ポケモン小説wiki
Lost Mine ~the first shot~

/Lost Mine ~the first shot~

Lost Mine二話目です。作者は……ばれない限り公表しないかもです。
前置きは特に考えてないので、本編をお楽しみ下さい。 目次へはこちら
そうそう、基本的には原作のゲーム設定に沿って話を進める予定ですが(もうかなりオリジナルな要素出してますけど……)オリジナルな物もどんどん増えていくので、何か矛盾がある場合はご一報頂ければ幸いです。



 カントー空港……他の地方からの空の玄関口としてヤマブキ郊外に建築された大空港。カントーへ降り立つ航空機は、ほとんどがここへと集う。
その空港内の一角、乗客待合席に異様に目立つ人物が居た。
黒い革地のコートを羽織ったカウボーイ姿で本を読み、傍にはそわそわとして周りをキョロキョロしているウインディが居る。
パタンと本が閉じられ、大きな溜め息が一つ。本は表紙の文字を見る限り、どうやらポケモン図鑑のようだ。

「……研究の足しになるかと思って買ってみたが、この程度の情報では毛ほどもためにはならんな」

 そう、この人物は博士。一般人用の図鑑程度では満足出来ないようだ。

「予定まであと二時間か……些か早く出過ぎたな。……こらウインディ、あまりキョロキョロするな。目立つだろう」
「いやだって俺……空港も飛行機も始めてなんですもん。ドキドキしちゃって……」

 周りの人間に聞こえないよう、小声でウインディが返した。
もうお気付きだろう。人からポケモンになってしまった青年、奥村ハジメである。

「でも、俺このまま乗れるんですか? 普通、ポケモンはボールの中へ。ですよね?」
「その点なら心配要らん。既に手は打ってある」

 被ったハットの鍔をくいっと上げながら博士がにやりと笑った。一体どんな手を打ったのだろうか……。

「……ん?」

 そんな話をしていたら、何時の間にか小さな男の子が傍に来ていた。大体見た目からして四才くらいだろうか? ジーッとウインディの事を見ている。

「どうしたんだい、僕?」
「おっきいワンワン……」

 この世界にはポケモン以外の犬や猫といった動物も居る。ウインディを大きな犬と言っても見た目的にはおかしくは無いだろう。
どうやらこの子は、ウインディが気になって見に来てしまったようだ。

「ふむ……どうだい? 少し触ってみるかい?」
「いいの?」

 えっ!? とでも言いたげな顔をしたのはウインディ。触られるのは自分なのだから当然だろう。
それに対して博士は軽いウインクを見せる。じっとしていろという合図だ。
それを見て諦めたウインディへ男の子の手が伸びる。そして、恐る恐るではあるが、その小さな手はウインディの前脚へと触れた。

「……ふかふか」
「うむ、それに温かいだろう?」
「うん」
「これはポケモンと言ってな、私達と同じように笑ったり、怒ったり出来るから温かいんだ」
「そうなの?」
「そうだとも」

 このくらいの小さな子に命や身体のメカニズムを説明したところで理解出来ないだろう。だからこそ博士は、分かるであろう言葉を選んでいるのだ。
男の子は博士の話を聞きながら、ウインディをゆっくりと撫でている。撫でられているウインディはくすぐったいのか、笑いそうになるのを押さえ込んでいるようだ。

「ポケモンも嫌な事は嫌いだし、痛い思いをすれば……死んでしまう事もある」
「死ん……じゃう?」
「もう、会えなくなると言う事さ」

 四才の子に死とは何かは分からないかもしれない。
それでも、博士が言葉に込めた悲しみが伝わったのか、男の子はギュっとウインディの前脚に抱きついていた。

「だから、もし君もこれからポケモンと一緒に居る事になったら、優しくしてあげるんだよ。いいね?」
「……うん!」

 頷いた男の子の頭を博士が優しく撫でる。……ところで、この男の子は何処から来たのだろうか?

「さて、それじゃあそろそろ君のお母さんの所に行こうか。君のお母さんは何処に居るかな?」
「お母さん、お買い物」

 博士もこの子が迷子である事には当然気付いていたようだ。ウインディに触れ合わせたのも、泣かれたりするのを避ける為だったのかもしれない。

「買い物……となると、土産物か? とすると、あっちの店が集まってるほうだな。ウインディ、乗せていってやってくれ」

 言われるのがなんとなく分かってたのだろう。すんなりとお座りの状態から身を屈める。顔は苦笑いだが。

「よーし、お母さんの所までこいつに乗っていいぞ。それっ」

 博士が男の子をぽふっとウインディの上に乗せた。

「わー、凄ーい!」
「よし、では行こうか。……すまんな、ウインディ」

 声で返事をするのは不味いからか尻尾を振ってみたようだ。
博士もそれに気付いたのか、背を軽くポンと叩いて歩き出す。親が捜しているなら、この目立つ見た目ですぐに分かるだろう。

