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PHOENIX 3 ‐逃亡‐

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PHOENIX
作者 SKYLINE
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3話 逃亡

雲の合間を抜け、窓ガラスを貫通する光りに照らされて私は目が覚めた。瞼を開いた瞬間に飛び込んで来たのは模様の無い白い天井。
どうやら私は仰向けになっているらしい。
室温は家の外ほどではないが下がり、布団が被さっていない顔では少々寒さを感じる。
私はもう少しの間、体温で温まった布団の中で蹲っていようかと考えていたが、何処からとも無く甘い香り(技じゃないよ!)が漂ってきた。
私は二つの鼻孔でその香りを吸い込む。吸い込んだ直後に脳が匂いの判別を開始し、直ぐに答えを見つけ出した。
脳が出した答えは一つ。それは、甘く、嗅ぐ者を誘惑する蜂蜜の香り。
私はそのなんとも言えない甘い香りの糸にたぐい寄せられ、扉の方まで足を運んだ。
歩き出した時に感じたのだが、昨日に比べると捻挫の痛みも少なくなって回復の兆しを見せている。
私はドアノブに手を掛け、勢い良く扉を開けた。
そして不可視の上に触ることも出来ない匂いの糸にまるで引っ張られるかの様に寝室から飛び出す。

「フェザー。朝食にホットケ……うわっ!?」

飛び出した瞬間に私の両の耳からは聞き慣れたリュウの叫びが聞こえ、同時に鈍い衝撃音も入り込んできた。
一瞬、状況把握の為に硬直してしまった私だが何かの上に乗っかっている事は私の処理速度でも直ぐに理解出来た。
私は胡麻粒と化していた目を膨張させ、元の状態に戻すと瞳を下に動かす。
するとそこに倒れている者はまさしくリュウ!……だけれども彼の顔面には蜂蜜が塗られたホットケーキが仮面の様に覆い被さっていた。

「あっ!リュウ!大丈夫!?」

「…………」

私は仰向けに倒れているリュウの体から下りると、彼に被さるホットケーキ型仮面を急いで剥がす。
ホットケーキを剥がした瞬間に現れたリュウの顔は蜂蜜で光沢を帯び、さらにトレードマークとでも言うべき澄んだ青の瞳は先程の私と同じ胡麻粒並のサイズ。
放心状態と言う言葉がマッチしていた。私はふわふわした自身の翼で彼の顔に満遍なく付着している蜂蜜を拭き取る。
白い翼は薄く黄色を帯び、さらにはべた付くが後でいくらでも洗う事は出来る。
今はリュウの顔を綺麗にする事が最優先だ。

「ごめんリュウ。だ、大丈夫?」

「あぁ、大丈夫……でも口回りが甘いよ」

私は正気を取り戻したリュウの顔を見て、罪悪感に駆られながら懸命に綺麗にし、その後で自身の翼も水道でよく洗う。もちろん冷たい物は嫌いだから温水で。
リュウの顔、私の翼。その両方が綺麗になった所で先程のホットケーキを何事も無かったかの……言い過ぎた。
ちゃんと反省しています。
私は反省しながら皿に乗るホットケーキを食べ始めた。
一度はリュウの顔に私の責任で落ちてしまったホットケーキであったが、これがまた美味しかったのである。
リュウに聞いた所によると一般市民では朝食に食べる者は多いと言う。
生地が五枚入ったパックでなんと二百ポケ。私の常識からすれば……贅沢すぎる。
蜂蜜とパン生地が奏でるハーモニーを舌で存分に堪能した私は、昨日の様に自分が使った皿は自分で洗う。
水道から流れる温水が皿に当り、独特の音を出しながら皿に付いた蜂蜜を洗い流す。
その後は口を開けた食器乾燥機の中に水が滴る皿を並べ、ゆっくりと蓋を閉める。そしてスイッチオン!
唸りとまではいかないものの食器乾燥機は音を立て、自身に託された仕事に取り掛かり始めた。
機械と言う物をあまり見た事が無い私は、世の中には便利な物があるなと感心しながら店先に並ぶお菓子の山に見とれる子供の様に、まじまじと食器乾燥機の働きぶりを眺めていた。
しばし食器乾燥機の働きぶりを見ていると、私の背後からリュウが話し掛けてきた。
私は足を引き、振り返ると彼の声に耳を傾ける。

