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PHOENIX 26 ‐終焉(後編)‐

/PHOENIX 26 ‐終焉(後編)‐

PHOENIX
作者 SKYLINE
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※本話にはグロテスク表現が含まれております。苦手な方はご注意ください。

26話 終焉(後編)

見えぬ所で厳しい差別を受けてきたと語ったソウルは、冷徹な隻眼で私達全員を順番に睨みつけ、最後に視線を床に横たわるスプーンに移すと苦しむ彼を見下した。スプーンはソウルに掛けられた“呪い”の影響で酷く苦しんでおり、立ち上がる事も出来ずにただ呻き声を通路に木霊させている。
勝ち誇ったソウルの態度に、スプーンは苦しみながらも拳を握り締めるが、今の彼はソウルに攻撃を仕掛ける事は困難な状態であった。話す事を話し、スプーンを一度見下したソウルはもはや私達に用がある訳でもなく、私が彼を説得する為の言葉を選んでいる間に、ここに来た時のように体を床に沈ませ始めた。
逃走を図り始めた彼をこのまま逃がしては、フェニックス計画がまた別の手段で実行される事になる。例えどんな理由であれ、フェニックスを使わせる訳には行かない。
逃走を始めた彼を前に私達には一刻の猶予も残されておらず、私はソウルを止めようと、リュウと共にソウルに向かって駆け出そうとした。
だがその時、突然低く太い声が私とリュウの後ろから通路を駆け抜ける。

「なるほど、中々面白ぇ話だったぜ。カス野郎」

後ろから聞こえてきた太く低い声……それは飛び出そうとした私とリュウの後ろにおり、今まで黙り込んでいたバンのものであった。その声は普段の彼の雰囲気とは一味違い、一刻の猶予もなく慌てていた私達と違ってとても落ち着いているようなトーン。
さらに、その声と同時に私は並々ならぬ殺意を背中に感じた。
感じた殺意はまるで実体でもあるかのようで、背中に何か突き刺されたような不快な物。
そして、スプーンもソウルも益してはあのジャウすら比にならない程の殺意であった。
経験した事の無い、殺意と言う名の見えない圧力の前に嫌でも私の体は硬直してしまう。
隣に居たリュウも私と同じような感覚を覚えているのか、その青く強靭な足を硬直させている。
圧倒的な、それも実体でもあるかのような殺意を浴びせられ、硬直した私達の間を凄まじいスピードで大きなものが通り過ぎた。

「なに!?」

三分の一程だろうか、床に体を沈ませていたソウルの不意に漏らした声が私の鼓膜を揺らした。
しかし、それも束の間に過ぎず、再び音が私の鼓膜を震わす。
肉を切り裂き、体を貫くその聞くに耐えない音はソウルの腹から流れる鮮血と共に無機質な通路に響き渡った。
一秒にも満たないかのようにすら感じるその一瞬の出来事は、硬直した足で体を支えながら立つ私の目に焼きつくように映り込んでくる。
一滴、また一滴と絶え間なく流れる真っ赤な血は硬く冷たい床に血溜まりを形成していく。
密閉された空間なだけに、血の生々しい臭いが広がり、それは私とリュウの鼻孔を突いてくる。
あまりに突然の出来事に動揺を隠せない私は、目の前の光景に釘付けとなってしまっていた。利き手である右腕を前に突き出し、踏ん張るように足を開いたバンの目の前には隻眼を震わせながら、全身で苦痛を訴えるソウルの姿。
急所など関係無く、有り余る圧倒的な力でソウルの体を自らの爪で突き刺したバンは勢い良くその腕をソウルの腹から引き抜く。途端に真紅の血が飛び散り、不快な水音が響き渡る。

「う……クソ……」

呻き声を上げながら、力なく床にソウルは突き刺された腹を押えながら倒れ込んだ。
そんな彼に容赦の色を見せずにバンは彼の腹を蹴り飛ばす。
その巨大な力の前には、ソウルの体など道に散らばるゴミのように突き飛ばされて彼の体は硬い壁に打ちつけられ、大きな衝突音が鳴り響くかと思うと、直ぐに鈍い音が通路内に反響した。
ぐったりとし、床に血溜まりを広げながら横たわるソウルは動く事無く、見ただけの判断では既に息絶えているように感じられる。動かないソウルにゆっくりと歩みを進めたバンはしゃがみ込むと真っ赤に染まった右腕をソウルに伸ばし、彼の体から強引にポーチを剥がし取った。そして、ポーチからフェニックスの全てが収められたメモリーを取り出すと、バンはそれを眺め始めた。
ソウルを前にして、普段のバンからは想像も付かない程に豹変したバンであったが、彼の突然の行動のお陰でメモリーを奪う事が出来たのは確かな事だ。
危険を顧みず突撃した彼に、私は素直に感謝しながら彼の掌に乗る冷たい銀色のメモリーに目を移す。
本当に良くも悪くも色々な事があったが、戦いに終止符を打てた事に私は感じた事の無い程の安心を感じていた。
傍らでは状況を飲み込んだリュウが一息付きながらソウルに掛けられた“呪い”の影響で、苦しみながら身動きの取れないスプーンとバンの一撃で息絶えたと思われるソウルの二人が攻撃出来ない事を確認し、早足でバンの元に向かっていく。

「バン、早くそれをぶっ壊してみんなの所に戻ろう。俺が“火炎放射”で燃やすから渡してくれ」

「……ぶっ壊す?」

早足で歩み寄ってくるリュウを、バンは不適な笑みを浮べながら睨むように見ると、語尾に疑問譜を加えてそう言った。その顔は今までの明るい彼とは明らかに違い、まるで別人のような表情で私とリュウと睨むように見詰める瞳には先程感じた強烈な殺気が宿っているように見える。
まるで今までのバンが偽りのバンだったかのように、豹変した彼の直ぐ近くまで来ていたリュウは、再び浴びせられた言葉では言い表せない程の強烈な殺気に足が竦んだのか、直前で立ち止まってしまった。何時とは全く違うバンに警戒でもしているのか、彼との間に少しの間を空けながら、リュウはメモリーを渡すように彼に前足を伸ばす。
何故か一度溜息を付いてから、バンは手に持っていたメモリーをリュウに差し出そうと彼に近付きながら利き手である右手をリュウに向けた。私は普段とは違うバンに不安を抱きながら、二人を見詰め続ける。
掃いきれない不安に纏われながら彼等を見る私の視線の先で、バンは差し出されたリュウの前足の上にメモリーを重ね、リュウが失明していない右目の瞳をメモリーを追って下に向けたその瞬間だった。
バンが空いている左腕に拳を作っているのが一瞬だが私の目に映った。
只ならぬ殺気、豹変した性格……総合的に判断して、バンがリュウに攻撃しようとしている確率は高い。
私はメモリーに気を取られているリュウに大きく叫ぶ。

「リュウ!バンさんから離れて!!」

「え!?」

通路内に何度も木霊する私の声に素早く反応したリュウは視線をメモリーからバンの体に移すと同時に一度大きなバックステップをして間合いを空けた。
それと同時に、切ると言うよりは砕くような風切音が鳴り響く。バックステップから床に着地したリュウから私はバンに視線を移すと、彼は左腕をリュウの方向に突き出していた。
彼の体勢は明らかにリュウにパンチしたと分かる物で、両の目はあのジャウをも凌ぐ鋭さ。
訳が分からなく……は無かった。
この状況、明らかにバンが私達を裏切っているのは明確で、既に彼はちょっと頼りない仲間ではなく、巨大な体格と凄まじいパワーを持った“強敵”と化している。
一方、リュウはフィンの時とは違い、私の警告が遅くなくて無傷のようで、既に私と同じようにバンを敵と認識して鋭剣のような視線を彼に突き刺し続ける。

「外したか……まぁ、これでようやく状況が理解できたみたいだな」

構えを直したバンは、大きな右腕に握られたメモリーをポーチの中に仕舞うと、以前から形見離さず持っていた法の番人の証である警察官のバッジを床に投げ捨てた。バッジが床にぶつかる高い音が何度か響き、それが収まったかと思うと、彼の大木のように太い足がバッジを踏みつける。
ガラスのコップを床に落とした時のような割れる音が私の耳を貫き、バンは鈍っていた体を解すかのように余裕の表情で腕を回す。