 空港内のショッピングモール。博士一行が向かっているその場所にもうすぐ到着するのだが……その前に、博士とウインディが共にある女性に注目していた。
慌てた様子で周囲の人々に何か聞いて回ってるようだ。おそらく、間違いないだろう。
少し早足で近付いていき、先に博士のほうから声を掛けた。

「そこのご婦人! つかぬ事を伺うが、もしや男の子をお探しではないか?」
「えっ!? そうです! 何処かで見かけられましたか!? 四才なんですけど!」

 予想の年齢とも合致。決まりだ。

「この子ではないだろうか?」
「! アユム!」

 ウインディの上で楽しそうにしている男の子に母親が駆け寄り、そのまま抱き上げた。

「あぁ、良かった……」
「お母さん、僕、ポケモンさんに乗ったよ。あったかかったー」

 よほど心配だったのか、母親の目からはぽろぽろと涙が零れ落ちている。
やっと開放されたウインディも博士の元へ戻った。気を使っていたのか、少々くたびれているようだ。

「ご苦労。……巻き込んですまなかったな」
「いいえ、何事も無かったんだし、よしとしますよ」

 少し待った後、博士が親子へと近付いていく。

「親なのだから、もっと子供の事は見ていなければいけないぞ? 今回は見つけたのが私だったからよかったものの、大切ならば、迷子になんかさせるんじゃない」
「えぇ、すいません……ありがとう……」

 母親への少しきつめの一言を言い終わり、母の腕の中から博士を見つめている男の子を優しく撫でる。

「私との約束、忘れないでおくれよ? ポケモンに優しく、な?」
「うん!」
「良い子だ。……そうだ。少し待ってもらえるか? ……っと、これを君にあげよう。これに載ってるのはぜーんぶポケモンだ」

 博士が取り出したのは、さっき読んでいたポケモン図鑑。文字は読めなくても絵は見れる。子供でも十分に楽しめるだろう。

「そんなっ、頂くなんて……」
「気にする事は無い。もう読み終わった物だし、開かれる事がある方がこれも本望だろう」

 博士から男の子へ図鑑が手渡される。
四才の子には大きめの本だが……表紙に描かれているたくさんのポケモン達の姿に男の子は目を輝かせている。
その様子に微笑んで、博士は踵を返した。母親が深々と礼をしているのを、背中に受けながら……。

「それにしても、ちょっと意外でしたね。博士が子供に優しいの」
「ふふっ、そうかい?」

 元々居た席にゆったりと戻りながら、ウインディは博士を見上げる。
心なしか博士は上機嫌になっているようだ。

「子供とは可能性の塊だからな。小さな頃から色々な経験を積む事で、素晴らしい才能が開花する。見てて飽きる事はまず無いな」
「才能ですか……じゃあ、あの子に俺を触らせたのは?」
「そういう事だな。別の理由もあるが」
「別の理由?」
「ポケモンもまた、生命であるという事を理解させようと思ったのだよ。……どうも最近のトレーナーを見ると、ポケモンを道具や戦う為の存在だと思っている者が増えているような気がするのだよ」

 遠くを見つめるような博士の瞳には、何処か寂しさが含まれているように感じる。
ウインディがどうしたのかとでも聞こうとしたのか、口を開きはしたのだが……その口から声が発せられる事は無かった。
愁いを帯びた彼女の顔が、儚げで、美しかったから……。
すっと、博士の視線がウインディへと向けられた。
そしてそのまま手を伸ばして、ウインディの頬へと触れる。

「その観点から言うと、お前は優秀なトレーナーだな。サーナイトもブラッキーも良く君に懐いている。向き合ってやってる証拠だ」
「はははっ……今はこっち側ですけどね」
「確かにな。まぁ、他の者では絶対に体験出来ない事になっているんだ。人に戻るまではウインディとしての生活を楽しみたまえ」
「それしかないですからね。そうしますよ」

 お互いに笑い合って、戻ってきた席にまた座り直すのだった。



 博士が最初に言っていた二時間……その半分が過ぎ去った頃だった。
にわかに空港内が慌しくなったのだ。その様子に博士も気付く。どうも、周りの人々が逃げるように走ってきている。