「俺はちょっと空中散歩をしてくる。コモルーから進化した日からの日課なんだ。
それに軍の連中が居ないかも確認も兼ねてな。フェザーは家の中で待っててくれ」

「……わかった」

ポーチを身に着け、その中に双眼鏡を入れ、
さらに光輝く軍のバッジを身に着けたリュウは玄関まで歩いて行くと一度こちらに振り返り、
寂しさと心配がごっちゃになった私の顔に焦点に合わせた。そして軽く微笑む。

「大丈夫だって。家には誰も来ないさ」

「……うん」

返事はしたが私が心配しているのは家に誰か来るという事ではない。心配なのはリュウの身。
私をかばっているのが軍に露見していて空を飛んでいる時に奇襲を受け、もう私の前にその姿を現さなくなってしまったら……
そうした否定的な妄想が私の頭の中に黒染みの如く浮かび上がってくる。私がリュウの事が心配だと言うと彼はここに残ってくれるだろう。
でもそうなれば彼はずっと私を気遣って家に残り続けてしまう。即ち、彼の自由を私の言葉によって束縛してしまうのだ。そのような事は嫌いだ。
彼に出来る限り迷惑は掛けたくないし、心配の種も植え付けたくない。
私は自らの心配を押し殺して窓越しに立ちながら、赤く立派な翼を羽ばたかせて飛び立つ彼を見送った。
それからというもの、私は椅子に腰掛けたまま窓の外に見える連峰を見続けていた。他にやる事は無いし、今の所気力も存在しない。
窓から見える空の状態は雲一つ無い快晴。リュウが飛びたいのも良く分かる。私も怪我さえしていなければ連なる山々を眺めながら空中散歩したい。
そうだ。こうやって肯定的な妄想を膨らませて時間を潰せばいい。
楽しい時は時間が経つのが早い。
私はその不思議な現象を利用して美味しい食事の事を思い浮かばせたり、リュウとの楽しかった会話を思い出したりした。
ただ、周りに赤の他人が居たらこんな妄想は出来ないだろう。一人でニヤニヤしているのだから。
リュウが家に帰って来たのは、以外にもそれから直ぐだった。ちゃんと無傷で私の前に戻って来て、さらには清々しい表情をしている。
ボーマンダと言う種族は他のどの種族よりも空を飛ぶ事に喜びを覚えると言う噂を聞いた事がある。
誰から聞いたって?それはもちろん……盗み聞きです!って、いけないですよね。
そう言う事をするのは。……今回は見逃してください。
そして、その噂話が事実だと言うのは彼の表情が物語っていた。

「何も問題は無かった。やっぱこの町は平和を超越してる」

リュウはピース町の様子を笑顔で出迎えた私に詳しく教えてくれた。
そして今日もリュウと一緒の楽しい生活が幕を開ける。
談笑しながら食事を取り、トランプと言う紙切れ……え?カードって言うの?
まぁ、とにかくそれを使ってゲームをしたり、もうこの生活さえ続けば軍の計画などどうでも良くなってしまいそう。だがそれはあまりにも自分勝手すぎるか。
国民が晒されている見えない危機を見過ごす事になる。私には幸か不幸かそれを見過ごせない正義感という物が備わっていた。
その後、時は刻々と流れ、時計が指すのは十と言う数字。
日はいつの間にか力なく沈み、代わりに力を発揮する闇が空を我が物としていた。それでも月を筆頭に星々が僅かな光りを発して闇に抵抗する。
私は昨日と同じくベッドに横になっており、体にはふわふわの布団が覆い被さっていた。

「おやすみ」

「あぁ、おやすみ」

リュウと昨日の様に寝る前のやり取りを行う。私は寝室から出ようとしていたリュウの背中に視線を注いでいた。
この感覚……なにか寂しい。
昨日は思わなかったが今日は一人で眠るのが異様に寂しかった。これも彼との距離が縮まっている証拠なのか。
私はもう既にドアノブに手を掛けているリュウに風に掻き消されてしまいそうな程、小さな音量で声を掛けた。
迷惑を掛けたくは無いが寂しさの前にその精神は通用しない。