「バン、何の真似だ!?……ここに来て俺達を裏切り、ソウルみたいにフェニックスの力に溺れてそれで世界を支配しようとでも考えてんのか!?」

リュウが身構え続けながら怒鳴ると、バンは口元を緩めてなにやら不敵な笑みを浮べ始める。そして、右腕を口の前に持ってくると指ならぬ爪を一本立て、それを舌打ちと共に左右に振った。

「惜しいけど違うな。俺はここに来て溺れた訳じゃなぇぜ。……何年も前から世界を統治しようと考えてたんだからな」

「な、なんだと!?」

「え!?」

彼の言ったその言葉は、まるで私の体を貫通するかのように私の耳から全身に走り、リュウもその顔に驚きの色を隠せなかった。
“ここに来て溺れた訳ではない”、“何年も前から世界を統治しようとしていた”
驚きこそ隠せなかったが、私にはこの二つの言葉の意味が直ぐに理解出来ていた。バンの言っている事はつまり……

「俺がフェニックス計画の本当の責任者なんだからな」

たった今、バン本人の口から出たその言葉の通りなのだ。簡潔に説明するならば、彼が最初から私達を裏切っていた敵である……と、言った具合だろうか。
太い腕を組み、その身長から私達を見下すように上から重く鋭い視線を浴びせてそう言ったバンは、続けて口を動かし続ける。そんな彼は構えの一つもなく、無防備とも言える状態だが、彼から発せられる殺気が半ば鎧のようにすら感じられた。

「どうせ聞いてくるだろうから答えといてやるよ。何故俺がわざわざお前達と一緒に行動してたかをな。
…………用は保険だよ。いずれは鉱山の存在を突き止められ、てめぇ等が鉱山にやってくる事は分かってたし、そこで警察官を偽って待ち伏せするのも簡単だ。それに自らスパイとして潜入しとけば色々と生の情報が手に入るしな。本当はこの作戦が決まったあの時点で新しいアジトの位置をスプーンに知らせ、奇襲部隊でも編成して全員を消すつもりだったが、軍の内部に匿名の協力者が居ると聞き、それが誰なのか分かるまでは泳がせておこうと思ってな。フェザーもリュウも分かるだろ?てめぇ等が脅威であるフェニックスを消し去ろうとするように、俺はフェニックス計画にとってのあらゆる脅威は消し去った……って事だ」

「全ては……アンタの計画通りって事かよ……」

「まぁな。それとお前が無断で外出してくれたお陰で、俺も尾行すると言った理由で外出が出来てスプーンにフェニックスのデータだけは必ず持ち出せと予め連絡が出来たんだから、そこのソウルじゃなぇが、感謝するぜ」

沈んだ声で、低く言ったリュウに、バンは相変わらず構えも取らずに余裕の表情で答えた。
一方、私は不思議な事に裏切られた際に誰もが抱くであろう怒りや憎しみといった感情を抱いてはいなかった。
もはや、全てを通り越して彼には何も感じず、むしろバンが私達を鼻から裏切っていた事を見抜けなかった自分が情けない。そして同時にリュウが無断で外出していたと言う事に僅かな疑いを持ったが、リュウに限って裏切るなんて事はないだろうと私は自分に言い聞かせた。
話を終えたバンはクルリと体を回し、距離を保ちながら目を吊り上げて身構える私達を尻目にして通路の奥にある扉の方に歩いて行く。それも私に背中を向けながら……
“攻撃して来い”とでも挑発するかのように、警戒する様子も無く苦しむスプーンの横を通り過ぎていくバン。
私がバンを止めようと反射的に彼に向かって足を踏み出したその時だ。
スプーンのほぼ反対側に倒れていたソウルが傷口から真っ赤な血を流し、体を震わせながらゆっくりと立ち上がると言うよりは浮き上がった。
背中を向け、見るからに無防備な状態で通り過ぎたバンに、ソウルはその大きな手に黒い球体を形成し始める。

「く、くそ……私は、諦めんぞ」

荒い息遣いをしながら、風が吹けば飛ばされてしまいそうな程弱々しくそう言ったソウルは、形勢された黒い球体……“シャドーボール”をバンに向けて放つ。
が、その瞬間だ。ソウルとバンの間に横入りしてくる影が一つソウルの隻腕に映った。
放たれた“シャドーボール”はその影の主であるスプーンに命中し、バンに届く事は無く、バンを守る盾となったスプーンは、タイプ的にも“シャドーボール”でかなりのダメージを受け、先の“呪い”の影響もあってか力なくその場に倒れ込む。
それと同時に、震えながら浮遊していたソウルも、力尽きるように床に落下した。おそらく両者とも最後の力を振り絞っての行動だったのか、スプーンとソウルは既に虫の息で、二人共床に倒れて動けない様子。
多大なダメージを受け、動く事すら困難なスプーンは倒れながらもソウルを睨みつけ、彼に向かって掠れた声で言い放った。

「言っただろ……つ、詰めが甘いとな……」

「……!!」

その言葉にソウルは応答する事も無く、彼は一度大きく隻眼を見開いたかと思うとゆっくりとその瞳は怪しい輝きを失っていき、完全に光を失って黒くなった。それは彼が息絶えたと言う事を表すかのようで、それをうっすらと開いた両の目で見たスプーンも緊張の糸が解れたかのように瞼をゆっくりと下ろして行った。確認するまでも無く、息絶えた二人を軽く振り向きながら横目で見たバンは、何も感じなかったかのように平然としながら奥にある扉に歩みを進めていく。
一歩、また一歩と大きな歩幅で私とリュウから離れていく彼を追いかけようと私は思っていた。
けれど、目の前に横たわる二人の亡骸に一歩踏み出すその勇気が削がれてしまう。出来るならば目を背け、この場から立ち去りたい気持ちからか動揺してしまっている私をよそに、バンから距離を置いていたリュウが後ろ足で床を蹴った。
真紅の大翼で淀んだ空気を切り裂きながら、リュウは背中を向けているバンに爪を立てる。
青い前足に並んだ鋭い爪が振り翳された時、素早く振り向いたバンはその巨体からは想像も付かぬ程軽やかに体を振り翳される爪から逸らし、勢い余って前のめりになっているリュウの背中に曲げた肘を振り下ろす。
不快としか言いようが無い鈍い音が響き、リュウの体は硬く冷たい床に叩きつけられた。

「うぅ!」

引き締まった口から漏れたリュウの呻き声に動揺していた私は意を決して体に力を入れた。
リュウが軽くあしらわれてしまうような強敵に、これといった策も無しに私が挑んで勝てる気はしない。けれど、目の前で苦しむ大切な仲間を助けずには居られなかった。その気持ちが体を動かす起爆剤となり、私は床を蹴って低く跳躍する。
床を蹴ると同時に、私は外での戦闘で茶色に汚れた白い右翼を硬化させ、“鋼の翼”を繰り出してその右翼を大きく振りかぶった。当る保証なんて何処にもなく、リュウのように反撃の一撃を受けてしまうかもしれない。
だが、私には敵となった……いや、最初から敵であったバンに攻撃する以外の事は考えられず、両の目の中心にしっかりとバンの姿を捉える。
が、やはり無闇に突っ込んだだけでバンを倒すなんて夢のまた夢であったのだ。
私の翼を右腕の甲で簡単に受け止め、勢いを失った私の体が床に向かって下がった瞬間。
バンの太い足が私の腹部を襲ってきた。激痛を感じた時には、既に私は背中を壁に打ち付けており、腹部からくるその激痛で息をするのもままならない。口から垂れたものか、床には赤い斑点が幾つかあり、口の中は血の苦い味がする。
痛みを堪えながら、顔を上げた私の目に映った光景は激しい戦いを繰り広げるリュウとバンの姿。持ち前のスピードを生かし、機敏に動きながら“燕返し”などの技を繰り出すリュウに対し、バンは殆どその場から動かず、リュウの攻撃を受け止めては、反撃を繰り返していた。
その姿はまさに難攻不落の要塞のようで、リュウの実力を持ってしても彼のその硬い体に掠り傷を付ける事すら出来ていない。腹部から伝わる痛みを、嘴を食い縛って耐えながら私はリュウを援護しようと立ち上がろうとする。無論、フィンの時のように決断を遅らせる困惑の雲に私は覆われていなかった。既に一つの迷いも無く、裏切った……いや、最初から私達を騙していたバンを私は敵としか捉えない。
直ぐに参戦してリュウを援護しなきゃ!
そう思って足をバンに向かって足を踏み出した瞬間、私の視界の中心で、最も見たくないとも言える惨劇が起こった。岩のような巨体に対し、流れるような動きで懐に入り込み、“ドラゴンクロー”でその体を切り裂こうとしていたリュウの行動を予想していたかのように、バンの鋭い爪が彼の体を逆に襲ったのだ。
飛び散る最愛の者の血と、焦点を失ったかのように見開いた彼の目。その光景に時が止まったかのような錯覚すら覚え、私はどうか自分の目が間違っていてくれと願った。
しかし、私の目に狂いは無く、冷たい床に青い背中と真紅の翼が力なく倒れ込む。最も見たくないその光景に、まるで耳が麻痺してしまったかのようで切り裂かれる音は聞えなかったが、無機質な床に血を流すリュウの体が倒れ込むその音が私の耳を貫く。
リュウに限ってやられる事はないだろうと確信していただけに、私は反射的に大声で叫んだ。

