ポケモン小説wiki
PHOENIX 22 ‐訓練‐

/PHOENIX 22 ‐訓練‐

PHOENIX
作者 SKYLINE
前話はこちら
キャラ紹介はこちら

22話 訓練

冬の乾燥した北風を壁に受けながら、軍の秘密施設は依然として一般人にその存在を知られる事なくひっそりと佇んでいた。
側を流れる川は相変わらずの急流で、水の音はいつ何時も絶える事なく岩肌に響き、流れは少しずつ川底の大地を削り流していく。
その川は時に大雨と共に軍の秘密施設にも牙を向ける事もあるが、今日は何時もに比べてとても穏やかだった。
無論、川幅の広い下流に比べれば流れは荒い。
しかし、その普段に比べて静かな川は、ジャウ、セツ、ダンの三人の殉職を悲しんでいるようでもあった。
水害対策に防水加工が施されたコンクリートの壁で覆われた秘密施設の中、ここはフェニックス計画の責任者の地位に付いているスプーンの部屋。
壁に取り付けられた換気扇は今日も休まず回っており、淀んだ空気を外へと追い出し、自然に囲まれたこの土地特有の新鮮な空気を室内に送り込んでいる。
木目調の机の上は綺麗に片付けられており、数枚の書類が身を重ねていた。
さらには、煙を立ち昇らせている葉巻が身を預ける銀色の灰皿が一つと、彼専用と思われる小型のノートパソコンが一台。
そして、如何にも高級そうな黒く塗られた本革で覆われた椅子には、スプーンが背凭れに身を預けながら視線を唯一の出入り口である扉に向けていた。
直後、彼の視線の先である扉の手前に床からソウルが湧き出るようにその姿を現し、全身をスプーンの前に露にする。
スプーンはそんな彼を見て僅かに顔を顰めたが、直ぐにその目は本来の鋭いものに戻った。
ソウルは床から出てきて直ぐにスプーンに軽く一礼する。
そして、ソウルは落ち着いた口調で背凭れに背中を密着させて楽な姿勢で居るスプーンに言った。

「申し訳ございません。私が辿り着いていた時にはジャウは既に……」

「!!……そうか。アイツまでも」

ソウルの言葉は真っ赤な嘘。
ジャウを殺したのはさぞ、残念そうな振る舞いをしているソウル自身なのだから。
しかし、そんな事実を知る由もないスプーンは一度、目を閉じた。
フェニックス計画と言う恐ろしい計画の責任者であるスプーンも、自分の部下であるジャウの死の報告に多少なりとも心を痛めるものなのだろう。
スプーンはしばし黙り込んだ後、下りていた瞼をゆっくりと持ち上げて手に持っていた愛用のスプーンを机の上にそっと置いた。
蛍光灯の白い光りを局面に反射して輝くスプーンをソウルは無表情で見詰める。
スプーンは背凭れに預けていた背中をそっと起こし、両肘を机の上に置いて手を合わせ、三角形をつくると、合わさった手の上に顎を置いた。
そして、そのままの体勢で先程とは違った目付きで話を始める。

「……フェニックスの改良は終了した。後は最終的な計算とセッティングをするのみだ。ソウル、お前は何としてでもあのチルタリス達を探し出して抹殺しろ。もし、情報が奴等に漏れていたりすると、必ず奴等は妨害して来る筈だからな。ここまで来て計画を失敗させる訳には行かない」

「かしこまりました」

ソウルは思ってもいないであろう言葉を口にし、再度スプーンに頭を下げた。
数秒の間を置き、彼は下がっていた頭を上げて隻眼でスプーンの真剣な表情をした顔を見詰めながら、不意に抱いた一つの疑問をスプーンに訪ねる。

「改良……と、言いますと?」

「あぁ、お前には話していなかったか。今まで、フェニックスは一個ずつ口から押し込むなりなんなりして体内に入れるしかなかった。しかし、それでは効率が悪すぎる。だから、フェニックスを極限まで小型化し、細かな砂粒並みのサイズにしたのだよ。これで、新たに建設した散布機によって先ずはこの周辺にばら撒く。……この方がよっぽど効率的だろ?それに散布時は防塵マスクを着けていれば良いからな」