「あの、リュウ……」

「ん?どうした?」

私の寂しさを象徴する小さな声は辛うじてリュウの耳に届いた。彼は顔だけ私の方に振り返り、こちらに瞳を向ける。
私はリュウの瞳が自分の瞳と合わさったのを薄暗い中で確認すると口を動かす。

「ここで寝てくれない?なんかリュウが居ないと寂しくて……」

「えぇ!?添い寝!?そ、それはちょっと……」

私の発言を聞いたリュウは暗くてはっきりとは分からなかったが普段は青い顔がうっすらと赤くなっている様に見える。私の目がおかしいのかも知れない可能性は十分にあるが。
そもそも私は添い寝なんて一言も言っていない。あくまでも寂しいから同じ部屋の中で寝て欲しいだけだ。

「添い寝してなんて言ってないよ。ただ同じ部屋で寝て欲しいの。なんか寂しくて……」

「え?……あぁ、そういう意味か。ごめん。俺の聞き違いだった……了解。じゃあベッドの隣で寝るよ」

「ありがとう!」

寂しさと不安は抹消され、これで私の安眠は約束された。……かの様に思われた。
だがここで別の問題発生。
寝る前なのに私は隣にリュウが居る事が嬉しくて感情が高ぶってしまう。
落ち着け!と自分に言い聞かせるが中々気持ちは落ち着いてくれない。むしろ呼びかける度に気持ちの暴走行為は激しさを増す。
リュウが隣に居ることで、寂しい、普通、嬉しさという普段は乱れることの無い順序の中の普通を私の感情は猛スピードで通り過ぎてしまった。
けれどリュウが居ないと今度は寂しくて眠れない。今夜は不眠症になりそうだ。
私は目を見開いたまま天井を見つめ続ける。

「フェザー?どうした?そ、そんな目を見開いて……?」

「え……あ、いや、なんかリュウが隣に居ると嬉しくなっちゃって」

「そりゃどうも。でも眠らないと明日が辛いぞ……はぁ~」

「うん。頑張ってみる」

眠る事を頑張るなんて出来るか分からないが、とりあえず目を瞑って無心を心掛けてみる。
あれから何分経ったか。
私は見事に眠るを習得!?……して夢の中に居た。
どんな夢かは秘密。と、言いたいけれど正直な所、覚えていません。
それから数日。私の怪我もほぼ治り、生活に不自由は無くなった。
リュウとの仲も日を追う毎に親密になっていき、お互いに冗談でからかったりもする仲にまでなっていた。
それに瓦版タイムズの記事やアロヌス国営放送のニュースを確認しても私の事は一切無い。
軍も諦めたのかな?
おかげで私の歩んでいる道は平和その物。毎日が楽しい。だがそれはほんの思い込みに過ぎなかったのだ。








無機質な灰色の壁、回転する換気扇のプロペラ、白い蛍光灯。そして窓際には大きな机と背もたれの付いた黒い椅子。
そこに座す者はフェニックス計画の責任者であるフーディンのスプーン。
彼の小さな目に映っているのはジャウの姿。

「で?奴の位置は割り出せたのか?」

「はい。ソウルの部隊が発見いたしました。場所は……ピース町です」

「よし。三日以内に始末しろ。町民共には気付かれるなよ」

「了解です」

ペン回しならぬスプーン回しをしながら鎮座するスプーンにジャウは深く頭を下げ、
静かに、そしてそっと扉を閉めてその部屋から出る。スプーンの部屋も無機質ながら、廊下はさらに無機質で息苦しい。
窓は無く、蛍光灯の光りが壁や床を照らすのみ。ジャウは長い廊下に足音を木霊させながらゆっくりと歩む。
だが、突然その足を止めた。

「なんの用だ?ソウル?」

誰も居ない廊下にジャウがその低い声を響かせる。その瞬間、床からまるで湧き出すかの様に何者かが姿を現した。
姿を現した者の足は無く、羽ばたいてもいないのに宙に浮いている。
さらに腹と思われる部分には黄色く、ギザギザしたストライプ。そして特徴的な事……それは目が一つしか無い事だ。
そんな完璧とも言える怪しさを持った彼の名はソウル。種族はヨノワールだ。
このフェニックス計画に賛同する兵士の一人でジャウと同等の地位に就いている。
不気味な姿をしたヨノワールのソウルはジャウを独眼で見つめた。

