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PHOENIX 19 ‐灯火‐

/PHOENIX 19 ‐灯火‐

PHOENIX
作者 SKYLINE
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※本話には流血表現が含まれております。苦手な方はご注意ください。

19話 灯火

流れ出た真紅の血は重力に従って硬い地面へと垂れていき、そこに赤い染みを作り出した。
ストライクが振り下ろした腕と一体化した鎌は確かにグレンに命中し、ストライクは肉を切り裂く感覚をしっかりと感じており、その感覚から勝利を確信していた。
彼の鋭利な鎌が当る直前、グレンは右前足で防御の体勢を取ってはいたのだが、小柄な彼の前足などストライクからすれば棒切れも同然。
簡単に切り落としてそのまま頭部も切断する……筈だった。
しかし、ストライクの鎌の刃先はグレンの左前足に食い込んではいるのだが、決して切り落とせてはいない。
それを見たストライクは勝利を確信していただけに、瞳を小さな木の実のように丸くした。
グレンに振り下ろした鎌にストライクが相当な力を入れていたのは言うまでもない。
本来なら、今頃グレンは切り裂かれて致命傷を受けているか既に死亡している筈。
ストライク本人も何故切り落とせないのか理解が出来ていない様子で、鎌に力を込めているものの、大きく目を見開いていた。
一命を取り止めたグレンは左前足に食い込む鎌を痛みに耐えながら引き抜き、その前足から僅かに血の尾を引きながら何度かバックステップをしてストライクとの距離を離す。
傷が痛むのか、表情が険しくなっているグレンをストライクは睨みながら、彼に向かって殺意の篭った声を低く響かせる。

「……てめぇ、どうやってそんな棒切れみてぇな前足で俺の攻撃を防いだ?」

殺意の篭った声はグレン鼓膜を振動させて彼に恐怖を覚えさせるのだが、グレンは痛みで歪む顔でストライクを睨み返し、全くと言って質問には答えようとしなかった。
それどころか、無言ままストライクに向かって素早く“火炎放射”を繰り出す。
ストライクはそんなグレンの態度に一瞬ムッとしたが、自分との距離を一気に縮めてくる炎にその表情は消され、迫り来る炎を回避しようとした瞬間、彼は胸に若干の痛みを感じた。
今まではグレンを仕留める事だけに精神を集中していた為、火傷の痛みなど気にも止めておらず、むしろ自分が火傷した感覚など殆ど感じてはいかった。
しかし、火傷の痛みを感じたのをきっかけにストライクはグレンの前足を切り落とせなかった理由を瞬時に悟る。
ポケモンという種族は、個人差はあるが火傷を負ってしまうと物理的な攻撃力が否応無しに下がってしまうと言う性質を持つ。
つまり、グレンの繰り出した“火炎車”のせいでストライクは火傷を負ってしまった為、精一杯の力を込めたと思っていても、それは火傷を負う以前に比べるとどうしても威力が低い攻撃になってしまっているのだ。
切り落とせなかった理由をストライクは理解出来たが、それは同時に不利な状況に追いやられている事を彼に悟らせていた。
そんな事を考えながらグレンの放った“火炎放射”をサイドステップで回避したストライクは、鎌の一本を地面に突き立て、体にブレーキを掛けて体勢を整えてからグレンを威圧するように睨み付ける。
無論、技ではなく単純にグレンに対して湧き出る殺意から……
昔の気弱なグレンなら、脅えてしまって体を縮めていただろうが、ストライクの瞳に映る今のグレンは脅えるどころか、鋭い目付きでストライクを睨み返す。
それを見たストライクは表情を険しくし、無意識に力の入った足の爪で地面に傷を付けて怒り狂ったように大声で叫ぶ。

