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PHOENIX 26 ‐終焉(前編)‐

/PHOENIX 26 ‐終焉(前編)‐

PHOENIX
作者 SKYLINE
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※本話には流血表現が含まれております。苦手な方はご注意ください。

26話 終焉(前編)

内部に侵入し、作戦の都合上フェザー達と別れたナイトとグレンはとある場所を目指して廊下を突き進んでいた。
地図が頭に入っていなければ、迷ってしまいそうなその廊下の床を何度も蹴り、二人はただ只管に、そして一つの迷いもなく前進し、二人はフェザー達や外で戦っている仲間達を信じて足を前へ前へと動かす。
外に比べて室内の空気は淀んでいたが、走り続ける二人に空気の良し悪しなど関係はない。
関係あるのはフェザー達と同様に時間なのだ。
遭遇した兵士や研究員を素早い先制攻撃で気付かれる前か、もしくは気付かれた瞬間に倒し、また直ぐに二人は加速していく。
戦場と言う特殊な場所に居るにも拘わらず、グレンとナイトの耳に聞えるのは無線からの音声でもなく、爆音でもなかった。
防音性の高い壁に覆われた室内で聞えるのは自身の足音と風切音だけ。
見える色は灰色ばかりで、慣れていない者には迷宮のようにすら感じる施設内に華やかさは一切無い。
しかし、施設内を熟知しているグレンからすればここは迷宮でも何でもなかった。
元軍人で、ここで働いていた彼からすれば庭のようなものなのだ。
そんな彼の背中を追うナイトも、グレンを信じて無言のまま後を追い続ける。
少なくとも十回以上は角を曲がった後、二人の目の前に目的地がその姿を曝け出した。
それは、大きな建物なら当たり前のように設置されているスプリンクラーなどの装置を制御する部屋。
目的地を目前とした二人は、互いの顔を拝見すると同時に視線をその部屋の扉へと移した。
フェニックスの保管庫と違い、警備の必要性が薄いこの場所にはナイトの思惑通り兵士の姿はなく、異様な程に静まり返っており、扉も強固なものではなく至って普通の物。
寿命が近いのか、点滅を繰り返す蛍光灯の光が二人の居る場所を怪しげに照らす中で、空かさず扉に前足を掛けたグレンはそれを引き開けようとした。

「動くな!!」

グレンが扉に前足を掛け、いざ引き開けようとした矢先だ。
ナイトとグレンの二人は、背後から明らかに味方のものではない鋭い矢のような言葉を浴びせられた。
その声に反応して素早く振り返った二人の目には、自分達を睨みながら身構える一人のカイリューの姿。
胸に輝くバッジは軍の物で、その逞しい体格は軍人を象徴しているかのようだ。
多少の抵抗があるのは予想済みだが、目の前のカイリューに二人は今まで戦ってきた兵士とは一味違う雰囲気を感じた。
睨んでくる瞳の奥には垣間見えるのは闇雲な殺気ではなく、自分達が持っているような使命感。
ナイトとグレンが自らの使命を果たそうとするように、二人の前にいるカイリューも自分の担う使命を果たそうとしているのだ。
……そう、侵入者を排除するという使命を。
戦いを避けられないのは明らかで、それは二人も十分に理解出来ている。この状況でカイリューの説得を試みてもそれは無駄であろう。
そう言った結論に至ったグレンは、横目でナイトを見ながらゆっくりと口を開き、冷静な口調で彼に言った。

「ナイトさん。どうやら戦わないと駄目みたいですね」

「そのようだな」

双方の視線が廊下の中央で交錯し、放たれる互いの使命感はまるでこの空間の支配者のようだ。
ナイトとグレンはフェニックスを破壊する為に、カイリューはフェニックスを守る為に……二人と一人の決意がぶつかり合うのと同時に戦いの火蓋は切って落とされた。

「グレン!援護を頼む!」

「了解!」

ナイトの指示の下、グレンは口を一杯に広げ、遠距離から先制して“火炎放射”を繰り出す。
廊下を一直線に駆ける指向性を持った火炎はカイリューに向かってうねりながら伸びて行き、彼を包むように襲ったかに思われた。
しかし、その熱波はカイリューには届く事はなかった。
外に比べてスペースに限りがある場所にも拘わらず、カイリューは自分の目の前に“竜巻”を繰り出し、迫り来る炎を防いでいたのだ。
さらにそれも束の間、カイリューは繰り出した“竜巻”の回転を絶妙に調整していたようで“竜巻”の風に乗った炎は隙を突いて一気に間合いを詰めようとしていたナイトに襲い掛かってくる。
狂い無くただ一点にカイリューの姿を視界に捉えていたナイトは瞳に映る紅の炎を見るや否や、繰り出そうとしていた“電光石火”を取りやめ、即座に体にブレーキを掛けて後方にバックステップすると、獲物を狩る捕食者のように襲いかかってくる炎から体を退けた。
繰り出した“竜巻”の力でグレンの“火炎放射”をも利用したカイリューからナイトはさらに連続的にバックステップをして一端距離を置く。
事細かに変化する状況を一瞬で読み、敵の技をも利用したカイリューが相当な実力者なのは言うまでも無いだけに、いきなり接近戦に持ち込むのは危険だと彼は判断したのだ。
早急に決着を付ける為に素早い初撃で先ずは隙を作り、その後にグレンと共に強力な技で倒そうと考えていた彼であったが、その考えは既に候補から消えており、今は時間を掛けてでも焦らずじっくりと作戦を練って戦わないと、数の上で有利でも勝算は低いと言う判断がナイトの頭の中にあった。
グレンもカイリューの実力を実感していたのか、一瞬たりとも気を抜かずに身構え続けていた。
一方、カイリューは自分から仕掛けようとはしておらず、まるでナイト達からの攻撃を誘っているような雰囲気を醸し出す。
数の上で不利なだけに、自分から無闇に仕掛ければ命取りとなるのをカイリューは分かっているようで、さらにはナイト達とって時間が大事なのも見通しているかのようである。
このままどちらかが仕掛けなければ埒が明かない。
カイリューに攻撃を仕掛けるのは、彼の実力から考えてかなりのリスクがあるのは確か。
けれどナイトとグレンの二人は時間が勝負なだけに、高いリスクでも攻撃を仕掛けるしかなかった。
一歩も引けぬ状況を噛み締めたナイトは、カイリューの動きに細心の注意を掃いつつグレンの耳に口を近づけて彼に小声で何か指示を出す。
そのナイトの行動に、一瞬だがカイリューは眉間に皺を寄せた。

