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HEAL14,皆の生きる道

/HEAL14,皆の生きる道


 拠点となっていた村に帰ると、村長が死んでいた。悪夢の幻影に殺されていた、というべきか。ロウエン達が来るまで葬儀は行われておらず、氷に包まれた死体は無残に引き裂かれていた。
「何があった?」
 重い雰囲気に包まれた村の中、聞くまでもない事だがロウエンが尋ねる。
「アルセウスの姿を取った悪夢の幻影が現れましてね。抵抗したのですが、傷ついていく村人を見て、村長は身を投げるようにしてアルセウスの手にかかりました。その後悪夢の幻影は消えて……その……今はその後片付けも終わったのですが、皆さん傷ついていらっしゃるので型付けにも時間がかかり、すこしばかりいろいろな仕事が遅れ気味です。ロウエンさんやレナさんがいないと、戦力不足ですね……」
「そう、ですか……」
 自分の姉に当たる存在が作り出した幻影がみんなの大切な人を奪ってしまう。覚悟はしていたが、それが実際に起こると、自分がやったわけでも無いのに何とも言えない罪悪感に襲われる。いつもお気楽でおっとりしているレナでさえも、この場から逃げ出したいくらいに気まずかった。
 葬儀はロウエン達が帰ってきたことですぐに取り行われ、ロウエン達も疲れを押し殺して参加する。
 村長の事を誰より慕っていたナイジャはひどく涙を流していたし、明らかにレナの方を見ないようにしていたが、彼は案外落ち着いていた。レナもまた悔し気に涙を流していたが、ロウエンは涙を流すことなくため息ばかりついている。
 涙を流していないから冷血なのかと言えばそういうわけでも無く、ロウエンはいつになく疲れた顔をしているので、それが彼にとっての悲しみの表現方法なのだろう。話しかけても気のない返事が多いため、しばらくはそっとしておこうということで、村の者達も己の日常に戻ろうと努力をするのであった。

 村長がいなくなるとともに、村長の代理として名乗り出たのはハーデリアの青年、ヨークであった。彼は故郷の町で、とあるダイケンキの下で働きながらもう勉強をしていたらしく、この村に移り住んでからも村長の仕事を毎日観察していた。そのおかげもあって、引き継ぎの方は大方きな問題なく進んでいる。
 しかしながら、交易や交流をしていた周囲の村も、アルセウスの姿をした悪夢の幻影だなんて化け物に襲われたて死亡……だなんてのを聞くと困惑せざるを得ない。いったい何をやらかしたらそんな悪夢の幻影に襲われるのか、普通に暮らしている者達には見当もつかないため、黒いうわさが飛び交っている。
 過去に村長がやらかしたことに関しては今のところ広まっていないようだが、そのせいか逆に今現在相当あくどいことをやっていたのではないかという事実無根の噂が流れている。そのため、この村との交流を控えようかという動きも出ており、人の流れも少しばかり陰っている状態だ。

 村長が死んだ今、キュレムやらホウオウやらアルセウスやら、巨大な悪夢の幻影に襲われることはないと思うが、村長の知り合い達はまだまだ時折襲われている状態だ。こんな状態では、まだまだ黒いうわさが絶えることはなさそうだ。
 そういうわけで、しばらくは村の物流に影響が出そうな様子ではあるが、まじめにやっていればいつかはそんな噂を誰も気にしなくなる日が来るでしょうと、ヨークは疲れた笑顔を見せた。
 そんな状況では旅に出ると言いだしづらく、ロウエンとレナはしばらくいつも通りにギルドから回ってくる仕事を受ける。今回の旅で何があったのかを、村の住人は詳しく尋ねることはしなかった。イデのところへ出かける旅は悪夢の幻影に関係があるというのは分かっていたので、だからこそレナ達が何も語らないのであればそっとしておこうと。
 もちろん、そんな物分かりのいい者達ばかりではなく、ロウエンとレナに詰め寄って今回の旅で何があったのかを問いただす者もいたが、レナが悪夢の幻影を発生させた犯人の妹だという事を伏せながら話す自信が二人にはないため、口を閉ざすばかりであった。
 あの旅以降、レナとイデはテレパシーを自由自在に行えるようになり、それを利用して、村長が殺されたことを伝えると、イデはそれはもう気まずそうに『申し訳ありません。早く改善できるよう善処します』とだけ謝ったそうだ。
 どんな言葉を出しても言い訳にしかならないというのはイデ自身理解しているのだろう。彼女は言い訳せず、どんな罵りも甘んじて受け入れる覚悟があるようだ。場合によっては殴られようとも彼女は黙って耐えるだろう。無論、殴られたくらいで死ぬのであれば、あの時ロウエンに殺されていたであろうが。

「はぁ……イデを殺せば悪夢の幻影は終わるけれど、殺せなかったとか、レナはイデの妹だとか……言えるわけねーよな」
「言ったら、なんと言われることか分かりませんからね。ナイジャならこういう時に上手く説明してくれるのでしょうけれど、私たちって余計なことを言ってしまいそうだから……」
「お前にその自覚があって良かったよ」
 さりげなくレナを馬鹿にした発言をするロウエンだが、レナは気苦労からか答える気力なかった。
「ナイジャもまだ悪夢の幻影に襲われているはずだが、後を追ったりしないか心配だな……」
「一日一回はテレパシー球で通信していますし、そこまで問題はないんじゃないですかね? 一応、元気はなさそうですが生きてはいるみたいですし……」
「俺達も村も、早いところ元気を出して今までの日常に戻って行かないとなぁ」
「まー、そこら辺は時間が解決してくれるでしょう」
 やはり、レナはこんな時もお気楽だ。今は無理でもいつか立ち直れる日が来るさと、自分が立ち直れていない状態だというのにそのセリフだ。相変わらずの楽観的な考えだなと、ロウエンはため息をついた。

 けれど、レナの言う通り、村は少しずつ活気を取り戻していった。結局村長が何をしでかしたとしてもその証拠も見つからないし、今村長代理をやっているヨークは悪夢の幻影に襲われることなく頑張っている姿を周囲に良く見せている。
 まだ至らないところは多いが、周りの村人が全力でヨークをサポートしているところも見かけられるので、悪い噂も次第に鳴りを潜め、『今がいいならそれでいいじゃないか』という認識に改まったようだ。

 そうこうしているうちに、イデに会うための旅からは二カ月ほど経った。いまだ村長の墓には花が添えられているが、村人たちももう涙を流すことはなくなった。ヨークもこの二カ月ですっかり立派になり、今では村長の仕事をバリバリとこなしている。以前から暇があれば村長に付き従い、その仕事ぶりを見ていたことも幼い頃からきちんと勉強していたことも、この結果につながる大事な過程だったのだろう。
 他のダンジョニストもギルドの依頼を積極的に消化するようになり、悲しみを乗り越え、今まで活気がなかった分を取り戻すように精力的に村が動いていた。

