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PHOENIX 18 ‐激突‐

/PHOENIX 18 ‐激突‐

PHOENIX
作者 SKYLINE
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※本話には流血表現が含まれております。苦手な方はご注意ください。

18話 激突

私達は影のように黒い鉱山の入り口に足を踏み入れようとしていた。
目の前に佇む回りの灰色に不釣合いな程黒い入り口はまるで私達を吸い込もうとしているようで、心のどこかからか恐怖が私を包もうとしている。
でも、先頭は行くのはリュウなのだし、グレンが名前を教えてくれたあのオーダイルのジャウとかに比べれば大して怖くなんて無い……筈だ。
じわりじわりと湧いてきた恐怖と言う感情を押しくるめ、私は何も恐れていないような表情のリュウの後に続いて一歩、また一歩と暗闇に足を伸ばしていく。
やはりリュウは勇気があるものだ。臆病な私は見習わないと。
“心配するな”と私達に言葉を掛けているかのようなリュウの背中と真紅の大翼を視界の中心に置きながら私は歩き、その後ろにグレン達が続いて鉱山の入り口まであと数歩と言うところで突然……それも俄雨の如く私達が向いている方向とは反対から聞いたことも無い声が耳に飛び込んできた。

「待てー!!そこは立ち入り禁止だぞ!!」

「!?」

私達はものの見事に一斉に振り返ると、遠くに見える声の主の姿を目を細めて凝視した。
声の主はこちらに向かって全力疾走しているようで、茶色い土埃を舞い上げながら足が忙しく動いている。
そして、そこに見えるのは遠くからでも確認できる茶色く巨大な体。
例えるのなら、まるで大きな岩が動いているようだ。
とにかく、私達に向かって来ている者が敵である可能性は非常に高い。
いや、寧ろ百パーセント敵だろう。
私は目を鋭くし、足を肩幅に開いて身構えて突っ立った状態から何時でも攻撃が出来る体勢へと移行した。
後は遠距離技……“竜の息吹”の射程圏内に標的が入るのを待つだけだ。
そんな私に対し、こちらに向かって走っている敵と思われる者は全くと言って警戒していない様子。
さすがにたった一人でなんの警戒も無しに突っ走ってくるのはおかしい。
何か裏があるのだろうか。
近付いて来るにつれ、その敵の姿は私達の目にはっきりと見えてきた。
遠くから見ていてもなんとなく分かっていたけれど……バンギラスと言う種族だ。
それも、普通のバンギラスより一回りは大きい。
土埃を舞い上げながら文字通り猪突猛進するバンギラスに向け、私は先制攻撃を仕掛けるべく、息を大きく吸い込んだ。
しかし、その時だ。
“竜の息吹”で攻撃しようとしていた私の前にリュウが前足を地面と水平に出す。
まぁ、水平と言うと嘘になってしまうか。
ここはゴツゴツとしていて地面自体が水平ではないのだから。
ただ、それが攻撃するなと言うサインなのは私にでも分かる。

「……リュウ?」

攻撃しようとしているのをリュウが止めた訳が分からず、私は無意識に首を捻ってしまった。
リュウはこちらに向かってくるバンギラスを身構えもせずにただ、見詰めながらとても落ち着いた表情で口をゆっくりと開いた。

