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El relato de dos personas 第四章

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この作品は短編「二人だけの秘密」を下地に構成しております。
未読の場合はぜひ短編のほうからお読みくださいませ。

なお、こちらの章は別の方が書いた短編小説を自分の文体に合わせて書き直したものとなります。
コラボの件やこの修正版は相手方には了承済みです。

!!注意!!
この章には以下の要素が含まれます

・TF(人→ポケモン)

作者ラプチュウより



「ミロカロス! [なみのり]だ!」

 とあるポケモンバトル大会の会場は熱気に包まれていた。多くの観客が熱い視線を送るバトルフィールドでは二匹のポケモンがバトルを繰り広げている。一方は、蛇のような長い体の半分は乳白色の皮膚に覆われ、尻尾側の半分はステンドグラスのような青と赤の模様で彩られていた。尻尾の先には鳥の羽のような飾りが扇状にゆらめき、頭からは大きな突起と長い耳のような赤い器官が二本垂れ下がり、赤い瞳のすぐ上から眉のような触角が伸びるミロカロスが、その長い体を大きくくねらせて技を発動する準備を始めている。その様子を強いまなざしでにらみつけているのはキュウコンだ。

「[でんこうせっか]で止める!」

 キュウコンのトレーナーらしき女性が指示を出すと、軽くうなずいた後でキュウコンが強く地面をけり出す。指示は相手のトレーナーの方が早かったが、技を繰り出す素早さではキュウコンの方が勝っていた。すばやく相手の懐にもぐりこんだキュウコンが[でんこうせっか]をミロカロスにヒットさせる。ダメージこそさほどないものの、ミロカロスの放った[なみのり]は狙いを外して不発に終わった。

「一歩下がって」

 先にキュウコンが放っていた[おにび]によってやけど状態になっているミロカロスが苦しむ中、[アクアテール]を警戒してか技の射程範囲の外へと退避するようにトレーナーからキュウコンへ指示が飛ぶ。

――このミロカロス……やんちゃな性格みたいね。さっきも自分のトレーナーの指示が出る前にもう動き始めてた、その意味ではトレーナーとつながってるんだろうけど……。普通、ミロカロスってもっとどっしり構えてて、相手の攻撃に合わせていろんな技を駆使して戦うイメージがあるけど、この子は補助技は好きじゃないみたいね。ここまではそのギャップで勝ち進んで来れたかもしれないけど……私は惑わされないわよ……――

「ク、クォゥ……」

 相手のミロカロスがひどく困惑した声が聞こえる。

「頑張れ! まだ行ける、[じこさいせい]だ!」
「とどめの[じんつうりき]よ! カウンターを心配しないで遠慮なく放って!」

 ミロカロスが[じこさいせい]を行う中、[わるだくみ]で威力を底上げされたキュウコンの渾身の[じんつうりき]が直撃した。回復動作をやっている最中にこうやって攻撃を受ける事がかなりのダメージになることを彼女は知っていた……いや、むしろそれを知った上でやっている。相手のミロカロスが[じこさいせい]を行いながら[ミラーコート]を放つような高度の複合技をされていれば負けは確実だが、相手のミロカロスは補助技を好まないとにらんでいた彼女にはそのような器用な芸当はできないと踏んでいた。だからこそ本来はタイプ相性では不利なキュウコンでミロカロスに持久戦を挑むという、相性をひっくり返すような大きな賭けに出られたのである。

「クォオオォォォォン……」

 回復中のミロカロスの体力を[じんつうりき]が削りきり、言葉にならない鳴き声と共にミロカロスは鈍い音を立ててフィールドへ崩れ落ちる。少し遅れ、観客席からは一気に歓声がわきあがった。

――――――――――

「勝ちました! コズエ選手勝ちました! 準決勝戦、優勝候補の一人と言われていたミナト選手のミロカロスを破り、経験と相性の差もモノともしない息の合ったコンビネーションで倒しました。ミナト選手も高い攻撃で攻め続けましたが、コズエ選手のキュウコンはまるてトレーナーと一体化しているかのような華麗な戦いで勝利を収めました。ノーマークから突如現れた新星! コズエ選手はこのまま大会初優勝となるのでしょうか?」

 けたたましいまでの歓声の中を、コズエは大きく観客席に手を振って答えながら、キュウコンと共にバトルフィールドを後にして控え室へと戻ると、そのまま椅子へと腰をおろして大きく息を吐いた。

