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PHOENIX 21 ‐休養‐

/PHOENIX 21 ‐休養‐

PHOENIX
作者 SKYLINE
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21話 休養

陽が落ち、頭上に広がる藍色に星々が煌き始めた頃、私達はニックス町に辿り着いていた。
さらに、バンが自宅に泊めてくれると言ったのだ。
今日は野宿を覚悟していただけに、彼の口からその言葉が出て来た時は嬉しく、同時に今まで彼の事を頼りないとか散々思ってきた自分がちょっと恥ずかしくなった。
私達はバンに案内されながら、淡いオレンジの光りを放つ街頭に照らされた大通りを歩き出した。
夜の冷たい風が私達の肌を撫で、町を通り抜けていく。
タイプ的にもこの寒さは少々きつい。
けれど、無意識に体が震えている私とは裏腹に、通りには友人と談笑しながら歩く人、店に客を呼び込もうと声を上げる店員、仕事帰りなのか疲れた表情の人など、様々な人達が寒そうな雰囲気など全く出さずに歩いていた。
それに、何処からか芳ばしい良い香りも漂ってくる。
きっと温かい家庭料理が何処かの家で振舞われているのだろう。
昼食を食べていない私にはその香りは嫌がらせに等しい。
堪えようとして堪えられる物でないのは分かっているけれど、私はお腹の悲鳴を防ごうと微妙にお腹に力を入れていた。
それにしても、この町もピース町に似て凄く平和な町だと確たる証拠など無いが感じる。
センスリート町に居た頃に感じた犯罪の臭いみたいな物なんて全く感じないし、笑顔の人は多い。
しかし、私達がフェニックス計画を阻止する事が出来ないと、この平和は崩れ去ってしまう。
このような平和な光景を見ると、何時もそんな重圧が私に圧し掛かってきた。
それに、この町にはフィンの両親だって住んでいる。
だから何としてでも阻止しないと。
圧し掛かる重圧のせいで表情が硬くなってしまっていたのか、リュウが私の顔を見ながら呟く。

「なぁ、なんか顔が怖いぞ」

「え……あ、なんでもない」

「そうか、なら良いけど。何か悩みでもあるのかなって思ってさ」

「大丈夫。ただ、町を見ているとこの平和が続くかは私達次第なんだなって思っちゃって」

私はリュウに思っていた通りの事を嘘偽りなく言った。
別に嘘をつく理由も無いし。
すると、彼は一度星空を眺めてから私に視線を戻し、四本の足を規則的に動かして歩きながら私に言う。

「まぁ、そんなに重く考えるなって。ストレスが溜まっちまうからな。それに、きっと阻止出来るさ」

リュウの声は明るい声だった。
きっと、不安そうにしていた私を安心させる為に無理にでも明るい声で話しているのだろう。
もしくは本当にそう思っているのか。
でもまぁ、リュウの言う通りだ。
あまり重く考えていても、ストレスが溜まるだけ。
大事なのはフェニックス計画を阻止出来ると信じる事だとリュウは私に言いたかったのだろう。
私はリュウの横を彼にペースを合わせて歩きながら、“そうだよね”と、一言返した。
その言葉を聞いたリュウは表情も先程より明るくなった。
けれど、今のリュウの姿は体の至る所に包帯が巻かれ、その姿は痛々しかった。
私は全身を見回しても大した傷は無い。
これは、私が臆病な証拠なのだろうか。
今回の戦いでも相手から離れて遠距離技で攻撃する事が多かったし、危険な接近戦もリュウに任せきりだった。
もっと強くなって、勇気も持ってリュウ達に迷惑を掛けないように努力しないと。
今日の反省をしていた私の横をリュウは歩き続けながら、少しの間を置いて呟いた。

「けどさ、正直言うと、俺だって不安で一杯だよ」

「え?リュウでも不安になるの?」

私の中にある彼のイメージ……言うならばヒーローとかそんな感じだろうか。
そんなリュウのイメージからして、リュウが不安な心境に陥っているなんてまるで想像していなかった。
しかし、不安だと言ったリュウの顔は街頭の明かりに照らされているだけで、不安そうな表情は一切浮かんでいない。
俗に言うポーカーフェイス?
私の返した言葉を聞いたリュウは些細な笑みを零しながら反論してきた。

