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HEAL8,悪夢の幻影

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 前……HEAL7,盗賊退治


 オオタニが村の仲間となってから数か月。彼は畑仕事に果樹園の仕事は勿論、土木作業や船の建造、そして時にはダンジョニストの仕事なども手伝いつつ、少しずつ金を稼いでは迷惑をかけた商人への謝罪のための資金作りをして日々を過ごしていた。
 最初こそあの怠けものを村の一員にするのは反対だというものも多かったが、彼が熱心に働く姿を見ていたら、そのうち文句を言うものもいなくなっていた。
 盗賊退治を終えてからも、ロウエンとレナの二人は今までと変わらず仕事を受け、その過程で、引き取った孤児の面倒もよく見ていた。最初は打算的であった兄であるゴマゾウも、拾ってから半年以上も経つとすっかり里親の二人を信頼しているようだ。まだ本気で甘えきることは難しいようだが、きっとこれから無意味に反発するようなことはないだろう、良好な関係だ。
 妹は時折、ふとまた親がいなくなってしまうのではないかと心配になって夜泣きをするところは心配だったが、それ以外はビッパの妹も本当の親子のようにふるまっている。
 ゴマゾウはロウエンのことも、慕っており、体を鍛えてダンジョン家業をしたいと目を輝かせていた。ロウエンやレナは『おう、頑張れ』と激励して彼とのじゃれ合いを楽しむのであった。
 今現在は水路を引くために頑張るガブリアスの手伝いを微力ながらお手伝いしている真っ最中。その作業が終わり、土地を耕し畑や果樹園を作る時には、この家族は大きな戦力になるはずだ。


 移り住んで来たこの村で、全てが上手くいっているように思えた、ある日のこと……その日は叫び声で目が覚めた。
 起きてみると、シャンデラの男がラフレシアやらオドシシやら、たくさんのポケモンに襲われている。いや、それだけじゃない。ドリュウズも、ムシャーナの村長も、皆襲われている。
 それら襲い掛かっているポケモンは、攻撃するとゴースが吐き出す瘴気のようなものを残して煙のように空気に溶けて消えていくのだが、これがなかなかに強く厄介だ。一匹二匹ならば一般市民でも何とか倒せる程度で大したことはないが、それが集団で襲い掛かってくるのだからキリがない。
 ロウエンも襲われたし、レナも襲われた。そしてオオタニもまた襲われたのだが、奇妙なことに、ドテッコツのゼントやハーデリアのヨークなど、襲われないポケモンもいた。

 更に奇妙なことに。ロウエンやレナを襲ったのはこの村に逃げてくるきっかけとなったミルホッグだったり、ロウエンがニャビーやニャヒートだった頃、食料を奪ったことで家族を失ってしまった少年と同じ種族だったり。皆見覚えのある相手に襲われているのだ。
 オオタニを襲ったのは、あのオコリザルの保安官だったり、自身が盗賊だった頃に襲ったことのある商人と同じ種族だったりしたという事だ。しかし、中には襲われている者が全く見覚えのない種族だったり、滅多に会えないような、サンダーやラティオスといった伝説のポケモンが相手だったりすることもあり、法則性は分からない。
 いったい何が起こったのかもわからない異常事態に皆は困惑したが、襲われた者達には一つ共通点があった。それは、『誰かに恨まれることをした覚えがある』という事である。そして、一定数『自分を恨んでいるであろうポケモン』が襲い掛かってくるのだ。
 ロウエンもレナもこの村へ逃げるきっかけとなったミルホッグに恨まれている自覚がある。恨まれているという点に関しては特に村長が顕著で、数えきれないほどのポケモンが彼女を襲いにやって来て、その対処には非常に苦労させられる。逆にヨークやゼントなどは恨まれるような事をした覚えが無いため、全くと言っていいほど襲われない。
 明らかに頭一つどころか体二つ分くらいは飛びぬけて襲われている村長は、一体何をしたというのか、彼女が何も語らないために分からない。だが、『恨まれている者ほど狙われやすい』という仮説が出た際の村長のしおらしい態度が、その仮説を確からしいものにしていた。

