ポケモンとトレーナーのラブロマンス的…なものです。
B2W2が出たころに書いた作品なので背景が少し古いとは思いますが、
よければお楽しみくださいませ。
作者ラプチュウより
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自分よりもはるかに高いビルが無数に連なる魔天楼を中心に広がる大都会、その中を僕は歩いていた。今日はあいにくの空模様で、黒い空からは大粒の雨が絶え間なく振っている。僕は大きめのこうもり傘を片手に、ほどなくこの街で一番大きな公園へとたどり着いた。
「おぉい、シュウ~! こっちこっちぃ!」
公園の中をしばらく進んでいくと、中央の噴水広場で僕に向かって手を振る影が見えた。それに答えて僕も手を振りながら駆け足で近付いていく。僕の名前はシュウ、どこにでもいる普通のポケモントレーナーだ。今日はつきあっている彼女とデートの日……まぁ、どこにでもありそうな待ち合わせの風景である……相手が人間だったらね。
「ごめん、待った?」
「ううん、私もさっき来たところだよっ」
笑顔で返事を返してきたのは青く長い髪と瞳をもった、白いワンピースと麦わら帽子に身を包み、白い傘を差した色白の女性……え? 普通に人間じゃないかって? ……まぁ、見た目はね。
「それじゃあ行こうか、ロア」
「うんっ、今日はどこに行くの?」
僕たちは足早に広場を後にした。手に持った白い傘をくるくると回しながら僕の横を歩いているこの女性はロアっていう名前で、もう付き合い始めて二年になる。周りから見れば仲がいいどこにでもいるカップルなんだろうけど、最初にも言った通りで僕たちは普通のカップルじゃない。僕たちには、他の人には言えない秘密がある。そう、あれは二年前……僕とロアが出会った日までさかのぼるんだ――
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「うひゃ~! 天気予報では今日は一日中晴れるって言ってたのにぃ!」
2年前……その日の天気予報は大外れで、昼頃から急に空を雲が覆っていったと思うとすぐにどしゃ降りになった。テレビの砂嵐と同じような音を響かせながら雨はさらに強さを増していく。僕の他にも雨宿りする場所を探そうとどしゃ降りの中を走る人影がいくつか見えた。旧市街に入ってしばらく走っていると、ひときわ古いビルが目に飛び込んでくる。周囲が工事用のシートで囲われているのを見ると、老朽化で解体されるビルなのだろう、よく見るとそのシートの一部が避けてビルの中に入れそうだった。他に雨宿りできそうな場所もなかったので、そのシートの裂け目からビルの中へと飛び込む。
「うわぁ……靴の中までぐしょぐしょだぁ……」
薄暗いビルの中で、片足立ちで靴を片方脱いで中にたまった水を捨てる。体中びしょぬれになりながら靴をはきなおすと、自分以外の何かの気配に気がついた。
「……ん? 誰かそこにいるの?」
目を凝らすと、奥の方に何かもぞもぞと動く影が見えた。だが電気も通っていないビルの奥は真っ暗でよくわからない。僕はおもむろに腰からモンスターボールを一つ取った。
「サンディ、出てきてっ」
名前を呼びながらボールをほおり上げると、中から飛び出してきたのはサンダースだった。サンディは軽く体を震わせると僕の方を向いて小さく鳴く。
「サンディ、"フラッシュ"!」
僕が技の指示を出すと、サンディは小さく返事を返して前に向き直ると大きく鳴きながら技を繰り出す。サンディの"フラッシュ"がビルの中を明るく照らし出していくと、さっき見えた影が何なのかはっきりとした。
「え……もしかして、ゾロアーク……?」
光に照らし出された影はゾロアークだった。その場から動かずにこちらを強い視線でにらみつけているゾロアークは、心なしか少し息苦しそうにも見える。
「君、どうしたの? どこか具合でも悪いのかい?」