「おいおい、俺はそんな完璧じゃないって」

「だとしても、私はリュウの事を頼りがいのある彼氏だって思ってるよ。記憶を呼び覚ましてくれたし」

「ん!?……そ、そりゃどうも」

私が笑顔でリュウに言った時、彼は少し顔を赤くしながら普段より小さな、そして僅かに呂律の乱れた声で呟くように言った。
きっとあの時の事を思い出して照れているのだろう。
私からすれば、一生忘れないような良い思い出なのに。
あ、そうか。
分かってしまった。リュウが完璧じゃない事が……前に本人が言っていたように恥ずかしがり屋なのだろう。
人前でキスとかするのは止めてくれって言ってた事も確かあったし。
ふと、空を見上げてみれば、つい先程までは日の入りしたばかりで藍色だった空は何時の間にか真っ黒で、月を中心に数え切れないほどの星が美しく煌いている。
歩いていなければ、思わず見入ってしまうだろう。
私が生活していたセンスリート町は眠らない町だった為に一晩中眩しい程の明かりが灯っていて、こんな星空は一度も見る事は出来なかった。
これが田舎町と都会の違いか。
どちらかと言えば深夜でも明るく、そして危険な都会よりもこの町やピース町のような暗くても安全で星空が綺麗に見える町の方が私的には好みだ。
私はそんな事を考えながら夜空から前方に視線を戻し、色々な建物や人を見ながら通りを
歩む。
少し足が疲れてきたかな……と、思い始めた頃、ようやくバンが勤務している交番に私達は辿り着いた。
見るからに小さな交番。けれどこの町の治安はこの交番一つとバン一人によって十分に守られているのだろう。
バンは交番に向けて歩き出したのかと思うと、向きを急に変え、私達の予想を裏切って交番の隣に立つ二階建ての至って普通な建物に向かっていく。
紛らわしいな。
とか思いながら私はリュウ達と一緒にバンの後に続いてみる。
何の説明も無く、バンはその家の前に立ち止まると、扉を開けて屈みながら玄関に入っていき、彼の姿が家の陰に隠れて見えなくなったその直後に玄関に明かりが灯った。
そして、バンがまた屈みながら玄関から出てくると、私達に向かって口を開く。

「ま、上がってくれや」

「あ、はい」

私は彼に感謝の念を込めながら少しだけ頭を下げ、返事をしてからその家に入って行った。
その時、チラリと表札が見えたのだが、そこにはバン=ギラースと書かれていた。
つまり、交番の隣に立つこの家が彼の家なのだろう。
勤務先まで徒歩十秒って所だろうか。
家から遠く離れた所で仕事をしている者からすればどれだけ羨ましい事だろう。
私は先陣を切って玄関を潜り、バンの家にお邪魔した。
室内はと言うと……まぁ、ある程度予想していた通りで結構な散らかり具合。
書類やら何やらが床に散らばっている。
バンは床に散らばっている書類を蹴って退けると、“楽にしててくれ”と、一言告げて二階へと続く階段を上がって行ってしまった。
足音と木の軋む音が響く階段は巨体であるバン用に作られているだけあって、一段一段がとても高い。
小柄な者にとっては些か登るのは大変そうだ。一段一段が壁にすら感じるだろう。
散らかった部屋にとりあえず私達は腰を下ろし、それぞれが思い思いに部屋の様子を伺った。
窓が埃で曇っていたりしていて、いかにも一人で生活している感じを醸し出しているが、昔の私の生活に比べれば数倍はマシだろう。
私は家すら持っていなかったのだから。
キッチンを見てみたが、至る所に食事に関係の無さそうな荷物やらが置いてあり、流し台なんて長期間使用していない思われる食器が重なり、まるで高層ビル郡の様。
そこはもう、台所と呼ぶのは不可能に近い状態。
まるで物置部屋だ。
デイもあの台所を見て、少々顔を引き攣らせている。
普段、料理をしているデイからすれば、信じられない光景なのだろう。
ただ、不幸中の幸いなのか、部屋に置いてある数個の消臭剤の懸命な働きで臭いはあまりしなかった。
台所の隅にあるゴミ箱にはコンビニかどこかで買ってきたと思われる弁当の空容器がぎっしりと身を寄せ合っている。
この様子だと、おそらく彼は料理を殆どしないのだろう。
色々と部屋の中を見回している内に、バンが階段のみならず、床も振動させながら駆け下りてきた。