 襲ってくるポケモン達は、基本的に恨みを買っている特定の誰かだけを襲い、その攻撃行動を邪魔しようとすると、邪魔した奴を襲うという性質を持っている。そのため、襲ってくる謎のポケモンを倒すために最も有効な方法は、別の誰かを襲っている隙に、後から全力で殴りつけることである。一撃で決めるつもりで攻撃するのが有効な手段だ。
 ゼントのような誰にも怨みを買っておらず、なおかつ強い肉体を持つ者は非常に大きな戦力である。

 その他の情報として、今朝は普段見ない悪夢を見た、と告げるものが一定数存在するという事だ。その悪夢の内容というのも、襲われた者達とは逆に、恨んでいる誰かに甚振られる夢。要は、恨んでいる誰かを恨むきっかけとなった内容を夢として見るのである。
 夢、と言えば村長の種族であるムシャーナは夢に関するポケモンである。皆が口々に 『何か感じなかったか?』『何かわからないか?』と、まくしたてるが、村長は首を横に振る。わからない、と……
 とにかく、今は分からないことが多すぎるため、一刻も早く情報を集めるためにと、村にいる飛行タイプのポケモンや、飛行可能なポケモン達が一斉に羽ばたき、付近の町から情報を集めに飛び立つのであった。
 早い者は日も暮れないうちに帰ってきて、その際の答えが『他のところも似たような状況だ』という事であった。原因はまだなにも分かっていない。


 ともかく、もっと大きな街へと飛んでいった者もいるので、さらなる情報はそちらに任せて、これからは夜も交代で見張りを行うこととなった。ダンジョニストであり、体も屈強なロウエンはもちろんのこと、レナやゼント、オオタニなどある程度戦力になる者達は、皆いつでも動けるようにと準備をして、見張り台のすぐ近くで就寝していた。
 案の定、謎の幻影の敵も攻めてきたのだが、この村は割と優秀な戦力もそろっているため、きちんと準備をしていればそうそう負けることもない。いざとなれば、襲われていたシャンデラやドリュウズなどもそれなりに戦えるため、被害は軽微……だが。その戦闘に村長が参加していないことに誰かが気付く。そしてみんなが村中を探したのだが、それでも見つからなかった。
 彼女の痕跡は、村一番で鼻の利くヨークが村の外、悪タイプや岩タイプが多いダンジョン、無明の洞窟へ続く道に彼女の匂いを見つけたくらいである。それ以外に痕跡らしい痕跡もなく、置手紙すら残されてはいない。
「……おい、オオタニ。村の安全の確保を頼むぜ」
 それは、村長の『追うな』という無言の圧力であったのかもしれないが、ロウエンはそれを無視して旅立つ準備を始める。
「ロウエン、追うのか?」
 オオタニが問うと、ロウエンは頷く。
「あぁ、追う。レナはどうする? 俺と一緒に来るか、それとも村の安全を確保するか……」
「もちろん、私はロウエンさんと一緒に居ます。何かあった時、助けてあげられますしね」
「まったく、いつの間にか俺の相棒面しちゃって……ありがとな」
 レナは進化してからの数ヶ月で急成長し、今やロウエンとそう変わらない実力になり、相性の差もあってか戦えば大抵ロウエンが負けるようになってしまった。それが嬉しいやら悲しいやらわからないが、それでも自分を慕ってくれるレナに、ロウエンは感謝しかない。
「なら、俺も連れて行ってほしいっす! パーティーのバランス的にも、格闘タイプが居たほうがいいっすよ」
「……それもそうだな。頼むぞゼント」
 ゼントも村長の足取りを追うメンバーに立候補し、加わることに。匂いで足取りを追うことが出来るヨークは、最低限弱いダンジョンでなら一人で潜られる程度の実力はあるが、四人の中では一番弱い。村長が逃げた先はそれなりの難易度を誇るダンジョンであるため、彼を守りながら道中を進むことになるだろう。

 ただ、ふたを開けてみればヨークはそれほど弱いわけではなく、彼は立ち回りをよく心得ていた。ロウエンやゼントが前衛を張っているときに、無理せず自分の出来る範囲での手助けをして援護したり。囲まれそうになったら吠えて敵を吹き飛ばしたり、格闘タイプの攻撃が通じない相手を嗅ぎ分けてやったり、睨みつけたり手助けしたりなど、わりと的確な行動をするのだ。
 そのため、ヨークを守りながらダンジョンを進もうと思っていたのだが、見事に肩透かしを食らったような、嬉しい誤算である。

