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PHOENIX 4 ‐旧友‐

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PHOENIX
作者 SKYLINE
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4話 旧友

重い。瞼が重い。見えるのは漆黒の闇。いや見えているのではない。何も見えていないのだ。
私は目を瞑っていた。どうやら眠ってしまった様だ。でも……今は起きている。
私が目を開けると外は眩しすぎる程明るく、昨日私達を襲った冷たく白い悪魔の群れは消えていた。
そして傍らにはリュウの温もりを感じる。私はそっと顔の向きを変え、リュウの顔を視界に入れる。
真横に見えるリュウは俯き、目を閉じてすやすやと寝息を立てていた。
私はリュウの体を優しく揺さぶり、彼を起しに掛かる。

「ねぇ、リュウ。起きて。朝だよ」

「……後五時間」

「え……?」

後……五時間?リュウは寝言を言っているのだろうか。それとも本気でそう思って言っているのか。
しかし五時間もこんな所で眠っていたらまた天候が変わってしまうかも知れない。吹雪く前にこの山を越えなくてはならないし追手の事もある。
早くここを出て出発しないとまた私達は死の危険に晒されてしまう。私は少し力を強めてリュウの体を再度揺さぶってみた。

「ん?フェザー?……マズイ!眠ってたのか!?」

「そ、そうだよ」

やはり先程の発言は寝言だった様だ。リュウは自分の失敗?を悔やんでいるのか激しく目を擦っている。
私達二人が眠っていた間に軍に見つからなかったのは幸運だ。それに凍死せずに日を拝む事も出来た。
私は立ち上がり、横穴からゆっくりと顔を出す。
どこか懐かしい。リュウに出会う前は毎日こうやって住家にしていた横穴から顔を出していた。その度に仕事を探して彷徨う準備をする。その記憶が私の中に蘇った。
私がリュウと出会う前の事を思い出していると、リュウが横穴の奥から入り口まで歩いてきて輝く太陽に目を細めながら辺りを見回す。
私もリュウがやっているのを真似て周囲を見回してみるが、人の気配は無かった。視線の先をリュウに向けると彼もそう思っている様子で私と目を合わせると口を開く。

「フェザー。行こう。今日中にこの山を越えるんだ」

「うん!」

私達は歩む。歩み続ける。例え足が悴もうが転んで雪塗れになろうが。追手は待ってくれない。
私とリュウの二人は晴れ渡った空から降り注ぐ光りを反射して輝いている雪に覆われた険しい山道をひたすらに進む。
太陽は私達を高みの見物をしながらゆっくりと西に向かって位置をずらしていく。

「ねぇリュウ?飛んだ方が早いんじゃないの?」

「いや、駄目だ。上空を飛べば追手にわざわざ位置を教える事になる」

「あ、そうか……」

やはりリュウは軍人。こういう所はしっかりとしている。さらには雪上に刻まれた私達の足跡を尻尾で消しながら歩いていたのだ。
リュウは私より気転が利くし頭も良い。これなら追手は中々追って来れないであろう。
時は流れ、私達は山頂付近まで来ていた。振り返るとピース町がとても小さく見える。随分と高い所まで来たものだ。
私達の姿を隠してくれる木々はいつの間にか姿を消し、あるのは雪と岩。さすがに数時間歩き続けたのでここで小休止を取る。それにしてもお腹が空いた。
逃亡を始めてからまだ何も口に入れていない。腹の虫は騒ぎ、喧しい。鳴かれれば鳴かれる程空腹を感じる。
私は岩に寄り掛かり、足を揉む。ここまで良く頑張ってくれた。そう自分の足に感謝の念を込めて。
リュウも私の様に自分の足にマッサージしていた。
まぁ、この険しい山道をずっと登り続ければ誰だって足が痛むだろう。私は直向に足をマッサージするリュウをしばし見つめていた。