心配になった僕は、サンディにその場で待つように指示を出すとゾロアークにゆっくりと近づいていく。ゾロアークは近づいてくる僕を威嚇するようにうなっているが、その場からは動こうとしなかった。ほどなくして僕は手を伸ばしたらゾロアークの体に触れられるところまでやってくる。
「大丈夫、怖がらないで……」
ゾロアークの隣にゆっくりとしゃがみ込んで、安心させるようになるべく優しい顔を作りながら話しかける。少し間が空いて僕の気持ちが伝わったのか、心なしか少しだけ警戒を解いてくれたように表情が和らいだ。それを確認した僕は、ゾロアークを驚かせないようにさらに慎重に近づいてその体にそっと触れる。"フラッシュ"で照らされているとはいってもまだ少し薄暗い屋内で見た目では分からなかったが、触れた手からはゾロアークの体が小刻みに震えているのが伝わってきた。表情も少し苦しそうに見えたことも踏まえると、やはり具合が悪いようである。
「やっぱり病気か何かなんだ……とにかくポケモンセンターに連れて行かなきゃ……」
とりあえず外の様子を見に行こうとその場を立ちあがろうとしたら、ゾロアークが僕の腕を掴んで引っ張った。突然腕を引っ張られた僕がゾロアークの方を見ると、ゾロアークは小さく首を振って僕の目をじっと見つめてくる。どうやらポケモンセンターに行きたくないといいたいらしい。
「僕がついててあげるから、心配しないで」
僕は、ゾロアークの手をそっと握りながら話しかける。しばらくゾロアークは僕の目をじっと見つめていたが、そのうち体力が限界になったのかゆっくりと目を閉じた。
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それから少しして、僕はポケモンセンターの通路で布団にくるまっていた。通路の壁は一部がガラス張りになっていて、その先に見える治療室では先ほどのゾロアークが治療を受けている。
「……ヘックシュッ!!」
「タブンネェ」
ガラスの反対側におかれた長椅子に座った僕は時々くしゃみをしながらガラスの向こうで治療を受けるゾロアークを見つめていた。そこに、ポケモンセンターのタブンネがお盆に温かいコーンスープの入ったマグカップをのせて持ってくる。
「あ、タブンネありがとう」
「タァブンネェ」
僕がお礼を言うと、タブンネはにっこり笑ってその場を後にする。見送りもそこそこに視線を再びゾロアークの方に向けながら、タブンネが持ってきてくれたコーンスープを口に運んだ。雨に打たれて冷え切った体には、温かいコーンスープがいつもより美味しく感じられる。
「よぉ、シュウじゃねぇか」
コーンスープを飲みながら治療の様子を見ていると、誰かが近づいてきた。その声がした方に視線を向けると、一人のトレーナーと思わしき青年が立っている。彼はダイチ、小さいころからよく一緒に遊んでいる親友であり、ポケモントレーナーとしての僕のライバルだ。
「あれ、ダイチも来てたんだ」
「おう、お前も雨が降ってきてポケモンセンターに駆けこんできたのか?」
「いやまぁ……そうと言えばそうなんだけど……」
ふと、ダイチは治療室で治療を受けているゾロアークに気がついてガラスに貼りついた。
「おっ! ゾロアークじゃん! え、なに、お前ゾロアークゲットしたの?」
「いや、ゲットしたわけじゃないんだけどさ……」
そんな話をしていたら、治療が終わったらしくストレッチャーに乗せられたゾロアークがジョーイさんと一緒に治療室から出てきた。僕は毛布を長椅子に置くとゾロアークのところへと駆け寄る。
「ジョーイさん、このゾロアークは……」
「大丈夫よ。今夜一日ゆっくり休めば元気になるわ」
「そっか……よかった……」
ジョーイさんの言葉を聞いて僕はほっと胸をなでおろした。
「なぁ、シュウ……お前このゾロアークをゲットしたんじゃないんだったらどこでこいつ見つけたんだよ」
