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Luna-3

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なんだかんだ言ってとりあえず僕はナツハの手持ちになったのだけれども、うん。
まさか速攻でジム戦をする羽目になるとは思わなかった。しかも「金が足りない」という理由で。
財布落としたのだの、給料日前だの、カードの再発行がどうだのと言われてもアレなのだけど、つまり。

「…貧乏?」
「っふ――――――――ああ、清貧と言ってくれ」
「マスター!いいから指示を!早く!」

聞けばついこの間進化したばかりだというので、一応どの程度のものか知るためにまずは彼女の戦闘を見せて欲しいと頼んだのだけど、
……致命的にセンスが無い。っていうより良くこれで今まで戦って来たと感心する。ああ駄目駄目だから死にそうになったのか?
なんでナエトルに体当たり回避されるんだよ。なんでわざわざ甲羅に噛みつくんだよ、普通露出してる四肢か頭部だろ。
思わず突っ込んでしまうレベルの下手さだけど、それは逆に言えば群れのリーダーに従うというグラエナの習性なのかも知れないなと、
いちいち伺いを立てる間に普通は処理できるであろう攻撃を喰らっているナッヘの姿を見て僕は思った。
横にいる『ご主人様』はしかしトレーナーでは無いとの事で、指示もかなり適当な物だとしか思えない。
というか僕がトレーナー役として指示した方が確実にうまく行くのではないかと、若干本気で考えるレベルのヤバさ。
ほんっとうに、よく一個だけでもバッジを取得できたもんだ。なんでも簡易トレーナー資格だとか、ポケモンレポーターがどうだとか、
人間の法律が深く関わる部分の話はいくら僕でもよく分からないけど、とにかく本職のトレーナーでは無いらしいのだそうだ。
……あ、ようやく相手倒れた。

ジムリーダーに到達する前段階、はっきり言って肩慣らし程度のはずの所属トレーナーとのバトルでこれ程までに手こずっているのを見ると、
どうやら次は僕が戦わなければならないようで、何とも言えず尾の付け根辺りがむず痒い。今までは僕がその立場にあったから。
常に全力を出し切らなければ勝つ事など覚束ない相手とばかり戦ってきたから、加減という物が良く分からない。
少しは強い相手だけどいいのだけどとおごがましい考えが胸をよぎって、自分がにやついている事に気付く。
厭らしい、浅ましいと思いつつも、だけど周囲が自分より弱いポケモンに溢れている状態なんて今までは経験した事が無かったから。
そう内省している内に賞金の受け渡しが終わって――精々傷薬が何個か買える程度の金額で、どう考えても割に合わない――出番が訪れる。
4人全員を倒さないとジムリーダーに挑めない、という不条理なルールがあるとの事で入り組んだ内装をかき分けて進んだ先、4番目の相手。
ヨウコという名前の女性、繰り出すのはロゼリア。こちらのグラエナは三連戦で疲労困憊、戦える状態には無い。

「それじゃあお手並み拝見――――いけっ、ノハル! ……でいいんだったか」
「アルペジオ、まず"しびれごな"で相手の動きを止めつつ距離を」

即座に始まるバトル。
アルペジオと呼ばれた雌のロゼリアの両腕の花弁が開く。ふわりと舞うように周囲に撒き散らされる微細な粉末。
腕を広げる勢いで生み出された風圧に乗って此方側に押し寄せる。まともに喰らえば多分俊敏な行動は制限されるだろう。
いくらレベル差があるとは言っても、流石にミミロップという種族の利点の一つである速度を潰されるのは不味い。

「ノハル――――――えっと、とりあえず自由にやって」
「うん、そのつもりだけど」

後退して回避する事も出来るけど、指示内容から察するに「距離を取る」事を目的とした攻撃の可能性が高い。
相手の狙い通りの行動をしてやるのは面白くない、だからナツハの声に答えつつ、黄褐色の霧の中ロゼリアめがけて大地を蹴る。
マジックコート、本来は催眠術や鬼火、超音波等の状態異常を引き起こす一部の技を跳ね返す技であり、
桃色の輝きが全身を包むはずだが、僕の場合はそうでない。歪な光と半身を覆う程度の展開面積、何処までも不器用な自分、
ただ防御するだけでついに跳ね返せるようにはならなかったが、しかしこれだけレベル差があればそれで十分だ。
前傾姿勢での突進のまがいごと、薄く光の膜が身体の前面を隠し麻痺作用のある微細な粉末から僕を守る。
眼を閉じたままのロゼリアの表情が変わる。接近される事を予想していなかったのか隙だらけで、