「フェザー。腹減ったろ?これ食うか?」

「え?食べ物を持ってたの!?」

「いや、持ってた。と、言うより拾ったって言った方が正しいな。……一応食べる事が出来る高山植物だ。味は究極に不味いけどな」

リュウはそう言うと見るからに不味そうな、そしてワイルド過ぎる外見をした草を私に差し出した。受け取って間近で拝見するがこんな物食えるのかって程の色と外見。
葉は萎れ、焼け残った灰の様な色をしている。枯葉の方がまだ美しい。長年ホームレスであった私でも引いてしまう。
けれどリュウはそれを平気な顔で食べている。
軍では不味い物を食べる訓練もするのだろうか。私は視線をリュウからもらった植物に戻し、意を決して口の中にそれを放り込んだ。

「…………不味い!!!」

「だろうな。でも我慢だ」

リュウは笑顔で私を見ているけれど尋常じゃなく不味い。もうなんて表現すれば良いのかわからない程。
しいて言うならまだ土の方が美味しいであろう。
苦い、苦すぎる。この世の物とは思えない。不味さを極めている。
でも飲み込まないと体が持たない。私はあまりの不味さに多少の涙を流しながらもそれを飲み込んだ。
飲み込んだ瞬間、まだ後味が僅かに残るものの地獄から開放されたかの様な錯覚を感じる。

「……リュウ……これ不味すぎるよ」

「なぁに、食ってる内に慣れるさ。俺の場合一ヶ月かかったけど」

「い、一ヶ月もこんな物食べたの……?」

「あぁ、三食の食事の前に一本ずつ。軍の連中はみんなそうだ」

信じられない、ありえない、考えられない。こんな物を毎日食べていたら舌が機能しなくなりそうだ。
リュウも軍で苦労したものだ。
とは言え、今はこのある意味、究極の味を備えた植物を食べて栄養を取らないと。
はぁ、リュウと過ごしたあの数日間に戻りたい。私は顔を引きつり、極力舌に当たらない様にして何とかこの怪物を制した。我ながらよく頑張った。自分を褒め称えたくなる。
でも、先に褒め称えてくれたのはリュウであった。

「良く頑張った!初めてでこれだけの量を食べる事が出来たのはフェザーが初めてかもしれないぞ」

「ゲホッゲホッ……そ、そう?私って結構すごいのかな?」

「あぁ、少なくとも不味い物を食べる才能はある」

やはり極限まで追い詰められれば人は何でも出来るのだ。私も追い詰められていなければこの植物を食べる事は不可能だった……
私達はしばしの休憩の後、歩く事を再開した。一歩歩くたびに足は雪に沈み込み、力を振り絞って引き抜く。そしてまた一歩。これを何回も繰り返す。
頂上に着いたのは太陽の位置から推測して大体午後四時頃だった。もう私達が居たピース町は遥か彼方に霞む。
耳には風の音だけが響き、地上に積もったさらさらの雪が砂漠の砂の様に中を舞う。
さらには雲を大分身近に感じる。
太陽が西に沈み始め、気温は幾分低いが、この絶景が寒さを忘れさせる。遂に登り切った。その達成感に浸り、この山々が連なる大パノラマを堪能していたがリュウが私に声を掛ける。

「フェザー。行こう。早くしないと夜になる」

「え?……もうちょっと休ませてよ」

「う~ん……フェザー。飛べるか?」

「え?」

「リスクはあるが飛んで行くんだ。そうすればギリギリ日の入り前に山を越えられる」

「うん。わかった」

私とリュウは互いの目を見て頷いた。そして私は白い翼を、リュウは赤い翼を羽ばたかせて体を宙に舞わせ、白い砂浜の様な雪上から足を離し、私はその場でしばしホバリングしながら全身の感覚を研ぎ澄ませて複雑に流れる山風を確認する。

