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PHOENIX 2 ‐名前‐

/PHOENIX 2 ‐名前‐

PHOENIX
作者 SKYLINE
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2話 名前

私は地に跪いていた。やっとの思いで軍から逃亡し、左足と右翼を捻挫した状態にも関わらず目の前に軍に所属している事を現す陽光に反射して輝くバッジを身に着けたれっきとした軍人が居るからだ。
川が流れる音に混じり、私の心臓の小刻みな鼓動音は頭に響き渡る。
今更攻撃を仕掛けても勝ち目は無いだろう。
おそらく私の目の前のボーマンダは既に軍から私を殺すか捕まえろと指令が出ている筈。本当の終止符が打たれる場所はどうやらここの様だ。
しかし、目を瞑りながら跪き、死を覚悟している私の鼓膜を思いがけない言葉が振動させたのであった。

「お、おい!大丈夫か!?」

軍人であるボーマンダの声が聞こえると同時に彼は右前足を跪く私の翼の根元に当てた。
私は全く予想していなかった彼の行動に良い意味で期待を裏切られて目を点にする。
そんな私の米粒にも及ばない大きさの目に映るのは心配そうな表情をしたボーマンダの顔。

「え……?私を殺す命令が出ているんじゃないの?」

私は驚きながらも目に前に居るボーマンダにそう言う。だがこの時、私の頭の中に失敗を犯してしまったと言う悟りが迸る。
もしかしたら彼はまだ指令が出ておらず私の事を知らないだけなのかも知れない。私は自ら軍に追われている事を目の前のボーマンダにバラしてしまったのだ。
が、返ってきた返事はまたもや私の予想を打ち砕く物であった。

「なに言ってんだ?国民を守る為にある軍が国民を殺す命令を出す筈が無いだろ」

「!?」

どうやら目の前のボーマンダは私の発言を信じていないらしい。ここに来て幸運に恵まれた。
心配そうな表情をしたこのボーマンダは今の所敵では無さそうだ。私は落ち葉が数枚落ちている地面に跪いていた状態から立ち上がろうとする。
だが捻挫している左足が痛み、またその場に倒れてしまった。
倒れた際に発生した風圧は周りの落ち葉を軽く宙に舞わせる。

「おい!本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫。捻挫してるだけ」

「捻挫?足をか?」

「うん」

私がボーマンダに左足を捻挫している事を告げると彼は急に真剣な表情になり、赤い大きな……それも私のふわふわとした翼より数段立派な翼を羽ばたかせて四本の足を地上から離す。
その瞬間に落ち葉は舞い、続いて少量の砂も舞踏を始めた。
私は彼の羽ばたく際に発生した風圧に目を軽く細めながらその姿を見ていた。

「なら直ぐに手当てした方が良い。俺の家に医療キットがあるから直ぐに持ってくる。ここでじっとしててくれ」

「え……うん」

この軍人らしからぬ親切なボーマンダは赤い翼を羽ばたかせながら天空に向けて上昇を始めた。
そしてある程度上昇すると建物が点在する方向に飛んで行く。
私はその後ろ姿を見上げながらしばしそこに座っていた。舞った落ち葉は地に落ち、風圧は無くなった。
視認出来るボーマンダの姿は小さくなっていく。でも、考えてみればあのボーマンダも所詮は軍人。
命令が出れば躊躇無く私をこの世から葬るであろう。
私はそう思うといても立っても居られず、痛みを我慢しながら立ち上がり、捻挫した足を引きずる様に動かしながら山の方に向かって歩き出した。
時々後ろに振り向き、あのボーマンダが居ないかを確認する。その度に見えるのは空、雲、山、大地の四つが奏でる自然の造形。
あのボーマンダの家は私が居た場所から多少距離がある様だ。捻挫した足での山道は険しく、自然と息が上がる。
山道を進むに連れて葉を付けていない木々は数を増やし、地面には落ち葉と残雪が敷き詰まっている。
そして遂に私は体力に限界を感じ、木に寄り掛かるとズルズルと背中を擦る様にしながらそこに腰を下ろした。