「リュウ!!」

「…………」

返事は無かったが、痛みに耐えるように小刻みにリュウの体はうつ伏せに倒れながら震えていた。まだ生きている。それは分かったが、ソウルを一撃で殺めたバンの力を考えると、相当危険な状態なのは察しが付く。
残された右目も閉じ、小刻みに震える彼の体から流れるまだ温かく赤い血は冷たい床に広がる。バンに後一撃でも追い討ちを掛けられれば、虫の息であるリュウは本当に絶命してしまうかもしれないし、ましては非情と化したバンが追い討ちを掛けないなんてありえない。
どうか間に合ってくれと祈りながら私は再度翼を硬化させた。
しかしだ、急ぐ私の予想に反し、バンはリュウに追い討ちを掛ける事なく彼の横から退いて私とリュウの両方から距離を取ったのだ。
何か企みでもあるのか?……そう疑わせるバンの行動であったが、今はリュウを可能な限り安全な距離まで離さなければ。
私は硬化させていた翼を元に戻し、素早くリュウを抱えてバンからさらに距離と取った。

「さて、情けを掛けてやったんだ。大事な恋人が死なないようにそこで手当てでもしてな。俺は忙しくて、てめぇ等に止めを刺す時間すら惜しいんだ。これでお別れとさせてもらうぜ」

睨む私をからかうかのように、不敵な笑みを浮べながらそう言ったバンは再び身を翻し、通路の奥にある扉に向かっていく。
私は決断を迫られていた。
ここでメモリーを持ったバンに逃げられれば、フェニックス計画を阻止できなくなってしまう。しかし、かなり傷が酷く即急に手当てをしなければ危険なリュウをここに置いて行けば、自力では動けそうに無いリュウは間違いなく……
どうすれば良いのだろうか。
私が迷っている間にも、バンは扉に向かって早足で歩みを進めていくし、傷口から流れるリュウの生温かい血は私の翼に染み込んでいく。バンの背中と痛みに駆られるリュウ顔を私の視線は行き来し、どうすれば良いのか分からずにパニックに陥ってしまいそうだ。これまで感じた事の無い焦りから視界は霞んできて、私は何か策を考える事すら困難な程に焦ってしまっていた。
既にバンは余裕の表情でこちらを横目で見ながら、扉……恐らくは地上へと通じる階段か何かの扉の取手を握っている。強烈な一撃を受け、虫の息のリュウを見捨ててバンを追いかけるか、それともリュウと助ける為にもフェニックス計画を持ったバンを逃がすか。極限の選択に私は未だに判断を下す事が出来ず、ただ負傷したリュウを抱えながら戸惑っていた。
無論、バンがリュウを殺さなかった事は時間の無駄もあるが、私がリュウに特別な感情を抱いている事を利用し、あえて瀕死の状態にしておく事で私をここで足止めさせておこうという考えなのだろう。
そんな事は百も承知。
しかし、バンの策に見事に嵌ってしまっていると分かっていてもリュウを見捨てられない。生温かな血の感触に私は大切な者を再び失う恐怖を覚え、少しでも出血を抑えようとリュウの傷口に当てた翼を彼から離せない。既にバンの姿は扉の向こうに消え、二つの亡骸が横たわる静寂の地下通路に音は存在しなかった。
適切な治療を行う道具も無く、またその腕も無い私には今はリュウの傷口を押えて止血する意外に彼に施せる事が無い。焦り、そして失う恐怖。この二つに捕らわれ、半ばパニック状態の私の翼をふとリュウの前足が握ってきた。
彼を抱えながらバンの消えた扉を睨んでいた私だったが、その握られた感覚に視線をリュウに戻すと、彼は険しい表情ながらも傷口を押える私の翼を退けようとしている。

「俺は大丈夫だから早く行け。い、今バンを逃がせば、いずれまたフェニックス計画が実行される……」

「だ、駄目……リュウを見捨てられない」

リュウが無理をして私にそう言っているのは明らさまだった。そして同時に彼の覚悟も感じられた。一度フィンと言う大切な仲間を失っている私は、どうしてもその時の悲惨な光景が目に浮かんできて、リュウから手を離せず、私の翼を退けようとするリュウの前足の力に抵抗する。
しかし、血だらけの体を震わせ、苦しそうに目を細めながらリュウは再度口を開き、そこから出てきた彼の言葉が半ばパニック状態だった私の耳に強く響いた。

「今フェニックス計画を阻止出来るのはフェザーだけだ。そしてこの世界を守る事が出来るものフェザーだけなんだ!俺の為にも、隊長の為にも皆の為にも……フィンの死を無駄にしない為にも行ってくれ!頼む!」

「…………」

傷口から激痛に苦しみながらも、強い目と口調でリュウの口から放たれた覚悟が詰まったその言葉に、私は自ら傷口から退けようとするリュウの前足に抵抗する力を弱めた。
一度目を瞑り、開いた両の目でリュウの失明していないリュウの右目を見ると、彼小さく頷く。彼の言う通り、この状況ではフェニックス計画を阻止出来る可能性を持っているのは私以外には居なく、勝算があるかなんて分からないが私は決心を固めた。
私は戦う前に誓っていた筈だ。何があっても必ず恐ろしきフェニックスを必ず阻止してみせると。大切な者の負傷に揺らいでいたその気持ちを改めて固めた私は、真っ赤な血の流れるリュウの傷口から翼を離し、彼の前足をその傷口に誘導して押えさせた。
まるで神に選ばれた勇者を見るかのように希望の視線を私に送り、使命を託してくるリュウの空いているもう片方の前足を、私は両翼で強く、強く握り締める。
これがリュウとの最後になるかもしれない。
そう言った恐怖を紛らわす為にも強く握り締める私の翼をリュウは握り返してきてくれたが、彼は直ぐにそれを解く。それは私に対して早く行ってくれと言う合図のように感じられた。私も血だらけの翼をリュウの前足から離し、そっと彼の体を床に下ろすと、彼は前足をボロボロのポーチに伸ばし、その中から見覚えのある物を取り出した。

「フェザー、これを飲んで……け」

掠れた声でそう言いながらリュウは私に向かって、小さな瓶を差し出す。それは、“竜星群”と言う大技を習得する為の訓練を行っていた際に渡された物と同じ、消費したPPを回復する事が出来る希少な飲料……PPマックス。
先の戦闘やフェニックスを破壊する際にも技を使用し、PPを消費していた今の私にとってそれはとても役立つ物。最後の最後まで私に気を遣ってくれるリュウのその優しさをかみ締めるように、私はPPマックスを一気に飲み干す。
飲み終えた私は彼を少しでも安心させようと、優しい目で彼を見詰めながら口を開いた。

「ありがとう」

「……あぁ」

リュウの生命力を信じ、意識しないようにしていたが、これが最後の言葉になるかもしれないと言う思いから私は今まで全ての事に関して最大限の感謝を乗せた言葉でリュウにそう言うと、彼は弱々しい声で私小さく返事をし、安心を感じているのか全身の力を抜いて、目を閉じた。
まだ言いたい事は沢山あるが、半ば一方的に会話を切るように目を閉じたリュウのその行動はこれ以上俺に構わず、直ぐにバンを追いかけろと言うメッセージなのだろう。言葉無くともそう感じた私は、何も言わずに体の向きを変えてバンが去って行った扉を睨みつけ、攻撃を受けた痛みを我慢して勢い良く床を蹴った。









