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PHOENIX 17 ‐謝罪‐

/PHOENIX 17 ‐謝罪‐

PHOENIX
作者 SKYLINE
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17話 謝罪

フィンの両親に全てを話し、そして謝罪する為に、私とリュウの二人はフィンの両親が住んでいる家に向かって足を運んでいる。
やはり、大通りと同じで人通りは少なく、町の雰囲気は寂しい。
その上、朝から何も食べていないのでお腹が減ってしまい、さっきから中々腹の虫に鳴き声が無音の路地に響いている。
私の隣を歩いているリュウからも、私と同じ虫の鳴き声は時折聞えてくる。
空を見上げてみれば、輝いていた太陽はいつの間にか雲に隠れており、空と雲の比率もだんだんと変わってきていた。
雪が降らなければ良いのだが……
今は時期的に雨が降る事は殆ど無いので、心配の種は雪。
私もリュウもタイプ的に寒さは本当に苦手だ。
私が空模様を心配していると、ふと、リュウが足を止めた。
それに気が付き、私が空から視線をリュウに移すと、彼は顎で目の前の家を指す。
目の前には至って普通の木造一戸建ての家が両隣の家に挟まれるように佇んでおり、フィン自身の家とは違い、しっかりと表札が取り付けてあった。
そして、そこにははっきりとフィンの苗字であるシャークの文字が刻まれている。
そうか、ここがフィンの両親の家か。
私は視界を広く取り、フィンの両親の家の姿を焼き付けるように拝見した。
庭には今は葉を付けていない木が一本植えてあり、その木の足元には落ち葉が絨毯のように敷き詰められている。
家の壁は真っ白で綺麗に磨かれたガラスの一階と二階を合わせてか四個付いている。
ただ、これは正面だけなので、家の側面や裏面にはまだ窓が付いているかもしれない。
玄関は壁の白とは反対色の黒で、少し艶がある。
私の隣でリュウも懐かしそうな目でフィンの両親の家を見ており、頭の中でフィンとの思い出を色々と思い出しているようであった。
そして、リュウは一度だけ静かに目を閉じてから、意を決したようにその目を開く。

「フェザー、行こう」

「うん」

リュウは青い瞳で私を見ながら一言、私に言うと、右前足から一歩前に踏み出した。
私もリュウの後に続き、フィンの両親が住む家に向かって足を進める。
玄関の前まで辿り着いたリュウは前足を地から離し、二本足で立ち上がって玄関に取り付けられているインターフォンを爪の一本で優しく押す。
独特の電子音が私とリュウの耳に飛び込み、しばらく待つと、フィンと出会った時のように、玄関のスモークガラス越しにフィンの両親の影がぼんやりと浮かんでくる。
“はい”と一言女性の声が聞こえ、玄関がゆっくりと開く。
私とリュウの前に現われたのはフィンと同じ種族のガブリアス。ただ、フィンとはどこか雰囲気が違う。
彼女はどこか大らかな雰囲気を醸し出していた。
目の前に居る彼女がおそらくフィンの母親だろう。
玄関の内側に居るフィンの母親を見るなり、リュウは深く頭を下げた。
私もリュウに続き頭を下げる。

「……も、もしかして、リュウ……さん?」

「はい。お久しぶりです」

お辞儀をしてから顔を上げたリュウの頭を見たフィンの母親は、尋ねるようにリュウに言うと、リュウは直ぐに真面目な態度で答えた。
そして、“お久しぶりです”の言葉と共に、もう一度頭を下げる。
二回目のお辞儀には反応が遅れてしまい、私は頭を下げられなかったが、リュウの後ろに立ちながら、上目遣いでフィンの母親を見詰めていた。

「やっぱり、久しぶり。元気だった?」

「はい。お蔭様で。……その、今日は、お話がありまして参りました」

リュウは丁寧な話し方でフィンの母親と話を始める。
どうやら、まだ、私の出番は無さそうだ。
私は表情を変えること無く、リュウの後ろからフィンの母親を見詰めていた。
今はまだ、昔話をしているみたいだが、リュウは何時、フィンの話を切り出すのだろうか。
フィンの母親は微笑んでいる。
それに合わせているのか、リュウも確かに微笑んでいるのだが、無理をしているのは私にでも良く分かった。
こんな状況で、悲痛な知らせを言い出すのにはかなりの勇気が要るだろう。
おそらく、フィンの死を告げれば、微笑んでいるフィンの母親の表情を一変させてしまうだろうから。
私はそう思いながら、口を開く事無く待ち続けていた。