「これから仕留めに行くようだな……手伝ってやろうか?」

「フン。お前が手伝う?足を引っ張るの間違いだろ?お得意の偵察でもして待ってるんだな」

「……ではそうする。しくじるなよ。ジャウ」

「なんだ?妙に素直だな……」

「気にするな」

ヨノワールのソウルはそう言うと床の中にその不気味な体を沈めていった。
廊下はまた静寂と化し、物音一つしない。ジャウは体の向きを元に戻すと先程の様に太く強靭な足を動かし、
足の裏が床に付く度に音を響かせながら廊下を進んで行った。








リュウに助けられてから数日。私の怪我をした患部は自己再生し、完全に治っている様だ。
包帯を外し、患部を動かしても全くといって痛みは無い。

「ねぇリュウ!怪我が治ったみたい!」

私は笑顔で叫びながら茶色い木の床に足の裏を交互に付けながらリュウの元に駆け寄り、右翼と左足を動かしてみせる。
リュウは私の翼と足を丁寧に診察し始め、腫れていないかを見たり、関節の動きを確かめたりして状態を確認してくれた。
診察を終えるとリュウは四本の足を床に付け、医者がやる様に微笑みながら私に向かって言葉を発する。

「もう問題無さそうだ。完治してる」

「でしょ!!」

気分は上機嫌。今直ぐにでも外に飛び出して久しぶりに空を飛びたかった。
ここ数日はずっとこの家の中、言っちゃ悪いかもしれないけど窮屈。まぁリュウが居れば問題無いけれど……
私は思いきってリュウに相談してみる事にした。
軍も見かけないし事だしそろそろ外に出たい。反対されるのは分かっている。
けれども私は意を決すると嘴を二つに割り、リュウを呼ぶ。

「ねぇ、そろそろ外出して見たいんだけど……いいでしょ?」

「え?まぁ、いいけど……リスクはあるぞ?」

「分かってる。それとこの町を案内してくれない?」

「OK。ずっと室内じゃ欲求不満になっちまうもんな」

リュウの言う通りである。このままじゃ欲求不満になってしまう。
私はリュウの前足を治ったばかりの翼で掴みながら引っ張り、
思い切り玄関の扉を開けると室内から外にリュウと同じ青色の体を曝け出した。
途端に体は陽光を浴び、暖かさが肌から伝わる。
地面は茶色。空は青。雲は白く太陽を掠めながらゆっくりと天海を泳ぐ。
吹く風は私の翼を揺らし、この平和な町を巡回する。
気分は清々しい。私は大きく息を吸い込んで深呼吸を数回して、間を置いてハミングを始めた。
これは本能。こういう時は自然とハミングしてしまう。
私のハミングは家々に反響を繰り返し、町を渡った。ハミングしている私の後ろからはパチパチと拍手する音。
その音に気付き、振り返るとそこではリュウが前足を使って拍手している。

「さすがハミングポケモン。綺麗なハミングじゃん」

「本当?……お世辞じゃ無くて?」

「本当だって。俺を疑うなよ」

私は清々しい気分を維持したままリュウと町の中を散歩し始めた。
人は少ないけれど行き交う人々とリュウは知り合いの様で挨拶を交わしたりしている。
そしてよそ者である私にも町人達は笑顔で声を掛けてくれたり、さらには果物をくれる人までも居た。
平和を超越しているとリュウが言っていたのが良く分かる。
町人の心、大地に空気、全てにおいて汚れと言う物は存在しなかった。
この町にずっと居たい。
おそらく誰もがそう思わされるであろう。
しばらく二人で楽しく散歩を続けた私達はとあるアクセサリー屋の前に居た。
そこで私の目に飛び込んできたのは他のアクセサリーの中に咲く一輪の小さな桜のコサージュ。今まで雌ではあったが御洒落とは無縁だった。
けれどここで初めて私の女心が開花する。
よくよく考えてみれば、この様な飾りを付けて御洒落している者はセンスリート町には沢山居た。
私は桜のコサージュを見とれ、さらに頭の中ではそれを付けた自分の姿が浮かんでくる。
桜のコサージュに見とれていた私の横にはリュウが私の視線の先を確認でもしているのか、瞳をキョロキョロと水平に動かしていた。