「アルペジオ!"メガドレイン"!」

そんな体勢と精神状態で繰り出した技に大して威力がある筈も無い。ぶわりと広がる薄緑の波動、正面からそれを受ける。
確かに身体から何かを吸い取られるような、奪われるような感覚はある。だけどそれは無視できるレベルだ。
ましてや一撃で相手を倒せるとするのなら、なおさら。
首を振る反動で大きく振りかぶった耳を叩きつけてロゼリアを吹き飛ばす。もちろん戦闘の続行が出来ない程度に加減してある。
別にトレーナー戦で相手のポケモンの命を奪っても大抵は「事故」という事で処理されるのだけど、ナツハが色々と煩いから。
普通のポケモンならもう少し別な理由で殺傷を躊躇するのだろうなぁと思いつつも予想通り相手が起き上がらないことを確認し、
赤色光に変換されてボールに収納されるのを見届け、相手のトレーナーの方に一礼する。

「お相手ありがとうございました」
「あーんやられちゃったか……あなた強いのねぇ」
「そうでも無いですよ?ただ少し僕の方が経験は上だったかもしれません」
「うふふ…後はジムリーダーだけだから頑張ってね」

戦闘後の社交辞令。本当はトレーナー同士がするべきモノなんだけどなぁ。
ポケモンに慇懃無礼な受け答えされたら怒る人間もいるし、社会生活を円満に営むという意味でもそういう挨拶は重要な筈なんだけど、
髪をがりがり掻き毟りながらメモ帳に何かを書き殴ってるその姿はどう見ても相手を尊重してるとは思えない。
うん、わりと社会不適合っていうか、そういえば色々と服装もアレだし、ひょっとして主人選択間違った?
だるそうにジムリーダーの処に歩いて行くナツハ、あんまり良いトレーナーには見えないし。どっちかというと中堅より若干下程度が限界というか、そんな感じの。
そうこうしている内に目の前に開けるメインのバトルフィールド、屋内だというのに――天井は取り払われているが――木々が程良く茂る空間。
地面も芝では無い雑多な一年草に覆われて、冬も近いというのに総じて緑に覆われた場所に微妙な髪形の一人の女性が立っている。

「ようこそハクタイジムヘ!そしてあたしがこのジムを預かるジムリーダーナタネって、そんな事は知ってるよね。
 さっそくだけどバトルを始めよ?3vs3の勝ち抜き方式、チャレンジャーのポケモン交代は自由、
 公式ルールに基づいてのバッジ戦、それでいいよね?」
「んー、3体同時に出して貰っても構いませんか?」

――はぁ?
真面目な顔してこの人何を言ってるの?聞き間違えた?
慌てて抗議すると「ぼろぼろの状態で野生のポケモンと4vs1で戦って勝ったんだから」って、相手ジムリーダーだよ?
対人戦の為だけにポケモンを育てて、おまけにフィールドも使用ポケモンに合わせて調整してあるんだよ?
疲労して技を出せなくなれば直に回復できる状況で、餌の心配もなく鍛錬に励んでるポケモンだよ?
レベル差云々という話じゃなくて、いや待てよ草タイプか、それなら…………

……。

…………。

別に不可能『では』無いかも知れない。ただ其処までこの人間に、ナツハに付き合ってやる必要があるのだろうか。
その方が面白い記事になりそうだからって理由は不純。そもそもジムリーダーがその提案を受け入れるかどうかも不明。
しかし戦う事になった場合3体での連携など訓練している確率は極めて低い、つまりは基本的に各個撃破がおそらく可能、
加えて個人的にそういう華麗な勝ち方、圧倒的な力を見せつけるような戦い方は大好きだ。いわゆるコンプレックスだけどね。
でもって様々な観点から吟味した結果、どうせ全てが暇潰し、いわば今の僕は余生を送っているに等しいのだから、別にいいんじゃないかと。
結局はそういう凡庸な結論に落ち着く、ああ流されてるなぁ僕。主体性の無さはどうにかしたいところだ。