「まぁ待てって。あれは警官だよ。警察のバッジを付けてる。軍の兵士じゃない」

「で、でも……攻撃されるんじゃ?」

「大丈夫。警官のルールで、俺達が攻撃しない限り向こうは攻撃が出来ない。それに、俺に考えがある」

とりあえず、今はリュウの言う事を聞くべきなのだろうか。
何か良い策を思いついているみたいだし。
私は意見を求めるような目付きでデイ達を見ると、彼女に焦りの表情は無く、私に比べてずっと落ち着いている。
隣に居るグレンやイーブイも。
そうか……皆は私以上にリュウを信頼しているのだ。
迫り来る巨体のバンギラスに向かってリュウがゆっくりと前足を出して歩き始め、その距離は半ば一方的に縮んで行く。
何も起こらなければ良いのだけれど。
私はリュウを信頼しつつも隠せない不安を顔に表しながら、リュウの背中を見詰め続けた。
特性で土埃を舞い上げているのか、忙しく動かしている足が地面を蹴る際の衝撃で土埃が上がっているのか、どちらかは判断出来ないが警察官……巨体のバンギラスは地面に力強く両足を付け、一層土埃を舞い上げながらリュウの目の前に止まった。
リュウは舞がっている土埃に右目を細めながらも毅然とした態度でバンギラスの前に立ち塞がる。
体格の差は歴然と言った感じで、明らかに警察官のバンギラスの方が大きい。
どうすればあんなに大きくなるのやら……
私の心配を背中で受け止めながら、リュウはバンギラスを見上げる形で彼と目を合わせようとする。
しかし、バンギラスの方はと言うと、息がかなり上がってしまっているようでリュウに目を合わせている余裕など微塵も無い様子で、地面に顔の先を向けながら、荒い息を必死に整えようとしている。
なんか、“大丈夫ですか?”とか声を掛けてしまいそうだ。
仕舞いには疲れてその場に座り込む始末で、さすがにリュウも呆れ気味。

「ハァハァ……お、お前等。ここはた、立ち入り禁止だぞ……勝手に入ろうとす、するな」

以外にも先に話を切り出したのは警察官のバンギラスだった。
しかし、まだ息を整え切れていない様子で途切れ途切れだが。
話し終えた以降もバンギラスは立ち上がる事無く、ゴツゴツとした岩の大地に腰をおろしたまま、また息を整える作業に奮闘し始めた。
リュウも言葉を返そうとしているのだが、この状態で彼が聞く耳を持っていると思えないようで、完全に呆れてしまっている。
大体、たった一人で私達に向かってきて、しかも疲れ果ててしまっているなんて……はっきり言ってしまえば自殺行為だろう。
もし、私達にその気があれば、おそらく一瞬で片が付く。
この警察官、本当に大丈夫なのだろうか。
呆れ顔のリュウはこのまま息が整うのを待っていては日が暮れてしまうと思ったのか、バンギラスに一声掛ける。

「随分とお疲れのようですが、大丈夫ですか?」

「も、問題は無い。こんな程度でつ、疲れる俺ではない」

「…………」

明らか過ぎる嘘を付かれ、リュウの表情はさらに呆れ返ってしまった。
そんなリュウをよそに、バンギラスはその巨体をゆっくりと立ち上がらせる。
ただ、まだ疲れているみたいだけれど。
とりあえず、話が出来る事を先程の一言で確認したリュウは毅然とした態度に戻り、胸の辺りに付けているポーチから前足を器用に使って輝く何かを取り出した。
目を細めて良く見てみれば、それは軍人である事の証明である軍のバッジ。
それを見たバンギラスは態度を一変させ、曲がっていた腰を垂直にし、両の手を体の横にピタリと付ける。
そういう事か。やっとリュウの策を理解出来た。
この国では当然、警察官よりも軍人の方が地位が高い為、それを利用してバンギラスを引き返させる魂胆と言った所か。
今の所、私達に出番は無さそうだし、リュウの交渉を後ろから見守るとしよう。

「俺達は軍の調査員だ。この鉱山を調査しに来た。入らせてもらうぞ」

「失礼致しました!どうぞ、存分に調査してください!……ただ、中は複雑で入り組んでおりますので道案内として同行致します!」

「え?……あ、いや、大丈夫だ。帰ってゆっくり休んでいてくれ」

「いえ!今までここは不慣れな者が幾度と無く不法侵入し、その度に負傷したり、迷ったりしております。あなた方の安全の為にもご同行させていただきます!」

「だ、だから大丈夫だか……」

「遠慮は要りません!道案内はお任せを!」

なんか、流れが変な方向になってしまっている気が……バンギラスは善意で言っているみたいだが、こっちとしては厄介。
でも、断ろうにも断れない様子でリュウはかなり困っているみたいだ。
……あ、もはやリュウが完全にバンギラスの善意溢れる気迫に押されてしまっている。
結局、バンギラスが道案内で同行する事になり、私達は六人で鉱山の中に入って行った。
先頭を歩くバンギラスは警察官に支給されている懐中電灯で闇を照らしながら、どんどん奥に向かって行っている。
足音だけが響く中、ふとデイが小声で私に声を掛けてきた。

