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HEAL13,イデ

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 前……HEAL12,久しぶりのナイジャ

 あまりに怪しすぎるルガルガンの男性の来訪に、まずはロウエンとナイジャが前に出て対応する。レナは一歩後ろに座らせ、何かあった時は迅速にルガルガンを始末する心構えだ。
 対する真夜中のルガルガンは、そんなロウエン達の対応に、ルガルガンの男性も居心地が悪そうに委縮している。菓子折りも持ってきていたが、すぐにはそれを食べてはもらえなそうだ。

「どこから来たのかは知らないが、遠路はるばるレナを訪ねてきてくれて、ご足労かけたが……単刀直入に聞こう。お前は何者で、お前の主か何か知らないが、イデとかいうのは何者で、イデは何をしている奴で、レナとの関係はなんだ?」
「えっと……ですね」
 まくしたてるようなロウエンの質問に、ルガルガンは言葉に詰まる。
「えっと、先ずは自己紹介から……私はイデさんの使いのルガルガンで、名前はロード。イデにとっては仲間と言える間柄ですね。それで、イデというのは……そのレナさんとは、姉に当たる存在と窺っています。イデさんはドヒドイデの女性で、レナさんはまぁ、見ての通りでアシレーヌの女性ですね」
「アシレーヌとドヒドイデは一応タマゴグループ、一緒だけれど……しかし、本当に姉妹なのか? というか、そもそもだ……レナには不思議な力が宿っている。イデとかいうのも何か不思議な能力でもあったりするのか?」
 ロードの問いに、間髪入れずにロウエンは問い返す
「……もちろん、あります。レナさんは、人を癒し、守る力ための力を授ける能力を。イデさんは、恨まれている者を探し出し、それを殺す力を」
 そう、ロードに言われてレナが目を見開く。
「恨まれている者を探す能力……その能力、私も持ってます!」
「だよな、確かに、レナもその能力持っている。イデとかいうのがどんな奴か知らないが、大した能力ないんじゃないのか?」
 恨まれている者を探す能力ならば、レナも持っている。ウツボットの時も、バルジーナの時も、アレがいい例だ。
「それについてですがね……イデさんはイベルタルの性質を強く持って生まれ、レナさんはゼルネアスの性質を強く持って生まれた結果です。二人とも、実は親が伝説のポケモンなんですよ」
「へー、すごいですねー。私って結構高貴な血筋だったんですね」
「レナ、反応それだけ!? もっと気にするべきところがなかったっけ?」
 ロードがとても重要なことを言ったような気がするのだが、レナは軽く流す。
「え、あ……まぁ、確かによくよく考えるとすごいことなんでしょうけれど、とりあえず質問攻めにして話を折るのもなんですし……」
「お前がそういうんならいいけれどよ……質問したくてたまらないぞ普通……」
 ロウエンはそんな彼女を見て少々呆れ気味だ。
「ともかく、イデさんは、イベルタルの力を強く引き継いでいる為、命を奪うことにかけては優れた能力を発揮します。例えば、誰かから怨みを持たれている物ならば、この世界のどこかにいれば探すことが可能です。
 レナさんにもそれに近い能力はあるはずですが、多分ですが、イデさんほど広範囲にわたって探すことは出来ないのでは?」
「いや、まぁ……そうですけれど。でも、すごいですね、世界中ですかぁ。私、なんだか『誰かを守りたい』って思った人に、Z技を使わせることが出来る能力を持っているんですけれど。でも、これも大した力じゃないんですよね。私も世界中の人にZ技を分けられるくらいになればいいんですけれど……」
 気付けば、レナはロードと普通に話をしており、警戒もといて前に出る。
「それは、その通りですね……ですが、貴方の力は、弱いので無理でしょう」
 そのレナの言葉に、ロードは気まずげに口を開く。
「私の力が弱いんですか? 私もゼルネアスの力を継いでいるんじゃ……?」
「……その、イデさん曰く、理論上はイデさんと同じく世界中に影響を与えるくらいの力をレナさんが備えることは簡単なのですが、レナさんには思いが足りない、とのことで」
「思い、だって? レナは結構正義感強いと思うけれどなぁ」
「いいえ、レナさん自身の思いではなく、私達の思いですよ。私達が、『憎い奴を殺したい』、『不愉快な奴を追い出したい』、『罪人に罰を与えたい』、『殺したい』……そういう風に『排除』の方向に思いを強く持ったとき、それらのわずかな思いが集まってイデさんを強くします。そして、『悪い奴もやり直させたい』、『更生させたい』、『誰かを守ってあげたい』。そういった、誰かを傷つけることなく物事を解決させたいという思いが、レナさんを強くするのです」
「ってことは、あれですか? 皆さん、『悪い人は更生させる』よりも、やっぱり『いなくなって欲しい』と……そういう思いが強いから、私の力がしょぼくれているってことですかね?」
「イデさんが言うには、そんな感じだそうですよ。本来は、レナさんとイデさんは同時に生まれるはずだったのに、レナさんの目覚めが遅くなったのもそんな感じの理由があったからだそうで……。互いが互いの力を4対1くらいの割合で持っているので、レナさんも恨まれている者を探したりする能力を使えたり、逆にイデさんも他人を癒す能力はあったりするのですが……どうも、世界中の『想い』の比率に差がありすぎてそのバランスも崩れてしまっているみたいです」
 ロードの説明を聞いて、なるほどなあとロウエンは納得する。レナに抱きしめられれば傷や疲れがすぐに癒えるし不安も和らぐ。それは本来の彼女の能力だが、お尋ね者を探す能力はイデの能力をわずかに発現させていたと言うことのようだ。
「ふーむ……それで、ロードさんよ。お前さんは、ただレナに親の話をしに来たわけじゃねえよな? こうして訪ねてきたのは何の目的があってのことだ?」
「はい。実は、イデさんが私をここに寄こしたのは、レナさんがイデさんを強く意識したことで、お互いにテレパシーのようなものが出来るようになったわけでして……。それで、次は顔を合わせることで、お互いをさらに強く意識し合うことも出来るのではないかという、イデさんの提案です。レナさんとイデさんは、お互いがお互いを意識することで力を高め合うことが出来ますので……」
「ホッホウ、レナが癒しの力をもっと強めることが出来るっていうのはいいことなんだが……ちょっとその話を中断して私の質問に耳を傾けてはくれないかね?」
 ここでナイジャが口を挟む。
「はい、なんでしょうか?」
「ところで、なんだが。半年以上前に一度……そして最近もまた巷を騒がせている『悪夢の幻影』と呼ばれるものをご存じだろう? あれについて何か知っているか? むしろ、知らないはずはないだろう?」
 ナイジャがロードに凄む。
「お察しの通り、イデさんが主導していることです」
 ナイジャに睨まれても、ロードは恐れることなく言う。
「そうか。レナだけがあの虹の根本とかいうダンジョンに入れることを考えると、無関係ではないと思っていたが……では、問おうか。レナは、イデにとって敵じゃないのか? 実際、あの時レナはネッコアラと戦った。あのネッコアラも、お前らの仲間なんだろう?」
「ええ、私達の仲間でした。種族柄ずっと夢を見ていたこともあってか少々世間知らずで、悪夢の幻影……と、呼ばれているものの使い方も少々暴走気味でしたが……代わりの者もいなかったので、そのまま幻影を呼び出す役目についていただいていたんです。結局は、あなた方に倒されてしまいましたがね」
「当たり前だろ! あんなの倒すに決まってるだろ!?」
 ロウエンが大声を張り上げる。
「ロウエンさんが言いたいことは分かります。勝手に人を裁くようなものを世に放つなということでしょう? しかし、大局を見たうえで、私たちは悪夢の幻影を世に放ったのです。罰を与える事こそが他人へ危害を加えることへの最大の抑止力となるから」
 しかし、ロウエンに凄まれてもロードは恐れなかった。意外に肝が据わっている。
「だからってよ……頑張って更生しようとしている奴や、恨まれてはいるけれど正しいことしかしていない奴まで襲われたらたまったものじゃねえだろ?」
「……それについては、本当に申し訳ありません。今、悪夢の幻影を生み出す任に就いている者は、あのネッコアラよりも人格的に優れ、また器用な人材であると、そしてその分悪夢の幻影もより良いものであると保証します」
「そういう問題じゃねえんだがな……いや、いい。これ以上お前に文句を言ったところでらちがあかねえや」
「申し訳ありません。出来る事なら、もっと平和的に治安を良く出来ればいいのですが……手っ取り早い方法でないと、どれだけ世の中を良くしようとしたって、この世界に蔓延る悪意に追いつかれてしまう。善意で以って世界を良くしようとしてもキリがないんですよ。手っ取り早く、悪夢の幻影でも使わないとやっていられないんです。
 事実、あれのおかげで治安が良くなったのは事実でしょう?」
「それを言われると、俺も何も言えなくなっちまうんだけれどな……でもよぉ、もっとなんか方法はないのかよ……」
「ないです。なかったんです」
 いまだ納得しないロウエンに、ロードは無理だと断言する。
「そうかよ……」
 ロウエンもまだ腑に落ちないところはあるが、奴らのおかげで今のところ治安が落ち付いているのは確かである。特に、地域によっては戦争をして植民地となった場所で略奪や強姦、虐殺などの行為を繰り返していた者達が、正規兵、傭兵問わず膨大な物量で悪夢の幻影に襲われたおかげで、しばらくは戦の一つも出来ないような状況と聞く。
 それが結果的に良いことなのかはまだ時が経たねばわからないことだが、誰かの悪意で弱い誰かが傷つくことがないというのはいいことだ。ロウエンだって、それに関してはロードと同じく、『悪いことばかりじゃない』という感情を抱いていた。だから、強くは責められない。
 ロードもロウエンからこれ以上何も言われないと分かり、話を続けることにした。
 「それで、私達の目的ですが……私達とレナさんたちは、考えを異にするものではありますが、敵ではないはずです。イデさんも、レナさんも、世界をより良くしたいという思いは一緒なのです。悪夢の幻影も一回目のは不評だったのと、夢の世界とのつなぎ役が性格に問題があったのとで、今度のは……世界中に受け入れられるよう、つなぎ役もネッコアラよりもより良い人材を探し出しました。
 今回は、前回と違って逆恨みで幻影から命を狙われるようなこともなくなりました。これでも不満が上がるならば、その改善等も考えます。それでも、レナさんが私達を敵と思うのであれば……なぜ、イデさんがレナさんよりもはるかに強い力を持っているのか、そこから考えませんとね」
 戦って見たことがないから、実際にレナとイデとやらが戦った際に、どちらが勝つのかはわからない。しかしながら、レナの力はせいぜい目の届く範囲くらいにしか効果がないのに対して、イデの能力は夢の世界と現実世界を繋ぐための補助役が必要な様子ではあるが、世界中に影響が出るほどの幻影を実体化させることが出来る。
 その影響力は世界中に届くほどで、それを考えるとイデの力はあまりに大きい。イデの力がそれだけ強いのは、皆がレナよりもイデに関わる……怒りや憎しみという感情を秘めているから、という事らしい。
「どうする、レナ? 話を聞く限り、イデとかいうのは敵じゃないみたいだが……」
「ホッホウ、むしろ、敵対しても脅威とすら思われていないと言ったほうが正しいんじゃないのかな?」
 ロウエンがレナに問いかけると、ナイジャは自嘲気味に言う。
「……今のところは、どちらとも、ですかね」
 ナイジャの言葉をロードは控えめに肯定した。その態度にレナは憤りを覚えないわけではなかったが、かといって彼の言うことが間違っているとは思えない。
「どうしますか? レナさん、貴方が自身の力を高めるためには、イデさんと出会う必要がありますが」
「えぇ、せっかくですし、案内してくださいな。私も、姉がいるというのなら会ってみたいですし、私の力が増すんなら、私はもっと人の役に立てるってことですし」
「ホッホウ! レナは、イデの力も増すことについては気にしていないのか? この迷惑な悪夢の幻影とやらがますます増えて来たら、困るんじゃないのかい?」
 ナイジャに問われ、レナは少しだけ考える。
「まぁ、確かにそうですけれど……確かに私は誰かを殺したり、痛めつけて何とかするのは嫌ですけれど、そうでもしないともっと被害が増えることは確かです。ですから、認めたくはないですが、イデさんが行っていることは完全に間違っているわけではないですし……ならば、イデも、私も、一緒に頑張ればいいんですよ。一緒に頑張れば、いずれどちらも必要なくなる時が来るでしょうし。
 私が必要とされなくなったらそれはそれで寂しいですけれど、でもそれが一番いいんですよ。恐怖で人を押さえつけて平和を得るのは不本意ですが、それでも無秩序よりかは幾分かましです」
 考えた結果、彼女は相手の力が増すことについては特に問題視しないつもりだ。
「ホッホウ……なあるほど、自分が必要のない世の中の方がいい、か。寂しいけれどその通りだね。そのためには、自分もイデも頑張ればいいと。ま、イデの力が今更増したところで、そんなにやることが変わるわけでも無いか」
 ナイジャもレナの意見に納得して頷く。
「はい、ですので私の力が強くなるというのならば、行ってみようかと! それに、私に血のつながった家族がいるなら会いたいですし」
「前向きだな……ってか、ドヒドイデとアシレーヌって血をつなげられたっけ?」
 そんなレナとナイジャの意見に、ロウエンはそんなに楽観的でいいのかと疑問を覚える。イデが世界に影響を与えるほどの力を持っている以上、これはレナだけの問題じゃなく、世界に関わる問題だというのに。
「どちらも水中1のグループですよぉ。私とイデでも子供は出来ますって」
「イデさんは女性ですが……」
 ロウエンは心配が尽きないというのに、何だか世間話が進んでしまっている。どうしたもんかとロウエンは頭痛の種が出来そうだが、しかしながらかといって自分の頭で上手く説得が出来るとは思えなかった。