「えっ、あなたのポケモンじゃないの?」
ダイチが僕の肩を叩きながら話しかけた言葉に、ジョーイさんは驚いた様子で僕に聞いてきた。まぁ、確かに着ていたジャケットをこのゾロアークにかぶせてあの雨の中必至でここに担ぎこんできたときは説明どころじゃなかったけどさ。
「あ、はい。旧市街の廃ビルで雨宿りしようと思って入りこんだらこのゾロアークが先にいて……具合が悪そうだったからここに連れてきたんです」
「おかしいわね……ゾロアークはすごく珍しいポケモンで、この街の周辺ではここ数年トレーナーが連れているのさえ見なかったのに……」
ジョーイさんはストレッチャーの上で眠っているゾロアークを見ながら首をかしげている。僕もストレッチャーに近づくとゾロアークの頭をなでた。
「君……なんであんなところにいたんだい?」
ストレッチャーの上で眠っているゾロアークがその問いかけに答えはしなかった……まぁ、仮に起きていたとしてもしゃべれるわけじゃないから理由は結局のところ分からないんだろうけど……。
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ポケモンセンターの病室で、僕はベッドで眠るゾロアークのそばにいた。窓の外は相変わらず雨が降り続いている。今夜はずっとこのゾロアークについていようと僕は決めていた。そばにはサンディも寄り添ってくれている。
「なぁ、サンディ……このゾロアーク、お前はどこから来たと思う?」
僕はサンディの頭をなでながらも、視線はゾロアークに向けたままでサンディに話しかけた。サンディは僕を見上げて首をかしげている。
「中心街からは外れてるって言っても、旧市街は結構街の中にあるだろ? 外から来た野生のポケモンがあんなところまで入りこむとは思えないんだ」
僕はサンディに聞き役になってもらいながら自分の中で考えている事を吐きだしていく。僕自身、ゾロアークなんて生で見たのは初めてだったし、少し胸が高ぶっていた。
「だれかのポケモンなのかなぁ……でも、ジョーイさんに問い合わせてもらったけど、この一か月の間でゾロアークを探してるってトレーナーはいないって言うし……」
考えれば考えるほど分からなくなってきた。それにあの時、ポケモンセンターに行きたくないようなそぶりを見せた事も気になる。僕を警戒していたことも考えればこのゾロアークは野生じゃないかとも思えるんだけど。
「まぁ、もう体の心配はないから今のところはそれでいいのかもね」
とにかく、今は元気になってくれる事を嬉しく思おうと考えなおして腕を大きく伸ばした。
「僕はこのゾロアークについてるからさ、サンディは寝てていいよ」
サンディに声をかけた後、僕は椅子に座りなおした。サンディは小さく鳴いた後、僕の膝の上に飛び乗ってくる。
「……サンディ? 一緒に起きててくれるの?」
僕の問いかけにサンディはもう一度小さく鳴いて返事を返してくる。僕は小さく笑いかけると、サンディを抱きしめた。
「ありがとう、サンディ」
サンディに一言お礼を言って、僕はまた視線をゾロアークの方に顔を向ける。ゾロアークは今は薬が効いているのか、穏やかな表情で眠っていた。
「大丈夫、僕がしばらく面倒みるからね」
ゾロアークを見ながら、僕はぽつりとつぶやく。降りしきる雨はまだまだ止まなそうだ。
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翌朝、僕はサンディに顔をなめられて目を覚ます。気がつくと、僕は病室の床で毛布をかぶって横になっていた。どうやらゾロアークの看病をしているうちに眠ってしまったらしい。毛布は、多分様子を見に来たジョーイさんかタブンネがかけてくれたんだろう。
「そうだ、ゾロアークっ!」
勢いよく起き上がって隣のベッドに視線を向ける。ゾロアークはすでに起きていたようで、ベッドの上に座って窓の外を眺めていた。昨日振っていた雨は今朝になってあがったらしく、朝日が室内に入り込んでいる。