「はぁはぁ」

息を上げながら捻挫している左足を見ると腫れは丘の如く盛り上がっており悪化しているのが良く分かる。
痛みも随分と増していた。
患部を眺めている私の頭上には猛禽ポケモンのムクホークらしき影が上昇気流を羽に受けて旋回している。
翼を怪我していなければ私もあんな風に飛べるのだが今は翼を動かす事すらままならない。
私は優雅に飛んでいるそのムクホークをしばし眺めているとキラリと一瞬何かが光った。
いや、何かでは無い。軍のバッジだ。私は慌てて死角になりそうな木の陰に身を隠す。
が、時既に遅し。
ムクホークは両の目でしっかりと私を捉えており急降下する。
そして私の翼とは違う形状の羽毛に覆われた翼を羽ばたかせながら着地すると槍の刃先の様な鋭い目付きで私を睨んだ。

「ようやく見つけたぜ。こんな田舎まで流れていたとは……中々見つからない訳だ。さてと、また研究所に来てもらうぜ。フェニックス計画の材料さんよ」

ムクホークは震える私にそう言うと耳に着けた無線で連絡を取ろうとした。
が、いつの間にか私の前に立つムクホークの背後にはあの親切にしてくれたボーマンダがおり、前足の爪を一本立て、それを口の前にもって来ている。
声を上げそうになっていた私は慌てて口にチャックをし、喉から飛び出そうとしていた声を押し戻す。
ボーマンダは息を殺しながら足音を立てない様にムクホークの後ろに近付き、背後からムクホークの後頭部を前足で勢い良く殴った。
山道に鈍い音が響き渡り、ムクホークは一瞬で気絶するとその場にふらふらと力なく崩れた。

「大丈夫か?」

恐怖からくる震えがまだ治まっていない私にボーマンダは安否を伺う優しい声を掛け、ゆっくり落ち葉の絨毯の上を歩きながらと近付いてくる。
そんな彼の質問に私は声を震わせ、途切れそうなくらい小さな音量で返事をした。

「うん」

「そうか。なら良かった」

ボーマンダは私が無事なのを確認するとホッとした表情になり、私の左隣まで来ると落ち葉と木の茶色に白い残雪が目立つ周辺を鋭い目付きで警戒する様に見回した。
そして彼は鋭かった目付きを普通の状態に戻すと私の方を向き、話し掛けてきた。

「どうやら君が軍から狙われてるってのは本当みたいだな。会話を全て聞かせてもらったよ」

「だ、だとしてもなんで私を助けたの?普通同じ軍人のムクホークに協力するんじゃ……?」

後頭部を殴られて気絶し、大きな翼を広げながら地に伏せているムクホークをボーマンダは睨みつけると一言言い放った。

「同じポケモンである君を材料と呼んだあいつにムカついただけだ」

単純明快な理由だった。
私は木漏れ日を浴びながらムクホークを睨む彼の横顔を見つめていた。その蒼空を思わせる綺麗な青い瞳からは何故だかとても正義感が感じられる。
私は今まで感じた事の無い安心と言う物を全身で感じたが、その瞬間に体の中に押さえ込んでいた疲れと睡魔が一気に表に姿を現す。
そして瞼はゆっくりと幕を降ろすと私その場に倒れ込んで眠ってしまった。
それからどうなったかは目覚めるまで分からない。








目が覚めた時、私は自身の翼の様なふわふわしたベッドの上に仰向けになっていた。
体には白い布団が掛けられ、捻挫している左足と右翼にはしっかりと包帯が巻かれていた。
私は上半身を起こし、きょろきょろと周辺を見回す。
壁は白く、窓には青いカーテン。ベッドの横には親切にも松葉杖が置いてあり、瑞々しい果物が入ったバスケットまである。
そして部屋の隅にあるストーブは暖かい息を吐き出していた。

(あのボーマンダの家……?)

私は心の中でそう呟いたが肝心なあのボーマンダの姿は無い。
私はベッドから下り、茶色い木の床に足を付けると松葉杖を使って歩き、怪我をしていない方の翼でドアノブを掴むとそれを右に回して部屋のドアを開けた。
開けた先で私の目に飛び込んで来たのは椅子に座り、テーブルに伏せながらすやすやと眠っているあのボーマンダの姿。
壁に掛かっている時計は午前六時半を指している。どうやら丸一日ずっと彼の家で眠っていた様だ。
彼は自分のベッドを私に譲り、リビングでずっと眠っているといった感じ。
私は彼に対して迷惑を掛けてしまったと思い、自分に掛けてあった布団を持って来ると彼の背中にそっと掛けてみる。
が、それに気が付いた彼は目を覚ましてしまい、前足で目を擦ると私の顔にその青い瞳の焦点を合わせる。
私は飛んだお節介をしてしまった。