「さてと、今日は家に泊まるとして、これからはどうすんだ?」

バンは降りてくるなり、私達に向かって言った。
すると、後ろ足を曲げて座っているデイが尻尾をユラユラと左右に揺らしながらその質問に答える。

「先ずは、別行動している私達の仲間に連絡を取って、指示を貰うわ」

「ん?他にも仲間が居たのか」

「えぇ、私達は軍の襲撃を受けてアジトを失っちゃったから、他の皆は新しいアジトと物資の調達を行っているの」

「ほう……まっ、その仲間より俺の方が頼りがいが有るだろ!ハハハ!」

結構真面目な話をしていたデイに、バンは床に腰を下ろして笑いながら声を上げた。
しかし、そんな彼の本気で言っているのか冗談で言っているのか分からない発言に、私以外の四人が一斉にバンを見て、鋭く言い返す。

「ないない」

「おい!何だその即答は!?」

……私は黙っていたが、皆の言っている通りかな?
バンよりナイトの方が比にならない程頼りがいがある気がする。
感情の波が激しく、時に自殺行為すら行うバンと違い、常に冷静で決して取り乱さず、調子に乗った発言なども一切しない。
それゆえ、戦闘に関してもかなりの実力者。
まぁ、この事はバン本人に言うと失礼に値するので黙っておくとしよう。
一応、彼にも良い所はあるのだし。
皆から一斉に否定されたバンは少しだけ怒ったような顔付きで何やら騒いでいる。
それに対し、皆は既にバンとの会話を切り上げており、イーブイが皆に囲まれながら盗聴出来ないように改造された特殊な無線機でナイトに連絡を取り始めていた。
で、それを見たバンはと言うと……

「勝手に話を終わらせるなぁぁぁ!!」

と、また大声を上げている。
騒ぐバンをよそに、イーブイはとても真剣な表情で無線機のマイクに口を近付けてナイトと連絡を取り合っていた。
その隣では“うるさいな”とでも主張しているかのようにグレンが脇目でバンを見ながら顔を顰める。
このままだと、皆から少し離れた所に居る私にバンが話を振ってきそうなので、私も皆の隣に行こう。
彼の話に付き合い切れる自信はないし……
体の向きを変え、床に落ちている退けきれていない書類を踏まないように注意を払いながら、私は皆の方に足を運ぼうとした。
しかし、一歩踏み出したその直後。

「なぁ、フェザーさんよ~」

バンが私に話しを振ってきたのだ。
ちょっと大げさだけれど、最も恐れていた事が現実に……!
私は聞えなかったフリをして足早に皆の隣まで行く。
少し慌てていただけに、床に散らばっている書類を数枚踏んでしまったが、バンはそんな事気にしていない様子だった。
なにせ、第三者から見て明らかに彼の振りを私が受け流したので、又もや口を大きく開けて“シカトするなぁぁぁ!”とか、声を張り上げているのだから。
そんな彼をよそに、ナイトからの指示を受けたイーブイが無線機を顔から離し、首を回して私達の方に顔を向けた。

「あ、皆さん。隊長からの指示を伝えますので聞いてください」

イーブイのまだ若干だが幼さの残っているような声に私達は耳を傾けた。
当然の如く、つい先程まで騒いでいたバンも場の空気を読んで一瞬で静まり返る。
辺りは先程までのバンの大声が響いていたのが嘘のように静かで、私を含めた皆が皆、とても真剣な眼差しでイーブイに焦点を合わせていた。
部屋の中は正に無音といった感じで、締め切っているにも拘らず外から他愛もない会話が僅かだが聞えてくる。
それ程、私も含めて皆はナイトからの指示が気になっているようだ。
静寂に包まれながら、イーブイは私達一人一人がしっかりと自分の話に耳を傾けている事を確認すると、真剣な表情で話を始めた。

「え~と……その、隊長からの指示は待機です」

「は?待機?」

ナイトから与えられた指示に、リュウが首を伸ばして聞き返した。
無論、ここから遠く離れた場所に居るナイトにではなく、彼の目の前に四本の足を床に着けて立っているイーブイにだ。
そんなリュウとは打って変わり、私は何も言わずにただ、その場に立っていた。