「よし!フェザー。行こう!」

「え?ちょっと……もう!?」

「あぁ、俺の後についてくれば大丈夫だ」

私がまだこの複雑な山風の流れの僅かさえ掴めていないのにも関わらず、リュウは滑空を始めてしまった。
風の流れを掴むのが早すぎるって……
リュウは付いてくれば大丈夫と言うが、私にとっては久しぶりの飛行。ずっと怪我で翼を動かしていないので不安だが、あれこれ考えている暇は無いのでリュウの後に続き、一気に山肌にそって滑空を始める。
白い山肌ギリギリを飛び、顔には凍て付く風が吹き付けて来る。
目の前にはリュウの姿。徐々にスピードは上がり、見る見る山を下っていく。
だが、飛行している内にも太陽は西に沈み始め、白かった山肌を赤に染め始めた。
暗くなったらそこで終わり、ヤミカラスやヨルノズクといった種族じゃなければ夜間の飛行は危険すぎる。急がなければ。
太陽の沈みに対する焦りと軍に見つかっていないかという緊張が混同する中、私は山風の複雑な流れを見事に掴んでいるリュウの後を追って滑空する。
だが、恐れていた事の一つが現実となってしまった。
私達が滑空する先には、先回りして偵察しているムクホークの姿。それもあの時のムクホークだ。けれど、幸運にもまだこちらに気付いていない様子。
リュウが無言のままさらにスピードを上げ、私とムクホークの距離の比率を逆にしていく。

「ん!?お前等は……ぐわっ!!」

ムクホークがリュウに気が付いた時、彼にとっては既に遅かった。リュウの鋭い爪が無線機をピンポイントで破壊し、先ずは通信出来ない様にした。さらにリュウは赤い翼を見事に操り、風をも見方に付けてかなりの急旋回をして第二派を仕掛けようとする。
しかし相手も軍で訓練を受けている者。そう簡単にはやられまいと体制を建て直し、戦闘態勢に入る。
リュウの爪とムクホークの爪が激突し、朱色に染め上げられた空に高い衝突音を生む。

「フェザー!!先に下ってろ!直ぐに追い付く!!」

「でも……」

「いいから急げ!」

リュウの怒鳴る様な声に圧倒され、私は慌てて彼の指示通りに先に滑空を再開した。そんな私を追撃しようと羽を小さく折り畳み、猛スピードでムクホークがこちらに向かってくる。
当然、訓練を受けているので私より速い。
私とムクホークの距離は一秒経過する事に縮まり、さらには背後にぴったりと付くとスリップストリームの状態を利用してムクホークはさらにスピードを上げる。

「待ちやがれ!小娘!!……ん!?」

ムクホークが私に向かって叫んだ瞬間。突如ムクホークの体は紅蓮の大の字に包まれ、彼は叫び声と共に自身の羽根をばらばらと空中に散らしながら、沈む寸前の太陽の影響で真っ赤に色付いた雪山に黒煙と共に落下して行く。
何が起きたのかは直ぐに理解出来た。
私に夢中になっていたムクホークの背後からリュウが大文字を放ったのだ。一瞬の隙が命取りとなり、放たれた炎は彼を背後から襲い。ムクホークを火達磨に仕立て上げた。
堕ちて行くムクホークの姿を見ながらスピードを緩める事無く滑空している私の横にリュウが戻ってきた。
そして何事も無かったかの様に今の空の色とは正反対の青い瞳を私の目に向ける。

「大丈夫か?」

「うん……でも、やりすぎじゃない?あれじゃ死んじゃうじゃ?」

私の心配そうな表情を見たリュウは、視線をムクホークが堕ちて行った辺りに移すと徐に口を開く。
その声は風切音が響く私の耳の中にもしっかりと入ってきた。
そして私はリュウの顔に視線を移す。