 結局、雑談を続けている間にレナとロードはすっかり意気投合してしまう。ロウエンは警戒をしていたために、あまり仲良くなることは出来なかったが、少なくとも普通に振る舞っている彼の人格を嫌いになることは出来なかった。これが偽りでなく本来の彼の性格であるのならば、仲良くなることも出来そうなのだが……
 そんな歯がゆい思いを抱えながら、ロウエン達はイデに会うべく、旅に出発する。

 旅の間、ロウエン達はお互いの身の上を語り合う。ロウエンとレナの身の上話はほとんどの事を話したし、ナイジャも知り合いの知り合いということもあってか、自分がかつては指名手配されるほどの大罪をしでかしていることを話す。
 いかに虐げられている者を救うためとはいえ、多くの罪を犯したことは彼女にとっても複雑な思いがあるのだろう。ロードの思想ならばそれを肯定してくれると思ったのか、言葉を選んではいるものの、あらかた話していた。
 ロードも、さすがにナイジャの事をすべて肯定するようなことはしなかった。ただ、ナイジャが使用人として雇われた奴隷を虐げる家族を殺して回ったことで、奴隷の扱いが良くなったことは事実だと、その点だけは彼女を肯定する。
 悪夢の幻影を作り出した者達の仲間だけあって、ロードもナイジャがしでかしたことへの意見はおおむね肯定的だし、彼もまたあまり大きな声では言えないことをやっているらしい。なんでも、ロードはお尋ね者を捕まえる際に、そいつの罪状によっては保安官に突き出すのではなく、罪状を書き記した看板を首に下げて、磔にしてその死体をさらすのだとか。
 例えばそれは『私は小さな子供を犯して殺しました』とか、『私は女性を甚振り殺しました』なんて看板を下げた死体を広場などに飾るので、その行動は一時期噂になっていたそうだ。
 ロードのおかげで罪を犯すのを踏みとどまったものはきっといるだろう。だからと言ってロードは自分が正しいとは思っていないらしい。自分がやっていることが平和につながっていると信じたいが、恐怖や殺戮によって平和を実現できたとして、それは喜ばれるものなのかどうか、とロードは語る。
 結局それに答えなどなく、自分が正しいと思うことをやって、よりよい世界を目指すしかないのだ。レナが言うように、悪い人も救えたら、というのは理想だけれど、理想でしかないのである。

 旅はラプラスに乗って行く海路と、飛行タイプのポケモンを利用した高速便を併用し、一週間ほどかけて目的地へと赴く。以前は虹の根本と呼ばれるダンジョンを拠点にしていた彼らは、今は底なしの井戸と呼ばれるダンジョンへと居城を移していた。前回とは違って警官は良くないし、日差しもないため不評らしいが、ここもまた夢と現実の境界が薄い場所で、なおかつ人里離れており、特にめぼしい物もないため注目されにくい場所だそうだ。
 かつては砂漠にあった小さな集落だったのだが、疫病が蔓延してからというものバタバタと住人が倒れ、健康な者が伝染を恐れて感染者を殺処分してからは、残された家族との殺し合いが発生して滅びた集落である。
 滅び去ったそこに出来たダンジョンは、今でも病魔が生成されていると噂をされて、その不吉さから誰も近寄らないが、現在はそのような病気は確認されていないらしい。それでも、うわさは絶えることなく、今に病魔が牙をむくぞとまことしやかに伝えられている。めぼしい宝物などもないため、好んでこの場所に行く者はいない。
 そんな場所だからこそ、潜伏には最適だったのだ。ちなみに、ダンジョンは強い思いによって形成されてしまうものが多いが、このダンジョンは殺された者の怨みだとか、残された者の怨みだとかから出来たものではなく、今生きている者達を外へ逃がしたいがために自分の看病などするなという警告として作られた不思議のダンジョンであった。
 事実、ダンジョンが街中に形成されてからは、最後まで残って看病をしようとしていた者も火事場泥棒的に金をかき集めて、他の村へと逃げ延びたそうだ。