「確かにその通りでございます」

ソウルに説明をした時のスプーンの表情は真剣そのもので、彼が本気なのを十分にソウルに知らしめていた。
一般人なら彼の話を聞いて、背筋が凍るような恐怖を覚えたり、怒りを覚えたりするだろう。
そう言った感情は表情や行動となって内から外に現われる筈。
しかし、ソウルは何の戸惑いも見せず、表情も変えず、ただ一言で同意を示した。
だがその同意も彼の本心から出てきたとは決して言えない。
彼は……少なくともスプーンに反逆心を抱いているのだから。

「他に質問が無ければ行け」

「はい。失礼します」

スプーンから冷たく投げられた言葉にソウルは単調に一言返すと、何時も通り床に身を沈ませ始め、下半身からゆっくりと床の中に消えて行った。
彼が消えた後、今まで会話のせいで聞えていなかった換気扇の回転音だけが室内に気流と共に流れだす。
スプーンは“一々床から出てくるのでなく、扉があるのだからそれを使え”と内心で愚痴を零しながら口に咥えた煙草にライターで火を点け、灰色の煙をその流れに乗せながら鋭い目でソウルの沈んだ床を睨み付けた。








私達はバンの自宅で待機しながらナイトから連絡を待っていた。
警察官と言う仕事柄、バンは町の巡回を行わなくてはならないので、今ここに彼は居ない。
そのせいか、随分と静かだ。
窓から差し込む光は柔らかで、包み込むように私達とこの部屋を照らして室温を上げてくれる。
そのお陰で、暖房を使わなくともあまり寒さは感じなかった。
さらに、窓からはこの町の住人達の元気な声が時折ここまで入り込んできて、さぞ楽しそうな印象を私達に与える。
私は今、何をしているかと言うと、怪我をしているリュウの包帯を取り替えている最中だ。
定期的に交換しないと、衛生的によろしくは無いから。
私は何だか不安そうな表情をしながら座っているリュウの右前足に巻かれた包帯を留めているテーピングを剥がし、それから幾重にも巻かれた包帯をゆっくりと剥がし始めた。
その包帯を剥がしている最中にリュウの表情をちょくちょくと伺ったが、彼は随分と痛そうな表情だ。
まぁ、それもその筈だろう。
まだ、完全に傷は癒えていないのだから包帯を剥がす時は多少なりとも痛みを伴う。
私はリュウの表情を伺いながら慎重に、そして丁寧に包帯を剥がそうと努力はしているのだが、やはりリュウは顔を顰めて痛みを堪えていた。

「……大丈夫?」

「ま、まぁ……何とか」

私がリュウを気遣って彼に声を掛けると、作り笑いしながら彼は答えた。
リュウも私が彼に気を遣うように私に気を遣ってくれているのだろう。
包帯を剥がし終えたその前足にはまだジャウの歯型がしっかりと残っており、噛まれた当初よりは大分良くなった気もするが、まだ完治と言うには程遠い感じだった。
私は一部が赤く染まった古い包帯を一端床に置き、新しい包帯を差し出されているリュウの前足に丁寧に巻いていく。
そして、しっかりと巻き終えると医療用テープでその包帯が剥がれないように固定した。

「よし、これでOK!」

「サンキュー」

リュウは私が巻いた包帯を見ながら、呟くように言った。
そして彼はその前足を何度か動かして感覚を確かめている様子。
デイに即席で教わっただけの処置ではあるが、大丈夫だろうか……
リュウは動かしていた前足を床に付け、今度はその前足に体重を掛けている……少し痛そうな顔をしながら。
私の巻き方が悪かったのか、それとも単にまだ傷が完治していないので痛いのか、見ているだけでは分からないが、きっとまた何時起こるかわからない戦闘の為にも、傷の痛みに無理にでも慣れておこうとしているのだろう。
戦闘では一瞬の僅かな隙さえも命取りとなる。
無論、私達にとっての敵は戦闘訓練を受けていない一般市民でも無ければ戦いの素人でもない……敵は軍と言う戦いプロなのだから。
私の見詰める先で、リュウは痛そうにしながらも何度も怪我をしている前足に力を込めて顔を顰めていた。
その少々痛々しい光景を見ていられなくなってしまい、私は床に置いた古い包帯を捨ててから逃げるように視線を窓の外に見える大通りに移す。
仲間としても、恋人としてもリュウが痛そうに顔を顰めているのを見るのは正直辛い。
そんな私の視線の先では警察官のバッジを輝かせているバンが町の子供達となにやら話しをしていた。
バンと話をしている子供達はみんな笑顔。
どうやら、彼はこの町では随分と親しまれているらしい。
そのまま外を眺めていると、後ろから軽く翼の付け根辺りを叩かれた。
突然だった為に少しだけ驚いてしまい、かなり素早く私は振り返る。
突如、鈍いと言うよりは叩いた時のような軽い音が部屋に響いた。