「フェザー。一応警戒しといてね。あのバンギラスがもしかしたら軍のスパイみたいな奴で、私達を罠に填めようとしている可能性も捨てきれないから」

「はい。わかりました」

私が彼女と同様に小声で返事を返したその瞬間。
目の前を歩いているバンギラスが派手に転んだ。
巨体が地面にぶつかる大きな音と彼の悲鳴が狭い坑道に響き、手から離れた懐中電灯は放物線を描きながら宙を舞い、硬い岩の地面にぶつかって割れてしまい、一瞬にして辺りが暗くなってしまう。
空かさず私とリュウはポーチから懐中電灯を取り出し、その光りをバンギラスに向けた。
白い懐中電灯の光りに照らされたバンギラスはうつ伏せに倒れており、もがきながら必死になってその巨体を起き上がらせようとしている。
全く、頼りない警察官だ。
これじゃあ軍のスパイとかそれ以前に鉱山のガイドとして不安過ぎる。
坑道の天井からは今の衝撃で細かな土埃が危なげに降ってきているし……本当に大丈夫なのだろうか。
私とリュウが懐中電灯で照らす中、グレン、デイ、イーブイの三人が協力してバンギラスを起き上がらせると、彼は土まみれの顔で私達に頭を下げた。

「ご心配をお掛けして申し訳ありません!良くある事なのでご心配なく!」

「ま……まぁ、無事で何よりです」

そう言ってみたものの、正直な気持ちでは帰ってもらいたい。
それに、良くある事って……この坑道内で頻繁にあの巨体に転ばれたら何時崩落を起すか分からない。
どう考えても危険過ぎるって。
私を含めたバンギラス以外の全員の顔が引き攣っていた。
そんな私達をよそに、バンギラスは顔に付いた土を軽く払うと、坑道の天井にぶつかってしまいそうな頭を少し下げながら、私達の前に立ち塞がる。
その瞬間、リュウが身構えていたのが私の視界の隅に見えた。
おそらく、警戒しているのだろう。
私も皆に遅れて神経を尖らせ、鋭い目付きでバンギラスを睨む。

「そういえば、まだ名乗っていませんでした!私はニックス町にただ一人の警察官!“バン=ギラース”であります!」

「…………」

何を言い出すと思えば……名前か。
てか、“バン=ギラース”ってほぼ種族名のままだし。親のネーミングセンスが疑わしいって。
それに、失礼だけれど見た目以外頼りがいの無いこの警察官が一人しか居ないって、下手すればニックス町は犯罪者の楽園に成りかねない気が……
どう考えても一人であの広さの町の治安を維持できると思えない。
そんな事を考えながら、私はリュウの後ろで歩きながら暗い坑道を進み続ける。
そして、バンの発言通り、何度も坑道崩落の危機に直面しながらも、私達は十分程の時間を掛けて採掘現場まで辿り着いた。
壁には採掘した跡が幾つもあり、確かにここで採掘が行われていたのは事実にようだ。
そうなれば、グレンの言っていた通りフェニックスの材料となる鉱石がここにまだ残っている可能性は十分ある。
背負っていた重い荷物を下ろし、早速皆は何か手掛かりがないか捜索を始めた。
私は正直思い出したくはなかったが、軍に拘束され、実験される直前に見たあの黒い塊を思い浮かべる。
きっと、材料である鉱石も黒くて艶のある石の筈だ。
とりあえず、リュウやデイに黒色の石を探すように伝え、私も黒い石を探し始める。
そんな私の直ぐ横で、グレンがバンに聞き込みを行っていた。