「臆病者が調子に乗るなぁぁぁぁ!!」

「…………」

大声で叫んだかと思うと、ストライクは力強く地面を蹴り、後方に小石を弾き飛ばしながらグレンに向かって突風の如く飛び出した。
ストライクは両手の鎌を目一杯に広げ、そこに纏う空気を裂きながら“切り裂く”を繰り出してグレンの体を切り刻み、そして血祭りに上げようとする。
グレンもストライクが飛び出したのと同時に背中から噴射される紅蓮の炎を身に纏い、回転を加えてお得意の“火炎車”を繰り出してストライクとは正反対に無言で飛び出した。
二人の距離は瞬く間に縮まっていき、風切り音と燃え滾る音が同時に響く中で遂に二人の間に距離は無くなった。
高速で回転するグレンの体を挟むように左右から切り裂いたストライクであったが、火傷の影響で攻撃力が下がっている事もあり、炎を纏いながら高速で回転するグレンの勢いに力負けしてしまい両手と一体化した鎌は弾かれてしまう。
そして、その直後に爆音にも聞える衝突音が一際大きく響いた。
その音に退路を確保していたデイとイーブイの二人も思わずグレンの方に目を向ける。
デイとイーブイの視線の先では、“火炎車”の直撃を受けたストライクが壁まで黒煙を上げながら突き飛ばされて背中から派手にぶつかり、幾本もの皹を岩壁に描きながらその場に砕けた岩と共にぐったりと倒れ込んだ。
一方、険しい表情で息を上げているグレンは着地の際に体勢が崩れたが、歯を食い縛って前足に力を込め、震えながらもゆっくりと起き上がると何を思ったのか、ストライクを今までのように鋭く睨むのではなく見詰める。
そして、覚束ない足取りでストライクの元までゆっくりと歩いて行くと、うつ伏せに倒れ、傷だらけの背中に砕けた岩が転がる虫の息のストライクをグレンは見下ろした。

その頃、フェザー曰く頼りない警察官であるバンと、グレンと戦っているストライクの兄であるハッサムが熾烈な肉弾戦を繰り広げていた。
互いに遠距離での戦闘が苦手なのか、それともそもそも出来ないのか、一向に二人の距離は離れない。
風を切ると言うよりは空気を砕くような勢いで放たれるバンの拳を体を右に沿ってハッサムは華麗に回避し、お返しにと巨大な鋏でバンの首を狙う。
だが、バンは空いている左腕を曲げて肘を振り下ろし、向かってくるハッサムの鋏を叩き落した。
叩き落された鋏は地面に激突し、周辺には砕けた地面の破片が激しく踊るように飛び散る。
衝撃でよろめいているハッサムに向かい、バンは右手を握り締め、それを一度後ろに引いて力を溜め、強烈な“爆裂パンチ”のストレートをハッサムに繰り出す。
ハッサムはよろけていたせいで回避が間に合わず、バンの繰り出した“爆裂パンチ”は目を大きく見開いているハッサムの胸部に直撃した。
拳の命中と同時に二人の間で閃光と共に爆発が起こり、衝撃波と爆音の二つが周囲の空気を轟かすとハッサムの体は目にも留まらぬ速さで吹き飛ばされて後ろの壁に激突した。

「ぐはっ!」

粉々に砕け散った岩が散乱する中、バンは顔の前で拳を再度握り締め、満足そうな表情を浮べながら壁にめり込んでいるハッサムを見た。
その近くでは冷や汗を掻きながら退路の確保をしているデイとイーブイの姿が見える。
敵に攻撃するのは構わないが、ここは鉱山の中、あまり派手に暴れ過ぎると崩落しかねない。
幸い見かけによらず頑丈なようで、土埃が頭上から少量振ってくるだけで崩落はしていないが、この調子で暴れられては崩壊へのカウントダウンは刻一刻と進んでいき、時期に崩落してしまうだろう。
それが理由でデイとイーブイの二人の表情は未だに引き攣っている。
そんな二人を気にする事無く、バンは放射状に広がる皹の真ん中でぐったりとしているハッサムの元までゆっくりと歩み寄って四方八方から彼の様子を伺う。
そして、バンは十秒ほど動かないハッサムを観察すると、腕を組みながら口を開いた。

「ん?もしかして軍の兵士に勝っちまったのか?」

「…………」

反応の無いハッサムにバンは腰を落として再度様子を伺うが、やはりそこら中に転がる石のように動かず、ハッサムはまるで魂の抜けた抜け殻のようであった。
即死と言う可能性があるが、軍の兵士がそう簡単にやられてしまう……ましてや田舎町の警察官にやられてしまうとは自分でも思えないのか、バンはさらに近付いてハッサムの様子を伺い始める。
爪の先で軽く一突きしてみたり、落ちている小さな石ころを軽く当ててみたり……しかし、ハッサムに反応は無い。
これにはバンも腕を組みながら首を傾げてしまい、曲げていた腰を伸ばし、直立しながらハッサムを見下ろす。
その刹那、突然ハッサムが動き、音速のように速くバンの首を目掛けて地上から天を掴むようにハッサムは腕を伸ばした。
やはり、ハッサムは死んでなどおらず、死んだふりをして“爆裂パンチ”の効果で混乱してしまった頭が元の状態にまで戻るまで待ちながら同時に隙を捜していたのだ。
突然の攻撃に一瞬だが目を見開いたバンであったが、空かさず右腕に力を込める。
そして……