「……疲れた」

 コズエはこのような場面には慣れていない。というのも、これまでは本戦どころか予選ですら満足に勝ち進めずにいたため、本戦出場なと夢の世界の話だったからだ。それが今回は予選を突破して念願だった本戦出場を果たしたばかりか、決勝戦にまで駒を進める快挙を成し遂げている。そのため、こんなに多くの人々から注目を浴びるような経験がなかったのだ。

「……ケーンケン、コォォン?」
「……あ、うん大丈夫。心配してくれてありがとう」
「ケン、ケケーンコン、ケォォン?」

 先ほどまでミロカロスと激闘を繰り広げていた、彼女の手持ちポケモンであるキュウコンがコズエをからかうように鳴く。思いがけずに弱点タイプとの一進一退のバトルをさせてしまった後で、キュウコンもだいぶ疲れているはずだが、コズエの事を気遣っているようだ。

「そうね、あの時はこんなところに来れるなんて夢の世界の話だったよ、想像もできなかった。でも本当にこんなに強くなれるなんて思わなかったな。あれから……変わったね」
「……コ? ケンケン。キョン、ケキョン? コン。ココキョン、ケンコンケェン」
「そっか、そうだったね……貴方が変わったわけじゃないよね」
「コン、ケーンケン。キョォォンケォォンコォォンキョン、コン!」

 気取った笑顔を浮かべながら、キュウコンはそそくさと控え室から出て行ってしまった。

――照れ隠しのつもりかしら……まったく……――

――――――――――

 コズエは、ポケモンの言葉を理解してポケモンと会話をする事ができる。……いや、正確に言えばポケモンの言葉を理解できるようにしてもらった、と言った方がいいだろうか。

 今から三か月前、コズエはある研究所を訪ねていた。道が整備されておらず、野生生物の住処となっていてめったに人間が立ち入らない森の奥深くに人知れず建っている、地図に載っていない研究所……そこでは、ポケモンバトルに強くなる為の研究が行われているという噂を聞いたのだ。話を聞く限り、眉唾ものでどうにも疑わしい噂だったのだが……常に上を目指し続けるポケモントレーナーの一人であるコズエにとっては、バトルに強くなれるという事はとても魅力的なものに感じた。

 ポケモンバトルに強くなる……幾度となく修行と特訓を重ねても一向に勝つことができない、自分には才能が足りないのではないかと何度も自問を重ねて自暴自棄になったこともあった彼女にとっては、なりふり構っていられない、切羽詰まっていたのは確かだろう。彼女は強くなりたかった、どんな相手にも負けないようなポケモンバトルの腕前が欲しかった、だからこそわらにもすがる思いで実験に参加してみようと思えたのだ。

 ……コズエは、そこで『ポケモンの言葉が分かるようになる』施術を受けた。

 より具体的に言うならば、ポケモンの細胞を体内に埋め込むことでポケモンと同じ能力を人間に与えるというものだった。施術に使われた細胞は、不規則な遺伝子を持っていて周りの環境に合わせて様々な進化を見せる、毎年のように新たな進化の可能性が報告されているポケモン、イ―ブイの細胞……種族が違っても生殖行為が可能なポケットモンスターの中でも特に柔軟な遺伝子を持っていることから、人間の細胞への同化が容易であることが研究結果として出ているらしい。

 体内にポケモンの細胞を埋め込む事でポケモンの言葉を理解できるようにする……そこまでは分かったが、それがなぜバトルの腕が上がることにつながるのか。最初は疑問だったが、彼女はすぐに納得することになる。ポケモンバトルで強くなるためには、トレーナーとポケモンが互いに心を通わせ合う事が大事であり、トレーナーとポケモンの心が一つとなったときに勝利が得られるのだ、とあらゆる場所で言われている常とう句があるが、この施術はまさにその言葉どおりの事を直接得るためのものだったのだ。

 もちろん、ポケモンと言葉が交わせるようになったからと言ってもそれだけで強くなれるわけではない。あくまで強くなるための後天的な能力を手に入れただけで、その後のコズエは必死に努力を重ねた。技の特徴やその対策を手持ちのポケモン達と話し合い、それだけで足りないと感じたなら人間が入り込めないような山の奥地や森の奥深くまで足を運んで、そこに暮らすポケモン達に教えを乞うこともいとわなかった。ポケモンの視点から見た戦い方や技への対策は、人間の視点から見た戦い方とはまた違う奥深さを見せた。ポケモンの生態やバトルフィールドの地質まで掘り下げることで見えてくるものもあるとポケモンから教えられ、コズエは衝撃を受ける。これまでの人間視点での戦い方とは大きく組み立て方の違うポケモン視点の戦い方に尻ごみもしたが、昔と違って自分達がどうすれば強くなれるのかはっきりと分かるようになっていった。