「あの、ここでどんな鉱石を採掘していたか分かります?」

「機密という事で町の者には情報は一切知らされていなかったであります!」

「そうですか……」

やはり軍は警察官にさえも情報を隠していたのか。さすがにボロは出さないようだ。
私は片耳から入って来る二人の会話を聞きながら、黙々と鉱石を黒い鉱石を捜索し続けた。
しかし、幾ら捜してもただの灰色の岩しかなく、これと言った発見は何もない。
懐中電灯の電池の事の関係もあり、あまり長居は出来ないので即急に見つける必要があるのだが、やはり全て採掘され尽くされてしまったのだろうか。
全員の表情に若干の焦りが表れ始めた頃、バンへの聞き込みを負え、鉱石の捜索に参加していたグレンの耳がピクリと動いた。

「あの、ちょっと静かにしてくれますか?」

「え?……うん」

私達は作業を止め、グレンの言う通り、何もせずにただその場に立ち尽くした。
グレンは頭に付いた二つの耳の角度を微妙に調節しながら、周囲の音に耳を澄ましている。
私も耳を澄ましてはいるのだが、別段、何も聞えない。
一体、グレンは何が聞えたのだろうか。

「やっぱり、微かにですが足音が聞こえます」

「まさか、軍の追手!?」

「多分……」

小声で呟いたグレンに反応し、デイが目付きを変えて聞き返す。
それに対しグレンは軽く頷きながら、小声で答えた。
この採掘場の出入り口は一つしかない。
もし、攻めてくるとすればそこしかないだろう。
私の考えと同じ考えなのか、リュウとグレンが出入り口の両側に付き、待ち伏せる。
一方、私やデイ、イーブイの三人は出入り口から見えない場所に身を潜めて息を殺した。
で、頼りない警察官のバンは訳が分からないようで、その場に立ちながら私達を見ている。

「ど、どういう事だ?追手って、あんた等軍に追われてるのか!?」

さすがに私達が嘘を付いていた事に気が付いたようで、バンが態度を一変させて声を上げた。
それに対し、待ち伏せていたリュウは一度だけ顔を顰めると、視線の先を出入り口からバンに移し、彼を小声で怒鳴りつける。

「あぁ、そうだよ。だが、今は理由を説明している時間も余裕も無い。とにかく、俺達に協力しないとあんたも俺達と同様に口封じに殺されるぞ」

「馬鹿言うな。確かに軍の態度はデカイが、警官を殺すなんて話聞いたことがないぞ」

「当たり前だろ!全部隠蔽してるんだよ!」

突然あんな事を告げられては、すんなりと理解は出来ないだろう。
それに、私達に彼を信用させる物なんて一つも無い。
バンとリュウの口論は続き、リュウは状況をしっかりと意識して響かないように小声で怒鳴っているのだが、バンは巨体に見合う大声で怒鳴り散らす。
これじゃあ、こちらの位置が簡単にバレてしまう。
リュウが口論している為、一人で出入り口を守っているグレンの表情も険しい。
幾らリュウが説得しようとしても、やはりそう簡単には信用してもらえず、遂にバンはリュウを逮捕するとまで言い出した。
しかし、その時だ。
出入り口の奥から唸るような音が響きだし、高圧の水流がそこから飛び出してきた。
その先にはバンの姿。
バンは突如、自分に向けて放射される水に目を点にし、とっさに防御の体制を取ろうとする。
しかし、素早くリュウが彼に向かって飛び出し、間一髪のタイミングでバンの体を放射されてきた高圧の水流から退けた。
リュウの咄嗟の行動のお陰でバンに命中しなかった高圧の水流はそのまま空気を射抜きながら後ろの壁にぶつかり、砕いた岩と共に周囲に四散する。
衝撃で崩れてしまわないか心配だったが、坑道と違って以外とここの強度は高そうだ。
今の所は崩れる気配は無い。
細かく散った水飛沫が降り注ぎ、視界が若干悪くなってしまっている中、出入り口から凄まじい速度で何かが私達の居るこの開けた空間に飛び込んで来た。
私は水飛沫の中、目を細めながら侵入してきた何かを凝視するが、それは岩でもなければ繰り出された技でもない……前に私達を襲撃したあのハッサムだ。
彼の狙いはもちろん、咄嗟の行動だった為に地面に倒れ込んでしまっているリュウとバンの首元。
だが、出入り口で待ち伏せていたグレンが即座に反応して駆け出し、侵入して来たハッサムの背後から攻撃を試みる。
背中の斑点から轟音と共に炎を噴射させながら、彼が得意としている技、“火炎車”を繰り出してグレンはハッサムに回転しながら突進した。
しかし、そんなグレンの背後に懐中電灯の光に輝く二本の鎌が瞬時に現われる。