「いてっ」

そして、聞き慣れた声で上がる悲鳴……?
さらにはその声と同時に私は尾羽に衝撃を感じた。
これだけの情報があれば、私でも目で見る前に状況を大まかに理解出来る。
おそらく、私が驚いて振り返った際にリュウを尾羽でビンタしてしまったのだ。
案の定、私の予想していた事は的中していて、振り返った私の目の前には頬の辺りに前足を当てているリュウの姿。
全く、私は何をやっているのだか……リュウの痛がる顔を見たくないと思っていたにも拘らず私がそういった光景を作ってしまう。
落ち着きがないというか……もう少し回りに気を配らないと。
尾羽でビンタしてしまったのは事実なのだから当然、私は直ぐに謝った。

「ご、ごめん!大丈夫?」

「まぁ……にしても痛い痛い。でもまぁフェザーがそれだけ強くなったって事かな?」

リュウは頬を前足で押えたまま、苦笑いしながら私に言った。
褒められているのだろうけど、なんだかからかわれている感じもして複雑な気分だ。
その事で私が微妙に顔を顰めていると、リュウが苦笑していた表情を一変させる。
そして気を取り直すのか、一度大きく息を吸う。
彼が私になにか言おうとしているのは確実な事だから気になるのはその内容だ。
一体、リュウは私に何を言おうとしているのだろうか。
ま、まさか……プロポーズとか?
どどど、どうしよう。そんな事リュウに言われたら私……
私が勝手な妄想を膨らませていると、リュウが徐に口を開いた。

「前に技を教えるって言ったの覚えてるか?……今、やる事も無くて暇を持て余している状況だから、この時間を使って新しい技を習得してみないか?それも飛び切りの大技だ」

「新しい技?」

反射的に、そして呟くように聞き返したのだが、内心では“なんだ、そんな事か”などと思ってしまっていた。
私の期待していた言葉ではなかったのだから……って、だから私は何を考えているのだろうか。
リュウは怪我が治りきっていないにも拘らずわざわざ私に新しい技を教えてくれるのだ。
こんな嬉しい事はないだろう。
それに、私は皆に比べれば戦闘能力はきっと劣っているので、少しでも皆に近付き足を引っ張らないようにする……と、前に決めたではないか。
私は少しの罪悪感に囚われてしまった。
そんな私をリュウは見詰めながら、まだ私の口から吐き出されていない返事を待っている。
私は気を取り直し、心の中でリュウから技を教わる決心を固めた。
実際は悩むような事ではなかったのだが。
基本的な戦闘能力はナイトにしっかりと鍛えてもらったので、そこそこくらいの実力はあると思っているが、それだけでは戦いに勝てない事も分かっている。
戦いにおいて主体となるのはやはり技。つまり覚えている技の少なさ……言わば決定力の無さが私の欠点でもあるだ。
その欠点を無くすべく、私はリュウから新しい技を教えてもらう。
私はリュウに一度頭を下げてから、威勢良くリュウに返事をした。

「お願いします!!」

「あ、あぁ」

私が頭を下げた事に驚いたのか、彼の口調から少しの動揺が感じ取れた。
私からすれば、新しい技を教えてももらうのだから頭を下げるくらい当たり前な気がするが、普段の私とは少し違った態度に違和感でも感じたのだろう。
そんな彼も直ぐに気を取り直し、真剣な表情で私に言葉を返してきた。

「よし、じゃあ早速習得の訓練を始めよう……と、言いたいところだが、先ずは人目の付かない広い場所に移動しないと。屋内ではとてもじゃないが無理だからな」

「え?……あ、うん」

とても真剣な表情で言っていたので、リュウの話の後半が何だか変に感じた。
雰囲気をぶち壊したというか……まぁでも、堅苦しい雰囲気を和らげたと思えば良いことか。
しかし、“屋内ではとてもじゃないが無理だからな”と、言う彼の発言からしてすごい技なのだろう。
これは自然と期待が風船のように大きく膨らむ。
今まで私と対面していたリュウは首を曲げて後ろに振り返り、グレンやデイ達を見ながら徐に口を開いた。
そして、彼らに向かって一言尋ねる。