 このころにはナイジャも復活しており、気ままに旅をしながら、ギルドの依頼を受けずに、ダンジョンで物資を獲得しては街で売りさばくフリーのダンジョニストとしてなまった体を鍛えているようだ。
 会っていない間にナイジャも色々と考えていたことでもあるのか、彼もあって話をしたいことがあるようだ。いい機会なので、ロウエン達はレナの親に会うべく、龍脈の宿る地と呼ばれる場所へと向かうことになった。

 テレパシー珠にて連絡を取ると、ナイジャはどうせそういう流れになることは分かっていたからなのか、あらかじめ龍脈の宿る地にほど近いところを旅していたようで、現地に程近い村の前で合流しようということになった。
 目的のダンジョン、龍脈の宿る地とは、文字通り龍脈と呼ばれる大地のエネルギーが集まる地であり、非常に豊かな土壌に恵まれた肥沃な土地である。龍脈と言ってもドラゴンタイプにだけ理があるようなわけではなく、そこに住むほぼすべての生物に良い影響があるとされている。
 そんな暮らすうえで理想的な地ではあるが、じゃあ快適な場所かと言えばそうでもない。食料や木材はすぐに腐り、病気は悪化するのも治癒するのも早く、処置の遅れは重症化につながりやすい。そして害虫たちの動きも活発であり、猛毒をもち、炎や電気にも耐性のあるような小さな虫にたかられて、周囲の敵を追い払うすべのないポケモンが死んでしまうことは日常茶飯事だ。
 要するに、生きるも死ぬも活発な場所である。

 そんな場所なので、医療に関しては衛生面を重視されており、消毒効果の高い木の実の成分を抽出した薬品が、最寄りの村の雑貨屋にはずらりと並び、また虫よけの薬品やモモンの実から作られた強力な解毒剤など、盛りだくさんである。
 皮肉にも、ゼルネアスというフェアリータイプの伝説のポケモンが暮らすダンジョンがすぐそばにあるというのに、毒タイプや鋼タイプのポケモンが目立つのもその環境ゆえだろう。

 その村を越えて一日ほど歩いたところにダンジョンはある。そのダンジョンは毒タイプと虫タイプのポケモンが跳梁跋扈するダンジョンであり、タイプもさることながら出現するポケモンのレベルも非常に高く、その先にフェアリータイプの伝説のポケモンが控えているというのに、その本人がきちんとダンジョンを越えられるのか心配な難易度を誇るダンジョンだ。
 当然、草タイプとフェアリータイプを連れての旅路は、そうでなくても難易度の高いダンジョン故に過酷を極めるであろう。その下準備のために、ナイジャは付近の難易度の低いダンジョンへ潜りいろんな物資をそろえていて、宿屋もない小さな村なので間借りしていた部屋にて大量の道具を並べていた。
 ナイジャはこの時、ナタリアを名乗って女性らしくふるまっており、頭から垂れ下がるお下げ髪には花飾りをつけ、おしとやかな雰囲気で過ごしていた。砕けた態度をとる男装時とは違い、礼儀正しい本来のナイジャ……もとい、ナタリアは家主とは良好な関係を築いていたそうだが、先日ダークライの姿をした悪夢の幻影に襲われたことで、ちょっと警戒されているとのこと。
「で、貴方みたいな人を殺す意味はありませんよ。悪人以外には手に掛けませんから……って言ったら、ひきつった笑みを浮かべてハハハハハハ……って。長居は出来そうにないし、この件が終わったらすぐに身支度して、村を出なきゃな」
 もう取り繕う必要もなくなったのか、ナイジャはいつもの男口調に戻っている。彼女にとってはナタリアよりもナイジャの方が自然な自分であるようだ。
「いや、そりゃビビるだろ。そこらへんのポケモンの姿を模した悪夢の幻影ならまだしも、ガッチガチの伝説のポケモンの幻影に襲われるなんて相当な悪人じゃないか……」
「そうだな。悪夢の幻影はより恨まれている奴ほど強いのに襲われる……伝説級の犯罪者は伝説級のポケモンが襲ってくる。良く出来ているね。おかげでこの家はもちろん、村そのものに居づらくなったよ」
「しかし、それに勝てるナイジャも異常だな。ダークライなんかにどうやって勝ったんだ?」
「全力で羽ばたいて逃げて遠くから矢を撃ってたら消えたからな、きづいていたら勝ってたよ。知性が無い敵を相手にするのはたやすいよ。そういうわけで、今夜この家で滞在したら、明日はお礼をして完全退去。帰りはこの村に寄り道せずに帰るぞ」
「えー、休めないんですかぁ? まぁ、仕方ないですよね」
「大丈夫だ、近所には他のところにも村はある。金と食料と土産話があれば誰か知ら泊めてくれるさ。俺もいろんなところを旅してきたが……女の恰好してこれまでの旅の話をすれば、大抵の奴は興味を持ってくれるからな」
 そう言ってナイジャは微笑む。
「色仕掛けは重要ですもんねー」
「そうだ、その点ロウエンはダメダメだ」
 レナとナイジャは顔を見合わせてから、ロウエンの方をちらりと見て言う。
「……悪人面だからってそこまで言われると傷つくぜ」
「いやでも、相変わらず男には持てるじゃないか」
「嬉しかねーよ!」
「私達と結婚して女は寄り付かなくなりましたけれどねー。評判は良いし、今でも憧れる女性は多いんですけれどねー」
「いっそもう一人くらい妻を娶ったらどうだ?」
「いや、お前らほど魅力的な女がいないからいい」
 ナイジャに煽られるロウエンだが、憤るでもなく焦るでもなく即答する。
「いい答えじゃないか。嬉しいねぇ」
「頑張って人助けをしてるようないい女が、そうそういるとは思えないけれどな」
「ロウエンさんにとっていい女って、頑張って人助けをしている方なんですねぇ……」
「まあな。自分がそうだから、同じような目的を持った奴の方が何かと都合がいいし……ナイジャもレナも、誰かが笑顔になると自分も笑顔になるような奴だから、そういうのがいい女だって俺は思ってるよ」
 ロウエンが二人を褒めると、二人は得意げだ。
「でも、ナイジャは昔いろいろやってたんだっけ……いい女って言うべきなのかどうか」
「気にするな。他人を甚振ることを、奴隷だからと正当化するような奴らだ」
「お前も、他人を殺すことを悪人だからっていう理由で正当化してるけれどな」
「そういうことは言うなよ……意地悪だぞ、ロウエン」
「自戒のためにも、言っておかなきゃならないんだよ。今のお前をどうこう責めようというつもりはないが……他人を幸福にしようとするうえで、誰かを不幸にしなきゃいけないこともあるだろうしな。それがたとえ悪人であっても……」
「まー、救えるもんなら救いたいですよね」
「とはいえ、努力目標だがな。反省がないなら痛めつけもするし、場合によっては殺すかもしれない。ただ、殺すということは最終手段だってのは肝に銘じておかないと……いつかは、正義の名のもとに罪のない人を殺しかねないし。そうなってしまうのが怖いんだ」
 そう言ってロウエンはため息をつく。
「イデも、今は自分なりに方向性を決めて殺す奴を決めているようだが、それもいつしかゆがむとも限らないし……」
「常に、自分がやっていることは妥当かどうかを自分に問いかける心構えが必要ですねー」
「その通りだな。正しいことなんて、自分だけで決められるものでもないし……妥当っていう表現は悪くないのかも。レナの中には、放っておくと誰かを閉じ込めて眠らせてしまうとか言う、危険な負の意識の塊が閉じ込められていて、だからレナはそんな負の意識の代わりに、誰かを守ったり落ち着かせる必要があるとかイデが言っていたな。
 その過程で、誰かを傷つける必要なんかも当然あるだろうし、そうした時に、自分がやってきたことを振り返る時間は必要だから、思いだした時にこうして厭味ったらしくなってでも、確認するのがいいと思う」
「ロウエンはまじめなこって。俺は、長い目で考えるのは苦手だよ。目の前でいじめられている奴がいたら助けたくなっちまう。その結果、今は悪夢の幻影に命を狙われる始末だが……後悔はしていないよ」
 言い切るナイジャに、ロウエンは仕方ない奴だとばかりにため息を交える。
「後悔はしていなくとも、それが正しいかどうか、考えなきゃいけないのさ」
「でも、困っている人のために何かを代わりにやってあげるのは、きっと正しいことだと思いますよ。難しいことを考えずに人助けをすればいいんです」
 レナは難しいことを考えるロウエンに、笑顔で語り掛けるも、ロウエンは難しい顔を崩さない。
「それもどうだかな。助けちゃいけない奴だって、いるかも知れないんだよな。まー、確かにそんなことばっかり考えていちゃきりがないし、気楽に生きなきゃいけないのかもな」
「ロウエン、お前はまじめすぎだよ。少しくらい、難しいことを考えずに生きたほうがいい」
「かもな」
 ナイジャに諭されロウエンは自分に言い聞かせる。イデと色々話をしてから、どうも自分が今までやってきたことが正しいのかどうか、そんなことが気になってしょうがなかった。