「リュウさん。後ろのお方は?」

フィンの母親の視線がリュウの体を避け、私に当てられる。
彼女と目が合った瞬間、私が小さく頭を下げると、フィンの母親も軽く頭を下げてくれた。

「彼女はフェザーって言います。……その、仲間です」

リュウが私の事をかなり簡単にフィンの母親に説明し、彼女は納得した様で、小さく頷いていた。
一応、リュウに紹介してもらったけれど、私からも自己紹介をした方が良いだろう。
そうでもしないと、なんだか失礼な気がするし。
私はリュウの横を抜け、失礼の内容に、態度を小さくしながらフィンの母親の前に立った。

「フェザーと言います。よろしくお願いします」

「私はファン。よろしくね」

フィンの母親にとっては二回目となるが、私は自分の名前を名乗った。
フィンの母親……ファンは初対面で緊張している私に優しく声を掛けてくれ、柔らかに微笑む。
これが……母親を言う物なのだろうか。
私が物心付き始めた頃に両親は事故で他界してしまっていたので、私は母親と言う物をあまり知らなかった。
いや、正確に言えば殆ど覚えていなかった。
リュウとの関係はキスをした時に思い出せたが、両親の事は未だに思い出せない事は多い。
覚えている事と言えば、旅行中に事故で死んでしまったと言う悲惨な事だけ。
ただ、その時の光景すら殆ど覚えていなかった。
でも、もしかしたら思い出さない方が良いのかもしれない。
今、私は軍と対立している。
こんな状況の中、悲惨な事故の光景を鮮明に思い出してしまったら、精神が不安定に成りかねない。
今は、自分の記憶よりも、軍の陰謀の阻止が優先すべき事。
あれこれ考えていてせいで、黙り込んでいた私に気を遣ってくれたのか、ファンが大らかな表情で私に一言、声を掛けてきた。

「どうしたの?」

「あ、いや、なんでもないです」

私は少し慌てながら、ファンに言った。
ちょっと失礼だったかな?
慌ててしまった際の恥ずかしさから、少しだけ顔が赤くなってしまっていた私に代わり、リュウが真剣な表情で前に出ると話を切り出そうとする。
やはり、全てを話す気なのだろうか。
私にだって責任はあるのだから、リュウの話に合わせて、頭を下げたりしないと。
フィンにも、そして、彼の母親であるファンにも失礼だ。
リュウは一度ファンから視線を逸らすと、話を切り出す準備が出来たのか、先程の会話の時とは打って変わり、かなり真剣な表情で口を開く。
リュウの変化にファンも気付いていたようで、なにか不安そうな表情を浮べていた。

「あの、今日はお話が有って来ました」

「……そう、じゃあ、玄関で話すのも難だから、入って頂戴」

「失礼します」

リュウはファンの後に続き、彼女の家の玄関を潜った。
そして、さらにその後に続き、私もファンの家の玄関をゆっくりと潜る。
玄関には物を掴めないガブリアスと言う種族用に、柄に爪を通すタイプの傘が綺麗に傘立てに立てられている。
私とリュウはファンの後に続き、その傘立ての横を通り過ぎて行く。
木目調の床に真っ白な壁紙に覆われた廊下を抜け、ファンは私とリュウをリビングに案内する。
なんだか、フィンの家に入った時の事を思い出す。
あの時フィンは、今、私達の前に居るファンの様に、私達を案内してくれた。
親子なだけに、やはり似ている所があるのだろうか。
でも、フィンの事を思い出すと、どうしても、正よりも負の感情が私の中に生まれてきてしまう。
これから、ファンにフィンの死を伝えなければならないリュウは、私よりも比べ物にならない位、負い目を持っているだろう。
リュウは何時も、フィンの事になると普段は明るい表情が僅かに曇る。
ずっと一緒に行動していただけに、私は何時の間にかリュウの微妙な表情の変化まで読み取れるようになっていた。