「はい。今、隊長は仲間を集めている最中で、こちらの準備が整うまでは待機しててくれ……だそうで」

「そうか……」

「骨休めになっていいじゃないすか。ここ最近働きっぱなしで……ふぁぁぁ」

イーブイは、聞き返してきたリュウに詳しい説明をし、それを聞いたリュウは少し残念そうな顔で小さく呟いた。
フェニックスの弱点を見つけ、これで軍の陰謀を阻止できる可能性が以前に比べればより現実味を帯びてきただけに、じっとしているのが嫌なのだろう。
リュウは正義感が強い性格だし。
そんなリュウを宥めるようにグレンが床に伏せてリラックスしながら彼に言った。
……後半は欠伸で言えていなかったけれど。
依然として伏せたまま前足で目を擦るグレンをリュウは見ていたが、少しの不満を顔に映しながら彼はグレンから目を逸らした。
そして、黙り込んでしまう。

「まぁまぁ諸君。彼の言う通り、のんびり骨休めをしようじゃないか!」

静寂を切り裂いたのはバンの声だった。
その傍らでは、彼の意見に賛成するかのようにグレンが再び欠伸をする。

「そうね……焦ったってしょうがないし、バンの言う通りにここは骨休めにした方が良いわね」

結局、ナイトからの新たな指示があるまではバンの家でじっと待機する事になった。
ナイトも私達の知らない場所で頑張っている筈なので、自分達だけのんびりしている事に多少は罪悪感と言う物を感じていたが、信頼出来るナイトの命令に逆らう事なんて私には出来ない。
いや、ここはポジティブに考えよう。
リュウやグレンは負傷しているので、その傷が癒える時間が生まれたんだ。
次の戦いに備えて、私はともかく、二人は十分に休息を取れる。
その事に気付いていないのかリュウの表情は硬かった。

「ねぇ、皆の言う通りだよ。それにリュウは怪我してるんだから、傷を癒さなきゃ。もし、また戦わなきゃならなくなった時も万全な体制で挑めた方がいいでしょ?」

「あ、そうか……確かにそうかもな」

リュウは自分の前足に巻かれた包帯を見つめながら、口を動かした。
そして、欠伸の止まらないグレンにも目を向ける。
私もリュウの視線を追って、グレンを見ると、彼は私達の視線に気が着いたのか瞼が下りて上半分が隠れた瞳を動かす。
彼の前足にもリュウと同じように包帯が巻かれており、その姿は如何にも戦いを終えた後と言った感じ。
そんなグレンは眠そうな表情を保ったまま、私達を見ながら首を傾げる。
彼にとってはもはや声を出す事すら面倒なのだろう。
今すぐにでも、ふかふかのベッドに横になりたいと彼の表情は私達に訴えていた。
私とリュウがグレンから目を逸らすと同時に彼は床に倒れるように寝転び、そのまま体を丸める。
どうやら、限界が来たようだ。
半日歩き続け、さらに昼飯抜きでジャウ達と激しい戦闘を行ったのだ。
軍に在籍した頃に体を鍛えていたとは言え、溜まっていた疲れがここに来て露になったのだろう。
グレンは体を丸めながら直ぐにすやすやと寝息を立てて深い眠りへと落ちていく。
そんな彼を見て、私も欠伸が出てきてしまった。
そして、その一回の欠伸が引き金となったのか強烈な眠気と疲労感に私は襲われ、瞼が重くなってくる。
欠伸というのは移るもので、私の欠伸を見たリュウが釣られて欠伸をし、さらにそれを見ていたデイやイーブイも欠伸をした。
私を含め、皆もグレンと同様に精神的にも肉体的にも疲れきっている。

「どうやら皆、眠いみたいだな……さっき二階にある二部屋を片付けといたから適当に分けてそこで眠ってくれ」

唯一、眠そうな顔していないバンが階段を指差しながら瞼の下りかかった私達に向かって言った。
しかし、私は彼の声に耳を傾けていられる程意識を保てて居なかった。
グレンを筆頭にして現われた睡魔の襲撃に私は大した抵抗も出来ない。
目を開けているので精一杯だ。
それだけ、私は疲れきってしまっているのか。
二本足で立ち上がりながら、前足で仕切りに目を擦っているリュウはバンの元まで歩み寄っていき、そこから見える階段を覗くように見上げた。
そして視線をバンに戻してから口を開く。

