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PHOENIX 14 ‐刺客‐

/PHOENIX 14 ‐刺客‐

PHOENIX
作者 SKYLINE
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※本話には流血表現が含まれております。苦手な方はご注意ください。

14話 刺客

寂れた狭い裏路地を、高い衝突音が駆け抜ける。
リュウは私達を襲ってきた者の攻撃を爪で受け止めると、その場で襲撃者と見合った。
私やグレン達もようやく襲撃者の様相を確認する事ができ、リュウと見合っている者を目を鋭く尖らせて睨み付ける。
全体的に緑色をした体。背中から突き出る様に生えた二枚の羽、そして、手と一体化したまるでアーチ橋の様に鋭く反った鎌。
……ストライクだ。
襲撃者のストライクの胸では、軍のバッジが太陽から伸びる陽光を反射して眩しい程に輝いている。
リュウの爪とストライクの鎌は、鋭利な物同士がぶつかる際のあまり耳に優しくは無い摩擦音を立てながら押し合い、両者とも一歩も引かない。

「よく、俺が隠れている場所が分かったな」

ストライクは戦いを楽しんでいる様な不気味な笑みを浮べながらリュウに向って言う。
その発言に対し、リュウは無言でストライクの鎌と押し合っている前足の力を強める。
だんだんとリュウの爪の方がストライクの鎌を押し始め、その事にストライクは少しばかり焦った様な顔になると、直ぐにその場からバックステップで身を引いてリュウと間合いを取った。
私達から間合いを取っているストライクは視線をリュウからこちらに向けてくると、突然先程以上に、口元が緩くなる。

「お!臆病者のグレンじゃねぇか。久しぶりだな。お前、軍を裏切ったんだって?……どうなるか分かってんのか?」

ストライクの声にグレンは僅かに目を見開き、体をブルッと震わせると数歩後ろに下がり、
ストライクから目を逸らす。
少し脅えているのだろうか。
私もデイも、グレンの動揺に気が付いていない訳ではなかった。
私とデイは振り返って後ろに居るグレンに視線の先を向けると、彼女の代わりに私がグレンに問い掛ける。

「ねぇ、知り合いなの?」

「は、はい。軍に居た頃の……先輩です」

やはりグレンはストライクに脅えているのか、小刻みに体を震わせながら私の質問に答えてくれた。
そして、彼は抑える事の出来ない震えと戦いながらも、私達に説明を続ける。

「アイツにはハッサムの兄が居るんです。何時も二人で行動していましたから、多分、兄のハッサムが今もどこかに隠れると思います。周りに注意してください」

「わかったわ」

デイがグレンの方に顔を向け、彼の注意に返事をしながら頷いたその瞬間。
私は何かの気配を感じて素早く空を見上げた。
青い空と白い雲をバックにして、そこには不釣合いな黒い影が徐々に大きくなってくる。
敵。
この状況ではそう判断するしかなかった。
飛び降りて来た者はデイの直ぐ後ろに鈍い音を立て、地面に皹を入れながら着地すると、赤く、大きくな鋏状の腕が空に聳え立たせる。
……ハッサムだ。
グレンの言っていた事は正しかった。
おそらく、グレンが私達に情報を教えてくれたので、隠れていても無駄と判断して攻撃に転じてきたのだろう。
私に少し遅れ、デイもその存在に気が付き、突然の出現に驚いて目を見開きながらも素早く振り返ろうとする。
しかし、背後を取られている上に、既に攻撃の準備が出来ているハッサムの攻撃をかわす事は例え、彼女でも不可能と言っても過言ではない状況にあった。
彼女の状況は絶対絶命。
もはや自分の力ではどうにも出来ない状況に追いやられていた。それも、たった数秒で。
今、正にデイに向かって巨大な鋏状の腕を振り下ろそうとしているハッサムの実力の高さは目に見えて分かる。
もう、仲間を失いたくは無い。
私はその思いから、一心不乱に飛び出して素早くデイとハッサムの間に割って入る。
そして、彼女を守る様に身構えながら両翼を組んで防御体制を取ろうとした。
しかし、私の思っていた以上にハッサムが本来、デイに向かって繰り出した技……“切り裂く”の速度は速く、翼を組む前に私の前面をハッサムの鋏が襲った。
表現出来ない程の激痛が体中を駆け抜け、私の体から飛び散った赤い飛沫は瞬間的に視界を遮ると、水滴となって周囲に飛散する。
私はハッサムの繰り出した“切り裂く”をまともに受けてしまい、体の前面には斜めに一本の赤い線が絵でも書いたかの様に刻まれてしまった。
防御を取る為に全身に入れていた力は呆気なく抜けてしまい、私は傷口から流れる血と共に地面に倒れ込んでしまった。
激しい痛みで思うように体は動かず、その場から動けない私を中心にして地面は赤く染まっていく。