「そこの御人! 何かあったのか?」
「あんたも早くここから出た方がいいぞ! ショッピングモールの方から……だぁぁ! 来たぁ!」

 逃げていく男が指差した方を見ると、二匹のポケモンが暴れながらこっちに向かって来ているではないか。

「何ぃ!?」
「うわっ!? ゴーリキーとギャラドス!?」

 その二匹……ゴーリキーとギャラドスは狂ったように周りの壁や床、進行方向にある物を手当たり次第に破壊しながら進んでくる。

「博士やばい! こっちに来てる!」
「分かっている! 逃げ……!? あれは!」

 迫る二匹のポケモンの前……腰を抜かしたのか、動けなくなった女性が居た。……見覚えのある本を持った男の子と共に。
ウインディが親子を確認した時、博士はもう隣には居なかった。
博士は……暴れまわる二匹へと、果敢にも駆け出していた。

「ウインディ、あの二人を頼む! 奴等は私が引き付ける!」
「ちょっ、無茶だ博士! っあぁ、もう!」

 遅れてウインディも駆け出す。まずは博士の言った通りに親子の元へ。
博士は、腰に巻いたベルトから一つのボールを外し、宙へと投げる。

「出てきてくれ、サーナイト!」

 サーナイトが形を成し、目を開いたのを確認して博士が叫んだ。

「説明は後だ! 君はウインディと、あの親子を守ってくれ!」
「なんか大変な事になってるわね……了解しました!」

 博士へ念を飛ばすのと同時にサーナイトが動く。宙を滑るように、守れと言われた対象の元へ。
博士の行動はまだ終わらない。床に転がっていた空き缶を拾い上げ、迫り来る二匹へと投げつけた。

「こっちだ!」

 思惑通りに二匹は博士を標的としたようだ。方向を変え、博士に向かって来ている。
そして……腰のベルトに吊られたホルダーから、一丁の銃が引き抜かれる。家でもウインディに使われかけたあの銃だ。
ふわりとコートが舞い、博士が二匹と相対する。

「さぁ……ショータイムと行こうか!」

 博士の履いているスニーカーが床を蹴り、迫ってきていた二匹の間をすり抜ける。

「どうした! 私はこっちだ!」

 ゴーリキーとギャラドスは止まり、博士を吹き飛ばさんが如き勢いで咆哮する。
が、博士は怯まない。手に持つ銃を構え、出方を伺っているようだ。
先に動いたのはゴーリキー。その腕力から放たれる拳は、人一人程度になら容易に致命傷を与える事が出来る。それが今、博士に向かって振り下ろされているのだ。
振りは大振り……避けるのには何の問題も無かったようだ。床に突き刺さる拳をかわし、博士は一気に距離を詰める。
だがそれは水の壁に阻まれた。ギャラドスのハイドロポンプ、高速で吐き出される大量の水をまともに受ければひとたまりもない。

「ちっ、少々厄介だな」

 後ろに飛び退き、体制を整える。
その間にも、二匹のポケモンは力任せに博士に襲い掛かろうとしていた……。


 博士の奮闘中、ウインディは親子の元へと辿り着いていた。見れば女性は、完全に恐怖に打ちのめされ全身がガタガタと震えている。
時間が掛かれば掛かるほど博士の危険は比例して増す。この状況で、ウインディになりふりを構っている余裕は無かった。

「おいあんた! 安全な場所まで連れて行くから早く乗ってくれ!」
「ひぃぃ! ウインディが喋っ……た……」
「おい!? くそっ、気絶しちまった!」

 恐怖で限界近くまで追い詰められていた心がショックに耐えられなくなったのだろう。ついにその場に倒れてしまった。
こうなるとウインディの体では大人一人を自分の上に乗せるのはかなり厳しい。そうでなくても彼は数時間前までにんげんだったのだ。まだウインディの体に慣れていないのに走れただけでも既に上出来、そんな芸当が出来る筈も無い。
悩むウインディに、母親の腕から出てきた男の子が近付いていく。

「ポケモンさん……」
「うん、そうだよ。怖かったね、なんとかしてお母さんと一緒に怖くない所まで連れて行ってあげるから」
「怖くないよ。ポケモンさん優しいもん」

 本を持ったまま、また前脚に男の子が抱きついてくる。
助けたい。でも、親の方を乗せる手段が無い。
子供だけでも乗せていくべきか? 等とウインディが悩んでいる時だった。

「ハジメ!」
「サーナ! 助かった、この人を俺の上に!」
「分かってるわ!」

 博士が出したサーナイトが追いついたのだ。
すぐさまサーナイトが女性をウインディの上へと運ぶ。気絶して脱力してるのが幸いして、身を任せる形になっているから落ちる心配は無いだろう。

「さ、次は君だよ」

 その場に屈んで、男の子が乗り易いようにする。それでも男の子には少し大きいかもしれない。
その少しをサーナイトの念力が補ったのは言うまでも無いだろう。

「よし、しっかり掴まってるんだよ」
「うん!」

 小さな手が、ギュッと力を込めて自分の毛を掴んだのを確認してウインディはサーナイトの方を向いた。

「サーナ、この子達を置いてきたらすぐに戻る。お前は先に博士の所へ!」
「言われなくても!」

 それに頷き、ウインディは人々が逃げていった方へと駆け出した。
ウインディを見送ったサーナイトが振り向いた先……そこには、襲い掛かる二匹のポケモンの攻撃を軽やかに避け続ける博士が見える。