「ここら辺で人目に付かなくて広い場所ってないですか?」

「う~ん……私もこの町に来たのは初めてだから分からないわ」

彼の質問に真っ先に答えたのはデイだった。
しかし、それは質問に答えにはなっておらず、自分は知らないと主張する言葉。
その言葉を聞いた途端、リュウの少し残念そうな表情を左目に包帯が巻かれている顔に浮べた。
リュウの質問にお手上げのデイに反し、グレンが一歩前に出て得意げな顔で私達に向かって言い放つ。
彼の普段の言動からして、あまり良い答えが聞けそうにない気もするが……

「広くて人目に付かない場所ですよね?それならあるじゃないすか。……昨日俺達が居た鉱山に行くまでも山道ですよ。あの辺なら誰も居なかったじゃないですか」

「あ……そう言えばそうだったな」

珍しく?彼がかなりナイスな意見を出してくれた。
確かにあの辺ならば人目に付くことは無いし、広さなんてかなりのもの。
訓練を行うには最適な場所とも言えるだろう。
グレンは偶にではあるが、私達の気付かない事に気が付いたりする。
そういった細かいところに気が付くのも、彼も長所の一つでもあるのだろう。
そんなグレンから教えてもらった私とリュウは、何かあった時に連絡を取れるよう、イーブイから無線機を受け取り、それをリュウの付けているポーチに仕舞うとバンの家を後にした。
朝の町中を抜け、私とリュウが辿り着いたのは昨日通った道なき山道。
町の賑やかな光景とは打って変わり、葉の散った木がポツリポツリと佇んでいたり、灰色の岩肌が太陽の光りを浴びている。
川は昨日と変わらず干乾びていて、今は乾燥して皹だらけの川底がむき出しになっていた。

「さてと……この辺でいいか」

「うん。寂れた感じだけどこれなら人目につかないしね」

足を止めたリュウは辺りを見回すと一度青空を仰ぎ、深呼吸してから真剣な表情になった。
どうやら、真面目モードに入ったみたいだ。
ここからは気を引き締めないと。
新しい技なんて生半可な気持ちで訓練をして収得出来るようなものではないと思うし。
私も彼を見習って表情を真剣なものへと改め、リュウに目を合わせた。

「さてと、覚えてもらう新しい技だけど……“竜星群”って技だ」

「“竜星群”?」

「あぁ、この技は習得難易度が凄く高くて、完璧なものを習得出来るのは、ほぼ才能に頼るしかないんだ。ただし威力は絶大だ。俺なんかの“ドラゴンクロー”じゃ比にならないくらいな」

そ、そんな凄い技を私に……!?
正直、今のリュウの説明からして、とてもじゃないが習得出来る気は湧いてこない。
最初から諦めてしまうのは良くないのは十二分に分かっているが、習得難易度が非常に高いと言っていたのでどうしても不安が生まれ、それが私の中で諦めへと成長してしまう。
知らぬ内に不安は私の表情を乗っ取っていたようで、そんな私の表情を見たリュウが私の翼の付け根を軽く叩いてきた。

「大丈夫。前にフェザーと戦って、フェザーの戦いに関する才能が飛び抜けていたから、この技を覚えてもらおうって思ったんだ。……その、まぁ言いたい事はフェザーはこの技を習得できるくらいの才能があるって事。努力すればきっと習得出来るさ」

「そ、そうだよね……自信を持たなきゃね」

リュウが私を信じているのだ。私も彼の言葉を信じなくては。
こうして、私はリュウの指導の元、“竜星群”の習得訓練を始めた。
先ず、リュウが技の原理を教えてくれるという。
前にナイトから少しだけ教わったが、本当に齧った程度しか教わっていないので、私はPPと言う単語くらいしか覚えては居なかった。
あまり足元が良いとは言えない岩場に立ちながら、私は真剣な眼差しをリュウに送る。
視界のど真ん中で四本の足を地面に付けているリュウはそこから何歩か後退し、何故か私から少し距離を取ってから話し始めた。

「知ってるかもしれないが、技を繰り出すにはポケモンという種族なら誰もが体の中に持っているPPってエネルギーを搾り出してそれを消費するんだ。で、繰り出す際にはそのエネルギーをドラゴンやら飛行やらの各タイプに変換して初めて技を繰り出せる」