「フェザーさん!!」

「フェザー!!」

グレンとリュウが同時に私の名前を叫ぶ。
しかし、その声が聞えたのも束の間、ハッサムは倒れている私に容赦なく次なる攻撃を仕掛けようと、今度は鋏を硬化させて大きく振りかぶる。
だが、空かさずデイが私の体を引き、間一髪でハッサムの繰り出した“メタルクロー”の攻撃範囲から私を退ける。
空振った“メタルクロー”は私の代わりに地面を襲い、轟音と共に砕け散った地面の破片や砂が踊る様に周囲に弾け飛ぶ。
ハッサムは負傷して自力では中々動けない私を引っ張っている無防備なデイに狙いを定め、大きく跳躍した。
そして、今度は空中で腕の鋏を硬化させると、急降下しながらデイと私に向って再び“メタルクロー”を繰り出してくる。
ハッサムの“切り裂く”で受けた傷が深いのか、私は既に意識が朦朧としていたが、デイの顔が引きつっているのが微かに見えた。
私やデイがもう駄目だと悟った瞬間。
私達の左斜め後ろの辺りから紅蓮の炎がハッサムに向って噴射され、私達の体を赤く照らしながら、まるで生きているかの様にハッサムに襲い掛かる。
ハッサムは迫り来る炎に気が付くと、背中の羽を動かして素早く、そして華麗に炎を回避して間合いを空けた。

「デイさん!ここは俺とリュウさんでなんとかします!だからフェザーさんを連れて早く逃げてください!」

「わかったわ」

私達のピンチを救ってくれたグレンの言葉に直ぐにデイは返事をすると、血で所々赤くなった私を引きながら戦場と化したこの裏道から一目散に逃げ出す。
痛みに耐えながらも意識を保っている私の霞む視界には襲撃者の二人と交戦しているリュウとグレンの姿。
耳からは私を運ぶデイの息が微かに聞える。
二人とも無事で居て欲しい。
負傷している私が言える事ではないかもしれないが、私は朦朧とする意識の中でリュウとグレンの無事を祈っていた。
デイは一先ず、私を先程の裏道から少し離れた場所まで運ぶと、物陰に隠れて周囲を警戒してから私の傷口に目をやった。
そして、彼女は深刻そうな表情を浮べる。
その表情を見たのを最後に、私の意識は儚くも失われてしまった……








デイが負傷したフェザーを運んだ後、裏路地ではリュウとグレンが軍の兵士であるストライクとハッサムの二人と交戦を続けていた。
リュウがストライクの相手をし、グレンはハッサムと対峙している。
リュウの鋭い爪とストライクの反った鎌がぶつかる度に細い裏路地には高い衝突音が木霊し、常人の目ではまるで捉えられない様な素早い戦闘が展開されていた。
ストライクは両手の鎌をまるで手の様に自在に操り、時には上から、時には下や横からと予測が出来ない攻撃でリュウを翻弄しようとし、さらに判断する時間や休む時間を与えない。
リュウは気持ちを落ち着かせ、冷静にストライクの動きを右目で追いながら、全ての攻撃を前足に並んだ鋭い三本の爪で相殺したり、ギリギリのタイミングで体を反ったりして避けていた。
しかし、時間が経つに連れてリュウは防戦一方になり始め、徐々に後退してしまっている。
つまり、状況はストライクが自身の思惑通りにリュウを押しているのだ。