「ずいぶんと舐められてるなぁ、後で後悔しても遅いよ?」
「ふ――――それでもノハルなら、ノハルならなんとかしてくれる」

出会って一週間も経って無いのにそんな絆とか信頼とかそういう感じの臭い台詞を吐かれても困る。
冗談なのか本気なのかわからない口調で、そんな一方的に頼りにしてるぞ的な意味の事を囁かれても困る。
なんという自分勝手さ、不敵に笑ったナツハの顔はそんなに美しくも無く、惹かれる部分など何処にもないはずの、
単に偶然手に入れた強いポケモンを利用しているだけのどちらかと言えば悪よりの中立、トレーナーとしては下の中程度の人間の笑い。
――――それでも、嫌いじゃない笑みだったから、二歩だけ前に出る。

「仕方ない、『マスター』が望むのならば」
「おうふ、手酷い皮肉だね。後でお詫びにポロックでもあげよう、安物になるだろうけど。
 後言っておくけどあくまでも仮トレーナーだから、本職はライター」
「いいねいいね、なんとも強そうなミミロップだけど、そんなに簡単には負けられないよっ!
 いけっ、チェリア、エイトール、エリーゼ!」

馬鹿丁寧にナツハに対してお辞儀をするも見事にぬるりと回避される。ノリが軽いのは否めない。
相手側、赤光と共にモンスターボールから現れるチェリンボとナエトルとロズレイド、全員が全員草タイプ。
確認してから計算する。こうなったらとことん格好いい戦い方をして自己満足に浸った方がいいか。
アレ……は色々と面倒臭いし、吹雪を軸に――命中させられるか?どうだろう。
なんだかんだ言って戦闘は嫌いじゃ無いし、どうせだったら楽しもう。

「3vs1って随分と」
「あたしたちを舐めてるよね!」
「その自信、へし折ってあげましょう」

ぎゃいぎゃいと言うかなんというか、別に僕が言い張った訳じゃないんだけどなぁ。
そんな敵意を持った眼で睨まれても困る。チェリンボに突進されても困る。っていうか早いな。
これは体当たりって言うより電光石火のレベルの攻撃じゃっておおおっと、ナエトルの方がもっと迅いな。
危なく腹に頭突きが当たりかけた。まともに喰らったら結構危ないかもしれない。
ちょっと他事考えるのはやめて、バトルに集中しよう。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

いやー、本当に幸運と言うか棚から牡丹餅?
凄い強いね、ノハル君。マジ私にはもったいない強さ。
バッジ一個なのに曲がりなりにも言う事聞いてくれるし儲け物儲け物。
ノリも悪くないと来れば言う事が無いね、これは原稿に書くべきだ。

私には大してポケモンバトルの知識が無い――或いは記事に必要なごく偏ったものしか無い――のでどれだけ凄いのかは正確には分からない。
が、人間の指示を全く必要とせずにジムリーダーの手持ち三匹と対等に渡り合うというのは相当な物だって事くらいは理解できる。
最も『三匹』の方を的確に操ってるナタネ氏の方が凄いのかもしれないが、まあそれは置いておいて。
ナッヘも頑張ってくれたけど、流石に心許なかったからな。これなら旅も続けられそうだ。

「いや、しかしこれは我がポケモンながら凄まじい」

思わず独り言も漏れる。手に入ってから一週間も経過してないが。
擬似的に造られた草原に近いフィールドで対峙する茶色と緑赤緑。一時も止まる事が無くその立ち位置を入れ替え続けながら、
一つの絡み合う舞踊を織り成すポケモン達の姿は、バトルではなく演劇に似て。ああこれ使えそうなフレーズだな。
と言うか互いに未だに一撃も喰らってないね、互いに早いのが原因なのか遊んでるのかは知らないけど。
それでも人間の目で確認できるレベルの攻防、ただはっきり言って口をはさむ暇は無い。
風を撫でる茶色と白、拳と耳を避ける赤、放たれたリーフストームを回避したノハルを蔓の鞭と宿り木の種が十字砲火の如く襲う。
……今空中で方向転換しなかったか?いや、眼鏡の曇りのせいか。