「爆裂パンチ!!!!」

「なっ!?」

ハッサムの鋏がバンに当る前に、凄まじい速度で拳が姿勢の低いハッサムに振り下ろされ、バンの拳は重力を味方に付けながらハッサムの凸の辺りに命中して爆発を起こし、彼を頭から地面に叩きつける。
空気が揺れる以上に地面が振動し、ハッサムの赤い体の上半身が深く地面にめり込むと、岩が砕ける音と共に骨が砕ける非常に耳に優しくない音が響く。
ハッサムの顔が硬い地面を砕きながらそこにめり込む際に土埃が大量に舞い上がり、二人の周りでは懐中電灯の光りの筋を可視化され、照らされている場所はユラユラと茶色の土埃が揺れていた。
額から冷や汗を掻いているデイとイーブイが心配そうな表情で見詰める中、舞い上がった土埃は次第に晴れていく。
もっとも、二人が心配しているのはバンの安否ではなく、この採掘場が崩壊しないかだが。
ようやく懐中電灯の光りの筋が視認出来なくなった頃、そこには上半身が地面にめり込み、地面に根を張り巡らす大木のように動かなくなったハッサムの姿と、右の拳を握ったり開いたりしながら直立しているバンの姿があった。
頼りないと思っていたバンが無傷でハッサムを倒してしまった事実にデイとイーブイの二人が驚いている中、バンは拳を握り、運動後の体操のように右肩を何度か回しながらデイ達に向かって口を開く。

「これは正当防衛ですので、殺人にはなりません。ですのでご安心を!」

「……は、はぁ」

バンの態度にデイとイーブイの二人は開いた口が塞がらず、ぽかんとした表情で返事にならないような返事をしたのだった。

後ろの方で爆音とちょっと嫌な音が聞こえたけれど、今は振り返っている余裕は無い。
精一杯の力を込めて放った“竜の息吹”はリュウに気を取られているジャウに向かって放射状に伸びていき、ジャウの体を襲って彼を吹き飛ばす。
放物線を描いて宙を舞ったジャウは直ぐに重力に捉われて腹から地面に叩きつけられ、低い呻き声を上げると霧のように舞う土埃の中でうつ伏せになった。
しかし、負けず嫌いなのかそれとも任務を遂行しようとしているのか、ジャウは私とリュウから注がれる鋭い視線を浴びながら起き上がり、光りを失っていない左目で私達を睨み返してくる。
一瞬、私はその異常なほど殺意に満ちた目に背筋が凍るような感覚を覚えたが、無理やりにでも気を取り直す。
……大丈夫。
昔は天と地以上に実力の差が在ったけれど、今の私はナイトから厳しい戦闘訓練を受けたのだし、隣には私と違って昔から強いリュウが居る。
それに、状況は明らかに私達の方が有利だ。
ただ、リュウが怪我をしている事もあるから早めに決着を付けないと。
私がリュウと並びながら再度“竜の息吹”を牽制で放つと、ジャウは息を大きく吸って“ハイドロポンプ”を繰り出して間一髪相殺した。
それを私の傍らで見ていたリュウが素早く飛び出し、距離を縮めながら口を大きく開いて見るからに熱そうな灼熱の炎を放射状に放ち、“火炎放射”で攻撃を仕掛ける。
リュウの口から勢いよく飛び出した炎は私の目に映る炎の回りの空気を歪ませながらジャウに襲い掛かっていく。
負傷している上、見た感じ体力も少なくなってきているジャウは回避するのではなく、私の“竜の息吹”を防いだ時のように又もや“ハイドロポンプ”を放って相殺した。
灼熱の炎と冷たい水が正面衝突した瞬間、瞬く間にジャウの周辺に水蒸気が広がり、互いの視覚を著しく低下させる。
一瞬、リュウがこれを狙って“火炎放射”を放ったのかと思ったが、これでは両者とも互いの姿が見えなくなってしまう。
辛うじて私にはリュウの後姿が薄く見えていたが、彼は直ぐにジャウの方向に向かって飛び出して行く。
まさか、フィンにフェニックスを入れたジャウに対する憎しみから無鉄砲に突っ込んでしまったのだろうか。
私はリュウに声を掛けて止めようとしたが、それとほぼ同時に漂っていた水蒸気は晴れ、リュウの姿と彼の向かっている先に居る傷だらけのジャウの姿が見えた。
そうか……そういえばリュウは鼻が利くのだった。
以前にも私や今は亡きフィンにも分からなかった”眠り粉“の臭いを嗅ぎ分けていた。
つまり、リュウは憎しみなどによる無鉄砲な攻撃を仕掛けたのではなく、冷静に作戦を練って視界の遮られていた中でも臭いでジャウの位置を特定していたのだ。
消えた水蒸気の代わりに目の前に現われた爪を立てたリュウにジャウは驚きを隠せず、防御の体勢が取れなかったのか、リュウの“ドラゴンクロー”を諸に受け、左肩の辺りから三本の傷が彼の体を斜めに走る。
しかし、その途中で突然リュウの右前足が止まった。
いや、正確に言えば止められてしまった。
なんと、“ドラゴンクロー”を受けながらもジャウはリュウの右前足を両腕でしっかりと掴んだのだ。
私のような常人では激痛でそれどころでは無い筈なのに、ジャウはしっかりと両手でリュウの右前足を掴んでいる。
以前から思っていたが、やはりジャウは只者では無い。
ジャウのまさかの行動に逆に驚きを顔に隠せなくなってしまったリュウは瞳を点にし、必死になってジャウから離れようとしていた。
だが、ジャウは険しい表情の中で口元を緩くして、不気味な笑みを浮べる。
私がリュウに“危ない!”と声を掛けようとした時にはもう遅く、ジャウの口が大きく開きリュウの胴体目掛けて“冷凍ビーム”を放つ。
“超”が付く程の至近距離から“冷凍ビーム”を受けたリュウは命中した胴体から凍り付いていき、顔や後ろ足、尻尾の先端以外の殆どが瞬時に氷に包まれてしまった。
タイプの関係で氷タイプの技が得に苦手なリュウはその場に倒れ込み、苦しそうに顔を顰める。
動こうにも体が凍ってしまっている上に寒さで体の機能が低下してしまい全くと言って動けず、ものの数秒でジャウは大ピンチを大チャンスに変えてしまった。
体が氷付いて動けないリュウにジャウは空かさず右腕を高く振り上げ、“切り裂く”で追撃を試みようとする。
当然、私は一心不乱になって飛び出した。
そして、今度は尻尾ではなく普段はふわふわとした翼を硬化させ、“鋼の翼”を繰り出してその翼を広げながらジャウに突っ込んだ。
ジャウの繰り出した“切り裂く”がリュウに当ってしまったのかそれとも阻止出来たのかを確認する前に鈍い音が私の鼓膜を揺らし、翼には衝撃を感じた。
当然それは私の繰り出した“鋼の翼”がジャウに命中した事を物語っている。
タイプ的にダメージは期待出来ないけれど、残りの体力が少ないジャウは私の繰り出した“鋼の翼”を受けて、倒れると土埃を舞い上げながら転がっていく。
それを確認した私がリュウに目を向けると、そこには体が凍り付いてしまっているものの、無事なリュウの姿が見える。
……良かった。
私はしゃがみ込み、リュウの体を覆い彼の体力と自由を奪う氷に狙いを定め、翼を硬化させて再度“鋼の翼”を繰り出して氷を粉々に砕くと、氷はガラスが割れる際の音によく似た高音と共に砕け散り、懐中電灯の白い光りを反射して宝石のように輝きながら硬い岩の地面に当って四方八方に飛び散った。
しかし、その時。
突然リュウが私に向かって叫んだ。