 しかし、ポケモンの言葉が分かるようになり勝利を得られるようになると、自分は本当にこれでよかったのだろうかとコズエは思うようになった。あれほど渇望していた上からの景色は、それまで思っていたものよりもきれいなものではなかったからだ。ポケモンの言葉が分かるがゆえに体感する苦悩……今までは聞くことのなかったポケモン達のトレーナーへ対する悪態の声を聞いたり、ポケモンであるがゆえの汚い面もはっきりと分かるようになっていた。なにより、自分だけこのような能力を持って勝ち進むこと自体が卑怯な行為なのではないかと思ってしまう。

 コズエは大きく溜息を吐き、控室のソファーへ寝転び大きく伸びをすると、天井で怪しげに点滅を繰り返す蛍光灯に向かって腕を伸ばし、大きく広げた自分の手を見つめる。五本の指が長く伸びた、人間の手がコズエの瞳に映った。

 施術を受け、ポケモンの言葉が分かるようになってすぐは、その感覚にかなり戸惑うこともあった。自分のポケモンだけでなく、対戦している相手のポケモンの声も理解できるという事が自分達にとって非常に有利に働いていたが、今となっては当たり前となった出来事にも驚いてばかりだった。さらに、ポケモンの細胞を埋め込んだことによる副産物なのか、コズエ自身の身体能力も以前とは比べ物にならないほど格段に上がっていた。普通では倒れ込んでしまいそうな激しい運動をしても疲れにくく、疲れも人間では考えられない早さで回復し、動体視力や聴力も格段に良くなったことで今までとらえきれなかった素早い動きも楽に目で追うことも視界に入っていなくてもどこから攻撃が来るか素早く判断できるようになっていた。今まで見えていなかった光や音も聞こえるようになり、今見えている蛍光灯の光も昔とは違って不純物が多く混ざったような光の点滅が続いていて長くは見ていられない。テレビやラジオから聞こえる音も、甲高い電子音が混じっているように聞こえて聞いていられるものではなくなった。

 ポケモンには蛍光灯の光がこんな風に見えているのだろうか……人間が生みだした機械から流れてくる音はこんな風に聞こえているのだろうか……日を重ねていくごとに人間としての感性が薄れていき、自分は人間ではなくなるのではないのかとたまに怖くなる。そんなときにこうやって自分の手を見ると、自分は人間なんだと安心ができた。

 ……そう言えば風邪でも引いたのだろうか、まだ“あれ”が来る日でもないのにここ数日は身体の調子が悪い気がする。汗をかきやすく喉が渇くから水筒が手放せない。熱があるわけではないので緊張しているだけだと考えるようにはしているが、大事を取って今日も早めに寝る方がいいだろう。そんなことを考えながらソファーから起き上がると、コズエは控室を後にした。

――――――――――

 コズエは、明日の決勝戦の準備をしながら、ふとある男の言葉を思い出す。その男は、例の研究所で彼女にポケモンの言葉が分かるようにする施術をした張本人だ。整髪料でがっちりと固めた金髪に青髪が巻き付くような髪型が特徴的で、メガネに白衣といかにも研究員らしい装いをしているアクロマと名乗っていたその男の言葉が鮮明に蘇ってきた。

『私がこの人間にポケモンの力を与えるという研究を始めたきっかけは、ある二人のポケモントレーナーの存在からでした。そのうちの一人は、元来ポケモンの言葉が分かる青年で、彼はあらゆるポケモンと友だちとなってそのポケモンの能力を十分に引き出し、ポケモンリーグのチャンピオンの座まで上り詰める強さを持っていました。彼は伝説のポケモンと友だちになり、理想と真実を追い求めて旅立っていったそうです。
 私はこのトレーナーの話を聞いて思いました。人間がポケモンの言葉を理解できるようになり、お互いに意思疎通ができるようになれば、ポケモンに秘められた能力を最大限に引き出せるようになるのではないかと。
 そしてもう一人は、一見どこにでもいるような普通の少年でしてね……私は彼と戦った事があるのですが、彼もまた実力は確かなもので、私なんかでは全く相手になりませんでした。私は、この経験からポケモンの強さを決めるのはポケモンの力だけではなく、そのポケモンを扱うトレーナーの力も大事な要素であることを学びました。いうなれば、ポケモンと人間が共に理解と尊重をし合う絆……というものでしょうか。
 この二人のトレーナーから、私はポケモンの能力を活性化させてなおかつ最大限引き出すためには、トレーナーの能力も合わせて活性化させて引き出してみるべきではないのだろうか、そう思うようになったのです。この研究はそういったアプローチで行っています。
 人間がポケモンと会話できるようになることで、何が得られるようになるのか、ポケモンと人間という二つの存在が一つになる時、その先になにが待っているのか、それをこの目で見させていただきたいのです』