 そこでまた疫病が蔓延させる気かと迫害された挙句に殺され、身ぐるみを剥がれたところでは交易に支障が出る大きなダンジョンが形成されていたりするのだが、悲しいことがあった村そのものは、ダンジョンの規模も小さく、交易を邪魔することもないため、むしろ村にとっては恵みとなるくらいに良い条件の揃ったダンジョンである。
 前述の通り日当たりは極端に悪い場所ではあるが、乾燥した外に比べると湿度も程よく涼しい場所で、光を浴びたいときは十分ほどかけて外に出ればいい。ちょっと不便ではあるが、最低限の生活は出来ると言ったところか。
 そのダンジョンを抜けた奥地には、絶えず水が滴る音が聞こえる湿った真っ暗な洞窟内に静かにたたずむクレセリアと、その周りでだらけている複数のポケモン達。フォレトス、フラージェス、オオタチ、そしてドヒドイデ。あのドヒドイデがイデなのだろう。
 ドヒドイデは動いていないだけで何やらお祈りのようなことをしている為、だらけているわけではないのかもしれない。
「あれは何をやっているんだ?」
 そんな異様な光景を見てロウエンが問う。
「見ての通りさ。クレセリアのお姉さん。あの方が夢の世界から人の憎しみやら悲しみやらを引きずり出し……そして、それをイデさんが具現化する。それが悪夢の幻影になるんだが……今回は替えの効かない人材なものでな。護衛が必要だ」
「以前のネッコアラは一人でその作業をやっていたようだけれど……」
「あいつは、ちょっと問題行動が多かったからな……仲間の皆も距離を置きたがっていたし、代わりの人材を探している間はみんな出払っていたんだ。一応、イデさんが例の鈍痛の結界を張っていたから、それでほぼすべての侵入者は何とかできるはずだったんだけれど……まぁ、レナさんがね、レナさんならイデさんの鈍痛の結界を突破できるから……それが無ければ今のクレセリアに強引に交代させられていたかもしれないね」
「えー、じゃあ死んじゃったのは私のせいですか?」
 レナは不満そうに問う。
「いいんだよ。あのネッコアラも、自分がやっていることは恨まれることは承知の上だったし、死ぬことは覚悟の上だった。問題行動があるとはいえ、それだけは腹をくくっていたし、過激ではあるが正義感はあった……いや、私達も十分過激だったけれど、あいつはさらに過激だったって話なんだが。それでも、助けることも出来ずに失ってしまったのは申しわけないと思っている。
 だから今は、レナみたいなのが来ても守れるようにと、こうして護衛のために一緒に居るわけなんだけれど……」
 言うなり、ロードはクレセリアやイデの方を見る。
「しかし、現状のあのだらけっぷりを見ればわかるように、結局のところ侵入者なんて滅多に来ないんだ。イデさんが客人として受け入れている私達か、レナをはじめとする鈍痛の結界を突破できる数少ないポケモン……イベルタルとゼルネアスくらいしかここには入ってこれないから、結局護衛の必要も殆どないようなものなんだよね。おーい、みんなー!」
 だらけている者達は、ロードが声をかけるとゆっくりと起き出し、こちらを見る。イデと、名前のわからないクレセリアも、肩の力を抜いてこちらに目をやる。
「連れてきたよ、イデさんの妹。レナさんとその仲間を」
 ロードが言う横で、レナは眼を輝かせている。その視線の先は当然イデに注がれており、その表情は笑顔というよりは、神妙な顔。
「それにしてもあれが、私の姉……なんですね」
「真偽は分からないが、イデさんはそう言っている。ほら、早く会いに行こう」
 洞窟内は結構広く、特に皆がくつろいでいるこの大広間とも言える空間は、ロウエンの足で五〇歩ほど歩いても端から端まではたどり着けないだろう。ただ、光源はないに等しく、あのクレセリアがいなくなれば如何に夜目が利くナイジャであってもここは暗闇に包まれることであろう。
 そんな暗い場所で、何が転がっているかもわからない場所なので、レナはロウエンの腰の炎を頼りに歩いていく。気持ちが逸っているのか、珍しくロウエンよりも前に出ている。
「ようやく会えましたね、レナ」
 ようやく普通に会話するのにふさわしいくらいの位置までくると、ナイジャが言った通り、レナと同じようなしゃべり方でイデがレナに挨拶をする。レナはぐっと息を飲んで言葉を選んだ。
「はい、私兄弟なんていないと思っていたので、血縁者がいてくれて嬉しいです……ええと、イデ、でいいんですよね? 私、昔からイデの事を感じていたけれど、どうにも一度もあったことがないから実感がなくって……」
 レナは少々照れ気味で、伏し目がちにイデと会話する。それに対してイデはレナの方にまっすぐ目を向けており、顔を隠すのが得意そうな体の構造なのに、そんな様子は全く見せない。
「そうですね。私も、レナには会ったことがなかったから、文通や思念通だけしていた者と会うのはこんな気分なんでしょうかっていう……なんだか、不思議な感じ。でも、なんといいますか、喋り方がこうまで似ていると、本当に他人という気がしませんね」
 イデが微笑む。
「本当、周りで聞いているとどっちが喋っているか分からなくなりそうです」
 それに合わせて、レナもはにかみながら笑みを返した。
「いや、分かるよ」
「はっきり分かるぞ」
「えぇ、分かります」
 しかし、周りからは三者三様にツッコミが入る。ロウエンもナイジャもロードも、聞きなれた声だけに聞き分けるのは難しくない。レナの方が入れよりも低い声だろうか。
「えー、そこはお世辞でもそっくりって言ってくださいよー」
「……どこをどう見ても似てないだろ。喋り方以外」
 レナは似ていると言って欲しいようだが、ロウエンは呆れながら否定する。二人はアシレーヌとドヒドイデなのだから、どうあがいても似ていない。むしろ、この二人の組み合わせでよくもまぁ、子供が出来るものだと思うほどだ。
「それでだ。感動の再開のところ悪いんだが……実際にレナの力は高まるものなのかい?」
 相変わらずレナははしゃいでいるが、レナがここに来た目的は、イデと出会うことでレナの力を高めるためである。イデに会えただけでレナは満足そうだが、その目的が果たせなくてはちょっと物足りない。
「うーん、どうでしょうかねぇ? こう、近くにいる事でより強くイデを感じることが出来るようになって、なんというか思っている事が伝わる感じになってきましたが……えーと、こう……冷静に見えて結構喜んでいただけている反面で、私を羨ましく思ってもいるようですね」
「そりゃまたどうして?」
 レナが告げるイデの本心にイデは、気まずそうな顔をする。
「普通のことですい。私達は、自分がやっていることが血なまぐさい事件やらを防ぐ要因になっていると自負はしていますが……ですけれど、そのために自分自身が血なまぐさいことをしているのは事実です。どうせなら、そんなことをしないでも、にこっと微笑むだけで相手が改心してくれるならいいのにと何度思ったことか」
 イデが本心を告げると、ロウエンううんと唸り声をあげて前置きする。
「お優しいことだな。お前は間違っていないって、背中を押してほしいってか?」
「えぇ、切実に」
 厭味ったらしく口にした言葉に真顔で返されて、ロウエンは次の言葉に詰まる。
「俺は、奴隷を不必要に虐げるような奴を殺して回るっていう……暴力で以って悪を制すっていう似たようなことをしていたし、そのおかげか奴隷の労働環境が改善されているようなうわさを聞いた時や、村長にその行為を肯定してもらった時は嬉しかったもんだ。まぁ、それでも色々辛くなったし、自分の幸せを求めようかと思って今はやめちゃったが……
 ロウエンは嫌味のつもりで言ったようだが、誰かに肯定して欲しいというのはそりゃ、間違いないだろうよ」
 ナイジャはロウエンの事を見上げて告げる。
「ナイジャの言い分も、イデの言い分も分かるが。かと言って、悪人を自動でぶち殺す幻影を生み出すというのはなぁ……俺だって襲われたんだ。そりゃ、昔は生きるために悪いこともしてたけれど、そういうんじゃなくって、賞金首の逆恨みで幻影が生まれて襲われたからな」
「……一応、逆恨みによって幻影が生まれるのは改善しました。それは、貴方も分かっていることでしょう?」
「まぁ、な」
 イデ達が発生させている悪夢の幻影のロウエンが不満を述べると、イデも負けじと改善してると言い返す。ロウエンは頷きつつも続ける。
「確かに、今は俺も襲われなくなったな。だがそれでも、問題は多いぜ? 戦争で街を占拠した際、そこで暴虐の限りを尽くしている傭兵の長や一部の隊員が全く悪夢の幻影に襲われないとか、そういう奇妙なうわさも聞いている。
 そんな、誰もが恨むような悪党でもお咎めなしだなんておかしいんじゃないのかい?」
「それは恐らく、その方に『罪悪感が全くない』からです。私も想定していなかったことなのですが、『誰かを苦しめたり傷つけたりすることに何の罪悪感も抱かない者』は、悪夢の幻影に襲われることがないのです。