フェザー達がニックス町に着いた頃、ジャウが軍の秘密施設内の無機質な廊下を大股で歩いていた。
とは言っても、ジャウが普通のオーダイルなどに比べて巨体なだけに、それは他人から見ての事であって、彼は大股で歩いているなどは微意も無い。
ただ、すれ違う下級の兵士達は皆、ジャウに対して抱いている恐怖を隠せずに慌てて頭を下げて挨拶を行う。
その都度、ジャウは適当に脅えを隠せていない兵士達に適当な返事を返しながら、もはや、目と鼻の先に有る目的地に向かって足を進める。
ジャウが辿り着いたのはこの秘密施設内に付設されているスプーンの自室。
廊下を堂々と歩いていた先程とは打って変わり、いかにも軍人らしいきっぱりとした態度で扉の前に立ちながら、ジャウは扉を乱暴……では無く、静かに叩く。
そんな普段の様子からは創造が出来ないジャウの姿を始めて目にした兵士の殆どは目を奪われてしまう。
あのジャウが。と。
今日もまたは既にフェニックス計画に参加している兵士の推薦などでここに配属されたばかりの兵士が廊下の角で目を丸くしていた。
そんな兵士に目もくれず、ジャウはじっと返事を待ち続ける。

「入れ」

「失礼致します」

ふと聞えてきた声にジャウは一言返すと、幾多の命を奪ったかもしれない鋭い爪が並ぶドアノブを握ってそれをゆっくりと回す。
扉を開け、スプーンの自室に入る前にジャウは深く頭を下げると垂れた頭を持ち上げ、足を一歩前に踏み出した。
ジャウを見詰めながら、指の間を華麗に回転していた銀色に輝くスプーンを机の上にそっと置いた。
置かれたスプーンの曲面には沿ってジャウの姿が壁と一緒に映り込み、そのスプーンの横にスプーンは肘を付け、顎の下で手を合わせながらジャウと向き合う。

「呼び出しには何時秒足りとも遅れない。さすがだな」

「当然の事です」

「まぁ、確かにそうだな。それはさておき、我々の襲撃を回避した奴等はこれからどう行動すると思う?」

スプーンからの質問に、ジャウは態度を緩めず、毅然とした態度を維持したまま、間を開けず、直ぐに答えを口にする。

「我が部隊がアジトを調査した際、重要な情報などは全て処分されておりましたが、食料を始めとした生活用品などは大量に残っておりました。ですので、先ずは食料の調達などを行う可能性が高いと思われます。また、グレンが万が一、フェニックス計画の情報持っており、それを奴等に流していると予想も出来ますので、仕掛けてくる可能性も捨て切れません」

「そうだな、正しい答えだ。特に後者がな」

ジャウの答えを聞き、満足したような表情を一瞬だが浮べたスプーンは大きな机に付いていた肘を離すと回転椅子の背もたれに身を預け、白く色付いている蛍光灯を見上げる。
そして、ジャウの大顎に比べるととても小さな顎ゆっくりと動かしながら再び話を始める。

「問題は何処に仕掛けてくるかだ」

「?」

スプーンの放った一言にジャウは内心で首を傾げる。
仕掛けてくる場所など、この秘密施設以外にはありえない。
既に必要な分の鉱石の採掘は終わり、閉山した鉱山に仕掛けても何もありはしない。
つまり、他にフェザー達が仕掛ける理由がある場所など、ここ以外に存在はしないのだ。
ジャウはそう考えており、スプーンの発した言葉を理解する事が未だに出来ないでいた。
スプーンは言葉を中々返してこないジャウに蛍光灯から視線を移すと、テーブルに置いたスプーンを手に取ってそれを指の間に挟みながら、箆の部分をジャウに向ける。

「答えは鉱山だ」

「何故ですか?あそこは既に閉山されており、何もありません」

「確かにそうだな。だが、あの鉱山の情報はここに勤務する兵士にはあまり知られていない。一ヶ月ほど前、廊下でお前と鉱山についての話をしていた時、グレンが私達の横を通ったのを覚えているか?あの時は単に世間話のような内容だったから、私もお前もグレンを気に留める事は無かった。だが、鉱山の存在と場所だけなら、あの会話からでも推測は可能だ。
しかし、鉱山が既に閉山されているとはあの時言っていなかっただろ?。
つまり、奴等にグレンが情報を流していると仮定すれば、奴等は間違いなく鉱山に向かうだろう。理解出来たか?」