「凄い、あの中を……並のポケモンでもこんなに耐えられないわよね。よし、私も加勢しなきゃ!」

 また障害物を避けながらサーナイトは進む。本来なら身がすくみ、近付く事を躊躇う水撃と拳撃の嵐の中へ。

 回避を続ける中、博士は至って冷静に状況を把握していた。
ウインディが親子を無事に運び出していたのも確認済みであるし、ここに迫って来ている人間……男性二名が走ってきているのも見つけていた。どうやらギャラドスとゴーリキーを追ってきたようだ。

「出すなり暴れだしやがって……あーもう! 使えねぇなぁ!」
「やばいよこれ、ゴメンナサイで済むレベルじゃないってマジで」
「はぁ!? んなもんこいつ等が勝手にやったんだから俺等関係ねぇじゃん!」

 ……間違い無く、それぞれがこの二匹のトレーナーのようだ。
どちらも自分達は悪くないと言ってはいるが、どう考えても自分のポケモンを管理出来ていないこいつ等に非があるのは明白。
そしてこの馬鹿なトレーナーが来た所為で、事態は悪い方へと進んでしまう。
この二人の話し声が、どうやら二匹に届いてしまったようだ。それまでの怒涛の攻撃が止み、ゴーリキーとギャラドスの標的が自分で無くなった事を博士が悟るのは早かった。

「逃げろ!」

 ……早いといっても、タイミングとしてはその一言を言うのが限界だった。
明確に怒りと敵意を纏った拳が、二人に振り下ろされようとしているその瞬間には……。

「うわぁぁぁぁ!」
「ひぃぃぃぃ!」

 博士は、全ての攻撃を避けていた。それは驚異的な事であり、誰でもが出来る芸当ではない。ましてや恐怖にさいなまれている者には絶対に出来る筈が無い。
情けない叫び声を上げる男二人に拳が……振り下ろされてしまった。その瞬間、ピタリと叫び声も聞こえなくなってしまう。
が、どうやら命中したのは二人にではないようだ。
泡を吹いて気絶する二人の間……両腕を前にかざし、薄い光の壁で怒れる拳の勢いを止めた者はそこに居たのだ。

「くっ、間に合ったけど……重い!」
「サーナイト! よくやった!」

 ゴーリキーに続いて男共に向かおうとしていたギャラドスを牽制していた博士もその力を賞賛する。あれを無傷で止めたのだ、かなり強力なリフレクターを展開している事になる。
しかし、サーナイト自身が言っていた通りその一撃は重いのだろう、僅かに圧されているようだ。
二人を守ったサーナイトの存在はゴーリキーの怒りに更に火を注いでしまったようだ。サーナイトが形成したリフレクターに狂ったように拳が突き立てられていく。

「うぅっ! これ以上は……維持出来ない!」

 全力で叩きつけられる一撃……限界を迎えかけていた光の壁を打ち破るには十分過ぎるほどの威力があった。

「しまっ……」

 砕け散る光の壁を通り抜け、追い討ちに放たれた拳……それは猛然とサーナイトに襲い掛かろうとしている。
博士もギャラドスの相手で手一杯。襲いくるであろう痛みに耐える為に身構え、サーナイトはギュっと瞳を閉じた。
が、痛みがその身を貫く事は無かった。代わりに、雄雄しき雄叫びが辺りに響き渡る。

「うぉぉぉぉ! サーナに手を出すなぁぁぁぁ!」

 横からの衝撃にゴーリキーは耐えられない。そのまま弾かれて、博士とギャラドスの一騎打ちの場へと飛び込む事となった。

「うぉぉ!? なんと!?」
「うわっと!? 大丈夫ですか博士!? 何にも見ないで当たったからつい……」
「ハ、ハジメ……」

 間一髪、ゴーリキーを避けた博士とサーナイトの視線の先には、少々慌てた様子のウインディが居た。サーナイトを助ける為に、ゴーリキーに体当たりを仕掛けていたのだ。

「大丈夫かサーナ? 何処か怪我は?」
「もう少し遅かったら危なかったけど、大丈夫、心配ないわ」
「まったく……良いタイミングで合流してくるものだなお前は」
「へへっ、ヒーローってのは遅れてやってくるって言うでしょ? 後はあれらをどうするか、ですね」