「防戦一方だな!少しは反撃したらどうだ!?……張り合いが無くてつまんねぇだよ!!」

「…………」

ストライクは攻撃の手を緩める事無く、切れ味抜群の鎌をリュウに向けて振り下ろす。
それに対し、リュウは無言のままストライクの攻撃を避け続け、一向に口を開かない。
左目を失明してしまっているリュウは、まだ完全にこのブランクを克服出来ておらず、苦戦を強いられている為に敵の会話に付いていく余裕が無いのだ。
トリッキーで先が読みにくい連続攻撃を冷静に見切っているのだが、やはりこのままではいずれ、鋭い鎌による攻撃を受けてしまうだろう。
リュウの顔に焦りの表情が意志に反して現われ始めた頃、ストライクが両腕を高く振り上げ、二本の鎌を同時にリュウに振り下ろす。
ストライクは連続攻撃の中で注意深くリュウの表情を観察しており、今のリュウの表情からスタミナを消耗し始めているだろうと判断し、力任せに押し切ろうと考えていた。
しかし、リュウはこの瞬間を待っていたかの様に後ろ足に力を入れて踏ん張り、右前足で水平斬り*1を繰り出し、縦に振り下ろされる二本の鎌を繰り出した“水平斬り”で同時に相殺すると、姿勢を低くして流れる様な動きでストライクの懐に向かって空いている左前足でアッパーする様に下から上に向って威力よりも速度重視の“ドラゴンクロー”を繰り出した……
一方、グレンはストライクの兄であるハッサムと熾烈な戦いを続けていた。
タイプ的にはグレンの方が明らかに有利なのだが、長期戦に持ち込まれ始めており、グレンの繰り出す“火炎放射”は毎回ハッサムの繰り出した“影分身”によって生まれた分身にばかり命中し、一向に本体を捉える事が出来ない。
さらに、攻撃後の隙を狙われて何度もハッサムの反撃を受けてしまいそうになった。
連続攻撃を回避し続け、当りもしない“火炎放射”を無闇やたらと連発していたグレンは既に息が上がっており、ハッサムが自らの分身に紛れて仕掛けてくる攻撃を回避するのがやっとの状態。
もはや反撃するチャンスも無ければ、力さえも彼には殆ど残されていなかった。

「グレン。俺達の仲間に戻れ。ジャウ隊長には俺が説得してやる」

「え?」

突然、分身の群れの中から思いも寄らぬ言葉をハッサムから掛けられ、分身を睨んでいたグレンの両の目は大きく見開く。
そして、彼の中で過去の記憶が瞬間的にではあるが蘇る。
……グレンが軍に入りたての頃、リュウと戦っているストライクは毎日の様に彼を虐めていたが、ストライクの兄であるハッサムはグレンにちょっかいを出して来る事は無かった。
決して、虐められている彼を助けてくれた訳でも無いが、その頃のグレンにとっては何もしてこないだけでもその人が味方にすら見えていた。
しかし、どんな理由があれど、今のグレンに気持ちの変化は全く無かった。
もう、腐りきった軍には戻らない。
例え、どんな困難に遭遇しようともフェザー達に付いて行く。
グレンは軍を裏切ると決めた時に抱いたその決意を改めて確認すると、叫ぶ様にハッサムに言い放った。

「俺は、もう軍には戻らない!!」

「……そうか、残念だ」

グレンの返答を聞いたハッサムは一言小さく呟くと、作り出した分身達と同時に両手の巨大な鋏を持ち上げて身構えた。
グレンもハッサムが身構えるのと同時に再び身構える。
ハッサムは再び“影分身”を繰り出し、自らの分身をさらに増やすと、グレンは背中から炎を噴射しながら閉じた口の隙間から炎を漏らし始める。
グレンは数の多い相手に対応する為に、一点に集まっている今の内に首を横に振って並んでいる分身を一層しようと狙っていた。
だが、“火炎放射”の発射よりも早く、死角から襲ってきたハッサムの右の鋏がグレンの喉元を掴み、彼を軽々しく持ち上げる。
グレンは前足で硬いハッサムの鋏を叩きながら、後ろ足をバタつかせて抜け出そうと必死にもがく。
しかし、もがけばもがくほど首を絞める力は強くなっていき、気管が圧迫され、呼吸が困難になってくる。
既にグレンの顔には苦しみの表情が現われはじめていた。

「最後にもう一度チャンスをやる。軍に戻れ。そして、奴等の情報を俺達に教えるんだ」

「うぅ……」

グレンはかなり苦しそうな表情を浮べながらも、掴まれている首を横に振ろうとする。
ハッサムはグレンが首を横に振ろうとしたのを彼の首を掴んでいる鋏から感じたのか、残念そうに一言呟く。

「そうか、やはり断るか……では、ここでお別れだ」

ハッサムはグレンの首を掴んでいる鋏に力を込め、さらにグレンの首を締上げようとした。
しかし、その刹那。
グレンの背中から勢い良く炎が噴き出す。
タイプ的に炎が大の苦手なハッサムはその高温に耐えかね、グレンを鋏む力を一瞬だが緩めてしまった。
その一瞬の隙をグレンは逃さず、背中から炎を噴射したまま、体を回転させ始めた。

(火炎車か!?)