適度に密に植えられた木々を足場に自在に飛び跳ねる事で攻撃をかわし続けるノハルとその位置を予測して攻撃を仕掛けるポケモン達。
強靭な後脚が樹木を叩く事によって得られる推力を巨大な耳でもってコントロールするその姿は飛んでいると言ってもいいくらいの自由度。
爪を引っ掛けでもしたのか木に平行に、つまり地面に垂直に上昇してからの旋回落下で三体からの同時攻撃を誘導して逸らし、
地面を這うようにチェリンボに接近、そのまま雑草ごと地面を抉るように吹き飛ばし――今何をやった?
ああもう、せっかく面白そうな記事が書けそうなのに精密な部分が分からない、技名も分からないとかどういう事か。
ポケギア?ポケッチ?仮免二種のトレーナーもどきである私は残念ながらそんな便利な物は持ってないんだよ畜生。
あれだよね、子供の時の方がトレーナーになりやすいって制度どうにかした方がいいと思うよ、老後の楽しみにリーグ制覇とか、
そういう趣味を制限することにも繋がるしなにより10歳の時より20歳の時の方が精神体力双方から見て成長しているだろうに何でああもう。
仕方ないのでナッヘをボールから出す。もちろん解説役……というよりも、追い切れなかった時、メモしている最中の補佐役として。

「マスター!出番ですか!」
「ああっと、いつもの解説お願い」

紅光と共に実体化する黒と灰色。爛々と輝く眼は何故か喜びの色に少し染まっていて、
疲労も回復してないのに戦わせるのはちょっと、と言い含めていつものように補佐を頼む。
しょんぼりと項垂れる尻尾と、それでも必要とされているのだ、という矜持によって立ち直り前を見据える黄濁の瞳。
動き回る兎を鋭い眼で常に視界の中心に捉える事が出来る……体はそれに反応して動けなくても、この仔は眼がいいから。
そういう面でも私の仕事の上でのパートナーと言えるだろう、いや私生活面でも貴重な癒し要因ではあるのだけども。

「……とりあえず、遊んでいるのかどうかはわかりませんが彼は全開では無い、と思います」
「しっかし本当に強い強い、これはナッヘの出番も無くなるかな」
「そう……ですね」
「…?」
「なんでもありません」

そうこうしている内にも闘いは続く。
ナエトルの雄叫びに呼応するように生まれる光の葉、薄緑のそれは瞬時静止してしかる後に大気を連れて渦を成す。
なんだったっけ、リーフストーム?ジムリーダーの指示に従ってその間隙を埋めるようなロズレイドのマジカルリーフ。
獲物を何処までも追尾するその葉刀は、スピードスターによく似た性質を持つ、とかなんとか。つまりは非常に外れにくい。
重ねられた二種の技、中空に飛んで避けたかに見えた、が。チェリンボの周囲に蛍光が沸き出たのはノハルの脚が地を離れたのとほぼ同時。
凝集する光の粒子。辺りを舞う薄緑の光は糸を引いて一か所に収束し、そうして完成する光球。秋の晴れた日差しでもって構築されたソーラービーム。
完璧なタイミングだった。翼を持たないポケモンには回避できるはずの無い攻撃だった。下方には未だ荒れ狂う葉の嵐、
加えてターンして戻ってくるマジカルリーフ、前方にはソーラービームの予備動作を終えたチェリンボが今にもそれを放とうと。

「――おお、回避できるのか」
「……今。確実に空中で跳ねましたよね…?」
「そのへんが把握できないからナッヘを出したんだけど、やっぱりわからないか」
「"ねんりき"の類では無い、という事位しか……すみません」

空中で明らかにおかしい挙動。ソーラービームに押されるようにふわりと横にずれた身体、それを追うマジカルリーフはチェリンボの放った閃光の中に消えて。
滞空しつつリーフストームをやり過ごし、とても軽い音と共に地面に戻るノハル。ほんっと子供向けアニメのような強さだな。
ナッヘの眼でも宙を蹴ったようにしか見えなかったという事は、私が目を皿にして見つめても意味が無いという事だ。
……よく考えれば、後から本人に聞けばいいしな、うん。三流でも記者として悔しいは悔しいけど、仕方ない。
絶対のはずの連携攻撃を回避された事によって生じる刹那の空隙。逃さずノハルは攻撃に転じる。
低く、低く、四足歩行に等しい程に地面を擦って生まれる圧倒的な――瞬間的な加速。見えるか見えないかの限界。同様に急激な減速。
しかし体当たりをかける訳でも、電光石火をかます訳でも、殴りかかる訳でも無くただほぼ三角形に並んだ三体のポケモンの中心位置に移動しただけ。
むしろ自ら集中砲火を浴びに行った様な物じゃないのか。格好よく「かわせノハル!」とか叫ぶべきか。
ナタネ氏もポケモン達もほんの少しの間逡巡し、しかし鼻面をやや上空に向けてただ立っているノハルの圧倒的な隙を見逃す訳にもいかないのか、
号令一下撃ちだされる葉、葉、種、種、植物の乱舞。罠があるなら罠ごと砕く、殺到する緑は瞬時にミミロップの小柄な体を覆い尽くし――――