「もう起きてたんだ……もう体の方は大丈夫なの?」
僕の問いかけに、ゾロアークは座ったままで僕の方を振り向くと小さくうなずいた。
「よかったぁ……昨日はすごく具合が悪そうだったから心配してたんだぁ」
僕はゾロアークに笑いかけながら、前に回り込んだ。一方のゾロアークは、まだ少し警戒してるのか軽く飛び上がってベッドの上に立つ。
「そんなに怖がらないで、僕はお前と友達になりたいだけなんだ」
僕は無理に追おうとはしないで右手をゾロアークに向けて差し出す。ゾロアークが僕の目を見つめてきたので、僕は微笑みながら小さくうなずいた。それを見たゾロアークは、そっと左腕を伸ばして僕の差し出した右手にのせる。
「信じてくれたんだね、ありがとう」
まだ少し警戒はしてる様子ではあるが、一応は信じてくれた様子のゾロアークに僕はお礼を言った。その時、病室の扉が開く音がしてジョーイさんが入ってきたのでゾロアークの体が強張る。
「大丈夫だよ、君を治してくれたジョーイさんだから」
「おはよう、シュウ君。ゾロアーク、元気になったのね」
ゾロアークをなだめる僕に、ジョーイさんが笑顔で声をかける。ゾロアークは理解してくれたようで落ち着きを取り戻した。
「そのゾロアーク、これからどうするの?」
「あ、はい。多分このゾロアークは野生だと思うから、元いた場所に返してあげたいんです」
ジョーイさんの問いかけに、僕は昨日ゾロアークを看病しながら考えていた事を口にした。ジョーイさんは微笑みながら「そう」とだけ言う。
「それじゃあゾロアークが生息していると言われている場所を調べてあげるわ。……でも、その前に朝ごはんね」
そう言ってジョーイさんは反転して病室を出ていく。僕とゾロアークは顔を見合わせると、ジョーイさんの後を追って病室を後にした。
-5-
ポケモンセンターを後にした僕は、ゾロアークを連れて家に帰ってきていた。途中、周りから見られているのを感じていたので足早に帰ってきて少し疲れたので、帰ってくるなりソファに体を投げ出す。
「はぁ……やっぱりゾロアークって珍しいから注目の的だったねぇ」
「……ごめんなさい……」
「あぁ、別に気にし……」
ソファにうつぶせになったままで「気にしてないから」と言いかけた僕は、一つの疑問がすぐに浮かんで飛び起きた。今、この部屋には僕以外にはゾロアークしかいないはず……そう考えながら声のした方を振り向く。やはり、そこにはゾロアークしかいなかった。自分以外の声がして、部屋には僕とゾロアークしかいない……答えは一つしか考えられない。
「もしかして、今の声……君が……?」
僕の問いかけに、ゾロアークは小さくうなずく。僕の疑問は解決はしたものの、少しの間だけ僕とゾロアークのいる空間は時間がとまった。
「え、君しゃべれるの? なんで今まで黙ってたの?」
「だって……変でしょ? しゃべれるポケモンだなんて……」
ゾロアークは少しおどおどした様子で話す。僕はゾロアークがしゃべれるという事にまだ驚いていたが、ゾロアークの言葉に首を左右に振った。
「そんなことないよ、すごいじゃないしゃべれるなんて! ……あ、でもなんで僕に話しかけてくれたの?」
ゾロアークのそばに歩み寄って、その腕を手に取ると笑顔で話しかける。そのあと、もう一つの疑問が浮かんできたのでそのままの体勢でゾロアークにたずねた。
「私の事を見て、捕まえようとしなかったから……」
「……え、それだけ?」
ゾロアークの返事に、僕はきょとんとした表情でつぶやく。何かもっと深い理由があると思っていたので拍子抜けしたのだ。
「私は、そもそも珍しいって言われてるでしょう? だからだろうけど、これまで私の事を見つけた人間は私を捕まえようといきなり攻撃してきた人ばかりで……だから久しぶりなの、あなたみたいな人間にあったのは……」
「そうだったんだ……」