ハッサムがそう思ったのとほぼ同時に、グレンは目と鼻の先に居るハッサムに向って体を回転させながら突っ込む。
間一髪でハッサムは身を左に反らしてグレンの“火炎車”を回避したが、彼の右腕の鋏からは煙が上がり、鼻を突く焦げた臭いがハッサムの回りに煙と共に漂っていた。

「はぁはぁ……く、くそ」

“火炎車”の勢いを利用してなんとか間合いを開けたグレンはまだ苦しいのか、息は荒い。
ハッサムは煙が上がっている自分の鋏に一度目を向けると、直ぐに視線の先にグレンを捉える。
そして、地面にしっかりと二本の足を付け、身構えるとグレンに向って走り出した。
グレンは直ぐに迎え撃つべく構えを取るが、予想以上にはハッサムの素早さが早い。
自身の素早さを格段に向上させる技“高速移動”をいつの間にか使用されており、ハッサムとは思えない速度で彼はグレンに接近してくる。
だが、突然グレンの耳に鈍い音が聞えると、ハッサムの姿が彼の視界から消え去った。

「え!?」

グレンは何が起きたのかと焦りながらも周囲を見渡すと、少し離れた場所にストライクとハッサムの二人が仰向けで倒れていた。
そして、ストライクに至っては、腹部に三本の傷があり、全身がずぶ濡れである。

「グレン!煙幕だ!!」

ストライクとはハッサムの二人が倒れているのとは反対の方向からリュウの声が聞こえ、その声でグレンは我に返ると、指示されたと通りに倒れている二人に向って慌てながらも出せる最大限の煙幕を繰り出した。
視界を完全に遮る黒煙と嗅覚を鈍らせてしまう様な煙の臭いが裏路地に一秒も経たずに広がり、その直後にリュウがグレンの元まで、駆け寄ってくる。

「よし、逃げるぞ!」

「はい!」

リュウとグレンは直ぐにこの裏路地から行方を晦まし、黒い煙幕が風に流されて晴れた頃には、裏路地にリュウとグレンの姿は無く、ストライクとハッサムの二人の姿しか残されていなかった。
ハッサムはゆっくりと立ち上がると、負傷しているストライクに鋏を伸ばし、彼の鎌をグレンの首を掴んでいた時とは正反対に優しく掴むと、そのままストライクを引き起こす。

「ダン。大丈夫か?」

ハッサムの掛けた言葉が耳に届いていないのか、ストライクは返事もせずに顔を顰めながら周囲を見回し、行方を晦ましたリュウとグレンの姿を捜す。
だが、彼の視界にあるのは電柱や街頭、そして細い道だけ。

「セツ。奴等は!?」

「逃げられた。……負傷しているな。強かったのか?」

ハッサムはリュウとの戦闘で負傷した弟のストライクを見ながら呟いた。
ストライクは顔を痛そうに顰めながら傷口を押さえ、ハッサムを見ながら地面に落ちていた拳程の小石を蹴った。
誰の目から見ても、ストライクがイラ付いているのははっきりと分かる。
当然、彼と兄弟と言う関係上、付き合いの長いハッサムには嫌でも理解出来ていた。

「あぁ、最初は良かったんだが、一瞬の隙を突かれてドラゴンクローを喰らってよ。その後は追撃のアクアテールだよ。畜生、油断しすぎたぜ」

ハッサムはストライクの愚痴を聞くと、納得したような表情を浮べながら何度か軽く頷く。
先程から雨も降っていなければ水源の無いこの場所で何故ストライクが濡れていたのかが気になっていたからだ。
ストライクは妙に納得している実の兄に少々の不満を抱いたのか、再度顔を顰めると、傷口からポタポタと血が流れているのにも拘らず、背中の羽を羽ばたかせて大空に飛び立った。
ハッサムも彼に続き、羽を羽ばたかせて戦場と化していた裏路地から飛び立つ。
二人の姿が無くなったと同時に、この裏路地は何時も通りの寂れた裏路地へと戻り、捨てられた新聞紙や煙草の吸殻が風に乗って地面を転がる。
そして、フェザーの血やストライクの血も、時の流れと共に地面に消えて行った……