「大丈夫だ。殺してはいない。それにこの高さから堕ちても雪がクッションになって死にはしないだろ」

「な、ならいいけど……」

敵を心配してどうする……私は自分でツッコミを入れる。だがそんな暢気な事を考えている暇は無かった。
日は限りなく山々が作り出すギザギザの地平線に近く、本当に時間が無い事を示していた。
でも、後少しで山を越えられる。赤い翼が夕焼けによって真紅に色付いたリュウの後に続き、ラストスパートを掛けるかの如く一気に山を下る。
耳に響く風切音、体に打ち付ける風圧。速度は限界近くにまで達し、下に見える木々と山肌は高速でスクロールする。
視界にはようやくリュウが言っていた友達が住んでいる町が微かに見えてきた……
私とリュウが目指していた町の入り口に辿り着いた頃に丁度、日は沈み、周囲は赤から紺碧に変わっていた。
私達を出迎えてくれたのはようこそノースワイト町へ!……と書かれた看板。
ここがリュウの旧友が居ると言う町だ。ピース町よりも建物は多く、人の数も多い。
町の街頭が道を照らす中、私とリュウはこの町の大通りを歩いていた。
町は夜になっても割りと明るく、どの家も自分が一番綺麗だと主張するかの様にネオンが光り輝いている。
まだまだこの町は眠りそうに無い。
私は様々なネオンに目移りしていたが、ふと隣を歩くリュウに目を移すと彼はしきりに周囲を警戒していた。
まぁ、人が多いだけに警戒するのは当たり前と言えば当たり前の事だが。

「リュウ。その友達の家ってどこ?」

「あぁ、多分あと十分くらい歩けば着く。それとネオンにあまり見とれすぎない様にしろよ?
いつどこから攻撃されるか分からないんだから」

「あ、ごめん……つい見とれちゃった」

バレちゃってた……。やっぱり軍に追われてるのにネオンに見とれるのはいけないか。
私は反省し、それからは輝くネオンに目もくれずに怪しい者や追手が居ないかに注意しながらリュウと共に歩く。けれど警戒して目付きが悪くなってたのか、柄が悪い人に睨まれたりもした。反省してからはネオンには目を奪われなくなったけれど、一つだけ私の目を奪う光景があった。
それは幸せそうに体を密着させてデートしているカップルの姿。
私もあの様にリュウと一緒にデートしたい。
恐る恐る彼の顔を伺っても相変わらず鋭い目付きで周囲を警戒している。
おそらくリュウに気は無いであろう。告白した所で振られちゃうのが落ち。だから告白する勇気なんて微塵も無い。私って臆病……

「フェザー。着いたぞ。ここだ」

私達がたどり着いたのは何処にでも在りそうなの一階建の家。壁は灰色で華やかなネオンの飾りも無ければ玄関に表札も無い。
一見すると誰が住んでいるのか分からない。私がしばし目の前の家を眺めているとリュウが先立って玄関まで歩いて行き、チャイムのボタンを押す。
独特の電子音が家の中から響き、玄関の明かりが点灯する。
私はリュウの陰に隠れる様にしながらその光景を眺めていた。

「フェザー。大丈夫だよ。信頼出来る奴だ」

「う、うん」

リュウが顔だけ振り返って私に微笑みかけてくれた。でも何故か不安という物は恨みに駆られる怨霊の如く私から決して離れず、絶えず緊張を生む。
その時、玄関にあるチャイムに取り付けられているスピーカーから声が聞こえてきた。

「……何の用だ?」

どうやら向こうからはカメラか何かでこちらが見えるらしい。カメラ付きのチャイムを設置するくらいなら表札付けろ。と、ツッコミたくなる。
一方、私の前に立つリュウはその声を聞くとマイクに向かって口を近づける。

「随分冷たいじゃないか。俺だよ。入れてくれるか?」

「ちょっと待ってろ」

「あぁ、わかった」

スピーカーが切れる音がすると家の中から廊下を早足で歩く音が響いてくる。そして鍵を開ける音と共に扉が開き始めた。
扉と壁の間から光りが零れ、さらに家の主の影もしだいに姿を現す。
私は多少警戒してリュウの後ろに身を隠した。まぁ、大丈夫だと思うけれど。

「よぉ、リュウ。久しぶりだな」

「あぁ、久しぶり」

私とリュウの前に姿を曝け出した者はマッハポケモンのガブリアス。そして、ガブリアスはリュウに手を差し出す。
リュウは差し出された手の先端に付いた爪を握って笑顔で握手を交わした。どうやら目の前のガブリアスがリュウの言っていた旧友らしい。
私はリュウの後ろから彼をじっと眺めていた。性格は分からないが顔はなかなか……厳つい。町中で睨まれたら多分私は逃げてしまうだろう。
しばしガブリアスはリュウとの再会を楽しんでいたが、ようやく私に気が付くと覗き込む様にこちらを見てきた。私は体小さくしながら上目遣いで自分の視線の先を彼の目に向ける。