「よし……グレン、もう一度援護してくれ」

「任せてください!」

何か策でもあるのか。カイリューは再び攻撃を仕掛けてこようとしているナイトとグレンの二人に疑問を抱いていた。
しかし、自分にとっての敵が何を仕掛けてこようと、一軍人として与えられた任務は真っ当するのが当然。
カイリューの選択肢は一つだけ……二人と戦うしかなかった。
グレンの隣から駆け出し、不規則に左右に動きながら接近してくるナイトに対し、カイリューは先制して“竜の息吹”を繰り出す。
自分のタイプと技のタイプが一致しており、他者のそれより格段に威力が高い猛烈な“竜の息吹”は接近してくるナイトとの距離を一気に縮め、彼を襲う。
だが、カイリューが繰り出した“竜の息吹”に対抗するかのように、グレンの口から放たれた“火炎放射”がナイトの寸前で激突し、両方が四散した。
決して広いとは言えない廊下には痛烈な衝撃波が壁伝いに走り、激突によって生じた煙が廊下を包む。
廊下の灰色以上に無機質とも言える黒色の煙の中にナイトの姿は消え、グレンにも、そしてカイリューにもその姿は見えない。
と、黒煙の中からカイリューの目の前にナイトが勢いよく姿を現した。
訓練を受けていない常人なら煙の中からのナイトの攻撃に対処が遅れるだろうが、さすがは鍛え抜かれた軍人、カイリューは動揺一つ見せずに空かさず“ドラゴンクロー”を繰り出し、接近戦に持ち込んできたナイトを容赦の欠片もなく切り裂いた。
皮膚を切り裂き、肉を抉る不快な音が響いたかと思うと、ナイトの姿は一瞬にして、それも霧のように消えてしまった。
明らかに不自然な消え方……寧ろ消える事態がおかしいナイトを見たカイリューは目を丸くした。

(“影分身”か!?)

内心でそう呟いたカイリューは、ナイトの分身体を切り裂いた腕を元に戻しながらとっさに立ち込める煙から遠ざかった。
倒したのが分身体だという事は、それは即ち陽動。
高い確率で煙の中から本体が攻撃を仕掛けてくるのは目に見えていた。
そんなカイリューの読みは正解だったのか、煙の中から再び勢いよくナイトが飛び出してくる。
黒い体に纏わる黒煙を自身の動く風圧で吹き払いながら、足を忙しく動かしながらナイトはカイリューに突っ込んでいく。
中距離技か、それとも近接技か。益してはかく乱する為の補助技か……後退中だったカイリューは爪を立て、ナイトがどんな技を仕掛けてくるのかと様々な憶測を立てながら攻撃に備える。
ナイトは黒毛に覆われた後ろ足でタイルの床を力強く蹴り、勢いに乗って“居合い切り”を繰り出し、素早くカイリューに攻撃を仕掛けた。
振り翳される黒き前足とそこに並ぶ爪は既にカイリューの眼前に差し掛かっており、回避するべきか防御するべきか。
そのどちらを取るにしても、危険な状態に変わりは無かったのだが、カイリューはナイトにとって予想外でる三つ目の選択肢を用意していた。
後退を止めたカイリューは、ナイトの繰り出した“居合い切り”の被弾を覚悟で右腕をナイトの首元に突き出したのだ。
カイリューのまさかの行動はナイトが普段絶対に見せないような表情を彼の顔に浮かび上がらせる。
刹那の攻防は瞬きする間に決着がつき、鈍い音が入り組んだ廊下の壁に乱反射した。
“居合い切り”を繰り出したナイトの前足は、カイリューの胴体に後僅かだが届いておらず、カイリューの腕がナイトの首元を掴んで彼の動きを封じていたのだ。
ナイトの体は完全に宙に完浮いており、重力に逆らえずに垂れる尻尾の先端が床の上で左右に揺れていた。
気管を圧迫して呼吸を困難にし、首の骨すら折ってしまうかのような握力が容赦なくナイトの首を締め上げる。
冷静沈着なナイトもこの時ばかりは表情がとても険しく、圧迫される喉から如何にも苦しそうな声を上げた。