私が目を覚ましたのはとある薄暗い洞窟の中だった。
そして、目を覚ますと同時にでしゃばってデイを守ろうとした際に受けた傷から痛みが伝わってくる。
私は顔を少しばかり顰めながら周囲を見回すと、傍らには蹲っているリュウが居た。

「大丈夫か?」

私に気が付いたリュウは床に敷かれた布団の上で仰向けになっている私に優しく声を掛けてくれ、心配そうな表情を浮べながら私を見詰めている。
私はリュウを心配させまいと、無理にでも笑顔を見せながら起き上がった。
ハッサムの攻撃で切り裂かれた所には幾重にも包帯が巻かれ、しっかりと止血されている。
おそらく、医術を習った事のあるデイが巻いてくれたのだろう。
後で、お礼を言った方が良いか。
それにしても、ここはどこなのだろうか。
洞窟……なのは分かるのだが、それ以外は何も分からない。

「うん、大丈夫。それより、ここは?」

私は薄暗い周囲を見渡しながらリュウに質問した。
リュウは私と同じようにこの部屋をグルリと見回すと、そわそわしている私とは反対に落ち着いた様子で話し始める。

「ここは傭兵隊ブイズの避難所。さっきみたいに襲撃に会った時に使う所らしい。場所はブイエイト町からジェローニア国側に南下した所にある山脈の麓だ」

私が意識を失ってから結構な時間が経ったのだろう。私の記憶が正しければ、リュウが説明してくれたここはブイエイト町から結構な距離がある。
私を運ぶのにも時間がと労力を掛けただろう。ここまで私を運んでくれたであろう皆にも礼を言わなければ。後、治療してくれたデイにも。
私はそう思い、座っている状態から起き上がろうとする。
しかし、直ぐにその行動はリュウによって阻止されてしまった。

「あ、まだ動くなって」

リュウはそう言って立ち上がろうとした私を半ば強制的に座らせると、自身も腹を床に付けて座り込む。
そして、自分の前足を私の前に持ってくる。
私の視界のほぼ中心に移っているリュウの前足には一本の透明な管が刺さっており、その中を赤い液体が流れている。
そして、私がその管を目で辿っていくと、なんと、自分の翼に繋がっていた。
空いている左翼で綿毛の様な羽を掻き分けると、地肌の部分にその透明の管は刺さっており、テープで固定されている。
一体この管はなんなのだろうか。
私はそんな疑問から首を傾けて二本の鶏冠を揺らしながらリュウに尋ねてみた。

「この管は何?」

「輸血だよ。フェザーの出血が予想以上に多かったらしいから、血液型の同じ俺が血を少し分けてるって訳」

「……あ、ありがとう」

リュウの説明を聞いた私は繋がれている管を眺めてから視線をリュウに戻すと、礼を言った。
なにせ、こんな私の為に大切な血を分けてもらっているのだから。
それだけで大感謝なのに、輸血中という事もあるが、私の側に付きっ切りで居てくれる。
リュウは妙に真面目な表情で私から礼を言われたので、少し戸惑うように恥ずかしがっていた。
リュウの説明で事の経緯を全て理解した私はゆっくりと布団に身を預け、じっとする。
輸血中にあまり動き回るのは良くないという事ぐらいは私にでも分かるからだ。
私が横になった直後、リュウが何かを思い出した様に“あっ”と一声上げ、横になっている私を見ながら鋭い牙が付いた口を開いて話し始めた。

「そういえば、デイさんが礼を言ってたぞ。本当にありがとうって」

「え?デイさんが?」

「あぁ、フェザーが庇ってくれなかったら私は死んでいたかもしれないってな」

リュウは腹を岩肌に付けて座り込みながら首だけ上げて私に話した。
正直、私は大した事をした訳では無い。
むしろ、傷を負った私を安全な場所まで運んでくれ、さらにこの傷の手当てをしてくれたであろうデイには私が礼を言いたいくらいである。

「でも、私は感情的になって結局、皆に迷惑掛けちゃったし」

また皆に目迷惑を掛けてしまった事で罪悪感に駆られている私は俯きながらそう言うと、リュウは座った上体から立ち上がり、前足で私の肩……翼の付け根を優しく叩いた。
私は俯いていた顔をフッと上げ、リュウを見ると、彼は明るい表情で私に目を合わせている。