 ダンジョンを越えてみると、小さな花畑のような、色とりどりの花が咲き乱れる平野に出る。とても暖かそうな風景なのに、高山に行ったわけでも無いのに非常に寒い。特に体毛のないゼントなんかは辛そうで、腕を抱くようにしながら体を上下に揺らして体温を上げている。ヨークも寒さのせいでだんだんと鼻が利きにくくなっているらしく体温を保つのが大変そうだ。
 その様子があまりに鬱陶しいので、ロウエンは後ろからゼントを抱いてあげた。こんな奴よりもレナを抱きたいと思いつつも、すっかり冷めきったゼントの体温を感じると、抱きしめたのは正解だったかもしれないと自分の行動を自分で褒める。
「うう、ロウエン……なんというか、済まないっす」
「いいから。ちょっと急ぐぞ。この寒さ、異常事態にもほどがある」
「なんか、男同士で抱き合っているのを見るととすごく妙な気分……だけれどお似合いな感じ」
 ヨークは苦笑しながら二人を見る。
「お似合いじゃねえよ!」
「そ、そうっすか?」
 それに対してロウエンは慌てて否定し、ゼントはなぜか照れている。
「お前照れてるんじゃねーよ!? 俺はそういう趣味ないからな!?」
 そんな様子を見て、レナは口元を抑えて優雅に笑みを浮かべている。そんな彼女の視線が、ロウエンにはとても恥ずかしかった。

「血の匂いだ……!」 
 そんな時、ヨークがあまり気付きたくなかった匂いに気付く。鼻が冷えすぎて上手く効かなくなった状態でもわかる程度には濃い血の匂いだ。
「真新しい血の匂いだ……こっちの方に」
 ヨークが言うこっちの方、というのは明らかに冷たい風が流れて来る、より寒いほう。この寒さの原因と村長が何か関係があるのかと、考えると、ただでさえ寒いのに背筋まで凍るような気分だ。
 一行は緊急事態と判断して走り出し、ロウエンはレナをお姫様抱っこで抱きかかえて急ぐ。そのうち周囲の風景は草花のある平野から森へと移り変わり、それらの木々には霜が降りている。
 地面を見れば氷ついた血の跡も見つかり、ただ事じゃないと急ぎ歩を進めると、戦闘を行っている音が聞こえる。村長は巨大な氷を携えた、左右で不ぞろいのアンバランスな翼を持つ灰色の怪物を必死で誘導している。
「あれは……あの巨大なポケモンは……とりあえず氷タイプなのは間違いないようだな! 燃やしてやる!」
「氷は燃えませんよ!」
「やかましいわそんなこたどうでもいいんだよレナ!!」
 どうでもいい事にツッコミを入れるレナに、ロウエンは大声でツッコミを入れつつ前に出る。
「ちょっと、アレと戦うんですか!? あのポケモンは……」
 ロウエンは真っ先に戦意を見せるが、この異様な敵を前にしてヨークは怯えて縮こまる。
「当り前だ! 村長が死ぬぞ!?」
 ヨークは何かを言おうとしたのだが、ロウエンにさえぎられてしまう。とにかく、ロウエンは村長が危ないことだけは分かるので、真っ先に後ろから氷の怪物をフレアドライブで攻撃する。レナはムーンフォース、ゼントは鉄骨を用いてアームハンマーで攻撃する。その結果、ロウエンの攻撃は普通の効果だが、残る二人の攻撃の効果は抜群だ。
 当たった時の反応が、二人とも明らかにロウエンのそれとは違う。
「なんで効果は抜群じゃねえんだよ!? あいつ氷タイプだろどう見ても!?」
「それだけじゃないっす! アイツは恐らくキュレムってポケモンっす! だとしたらタイプは氷・ドラゴンっす!」
 狼狽えるロウエンに、ゼントは大声で告げる。
「畜生そういうことか! じゃあ弱点は! 格闘、フェアリー、ドラゴン、岩あたりか!?」
「あと鋼もです!」
 レナはロウエンの言葉に冷静に補足する。
「考えるのが面倒だ、俺も格闘技で行く!」
 ロウエンはそう言って、急所である顎を守るように腕を交差させて×の字を作って体当たり――クロスチョップをしかける。後ろから攻撃されたキュレムは狙う対象であった村長よりもこちらを優先的に攻撃するべき対象と判断し、龍の波導を放つ。
 ロウエンはそれを避けようともせず、頭を下げて顔面にその攻撃を受けないようにしてそのまま体当たりを続ける。勢いよく当てられたその一撃で氷のキュレムもうめき声をあげ、続くレナ達の攻撃で大きくバランスを崩して転んでしまう。