「危ない!!」

「え?」

叫ぶと同時にリュウは二本足で立ち上がって飛び出し、前足で私を抱きかかえると素早くその場に私を強制的に伏せさせて彼も同時にその場に伏せる。
正にその直後、私とリュウの真上を水の柱が轟音を立てながら横切り、細かな水が私の額やリュウの体に降り注ぐ。
それがジャウの放った“ハイドロポンプ”だと言うのはジャウの姿を見るまでも無く直ぐに分かった。
“ハイドロポンプ”が通り過ぎたのと同時に私とリュウは素早く立ち上がって“ハイドロポンプ”が放たれたであろう場所……即ち、ジャウが居る場所を睨むような目で見詰める。

「チッ……は、外したか」

私達の睨む先には右腕と右膝を地面に着け、リュウの“ドラゴンクロー”で切り裂かれた……と言うより抉られたかのような深い傷口から真っ赤な血を流しながら息を切らしているジャウが左目で私達を睨み返してきている。
体力的にはかなり厳しい状況の筈なのだが、まだ私達に殺意をむき出しているジャウ。
常人とは掛け離れた非常に高い体力と精神力……そして残虐性を持っていることは身に沁みて分かる。
一度、模擬戦を行ってその戦闘能力の高さを知っているリュウと二人で共闘してようやくまともに戦える程。
もし私が一人で戦っていたのなら、とっくに私はあの世に旅立っていることだろう。
それほど……それも異常な程ジャウは強いのだ。
しかし、今の私達ならジャウを倒せる筈。
リュウが負傷してしまってはいるものの、後一息で行ける!
私はリュウと一度顔を合わせ、開戦時のように二人で円を描くように進みながら攻撃を仕掛けてようとした。
だが……