「グレン!後ろ!」

私はグレンに危険を知らせる為、大声で彼に叫んだ。
体を高速で回転させているグレンに私の声はしっかりと届き、彼は軌道を急変更して何とか背後からの襲撃者……ストライクの攻撃を数センチの所で回避する。
しかし、そのせいでハッサムに攻撃することが出来ず、彼の鋏は確実にリュウとバンの首に迫っていた。
不味い、このままでは二人ともやられてしまう。
間に合うか間に合わないかなど判断する前に、私の頭はハッサムを攻撃しろと決断を下していた。
足を開いて構えを取り、私はドラゴンタイプなら殆どが覚えている遠距離技……“竜の息吹”を繰り出そうとする。
その中でリュウは迫り来る巨大で鋭利な鋏に対し、素早く立ち上がって鋏の先端を前足で掴んで間一髪受け止める。
後少しでも掴む位置が下にずれてしまっていれば、今頃リュウの前足は切り落とされていたかも知れないが、とりあえず私の目に映るリュウの前足に傷は無い。
息を大きく吸い込みながらそれを確認した私はその直後に“竜の息吹”を全力で繰り出す。
しかし、ハッサムは私が攻撃を仕掛けよとしている事に逸早く気が付いており、直ぐにリュウから間合いを取りながら私の放った“竜の息吹”を意図も簡単に回避した。
それと同時にグレンと交戦していたストライクも同様に間合いを開く。
そして、私達がこの空間の奥に集結し、ハッサムとストライクの二人は出入り口を背にして並ぶ。

「チッ、惜しかったぜ。中々良い作戦だったんだけれどな」

ストライクはそう呟きながら、目に装着している機械……おそらく暗視装置とか言う物を上にずらし、私達を睨む。
ハッサムも同様の物を装着しており、胴体には大量のポーチなどがぶら下がっている。
あれだけ、重装備であんな機敏な動きが出来るとなると、やはり彼等の実力は相当高いようだ。
しばし、睨み合いを続ける私達。
警察官のバンも軍のバッジを付けたハッサムやストライクが本気で殺しに掛かって来たので、ようやくリュウの言葉を信じたようで私達と一緒になって身構えている。
数ではこちらが明らかに有利だが、私の記憶が正しければハッサムやストライクと言った種族は水タイプの技を覚える事は出来ない。
つまり、まだ他に仲間が居る可能性が高いのだ。
当って欲しくは無いのだが、私にはその仲間の正体が何となくであるが分かっていた。
フィンにフェニックスを入れ、あの地獄絵図をリュウに作らせた張本人……ジャウ=クロコダイル。
もしジャウが居るのなら、かなり慎重に行動しないと。フィンでも適わなかったのだから。
双方の視線の矢が際限なく飛び続ける中、暗闇の奥から足音が響いてきた。

「!……クソ、増援か」

リュウが失明していない右目を鋭くしながら険しい表情で呟き、二本足で立ち上がって爪を立てて身構え直す。
私は足音の響いてくる出入り口の奥と横に並んでいるハッサムとストライクを交互に見ながら、依然として身構え続けた。
懐中電灯の光りは在るのだが、奇襲のせいで私もリュウもそれを落としてしまい、今は地面に転がっていて出入り口の奥に光りを届けられない方向を向いてしまっている。
敵の正体が分からない事が一番怖い。
何をしてくるかが分からず、対策を立てることが出来ないからだ。
足音が大きくなってくると共に、徐々に足音の主……そして、最初の奇襲攻撃の主の姿が暗闇から浮かんでくる。
その姿をはっきりと確認した途端、私とリュウ。それにグレンの目が一層、鋭く吊り上った。
私の予想は的中してしまい、ハッサムとストライクの間にはフィンにフェニックスを入れたオーダイルのジャウが威圧するように仁王立ちしている。