リュウの説明で、技について大まかに理解は出来たが、ここで一つ疑問が浮かんできた。
黙って一人で悩んでいても仕方がないので、早速リュウに質問してみる事にしよう。

「リュウ先生!質問です!……基となるエネルギーがPPって言う一つのエネルギーって事は、“火炎放射”ばかり繰り出してたら時期にそれが尽きて“竜の息吹”とかの他の技も繰り出せなくなっちゃうの?」

「正解です。フェザーさん」

あまり堅苦しい事が嫌いというか苦手というか……まぁ同じような事だけれど、ちょっと冗談交じりに私が質問したので、彼は少し戸惑うような表情を私に見せたが、案外私の冗談に付き合ってくれた。
真剣に訓練に臨まないといけないのは承知だが、私としてはこれくらいの雰囲気の方が良い。
重い雰囲気は正直、好きではないのだ。
しかし、話はちゃんと聞く。話も聞けないようじゃ、先ず習得なんて不可能だろうし。
リュウもそれを分かっているようで、説明する時は至って真剣な顔付きだ。

「さてと、原理についてはこれくらいにしといて、早速訓練開始だ。先ずは手本……とは言っても、俺は完璧に習得出来てないから、正直手本になるかは分からないけど一応、披露するから見ててくれ」

「うん」

リュウは予め私から距離を取っていたので、その場で四本の足を開き、その足に力を込めて大きく身構えた。そして、目を鋭くして前方のゴツゴツとした大きな岩を睨む。
表情は今まで見た事がないくらい真剣で、その表情は私に彼が精神をかなり集中させている事を知らしめているよう。
そんなリュウから放たれる威圧感は私を硬直させた。
まるで“息もするな”……とでも私に向かって言っているようにすら感じられる。
それ程、“竜星群”と言う技は集中しなければ放てない大技なのだろう。
数秒すると、まるで力を蓄えるかのように大きく身構えながら硬直しているリュウの体を覆うように光が輝き始めた。
おそらく、エネルギーが彼の体の周りに蓄積されているのだろう。
私の焦点となっているリュウは自分の体を纏うように輝くそのエネルギーを一点に集中させてエネルギーの塊を作り出し、それを真上に向けて勢いよく放った……と言うよりは突然真上に向かって飛んでいってしまった。
真上に飛んで行ったエネルギーの塊は一瞬で空高くまで昇って小さくなっていき、瞬く間に見えなくなってしまった。
しかしそれも束の間、突然リュウの真上から流れ星のように輝く球体が光の尾を引きながら凄まじい速度で急降下してくると、私とリュウの前方の大きな岩に直撃した。
今まで見たこともないような眩い閃光、鼓膜を破る勢いで駆ける爆音、大地をも揺らす衝撃。
そして、立ち上る煙。
私はその光景にただ唖然としていた。
煙が晴れた後にはそこにあった筈の岩は跡形もなく粉砕されており、代わりとしてそこに存在していたのは砕けた地面。
大岩を粉砕し、さらにその下にあった地面までも砕くとは……目の前の光景は私に“竜星群”と言う技が明らかに他の技とは桁違いの威力を持っている事を知らしめていた。

「はぁはぁ……ま、まぁ、こんな感じかな?……とは言っても俺は一発作るのが精一杯でこの状態じゃ“群”とは呼べないけど」

リュウは息を切らしながら私にそう言うと、その場に力なく座り込む。
どうやら、この技に使用にはかなりのエネルギーを消費するし、体に掛かる負担も飛び切り大きいようだ。
しかし、これだけの威力を持っていても、まだ完璧ではないとなると……完璧な“竜星群”と言う技は想像するだけでも恐ろしい威力になる。
こんな大技を習得してしまってよいのだろうかとすら思えしまう。
もし、私がこの技を習得して、実戦で使うような事になったとしたら確実に相手を殺してしまう事にもなる筈。
つまりは命を奪う覚悟も必要になってくるのだ。
大技なだけに発動にかかる時間も長いようだし、戦闘中に躊躇は出来ない。
さらに言えば、集中しないと放てないので躊躇なんかに気を遣っていられなくなるだろう。
リュウに目を向ければ、未だに息を切らしており、やはり体に掛かる負担の大きさも技の威力に比例して凄まじいようだ。
私は座り込んでしまっているリュウの元まで歩み寄り、翼を差し出した。

「立てる?」

「あ……すまない」

リュウは一言断ってから、私が差し出した翼を包帯の巻かれた右前足で握ってきた。
彼の前足から私の翼に伝わる握力を感じながら、私は体に力を込めてリュウを引っ張り上げた。
何とか立ち上がったリュウは、彼の放った完璧ではないらしい“竜星群”によって砕けた大地と未だにそこに舞う土煙を真剣な表情と鋭い目付きで見詰めると、徐に口を開く。