「ん?目が覚めたのか……はぁ~」

私は目が覚めていたが彼はまだ完全に目が覚めていない様子で牙の付いた口を大きく開け、目を細めながら欠伸をしている。
その顔は本当に僅かながら子供の様な可愛ささえ感じられた。
だが同時に飛び込んできた牙は相手を殺す武器。そちらには心の奥底に眠っている恐怖を呼び覚ます。

「あの……ありがとうございました。わざわざ治療してくれた上に家に泊めてくれるなんて」

私は多少おどおどしながら松葉杖で体を支えて深く頭を下げる。
ボーマンダはと言うと目を擦りながらとろんとした目付きで私を見ていた。目には欠伸をした時に沸きだした思われる涙が少量付着している。
彼は徐に口を開き、再度私に恐ろしく鋭利な牙を覗かせるのであった。

「あぁ、礼なんていいよ。軍で働いてる以上困っている人を助けないとサボり魔になっちまうからな」

言い終えるとまた彼はまた大きく口を開いて欠伸をし、ゆっくりと二本足で立ち上がってふらふらとキッチンまで歩いて行くと、蛇口から流れる水で顔を洗い、近くにあるタオルで顔に付いた水滴を拭き取る。
そして今度は白いコップを前足で器用に掴んでそれに水を入れ、ごくごくと喉を鳴らしながらコップの中の水を飲み干した。
二足歩行はあまり得意ではないのでふらついているのか、それとも眠いだけか。
私はそんな彼の背中を見つめながらこれからの事を考えていた。

(これ以上この人に迷惑掛けられない……。直ぐに出発しよう)

当然行く当ても無いが迷惑を掛けるのは嫌いな性格が全面に出たのでここを去る決心を固めた私は徐に口を開き、考えていた事を口にする。

「あの、これ以上迷惑掛ける訳にはいかないので、これで失礼します」

私の言葉を聞いたボーマンダはゆっくりと振り向いて相変わらずとろんとした目付きのまま私を見つめる。
そして、思いもよらない言葉をその鋭利な牙が生えた口から発するのであった。

「行っちまうのか?俺的にはまだ残っててもらいたいんだが……」

ボーマンダは怪我をしている上に何も約に立たない私に残って欲しいなどと言って来た。
理由を考えてみるがまずありえないと思われる一つの候補以外何も浮かんでこない。
私はその候補のせいで少し顔を赤くして彼の顔を見てみたが先程と変わらずとろんとした目付きで私を見ている。

「あの、なんで私なんかに残ってもらいたんですか?」

私が質問するとボーマンダは前足で持っていたコップをキッチンに置くと前足を茶色い木目の床に付けた。
二本足で立ち上がっている時は私より身長は高いが四本の足を地に着けている時は私とほぼ同等。
そして彼は私を見つめる。

「え?理由?それは君が追われている理由を知りたいからさ。
昨日の夜。君が居た山に怪しい集団が登って行ったし、それにその集団に君の事を知らないかって聞かれてね。
あぁ、大丈夫。もちろん君の事は話していない。……一体なんで軍に追われてるんだ?」

私が頭の中で挙げていた候補はやはり外れた。それも的からメートル単位でずれている。
そして私の少し赤くなっていた顔は元に戻る。
質問を返された私の中で心の司令室は今まで体験してきた事を全て話すと決定を下していた。
とりあえず松葉杖で立っているのが疲れたので椅子に座る。
話はそれからだ。

「えと、恥ずかしいけど私は親も友達も居ないホームレスでセンスリート町でその日暮らしをしてたの。
……そしたら急に軍の人が現れて私を実験材料にするとか言うと気絶させられちゃって。
目が覚めたら変な部屋に翼や足を金具で固定されてて、それで研究員みたいな人達がフェ、フェニックスだっけな?
なんかそんな名前の物を私を使って実験するって」

「フェニックス?」

私がフェニックスと言った所でボーマンダは椅子に座り、前足で頬杖を突きながら聞き直してきた。
私はあの研究員が言っていた話を大した事が入っていない雑学だらけの脳と言う名称のメモリー(多分要領は512MB位?)の中から探し出す。