「ま、待ちな!……それ以上近付いたら、“地震”でここを崩壊させるぞ!!」

「!!」

私は今、正に足を踏み出そうとしていたが、響いてきた一言に踏み出そうとしていた足を慌てて止めた。
私の横ではリュウも踏み出そうとしていた足をピタリと止める。
薄暗い中で懐中電灯の光りを瞳に反射させているジャウは苦しそうな表情を浮べながらも口元は僅かに緩んでおり、まるで“お前等の命を握っているのは俺だ”とでも主張しているような表情だった。
と、そこに、それぞれの戦いを終えたグレンとバンの二人が駆けつけ、私達の横に付く。

「おい!馬鹿な真似は止めろ!“地震”なんか繰り出したら、お前も崩落に巻き込まれるぞ!」

「リュウの言う通りだよ!馬鹿な真似は止めて!」

しばしの沈黙と睨み合いの後、リュウが怒鳴るようにジャウに言い、彼を説得しようする。
私もリュウに続いて彼を説得しようと試みた。
しかし……

「ハァハァ……確かにそうだな。だが、俺一人の犠牲でてめぇ等、六人を葬れ……る」

「く……」

リュウと私の説得を聞いて、ジャウは私達にとって恐ろしい一言を口元から垂れる血を拭いながら言い放った。
ジャウの言う通り、こちらの人数は六人だ。
この人数で一気に攻める……と言うのも有りだが、私達の攻撃がジャウに到達する前に“地震”を使われてはいくらここが頑丈とは言えど、崩壊してしまうだろう。
つまり、リスクが高すぎるのだ。
どうやら私達にはジャウをなんとか説得するしか道は残されていないらしい。
沈黙と睨み合いが延々と続き、今まで戦いに夢中で全く気が付かなかった入り口から吹いてくる微弱な風は私達の肌をゆっくりと撫でる。
私を含め、ここに居る全員の気が張り詰めているのが嫌でも肌から伝わってきており、皆の目も何時になく鋭い。
しかし、その時……外からの冷たい空気が僅かに足元に淀む中、突如として私達の後ろから悲鳴が上がった。

「うわっ!!」

「どうしたの!?」

その悲鳴がイーブイの物なのは直ぐに分かり、私は尋ねるように声を上げながら素早く振り返り、それに続いてリュウやグレンも振り返った。
私達の視線の先では、傷だらけのストライクがイーブイの首元にその鋭い鎌を当てており、その横ではデイが四本の足を広げて身構えながら、鋭い視線をストライクに浴びせている。
これは不味い。
ただでさえ、厳しい状況であったのに、人質を取られてしまうというさらに厳しい状況になってしまった。
ストライクは傷が痛むのか、苦しそうにしながらも僅かに笑っており、その笑みは形勢がジャウ達に傾き、私達が不利になっている事を物語っているように見えた。

「グレン……俺に情けを掛けて止めを刺さなかったのが……仇になったな。そ、それと、そこのエーフィ……直ぐには、離れろ」

「…………」

ストライクが近場に居るデイを睨みながら呟くが、デイは目を吊り上げたままそこを一歩も動こうとしなかった。
それを見たストライクはイーブイの首に切り込むギリギリの所まで鎌を近付け、さらに威嚇する。
ここは素直に下がったほうが得策だろう。
あのストライクの性格上、何時イーブイの首を切ってもおかしくは無い。
そう判断した私は未だにストライクを釣りあがった目で睨みつけているデイに向かって言葉を投げ掛ける。

「デイさん。ここは素直に引いた方が……」

「……でも、引いたら」

確かにデイが引けば、退路を確保する者が事実上居なくなり、ストライクはジャウを逃がすだろう。
しかし、ここでデイが引かなかったら遅かれ早かれイーブイは殺されてしまう。
一方、イーブイはストライクに押さえつけられながらも必死にもがいており、仕切りに私達に向かって声を上げている。
そう……“僕を気にしないで攻撃しろ”と。
彼は私達の中で最年少だが、既に覚悟が決まっているようで死ぬ事も辞さない構えだ。
しかし、私達はそう易々と彼を言葉を受け入れられはしなかった。
私もリュウもフィンと言う掛け替えの無い大切な仲間を失っている過去がある為、もう誰も失いたくはない。
それにきっとグレンやデイも仲間をそう簡単に見捨てて攻撃する事など出来ないだろう。

「デイさん。ここは引かないと」

彼女にここはストライクの言い成りになる事を薦めた私をフォローするかのように、リュウも彼女に声を掛ける。
一応、リーダーであるリュウの言葉なだけに、説得力があったのかデイはゴツゴツとした岩の地面で渋々足を後ろに動かし始めた。
それを見たストライクは又も口元を緩ませると、緊迫した空気の中で今度はジャウの方向を見て口を動かす。