ゾロアークにはゾロアークなりの悩みがあったんだなぁと思いながら、僕はゾロアークを見つめていた。
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とりあえず立ったままで会話するのもどうかと思ったので、ゾロアークを連れてソファまで行くと一緒に座る。これまでの会話や時折見せる表情から思うに、多分このゾロアークはメスなんだろうなぁとかそんな事を僕は考えていた。
「この街にはいつからいるの?」
「……多分、三年前ぐらい」
僕の質問に返ってきたゾロアークの回答に、僕は首をかしげる。というのも、昨日ジョーイさんから聞いた話を思い出したからだ。
「でもさぁ……この街じゃこの数年間、ゾロアークの姿は野生どころかトレーナーが連れているのさえ見られてないのに……どこにいたのさ」
「旧市街で誰もいなくなった建物を渡り歩いてたの」
「へぇ……」
確かに、旧市街は五年前ぐらいから再開発が始まっていて毎月のように建物に空きが出ているので渡り歩くのは不可能ではないと思う。だけど三年間も人目に付かずにこの街に隠れ住んでいたという事に関しては正直驚くしかなかった。
「よく今まで見つからなかったね」
「ほら、私って幻影を見せることができるでしょ? だからその力を使ってきたの、見てて」
そう言って立ちあがったゾロアークは、軽くバク宙しながら飛び上がる。次の瞬間には、ソファの後ろに青いカーディガンとスカートに身を包んだ女性が立っていた。
「うわぁ、それが君の力なんだ」
「うん。見つかりそうになったらこうやってやり過ごしてきたの、時々男性の姿になったりしてね」
そう言いながらゾロアークはいろんな姿に変わって見せる。スーツを着たサラリーマン、日傘をさしたお嬢様、制服に身を包んだOL……女性の比率が高い所を見るとそこはやはりメスなんだろうなぁと思いながら、僕は驚きながらもしばらくゾロアークの見せてくれるショーを楽しんだ。しばらくして、ゾロアークは元の姿へと戻るとソファに座り直す。
「君ってすごいんだねぇ。楽しかったよ、君のショー」
「ありがとう」
僕が称賛の言葉を送りながら拍手をすると、ゾロアークは嬉しそうにほほ笑んだ。
「ところでさぁ……人間が嫌いなんじゃなかったの? なんでこの街に?」
「それは……」
話が横道にそれてしまったので本筋に戻そうと僕が投げかけた質問に、ゾロアークは言葉を詰まらせる。少し落ち着くように深呼吸すると、ゆっくりと話し始めた。
「私ね……人間にあこがれてるの」
「人間に?」
小さくうなずいてゾロアークは続ける。
「私、進化する前はこことは違う街のそばに住んでたの。それで時々その街に遊びに行ってたんだけど……そこで見るものがみんな輝いて見えたんだぁ」
街を走るたくさんの車、街のショーケースに並ぶきれいな服やアクセサリー、街を彩るいろんな色の照明……その街で初めて見て感動したというものをゾロアークは楽しそうに話す。僕は、話の合間に相槌を打ちながらしばらくその話を聞いていた。
-7-
ひとしきり話を終えると、ゾロアークは胸に腕を当てて一息ついた。
「それでね、もっと人間の世界を知りたいと思って旅に出たの。……でも……」
「でも?」
先ほどとは違い、ゾロアークは少しさみしそうな表情を見せる。
「旅先で出会った人間は、みんな私を捕まえようとしてきて怖かった……それでも、人間へのあこがれは消えなくて……そのうちこの街にたどり着いて住みついたの」
「そっかぁ……誰かのポケモンになるつもりはないの? そうすれば人間の世界に常に触れていられると僕だったら思うけど……」
僕の言葉に、ゾロアークは首を左右に振った。
「確かにそうかもしれないけど……いつも人間と触れているのは怖いんだ。人間にあこがれてるとか言いながら、変だよね……」
「ううん、気持ちはなんとなくわかるよ」