「おぉ、ゴミ共が寄ってたがってらぁ。まっ、纏めて殺すには良い機会だな」

挑発するようにジャウは私達を見下しながら言葉を発した。
その言葉に私の横でリュウが前足の爪に一層力を入れているのが見える。
多分、ジャウが憎いのいだろう。
私だってリュウと気持ちは同じだけれど、挑発に乗って無闇に突っ込んでしまったらジャウの思う壺だ。
ここは冷静に策を練って確実にこの状況を切り抜けないと。
不幸中の幸いか、数ではこちらの方が上だ。
非戦闘員であるデイとイーブイを除いても、私を含めてこちらは四人。それに対し、相手は三人。
しかし、どう戦うか……
無い知識を振り絞って策を練っている私の横で身構えているリュウが突然、口を開く。
きっと、何か策を思い付いたのだろう。

「数ではこっちが有利だ。俺とフェザーでジャウを相手する。グレンはストライクを相手してくれ。バン……あんたはハッサムを頼む。デイさん達は退路を確保しといてください」

「分かった!」

「任せてください!」

「……仕方ない。ここはあんた等に協力しよう」

「わかったわ」

リュウはそれぞれの分担を決め、効率的に戦う事を考えたらしく私達に的確な指示を出した。
確かに、相手を決めて戦う方が集中出来る。
それに、デイとイーブイが退路の確保をしていてくれれば、いざと言う時に戦いからの離脱が可能だし、この開けた空間から一時的に離れてデイが治療する事も出来るだろう。
さすがはリュウだ。

「よし、行くぞ!」

リュウの掛け声で先ず、私達は個々の標的に向かって走り出し、遠距離技で牽制して洞窟の出入り口からジャウ達を退かせた。
そこに空かさずデイとイーブイが退路を確保し、私達は個々の標的との戦闘に突入する。
私はジャウの左側から攻め、リュウは右側から攻めて挟み撃ちを狙う。
ジャウは先にリュウの方に狙いを定め、強烈な威力の“ハイドロポンプ”をその大顎から勢い良く放つが、リュウは空かさず攻めから回避に転じ、私は技の使用後の隙を突いてジャウの頭を狙い、“竜の息吹”を繰り出した。
だが、ジャウは私の放った“リュウの息吹”の軌道を瞬時に読み、這い蹲るような形でしゃがみ、それを難なく回避すると、そのままの状態で地面を思い切り蹴り、リュウと同様で巨体とは思えない瞬発力で私との距離を一気に縮めてくる。
逆に攻撃後の隙を突かれ、さらにはその瞬発力の前に私は防御の体勢を取るので精一杯であった。
暗闇で白く輝くジャウの爪が私の目に映ったその瞬間。
ジャウの爪は私の目の前で何故かピタリと止まった。
私はジャウの腕が止まった原因を確認するよりも前に、先ず間合いを開き安全な距離まで地面を蹴って後方に跳躍する。
そして、着地と同時に私は鋭い目でジャウを睨んだ。
すると、ジャウの右手首を二本足で立ち上がっているリュウの左前足が掴んでおり、リュウの前足とジャウの右腕は小刻みに震えている。
両者とも、かなり力が入っている様子。
リュウは何時になく鋭い目でジャウの目を睨み、ジャウも負けじとリュウの目を睨み返す。
その直後、空いている右前足でリュウはジャウの顔に素早く切り掛かった。
そして、私が体勢を建て直しているその目の前で、血飛沫が懐中電灯の光りの中で細かく飛び散る。
決まった!
私は飛び散った血飛沫を見て、そう思った。
しかし、実際はリュウが勝利したと思うには早すぎたのであった。
懐中電灯の光が闇を照らす中、ポタポタと垂れる血を地面から辿っていくと、驚くことに血はジャウからではなく、彼を切り裂いた筈のリュウの右前足から滴り落ちている。
が、理由はすぐに分かった。
リュウの右前足に食い込んでいる幾つもの鋭い歯。
おそらく、一撃で仕留める為にジャウの顔を狙ったのが間違いで、リュウの右前足はあの大顎の餌食になってしまっていたのだ。
リュウは食い込む歯に顔を顰めており、流れる血の量は徐々に増えていく。