 弾かれたゴーリキーはギャラドスとぶつかり、二匹とも体制を崩していた。畳み掛けるのには絶好のチャンスだ。

「私達があの二匹を倒します。博士とハジメはブラッキーを出して下がって……」
「られないな。あの二匹は倒さないぞ」

 博士の言葉にサーナイトとウインディは驚いた。当然だ、あれほどに暴れまわるポケモンを倒さないと言うのだから。
博士がコートを捲る。そこから見える腰の位置……既に銃が引き抜かれているホルダーの反対側にもう一つのホルダーがある。もちろん、銃も収まっている。どうやら、今もう持っている銃と同型の物のようだ。
それを博士は勢い良く引き抜いた。二丁の銃が、博士の手の中で静かに光を返し輝く。

「あいつ等二匹は無傷で『制圧』するぞ! 構えろ二匹とも、ここからが……制圧戦だ!」

 そろそろギャラドス達は動き出しそうだ。博士の言った制圧戦の意味を理解してはいないようだが、二丁拳銃を構える博士の横にサーナイトとウインディは並んで構える。

「まずはゴーリキーを無力化するぞ! ウインディは少しの間、ギャラドスの注意を引いてくれ!」
「なんだかよく分からないけど……あまり長くもたせる自信は無いですよ!」
「博士、私は何を?」
「君は私のサポートを頼む。私が合図をしたら一瞬でいい、奴の動きを止めてくれ!」
「分かりました、やってみます!」
「よし……行くぞ!」

 床を力強く蹴り、博士がゴーリキーに向かって駆け出す。それに続きサーナイトとウインディも動き出した。
目の前に迫ってくる人間……ゴーリキーとギャラドスが博士に狙いを定める。だがギャラドスには、ウインディが銜えて放った雑誌が当たる。

「ほーら、お前の相手は俺だ!」

 挑発に苛立ったギャラドスはウインディに向かっている。作戦通り、まずはゴーリキーとギャラドスを別々にするのは上手くいったようだ。

「よし、サーナイトはそこで待機!」
「はい!」

 振り下ろされるゴーリキーの拳にタイミングを合わせてスライディング。
そのまま足元をすり抜けて、ゴーリキーを自分とサーナイトとで挟むような位置関係を作り上げた。

「さぁ……来い!」

 二つの銃口を向けられようともゴーリキーは止まらない。咆哮と共に振り上げられた拳が、博士を捉えようとする正にその瞬間……

「サーナイト、今だ!」
「はぁぁっ!」

 練り上げられた念により、ゴーリキーの動きは束縛された。
瞬間に、博士は両手の引き金を引いた。
……ところが、銃声は響かない。博士の銃からは何かが高速で撃ち出されはしている。
そのままそれはゴーリキーの顔面を捉え、ぴしゃりと音を立てた。銃から射出されたのは……液体だ。

「ヒット……よし、もういいぞサーナイト」
「え? あ、はい……」

 事情が分からないゆえに全力で頭に疑問符を浮かべながらも、サーナイトは念を緩めたようだ。
……どうやらゴーリキー自身も自分の異常が分かったようだ。頭に手を当てて、足元は覚束ず、フラフラとしている。
博士がゴーリキーに近付いていく。身構えようとはするが、ゴーリキーはもう、立っているのも困難なようだ。

「少し休むがいい。……心配は要らん、ここにお前を傷つける者は居ないさ。仮に居たとしても、私がお前を守っていてやる……」

 博士が体を優しく撫でてやると、険しかったゴーリキーの顔が緩み、そのままゆっくりと眠りの中へと落ちていった。

「あれだけ暴れてたのに……博士、これはいったい?」
「ふむ、種明かしの説明は後でしよう。今はギャラドスに集中するぞ」
「分かりました。ハジメは……なんとかやってるみたいですね」

 相対するギャラドスとウインディ。注意を引くという役割を見事にこなしているようだ。

「待たせたな、ウインディ」
「ひぃ~、かなりギリギリでしたよ」
「ご苦労、少し下がって休んでいろ。サーナイト!」
「さっきと同じように、ですね」

 標的が二つも増えてギャラドスが戸惑った隙に、博士とサーナイトがギャラドスを挟んだ。ウインディはギャラドスの後ろ側、サーナイト側に居る。
混乱と怒りでパニック状態になったギャラドスは、至ってシンプルな選択を選んだ。目の前の者を……攻撃する事を。
博士はタイミングを計る。ギャラドスが力を溜めて……一番強力であろう攻撃を撃ち出そうとする、そのタイミングを。
天を仰ぎながら溜めた力を解き放つ為にギャラドスが……博士に向けて口を開いた!