その頃、施設の外……悲惨な戦場と化したその場所では既に決着が付いていた。
掛け替えなの無い命が幾つも失われたが、奇襲作戦と個々が命を掛けて全力で戦ったお陰で、サンダースのボルトやブースターのフレイム達フェザーの仲間は、軍の兵士達を何とか制圧する事に成功していたのだ。
先程まで大地や空に鳴り響いていた爆音や雄叫びが嘘だったかのように辺りは夜の静寂に包まれており、ライトの白光が拘束された軍の兵士達やフェザーの仲間達を照らしている。
大地に空いた数多くの穴や傷、折れた木々、それは激しい戦闘がった証拠で、まだ所々では煙が上がっていた。そして、戦闘で命を落とした者達を丁寧に埋葬し、盛られた土とそこに立てられた木の枝が墓場のように幾本もまるで天国登るための梯子のように並んでいる。その全てはフェザーの仲間達の作った物であったが、サンダースやシャワーズ達傭兵隊ブイズの皆の気遣いで、殉職した軍の兵士達の亡骸も一緒に埋葬されていた。
拘束された軍の兵士達は既に抵抗する様子もなく、自分達の敗北を素直に認めてその場から動こうとも喋ろうとしていない。破壊したフェニックスの散布機から立ち上る煙が夜風に消され、その瓦礫は軍の兵士達の敗北を象徴するかのような光景であった。
そんな瓦礫の山を傭兵隊ブイズの隊員であるリーフィアとブースターの二人はもの静かな空気の中で眺めていた。

「フェザー達、大丈夫かな?」

「なぁに、隊長やフェザー達の実力は高いんだし、バンも応援に向かったんだから大丈夫だろ……今は隊長やフェザー達を信じようぜ」

まるで信じるを超え、フェザー達がフェニックスを破壊する事を確信しているような口調でそう言ったブースターは、リーフィアから施設内に通じる扉に視線を移した。中で何が起こっているかを知らずに……








冷たく硬い床に横たわる虫の息のリュウを何度も振り返って見詰めながら、私はドアノブを彼の血で赤く染まった翼で握り、それを時計周りに素早く回した。扉を開ける以外の何ものでもないその音だけが静寂の通路に小さく響くが、幾分他の音が無いだけにその音は普段より大きく感じる。扉の先にはここが地下の通路なだけに予想通り地上に通じる急な階段がそこに鎮座しており、先は暗くて見えなかった。
再度振り返ればリュウは先ほどと変わらず出血している傷口を押えながら床に倒れている。そんな彼の痛々しい姿に心の苦痛を覚え、苦汁の決断とは言え瀕死の彼を見捨てる自分には嫌気が刺す。
精神的に見て今の私は最悪の状態かもしれないが、ここで心が折れてしまう訳にはいかないのだ。リュウから託された使命……そして彼の言う通り皆の為にも、私はバンに追い付いて例えどんな困難に遭遇してもフェニックスのデータが入ったメモリーを破壊しなければ。
そう自分に言い聞かせ、気持ちを落ちつかせてから私は階段を駆け上がる。ただ、前を見据えながら。
何度も何度も足を上げて、一段、また一段と階段を駆け上がり、ようやく頂点に辿り着くと、そこにはまた一つ扉があった。しかし、今回の扉は半開きの状態で、夜空から注がれるぼんやりとした月明かりが隙間から私の足元に入り込んできている。
まだ息が整っていなかったが、私は迷い無くその扉を開け、外に飛び出した。
外は木々の生える岩場で、近くを流れる川の音が微かに響いてきており、感覚的には軍の秘密施設からそう距離は離れていない気もするが、周囲の状況を把握する為にも振り返ったところで見えたライトの白光は随分と離れており、意外にも距離は離れているようだ。また、爆音などが聞えない限り、戦いに決着が付いている様子で私は仲間の勝利を信じつつ、光源が月明かりと星の輝きだけの暗闇の中で目を凝らしてバンの姿を捜す。けれど実際は探すまでも無かった。
私のほぼ一直線上に、岩場をその巨体を揺らしながら歩くバンの姿があって、大きな歩幅で彼は岩の大地を踏み締めて行っている。見逃さない為にも一気に間合いを詰めて攻撃を仕掛けるか、それともまだ気付かれていないようなので、密かに接近して奇襲を仕掛けるか。
私は少々迷ったが、先程バンが通路から去ろうとした時に背中を向けて攻撃を誘うような行動を取っていたので、おそらく彼の実力の前に簡単な奇襲攻撃は通じないであろう。ならば、この際遠距離技でも放ちつつ一気に攻撃を仕掛けよう。何時軍の増援がやってくるかも分からない状況では、奇襲を準備する時間も残されていないだろうし。
何時もならリュウやナイトから作戦や戦法などを指示されるのだが今回ばかりは自分の判断で行動を決め、私は翼を羽ばたかせて夜空に飛翔した。一度上昇してから急降下し、極限まで速度を上げてバンに突撃しながら、私は口を大きく開いて“竜の息吹”を繰り出した。
勢いに乗った猛烈な息吹は星の輝く上空からバンを襲うが、やはり私の存在に気が付いていたようでバンは足を止めて上を向くと、片手で迫り来る私の精一杯の力で繰り出した“竜の息吹”を払いのける。その圧倒的なパワー、そして技を受け付けないかのような強固な防御力。
その二つに驚きは隠せないが、だからと言って諦めるという選択肢は私には無かった。“竜の息吹”が通じないのであれば、今度は“火炎放射”だ。急行下を続けながら、今度は“火炎放射”をバンに向けて放つ。
燃え滾る灼熱の音と暗闇で一際鮮やかに映る紅色の炎はバンを余すところなく包むかのように放射上に広がりながら彼に牙を剥く。息吹なだけに、衝撃波に近い空気の圧力で攻撃する“竜の息吹”と違い、勢いではなくその温度でダメージを与える“火炎放射”に、さすがのバンも私の真下で回避に転じた。
いくら硬い体でも温度を感じない事は無いだろうから、さすがにその熱さから体を退けたのだろう。この牽制とも言える私の攻撃で、とりあえずさながら要塞のようなバンにもダメージを与える方法があるという事は分かった。
太い足でその巨体を支えながら、後退したバンに、私はそのまま急降下を続けながら翼を硬化させ、“鋼の翼”を繰り出しつつさらに速度が上げて体に勢いを付ける。自分でも出しすぎだと感じる程に速度が出ており、この速度では多少攻撃が大振りになるが彼の防御力を考えれば、私の力では出し過ぎな位に力を入れなければ大したダメージを当てる事は出来ないだろう。
冷静にそう考えつつ、バンの真上から頭部を狙って硬化させた翼を私は振り下ろした。
夜の闇を紅に照らした火炎に自分の姿を隠していたつもりだが、相変わらず慌てる様子もなく余裕の表情を醸し出しながら鎮座する月のようにその場から動かず、バンは裏拳で私の“鋼の翼”を簡単に受け止めたのだ。
翼から容赦なく伝わってくる衝突時の衝撃。硬い物同士が勢い良くぶつかりあうその衝撃は反動として返ってきて、私の体を仰け反らせた。体重的にも負けている上、地に足を着けているバンは微塵もその場から動く事がなく、体勢の崩れている私に空かさず鋭い爪を振り翳してくる。頭で考えるというよりは、ほぼ反射的に翼を羽ばたかせて後退し、バンの攻撃を回避しつつ間合いを開けて空中でホバリングする私に、バンは挑発するかのように肩を回しながら口を開いた。

「驚いたぜ。まさかてめぇが瀕死のリュウを見捨てて追いかけてくるとはな。でもいいのか?今頃アイツは冷たい廊下でソウル達と共にくたばってるかもしれねぇぜ?……てめぇが見捨てただけにな」