 最初は、賞金首を捕まえた際に賞金首に恨まれて、その逆恨みによって生まれた悪夢の幻影が賞金稼ぎを襲うこともありました」
「あぁ、俺も襲われたな。小さい頃は暴れまわっていたから、全く罪悪感がないわけじゃなかったが……」
「ええ、真っ当な行為をしても逆恨みで悪夢の幻影に襲われてしまってはいけません。そのため、賞金首を捕まえただけで、真っ当なことをしただけのような罪悪感を感じていない者……そういう者が幻影に襲われないようにした結果、副作用として『罪の意識が全くない者』は悪夢の幻影に襲われなくなってしまったんです。私も、そんな者がいるだなんて思ってもみなかった、ですから……」
「……なるほどね。お前達の想定外ってわけか? それもどうにかできるのかい?」
「また、改善します。私も、不満があったら直します。私が作り出す悪夢の幻影に不備があると思うのならば意見は聞きます。私はより良い世界を作るために生まれた存在なんですから!」
 ロウエンにネチネチと痛いところを突かれて、イデは少々辛そうであったが、彼女は毅然とした態度で言い返す。
「それに、私は世界の誰かが私を必要とする限り存在し続けるし、必要とする思いが強く、多いほど私の力は強まるんです。私の力が世界規模に及ぶ以上は、それだけ私の力が望まれているという事ですから……私は、貴方の不満を聞きますし、改善点を探すことはしても、私が活動を止めることはしませんし、できません!」
 イデにものすごい形相で睨まれる。ドヒドイデの本体は非常に小さく子供のようだが、その周りに生える触腕は近寄りがたいくらいに巨大で醜悪、それが威嚇するかのように力がこもっているのを見ると、ロウエンも思わず後ずさりたくなる。
「出来ない、と言うのは? 殺すのを我慢できないと言う意味か?」
「いえ、違います。私が我慢をすると……私は、誰かを殺せないでいると、私が死にます。ですがそれは、私が死んでめでたしめでたしというお話ではありません。私は、私という存在は、体の中にとんでもない濃度の『憎しみ』や『怒り』といった負の意識の塊……淀んだ思念を抱えて生きている器なんです。そしてその負の意識を制御しながら生きているので、言うなれば台風や津波を体内に封じ込めていて、それをなるべく被害が少なくなるようにばら撒かないといけない。そんな存在なんです」
「具体的に、お前が死んだらどうなる?」
「私の体内に封じ込められた負の意識が、無差別に誰かを、何らかの方法で殺します。悪夢の幻影なんて分かりやすい手段じゃなく、もっと陰湿で、狡猾で、防ぎようのない何らかの方法で、生きとし生けるものを無差別に殺して回るでしょう」
「そりゃ、迷惑だな」
「だから私は、最適な方法で誰かを殺し続けなければなりません。この世界に怒りや憎しみが生まれる限り、殺し続けなければ、私の中にある負の意識が暴走して悪夢の幻影など比べ物にならない災厄がこの世界を包みますから」
「そう言われると、なんかとめちゃいけないようなきがするが、それは本当なのか?」
「私の言葉を信じてもらえないのであれば……レナ、私が嘘をついていないのが分かりますか?」
 イデは言いながらレナを見る。ロウエンもその視線を追ってレナを見る。
「えぇ、イデは嘘をついていないですね。私にはわかります」
 レナはイデとロウエンに見つめられながらそう断言した。
「そうか」
「レナも、同じく負の意識を抱え込んだ器なんですよ。放っておくと、悪人や傷ついた人達を隔離された空間に閉じ込めて、永遠に心地よい眠りを与えてしまうような……穏やかですが、危ない行動を引き起こす可能性を秘めた負の意識を、抱えて生きる器なんです」
「えー、私そんな危ないものを抱えているんですか? 怖いですね」
「そうです、怖いんですよ? レナの抱えるものはまだ弱いからマシですけれどね」
 レナの間の抜けた物言いに、イデは微笑みながら答える。
「そんな私を止めたいのであれば、私を殺すしかありません。私を物理的な手段で殺すことが出来るのであれば、私の中にある負の意識の結晶もまた……消滅するでしょうから。ですが、無理でしょうね」
「無理って言われると試したくなるんだが……」
「どうぞご自由に。ほんと、無理だと思うので、無茶しないでくださいよ」
 無邪気にも聞こえるロウエンの言葉に、イデは思わず苦笑する。だが、彼女の目に希望はなかった。
「ロウエンさん、オレンの実とモモンの実を用意しておきますんで、存分にやっちゃっていいですよ! 手が痛くなったり毒の棘が刺さったり、PPが切れたら言ってください」
 レナがロウエンを応援する……が。
「いくつで音を上げるか賭けでもするか?」
 周りにいるポケモン達は、無駄だと分かってかそんな軽口をたたくこのありさまだ。なんとなくその態度でロウエンも悟ってしまった。だが、啖呵を切った以上、何もしないわけにもいかないと、ロウエンはイデの触腕の棘がない部分を狙って殴りつける。
「……いってぇ」
 ロウエンは毒づく。しかしながら、イデはただロウエンを見つめるだけ。
「おらぁ!」
 と、今度は気合もたっぷりに蹴りを放つが、これでも微動だにしない。
「ならば、闇の炎に抱かれて消えな!!!」
 と、悪の波導を放つも、やはりそれも無駄だ。
「わかった、もう十分だ。なんかさっき俺で賭けをしようとした奴がいるみたいだが、結果は三発だよ」
 ロウエンは、イデをどれだけ殴り続けても彼女が全くダメージを負うことはないし、むしろ自分の拳が使い物にならなくなることを理解する。レナは殴れば傷つくし、痛みも感じるのに、イデは全くそんなことがない。レナがあんな風に攻撃をまともに受けていたら、それこそ歯の一つや二つ折れ飛んでいることだろう。体の構造の違いがあるとはいえ、ロウエンに殴られて無傷というのは流石にありえない。
「……こいつが強いのは良くわかった」
 人々の想いが生み出した存在であるイデ。悪党を殺したい、排除したいという想いがイデを生み出したという話ならば、イデの強さに見合う分だけの想いが、人々の間にあるのだろう。それが、器
「ダメですよロウエンさん。打撃でダメでも、投げ技や関節技ならダメージを与えられるかもしれませんよ、頑張りましょう」
「ドヒドイデの関節ってどこだよ!?」
 まじめな話をしていたつもりなのに、レナの空気を読まない応援のせいで何だか一気に空気が和やかになる。
「あ、そういえば……でもまぁ、投げ技は出来るわけですし、一回地面に叩きつけてみましょう」
「え、それは予想外ですよ、レナちゃん!?」
 レナのとぼけた発言に、イデも戸惑い気味だ。
「……まぁ、やってみるけれどよ」
 結局、ロウエンはレナの無責任な応援に渋々乗っかる形でイデの触腕を掴んで地面に叩きつけるのだが、これでもケロリとしている。
「な、無駄だったろ?」
「うーん、関節技かけたらどうなるのか興味があるんですけれどねぇ」
「まだそれにこだわるのかよ!? もういいだろ!? どうせ無駄だってば」
 レナのとぼけた言動に、もはや重い空気は吹き飛んでしまう。
「……ロウエンさんが、イデにダメージを与えられないことは私も分かっていました。ですけれど、なんとなくやってみたくなるじゃあないですか」
「レナには負けますね……呆れる呑気さです」
 レナの言い分にロウエンは呆れて言葉を失い、イデもため息をつくばかりだ。
「なぁ、イデ。俺は……こんな奴と結婚しているんだが、頭が痛いと思わないか?」
「はい、妹が苦労をかけます、ロウエンさん」
 ロウエンとレナが呆れている横で、ナイジャは一人笑っている。
「ホッホウ、それでこそレナらしくっていいじゃないか。重い雰囲気よりも、笑っていられる方がいいさ」
 ナイジャはそこまで一通り言って、満足そうにため息をついてからロウエンを見る。
「それでロウエン、どうするんだ? イデの事は、ネッコアラと同じように始末しないのか?」
「……出来るわけないだろ。イデの体が丈夫すぎてまるで歯が立たない」
 諦めたロウエンがため息交じりに肩を落とす。イデも同じように俯きながら口を開いた。
「見ての通り、ロウエンさんの攻撃をまともに喰らってもまるで傷つく様子がないくらいに、私の体は強いんですが……私は強くなりたくないんです。むしろ弱くなりたいくらいです。私は、この世界に生きるポケモン達が怒りや憎しみを覚えるたびに、力が補給されていきます。逆に言えば、私が必要とされなくなってしまえば、私は弱くなれるのです。ですから、出来る事なら、私が誰からも必要とされないくらいに、世界が平和になって欲しいのです。そのために私は、悪人を殺しています。それが長期的に見て世界を浴する方法なのかどうかは分からないですけれど、私はそれが私に与えられた使命だと思っています」
 イデが胸の内を告白すると、ロウエンは納得していない顔でうなずいた。