「あのコサージュが欲しいのか?」

「あ、いや、別に……ただ見てただけ」

気持ちを見破られてしまい、私の顔はまるで林檎の赤。欲しいけれどここは我慢。
私の稼ぎは無いし、リュウの家に居候させてもらっているのだから。
私は自分にそう呼びかけ、しばし自分と内心で会話していた。
私は他のアクセサリーの中に混ざっている桜のコサージュから目を逸らし、横に居るリュウの方に体を向ける。

「行こうリュウ。見てると欲しくなっちゃうから」

「あれぐらい買ってもいいぞ。大した値段じゃないんだし」

「いや、でも無駄なお金は使わない方が……私は稼ぎが無い上にリュウの家に居候させてもらってるし」

これで良い。私なんかが御洒落した所でどうにもならないし、何より私に出来るのはリュウに負担を掛けないようにする事ぐらい。
リュウは私を気遣い、私の僅かに沈んだ表情を伺ってくる。ここはポーカーフェイス。
でも、リュウはそんな私の努力を良い意味で無駄にするのであった。

「じゃあこうしよう。あのコサージュで多少の変装だ。敵の目を欺くには変装する事は大事だろ?」

「え……本当にいいの?だってお金が掛かっちゃう」

「大丈夫。それに俺はそんなに貧乏じゃねぇよ」

リュウはそう言うと店まで歩いていき、薄いピンク色をした桜のコサージュを買うと私の元に戻ってきた。
彼は店の名前が書かれた小さな紙袋から桜のコサージュを取り出し、それを私の二本ある長い鶏冠の左の根元に着けてくれた。
少しリュウに悪い気持ちがあるがせっかく買ってくれたのだから私は喜びを露にしてリュウに微笑む。
少々寒さを感じさせる風に私の長い二本の鶏冠は揺らめき、小さな桜のコサージュもそれと一緒に揺らめいている。
私は生まれて初めて御洒落……それともリュウの言う変装?をした。
いざ着けてみると女心が刺激されて気分が良くなる。リュウは私に対してなんて親切なのであろう。

「似合ってるよ。そうやって御洒落すれば直に彼氏が出来るかもよ?」

「そう?……あ、ありがとう」

彼氏……そう言えば世の中の人々はそうやってパートナーを見つけて恋愛と言う物をするらしい。
センスリート町に居た頃に手を繋ぎながら体を密着させて歩いている人を何度か見た事があった。
以前は私も羨みの目で彼等を見て、その度に貪欲にも私を温かく見守ってくれる彼氏が欲しかった。
だって見るからに幸せそうだったのだから。
でも今ここでイケメンの雄にナンパされてもおそらく即答で断るだろう。私はこの時にようやく気が付いた。リュウに対して恋心を抱いてしまっていた事を……
ふと気が付くといつの間にか陽光は遮られ、空のコントラストも変わってきていた。
色は青から灰色へと変化し、それに伴って太陽が暖めていた大地は熱源を失って冷却され始める。風もだんだんと強くなり、極僅かながら細かな雪も舞って来た。

「ん?天気が悪くなって来たな……寒くなりそうだから家に戻るか」

リュウが空を仰ぎ、青い瞳に灰色の雲を映しながら問い掛ける様に呟いた。私も同様に青を失った空を見上げ、ゆっくりと頷く。

「うん。賛成」

私とリュウは歩みだした。舗装された道路を歩き、電柱の並木道を進む。
吐く息もしだいに透明から色を帯びて白に変わる。気温が徐々に低下しているのが見て取れた。
山脈が近いこの田舎町は天気が変わりやすいのだろうか。
さらに時間の経過と共に寒さが苦手な私に追い討ちを掛けるかの様に雪の粒は大きくなり、道の色を灰色から白色に変えていく。
立ち止まっていたら雪達磨になってしまいそうだ。