「ヨーク! 俺達のことはいいから村長連れて逃げろ!」
「は、ハイ!」
 後ろから三人の戦いを見ていることしか出来なかったヨークも、ここにきてようやく役目を与えられて動き出す。彼は村長の元に走り出して村長を咥えて拾い上げると、すぐさまそこから離脱するべく走り出す。
「お前ら逃げろ……勝てる相手じゃない……」
 村長は息も絶え絶えなかすれた声で警告をするが、ロウエンは首を横振って拒否する。
「伝説のポケモンには勝てなかろうが何だろうが、こいつは偽物だろ? 偽物なんぞに勝てない俺じゃねえんだよ!」
「根拠は全くないけれどその通りです! 偽物程度に負ける私たちじゃありません!」
「負けそうになるまでは逃げないっすよ村長!」
 ロウエン、レナ、ゼント、三人とも負ける気は毛頭ない。
「もう、皆付き合ってられないよ……でも、付き合うしかなさそうですよ村長」
「……全く。どこにも馬鹿はいるんだな」
 三人の声を背中に受けながらヨークと村長はキュレムから遠ざかっていく。三人を馬鹿にするような発言をしていた村長の口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。

 一方、三人の戦いの様子だが、キュレムは息を大きく吸い込むと、体中に霜を纏わせ始める。
「なんかすごいのがきそうだ! 全員俺の近くによれ!」
 それが何かの技の前触れであると判断したロウエンは、全員を自身の周りに集めてパワーを抑えた熱風を放つ。体が焼けつき、声すらも燃えてしまいそうな灼熱の炎があたりに広がるが、一瞬遅れてキュレムの技が発動する。
 すさまじい冷気はロウエンの炎でも相殺できる程度ではあるが、しかしその攻撃範囲は規格外というほかない。視界に映る樹木の全てが真っ白に凍り付いている。熱風を浴びせかけられるだなんて随分と荒っぽい相殺の方法であったが、それだけの冷気の威力を目の当たりにすると、ロウエンの行動は正解だといわざるを得ない。
 しかし、その際、遠くにいた村長とヨークまで余波を受けてしまったようで、毛皮のあるヨークの被害は軽微だが、ただでさえ弱っていた村長は酷いダメージを受けたらしい。村長を大声で呼ぶヨークの声が遠くから聞える。
 その瞬間、『さっさと終わらせて早く温めてやらないといけない!』という思いがロウエンの中に強く生まれる。それがきっかけとなって、レナからあの時のような力が流れて来るのを、ロウエンは確かに感じた。
「来たぜこの力!! ありがとよレナ、行くぜ!」
「はい、頑張ってください!」
 レナも、ロウエンに力を与えたことを感じているようでロウエンにお礼を言われても、戸惑うことなく頷いて見せる。
「さぁ、年貢の納め時だ!」
 ロウエンは言いながらキュレムの顔面に炎を投げつける。その一撃でキュレムの眼球を焼いて視界を不良にし、そのまま音も立てずにキュレムの懐に潜り込む。
「炎に焼かれて、灰になる覚悟はできたか!?」
 もはやロウエンの腕がどこにあるかもわからないほどの激しく巨大な炎を体に纏いながら、ロウエンは敵の体を何度も叩く。
「せめて最後は派手に散りな! ダイナミックフルフレイム!!」
 最後にロウエンは両足を激しく燃え盛る炎で彩り、跳躍の後にドロップキックでキュレムの胴体を蹴り飛ばすと、キュレムは大きな音を立てて地面に倒れ伏す。しかし、まだ起き上がるような様子を見せて、まだ終わっていないことをロウエンが悟る。
「ふぅ……相手さん、まだやるつもりだぜ! 追撃してくれ、レナ」
「いや、竜星群、来ます!」
 全力の技で息切れしたロウエンは仲間に追撃をお願いするが、どうやらその前に対処しなければいけない攻撃があるようだ。
「私が受け止めます!」
「頼むぜ嬢ちゃん!」
 レナは泡のバルーンとアクアジェットを合わせて上空に飛びあがり、上空に打ち出されて拡散したドラゴンタイプのエネルギーの塊を受け止める。降り注ぐそれは膨大なエネルギーを秘めているものの、レナのタイプはフェアリータイプ、ドラゴンタイプの攻撃によのダメージなど蚊が刺したほどにしか感じない。
 ゼントも鉄骨を投げつけて空中でエネルギーを暴発させてロウエンを守り、吹き飛んだ鉄骨には目もくれずにキュレムに殴りかかる。尻もちを付いたまま竜星群の反動で特攻の下がったキュレムは、龍の波導を放って抵抗するが、ゼントは至近距離で放たれたそれを顔をしかめる程度で受け止め、キュレムの懐に潜り込んで殴打を続ける。
「ムーンフォース、行きます! ゼント下がって!!」
 レナのその合図を受けてゼントは大きく後ろに下がる。すると、上空から降り注いだ月のエネルギーが龍の体を焼き尽くし、手ごわかったキュレムの幻影もようやく消え去っていく。
「……ようやく消えやがったか」
「流石に神話級の伝説のポケモンともなると幻影でも強いですね……」
「幻影とはいえ、貴重な体験っすね……もう二度と体験したくないですが」
 ロウエン、レナ、ゼントともに息切れしながら座り込もうとするが、ロウエンは村長が危ない事を思いだして、やべえと独り言を放ちながら先ほどヨークが逃げて行った方向へと走って行く。
 村長の様子は、体力を消耗してはいるみたいだが、命に別状はなさそうだ。ロウエンが温かい体で抱きしめて温め、ラムの実やオレンの実を食べさせて休ませていると、少しずつ容体も安定していく。
 やがて、数十分もすれば村長は意識を取り戻し、うつろな目の色をしたまま今回の件についてを語る。