「リュウ。後ろのレディーは誰だ?」

「あぁ、彼女の名前はフェザーだ」

「ほう……まぁ、こんな寒い所にずっとて立ってちゃ、ドラゴンタイプには辛い。中に入ってくれ」

私はリュウに紹介してもらい、ガブリアスに軽く一礼してリュウとガブリアスの後に続いて廊下を歩いて行く。そして案内された部屋に入るとそこはストーブによって快適な温度に温められていて外とは大違いであった。特に私達が越えてきたあの山とは雲泥の差。
部屋の中はテレビにテーブル。そして高そうなソファーなどが綺麗に並べられ、彼の厳つい外見とは裏腹に綺麗に片付いていた。

「まぁ、適当に座っててくれ、コーヒーかなんか持ってくる」

「あぁ、すまない」

私とリュウは椅子に座り、キッチンへと足を運ぶガブリアスの背中を眺める。テーブルの上には遂先程まで食事をしていたのか皿の中には物を掴むことが出来ないガブリアス用に作られたスプーンが入っている。
その皿を見ていた私にリュウが話し掛けてきた。

「フェザー。あいつはフィン。俺の旧友だ。後でちゃんと自己紹介しとけよ」

「あ、うん」

私とリュウが会話をしているとガブリアスのフィンがトレーの上にコーヒーが入ったカップを二つ乗せてゆっくりとキッチンからこちらに向かって歩いてきた。
コーヒーからは温かさを視覚として表した湯気が立ち、それはゆらゆらと揺らめきながら天井を目指す。

「まぁ、コーヒーでも飲みながらしばし会談といこうか」

フィンは私とリュウにコーヒーが入ったカップを配り、自身もテーブルの下に潜り込んでいる椅子を引き出してそこに腰掛けた。
リュウはカップに口を付け、中身をゆっくりと口の中に運んでいく。私もフィンに一礼してからカップを両翼で握り、カップの側面から伝わる温かさを冷えきった翼で感じながら口へと持っていく。
そしてコーヒーを一口飲んでカップをテーブルの上に戻した。

「さてと、なんで俺の元に来た?それもこんな可愛いレディーを連れて」

「いや、実はな……俺達は軍の陰謀を知っちまったんだ」

「軍の陰謀?」

「あぁ、軍はフェニックス計画って言うくだらない陰謀を立ててるんだよ」

リュウがフィンに全てを説明し、私達の住むアロヌス国の国民が晒されている見えない危機を訴える。
私はただ黙ってリュウが語っているのを眺めていた。
リュウとフィンの会話には参加しにくいし……まぁ、ここはコーヒーでも飲んでいろという事か。
私は二人の顔をチラチラと見ながらひたすらにコーヒーを口の中に流し込んでいく。苦味がちょっと苦手だけれども。
いや、あの不味さを極めた高山植物に比べればこれっぽっちも苦くは無いか。

「それで……どうする?証拠が無いんだろ?」

「あぁ、だが証拠さえ掴めればそれを圧力に屈しない新聞社にでも記事にしてもらって国民や隣国に配信する。
そうすれば勝算はある。先ず国民がそんな計画を許す訳が無いし、国連も黙っちゃいないだろう。
加盟国が隣国を侵略しようとしているんだからな」

「ほぉ、考えは悪くないがどうやって証拠を手に入れる?三人で場所も分からない軍の秘密施設に突撃でもするのか?」

「いや……突撃じゃない。潜入だ。先ずはフェザーの記憶を頼りにして軍の施設を探すんだ。協力してくれるか?」

リュウは私と違ってしっかりしている。私はただ逃げていただけだったが、彼は既に勝利の方程式をその頭の中に完成させていたのだ。リュウの計画は確かにナイスな計画だ。
たった三人で強大な力を持つ軍に勝利する事が出来る。
出会ってから色々と話したりしたけれど正直ここまで計画を練っているとは思わなかった……
リュウは力だけではなく知能も備えているみたいだ。
何も案が浮かばないどころか軍に勝つ方法すら考えていなかった自分が多少恥ずかしくなる。
私は一人俯いて上目遣いでリュウを眺めていた。