 ゼルネアスが住む龍脈の宿る地へと続くダンジョンは途方もないほどの高難易度を誇り、しかも鋼タイプや毒タイプが多いことからロウエンを前衛に置き、二人は後方支援に徹することで何とか抜けるしかない。
 幸い、この三人組の得意分野を考えればロウエンが前衛で、二人が後方支援というのは非常に理にかなった構成であり、体を這ってロウエンが攻撃を受けることで、後の二人はほぼほぼ無傷である。それでも、高温多湿で雨が降りやすい環境ゆえ、悪タイプの技しか使えずロウエンが苦戦することも多い。そうして敵に囲まれ、たまらずロウエンが退いてしまうこともあるが、その際はレナもナイジャも体を張ってロウエンを守る。
 二人ともロウエンほど近距離での戦いは得意ではないが、いざという時は仲間を失わないために全力を尽くす。傷を負うこともあるが、ロウエンが退くことを考えるほどの傷に比べれば浅い。どうせダンジョン内で負った傷はすぐに治る。
 お互いを励まし合いながら、傷が治るまでの間ナイジャが率先して前に出て、レナはロウエンに寄り添い彼の怪我が治るように自身の力を行使する。そうしてロウエンの調子が良くなってきたら再び前に出る。シンプルではあるが、それが一番のダンジョン攻略への近道であった。
 特筆すべきはナイジャの狙撃能力の高さであった。相性が悪いロウエン相手でも傷ひとつ追わずに立ち回ることが出来るほどの彼の戦闘能力は驚異的で、ロウエンの頭上を越えた矢羽は吸い込まれるように下へと曲がり、相手の影を穿ち、その場に押しとどめる。影うちの効果で動きを制限されているその隙にロウエンが一歩引いて遠距離攻撃で仕留めるなり、地面の石や木の枝を拾って投げるなどして攻撃することも出来る。連携が取れた三人にて傷を負わせることは出来ても打ち崩すことは叶わず、三人は苦労の果てに長いダンジョンを突破する。