彼のその言葉は明らかに私を挑発し、集中力をそぎ落とし動揺させる為のものであると言うのは、私も馬鹿でないので理解が出来る。しかし、私は分かっていても並ぶその挑発の言葉に怒りの感情を抱かずには居られなかった。
どうしてもバンがリュウと言う名前を出す度に血だらけの彼の姿が脳裏に浮かび上がり、彼の安否が分からない不安と、彼を瀕死に追いやったバンへの怒りが私の中に溜まっていく。先程まで仲間として信用していたバンが今は決して許せぬ程に憎い。
怒りで我を忘れ、バンの思惑通り集中力を削いでしまえば負けは確定だ。いや、寧ろ最初から実力に雲泥の差があるバンに私が勝てる見込みなど無いのかもしれない。
私は湧き上がる怒りと集う不安を押し殺すかのように羽ばたかせている翼に強く力を入れ、それから一度大きく夜空の冷たい空気を吸い込み深呼吸をした。そうでもしなければ、不安や怒りで自分がおかしくなってしまいそうだったから……
勿論、その隙をバンが逃す筈も無く、彼は大きく身構えた。
来る!
直感的にそう思った私もいつでも動けるように体を準備させ、バンの動きに集中した。
バンを中心に周りの岩場に幾本もの皹が蜘蛛の巣のように入り、続いて岩場は砕け、地面から大小の岩が不思議と持ち上がっていく。それが“岩雪崩”と言う技だと気が付いた時には、既に天高く待ち上げられた硬い岩が私目掛けて雹の如く降り注いでくる。
翼を畳み、一度急降下した私は地上擦れ擦れの場所で翼を広げ、その角度を調節して襲ってくる岩を蛇行しながら回避していく。かわした岩が地面に激突して砕け散る轟音と衝撃による振動が背中から伝わってきて、前から後ろに降り注ぐ大小の岩と、大地が私の視界を流れる。
小さな物も含めれば、襲ってくる岩の数は膨大で、全てをかわしきるのは困難を極めていた。
動かす翼の角度や加減を冷静に、そして微妙に調節し、蛇行しながら迫る岩の機動を見切って低空飛行で回避し続けてはいるのだが、風圧で靡く私の鶏冠に小さいながらも鋭利な岩が掠り、切り裂かれた傷口から血の尾が引かれる。
少しばかり痛いとは感じたが幸いにもそれを最後に、繰り出された“岩雪崩”により持ち上がった全ての岩は地面に落下し、私の視界は晴れた。技を繰り出す前後には誰だって隙が生まれる。戦闘の経験は少ないけれど、身を持ってそれを知っていた私は低空を滑るように滑空しながら嘴の先にバンの姿を捉える。
“岩雪崩”を繰り出していたバンは距離を縮める私を睨むや否や、空かさず構えを直し、接近戦に備え始めていた。瞬く間に縮む距離的に見てもバンに接近しすぎた私に、繰り出すのに時間を要する遠距離技で攻撃を仕掛けるのは難く、ここは接近攻撃しかない。
そう判断するのが普通だ。バンもこの間合いから、私が接近攻撃を仕掛けてくると読んでの構えを取っている。しかし、策の無い接近戦を挑んでも敗北は見えていた。
バンほどの実力者には普通に戦っていては勝算がない。
瞬間的にそう考えた私は、遠距離技を繰り出すには近すぎる距離から口に冷気を含んだエネルギーを溜めて“冷凍ビーム”を繰り出した。羽ばたいている上に近すぎる為、狙いは正確ではないが、私の口からバンに向かって伸びる氷点下の光線は、冷えた夜の空気をさらに冷やしながらバンの足元を襲った。

「くっ!」

普段なら考えられない距離で遠距離技を繰り出した型破りな戦法は正解だった。足元を掠った程度だった故に大したダメージは無かっただろう。しかし足元から凍りついたバンの顔に初めて見る焦りの表情が浮かび、彼の構えは崩れたのだ。
これは私にとって追撃をする好機なのだが、型破りな距離で“冷凍ビーム”を繰り出しただけに、猛スピードの低空飛行でバンに接近する私に次の技を繰り出すまでの時間が無かった。止む無く私はバンの目の前で一度上昇し、追撃を諦めて再度間合いを取ろうとする。
体のラインにそって流れる冷えた空気に耐えながら、私はリュウの血で一部が赤く染まった翼を羽ばたかせ、重力に思い切り逆らって上昇した……筈だった。
だが、上昇時の浮遊感を感じたのも束の間、突然私は重力の何倍もあろうかと言う強大な力に引っ張られた。何が起きたか判断する前に硬い岩の大地に背中を打ち付けられ、激痛が体中を襲う。
岩の砕ける音が鼓膜を震わせ、視界に散らばる大地の破片。気が付いた時には私の体は地面に仰向けに倒れており、突き刺すような激痛が背中から伝わってくる。
状況を判断する材料となったのは、尾羽を強い力で掴まれる感覚。それはあの時と同じだった。
……孤児だった頃に雪の積もる森でジャウに襲撃され、逃げる私の尾羽を掴まれて雪上に叩き付けられたあの時の感覚。それだけで、瞬きする間に私は自分に何が起きたのか、そして自分の置かれている状況が理解出来た。
夜空を映していた瞳を下げ、尾羽の方を見た私の視界には、足元が未だに凍りつき、身動きが取れないバンの姿とその太い腕に掴まれる自分の尾羽があった。状況を理解し、とっさにバンから逃れようとしたが尾羽の骨が砕けてしまいそうな怪力で握られていて、この場から脱出が出来ない。私は死を覚悟しそうになったが、それさえも許さぬかのようにバンは片手で私の体を軽々と放り投げた。
ほぼ水平に飛ばされた私は近くにあった木に再び体を打ち付けられ、その木の幹を鈍い音と痛みと共に砕き、茶色い落ち葉を舞い上げながら私の体は地に落ちた。立ち上がるのも辛い、そんな激痛が体のあちこちから神経の道を通って苦痛として脳に伝わってくる。その中でも特に尾羽の痛みは酷く、もはや骨折しているのは明確。
体を動かそうとすればするほど痛みは激しく私を襲い、当然追撃を仕掛けてくるであろうバンの恐怖と焦りから、目が潤んでくる。それでも、嘴を食い縛って激痛に耐えながら私は翼を地面に突きたて、それを支えに立ち上がった。
否応なしに体は震え、足元はふら付く。こんな状況で戦うなんて困難に近い。けれど、気持ちは折れていなかった。
私が挫ければ、リュウに託された使命は果たせず、バンは逃走して私達の仲間、そして国民……いや、この世界に生きる全ての人達が再びフェニックス計画の脅威に晒される。
それだけは命を捨ててでも消し去らなければ。
その強い決意に軸に体を支え、私はバンの顔を鋭く睨み付け……られない。目の前に立ちはだかる茶色の巨体。それは岩のように。いや、もはや山のようにすら感じられる。降り注ぐ月明かりを遮り、立ちはだかる彼に私は深い恐怖を感じた。
遺伝子に組み込まれた本能がここは逃げなければヤバイと私に告げるように、体の芯までが恐怖の色に染まっていく。以前体験してきた戦闘では何時もリュウ達の共闘で、心のどこかにピンチになっても彼等が助けてくれると言う甘い考えがあったのかもしれない。
しかし、初めて一人で戦っている今の私は、誰も助けてくれないと言う絶望と生命の危険を感じていて、気が付けば強烈な殺気を放つバンから逃げようとした。腰の力が抜けてしまい、不覚にも石に躓き尻餅を着いてしまった私は足をバタつかせ、落ち葉を蹴りながら後退していく。
そんな私をバンは狩人のような目で睨みながら、ゆっくりと大股で追い掛けて来る。

「おい、どうした?俺が怖いのか?」

彼の口から出てくる言葉など聞こえていないようなものだった。恐怖しか感じていない私は死に物狂いで痛む体をずって後退し、対面するバンから距離を取ろうとするが、所詮体を引きずっての移動。
直ぐにバンに追い付かれ、私は首元をその鋭利な爪が並んだ手で掴まれた。痛みより酷い恐怖に駆られながら、私の体は落ち葉の絨毯から離れて軽々しく持ち上げられる。私は暴れる事ぐらいしか出来なく、それもバンの巨大な力の前には無力も同然で、首を掴む彼の腕から脱出が出来ない。
本当に、もう駄目かもしれない。
ふとそう思い始めると、吹っ切れたのか恐怖は薄れて冷静になれたが、代わりに深い絶望感とリュウやナイト達、そしてフィンに対する謝罪の念が浮かんできた。
力量不足の私にはこんな荷の重い使命は始めから無理だったのだろうか。
所詮私はリュウや他の人達に支えが無ければ何も出来ない役立たずなのだろうか。
私は……誓いを果たせないのだろうか。
絶望と表現するのか、それとも悲しみと表現するのか。そんな不思議な感情に呑まれ、気管を圧迫されて息苦しい中で私は抵抗を止めた。