「まずは……今回のことはありがとう」
 村長が礼を言うと、ロウエンは大きくため息をつく。
「そんなことはいいから、どうして村を出たんだ?」
 ロウエンに問われ、村長は最初こそ渋っていたが、ロウエンが何も言わずににらみ続けるので、そのうち観念したように口を開いた。
「今回の騒動の原因が、なんというか……半分ほどわかったんだ。今回の騒動は、やはり夢が関係している。みんなの記憶の奥底から、憎しみや怒りの感情を引き出して夢を見せて……その夢を、現実世界に具現化させているんだ。
 私のような、夢に関する能力をもったポケモン達を媒介にね……そして、生み出されたポケモンの幻影は、『復讐』や『仕返し』のために動き出す。幻影の姿は、その復讐や仕返しをしてくれると望んだ者の姿になるんだ。
 自分自身が復讐をしたいと思えば自分自身の姿になるし、もしも伝説のポケモンに復讐して欲しいと思えば……さっきのようになる」
 言われて、ロウエン達はぞっとする。先ほどのようなとんでもない敵が何匹も生み出されてしまえばたまったものではない。
「まぁ、よっぽど強くイメージできないと生み出せないから、神話級のポケモンなんて生み出せる奴は少ないだろうけれどね。だから伝説のポケモンの幻影が跳梁跋扈することはないだろうけれど……けれど、この現象の原因は謎だが、私がいなくなればある程度は収まるはずなんだ」
「だからって、こんなところに来てひっそりと死ぬつもりだったっすか? 村長、水くさいっすよ!」
 ゼントの言葉に、村長は首を横に振る。
「私は、過去の自分を殺したいほど憎かった。たくさんの人を不幸にして、復讐のために無関係な者も何人も巻き込んで……だからこそ、私は、過去の私を殺してくれる者を望んでいた……それが、キュレムだったんだ。さっきあんたたちが倒した幻影は、私が私自身を憎み、そしてを殺すために生み出してしまったものなんだ。
 そして、このまま放っておけばキュレムを生み出してしまうというのが、わかったんだ……今朝、丁度そういう夢を見て飛び起きたからね。こいつだけは村に出現さえちゃいけないと思って、ここに来たんだ。全く、毒でも飲んで自殺すればいいものを、私は未練ったらしい……こうやって助けてもらうことを望んでいたのかな……」
 村長は憔悴しきった顔で俯いた。
「……心配性だぜ、村長さんよぉ? 俺達なら問題なく倒せるってのに」
「心配するのは分かりますけれど、幻影は本物よりは弱いっすからね。本物だったら村ごと氷漬けかもですが、あの程度なら何ともないっすよ! 俺らを頼って欲しいっす!」
「ふん……ロウエンもゼントも好き勝手に言ってくれるよ」
 ロウエンとゼントの無責任な励ましに、村長はかすかに笑みを見せた。
「それに、キュレムを生み出してしまうのもそうだけれど、私は多くの者に恨まれるようなこともしたから……ここでもあの幻影が大量に襲い掛かってきたんだ。なんかもう、それを見ていると私は死にたくなってきたんだ。こんなに多くの者から恨まれている私は生きていてもいいのかなって……そう思ってしまったんだ。
 雑魚はキュレムの攻撃に巻き込ませることで全員仕留めさせたけれど、あれはきついね……もしかしたら毎日闘い続けなきゃいけないのかね……これからもお前達に迷惑をかけ続けなきゃならないのか……って思うと、もうここが死に場所でもいいかなって思ってしまったんだ」
 村長は力なく笑う。
「まぁ、確かに毎日あんなのと戦えって言われたら迷惑だけれどよ……そうかも知れないけれど、それは何もせずに黙ってこの状況を受け入れた場合の話だろ? 何とかして原因を突き止めれば、どうにかなるかもしれないじゃねーか!? むしろ、どうにかしたら迷惑どころか英雄だろ?
 罪に対して罰を受けることを考えるよか、罪をどうやって償うべきか考えようぜ? なんかいないのか? こんな時に原因のこととか話せるような、夢のこととか空間とか幻影とか、心だとかに詳しいポケモンは?」
 ロウエンは村長に言い聞かせるようにしてまくしたてる。
「そうだな……ロウエンの言う通りだ。私も、昔のことばかりとらわれすぎていたな……一種。というか一人……には心当たりがある。ルナアーラというポケモンだ。別世界への扉を開けることが可能で、夢喰いなんかも使えるという話だ……確か、そのポケモンは……満月の禁足地と呼ばれる危険な高山に住んでいるといわれている」
