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この作品は短編「二人だけの秘密」を下地に構成しております。
未読の場合はぜひ短編のほうからお読みくださいませ。
作者ラプチュウより
空はどこまでも青く澄み渡っていた。その青空の下に広がる草原を横切るように走る一本道を、二つの影が歩いている。一つは青いジャケットに水色のリュックサックを背負い、灰色のズボンと白いスニーカーを身にまとった黒髪の青年の姿をしており、その隣を歩くもう一つの影は人間ではなかった。
「んー、風が気持ちいいなぁ」
「本当っ、いい天気だしまさに絶好の旅日和だねっ」
歩きながら片腕を大きく上に突き上げて体を伸ばす青年の横で同意の声をあげたのは、二足歩行に適した濃い灰色の体とほっそりとした四肢の先には赤く鋭い爪を持ち、首から肩まわりにスカーフのような黒い体毛と頭からは黒い毛が混じった赤いたてがみが伸びており、その先ではポニーテールのように水色のリング状のもので束ねられているキツネのような顔だちをしたゾロアークというポケモンだ。両腕を後ろ手に組み、青年に寄り添うように歩いている。
「ところでシュウ、次の町まではあとどれぐらいなの?」
「え? ちょっと待って、今タウンマップで確認してみるから」
ゾロアークにシュウと呼ばれた青年は、ポケットの中から四角いノートのような装置を取り出すとそれを開いた。上下にそれぞれ大きな画面を持ったその装置のスイッチを入れると、下画面に地図といくつかのアイコンが表示される。少し遅れて、上画面に現在地から周辺の町やスポットまでの距離などが表示された。シュウは下画面のアイコンを操作して地図の縮尺を変えながら、今自分達がいる場所を確かめる。
「……うん、あの丘を越えたところだね。このペースで行けば明日の午後には次の街に着けそうだよ」
「明日かぁ……次の街は結構大きな町なんでしょ? 早く着かないかなぁ」
シュウの言葉を聞いて、ゾロアークは目の前に見える丘を見つめながら少しそわそわし始める。そんなゾロアークの様子を見て、シュウは笑顔で話しかけた。
「ロア、そんなに慌てなくても街は逃げたりしないよ。早く街を見たいのは分かるけど、落ちつきなって」
「だってぇ……久しぶりなんだもの、大きな街に立ち寄るの」
シュウにロアと呼ばれたゾロアークは、楽しそうな表情を浮かべながら足が地につかない様子で言った。そんな一人と一匹の前に橋が見えてくる。橋の下をのぞいてみると、少し川幅が広い川が流れていた。その川は草原を横断するように長く伸びていて、川岸には大小さまざまな石がたくさん転がっている。
「ちょうどいいや、この川岸でお昼にしようか。時間もぴったりだし」
「え~? ごはんなんかいいから早く街に行こうよぉ」
橋の横から川岸に降りていくシュウの後ろで、ロアが不満そうに文句を言いながらそのあとを追う。橋から少し離れた場所に手ごろな石を見つけたシュウはその石に腰を下ろした。
「ほら、ロアも一緒にごはん食べようよぉ」
「もう……しょうがないなぁ……」
リュックサックを下ろして中から水と食料を出しながら呼びかけるシュウに、ロアは小さくつぶやきながら駆け寄る。
「サンディ、ごはんの時間だよっ!」
シュウは腰に付けた赤と白のカラーリングがほどこされたモンスターボールを一つ手に取ると、名前を呼びながら空中へと投げ上げた。投げ上げられたボールが二枚貝のような状態で二つに割れると、中から飛び出してきた光が次第にその形を変えていく。尻尾はないが黄色い犬のような体格を持ち、首のまわりにあるえりまきのような白い毛と頭や腰まわりに伸びた毛は鋭くとがっている、ウサギのような長い耳を持ったサンダースというポケモンだ。サンディというのはこのサンダースの名前なのだろう、サンダースは軽く体を震わせるとシュウのそばに駆け寄る。
「さぁ、これがサンディの分だよ」
「きゃうんっ!」
シュウがサンディの頭をなでながら、目の前に置いた受け皿に固形のポケモンフーズを入れる。サンディは短く鳴いて返事をすると、受け皿に盛られたポケモンフーズを食べ始めた。その後、シュウは自分のそばに置いた紙袋を取って開けると、中に入っていた二つの小さな包みの内一つを駆け寄ってきていたロアに手渡す。
「はい、ロアの分」
「ありがとう、シュウ」
シュウから包みを受け取ったロアは、お礼を言いながら自分もそばの石に腰を下ろすと受け取った包みを広げ、中に入っていたサンドイッチを手にとって口へと運ぶ。その様子を見ながら、シュウも同じく包みを広げて中のサンドイッチを食べ始めた。
「くぅ?」
シュウ達が食事をする中、サンディが耳をぴくりと動かして何かを察したように顔を上げる。そして川の上流の方に向き直ると上流を見つめたまま動かなくなった。