「あぁ?……なんだ、潔く自分の死でも認めたのか?」

「…………」

抵抗を止め、体の力を抜いた私にバンが低い声でそう尋ねてくる。答えるつもりなんて無かったが、彼のその言葉は今の私にとっては図星かもしれない。肉体的にも精神的にも、もう私に勝算はなく、今はただただ弱き自分に対する恥じらいと、託された使命を果たせぬ皆への謝罪の念だけが脳裏に浮かんでいた。
虚ろな瞳で私は弱々しく木の枝にしがみつく木の葉の間から見える星空を眺める。諦めが付いていたせいもあり、これから自分が死ぬというのに妙に気持ちは冷静で、木の枝にぶら下がる木の葉がまるで弱々しい自分に見えてきた。
あの葉が落ちれば、私の命は地獄に落ちるのだろう。
もはやバンの事など考えず、そんなどうでも良いような想像が意識しているつもりはないが浮かんでくる。諦め、何も抵抗しない私に違和感でも抱いているのか、中々バンは私に止めを刺してこない。
だがその時だ。
私の頭の中に一つの考え……いや、策が不意に浮かんできて、同時に絶望が希望へと変わっていった。もしこの世に神が居るならば、神は私を見捨てていなかったのだ。
……先の戦闘で、バンは炎を避けていたので、少なからず物理的な攻撃よりはその熱の方がダメージを与えられる。
首を掴まれたこの状況で“火炎放射”をバンに直接当てるのは不可能だろうが、真上にぶら下がる数多くの木の葉に“火炎放射”を放てば、引火した木の葉が雨のように降り注ぐ。運がよければ、それでバンは私を放すかもしれない。勿論、燃える木の葉が自分にも降り注ぐだろう。だが、そんなものは今の状況では豆粒のようなリスクに過ぎない。
不幸中の幸いと言うのは本当に起こるもので、一時諦めた私にバンは完全に油断していた。大きくなんて息は吸い込めなかったがそれでも私は出来る限り息を吸い込み、直後に“火炎放射”を繰り出す。
異常に気が付いたバンが、慌てて首を絞めてくるが、彼にとってそれは遅かった。圧迫された気管を押し広げ、大きく嘴を開いた私は真上の木の葉に向かって勢い良く灼熱の火炎を吐き出した。酸素が激しく燃焼する低い音が耳に響き、紅の明かりが視界を覆う。それは油断していたバンにとってあまりに突然の出来事だったのだろう。
赤く染まった彼の表情は驚きに満ちていた。
私の口から広がった火炎は細い木の枝にぶら下がる木の葉を一斉に襲い、そのほぼ全てに一瞬で引火する。同時に燃えて支えを失った木の葉が予想通り雨のように私とバンに降り注ぐ。
燃えながら舞い散る木の葉は美しくも危険極まりなく、さすがのバンも危険と判断したのか、私の首元から腕を離し、直ぐにその巨体をバックステップで後退させた。彼の着地と同時に地震にも似た振動がなんとか着地できた私の足に伝わり、視界には燃える木の葉が舞踏会でもしているかのように落ちてくる。
私とバンを隔てるように落ちてくる燃える木の葉。予想はしていたが、それは私にも降りかかってきて、肌を掠めていく。その数百度の熱に、私の肌の至る所は火傷していった。痛いけれど、私は一命を取り止められたのだ。
空かさず、私は考えていた次なる一手をバンに突き刺した。
軽く数百枚はあろうかと言う燃え滾る木の葉の大群。一部は既に落下し、一部はまだ空中を漂っている。私はその場で痛みに耐えながら両翼に最大限の力を入れ、元からの白、リュウの血の赤、燃える木の葉で焦げた黒の三色が混ざった翼を勢い良く羽ばたかせた。
宙を舞う木の葉も、地面に落下した木の葉も、そのほぼ全てが風圧で飛び上がり、風の流れと共に数百枚の燃える木の葉は群れとなって一斉にバンに向かっていく。
個々の威力はかなり低いだろうが、それはバンの繰り出した“岩雪崩”を凌駕する量で、避けられる量ではなかった。
バンを襲う木の葉の群れとは対象に、後方に飛び上がった私の視界はまるで数百の人魂のように群がる木の葉で一杯。その中で、避けられないと判断したバンが口にエネルギーを溜め始めていた。
それは前に坑道で見た事のある“破壊光線”の前兆。今思えば、彼は最初からその場に水が流れていない事を知っていたからあのような大胆な行動が出来たのだろう。そんな考えが一瞬だが浮かんだ私の前方で、バンは勢い良く“破壊光線”を繰り出した。
狙いなど付けていなかったのだろうか。眩い閃光と共に放たれた“破壊光線”は私の居る方向からかなりそれた場所を進み、木々を砕き、岩を貫いて消滅した。それと同時に、掃いきれなかった燃える木の葉の群れがバンを襲う。

「くそぉ!」

硬い皮膚も、その熱さは感じているようで、バンは風圧と共に襲ってきた燃える木の葉を両手で振り払っている。まるで、炎タイプの技である“炎の渦”のようにバンの周りで舞い上がる灼熱の木の葉にバンの姿は完全に呑まれた。勝利を確信した訳ではないが、少なからずダメージはあるだろう。
そう考えながら、私は両翼を忙しく動かして落ち葉の絨毯の上に着地した。集中力が切れたのか、着地したのと同時に体中から様々な痛みが再び私を襲ってくる。打ちつけられた背中や腹部の痛み、尾羽の骨折に至る所に負った火傷の痛み。
これだけ負傷しながら、良く自分は生きているのもだと私は自分の生命力に関心すら覚えた。だが、まだ気を抜く訳には行かない。
勢いを失い、バラバラと落ちていく木の葉の中に太い足でその巨体を支えながら直立するバンの姿が見えてきた。彼は、未だ舞い続ける数枚の木の葉を腕で払い、熱から瞳を守るために下ろしていた瞼をゆっくりと持ち上げる。月明かりで浮かぶ灰色の煙が立ち込める中で、私以上に至る所に火傷を負ったバンは表現出来ない程の凄まじい形相と、どこの誰よりも強い殺意をその目に宿し、私を鋭く睨み付けてきた。

「許さなぇ……よくも俺の体をここまで焦がしてくれたな。メモリーを持ち出すのは後だ。この場でてめぇをズタズタに引き裂いて血祭りに上げてやるよ……フェザー!!」

「!」

最初は物静かに喋っていたバンであったが、最後には叫んだ彼は片足を大きく持ち上げ、それを垂直かつ一気に振り下ろした。
轟音にも爆音にも聞える凄まじい音が岩場に群生する木々の間を抜け、私の鼓膜を破る勢いで鳴り響く。それと同時に地面は大きく振動し、バンを中心に岩の大地が砕けていく。
それは天災、地震に匹敵する威力からそのまま命名された大技……“地震”。
破壊の限りを尽くすかのように大地は地に足を着けていた私と生える木々に牙を剥き、絶大な破壊力の前にバンの近くにある木々からどんどん倒れていく。焦りはした、けれどあくまで冷静に上空に逃げようと翼を羽ばたかせるが、飛び上がる前に突き上がるような凄まじい衝撃が足元から私を襲って来たのだ。
大地が突き上がり、砕けた岩や木の根と共に私の体はまるでフライパンの上で料理される食材のように軽々しく飛ばされ、視界はグルグルと回転して訳が分からぬまま私は再び凹凸の激しい砕けた大地の上に叩きつけられた。
全身を三度激しい痛みが駆け抜け、今回は飛び切り翼が痛い。想像を絶するような痛みを堪えながら、私は顰めずにはいられない顔を痛みの酷い翼へと向ける。
……そこには絶望する光景が広がっていた。
本来白い私の翼はリュウの血ならぬ自分の血で真っ赤に染まり、翼を地面から突き出た鋭利な岩が貫通していて、大量の血が傷口から流れていく。

