってしまった。
フィンの目は人の物とは思えない冷たい瞳で、もう正気と言う物は全くといって感じられない。
これがフィン……?私は信じたくなかった。しかし私が見ている光景は夢でも幻覚でも無い。
紛れも無い現実なのだ。

「フィン!?何やってるんだ?冗談にも程があるぞ。あいにく死ぬ所だったじゃないか」

リュウはフィンが冗談でやったと思っているのか、フィンの背後から何の警戒も無く彼に近付いていく。
今のフィンは何時ものフィンでは無い。私は、まだこの事実に気付いていないリュウに大声で警告する。

「リュウ!フィンさんから離れて!!」

「え?……うっ!!」

私の声はリュウに届いた。けれど僅かにそれは遅かったのだ。フィンは素早く振り返るとかなり近くまで来ていたリュウに向かって鋭い爪を振り下ろす。赤い液体が宙を舞い、それと同時にリュウの叫びも響く。
フィンが陰になってリュウの状態が確認出来ないが、私はリュウの叫びに反射的に反応して声を上げる。

「リュウ!!」

位置をずらし、リュウの姿を確認するとリュウは地に右前足を着いて仰向けになって倒れていた。
そして左前足で左目の辺りを押えている。爪と爪の間を赤い血が流れ、それは腕を伝う。
どこからどう見てもリュウが怪我をしているのは歴然だった。
そして、リュウは開いている右目の瞳を点にしながら、無表情で佇むフィンを見上げている。

「な、なぜだフィン……どうして?」

「……抹殺」

抹殺?明らかに何時もの明るいフィンとは違った口調で彼はリュウに言った。そしてまた腕を振り上げ、リュウの血で赤く染まった爪が天を指す。爪の先端から垂れた血が地面に落ち、それを合図にするかの様にフィンはリュウに向かって爪を振り下ろした。
リュウは間一髪、左目を押えていた左前足の爪でフィンの攻撃を受け止める。衝突音が空気を揺らし、互いの爪に付く血が再び宙を舞う。
どうすれば良いのだろうか。人が変わってしまったけれどフィンはフィン。彼を攻撃するなんて出来ないし、だからと言ってリュウをこのままにしておく事も出来ない。
私が目の前の光景に混乱している中でもリュウとフィンの戦いは続く。フィンの鋭い爪が幾度と無くリュウを襲い、リュウはそれを必死で防御したり、回避したりしている。
防戦一方であるリュウの左の瞼は幕を降ろしており、そこには斜めに赤い線……切り傷が入っていた。
流れる血はポタポタと地面に滴り落ち、その地面に垂れた血をフィンの足が踏み潰す。
状況は圧倒的にフィンの方が有利な状態であった。最初の一撃でリュウは左目を負傷し、瞼を持ち上げる事が出来ない。
このままではリュウがやられる。
私は意を決し、大きく息を吸い込んでフィンに向かって火炎放射を繰り出した。熱波と轟音を発生させながら灼熱の炎はフィン目掛けて猛進して行く。
私の火炎放射はフィンを背後から襲い、背中から彼の体を包むと、激しく燃え上がった。
リュウはフィンの炎上に一瞬、驚いた様だが、今は息を切らしながらその光景に見入っている。
私はリュウの元まで駆け寄り、彼の安否を伺う。燃え上がる灼熱の炎に照らされたリュウの左半分の顔は赤い液体で所々染まり、斜めに入った傷からは絶え間なく血が流れていた。

「リュウ!大丈夫!?」

「あ、あぁ……くそ、何故フィンが俺を……!?」

リュウは開いている右目で燃え上がるフィンを見つめると悔しそうに呟く。その表情は友に裏切られた事に対しての絶望を絵にしている。
私は翼でリュウの血を拭い、こんな事もあろうかと出発前にフィンが用意してくれた包帯を、不幸にもフィンによってリュウの左目に刻まれた傷に巻く。
痛みとフィンの思い掛けない行動に対する驚きを隠せていないリュウの顔に丁度包帯を巻き終えた所で、私をさらなる驚きが襲ったのであった。
フィンの体を焼く炎が何かに弾かれたかの様に吹き飛び、一瞬で鎮火した。そして所々に火傷を負ったフィンが平然と立っている。さらに、人の物とは思えない機械の様な目付きで私達を睨む。
これは夢なのかと思いたくなる。優しく明るかったフィンが今はまるで良心の欠片も無い殺人鬼。
やや、前傾姿勢になりながら二本足で立ち上がり、前足の爪を立てているリュウの体に私は翼をそっと当て、彼の顔を見る。