「ん、サンディどうかした?」
「きゃうきゃうっ」
サンディの様子に気が付いたシュウが声をかけると、サンディはシュウの方を振り向いて短く鳴くと再び川の上流へ視線を送る。その視線を追うようにシュウが上流に目を向けると、シュウ達のいる場所から少し離れた川岸に何かが打ち上げられているのが見えた。
「なんだろう……」
「あれ、シュウどうしたの?」
打ち上げられている何かを確かめるためにシュウはサンドイッチの包みを地面に置くと、立ちあがって近づいていく。その様子に気が付いたロアがサンドイッチを口に頬張ったままで首をかしげた。シュウは、その何かに近づいていくにつれて徐々に走り出す。
「ロア! 僕のリュック持ってきて、早く!!」
「え、リュック? わかった、今持っていくっ」
打ち上げられた何かに近づいたシュウが大声でロアに指示を出す。その指示を受けたロアはサンドイッチの包みを自分が座っていた石の上に置くと、リュックをつかんでシュウに駆け寄った。サンディもロアの跡を小走りでついていく。
「シュウ、一体何……」
駆け寄ったロアは、シュウの抱えている全身に傷を負った一匹のシャワーズを見て言葉を詰まらせる。シュウはシャワーズを抱えたままで立ち上がって周囲を見渡すと、石がほとんどなく土が見えている場所を見つけて駆けだした。
「ロア、リュックからタオル一枚出して!」
「あ、えぇっと……タオルタオル……」
事情を把握したロアは、その場でしゃがみ込んでリュックのファスナーを開けて中からタオルを取り出すと、再びリュックを持ちあげてシュウの跡を追う。土の地面がある場所にたどり着いていたシュウのそばでは、サンディが地面に転がっている比較的大きな石をくわえてどけていた。
「そこに広げてくれる?」
「うん」
サンディが石をどけた場所に、ロアが取り出したタオルを広げて置く。シュウはそのタオルの上にシャワーズをそっと寝かせると、ポケットからハンカチを取り出してロアに手渡した。
「このハンカチを川で濡らしてきてっ。あまり固く絞らなくていいから」
「わかったわ、任せて」
シュウからハンカチを受け取ったロアは、シュウに持っていたリュックを手渡すと川に向かって走り出す。シュウはシャワーズのそばにしゃがみこむと、リュックの中からキズぐすりを取り出した。
「……きゅう……」
「ひどい傷だなぁ……バトルで傷ついたって感じでもなさそうだけど……」
「きゃう……」
傷が痛むのか、シャワーズが気を失ったままで小さく声を上げた。シュウがシャワーズの傷を確認している横で、サンディもその様子をじっと見つめている。少しして、ロアが濡らしたハンカチを持って戻ってきた。
「はいシュウ、濡らしてきたよ」
「ありがとう」
ロアからハンカチを受け取ると、シュウはシャワーズの体に付いた泥や汚れをぬぐいとる。ある程度汚れを落とし終わると、あらかじめ出しておいたキズぐすりでシャワーズの傷を手当てし始める。
「この子、川の上流から流されてきたのかな……」
「多分そうだと思うけど……そんなことより、今は早くポケモンセンターに連れて行かなきゃ……」
心配そうに見ているロアのつぶやいた言葉に、手を動かしながらシュウが答える。その横で、サンディが何かに気がついたのか耳を立てて橋のかかっている方向を見つめた。
「ん? サンディどうしたの?」
「きゃう! きゃきゃう!」
サンディの様子に気が付いたロアが声をかけると、ロアに視線を送りながらサンディが何かを訴える。
「シュウ、サンディが近くに車が来てるって! 私、街まで送ってくれないかお願いしてくるっ!」
「ちょっとロア! ちゃんと正体隠してよ!」
「分かってるってぇ」
ロアは手当てを続けるシュウにそう言うと、その場を離れて橋に向かって走り出した。その後ろから声をかけるシュウに片手を振りながら答えたロアが空中にジャンプすると、その姿が白いワンピースに身を包んだ黒髪の女性に変わる。少しして、橋の上に一台のトラックが止まって姿を変えたロアがそのトラックの運転手と話をしている光景が見えた。
「よし、応急処置はとりあえず出来たぞ」
「シュウ~! 乗せてくれるってぇ!」
シャワーズの手当てを終えたシュウがリュックを背負っていると、橋の上から姿を変えたロアが大声で呼びかけてくる。シュウは片手をあげてその声に答えると、しいていたタオルでシャワーズをくるんで抱き上げた。
「行くよ、サンディ!」
「きゃんっ!」
呼びかけに元気よく答えたサンディと共に、シュウは傷ついたシャワーズを抱えたままロアの待つ橋へ向かって走り出した。
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