「多分もう分かっていると思うけど、この技を使う以上相手を殺す勇気も必要だ……」

「うん。分かってる」

リュウの言う通りで、相手を殺す覚悟が必要なのはこんな私でも承知していた。
しかし、既に決心は済んでいる。
きっといつかこの技が必要になるときが来るであろうし。
私が決心で固められた意志を言葉に乗せてリュウに伝えると、彼は無言で軽く頷いた。
それから直ぐに私は訓練を再開した。
リュウからこの技の繰り出し方を丁寧に説明してもらい、ものは試しと言う事で早速“竜星群”と言う技を繰り出してみるとしよう。
リュウがやったように構えを大きく取り、精神を極限まで集中させて目標となる岩に標準を合わせるようにしながらそれを鋭く睨み付ける。
普段は素早く時間を掛けずにPPと言うエネルギーを口やら翼に溜めてそこから“竜の息吹”や“鋼の翼”を繰り出すが、今回はそれとは正反対に集中しながらじっくりと時間を掛けて溜められるだけエネルギーを溜める。
リュウ曰く、慣れれば体中にエネルギーを蓄積させながら同時にドラゴンタイプへと変換させられるようになるらしいが、今の私には先ずはエネルギーを体内から搾り出してそれを体中に溜めていく作業で精一杯。
そして、自分でも、もう無理では無いかというくらい体内のエネルギーを体の周りに蓄積させた私はそれをドラゴンタイプに変換して、リュウがやったようにエネルギーを集束させる。
リュウが言っていたのは、エネルギーの塊を作り出せば勝手に真上に上昇して行き、後は自分が狙っている場所に勝手に落ちてくれるらしい。
私はリュウに教わった通り体の周りのエネルギーを一気に集束させて塊を作り出すと、それは一瞬で空高く上がって行き、先程リュウが放った時と同じように見えなくなった……筈。
しかし、真上に放ってから命中するまでは決して目標物から目を逸らすなとの事なので、正直私にはどうなったかは分からない。
だが次の瞬間。
先にリュウが放ったものと同じように白く輝く球体が私の焦点が合っていた岩に直撃し、自分でも驚いてしまうくらいの爆音が周囲に響き渡った。

「……う、嘘だろ?初めてでまだ未完成な状態だけれど“竜星群”を繰り出せるなんて……」

「え?」

後ろから伝わってくるリュウの震えた声。
その声に私が振り返ると、そこには、驚きに表情を支配されたリュウが目を大きく見開きながら立っている。
そして、彼の目は瞳を震わしながら私の繰り出した未完成の“竜星群”によって皹の入った大地を凝視していた。
見た感じ、まだリュウの繰り出した“竜星群”には威力が及んでいないものの、彼の言った言葉から推測するに私はなんだかとんでもなく凄い事を成し遂げてしまったらしい。

「や、やっぱ……フェザーは天才だよ」

少しの時間を要して、元の表情に戻ったリュウは視線の先を私に移しながらゆっくりと呟いた。
尊敬しているリュウから褒められるなんて、少し……いや、正直とても嬉しい。
リュウに褒められて気分も良いし、この調子で頑張ろう!と、思った矢先だった。
突然、私の体を疲労感が襲う。
それはあまりにも突然で、私はゴツゴツとした岩の大地に力なく跪いてしまった。
最初は何が何だか全く理解出来なかったが、冷静に考えればこの技には相当なエネルギーを一気に放出するので、体に掛かる負担も飛び切り大きいのだ。
軍で体を鍛えていたリュウですら、技を繰り出した後に力なく座り込んでいたのだから。
しかし、ここまで負担が掛かるとは……
極度の疲労感に私の体は支配され、動けと言う命令を送っても、中々言う事は聞いてはくれない。
私はそれでも、無理やりに体に力を入れて立ち上がろうとしたが、その動作はリュウに阻害されてしまった。