「うぅ……」

「これが俺の使命だ……許せ」

一時の隙も与えず、ナイトの首を締め上げ続けるカイリューは自らの受け持つ使命を果たすべく、空いている左腕の爪を鋭く立たせた。
苦しさで意識すら保つのが難しい中でも、ナイトは蛍光灯の光りで輝くカイリューの爪を睨む。
彼はカイリューが繰り出す技は分かりきっていた。
この距離で“ドラゴンクロー”を急所に当てられれば、例え自分の防御力が並以上でも一溜まりも無い。
勿論、カイリューの言葉から彼が情けを掛けると思えず、彼は一層表情を険しいものへと変えた。
もし、この戦いに観戦者でもいれば確実に決着が付いたと思うだろう。
そんな圧倒的に有利な状況であったが、カイリューはふと、とある事に気が付いた。
廊下を覆っていた黒煙が晴れた先に、先程までそこに居たはずのマグマラシ……グレンの姿が無かったのだ。
代わりにそこにあったのは、硬い床に開けられた一つの穴。
それに気が付いた瞬間、カイリューは血相を変えたがそれは既に手遅れだった。
硬いものが砕ける単発的な音が響いたかと思うと、足元の床に皹が入りそこが砕け散る。
突如として床に空いた穴からは床の破片が飛び散り、その破片に混じるかのように体毛を靡かせながら瞬時に飛び出してきたグレンはそのまま勢いに乗って足元から、迷い無くカイリューに突っ込んだ。
本来、飛行タイプに地面技は通用しないが、それは飛んでいればの事、グレンの“穴を掘る”の一撃は床に足を下ろしていたカイリューの下顎にものの見事に命中し、その衝撃で彼は大きくよろけると同時にナイトの首を圧迫していた右腕をそこから手放してしまった。
グレンの繰り出していた“穴を掘る”の直撃を受けた衝撃で倒れる際、視界に入ったナイトとグレンの瞳に、カイリューは苦痛の中で“そうか”と妙に納得した。
二人の瞳は最初からこうなることが分かっていたようで、全ては二人の作戦通りだったのかもしれない。
最初に立ち込めた煙はブラッキーを隠す為はなく、あのマグマラシが硬い床に穴を開ける為の時間を作り、尚且つ彼の姿を隠す為……
見事。
カイリューは二人の連携をそれ以外の言葉で表せなかった。
倒れ込んだカイリューに止めを刺すべく、ナイトが再び“居合い切り”を繰り出してカイリューに向かっていく。
もはやこの体勢では防御も回避も不可能。
フェニックス計画の責任者であるスプーンから託された使命を果たせなかった自分を悔やみつつ、潔く諦めたカイリューの耳を、知的かつ冷静さを漂わせるナイトの声が貫いた。

「俺達にも使命がある……許せ」

その言葉が廊下に響いた瞬間、廊下に真っ赤な鮮血が飛び散った……








強引に破壊した扉の先……フェニックスの保管庫に足を踏み入れた私の目に飛び込んできた光景は驚愕とも言えるものであった。
予想こそしていたものの、部屋一杯に保管されているその量を前に足が竦むような恐怖を感じる。
改良され、粉末状にまで小型化された恐るべきフェニックスは寸分の狂いもないかのように陳列され、密閉された容器の中で無言のまま来るべき時を待っていた。
しかし、私達はその来るべき時を迎えさせてはならないのだ。
気を取り直し、大まかに倉庫の中を見回すと、渡された内部の地図に記してあったものと全く同じ。
軍の兵士の抵抗に会い、多少時間が掛かってしまっているが今の所は作戦通りに事を運べていると言って良いだろう。
早速作戦通りに、容器の蓋を片っ端から開けていくリュウの背中を時折見ながら、私はこの大量のフェニックスを破壊するのに必要な“あるもの”が存在しているかを確かめていた。
私が見る限りでは、地図に記載してあった情報通りに、その“あるもの”はしっかりとこの部屋に存在していた。

「よし!こっちの準備はOKだ!……フェザー、隊長からの連絡は?」

「まだ……無事だと良いんだけど」

リュウの言う通り、私達の準備は完璧とも言える状態にまで整っていた。
しかし、ナイトからの連絡が無ければ、何時になっても作戦の実行は出来ない。
正直、中々連絡が入らないので彼等を信じているとはいえど、不安が沁みのように私の中で広がって行く。この小さな無線機から出る電波と名の見えない繋がりだけが、今は頼みの綱であった。
数秒が数分に感じられ、数分は数時間にすら感じる。込み上げる不安の中には焦りの色も滲み、じっとしているのさえも辛い。
後、数分間連絡が無かったら彼等の様子を見に行こうと思い掛けたその時だ。

「こちらナイト。予定通り、スプリンクラーの電源を入れた。……行動に移っていいぞ!」

一瞬のノイズの後に、ナイトの声が鋭く無線機から走った。心配でずっとこの言葉を待っていただけに、彼のその声に自分の体がビクリと反応したかのような気さえした。
ようやく、フェニックスを破壊する時が来たのだ。
私達がフェニックスを根こそぎ破壊するために用意していた作戦とは、この部屋に設置されているスプリンクラーから放射される大量の水を保管されているフェニックスに浴びせ、その全てを破壊すると言うもの。
協力者から渡された詳細な地図のお陰で、フェニックスが保管されているこの部屋にも火災を防ぐ為のスプリンクラーが設置されていると言う事は分かっていた。
勿論、軍はもしもの時の為にこの部屋のスプリンクラーのスイッチを切っており、さらには密閉された容器に保管されて水が掛からないようにしている。
だから、リュウが片っ端から容器の蓋を開け、ナイトとグレンの二人が火災報知器などの防災機器の制御室でスプリンクラーが正常に作動するように装置を作動させてくれたのだ。
全ての準備が整った今、後は天井に向けて“火炎放射”でも放てば、この倉庫に人工的な雨がスコールの如く降り注ぐ事になる。
私は気持ちを落ち着かせるのも含め、大きく息を吸った。
そして……