「……はい。理解出来ました。直ちに鉱山に兵を送り込みます!」

「頼んだぞ」

ジャウは足早に扉まで歩いていくと、部屋から出る前に入る時と同じ様に頭を下げてからスプーンの自室を後にした。
そして、ジャウは廊下を走りながら、普段、兵士達が待機している部屋まで急ぐ。
その姿にすれ違う兵士達は何事かと驚きながらジャウに慌てて頭を下げて挨拶を行う。
しかし、今のジャウは先程の様に返事は返さず、ひたすらに無機質な廊下に足音を忙しく響かせながら、階段を駆け上がり、地下一階から地上一階まで上がると、換気扇の回る廊下を駆け抜け、待機室の前に辿り着くと、壊れそうな勢いで扉を開けた。
突然、凄まじい勢いで扉が開いたので待機室で文字通り、待機していた兵士達は揃って驚く。
その中には、ジャウの部下であり、以前、フェザー達を襲撃したセツとダンも含まれていた。
ジャウは待機している兵士達の中から直ぐにセツとダンの二人を見つけ出すと、目で二人を呼んだ。
セツとダンの二人は直ぐに座っていた椅子から立ち上がり、駆け足でジャウの目の前に整列する。

「お前等、この前チルタリス共を取り逃がしたよな?……もう一度チャンスをやる。付いて来い」

「了解!」

セツとダンは揃って返事をすると、赤く大きな背びれが生えるジャウの背中を見詰めながら、無言で彼の後に付いて行く。
ジャウは閉まってしまった扉を幾多の命を奪ってきたであろう鋭い爪が並ぶ手で何時も乱暴に開けてそこ通り抜けると、廊下を普段より若干早いペースで歩き始めた。
上下左右に流れる灰色の壁や床を瞳に映しながら、三人は小会議室のような部屋に辿り着いた。
そこで、ジャウはセツとダンを椅子に座らせてスプーンからの支持を伝え始める。

「いいか、お前たち二人には鉱山に行ってもらう」

「鉱山……ですか?」

階級の関係で鉱山の存在すら知らないセツは、首を傾げながらジャウに聞き返す。
もちろん、ジャウも今のような反応が帰ってくるだろうと予測していたので、直ぐに鉱山についての説明を首を傾げているセツと瞳に闘志を燃やしているダンに始めようとする。
立ったままテーブルに体を支えるように右手を着け、何時に無く真剣な表情で口を開いた。

「あぁ、そうだ。お前等は知らないだろうが、フェニックスの材料である鉱石が採掘されていた鉱山だ……」

「ちょっと、待ってください!“されていた”って事は、もうそこには何も無いのですよね?……だったら、連中がくる筈が無いですよ!何故、そんな所に俺達を……!?」

突然、物音が小会議室に響くと、ダンの体がスッと天井に伸びる。
そして、彼は今まであまり細かいところには気付かない性格だが珍しく会議中に意見を述べたのだ。
それも、ジャウの話を途中で切ってまでだ。
その行動に兄であるセツは慌てながらも黙ってダンを黙らせて椅子に座らせる。
ダンとは打って変わり、冷静な性格であるセツは礼儀を弁えており、ダンの行動がジャウに対して失礼だと即座に判断した為であるからだ。
そんな二人のやり取りをジャウは一瞬睨んだが、何事も無かったかのように話を再会した。

「……場所はニックス町付近だ。奴等を見つけ次第全員消せ。もし、捜索しても誰も居なかった場合は本部に連絡して指示を待つ」

「了解しました。……それと、ジャウ隊長も行くのですか?」

立ち上がり、両腕を脇に揃えながら快い返事をしたセツは、なにを思ったのか、最後に一つだけジャウに質問した。
ジャウは質問をしてきたセツと、彼の見様見真似で立っているダンに目を向けると、首を縦に振って彼等に並んだ鋭い牙を覗かせる。