「珍しいな。ここは乾燥した地域だからあまり雪は降らないんだが……」

リュウは口から出る言葉に連動して白い息も吐き出しながら呟いた。
そういえば彼も私と同じドラゴン、飛行タイプ。この寒さはリュウも辛い筈。
それとも訓練を受けて寒さにある程度慣れているのか。まだ平気な顔をしている。
だが歩くうちに雪は激しさを増し、さらに風の援護を受けて吹雪の一歩手前の状態になっていた。
でもあと少しで家に付く。
そうすればストーブが私達の冷えきった体を暖めてくれるだろう。
私はそう前向きに考えながらリュウと横一列になって足を規則的に動かす。

「ん!?……フェザー。止まって」

「え?」

リュウが突然、私の目の前に白く鋭利な爪が三本付いた前足を出した。
私は一瞬驚いたがリュウの指示通りに直ぐに足を動かすのを止め、その場に立ち止まる。
その間にも雪は私とリュウの額に落ちてくるのを止める事は無く、継続的に降り続く。

「ねぇ、なんで止まるの!?寒いから早く家……」

私は何故リュウが立ち止まったのか分からず、リュウの顔に視線を移して彼に意見を主張しようとした。
だが私は最後まで言葉を出す事が出来なかった。
リュウの目が違う。
あの優しい青い瞳は消え失せ、今はいかにも軍人と言った鋭い目付き。
その目はリュウ自身の家の方を睨んでいた。
雪が風と共に踊る中、私はリュウの威圧感に圧倒されていた。
一体どうしたと言うのだろうか。
こんな強面のリュウは彼と出会ったあの日以来である。私もゆっくりと視線をリュウの家に向けようとした。
だが、その時であった。
突然リュウが私を引っ張って物陰に身を隠す。

「リュ、リュウ?どうしたの?」

「シッ。静かに。俺の自宅に軍の連中が居る。どうやら気付かれたみたいだ」

物陰に隠れ、リュウは私に目を合わせる事無く鋭い目で自分の家を睨みながら小声で状況を飲み込めていない私に言った。
私も物陰から顔を出そうとしたがリュウが私に危険を及ばせない為かそれを邪魔する。私はリュウの背中を眺めながら蹲った。
雪の粒は大きくどこか都会の雪とは違い、さらさらとしていて私やリュウの上に絶えず着陸する。
もう安全だと思っていたが軍は諦める事無く、私を捜索していた様だ。
今考えればおそらく新聞やニュースに私の話題が出なかったのはフェニックス計画が表に出ない様にする為。
さらに私に安心感を抱かせ、油断させる為だろう。さすがは軍……って感心している状況では無いが。

「フェザー。今すぐ町を出よう。ここはもう平和じゃない」

リュウが敵の様子を伺った後に私の方に体を向け、真剣な眼差しで私を見ながら小さく言った。
もう町を出る。
その発言に私は驚きを封じ込める事が出来なかった。
なにせ準備も無ければあまりにも突然すぎる。それに家にはリュウにとって大切な物などもあるだろう。
私はそう思い、リュウに小声で話し掛ける。

「でも……大事な物とかあるんじゃないの?あの写真とか?」

「あぁ、だが俺達がここで奴等と交戦してみろ。町の住人に被害が出るし、戦いを見た者は口封じの為に殺される。
だから早く去らないと……町の人を危険にさらしてしまう。お互いサバイバル生活は慣れてるだろ?」

「え……わかった」

私は決意を固め、返事をして頷く。私とリュウはこの町を出る事になった。
ピース町に血の汚れを生む事は出来ない。そんなリュウの固い意志によって……
町を抜け、私とリュウが出会ったあの山に向かう。
リュウが言うにはあの山の向こうにあるノースワイト町と言う町にリュウの旧友が居るらしい。
この天候での飛行は危険な為、移動はあくまで徒歩。
私とリュウはだんだんと白くなっていく大地をひたすらに歩き続けた。
なにせ足跡が残ってしまうぐらい雪が積もる前に町から離れなければならない。
私達が早足で進むその間にも雪は激しく降り、風も強くなる。気付けばもう吹雪になっていた。
冷たい雪は私の肌に容赦なくぶつかり、溶ける事は無く、弾ける。
この状態……もはや冷たいを通り越して痛い。
隣を歩くリュウも辛そうな表情を浮かばせながら懸命に歩いている。
辛い、痛い。そんな負の感情が私の気力を奪っていく。けれど今は一刻も早く町から離れなければ。
そしてリュウと共に恐ろしいフェニックス計画を潰す。
その信念を力に変換して私はひたすらに足を動かし続けた。