「もちろん。元、お前の相棒として協力するぜ」

相棒?……思い出した!そういえばリュウの家に飾ってあったあの写真にフィンは載っていた。
つまりはリュウが左遷させられる前にはこのガブリアスのフィンと一緒に任務を行っていたのだ。確かにそれならとても心強い。リュウが頼れると言っていたのも十分に納得がいく。
私が一人で納得しているとフィンがリュウとの会話が終了したのか私の方に顔を向け、話し掛けてきた。

「俺はフィン。よろしくな……フェザーちゃん」

「あ、はい。よろしくお願いします(ちゃ……ちゃん?)」

ちょっと馴れ馴れしい気もするがとりあえず私はフィンと握手を交わした。
私が握ったその爪は硬く、そして鋭い。正に人の命を奪う凶器と言った感じ。こんな爪で引っ掻かれたらとても痛いであろう。
私はフィンの戦いに特化したその爪を見つめながら僅かな恐怖心を抱いていた。
時の流れは速く、気が付くともう夜の九時。夕食を奢ってもらい、そして風呂にも入らせてもらった。
さらにフィンは私達が眠る部屋まで用意してくれた。部屋の数が少ないから一部屋しか用意出来ないと言っていたが……
むしろ私にとってはリュウと二人一緒の方が安心するので二人一部屋の方が良い。
リュウの気持ちは分からないけれど別に嫌そうな表情もしていなければ嬉しそうな表情もしていなかった。

「おやすみなさい。フィンさん」

「おやすみフェザーちゃん!リュウに抱いてもら……」

フィンの言葉は途中で途切れた。原因は背後から仕掛けられたリュウの打撃。痛そうに頭を押えているフィンの背びれをリュウは掴むと部屋の隅まで彼を引きずっていく。
彼が何かリュウに対して暴言でも吐いたのだろうか。

「おい。フェザーはお前と違って純粋なんだよ!そういう事言うなって。それに俺はフェザーとそういう関係じゃない」

「そうなのか……てっきり付き合ってるのかと。けど、お前が必死になって誰かを守るなんて珍しいな。今までは任務じゃなければ要人護衛なんてしなかったのに」

「あぁ、こんなに守りたいって思ったのは初めてだよ。なにかこう……出会った時に妙に親近感を感じてな」


部屋の隅でリュウとフィンの二人が何かコソコソ話しているが私の聴力ではその内容を聞くことが出来ない。
私への愚痴?それとも世間話?どちらだろうか……?
しばらくリュウとフィンは何かを話していたが話しが終えるとリュウは四本の足を、フィンは二本の足をそれぞれ動かして歩き出した。

「いや、さっきの事は気にすんな。じゃ、再度おやすみ!」

「あ、はい」

気にするなと言われても私の好奇心は抑えられない。それに気にするなと言われると余計に気になってしまう。後でリュウと二人きりになったら何を話していたか聞いてみようかな?
フィンは私に二回目のおやすみを言うと自身の寝室にむかってどしどしと歩いて行った。これでリビングに残るのは私とリュウの二人。そして互いの目を合わせ、同時に頷く。
まさかリュウと以心伝心?……私は目を合わせただけでリュウの部屋に行こうと言う考えが理解できた。こ、これって中々すごい事!?
考えてみればリュウには妙に親近感を感じるし、昔から知り合いだった様な錯覚を覚える。リュウはどう感じているのだろうか。超能力か何かでリュウの心を覗いてみたい。
まぁ、敵わぬ夢と言う物だが……
その後、狭い部屋の中で私とリュウは横になっていた。ピース村のリュウのベッドで寝ていた時よりもずっとリュウの顔が近く、緊張してしまう。
恋心と言う物は随分と厄介な物だ。これでは眠れない。
リュウは今、すやすやと寝ている。その寝顔はかっこよさと可愛さを両立している。
かっこ可愛いって感じかな?
リュウは今、ぐっすりと眠っている。今なら頬にキスとかしてみてもバレないかな?……私の心中に悪の心が現れ始めてしまった。
けれど、それは直ぐに理性によって粉々に破壊され、跡形も無く消え去る。
そうだ。そんな事をしてはいけない。好きなら告白しろ!フェザー!……ってそう簡単に出来ないのが現状。
だって告白した数秒後には絶望を味わうのは目に見えている。
振られる、絶対に振られる……
私は深夜、薄暗い部屋で否定的な考えをずっと続けていた。