「え~と、確か……そのフェニックスとか言う物を口から体内に入れると不死身に出来るとか。
後、入れられたポケモンは命令された事を実行する道具になって、
最終的に国民にそれを入れて不死身の軍隊を作り隣国を侵略するとかなんとか……」

私がフェニックスの話をするとボーマンダは夕立が降って来た時の様に表情を一変し、真剣な眼差しで私を見ながら話に耳を傾けていた。
私が話し終わると彼は前足を組み、背もたれに寄り掛かる。

「君の話がガチな話だとすると黙っちゃいられないな……国民を全て道具にするなんて許せない。
その話が嘘だと信じたい所だがムクホークが言っていた事とも辻褄が合う」

「私はそれを何とか阻止したくて逃げ出してきたんだけど……ごめんなさい。迷惑掛けちゃって……」

私は向かいに座る親切なボーマンダに再び頭を深く長く下げる。
頭を下げた状態でボーマンダの顔を伺うと彼は真剣な眼差しで私を見続けていた。
そして何か考えている様子。
部屋をしばし沈黙が支配し、まるで時が止まってしまったかの様。
その停止した時の始動を告げたのはボーマンダの口から発せられた私を驚かす言葉だった。

「よし、決めた。君に協力する」

「え!?」

私は下がっていた頭を素早く上げ、思わず声を上げてしまった。なにせこのボーマンダは私に協力すると言っているのだ。
私は軍人では無いけれどボーマンダは自らが所属している軍に歯向かう。それと同じ意味と取れる言葉を私に向かって言い放ったと言う事が理解出来る。
私は驚きながらも内心に潜む友達が欲しいと言う欲望が刺激されて嬉しさがあったが、あまり人を巻き込みたくない気持ちも同時に存在していた。
嬉しさと迷惑を掛けたくない二つの思いが私の頭の中を高速移動しながら駆け巡っている最中、
ボーマンダは私に左前足を差し出してきた。

「俺の名前はリュウ。これから二人一緒にフェニックスとか言う計画をぶっ潰そう!」

彼が声を掛けて前足を差し出してくれた瞬間。私は心の奥底から喜びと言う感情が他の感情を全て押し殺して込み上げてきた。
正直に嬉しい。返答しだいではずっと独りであった私の目の前に信頼出来る、それも優しい仲間が居る事になる。
答えに迷いは無い。
私は彼……リュウの差し出された右前足をふわふわとした左翼で握ると固い握手を交わした。

「それで……君の名前は?」

握手を交わし終えるとボーマンダのリュウは私の名前を尋ねてきた。
だが、ここで私は沈黙してしまう。
私に名前など無いのだ。
いつもやっている様に今回も偽名を使ってみようかという悪念が閃光の如く一瞬だけ湧いて来たが、私を治療してくれた上に優しく接してくれている彼に嘘をつくことなど以ての外。
私は正直に話す決心を固め、俯きながら目だけをリュウに向けると小さく呟いた。

「あ、え~と、私……名前が無いの……」

「名前が……無い?」

流石にリュウもこの事には驚いた様だ。彼は頭の上に疑問符を浮べながら私に聞き返してきた。
そしてまた部屋の中が静まってしまう。
静寂の中、今回は時計が七時を告げる音を鳴らした。その低い音は一定のリズムで七回私の耳に入り込んでくる。
私は上目遣いでそっとリュウの姿を視野に納めて瞳に映す。
リュウはそんな私に目を合わせてきた。そして微笑みながら口を開く。

「そうだな……じゃあ、君の名前は“フェザー”で良いか?」

「え!?フェザー!?」

驚き。
私の感情はこの一つに征服された。目は見開き、ごく僅かに仰け反る。
そして私が聞き返すとリュウは何かを思い出すように視線を上に向けると徐に口を開いた。

「あぁ、そうだ。……俺の初恋の相手だった奴の名前だ。今はもう居ないけどな」

驚きが中々治まらない。なんと彼は名前の無い私に名前をそれも初恋の相手の名前をくれたのだ。
リュウはどれほど私に喜びと驚きを与えるのが得意なのか。
何はともあれ私の答えは一つ。良いに決まっている。
本日午前七時。私はずっと昔から無かった名前をもらった。
一般人からすれば名前など当たり前だが孤児であった私にはフェザーという大層な名前が出来た事はとても嬉しい。
なんだか喜びで涙さえ沸いてくる。
木のテーブルの上に落ちた一粒の涙はそこの色を濃くしながら滲んでいく。
私は涙を流しながら頷き、了承の返事を言う。