ひざを抱えてしょんぼりするゾロアークを、僕はなんとか慰めようと声をかける。話の合間に時折見せるゾロアークの仕草は人間そのものといっても言い過ぎではなかった。
「あなたは……私の事、これからどうするの?」
「え、どうする……って言われても……」
突然ゾロアークに聞かれて、僕は返答に困ってしまう。ここまでゾロアークの話を聞いてしまうといまさら他人のふりはできないし、どうしたものかと腕を組んだ。
「どうせ、これまでの生活もいつまでも続かないと思ってたし……昨日、あの廃ビルであなたにあったのも何かの運命だと思うから……どうするかはあなたに任せる。私はあなたが決めた事に従うよ」
「え、でも……」
ゾロアークは、まっすぐな瞳で僕を見つめている。僕の返答次第で、このゾロアークのこれからが決まってしまうんだと思うと責任重大だ。
「あなたのポケモンになれって言うならそれでもいい。あなただったら、きっと私の事を大切にしてくれるはずだから」
なんとなく、このゾロアークを捕まえる気にはなれなかった。かといって、このまま別れてしまうのもいやだと思う自分もいる。しばらく悩んだ後、僕の中で一つの結論に達した。
「……本当に僕が決めていいの?」
「うん、もう私がそうするって決めたから」
ゾロアークの意思を改めて確認してから、僕は一呼吸置いて話し始めた。
-8-
あの後、僕は一度ゾロアークをボールで捕獲した。こうしておけば、もし他のトレーナーに見つかったとしてもとりあえず捕獲されることはない。そのあとで、街の中で一番大きな公園に住むようにさせた。深い森や小さな山を敷地の中に抱えるその広い公園には食べ物となる木の実も十分にあるし、他にも住みついている野生のポケモンがたくさんいるからさみしくはないだろう。それに、ゾロアークが好きな人間の世界に隣接しているからぴったりだった。
「どうしたの? さっきからボーっとしちゃってさ」
「え? あぁ、ごめんロア」
不意にロアに声をかけられて、僕は思い出の世界から現実に引き戻される。目の前には、僕の顔を覗き込むロアの顔が迫っていた。
「二年前に君と初めて出会った日も、こんな雨の日だったなぁって思ってさ」
「そうだったね……あの時、シュウに見つかったときはどうしようと思ったけど、今はよかったと思ってるんだよ?」
「うん、僕もだよ」
お互いに笑いあって、僕はロアと手をつなぐ。僕は、今日こそは伝えなきゃと思っていた事を言おうと一度深呼吸した。
「あ、あのさ……ロア……」
「分かってるよ、旅に出るんでしょ? それも明日」
言おうと思ってた事を先にロアに言われてしまって、僕は目を丸くしてロアの方を見た。
「え、知ってたの?」
「人間の世界に触れるためにシュウと始めた"恋人ごっこ"も二年になるんだよ? シュウの事は何だってわかっちゃうんだから」
「まいったなぁ」
得意げに話すロアの表情を見て、僕は苦笑いしながらつぶやいた。そのあと、ロアは握っていた手を離すと僕の前に回り込む。
「それで、当然私も連れて行ってくれるんだよね? ご主人様?」
「うん、これからはずっと一緒だね」
いつの間にか、ロアは幻影を解いて元のゾロアークの姿に戻っていた。僕は、首からぶら下げていたモンスターボールを手に取ってロアに向ける。ボールから赤い光が伸びてロアを包んだと思った次の瞬間、ロアは光の中に融けてボールの中へと入っていった。僕は手のひらに収まったボールを見つめながらしばらくその場で思いを巡らせる。
「あ、雨やんだ」
ふと気がつくと、雲の隙間から一筋の光が僕を照らしていた。こうもり傘を開いたままで地面へとそっと置き、空を見上げる。明日は僕とロア、二人が第二の旅立ちをする記念の日……これからどんなにたくさんの楽しい思い出ができていくんだろう、今から楽しみだ。
~Fin~
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