「分かりました!」

私は三人の代表として、無線という機械の向こうに居るナイトからの指示に大きく返事をした。その声は窓一つ無いこの倉庫にまるでホール内のように反響し、何度も耳を流れる。
ナイトに返事をした私は即座に天井に設置されているスプリンクラーを睨む。
炎や煙を感知するセンサーは時を刻むように一定の間隔で点滅しながら、意志は無くとも己の使命を無言で真っ当していた。
……今までの辛かった事や抑えられなかった悲しみ、そしてフィンの為にも固めた決意。
私はその全てを乗せて、足を肩幅に開いて身構えてから大きく口を開く。
大きく深く息を吸い込み、最大限の力を振り絞って私は天井に向かって“火炎放射”を繰り出した。
口を中心にして広がる紅の火炎は、私の視界を覆い、同時に天井に襲いかかる。
低く唸るような炎の音が部屋に響いたかと思うと、天井を直撃した炎は熱波を部屋中に広げながら激しく散った。
私の放ったこの“火炎放射”に、ナイト達が電源を入れてくれたスプリンクラーのセンサーが機敏に反応して、この室内に大量の水をばら撒くであろう。
これで……これで私達の使命は果たせる筈だ。
私は身構えたままの状態で、そう信じながらその時を待ち続ける。
リュウやバンも天井を睨みながら室内に降る人口の雨とも言えるスプリンクラーの作動を待ち続けていた。
待ち始めたのも束の間、水道管を水が流れる低い音が響いてきたかと思うと、天井に取り付けられている幾つもの噴射口から大量の水が噴出し始めた。
噴射口から勢いよく、放射上に満遍なく噴出するその水は容赦の文字を知らないかのように容器に入っているフェニックスに襲うように降りかかる。
立ち込める細かい水飛沫で霞む視界の中でも、保管されているフェニックスが解けるようにみるみる破壊されていくのが見えた。
冷たい水は私達にも降りかかるが、そんなものは全くといって気にしていない。
今は破壊されていく大量のフェニックスを眺める事だけに精神が集中していた。
目の前の光景に、私もリュウもバンも釘付けになっていたのか無言のままで、部屋には水の音だけが絶え間なく鳴り響く。
……ついに私達は軍の陰謀を打ち砕いたのだ。
兼ねてから目指していた目標を達成した実感と、恐ろしい陰謀がこの世から葬り去られた安心感に私は呑まれていて、何か一気に体の力が抜けた。
スプリンクラーから噴射され続ける水のせいで、全身がずぶ濡れの状態になりながら、私はその場に座り込む。
これで……全てが終ったんだ。
目の前で水を浴び、破壊されていくフェニックスを見ながら私は達成感よりも安心を感じていた。
そして、同時に感じた脱力感のせいで、体に力が入らずに立ち上がるのもままならない。
しかしだ。
体中がずぶ濡れになりながら座る私に、安心するのはまだ早いと警告するかのように、突如として無線機からナイトの声が聞こえてきて、その声はまるで突風のように私の耳を突き抜ける。

「緊急事態だ!……たった今拘束した研究員からの情報で、どうやらここにあるフェニックスを破壊しても、計画の責任者であるフーディンのパソコンの中にあるフェニックスの構造や作り方などのデータさえここから持ち出せば、また幾らでも生産できるらしい」

「えぇ!?」

無線越しとはいえ、その焦りが混じった声に私は思わず声が出てしまう程の衝撃を受けた。
……これで全てが終ったと信じ込んでいたので、ナイトからの情報に私の安心感は砕かれ、その空いた溝を埋めるようにナイトの声に乗った焦りが私にも乗り移ってくる。私の上げた声と表情からか、リュウが心配そうな目で私を見詰めながら何か言いたそうな感じ。
ただ、ナイトと話している状況を弁えているのか、じっと待っている。
そんな彼を横目で見ながら、スプリンクラーから吹き出る水の音が響く中で私は耳をナイトからの指示に傾けていた。

「位置的にフェザー達の方が大分近いし、データの容量が膨大でそれを外部メモリに取り出すには多少の時間を要するらしい。だからまだ間に合う可能性は高い。リュウと一緒に直ぐ向かってくれ。……頼んだぞ!」

「はい!分かりました!!」

ナイトからの指示をしっかりと耳で受け止めた私は通信を切り、先程までは安心感と脱力感に囚われて力すら入れるのもままならなかった体に力を入れて、素早く立ち上がった。
そして、顔に付いていた水を軽く掃うと、リュウとバンの方に顔を向けて大きく口を開く。
私はスプリンクラーの音に負けないように喉の奥から声を上げ、不安そうな表情の二人に
鋭く言い放つ。