「どんな場所だ?」
「上に昇って行くタイプのダンジョンなんだが……まぁ、そんなに敵は強くないし、ロウエン達なら突破は難しくないと思う。幻影とはいえキュレムに対してあれだけ戦えたのだからな……問題は、ルナアーラだが。
 言い伝えにによると、極端な面倒くさがりやで、自分のために祭りを行うほどのもてなしを見せなければ顔を見せることすらしなかったらしい。その土地はな、月光草という月の光を浴びることで元気に育つ草が、ルナアーラのおかげか面白いほどに良く育つ土地だそうだ。葉っぱや発酵と乾燥させてお湯を注げば婦人や妊婦の体調不良によく効く紅茶に。種は粉にすれば味は決して良くはないが麺やナンを作ることが出来、スープに浸して食べるのに適している。
 根っこは刺激的な味がする野菜で、擦り下ろせして飲めば病気に強くなるし、肉に擦り込むことで味が良くなり腐りにくくなる。
 そんな便利な草が生い茂るおかげで飢えることがほとんどないのだとか。
 昔はその村の周囲には不思議のダンジョンが少なく、不作の年は食料の採集にも困るような状態だったこともあり、外敵……外の村が収穫物を奪いにくることもあったそうなんだが、その村ではそれらを追い払う時にルナアーラという戦力重宝されたそうだ。闘えばすさまじく強いらしく……飢えていたとはいえ、一瞬ですべての襲撃者が目を潰されて、一生暗闇の中をさまようことになったといわれている。恐らくは超がつくほど強力なバークアウトだそうだ」
「怖いやっちゃな……」
 ロウエンは露骨に嫌そうな顔をして話を聞く。
「一番最近に姿を見せたのは、その地方で病気が蔓延した際に、周囲の村から病気の流入を防ぐためにルナアーラに頼った時……だったかな。病気でバタバタとポケモンが倒れている中で、その満月の禁足地付近にある村だけは、唯一誰一人として死者が出なかったそうだ。
 病気によく効く月光草の根を求めて来た者を、ルナアーラが追い返してくれたおかげでな。境界線を作り、ルナアーラがそこへ一歩でも踏み入れたら消滅させたそうだ」
「ふーむ……仕方ないっちゃないんだが、その村結構冷たいなぁ」
「今でも冷たいよ。そこは排他的な村で、交流も殆どない。付近の村と月光草と何かを物々交換するくらいで、ポケを使った経済活動すらほとんど行われていない……今回の件で、ルナアーラが村に来てくれているなら話が早くてありがたいが……それはすなわち、村が排他状態になっているという事だ」
「えーと、つまり。ルナアーラだけじゃなく、村の住人とも戦いになるかもしれないってこと?」
 村長が心配を口にすると、ヨークが尋ねる。
「可能性は大いにあるね。とりあえずは、ルナアーラに会えるように頼み込み、それでどんなもてなしを要求されようとも、それを呑むしかない。だが、その前段階であるルナアーラに会うことすらも拒否された場合は……力ずくで何とかするしかないだろう」
「力ずくっすか……ダンジョンに出てくるポケモン相手ならいいっすけれど、喋る相手にそれはきついっすね。俺、意思疎通ができる相手への暴力は嫌いっすよ」
「だが、やらなきゃどうにもならないならやるまでだ。村長、案内してくれ」
 ロウエンは気持ちが逸りすぎてそんなことを言うが……
「お前、今から行く気か? 少し休ませてくれよ」
 村長は困り顔で苦笑していた。
「そうですよ、ロウエンさん。休みましょう。ゼントさんも、ヨークさんも村長も、みんな疲れています」
 レナもまた、そう言ってロウエンを宥める。ロウエンも二人の言葉で自分が疲れている事を思いだしたのか、その日は素直に従って、家に帰ってゆっくりと休むことにする。
 幻影の敵は休んでいる最中も襲い掛かってきたが、さすがにキュレムのような敵はそう何度も襲ってくるわけではなく、皆で力を合わせて退治をしてくれた。とりわけ活躍していたのはオオタニで、彼は鎖付きの鉄球をぶん投げては敵を粉砕し、しかもそれを妻であるヤレユータンの技、『さいはい』により高速で行うことが出来るため、その大暴れぶりは草刈りでもするかのように敵が倒れていくのだとか。
 ルナアーラに挑む必要があるとオオタニへ告げると、彼は『村の安全は俺が守るから行ってこい』と、即答する頼もしい態度を見せた。