 そうして訪れた龍脈の宿る地は、濁った沼に美しい桃色の華が咲いた場所である。
「なんだよ、ものすごく濁ってるじゃねーか……なんかこう、澄んだ水に美しい草花ってのを想像していたんだがなぁ」
「水澄んで魚住まずという言葉もある。濁っていた方がいきものが育つうえでは都合がいいんだぞ? ヌメルゴンとかヌオーとか、こういう環境を好むものも多いしな」
「そうか……しかし飲む気になれない水だなぁ。喉乾いたのに。血を飲むのもいいけれど、たまには普通の水を飲みたい気分だぜ」
 ロウエンは足元の茶色い泥水を見て、顔をしかめる。
「水を作るために火を熾すにしても、しけってそうですからねぇ。しょうがない、私が水を出しましょう」
「水タイプの体って一体どうなってるんだ?」
「はは、それを言ったら俺の体もお前の体も分からないことだらけさ。腐葉土を体に纏っていたら肌が若さを保っていた俺も、炎を平然と吐くお前さんも分からないことだらけで、羨ましいことだらけさ」
 ナイジャは二人を見て笑う。
「みんな違ってみんないいってことですね」
「そうまとめちゃう?」
 そんなナイジャの言葉を聞いて、レナは非常にざっくばらんにまとめてしまう。分からないことについて話していたはずなのに、いつの間にか欠点や利点の話になっている。
「っていうか、澄んだ水を出すにしてもレナが一度飲まなきゃいけないわけだが……この水飲んで大丈夫なのかよ?」
「お腹を壊さないといいがな」
「うーん……熱湯で消毒します?」
「それ、俺に言ってるよな……結局俺が火を使うのか」
 水を飲む飲まないで具ラグだと話し合っている三人だったが、結局このまま飲むのは危険だろうということでまとまり、どうにか飲める水が無いかを探すことになった。とはいえ、それは簡単に見つかるものでもなく、結局ナイジャが大きく飛びあがって自慢の視力で探すことになったのだが、早速彼は何かを見つけたようだ。
「ほっほう、むこうにゼルネアスがいるぞ! 寝てる! たくさんの水瓶がある。ここは雨が降りやすいんだろうな」
「じゃあ早速会いに行きましょう!」
 ナイジャがゼルネアスを発見すればとんとん拍子で話も進み、一行は寝ているゼルネアスの元へ。ゼルネアスはよほど長い時間眠っていたのか、体に蔦草が巻き付き苔も生えていたが、こちらに気付くとのっそり動き出して身づくろいを始めていた。悠然と立ち尽くしながら待っていてほしいくらいだが、長寿のポケモンは暇な時はずっと寝ているのかもしれない。
 そんなことを考えながら歩いていても、結局ゼルネアスの身づくろいは終わらず、うす汚れたままの格好でロウエン達と顔を合わせてしまう。周囲には巨大な皿状の葉が浮かぶ濁った沼。ゼルネアスはそこに束ねた丈夫そうな草を用いて浮島を作り、たたずんでいる。夜空のような紺色の体に、きたならしく黒ずんだ苔だらけで……
「よくきましたね、レナ」
「えーと、貴方が私の母親だって聞いたのですが―」
「えぇ、そんなようなものです」
「ほっほう……こんな神々しいお方が母親とは、レナもなかなかの存在だねぇ」
 レナが当たり前のように話しているのは、自分達の身の丈の数倍はあろうかという巨躯のポケモン。それも、二足歩行ではなく鹿のような体型をした四足歩行でそれなのだから、普通なら威圧感は半端なものではない。
 だけれども、そのまなざしは驚くほどやさしく、見つめられても息苦しさはまるでない。母親に見つめられても、幼子がそれに怯える事などありえないように。無条件で安心させるだけの説得力を持った何かが、ゼルネアスにはある。
「えーと、なんといいますか。積もる話もあるんですが、その前にみんな喉が渇いていますので、水を……」
「えぇ、そうですね。そこで座って待っていてください」
 そう言って、ゼルネアスはふわりふわりと水瓶を浮かせて三人の前に持ってくる。喉が渇いていた一行は、それに口をつけてがぶ飲みし、のどを潤し腰を下ろした。ゼルネアスも四肢を折りたたんで浮島に座し、レナをじっと見つめる。
「どこから話せばいいのやら。イデがここに尋ねてきたときも、話すことに困ったものだ」
「私が生まれた理由からでいいんじゃないですか?」
「そうだな、そうするか。私の名前はゼロックス。良ければ覚えておいてくれ」
 ゼルネアスはゼロックスという名を名乗り、三人を見渡して自己紹介を促す。言うなり、深呼吸をしてゼルネアスは話を始めた。
「レナを生み出したきっかけとなったのは、この世界を何度か、負の意識の塊が引き起こした災厄が襲ったことです。氷触体や、ダークマターと呼ばれるもので……。それらに何度も辛酸をなめさせられたため、私達はそれら有害なものを生み出さないように、あらかじめ策を講じることにしました。私とイベルタルとで、命を新しく作ったのです。それは、まだ形を成す前の負の意識の器となり、負の意識が暴走する前に適度に発散できる存在という構想でした。
 先に生み出されたのはレナでした。幼くして死んだまま放置されていたアシマリの遺体を修復し、そこにまだ生きたがっている清らかな魂を入れました。
 最後に、危険を及ぼす負の意識をその中に閉じ込めて、目覚めるのを待つ……という手順で。レナが内に抱えている負の意識はイデの者と比べればそれほど危険なものではなく、力も弱かったので、例え制御できなくともなんとでもなる程度のものでした。だから、試しに作ってみるにはちょうど良かったのですが……
 ですが、器を作っても、レナは中々目覚めず……というよりは、レナの中にある負の意識が、レナ自身を眠らせてしまっていたようで、中々目覚めなかったんです。しかし、負の意識の器を作ること自体は成功したので、次はイデを作り……結果は御覧の通り。
 イデは、誰かを区別しながら殺すことで、憎しみや怒りによって構成された負の意識の塊を制御し、無差別な殺戮を封じ込めることに成功したのです」
「……殺すことには変わりないんじゃないのか?」
 淡々としゃべるゼロックスにロウエンが問う。
「恨まれている者、憎まれている者を殺していけば、いずれは世界から横暴な振る舞いをする者は少なくなる。負の意識と言っても、一人のポケモンがどれほど全力で誰かを憎んだところで、それが生み出す力はごくわずかです。やがて、そんな憎しみの感情の供給がなくなり、負の意識が存在を保てなくなれば……その頃には、彼女の役目も終わることでしょう。
 いわゆる、一石二鳥という奴です。レナもまた人助けをしていれば貴方の中にある負の意識の塊も消えていくでしょう。そしてそれは、イデが封じ込めている怒りや憎しみの感情が生まれることを阻止することにもつながっていく。世の中は平和になりますし、世界を脅かす存在ももいなくなる。いいことづくめです」
「確かにそうですが……それまで、イデは誰かを殺し続けなければならないんですか?」
「彼女が望んだことです。イデの器に入れた魂が、その役目を望んだのです」
「その魂とやらが何をしたかしらねーが、随分と業の深い役目を任せたものだな。誰かを殺し続けなきゃいけないだなんて、正気で出来る仕事じゃねーぞ?」
「誰かがやらないとよりひどい災害が起こりますので」
 ロウエンはゼロックスを見る。初対面では慈愛に満ち溢れていた彼女の顔も、今は厳しく、確固たる意志を感じる表情になっている。
「結局は、大局的に物を見ているという事か。正義を語って誰かを殺す奴は大体そうだ。いいぜ、あんたたちの言う通りだ、悪人を掬うよりも始末する方がよっぽど世の中を浴する方法だ」
 ロウエンは半ばやけっぱちになって言う。
「その通りだよ、ロウエン。悪人も救うだなんてのは、物好きが道楽でやることだ。負の意識が世界を滅ぼそうとしたことは実際に何度も起こっているし、それを防ぐために、なるべく悪い奴を殺せば済むのなら、それでいいのさ。文句があるなら代案を出さない限りは、その発言に重みなんてないぞ」
「そんなの分かってるよ。分かってるから俺は嫌味を言うことしか出来ないんだよ」
「分かっているならやることは一つだろう。悪党を殺すことで作る平和ではなく、悪党も救うことで平和を作るしかないってこった。レナの中にあるっていう負の意識を消すためにも必要なことだしな」
「そうです。人助けをすれば、私の中にある負の意識の塊も消えて一石二鳥なわけですし、結局は地道にやって行くしかないんですよ」
 機嫌が悪くなるロウエンを説得するようにレナは言う。
「ところでお母さん。私も、自分の中に負の意識の塊が眠っているのが分かったので、それを浄化するための旅に出ようと思っているんですが……」
「はい。あなたもようやく自分の使命を自覚したようですね。少し時間はかかりましたが、貴方が抱えているものはそれほど強くありませんので、私が授けた、抱きしめるだけでも他人を癒す能力などと合わせて行使すれば、負の意識を消し去るのに長くはかからないでしょう」
「それが終わったあと、私はどうなるのでしょう?」
「私が貴方に与えた身体は、不老不死ですよ。と言っても、老衰で死なないと言う意味であって、病気や怪我で普通に死ぬことはありますが。その代り、子供は出来ませんが……ですから、役目を終えた後は何をするのも自由です。もしつらくなったならば、私の元へ来ていただければ何らかの対処は致します」
 そう語ったゼロックスの表情は、何だか気持ち悪い。レナはニコニコしているからどうか分からないが、ナイジャとロウエンはともに言いしれない不快感を感じた。
「イデも同じような感じなのか?」
 ゼロックスの言葉を聞いて、ロウエンが問う。
「えぇ、彼女は今の役目を嫌がりながらも、私の対処は望んでいないようですが」
 対処、というのは殺すという事なのか、それとも別の事なのか。ゼロックスの発言は無責任で、どこかずれたことを言う。ロウエンは、長生きしている奴の考えは理解できねえやと呆れてしまう。
 それどころか、今の言葉を語るゼロックスの表情を思い返すと、
「お前、本当は……」
 ロウエンが言いかけたところで。
「なるほど、自由にしろ……と。でも、終わったらどうすればいいんでしょうかね、また考えませんと」
 レナがロウエンの発言を遮ってしまう。
あぁ、でも……もしかして私ってずっと、若い姿でロウエンさんと寄り添えるんですかね?」
「おいおい、プラス思考だな」
 ロウエンがツッコミを入れる。ゼロックスの言うこともどこかずれているが、レナの言うこともまたどこかずれている。この天然ボケに心が救われたことは何度かあるが、どうしてこんな奴を器に選んでしまったのかと思うと、ちょっとどころではない疑問であった。
「とりあえず、そう言うことなのでロウエンさん。私は私の役目を果たしたいです。人助けをしていると気持ちがいいですし、ロウエンさんもそうなんでしょう?」
 ロウエンはレナに話を逸らされて、ゼロックスに尋ねるタイミングを失ってしまった。まぁいいか、とロウエンはレナの話にのることにする。
「あぁ、いい子とするのは気持ちがいいよ。レナと一緒ならなおさらだ」
「俺もご一緒させてもらうとするよ。誰かと一緒にいろんなところを旅するのも楽しいしな」
 結局、こうしてゼロックスに会いに来たはいいものの、有益な話は特になく、ゼロックスはほとんどレナの話を聞いているだけであった。レナがゼロックスに話を振ってみても反応はいまいちで、総括するとゼロックスはこの龍脈の宿る地を守る使命を帯びて生まれてきて、自身の住処をダンジョンで囲むことで身を守りながら、のんびりと暮らしていたいのだという。だから、周囲の一般ポケモンと触れ合うこともなく、ただひたすらにのんびりとしていて、かといって世界が滅びてもらっては困るし、そのために働くのも面倒という、伝説のポケモンだというのに幻滅ものの精神性の持ち主である。
 慈愛に満ちた表情に見えたものも、まじめで確固たる意志を秘めていたように見えたあのまなざしも、ただの気のせいだったのかもしれない。そんなんだからか、レナに対しても実は投げやりで、あまり興味がない事が伺える。 一度ロウエンとナイジャがトイレに行くと言って席を立ったときは、二人で同じことを考えていたようだ。初対面の印象は悪くないけれど、それは世渡りのための顔であって、長く話していると何となく透けて見えてくる。ゼロックスは自分のことしか考えていないな、と。
 その後も、ゼロックスはレナに興味がないのがばれないように取り繕うとしている様子は見えるのだが、話せば話すほど、底の浅い面が見えるようで何だか心苦しかった。レナは、そんなゼロックスの態度をどう感じているのか、楽しそうに自分の身の上を話している。
 やがてレナが、トイレに行くと言ってその場を離れる。
「なぁ、ゼロックスさん。あんた本当は、俺達の事なんてどうでもいいとか思っているんじゃないのか?」
 単刀直入に尋ねると、ゼロックスは表情をつけないまま目を逸らす。
「『役割』を与えられているのは、レナ達だけじゃないんですよ。私もまた、『役割』を与えられたんです」
「……あー、つまりあれか? 誰かから命じられてレナを作っただけで、レナを作ること自体は不本意だったってことか?」
「残念ながらな。私より高位に当たる存在からの命令だ」
 ゼロックスは嘘をついてもばれると思ったのか、包み隠すことなく頷いて見せた。
「ホッホウ、だからレナもイデも、扱いが適当なんだな。まぁ、分かったよ……レナには秘密にしておくか?」
 ナイジャはそう言って話を打ち切る。あまり長いこと話していても、レナが戻ってきそうだ。
「その方が賢明かもな」
 レナが排泄をしている間にさっさと話しを打ち切り、ロウエン達は何事もなかったかのようにレナの話に乗っかった。