「く……うぅ!」

その光景を目にした直後、もはや叫び声すら上がらない激痛に私は駆られた。動こうとすれば感じる激痛は何倍にも膨れ上がり、その場から全く身動きが取れない。うつ伏せに倒れてしまっている為に、もう片方の右翼でその傷口を押える事も出来ずに傷口からは夥しい量の血が地面に流れていく。さらに不幸は重なり、私の目の前から全身に火傷を負ったバンがこちらに向かって来るのだ。
おそらく、今度こそ私に止めを刺そうとしているのだろう。バンが落ち葉や砕けた小石を踏みしめる断続的な音が死へのカウントダウンのように聞えてきて、逃げる事が出来ないこの状況に恐怖より絶望を感じる。
本当にもうここまでか。
この状況を切り抜ける打開策を探しながらも良い策が無く私は絶望に染まっていった。バンはみるみる私に近付いてくるし、翼を筆頭に全身の激痛を酷い。そんな中、バンの足音だけが響く静寂の岩場に一際高い音が響いた。
何かと想い、痛みで歪む顔を彼の方に向けて半分空けるのが精一杯な目で音のした方を見れば、そこにはバンの太い足があって、リュウから渡されたPPマックスの瓶が踏み潰されて粉々に砕け散っていた。元々殻だったので、割れたから何かが変わる訳でも無……くは無かったのだ。
その音で、私は思い出した。習得するにはもはや才能に頼るしか方法がないようなとある超大技を習得する為にリュウから訓練を受けていたあの時の記憶を。
瞬時に私の中でその超大技……“竜星群”に賭けるしかないと言う考えが走る。完璧に習得出来た訳ではなかったが、そんな不安に捕らわれていては始まらない。私は痛みに紛れそうになりながらも自分を信じて意識を集中させた。
きっと、繰り出せる!
そう自分に言い聞かせながら、私はリュウから教わったように体内に残されたPPを溜め、それをドラゴンタイプのエネルギーに変換していく。
溜めだしたPPの影響で輝きだす私の体に気が付いたバンは、彼を睨む私の目を睨み返してくると、大きく口を開き、そこにエネルギーを溜め始める。
確実に私を殺す為にも地震を上回る絶大な威力を誇る破壊光線が再び飛んでくるには明確で、どちらが先に繰り出せるかに掛かっていた。
それでも私は焦らず、溜めたPPと言う名のエネルギーを一点に集中させ、訓練の時と同じようにエネルギーの塊は一瞬で夜空に上って行く。同時に、全ての力を使い切った私は脱力感に襲われ、バンに狙いを定めるのが精一杯の状況に追い込まれた。狙いを定めるバンの口腔内では既に破壊光線がいつでも放てるような状態にまでなっていて、もはや私は祈るしかなく、私は“竜星群”が成功するように祈りながらバンに習いを定め続ける。
その直後、限りなく黒に近い藍色の空に眩い閃光が迸り、それに続いて轟音も鳴り響き始めた。異変に気が付いたバンが夜空を仰ぎ、彼は瞳を振るわせた。
バンに狙いを定めていて、繰り出した“竜星群”が成功しているか視覚では判断が付かないが、明らかに複数から発せられる轟音が私の鼓膜を揺らした。
暗い夜空に不釣合いな眩いその白光に顔を照らされながらバンは焦りの表情を露にし、今まで溜めていた“破壊光線”を迫り来ているであろう“竜星群”に向けて勢い良く放った。
極限まで溜められた“破壊光線”の反動が大地の砂を巻き上げるが、私は血相を変えたバンの姿に朦朧とする意識の中で最後まで狙いを定め続けた。一度空で大きな爆発が起こったかと思ったその直後、バンの居る場所に目を開くのが困難な程の閃光が連続的に何回も迸り、幾度と無く衝撃波と爆音がバンの居た場所を中心に空気を伝わって岩や木々を襲い、バンの近くにあった岩は根こそぎ砕け散ったのが過労時で見えた。大地が振動し、伝わってくる衝撃波から私は目を閉じ、元々動けないだけにじっと耐え続ける。
爆音の中に悲鳴は聞えず、しばらく目を瞑っていた私が目を開くと頭上から細かな石がバラバラと降ってきていて、周囲には土煙が大量に舞っていた。今までの激しい爆音が嘘だったかのように周囲は異様なまでの静寂に包まれていて、それは本来の静かな夜だった。
月明かりが静まり返ったこの場所に降り注ぎ、森の中を縫う夜風が煙を晴らしていく。
未だ伝わってくる激痛と大技を繰り出した疲労で、本当に意識を保つ事すら精一杯の状況で、私は煙の中に目を凝らした。先の地震を凌駕する程に無残にも砕け散った岩場の中心に、全身傷だらけの巨体が転がっていて、それは確認するまでも無く息を引き取っていた。
それを見たのを最後に、私も意識が薄れてきて全身から力が抜けていく。
その感覚に自分はこれで死ぬのだと、なんだか分かった気がして眠気にも似た疲労感に抵抗する間もなく、私は瞳を閉じた。








死んだ筈なのに、体中から痛みが伝わってくる。そして次第に聞き慣れた声も聞えてきた。
おかしいな、あの世にこんな声をした知り合いは居ない筈なのに……そう思いながら、私はその声に耳を傾けた。

「フェザー!起きろ!起きてくれ!」

何時も傍らで聞いていた声……リュウの声が私の名を叫んでいる。うるさくも温もりを感じるその声を両の耳でしっかりと受け止めながら、私は重く圧し掛かる瞼を開けた。
そこに映ったのは、雲一つ無い朝焼けの綺麗な空をバックにしながら私の顔を覗き込んでくるリュウの姿。昇り始めた太陽の日差しは暖かく、どうやらまだ死んでいなかったようで、体を太い木に立てかけられて私は座り込む体勢だった。
包帯の巻かれていない右目から普段は決して見せないような大粒の涙を流しながら、リュウは硬直しながら私の顔を直視してくる。そんな彼の後ろにはナイトやグレン、傭兵隊ブイズの仲間達や協力してくれた暴力団の皆が居て、全員が私に注目していた。

「フェ、フェザー……!」

固まっていたリュウは私の名を再び呼ぶと、彼は至る所に包帯が巻かれた痛々しい体で私を抱きしめてくる。周りには皆が居て、少し恥ずかしかったけれど素直に嬉しかった。暖かな日差しが冷たく感じるほど、彼の私へ対する気持ちは温かく、霜の降るような冬の早朝にも拘わらず不思議と寒さは感じない。
抱きしめてくる彼を抱き返そうと私は翼を動かそうとしたが、その時に翼に痛みを感じ、私は思わず声を出してしまった。

「痛てて……」

「あ、ごめん。手当ては施したけど傷が深かかったんだ……楽にしててくれ」

「うん」

痛みで漏れたその声にリュウはとても心配そうな瞳を私に向けながら体を離し、優しく気遣ってくれた。それだけで嬉しかった私は全身の力を抜き、始めから背中を預けていた木に全てを預ける。
目の前で私を見詰めてくるリュウ後ろから、ナイトがゆっくりと私の前に歩いてきて何時と同じ冷静な口調で話し始めた。

「よく頑張ったな。フェザーのお陰でフェニックス計画を完全に葬る事が出来た。言葉では感謝しきれないが……ありがとう」

「い、いえ。ナイトさん達の協力があって……こそです」

未だ残る疲労感と痛みから、上手く呂律が回らなかったが、ナイトのその感謝の一言に私は答えた。彼は私のお陰と言っているが、この場に居る全員が力を合わせたからこそ、私達は軍の陰謀に打ち勝てたのだと思う。もちろん、今この場に居る皆以外にもこの戦いで命を落とした仲間達、そして……フィンの協力があってこその勝利だ。
何時も冷静で無駄の無いナイトなだけに、伝えたい事を無駄なくストレートに私に伝えた彼は足を後ろに動かし、私の前からゆっくりとその身を引いた。木に身を預けながら私はその場に座り込み続け、全てが終って安心感に変わっていく疲労感を噛み締めるように味わいながらその姿を見つめる。
これで本当に全てが終った事実に安心感も達成感もあった、けれど今の私の中に一番大きく存在していたのは皆への感謝の気持ちだった。私はリュウを最初に、視界に映る全員の目に一通り自分の目を合わる。全てが終った今、戦いで傷を負い疲弊しているにも拘らず皆の表情は清々しいもので、それは世間に知られるわけでもなく守り抜いた当たり前の平和を象徴している光景に私は見えた。
そんな中、ふと私の視界を遮るようにリュウが私の前にその身を運んできた。そして彼は伏せるように体を低くして上目遣いで私を見てくる。
こんな時に何をやっているのだろうか。
最初はそう思ったが、彼のとある行動が私に大きな驚きを与えた。彼は前足をボロボロのポーチ中に入れ、直ぐにその前足をポーチの中から引き抜くと、彼の前足には黒く小さなケースが握られていた。
手を返し、その上に乗せるように小さなケースを私に向けながら、空いているもう片方の前足でそっとそのケースを彼は開く。朝焼けの光りを浴び、輝くそれは女性なら誰しもが憧れるであろう高価な宝石の付いた指輪だった。