 キュレムを倒した翌日の朝。ロウエン達は今後の予定を改めて話し合うために村長の家に集まっていたのだが……その時、村長はルナアーラに挑む前に一つ問題に気付いてしまう。
「……そうだ、ナタリア……いや、ナイジャ。あの子、ものすごく恨まれているはず」
 村長が不意に彼の事を思いだして、焦り始める。
「そういえば、ナイジャ……あいつもなんか色々訳ありみたいだしな。連続強盗殺人だったっけ? そりゃ恨まれるよな」
 話によれば、ナイジャは奴隷商人やら、奴隷を使っている家庭やら、そういうのを何人も殺している。この国じゃ奴隷を買うことも使うことも違法じゃない地域とはいえ、奴隷への食事の制限、休憩なし・長時間の重労働、虐待や性的暴行といった行為は法で禁じられているにもかかわらずやっている奴ばっかりだ。
 それらの違法行為を日常的に行っている者を、ナイジャは何人も何人も殺してきた。時には家族ごと、殺され、そのおかげで国の奴隷事情が大きく改善したというくらいの記録的な犯罪であった。
 それだけに、生き残った者達からは相当恨まれているはずだ。
「もしかしたら彼も危ないかもしれないから、出来る事なら助けに行ってあげたい……それに、ルナアーラに会うにあたって、戦力は少しでも欲しいし、あいつは戦力になる。だからロウエン……ルナアーラに会う前にナイジャに会いに行ってくれないかい? 近くの村に超高速のボーマンダの運び屋がいる……値は張るが、一日でほぼ世界の全域まで飛んで行けるから、迎えに行けるかい? 今のあいつ、引っ越して別のところにいるって手紙が来ているけれど、一日で行ける距離だから……お金のことなら心配しないで。こんな時のために金は無尽蔵に蓄えている」
 ロウエンやレナは、彼らが捕らえたお尋ね者に恨まれていたのか、お尋ね者の幻影に襲われるといったような場面にも遭遇している。逆恨みであっても、恨まれていれば幻影に襲われるので、例えナイジャがどのような目的で殺したのだとしても、彼が狙われる対象であることは間違いないだろう。
「そうだな。確かにあいつは強いし……とりあえず、大丈夫だとは思うけれど、死んでいないことを祈って迎えに行ってみるよ。それで、村長はその間どうするんだ?」
「私たちは、酒を集める。ルナアーラは酒好きだそうだ……うまい酒をそこらじゅうからかき集めるために、金と人手は惜しまない。ロウエンが帰ってくるまでには、私たちが手分けして交渉に足るだけの酒を用意しておく」
「伝説のポケモンも俗っぽいところがあるんですねぇ」
 レナは村長の話を聞いて、呑気に言いながら笑っていた。
「伝説だろうとなんだろうと、欲求には忠実だからな。案外俗っぽい理由で協力してくれることもあるさ。酷いののにあると嫁を要求してくる奴もいるし……
 それで、その関係上村の守りは手薄になるから、レナは村の安全を守るために村に待機。ゼントも同様だ。いいね?」
「はい」
「了解っす!」
 こうして、村はルナアーラの力を頼るために、各自が為すべきことを為す。異常事態の中で不安におびえる者は少なくないが、村長がやる気を出すと、村の住民たちの中では不安や恐怖以上の熱意が、それらをかき消すように熱く燃えている。