「うん……ありがとう」

「フェザー?どうした?大丈夫か?」

リュウは私が流している涙が嬉し涙なのが分からないのか私をたった今付けてくれた名前で呼んで気遣ってくれる。
私にとって今日は人生で最高の日かもしれない。
とても親切なボーマンダのリュウと出会い、名前まで授かったのだ……








その後、私がさん付けで彼の名を呼ぶと彼は堅苦しいと言ってこれからお互いさん付けは止めようと言った。
そして私は彼の事をリュウ、彼は私の事をフェザーと呼び捨て……と言うと痛々しいので語尾に何も付けない事にした。
窓から外を眺めるとそこには私とリュウが出会った山が遠くに見え、外はいかにも冷たそうな風が落ち葉を攫いながら町を横断している。
こんな最高の出会いがあった事を考えるとここまで流してもらったあの凍て付く川に感謝の念さえ生まれて来た。

「ねぇ、リュウは軍に入ってるって言ってたけど任務とかは無いの?」

私は何の拍子も無くふと頭の中に浮かんできた一つの疑問を彼に投げ掛ける。
リュウは軍人。何かしら任務やらを遂行している筈である。
なのに一日私を看病した上に今日も自分の家に残っている。彼は私に出会った時に私を助けないとサボり魔になると言っていたのでサボり癖は無い筈。
それともまさか私の為に……?

「任務?只今実行中であります!……俺の任務はこの田舎町の治安維持。けれどこの町……ピース町は平和ってもんを超越してるし放って置いても喧嘩一つ起きない。
はっきり言って俺が必要無い程治安が良い。だから何もする事無く暇を持て余してるんだ。怪我が治るまではここに留まっていた方が良い。
やたらとうろつくと見つかっちまうからな」

「そうなんだ……了解です!」

リュウの軽くジョークが混じった説明を二つの耳で聞きとめた私は何故だか分からないが自然と晴れ渡った空の如く明るい微笑みが零れる。
自分で自分の感情を推測するのは何か変な気分だが私の気持ちは今、嬉しくそして楽しいのであろう。
リュウと言う仲間と一緒に居られる事が。
私とリュウは互いの過去の話を始めた。私は過酷だった今までの生活を恥ずかしながらも全て話し、
リュウは自分が以前任務中に上官の命令に反対してこの田舎町に左遷された話やピース町の説明を丁寧にしてくれた。話をしている間は本当に楽しい。
人と言葉を交わした事が無い私は会話と言う物の楽しさを初めて実感したのであった。
今まで町で会話していた者を見ては会話なんてしても何にもならないと自分に言い聞かせていた。
だがそれはただの羨ましさを消す為の口実であったのが良く分かる。
時計が十二時を指すとリュウは私との会話を切り上げ、昼食の材料を買って来ると言った。

「え?行っちゃうの?」

私は自分がここから去ろうとした時にリュウが引き止めた様に彼を引き止める。
内心ではこのとても楽しい会話をずっと……それも永遠に続けていたかった。
思わずそんな感情が表に出てしまう。

「直ぐに戻ってくるって。近くのスーパーに行って来るだけだから。後、家から出ない方が良い。
誰かが尋ねて来ても居留守を貫け」

「うん。わかった」

リュウの忠告に私は返事をして頷くと彼を見送る。彼が居なくなった後は静まり返り、時の流れは絶たれてしまった。
私はどうにか時の流れを再開させようと部屋の中を見渡す。そこにはテレビや冷蔵庫、本棚が置いてあったりあまり高さの無い箪笥がある。
箪笥の上には軍の仲間と一緒に撮ったと思われる写真が額に入れられて飾ってあった。そこに映るリュウは仲間と共に満面の笑みを浮べている。
私はその写真を捻挫していない左翼を使って持つとじっと眺め始めた。