「じゃあ、部屋を貸してもらうわ。さすがに今日は疲れた」

「あぁ、俺は隣の交番にいるから何かあったら直ぐに来てくれ」

「分かっ……」

途中まではリュウとバンの会話が耳に届いていたが、私は何時の間にか二階に上がる前にグレンと同様に床に伏せて眠ってしまった。









翌日、目を覚ますと、床に敷かれた布団の上に私は居た。
昨日は疲労からくる強烈な眠気の前に成すすべも無く眠ってしまったので、布団の上で横になった記憶は無い。
おそらく、誰かが眠っている私を起こさないように気を遣ってくれながらここまで運んでくれたのだろう。
それが誰だとしても後で、深く礼を言っておかなければ。
私はゆっくりと体を起し、両翼を天井に伸ばした。
目覚めた時、大体は体が鈍っているものなので、こうやって力一杯伸ばすと気持ちが良い。
私は天井に両翼を伸ばしたまま、窓から見える外の景色に目を向ける。
見えるのは晴れ渡った綺麗な空と、家々の二階の部分。
窓の外に広がる景色からして、私が居るのはおそらく二階なのだろう。
私の部屋にある唯一の窓からは柔らかな朝の日差しが差し込んでおり、私の布団の一部を照らしていた。
私は外からの日差しに若干目を細めてしまったが、目は直ぐにその光りに慣れてくれて、自然とあまり眩しくは感じなくなった。
私が窓とは反対にあるドアの方に視線を映すと、私のドア側の横にリュウが布団に包まりながらすやすやと寝息を立てている。
表情はとても幸せそうで、まるで睡眠を楽しんでいるようにも見えた。
まぁ、昨日激しい戦いを行った上にリュウは負傷していたので、疲れがかなり溜まっていたのだろう。
もし、私を一階からここまで運んでくれたのがリュウだったとしたら多大な迷惑をかけしまっただろうか。
疲れているのに私を二階まで運ぶのはかなりの重労働の筈だろうし。
私がリュウを見詰めていると彼は一度寝返りを打ち、それが引き金をなったのか、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
そして、第一に私に目を合わせてきた。

「あ、おはよう」

「う~ん……おは…よう」

眠りから覚めたリュウに挨拶すると、彼は眠気を払いきれていない表情で、私の挨拶に答えてくれた。
リュウはゆっくりと上半身を起こし、首を曲げて前足で目を擦りながら大欠伸をする。
そして、私が起きた時と同じように窓から差し込む白い日差しに目を細めた。

「今、何時だ?」

起き上がってからの第一声は私への些細な質問だった。
リュウに尋ねられ、私は部屋を見回してみたが、どうやらこの部屋に時計は無いらしい。

「ごめん、ちょっと分かんない」

「そうか……まぁ、いいや」

リュウはそう言うと、ゆっくりと布団から這い出し、四本の足を床にしっかり付けて起き上がった。
そして、四足歩行のポケモンが良くやるように前足を前に伸ばして身を後ろに引き、鈍った体を整える。
それを終えて直ぐ、私はリュウに一言尋ねてみた。
誰が私をここまで運んでくれたのかを。
私からの質問に、リュウは思い出すように目線を上に向けながら、口を開いて話し始めた。

「もしかしてあの時起こしちまった?」

彼の答えからして、やはり私をここまで運んでくれたのはリュウであったようだ。
これは深く礼を言わないと。
全く、私は迷惑ばかり掛けてしまう。
どうにかならないものか……って、私がしっかりすれば良いだけか。
それより、今はリュウに礼を言わなければ。
少しの間考え事をしていて、硬直してしまっていたが私はリュウに軽く頭を下げながら彼に言う。

「いや、大丈夫。それより、わざわざ二階まで運んでくれてありがとう」

「気にすんなって……でもまぁ、ちょっと重かったな」

「えぇ!?もしかして私太っちゃった!?」

リュウは笑いながらそう言ったが、私だってもう大人の雌なだけに体重に関しては多少なりとも気にしている。
リュウに体重を知られてしまった事に私の顔は見る見る赤くなってしまった。
リュウが冗談とかそういう事ではなく、本気で言っているとしたらかなり恥ずかしい。
なんか、弱みを握られたと言うか……そんな気さえ出てくる。
確かに、昔に比べれば傭兵隊ブイズの皆に良いもの食べさせてもらっていたから、もしかしたら本当に……
いや、でも、毎日訓練していたからそんな事……
私は知らず知らずにかなり真剣に悩み込んでしまっていたようで、俯きながら翼を組んでいる私の顔をリュウが覗き込んできた。