「ナイトさんからの情報で、ここにあるフェニックスを破壊しても、その作り方とかのデータが入ったメモリーを持ち出されたらまた幾らでも作られちゃうみたい」

「なんだと!?……じゃ、じゃあそのメモリーを探し出さないといけないのか!?」

終っていなかった脅威を私の口から聞かされたリュウは、スプリンクラーから噴射される水で濡れる顔の血相を変えていた。その後ろでは、バンも険しい表情で腕を組んでいる。
休む事なく降り続ける人口の雨の音は依然として騒がしく部屋に響き渡り、そのせいで視界は霞み、肌からは冷たい感覚が伝わってきた。
リュウから聞き返された私は、彼に向かってゆっくりと頷く。

「うん……情報では、計画の責任者であるフーディンの部屋にあるらしいから、直ぐに向かってくれって」

「なら話は早ぇ!!直ぐそこに行こうぜ!!」

私がそれを言い終えた時には、既にバンは雄叫びを上げるように叫びながら、降りかかる水を物ともせずに足を前に突き出していた。
床に出来た水溜りをその太く強靭な足で踏み潰し、派手に水飛沫を上げながらバンは私達が破壊した扉に一直線に向かっていく。
当然、私やリュウも彼に負けじと濡れた床を強く蹴った。
まるで嵐のように顔に吹き付けて来る水を掃いながら、私はバンの背中を追いかけるように破壊した扉から部屋の外に出る。
部屋の中と違い、乾いた廊下にはバンの足跡が染みのように残っていて、既に彼の姿は曲がり角の死角に消えていた。
私もバンのように早く行かないと。そう自分に言い聞かせ、私は大量に浴びた水のせいで冷えて足を前へ前へと交互に突き出して行く。
先程まで戦っていた兵士……バシャーモとアーマルドの亡骸の横を越し、頭の中に入っている地図を思いだしながら角を曲がる。ふと思ったが、地図を思い出しながら走るよりも、前方に見える巨体を追いかけた方が速いかもしれない。
バンも私やリュウと同様に頭の中にこの施設内の地図を叩き込んでいるようだし。
私は一度も振り返らないで只管に駆けるバンの、鋭い突起が生えた背中を見詰めながら足を動かしていった。
走る時の風圧で、肌に付着していた水滴は次第に飛んでいくが、羽に染み込んだ水は中々離れてくれない。そのせいで、全速力で駆けているつもりでも水を吸い込んで重くなった翼が私の体に負担を掛けてくる。
けれど、弱音を吐いて立ち止る訳にいかなかった。
ここまできて、リュウとバンの二人の足手纏いにはなりたくはないし……なにより課せられた使命を放棄するなんて例え死んでも私には出来はしない!
そんな強い気持ちを糧として、何度も角を曲がるバンの姿を見ながら彼の後に無言で付いていく。
しばらく走り、息が上がってきたその時だ。バンがその巨体の動きを止めた。
突然立ち止まった彼にぶつからないように私も慌てて体にブレーキを掛けてバンの後ろに立ち止まる。

「ここだ……」

彼は自分の目の前にある扉を見詰めながら、何時もの大声とは似つかない低い声で呟くようにそう言った。彼の体を避け、隣に出た私の目の前には目指すべき真の目的地が静かに佇んでいた。
この扉の先にフェニックス計画の責任者が居ると思うと、嫌でも緊張してきた。軍にとって重要なこの計画の指揮を任された者だ……当然頭も良く、尚且つ相当な実力者の筈。
もしかしたら私達の襲撃を計算して、ここに罠を仕掛けている可能性も捨てきれない。
私達の入室を頑なに拒むかのように何も言わずに廊下と部屋と言う二つの空間を隔たるその扉を前に私は中々一歩を踏み出せずにいた。

「どうする?……ノックでもしてみるか?」

「…………」

緊張で縛られた空気の中、バンが冗談まがいに笑いながら私に言ってくる。
その冗談の提案に、私もリュウも反応を見せなかったので、彼はため息を付いて顔を顰めた。
ここはやはり、先程のように遠距離技か何かで扉を破壊して突入するのが最善だろうか。
方法はどうあれ、私達はこの部屋の中に突入する以外の選択肢は用意されていない。
言わば、予め答えが明らかで、どうすればその答えになるのかを導くと言った問題だ。
慎重な私とリュウに対し、バンは腕を組みながら足の爪で床をコツコツと叩いている。
防音加工が施された壁の影響で、外で行われている戦闘の爆音などは一切聞えないので、その音だけが物静かな廊下に響く。

「……ったく、何時まで考えてんだよ!こんなもん蹴り開けりゃいんだよ!!」

中々答えを導き出さない私達に痺れを切らしたのか、バンは目の前の異様な空気を放つ扉をその太く強靭な足で蹴り開けた……と、言うよりは壊したと言った方が無難かもしれない。
砕け散った上品な木で作られた扉の破片が廊下に散らばり、バンの強烈な蹴りの前に、もはや扉は跡形もなかった。
ただ、警戒していた罠などはなかったようで、開けた視界に入ってきたのは木目調の机。
や、クルクルと静かに回る換気扇。そして、その上に置いてある一台のパソコン。