「無理は禁物。一発放ったら少し休まないと体が持たないぞ。この技は消費するエネルギーが多いからな」

「でも……」

「まぁ、そう焦るなって」

リュウの言う通りだ。
私は何を焦っていたのだろう。
これだけの大技だ、幾らリュウ曰く私が天才であったとしても、焦ったところでそんな直ぐに習得出来るとは限らない……いや、寧ろ限らないどころか無理であろう。
習得したいという気持ちに囚われて、私は焦って無理をしようとしてしまっていた。
気持ちを落ち着かせて冷静に考え、リュウの言う通りに休憩を取ると決めた私は立ち上がろうと無理にでも力を入れていた体から力を抜き、またその場に座り込んだ。
すると、私の隣にリュウも後ろ足から曲げ、続いて前足も曲げて伏せるように座る。
そして、何時も胸の辺りに装着している黒いポーチに右前足を突っ込み、ポーチの中でその前足を泳がせ始めた。
その様子を私が見始めて直ぐに前足の動きはピタリと止まり、ゆっくりとポーチから前足が抜き出されていく。
ポーチから出てきた彼の前足にはラベルが貼られた一本の小さな瓶が握られており、瓶の中は液体で満たされている。
リュウはその見慣れぬ瓶のキャップを開けると、それを私にそっと差し出した。

「これでも飲んで、PPを回復しな」

「そんなものがあるんだ」

リュウから差し出された小さな瓶を見詰めながら、私は思わず呟いた。
PPと言うエネルギーは睡眠を取らないと回復できないと思っていたので、こんな便利な飲み物があった事が私にとっては驚きだ。
味が気になるところだが、親切にも私にそれを差し出してくれているリュウの厚意を退けるなんて、天地がひっくり返っても出来ない。
私は彼に一言“ありがとう”と断ってから、その飲み物を受け取り、溢さないようにそっと口の中に注ぎ込んだ。
こういう飲み物はあまり美味しくは無いと聞いていたが、噂の通りで味はお世辞にも美味しいとは言えないものであった。
だが、以前山で食べた高山植物に比べればこの飲み物も十分に美味しいといえるか。
飲み終えて、空になった瓶を翼で握ったまま見回してみると、そこには“PPマックス”とラベルに記載されていた。

「それはPPマックスって言う飲料で、消費したPPを回復出来るんだ」

「へぇ~……こんな便利な飲み物があれば、幾らでも練習できるね!」

私は明るくそう言ったが、そんな私とは逆に彼の表情が曇ってしまった。

「う~ん……まぁそうなんだが、それ、すごく高価なんだよ。軍でも滅多に支給なんてされない代物だし生産数も少ないから手に入れるのも困難なんだ」

こんな小さな瓶なのにすごく高価だとは……正直思ってもいなかった。
そんな高価な飲み物を自分が飲むのではなく、私にくれたリュウには感謝しないと。
でも、こんな高価で希少価値の高いものを一体どこで手に入れたのだか。
それが少し疑問に思ったが、彼に聞くことはしなかった。
裏のルートで手に入れたとか暴露されたらちょっと気が引けてしまいそうだし。
世の中知らない方が良い事もある……と、言う事で済ましておくとしよう。
私は今までジロジロと眺めていた瓶を地面に置き、ゆっくりと立ち上がった。
まだ、少し疲労感が残っているけれど、息が上がってしまっている訳でもなければ先程に比べればずっとマシだ。
訓練の再開と行こう。
私は、リュウに色々とアドバイスを受けながら、数時間“竜星群”の練習に没頭した。
気が付けば太陽は真上に来ており、孤児時代に養った感覚で既に午後の一時を回っている事が分かる。
再開してから今までの数時間、訓練だけに集中していた為に他の感覚はあまり感じて居なかったが、ちょっと集中力が途切れた瞬間、この時を狙っていたかのように空腹感がお腹から伝わってきた。

「……ふぅ、なんかお腹空いちゃった」

「ん?……あぁ、もうこんな時間か」

私の些細な呟きを聞いたリュウはポーチの中から小さな時計を取り出してそれを見詰めたまま徐に言った。
そして、その小さな時計から目を離し、私に目を合わせながらポーチにそれを仕舞うと、少しの間を置いてからゆっくりと口を開く。

「さて、じゃあ今日はこの辺にしといて、皆の所に戻るか」

「うん。私もそれに賛成。なんか一気にお腹が空いてきちゃったし」

私とリュウは訓練をここで打ち切り、食事がてら皆の元に戻ることにした。
来た道を横に並びながらゆっくりと歩いて行き、“竜星群”について冗談交じりに楽しく会話しながら私達はニックス町を目指す。
不完全な状態でしか習得は出来なかったけれど、この半日がすごく有意義だった気がして、疲れていてさらにお腹も空いているのに、気分は自然と良い。
その影響もあってか道中でのリュウとの会話は結構弾んだ。
途中からは“竜星群”なんて忘れて良い意味で本当に他愛もない雑談になっていたけれど。
楽しく会話しながら舗装もされていない道とは言えないような岩だらけの道を私達は歩き続け、感覚的にはものの数分で皆の居るバンの自宅にまで辿り着いた。
そして、バンの自宅の扉をゆっくりと開けてリュウとお喋りしながら家の中に足を踏み入れる。