「サーナイト、頼むぞ!」

 荒ぶる水の奔流が、博士の後方にあった待ち合わせ用のベンチを根こそぎ押し流してゆく……。
当たる直前に博士は横に跳び難を逃れている。驚くべき動体視力と身体能力だ……。

「了解、行きます!」

 大きく口を開けたまま、ギャラドスは空中に固定された。
間髪入れずに博士の銃撃が二発。一発はギャラドスの口の中に飛び込み、もう一発は鼻っ面を正確に捉えたようだ。

「……ショーダウンだな。もう開放していいぞ」
「ふぅ……」
「えっ、もう大丈夫なんですか?」
「まぁ見ていろ」

 ゴーリキーと同じく、瞼の重さを堪えきれないようで、ギャラドスは空中をふらつき始めた。浮力を維持するのも難しいようだ。
両手の銃をホルダーに戻しながら、博士はギャラドスに近付いた。

「もう、暴れる必要は無い。そのまま休め。暴れ足りないのなら……起きた時にでもまた、私が付き合ってやるさ」

 眠りを促すように、博士はギャラドスの頭を撫でてやる。
何処か安心したような、穏やかな表情を浮かべながらギャラドスは瞳を閉じた。

「すげぇ……寝ちゃったよ」
「特殊麻酔液射出銃、クラウ・ソラス。こいつの撃ち出す麻酔液に掛かればこんなものさ」
「麻酔液! それでこんなにあっさり眠らせる事が出来たんですね」
「その通り。効果は大体30分程度はある筈だ。その間に色々と済ませて頂けるとありがたいんだが……おぉ、来た来た」

 二匹のポケモンが大人しくなったのが確認出来たからか、数人の警備員が博士に駆け寄ってきた。

「お客様~! 大丈夫ですか~!」
「やれやれだな……全て終わってから来るとは、ここの警備はザルか?」
「あ、あははははは……」

 博士の皮肉に対して、サーナイトとウインディは笑うしかなかった。自分達も少なからず同じような事を思っていたに違いないだろう。




「ふぅ、事情聴取ほど面倒な物は無いな。今回は警備カメラに阿呆共の姿がはっきり映っているお陰で手短に済んだが」
「あれだけの大立ち回りをしたんだから仕方ありませんよ。……ところで博士、そろそろこいつ等目を覚ますんじゃないですか?」

 さっきまで暴れていた二匹を、ぐるりと囲むように警備員と、その警備員の手持ちであるポケモン達が囲んでいる。
その中に混じって、博士とウインディの姿はあった。相対している博士達なら、起きた二匹がまた暴れたとしてもなんとか出来る可能性が高い。ようは助っ人を依頼されたからだ。

「クラウ・ソラスでしたっけ? 抜いておかなくていいんですか?」
「言い切れはしないが、恐らくもう必要無いだろう。私の言葉は届いていたようだからな」
「はぁ……」

 先程の戦闘中とはうって変わって、博士はリラックスしきっている。どうやら、ある程度の確信を持っての行動のようだ。
そして、先に眠らせたゴーリキーに動きが見えた。目が開き、ゆっくりと起き上がっていく。
周りはその警戒度を上げているのに、博士はそれになんの警戒もせずに近付いていく。慌てて止めようとはしたが、その前に行ってしまった博士の後ろに、仕方なくウインディは続いた。

「目覚めはどうだ? そんなに長く眠ってないがな」

 声を掛けられたゴーリキーは博士の前に居直り、律儀にも正座をして見せている。どうやら、完全に怒りは抜けているようだ。
この分なら暴れる心配は無いだろう。周りの警備員にも安堵が出てきた。
そこに、眠っていたもう一匹が目を覚ます。時間的にさほど間を空けずに眠らせたのだから当然と言えば当然だろう。
宙に浮いて辺りを見回すと、博士を見た途端に向かってきた。そして、とぐろを巻くように博士の周囲を囲む。
慌てて動こうとしたウインディを博士は制止した。そして、いきなり巻きついてきたギャラドスに声を掛ける。

「お前は随分慌て者のようだな。ほら、周りを見てみろ。ここであまり大げさに動くと、痛い目を見る事になるぞ?」

 キョロキョロと辺りを見回して、ギャラドスはゴーリキーの横に落ち着いた。ポケモンをあしらう術にも博士は長けているようだ。

「さて、どうやらこいつ等はもう暴れる気は無いらしい。処分はどうなるんだ?」
「は? えぇ、もう危険は無いようですが、これだけの事をしたポケモンですからね。ポケモンセンターに護送して、しかるべき処置をされるでしょう」
「ふむ……なるほど」

 当然と言えば当然の処置だろう。空港内に設置されてる者を半壊させたような相手、野放しに出来る訳が無い。
が、博士はそれで納得していないようだ。何かを思案した後、考えが纏まったのは口を開いた。

「ならば、こいつ等の事は私に任せてはくれないか?」
「と、言いますと?」
「こいつ等を鎮圧したのは私だ。それは周知の事実だな?」
「え、えぇ」
「つまり、私にはこいつ等を御する事も出来ない話ではない。そう、こいつ等を私が引き取ろうと言う事だ」
「はぁ……えぇ!?」