「ま、まぁ……結果オーライか」

表情を堅くしながらそう言ったリュウは、警戒を緩める事なく部屋の中に足を踏み入れていく。砕けた扉の破片を踏み、その足音を立てながら、彼は部屋の奥へとオーダイルのジャウとの戦闘で負傷し、包帯の巻かれた前足を進めていく。
私とバンもその後に続いて順に部屋の中に入って行ったが、部屋の中はある一つの点を除いてこれと言って問題はなさそう。
ただし、そのある一つの点が非常に私達にとって不味い事であった。
計画の責任者であるフーディンの姿が何処にもないのだ。
まさか計画の責任者であろう者がデータを入れたメモリーを持ち出さずに逃げるとは考え難いし、ご丁寧にも机の上に置いてあるパソコンは破壊されている。
この状況から、私達はどうやら辿り着くのが後一歩遅かったらしい。
メモリーが持ち出されたと言う事は、そのフーディンを追い掛けなければならないのだ。
だが、迷路のように入り組んだこの秘密施設のどの道を使って逃げたのか……それが検討も付かず、追跡しようにも追跡が出来ない状況だった。
どうすれば良いのだろか。
焦燥が込み上げてきて、私はどうして良いかも分からずにその場に立ち竦んでしまった。
そんな私を尻目にするかのように、何か手掛かりは無いかと部屋を物色していたリュウが、机の後ろに回り込むと、大きく声を上げた。

「おい!二人共来てくれ!」

彼のその声に私とバンは吸い寄せられるように彼の元……机の後ろに回りこんだ。そこで待ち構えていたリュウの爪が指差す先には、床に設けられた脱出口のようなものであった。
こんなもの渡された地図にも載っていなかったので、恐らくは今のような緊急時にここから逃げ出す為の秘密の抜け道か何かだろう。
床にぽっかりと空いた縦に伸びる通路には、梯子が設けられており、これを使ってフーディンが底に見える地下の通路へと脱出したのだろう。外で戦っている部下達を見捨てて……
とにかく、私達に意志に曇りはなかった。
フェニックス計画を根本から阻止する為にも、逃げ出したフーディンの後を追う!
私は一度深呼吸して気持ちを落ち着かせ、集中力を高めてから先陣を切って梯子を下った。








一方、集団と集団による激しい戦闘が繰り広げられている施設の外では、以前として鳴り止まぬ戦いの騒音が闇の大地を駆け、夜空を貫いて行く。
そんな中、他の部隊と共に襲撃者であるナイトの集めた仲間達と交戦していたソウルは、怪我を装い、一端最前線から退いていた。戦闘で負傷した兵士達が集う厚いコンクリートの壁の裏で、忙しく手当てを行う衛生兵の懸命な働きをよそに、ソウルは周囲の目に仕切りに気を配る。
そして、何を思ったのか衛生兵が他の負傷者の手当てに専念している隙に、ソウルは近くにあった裏口から施設の中に一人、足早に入って行く。
内部に入ると、そこはまるで別次元のように静かで、外の爆音は防音加工の施された壁によって殆ど遮断されていた。無音と言って良いその廊下は、同時に寒気がするほど無機質で、冬の冷たい空気が足元に淀んでいる。
ソウルは隻眼で廊下の奥を睨むと、何時もとは違い素早く床の中にその身を沈めていったのだった……








……そこは冷たく、まるで一年中気温の低い鍾乳洞のような気温だった。足元から伝わってくる悪寒に近い寒気は徐々に体を侵食していくようで、ドラゴン、飛行タイプである私にはとても不快な場所。長年取り替えられていないのか、弱々しく点滅する蛍光灯は、この地下通路に青白い蛍光色を放っている。
想像していたより割と広いが、そこは空気の流れる音か、低く唸るような音が微かに響いていて、点滅を繰り返す蛍光灯と相まってその音は不気味な雰囲気を一面に張り巡らせている。
私はその場で一度深呼吸して、気持ちを落ち着かせてこの不気味さから来る恐怖をゆっくりと吐き出した息と共に吹き捨てた。

「行こう」

私はナイトを真似るように冷静な口調で後ろに居る二人に振り向かずに言った。私の言葉に、リュウとバンは返事こそしなかったが、彼等が頷いたのはその微かな音で分かった。
不気味な地下通路を走り出した私達は、分岐のない一本道の通路を只管に前へ前と進んでいく。通路の奥に私達の足音が響き、反響する音が鼓膜を振るわせる。
ふと、その時だ。
緩やかなカーブを超えた先に、一つの人影が私達の前に姿を現した。
それ……いや、その者は私達に背中を向けながら、そこにある扉の手前で立ち止まっていた。
全体的にとても細い体、手に持った銀色に輝くスプーン。
その姿はまさに、私達が追っていた計画の責任者であると言うフーディンの姿。
そのフーディンは、立ち止まった私達三人に背を向けたまま動かず、まるで私達に気が付いていないようにすら見える。
しかし、幾らそう見えるからと言って、目の前に居るフーディンが私達に気が付いていないという事は先ずありえないだろう。あれだけ、足音を響かせていたのだから。

「……お前が、フェニックス計画の責任者か?」

立ち止まって直ぐ、リュウが鋭くフーディンの背中を睨みつけながら普段より低い声で問い掛けた。
その声には、私達を逃がしてくれたフィンを蝕んだフェニックスの全てを指揮していたであろうフーディンに対する怒りや殺意が乗っているようにすら感じられる。フーディンはその低いリュウの声に反応するかのように、ゆっくりとこちらに振り返った。
三対一と言うかなり危機的な状況にも拘わらず、振り返った彼の表情はいたって冷静で、恐怖も焦りも、何も感じていないかのようだ。
フーディンは氷のように冷たい眼差しでリュウを睨むとまでは行かないが鋭く見ると、小さな口をゆっくりと開く。