「隊長。こちら……へ」

私達を挟んで丁度ストライクと対面しているジャウは傷口を流れる血で真っ赤に染まった手で押えながらフラフラと歩き出し、一歩ずつゆっくりと進んでいく。
身構えている私達にストライクがさらに従わざるおえない指示を出し、ジャウの進路から私達を退かせようとする。
当然、従わなければストライクの鎌がイーブイの首を切り裂くので、私は素直に指示に従って、二つに分かれてジャウの進路からゆっくりと退いた。
後、一発でも何か技を当てられればジャウを倒せるのに、イーブイが人質に取られている以上、今の私達にそれは出来ない。
両側から私達に鋭い視線の矢を浴びながら、ジャウはゆっくりと私達の間を通り抜けて行き、ストライクの元まで辿り着く。

「隊長。早く撤退してくいださい。俺が……人質を取っているか、限り奴等は動けません……そして、坑道を塞げば、一生奴等はここから出られません」

「フン……じゃあ、そうさせてもらうぞ」

ストライクの口から吐き出された言葉に私達の表情は一気に凍り付いてしまった。
なんと、ジャウを逃がし、外に出る為の坑道を塞げといったのだ。
ストライクはイーブイと同じように既に覚悟を決めており、自分の命を引き換えに私達をここに閉じ込めようと考えていたのだ。
それに、常人なら彼の発言に多少なりとも戸惑うだろうが、ジャウはそんな素振りは一切見せず、まるで当たり前のように彼の案を了承した。
しかし、その時だ。
突然リュウが前足を一歩踏み出してジャウに向かって怒鳴り出す。
それをみたストライクは一瞬、鎌でイーブイの首を切り裂こうとしたが、リュウがそれ以上踏み出さないのを確認すると、現状を維持する。

「ジャウ!……お前、仲間を簡単に見捨てるつもりか!!」

リュウの声を聞いたジャウは歩き出そうとしていた足を止め、振り返って見えている左目でリュウを見た。
そして、リュウを見ながらしばし黙り込んでしまう。
リュウは前足に力を込めており、地面に爪跡を僅かに残しながら怒りを露にした表情でジャウを睨み続ける。
仲間想いなリュウにとってジャウの反応は逆鱗に触れる物だったのだろう。
ジャウはそんなリュウから目を逸らすと、前を向いて出口に向かって暗視装置を取り出して真っ暗な坑道を歩き出そうとする。
ジャウを逃してしまうと、坑道が塞がれ、この何も無い採掘場に閉じ込められてしまう。
何としても阻止したいのだが、イーブイが人質に取られている以上、私達はただ、ジャウを睨む事しか出来なかった。
一方、リュウに怒鳴られたジャウは数歩進んだ所で壁に手を当てて立ち止まり、一度だけストライクの方に振り返る。
そして、一言彼に向かって呟いた。

「悪いな」

それを聞いたストライクは何も返事を返さず、ただ頷く。
ジャウの以外な行動に私とリュウは一瞬驚いたが、それどころではない現状が私達の表情を直ぐに元の険しい物へと変えさせる。
ストライクとの睨み合いが続く中、ジャウの姿は坑道の闇に呑まれていき、完全に私達の視界から消え去った。
残されたストライクは痛みを必死に堪えながらイーブイの首元に鎌を当て続け、私達を睨み付けてくる。
ジャウの姿が見えなくなった真っ暗な坑道からは極僅かに外の空気が流れてきているが、時期にジャウによってこの坑道は塞がれ、空気の流れも、断ち切られてしまうだろう。
そうなれば、私達は呼吸が出来なくなってしまい、遅かれ早かれあの世行きだ。
早く、ここから逃げた方が良いのは当たり前の事。
しかし、イーブイを人質に取ったストライクが道を塞いでいるため、私達は一向に行動を起せられずに居た。
私はリュウやデイと同様にストライクを睨み、警察官のバンはグレンに向かってなにか言っている。

「何で止めを刺さなかった!?情けなんか掛けるからこうなるんだぞ!」

「俺はそう簡単に命を奪えないです!」

どうやら、グレンがストライクに情けを掛け、止めを刺さなかった事にバンが起こっているようで、彼の声は一際大きい。
バンが怒鳴りながら指差す先では既に屍と化したハッサムの体が砕けた地面に上半身を埋め込ませており、それはバンが確実に止めと刺した事を物語っていた。
言い争いを繰り広げる二人の横で四本の足を広げながら身構えているデイは横目で彼等を見詰める……いや、睨みながら表情を険しくする。
そして、首を曲げて彼等の方に顔を向けると今までの彼女の優しいイメージをぶち壊すような大声で二人に怒鳴った。