 正直、ロウエンの中にはイデの事を気に入らないという感情は未だにある。あいまいな基準で生み出された悪夢の幻影とやらが、悪人と言えど勝手に殺してしまうのは問題がある気もするけれど、かといってその幻影がいるおかげで治安が良くなったのも事実である。
 それゆえ、ロウエンはどうすればいいのかもわからない。前回発生していた悪夢の幻影は一般人すら襲われるという無視できない欠点があって、経済活動にまで影響が出たし、そのおかげで餓死者が出た地域や、放置された死体から広がった疫病で壊滅した地域すらあった。
 治安は確かに良くなったが、その傷跡は深く、吐き出す膿の量は計り知れない。悪人を殺せば、それだけで世界が平和になるわけではないのだ。
「イデ。あんたを弱くするには、人助けでも何でもして世界を良くするしかないってわけか?」
「そうなりますね。焼け石に水、でしょうけれど。あなたが生きているうちにはきっと無理でしょうし」
「わかった。だが、それしか方法がないなら、そうするしかないか」
 イデにきっぱり言われてロウエンは決意する。
「ホッホウ、ロウエン。お前さん、もしかしてイデを殺すつもりか?」
 ロウエンの言葉を聞いてナイジャは察し、口元に笑みを浮かべる。
「長い目で見ると、そうなるな」
 ナイジャの問いに、ロウエンはすんなり頷いた。
「イデの使命が、適度に誰かを殺さないといけなくて、それを止めたら尚更やばいっていうのなら、変に突っかかって潰し合うくらいなら、別の道を歩んだ方がよっぽどプラスだしなぁ。俺らは俺らに出来る事をやるべきだし……何より、レナも一応弱いけれど不の意識を抱えている存在なんだろ?
 レナと一緒に、世界を良くしていくってのもいいんじゃないのか?」
「ホッホウ、お人好しだねぇ、ロウエンは。だがそういうの、嫌いじゃないよ」
「私は嫌いじゃないどころか、そういうロウエンさんの心意気は大好きです。私はイデみたいに強い存在ではないですが、与えられた使命に見合うくらいの活動はしていきたいですし。ロウエンさんやナイジャが協力してくれるなら心強いです。これからも一緒にお願いしますね」
 レナに言われ、ロウエンは黙って頷き、彼女の手を握る。
「俺は別に協力するとは言っていないんだけれどね」
 やれやれと呆れながらナイジャは微笑む。
「ま、やることもないし、ほどほどにならば付き合うよ」
 肩をすくめてナイジャはそう言った。