「あぁ、そうだ。私がフェニックス計画の責任者であるスプーン=フォークだ」

「…………」

恐ろしいフェニックス計画の責任者である自分の立場、そして自らの名前を名乗ったフーディン……基スプーンは、両手に持った銀に輝くスプーンを起用に回しながら、手を胸につけている一つのポーチの前に持ってきた。彼は回していたスプーンをピタリと留めると、その手をポーチの口に掛け、ゆっくりとポーチの口を開けて、その中に手を入れた。
“煙玉”と言った道具で、こちらの視界を遮って逃亡でも図るのか、もしくは“鉄の棘”などの攻撃用の道具で何か仕掛けてくるのか……いずれにせよ、私は彼の動向に気を集中させていた。

「お前達の目当てはこれか?」

ポーチの中に入れていた手を引き出すのと同時に、スプーンは冷静な口調でそう言った。彼の顔の前には、自身の手があり、その手に握られているのは輝くスプーンと、それと同じような金属質の長方形の物体。
鉛色のそれは、眩しいとまではいかないものの、蛍光色の光りをその平面に映していた。最初はそれが何なのかは理解出来なかったが、スプーンの言葉から推測して、フェニックスの全てのデータが収められていると言うメモリーだろう。
目の前のスプーンと言う名のフーディンを倒し、あのメモリーを破壊すれば、本当に私達の戦いは終焉を向かえる事ができるのだ。
今更話し合いによる和平交渉とはいかないだろう。私達に向かってそのメモリーをちらつかせた後にそれをしっかりとポーチに仕舞ったスプーンは既に臨戦態勢で、両手に握られた二本のスプーンの先端を私達に向けて身構えていた。
今まで戦ってきたジャウや、ハッサムとストライクの兄弟とは一味も二味も違うその雰囲気に圧倒されそうになりながらも、私はその不安や恐怖の錘を振り払って足を肩幅に開いて身構える。
そして、大声でスプーンに向かって怒鳴った。

「私はそのメモリーを壊してフェニックス計画を完全に葬る!!」

「貴様ら二人など秒殺してくれよう……掛かって来い!!」

地下通路の天井をまるで血管のように通るパイプから滴った一滴の水が堅い床に弾けたその瞬間に私は攻撃を仕掛けようとした。
しかし、その瞬間だ。
今まで鋭く力強い目で私達を睨みながら身構えていたスプーンの手に握られていたスプーンが彼の手から離れた。
周りの光りをその局面に反射させながら、銀色のスプーンは重力に捕らわれて床に向かって一直線に落ちていく。
その局面に一瞬映ったフーディン……スプーンの顔には先程までの冷静さは無かった。高い金属音が通路に響いたその時、私は視線を落下したスプーンからその持ち主であるスプーンに視線を移す。……移した視線の先にあった彼の表情は苦痛の色に染まっていた。

「う、うぅ……」

「なんだ!?どうしたんだ!?」

突然の出来事に戸惑うリュウの声をよそに、スプーンは低い声で唸りながら目を大きく見開き、胸の辺りを手で押えながらその場に崩れるように跪いた。
一体何が起きたと言うのだろうか?
今まで異様なまでに冷静だったスプーンが突然苦しみ始める……ただ敵である者が苦しんでいるだけなのに、私は動揺してしまっていた。
しかし、良く考えればこれは私達にとってはまたと無い好機だ。今なら戦わずしてあのメモリーを破壊できる。
苦しむ低い声が通路に木霊し続ける中、私はこの好機を無駄にしない為にも、再度駆け出そうとした。
これで全てが終ると信じて。
無機質で冷たい床に付けた足を動かし、飛び出そうとしたその瞬間、通路の床に只ならぬ気配を感じた。
寧ろそれは気配を超えて殺気のようで、足元から伝わってくる殺気は私の体を貫く。
まるで、下から鋭い何かを突き刺されたように、動かそうとした足を私は止めてしまった……いや、この異様なまでの感じに止められたと言った方が正しいだろうか。
隣で身構えていたリュウもこの殺気を感じ取っていたようで、突然の気配に目を鋭くした。
私達が動きを止めた時には、既にフーディンのスプーンは床に倒れ込んでおり、未だに激しい苦しみに襲われている様子。
そして、低い呻き声を床に走らせる彼の直ぐ横にそれはゆっくりと私達の前に姿を現した。
不気味な隻眼の輝きを共に……

「全ては計画通りだ……協力に感謝するぞ。フェニックス計画反対派の諸君」

「…………」

協力、感謝……見た事も無い人に突然そう言われても訳が分からない。さらに、先程の殺気の事もあり、目の前に現われた人物……ヨノワールが自分達の仲間だとも思えなかった。
リュウやバンも警戒を緩める事なく、身構え続けている。
突然現われたヨノワールは、苦しみながら倒れ込んでいるスプーンの直ぐ横まで浮遊しながら近寄るとその大きな手でスプーン首元を突かみ、彼を軽々と持ち上げた。
さらに、空いてる片方の手をメモリーが仕舞ってあるポーチに伸ばす。