晴れ渡る空。何処までも続く青。照り付ける日差し。私達は清々しい朝を迎えていた。
私が起きた頃にはフィンが朝食を用意してくれていた。リュウ以上に細かい事には向かない手の形状にも関わらず、フィンが作った新鮮なサラダやパンが並べられている。
どれも美味しそうだ。
私はテーブルに早足で向かう。そして笑顔で椅子に座るとパンを手に取った。

「いただきます!」

向かいに座るフィンに元気良くそう言い、パンにマーガリンを塗ってからそれを口に持っていく。
ふわふわのパンに沁み込んだマーガリンが口の中で滲み出し、パンの美味しさを一層引き立ててくれる。
私は焼きたての美味しいパンを直ぐに食べ終え、さらにサラダも少量頂いた。

「ご馳走様でした!」

私は頭を下げて私達の為に料理を作ってくれたガブリアスのフィンに心からの礼を言う。隣に座るリュウはまだサラダを食べている。
やっぱり私より逞しいだけに食べる量も私より多い。しまいにはリュウとフィンでサラダの取り合いが始まった。

「おい!フィン!取りすぎだろ!俺の分がなくなる」

「あ?こういうのは早い者勝ちなんだよ!それにこのサラダを作ったのは俺だ!!」

ちょっとばかり幼稚な二人だが和むと言えば和む光景。食に対する執念は誰しもが持つ物。
本性剥き出しでサラダの争奪戦を繰り広げるリュウとフィンの戦いはしばらく終わりそうに無い。
私は窓際まで歩いて行き、そこから外を眺め始めた。行き交う人々はまだ時間が早いので少ないが、ピース町よりは幾分、活気に満ちている。
新聞を全て配り終えて新聞社に駆け足で戻る者や二十四時間営業のコンビニで温かい飲み物を買う通勤中の会社員。
でも……この掛け替えの無い平和も私達が軍に負けてしまえば消滅する。
私は朝の町の光景をしばし眺めながら再度フェニックス計画を必ず阻止してみせると決心していた。
気が付けばいつの間にかサラダの争奪戦は終了しており、テーブルの上の食器は片付けられて代わりに大きな地図が広げられていた。

「フェザー。ちょっと来てくれ」

「あ、うん」

私はリュウに手招きされ、窓際からテーブルに向かう。そして朝食を取った時と同じ椅子に座った。広げられている地図にはアロヌス国の北半分が書かれている。
そして、私達が今現在滞在しているノースワイト町やリュウが住むピース町もちゃんと載っていた。

「フェザーが流された川はこのコール川だよな?」

「え?……あ、うん」

どうやらリュウとフィンはこの川の周辺に軍の秘密施設があると読んで私の記憶からその位置を割り出そうとしているらしい。
でも、私は流されて直ぐに気絶してしまったのでどれほどの距離を流されたのかは分からない。

「フェザー。どれぐらいの距離を流されたか分かるか?」

案の定この質問だ。私は役立たずなだけに少しでも二人の力になりたいが……それすらままならない。私は俯き、小さく口を開けて二人に詫びを入れる。

「直ぐに気を失っちゃったから覚えてないんだ……ごめん。役立たずで……」

頭を下げている私を見たフィンがリュウを腕に付いた鰭で突っついている。リュウは一瞬フィンの顔を見てから直ぐ隣まで歩いて来ると私の翼の付け根に前足を掛けて何回か優しく叩いてくれた。
私が俯いていた顔を上げるとリュウが優しい目で私を見ている。

「役立たず?なに言ってんだ。フェザーが頑張って軍の施設から脱走したからフェニックス計画を未然に防げるチャンスが生まれたんだ。今の所一番役に立ってるのはフェザーだぞ」