「フン、顔を狙ったのが悪かったな。俺の顎は武器なんだよ」

「う……」

ジャウはリュウの前足を噛む力を強めながらリュウを睨み、もごもごと話す。
このままではリュウの右前足が噛み千切られてしまうかもしれない。
私は勢い良く飛び出し、尾羽を硬質化させて回し蹴りのような感覚で体を回転させると、“アイアンテール”の一撃を素早くジャウの横腹に決める。
私の攻撃でなんとかジャウをよろけさせる事ができ、リュウの右前足から鋭い歯が赤い尾を引きながら抜け、ひとまずリュウの前足が噛み千切られるのは防げた。
私の一撃でよろけて顔を顰めたジャウであったが、鍛えているだけあって一瞬で体勢を建て直し、すぐさま私に向かって“ハイドロポンプ”をリュウの血が付いた歯が並ぶ口から轟音と共に撃ち出した。
まるで太い柱のような高圧の水流の軌道をしっかりと確認しながら、私は一度姿勢を低くしてから転がるように横に移動してジャウの放った反撃の“ハイドロポンプ”を回避する。
私が回避に専念している最中にも、リュウは傷みを我慢しながら爪を立ててジャウ目掛けて飛び込み、“ドラゴンクロー”の一撃を狙う。
リュウが迫っている事に気が付いたジャウは私を狙っていた“ハイドロポンプ”を飛び込んで来るリュウの方に向け、リュウの攻撃を防ごうと試みた。
狙いを変えた“ハイドロポンプ”は爪を立てながら飛び込んで来ているリュウに向かって凄まじい勢いで伸びていき、確実にリュウを捉える。
不味い。このままじゃリュウは……!
私が心配の目でリュウを見詰める中でリュウは血が流れている右腕の“ドラゴンクロー”で向かってくる“ハイドロポンプ”を切り裂きながら勢いを緩めることなく力押しで突き進み、切り裂かれて飛び散っている水飛沫の中で光る彼の青い瞳はしっかりとジャウを捉えていた。

「!!」

まさか自分の放った“ハイドロポンプ”が切り裂かれると思ってもいなかったのか、ジャウは口を開けて高圧の水を噴射したまま、目を大きく見開く。
その瞬間、一直線に伸びていた筈の“ハイドロポンプ”は完全に二つに割れ、ジャウの頭から血が飛び散る。
今度はリュウが攻撃を決めたのがしっかりと確認出来た。
よし、私もぼうっと突っ立っている訳にはいかない。追い討ちを掛けなければ。
ジャウはリュウの“ドラゴンクロー”が命中する寸前、咄嗟に顔を傾けて回避行動を取ったみたいであったが、その顔の右側には三本の切り傷が顎の付け根から後頭部に掛けて走っていた。
さらに、一番上の爪がジャウの右目を切り裂いており、どう見てもその目は光りを失っている。
その後ろでは相当力を入れていようで、立ち止まるのに数メートルの距離を要したリュウが振り向きながらジャウを睨んでいた。
リュウの“ドラゴンクロー”で切り裂かれた顔を押さえ、痛みにも耐えながらジャウは切り裂かれていない左目でリュウを睨む。
チャンスだ。
完全にリュウに気を取られているジャウの視界に私は入っていない。
このチャンスを逃さないよう、私は直ぐに大きく息を吸い込み、“竜の息吹”の狙いをジャウに定め、精一杯の力を込めて発射した……