 正直、コズエにとってはこのアクロマという研究員が何を思って自分に施術を施したのかは考えの及ぶところではなかったのだが、なぜかこの言葉は脳裏に焼き付いていた。

――――――――――

 ――翌日、大会の決勝戦。

 コズエは、自分の頭にノコギリを押しつけられて乱暴に引き裂かれるような痛みと戦いながらフィールドに立っていた。強く唇を噛み、痛みをこらえながら必死に指示を出す。あと一勝で優勝できる、そんな局面でよりにもよって一番当たりたくない最悪の対戦相手と当たってしまっていた。深緑の流線形のその体はまさに巨大なトンボであり、胴から四枚の先に丸い模様を持つ薄い翅と尾の部分にも生える二枚の小さな翅を高速ではばたかせ、体の上部には三角状の黒い突起物が頭に一つ、胴に二つ、尾の先に一つ生えていて、大きいゴーグルのような赤い眼と赤く丸い模様が胴や尾を彩っているオニトンボポケモンのメガヤンマである。メガヤンマの高速ではばたくことで生じる翅音は、ただその場で静止するだけでも高周波の超音波を発している。もちろん普通の人間には聞こえるはずもない音ではあるが……コズエには全て聞こえてしまうのだ。

「に、二歩下がって、[かえん……ほうしゃ]っ……!」
「ケ、ケェン……」

 自分がこんなに大変であるなら実際に戦っているポケモンはもっと大変なのだろうと、コズエはキュウコンに距離を取らせて攻撃の指示を出す。しかし、狙いのつかない[かえんほうしゃ]は難なく避けられてしまった。目の前がぐるぐると回り、まっすぐ立っていないような感覚がコズエを襲ってくる。耳も少しやられているかもしれない。そんなことを思っていた時だった。

「ギャンッ!」
「あっ……」

 いつの間にか、対戦相手がメガヤンマから、首長竜のような水色の体にはところどころに青い斑点が見え、顔の上には小さな角と耳のように見える渦巻き状の器官、背中には複数の突起がついた甲羅を背負っている乗り物ポケモンのラプラスに代わっていた。そのラプラスが放った[ハイドロポンプ]が直撃し、悲鳴を上げたキュウコンの声で我に返る。メガヤンマの[とんぼがえり]で瞬時にラプラスに入れ替わり、スイッチからの速攻をかけてきたのだろうか……気が狂いそうな翅音で洞察力と思考力が大幅に削られて、目の前の状況が全くつかめていなかった。

 ……もし、これが施術を受ける前だったらどうだっただろうか。翅音に思考を蝕まれて状況の把握が難しいキュウコンの眼の代わりとなり、的確な指示を与えて相手のポケモンへ技を当てることができたかもしれない。こういうときにはあの施術を受けなかった方がよかったかもしれないと思う。感覚を共有して同じものが見えてしまうと一緒にダメになってしまう……それならば全く違う感覚を持っていた方が正しく指示を出せるのだろうか。負けるという恐怖から来る冷や汗なのか、体からはとめどなく汗が噴き出して服をぐっしょりと濡らしている。体から水が抜けていくという感覚が全身を走ってたまらなく不快だった。

 ひん死状態になったキュウコンをボールに戻して次のボールへ手をかけようと腰に手をやると同時に、相手はラプラスを戻して再びメガヤンマを繰り出してくる。再びあの激しい翅音が襲いかかってくると、コズエは頭の中が真っ白になっていくのを感じていた。

――――――――――

(う……うぅん……)

 遠くにあった魂がするりと肉体へ戻るような、なんとも形容しがたい心地よさが全身に広がり、ぼんやりとしていた意識がはっきりしてくる。

(えっ……、あれ……?)