「……うん」

「それに、分からないのなら片っ端から洗えばいい」

「そ、そっか」

リュウが私の肩を軽く叩き、すぐさまテーブルに戻るとフィンと一緒に何か話し始めた。
残念ながら私は頭が悪いので内容までは理解出来ない。けれど二人の表情は明るく、希望に満ちていると言う言葉がお似合いだった。
後でリュウに説明してもらったのだが天候にもよるが明日の朝にここを三人で出て、また山を越えると言う。
そしてコール川の周辺を徹底的に調べるらしい。はっきり言ってしまえばもうあの山には戻りたくない。
標高も中々高い上に寒い、険しい、風が強い。と、負の三拍子が揃っている。
私が嫌そうな表情をしているにも関わらずリュウとフィンの二人はせっせと明日の支度を始めた。
二人の行動には付いていけない……
計画が決まった瞬間にもう準備だ。少しは休憩が欲しい。
結局、装備を決めたり、必要な物を買いに行ったりで一日費やした。それにリュウとフィンに限っては昼食すらとっていない。タフな二人だ。

「フェザー。今日はゆっくり休んどけ、明日は辛くなるからな」

「うん」

でも忙しい中でもリュウはこうやって私を気遣ってくれる。その優しさが嫌でも感じられる声を聞いた私は一足先に貸してもらっている寝室に行くと、床に就いた。
薄暗い部屋にある扉の向こうからリュウとフィンの会話が微かに聞こえ、明日の計画の再確認をしている。
私はリュウが来るのをずっと待っていたが知らない間に睡魔に襲われ、抵抗虚しく深い眠りに就いてしまった。








翌朝。私が起きると既に二人は準備万端といった感じであった。
二人の足元には色々な物が詰まったバックが置かれ、さらにバックにはいかにもお手製って感じの白いカバーが被さっていた。

「おはようリュウ、フィンさん」

「おはよう。フェザー」

「おはよう!!良く眠れたかい?」

「あ、はい……」

フィンさんは朝からハイテンションだ。まだ眠く、目を擦っている私の元にリュウが歩み寄ってきて白い大きな布を渡す。

「フェザー。雪山を移動中は常にこれを体に纏っとけ。寒さから体を纏ってくれるし、何より雪山では迷彩になる」

「あ、うん」

私は慣れない手付きで作ったのか、継ぎ接ぎだらけの白い布を受け取るとそれを畳んで脇に挟む。
その後、私は顔を洗い、リュウとフィンの二人と一緒に朝食を済ませ、白いカバーの付いたバックを背負う。
ただ、リュウやフィンが持っている物よりは大分小さくて軽いが……
いざコール川へ出発だ。これから険しくなるのは目に見えている。けれど三人で力を合わせればどんな困難も乗り切れる……かな?
って、最初から不安に駆られていてはいけない。成せば成るって諺もある事だ。絶対に大丈夫。
私は玄関に立つリュウとフィンの逞しい背中を見つめながら自分に言い聞かせた。
けれど何の前触れも無く、突然リュウが目付きを変え、周囲を見回し始める。そして彼の表情を伺うと何かに警戒している様だった。

「どうした?」

私より先にフィンがリュウに声を掛け、玄関の扉からリュウに視線の先を移す。リュウは仕切りに周囲を見回し、さらには鼻で何かの匂いでも嗅いでいる様だった。しばらく沈黙が続き、同時に緊張も続く。
と、緊張の糸を切り落とすかの如く、リュウが叫んだ。

「マズイ!!みんな直ぐに家から出ろ!!」

扉が閉まった玄関とそこからリビングに向かって伸びる廊下にリュウの声が響き渡り、私とフィンは反射的に身構えた。一体どうしたと言うのか。私は愚か、フィンさえ何が起きたのか理解が出来なかった。
だが、私達は既にリュウが言った様に逃げなければならない状況に知らぬ間に追い込まれていたのであった。








五話に続きます。


PHOENIX 5 ‐離別‐


つまらない駄文を読んで頂きありがとうございました。
出来れば感想を頂きたいです。




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Last-modified: 2009-12-28 (月) 00:00:00
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