「あんた達!!今は口論なんてしてる場合じゃないでしょ!口論する暇があるなら、ブイを助け出す方法を考えなさいよ!!」

「…………」

普段では絶対に聞かないような彼女の大声で、グレンとバンの二人は忙しく動いていた口をピタリと止め、目を点にしながら揃って彼女の方に振り向く。
そして、普段の優しい顔付きからは想像が付かない程、目を釣りあがらせた彼女の顔を見て、グレンとバンは何かを確認するかのように互いに目を合わせると二人揃ってデイに頭を下げた。
なんだろう……皆焦っているのか、少し私達に纏まりが無くなってきている気がして止まない。
恐らく、状況が厳しいだけに自然と皆気が立ってしまっているのだろう。
私は一度心配を宿した目でデイ達を見たが、直ぐに視線をストライクに拘束されているイーブイに戻した。
今はそんな事を心配するよりも、デイの言う通りでイーブイを救出してここから脱出する方法を考えないと。
デイの一言によって落ち着きを取り戻したグレンとバンがまたストライクに鋭く睨みかかったその時、傷の痛みからか、ストライクの体が一瞬ふら付いた。
そして、その隙を突いて、イーブイはストライクの火傷している胸を後ろ足で蹴り付け、拘束から自力で脱出すると四本の足を必死に動かしながら私達の元に向かって走ってくる。
怯んで何歩か後退したストライクは鎌を地面に下ろし、その先端を僅かに地面にめり込ませながら立ち止まり、額から一筋の汗を垂らしながら私達を順番に睨みつけてきた。
もう、彼に自分の身を守る術は残されていない。
地面に無造作に置かれた懐中電灯を私は翼を曲げて拾い、指向性のある白光をストライクの緑色をした体に向ける。
彼の目は鋭く釣り上がり、まるで、何かに取り付かれたかのように仕切りに私達を睨んでいるが、その瞳にはなんだか恐怖と言う感情も映っているようであった。
幾ら軍で厳しい訓練を受けていても、やはり死は怖いのだろうか。
絶対絶命の状況であるストライクに対し、大柄なバンが一歩前に踏み出し、拳を一つ作り上げると私達の方に振り返って口を開く。

「俺が止めを!」

彼の声に、皆反論はしなかった。
敵である相手を殺す。
それは当たり前かもしれない。なにせ、殺さなければこちらが殺されるのだから。
でも、私の心の中には曇りがあった。
満身創痍で、傷だらけのストライクを本当に殺してしまって良いのだろうか。
例え、敵であっても殺すまでしなくても良い気がするのだ。
そんな思いから、私はストライクに向かって歩き始めたバンの目の前に飛び出した。
そして、嘴を大きく開いて叫ぶような声で言葉を吐き出す。

「待って!殺さなくても!」

「……は?コイツは俺達を殺そうとした奴だ!生かしておくと危険だ。また人質を取られたらどうする!」

「で、でも……」

バンの言う事の方が、きっと私の発言……そして行動よりずっと正しいだろう。
しかし、小さくなった命の灯火をそう易々と消してしまって果たして良いのだろうか。
バンは私の顔を見ながら、腕を組むといかにも不満げな表情を浮べる。
鉱山や洞窟特有の淀んだ空気とこの状況から、非常に雰囲気が暗くなってしまった中、バンの後ろからリュウが私の方に向かって歩きながら口を挟んできた。

「確かにフェザーの言う通りだ。アイツを殺してたところで俺達は何も得ないし、命を奪った責任をまた一つ背負うだけだ」

「……そうか。じゃあ、殺しはしない」

リュウの援護もあって、私はバンを説得することが出来た。
これで、一安心だ。
敵が生きている事で一安心というのはおかしいかもしれないが、正直私は安心していた。
無駄な犠牲を出さずにすんだのだから。
私は振り返り、私達の議論の対象となっていたストライク向かってゆっくりと歩み寄ろうとした。
翼と言う名の手を跪いている彼に差し伸べる為に。
しかし、その時、地面が大きく揺れ始め、岩が崩れる激しい轟音が私達を襲った。
逃げ出したジャウが“地震”を繰り出して坑道を塞ぎ始めたのだ。
頭上からは細かな土埃が霧雨のように降り始め、ストライクの背後に続く坑道が崩れていく。
土埃で視界は霞、揺れる地面のせいで焦点が中々合わない中で私はストライクを見ていたが、彼の居る坑道が今、正に崩れようとしていた。
私は軍とか敵とかそんな事関係無しに……一つの命を助けようとストライクの方に向かって走り出したが、私の後ろから掛かってきた強い力によって私は止められてしまう。
その瞬間。
轟音と崩れ巨大な岩がストライクを襲い、彼の緑色の体は崩れた岩に完全に呑まれてしまった。