「あぁ、当然だ。これで奴等とケリをつける」

「了解」

「了解」

ジャウから帰ってきた答えに、二人は一言、“了解”とだけ返した。
ジャウは、セツとダンの二人が自分に何か不満でも抱いているのかと僅かに疑ったが、今は、スプーンから出された指示を実行することが最優先と判断し、二人に何も言わなかった。
一方、セツとダンの二人は内心、決着を付けるのなら、自分達二人で行きたかったのでジャウが同行することに多少の不満があった。
しかし、心強いといえば、心強い。
ジャウはこの極秘部隊のなかでも群を抜いて実力がある。そんな彼が同行するのだから、今回の作戦の成功率は格段に上がるだろう。
けれど、やはり彼等からすれば自分が逃した獲物は自分で片付けたかった。
そんな想いを背負いながら、セツとダンの二人はジャウに付いて行く。
地下から地上に通じる階段を一段一段上がり、三人は日が射す地上に身を曝け出した。
ただ、空の彼方には怪しい灰色の雲が見え、冷たい風が撫でるように彼等の間を抜けていく。
ジャウは首を回し、後ろに居るセツとダンの二人を視界に入れると、低く太い声で一言呟く。

「行くぞ」

セツとダンは無言で頷き、駆け出したジャウの背中を追って行った。









「……そう、息子が……」

衝撃の事実をリュウから知らされたフィンの母親であるファンは、がっくりとうな垂れながら途切れそうな声で呟いた。
やはり、ショックは大きいのだろう。実の息子がもう、この世界から入なくなってしまい、もう、会話も出来なくなってしまったのだから。
リュウは床に伏せながら何度も何度もファンに頭を下げていた。
これが俗に言う土下座と言う物だろう。
私もリュウの見様見真似だけれども、床に伏せながらファンに頭を下げ続ける。

「少し、時間をください」

ファンはそう私とリュウに言ってから座っていた椅子から立ち上がると、奥の部屋に入って行き、そこの扉を閉めてしまった。
しばらくして、そこから微かに私の耳にすすり泣く声が聞こえてきた。
付き合いが短かった私だってフィンの死は辛い、しかし、彼女はもっと辛いであろう。
ファンが居ない間もリュウはずっと頭を深く下げていた。
きっと、自分が出来る最大限の謝罪だろう。
それに比べて私は、ただ、ファンのすすり泣く声に悲しみを覚えているだけであった。
……どれだけ時間が経っただろうか。
ようやく、ファンが奥の部屋から出てきた。
その顔に涙はもう無かったけれど、跡はしっかりと残っている。
私とリュウは彼女が扉を開けた瞬間に今一度深く頭を下げた。

「頭を上げて。貴方たちに責任なんて無い。……でも、一つだけ約束してください。息子の……フィンの死を無駄にはしないで」

「はい」

ファンは私とリュウに向かって小さく、しかし、どこか力強く言った。
それに対し、私とリュウは揃って返事をすると同時に、大きく頷く。
ファンの言う通り、私達は決してフィンの死を無駄にしないように……いや、決して無駄になんてしない。
フィンの為にも、そして残された遺族の方々の為にも、フェニックス計画を阻止し、この世界を平和にする。
最後に私とリュウはもう一度ファンに頭を下げ、彼女の家から出た。
辛かったけれど、きっとこれで良かったと思う。このままフィンの死を隠し続けるなんて私には出来なかったから。それに、リュウも私と同じ気持ちだろう。
彼女の家に入る前のリュウと今のリュウは表情は変わっている。
そう、決意に満ちた真剣な表情に。
その時だった。
突然、私が見につけているポーチの中から篭った声が響いてきた。
私は慌ててポーチの口を開け、その中は入っている無線機を取り出すと、その声に耳を傾ける。
前を向いていたリュウも私の方に振り返り、私が持っている無線機に視線を合わせた。

「フェザーさん。鉱山の正確な位置が分かりました。今、何処に居ますか?」

無線機のスピーカー部分から流れてくる声……イーブイの声を聞いた私はとりあえず周囲を見回す。
しかし、ここに来たのは初めてなので、回りを見回した程度では位置が掴めなかった。
そんな私に代わり、リュウが無線に口を近付けて、彼の質問に答える。