「私も……こんな風にリュウを笑わせられる存在になれるかな…」

私は写真を眺めながら独り言を呟く。呟いた後にその写真をそっと元の場所に戻すとテーブルの下に頭を隠し、尻は隠していない状態の椅子を引きずり出すとそれに腰を下ろした。
リュウが帰ってくるのが待ち遠しい。
私はそんな気持ちを紛らわす為にテーブルの上に畳まれて寝そべっている新聞紙に翼を伸ばした。
瓦版タイムズと言う名の新聞を開き、一面を見る。
軍が私に懸賞金でも掛けて捕まえろと言う記事を載せているかもしれない。私は一面、二面と隈なく探して時間を潰す。
けれど、新聞には私の事など一切書かれておらず、平和な話題ばかりだった。

「ふぅ……(案外軍は私の捜索に必死じゃ無いのかな?)」

新聞を読み終えた私は新聞と同じくテーブルの上に置かれたテレビのリモコンを左翼で持つと、電源と書かれたスイッチを押す。
私の正面にあるテレビはパチッと音を上げると黒一色だった画面は最初明るく点滅して直ぐに点いた。
テレビでは雌である自分でも見惚れてしまう程の美人アナウンサーがニュースを報道しているが、
その中に私の話題は無い。これで一先ず安心出来た。私はテレビを消すと朝、リュウがやっていた様にテーブルに伏せてみる。
そしてそのまま彼を待つ事にした。
しばらくしてウトウトしていた私の耳に玄関の扉を開ける音が飛び込んできた。
私の表情は明るくなり、眠気は彼方に吹き飛んだ。
玄関にはリュウが立っており、胸に着けているポーチは膨らんでいる。

「ただいま」

「……お、おかえり」

リュウはただいまと言ったのだが私はおかえりと直ぐには言えなかった。
何せこんなやり取りは人生初なのだから。若干舌を噛んでしまいそうにもなった。
リュウは部屋の中に入るとテーブルの上に買って来た食材を広げて見せた。
私の観点から見るとそれは食べてしまうのも勿体無いと感じてしまう程の財宝の山。
口の中では涎が大量に滲み出して来てもう溢れそうな位。
リュウはカレー粉が入ったパックを手に取ると笑顔でそれを私に見せた。

「昼飯はカレーだ。今作るから少し待っててくれ」

「うん!」

目の前の宝の山と言うに等しい食材を見た私はもう気分の舞い上がりを抑える事が不可能な状態に達し、
大きく明るい声で返事をした。
私はうずうずしながら彼の赤く立派な翼の付いた背中を眺めながらカレーが出来上がるのを待つ。
手伝いたい気持ちはあるが、料理をした事が無い私はかえって邪魔になってしまうのが落ちなのでひたすらに待ち続ける。
リュウは細かい作業には向かないその前足を器用に使ってカレーを作っている。
多分私よりも遥かに器用であろう。軍で訓練でもしたのだろうか。
時間が経つにつれ、部屋の中にはカレーのとても良い匂いが充満して私の食欲は上昇を辿る一方だ。
金属製の鍋からはぐつぐつと心地良い音色が奏でられ、上限一杯まで私の食欲を増させる。
それから数分後。
私の目の前にはご馳走が置かれていた。白い大陸と赤い海は皿と言う名の惑星の中で半分に分かれている。
その二つが出会う境界線は海岸にぶつかる波模様。
私からみればリュウが作ったこのカレーの見た目は芸術に等しい。

「まぁ遠慮せずに食ってくれ。不味かったら謝る」

リュウは私と向かいの椅子に座るとお手製のカレーを私に薦めた。
私は利き手である左翼でスプーンを持ち、目の前のカレーに覚えていないけれどロックオンを繰り出す。
そしていざ……

「いただきます!」

限界まで達し、なんとか抑えていた食欲はいただきますと言うスイッチによって爆発した。
私は女性らしからぬ豪快さで彼を……あ、彼を口に入れてしまってはまずい……カレーを口に入れる。
そして口に入れた瞬間にその味が口内を駆け巡った。
野菜の風味。適度な辛さ。もう全てが美味しくてたまらない。
私はカレーを飲み込んだ後に大きな声で叫んだ。

「美味しい!!!!」

私の声を聞いたリュウは驚き、口に運ぼうとしていたコップに慌ててブレーキを掛ける。
急停止したコップの中は荒れ狂う海に等しい状態になった。
そして彼はその荒れ狂う海と格闘している。