 ウインディも明らかに驚いた表情をしている。当のゴーリキー達は何が起こっているのか分かっていないようだ。

「どうせあの阿呆達はトレーナー登録剥奪なのであろう? ならば、私が奴等の代わりになろうと言う話だ」
「え、えぇ、それでよければありがたいですが……いいんですか?」
「別に構わん。まぁ、こいつ等が良ければだがな」

 博士がゴーリキー達へ向きなおして、その手を差し出す。

「お前達に一つ選んでもらうぞ。問う事は一つ、私と共に来るか、来ないかだ。来なければ、私にはもう出来る事は無い。だから選べ、どう生きるかを」

 博士が言った事は、どうやら二匹に伝わったらしい。自分達がどうなるかも、おおよそ予想出来たようだ。
差し出した手を二匹は見つめている。先に動いたのは、ゴーリキーだった。
出されている博士の手にそっと触れ、頷いて見せた。共に行く事を選んだようだ。
一方、ギャラドスはウインディに話しかけていた。少し驚いた後、僅かに苦いような顔をしてウインディは博士の方を向いた。

「……あんた等面白そうだからついて行く、だそうです」
「ほう。……何故そんな顔をしている?」
「ついでに、喧嘩しても面白そうだし、なんて言われたら誰でもこんな顔になりますよ」

 流石の博士も、この一言には僅かに苦笑いになった。が、言ってしまった以上、ついて来ると決めた者に変更を言う訳にもいかない。
警備員の一人にモンスターボールがあるか尋ねると、それぞれ一人ずつの警備員からボールが手渡され、それに博士は代金を支払う。
両手に持ったボールをそれぞれに投げ当てると、二匹はすんなりとボールに納まり博士の手元に戻った。また2匹、旅の仲間が増えた瞬間だ。

「これでよし。……ん? どうやら待っていた機が来ていたようだな」
「え? 今入っているのはフキヨセからの貨物機ですよ?」
「その通り。あれは私の友が操縦していてな、荷物のついでにピックアップしてもらう事になっているのだ。ランディングも済んだしそろそろ…来たな」

 搭乗者出口と書かれた自動ドアが開き、パイロットスーツに身を包んだ一人の女性がロビーに入ってきた。が、入った途端に固まってしまっている。

「な、名にこれ? 一体何があったの?」
「やっと来たかフウロ。待ちくたびれたぞ」
「待ちくたびれたって、こんな風になってるところで待ってたの? 怪我とかしてないんでしょうね?」

 呆れた様子でフウロと呼ばれたパイロットは博士の様子を見ている。それを見て、博士は軽やかに回って見せた。何処も異常が無い事を知らせる為に。
呆気に取られた警備員達とウインディ。博士がウインディに手招きをして、それを見たウインディが動き出した事により場の空気も動き出した。

「それにしても、いきなりイッシュに帰るから拾っていけなんて、どういう風の吹き回し? 研究は?」
「ま、それについては空の上で聞かせてやろう。あ、こいつは貨物室にそのまま乗せたいんだが構わないか?」
「その子って、確かウインディってポケモンよね? まぁ、フキヨセに持っていく荷物は少ないからなんとかなるわよ」
「上出来だ。なら行くとしようか」
「ま、待って下さい!」

 やり取りを見ていた警備員が博士を引き止める。当然と言えば当然だろう、空港を滅茶苦茶にしたポケモンを連れて行こうとしているのに、名前すら名乗っていないのだから。

「どうした? 私はもう出立せねばならないし、ここで私がやる事ももう無い筈だが?」
「せ、せめてお名前だけでも控えさせてください! でないと調書を上げられません!」
「ふむ、それもそうだな……」

 博士は被っていたカウボーイハットを取り、その朱の髪を晒し名乗りを上げる。

「私の名は、アイシャ・ベルナデット! ただの研究者さ」

 くるりと踵を返し、待っていたパイロットと共に博士は滑走路へ続くドアの向こうへと進んだ。
気持ちの良いほどの名乗りに、ロビーは静かになっていた。そして、警備員達は揃って敬礼をしている。そうさせる何かが、博士の一言にはあったのだろう。
こうして、博士ことアイシャとハジメは空へと旅立つ。目指すはイッシュ、既に前途多難ではあるが……果たして、この旅路はどうなる事やら……。



まさか、一年越しにこのような作品にコメントして頂けるとは思いもよりませんでした。
長らくこのwikiに来れなくなってしまい、この作品の更新が出来なかった事を深くお詫び申し上げます。
また、一月に一度更新出来るか出来ないかという鈍足な更新になってしまいますが、ここで筆を取らせて頂きたく思います。
次回の更新が何時になるかは分かりませんが、お待ち頂けた方が一人でも居るのならば、また、頑張らせて頂こうと思います。ありがとうございます。
この話の感想や誤字報告等頂けたらありがたいです。