「どうだ?何か見つかったか?」

リュウの家で配下の者に指示を出しているのはオーダイルのジャウ。
リュウの家の扉を強引に切り裂くで粉々に切り刻み、何か手掛かりが無いか家の中を捜索する。
だが出てくる物に大した物は無く、さらには最優先目標であるフェザーの姿も無い。顔には焦りから来る苛立ちが現れ、所構わず乱暴に捜索をする。
と、突然、配下の兵士が声を上げた。

「ジャウ隊長。これを」

「ん?なんだ?」

兵士が手に持っている物はリュウが過去に仲間と取った記念写真。
ジャウはそれを受け取るとしばし眺め、写真を持った右手大きく振り上げる。
そして思い切り写真を床に叩き付けた。部屋には写真の額が割れる音が響き、一瞬、兵士達の動きが止まる。

「こんなどうでも良い物を見つけて何になる!!もっと為になる物を探せ!!」

「は、はい!!」

兵士達は慌てふためき、ガサゴソと音を立てながら捜索を再開した。
しばらくし、一人のマグマラシがリュウが購入した数冊の本が陳列された本棚を捜索していると突然声を上げた。

「ジャウ隊長……こんな物を発見致しました」

「あ?なんだ?」

そのマグマラシが持っている物を見て他の兵士の顔は引きつり、さらに頬を汗が伝う。
一言で言えば怯えている。ジャウは自分の名を呼んだマグマラシの方に振り返り、その鋭い目で彼を見下ろす。
殺気さえ感じられるその目に発見した物を差し出すマグマラシは足が軽く震えていた。
それもその筈。極秘部隊の中ではこのジャウは一番の暴君。誰もが恐れていた。
戦場で役に立たない者は容赦無く切り捨て、失敗を犯せば半殺しにされる。
そんなジャウはマグマラシが差し出した物に焦点を合わせた。
そして何故か声を震わせながら呟く。

「こ、これは……美人女優の写真集!?……こ、この本は俺の懐に押収する」

「えぇぇぇぇ!?ジャ、ジャウ隊長!?」

「う、うるさい!!お前等黙ってろよ!?誰かにバラそうとすれば喉を掻っ切るからな!!」

「は、はい!!黙っておきます!!」









私はリュウと一緒に吹雪く山道を歩いていた。互いに寒さは大の苦手な為、町を行き交うカップルの様に体を密着させて体温の低下を防ぐ。
それでもやはり寒さは私とリュウの体力を有無を言わさずに削り取っていくのだ。
視界はホワイトアウト寸前。数メートル先しか見えない。こういう時はどうするか……
答えは、テントでも張ってそこでじっとしている。けれど突然町を飛び出した為にテントなんて持っていない。
最優先なのは吹雪から体を守ってくれる洞窟や横穴を発見する事だ。

「ねぇリュウ。何か見える?」

「……駄目だ。洞窟も横穴も無い」

「ど、どうすんの!?」

「身を隠せる場所を見つけるまで歩き続けるんだ。我慢してくれ」

吹雪は荒れ狂い、猛威を増す。まるで私達がこの山に登る事を拒む様に……
足、翼、顔、尻尾。体の全てが凍て付き、力が入りにくい。
私の脳裏にはこのまま凍死してしまうのかと言う恐怖が生まれ、不安を増幅させてしまう。
でもリュウが定期的に私に安否を伺う声を掛けてくれ、さらに必死で私の体を前足で摩って摩擦熱を起こしてくれる。
リュウはこの状況に置かれてもまだ私を気遣ってくれるのだ。しかし、現実はそう優しくは無い。
私の意識はもはや日の入り寸前の太陽。いつ以前の様に気を失ってもおかしくない。
足はふらつき、瞼は重くのしかかる。私達は絶望と言う状況に追い遣られていた。
だがその時、神は私達に見方した。
前方の岩肌に小さな横穴が微かながら見える。