 決勝戦のメガヤンマがはばたく光景を最後に記憶が途切れていたコズエが、意識を取り戻して最初に見たもの……それは異様な光景であった。様々なガラス瓶がぎっしりと詰められた棚、謎の数字や図形が表示されては消えていくいくつものモニター、机の上に広げられた書類の数々……そんな空間で、白衣を着た何人もの人間が手元の書類を見て何かを話していたり、何かの装置を操作したりしていた。どこかで見覚えのあるようなその空間にあった時計を見ると、時刻はすでに決勝戦どころか表彰式や閉会式までとっくに終わっている時間を表示していた。周りを見てみると、少し狭いガラスケースの底で、白い薄地の服を上だけ羽織るような状態で窮屈そうに丸まって眠ってしまっていたようだった。コズエが、その場所が例の施術を受けたあの研究所であると思いだすまでにそう時間はかからなかった。

「あ、あのっ!」

 コズエがガラス越しに声を出すと、その声に気がついたようにコズエに施術を施したあの研究員――アクロマが振り返る。

「おや、気付かれましたか」

 アクロマはゆっくりとコズエの入っているガラスケースへ歩み寄ると、コズエと眼を合わせながらガラスケースの前で立ち止まる。

「お久しぶりですね、コズエさん。手荒なもてなしで申し訳ない、不測の事態が起こると面倒ですので」
「わ、私に……何をしたんですか?」

 状況がつかめずに困惑した表情を見せるコズエに対し、アクロマはガラスに顔を近づけて優しく話しかける。

「いいえ、何も。……むしろ、“何か”があるのはこれからです。」

 一旦ガラスから離れてメガネを軽く上げる動作をした後、アクロマは非常に落ち着いた声で淡々と話していく。

「手短にこれまでの経緯をご説明しましょう。コズエさん、大会の決勝戦で自分が戦っていたことは覚えていらっしゃいますか?」

 コズエは静かにうなずく。

「はい……私のキュウコンが倒れて、ボールに戻したところまでしか覚えていませんけど……」
「なるほど、そこから先の記憶がないわけですね」

 あごへ手を当てて少し考えるようなしぐさを見せた後、アクロマが続ける。

「実は、あの大会の会場には私も行っていましてね……貴女の戦いもずっと見ていたんですよ。あの後、コズエさんは最後まで一応は指示を出して戦ってはいたのですが……やはりと言うべきでしょうか、コズエさんは負けてしまいましてね、その対戦の直後に崩れ落ちるように倒れてしまわれたんです。すぐに私達が救護に入らせていただきましたが……目覚める見込みがなかったので、申し訳ないですが表彰式は辞退させていただきました」
「そ、そんな……」

 アクロマから事の顛末を聞かされたコズエはがく然とした。ここまで頑張ってきたのに……こんな終わり方だなんて……。勝つためにここまで頑張ってきた、ポケモンの言葉が分かるようになってからも鍛錬は欠かすことはなかったし、この仲間たちとどうすれば強くなれるのかが分かるようになり、以前よりも熱心に向き合ってきただけに悔しさは大きかった。……それでも、初出場の大会で準優勝という成績を収めることができたことは褒めるべき成果なのだろう。次の大会へ向けての課題と対策を練らないと……耳栓を用意するとか……。

「では、本題に入りましょうか」

 アクロマの一言で、コズエの思考が止まる。机の上に置いてあったタブレット型の電子端末を片手に持つと、アクロマは新たな話題を切り出した。

「コズエさん……このままだと、貴女の命はありません」
「……え?」

 アクロマの一言に、コズエは思考が追いついていかなかった。そんなコズエを余所に、アクロマは続ける。

「貴女の体内に埋め込んだポケモン細胞が急速に活性化を始めています。それにより、貴女の本来持つ細胞と拒絶反応が起きて細胞が破壊され始めています。今は投与した薬の効果で一時的に押さえてありますが……」
「い、命がないって……どういうっ……」
「言った通りの意味です。このままだと、明日には貴女は死んでしまうでしょう」
「そ、そんな……」

 あまりにも突然の告知に、コズエは言葉を失う。その場に力なくへたれこむと、額から汗が流れおちた。

「……ですが、貴女が生存できる方法が一つだけ存在します」
「え……ほ、ほんとに……?」

 アクロマの言葉に、コズエの目に生気が戻ってくる。

「今、その処置を行うための準備に取り掛かっているところです。この処置が済めば細胞も安定して拒絶反応も収まりますし、命を落とすこともなくなります。あとはあなた自身がどうしたいか……それだけです」