 次……HEAL9,ルナアーラにお願い

お名前:
  • メロエッタの歌の歌詞はなんか聞いたことあるなと思って考えてみたらそういえば中の人同じでしたねw

    確かにポケダンってどう考えても「はい」という選択肢しかないのにあえて「いいえ」も選択できる場面って多いですよね
    まぁ、寧ろ「いいえ」選んだ方が相手の可愛い反応見れて非常に眼福なんですけどねw(特に超ダン) -- ナス ?
  • 例の歌は、ケルディオの中の人も歌っていたため個人的にはネタ度も高い曲でしたw メロエッタの歌ならあれくらいのことは出来ると思いまして……

    ポケダンのお約束については、それらをふんだんに取り込んで作品を完成させたいと思っています。可愛い反応も含めて、自分が表現出来る限りのも絵を詰め込めるよう頑張ります。
    コメントありがとうございました -- リング
  • アローラの新ポケをいたるところで登場させる、SM発売を記念したような心意気あふれる長編でした。立ちはだかる困難に対して自分たちなりに考え抜き常に成長を続ける主人公サイドを描き切ったのは、ひとえにアローラ御三家への愛情がなせる業でしょうか。ポケダンの世界を踏襲した設定や小ネタも嬉しいところですね。
     ただオシャマリ救出後、開拓村以降のストーリーは中だるみ感が否めません。レナを救ったことでロウエンに対立するキャラが失せ具体的目標も見えなくなり、それからはレナに関する秘密をのろのろと解き明かしていくだけで緊張感が足りなかったように思います。ネッコアラやルナアーラ戦など、印象に残るシーンがもっと欲しかった。敵側に擁護できないレベルの悪役を登場させるなり主人公サイドで仲違いさせるなり、読み手を飽きさせない工夫があると読み進めやすかったのかな、と。 -- 水のミドリ

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Last-modified: 2017-01-03 (火) 11:36:37
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