「――――吹 雪 の 舞 !(ゆきあらしにおどるうさぎ)

――――なんか凄いクサい叫びと共に、緑は白に染まった。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

静と動の境界、と格闘ポケモンの様な事も考えてみるが、別に格好つけてる訳でも無くただ発動に若干の時間が必要なだけだ。
タイプ一致でも物理に分類される技でも無い上に命中率が低すぎて実質的にあまり使えない吹雪、おまけにそれを差し引いても他者の使うそれより威力が劣る。
技が微妙にうまく発動しない、というのはミミロップの持つ特性「ぶきよう」の非常に特殊な発現の結果らしいがそんな事はどうでもいい。
有効な活用方法など考えればいくらでも見つけられるからだ。射程の短さは相手に近づけばいい。威力の不足は他の技と組み合わせて補えばいい。
命中率が悪いなら、相手に隙を造らせて回避させなければいいだけの話。

……まぁ、非常にアレなネーミングセンスである事は認める。
だけど「彼」がわざわざ名付けてくれた物をどうして使わずにいられようか。
だから結構恥ずかしいけど、僕は迫る緑を押し返すようにかなり大きな声で叫ぶ。

「――――吹 雪 の 舞 !(ゆきあらしにおどるうさぎ)

急速を通り越した瞬時、下がった周囲の温度に呼応し析出する微小な氷の結晶を核として生まれる小さな石ころ程の大きさの雹群。
ぶん、と上段に振りぬく脚の動きに合わせて更に冷却は進み、同時に動きだす礫は緑の嵐と相克し合う。拮抗する圧力。
均衡を抜け出した一枚の回転する葉の刃が脇腹を浅く削る。毛皮を裂いてじんわりと滲む痛み、このままでは押し負ける事は明白。
きんきんと氷晶が擦れ合う度に響く悲鳴が耳に煩く、次第に狭まる葉と種の牢獄。
だが。

捩じった身体、反動でもって耳を回転させ、回転でもってさらに氷を呼び、吹き荒ぶ嵐を形作る。
それこそ踊るように。足りない力を補うように。ぐるぐると、あるいは首に負担がかかる程に耳という面でもって空気を動かす。
拮抗した圧力に加えられたひと押しは確かに形勢を覆し、押し寄せる緑の暴力は霜に覆われ凍てつき氷に包まれて。
内圧に押されるかのように集っていた葉と種、草タイプの技は白い氷の檻に飲まれ、そうして爆発する。
氷弾。無数の礫。全方向に放射される青白い氷の欠片。ましてやチェリンボもナエトルもロズレイドも近距離。
最初に見せたナエトルの速度なら回避も可能かもしれないが、戦闘が進みある程度疲労が蓄積した体、
おまけに虚をついたこの攻撃を避け切るのはかなり難しいはず。白煙と砂埃が充満する周囲、視界は極めて悪く、

「とりあえず何とかなった、かなぁ」

しかし聴覚は阻害されない。
鳴き声とか連発されたり、超音波とか嫌な音を使われるのは凄い苦手なんだけどね。
少しだけくぐもって聞こえるが、軽い集中によってノイズは勝手に脳が処理してくれる。
聞こえる鼓動音と呼吸音。近くには浅く荒い呼気が三つ、跳ねるような心拍も三つ、動き回る音は聞こえない。
致命傷とまではいかなくても、つまりは動けない程にダメージを与える事が出来た、という事。
気は抜かない、抜かないけれどほぼ勝ちを確信し、激しい動きのせいで噴き出した血が脇腹から右脚を伝って赤黒く汚しているのを確認する。
毎回思うけどぬるぬるして気持ち悪い。自分の中にこんなものが流れているのかと思うと複雑な気分になる。
視界を包み隠す埃が晴れて、見えてくるのはやはり倒れ伏したチェリンボとロズレイド。ナエトルは後側にふっ飛ばされているはず。
指についた血糊でぬちゃぬちゃ遊んでいると、ジムリーダーが現状を確認したのか倒れた三匹は赤い光に溶けてボールの中に消えた。