 アクロマの視線が怪しくコズエを貫く。だが、コズエには命がなくなるかもしれない瀬戸際で、そんなアクロマの表情に気を配る余裕などなかった。

「も、もちろん……」
「もちろん……何ですか?」
「生きたい……です」
「……分かりました。では処置を始めましょう、お休みなさいコズエさん」

 そういいながらアクロマが手に持った端末を操作すると、コズエが入れられているガラスケースの中へ霧状になった何かの液体が入ってくる。それを吸いこんだ瞬間、コズエは体が焼けるような感覚が全身を駆け巡るのを感じたと思うと、次の瞬間には体が硬直して動けなくなった。その直後にガラスケースの中には大量の液体が入れられて、コズエは液体に満たされたガラスケースの中で静かに漂う。再び遠ざかる意識の中で、コズエはガラス越しにアクロマがわずかに笑っているように見えた。

――――――――――

 再び意識が戻ってくると、何かが泡立つような音が聞こえてくる。水の中に浮かんでいるような浮遊感を感じながら、コズエは自分が今どこにいるのだろうと思った。どこまでも続くような暗闇が自分を包み、泡立つような音以外に聞こえてくる音はまるでなかったが、全身の感覚は鮮明に残っている。ふいに、全身に強い痛みが走って軋み始めるのを感じた。

(あ……ああ……う、ぐぐ……)

 耳が引きちぎられるのではないかと言わんばかりに上に引っ張りあげられている、頭のてっぺんからは何かが生えてくるように盛り上がり始め、腰のあたりからは何かが飛び出していてそれを強引に引き延ばされ、首からは何かちくちくしているものが伸びてきている。全身を襲う様々な痛みに手さぐりで自分の体に何が起こっているのか確かめようと体中を触っていく……その触れる手に、コズエは違和感を覚えた。指先は溶けてしまったようにかなり短くなっていて、手のひらには弾力のあるかたまりが感じられる。

(ひ……う、そ……そんな……)

 頭に触れてみると、髪の毛は無くなってしまっていた。それどころか全身の皮膚からおおよそ毛と呼べるものは全て消え去り、代わりに滑らかでつるつるとしているゴムのような鱗におおわれている。全身を締め付けられるような感覚と共に、背骨に沿うように何かが生えてくるのを感じた後、全身を襲っていた痛みが煙のように消えた。それまでの水の中にいるという違和感がなくなり、心地よい風に吹かれているような開放感がコズエを優しく包み込む。

 まるで、水の中が本来自分のいるべき場所のような感覚がコズエを支配する。このままどこまでも泳いで行ってしまいたい……水の中にいるのがとても気持ちがいい、ずっとこのまま水に浸かっていたい。腰のあたりから飛び出た何かに触れてみると、どうやらかなり大きいものであるらしく先端は魚の尾ヒレのような形になっている。それはまるで……いや、感覚もしっかりと感じられる尻尾そのものだった。一度眼を閉じて、再び開いてみると、暗闇の世界は消えて色のある世界が広がる。水の中だと言うのに、なぜか自然と見開くことができた。その大きな藍色の瞳に最初に写ったのは自分の手のひらだったが、その手のひらは人間のものとはかけ離れていた。指の長さは短くなって先端は丸ままり、手のひらの中央と指の腹に当たる部分には肉球が顔を出し、ケモノの前脚そのものである。

「……きゃうぃ……」

 ふと、口にした言葉も人間の言葉ではなく、何かの鳴き声のようだった。

――――――――――

 しばらく後、アクロマはガラスケースの中に閉じ込められた一匹のポケモンに向けて語りかけていた。

「人間へのポケモン細胞の移植……そのためにはポケモン細胞と人間細胞の同化と融合が必要となりますが、元々ポケモン細胞は柔軟に変化する性質を持つため、これは簡単に実現ができました」

 ガラスケースの中にいるポケモン――シャワーズはなにも答えることなく、呆然とアクロマを見つめていた。

「……しかし、ポケモン細胞と人間細胞ではポケモン細胞の方がはるかに強いために人間細胞への浸食が起こり、その過程で人間本来の細胞はほぼなくなってしまって、身体のほとんどの細胞がポケモン由来のものに置き換わることになります。いうなれば、人間の形を模したポケモンになってしまうわけですが……それが人間生活に支障がないことは、貴女もよくご存じでしょう?」