「ねぇ、フィンさんは……どうしちゃったの?」

「おそらく……これがフェザーの言ってたフェニックスだろ」

「え?じゃあフィンさんは……!」

「あぁ、“敵”だ」

あのフィンが敵に。信じたくないがこれは事実。私達は戦わなければならなかった。
だが、フィンにフェニックスが入れられていると仮定すると今、彼は不死身と言う事になる。
それにリュウは左目を負傷しているし、状況は厳しい。なにか良い打開策は無いものか。
フィンが再度爪を立て、私達の方に向かって走ってきた。
やはり、もう優しかったフィンの面影は微塵も無い。迫り来るフィンはもはや命令だけを実行する殺戮マシーン。
私やリュウの静止を促す声も彼には届かず、フィンは勢い良く切り掛かってくる。
標的はリュウの方だ。負傷して弱っている者を狙うフィンの爪が断続的に風を切り、それをすれすれでリュウはかわしている。
だが、高速かつ連続で繰り出される攻撃に回避が間に合わず、リュウの腹部に赤い線が描かれた。掠っただけだとはいえ、痛みで一瞬怯んだリュウにフィンの尻尾が強烈な一撃をお見舞いした。
リュウの体は飛ばされ、地面に落下すると土埃を舞い上げながら数メートル滑った。

「リュウ!!」

私は再度息を吸い込み、再びフィンに火炎放射を放つ。しかし、私の口から吐き出された紅蓮の炎は目標に触れることは無く、自然鎮火する。
フィンは素早く私の攻撃を回避し、曲線を描きながら前屈みになって私の方に走ってきた。
見る見る距離は縮まり、その殺気を醸し出す姿に私は恐怖を感じ、足が震え、汗が頬を伝う。
大地を蹴って大きく跳躍したフィンの体は太陽を背にして黒く染まり、頂点に輝く白い爪は私目掛けて振り下ろされようとしていた。
が、そのフィンの後ろにもう一つの影。リュウがフィンの背後から反撃を試みていた。

「ドラゴンクロー!」

リュウの三本の爪がフィンの背中に襲い掛かる。フィンの背鰭の先端は切断され、血と共に地面に落下する。
だがフィンは表情一つ変えずに素早く振り返り、二本の爪が同時にリュウ襲う。爪と爪が激突する高い衝突音が何度も私の鼓膜を震わせ、素早く、激しい空中戦が展開される。
リュウを援護したいが戦闘訓練を受けていない私には高速で移動するフィンを捉える事が出来ない。
何も出来ない私を尻目に戦いは続き、リュウとフィンが空中で取っ組み合いになると重力に捕らわれて地上に落下していく。このままだと二人とも硬い地面に体を打ち付けてしまう。

「リュウ!地面にぶつかる!」

「!?」

取っ組み合いをしながら落下していたリュウはようやく自分の置かれている状況を把握したのか上手く組手を解き、隙を突いて長く強靭な尻尾をフィンに振り下ろす。
フィンは腕を組んでリュウの攻撃を受け止めるが、空中では支えになる物が無いので、そのまま勢い良く地面に落下して行った。
轟音と共にフィンの体は地面に打ち付けられ、土埃を大量に生む。
地面に入った皹が蜘蛛の巣の様に張り巡らされている中心にフィンは仰向けに倒れており、もがきながら起き上がろうとしていた。
そして、その真上にはリュウが鋭い爪を陽光に反射させながら急降下しており、その爪はフィンの首を狙っていた。

「許せフィン!!」

リュウは叫びながらフィンの首を目掛けて鋭い爪を振り下ろし、彼の首を一刀両断した。切り裂かれた首は途切れ途切れの赤い放物線を描きながら宙を舞う。
返り血を浴びたリュウの顔には血とは違う透明の液体も右目だけではあるが付いている。
これが私の見たリュウの初めての涙。
旧友との再会は短く。別れは死に別れ。その悲しみは涙を介して私にも伝わってくる。
私は少し離れた場所からぐったりとうな垂れるリュウの姿を眺めていた。

(リュウ……)

しかし終わりではなかった。リュウの横に倒れる首から上を失ったフィンの体がゆっくりと起き上がり、リュウの方に向きを変える。
リュウはその光景に瞳を震わせ、恐怖を覚えた様な顔をしていた。