「御苦労さま、チェリア、エイトール、エリーゼ。
 いやあ、それにしてもずばり強いね!まさか本当に負けるとは思わなかったよ。
 どんなトレーニングをしてたのか凄い興味があるね、聞いてもいいかい?」
「ふふん――それはもう物凄い特訓に特訓を重ねて」
「マスター、嘘はいけませんよ。ついこの間知り合ったばかりじゃないですか」
「知り合った?ゲットしたんじゃなくて?」
「ああ、色々と複雑な事情があってですね……」

……本人を無視して盛り上がられても困るんだけど。
って言うか出血の痛みはともかく血が乾くとこびり付いて取れなくなるから早くなんとかしたいんだけど。

「……あのさぁ」
「――まさしく絶体絶命、殴打された私は気を失い、あわや愛しのナッヘの貞操も大ピンチ!」
「……奪われましたけど」
「そこに颯爽と現れたのがって…………あれ、ヤられちゃってた?」
「それはもうばっちりと」
「……あー、えっと……ごめん」
「元はと言えば私の判断ミスですから、マスターは気にしないでください」

だから。
無視するなって。
なんでジムリーダーすら無視して妙な空気を形作ってるのかな。

「と、とりあえずずばりこれがハクタイジムを制覇した証、フォレストバッジと賞金よ」
「おお――――これで宿代を払ってお釣りが来る、ありがたく頂きます」
「あのさぁ、一応僕も怪我してるんで、早く傷薬か……」
「もったいない」
「いや、もったいないって言われても……」
「ナッヘの精密検査のついでにポケモンセンターで治療して貰う、タダなんだから活用しないと。
 それとやっぱり強いね君。本当に私にはもったいないくらいの強さだ、ありがとう」

何の気なしに、本当に添えられるように告げられた称賛と感謝の言葉。
それだけで、たったそれだけで色々と言いたい事があったのにまぁいいやって気分になる僕は甘いのだろうか。
体よく利用されているだけの気もするけど、それはそれで嫌いでは無いからいいのか。
……やっぱり、流されやすいのか。一礼してジムの外に出るナツハを追ってボールに戻して貰う。
スーパーボールに収納されつつ移動するが、歩行による揺れはほとんど伝わってこない。
薄い蜜色の空間は生命活動をかなりの割合で停滞させて生命を保存する、らしい。詳しい事は人間の専門家に聞かなければわからないが。
外の景色もぼんやりと透けて見えない訳では無く、結構快適だ。といってもたいして見る物もなく退屈だけはどうしようも無いのだけど。
する事も無い上に心地よい疲労も重なって、いつの間にか僕はうつらうつらと…………

……。

…………。

覚醒は一瞬。
寝ている間にボールから出されたからと言って、ぶざまに地面に這い蹲ってはつまらない。
初対面で壁にぶつかってしまった昨日の失態を繰り返す訳にはいかない。
いつでも筋肉はしなやかに、後脚から腰までを使って着地の衝撃を拡散させる。
脇腹に何も感じない所から考えるに、既に治療は終わっているという事だろう。
あの程度なら機械に任せても大丈夫だろうし、なにより窓の外の景色が暗くなっている事からも時間経過が窺える。
草臥れた衣服が投げ出された粗末な寝台と、雑多な小道具が乗った机。積まれた吸い殻。

「ヤニ臭っ!?」
「第一声がそれとはまた、ああ聞かれる前に言っておくけどここは私が借りてる宿。
 ついでに明日出発。ナッヘは郊外で自由時間。なにか質問は?」
「いや、なんで僕を外に出したのかとあの弱さで一匹で外に出して大丈夫なのかを聞きたいんだけど」
「うむ、よく聞いてくれた。治安もごく周辺に限っては非常に高いしこの時間帯なら出歩いても大丈夫だろうと判断した。
 君を出したのはほら、これだ」

彼女の掌の上に乗った灰色の立方体。
ポロックと呼ばれる嗜好品、灰色は手に入りにくくもなければ手に入りやすくもない微妙な品質のものだったはずだが。

「わざわざそれだけの為に?」
「言っただろう、『安物になるだろうけどポロックでもあげよう』って。
 自慢だが私は言った事は大抵守るいい女だからな、其処らの木の実を使ったから味はあんまり保証しないが」
「……さりげなく見直したかも知れない……」

手に取って、匂いを嗅いで、前歯で削って舌に載せる。
最初に来るのはえぐいだけで甘みのない苦み。
それを象るのは仄かな酸味で整えられた渋み。
しかし何と言う事だろう、双方が中和しあって生まれるこのあえやかなほのかな甘みは。
噛みしめた穀物の様な微妙な物足りなさが食欲をそそる、美味しいとは言えないのにもっと欲しくなる味を織り成して。
これが安物?というか「其処らの木の実を使った」?