「ありがたいことですね」
 前向きな事を話し合う三人を見て、イデがしみじみと口にする。
「私は、誰かを殺すことでしか存在を維持できません。犯罪が減ったとか、戦争が終わったとか、そういう報告を聞くと、それなりに救われた気分になりますが、それでも誰かを殺したという負い目は常に付きまとっていました。
 それに終わりを告げてくれるよう、手助けをしてくださる方が現れるなんて、そんな都合のいい事は早々起こらないと思っていましたが、レナは良い者と出会い連れてきてくれたおかげでそれも達成しそうです」
「えぇ、本当に親切で情に厚くって、いい人達ですよ。ちょっと自己肯定が不十分ところもありますけれど。だから、二人とも誰かに褒められていないと自虐的になっちゃうんで、私も二人の事をもっと褒めてあげなきゃって思っているんですよ。結構難しいんですけれどね」
「おいおい、俺ってそんなこと思われていたのかよ!?」
「実際お前、自己肯定が出来ていなかったろ。今はどうだか知らんが」
 レナに意外な印象を持たれていたことにロウエンは驚いていたが、レナと同じようにロウエンを傍で見ていたナイジャには、ロウエンの自己肯定が不十分なのは同意である。ナイジャ自身も自己肯定が低かった経験もあるため、自戒を込めてロウエンを皮肉った。
 レナとナイジャから同時に自己肯定が不十分と言われたロウエンは、もうちょっと自分に自信を持つべきだろうかと、苦笑しながら考えるのであった。

「ところで、イデ。俺から最後に一つだけイデに文句があるんだ」
「はい、なんですか?」
「俺達が現在拠点にしている村には、俺やレナがものすごくお世話になっている奴がいるんだ。俺達が今暮らしている村の村長でね……ものすごくいい人なんだが、その人も悪夢の幻影に襲われてね」
「それは……その方は、昔悪いことをしたのでは? もしくは、今現在隠れて悪いことをしているのでは?」
「うん、昔はかなり悪いことをしていたらしい。その人が悪夢の幻影に襲われないようにどうにか、ならないのか?」
 ロウエンの問いに、イデは目を伏せながら答える。
「たとえどれだけ改心していたとしても、その方を恨んでいる者がいる限り。そして、そのものが罪の意識を抱えている限りは狙われます。今がどれだけ善人でも。
 貴方が言いたいことは分かります。『その方を生かしておいたほうが、世の中のためになる』という事なのでしょう? しかし、それを望まない者もいる。どんなに改心しようとも極刑を望む者もいる……私は、その望みをかなえることしか出来ないのです。良かれ悪しかれ、私は『攻撃的な望みをかなえる』ことで、存在を保っているので」
「そうか。わかった」
 村長はどれだけの人に恨まれているのか、キュレムやらホウオウやら、規格外のポケモンの幻影に襲われている。あんなにいい人が襲われるだなんて、とロウエンは思っていたが、イデの言葉通りなのだろう。気に入らないが、かといって村長が犯した罪の被害者がどれほど恨んでいるのかロウエンには分からない。
 例えば、自分がレナやナイジャを殺されたら、その加害者がどれだけ改心をしようとも自分は許せないだろう。村長はそれだけのことをしたというだけの話なのだ。だから、村長が襲われるのは諦めなければいけない。イデが言いたいのはそう言うことなのだろう。
「気に入らないが、納得はしたよ」
 ロウエンはイデのやろうとしていることはあくまで気に入らなかったが、しかしそのやり方を尊重することにする。結局、恐怖こそが悪行を抑制する確実な手段だということは、ロウエン自身分かっているから愚痴以外は言えない。
「まぁ、なんだロウエン。イライラするのも仕方がないが、俺達まだ六に自己紹介もしていなかったろう? せっかく客人として招かれたんだ、自己紹介くらいはしたらどうだ? 楽しく話せるような状況じゃないかもしれないが、話をすることは大事だぞ? 自分の不満を話すことも、相手の良いところを探すことも出来る」
 ナイジャはそう言ってロウエンの肩を叩く。ロウエンはそうだな、とつぶやき、その場にいるポケモン達に自己紹介を始めた。