「フェザー、これが今の俺の気持ちだ。受け取ってくれ」

「……!!」

突然の告白。いや、これはプロポーズと言うのだろうか。そんな彼の突然の行動に嬉しさで言葉が出ない。何時の間にこんな高価な指輪を用意したのかだろうか。疑問に思った私だったが、ふとそれが理解出来た。バンと戦う前、地下通路でバンが不可思議な事を言っていた……お前が無断で外出してくれたお陰で……とかなんとか。そういう事か、と、納得しながら私は嬉しさに浸る。周りに居た他の皆も、リュウの突然の行動に驚いているようで目を丸くしていた。
嬉しさでもはや何を言って良いのかも分からず、目元は熱くなってきて無意識に嬉し涙が頬を伝う。動揺する私とは対象に、始めから計画していたかのように至って冷静なリュウはじっと私を残された右目で、優しく見詰めながら指輪を差し出して私の返答を待ち続ける。
勿論、答えは決まっていた。最愛の人にプロポーズされて断るなんてありえなく、私は嬉し涙で霞む目でリュウを見ながら頷き、彼に答えを告げた。

「……うん」

嬉しすぎて言葉が生まれなかった私であったが、ただ単純かつ明快に了解を告げた。すると彼は嬉しそうに微笑み、指輪と言ってもどこに填めていてもよいので、私の鶏冠を手繰り寄せ、そこに輝く指輪を通してくれた。
この瞬間が私にとっては至福の瞬間で、もう涙腺から溢れる嬉し涙が止まらない。指輪を通してくれたリュウはもう一度私を抱きしめてくれ、目に見えぬ深い愛情を行動で私に注いでくれた。先程は痛みで抱き返せなかったが、今は多少の痛みを我慢してでもリュウを抱き返す。
私の鼓動とリュウの鼓動が重なるようで私は目を閉じてその至福の感覚に身を委ねる。周りでは囃し立てる皆の声が聞こえるが、それは妙に小さく感じ殆ど何を言っているかは聞き取れなかった。
数十秒間は無言でリュウと抱き合い、互いの気持ちを確かめ合った私達はそっと体を離す。目の前にある最愛の人の顔。普段なら照れてしまいそうな距離だが、皆に見られているにも拘わらず自然と今は照れる事はなかった。
目の前に見えるリュウの顔に私は自分の顔を近付けると、彼も私に顔を近付けてくる。互いの口が合わさる瞬間に目を閉じ、ゆっくりと私はリュウの口に自分の口を付ける。口と口を通し、リュウの愛情が伝わってきて息をするのも忘れて私はリュウとの口付けを続け、決して人前では出来ないくらい長い時間、私達は互いの口を付け合っていた。
十秒以上の長い口付けを終えた私はリュウからそっと口を離し、瞑っていた目を開く。昇り始めた太陽の日差しが眩しく、その木々の間を抜けて私やリュウに温もりを運んでくる。
逆光で暗くなった彼の顔であったが、その表情は私と同じで至福に包まれていた。
力を抜き、再び木に身を預けた私の耳にふとグレンの大きな声が響いてくる。

「二人共、こっち向いてください!」

彼のその明るい声に誘われ、リュウがその方向に振り向き、そんな彼の体を避けて私も声のした方向に未だ涙で霞む目を向ける。そこには何時の間にかこの場に居る全員が綺麗な対面する形の二列に整列していて、その二列の間はまるで道のようであった。予想外の光景に私もリュウも目が丸くなってしまい、動揺してしまうがそんな私達を気にせずグレンが再び口を開く。

「ほら、グズグズしてないで通ってくださいよ。せっかく二人の為に皆でバージンロードを作ったんですから!」

「……あ、ありがとう」

リュウと一緒にそう言い、私達の為にここまでしてくれた彼等のその行動と想いに、素直な嬉しさと感謝の気持ちに私は胸を打たれ、収まってきていた筈の嬉し涙がまた流れてくる。涙で顔はぐちゃぐちゃになっているかもしれない私に、目の前に居るリュウが再び目を合わせてきて、二本足で立ちあがった彼は私に一言尋ねてきた。

「歩けるか?」

「う、うん」

彼のその問い掛けに、歓喜のあまり呂律がよく回らない口で私がそう答えると、彼は目の前から私の傍らに歩み寄ってきて、傷付いた私の体を優しく立ち上がらせてくれた。リュウが私の翼の付け根……俗に言う肩に前足を回し、私もリュウの肩に怪我をしていない方の翼を回す。
こうして、私達の戦いはようやく終焉を向かえ、フェニックスの脅威はこの世界から完全に消滅した。決して犠牲は少なくないが、支えてくれた皆に感謝しながら私は立ち上がった。私もリュウもそれこそ満身創痍だが、互いの体を力強く支え合い、私達は落ち葉のカーペットが敷かれた上を歩き出し、皆が整列して作ってくれたバージンロードをゆっくりと進んでいく。両側から祝福の声が飛び交い、紙吹雪の代わりに皆が落ち葉を舞い上げてくれる。こんなに嬉しい気分は初めてで、私はリュウの体に自分の体を密着させて最高の彼と共に最高のバージンロードを一歩一歩確実に歩んで行ったのであった。
みんなありがとう。
そう何度も呟きながら……








それから数ヶ月、私はピース町にある小高い丘の上に晴れて夫となったリュウと共に居た。厳しかった冬を終え、暖かな春を迎えた丘は新緑に覆われ、爽やかな春風が柔らかな葉の波を立てていく。
その中で私は指輪の填められた長い鶏冠を風に泳がしながら丘の頂上に登ると、そこに置かれたとある物の前でリュウと一緒に立ち止まった。緑の丘の上に佇み、澄んだ青空を背にするそれは少し不釣合いな灰色をした墓石。
そう、フィンの墓石だ。勿論、フィンの両親に了解を取った上で私とリュウが住むピース町に墓を作らせてもらった。
二本足で立ち上がりながら、前足に持った一輪の白い花をフィンの墓に添え、ゆっくりと曲げていた腰を伸ばしたリュウと一緒に私は黙祷する。私達の為に命を失ったフィンに対する感謝の気持ちを忘れぬ為にも。
日課としている黙祷を一分程続けた私達はゆっくりと瞼を上げ、互いの目を確認してから身を翻して丘を下っていった。
平凡だけれど、それが幸せなこの世界でこれからも二人一緒に生きていくのだから。

















ホントのあとがき
先ず、お疲れ様です。
去年の12月から執筆を始めたこの作品ですが、個人的にとても長くなり、完結させるのにこの通り10ヶ月以上掛かってしまいましたので、読むのにそれなりの時間を要したでしょう。
この長い期間を最後までお付き合いしてくださった方々には今一度深く感謝致します。
勿論、最後までお読みになられていなくとも、一度でも目を通してくださった方々にも感謝です。
 さて、ハッピーエンドで終らせ、個人的には感動できるような物語を目指して最後まで執筆しましたが如何だったでしょうか?
この作品は個人的に、フェニックス計画という脅威に巻き込まれながらもその中で辛い事も嬉しい事も様々な経験を重ねてきたフェザーの成長を描き、最後には、仲間と連携しながらフェニックス計画を見事に阻止してフェザーは最高の喜びを味わう事が出来るという物語でした。
作者として、最後のシーンの喜びは今まで頑張ってきた主人公フェザーへのプレゼントのような感じで書いてみました。(え?意味不明……?)
また、最後の最後のフィンの墓参りのシーンはこの物語でも個人的にとてもフェザーに重要な存在だったフィンを今一度思い起こしてもらいたく、作ってみました。
彼の存在は何度もフェザーのフェニックス計画を阻止すると言う決意を固めてくれましたし。とまぁ、あまり長々と語っても仕方がないのでこの辺で。
とにかく、こんな私の作品を最後まで読んでくださり本当にありがとうございました!
……では、またいつかお会いしましょう。

こんな駄文にお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
もし、宜しければ誤字、脱字の指摘や感想などを頂きたいです。




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Last-modified: 2013-11-07 (木) 15:02:00
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