「これ、自分で作ったの?」
「ふふ、地味だが役に立つ特技だろう。一人で作るのは非常に面倒なんだがな。
 本当に金が無かった新人時代はこれを売って小銭を稼いでいたものだ」
「むぐむぐ…普通に美味しい……いや美味しいというか気になる味なんだけど」

噛んで、砕いて、すり潰して。
鼻を抜けていく圧縮された芳香と、滑らかなのに確固たる満足感をもたらす喉越し。
舌先で繰り広げられる奇妙なハーモニーに身体は素直に反応し、自分の意思とは関係なく腹が鳴る。
そういえば今日は何も食べていない。空腹を覚えても仕方がない。が……

「ポケモンフード切らしててね、出来れば経費削減の為に草と木の実で凌いでくれると非常に嬉しい。
 ついでにナッヘの様子でも見に行ってくれないか?」
「んぐ…別にいいけど」
「窓の鍵は閉めないがなるべく早く帰ってきてくれ、多分ナッヘは南側に居ると思うから」

何と言う事だろう、ちょっとやそっとの貧乏さでは驚かないと心に決めていたがまさかこれほどまでとは。
自分の手持ち一匹も養っていけないというのは非常に問題だと思うが、ポロックが絶妙な味なので別にいいかと思ってしまう、
これはやっぱり確実に丸め込まれているというか餌付けされているかな、うん。
零れた欠片を舐めとって、ごく軽い毛繕いを済ませて部屋の外に出る。狭い廊下を音を立てて進み、
手すりが設置された――と言っても人間用の物なので僕には関係無い――急な階段を下りてすぐが玄関口。
窓の鍵を閉めない、って事は玄関自体は夜には閉鎖されるって事だろうね。受付に誰もいないんだけど宿として成り立ってるんだろうか。
まぁ、どうでもいいか。

街中特有の雑多な臭い。
秋の夜の鮮烈な大気に微かに混じる汚水と排気ガスの生温い感触。
吹き抜ける森からの風の中に存在する、人間が密集する事で生じる消せない饐えた臭気。
吐き気がするほど嫌いという訳でも無いが、ポケモンであるならばこの感覚が好きという方向に感情が振れる事は少ないだろう。
ミミロップの僕としては走る車と雑踏のがなりたてるような不協和音の方がむしろこたえるのだけれど、我慢できない程では無い。
そんな事よりも問題は腹の減り具合だ。流石に残飯を漁ったり強請紛いの事をするのは情けなさ過ぎる。
かと言って草も……食べられない事はないのだけど、あんまり美味しくない上に量が要る。
木の実は美味しくても量が足りない。結構真剣に悩みつつ街を南側に抜けようと歩いていると、なんだか辺りが騒がしい。
どうやらこんな時間にポケモンバトルをやってるようだ。明らかに周囲の迷惑だと思うんだけど。
目測で10m先、いかにもな服装をした子供と杖を片手にポーズを決めている紳士(ジェントルマン)
トレーナーって熱くなると周りが見えなくなるのは全国共通なんだなぁ。孫と祖父くらい年が離れてるように見えるのに。

「ゲイツ、水鉄砲!」
「回避して電光石火で攻撃!」

円を描くように動くアリゲイツとガーディ。
牙の生え揃った口から吐き出された水の奔流はガーディの炎に当たる事無く回避され、
そうしてなかなかの速度でもってガーディはアリゲイツに接近する。
戦闘範囲に入る前に、一個先の裏路地にでも曲がってやり過ごそう。
ただでさえ腹が減っているのに、これ以上面倒事に巻き込まれるのは御免だ。

「ゲイツ、よく見て噛みつけ!」
「吠えつつ突進しなさいッ!」

だというのに。
なんで。
なんでわざわざ僕の方に狙いすましたようにアリゲイツが吹っ飛んでくるかなぁ。


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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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