「どうした?」

「あ、いや……私本当に太っちゃったのか。って……」

「なんだ。そんな事か。さっきのはただの冗談だよ」

リュウからの冗談と言う一言で私の気持ちは大分落ち着いた。
しかし、この冗談が本当にならないように食べ過ぎには注意しないと。
そして、目指すはデイのような美しいスタイル!……多分、転地がひっくり返っても不可能だと思うけれど。
それは置いといてと、この部屋には時計がないから一階に降りて時間を確認してくるといよう。
私はドアの近くまで歩いて行き、バンの身長に合わせた位置にあるドアノブに翼を命一杯伸ばしながらリュウに一声掛けた。

「ちょっと一階に下りて時間を確認してくるね」

「あぁ、頼む」

リュウの返事を聞いた私はドアノブを回し、扉を押してこの部屋から出た。
部屋の外はというと、目の前に別の部屋の扉が一個あるだけで、後は一階に続く階段が下に伸びている。
壁は白で天井には蛍光灯が一つだけ付いていた。
ここで、一階から調理時の良い匂いでも漂ってくれば気分が良くなるが、案の定無臭だ。
まぁ、昨日みたあの台所で料理するのは困難を極めるだろうし、むしろ料理していたら気分が良くなるとかそれ以前に驚くだろう。
私は一歩一歩階段を下って一階のリビングまで辿り着いた。
部屋の中をグルリと見回すと、ソファーの上でバンが鼾を掻きながら仰向けで眠っているのが最初に目に入る。
体の巨体さに見合う大きな鼾なことだ。
私は彼を起こさないようにあまり足音を立てないように注意しながら数歩進み、この部屋の壁に掛けてある時計に目向けた。
彼……バンの家にあるこの時計が正確な時刻に合っていると言う保障はどこにもないが、時計の指す時刻は八時。
この時間帯なら、皆普通に起きていてもおかしくは無いが、私も含めて、昨日の疲れが溜まっているだけに眠りが深いのだろう。
皆を起こした方が良い気もするが、快適な睡眠を妨げるのは少し気が引ける。
一応、私とリュウの二人が起きているので、ここはそっと寝かせおくとしようか。
そんな事を考えながら、私は一段一段が高い階段を上り、リュウの待つ部屋の手前まで辿り着いた。
部屋を出た時を同じように翼を伸ばしてドアノブを握り、それをゆっくりと回して今度は出た時とは反対に扉を引き開ける。
そして、片翼で扉を支えながら、部屋の中に入りそっと扉を閉めた。
乱暴に扉を閉めて、その音で夢の中に居る皆が起きてしまっては迷惑となるからだ。

「何時だった?」

私が音を立てずに扉を閉めたのとほぼ同時に、リュウが私に尋ねてきた。
私は先程確認した時刻をリュウに告げて、部屋の隅で倒れていた椅子を引っ張ってそれを窓際に置き、その上に座る。
そんな私の様子を眺めていたリュウも伏せた状態から起き上がり、さらに床から前足を離して二本足で立ち上がると、同じく部屋の隅で無造作に倒れていた椅子を立たせ、埃を払ってからそれを引っ張って私と同じように窓際……私から見れば正面に置く。
そして、その椅子に腰掛けた。
一瞬、軋む音がしてリュウはそれに驚き、首を曲げて椅子の足を覗くように見たが何も異常がないのを確認すると背凭れに真紅の翼を生える背中を預ける。
そして、町の住人が行き交う通りに目を向けた。
私もリュウの目を追って下に見える通りに目を向けると、ちらほらと人々が行き交って居て“喉か”や“平和”と言った言葉が良く似合う光景である。

「喉か……だな」

窓越しに見える通りの様子にリュウが小さく呟いた。

「そうだね」

私は通りからリュウの顔に目を向け、彼の呟きに同意を示す一言を返す。
リュウの表情は何か懐かしんでいるような表情で、きっと住んでいたピース町を思い出しているのだろう。
しばらく、リュウは無言で通りを眺めていたが、ふと視線を通りから逸らした。
そして、私に向けて口を開く。