一方、グレンと警察官のバンもフェザーとリュウの戦いと同じく、自らの相手と一対一の激しい戦いを繰り広げていた。

「うぉぉぉ!!」

「フン、また“火炎車”か」

高速で回転する紅蓮の火球がストライク目掛けて弧を描きながら突進して行く。
ストライクは採掘場の天井近くまで素早く跳躍して回転するグレンを回避し、自分の真下を彼が通り過ぎたのを確認すると、今度は一気に急降下する。
“火炎車”による攻撃を回避されたグレンは直ぐ纏っていた炎を消し、地面に前足と後ろ足の両方を付けながら体にブレーキを掛けて滑走しながら立ち止まると素早く振り向いた。
しかし、グレンが振り向いた直後、彼を目掛けて二本の鋭利な鎌が頭上に向けて振り下ろされ、風切り音がグレンの鼓膜を震わす。
自分目掛けて振り下ろされる鎌に対し、グレンは慌てて飛び込むように右に回避するが、幾分ギリギリであった為に靡いた毛の数本が音も無く切り落とされる。
ストライクから見て右側に回避したグレン目掛け、ストライクは直ぐに左手を捻って鎌の刃をグレンに向け、地面に対して水平に切り掛かって来た。
小柄な体格を生かし、機敏なバックステップで鎌の攻撃範囲から脱したグレンであったが、休む間も無く次なる攻撃が彼に襲い掛かってくる。
相手に休む暇を与えず、体力を奪っていきながら確実に隙を突いてしとめる……ストライクが得意としている戦法だ。
懐中電灯の光源だけで薄暗いこの空間の中、白く輝く鎌は上下左右からグレンに襲い掛かり、ストライクの思惑通りにグレンの顔に疲労が表れ始めていた。
グレンからしてみれば、相性の良い炎タイプの技で攻撃を仕掛けたいのだが、技の発動にはどうしても若干の時間を要する為、その時間と隙を付かれて切り裂かれてしまう。
この状況を脱する為、グレンは回避しながら地面に落ちている石を素早く前足で拾った。
石を拾った際にストライクの鎌がその前足を僅かに掠って少量の血が流れたが、痛みに怯まず、グレンは拾った石をストライク目掛けて投げ付ける。
“そんな石など効かん!”とでも主張するように、ストライクは自慢の鎌の一つで向かってきた石を簡単に弾き、空いている左手の鎌でグレンを狙う。
地面に対してほぼ水平にグレンを狙っていた鎌であったが、グレンはその動きをしっかりと目で追っており、軽く跳躍して自分の真下に鎌が来た瞬間、背中から炎を噴射しながら水平に動く鎌の上に後ろ足を乗せ、それを思い切り蹴った。
当然、鎌はグレンの進行方向とは逆に弾き出され、それに引っ張られる形でストライクの胴体はグレンに向かっていく。
ストライクが驚いて目を見開いた時には、これを狙っていたとばかりに炎を身に纏いながら勢い良く回転しているグレンが目と鼻の先の距離まで迫っており、彼の“火炎車”がストライクの胴体を直撃する。

「ぐあっ!」

苦痛を訴える叫びと鈍い音、暗闇に紛れる黒煙、さらに焦げ付く臭いを出しながら、ストライクの体は低い弾道で宙を舞い、とても平らとは言えない岩の壁に激突した。
ストライクが壁に激突した際に衝撃で土埃が多少天井から落ちてくる中、グレンの体はぶつかった際の反動で軽く宙に浮いており、彼は直ぐに着地して追撃に“火炎放射”を放とうと考えていた……しかし、予想以上に体力の消耗が激しく、着地した瞬間に彼は後ろ足が崩れて全体の体勢も崩れてしまう。
当然の事ながら、ストライクはそれを見逃してはおらず、チャンスとばかりに狂気な笑みを浮べながら火傷の痛みなど気にせずにグレンを両の目に捉えて走り出した。
体勢を整えたグレンの頭上には既に鋭い鎌が振り下ろされ始めており、彼の立場からずれば絶体絶命の状況。

「終わりだ!ここでくたばりな!!」

ストライクの一声が響いた次の瞬間、薄暗い採掘場に真っ赤な“血”の飛沫が弾けるような不快な水音と共に飛び散った……








19話に続きます。


PHOENIX 19 ‐灯火‐


あとがき
今回は戦闘を主にして執筆してみました。
戦闘……つまりは一つの山場と言う事で私的には力を入れて執筆してみたのですが、やはり戦闘シーンを書くのは難しいです。
まぁ、難しく感じるという事はまだまだ精進しろって事ですね。

こんな駄文にお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
宜しければ誤字、脱字の指摘や感想などを頂きたいです。




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Last-modified: 2010-05-18 (火) 00:00:00
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