次話出来ました

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • おっきいワンワンか、子供からすればそうなるか。初代のウインディの記述には"中国の伝説のポケモン"とあるんですがね。他にもピカチュウはインド象を感電させられるや、ミュウは南アメリカで発見されたや....カントー地方って何処に在るんだよ.....
    今回はほのぼのとした雰囲気でしたね。博士の意外な(?)一面があったりと面白かったです。これからの執筆頑張ってください!応援しています。
    ――ナナシ ? 2011-05-22 (日) 11:51:41
  • >>ナナシ様
    今回もコメントして下さりありがとうございます。本当にありがたいです。
    中国にインドに南アメリカ……カントーは謎の地方ですね。何処にあるんだろ?
    本当に今回はほのぼのしたシーンの更新でした。題名に似合わず……。そして博士はただの研究バカではないのですw 続きも頑張ります!
    ――作者 ? 2011-05-23 (月) 06:45:48
  • カイリキーとギャラドス、ガチパに居てもおかしくない奴らですね。そいつらに向かうとは博士は凄い。ただ、"一丁の銃"って....何を持ち歩いているの?! 銃刀法は?!
    さて、ウインディ(ハジメ)とサーナイトは親子二人を助けられるのか? 博士はどうなるのか? 執筆頑張ってください! 応援しております!
    自分は人間だって鍛えればポケモンとも戦えると思っています。種族値どのくらいになるのだろう....人間って。
    ――ナナシ ? 2011-05-25 (水) 22:01:10
  • >>ナナシ様
    はい、普通なら裸足ででも逃げたくなる二匹です。科学者が自ら向かっていく相手じゃないですねw
    銃については…後の更新でその辺りも明らかになります!(け、決してその辺を忘れてたとかそういう事はありませんよ!)
    返事が遅れてすいませんでした! これからも更新、頑張らせて頂きます!
    ――作者 ? 2011-05-27 (金) 19:47:26
  • ふむ、この感じだと博士は博士になる前に何か特殊な訓練をしていたようですね。警察か自衛隊みたいなかなり特殊な奴を.....
    麻酔液は自分で作れるとして、銃とその腕前は博士だけをやっていてはどうにもならないはず。過去が気になる.....
    強ポケ達の"制圧"に成功したのは凄い。三人のチームワークですね。トレーナーは何をやってんだか。
    楽しく読むことが出来ました。次の執筆頑張ってください。
    ただ、今回はハジメが空気気味....博士が動きすぎ。
    ――ナナシ ? 2011-06-02 (木) 18:10:11
  • >>ナナシ様
    ただの科学者には出来ない事をやってのけてますからね。イッシュにて、その辺りは分かる…筈です。
    駄目なトレーナー達に代わり二匹を止めた訳ですが…トレーナーがボールを使ってればこんな苦労は無かった。本当に何やってたんでしょうねw
    ハジメが空気なのは、ウインディの体にまだ慣れていない所為です。これからハジメの戦闘なんかも出るかも…です。博士も動き回りますけどねw
    毎回のコメント、感謝です。続きも頑張りたいと思います!
    ――作者 ? 2011-06-05 (日) 08:30:08
  • かれこれ思い出せば、最終更新日が一年前。
    もし、まだ居ましたら、作品の完結まで首を長くして待ちたいと思います。
    ―― 2012-09-04 (火) 02:18:10
  • >>上の名無し様
    よもや、このような放置をしてしまった作品をお待ち頂けるとは、ありがとうございます。
    遅筆ながら、また執筆を再開させて頂こうと思います。よろしければ、お読み頂ければ幸いです。
    ――作者 ? 2012-09-05 (水) 01:15:35
  • 「弾かれたゴーリキーはギャラドスとぶつかり、二匹とも体“制”を崩していた」「な、“名”にこれ? 一体何があったの?」 誤字がありました。
    ゴーリキーに変更です?

    旅は道連れ余は情け、ダメなトレーナーから新たな旅の仲間が増えました。正確な射撃技術で2体を制圧、連携もあったとはいえ博士改めアイシャは何者なのでしょう。あっけからんな性格のようではありますが。
    ヤマブキ空港でのいざこざを解決し、フウロの貨物機でイッシュへ。ジムリとも知り合いとはまた顔が広い…色々な資格とか免許持ってそうです。ハジメは飛行機初めて、シートベルトもない貨物室に入れられて大丈夫でしょうかね(笑)

    執筆頑張ってくださいませ
    ――ナナシ ? 2012-09-08 (土) 14:44:22
お名前:

トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-09-04 (火) 00:00:00
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.