「ソウル……き、貴様、何のつもり……だ!?」

「フン……見て分からないのか?フェニックスの全てが入ったメモリーを頂く。貴様はそこで苦しみながら罪を償っていろ」

「うぅ、やはり、裏切っていたか……だ、だがな。貴様の詰めは甘いぞソウル……」

原因不明の苦しみに捕らわれたスプーンの口から漏れるように出たソウルと言う名前。その名前はどうやら目の前に居るヨノワールを指すようで、スプーンは苦しみながらも彼を睨みつけていた。
ヨノワールのソウルは、大きな隻眼でスプーンを見下しながら、“呪い”の痛みからか、身動きの取れないスプーンの装着しているポーチの中からメモリーを取り出す。
ソウルの目的が何かは知らないが、私達を利用していた辺り、彼がメモリーを破壊する気は少なくとも無さそうだ。
案の定、ソウルはそれを大事そうに自らの身に着けるポーチの中に仕舞い込む。
その姿を睨みつけていたリュウが二本足で立ち上がり、爪を立てながら彼に尋ねた。

「おい!俺達を利用したってどういう事だ!?」

リュウから刃物のように鋭い声で聞かれたソウルは、一度天井をその大きな隻眼で仰ぐと、
その視線を私達に向けてきた……まるで下等な者を見下ろすような冷たい眼差しで。

「そうだな、無知なお前達に教えてやろう……私は最初から軍など裏切っており、フェニックスの全てが収められたこのメモリーを手に入れようとしていたのだよ。メモリーを手に入れる為にはスプーンから奪わなければならないが、コイツの実力は並大抵の物ではない。だから私は貴様らを色々と利用させてもらった。
……私は捕まったリュウをフェザー達が救出しようとしている事も事前に知っていたし、グレンが裏切っていた事も知っていた。それで私は考えた。リュウを救出する際には必ずと言って良い程、場は混乱するだろう。ならばその混乱を利用して、気付かれぬよう密かにスプーンに“呪い”を掛けられる。予想通り、綿密に練られた貴様等の救出作戦のお陰で場は大混乱だ。その時に慌てていたスプーンは隙だらけ。
私はあの時に密かにスプーンに“呪い”を掛けておき、それをたった今発動させたのだよ。飛び切りの“呪い”をな。
これでメモリーはこの通り手に入った。
さらに、屈強な兵士達に守られたこの場所からメモリーを持ち出す事は困難。そこで警備を手薄にする必要があった。ここでも貴様らを利用させてもらったよ。私は部下にこの秘密施設の詳細な地図を用意させ、それを貴様らに譲渡した。そうすれば貴様らはこの好機を逃すまいとフェニックス計画を阻止する為に勝手に攻め込んできてくれるからな。
要するにだ……貴様らの行動は私にとってはスプーンを倒してメモリーを手に入れ、施設内の警備を手薄にし、確実に逃走する為の陽動に過ぎないのだよ。
……改めて感謝するぞ。フェニックス計画反対派の諸君」

「なんで……なんでこんな事を!」

私は不意に感じた疑問をソウルにぶつけた。何の動機や理由も無しに軍を裏切り、フェニックス計画の全てを手に入れようとしているなんて理解出来ない。
私達だって、平和を守ると言った理由で戦ってきた。だから、彼にも何か動機がある筈だ。
……もしかしたら、動機を知って諭せば説得できるかもしれないし。
半分怒鳴りながら尋ねた私に、ソウルはまるで悪魔に魂を売ったような冷徹な眼差しを私に突き刺してきた。恐怖を感じるような目であるが、ここは一歩も引く事は出来ない……フェニックス計画をこの世界から完全に抹消する為にも。
私は自分のその意志を彼に伝えるかのようにその隻眼を睨み返した。

「フン、何でこんな事をか?…………我々ゴーストタイプは様相やその特異性から、昔から嫌われ、差別や迫害を受けてきた。今となっては表沙汰に出る事は殆ど無いが、未だこの腐った世界では軍内部を始め、見えない所でゴーストタイプへの差別は続いている。そこのスプーンにも様相だけで忌み嫌われ、幾度と無く私の昇進を妨害されたりした。
……だから私は同じような境遇を体験してきた同志を集め、この腐りきった世界に蔓延る同志達への差別を無くす為にフェニックス計画を利用し、我々ゴーストタイプの支配する世界を作る!!」

不気味に発光する隻眼の奥に深い憎悪を宿しながら、ソウルは強い口調でそう言ったのだった。








PHOENIX 26 ‐終焉(後編)‐


あとがき
先ず、お詫びする点が二つございます。
一つ目は最近忙しくて執筆が出来ず、以前のペースに比べて投稿がかなり遅くなってしまい、すみませんでした。
もう一点は、最終回であるこの回が、書いている内に私の予想以上に長くなってきてしまい一話としては長すぎると判断致しまして、前編と後編に分ける事に致しました。
今回で完結すると自ら発言していただけに、続きを楽しみにしてくださっていた方々には深く謝罪いたします。
ですが、やはり途中放棄は避けたく、必ず完結はさせますのでどうかこれからもお付き合い頂けたらと思っております。
最後に、今回は読者の方に嘘を付く形になってしまい、誠に申し訳ございませんでした。

こんな駄文にお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
もし、宜しければ誤字、脱字の指摘や感想などを頂きたいです。




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Last-modified: 2010-10-13 (水) 00:00:00
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