「あ!二人とも帰ってきましたよ」

「お!やっと帰ってきたか。待ってたんだぜ」

家の中に入ると直ぐにまだ若干の幼さが残るイーブイの声と低く太いバンの声が私の鼓膜まで届いた。
二人の声でリュウとのお喋りを中断した私は玄関からリビングに伸びる廊下を歩きながら皆の居る方へ覗くように目を向ける。
そこには、大通りが見える窓を背にグレン、デイ、バン、イーブイの四人が待機しており、彼らの傍らには纏められたバックやらが置いてあった。

「今、連絡しようかと思っていたんですよ。ナイトさんから連絡が入って、新しいアジトと仲間の調達が出来たから来てくれ……って」

巨漢のバンと美貌のデイに挟まれながら、四本の足を床に付けていたグレンが状況を飲み込めていない私とリュウにバンの言う“待っていた”理由を教えてくれた。
もう少早くここに戻って来ていれば、グッドタイミングだったのに……ちょっと惜しい。
さてと、そんな事はさて置き、私達も荷物を纏めないと。
これから移動するみたいだし。
荷物は二階に置いておいたので、私はリュウと一緒に階段を駆け上がろうとしたが、またグレンが彼に背中を向けている私達に慌てるように少し早口で声を掛けてきた。

「あ、荷物ならここにありますよ!」

既に片足は階段の一段目に掛けていたけれど、グレンの声に私は足の動きを止めて振り返る。
彼はつい先程とは違い、二本足で立ち上がりながら、前足で私のポーチを抱えていた。
それを見て、私は一段目に掛けていた足を床に戻し、体の向きを反転させてからグレンの方に足を運ぶ。
その後に続き、リュウも階段に向いていた体の向きを戻し、私の後に付いてくる。

「ありがとう」

私は前足でポーチを抱えているグレンの元まで歩み寄ると、彼に一声掛けてからポーチを受け取った。
それを体の前面の取りやすい場所に装着する。
私の隣でリュウもバンから荷物受け取ったようだし、これで全員が準備完了。
いざ、出発だ!
と、思った矢先……

「なぁ、バン。アンタこの町の唯一の警察官だろ?俺達に付いて来て良いのか?」

と、些細な疑問をリュウがバンに向かって投げ掛ける。
気持ちが高まっていただけに、少し肩透かしを食らってしまった。

「それなら大丈夫だ。この町は俺なしでも十分やっていけるからな」

「そうか。ならいいけど」

フムフム。どうやらバンはこの町を信頼しているみたいだ。
どれだけ彼がこの町に滞在しているかは知らないけれど、少なくとも私達よりはこの町を知っているだろうから彼の言葉を信じるとしよう。
バンから答えを聞いたリュウはイーブイから、ナイトに指示された場所が示された地図を受け取ると先頭に立って玄関から外に出て行く。
私達も彼に続いてぞろぞろとバンの自宅から出て行った。
途中、バンがコンビニで買ってきてくれた握り飯を腹ごしらえに頂き、私を含めた六人はナイトから指示された場所に向けてニックス町を後にしたのだった。








23話に続きます。


PHOENIX 23 ‐合流‐


あとがき
ふぅ、前話よりは早く書き上げられました。
夏休み入ればもう少し執筆も捗るかもです。(あくまでも“かも”ですので)
さて、今回は主人公フェザーの必殺となるであろう技……“竜星群”を習得する為の訓練をメインに書きましたが、技の原理(多少アレンジしてあります)的なものについては竜好き ?様から色々とアドバイスを頂いたので、ここでもお礼を言わせて頂きます。
ありがとうございました。
次回はようやくナイト達と合流する予定です。ここ最近、彼は全く登場していなかったので、存在を忘れられてしまっている……かな?(苦笑)

こんな駄文にお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
もし、宜しければ誤字、脱字の指摘や感想などを頂きたいです。




トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2010-07-20 (火) 00:00:00
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.