 そうして、夜まで話合った後、木の実や沼の小動物などをごちそうされて一晩ゆっくりしていたが、レナは何の予定も決まっていないというのに、夜のうちには荷物をまとめて帰る準備をしていた。

 そうして、龍脈の宿る地を後にすると、レナは寂しげにぽつりと漏らす。
「私、実はあんまり大事にされていなかったみたいね」
「ほっほう、気付いていたのか? 俺達、黙っていたはずなんだがな」
「気づきますよ、そりゃ。探検隊やっていれば、色んな人とお話もしますし、信用できない人がこの世にごまんといることなんて嫌でも学びますから。あのゼロックスって奴は、私を無責任に生み出しておいて、そのまま放置してるわけですし、面倒くさいんでしょうね」
「どうも、誰かから頼まれて渋々私とイデを作ったから、愛着なんてないとかそんな感じなんでしょ?」
「ほほう、ドンピシャだね。レナは意外と勘がよろしいようで……だが、解せないね。そこまで気づいていたのに、なんでレナはゼロックスに楽しそうに身の上を話していたんだい?」
 ナイジャに尋ねられると、レナは一瞬間が得た後饒舌にしゃべりだす。
「だって、逆にやる気が出ましたもん。ろくでもない親から生まれても、出会い一つで立派に育つんだって、私自身が証明できましたし」
「自分で立派って言っちゃったよこいつ」
 レナのさりげない自家自賛にロウエンは苦笑する。
「逆に考えましょう。私達は、どんなろくでもない親の元に生きてきた子供でも救えるってことです。もし、助けを求めている者がいたら。助けを求めることすら出来ない者がいたら、助けてあげましょう。私みたいに、正しく誰かに導かれれば、真っ当な道を歩むことが出来るようになるはずですから」
「……そうだな。よし、それじゃ帰るまでの間に、次何をするか考えようか」
 レナのプラス思考はとどまることを知らず、せっかく会えた親がろくでもなかったという悲しい現実も受け止めたうえで、その思考は前を向いていた。
 ロウエンはレナをどう励ますべきかと考えていたが、その必要もなさそうだと判断し、難しいことを考えるのはやめた。レナの中にある負の意識を消すために、まずは何をするべきか、そこから考える。