 ガラスケースの中にいるシャワーズは、水に濡れた白い薄地の服に包まれている。水に濡れたその服が体に張り付いて気持ち悪かったが、シャワーズの骨格では、前脚を後ろに回すことはできないので自分で脱ぐことはできなかった。

「問題はその先にありました。ポケモンには“進化”と呼ばれる急激な肉体変化を一瞬で終わらせると言う特殊な生態があります。これは、ほとんどのポケモンに見られるポケモン細胞特有の性質でして、ポケモンの謎をより深める現象の一つなのですが……その働きで、貴女の体に埋め込まれたポケモン細胞が、突然自分のあるべき姿へ戻ろうとして急激な変化を始めてしまうのです。それが、先ほど貴女の体に起こった事なのです」

 シャワーズはアクロマの話を聞きながら、目の前のガラスに映った自分の姿をまじまじと見つめている。

「一度この現象が始まってしまっては有効な治療法はありません。普通のポケモンとは違い、急激な変化に身体がついて行けずに連鎖的にネクローシス(細胞壊死)を引き起こして死に至ります。死を回避する方法はただ一つ、新陳代謝が活発になるように促進し、ポケモン細胞を活性化させてその“進化”を成功に導くしかありません。」

 アクロマの説明を、シャワーズはただ黙って聞き続けている。

「……あぁ、断っておきますが私はできる限りの手は尽くしました。〔かわらずのいし〕に含まれる進化を阻害する成分を体内に循環させることで細胞を不活性化させるようにはしていましたし、今回は十分に安定状態に入っていたので成功だと思いました。……しかし、やはりいずれはこうなることは避けられなかったのでしょうかね。様々な原因はあると思いますが、一番の原因は過度の緊張状態によるストレスと高周波の超音波に晒されたダメージであると思われます。ポケモンの技から身を守ろうとした、一種の防衛本能なのかもしれません。」
「……」

 認めたくはなかったものの、これは自分が望んで招いた結果であることをシャワーズとなってしまったコズエは分かっていた。彼女は『ポケモンバトルで強くなる』事を望み、アクロマはそれを実現できる力を確かに与えてくれた。そこに妥協があったとしたら、大会の決勝まで上り詰めることなどできはしなかっただろう。そして、今現在の自分の姿にしても強くなっているという意味では間違いはないのである。

「まぁ、プラズマ団の研究技術をもってしてもこればかりはどうにもならないでしょうね」
「きゅいっ!?」

 不意にアクロマがつぶやいた言葉に、シャワーズは大きく反応する。

「おや、言っていませんでしたか? ここはプラズマ団の研究施設だった場所なのですよ」
「きゅら、きゅるっ! きゅるーるっ!」

 シャワーズは抗議するように鳴き声を上げる。あらかじめプラズマ団という言葉を知っていたとしたら、彼女は施術を受ける事を決意していたのだろうか。

「私は、かつてプラズマ団に身を寄せていたことがありましてね……そこに残された大量の研究内容の整理が私の仕事でした。そこで行われていた研究は“ポケモンと人間の調和”というものです。」

 アクロマは、ガラスケースの中にいるシャワーズにまるで講義でもするように語り始める。

「天才数学者、N=ハルモニア=グロビウス氏はプラズマ団の研究施設の中で数多くの研究を行っていました。その研究内容とは、主に人間とポケモンの垣根をなくすことで二つの区別の解放すること……それは“人間がポケモンの言葉を理解できる”研究や、“ポケモンが人間としての思考を持つ”研究へと向かっていきました。また、彼はその時にはすでに“人間とポケモンの同一化”に関する研究の記録を作成していたのです。ポケモンにも、人間にもなれず、二つの存在から阻害を受け続けていた彼の心が、その天才的頭脳を狂信的な研究へかきたてたようです。その研究は彼がいなくなった後、やがて二つを一つにまとめるものとして“虚への注入によるポケモンとポケモンの合体”へと段階が進み、キュレムに異なるドラゴンを吸収させる合体実験へとつながることになります。その実験そのものは失敗に終わりましたが得るものは多く、キュレムを解析したことで得られた吸収合体因子や接合因子の抽出が、研究を大きく飛躍させることになったのです」

 そこまで話し終わると、アクロマは冷凍庫の中から一枚のシャーレを取り出してシャワーズへ見せる。

「これはその研究結果の一つです」
「……きゅら?」

 それは、言うなれば〔いでんしのくさび〕を人工的に作り出したようなものであった。しかし、これまでの説明もよく理解することができなかった彼女には、それが何なのか分かるはずもなかった。