「ば、馬鹿な……首を飛ばしたのに……まだフィンの体を傷つけろって言うのか……?」

飛ばされた首は地面に無言で佇み、何も訴えてはいなかった。だが体は棘の付いた二本の足を地に付け、しっかりと立っている。まるでホラー映画のワンシーン。
私もその信じられない光景に声が出ない。これがフェニックスの効果なのか。軍の開発したそれは悪魔そのものであった。私は自分の目でフェニックスの恐ろしさを実感させられる。
瞳を振るわせるリュウに首から上を失ったフィンは腕を振り上げ、リュウを切り裂こうとする。
リュウは間一髪で攻撃を回避し、華麗なバックステップで体制を立て直して開いている右目だけで変わり果てたフィンの姿を見つめていた。

「これがフェニックスの……効果なのか?」

「そ、そうみたい」

私はリュウの隣に立ちながら同じくフィンを見る。彼は私達の方に体を向け、足を動かし始めた。徐々に加速していくフィンの体。
地に落ちている自身の頭を邪魔な石ころの様に蹴り飛ばし、彼は猪突猛進する。

「フェザー!下がって!」

リュウが私の前に盾になる様に飛び出し、身構える。

「ど、どうするの?」

「……やりたくはないが、体をバラバラにして無力化する」

リュウは私を見ること無く、迫り来るフィンを睨み付ける。どこか悲しい表情をうかべながら。リュウが駆け出し、フィンの攻撃を絶妙なタイミングでかわすと、懐に潜り込んで先ずは右腕をドラゴンクローで切断する。
続いて怯んだ隙に左腕も。
リュウの青い体はフィンの返り血でどんどん赤くなっていき、瞳からは友達の体を切り刻む事に悲しみを感じているのか、涙が流れている。
私は軍人では無いが、軍ではよく戦闘では感情を押し殺し、非情になれと言うらしい。
だが、戦いのプロであるリュウですらそれは出来ないのだ。
飛び散る血。地に落ちる腕。それは友の物。こんな状態で非情になれる者はおそらくこの世には居ないであろう。
しばらくし、悲しみを押し殺しながらフィンをバラバラにして彼を無力化したリュウは体に付いた返り血を拭う事無く、胴体だけになったフィンの姿を見ながらその場に崩れ、涙と血が混ざった赤く半透明の液体を地面に滲ませる。
至る所に血溜りとフィンの体の一部。そしてリュウの目の前には頭、腕、足、尻尾を失った胴体。その光景は地獄絵図に等しかった。

「すまない……許してくれ、フィン……」

リュウは動かなくなったフィンの胴体に右前足を当てて涙ながらに彼に謝罪を繰り返す。
ここはそっとしておくべきなのか。それとも言葉を掛けるべきなのか。
私の判断力では答えを見つけ出す事は出来なかった。太陽は私とリュウを励ます様に優しく照らし、風は私の鶏冠を靡かせる。
初めての犠牲。それも自らの手によって。その耐え難い事実に私とリュウはしばし、何も喋ることなく、ただただ、フィンに謝罪を繰り返していた。
だが……

「あ~あ、せっかくの殺人マシーンがバラバラだよ。ったく、そこら中肉片だらけじゃねぇか。掃除くらいしとけよチルタリス」

背後から聞えてきた聞き覚えのある声に反応して私とリュウは素早く振り返る。振り返った直後、視界に飛び込んできたのはジャウとその配下の兵士達。ジャウの発言からしてフィンにフェニックスを入れたのは彼だという事は直ぐに理解出来る。
しかし、状況は最悪を極めている。リュウは満身創痍といった感じであるし、それに私の力では兵士の一人すら相手に出来ないであろう。逃げるにも囮になる者は居ない上にまたフィンの様な惨劇を生む事になるかもしれない。どうする?どうすればいい?
私はリュウに意見を求める様に彼の横顔を見つめる。返り血を浴びた彼の顔からはなにかの決意が感じられる。
リュウは一体何を考えているのだろうか。

「フェザー。行け。俺が囮になる」

「だ、駄目だよ!その体じゃ……私が囮に……」

「いいか。このフェニックス計画の情報を一番掴んでいるのはフェザーだ!だから行くんだ!そしてフェニックス計画を潰せ!」

「で、でも……私一人じゃ……無理だよ」

沈む私の顔を見る事無く、リュウは一枚の紙をポーチから取り出す。そしてフィンの攻撃によって出来た腹の傷から流れる血を爪に付けるとその血で取り出した紙になにやら書き始めた。自身の血で何かを書き終えると、それを私に押し付ける様に渡す。
リュウの血を拭い、部分的に赤くなった翼で紙を受け取った私はその折り畳まれた紙に一度視線を合わせた後、直ぐに視線をリュウに戻す。