「北十二番街だ。そっちは?」

「え~と、地図によれば、南四番街です」

無線機から畳まれた紙を広げる音が響き、少し経ってから再びイーブイの声が聞こえてくる。
私は無線機をリュウに向けながらただ、その場に立っていた。
リュウはその無線機に口を近付けながら、一言呟く。

「直ぐに行く」

リュウが無線機から口を離すと、今まで微かに入っていたノイズが途切れた。
向こうから通信を切断したのだろう。
私は持っている無線機をポーチにしまうと、リュウと顔を合わせ、頷く。
そして、二人揃って町中を走り始めた。
ある程度この町を知っているリュウは地図も見ずに何度も路地を曲がる。
私はただ、遅れないようにと考えながら彼の後を追って足を忙しく動かしていた。
稀にすれ違う通行人は何をそんなに慌てているのだろうか。とでも言うように私達に軽く目を向け、直ぐにその目を逸らす。
しかし、その度に私は彼等が軍の追っ手ではないのかと思ってしまい。体に自然と力が入るし、二階の窓から顔を覗かせている人を見れば、正直、背筋に違和感を覚える。
後ろからだと分かりにくいがリュウも私と同様に周囲には十分警戒しているだろう。
走り出したから数分。私とリュウは息を軽く切らしながらもグレン達の姿を視界に捉えることが出来た。
彼等も私達に気が付いたのか、手を振って合図?を送ってくる。
ゆっくりとペースを落としながら、私とリュウはグレン達の前に止まった。

「……確かな情報なのですか?」

上がった意気を整えながら、リュウがデイに聞く。
デイは何時も通りの落ち着いた感じで後ろ足を曲げてその場に座りながらリュウの質問をしっかりと聞いている様子。
いや、それにしても美しい。様相と言い座り方と言い。もはやモデル級だ。……ってなにを考えているんだ私は。
デイは小さなバックの中から丸められた地図を取り出し、それを前足を器用に使って地面の上に広げると、同じく前足で私達が今、居る場所を指差した。

「今、私達がいるのはここ。で、問題の鉱山はここから大体二キロ程東に行った場所にあるらしいの。でも、既に閉山されていて立ち入り禁止らしいわよ。どうする?」

グレンが私とリュウに順番に両の瞳を向けながら尋ねてくる。
もちろん、答えは一つだ。
行くしかない。閉山されているとしても、何か情報を入手できる可能性は非常に高いと言えるし、既に閉山されているなら軍の兵士が居る可能性は低くなる。
返って好都合かもしれない。

「もちろん。行きます!」

「フェザーに同感です」

「そう言うと思ってた」

私とリュウの答えを聞いて、デイは軽く微笑みながら一言呟いた。
そうと決まれば話は早い。さっさと鉱山に行って、捜査を行おう。
きっと何か情報を掴むことが出来る筈だ。
そうすれば、また一歩、軍の陰謀の阻止と言う私達の目標に近づく事が出来る。

「みんな行こう」

私はリュウ、グレン、デイ、イーブイの四人に声を掛けた。
そして、先頭に立って地図を頼りにしながらニックス町を歩き出す。
空は相変わらず青く、雲は見る限りでは一つも無い。真上に居座っていた太陽は何時の間にか傾き始め、西に向かって高度を落としている。
ここから鉱山までは大体二キロと言っていたが、簡易アジトからこの町に来るまでの道のり比べれば大した事は無いだろう。
私の後ろを歩く皆は周囲に目を光らせ、敵……軍の兵士が居ないかを警戒している。
私も彼等を見習わないと。
何時何処から攻撃されるか分からないのだし。
町を抜けると直ぐに整備された道は神隠しにでも遭ってしまったかのように消えて無くなり、足元を岩が埋め尽くす。
私達はそんな岩に囲まれながら、地図を頼りに只管に歩き続ける。
少し歩くと私達の横には干乾びた川が無言で佇んでおり、皹の入った川底を曝け出している。
列から二番目、つまりは私の後ろを歩いているリュウがふと、立ち止まった。
そして、干乾びた皮をじっと眺め始める。