「そんな気にする事じゃないって、無感情で動くだけだと只のロボットじゃないか。俺達生き物には感情が備わってるんだ。怒りとか、悲しみとか、その他諸々の。
だから感情で動くのが必然。誰もフェザーが迷惑だなんて思っていないさ。それにフェザーはデイさんの命を救ったんだぞ。もっとポジティブに考えろって」

「……うん」

リュウは私を気遣う為に言ったんじゃない。おそらく、本気でそう思っているのだろう。
彼の話し方や表情を見れば、言わずともそう感じられる。
私が間違っていたのかもしれない。
馬鹿みたいに自分に責任を感じ、それを何時までも引きずって自分を責め続ける。
リュウの言う通り、私はもっと前向きになるべきなのだろうか。
私は布団を眺めながら内心で考えていた。
そして、そのせいで無口になってしまっていた私の鼓膜を突然リュウの声が揺らす。

「よし、時間だ。これで輸血終了」

リュウは明るい声でそう言うと、先ずは自分の腕に刺さった注射針をゆっくりと抜き、そこにガーゼを押し付けて医療用のテープでガーゼを固定する。
次にリュウは私からも優しく、そしてゆっくりと抜き、注射針が刺さっていた箇所にガーゼを当ててテープで固定した。
ただ、チルタリスである私の翼はふわふわの羽で覆われているので、少しやりにくそうであったが。
リュウは私のガーゼを押さえながら、しばらくはじっとしている様にと念を押し、先程の管などを片付けると小部屋ほどのこの空間から出て行ってしまった。
この時代にも拘らず、この洞窟内を照らすのは古風なランプだけ。
ぼんやりとした淡い赤が私の体を照らし、後ろの岩壁に揺れ動く私の影を映し出している。
私はリュウに言われた通りにこの布団の上でじっとしながらランプの中で燃える炎を見詰め、リュウが戻って来るのを待ち続けた。
ピース町に居た以前の様に……
待ち続ける事数分だろうか。リュウが洞窟の闇の中から戻って来た。
珍しく二本足で立っているリュウは前足で沢山の果物を抱えながら、洞窟と言う場所なだけに、ゴツゴツとして歩くにくい地面を躓かない様に仕切りに下を見ながら私の居るこの場所に向って歩いている。
さすがにランプ一個ではこの光量不足で少し暗いが、リュウの瞳は淡い赤の光りを反射して暗闇で光っている。
リュウは私の側まで歩いてくると、そこに座わり、ポーチから取り出した白いハンカチの上に果物を並べ、ランプの赤い光りで真紅に染まった林檎を私に差し出した。

「食うか?」

「あ、うん」

私はリュウの前足に掴まれている林檎を手に取ると、それをジロジロと拝見してから嘴で皮ごと齧り付いた。
林檎や蜜柑といった果物は皮にも栄養があるらしく、私の様に皮ごと食す者は意外と多い。
私の直ぐ横に足を曲げて座っているリュウもその一人だ。
上下あわせて四本ある鋭く尖った牙を容赦無く林檎に突き刺し、私と違って豪快に噛み千切って口の中へと運んで行く。
普段はその様相から想像も付かない程冷静かつ、優しいのだが、こういう時に限ってはドラゴンタイプの貫禄が十分に出ていた。
まぁ、私も一応ドラゴンタイプなのだが……貫禄なんて微塵も無いので殆どの場合飛行タイプとして扱われてしまう。
私が林檎を食べ終えると、リュウに傷を早く直す為にも安静にしていろと言われたので彼の指示に従って、私はしばし寝ることにし、ゴツゴツした岩の上に敷かれた布団に体を預け、下の岩の感触が少し不快だったが私はランプの淡い光りとリュウに見守られながら眠りに就いた。








十五話に続きます。


PHOENIX 15 ‐成長‐


あとがき
さて、フェザーがデイを庇って負傷してしまいました。
フェザーの仲間想いな面は強みでもあれば弱みでもあります。今回は弱み?となってしまいましたが、いつかきっと強みとして現われる…かな?
負傷してしまいましたが、デイの懸命な処置によって大事には至らず、命に別状も無ければ、多分今後には影響は無いです。
後、血が苦手な方はすいませんでした。

今回もお付き合いありがとうございました。
感想や誤字、脱字の指摘などを頂けると嬉しいです。




*1 本家には登場しないが不思議のダンジョンに登場した技

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Last-modified: 2010-08-24 (火) 00:00:00
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