 村に帰るまでの間、ロウエンは考えがまとまったのか、二人を集めて自分の考えを語る。
「で、俺達は何ができるかだが……人助けの旅に出るのも良いが、俺達が助ける相手ってのはその……助けてほしくても助けを呼べないような奴らを助けるっていう方針にしただろ?」
「そうだな。ある程度お金に余裕のある奴は、勝手にギルドに金を出して、勝手に助けてもらうだろうし」
「だから俺達は必然的に貧しい奴らを助けるという方針になるわけだ。しかしながら、貧しい奴を助けたところで、結局また貧しさが理由で何か別の問題にぶつかってしまう。そんなのを何度も何度も付きっ切りで助けるわけにはいかないからな。だから困りごとを何とかしたうえで、俺達がそいつらに金を稼ぐ方法って奴を教えてあげることが重要だと、俺は思っている」
「それなら私、料理作れるし編み物できるし、歌も得意で大工仕事や土いじりまで、ともかく、色んな事を教えることが出来ますよー」
「まぁ、レナが出来る事ってあまり重要じゃないんだ」
 ロウエンはレナが得意げに語ることををさらっとないがしろにする。
「え、そうなんですか!?」
「結局人助けの旅に出るなら、旅しながらでも出来る技術が必要だ。まぁ、編み物や料理くらいなら教えられるかもしれないがな……それでだ、俺達が教えてあげるべきなのは、商売の技術っていうのを考えているんだ」
「ホッホウ、それは一体どういう理由で?」
「いやな、俺達もダンジョンから持ち帰った様々なものを売りさばいてはお金にしているが、それもいい経験になると思うんだ。いろんな人と話が出来る。話をすれば世の中の事を良く知れるし、いろんな考えに触れる。
 話しているうちに、ダンジョンの物を取ってきて売りさばく以外にも、別の商売があることを学べるだろう。そうして別の商品を扱っているうちに、更にいろんな人と話す、色んな仕事の事情が知れる。そうやって視野を広めていくうちに、商売意外にも自分が出来る事やしたいことも見つかると思うんだ。
 そして、それを見つけることが出来たとしても、最低限勉強をしたり、生活をするだけの力が必要だ。だから、簡単なダンジョンくらいは単独で攻略できるように鍛える必要もあるし、読み書きや算数くらいはもちろん教えなきゃいけない。
 結局、基礎的な体力も勉強も身に着けさせて、他人と話す技術、交渉する技術を高めさせれば、大抵のことは何とかなるはずだ。無論、何か手に職を持って、自分だけの武器を持つ方がいいのはもちろんだが、いざとなれば肉体労働でも何とかなる」
「ホホウ……なぁ、ロウエン。お前ってさ、自分の事をあまり頭が良くないと思っているようだけれど、お前実は頭がいいんじゃないか?」
「……そうか?」
 ナイジャに褒められ、ロウエンは首を傾げた。
「勉強はできないのかもしれないが、お前が出したその答え、俺には悪くないように思えるよ。商人か、いいじゃないか。俺たち自身にも勉強は必要だが、その気になれば何でも見れるし、世界を知れる。
 小さい場所に閉じこもっていちゃ見えないようなものも見えるし……そこから、貧しさから抜け出すすべも見つかるだろう。ロウエンは、その場しのぎで満足するんじゃなく、先の事を考えているんだな」
 
「うーん……そう言われると、そうなんだけれど。俺のちんけな脳みそで考えたことが、正直先まで通用するのかどうか謎なんだよなぁ。失敗したらと思うと他人の人生を左右する問題なだけに責任重大だぜ?」
「いいじゃないですか、失敗しても。その代り、失敗したことも隠さずに残せばいいんです。失敗を恥ずかしがって隠すと、誰かがまた同じ失敗をしちゃいますから、勇気を出して失敗しましょう」
「他人の人生に『いいじゃないですか!』はないと思うけれどな……」
「だって、どんなに良い人が周りにいても道を踏み外す人はいますし。私達がどれだけ頑張っても失敗する人はいますし、良いでしょ? どんなに腕のいい医者だって、どんな患者も助けられるわけじゃありません、それと同じです。
 一番重要なのはですね。たった一人の差一杯に心を痛めて引きずってしまって台無しにすることじゃなく、失敗しても前に進んで、事務的にでも多くの誰かを掬うことです。結果的に、そっちの方が多くの人の役に立つんです」
「……レナもやっぱり、少し変だな」
 きっぱり言ってのけるレナを見てロウエンは苦笑する。
「あれ、私間違ったことを言ってしまったでしょうか?」
「いいや。その逆。正しすぎて、普通はそこまで強くなれないってこと」
「ホッホウ、いいことじゃないのかい? 残酷なようだけれど、多くを助けるために見捨てるのも一つの手さ。まぁ、批判も起こるだろうがね」
「批判なんて無視しましょう。何もしない奴らの戯言ならば」
「お前ら二人とも、強いな……」
 ロウエンはそこまで割り切れるかどうかわからないが、レナは恐らく本気で割り切るつもりだろうし、ナイジャも多少の失敗は覚悟で挑むつもりらしい。
 「何言っているんですか。ロウエンさんも、後先考えずに私を助けてくれたじゃないですか。その時の格好良さと思い切りの良さで、突き進めばいいのです」
 一人弱気なロウエンに、レナは満面の笑みで背中を押す。その笑顔を見て、ロウエンはまぁ、それでいいかと腹をくくる。案ずるより産むが易しさと、その精神で突き進むことに決めた。

 そうして、今度は三人そろって村に帰る。ナイジャは女装……というよりは本来の性別の立ち振る舞いして村に戻り、名前もきっちりとナタリアを名乗っていた。ナイジャとは同一人物なのだが、声色も表情もナイジャのものとはまるで別人なため、しばらくは村人に誰なのか理解されていない様子であった。酷い解釈だと、ナタリアはナイジャの家族だとか嫁だとか、そんなことすらささやかれる始末だ。
 ナタリアはそんな住民の声など気にすることなく、真っ先に村長の墓に花を手向けると、微かに涙を流しながらロウエンとレナの家へと戻っていった。

 それからしばらく、彼は本来の性別である女性として振る舞い、ナタリアとして村の中で生活する。最初こそナイジャとナタリアが同一人物であることに驚かれもしたが、三日もすればみんなさうっかり慣れてしまい、鳥系の男性からはそういう眼差しで見られるようになる。
 しかし、彼女はどんな男に言い寄られても、『すまないけれど、私はロウエン君の第二の妻だから』と、あらぬ誤解を生みそうなことを口走って、男達の淡い思いをうち砕くのであった。実際は女性二人が同時に彼に惚れたために、ロウエンが半ば無理やり押しかけられたかたちなのに、なぜかロウエンがふしだらという認識で広まってしまうのだから始末に負えない。
 もちろん、ナイジャもレナも尋ねられればそのように答えるが、それはそれで美人の女二人を侍らすだなんて生意気な奴だと、からかい交じりに嫉妬される日々が続くのであった。

 ゼロックスの元から帰ってきてからというもの、ロウエン達は商人とのコネを作らためにダンジョンを越えるための護衛の仕事に積極的につくようになる。世間話をしながら商売のノウハウを教えてもらい時には商談なんかに連れて行ってもらったりして、その様子を積極的に勉強する。
 不思議のダンジョンで取れる良質な薬草や木の実、鉱石などを手に入れた際は、積極的に交渉してそれを高く売って収入の足しにする。