 そこで知り合ったポケモン達は、皆ロードと同じく最初は普通に悪党を懲らしめるだけで、殺したりひどい目に合わせたりはしなかったらしい。しかしながら、釈放された者が再び罪を犯したり、逆恨みで保安官に訴えた被害者への復讐をしたりといった者を見て、殺さなければ悪事をやめられない者もいるのだという事を知ってしまい、それがきっかけになってイデの考えに賛同するようになったという者が多い。
 無論、釈放されて再び罪を犯した者の中には貧困によりそうしなければ死んでいたという者も少なくない。それを許すか許さないか、彼らは今でも悩んでいると告白する。
 悪夢の幻影を生み出すために、夢の世界と現実世界を繋いでいるクレセリアも、昔はいろんなところで人助けをしていたそうだが、どんなに優しくしても悪事をなす者がいる事に疲れ果てたのだという。
 そんな者たちが言うには、レナが持つ『そこにいるだけで人を安心させたり癒したりする』という能力が羨ましいとのこと。そんな能力があれば、もう少し悪人を更生させることも出来たかもしれない。悪人を殺すよりも、救うことを目指していたかもしれないと彼らは言う。
 だが、レナの能力も万能じゃなく一時的なものである。近くにいれば落ち着くとしても、結局レナの傍を離れてしまえばまた悪事をする者だっている。

 イデ達が作り上げた悪夢の幻影のおかげで、『悪事を行えば天罰が下る』という風潮が世界中で出来上がっても、それでも罪を犯すことをやめられない者もいる。そういった者達を止めることは流石のイデにも不可能だ。レナの能力も、イデの能力も、世界を平和に導くにはあまりに弱く、不完全な力なのだ。
 ロウエンもその辺は心得ている。どうせ自分一人の力で世界を平和にだとか、そんなのは不可能だろうと思っている。まぁ、手の届く範囲だけ、誰かを救えるならばそれでいいさというのが彼の認識であった。