「どうしたの?」

「あ、いや……昔俺が来たときはこの川は綺麗な水が流れててな。数年でこんな風に干乾びちまうなんて」

そんな事か。私は心の中でそう呟いた。
てっきり軍の兵士でも見つけたのかと思って神経を尖らせてしまっていたから少し安心。
最後尾を歩くグレンやデイも私と同じ事を思っていたようで入っていた肩の力を抜いていた。
リュウは依然として、不思議そうに干乾びた川を眺めている。
おそらく、水源が途絶えてしまったか、この先にダムか何かを作って人工的に塞き止めたかだろう。
まぁ、今の私達には関係の無い事だし、何時までも干乾びてしまった川を眺めている訳にはいかないから出発するとしよう。
本来はリュウがリーダーなのだけれど何故か私が皆を指揮り、列の先頭に立って歩き出す。
しばらく干乾びてしまった川に沿って歩いていくと、ようやく目的地である鉱山の入り口が見えてきた。
遠くからで少し分かりにくいが、入り口周辺にはフェンスが設置され、“KEEP OUT”と書かれた看板がそのフェンスにぶら下がっている。
私達はそこに駆け寄り、先ずは周囲の警戒を行う。
周囲に無数に存在する大きな岩の陰や、上空など、軍の兵士が隠れていそうな場所はとりあえず洗いざらいに調べたが、特に問題は無さそうだ。
後はこのフェンスを突破すれば良いのだが、どうするか。
フェンスには鍵が掛かっていて開けられないし、私はピッキングの技術なんて持ち合わせていない。
翼を組、頭を傾けながら策を練っている私をよそに、リュウが私の前に出てくる。

「ねぇ、どうやって開けるつもりなの?」

「簡単な事だって。ぶっ壊せばいいだけだ」

私の質問にリュウはさらりと答え、閉じた口の隙間から紅蓮の炎を漏らし始める。
前足、後ろ足、その両方を開き、大きく身構えて首を大きく後ろに引いた。
そして、その首を前に突き出すと同時に口内から燃え滾る巨大な火球を吐き出す。
吐き出された火球は一瞬でフェンスまで到達し、凄まじい爆音と共に大の字に広がった。
真っ赤な大の字によってフェンスは簡単に破壊され、“KEEP OUT”と書かれた看板は煙を上げながら地面に落下する。
少々強引な方法ではあったが、とりあえずフェンスは破壊出来た。
結果良ければ全て良しって事にしておこう。
棒立ちしている私達の前で、リュウが今度はハイドロポンプで燃えているフェンスを消火している。
空に浮かぶ雲を連想させる白い蒸気が周辺に立ち込め、盛んに燃えていた炎はどんどん小さくなって行く。
完全に消火され、蒸気が晴れた頃には黒焦げになって崩壊したフェンスだけが残り、閉ざされていた鉱山の入り口が私達を待っていかのように大口を開けている。
中は当然ながら真っ暗で懐中電灯などの光源が無ければ何も見えないだろう。
正直、少し怖い。
私達はそんな入り口をしばし眺め、互い顔を見合わせる。
私も含め、誰も足を前に出そうとしない。
理由は一つだ。こんな不気味な場所に入る際に先頭で行きたくは無い。
でも、結局は誰かが行かなければ始まらないので、ここは勇気を出して私が先頭になろう。
私が口を開けて声を出そうとしたその瞬間、リュウが先に声を上げた。

「俺が先頭で行く」

「さすがリュウさん!勇気有りますね」

「だろ」

直ぐそこまで来ていた声を押し戻している私の横で、グレンが安心したような表情でリュウに声を掛けている。
それに対し、リュウは誇らしげな表情を浮べながら一言呟いた。
普段はあまり自分を褒めたりはしないので、多分ジョークか何かだろうけれど。
その後、直ぐにリュウの目付きは変わり、真っ暗な入り口を睨む。

「よし、行くぞ」

「うん」

リュウが振り向かずに一言私達に向かって声を掛け、前足を一歩前に踏み出す。
それに続き、私やグレン達も足を前に踏み出した。








18話に続きます。


PHOENIX 18 ‐激突‐


あとがき
最近忙しいのとネタ切れで執筆が進まなかったのですが、GWという事でなんとか執筆できました。
遅筆で申し訳ないです。

つまらない駄文を読んで頂きありがとうございました。
差し支えなければ誤字、脱字の指摘や感想などを頂きたいです。




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Last-modified: 2010-05-07 (金) 00:00:00
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