「リュウ?この紙は?」

「そこに書いてある場所に向かうんだ。急げ!」

リュウは怒鳴る様に私に言い、爪を立てて戦闘態勢に入る。私は極限の状態で理性を失っていたのかもしれない。こんな状況の中で自分のありのままの気持ちをリュウに打ち解けた。
今伝えなければもう伝えられない。そんな気持ちに駆られて……。

「私はリュウが好き!だから別れたくない!きっとなにか方法があるよ!」

「……俺もフェザーが好きだ。……だが私情より大事な物があるだろ!行け!!そして俺の分まで生きろ!」

リュウは必死な表情で私に向かって叫ぶ。彼は私の想いを受け取ってくれた。けれど、けれどリュウとはここで別れなければならない。この受け止めたくない現実に私の涙腺は破裂し、涙が際限なく滴り落ちる。
溢れる涙で視界が霞む中、私は駆け出し、同時にリュウも駆け出した。
けれど互いの進む方向は逆。私とリュウの目から零れた涙が空中で交差し、別れの合図となる。
私は懸命に走り、助走を付けて大空に飛び立った。
振り返ると敵に囲まれたリュウが必死の抵抗をしている。あれだけ数に差があるとリュウは……いや、考えてはいけない。今は自分の使命を果たさなくてはならない。
それがリュウの望み。
私は以降、一度も振り返らずに必死に翼を羽ばたかせた。だが涙は止まってくれない。絶体絶命の状況で告白し、それは成就した。だが別れはあまりにも早すぎたのだ。
私は受け止めたくない現実を大粒の涙を流しながら受け止め、何処までも続く青い空の彼方を目指して飛び続けた。








一方、リュウは左目を負傷しているにも関わらず、必死の抵抗を続けていた。
状況は絶望。
どう頑張っても勝利の二文字は生まれない。

「くたばれー!!」

敵兵の一人がリュウに背後から攻撃を仕掛ける。
しかし、リュウは振り向き、開いている右目でその動きを見切ると横にステップして攻撃を回避する。
そして長い尻尾を使い、攻撃してきた兵士の足を掬って転ばせるとドラゴンクローで留めを刺した。

「はぁはぁ……次は誰だ?」

爪から垂れる兵士の血を掃い、息を切らしながらリュウは自分を囲みながら身構えている兵士達を順番に睨んでいく。
そして、ジャウの姿が瞳に映った所で目の動きを止める。

「……おい!お前。行って来い」

ジャウが腕を組みながら隣に居るマグマラシを睨む。そしてマグマラシにリュウを攻撃する様に命令を出した。
マグマラシはジャウから注がれる矢の様な視線に脅えながら勢い良く駆け出し、加速してきた所で体に炎を纏わせ、さらに回転を加えて火炎車を繰り出す。
しかし、ただ正面から突っ込んできただけのマグマラシをリュウは難なく回避し、絶妙なタイミングで彼を叩き落とし、地に伏せさせた。
マグマラシは自分の技が回避され、意図も簡単にも叩き落された事に自分とリュウとの間に実力差があると感じて腰を抜かしたのか、瞳を震わせてリュウの姿を見つめる。
リュウも息を切らしながら地に伏せるマグマラシに瞳を合わせた。

「これぐらいで十分か……」

死を覚悟しているマグマラシにリュウはそれ以上の攻撃を加えなかった。
そして、フェザーを逃がす時間も十分に稼げた上にもうこれ以上の抵抗は無意味だと悟り、無駄な命の消費を増やすまいとただその場に立ち尽くす。

(……俺の役目はここで終わりだな。フェザー、重荷を託してすまない。けれど、頑張ってくれ……)

抵抗を止めたリュウの体に敵兵のアリアドスから放たれた粘着性の糸が瞬時に巻き付き、雁字搦めにして完全に自由を奪う。
最後にリュウは空を仰ぎ、蒼空の彼方を見る。そこにはもうフェザーの姿は見えない。
その事に安心を覚えたのか、リュウは何も抵抗せずにゆっくりと目を瞑り、視界を漆黒に染めたのであった……








六話に続きます。


PHOENIX 6 ‐仲間‐


つまらない駄文を読んで頂きありがとうございました。
出来れば感想を頂きたいです。




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Last-modified: 2010-01-09 (土) 00:00:00
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