「リュウ……あそこに横穴が……ある!」

「あぁ、じゃ、じゃあ直ぐに……」

リュウの声が途中で途切れた。……そして彼の体は積もった雪の上に崩れ、体の半分を積もった雪に埋めながらそこに横たわる。
なんと私より先にリュウが倒れてしまったのだ。
これには驚き、慌ててしまう。彼は元々、私の様な防寒効果のあるふわふわした翼は持っていない。
それに私を気遣い、体を摩ってくれていた為にいくら軍で鍛えていたとはいえ、おそらく体力が底を付いてしまったのだ。
今までリュウの変化に気付かなかった自分が憎くなる。
私が驚いている内にも倒れてしまったリュウの体には吹雪が弱った獲物を狙う肉食獣の様に容赦無く襲い掛かる。これは時間の問題だ。
自分を責めている暇は無い。私は持てる力の全てを出してリュウの体を引っ張り、横穴を目指して突き進む。
リュウを救いたい。
その一心が原動力となって。
途中、木の枝を折ってそれを集め、何とか洞窟の中に辿り着いた。
私はすぐさま木の枝に残り少ない体力を振り絞って火を吹き、引火させる。そしてリュウの体を抱き締めて必死になって温める。
ここでリュウが私の住む世界とは違う世界に旅立つのは許さない。
私は必死に……それも時間を忘れて彼を温め続けた。
時は流れ、太陽はその全体を連なる山々の陰に隠し、横穴の外の白く冷たい悪魔の群れは益々その勢力を拡大させていた。
横穴の中では炎が揺らめき、洞窟内を淡い赤に照らしている。
リュウは気を失っているものの息はしていた。どうやら一命は取り止めた様だ。
けれど今度は私が窮地に立たされる。激しい眠気に襲われ、寒気にも駆られる。
リュウが倒れたハプニングで私に重くのしかかっていた瞼は一時的に上がったが今はまた重い。
私はうとうとしながらもリュウを抱き続けた。

「フェ、フェザー……大丈夫……か?」

「!?」

突然の事だった。今、確かにリュウの声が私の悴んだ耳に入ってきたのだ。
そして私に抱き抱えられているリュウの顔を見ると辛そうな表情をしながらもその青い瞳を私に向けていた。
なんと一度は力尽きてしまったリュウが意識を取り戻したのだ。

「リュウ!」

私は彼の名を呼び、眠さに堪えてリュウを両翼でぎゅっと抱きしめた。
すると彼も弱々しく前足を動かし、私の体にその前足を当てて軽く叩いてくれた。
数秒間、互いの無事を確認し合いながら無言で抱き合った後、リュウは起き上がり周囲を見渡す。
そして前足を燃えている木の枝に近づけてから口を開いた。

「ありがとう。フェザーが助けてくれなきゃ俺は今頃死んでた」

「そ、そんな事無いって……リュウが私を気遣ったから、そのせいで……」

「フェザーに責任は無いさ。フェザーは俺の命の恩人。借りが出来たな」

私はリュウと一緒に揺らめく炎で体を温めながら互いを褒め称える言葉を交わす。
いつの間にか死へと誘う眠気は去り、今は笑顔が零れる。
私とリュウは吹雪が治まるまでこの横穴で暖を取りながら体力を回復させる事にした。
一度踏み出したら後戻りする事も立ち止まる事も出来ない。
進まなければ道は生まれない。だから私とリュウの二人は軍と言う巨大な組織に立ち向かう。
勝算は限りなく零に近いかもしれない。
けれど希望の光りはある。私の隣にいるリュウが居る限り……
私とリュウは狭い洞窟の中で互いの体を寄せ合い、温もりを感じながら時の経過を待ち続けた。








四話に続きます。


PHOENIX 4 ‐旧友‐


つまらない駄文を読んで頂きありがとうございました。
出来れば感想を頂きたいです。




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Last-modified: 2009-12-25 (金) 00:00:00
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