 そんなことをやっているうちに、本格的に行商にチャレンジしてみようと、ロウエン達は村で作られた美しい織物を比較的大きな街まで売りに出た。
 最初こそ買いたたかれないようにと、付き合いのある行商人に付き添いをしてもらっていたが、その後も村の特産品を何度も売買している間にロウエン達も交渉に慣れて、レナとナタリアは女の武器も使って交渉するほどになっていた。
 それでいいのかとロウエンは呆れるが、レナもナイジャも使えるものはなんでも使うような奴だ。咎める方が野暮である。

 そんな調子で、ロウエン達は一年かけて行商に慣れる。その間、人助けもしていたが、そっちの方は片手間であった。
 そうして商人としての基礎を学び終えたロウエン達は、村にいる後任のダンジョニストの成長を見届けると、自分達は村の自宅の荷物を処分して引き払い、当てもなく人助けの旅に出るのであった。
 この旅の本来の目的はレナの心のうちに宿る負の意識を消滅させるための旅。レナの中にある負の意識の塊は、誰かを守らないといけないという強迫観念にとらわれており、それが暴走すれば周囲にいる者を強制的に安全な空間へと隔離、幽閉してしまう力を持つ。それを防ぐためには、負の意識が好むような結果を、周りに迷惑をかけない形で消化していくしかないが、それが人助けという方法で済むのだから、都合がいい。
 レナも人助けの旅に出られるとなって、気分は上々であった。

 ◇


 最初の案件は、家族の一人が酷い病にかかってしまい、治すためにはかなりの難易度を誇るダンジョンでのみ得られる『命の種』と呼ばれる薬草が必要……なのだが、例によって例のごとく、それに見合うだけの報酬をダンジョニストに支払えないだとか、そういった事情でどこにも依頼を出せずに死を待つだけだった。
 しかし、救いがないわけではない。今のところ健康だが、働きに出られるほどの年齢ではない男児が一人余っていたのだ。ケンタロスの少年、アンザスは、家業である農業に従事していたが、家族が持っている土地は狭く、兄弟が五人と、割と多めなこの家では病人を抱えていてもなお人手が余ってしまうほどだ。
 それに目を付けたロウエンは、彼を『借りる』ことで代金の代わりにすることを提案した。実質的には人身売買ではあるが、必ず無事な状態で返すと約束して、彼はロウエン達との旅に同行することになってしまった。
「どうしても行かなきゃダメか?」
「えー、行かなくてもいいですけれど、その場合他の兄弟がいくことになりますが……若い子の方が、いいんですよね」
 レナは舌なめずりをして笑む。
「ふむ、どうしてもというのならば他の子でもいいが……」
 ナイジャは眼を細めて他の子を値踏みするように見る。その視線があまりに怖いので他の兄弟たちは怯えてしまい、結局は生贄に差し出されるように末っ子が旅に出ることになってしまうのだ。
「はい、それじゃ次は攻撃を避けたり受け流したりする練習ですよー」
「勉強の次は戦闘訓練……俺の休む時間はいつなんだよ……」
「ほっほう、簡単な話だ。戦闘訓練の間は頭を休め、勉強の時間は体を休めるんだ」
「休めねーよ!」
 彼は辛い労働を課せられ、一番下の妹のために命を削っている……わけではないが、過酷な状況にさらされているのは間違いない。何せ、いままではつちをたまにいじくり、収穫の季節が来れば街へと売りに出る。それくらいの生活で良かったものが、毎日勉強と戦闘訓練、更に雑用までさせられるようになって、アンザスは心身ともに疲弊している。
 しかしながら、サボろうにも攻撃は容赦なく飛んでくるし、勉強中に寝ようとしても、レナが際限なく語りかけてくるため寝ることすら出来ない。実際は彼がそれらに付き合わされる時間は一日の四分の一以下の時間であり決して無理はさせていないし、戦闘の訓練というのも、毎日休みなく行える程度だからその厳しさなんて知れたものだ。
 努力すれば貧困は抜けられるのだが、日々与えられた少ない仕事をなんとなくこなすだけで、その努力の仕方も知らないような状態の彼には、体よりも先に心が悲鳴を上げているようだった。
「なんだ、もうへばったのか……? じゃあ、次は頭を鍛えないとな」
「うぅ……もう休ませて……」
「そのうち慣れますよ。私なんて昔は倒れるまでやったんですよ」
 ロウエンもレナも、畳みかけるように彼に鍛錬を迫るが、二人ともそれなりに観察力はある方だ。本当に疲れているにしてはまだまだ余裕のある表情や足元をしているので、本当に余裕がなくなるまでは容赦せず、とりあえずはしごきを続けるのであった。

 そうこうしているうちに、アンザスも少しずつ自分の体の疲れや痛みとの付き合い方も覚えていく。少しのしごき程度には音を上げなくなり、行商をするうえで荷物持ちばかりやらされる立場にも文句を言わなくなる。
 雑用を覚え、最低限の勉強も覚え、ダンジョンも簡単なものならば一人で越えられるようになり。そうやって、どこへ行っても生きてゆける程度まで成長させた頃には、同じような立場の後輩や、傷ついて路頭に迷っていた子供なんかも仲間入りし、旅のメンバーが賑やかになる頃には一人で商談まで出来るようになり、その段階になって彼はようやくロウエン達から解放され、名残り惜しそうに故郷へと戻っていくのだ。
 そうした同じようなやり取りが、何度か続く。レナの中にあった負の意識の塊もいつしか消え去り、彼女は何の役割も持たない存在として、今後は自由に過ごせるようになる。それでも人助けの旅はやめずに、不死の体をいいことにのんびり気ままに旅を続けるつもりのようだ。
 ナイジャは未だに見た目が衰えず、男装しているせいか女性から求婚されるが、実はロウエンの『妻』であることを告げては撃沈することが二回ほど。その過程で、ロウエンが重婚していることが知れると、今度はロウエンも、親に捨てられ路上で暮らしていたところを拾った、一二歳ほど年下のフローゼルの女性、コニアに告白されて、しかもタマゴグループが同じものだから、レナとナイジャ、二人から結婚したら? と迫られることになる。
 その頃にはロウエンも三〇手前の年になっており、レナが子供を作れない以上そろそろ考えなければいけない年だったため、結局重婚を受け入れることになってしまうのだが……