「……それで、イデに会えたはいいけれど、私はこれからどうしましょうかね、ロウエンさん? 村に帰ったら、何しましょうか? またいつも通りギルドから回される仕事を受けて人助けの毎日ですかねー?」
 話もひと段落ついたところでレナが尋ねる
「そうだな……レナの力が強くなったるって聞いたけれど、別になんか変わったように見えないし……かといって、現状維持というのもなんだかつまらないしな。あの村も、俺たち以外のダンジョニストが揃い始めてきているから、抜けても発展には問題なさそうだしなぁ……っていうか、レナって本当に強くなったのかこれ?」
 言いながらロウエンはレナの頬をつまんで引っ張る。レナは間抜けな顔にされているというのに、嬉しそうに顔を緩ませる。
「あぁ、それでしたら……私とレナは、特別な方法で生み出された姉妹のような存在なので、お互いにテレパシーで通じ合うことで力を分け合うことが出来るんです。今日ここで、レナが強く私を認識したので……これからはテレパシーをスムーズに行えるようになれますし、レナにより多くの力を分け与えることが出来るようになりました。ですから、レナ私のが必要とするときは、強く祈って呼んでくだされば何とでもなりますよ」
「えー、そうなんですか? でも、イデの気持ちは嬉しいのですが、現状今のところ、私に強い力がないとどうにもならないっていう場面も少なくってですね。
 どうすればいいのやらわからないんです。そりゃ、私が強いことにこしたことはありませんが……私が強くなるよりも、ロウエンさんやナイジャさんのような親切な人が単純に増えれば何とかなることが多いですしね。
 ぶっちゃけ、私にしか出来ない仕事ってのが今のところ本当に少ないんですよ」
 イデから告げられたレナの力を強くする方法だが、よく考えれば確かにレナの言う通り、現状では彼女の力が強く必要とされるような場面は少ない。それをどう活かせばいいのかも現状分かっていない。
「分かっていないのは、そういう場面に直面したことが無いからじゃないのか?」
 話を聞いていたオオタチの男が問う。
「うん? だから、そういう場面に直面したことが無いのは、使いどころが分からないんだから当然だろ……?」
 オオタチの言葉がいまいち意味を飲み込めず、ロウエンが問い返す。
「あぁ、つまりだね。ロウエンさんもレナさんも、ギルドから依頼を受けて人助けをするようなことはやっているみたいだけれど……世の中にはギルドに依頼を出せないような人もいるし、ギルドが受理してくれない依頼もある。ギルドの管轄外で、依頼を出すことが出来ない場所もある。
 そういうところの依頼を、プライベートで受けたことはあるかい?」
「そういえば……住んでる村の依頼くらいならばプライベートで受けたことはあるが。あとは、出かけた先の地域にいる子供のお願いを聞くくらいならあったが」
「そうですね。基本的にギルドの依頼を受けるくらいでしたからね……依頼すら出せないくらいに困っている人はまだまだたくさんいたかもしれません」
 オオタチの言葉を聞いて、ロウエンとレナは顔を見合わせて考える。確かに、自分達は人助けはしていたが、それもギルドを通した依頼が主である。一応、賃金が安くて割に合わず、誰も依頼を受注してくれないような依頼も受け付けてはいるものの、オオタチの言うような理由で依頼を出すことすら出来ない者もいたかもしれない。
「でも、そういう人を助けたところで、別にレナの力を有効利用できるとは限らないし、やってみる価値があるかはわからないけれどね」
 最後にオオタチがそう締める。
「でも、やってみる価値はありそうですね。あの村にいてもいろんな依頼を受けることは出来ますし各地から身寄りのない子供を引き取って育てたりとかしていますが……でもそれだけじゃ、分からないこともあると思いますし」
「レナがそういうのならば、俺は反対しないぜ。俺達も村長にはものすごくお世話になったが、俺も村の発展に尽くして義理は果たしただろうし、村事態に俺たち以外のダンジョニストも育っていることだしな。いきなりいなくなるってのはダメだが、もう少し後任のダンジョニストを育てて……それで、村がもう俺達なしでも大丈夫だということになったら、村を出て旅に出て……出て、どうするんだ?」
「おいおい、目的もなく旅に出るのか? 大丈夫なのかよ……ロウエン」
 ロウエンは旅に出るまでの計画を考えるが、しかし旅に出てからどうすればいいのかは全く見通しが立っていない。そんな彼に呆れてナイジャは苦笑する。
「そうは言われてもだな……旅に出るということになっても、何をすればいいかもわからないし……当てのない旅をするのもなぁ……」
「それはそれで面白そうですけれどね」
 まじめに考えるロウエンとは対照的に、レナはお気楽だ。
「うーん、面白そう……でいいものなのかそれ?」
「いいんじゃないのか? 別に悪いことをするために旅をするわけじゃあないんだ。人助けでもしながらのんびり旅をしていたら、心が豊かになるかもしれないし……ま、逆に感謝どころか恩をあだで返されたりして心がすさむかもしれないがな」
 唸り声をあげて悩むロウエンにナイジャは言う。冗談とも警告とも取れる、その言葉は、ロウエンをさらに悩ませる。
「怖いこと言うなよ……」
「人助けをしても、恩を仇で返す幼な奴はいる。そういう奴を見て、レナが心を病んでしまう可能性もあるという事だ。ホホウ……それとも、ロウエンは世の中、誰かに優しくすれば優しさが必ず帰ってくるとお考えで?」
「……そんなわけねえことは俺も良く知ってるよ。だけれどそれは、レナだって覚悟の上だろ?」
「まー、裏切られることってよくあることですからねー。それにどういう風に心の整理をつけていくかは、やってみないことにはわかりませんけれどね」
 ロウエンが深刻に考える横でレナは相も変わらずお気楽だ。ロウエンもナイジャもそれに対して心配を覚えるが、そんな心配など彼女はまるでお構いなしである。
「その過程で傷ついたり、嫌になったら休めばいいんです。それでもだめなら、恩返ししてくれそうな方だけを助ければいいんです。別に、世界の全ての人を笑顔にする必要なんてありません。人助けをするのはいいことですが。誰も彼も助ける必要なんてないんです、ひいきしていいんです、気楽にやりましょう」
「ホッホウ……予想以上にいい加減なやり方だな、こりゃ。だが、まじめになったほうが逆に辛くなるかね」
 レナのあんまりな言い草にナイジャは苦笑する。
「だが、正しいことかもな? 本当は悪人も救うというのが一番理想的なことだけれど、救えない奴もいる。悪党にも三種類いるものさ……誰かを傷つけないと生きていけないから悪事に走る者もいるが、楽をしたいがために誰かを傷つけてでも何かを奪おうとする者もいる。そして楽をしたいとかそんなことすら関係なしに誰かを傷つけるものが好きな者だ。
 誰かから奪わなければ生きていけない者ならばともかく、後者を救うことなんて、不可能に近いことなんだから、無理してそんな奴に関わらないほうがいいというものさ。それこそ、そういう奴をどうにかするのがイデの仕事だ。そうだろう?」
 ナイジャがイデに視線をよこすと、イデは困ったように頷いて見せる。
「えぇ、悲しいことですがね……」
 弱弱しい声を付け加えて、イデはため息をついた。
「まぁ、旅に出て何をするかなんて今すぐに考えるべきことじゃないさ。旅をしているうちに目的を見つけるというのもありだし、村長や他の誰かの話を聞いてからでもいいじゃないか。もちろん、俺のことも連れて行ってくれよ?」
 そう言ってナイジャはロウエンにウインクをする。口では『悪くない』なんて消極的な表現をしているが、本心ではもっと一緒に旅をしたいとでも言いたげだ。
「確かに、時間はいくらでもあるし、焦って決める事じゃないか。お前さんの言う通り、旅をしながら決めたっていいことだしな」
 そんなナイジャの顔を見て、ロウエンも彼の意思をくみ取る。旅をするというのは楽なものではないが、この三人でならば、そう辛い道のりではないだろう。
「あの、それでしたら……その旅の目的とは少々違うかもしれませんが、一つ提案があるのですが、どうでしょうか?」
「と、言うと?」
 話もいったん保留という形でまとまったところで、イデからの提案。何を言うのかとロウエンが首をかしげると、イデは静かに頷いてレナを見る。
「レナは、私達の親に会いたくはありませんか?」
「えー、そりゃもちろん会いたいですよー。っていうか、生きていたんですねぇ」
「当り前ですよ。私達を産んだのはイベルタルとゼルネアス。交尾して産んだものではなく、ちょっと特殊な方法で産んだため血がつながっているわけではないのですが……それでも、私達の親であることは変わりなく、私たちがなぜこうしてこの世に生まれたかを聞くためのいい機会だと思いますが……」
「えー、親には会ってみたいですけれど、でも……それってイデが今言っちゃだめなんですか?」
「いや、いいですけれど……やっぱり親の口から直接言ってもらったほうがいいと思うんだけれど、そうじゃないな今教えちゃってもいいけれど……風情が無いなぁ」
 レナの言うことはもっともで、イデがここで教えてしまっても別に構わないと言えばそうである。しかし、予想外に風情もロマンもないレナの答えにイデも戸惑った。
「風情がない……かぁ。まぁ、そうですね。会いたいことには変わらないですし、親に会ったその時に聞いてみることにします。と、いうわけで、親のいる場所を教えていただけますか?」
 村内での心遣いも一応はくみ取って、レナは笑顔で問う。イデはすっかりペースを崩され、がっくり項垂れるのであった。
「あぁ、はい……教えますから、地図持ってくるので待っててください」
「……レナのマイペースぶりは頭が痛くなるな」
 イデもロウエンも、レナの言動には疲れてしまうばかりだ。
「ホッホウ! レナとイデの親……か。いったいどんな奴かね。レナと性格が似ていたらさらに面白そうだ」
 ナイジャはそんなレナとロウエンのやり取りを見ているのが好きで、一人口元を抑えて笑っている。

 次……HEAL14,皆の生きる道

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  • メロエッタの歌の歌詞はなんか聞いたことあるなと思って考えてみたらそういえば中の人同じでしたねw

    確かにポケダンってどう考えても「はい」という選択肢しかないのにあえて「いいえ」も選択できる場面って多いですよね
    まぁ、寧ろ「いいえ」選んだ方が相手の可愛い反応見れて非常に眼福なんですけどねw(特に超ダン) -- ナス ?
  • 例の歌は、ケルディオの中の人も歌っていたため個人的にはネタ度も高い曲でしたw メロエッタの歌ならあれくらいのことは出来ると思いまして……

    ポケダンのお約束については、それらをふんだんに取り込んで作品を完成させたいと思っています。可愛い反応も含めて、自分が表現出来る限りのも絵を詰め込めるよう頑張ります。
    コメントありがとうございました -- リング
  • アローラの新ポケをいたるところで登場させる、SM発売を記念したような心意気あふれる長編でした。立ちはだかる困難に対して自分たちなりに考え抜き常に成長を続ける主人公サイドを描き切ったのは、ひとえにアローラ御三家への愛情がなせる業でしょうか。ポケダンの世界を踏襲した設定や小ネタも嬉しいところですね。
     ただオシャマリ救出後、開拓村以降のストーリーは中だるみ感が否めません。レナを救ったことでロウエンに対立するキャラが失せ具体的目標も見えなくなり、それからはレナに関する秘密をのろのろと解き明かしていくだけで緊張感が足りなかったように思います。ネッコアラやルナアーラ戦など、印象に残るシーンがもっと欲しかった。敵側に擁護できないレベルの悪役を登場させるなり主人公サイドで仲違いさせるなり、読み手を飽きさせない工夫があると読み進めやすかったのかな、と。 -- 水のミドリ

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Last-modified: 2017-06-29 (木) 23:55:48
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