「さて、私の研究テーマは“ポケモンの活性化”でした。ですが、これを知ったときにプラズマ団が目指していたものを探求してみたくなったのです。ポケモンと人間、この二つの存在が一つになる時、その先には果たして何があるのか。一たす一が二になるのか? それとも一になるのか? はたまた別の結果に? N=ハルモニア=グロビウス氏はプラズマ団を率いてでも、その数式を解き明かしたかったのではないでしょうか。ポケモンをボールから解放して共に生きる世界を作り出し、その先にある本来そこにあるべきポケモンと人間の調和を目指す……そのプラズマ団の思想の最終到達点が一体何なのか? N=ハルモニア=グロビウス氏が自らの組織に冠した、“形作る”を意味するプラズマ(plasma)の名に賭けた思い……私はそれを継いで解き明かしてみたかったのです」

 そこまで語ると、アクロマは少し興奮していたのか大きく息を吐いてメガネの位置を直すと、シャワーズに向き直る。

「今回の貴女の事例を鑑見ると、二つが解放されて人間とポケモンが互いに混ざり合った時、人間が消えていくことは避けられないという暗示にも取れますね」

 アクロマはそう言いながらシャワーズに微笑みかけたが、彼女にはそれは下卑な笑いにしか見えなかった。

「さて、貴女の今後の話なのですが」

 アクロマは端末を白衣にしまうと、ガラスに手をつけて話しかける。

「貴女は今後の研究に有効利用させてもらいます」
「……きゅいっ?」

 最初は言葉の意味がよく理解できず、シャワーズは首をかしげる。だが、次にアクロマが続けた言葉に彼女の表情は一気にこわばった。

「貴女は施術を受けた人間の中で本来の意識を保ったままポケモンとなった稀有な例です、貴重なサンプルとしてこれから我々が行う様々な実験に参加していただきましょう」
「きゅっ!?」
「人間由来の遺伝子を持つ個体は通常の個体とは違った能力を兼ね備えていたり、技も通常では覚えない技を覚えることができるかもしれません。……早速明日からいろいろと実験させてもらいましょうか」
「きゅらっ!? きゅい! きゃうっ! きゅらう、きゃ、きゅっ!!」

 シャワーズはガラスの壁に飛び付くように叩き始める。

「あの施術には結構な費用がかかっているのですよ? その代金は出世払いという約束だったはずです、代金はしっかりと貴女の身体で返してもらいます」
「きゅる! きゅらーら! きゅっ、きゅー! きゅあ!」

 必死に鳴きながら、伸びていない爪で必死にガラスの壁を引っ掻くが、特に傷がつくこともなく水に濡れたガラスに肉球が当たるたびに小さな摩擦音を立てるだけだった。

「あぁ、貴女がかつて所持していたポケモン達や道具などはこちらで処理しておきますのでご安心を」
「きゅぅぅっ!?」

 シャワーズは大きく息を吸い込むと、口から[みずでっぽう]を放つ。

「きゅ……!」

 とっさに放った[みずでっぽう]に驚きの表情を見せるシャワーズだったが、ガラスの壁には傷一つ付くことはなかった。

「私にはポケモンの言葉は分かりませんよ、静かにしてください」
「きゅういきゅう! きゅううんっ! きゅうっ!」
「うるさい」

 アクロマはケースを少しだけ開くと、その隙間からシャワーズに向かってモンスターボールを投げつける。シャワーズに当たったボールは二つに割れると、赤い光に包まれたシャワーズはそのままボールの中に閉じ込められた。ケースの底に落ちてしばらく震えていたボールが静かになると、アクロマはガラスケースからシャワーズ入りのボールを取り出す。

「ボールに入れればポケットに入るからポケットモンスター、でしたっけ? ふふふ……こうしてボールに入るという事は、貴女は完全にポケモンと言ってもいいのでしょうかね?」

 シャワーズ入りのボールを見つめて怪しく笑うと、アクロマはそのボールを書類が散乱している机の上に置いてその部屋を後にした。


 目を開けば、そこに自分のてのひらがある気がして……
 今はもう二度と見ることの叶わないてのひらを想い……
 彼女は誰にも聞こえない声でひっそりと泣いていた……


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Last-modified: 2018-11-10 (土) 11:10:25
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