「ロウエンさん、ナイジャさん。大事な話があります」
 結婚を受け入れてたはいいものの、放浪の毎日ゆえにすぐに子作りというわけにもいかず、今後の予定をどうするかを各々考えていたところで、レナの深刻そうな顔。実は拍子抜けな報告なのか、それとも本当に深刻な話題なのか、彼女の今までの言動からはどちらとも予想できない。
「イデが死にました。意外と早く役目を終えられたようです」
 レナに淡々とそう告げられた時、ロウエンもナイジャもさほど驚くことはしなかった。イデが発生させた悪夢の幻影のせいで、この世界の住人は他人から恨まれることを極端に恐れるようになり、その結果犯罪行為と呼ばれるものも見違えるほどに減っていた。
 そのおかげなのだろう、最近は悪夢の幻影の噂もめっきり聞かなくなっていて、ナイジャもそれに襲われることがなくなっていた。すでに、イデが悪夢の幻影を生み出すだけの力が無いというのはある程度予想できる状態だ。
「でも、その場合レナと同じように自由の身になれるんじゃないのか? 役目を終えたら……死んだのか?」
「いやぁ、私に遺言を残して自殺しましたね。自分の役目の罪深さに耐え切れなかったのでしょう。よって、これからしばらくは平和でしょうけれど、これからまた平和は衰え、怠惰へと変わり、怠惰は堕落と退廃に。そこからまた、人の心がすさむときがくると思いますね。その時にはまた、負の意識が集い、またこの世界に悪さをするでしょう」
「お前、さらっと怖いことを言うなぁ」
「ホッホウ、だがそれは真実さ。結局、みんながみんな、恐怖なしで良い子でいられるわけじゃないさ」
「結局、悪い人は死ぬ。悪い人になりそうな人を抑制できる。イデがやっていたこと……やらされていたこと、そして彼女の役目は、非常に合理的で、負の意識を発生させないためには、『長期的な眼で見れば』最適でした」
「……まぁ、昔悪いことをして今は真っ当に生きているような奴が何度も殺されたからな。その関係で負の意識とやらも、多く発生したはずだ」
 ロウエンはレナの言葉を肯定しつつ、イデの事は称賛しなかった。
「だが今は、不慮の事故や病気でもなければそうそう大切なものを失うことはない。平和になった、と言える状況だ。それが恐怖による支配でも」
 一方ナイジャは、ある程度イデのことを評価している。この二人のスタンスは結局何年たっても変わることはなかった。
「はい、ナイジャさんの言う通りです。でも、やっぱり恐怖による支配って、虚しいですからね。私達程度でどこまで出来るか分かりませんが、少しでも平和が長続きするように頑張らないといけませんね。私は不死ですし、頑張っちゃいますよ!」
 レナは手を固く握り、頼もしげな表情を見せて笑う。
「その時は、ロウエンさんの子供なんかも一緒に歩いてくれると嬉しいですね」
「……頑張れってか」
 キラキラと輝く目でレナに迫られ、ロウエンは非常にいたたまれない気分になる。今度結婚する女性で、妻は三人目だ。しかも浮気だとかそんな不純なものではなく、女性の方から押しかけられる形で、非常に不本意な形で……だ。
 レナもナイジャも、そして新しい妻であるコニアもまたそれを許容している為、一応何の問題もないはずなのに、ロウエン一人だけが、女を三人も侍らせていいのだろうかという自責の念に囚われている。
 そんなお人好しの彼だからこそ、彼女たちは心を癒され、惚れるのである。


 レナの言う通り、しばらくの間は世界は平和である。しかし、これからは悪事を行っても悪夢の幻影が悪党を殺しにくることはなくなったため、平和ボケしていた分、その反動で急激に治安が悪化することもあるかもしれない。
 その時は、まだロウエンが生きているうちか、レナ以外は生きていないかもわからないが、結局はそうなれば、また強引な手段を講じでもしなければ、穏やかで平和な日々などありえないのだ。
 それまで、せめてもの抵抗のために、ロウエン達は悪意が生まれないように抗っていく。自己満足でも、たとえ失敗しても。自分達が潰れないように軽い気持ちで誰かを癒し導いていく。
「ロウエンさん、次はどこに行きましょうか?」
「イデを弔わないでいいのか?」
「あぁ、それもそうですね。たまには商売から離れてみますか」
 そんな彼を、レナは若い姿のままでいつまでもその後を追うのだ。自身の体のうちに宿る負の意識が消えた今、それが自身の役目だと信じて。

あとがき 


 世界を救うような物語は自分には書けません! なので、主人公が手の届く範囲で、出来る事をやる。私の物語はそんな感じが主なスタイルになります。
 とまぁ、いきなり言い訳から始まりましたが、このお話はまじめな性格のガオガエンであるロウエン君が、自分なりの正義を見つけていくお話です。誰かを殺してでも悪事を止めないといけない場合があることを頭では分かっていても、心では受け入れられない彼は、マイペースであまり他人がどうしていようとも気にしないレナや、誰かを殺すことで抑止力とすることに抵抗が無いナイジャとは割と感覚のずれがありますが、結局のところ全員が誰も傷つけずに誰かを救うことが理想という考えは同じです。そのためには、鉄は熱いうちに叩けとは言いますが、辛い境遇にある子供を癒し、救うことが一番有効というのが私の個人的な考えで、ロウエンには俺を反映させた形です。
 なので、そんな根底の価値観が同じ三人は惹かれ合うのでしょう。一夫多妻制なのは確実にレナの生態とおっとりとした性格が影響していますけれど。

 この後の世界は、レナが言った通り今まで抑えられていた分今まで以上に反動が来るかもしれないし、緩やかに元の状態に戻っていくかもしれない。そんな状況に少しでも抵抗するため、ロウエン達は体が動く限りは歩き続けると思います。それがほとんど無駄であることは彼ら自身分かっているんですけれど、だからこそ失敗を気にしないというレナくらいの心がけの方が上手くいくのでしょう。

 さて、この物語はここで終わりですが、書きかけの物語も終わらせませんとね。他のお話でも完結報告が出来るように頑張ります。
 

お名前:
  • メロエッタの歌の歌詞はなんか聞いたことあるなと思って考えてみたらそういえば中の人同じでしたねw

    確かにポケダンってどう考えても「はい」という選択肢しかないのにあえて「いいえ」も選択できる場面って多いですよね
    まぁ、寧ろ「いいえ」選んだ方が相手の可愛い反応見れて非常に眼福なんですけどねw(特に超ダン) -- ナス ?
  • 例の歌は、ケルディオの中の人も歌っていたため個人的にはネタ度も高い曲でしたw メロエッタの歌ならあれくらいのことは出来ると思いまして……

    ポケダンのお約束については、それらをふんだんに取り込んで作品を完成させたいと思っています。可愛い反応も含めて、自分が表現出来る限りのも絵を詰め込めるよう頑張ります。
    コメントありがとうございました -- リング
  • アローラの新ポケをいたるところで登場させる、SM発売を記念したような心意気あふれる長編でした。立ちはだかる困難に対して自分たちなりに考え抜き常に成長を続ける主人公サイドを描き切ったのは、ひとえにアローラ御三家への愛情がなせる業でしょうか。ポケダンの世界を踏襲した設定や小ネタも嬉しいところですね。
     ただオシャマリ救出後、開拓村以降のストーリーは中だるみ感が否めません。レナを救ったことでロウエンに対立するキャラが失せ具体的目標も見えなくなり、それからはレナに関する秘密をのろのろと解き明かしていくだけで緊張感が足りなかったように思います。ネッコアラやルナアーラ戦など、印象に残るシーンがもっと欲しかった。敵側に擁護できないレベルの悪役を登場させるなり主人公サイドで仲違いさせるなり、読み手を飽きさせない工夫があると読み進めやすかったのかな、と。 -- 水のミドリ

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Last-modified: 2017-07-23 (日) 23:06:26
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