「おい、脅かすなって……」

「あ!ごめん」

昼食のカレーをリュウよりも早く平らげた私はご馳走様と又もや大音量(もはやハミングポケモンのプライド放棄)でリュウに言うと、彼は口にカレーが入っている為に喋れないのか微笑みながら何度か頷いた。
それから数時間、ゆったりと寛ぎながら私とリュウは互いの交流を深める為にまたお喋りと言う行為をしていた。今の私に取ってこの時間が一番楽しい。
だが楽しい時に限って非情にも時の流れは急流と化すのだ。気付いた時はもう太陽は西に沈み、辺りは暗くなっていた。
いつ電気を付けたなど覚えていないが蛍光灯の白い光りは私達を照らしている。
夕食は昼間に作って置いたカレーがまだ残っていたので再びカレー。夕食のカレーは昼食の時より熟したカレーはさらに美味しくなっていた。
夕食も楽しく食べ終えた私は、皿洗い位は怪我をしていても出来るので休んでいろと言うリュウに反旗を翻ししながら一緒に皿を洗う。
ホームレスで多少常識力は欠けているかも知れないが、リュウの家に住ませてもらっているからには多少は働かないといけないと言う精神ぐらい備わっている。
それに働かざる者食うべからずと言う諺を聞いた事もある。

「大丈夫なのか?捻挫してるのに立ってて?」

「大丈夫、大丈夫。それに少しは働かないと」

気遣ってくれるリュウと並んで私は皿洗いを続行する。水道から流れる水はあの川の冷徹な水とは違い、温かく穏やかな温水。
これなら冷たい物が嫌いな私でも問題無い。自分で使った皿を自分で洗い、カレーが入っていた鍋をリュウが、スプーンなどを私が担当して洗った。
無論、私にはスポンジと言う道具を装備する必要は無い。
ちょっと自慢に聞えるかもしれないけれど掃除は本能的に得意科目なのだ。汚れは私の闘争心を掻き立てる。
全てを洗い終えた後に風呂に入り、久しぶりに体を洗う。
何時もは川で体を洗っていて冬は寒いからあまり体を洗う事は少なかった。
今思うと少々不潔かな?
それに温かい湯船に浸かるととても気持ちが良い。このまま眠ってしまいそうにもなる。
眠ってしまったら溺れてしまうけれど。
眠らない様に注意しながら湯船で体を温めた私は風呂から上がり、タオルで体を拭き、ドライヤーと言う道具で翼を乾かす。こんな道具を使うのも人生初であった。
リビングに戻って時計を見ると長針は午後の九時を指していた。
ホームレス生活をしていた時は暗くなったらもう直ぐに眠っていたのでこんな時間まで起きていたのも初めてであった。
初めてだらけの一日を過ごした私はリュウに親切にもドアを開けてもらい、
寝室に行くとふわふわのベッドに横になる。

「リュウ……別に私は床で大丈夫だよ」

「レディーファースト。それに怪我人はゆっくり休みな。俺は軍の訓練で別に木の上だろうが砂利道だろうが関係なく眠れるから気にすんな」

「レディーファースト?」

私は聞いた事が無い言葉を聞いたので彼に聞き返した。それはリュウ曰く女性優先と言う意味の言葉らしい。眠る寸前に技ではなく新しい言葉を覚えた。
リュウはベッドに横になる私を見ながら二本足で立ち上がるとドアノブに前足を掛ける。

「おやすみ。フェザー」

「おやすみ。リュウ」

今までは寝る前に自分で自分におやすみと言っていたがそれが馬鹿馬鹿しい。今の私にはリュウと言う仲間が居る。
私は布団の裾を掴み、微笑みながらリュウに返事をし、リュウの姿が見えなくなると目を瞑る。
今日は楽しかった。そしてまた明日がとても楽しみである。私は目を瞑ったままそんな事を考えていた。
それからどれほどして夢の世界に旅立ったかは不明だが私はこの上ない安心を感じながら眠りに付いたのであった。








三話に続きます。


PHOENIX 3 ‐逃亡‐


つまらない駄文を読んで頂きありがとうございました。
出来れば感想を頂きたいです。


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Last-modified: 2009-12-17 (木) 00:00:00
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