「さてと、このままずっと眺めててもしょうがないから一階に下りて新聞でも取ってくるわ。何か情報が手に入る可能性もあるしな」

リュウは清々しい表情でそう言うと尻尾を左右に揺らしながら歩き出し、前足でドアノブを握り、扉を押し開けて階段を下って行った。
一人、部屋に残された私はリュウの姿が見えなくなってから直ぐにまた通りに視線を向け、ボーっとしながら通りを行き交う人々を何となく目で追う。
この町にも様々な人々が居て、皆が皆、様々な人生の道を歩んでいるのだろう。
その道は苦しい道のりだったり、幸せな道のりだったり。
しかし、そんな彼等が軍の陰謀など知る由は無い。
きっと、軍隊は自分達を守ってくれる頼もしい味方だと信じているのだから。
そんな彼等の想いを裏切る軍隊が憎たらしく思えてくる。
私は翼に力を込めながら通りを眺めていると、ほぼ真下の辺りに新聞受けを漁るリュウの姿が見えた。
彼は新聞受けの中から広告の混ざった新聞を取り出し、それを両前足で抱えながら私達の居るバンの家の中に入って行く。
その時、私の視界にこの家の隣にあるバンが努めている交番が入った。
そう言えば、この町に警察官はバンしかいないのだから、今、交番は無人という事になる。
放っておいて大丈夫なのだろうか。
そんな些細な疑問を抱いていると、階段を上がる音が私の耳に入ってきて、続いてドアノブをガチャリと音を立てて回り、扉がゆっくりと開いた。
そして、新聞を手にしたリュウが部屋に入ってくる。

「新聞取ってきたぞ」

「あ、うん」

ふと、私は思ったのだが、もしリュウと結婚して二人きりの生活を始めたら、こんな感じになるのだろうか。
それにもしかしたらリュウも私と結婚とか考えていたりするかも。
結婚したら行ってきますの……あぁもう。私は何を考えているのだか。
私の彼氏はリュウで、リュウの彼女は私なのは確かな事だがさすがに結婚とかまでリュウは考えてはいないだろう。
大体、フェニックス計画を阻止できていない以上、それどころじゃない筈だし。
変な妄想を広げていた私は顔を僅かに振って気を取り直す。
そんな私をリュウは心配そうな目で見てきた。

「フェザー……?どうした?」

「あ!いや……な、なんでもない」

リュウと目がバッチリ合ってしまい、先程の妄想のせいでなんだか顔が火照ってくる気がした。
私はそんな気がするだけで、実際は顔が赤くなってはいないと思っていたが、それは単なる思い込みだったようで、リュウは私の顔をジロジロと見ながら今度は不思議そうな表情で私に声を掛けてくる。

「なぁ、なんか顔が赤いぞ」

「え!?……あ、な、何でもないから」

私が慌ててリュウにそう答えると彼は首を傾げる。
そして、一言呟くように言った。

「まぁ、ならいいけど」

リュウはあまり気に留めていない様子だったが、私は中々赤くなってしまった顔が元に戻らなくて困っていた。
それに、心臓の鼓動ってものも早くなってる気がする。
事の発端は先程の妄想だ。
やはり、変な事は考えない方が良いのだと実感させられる。
リュウはまた、窓際に置いた椅子に腰か掛けると、新聞を広げてそこ書いてある様々な記事に目を通し始めた。
まるで獲物を追うようにリュウの瞳は縦に並んだ文字を追って上下に動き、少しでも役立つ情報がないかと探す。
私は黙って……それも呆然としながらその光景を見ていた。
しばらくして、リュウが蝶の羽のように広がっていた新聞を綴じ、置く場所が無いのでその新聞を床に無造作に置くと、ゆっくりと立ち上がる。

「さてとフェザー、そろそろ皆を起こそうか。さすがに寝過ぎても良くないし」

「え、あ……そうだね」

私はリュウと並んで長方形の木の板が敷き詰められた床の上を扉まで歩いて行き、リュウが扉を開け、私達は二人揃ってこの部屋から階段のある廊下まで出て行った。
しかし、私達はこの時まだ知らなかった。
フェニックス計画が実行段階にまで進展してしまっている事を……








22話に続きます。


PHOENIX 22 ‐訓練‐


あとがき
最近、梅雨という時期なだけあって湿気が凄いです。もう、床がベタベタです。
さらに気温は高くて蒸し暑いわで、この時期は正直好きではありません。
執筆する際も暑くて中々進まず、我慢せずにクーラーを使うかの悩みどころです。
それと、投稿が以前に比べて遅くなってしまい楽しみにしてくださっている方々に申し訳ないです。

こんな駄文にお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
もし、宜しければ誤字、脱字の指摘や感想などを頂きたいです。




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Last-modified: 2010-07-06 (火) 00:00:00
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