その頃、鉱山の入り口では最後の力を振り絞って“地震”を繰り出したジャウが岩に背中を付け、身を預けながら座り込んでいた。
鉱山の入り口は崩れた岩によって完全に塞がれ、もはや誰も出入りが出来ない状態なっており、ジャウは流れ出る血を止めようと傷口を真っ赤に染まった手で押さえながらその入り口を見詰めている。
しばし、入り口を見詰めていたジャウであったが、彼はポーチから包帯を取り出すと、傷口を押えていない方の手と口を使って器用に純白の包帯を傷口に巻き始めた。
しかし、その時だった。
ジャウは周囲に何かの気配でも感じたのか、包帯を巻く手を止めて切り裂かれていない左目で周囲を見渡す。
だが、彼の周りにはゴツゴツとした岩と緑を失った数本の広葉樹があるだけで、これといって何も存在はしていなかった。
一通り周囲を鋭い目で見回したジャウは最後に自分の座り込んでいる数メートル先を睨み、血の付いた歯が並ぶ大顎を開いて声を上げる。

「おい。隠れてないでさっさと出て来いよ……俺の傷が見えないのか!?」

「……そう喚くな。ちゃんと見えている」

ジャウの喚きから少しに間を置いて、地面からゆっくりとソウルが浮かんできた。
そして、それを合図にするかのように、地面から続々と彼の手下であるゴーストタイプの者達が沸いて出てくる。
ジャウはその光景に顔を顰め、救助に来たと思われるソウルの独眼に目を合わせた。
すると、ソウルの手下達がジャウを無言で囲み始め、周囲に物々しい雰囲気を醸し出す。
ジャウは片手で傷を抑えながら、自分を囲むソウルの手下一人一人を威嚇するような目付きで睨むと“これはどういう事だ?”とでも尋ねるようにソウルを睨み付ける。
ソウルは睨んでくるジャウの前まで浮遊しながら近付き、そこで止まると、座り込んでいるジャウを不気味としか言いようがない独眼で彼を見下ろす。
普段から怪しいソウルだが、ジャウはただならぬ雰囲気に警戒を厳しくする。
そして、一言ソウルに尋ねた。

「何の真似だ?」

「フン。お前は我々の計画にとって障害となるからな。ここで消えてもらう」

ソウルから告げられた突然の死の勧告であったが、ジャウは全くといって驚きはしなかった。
状況からして、ソウルが自分を助けようとしていない事は分かっていたので、ジャウは冷静を保ちながら、一度目を瞑ってから最大限に目を釣りあがらせて再度ソウルを睨み付けた。
一般人ならその殺意に圧倒され、気絶でもしてしまいそうな目でであったが、ソウルは動じることなく、右腕を灰色の空に向けて大きく伸ばす。
同時に、ジャウを取り囲むソウルの手下達が思い思いに身構えた。
灰色の雲からは冷たい雪が一粒、ジャウの額に付き溶けて彼の輪郭にそって流れ、それが口元まで辿り着いた瞬間、ジャウがソウルに向かって大声で叫んだ。

「何を考えてるか知らねぇがな!てめぇじゃスプーン様には勝てねぇよ!!」

「……さて、それはどうかな」

ジャウが怒鳴ったのにも動じることなく、ソウルは次第に量が増している雪が降る中で淡々と彼に向かって一言呟くと、灰色の天に向かって伸びていた右腕をジャウに向かって振り下ろす。
それと同時にソウルの部下達が一斉にジャウに向かって襲い掛かり、また一つ命の灯火が消え去ったのだった。










20話に続きます。


PHOENIX 20 ‐弱点‐


あとがき
投稿が遅くなってしまい申し訳ないです。今話は色々と悩んでしまいまして……
さて、ちょっとシリアスな展開になってしまいました。そして、流血表現なども含まれているのでこう言った展開が苦手な方々にはお詫びを申し上げます。
しかし、戦いにおいて犠牲が無いに越したことはありませんが、全く死者が出ないのもおかしいと思うのです。
汚い言い方かもしれませんが戦いと言うのは本気の殺し合いな訳でして……
う~む、ただもう少し全体的に明るい感じを出した方が良いのだろうか。

こんな駄文にお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
もし、宜しければ誤字、脱字の指摘や感想などを頂きたいです。




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Last-modified: 2010-09-03 (金) 00:00:00
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